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平成14年(ワ)第20521号 特許権持分移転登録手続等請求事件
口頭弁論終結日 平成15年11月14日
判       決
      原       告     A
      同訴訟代理人弁護士     升永英俊
同訴訟復代理人弁護士荒井裕樹
      同    江口雄一郎
      被       告     味の素株式会社
      同訴訟代理人弁護士中村 稔
同熊倉禎男
      同             吉田和彦
      同渡辺 光
主       文
1 被告は,原告に対し,金1億8935万円及びこれに対する平成14年
10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
   3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告
の負担とする。
   4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,金20億円及びこれに対する平成14年10月5日か
ら支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等(証拠を示した事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 被告は,調味料,アミノ酸等を製造する総合食品製造業者である。
原告は,昭和38年3月,名古屋大学工学部化学工学科を卒業し,同年4
月,被告に入社した。原告は,昭和44年10月に被告中央研究所に配属となり,
昭和63年7月に同研究所プロセス開発研究所長,平成5年6月に被告東海工場
長,平成9年6月に被告の関連会社である東洋製油株式会社代表取締役に就任し,
同年12月,転籍により被告を退職した。
(2) 本件各発明
  原告は,昭和57年1月ころ,共同発明者であるB,C,D,E及びFと
ともに,別紙1(特許目録)1ないし10記載の各特許権(以下,それぞれ「本件
特許1」などといい,合わせて「本件各特許」という。)に係る発明(以下,それ
ぞれ「本件発明1」などといい,合わせて「本件各発明」という。)をした。本件
各発明は,その性質上被告の業務範囲に属し,かつ,本件各発明をするに至った行
為が被告における原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務
発明に当たる。
  本件発明1及び2は,人工甘味料アスパルテーム(物質名L-α-アスパ
ルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル。以下「APM」という。)を工業
的規模で製造する工程の一部をなす工業的晶析法及びAPMの束状集合晶並びに上
記工業的晶析法によって得られるAPMの束状集合晶等に関する発明である。
(3) 特許を受ける権利の譲渡及び設定登録
  原告は,昭和57年1月ころ,被告に対し,本件各発明に係る特許を受け
る権利を譲渡し,被告は,別紙1(特許目録)記載のとおり,我が国(本件特許1
及び2)のほか,アメリカ合衆国(本件特許3ないし8),カナダ(本件特許9)
及びヨーロッパ(本件特許10)において出願し,本件各特許につき設定登録を受
けた。
(4) 従業員の発明に関する被告の定め
  被告は,平成2年3月16日に発明等取扱規程(乙5の1)を,同年4月
1日にその補償内容を定めた発明等取扱に関する基準(乙6)を施行した。被告
は,平成11年10月1日,上記規程を改定した上(乙5の2),特許報奨規程
(乙9)を施行し,平成12年7月1日,特許報奨規程運営要領(乙10)を施行
した。これらの内容(特許報奨規程運営要領以外はその一部である。)は,別紙2
のとおりである。
(5) 被告の実施状況等
ア 被告は,昭和55年9月18日,米国法人G.Dサール社(以下「サー
ル社」という。)との間で,APMの製造方法等に関する米国及びカナダにおける
特許について,独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「昭和55年契
約」という。)を締結した(乙30)。
イ 被告は,平成4年12月18日,米国法人ニュートラスウィート社(サ
ール社のAPM事業部門が独立した会社。以下「NS社」という。)との間で,本
件特許3ないし9について独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「平
成4年契約」という。)を締結した(乙31)。
ウ 被告は,平成4年,被告とNS社との合弁会社であるフランス法人ユー
ロアスパルテーム・エス・アー(以下「EASA社」という。後の味の素ユーロア
ステルパーム)との間で,本件特許10を含む多くの欧州特許に関するライセンス
契約(以下「欧州ライセンス契約」という。)を締結した。
(6) 被告の原告に対する報奨金の支払
 被告は,平成13年1月17日,原告を含む本件各発明の共同発明者に対
し,特許報奨規程(乙9)及び特許報奨規程運営要領(乙10)に基づき,本件各
発明を平成11年度功労特許の対象特許として,これらの特許による増分利益額1
13億6700万円の約1000分の1に当たる1200万円を支払うこととし,
原告に対しては,共同発明者の合意に基づき,このうち原告の寄与率6分の5に相
当する1000万円を支払った。
 2 事案の概要
 本件は,被告の元従業員であった原告が,被告に対し,本件各発明が職務発
明であり,被告に特許を受ける権利を承継したとして,特許法35条3項に基づ
き,その相当の対価247億7147万円のうち,一部請求として,20億円の支
払を求める事案である。原告は,外国に出願された特許を受ける権利の承継の対価
をも請求するところ,被告は,特許法35条3項は,外国において特許を受ける権
利の承継に対する対価請求には適用されないなどと主張して対価の額を争うととも
に,対価請求権が時効により消滅した旨主張する。
3 本件の争点
(1) 外国において特許を受ける権利について
ア 外国において特許を受ける権利について特許法35条3項が適用される
か。
イ 原告と被告の間で外国において特許を受ける権利について相当の対価を
支払う旨の合意が成立していたか。
(2) 本件各発明について特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか。
(3) 本件各発明に関する原告の対価請求権は時効により消滅したか。
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(外国において特許を受ける権利に対し特許法35条が適用される
か)について
〔原告の主張〕
(1) 属地主義の原則の意義内容
  属地主義の原則は,工業所有権の保護に関するパリ条約(以下「パリ条
約」という。)4条の2(1),(2)に規定されている各国特許独立の原則である。属
地主義の原則とは,パリ条約4条の2(1)に「同盟国の国民が各同盟国において出願
した特許は,・・・」と定められていることから明らかなように,あくまでも同一
の発明について各国において特許出願した後の次元に関する原則である。そして,
この原則とは,「各同盟国に出願した特許は,他国において同一の発明について取
得した特許から独立であって」,「独立」とは優先期間中に出願された特許が無効
又は消滅の理由や通常の存続期間についても独立したものであることを意味すると
いう原則である(パリ条約4条の2(1),(2))。
(2) 特許法35条3項の「特許を受ける権利」の意義
  特許法35条3項の「特許を受ける権利」は,発明者が発明完成と同時に
取得する発明に対する権利(財産権)を意味する。特許法34条1項が「特許出願
前における特許を受ける権利」と規定していることからも,特許法の各条文に定め
られている「特許を受ける権利」の意義は,発明者が発明完成と同時に発明に対し
て有する権利であることは,明らかである。
  このように,属地主義の原則は,その適用の場が各国での特許出願以後の
次元のことであり,他方,特許法35条3項の「特許を受ける権利」は,発明完成
と同時に職務発明に対して有する権利を意味するため,特許出願される以前の次元
に属する権利に及ぶ。よって,上記の属地主義の原則は,特許法35条3項の「特
許を受ける権利」とは適用の次元が異なるから,上記原則をもって,特許法35条
3項が外国特許を受ける権利に適用されないとする根拠にはならない。
(3) 特許法35条4項の文言解釈
  特許法35条4項は,「相当の対価」の算定上考慮すべき要素として,
「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」と規定するのみであって,「出
願後の日本特許を受ける権利により使用者等が受けるべき利益の額」とは規定して
いない。したがって,同項の文言を自然に解釈する限り,同条3項の「特許を受け
る権利」には,日本における出願前の特許を受ける権利のみならず,外国における
出願前の特許を受ける権利も含まれるものと解すべきである。すなわち,ここで想
定されている使用者と従業員発明者との間の譲渡の目的たる権利は,特許に関する
属地主義とは無関係な,発明者が発明完成と同時に職務発明に対して有している財
産権と解すべきであり,よって,その譲渡対価である相当の対価は,職務発明を日
本及び外国で実施することにより使用者等が受けるべき利益の額を考慮して算定し
なければならない。
  このことは,① 使用者が,職務発明の譲受後に日本を含めどの国に出願
するかを従業員発明者の合意によることなく専断している実態,② 外国出願する
たびに,使用者と従業員発明者との間の譲渡契約の準拠法が異なり,相当の対価の
内容も当該準拠法により決定されると解するのは,当事者の合理的意思解釈に照ら
して極めて不自然であることからも裏付けられる。被告も,発明等取扱規程第9条
では,職務発明の譲渡対価について,日本での実施分と外国での実施分を全く区別
していない。また,独立行政法人・産業技術総合研究所の職務発明に対する補償金
の支払要領(甲40)も,国内の実施分と外国の実施分を区別していない。
  よって,特許法35条は,職務発明に係る外国で特許を受ける権利にも直
接適用される。
(4) 準拠法
  職務発明の譲渡は,使用者と従業者との間の財産権の譲渡契約であるか
ら,職務発明の譲渡という法律関係の性質は契約であると決定し,準拠法について
は法例7条によるべきである。そして,本件各発明の譲渡は,日本法人である被告
と日本に在住する日本人である原告との間で日本で締結された契約であるから,本
件各発明の譲渡契約の準拠法は,法例7条1項により日本法となり,よって特許法
35条が適用されるべきである。
 また,仮に,この問題に関しては法例等に直接の定めがないものとして条
理に基づいて準拠法を決定するとすれば,職務発明に関する規律は,特許発明を利
用する第三者の問題というよりは,むしろ使用者と従業員の法律関係に関わる要素
の方が大きい。そうすると,準拠法も,第三者の発明の利用地に焦点を合わせ各国
ごとに多元的に規律されるとするのではなく,使用者と従業員の労働関係の準拠法
国の特許法の職務発明の規定により一元的に処理すべきであり,この場合も日本法
が準拠法となるから,特許法35条が適用されるべきである。
(5) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとする見解
の欠陥
  外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすると,
特許法35条が特許出願しない場合についても相当の対価を支払わなければならな
いと規定していることと矛盾する。
  また,外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとす
ると,使用者が一方的に定める勤務規則等により従業員発明者が原始的に取得する
特許を受ける権利を予約承継できるという,使用者の重要な職務発明に対する権利
を奪うことになり,一般実務から乖離する。
〔被告の主張〕
(1) 準拠法の問題
ア 国際私法的なアプローチを採ると,外国において特許を受ける権利の承
継の対価請求について,法性決定をして,連結点を定め,準拠法を決定することに
なる。この場合は,外国において特許を受ける権利の承継の対価請求については,
特許を受ける権利の成立又は移転の問題と法性決定し,その準拠法は,当該外国に
おける特許法である。けだし,① 最高裁判所は,特許権には属地主義が適用され
るとした上で,「特許権についての属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成
立,移転,効力等につき当該国の法律によって定めら」れるとしており,② 特許
を受ける権利は,発明によって発生する権利であり,特許権を取得する前提となる
ものであって,特許を受ける権利にも,上記属地主義の原則が適用されるというべ
きであり,③ したがって,従業者の発明に係る特許を受ける権利の成立,移転に
ついても,各国の特許法によって定められることになるからである。
イ 仮に,特許を受ける権利の承継の対価請求が,債権契約の問題であると
すると,法例7条が適用されることになる。
  国際私法の観点からは,特許を受ける権利自体及びその承継の可否並び
に承継のための準物権的行為の要件については当該特許登録国法によるべきであ
り,ある国の特許を受ける権利についてのこれらの問題はその国の法律によること
になるが,その法律上,職務発明について特許を受ける権利を従業員から使用者に
承継させることができるとされているときに,その承継の仕方としての契約につい
ては,法例7条により別途準拠法が定められることになる。ただし,労働法秩序を
どのように形成,維持すべきかについては労務供給地国が重大な利害を有するた
め,その地が法廷地となる場合には,契約の準拠法の如何を問わず,自国の労働関
係法規のうち,絶対的強行法規と呼ばれる性質を有する規定を適用することがあ
る。特許法35条は,その性質上はこの絶対的強行法規であるというべきであり,
日本を労務提供地とする従業員の職務発明について日本特許を受ける権利を従業員
が使用者に承継させる場合には,その承継に係る契約の準拠法の如何を問わず,適
用されるべきであり,条文解釈としてもそのように解することができる。
(2) 特許法35条の解釈
  仮に,日本法が準拠法となるとしても,このことと,特許法35条3項及
び4項が適用されるかどうかは,別の問題である。すなわち,日本を労務供給地と
する従業員が外国において特許を受ける権利を使用者に承継させた場合についてま
で特許法35条3項及び4項が適用されると即断することはできない。現行法の解
釈としてその結論をとるためには,該当条項の文言及び特許法全体の構造に照らし
て,そのように解することができなければならないからである。
 ア 特許法の目的と文言解釈
 我が国の特許法の目的は,「発明の保護及び利用を図ることにより,発
明を奨励し,もって産業の発達に寄与すること」であるが(1条),ここでは,日
本における発明の保護,利用及び産業の発達を指しており,前記の目的から特許法
