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平成26年2月14日判決言渡
平成24年(行ウ)第790号課徴金納付命令決定取消請求事件
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
金融庁長官が原告に対し平成24年10月22日付けでなした金融商品取引
法185条の7第1項に基づく課徴金の納付命令の決定(平成23年度(判)
第25号)を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,平成21年3月から平成22年12月までの間,3回にわ
たり,重要な事項につき虚偽の記載がある有価証券届出書を関東財務局長に提
出し,当該発行開示書類に基づく株式の募集により投資者に自社の株式を取得
させたとして,処分行政庁から,金融商品取引法172条の2第1項,185
条の7第1項に基づき,課徴金合計1871万円を国庫に納付することを命じ
るとの決定(以下「本件納付命令」という。)を受けたことから,原告は同法
172条の2第1項の要件を満たさないため課徴金の納付義務がなく,本件納
付命令は違法であると主張して,その取消しを求める事案である。
1関係法令等の定め
(1)金融商品取引法(ただし,同法172条の2につき平成23年法律第49
号による改正前のもの。また,185条の7につき平成24年法律第86号
による改正前のもの。以下,改正の前後を問わず「金商法」という。)
ア2条
1項9号は,この法律において,「株券又は新株予約権証券」が「有価
証券」に該当すると規定している。
2項柱書は,前項9号に掲げる有価証券に表示されるべき権利すなわち
有価証券表示権利は,「有価証券表示権利について当該権利を表示する当
該有価証券が発行されていない場合においても,当該権利を当該有価証券
とみなし」て「この法律の規定を適用する」と規定している。
3項は,「有価証券の募集」とは,新たに発行される有価証券の取得の
申込みの勧誘すなわち取得勧誘のうち,当該取得勧誘が前項の規定により
有価証券とみなされる有価証券表示権利に係るものである場合にあっては,
1号及び2号に掲げる場合をいうと規定している。同項1号は,いわゆる
多人数向け取得勧誘が「有価証券の募集」に該当する旨規定し,同項2号
は,多人数向け取得勧誘に該当しない取得勧誘であっても,いわゆる適格
機関投資家向け取得勧誘,特定投資家向け取得勧誘及び少人数向け取得勧
誘のいずれにも該当しない取得勧誘は,「有価証券の募集」に該当する旨
規定している。
イ5条
1項は,有価証券の募集に係る届出をしようとする発行者は,その者が
会社である場合においては,内閣府令で定めるところにより,次に掲げる
事項を記載した届出書を内閣総理大臣に提出しなければならないと規定し
ている。
一当該募集又は売出しに関する事項
二当該会社の商号,当該会社の属する企業集団((中略))及び当該会
社の経理の状況その他事業の内容に関する重要な事項その他の公益又は
投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令で定める事項
3項は,「既に内閣府令で定める期間継続して有価証券報告書のうち内
閣府令で定めるものを提出している者」は,1項の届出書に,「内閣府令
で定めるところにより,その者に係る直近の有価証券報告書及びその添付
書類並びにその提出以後に提出される四半期報告書又は半期報告書並びに
これらの訂正報告書の写しをとじ込み,かつ,当該有価証券報告書提出後
に生じた事実で内閣府令で定めるものを記載することにより,同項第2号
に掲げる事項の記載に代えることができる。」と規定している。
ウ172条の2
重要な事項につき虚偽の記載があり,又は記載すべき重要な事項の記載
が欠けている発行開示書類を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づ
く募集又は売出し(当該発行者が所有する有価証券の売出しに限る。)に
より有価証券を取得させ,又は売り付けたときは,内閣総理大臣は,次節
に定める手続に従い,当該発行者に対し,次の各号に掲げる場合の区分に
応じ,当該各号に定める額(次の各号のいずれにも該当する場合は,当該
各号に定める額の合計額)に相当する額の課徴金を国庫に納付することを
命じなければならない。(1項)
一当該発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた場合当
該取得させた有価証券の発行価額の総額(当該有価証券が新株予約権証
券その他これに準ずるものとして内閣府令で定める有価証券であるとき
は,当該新株予約権証券に係る新株予約権の行使に際して払い込むべき
金額その他これに準ずるものとして内閣府令で定める額を含む。)の1
00分の2.25(当該有価証券が株券等である場合にあつては,10
0の4.5)
(二号略)
(2項以下略)
エ176条
2項は,「第172条から前条までの規定により計算した課徴金の額に
一万円未満の端数があるときは,その端数は,切り捨てる。」と規定して
いる。
オ185条の7
1項は,「内閣総理大臣は,審判手続を経た後」,178条1項2号に
掲げる事実である172条の2第1項に該当する事実「があると認めると
きは,この条に別段の定めがある場合を除き,被審人に対し」,172条
の2第1項「の規定による課徴金を国庫に納付することを命ずる旨の決定
をしなければならない。」と規定している。
2前提事実(当事者間に争いがないか,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認定することができる事実)
(1)当事者等
ア原告は,ゲームソフトの開発・販売,情報通信サービス,情報提供サー
ビスその他情報サービスの提供等を業とする株式会社であり,平成12年
3月8日,株式会社Aの商号で札幌市を本店として設立され,平成15年
6月,本店を東京都に移転すると共に札幌市に支店を置き,平成23年4
月1日,現在の商号に変更した(甲1,19)。
イ原告の株式は,平成19年2月28日から,BC市場(以下「本件上場
市場」という。)に上場されていたが,平成24年3月23日,同取引所
の株券上場廃止基準のうち,「上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を
行い,かつ,その影響が重大であると本所が認める場合」等に該当すると
して,その上場が廃止された(甲19,乙1)。
(2)本件納付命令(甲2)
ア決定の内容
内閣総理大臣から権限の委任を受けた処分行政庁は,平成24年10月
22日,原告に対し,原告に後記イのとおり金商法172条の2第1項(以
下「本件課徴金条項」という。)1号に該当する第1ないし第3の各違反
事実があるとして,金商法185条の7第1項に基づき,課徴金合計18
71万円の納付命令の決定(本件納付命令)をした。
イ決定の理由
原告は,その発行する株式が本件上場市場に上場されていた株式会社で
あるが,
第1平成21年3月10日,関東財務局長に対し,虚偽の記載がある第
8期事業年度会計期間に係る有価証券報告書及び第9期事業年度中間
連結会計期間に係る半期報告書を組込情報とする,有価証券届出書を
提出し,これに基づく募集により,同月26日,1万9300株の株
式を1億1580万円で取得させ,
第2同年11月2日,関東財務局長に対し,虚偽の記載がある第9期事
業年度連結会計期間に係る有価証券報告書及び第10期事業年度第2
四半期会計期間に係る四半期報告書を組込情報とする,有価証券届出
書を提出し,これに基づく募集により,同月19日,6667株の株
式を1億0000万5000円で取得させ,
第3平成22年12月1日,関東財務局長に対し,虚偽の記載がある第
10期事業年度会計期間に係る有価証券報告書及び第11期事業年度
第3四半期会計期間に係る四半期報告書を組込情報とする,有価証券
届出書を提出し,これに基づく募集により,同月20日,3万077
0株の株式を2億0000万5000円で取得させ,
もってそれぞれ,重要な事項につき虚偽の記載がある発行開示書類に基づ
く募集により有価証券を取得させたものである(以下,第1ないし第3の
各違反事実を,「本件違反事実1」ないし「本件違反事実3」という。)。
ウ課徴金の計算
(ア)本件違反事実1
1億1580万円に100分の4.5を乗じた額である521万10
00円につき,1万円未満を切り捨てた額である521万円。
(イ)本件違反事実2
