弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人原利一の上告理由について。
 上告人A1が原判示額面一〇〇万円の小切手の取立をD信用組合E支店に依頼し
た経緯について原判決の確定する事実関係は、同上告人はかねて訴外Fに売渡して
いた山林を昭和二六年一〇月三〇日までに代金一五五万円を提供して買戻し得る約
定をしていたので、右期限内に買戻してこれを訴外Gに売渡す契約をし、昭和二六
年一〇月一九日右訴外Gから代金内払としてH銀行I支店(支店長J)振出の自店
払小切手額面一〇〇万円(本件小切手)の交付を受けた。そこで同上告人は翌二〇
日かねて組合員にして預金等取引のあるD信用組合E支店に右小切手の取立を依頼
したのであるが、同上告人としては、その後なお前記Fに対し買戻代金の減額方を
交渉した上、同月二七日頃買戻を完了したいと考えていたので、右小切手の取立を
依頼するにあたり右支店の支店長代理として営業一切を主宰していた訴外Kに対し、
右小切手金は山林の買戻代金に充てるものであるから、来る一〇月二七日に必ず現
金を揃えて交付されたく、それが遅れるときは同上告人は山林の買戻ができず多額
の損害を受けることになるからと念を押した。そこで右訴外Kは右組合における取
扱として、預金取引のある組合員から他店払小切手の取立を依頼されたときは、取
立てた金員を一応預金者の普通預金または当座預金に組入れる仕きたりとなつてい
たところから、そのことを同上告人に告げた上、いずれ前記小切手は熊本市所在の
H銀行支店払であるため、同市所在の組合本店に廻付して取立て、一応同本店の現
金勘定に入れることとなるので、果して指定期日に相違なく一〇〇万円という大金
を遠隔で辺鄙な地にあるE支店まで届けられるかどうかが危惧されたところから、
熊本市の組合本店に電話連絡して組合次長である訴外Lにその点を問合せた。その
頃同組合は次第に業態が悪化し、資金ぐりに相当の窮屈を感じていた折であつたの
で、右訴外Lは組合の預金課長に右の旨を告げて尋ねたところ、一〇〇万円程度な
ら相違なく払出ができるとの返答であつたので、そのことを前記訴外Kに告げて小
切手金の預金受入を承諾してよい旨の指示を与えた。そこで訴外Kは更にその旨を
上告人A1に伝えたので、同上告人は妻である上告人A2名義の同組合E支店普通
預金口座に右小切手金を一応預金として組入れることを承諾した。そして右小切手
は二日後である一〇月二二日同組合本店においてH銀行I支店から取立て、同組合
本店の現金勘定に入れられ、且右約定により上告人A2名義の預金口座に預金とし
て組入れられたというのである。
 原判決は右事実関係を解して、前記認定のように右小切手金については右組合と
上告人A1との間に取立委任と同時に該小切手金を普通預金に組入れる旨の預金契
約が成立し、同上告人の債権は該預金契約に基く通常の金銭債権となつたものであ
るから、その債務不履行による損害賠償については民法第六四七条を適用する余地
なく、同法第四一九条に従い法定利率または約定利率により定められるのであつて、
その他に予見可能の特別事情による損害を生じたとしても、これが賠償を請求し得
べきものではないといわなければならないと判示して、上告人主張にかかる右損害
賠償債権をもつてする相殺の主張を排斥している。
 しかし、右認定の前記事情関係からすれば、右は単純に取立てた小切手金を預金
契約に振り替えたものとみるべきでなく、取立にかかる小切手金を普通預金とした
のは、右組合において委任事務を処理するに当つて受取つた金銭を委任者に引渡す
迄の保管方法として、便宜上上告人A1の了解を得てその取扱いをしたというにと
どまり、右小切手の取立を依頼するにあたり、同組合と上告人との間になされた委
任事務処理に関する特約は、右取立金を普通預金としたことによつて解消したもの
ではなく、右預金の払戻についても右特約の趣旨は存続していたもの――従つて、
事態のいかんによつては民法六四七条適用の余地あるもの――と解するのが前記認
定の事実関係に照し本件の実情に沿うものというべきである。原判決が普通預金と
いう金銭債権の形式をとつたという一事によつて直ちに右委任事務処理についての
特約の存否について顧慮することなく、前記のごとく同上告人の主張を排斥したの
は、到底審理不尽の違法あるを免れない。
 この点において本件上告は理由あり、よつて民訴四〇七条に則り全裁判官一致の
意見をもつて主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助

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