が対象とする「特許」,「特許権」及び「特許を受ける権利」も当然に日本におけ
るそれらを指している。
 特許法35条3項及び4項の文理解釈として,その文言中に用いられて
いる「従業員等」,「職務発明」,「使用者等」,「特許を受ける権利」,「特許
権」,「専用実施権」及び「発明」という用語は,特許法において厳格に定義さ
れ,その内容が特定されているものであり,日本の特許を受ける権利及び日本の特
許権の承継のみに適用されるものである。とりわけ,同条3項は「専用実施権」と
いう必ずしも国際的に見て一般的ではない権利にも言及しているから,同条項が外
国において特許を受ける権利を予定していないことは明らかである。
 特許法全体の構造上,特許法35条3項及び4項は,同条1項と密接不
可分に結びつき,同条1項は特許を受ける権利に関する29条から34条の規定を
前提とし,さらに29条から34条の規定は日本の特許に関する同法の他の規定と
相互に関連して定められているのであって,このような構造を無視して,35条3
項及び4項だけが外国において特許を受ける権利等にも適用されるとの解釈をする
ことはできない。
イ 特許法35条の趣旨
 特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした
従業者等に原始的に帰属することを前提にしているが,これと異なる法制を採る諸
外国では,同条適用の前提を欠いている。そして,同条は,全体として使用者と従
業者等の利害の調整を図っているものであるから,同条1項及び2項の規定におい
ては「特許を受ける権利」は外国におけるものを含まず,一方,3項の規定のみは
外国におけるものが含まれる,という考え方が採用される余地がない。
ウ 属地主義の原則との関係
 最高裁判所の判例は,属地主義の原則を採用しており,各国はその産業
政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律に
よって規律しているのである(最高裁平成7年(オ)第1988号平成9年7月1
日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁,最高裁平成12年(受)第580
号平成14年9月26日判決・民集56巻7号1556頁)。
 したがって,従業員等が職務上発明をした場合に,我が国特許法が,①
特許を受ける権利が,誰に原始的に帰属し,② どのような要件で承継をすること
ができ,また,実施権が発生するか,③ 承継した場合に誰にどのような権利があ
るか,について規定できる対象は,基本的には,我が国における特許権又は特許を
受ける権利についてのみであるとしか解することができない。したがって,特許法
35条が,前記のとおり,外国において特許を受ける権利を予定していないと解釈
することは,最高裁判所の上記各判決のいう属地主義の原則とよく調和するもので
ある。
エ 労働法との関係
 特許法35条1項は,「従業者等」に「法人の役員」を含めており,し
かも,同条項は,「使用者等」と「従業者等」との法律関係を,労働法が適用され
るものに限っていない。そして,同条の趣旨は,労働者の保護にあるわけではな
い。実質的に考えても,労働者を保護するという点を重視すると,他の労働の成果
物に比べて,職務発明のみを特別視する理由はない。すなわち,労働者が,職務
上,何かを創作し又は製作した場合,その成果については,当然に使用者が原始的
にこれを取得することは,日本法上当然である。これは,有体物に限らず,著作物
についてもそうであり(著作権法15条1項,2項),唯一ともいえる例外が,特
許法35条である。同条は,職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属
及びその利用に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するととも
に,両者間の利害を調整することを図った規定であり,そのことにより,発明の奨
励,ひいては日本の産業の発展をもたらすことを企図したものであって,同条が労
働法であると解することはできない。
オ 以上のとおりであって,特許法35条3項の「特許を受ける権利」に
は,「外国において特許を受ける権利」は含まれず,日本を労務供給地とする従業
員等がした職務発明について特許を受ける権利を従業員等が使用者等に承継させた
ときにだけ適用されることになり,同条は,外国において特許を受ける権利の承継
に対する対価請求には,適用されない。 
(3) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されるとの主張に対
する反論
  原告の主張によると,例えば外国に本拠を置く企業の日本における研究所
の従業員との労働契約は,日本法を準拠法とするが,さらにその従業員が職務発明
をした場合,最初に出願した日本の特許出願に特許法35条が適用される外,全世
界における対応出願とその特許について当然に35条1項が適用され,また同条3
項,4項が全世界の利益を考慮すべきであるということになる。
 かかる外国企業は,その当初から全世界において発明に係る製品の製造,
販売を意図する反面,全世界において特許法35条3項,4項が適用されるとは考
えていないが,仮に適用されるとすれば,その結果従業員発明に支払う金額は外国
企業が全く予想していない金額になる。このような解釈は,我が国における研究開
発の停滞をもたらすものであり,我が国における発明を推奨し,我が国の産業の発
達に寄与するという特許法本来の目的に反することは明らかである。
(4) よって,被告は,外国特許(本件特許3ないし10)をライセンスするこ
とによりロイヤルティ収入を得ているが,外国特許の利用については特許法35条
の適用はないから,被告が外国特許の実施許諾により収入があったからといって,
原告は対価請求権を有しない。 
2 争点(1)イ(外国において特許を受ける権利について相当の対価を支払う旨の
合意の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は,我が国において特許を受ける権利と外国において特許を受ける権
利に対する報奨金の支払について特別に区別して取り扱っていない(発明等取扱規
程5条,8条,9条)。上記規程は,本件各発明についても遡及的に適用され(同
規程15条②項),実際に,外国特許の実施分も考慮に入れて功労特許報奨金が支
払われている。なお,上記発明等取扱規程及び特許報奨規程が,就業規則の一環と
して制定されている以上,就業規則の強行的直律的効力を定めた労働基準法93条
により,会社は,従業員発明者に対して,同規程上の債務を履行する法的義務があ
る。
(2) 一般の実務でも,外国で特許を受ける権利と日本で特許を受ける権利とで
譲渡対価その他の補償金,報奨金の支払について区別されていない。
(3) 原告が日本に居住する日本人であり,被告も日本に本社を置く日本法人で
あって,日本において本件各発明に係る特許を受ける権利が譲渡されていることか
らすれば,法例7条1項により,外国において特許を受ける権利の譲渡契約は,原
告と被告との間で日本法を準拠法とする合意が成立していたものと解される。
(4) 以上の点に鑑みれば,仮に,外国における特許を受ける権利に特許法35
条3項が適用されないとしても,原告と被告との間では,外国において特許を受け
る権利についても日本で特許を受ける権利と全く同様に扱い,被告が原告に対して
相当の対価を支払う旨の合意が成立していたものというべきである。したがって,
被告は,原告との上記合意に基づき,外国において特許を受ける権利についても,
その譲渡の対価として,特許法35条3項に定める相当の対価を支払うべき義務を
負う。
〔被告の主張〕
(1) 米国における特許出願とその対応特許出願については,発明者6名全員と
の間で特許を受ける権利を譲渡することに同意したのである。
(2) 就業規則ないし職務発明規程等に外国特許に関する対価支払に関する規定
が存在する場合には,就業規則等が労働契約の合意内容の一部を構成するものとし
て,使用者に対し外国特許に関する対価支払を義務づける可能性はあるが,その場
合においても外国特許については就業規則等に規定されている限度において使用者
を拘束することを意味するにすぎない。すなわち,かかる就業規則等において外国
特許の承継についても特許法35条を適用することの合意がされていない限り,就
業規則等の契約性を根拠にして外国特許に同条を適用することはできない。
被告の就業規則(乙7の1及び2),発明等取扱規程(乙5の1及び
2),発明等取扱に関する基準(乙6),表彰規程(乙8),特許報奨規程(乙
9),特許報奨規程運営要領(乙10)のいずれにおいても,外国特許の承継の対
価について特許法35条3項,4項の適用ないし準用の合意を示す規定は存在せ
ず,そのような趣旨を示唆する規定も存在しない。発明等取扱規程は,被告が原告
から本件各発明について特許を受ける権利の譲渡を受けた平成2年3月16日の時
点では存在していなかったし,同規程8条では出願時補償と登録時補償とに限ら
れ,9条では特許報奨規程により被告から裁量的,恩恵的に支払われるもので,従
業員発明者との間でいかなる合意をもなすものではない。
(3) 当事者双方が日本人であり,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡契約が
日本で締結されたからといって,そのことをもって法例7条1項の合意があったと
いえないし,法例7条2項により本件各発明について外国において特許を受ける権
利の譲渡契約の成立及び効力の準拠法が日本法であるとしても,そのことから特許
法35条が適用されることにはならない。
(4) 仮に,原告の主張するような合意が成立しているとしても,その場合は,
特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領の全体がその合意内容を構成するものであ
り,よって同規程の算定基準が適用されることになり,報奨金の支払をもって「相
当の対価」の支払に当たる。
 3 争点(2)(特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか)について
  〔原告の主張〕
(1) 「相当の対価」の算定方法
ア 特許を受ける権利は,会社ではなく従業員に帰属するから(特許法29
条1項),職務発明に係る特許を受ける権利を会社に譲渡することは,従業員と会
社との間の特許を受ける権利の売買契約を意味する。すなわち,特許法35条3項
の「相当の対価」とは,会社と従業員との間の特許を受ける権利の売買契約の売買
代金であり,その金額は特段の合意がない限り,等価交換の原則により特許を受け
る権利の時価又は市場価格であり,このように解さなければ,憲法14条1項及び
29条に反する。
イ 職務発明に係る相当対価の算定の基礎とされる「その発明により使用者
が受けるべき利益の額」とは,当該職務発明ないし当該職務発明に係る特許によ
り,使用者が特許法35条1項の法定通常実施権の行使による利益を超えて得た独
占的利益を意味する。
ウ 従業員発明者の保護を目的とする特許法35条の趣旨に鑑みれば,従業
員が職務発明の譲渡対価の算定上,当該要素を考慮に入れることに明確に合意しな
い限り,同条4項の「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を職務発
明の譲渡対価の算定上考慮することはできない。
  従業員発明者は,① 特許権を使用者に奪われずに所有し続ける場合
と,② 特許権を使用者に奪われる代わりに「相当の対価」を受領した場合とを比
較して,全く同一の経済的利益を保有する立場になくてはならない。何故なら,仮
に,②の場合において,従業員発明者が①の場合よりも少ない経済的利益しか「相
当の対価」として受領できないとすれば,従業員発明者は,使用者の一方的な取り
決めによって特許権を奪われた結果,経済的損失を受けることとなり,従業員の経
済的保護に欠けることになってしまうからである。したがって,上記①の場合と②
の場合とで,従業員発明者の保護に欠けることがない,すなわち使用者の一方的な
取り決めによって従業員発明者が経済的損失を受けることがないようにするために
は,従業員発明者に対して,当該特許権の市場価格相当の「相当の対価」を支払わ
なければならない。
エ 仮に,「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を考慮する
としても,それが特許法35条1項が規定する無償の通常実施権の経済的価値を上
回る場合に限られる。
 すなわち,上記貢献として通常考えられる実験設備,実験機材,その他
実験費用の負担,研究補助者の提供,文献の購入費用の負担,国内外への留学費用
の負担,特許申請費用の負担等をしていることは,同項による通常実施権の無償に
よる取得と対価関係に立っているから,これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を
職務発明の譲渡対価の算定上再度考慮することは,対価関係を欠き,衡平を失する
結果となるから,許されない。
 したがって,使用者は,仮に,職務発明の譲渡対価の算定上考慮し得る
「使用者の貢献度」が存在するとすれば,「使用者の貢献度」であると主張する当
該考慮要素の全経済的価値が,特許法35条1項により無償で賦与される通常実施
権の経済的価値を上回ることを立証しなければならない。そして,使用者は,① 
当該職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値を具体的な金額として立
証し,また,② 特許法35条1項により無償で賦与された通常実施権の経済的価
値を具体的な金額として立証し,①の金額が②の金額を超過することを立証して初
めて,当該超過額を特許法35条4項の「使用者の貢献度」として,職務発明の譲
渡対価を控除することを主張できるに過ぎない。これを数式に表すと,「使用者の
貢献度=①職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値-②通常実施権の
経済的価値」となる。
(2) 本件各発明により被告が受けるべき利益の額
ア 会計上のロイヤルティ収入         131億5700万円
  被告は,原告に対し,平成13年1月17日,特許報奨規程に基づき,
本件各発明について功労特許報奨金を支払うに当たり,本件各特許による増分利益
額を以下の(ア),(イ),(ウ)a,(エ)aの各金額の合計113億6700万円と算
定した(甲10)。この金額を基礎に平成14年度までに得られたロイヤルティ額
を計算すると,以下の(ア)ないし(エ)の合計131億5700万円となる。
(ア) 平成4年契約によるロイヤルティ      44億6800万円
  平成4年契約に基づき,平成5年3月から平成11年3月までの間
に,NS社から支払われたロイヤルティの累積額である。
(イ) 昭和55年契約によるロイヤルティ     36億7500万円
  昭和55年契約に基づき,平成3年4月から平成7年1月までの間
に,サール社から支払われたロイヤルティ40億8300万円に,本件特許3ない