1億0000万5000円に100分の4.5を乗じた額である45
0万0225円につき,1万円未満を切り捨てた額である450万円。
(ウ)本件違反事実3
2億0000万5000円に100分の4.5を乗じた額である90
0万0225円につき,1万円未満を切り捨てた額である900万円。
(3)本件納付命令に至る経緯等
ア原告による有価証券の募集
(ア)第1募集
原告は,平成21年3月10日,関東財務局長に対し,原告の第8期
事業年度会計期間に係る有価証券報告書(別紙2別表1番号1),同報
告書の訂正報告書及び第9期事業年度中間連結会計期間に係る半期報告
書(別紙2別表1番号2)を組込情報とする有価証券届出書を提出し,
この有価証券届出書に基づく普通株式の募集をし(以下「第1募集」と
いう。),同月26日,1万9300株の株式を1億1580万円で取
得させた。
別紙2別表2のとおり,上記有価証券報告書は,経常損益,当期純損
益及び連結純資産額を過大に計上し,上記半期報告書は,連結経常損益,
連結中間純損益及び連結純資産額を過大に計上する虚偽の記載がされて
いた。(甲5の1,甲7の2)
(イ)第2募集
原告は,同年11月2日,関東財務局長に対し,第9期事業年度連結
会計期間に係る有価証券報告書(別紙2別表1番号3)及び第10期事
業年度第2四半期会計期間に係る四半期報告書(別紙2別表1番号4)
を組込情報とする有価証券届出書を提出し,この有価証券届出書に基づ
く普通株式の募集をし(以下「第2募集」という。),同月19日,6
667株の株式を1億0000万5000円で取得させた。
別紙2別表2のとおり,上記有価証券報告書は,連結純資産額を過大
に計上し,上記四半期報告書は,純資産額を過大に計上する虚偽の記載
がされていた。(甲8の1,甲12の2)
(ウ)第3募集
原告は,平成22年12月1日,関東財務局長に対し,第10期事業
年度会計期間に係る有価証券報告書(別紙2別表1番号5),同報告書
の訂正報告書2通及び第11期事業年度第3四半期会計期間に係る四半
期報告書(別紙2別表1番号6)を組込情報とする有価証券届出書を提
出し,この有価証券届出書に基づく普通株式の募集をし(以下「第3募
集」という。),同月20日,3万0770株の株式を2億0000万
5000円で取得させた(以下,第1ないし第3募集における有価証券
届出書を総称して「本件各有価証券届出書」といい,第1ないし第3募
集による原告株式の割当てを総称して「本件第三者割当」という。)。
別紙2別表2のとおり,上記有価証券報告書及び上記四半期報告書は,
いずれも純資産額を過大に計上する虚偽の記載がされていた。(甲13,
18の2。以下,上記(ア)ないし(ウ)に係る虚偽の記載を総称して「本
件虚偽記載」という。)
(エ)第1ないし第3募集は,いずれも,原告の取締役会において,全員
一致の議決を経た上で実施された(乙9の1ないし3)。
イ本件第三者割当に至る経緯
(ア)Dは,原告の創業者であり,平成13年12月21日から平成17
年12月20日までの間,原告の代表取締役だったもので,以後も原告
の取締役であったが,平成22年3月26日,取締役を退任した。
Eは,平成17年12月20日から平成22年11月15日までの間,
原告の代表取締役だったもので,同年12月1日,原告の取締役を辞任
した。Eは,Dの指示ないし指導を受けて代表取締役としての職務を遂
行しており,その権限は形骸化していた。(甲19,27,31)
(イ)原告は,平成18年5月から平成21年4月までの間,①資金の循
環を前提とした固定資産の購入とコンテンツ許諾の取引,②子会社に対
する貸付金の循環を前提としたコンテンツ許諾の取引,③取締役の個人
債務の精算のための架空取引等,④前提となる会計事実の変化が存在し
ない不適切な会計方針の変更という4つの類型に大別できる不適切な会
計処理等を行った。
上記会計処理等は,D及びEが共謀した上,取引案件ごとに,他の2
名の取締役や複数の協力会社の協力を得て行われたものであるところ,
これらが行われるに至った要因は,時期によって異なる。すなわち,①
平成18年中の取引は,原告が本件上場市場へ新規に株式を公開する承
認を得ることを企図して行われた。②平成19年2月28日に本件上場
市場への上場を果たした後の取引は,同年10月1日に子会社化した株
式会社Fへの金融支援を継続するために,原告の財務内容を金融機関向
けによく見せることを企図して行われた。③平成20年以降の取引は,
原告の業績とは関係なく,上記上場前の転換社債への投資について,損
失補塡を企図して行われた。(甲19,23)
(ウ)原告は,株式会社Fと提携して行った事業の拡大に失敗し,平成2
0年12月期末において,債務超過に陥った上,平成21年1月末には,
株式の時価総額が低下してBの上場廃止基準に抵触する危険が現実化し
たため,財務基盤を強化する必要に迫られたが,取引先等に支援者が見
つからなかったことから,原告の筆頭株主であったGに対し,原告を支
援,救済するため第三者割当を受けることを要請した。
Gは,上記要請を受け,同年3月10日,原告に対し,同年12月末
日までの間,資金面を含め全面的に支援を行う旨表明し,同年3月26
日,第1募集において発行された原告株式をすべて取得した。(甲5の
1,甲6の3,甲7の1,2,甲19,23)
(エ)第1募集後も原告の債務超過は続き,本件上場市場の上場廃止の猶
予期間が適用されるに至ったことから,Gは,長男のH,次男のI,及
び姻族である原告代表者が代表取締役を務めるJ株式会社(以下,「J
社」といい,G,H,I及びJ社を総称して「Gら」という。)に対し,
原告を支援,救済するため第三者割当を受けることを要請した。
H,I及びJ社は,いずれも原告株式を保有していなかったところ,
上記要請を受け,平成21年11月19日,Hは,第2募集において発
行された原告株式のうち1333株を,Iは,同株式のうち2667株
を,J社は,同株式のうち2667株をそれぞれ取得した。(甲8の1,
甲23,28)
(オ)その後も,原告は,既存取引先の取引高減少等が影響して見込みど
おりの収益を得られず,早急な自己資本の充実及び資金繰りの改善が不
可欠な状態となったが,その業績に照らすと金融機関からの借入れは困
難であった。そこで,原告は,債務超過を解消するとともに,システム
構築費用,有利子負債の圧縮及び運転資金への充当を目的として,第三
者割当を行うことにした。
Gは,平成22年12月20日,第3募集において発行された原告株
式をすべて取得した。(甲18の2,甲23,28,乙1)
(カ)本件第三者割当の結果,Gは,原告の総議決件数の69.99パー
セントを有するに至り,現在もその議決権割合を維持している(甲18
の1,甲23)。
ウ不適切な会計処理等の判明
(ア)平成22年3月26日,原告の定時株主総会において,Dは原告の
取締役を退任し,原告代表者は原告の取締役に就任し,Gは原告の社外
取締役に就任した。また,原告代表者は,同日,原告の代表取締役会長
に就任し,同年5月17日,原告の社長を兼任した。
J社は,原告代表者の上記就任前,Gの依頼を受けて原告の経営状況
等を調査し,独立監査人の監査報告書等を確認したが,このときは,上
記イ(イ)の不適切な会計処理等は判明しなかった。(甲19,23,2
7,28)
(イ)Eが同年12月1日に原告の取締役を辞任した後,原告がその取引
先の1つであった株式会社Kが破産したことを契機として,同社との著
作権に関する契約を調査していた過程で,同社との取引に疑わしい点が
発見された。そこで,原告は,過年度に行われた営業活動や投資を判断
するに至った経緯,当時の内部統制の状況などにつき,原告の顧問弁護
士を含む社内調査チームを組成して調査を進め,その結果,平成23年
秋頃には,過去の取引において不適切な会計処理が行われていた旨の疑
義が生じた。(甲19,23,28)
(ウ)原告は,同年10月12日開催の取締役会において,原告と利害関
係のない弁護士2名及び公認会計士1名によって構成される第三者調査
委員会の設置を決議した。そして,同委員会が事実関係及び原因究明の
調査を行った結果,上記イ(イ)の不適切な会計処理等が判明し,同委員
会は,原告に対し,同年12月13日付け報告書を提出した。
上記報告書の提出時点で,上記イ(イ)の不適切な会計処理等に関与し
た旧経営陣はすべて退任していた。(甲19,27)
エ原告は,上記調査結果を踏まえ,平成24年1月19日,関東財務局長
に対し,本件虚偽記載等の組込情報につき訂正した本件各有価証券届出書
の各訂正届出書を提出した(甲20~22)。