し9の寄与による90%を乗じた金額である(10万円以下四捨五入)。  
  なお,被告は,昭和55年契約に基づく上記ロイヤルティ40億83
00万円に関して本件特許3ないし9による貢献は実態としてゼロである旨主張す
る。しかし,同契約の対象となった27件の特許のうち,NS社が実際に使用して
いたのは,G特許といわれる米国特許第3786039号及び同3798207号
の2件のみであったが,これらはいずれも平成3年1月及び3月に存続期間が満了
したため,同年4月以降NS社が使用していた特許は1件もなかった。一方,昭和
57年以降NS社が実施していた静置晶析法は,平成3年8月に最初の米国特許が
成立した(本件特許3)。よって,G特許が満了した平成3年4月以降,昭和55
年契約に基づくロイヤルティは,実態的には本件特許3ないし9に対して支払われ
たものである。
(ウ) 欧州ライセンス契約によるロイヤルティ  合計13億7860万

 a 欧州ライセンス契約に基づき,平成5年度から平成11年度までの
間に,EASA社から支払われたロイヤルティ総額10億6800万円に,本件特
許10の貢献率90%を乗じた金額は,9億6100万円(10万円以下四捨五
入)である。
b 欧州ライセンス契約に基づき,平成12年度から平成14年度まで
の間に,EASA社から支払われたロイヤルティ総額4億6400万円に,本件特
許10の貢献率90%を乗じた金額は,4億1760万円である。
c なお,被告は,欧州ライセンス契約で対象とされたのは,平成4年
にライセンスされた9件の発明,平成9年に追加ライセンスされた7件の発明であ
るから,本件特許10の貢献は,対象発明の件数で配分すれば16分の1にとどま
る旨主張する。しかし,本件特許10が他社排除力の強い特許であり,被告社内の
特許報奨制度において本件訴訟提起前に,上記aのとおり,ロイヤルティの90%
と評価したのであるから,この割合は客観的に合理的であると評価できる。
(エ) 被告の実施による独占的利益      合計36億3540万円
 a 被告は,平成2年度から平成11年度まで(ヨーロッパについては
昭和60年度から平成5年度まで),これを被告東海工場で製造し,国内で販売
し,北米,ヨーロッパ,アジア,中南米等に輸出した。これによるAPMの売上高
の累計額1131億5800万円のうち,本件各特許による独占権により通常実施
権以上の利益を得ているものとして2%相当額とみなした金額は,22億6300
万円(10万円以下四捨五入)である。
b 平成元年度以前の国内及び北米への販売ないし輸出によるAPM売
上高686億2000万円に上記aと同じく2%を乗じた金額は,13億7240
万円である。
 c なお,被告は,被告東海工場で製造したAPMを国内国外で販売し
たことによる利益は,本件各特許による排他的効力に基づく利益ではなく,特許法
35条1項により賦与された通常実施権に基づくものであるから,当該利益は,同
条3項の「相当の対価」の算定上,考慮に入れる必要がない旨主張する。しかし,
被告が当該利益を功労特許報奨金算定の基礎となる増分利益に含めて考えたこと
は,① 被告は,日本において,本件各特許に基づき,特許権侵害訴訟を提起し
た,② 被告が国内APM市場を独占するために,多くの費用,時間をかけて日本
国特許を取得し,本件各特許に対する異議申立事件及び共有権確認訴訟に対して精
力的に対応した,という合理的根拠がある。そして,被告は,会社の義務の履行
上,本件各特許による増分利益を公平,公正に評価しなければならないことから,
当該利益を増分利益に含めて考えざるを得なかったものである。
  また,被告は,平成元年以前に,国内及び北米で本件各特許の排他
的効力を享受していたわけではないと主張する。しかし,そもそも,職務発明に対
する相当の対価は,特許の成否にかかわらず,使用者が通常実施権の行使による利
益以上の利益を得ている場合に支払われるべき性質の対価であるから,本件各特許
の相当の対価の算定の基礎に含めるべきAPM輸出金額の時期,地域は,特許成立
の時期,当該地域での特許の有無とは必ずしも一致しない。したがって,被告も,
APM製造による独占的利益として,平成2年度以降,いまだ本件各特許が成立し
ていない日本国内及び北米地域,並びにそもそも本件各特許を出願していないアジ
ア・中南米地域に対するAPM製造販売輸出金額を,会社の義務として支払われる
べき実績補償金の算定基礎に含めたのである。
(オ) 被告は,稟議書(甲10)記載の本件各特許による増分利益算定の
基礎となった上記(ア),(イ),(ウ)a,(エ)aの各金額は,報奨金額を極力優遇し
ようとの意図の下に,恩恵的に算出したものであるから,特許法35条の「相当の
対価」の算定の基礎とならないと主張する。しかし,これらは,被告が就業規則の
一環として定められた特許報奨規程に基づく会社の義務の履行上,本件各特許の経
済的価値を公平,公正に評価した金額であって,被告が恩恵的に本件各特許の経済
的価値を過大に評価したものではない。
イ 隠れたロイヤルティ収入          114億円
被告とNS社は,平成4年契約を締結するに当たり,NS社が被告に昭
和57年に遡って2%の追加ロイヤルティを支払う旨合意した。ただし,上記ロイ
ヤルティは,被告からNS社に対するAPMの販売価格に含めて支払われることに
なった。被告は,遡って支払われる昭和57年度から平成3年度のロイヤルティ金
額を114億円と試算している。したがって,被告は,隠れたロイヤルティ収入と
して少なくとも114億円を得ている。
 被告は,隠れたロイヤルティ収入は存在しない旨主張する。しかし,被
告は,NS社に対して,平成6年4月から平成11年3月までの5年間に,年間2
400トン以上のAPMを高い価格で販売することにより,多額の利益を得ていた
ところ,これは,被告が本件各特許を保有していたからこそ,NS社が高い価格で
買い取っていたのであるから,当該利益は,本件各特許に基づく利益である。
 また,被告は,平成4年契約により,NS社は平成11年3月までロイ
ヤルティを支払えば,それ以降は支払を要しない旨主張する。しかし,この主張が
正しいとすれば,被告は,平成4年契約において,本件特許3及び4が満了するま
で,それぞれ9年5か月,10年を残して支払済みという形を取ったこととなる。
そうすると,被告がNS社から何らかの見合う対価を得ない限り,本来ロイヤルテ
ィの支払を得られる9年ないし10年間を残して支払済みとなることは,通常では
考えられない。しかも,被告の主張によれば,平成4年契約では,ロイヤルティの
支払期間は特許有効期間17年間のうちわずか5年間ということになり,12年間
は無料で使用させることにしたということになり,異常と言わざるを得ない。NS
社が,本件各特許の実施を開始した昭和57年に遡ってロイヤルティを支払うので
あれば,ロイヤルティの支払期間は,平成11年3月までで約17年間となり,特
許の有効期間と一致し合理的である。
ウ ヨーロッパ子会社買収の値引による利益    13億6877万円
被告は,平成12年3月に,モンサント社からEASA社及びスイス法
人ニュートラスウィート・アー・ゲー(以下「NSAG社」という。後のスイス味
の素)を6700万米ドルで買収するに当たり,NS社がその工場で製造したAP
Mを日本とヨーロッパ以外の地域で販売することを認める見返りとして,買収金額
につき売り手であるモンサント社の当初の言い値である8000万米ドルから13
00万米ドル(13億6877万円)を値引きさせ,同額の利益を得た。
エ APMの国内販売による独占的利益       38億円
 被告のAPMのバルク販売(APMのみの販売)の国内販売価格は,1
㎏当たり約***円であり,ヨーロッパ市場における販売価格である1㎏当たり約
***円より,***円高く維持できている。これは,被告が日本において本件特
許1及び2を有し,市場に対する独占的支配力を及ぼしていることによるところが
大きい。
 したがって,被告が国内市場をほぼ独占していることが,全て本件各特
許の他社排除力によるものではないとしても,同特許は,① 製造コスト面での大
幅な差別化の効果を有すること,② 静置晶析法により製造されたAPMは,良好
な粉体物性を有し取り扱いやすく,溶解速度も大きく不純物も少ないという,ユー
ザーによって大変魅力的な品質を有すること等により,これが被告による国内市場
の独占状態に一定の貢献をしていることは明らかである。
 そして,被告の平成5年から10年間のAPMのバルク販売量は約**
*トンと推測されるので,被告は本件各特許を保有していることにより38億円の
利益を得ている。したがって,被告は,本件特許1及び2の保有により,国内事業
において少なくとも38億円の利益を得ている。
オ 被告が受けるべき利益の額の合計      297億2577万円
原告は被告に対し,特許法35条3項に基づき,上記アないしエの合計
297億2577万円に共同発明者間における原告の寄与率6分の5を乗じた24
7億7147万円(1万円未満切り捨て)のうち,一部請求として20億円の支払
を求める。
(3) 被告の貢献の程度に関する被告の主張に対する反論
ア APM事業化の経緯について
 APMの用途特許を有するサール社の立場は圧倒的に強く,被告と共同
研究しなくても事業化していたはずであり,被告の迅速果敢な決断がなければAP
Mの事業化があり得ないとはいえない。
 なお,原告が主張している本件各特許により被告が得た利益の額は,あ
くまで被告がNS社等との間で締結した本件各特許を対象としたライセンス契約に
基づくロイヤルティ収入であり,フェニルアラニンの製法やAPMの合成法,グル
タミン酸ソーダの安全性試験,アスパラギン酸の製法,APMの用途に関する被告
のノウハウないし特許は,本件で原告が主張しているロイヤルティ収入には何ら貢
献していない。
   イ APMの商品価値について
 APMの人工甘味料としての商品価値を決定的にしたのは,① 砂糖に
近い非常に良好な甘味の質を持ち,甘味度も砂糖の約200倍であること,② 2
つのアミノ酸からなるペプチドであり,ナチュラルさに大きな魅力があったこと,
③ 人工甘味料の巨大市場が存在するアメリカ合衆国において,チクロ,サッカリ
ンに代わる新しい甘味料が強く求められていたこと,④ サール社の発表後,甘味
の質,甘味度等でAPMを凌駕するものが見つからなかったこと,⑤ サール社が
FDA認可の取得に成功し,その際安全性確認及び認可取得にサール社が約100
億円もの多額の費用を支出したことと巨大な炭酸飲料市場が存在すること,⑥ N
S社が多額の広告費をかけてニュートラスイートのブランド化戦略を進め,APM
市場を拡大安定させたこと,以上の理由に基づくものであり,被告の貢献はサール
社(NS社)の貢献に比べればはるかに小さい。
 そして,APMの商品価値の創出についての被告の貢献が極めて僅少で
あることは,① APMの安全性の確認を行い,FDAの認可を取得したのはサー
ル社であり,被告ではないこと,② 被告の自社技術とAPMの商品価値の創出と
は直接の関係はないこと,③ 被告は,サール社のAPMの用途特許に匹敵するよ
うな,大市場を創出できる用途技術の開発を行っていないことからも裏付けられ
る。
ウ 発明の過程における被告の貢献について
(ア) ① APMを甘味料として用いることを見出したのはサール社であ
り,被告ではないこと,② 本件各発明当時,APMが甘味料として商品価値があ
ることは公知の事実であったこと,③ 本件各発明当時,被告やサール社は既にA
PMを甘味料として製造販売する事業を開始していたこと,④ 被告はAPM事業
についてほとんどリスクを負っておらず,大きなリスクを負っていたのはサール社
であること,以上の事実を総合すると,被告がAPM事業を開始したことは本件各
発明がされるについての被告の貢献した程度として考慮すべきではない。
(イ) 原告は,昭和47年末から昭和48年初頭に独自に行った静置晶析
法に関する机上検討とベンチスケール実験により,晶析,分離,乾燥工程全体で見
れば静置晶析の採用が投資効果の点ではるかに優れているという確信を持ってい
た。しかし,当時,原告以外には工業的規模でAPMの静置晶析を実現しようと考
えていた者は1人もいなかった。原告は,昭和53年2月の研究再開後も,静置晶
析法しかないとの確信を持って,独自に工業的規模の静置晶析装置の形状等を考え
続けていたのである。
  共同発明者であるCは,昭和55年9月にAPMの束状結晶を発見し
たが,同人は工業的規模の静置晶析法の構想を持っていたわけではなく,APMの
静置晶析を工業的規模で実現するにはどのような問題があり,それらの問題点をい
かにして克服するかについて何らアイデアを持っていなかった。したがって,Cが
APMの束状結晶を発見したことと原告が工業的規模の静置晶析法を考案したこと
とは直接の因果関係はないし,被告における静置晶析法以外の晶析法に関する数々
の失敗の歴史が本件各発明に貢献したということはない。
  このように,原告が,被告の命令,指示を受けることなく独自に工業
的規模の静置晶析法を考案して基礎実験を行い,被告やサール社を説得して,工業
的規模での静置晶析法の研究を開始させた等の事実に照らし,本件各発明の過程で
の被告の貢献は小さい。
(ウ) 本件各発明の本質は,「工業的規模でAPMの静置晶析を実現する
方法」であり,具体的には「シャーベットを形成する濃度範囲で,無撹拌で急速冷
却が可能な工業規模の装置を用いて,工業規模で,無撹拌・伝導伝熱冷却を行うA
PMの晶析プロセス」であるが,実用的な観点からは,重要構成要素は,① 工業
的な規模で,無撹拌下で急速な冷却を可能ならしめる方法,② 簡単な操作で形成
されたシャーベット状疑似固相を排出する方法,③ シャーベット状疑似固相形成
に必要な初期濃度の3点であり,これらはすべて原告の着想によるものである。
  束状集合晶は,公知であって本件各発明を構成しておらず,束状集合
晶の発見は,本件各発明を完成するに必要な具体的なアイデアや考案を全く提供し
ていないから,本件各発明と無関係である。
エ 本件各発明のAPM生産技術上の意義
本件各発明は,以下の点で,APM生産技術の上で重要な意義を有す
る。
(ア) 静置晶析の工程は,APMの製造工程のすべてに関わるものではな
く,その一部に関わる工程であるが,非常に重要な工程であり,逆に被告が静置晶
析以外に重要な工程として主張するアスパラギン酸及びフェニルアラニンの製造方
法やAPMの合成方法については,他社技術が多数存在する。
(イ) いずれの原料製造法及びAPM合成法を使用しても,最終工程とし
て晶析,分離,乾燥工程を経て,APMの結晶を得なければならない。本件各発明
は,APM特有の結晶化工程の課題を解決したもので,APM製造工程の中でも極
めて重要な地位を占めていることは,東海工場のコマーシャルプラントや,サール
社の米国最初のコマーシャルプラントにおいて,攪拌晶析が急遽静置晶析に変更さ
れたことからも,明らかである。
(ウ) 本件各特許の他者排除力が極めて強力であることは,製法特許の他
社排除力が通常,最終工程又は最終工程に近い工程のものの方が強いこと,本件各
発明が,平成4年契約において改良特許ではなく,発明特許とされていること等の
事実からも明らかである。
(エ) 静置晶析法により結晶化されたAPMは,束状集合晶という良質な
APMであることから,本件各特許の中には,当該束状集合晶の物質クレームも含
まれる。
オ 権利化の過程における被告の貢献について
(ア) 本件各特許については,被告中央研究所のH所長から「装置特許に
するのではなく,是非プロセス特許にした方がよい。」との示唆を受けて,原告が
自主的に特許出願したものである。原告は,本件各特許出願時に,被告特許部の担
当者に会っているし,特許明細書の作成を依頼したCとは,明細書の内容に関して
何度も打ち合わせをした。例えば,本件特許1の請求項5の「冷却面からの最大距
離が500㎜以下」としたのは,冷却時間は冷却面からの最遠点までの距離の二乗
に比例するとの非定常伝導電熱の原理に基づき,他社に本件特許1を回避されない
範囲で限定をするため,冷却時間について議論した後,原告の判断で決定されたも
のである。
(イ) 原告は,静置晶析工業化技術はAPMを大量生産するのに重要な技
術であり特許化する必要があり,またAPMの特殊な性状を踏まえれば,同技術は
化学工業的には新規性及び進歩性があると確信していたため,静置晶析法は特許に
はできないという特許部担当者を説得した。その結果,被告は,昭和57年4月に
日本で特許出願を行い,その後ヨーロッパ,アメリカ合衆国,カナダで特許出願を
した。これらの外国特許出願の明細書には,すべてクレームに「Industrial
Scale」との文言が記載されているが,これは静置晶析法の特許化を強く主張した原
告の発案,主張が認められた結果である。現に,原告は,昭和61年5月に被告の
特許部のI副部長に上記文言の付加を提案している。
(ウ) 米国特許出願は,ロンドン大学J教授の著書の記述を理由に拒絶査
定を受けた。そこで,原告は,J教授にAPMの晶析の特殊性を理解してもらい,
同教授に特許性有りとの意見を宣言書の形で提出してもらえれば特許を取得できる
と考え,昭和61年に同教授が来日した際,面会し,デモンストレーションを行っ
て,同教授にAPMの晶析ではシャーベット状の固相が生じることを観察してもら
い,APMの結晶成長の特殊性について説明し,同教授の関心を得た。
(エ) オランダ法人スイートナー社(以下「HSC社」という。)は,昭
和61年,本件発明10について欧州特許庁に対して異議申立てを行い,逆に平成
2年に被告が同社に対して侵害訴訟を提起した。そこで,原告の提案により,J教
授に訴訟への助言を依頼することにし,原告は,Cとともに同教授との間で数年に
わたる議論を重ねた結果,同教授にAPMの結晶成長の特殊性を理解してもらい,
「APMの工業的静置晶析技術は新規性があり,進歩性があることは明確である。
したがって特許として許可されるべきである。」旨の宣言書を米国特許商標庁に提
出してもらい,その結果,特許登録が認められた。
 以上の事実の外,異議申立事件や特許侵害訴訟においても,原告は詳
細な供述書を作成するなどして,主体的精力的に活動したことからすると,本件に
おいて権利化の過程における被告の貢献の程度は少ない。
カ 給与その他の報酬の支払による被告の貢献について
 特許法35条1項による使用者に対する無償の法定通常実施権が従業員
に対して支払う給与等と十分な対価関係に立ち,衡平が十二分に図られているか
ら,本件各発明の相当の対価の算定上,原告の給与や賞与の金額を考慮すると,全
く同じ要素を使用者の利益のためにのみ二重に考慮することとなり,使用者と従業
員発明者との衡平を失する。また,原告に対して支給された給与,賞与等は,本
来,本件各発明の内容を評価して支払うものではなく,管理職にある者の管理能
力,経営能力等を評価して定められたものであるから,これを本件各発明の相当の
対価の一部をなすと評価することには,合理的な根拠がない。
(4) 共同発明者間の原告の寄与率
ア寄与率同意書(甲11)は,共同発明者それぞれの当該発明における寄
与率を確認したものであるから,原告以外の共同発明者の内心的意思がどうであ
れ,いわゆる表示主義を定めた民法93条本文に基づき,原告を含む共同発明者間
では,① 本件各発明における相互の寄与率,② 本件各発明について支払われる
特許法35条3項の「相当の対価」の分配割合について,法的拘束力を有する合意
が成立している。よって,原告の寄与率は寄与率同意書記載のとおり6分の5であ
る。
 なお,原告は上記寄与率同意書作成当時,既に被告を退社しており,C
の上司という立場にはなかったから,Cが原告に遠慮して,その意に反して同書を
作成すべき合理的理由はない。
  原告は,寄与率同意書の作成について,他の共同発明者と何ら協議をし
ておらず,他の共同発明者の内心的意思を知らなかったのであり,同書による合意
について民法93条ただし書の適用の余地はない。
イ Cは,静置晶析法で得られる結晶の外観を走査電子顕微鏡で観察して束
状集合晶の構造をしていることを見出したのであり,新規物質としての束状集合晶
を発見したわけではない。すなわち束状集合晶は公知であり,その発見又は物質と
しての束状集合晶は本件各特許を構成しているものではない。また,Cは,工業的
規模の静置晶析法の構想を持っていたわけではなく,APMの静置晶析を工業的規
模で実現するにはどのような問題があり,それらの問題点をいかに克服するかにつ
いては何もアイデアを持っていなかった。
ウ スチールベルト方式及びロータリードラム方式は,いずれも原告の提案
によるものである。
(ア) 原告は,被告の中央研究所エンジニヤリング第1室在籍当時,エポ
キシ系樹脂の開発に携わり,高温で粘稠なエポキシ系樹脂のフレーク化技術の開発
を依頼された際に,スチールベルトクーラーを用いてフレーク化の実験を行い,開
発に成功し,その結果エポキシ系樹脂の少量生産設備を被告東海工場に導入するこ
とが決定され,フレーク化設備としてスチールベルトクーラーを被告東海工場に導
入されたという経験を持っていた。そこで,原告はAPMの静置晶析法に使用する
設備の考案時に連続的に静置晶析を実現する方法として,スチールベルトクーラー
の使用を案出し,共同発明者であるDに対し,それを使用した静置晶析に実験を依
頼した。
(イ) 原告は,上記在籍当時,アシルアミノ酸金属塩(アミソフト)の新
乾燥法の開発に携わり,その際アミソフトの劣化を防ぎつつフレーク状の製品が得
られる経済的な乾燥を実現するために乾燥対象物の厚みを薄くする必要があり,ロ
ータリードラムドライヤーを選定し実験を行った経験を持っていた。そこで,原告
は,本件各特許明細書作成時に,ロータリードラム方式がAPMの連続静置晶析法
に適用できると考え,案出した。 
〔被告の主張〕
(1) 「相当の対価」の算定方法
ア 特許法35条3項は,職務発明について特許を受ける権利を使用者が発
明者から譲渡を受けることに伴い,法律により特に定められたものであり,自由市
場における商品やサービスの売買の対価とは全く性質を異にする。本条は,従業員
保護の規定であると同時に発明者に給与その他の資金的援助をした使用者との間の
利益の調整を図る規定であって,使用者と従業員との衡平の理念に基づくものであ
る。よって,「相当の対価」を通常の商品等の売買価格と同一視することはできな
いし,この規定が憲法14条,29条に反するということはできない。
イ 相当の対価の算定に際して考慮すべき諸要素
(ア) 特許法35条4項に定められた「その発明により使用者等が受ける
べき利益」を考慮するに際して,当該職務発明を使用者が事業化しているか,ある
いは,事業化する予定,計画がなければ,いかなる利益も発生し得ないこと,した
がって,使用者が受けるべき利益もあり得ないことを前提としなければならない。
それゆえ,本件各発明を事業化するに至った被告の貢献をまず考慮しなければなら
ない。
(イ) 次に,事業化について,研究開発等に使用者がいかなる投資をした
か,この投資のためにいかなるリスクを使用者が負担したかを考慮しなければなら
ない。
(ウ)また,本件各発明がされるについて使用者がした貢献を考慮す
べきことは特許法35条4項の定めるところであるから,当該発明に至った経緯に
おける使用者の貢献を検討しなければならない。
(エ)「その発明により使用者等が受けるべき利益」を考慮するに際
しては,当該事業における当該発明の意義を検討しなければならない。
(オ)当該発明について特許権を取得するために使用者がどれほどの
貢献をしたかも考慮しなければならない。
(カ)また,「その発明により使用者等が受けるべき利益」は,第三
者による発明の実施を排除しなければ当然上げ得べき利益を上げられないので,第
三者の当該発明の実施を排除しなければならない。それゆえ,当該発明を排他的に
実施するために,すなわち当該発明を実施する第三者の実施を差し止めるために,
使用者がどれほどの努力を払い,貢献したかも考慮しなければならない。
(キ)使用者が当該発明の発明者に対して支払った給与その他の報酬
も,当然考慮すべきである。
ウ 特許法35条4項にいう「使用者等が受けるべき利益」とは,単に発明
を実施することによって得られる利益の額ではなく,それを超えて,特許を受ける
権利を承継し発明の実施を排他的に独占することによって受ける利益の額であり,
それは使用者が法定実施権に基づいて実施している状況において,譲渡により得た
排他権に基づき第三者に対して実施権を許諾する場合における競合他社の存在等市
場における状況,使用者の信用,営業力等使用者固有の要素,発明が関係する排他
的要因による製品の状態への影響の外,ブランド力,デザイン,宣伝広告の態様等
商品に関する諸要因を考慮して定めるべきであり,使用者の売上げ自体をそのまま
計算の根拠として使用されるべきではない。
  上記にいう「利益」とは,専ら「その発明に起因して使用者等が受ける
べき利益」を意味し,その他の原因に起因して使用者等が受けるべき利益の額とは
峻別されるべきである。そして,使用者等又はライセンシーが強い営業力を持って
いれば,職務発明を実施した使用者等又はライセンシーは巨額の売上げを上げるこ
とができ,その結果,使用者等は高額の利益ないしロイヤルティ収入を得ることが
できるが,その営業力が弱い場合には逆に低額の利益ないしロイヤルティ収入しか
得られない。ここにいう営業力とは,使用者等やライセンシーの資本金額,事業規
模,従業員数,蓄積されている技術力,安定した品質の製品を生産できる生産能力
や生産設備,マーケティング力,営業努力等の全体を意味する。この場合における
使用者やライセンシーの強い営業力によりもたらされる高額の利益は,その大部分
が「その発明により」使用者が受ける利益ではなく,使用者等やライセンシーの営
業力によるものである。
  さらに,当該職務発明が基本発明ではなく,改良発明である場合,使用
者等やライセンシーは既に基本発明を実施して,これにより一定の売上げを期待す
ることができるのであるから,当該発明を実施することによりそれまで以上の多く
の売上げを達成できるものと仮定すると,「その発明により使用者等が受けるべき
利益」には,当該改良発明を実施する以前から達成できていたレベルの売上げに対
する利益あるいは当該発明を実施しなくても達成できるレベルの売上げに対する利
益やロイヤルティ収入は,上記算定に際してはこれに算入すべきではなく,増加分
の売上げに対する利益やロイヤルティだけを算出の対象とすべきである。
エ 原告は,被告の貢献度は合意がない限り考慮すべきではないと主張する
 が,特許法35条の明文にも同条の趣旨にも反するものであり,失当である。
(2)本件各発明により被告が受けるべき利益の額について
ア 会計上のロイヤルティについて
(ア) 被告の稟議書(甲10)に記載された増分利益額113億7600
万円は,原告の主張(2)ア(ア),(イ),(ウ)a,(エ)aの4種類の金額であるが,こ
れは発明者に有利になるように格別の配慮をもって行った恩恵的な性質を有する報
奨金の支払の基礎として算出した金額であり,会社の義務の履行のために算出され
た金額ではない。また,この金額は被告が受領したロイヤルティ額だけではなく,
その他被告の業績に貢献したと考えられる要素を金額に換算して,これらを積み上
げた金額である。
(イ) 昭和55年契約によるロイヤルティ(原告の主張(2)ア(イ))につい
てサール社は,昭和55年契約にしたがい,G特許といわれる米国特許の同国にお
ける存続期間の満了後も,昭和55年契約でライセンスされた対象特許のうち最後
まで残る米国特許第4071511号の満了日である平成7年1月までの間,2%
のロイヤルティを被告に支払い続けていた。すなわち,NS社は,昭和55年契約
にしたがい,G特許の存続期間満了とは無関係に2%のロイヤルティを支払い続け
た。
 他方,NS社は,本件特許3ないし9については,平成4年契約にし
たがい,平成5年3月にイニシエーション・フィーとして1000万ドルを支払
い,かつ,平成6年4月以降平成11年3月までの間,2%のロイヤルティを支払
い続け,同月に支払い済みとなった。その結果,平成6年4月から平成7年1月ま
での間は,NS社はランニング・ロイヤルティとして合計4%を支払った。本件特
許3ないし9に関しては平成3年8月に本件特許3が登録され,引き続き本件特許
4が登録され,この2番目の特許により実質的に特許としてアメリカ合衆国で保護
されることになったものであるが,1000万ドルのイニシエーション・フィー
は,平成4年契約の際のロイヤルティに関する両社の交渉の結果の妥協として支払
われることとなったものであり,契約書上,その性格は明記されていないが,本件
特許3ないし9の成立後,平成4年契約による平成6年4月からのランニング・ロ
イヤルティの支払開始までの間の本件特許3ないし9の実施に対する補償に相当す
るものであった。
 以上のとおり,昭和55年契約と本件特許3ないし9のロイヤルティ
とは無関係なのであり,本件各特許に対するロイヤルティは専ら平成4年契約にし
たがい,支払われたのである。
(ウ) 欧州ライセンス契約によるロイヤルティ(原告の主張(2)ア(ウ))に
ついて
  EASA社との契約は,APM製造工程の各工程に関する平成4年に
ライセンスされた9件の発明及び平成9年に追加ライセンスされた7件の発明が渾
然一体となって有機的に結合し合っているのであるから,発明者に対する相当の対
価という視点で見た場合,90%であるはずがない。EASA社からのロイヤルテ
ィ金額に関する本件特許10の寄与を,許諾されたプロセスパッケージの許諾特許
発明の件数で配分して考えれば16分の1にとどまるし,平成12年以降はライセ
ンスの対象特許が52件となったので,52分の1にとどまる。被告は,新しく採
用された報奨制度の第1号として原告の報奨金額を極力優遇しようという意図の下
に算定したものであるから,これを相当の対価の算定基準として使用するのは適切
ではない。
(エ) 被告の実施による独占的利益(原告の主張(2)ア(エ))について
  被告の実施は,被告が特許法35条1項にしたがって有する法定通常
実施権により行ってきたものである。また,原告は,国内及び北米における平成元
年度以前の販売額を考慮しているが,同時期には本件各発明のいずれも特許として
成立していなかったし,アジア及び中南米においては,いかなる特許も成立してい
ないから,同時期にはこれらの諸国においていかなる排他的権利も享受していな
い。
(オ) 本件各発明にかかる米国特許の実施により被告がサール社ないしN