オ金融庁長官は,同年1月27日,本件違反事実1ないし3等が金商法1
72条の2第1項1号等に該当すると認め,原告に対して審判手続を開始
する旨の決定をし(平成23年度(判)第25号金融商品取引法違反審判
事件),その頃,その旨原告に通知した(甲3)。
(4)原告は,平成24年11月20日,本件訴えを提起した(当裁判所に顕著
な事実)。
3争点及び争点についての当事者の主張
本件の争点は,本件課徴金条項の要件解釈に関し,①発行者に具体的な経済
的利得があること又はこれが生じる一般的,抽象的な可能性があることの要否
(争点1),②本件虚偽記載が同項にいう「重要な事項」に当たるか否か(争
点2),③虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係の要否(争点3)
及び④虚偽記載につき発行者に故意又は過失のあることの要否(争点4)が争
われている(ただし,争点4は本件違反事実3との関係でのみ問題とされてい
る。)。
(1)争点1(発行者に具体的な経済的利得があること又はこれが生じる一般的,
抽象的な可能性があることの要否)について
(被告の主張の要旨)
発行者に具体的な経済的利得があることや,経済的利得が生じる一般的,
抽象的な可能性があることは,本件課徴金条項に基づいて課徴金を課すため
の要件ではない。
ア本件課徴金条項は,その文理上,虚偽記載のある有価証券届出書等を提
出した発行者が,具体的な経済的利得を得たことを課徴金の要件としてい
ない。これは,課徴金制度が,違反者が現に経済的利得を得たかどうかと
いう個別的事情とは無関係に,所定の方式によって機械的に算定される額
の課徴金を一律に課すものであり,本件課徴金条項もこのような枠組みを
前提としているためである。
イ課徴金制度は,違反行為によって違反者が得た経済的利得の吐き出しを
目的とするものではない。課徴金制度において,課徴金額が経済的利得相
当額を基準としているのは,同制度が新たに導入される際,算定基準の明
確性,算定の容易性の観点から,違反行為の抑止に必要な最小限の水準に
とどめることとしたという沿革的理由によるものにすぎない。すなわち,
課徴金の算定における「一般的,抽象的に想定しうる経済的利得」とは,
いわば課徴金の水準がいかなるものであるかを説明するための道具,ある
いは違反行為の抑止という目的を達成するための一つの手段として立法技
術的に選択されたものにすぎず,これが課徴金を課すための要件となって
いるわけではない。
ウまた,発行開示制度の実効性を確保するためには,個別の事案において
当該違反者が具体的な経済的利得を取得したかどうかにかかわらず,虚偽
の内容を含む有価証券届出書を提出する行為など,企業内容等の開示制度
に違反する行為そのものを抑止することが要請される。
仮に,個別の事案ごとに当該違反者がその違反行為によってどのような
経済的利得をどの程度得たかを立証し,認定しなければならないとすると,
それらは極めて困難である。なぜなら,経済的利得の有無及び金額を認定
するためには,①「仮に出資時に虚偽記載が明らかとなっていたならば当
該株式の市場価格その他の投資環境がどのようになっていたか」という,
現実には存在しない投資環境その他の条件に基づく仮想の金額を立証し,
認定しなければならないし,②投資環境は,発行者や取得者の財務状況の
みならず,為替変動や他の金融商品の価格変動など,市場全体に影響を及
ぼす外生的要因を含む様々な有機的要因を織り込みつつ変動するものだか
らである。このような立証及び認定を要求するならば,課徴金制度の積極
的かつ効率的な運用による違反行為の抑止は期待できなくなる。
エ仮に,個別の投資者が当該有価証券の発行者を救済する目的をもってい
たとしても,発行者の株式の市場価格が大幅に下落したような場面などで
は,投資回収の可能性が困難になることなどをおそれ,出資を断念する例
は十分にあり得る。当該投資者が「救済目的」を有するものであれば,一
律に経済的利得ないしその一般的,抽象的可能性がないという経験則自体,
成り立つものではない。そして,法の明文なくして「一般的,抽象的可能
性」などの要件により課徴金を課すことのできる範囲を制限すると,課徴
金制度の積極的かつ効率的な運営が阻害されることになり,ひいては金商
法に違反する行為に対する抑止効果が不十分なものとなって,法の趣旨を
十分に達成することができなくなる。
(原告の主張の要旨)
本件課徴金条項に基づいて課徴金を課すためには,「発行者に具体的な経
済的利得のあること」,又は少なくとも「発行者に経済的利得が生じる一般
的,抽象的な可能性があること」が要件となる。そして,原告は,本件第三
者割当につきこの黙示の要件に該当しない。
ア課徴金制度の趣旨は,一次的には利得を吐き出させることによって違反
行為の抑止を図ることであり,制裁的要素は付随的なものにすぎない。課
徴金が反社会性,反道徳性を問うものではない以上,利得から完全に離れ
るべきではない。
また,仮に課徴金制度が「虚偽記載等のある有価証券届出書等を提出す
る行為を抑止する」ことだけを目的とするのであれば,「取得させた」,
あるいは「売り付けた」額に対応させる必要性は全くなく,取得又は売付
けがなくても,当該有価証券届出書に記載のある発行価額又は売出価額の
総額を基準に算定した課徴金を課す方が,抑止効果は明らかに高いと考え
られるにもかかわらず,実際にはそのような規定にはなっていない。
さらに,金商法及びその前身である平成18年法律第65号による改正
前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)における課徴金制度の
制定ないし改正の経過等をみても,金商法は,課徴金の金額について,違
反類型ごとに想定しうる「経済的利得相当額」を基準としつつ,違反行為
ごとに算定方法を定めている。
以上のことからすれば,課徴金制度の趣旨を重視するほどに,本件課徴
金条項において,具体的な経済的利得,それがない場合でも少なくとも経
済的利得が生じる一般的,抽象的可能性が要件になるという結論となる。
イ本件第三者割当は,いずれも,筆頭株主であるG及びその近親者等に対
し,上場廃止基準抵触の回避,資金繰りの円滑化(運転資金への充当)な
どを目的に行った救済的な意味合いのものである。この割当ての結果,G
は,原告の総議決権数の69.99パーセントの議決権を有することにな
ったが,同人は,長期保有目的の株式取得であること,原告に対し全面的
に資金面の支援を行うことを表明しており,実際に現在も上記割合の議決
権数を有している。仮に本件虚偽記載がなければ,原告の財務状態がより
悪くなるため,Gの出資金額が増額される結果になっていた。また,本件
第三者割当に係る他の取得者も,Gと同じ意向を有していた。
したがって,本件虚偽記載があったことにより,原告への出資額は少な
くなったもので,原告に虚偽記載による具体的な経済的利得は全くないし,
経済的利得が生じる一般的,抽象的な可能性も認められない。
ウ被告の主張に対する反論
被告は,個別の事案ごとに当該違反者がその違反行為によってどのよう
な経済的利得をどの程度得たかを立証し,認定することが極めて困難であ
る旨主張する。
しかし,発行者が虚偽記載をした目的や動機を判別し(通常,第三者割
当の目的は,有価証券届出書の中で具体的に記載されている。),投資者
の投資を例えば「救済目的」と「投資目的」に類型化するなどして,発行
者に経済的利得が生じる一般的,抽象的可能性の有無を判断することは可
能である。また,証券取引等監視委員会及び金融庁は,絶大な検査権限と
それを実行するマンパワーを有しているから,それらの立証や認定が,実
際上困難であるということはできない。
(2)争点2(本件虚偽記載が本件課徴金条項にいう「重要な事項」に当たるか
否か)について
(被告の主張の要旨)
本件虚偽記載は,本件課徴金条項にいう「重要な事項」に当たる。
ア本件課徴金条項は,発行開示規制の実効性を確保するため,虚偽記載の
ある有価証券届出書等が提出されることそのものを抑止し,これを提出し
た発行者に対して課徴金を課すものである。そうすると,同項の「重要な
事項」に該当するかどうかは,かかる趣旨に適合するように解釈されるべ
きである。
イ発行開示制度は,有価証券の新規発行の局面において,発行会社のみが
企業内容等の情報を有しているという情報の偏在や,発行者等が投資者に
対して有価証券を取得するよう販売圧力をかける懸念が大きいこと等の構
造的問題に鑑み,有価証券の取得勧誘のうち,投資勧誘等の対象となる者
の性質,人数等から,投資者が合理的に投資判断等を行う必要不可欠の前
提として開示の必要性が高いと考えられる類型を「募集」又は「売出し」
として整理した上,この「募集」又は「売出し」の際に有価証券届出書の
提出を義務付けることにより,投資判断に必要な企業内容等の情報を,市
場における投資者一般に広く開示させるものである。
そして,新たに発行される有価証券の取得勧誘については,多人数向け
取得勧誘だけでなく,適格機関投資家又は特定投資家のみを相手方とする
取得勧誘であっても,これらの者以外の者に譲渡されるおそれが少なくな
いものや,相手方が少人数の取得勧誘でも,多数の者に所有されるおそれ
が少なくないときは,「有価証券の募集」として発行開示規制の対象とさ
れている(金商法2条3項)。
これらの発行開示規制の対象となる取得勧誘行為の範囲等に照らせば,
金商法の発行開示規制は,広く市場における投資者一般の保護を目的とし
ていることが明らかである。そして,本件課徴金条項が,発行開示規制の
実効性を確保するための規定であることからすれば,同条項にいう「重要
な事項」は,投資者一般を基準として,投資者の投資判断に影響を与える
ような基本的事項,すなわち,その事実について真実の記載がされれば投
資判断が変わり得るような事項をいうと解すべきである。
ウ本件虚偽記載の対象は,原告単体又は連結の経常損益,純損益及び純資
産額である。これらは,原告の業績ないし資産状況に関するものであると
ころ,投資対象となる有価証券の発行者の業績,資産状況その他の財務状
況は,一般の投資者が投資判断をする際に重要な指標となる。そして,本
件虚偽記載に係る数値は,真正な数値と比較して,金額及び割合共に大き
な差があり,本件虚偽記載は,原告の企業価値について過大に優良に見せ
かけるものであって,投資者一般の投資判断に影響を与え得ることは明ら
かである。
エ原告の主張に対する反論
原告は,虚偽記載のある発行開示書類の提出者に対して課徴金が課され
る趣旨について,発行者が個別具体的な取得者を錯誤に陥らせた点に係る
非難可能性に着目したものである旨主張する。
しかし,以下のとおり,上記主張には理由がない。
すなわち,金商法18条1項は,課徴金とは別に,市場の公正を確保す
るため,虚偽記載等のある有価証券届出書を提出した者が,有価証券の取
得者に対して負う損害賠償責任に係る特例を設けている。同項本文によれ
ば,虚偽記載等のある有価証券届出書を提出した者は,有価証券の取得者
に対して無過失責任を負うが,同項ただし書は,当該取得者が虚偽記載等
につき悪意であった場合は,保護の必要性が乏しいものとして,適用を除
外している。仮に,本件課徴金条項が,発行者が個別具体的な取得者を錯
誤に陥らせた点に係る非難可能性に着目したものであるとすれば,金商法
18条1項ただし書と同様の規定が設けられてしかるべきであるが,その
ような規定は設けられていない。そうすると,本件課徴金条項は,取得者
との関係を考慮していないものと解される。
(原告の主張の要旨)
本件各有価証券届出書について,本件虚偽記載は,本件課徴金条項にいう
「重要な事項」に当たらず,原告に同条項を適用する要件を欠く。
ア「重要な事項」が課徴金納付命令の要件となっている場合に,具体的な
事情を一切捨象して,処分行政庁が「投資者一般」にとって「重要」と言
い切ってしまうのであれば,結局のところ証券取引等監視委員会及び金融
庁の見解に何人も反論や批判ができず,恣意的な判断によって課徴金が課
されることになるから,当該要件は無意味となってしまう。刑事罰との二
重処罰の可能性まで問題視されている課徴金制度において,そのような杜
撰な法適用は許されない。
また,課徴金制度の趣旨及び目的から考えても,本件課徴金条項が,虚
偽記載のある発行開示書類の提出者に対して課徴金という制裁手段を設け
ているのは,一次的には取得者を錯誤に陥らせた点に非難可能性があるか
らである。発行開示書類の虚偽記載が取得者にとって「重要な事項」に該
当しない場合,このような非難可能性は弱まるといえる。
そうすると,本件課徴金条項にいう「重要な事項」は,有価証券の募集
等がどのような目的で,どのような投資家を対象にして行われるかという
具体的事実を前提に判断されるべきであり,「当該投資者にとって当該事
実について真実が明らかになれば,投資判断に影響が生じるもの」がこれ
に該当するというべきである。
イ本件第三者割当において,投資者であるGらは,原告の上場廃止を回避
するなどのため,本件各有価証券届出書の作成前に,本件第三者割当を受
けることを決定していた。また,Gらは,仮に本件虚偽記載がなくても投
資判断に影響が生じなかったことを明言しており,訂正された金額の多寡
等もGらの原告株式の取得とは無関係である。したがって,本件虚偽記載
は,「重要な事項」ではない。
(3)争点3(虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係の要否)につ
いて
(被告の主張の要旨)
虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係は,本件課徴金条項の
要件ではない。
ア本件課徴金条項の文理に照らせば,「募集」により有価証券を「取得」
させたとの関係は要するとしても,更に進んで「虚偽記載」を契機として
「取得」したことまで法が要求しているとは解し難い。
イまた,本件課徴金条項は,発行開示規制の実効性を確保するため,虚偽
記載のある有価証券届出書等を提出する行為そのものを抑止すべく,その
提出行為そのものを違反行為としたものであって,「有価証券を取得させ
た」ことを違反行為と捉えるものではない。本件課徴金条項が,虚偽記載
のある有価証券届出書等に基づく募集により「有価証券を取得させた」こ
とを要件としているのは,有価証券を取得させることができなかった場合
には,発行者がこれらの利得を得られる可能性さえ惹起されないことから,
その適用場面を政策的に限定したものにすぎない。
ウさらに,虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係を課徴金の
要件とするならば,①具体的な有価証券の取得者が,当該虚偽記載を信用
し,かつ,発行者の経理状況その他の企業情報等を誤信したまま有価証券
を取得したといえる場合にしか課徴金を課すことができず,虚偽の情報が
市場に開示されることを十分に防ぐことができないし,②個別の事案ごと
に,当該有価証券が発行された経緯やその取得者に係る主観的事情など,
当該事案における一切の事情を逐一検証しなければならなくなるが,その
立証や認定は実際上極めて困難であるため,虚偽の記載をする行為等の違
反行為の抑止が不十分なものとなり,課徴金制度の積極的かつ効率的な運
用による違反行為の抑止は期待できなくなる。
エ原告の主張に対する反論
原告は,虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係を不要とす
れば,過去の有価証券報告書に1回,しかも少しの虚偽でも存在すれば,
それを前提として作成されたその後の発行開示書類はすべて課徴金の対象
となってしまい,憲法39条の理念に反する旨主張する。
しかし,虚偽記載のある有価証券報告書等の提出と,これを組み込んだ
虚偽記載のある有価証券届出書の提出とは,それが同一の虚偽記載に係る
ものであったとしても,飽くまで別個独立のものである。それゆえ,上記
両文書の記載に虚偽がある場合,客観的にみれば違反行為は複数あり,投
資者一般の信頼も複数回害されることになるから,その都度課徴金を課す
対象となるとしても,それは金商法が予定するところというべきである。
また,発行者は,有価証券届出書等を提出するにつき組込方式によらず,
上記両文書を別々に作成して提出することも許されている。そうすると,
虚偽記載のある有価証券報告書等の提出と,当該報告書等を組み込んだ有
価証券届出書の提出について,別途課徴金が課されることになったとして
も,憲法39条の理念に反するとはいえない。
(原告の主張の要旨)
本件課徴金条項に基づいて課徴金を課すための要件として,発行開示書類
の虚偽の記載と有価証券を取得させることとの間に因果関係のあることが必
要である。本件第三者割当につき当該因果関係は認められない。
ア本件課徴金条項は,「重要な事項につき虚偽の記載があ(中略)る発行
開示書類を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づく募集(中略)に