S社から受領したロイヤルティ(原告の主張(2)ア(ア)及び(イ))は,その全額が
「その発明により」使用者である被告が受けるべき利益であるとはいえない。何故
なら,ロイヤルティ額はサール社ないしNS社の売上げに比例するが,この売上げ
はライセンシーであるサール社ないしNS社の営業力に大きく依存しているからで
ある。したがって,サール社ないしNS社の売上高の相当部分,例えば90%以上
は本件各発明と無関係に同社の営業力により達成したものであり,本件各特許のラ
イセンス収入は,残余の売上高についてのみ「その発明により」使用者等が受ける
べき利益と考えるべきである。
(カ) 被告によるAPMの市場における占有率は,本件各特許の存在の有
無にかかわらず極めて高いレベルに維持できたものであり,他社が本件各特許によ
る実施権の許諾を得たとしても,その売上高の総計は高く見積もっても被告の売上
高の1.5%程度に過ぎない。したがって,原告の主張(2)ア(ア)ないし(ウ)につい
ては特許法35条1項が準用され,被告の自己実施と考えられるべきである。
イ 隠れたロイヤルティ収入について
 原告主張の隠れたロイヤルティ収入というような収入はない。平成4年
契約の交渉過程で昭和57年に遡って2%のロイヤルティをNS社に支払ってもら
うという発想をもって交渉したことは事実であるが,これは同社の受け入れること
とはならなかった。
 別紙3(隠れたロイヤルティ収入に関する被告の主張)記載のとおり,
平成4年契約にしたがい被告が受領したイニシエーション・フィーとロイヤルティ
が,特許報奨金の算定に際して計上した金額であり,供給契約による隠れたロイヤ
ルティなどというものは存在しない。
ウ ヨーロッパ子会社買収の値引による利益について
 被告がモンサント社からスイス法人及びフランス法人の各株式の50%
を買収した際に,本件各発明のために買収価格の値引きを得たという事実はない。
 買収価格が6700万ドルとなったのは,被告が内部収益率,正味現在
価値,単純回収年数,株主資本利益率等により定められた投資採算性評価基準によ
って計算し,充分に採算がとれる範囲での価格を提示し,相手も価格を提示し,そ
の間で妥協が図られて決定したものである。
エ APMの国内販売による独占的利益について
 被告がAPMに関してほぼ独占的に近い市場占有率を有していることは
事実であるが,これはAPMを市場に初めて導入したパイオニアとしての被告の2
0数年にわたる企業努力,うまみ調味料メーカーとして多年築いてきた名声と信用
等によるものであり,本件各特許とは関係がない。また,APMの価格は,常に他
の人工甘味料の価格との競争にもさらされており,本件各特許は市場における価格
支配力とは全く関係がない。
 そもそも,国内の実施は特許法35条1項による法定の通常実施権の範
囲内の行為である。被告が日本国内において本件各発明を実施してAPMを製造
し,販売したことによる被告の利益は,仮に本件各発明が譲渡されていない場合で
あっても,特許法35条1項により当然被告が上げることができるものであるか
ら,これについて原告はいかなる対価請求権も有しない。
オ 「使用者等が受ける利益」については,以下の諸事実が考慮されるべき
 である。
(ア) 被告は,APM関連の特許及び製造技術によりAPMの中間原料及
び最終製品をアメリカ合衆国等において自ら製造し販売するのではなく,サール社
ないしNS社に独占的実施権を許諾する態様の経営判断を行ったものである。この
ような経営判断は,平成4年までは上記会社所有のAPMの用途特許(基本特許)
の制限の下では,被告が昭和43年以来随時開発し保有してきた数多くの特許もア
メリカ合衆国等においては単独では自己実施もできない状況において,長期間の密
接な事業提携の中で行ったものであるから,かかる事業提携の全体における特許ラ
イセンスの部分のみを取り上げて第三者への実施許諾ということは事業提携の実態
に反する。
(イ) 平成4年契約も,こうした長期間の密接な総合的な事業提携の延長
上に位置づけられる。したがって,上記契約によりNS社から受領する対価は,独
立した第三者に対する単なる個別の特許ライセンスではないから,これによるロイ
ヤルティは,特許法35条1項により被告が無償で実施できる権利についての対価
を含む。
(ウ) サール社ないしNS社のアメリカ合衆国,カナダにおける事業は,
被告との全般的な事業提携の下で行われてきたものであるから,その一端として残
存した本件各特許のライセンスによる実施も被告の実施とみるべきものである。ヨ
ーロッパにおけるEASA社も,ライセンス契約締結当時,被告の50パーセント
子会社であったし,平成12年3月には100パーセント子会社となったのである
から,同社の実施は自社実施と同視すべきである。
(3) 被告の貢献の程度
仮に,原告が対価請求権を有するとしても,被告の以下の貢献を考える
と,原告の行為の価値は微々たるものであり,すでに報奨金として支払った100
0万円が「相当の対価」というに十分である。
ア APM事業化の経緯について
(ア)サール社は,同社が製薬会社であり,APMの原料であるフェニル
アラニンの入手も容易ではなく,アスパラギン酸との合成によりAPMを工業的に
生産することは,アミノ酸技術をもっていない同社としては不可能であったため,
APMの事業化に積極的でなかった。被告の迅速,果断な決断と事業化への熱意に
よって初めて,APMの事業化が実現したものである。
(イ) 被告は,サール社との共同研究,共同開発を実施するに当たっても
APMの生産技術を確立することなしには対等の立場で交渉することはできないと
考え,昭和44年2月にAPMの合成法の研究に着手し,同年4月30日に「α-
L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの合成法」の発明(Z法
の基本発明)について特許出願をし,昭和45年3月18日に「フェニルアラニン
の製造方法」の発明について特許出願したことで,フェニルアラニンの工業的生産
の基本的な生産方法が確立され,同年10月26日に「α-APMを塩酸塩とする
不純物であるβ-APMから分離する方法」(塩酸塩特許)の発明について特許出
願した。
(ウ) 被告は,サール社との交渉の結果,毎月25㎏のAPMのサンプル
を同社に供給することとなったが,これは,同社が安全性試験を動物で実施するた
め,また具体的な用途開発のためAPMを必要としたことによるものである。この
サンプル供給は,昭和44年9月から昭和46年9月まで赤字輸出で行われた。被
告が投入した研究開発要員は1年当たりのべ31.5人であり,これらの研究者が
費やした研究費を現在の費用に換算すると約7億円に達する。
 以上の結果,被告は,サール社との間で昭和45年3月23日に両者
間の合弁契約を期待して討議に入ること,その間,相互的に情報を開示し,秘密を
保持することで合意した。続いて,同年6月16日付けでAPM等の製品及びその
原料に関してサール社を被告の独占的ディストリビューターと指名する契約が締結
され,その後,被告からサール社に対する及びサール社から被告に対するライセン
ス契約が締結された。 
(エ) サール社は,被告から供給を受けたサンプルを用いて動物実験によ
る安全性試験を実施し,その結果に基づいて昭和48年3月5日にFDAに食品添
加物としての認可を申請し,昭和49年7月26日に承認を得た。しかし,同年8
月16日に異議申立てが提出され,FDAは,同年12月5日に停止命令を発令し
た。そこで,サール社は,被告が行っていたラットの慢性毒性試験の結果を提出
し,これが功を奏して,昭和56年7月24日に仮決定,同年10月22日に承認
された。
  また,サール社は,昭和56年10月に炭酸飲料に使用することにつ
いてFDAに承認申請し,昭和58年6月29日に炭酸飲料,炭酸飲料原料へのA
PMの使用が承認された。
  他方,日本では,同年8月27日にAPMを食品添加物として指定さ
れた。
(オ) 被告は,昭和46年から昭和55年の間に,APMの製造方法,A
PMの用途,フェニルアラニンの製造方法,アスパラギン酸の製造方法に関し,多
数の特許出願をしたが,これらは被告の研究,開発の成果である。これを人員につ
いてみると,昭和43年から昭和56年までの間に被告が投資した研究開発要員は
1年当たりのべ471人,研究開発費用は単純累積額で約39億円に達し,この他
安全性試験の外部委託費用,マーケット調査費,人事部等の研究者に対する業務等
の共通費を加えると約43億円に達する。また,被告は,パイロット・プラント建
設のために,合計約2億円の設備投資額を支出した。
(カ) 本件各発明が実施されたのは,以上のAPMの事業化の一環として
行われたものであり,本件各発明はAPMの製造に関する全システムの一部の改良
の発明であるにすぎない。
イ APMの商品価値について
① サール社自身ではAPMのすぐれた甘味の質や甘味度を事業化でき
なかったし,② APMが2つのアミノ酸からなるペプチドでありナチュラルさに
魅力があったことや,チクロ,サッカリン等に代わって新しい甘味料が求められて
いたことは,業界の常識であったこと,③ サール社がブランド化戦略を進め,A
PM市場の拡大安定化することができたのは,サール社が被告の協力を得て,AP
Mの量産技術を確立することができたからであり,④ 被告の製造技術なくしてF
DAの認可を得るためのサンプルもサール社としては入手できず,大量生産のため
の技術も取得し得なかったことからすれば,被告の貢献はサール社の貢献に比べて
低いという原告の主張は理由がない。
ウ 発明の過程における被告の貢献について
(ア) 本件各発明がされるに至った経緯を要約すれば,第1に,それまで
に被告において試みていた,考えられる限りのあらゆる撹拌晶析法(強制流動を伴
う晶析法)により望ましい大きな結晶としてのAPMを得ることが失敗に終わり,
もはや他に晶析方法が考えられない状況にあったこと,第2に,CによりAPMの
特異な結晶形態が発見されたこと,その結果として,本件各発明がされたものとい
うことができる。
  すなわち,昭和44年から昭和46年までは,実験室におけるAPM
の製法研究とサンプル試作の段階であり,晶析方法も実験室的手法の域を出るもの
ではなかった。昭和47年から昭和50年までの間には,ASH法(無保護のアス
パラギン酸無水物とフェニルアラニンメチルエステルを反応させる製法)によりA
PMの商業的生産技術を確立し,晶析工程については,実験室での基礎検討を積み
重ね,その結果,連続的撹拌冷却法による工業化を目指した。昭和51年から昭和
54年までは,いったん研究開発は減速したが,東ソー株式会社(以下「東ソー」
という。),財団法人相模中央化学研究所(以下「相模中研」という。)及び被告
との酵素縮合に関する共同研究を実施し,その経済性の評価を行った。その後,改
良Z法によるAPMの商業的生産技術を確立した。昭和55年から昭和57年まで
は,工業晶析法に関して再度実験室に立ち戻って,基礎検討を再開,走査電子顕微
鏡による観察の結果,Cが静置晶析で得られるAPMの大粒径の結晶が束状集合晶
という特異な結晶形態をもつことを発見し,これを受けて静置晶析法の工業的実施
のための研究開発を行い,これに成功し,本件各発明がされるに至っ
た。
(イ) 以上のように,本件各発明は,それまでの考えられる限りのあらゆ
る攪拌晶析法による失敗の上で,かつCによる束状集合晶の発見に基づいてされた
ものである。アイデアを持つことと発明することは同じではないところ,本件各発
明は,Cによる束状集合晶の発見まではアイデアの段階にとどまっていたのであ
る。
  また,本件各発明に関しては,結晶の細かさのために固液分離性が悪
くなり,その結果,湿結晶の水分含量が高くなり,不純物の付着が多くなり,かつ
乾燥の時間がかかる等の操作上の問題があるので,これを解決するためにいかにし
て大きな結晶としてAPMの結晶を晶析させるかという課題は,被告から本件各発
明に至る10年以上前から与えられており,被告の晶析関係者の研究者が全力を結
集してその解決に取り組んでいたものであること,解決手段としての静置晶析の発
明は以上のような攪拌晶析法による失敗の累積の上でなされたものであること,原
告が本件各発明の当時,被告の中央研究所技術開発研究所のAPM開発グループに
課長として勤務し,問題解決の責任者の立場にあったことを考えると,本件各発明
に至る被告の貢献の程度は大きいといえる。 
エ 本件各発明のAPM生産技術上の意義
(ア) APMは,原料のフェニルアラニン及びアスパラギン酸の製造から
両原料の合成,多段階の工程を経て生産される製品であるが,本件各発明にかかる
静置晶析法はこのごく一部の工程における改良発明に過ぎない。すなわち,本件各
発明にかかる静置晶析法はAPM生産において重要な技術であるが,その基本発明
でもなければAPM生産にとって不可欠の発明でもない。
(イ) 被告とNS社との間で締結した平成4年契約では,本件特許3ない
し9を発見特許とされているが,それは同契約において上記各特許を発見特許と解
するか,改良特許と解するかで両者の利害関係の調整が必要であり,その結果とし
て上記各特許を発見特許とみる代わりに,同特許成立後平成6年3月までの期間に
ついてはイニシエーション・フィーを支払い,平成4年から平成11年まではラン
ニングのロイヤルティを支払い,その後は支払済みとして非独占のライセンスに変
わるという合意がされたものである。
(ウ) APM溶液を単に静置し,放置すれば大きな結晶としてAPM結晶
が取り出せることは被告社内では早くから知られていたことであり,工業的実施に
際して,強制流動を伴う晶析法では望ましい大きな結晶が得られないこと,APM
の大きな結晶が束状集合晶という特異な結晶構造を有することによって工業的晶析
法としての静置晶析法に発明性があるのであり,特許明細書においてもAPM結晶
の特異な結晶構造を強調している。
オ 権利化の過程における被告の貢献について
(ア)被告中央研究所のH所長は,原告に対し直ちに特許出願するように
指示したので,原告はCに特許明細書の起案を命じ,同人が特許部K課長と相談の
上特許明細書を起案して同課長に提出した。Cは,すでに工業的生産を想定して詳
細な発明を記載し,詳細な説明は一貫して工業的生産方法としての静置晶析に関し
て説明していた。Cは,同課長の意見に基づいて,静置晶析法により得られるAP
Mのシャーベット状疑似固相が束状集合晶であり,攪拌晶析によるAPMとは全く
結晶形態が異なることを電子顕微鏡写真で説明すること等の補充をして特許明細書
を完成させた。
  被告は,昭和57年4月12日,本件特許1につき特許出願し,この
日本特許出願の優先権を主張して,昭和58年4月6日に米国特許出願(本件特許
3ないし8)を,同月7日に欧州特許出願(本件特許10)を,同月12日にカナ
ダ特許出願(本件特許9)をそれぞれ行った。
(イ) 被告は,昭和62年6月17日,本件特許1につき審査請求をし,
拒絶理由通知を受けたが,平成元年10月24日に補正書を提出した結果,平成2
年10月11日に出願公告された。また,被告は,昭和62年6月16日,本件発
明2(静置晶析法により得られるAPMの束状集合晶)につき分割出願をしたが,
この出願については2度の拒絶理由通知を受け,補正書と意見書を提出した結果,