より有価証券を取得させ(中略)たときは」と規定している。「募集」に
より有価証券を「取得」させることは当然であり,同項がそのような当然
のことを定めたとは解されないから,虚偽記載と有価証券の取得との間に
おける因果関係を必要としていると解するのが素直な文理解釈である。
そして,同条項があえて「有価証券を取得させ」ることまで要件とした
理由は,単に算出の便宜のためではなく,虚偽記載とは全く無関係に有価
証券が取得された場合を課徴金を課す対象から除外するためであると解さ
れる。
イまた,本件課徴金条項は,具体的な有価証券の取得者が,当該虚偽記載
を信用し,かつ,発行者の経理状況その他の企業情報等を誤信したまま有
価証券を取得したといえる場合に課徴金を課すことにより,虚偽の情報が
市場に開示されることを防ぐ制度と解されるから,課徴金制度の趣旨に照
らしても,因果関係を否定する理由にはならない。
そして,証券取引等監視委員会及び金融庁の陣容や能力を考えれば,因
果関係の立証や認定は困難とはいえず,この点でも課徴金制度の趣旨に反
することはない。
ウさらに,本件のように組込方式による有価証券届出書の場合には,組み
込む有価証券報告書及び四半期報告書に虚偽の記載があれば,有価証券届
出書にも虚偽の記載があったことになる。仮に虚偽記載と有価証券の取得
との間の因果関係を不要とすれば,過去の有価証券報告書等に1回,しか
も少しの虚偽でも存在すれば,それを組み込んで作成されたその後の発行
開示書類はすべて課徴金の対象となってしまう。実質的な行為としては1
回であるのに,理論的には無限に課徴金を課されることとなり,課徴金が
刑罰ではないとはいえ,このような不合理な適用の可能性がある解釈は,
憲法39条の理念に反する。
エ本件第三者割当において,Gらは,本件各有価証券届出書の記載内容を
信用して出資に応じたわけではない旨明言しており,それらの作成前に救
済目的で原告への出資を決定している。したがって,本件虚偽記載とGら
の原告株式の取得との間には,何ら因果関係がない。
(4)争点4(虚偽記載につき発行者に故意又は過失のあることの要否)につい

(被告の主張の要旨)
本件課徴金条項は,虚偽記載につき故意又は過失があることを課徴金の要
件としていない。
ア金商法は,課徴金を課すための要件として,主観的要素を考慮する場合
には,その旨明文により個別に規定している。例えば,同法172条の2
第2項は,その適用場面が「役員等が虚偽記載等を『知りながら』提出に
関与した場合」に限られることが明文により規定されている。そして,い
わゆる相場操縦行為等に対する課徴金についても,「他人に誤解を生じさ
せる目的」や「取引を誘引する目的」が必要とされ(同法174条1項及
び159条1項,174条の2第1項及び159条2項),いわゆるイン
サイダー取引に対する課徴金についても,重要事実や公開買付け等事実を
「知った」者に限定されている(同法175条1項及び166条1項,1
75条2項及び167条1項)。これらとは異なり,本件課徴金条項は,
課徴金の要件として主観的要素を明文により規定していない。
この点に関し,金商法197条1項1号は,刑事罰を規定するものであ
り,主観的要素がその成立要件であることが,刑法38条1項によって明
示されている。他方で,課徴金は,違反行為を抑止し,規制の実効性を確
保するという行政目的を達成するための行政上の措置であって,責任非難
を基礎とした制度ではなく,法定の賦課事由に該当する行為があれば,法
定の基準に従って機械的に算定された課徴金が必要的に賦課されるもので
あるから,刑事罰と同様に解すべきものではない。むしろ,責任非難を基
礎としない点で,行政上の秩序罰と解されている過料と類似しつつ,過料
とは異なり,単に一定要件のもとにこれを徴収する行政上の措置にすぎず,
制裁的意義を有しないものであるから,責任要素を要求すべき基礎はない。
イまた,比例原則が課徴金制度にも妥当するとしても,そのことから故意
又は過失を課徴金の要件とするとの結論が,論理必然的に導かれるもので
はない。むしろ,課徴金制度は,刑事罰には謙抑性や補充性の原則が存在
することから,刑事罰を科すに至らない程度の違反行為が結果として放置
されるという問題意識の下,違反行為を抑止し,規制の実効性を確保する
ための新たな行政上の措置として導入されたものであるのに,刑事罰と同
様の故意又は過失を要件とすることになれば,課徴金制度を設けた趣旨が
損なわれることになりかねない。
ウ仮に,本件課徴金条項につき故意又は過失を要件とした場合,有価証券
の発行者は法人であるのが通常であるところ,法人それ自体には故意,過
失などの主観的要素を観念し得ないことから,当該法人の内部にいる自然
人を基準としてこれを判断せざるを得ない。しかし,本件課徴金条項には
両罰規定のような明文上の規定が存在しないことから,どの範囲の自然人
を基準にするのかが不明といわざるを得ず,法解釈上の混乱を招きかねな
い。そして,代表取締役を基準とした場合,有価証券届出書の虚偽記載に
関する両罰規定(金商法207条,197条1項1号)と比較して,刑事
罰よりも課徴金を課す要件の方が厳格であることになるが,このような解
釈は課徴金制度の導入趣旨に反する。
また,本件課徴金条項につき故意又は過失を要件とした場合,①有価証
券届出書を提出した時点,②募集又は売出しをした時点,③有価証券を取
得させた時点,④(組込方式を利用している場合には)組み込まれた有価
証券報告書等を提出した時点のうち,いかなる時点において故意又は過失
が必要とされるのかが明確でなく,法解釈上の混乱を招きかねない。
(原告の主張の要旨)
本件課徴金条項は,虚偽記載につき故意又は過失があることを課徴金の要
件としている。そして,原告代表者には当該故意又は過失がなく,原告は,
当該黙示の要件に該当しない。
ア本件課徴金条項は,「発行者が,当該発行開示書類に基づく募集(中略)
により有価証券を取得させ(中略)たときは」と規定しており,当該発行
開示書類の虚偽記載につき故意又は過失がある場合を想定していると解す
ることが文理上素直である。
そして,刑事罰を定める金商法197条1項1号も故意を明示していな
いが,当然故意を要件としている。明文上責任要素が規定されている両罰
規定でさえ,判断要素は一義的に定まるものではないから,本件課徴金条
項の要件として過失等の責任要素を求めても,法解釈上の混乱が生じるこ
とはない。
この点に関し,同法172条の2第2項が,「虚偽の記載のあることを
知りながら」との要件を付したのは,不当に課徴金の対象が拡大すること
を限定するためであるから,そのことをもって同条1項には主観的要件が
不要となることの理由にはならない。
イ責任要素がないのに機械的に課徴金を課すことは,比例原則の観点から
も問題がある。そもそも,故意や過失のような責任要素が全くない者に課
徴金を課しても,何ら抑止効果はなく,一般予防にもならない。経営陣が
交代した会社においては,莫大なコストを費やして過去の一連の決算書類
を検証し直すか,新たな募集を断念するかの選択肢しかなくなり,経済社
会に甚だしい萎縮を生じさせることになるが,課徴金制度がそのような事
態を予定しているはずはない。
ウ課徴金制度は,制裁的効果も付随的にその趣旨としていると解されると
ころ,行政上の制裁にも刑法の基本原則である責任主義が妥当するという
べきである。
実質的に考えても,課徴金が課されることによる不利益は直接的に株主
に及ぶこととなるが,発行者に責任非難の余地がない場合にまで,株主に
課徴金負担による企業価値の減少という不利益を強いることを正当化する
根拠はない。
エ本件課徴金条項について,過失等の責任要素の有無は,原則として代表
取締役を基準に判断すべきである。なぜなら,株式会社においては,代表
取締役が業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する
(会社法349条4項)からである。例外的に,代表者以外にも有価証券
届出書の作成や届出について実質的な決裁権限を有していた者がいれば,
その者の過失等を考慮する余地はあるというべきであるが,本件違反事実
1ないし3の際,旧経営陣は全員退任していたから,本件においてこの点
は問題にならない。
そして,本件課徴金条項について,過失等の責任要素の判断時期は,「募
集又は売出し」の時点が基準となると解される。これは,「有価証券を取
得させ,又は売り付けた」ことがいわば結果であるため,容易に文理解釈
できるものであり,法解釈上の混乱など生じない。
オ本件第三者割当の割当先であるGら(J社の代表取締役である原告代表
者を含む。)は,原告の不適切な会計処理等に全く関与しておらず,第3
募集の際,原告代表者には本件虚偽記載につき故意がなかった。
そして,本件虚偽記載は,原告代表者が現在の地位に就任する前に,D
が主導して行ったもので,複数の共犯的会社の協力を得て,極めて複雑か
つ巧妙に行われていたため,公認会計士でも見抜けないものであった。そ
の上,原告代表者は,現在の地位に就任する前に,原告の財務会計を含め
た経営状況等の調査を行い,独立監査人の監査報告書等を確認し,就任後
も引き続き必要な調査を行うことで,善管注意義務を尽くしていた。そう
すると,第3募集の際,原告代表者には,本件虚偽記載について過失はな
かった。
第3当裁判所の判断
1有価証券届出書の虚偽記載に関する課徴金制度の立法経緯等について
(1)金商法は,「有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし,有価証
券の流通を円滑にするほか,資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等
の公正な価格形成等を図り,もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護
に資することを目的」とする(同法1条参照)。この目的を達成するために
は,投資者が合理的に投資判断等を行うことができるよう,有価証券に係る
企業の内容等の情報が適時かつ適切に投資者に対して開示されることが必要
不可欠である。そこで,同法は,「企業内容等の開示」に関する諸規定を置
き(同法第2章),有価証券の新規発行の局面と有価証券の流通の局面とに
分け,それぞれにおいて,発行者に対し,有価証券に係る企業の内容等を広
く市場における一般投資家に対して開示することを義務付けている。
このうち,有価証券の新規発行の局面では,市場に情報を開示する必要が
高いと考えられる態様の取得勧誘行為を「有価証券の募集」又は「有価証券
の売出し」と定義し(同法2条3項,4項),有価証券の発行者等は,上記
の募集等に該当する取得勧誘行為を行う場合,募集等に関する事項及び発行
者に関する事項を記載した有価証券届出書を内閣総理大臣に対して提出し
(同法5条),原則としてその届出をしなければ募集等をすることができな
いこととされ(同法4条1項),この有価証券届出書が公衆の縦覧に供され
ることにより(同法25条1項),広く投資者一般に開示されることとされ
ている(いわゆる発行開示制度)。なお,上記の「有価証券の募集」には,
①いわゆる多人数向け取得勧誘(50名以上の多数の者を相手方とするもの。
同法2条3項1号,金融商品取引法施行令1条の5)と,②適格機関投資家
向け取得勧誘,特定投資家向け取得勧誘及び少人数向け取得勧誘のいずれに
も該当しない取得勧誘(同項2号)とが該当するところ,本件第三者割当に
係る取得勧誘は,「有価証券の募集」に当たるものとして,上記の規制を受
けることになる。
また,有価証券の流通の局面では,一定の流通量が想定される有価証券の
発行者に対し,定期的に企業情報を記載した有価証券報告書その他の継続開
示書類を内閣総理大臣に対して提出することが義務付けられ(同法24条),
この有価証券報告書等が公衆の縦覧に供されることにより(同法25条1項),
広く投資者一般に開示されることとされている(いわゆる継続開示制度)。
そして,金商法は,届出が義務付けられた有価証券届出書,有価証券報告
書などにつき,その重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者に
ついては,重い刑事罰を定め(同法197条1項1号,207条1項1号),
開示における不実表示に対して厳しい態度で臨んでいる。
(2)金商法の前身である旧証券取引法は,平成16年法律第97号による改正
前,同法違反行為については刑事罰を中心として規制の実効性を確保するこ
ととされていた。しかるに,平成15年に開催された金融審議会金融分科会
第一部会において,①刑事罰は対象者に与える影響が極めて大きいため抑制
的に運用する必要があり,刑事罰を科すに至らない程度の違反行為は,結果
として放置されることになってしまうこと,②証券会社等に対する業務停止
などの行政処分は,違反行為に無関係な顧客の利便性を損なう面がある一方
で,行政処分に値する違反行為に限定して発動すると,違反行為の実情に見
合った抑止力として不十分であることなどの問題意識から,エンフォースメ
ントを可能にするため,違反者に対して金銭的負担を課す制度の導入など,
ツールの多様化を図る必要が議論された(乙11)。これを受けて,上記法
改正においては,有価証券届出書の虚偽記載などの同法違反行為の抑止を図
り,その規制の実効性を確保するべく,新たに,行政上の措置として金銭的
な負担を課す制度,すなわち課徴金制度が導入された(乙5,6,12の2)。
そして,課徴金賦課を行うに当たっては,証券取引等監視委員会が調査,勧
告を行い,内閣総理大臣から権限の委任を受けた金融庁長官が課徴金納付命
令を発出することとされ,刑事手続とは別の手続が定められた(同法178
条以下)。
(3)上記の課徴金制度の創設に当たり,上記の第一部会においては,課徴金の
水準については,ルール破りは割に合わないという規律を確立し,規制の実
効性を担保するため,少なくとも違反行為による利得の吐き出しは必要であ
るが,違反行為が市場への信頼を傷つけるという社会的損失をもたらしてい
ることをも考慮し,抑止のために十分な水準とするように検討すべきである
との議論がされた(乙11)。そして,立法に当たっては,違反の抑止のた
めには,諸外国のように行政庁の裁量により違反者の得た経済的利得を大幅
に上回る金額の制裁金を賦課すべきとの考え方もあるが,今回初めて制度を
導入することから,抑止のための必要最小限度の水準として,経済的利得相
当額を基準とすることとされた(乙5)。
以上のような経緯から,課徴金制度の創設時において,発行開示違反につ
いての課徴金の水準は,当該有価証券の発行価額の総額の100分の1(当
該有価証券が株券等である場合にあっては,100分の2)と規定された。
これは,当該違反行為により当該発行者が得たであろうと一般的,類型的に
想定される経済的利得の額に相当するものとして,決算発表前後のいわゆる
株価の変動率につき決算期に重要事実を公表した会社と重要事実を公表して
いない会社との間で比較をした場合の差額に関する知見を踏まえたものであ
った(乙3,5,7)。そして,課徴金の水準については,実績を積み重ね
ていく中で,将来的に,違反行為の抑止という観点から検証していく必要が
あるとされていた(乙12の2)。
(4)その後,平成17年の証券取引法の改正により,継続開示書類の虚偽記載
に対する課徴金が導入された(乙8)。さらに,平成19年,金融審議会金
融分科会第一部会法制ワーキング・グループにおいて,課徴金制度の見直し
が検討され,課徴金の金額の水準が議論されたところ,議論の過程では,規
制の実効性を一層確保する観点からは,利得に必ずしもとらわれる必要はな
いとの指摘がある一方で,課徴金が反社会性,反道徳性を問うものではない
以上,利得から完全に離れるべきでないとの意見もあった(甲4,33)。
これらの議論を踏まえ,発行開示書類等の虚偽記載に関する課徴金につい
ては,算定の基準となるデータをより実態に近似したものに改めることとさ
れ,平成20年法律第65号による改正より,同号の課徴金の額は引き上げ
られた。すなわち,決算期のタイミングは,様々な価格変動要因が集中する
時期であり,期中のいずれか任意の時点で行われる有価証券の発行のタイミ
ングの近似としては,誤差が大きいとの考慮から,「期中において重要事実
を公表した企業の株価の変動率」と「当該時点において重要事実を公表して
いない同業他社の株価の変動率」との間で比較した場合の差額を踏まえ,課
徴金の算定の際に発行価額の総額に乗ずる比率を,当該有価証券の発行価額
の総額の100分の2.25(当該有価証券が株券等である場合にあっては,
100分の4.5)とすることとした(乙3)。
2争点1(発行者に具体的な経済的利得があること又はこれが生じる一般的,
抽象的な可能性があることの要否)について
(1)本件課徴金条項は,虚偽の記載がある有価証券届出書などの発行開示書類
を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づく募集又は売出しにより有価
証券を取得させ,又は売り付けたときは,同項所定の区分に応じ,当該各号