平成3年3月5日に出願公告された。本件特許1及び2につき,東ソーらから異議
申立てがされたが,被告は答弁書の提出の際,工業的晶析法との補正を行い,前記
J教授の意見書を提出するなどして答弁した。その後,被告と東ソーらとの紛争が
平成4年12月に和解により解決し,東ソーが平成5年1月20日に上記異議申立
てを取り下げたので,本件特許1及び2は,平成5年9月29日に登録された。
(ウ) 東ソーは,被告に対し,昭和61年5月8日に本件特許10につい
て全世界的に,無償かつ譲渡可能なライセンスを合弁会社であるHSC社に許諾し
なければ異議申立てをするとの申し入れをした。東ソーの主張は,同社,相模中研
及び被告の3社が共同研究をしていた当時,共同で出願した特開55-16726
8号公報の実施例1に72のAPM溶液を室温及び一夜冷蔵庫に放置する旨の記
載があり,これを追試するとAPMの束状集合晶が得られるので,本件特許10は
無効であるというものであった。
  そこで,被告は,特許部からI副部長及びK課長,中央研究所から原
告,東海工場からCらが参加して会議を開いて対策を協議した。その結果,Cは,
特許明細書の草案を起案した当時から本件各発明は「工業的生産」のために実施さ
れることに特徴があるものと認識していたので,「Industrialscale」という文言
を加えることにより,東ソーが引用する公知技術と区別化を図るべきであると結論
づけた。また,Cは,同月19日及び20日にK課長あてに「工業晶析において攪
拌が常識であり,静置晶析が実現不可能と読み取れる文献」を探し出し,反論案を
送付し,被告は,東ソーの申し入れを拒否して異議申立てを受けて争うことにし
た。Cは,同年9月,恩師である早稲田大学のL教授の紹介により,原告とともに
J教授と面会し,問題を説明した。原告は,晶析のデモンストレーションを行った
が,室温でシャーベット状疑似固相が溶け出したために工業的晶析のデモンストレ
ーションとしては有意義ではなく,むしろ同教授に対する説明は,Cが学会誌に発
表予定の英文原稿の素案を主として行われた。その結果,J教授は,被告の見解に
同意し,工業的規模での静置晶析法が自明でない旨の同年11月22日
付けの意見書を作成し,被告はこの意見書を欧州特許庁に提出した。
 しかし,平成3年12月に行われた口頭審理の結果,欧州特許庁は,
本件特許10を取り消す旨の異議決定をした。そこで,被告は平成4年5月に審判
を請求し,束状晶と針状晶の識別について粉末X線解析の手法を用いた研究を行う
等し,平成9年5月に口頭審理が行われ,上記決定は取り消された。
(エ) 米国特許出願(本件特許3ないし8)に関しては,許可されるまで
に繰り返し拒絶理由,拒絶査定を受け,合計17回の継続出願,分割出願を行い
(乙20),数十回に及び米国特許商標局との書面の往復があった。また,これら
の出願の過程でJ教授の意見書を提出し,さらにCらの陳述書及びビデオテープを
証拠として提出し,APMの生産について工業的規模では無攪拌晶析を用いるとき
に予想外の相違をもたらすことを示した。
(オ) 以上のように,本件各発明が登録又は維持されたのは,Cが本件各
発明を工業的方法という特徴により公知例との差別を明確にしたことやJ教授の意
見書等を準備した被告の特許部,研究所その他の関係者の努力の成果であり,こと
にこの成果は,束状結晶は,いかなる方法によっても成長しない針状結晶とは全く
別の結晶であるという事実に基づくものであった。また,これらの手続のために被
告は莫大な費用を費やした。
カ 給与その他の報酬の支払による被告の貢献について
(ア)被告及びその関連会社が原告に支払った給与,賞与,退職金の総額
は1億9800万円である。また,味の素製油株式会社は,原告が退職した後もコ
ンサルタント契約を締結し,同社は原告に対し,平成15年3月までの間に総額1
332万円の報酬を支払った。さらに,被告及びその関連会社は,平成3年から平
成13年3月末までの間,社会保険等の企業負担分として総額1230万円を負担
し,平成13年2月以降,味の素厚生年金制度により厚生年金を75歳まで年額平
均700万円を,75歳以後は年額830万円を終身支払うこととしている。
 以上のとおり,原告が研究職として勤務し,その職務として本件各発
明を行ったものであり,その後も極めて恵まれた処遇を受け,今後の生活も保証さ
れているから,上記の事情は被告の貢献した程度として考慮されるべきである。
(イ) 原告は,給与等の支払は相当の対価の算定に当たって考慮すべきで
はないと主張するが,研究者として雇用されている従業員の給与等は,使用者とし
ては当然当該従業員が研究,開発の成果を挙げることを期待して支払っているもの
であり,しかもその成果のいかんを問わず支払われるものであるから,当然被告の
貢献度として考慮されるべきである。また,特許法35条は1項ないし4項の全体
として使用者と従業員発明者との間の衡平を図っているから,同条1項のみを取り
出しそれが給与等と衡平が図られていると解することはできない。
(4) 共同発明者間の原告の寄与率
ア寄与率同意書(甲11)記載の共同発明者の合意は,あくまで報奨金の
分配に際しての寄与率の合意であって,特許法35条3項の「相当の対価」の分配
ないしはそのための寄与率についての合意ではない。「相当の対価」は,あくまで
客観的に本件各発明について原告がどれだけの寄与をしたかによって定められるべ
きである。本件各発明は,APMの束状集合晶という特異な結晶形態をCが発見し
たことが最も重大な契機となり,それまでに多年にわたり努力した強制流動を伴う
晶析法の研究開発の失敗の上で,初めて本格的に取り組まれ,完成したものであ
る。このような貢献をしたCの寄与率が30分の1であるのに対し,原告が6分の
5という寄与率であることからみても,寄与率同意書記載の寄与率の合意は,専ら
1200万円の報奨金の総額を前提にして,既に現場を離れていた先輩である原告
に約28年間の被告の甘味料事業に対する貢献を考慮して,1000万円の報奨金
が支払われるようにしたいという,Cを中心とする他の共同発明者の善意から出た
ものであって,本件各発明について客観的に評価される寄与率について合意したも
のではない。原告もこのような善意に基づくが真実には反する寄与率決定の経緯を
熟知していたものであるから,民法93条ただし書により,寄与率についての合意
は法的拘束力を有するものではない。
イ CによるAPMの大きな結晶が束状結晶であるという事実の発見がAP
Mの工業的な静置晶析法に関する本件各発明に関する決定的な意義を有したもので
ある。
 原告が当初静置晶析法を着想したのは,晶析によって単結晶を太く大き
なものに成長させようとの考えに基づくものであったのに対し,Cの上記発見以後
において静置晶析法を試みたのは,束状集合晶の太く大きな結晶を工業的に得よう
との考えに基づいており,Cの上記発見の前と後とでは同じく静置晶析法といって
も,得ようとする目的物に違いがあり,質的に変わった着想とはなっている。
 また,原告の上記着想を工業的プロセスの発明として完成するために
は,工業的に実施可能であることを検証する必要があり,このために共同発明者の
協力が必須であった。すなわち,工業的に静置晶析法を実施すると,晶析槽への結
晶の付着(スケーリング)が生じたり,排出が困難なので実用化は難しいと危惧さ
れていた問題を解決できるかどうかが工業的静置晶析法の実用化の鍵であった。こ
れらの問題をベンチプラント,パイロットプラントの試験により解決することがで
きるであろうというめどが立って初めて本件各発明が完成したのである。
ウ 共同発明者のBとDは,原告の上記着想をベンチプラント,パイロット
プラントにおいて実現するために晶析装置の具体的な設計を担当した。すなわち,
装置の寸法,形状その他のすべての設計を変更し,繰り返し条件を変えて実験し,
その結果を踏まえて設計を変更し,最終的に工業的静置晶析装置及びプロセスが完
成した。それまでの間,BとDは,原告と随時協議し相談したが,設計の主体はB
とDであった。
  共同発明者のEとFは,ベンチプラント,パイロットプラントの運転条
件や後工程の操作方法等についての経験が豊富で,器具,部品についての大きさ,
形状等のアイデアを出すことを含めて,かかる操作及び運転条件についての示唆,
勧告を行うことにより,本件各発明の完成に寄与した。
エ 本件特許明細書の図4,6及び7について
 (ア) スチールベルト方式について,原告が机上の構想を抱いていたこと
は事実であるが,これを実際に本件各発明の実施例の態様に実施したのは共同発明
者の1人であるDである。 
(イ) ロータリードラム方式は,Cが考えて本件特許明細書に記載したも
のであり,U字管についても同様である。これらは,化学工学の教科書や便覧を参
照すれば,誰でも装置として考案できる種類のものにすぎず,以上について,原告
に実質的な寄与はない。
 4争点(3)(消滅時効の成否)について
  〔被告の主張〕
(1)特許法35条に定める対価請求権の消滅時効の起算日は,特許を受ける権
利を承継させることの対価であるから,特段の事情のない限り,承継の時から進行
するものと解される。
被告には,発明等取扱規程が施行された平成2年3月16日までは,入社
時に新入社員からとりつける入社宣誓書(乙1)を除いては,発明に関する取扱規
程が存在せず,同規程が施行されて初めて出願時補償金と公告時補償金が発明者従
業員に支払われることになった。そこで,本件発明1及び2についての日本特許出
願が公告された平成2年及び平成3年に公告時補償金としてそれぞれ2万円(原告
を含む発明者全員に対する総額)が支払われたが,その他特別の取り決めや合意そ
の他特段の事情はなかった。そうすると,被告が原告から特許を受ける権利を承継
した昭和57年1月ころには,すでに対価請求権を行使できたものであるから,以
後ほぼ20年を経た現在,消滅時効が完成しているのは明らかである。
(2) 仮にそうでないとしても,原告は,① 被告はAPMの製造販売を昭和4
9年には開始していたが,静置晶析方法により晶析したAPMは,昭和57年5月
には日本国内で工業的生産を開始し,アメリカ合衆国への輸出が開始され,昭和5
8年8月末に日本国内での販売が開始されたこと,② 本件発明1及び2は,それ
ぞれ平成2年10月11日及び平成3年4月5日に出願公告され,当該発明の第三
者による実施の禁止を裁判所に求め得る仮保護の権利が付与されていたこと,以上
の事実を知っていたのであるから,本件特許1及び2に関し原告が請求権を行使し
ようとすればできたものである。よって,どんなに遅くとも,原告が上記事実に関
する供述書(甲25)を作成した平成3年10月30日,又は上記①②の事実の発
生日には,被告が本件発明1及び2を工業的に実施していた事実等を知悉していた
ものであり,これを起算点とすると,消滅時効が完成する。
(3) 平成2年3月16日施行の発明等取扱規程により遡及的に補償金が支払わ
れることになるから,その支払時期が消滅時効の起算点とも考えられる。しかし,
この場合でも発明等取扱規程による本件各発明に対する公告時補償金の支払時期が
確定した,本件特許1についてはその公告日の平成2年10月11日が,本件特許
2についてはその公告日の平成3年4月5日が消滅時効の起算日となるから,消滅
時効は完成している。また,公告時補償金の支払により時効が中断するとしても,
その支払はそれぞれ平成3年5月16日及び平成4年5月28日であるから,消滅
時効が完成している。
(4) 原告は,消滅時効は原告が1000万円の報奨金を受領した平成13年1
月17日から進行すると主張するが,この1000万円は,特許報奨規程に基づく
報奨金であり,発明等取扱規程,職務発明補償金基準に基づいて支払われる補償金
とは性質を全く異にするものであり,実績補償金ではない。この報奨金の支払は,
補償金の支払と異なりあくまで会社から従業員に対する恩恵的,裁量的な支払であ
る。
 原告は,特許報奨制度の拡充に関する経営会議方針審議資料(甲50)の
記載を根拠に上記報奨金が実績補償金に当たると主張するが,① 「法的な対応を
強化する」との文言は被告の業績に大いに貢献した発明者に充分な報奨金を与える
ことによって本件訴訟のような係争を未然に防ぐという意味にすぎず,上記書面は
法的な効力が生じるような性質のものではない。仮に,特許法35条3項,4項に
対応するために新たに規定を設けるのであれば,報奨金ではなく補償金として規定
し,かつ特許報奨制度による「功労特許」,「優秀特許」に該当しないものであっ
ても,職務発明の実施により会社が利益を上げているものについてはすべて補償金
を支払う旨の規定にしなければならなかったはずであるが,特許報奨規程はそのよ
うな性格のものとして設けたわけではなく,会社に重大な貢献をした職務発明の発
明者に対して,恣意的にならないように,また不公平感を招かないように充分な配
慮をしているとはいえ,あくまで裁量的,恩恵的な給付を目的としてものである。
② また,上記資料に「実績補償」という項目があるのは報奨の誤記に過ぎず,こ
のことは「資料2」の題に「補償報奨の現状」とあること,「資料1」の題に「報
奨制度」とあること及びこれまで被告において実績補償を行った事例のないことか
らも明らかである。
(5) 被告が,特許報奨規程による報奨対象特許を昭和54年4月1日以降特許
出願された職務発明についてまで遡って適用することとしたのは,使用者である被
告の政策的な善意によるものであり,債務の存在を認めたわけではないし,これに
よって被告が時効を援用しないであろうとの期待を原告に抱かせたわけでもない。
被告は,発明等取扱規程と特許報奨規程を区別した上,上記金員を職務発明の対価
である実績補償としてではなく,報奨金として支払ったのであるから,被告が消滅
時効を援用することは信義則に反することはなく,上記支払をもって時効援用権を
喪失したということはできない。
  〔原告の主張〕
(1)職務発明に係る特許権の成立前である同特許を受ける権利の承継時に,
「使用者が受けるべき利益の額」すなわち「当該職務発明の特許権の実施を独占す
ることによって受ける利益」を算定することは論理的に不可能である。
  職務発明の譲渡を受けた使用者が,各年度の決算期にロイヤルティ収入又
は売上高を集計し発表するごとに,片面的強行規定である特許法35条3項の「相
当の対価」が客観的,具体的に定まることになる。そして,「相当の対価」が客観
的,具体的に定まって初めて従業員発明者がそれまでに既に受領している対価額が
「相当」なのか否かを判断し得ることになり,その結果,職務発明の譲渡に基づく
譲渡対価請求権の行使も,法律上可能となる。すなわち,相当対価支払請求権の消
滅時効の起算点は,当該職務発明によって使用者が独占的利益を受けることができ
る期間中における使用者の決算期であるから,消滅時効は成立しない。
(2) 仮にそうでないとしても,被告は,平成4年12月18日にNS社との間
でライセンス契約を締結しており,それまでは本件各特許のロイヤルティ率等を確
定できないから,同日が消滅時効の起算点となる。原告は,平成14年9月20日
に本件訴訟を提起しているから,消滅時効は完成していない。
(3) 仮にそうでないとしても,被告は,平成13年1月17日に1000万円
の報奨金を支払っているが,これは発明等取扱規程(平成11年10月1日改定の