に定める額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければなら
ない旨定めているところ,その文言上,発行者において具体的な経済的利得
があること又は経済的利得が生じる一般的,抽象的な可能性があることは要
件とされていない。
また,本件課徴金条項により課されることとなる課徴金の額は,取得させ
た有価証券の発行価額の総額又は売り付けた有価証券の売出価額の総額に一
定の割合を乗じた金額として定められているところ,このような定め方とさ
れているのは,違反行為の抑止という課徴金の制度趣旨からすると,課徴金
の水準は,本来的には違反者の経済的利得には必ずしもとらわれず,抑止効
果との兼ね合いで決定されるべきものであることを前提としつつ,課徴金制
度を初めて導入するに当たり,違反の抑止のための必要最小限度の水準とし
て,経済的利得相当額(当該違反行為により当該発行者が得たであろうと一
般的,類型的に想定される経済的利得の額に相当するもの)を基準とするこ
とが妥当であるとの判断によるものであると解されるところであり(上記1
(3),乙7,12の1),本件課徴金条項の文言上,課徴金の具体的な金額は,
違反者たる発行者が実際に得た経済的利得の有無及びその多寡とは無関係に
算定されるものとされている。
さらに,そもそも,本件課徴金条項に係る課徴金の制度は,「資本市場の
機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図」るなどの目的
を実現するために設けられた企業内容等の開示制度に違反する行為をより効
果的に抑圧するために創設されたものであるところ(上記1(2)及び(3)),
開示制度の実効性を確保するためには,違反者たる発行者が具体的な経済的
利得を取得したか否かにかかわらず,開示制度に違反する発行開示書類の提
出行為それ自体を抑止することが要請されるということができる。
これらの点を勘案すると,本件課徴金条項に基づき課徴金を課すに当たり,
発行者において具体的な経済的利得があること又は経済的利得が生じる一般
的,抽象的な可能性があることは要件とされていないと解するほかはない。
(2)これに対し,原告は,課徴金制度の趣旨につき一次的には利得を吐き出さ
せることによって違反行為の抑止を図ることにあり,制裁的要素は付随的な
ものであるとの理解を前提に,発行者に具体的な経済的利得があること又は
これが生じる一般的,抽象的な可能性があることが本件課徴金条項の要件で
あるところ,本件第三者割当において原告はこの黙示の要件に該当しない旨
主張する。
この点,確かに,①上記1(3)のとおり,平成15年に開催された金融審議
会金融分科会第一部会において,課徴金制度の創設に当たり,「少なくとも
違反行為による利得の吐き出しは必要である」との議論がされたという経緯
があり,また,②上記1(4)のとおり,平成19年に開催された同部会ワーキ
ング・グループにおいて,「課徴金が反社会性,反道徳性を問うものではな
い以上,利得から完全に離れるべきでない」との意見があったことが認めら
れる。しかしながら,上記の議論等は,課徴金の水準を定めるに当たってな
されたものであって,課徴金を課す要件として議論されていたものではない
し,また,上記の議論等では,同時に,「違反行為が市場への信頼を傷つけ
るという社会的損失をもたらしていることをも考慮し,抑止のために十分な
水準とするように検討すべきである」旨の議論や,「規制の実効性を一層確
保する観点からは,利得に必ずしもとらわれる必要はない」旨の意見もあり,
課徴金制度の設計に当たっては,発行者における経済的利得の剥奪という要
素が同制度の根幹となるものではないとの認識が示されていたことが認めら
れる。以上の立法経緯に照らすと,課徴金制度の趣旨につき,一次的には発
行者から利得を吐き出させることによって違反行為の抑止を図ることにある
と理解することは当を得ないといわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張はその前提において採用することができない。
3争点2(本件虚偽記載が同項にいう「重要な事項」に当たるか否か)につい

(1)本件課徴金条項は,重要な事項につき虚偽の記載がある有価証券届出書な
どの発行開示書類を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づく「有価証
券の募集」又は「有価証券の売出し」により有価証券を取得させ,又は売り
付けたときに,課徴金の納付を命じなければならない旨定めているところ,
本件課徴金条項により課徴金が課されるのは「有価証券の募集」又は「有価
証券の売出し」の場合,すなわち,①いわゆる多人数向け取得勧誘の場合と,
②適格機関投資家向け取得勧誘,特定投資家向け取得勧誘及び少人数向け取
得勧誘のいずれにも該当しない取得勧誘の場合を想定していることからする
と(上記1(2)),本件課徴金条項は,市場における有価証券の発行と流通を
念頭におき,発行者から直接取得勧誘を受ける不特定の相手方のみならず,
その相手方から譲渡を受ける可能性がある投資者一般をも保護することを目
的とするものと解される。このことに照らせば,本件課徴金条項にいう「重
要な事項」とは,投資者一般を基準として,投資者の投資判断に影響を与え
るような事項をいうものと解することが相当である。
(2)これに対し,原告は,本件課徴金条項にいう「重要な事項」について,具
体的な事案における個別の投資者を基準に,投資判断に影響が生じるものが
これに該当する旨主張し,その理由として,①「投資者一般」を基準とする
と「重要な事実」という要件は無意味となること,②本件課徴金条項が虚偽
記載のある発行開示書類を提出した発行者に対して課徴金を課すこととして
いるのは,一次的には取得者を錯誤に陥らせた点に非難可能性があるからで
あることを指摘する。
しかし,①については,具体的な虚偽記載を前提とした場合,市場におい
て想定される「投資者一般」を基準として,当該虚偽記載がその投資判断に
影響を与えるものとそうでないものとを区別することは十分に可能であるか
ら,上記のように解したとしても,「重要な事実」という要件が無意味なも
のとなるとはいえない。また,②については,上記1(4)で判示したとおり,
金商法の課徴金制度が違反行為をした者の反社会性,反道徳性を問うもので
ないことは明らかであるから,本件課徴金条項の趣旨を正解しないものとい
わざるを得ない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
(3)別紙2別表2のとおり,本件虚偽記載の対象は,原告単体又は連結の経常
損益,当期ないし中間純損益及び純資産額であるところ,これらは,いずれ
も原告の企業価値の重要な指標となるものであるし,本件虚偽記載と真正な
額との差額も,金額及び割合共に大きなものといえるから,当該事実につい
て真実が明らかになれば,投資者一般の投資判断に影響が生じるものである
ことは明らかというべきである。
したがって,本件虚偽記載は,本件課徴金条項にいう「重要な事項」に該
当する。
4争点3(虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係の要否)につい

(1)本件課徴金条項は,「重要な事項につき虚偽の記載があ(中略)る発行開
示書類を提出した発行者が,当該発行開示書類に基づく募集(中略)により
有価証券を取得させ(中略)たときは」と規定されているところ,その文言
上,発行開示書類に虚偽記載があることと有価証券の実際の取得者による取
得との間に因果関係が必要であることが直截に示されているとはいい難い。
また,そもそも,課徴金の制度は,「資本市場の機能の十全な発揮による
金融商品等の公正な価格形成等を図」るなどの目的を実現するために設けら
れた企業内容等の開示制度に違反する行為をより効果的に抑圧するために創
設されたものであるところ(上記1(2)及び(3)),開示制度の実効性を確保
するためには,虚偽記載が原因となって有価証券の実際の取得者が取得した
か否かにかかわらず,開示制度に違反する発行開示書類の提出行為それ自体
を抑止することが要請されるということができる。
これらの点を勘案すると,本件課徴金条項は,課徴金を課すに当たり,個々
の事案ごとに,発行開示書類に虚偽記載があることと有価証券の取得との間
における因果関係を要件とするものではないというべきである。