もの),特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領に基づいて,本件各特許を功労特
許と評価して支払ったものであり,いわゆる実績補償の性質を有する。何故なら,
特許報奨制度の拡充に関する経営会議方針審議資料(甲50)によると,功労特許
の報奨額を1000万円に増額する趣旨として,「職務上の発明について『従業者
等は相当の対価の支払いを受ける権利を有する』との特許法の定めに対し昇級や昇
格に反映させてきたが,さらに法的な対応を強化する」旨明確に定められている
し,同審議資料では,功労特許が実績補償として明確に位置づけられているからで
ある。
  したがって,本件各発明に係る相当対価請求権の消滅時効は,1000万
円の報奨金を受領した平成13年1月17日から進行し,本訴提起は10年以内の
平成14年9月に行われているから,消滅時効は完成していない。
(4) 特許報奨規程(乙9)第5条において,「報奨の審査・推薦を行う時期
は,原則として当該職務発明特許について特許出願した後,10年,15年,20
年を経過した時とする」と定められている。したがって,被告が原告に支払った特
許報奨金1000万円がいわゆる実績補償金であり,特許法35条3項の「相当の
対価」の一部に該当することを前提とすれば,「勤務規則等に,使用者等が従業者
等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合」に当たり,その支
払時期が消滅時効の起算点となるから(最高裁平成13年(受)第1256号同1
5年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁),本訴提起時の平成1
4年9月20日時点では本件各発明に係る相当対価請求権の消滅時効は完成してい
ない。
(5) 被告の主張(2)に対する反論
 被告の主張のように,従業員発明者が,自らの発明を使用者が実施した事
実を知っただけで,直ちに相当対価請求権を行使できるものと解するのは,現実の
使用者・従業員発明者の間の関係に照らして全くの齟齬を来たしているというほか
ない。被告の主張のように解すると,経済的に弱い立場にある従業員発明者を保護
する趣旨で,労働法の一として,片面的強行法規たる特許法35条3,4項が定め
られた趣旨が無為に帰してしまうこととなる。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(外国特許に対する特許法35条の適用の可否について)
(1) 原告は,特許法35条3項に基づき,外国出願に係る本件特許3ないし1
0についての承継の対価をも請求するところ,被告は,同条項の「特許を受ける権
利」には,「外国において特許を受ける権利」は含まれず,同条項は,外国におい
て特許を受ける権利の承継に対する対価請求には適用されない旨主張する。そこ
で,まず,特許法35条3項に基づき,外国において特許を受ける権利の承継に対
する対価を請求することができるか否かについて,検討する。
  本件請求は,本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及
び日本法人であり,我が国においてされた発明に関する請求ではあるが,対価の対
象が外国におけるものを含む特許を受ける権利に関する請求であるという点におい
て,渉外的要素を含む法律関係である。本件請求は,私人間において上記対価請求
権の存否が問題となるものであって,準拠法を決定する必要がある。
(2) 準拠法の決定
  職務発明に係る特許を受ける権利の承継に対する対価請求の準拠法を定め
る前提としては,まず,承継の効力発生要件や対抗要件の問題と,承継についての
契約の成立や効力の問題とに分けて検討すべきである。そして,前者の承継の効力
発生要件や対抗要件の法律関係の性質については,承継の客体である特許を受ける
権利であると決定し,これと最も密接な関係を有する特許を受ける権利の準拠法に
よるものと解すべきである。他方,後者の契約の成立や効力の法律関係の性質につ
いては,契約であると決定し,これと最も密接な関係を有する使用者と従業者の雇
用契約の準拠法によるものと解すべきである。本件で問題となるのは,職務発明に
係る特許を受ける権利の承継の対価であるから,後者により,使用者と従業者の雇
用契約の準拠法による。
  そして,雇用契約の準拠法は,法例7条によって決定すべきところ,本件
においては,当事者の明示の意思によっては定められていないが,日本人である原
告と日本法人である被告の意思として,日本法によるとする意思であるものと推認
することができる。また,条理によって決定するとしても,日本人である原告と日
本法人である被告の雇用契約と最も密接な関係を有するのは,従業者である原告が
労務を供給し,使用者である被告が本社を置き,かつ本件各発明が行われた我が国
である。なお,いずれの準拠法選択をした場合であっても,絶対的強行法規の性質
を有する労働法規は適用されるべきであるところ,特許法35条もまた,上記の性
質を有する労働法規と解される。
 そうすると,本件各発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠
法は,いずれにせよ,我が国の法律であると解するのが相当である。
(3) 特許法35条と外国において特許を受ける権利
  特許法35条は,① 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権につ
いて通常実施権を有すること(同法35条1項),② 従業者等がした発明のうち
職務発明以外のものについては,あらかじめ使用者等に特許を受ける権利及び特許
権を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項),その反対解釈
として,職務発明については,そのような条項が有効とされること,③ 従業者等
は,職務発明について使用者等に特許を受ける権利及び特許権を承継させたとき
は,相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項),④ その対価の額
は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が
貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定してい
る。このように,同条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従
業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照),職務発明につい
て特許を受ける権利及び特許権の帰属及びその利用に関して,使用者等と従業者等
のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図った規定
である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判
決・民集57巻4号477頁参照)。
  我が国の特許法において,特許を受ける権利は,発明の完成と同時に発生
するものであり,原始的に発明者に帰属するものである(特許法29条1項)。特
許を受ける権利は,これを移転することができるが,共有に係るときは,他の共有
者の同意を得なければ,その持分を譲渡することができない(同法33条1項,3
項)。そして,発明者又は特許を受ける権利を承継した者がした特許出願でなけれ
ば特許を受けることができないが(同法34条1項,49条7号,123条1項6
号),特許出願は,各国においてそれぞれ独立に行われ,他方,特許出願すること
なくノウハウ等としてこれを使用することもできる。特許を受ける権利の承継に
は,特許出願前における承継と特許出願後における承継があるところ(同法34条
1項,4項参照),本件請求は,原告が本件各発明を完成して,その特許を受ける
権利を被告に承継したことに基づくものであり,ここで問題となっているのは,発
明の完成により発生した特許出願前における特許を受ける権利の承継である。
 特許法35条3項自体は,特許出願後の特許を受ける権利及び特許権のみ
ならず,特許出願前の特許を受ける権利についても規定している。そして,特許出
願前における特許を受ける権利について,我が国において特許を受ける権利と外国
において特許を受ける権利とに区別することが可能であるとしても,特許法35条
3項にいう「特許を受ける権利」に,外国において特許を受ける権利が含まれない
と解すべき理由はない。使用者等は,職務発明について外国において特許を受ける
権利を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく,
使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めにおいて,上記特許を受ける権
利が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり,また,そ
の承継について対価を支払う旨及び対価の額,支払時期等を定めることも妨げられ
ることがないということができる。そして,勤務規則等に定められた外国において
特許を受ける権利を含む対価の額が特許法35条4項の趣旨及び内容に合致して初
めて同条3項,4項所定の相当の対価に当たると解することができる。
(4) 被告の主張について
ア 被告は,最高裁判決の採用する属地主義の原則によれば,準拠法は当該
外国における法律であり,かつ特許法35条が外国において特許を受ける権利を予
定していないと解すべきである旨主張する。
  特許権についての属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成立,移
転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内
においてのみ認められることを意味するものである(最高裁平成7年(オ)第19
88号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。すなわ
ち,各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与す
るかを各国の法律によって規律しており,我が国においては,我が国の特許権の効
力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない(最高裁平成12年(受)
第580号平成14年9月26日判決・民集56巻7号1556頁)。
  しかしながら,上記最高裁9年7月1日判決は,国外において特許製品
を譲渡した事情と特許権の行使の可否の問題が属地主義の原則とは無関係である旨
を判示したにすぎず,また,上記最高裁平成14年9月26日判決も,特許権侵害
を理由とする差止請求についての準拠法決定が属地主義の原則を理由として不要と
なるものではないことを判示するとともに,特許権の効力の準拠法の決定等に当た
って属地主義の原則を適用したにすぎず,職務発明に係る特許を受ける権利の承継
の対価請求の準拠法の決定に当たり,直ちに属地主義の原則が妥当するわけではな
い。そして,上記属地主義の原則の根拠は,特許権が,国家がその産業政策に基づ
き発明に付与する独占権であり,条約上も前提とされてきたものであるところに求
められるところ,雇用関係で結ばれた使用者と従業者という私人間の特許を受ける
権利の承継の対価に,特許出願先の国家の産業政策が直接関係するわけではなく,
属地主義の原則を理由に,我が国の特許法が外国において特許を受ける権利の承継
の対価について適用されないと解することはできない。また,特許を受ける権利
は,発明者に広く認められるべき普遍的な権利であり,ある国において特許出願す
ることにより無体物である発明に対する排他的独占権を取得する以前のものである
から,排他的独占権を付与するための要件や効力の問題とは異なるものである。
  なお,外国において特許を受ける権利の承継に関する契約の成立や効力
につき,日本法を適用することと,それが特許として登録され,当該外国における
特許権の侵害が問題となる場面において,差止請求は登録国の法律により,損害賠
償請求は不法行為があった地の法律によるとすることとは,別個の法律問題として
両立し得るのである。
イ そして,被告の主張によれば,各国の特許法を準拠法として,従業者で
ある発明者が一つの発明に係る世界各国において特許を受ける権利の承継の対価を
請求するために,世界各国の法律に基づき逐一請求すべきことになる。しかしなが
ら,そのような解釈は,職務発明制度の利用を当該国を雇用関係の準拠法とする者
に限定する法制を採る国が多数ある現状においては(甲54,70),法的安定性
を害し,従業者に外国において特許を受ける権利の承継の対価請求を事実上閉ざす
結果となりかねない。また,ドイツの従業者発明法のように,所定の期間内に使用
者側が手続を履践することを職務発明の要件とする立法例もあり(甲54,55,
57),特許を受ける権利の予約承継を定めた使用者の期待を害するおそれもあ
る。
ウ 被告は,我が国の特許法は,その目的,文言及び趣旨からして,日本に
おける特許権や日本において特許を受ける権利についてのみ規定しているものであ
り,特許法35条にいう「特許を受ける権利」も外国において特許を受ける権利を
含まない旨主張する。
  我が国の特許法は,我が国の産業政策に基づいて定められているもので
あり,特許法のうち,例えば,特許出願や審判等に関する規定は,行政手続を定め
たものとして,また罰則に関する規定は,刑事罰ないし行政罰を定めたものとし
て,我が国においてのみ適用されるべきものである。しかしながら,特許法35条
が職務発明について特許を受ける権利の帰属及びその利用に関して,使用者等と従
業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図る
という性質を有することは前記(3)で判断したとおりであり,このような性質を有す
る同条について,これらと同列に論じることはできない。
エ 被告は,特許法35条3項,4項が外国において特許を受ける権利の承
継について適用されるとすれば,その結果従業員発明に支払う金額は使用者が全く
予想していない金額になり,我が国における研究開発の停滞をもたらすなどと主張
する。
  しかしながら,相当な対価につき従業者に有利な規定を有する我が国の
現行法制の下において,企業の国際的競争力の点で不利になるおそれがあるとして
も,そのことは,従業者に対する発明のインセンティブと企業の国際的競争力との
政策的なバランスの問題であって,我が国の産業政策においてそれをどう考えるか
という,立法政策の問題であり,それが特許法35条3項,4項が外国において特
許を受ける権利について適用されるか否かの解釈に影響を与えるものではない。
  (5) 小括
  以上のとおり,本件請求は,我が国の法律を準拠法とすべきであり,我が
国の特許法35条3項にいう「特許を受ける権利」は「外国において特許を受ける
権利」を除外するものではない。したがって,外国において特許を受ける権利の承