(2)これに対し,原告は,虚偽記載と有価証券の取得との間における因果関係
を不要とすれば,本件各有価証券届出書のように,組込方式を採用して有価
証券届出書を提出する場合,虚偽記載が1回限りのものであっても,有価証
券届出書の提出ごとに課徴金を課されることになって,二重処罰を禁じた憲
法39条の理念に反する旨主張する。
しかし,有価証券届出書の提出の際,その提出者が,金商法5条3項,企
業内容等の開示に関する内閣府令9条の3に基づき,その者に係る直近の有
価証券報告書及びその添付書類並びにその提出以後に提出される四半期報告
書又は半期報告書並びにこれらの訂正報告書の写しをとじ込み,かつ,当該
有価証券報告書提出後に生じた事実で上記内閣府令で定めるものを記載する
方式(組込方式)を採用することが認められている趣旨は,発行開示と継続
開示とを統合することにより,発行開示の簡素化を図り,もって発行者の開
示負担の軽減を図るところにあると解されるところ,有価証券の発行者が,
開示負担を軽減すべく組込方式によって複数回にわたって有価証券届出書を
提出した場合,その都度投資者一般の投資判断を歪めるおそれが生じる以上,
これに対応して課徴金を課すことは,法の予定するところというべきである
から,発行者が重ねて課徴金を課されることがあったとしても,憲法39条
の理念に反するものとまではいうことができない。原告の上記主張は採用す
ることができない。
5争点4(虚偽記載につき発行者に故意又は過失のあることの要否)について
(1)本件課徴金条項には,文言上,故意又は過失という主観的要件が規定され
ていない。他方,課徴金に関する他の条項についてみると,例えば,①発行
者の役員等で虚偽記載のある発行開示書類の提出に関与した者が,当該書類
に基づく売出しにより自己の所有する有価証券を売り付けた場合における課
徴金について定める金商法172条の2第2項は,「当該発行開示書類に虚
偽の記載があり,又は記載すべき事項の記載が欠けていることを知りながら
当該発行開示書類の提出に関与した者」であることが要件とされており,②
いわゆる相場操縦行為等に対する課徴金についても,「取引の状況に関し他
人に誤解を生じさせる目的」や「取引を誘引する目的」が要件とされ(同法
174条1項及び159条1項,174条の2第1項及び159条2項),
③いわゆるインサイダー取引に対する課徴金についても,当該上場会社等に
係る業務等に関する重要事実や,公開買付け等の実施又は中止に関する事実
を「知った」者であることが要件とされている(同法175条1項及び16
6条1項,175条2項及び167条1項)。
また,本件課徴金条項は,違反行為を抑止し,規制の実効性を確保するた
めの行政上の措置であって,違反行為の反社会性ないし反道徳性を問うもの
ではないという考え方の下で設けられており(上記1(4)),個々の事案にお
いて課される課徴金の金額については,違反の程度の軽重などの具体的な事
情は一切考慮されず,一律に,当該違反行為により当該発行者が得たであろ
うと一般的,類型的に想定される経済的利得の額に相当するものとして規定
された金額が課され,それ自体,制裁の実質を有する水準のものとまではさ
れていないことに照らすと,本件課徴金条項に基づく課徴金は,責任非難を
基礎とした制裁として科される刑事罰とは,基本的な性格が異なるというべ
きである。そうすると,課徴金制度に刑法38条1項を適用又は準用する余
地はない。
これらの点を総合勘案すると,本件課徴金条項において,発行開示書類の
虚偽記載につき発行者に故意又は過失のあることが要件とされていると解す
ることはできない。
(2)これに対し,原告は,本件課徴金条項について,発行開示書類の虚偽記載
につき発行者に故意又は過失のあることが要件である旨主張し,その理由と
して,①何の責任要素もない場合に機械的に課徴金を課すことは比例原則の
観点から問題があり,課徴金を課しても何ら抑止効果はなく,経営陣が交代
した会社においては,莫大なコストを費やして過去の一連の決算書類を検証
し直すか,新たな募集を断念するかの選択肢しかなくなって,経済社会に甚
だしい萎縮を生じさせることになること,②行政上の制裁にも刑法の基本原
則である責任主義が妥当すること,③発行者に責任非難の余地がない場合に
まで株主に不利益を強いることを正当化する根拠はないことなどを指摘する。
しかし,投資者が合理的に投資判断等を行うことができるよう,有価証券
に係る企業の内容等の情報が適時かつ適切に投資者に対して開示されるべき
ことは,経営陣が交代した会社にあっても,その前後を通じて等しく妥当す
る事柄であるから,新たな経営陣が,経営の交代後,有価証券の募集等を行
う際には,前もって過去の決算書類等につき金商法上の違法が生じないよう
に検証を行うべきことは,金商法が当然の前提とするところであると解され
る。したがって,仮に当該検証を通じて虚偽記載を発見できず,有価証券の
募集等をした後に虚偽記載が発覚して課徴金が課される事態に至ったとして
も,そのことをもって,比例原則の観点から問題であるということはできな
いし,このような場合であっても課徴金が課されることを通じて,虚偽の記
載がされたままで有価証券の募集等が行われることを将来に向かって抑止す
る効果があるということができる。したがって,原告の上記①の主張は採用
することができない。
また,本件課徴金条項による課徴金の水準については制裁の実質を有する
ものとみることはできず,一般的,類型的に想定される経済的利得の額に相
当するものとして規定された金額にとどめられていることは上記判示のとお
りであるから,仮に「行政上の制裁」に責任主義が妥当すべきであるとの立
場に立つとしても,原告の上記②の主張はその前提を欠くものというべきで
ある。
さらに,一般に,発行者たる会社の代表取締役等の経営判断の誤りにより
企業価値が減少した場合,その誤りにつき責任非難の余地がなくとも,株主
は当該企業価値の減少という不利益を甘受すべき立場にあるから,原告の上
記③の主張については,その前提を欠くといわざるを得ない。
以上のとおりであるから,原告の上記主張はいずれも採用することができ
ない。
6原告のその他の主張について
原告は,本件課徴金条項についても,旧証券取引法164条1項に関する最
高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日
大法廷判決・民集56巻2号331頁の判旨を参照して,明文の除外規定がな
くとも,類型的にみて取引の態様自体から立法目的を阻害する危険性がない場
合には,本件課徴金条項は適用されない旨主張し,そのような危険性がない場
合として,①経済的利得及び経済的利得が生じる一般的,抽象的な可能性がな
い場合,②有価証券届出書の虚偽記載が取得者にとって「重要な事項」に該当
しない場合,③発行開示書類の虚偽記載と有価証券を取得させることとの間に
因果関係がない場合,又は④発行者に虚偽記載についての過失等の責任要素が
ない場合を挙げる。
しかし,上記最高裁大法廷判決は,いわゆるインサイダー取引に関し,上場
会社が,主要株主に対し,旧証券取引法164条1項に基づき,同社株式の短
期売買取引による利益の提供を求めた事案において,同条8項が,内閣府令で
定めるときには同条1項の適用を除外する旨規定していることも踏まえつつ,
類型的にみて取引の態様自体から主要株主がその職務又は地位により取得した
秘密を不当に利用することが認められないときなどにも,同条1項の適用はな
いと判示したものであるところ(甲36),同条8項のような規定が置かれて
いない本件課徴金条項について,原告の挙げる上記①ないし④の場合が,類型
的にみて取引の態様自体から立法目的を阻害する危険性がない場合に当たると
して,本件課徴金条項の適用を除外すべき理由は見出し難いというべきである。
むしろ,これまで判示したとおり,本件課徴金条項について,上記①ないし④
の点を個別に検討すると,原告の主張はいずれも採用できないのであって,上
記最高裁大法廷判決の存在は,その判断を覆すものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
7結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担に
つき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官谷口豊
裁判官坂田大吾
裁判官下和弘

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