継の対価,すなわち本件特許3ないし10により被告が受けるべき利益を含めて,
対価の額を算定するのが相当である。
2 認定事実
 前記争いのない事実等に証拠(甲1ないし11,17,25ないし29,4
3ないし46,50,58,61ないし65,67,68,71,72,75,7
6,乙5の1及び2,6,8ないし11,13ないし15,16の4,17ないし
23,25ないし28,30ないし33,36ないし38,40ないし55,56
の1ないし4,57ないし61)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認
められる。
(1) 原告の職務内容等
原告は,昭和38年3月,名古屋大学工学部化学工学科を卒業して,同年
4月,被告に入社した。原告は,被告東海工場工務課設計係配属となり,昭和44
年10月に被告中央研究所LD-21室に配属となり,昭和47年6月16日に同
研究所APMプロジェクト室に配属となり,APMのプロセス開発担当となった。
昭和51年2月,APMプロジェクト室解散に伴い,原告は,被告中央研究所技術
開発研究所エンジニアリング第1室に配属されたが,昭和53年にAPM研究開発
グループが再編され,原告は同年7月,同研究所合成技術室勤務(課長待遇)とな
り,以降,APMのプロセス改良に従事した。そして,原告は,昭和59年7月に
同研究所生産技術研究所主任研究員(副部長待遇),昭和63年7月1日に同研究
所プロセス開発研究所長(部長待遇),平成5年6月に東海工場長,平成9年6月
に被告の関連会社である東洋製油株式会社代表取締役に就任し,同年12月に転籍
により被告を退職した。
 原告は,平成7年3月,本件各発明の共同発明者であるC,B及びDとと
もに,代表者としてAPM工業晶析プロセスの開発について,社団法人化学工学会
から平成7年度化学工学会技術賞を受賞し,同年5月には,上記開発について,分
離技術懇話会から平成7年度分離技術賞を受賞した。
(2) APM事業化の経緯について
アサール社の研究者は,昭和40年12月に医薬品開発研究の過程でAP
Mが甘味を呈する物質であることを発見した。そこで,サール社は,昭和41年4
月,アメリカ合衆国,カナダ及びイギリスに,その後,日本,フランス,オラン
ダ,イタリア及びベルギー等に,APMの基本特許である用途特許を特許出願し,
特許を取得した。
 上記発見は,昭和43年8月,イェール大学で開催された第1回アメリ
カ合衆国ペプチドシンポジウムにおいて,同社の研究者によって発表された。被告
の食品研究部主任研究員であるMは,同年9月に「食品の味へのアミノ酸とペプチ
ドの貢献」の研究発表のために渡米していたところ,ロックフェラー大学のN教授
から,上記発表とその内容を教えられた。そこで,Mは,同年9月21日,被告に
テレックスを送って上記情報を知らせ,被告は,サール社に対し,同年10月,共
同研究ないし共同開発の申入れをすることにしたが,同社からの応答はなかった。
そこで,被告の当時の代表取締役Oは,同年12月に同社を訪問し,再度共同研究
ないし共同開発を申し入れたところ,昭和44年3月,同社の副社長が被告の中央
研究所を視察した。
イ 被告は,サール社との共同研究,共同開発を実施するに当たってもAP
Mの生産技術を確立することなしには対等の立場で交渉することはできないと考
え,昭和44年2月にAPM生産のための原料であるフェニルアラニンとアスパラ
ギン酸の合成法の研究に着手した。そして,被告は,昭和44年4月30日,「α
-L-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルの合成法」の発明(A
PMの製造方法の1つであるZ法の基本発明)について特許出願し,昭和45年3
月18日,「フェニルアラニンの製造方法」の発明について特許出願したことでフ
ェニルアラニンの工業的生産の基本的な生産方法が確立され,さらに,同年10月
26日,「α-APMを塩酸塩として不純物であるβ-APMから分離する方法」
の発明(塩酸塩特許)について特許出願した。
ウ 被告は,サール社との交渉の結果,昭和44年9月から毎月25㎏のA
PMのサンプルを同社に供給することとなった。これは,同社が安全性試験を動物
で実施するため,また具体的な用途開発のためAPMを必要としたことによるもの
である。被告は,昭和44年9月から昭和46年11月までの間に2950㎏のA
PMを供給し,その売上高は1億4448万円で損益は2460万円の赤字であ
り,昭和47年1月から5月までの間に950㎏のAPMを供給し,その売上高は
3307万8000円,損益は796万2000円の赤字であり,同年6月から1
2月までの間に2800㎏のAPMを供給し,その売上高は9065万8000
円,損益は1854万2000円の赤字であった。
 また,被告が投入した研究開発要員は1年当たりのべ31.5人であ
り,多額の研究費を費した。
 以上の結果,被告は,サール社との間で昭和45年3月23日に両者間
の合弁契約を期待して討議に入ること,その間,相互的に情報を開示し,秘密を保
持するという合意に至った。続いて,同年6月16日付けで,APM等の製品及び
その原料に関してサール社を被告の独占的販売者とする旨の独占販売権契約が締結
された。さらに,同月17日付けで被告からサール社に対する,同月18日付けで
サール社から被告に対する,それぞれAPMを含む甘味料の製造販売及び使用に関
する特許権等を実施許諾する旨のライセンス契約が締結された。これらのライセン
ス契約では,サール社も被告も何時でも契約を解除できる権利を有し,被告が提供
する製品よりも安いオファーを第三者から受けたときは何時でも他社からの購入に
切り換えることができる権利を有するとされた。しかし,被告もサール社も上記権
利を行使することはなかった。
エ サール社は,被告から供給を受けたサンプルを用いて動物実験による安
全性試験を実施し,その結果に基づいて昭和48年3月5日にFDAに食品添加物
としての認可を申請し,昭和49年7月26日に認可を得た。しかし,同年8月1
6日,ワシントン大学のP教授からAPMの成分であるアスパラギン酸の大量投与
がラット,マウスの脳に損傷を与えるとの理由で異議申立てが提出され,FDA
は,昭和50年12月5日に停止命令を発令した。そこで,サール社は,被告が行
っていたラットの慢性毒性試験の結果を提出したところ,これが功を奏し,昭和5
6年7月24日に認可され,同年10月22日に発効した。
 また,サール社は,昭和57年10月15日,APMを炭酸飲料,炭酸
飲料原液の甘味料として使用することについてFDAに承認申請し,昭和58年7
月8日に炭酸飲料へのAPMの使用が承認された。
 他方,日本では,同年8月27日,APMが食品添加物として指定され
た。
オ 被告は,我が国において,昭和46年から50年の間に,APMの製造
方法に関し13件,APMの用途に関し1件,フェニルアラニンの製造方法に関し
13件,アスパラギン酸の製造方法に関し4件,昭和51年から昭和55年の間
に,それぞれ14件,4件,9件,3件の特許出願をした。
 被告が投入した人員についてみると,昭和43年から昭和56年までの
間に被告が投資した研究開発要員は1年当たりのべ471人,研究開発費用は単純
累積額で約39億円に達する。また,被告は,パイロット・プラント建設のため
に,昭和45年5月及び昭和47年4月に合計約2億円の設備投資を支出した。
カ 以上のように,被告は,昭和43年以降,APM事業のための研究開発
投資及び設備投資として極めて多額の費用を負担した。
(3) 本件各発明に至った経緯について
ア APMについて
  APMは,L-アスパラギン酸とL-フェニルアラニンを原料とし,こ
れらを縮合させて製造される。被告が使用しているAPMの縮合又は合成反応に
は,Z法,F法及びASH法がある。すなわち,Z法は,N-カルボベンゾキシ-
Lアスパラギン酸無水物とL-フェニルアラニンメチルエステルとを反応させた後
に保護基であるカルボベンゾキシ基を脱離させて,L-α-アスパラチルメチルエ
ステルを製造する方法であり,F法は,N-ホルミルアスパラギン酸無水物とL-
フェニルアラニンメチルエステルとを反応させた後に保護基であるホルミル基を脱
離させて,L-α-アスパラチルメチルエステルを製造する方法であり,ASH法
は,無保護のアスパラギン酸無水物とフェニルアラニンメチルエステルを反応させ
る製法である。
イ 工業晶析における技術常識
 一般に,工業晶析においては適度に大きく,コンパクトな結晶を手に入
れることが望まれる。何故なら,結晶が微細であると,質量の割に大きな表面積を
有することになる結果,濾過をしても不純物を含んで純度が低下したり,乾燥時に
除去する液体がより多くなるという問題があるからである。
 一般晶析理論によれば,大きな結晶を得るためには,限られた数の結晶
核を,準安定領域でゆっくり成長させる必要があり,撹拌などの強制流動を伴わな
い晶析法は,この原理にかなった方法である。しかし,工業的には,晶析操作にお
いて撹拌を行うことは必須であると考えられていた。その理由は,撹拌を行わない
と,① 核発生が少ないため,晶析槽内の全結晶表面積が極めて少なくなること
や,流動がないために溶質の拡散が不十分となることから,槽内の単位時間当たり
の結晶成長重量を低下し,生産性が低下すること,② 流動がないため,冷却し底
面で成長したりすることから,結晶又はスラリーの排出が極めて困難となること,
③ 流動がないため,晶析槽内の各部分の温度及び濃度が不均一となり,結晶の大
きさや純度に不揃いを生じ,不均質な製品となること,という問題が生じるからで
ある。したがって,これまでの通常の物質における工業晶析では,上記の問題を回
避するために,撹拌などの強制流動を伴う方法を採用し,かつ,過飽和の程度を適
切に管理することにより,撹拌による核発生を注意深く抑制しつつ結晶成長を行う
という方法が採用されていた。
ウ 昭和44年から昭和46年まで
 当時,2つの主要な目標があった。その第1の目標は,可及的速やかに
APMのサンプルを調整し,工業的生産に先立ち要求される広範な安全性試験用,
APMに適用可能な用途の研究用としてサール社に供給することであった。第2の
目標は,APMを形成するためのL-アスパラギン酸とL-フェニルアラニンメチ
ルエステルの縮合反応(合成反応)の効率的なプロセスを見出すことであった。
 被告は,昭和44年から45年にかけて,APM製造における縮合又は
合成反応のための3つのプロセスとしてZ法,F法及びASH法を確立した。被告
は,当初これらZ法及びF法を用いてAPMの製造法の開発を実験室で開始した。
 被告は,昭和46年から,Z法を用いてAPMの工業的生産段階へのプ
ロセス開発に着手し,そのパイロットプラントにおけるAPMの晶析において低撹
拌ワイパー方式(晶析槽の壁面に近接させた撹拌翼を,低速度でゆっくり回転させ
る方式で,それによって壁面スケール(固着結晶)の掻き取りを行うもの。)の晶
析法等が試みられた。しかし,そこで得られた結晶は微細であり,スケーリング
(晶析槽への固着)に起因する晶析槽の冷却効率が低下すること,そのための冷却
や分離・乾燥に長時間を要すること,スケーリングにより排出時の詰まりが生じる
こと等の問題があった。Z法のパイロットプラントにおいては,冷却速度及び結晶
の大きさを改善し,分離,乾燥工程の負荷を軽減するために撹拌条件下で溶液のp
Hの変更・種結晶の添加,初期濃度の変更,冷却速度及び過飽和のレベルの調節等
の試験が行われた。
 なお,当時得られるAPM結晶は針状であり,工業操作においては固体
と液体の分離が容易でないこと,APMの塩酸塩は結晶が柱状であること及びAP
Mは高温や高pHで不安定であることが知られていた。
エ 昭和47年から昭和50年まで
(ア) APMプロジェクト室の設置とAPM晶析に関する基礎的研究
被告は,昭和47年5月,アメリカ合衆国にコマーシャルプラントを
建設することを目的としたAPMプロジェクトチームを発足させ,原告は,エンジ
ニヤリンググループリーダーとして,プロセスの設計,プロセスの評価,設備の選
定及び工業プラント建設のためのデザインパッケージ(工業プラントの設計,建
設,運転に必要な情報を総合的にまとめた文書)を作成する責任を負った。
上記プロジェクトチームのうち,Qをリーダーとするグループは,昭
和47年からAPMの晶析方法について研究を開始し,① APM結晶の結晶型,
② 各種APM結晶型の平衡水分,③ 各種APM結晶型の安定性,④APM及
び関連物質の真密度,⑤ APM製品の粒度,⑥ APM及び関連物質のX線解析
パターン,⑦ APM及び関連物質の溶解度(溶媒,温度,pH),⑧ APM及
び関連物質の溶液中における安定性(温度,pH),⑨ APMの結晶成長特性,
⑩ 不純物(媒晶剤)添加によるAPM結晶成長特性の改善といった基礎データを
採取した。
 このうち,上記①の研究では,APM結晶のX線解析を行い,APM
結晶にはA型,B型,C型,E型の4種類があり,分離性等を考慮すると,B型が
最も優れていると結論づけた。また,上記⑨の研究の結果,「B型結晶が工業的規
模で有用な結晶型である。APMの晶析は経験的に難しいと言われている。それは
実験室の静置晶析では分離性の良い結晶が得られるが,工業的規模で使用される撹
拌晶析法では良い結果が得難いからである。」と結論づけている。APMの結晶成
長におけるこうした異常性の理由を知るために,結晶成長実験に通常用いられる方
法であり,種結晶を用い非常に遅い冷却速度で冷却を行う方法による結晶成長実験
を行ったところ,(ア) APMは長軸方向にはよく成長するが半径方向には成長し
ないこと,(イ) 写真観察によれば,結晶の一方の端から成長するがもう一方の端
からは成長しないように見えること,(ウ) 種結晶として添加されたB型結晶は撹
拌条件下では結晶成長の途中で縦方向に割れてしまい,最終的には針状結晶になる
が,この現象は静置条件下では観察されないので,短軸方向の結晶格子面は弱い力
で結合されていると考察した。
 また,上記⑩については40種類の不純物を添加し,すべて無撹拌晶
析で実験を行ったが,APMの晶析においては見るべき改良は達成できなかった。
(イ) 晶析法に関する研究
a 実験室における晶析法に関する研究
 原告らは,コマーシャルプラントに最適なAPM晶析法を見つける
ために,① 無撹拌冷却晶析(強制流動なし),② バッチ冷却晶析(撹拌機によ
る撹拌有り),③ 中和晶析(同),④ 濃縮晶析(沸騰による撹拌有り),⑤ 
急速冷却晶析(蒸発冷却晶析(沸騰による撹拌有り),オンレーターによる晶析
(高速回転刃による撹拌),⑥ 連続冷却晶析(撹拌機による撹拌有り)といった
晶析法について実験室で検討を行った。その結果,無撹拌晶析以外の晶析法では好
ましい大きなAPM結晶は得られなかった。しかし,無撹拌晶析に関する一般的な
理解は「この方法はAPMの晶析に最良の方法であるが,装置の問題で実行不可能
である。」というものであった。
b Zプロセスパイロットプラントにおける間欠撹拌冷却晶析法に関す
る検討
サール社へのサンプル供給のために,APMが生産されたZプロセ
スのパイロットプラントの低撹拌ワイパー方式の晶析槽において,その性能を最適
化するために,① 溶液のPH,② 種結晶の添加,③ 初期濃度の変更,④ 冷
却速度のコントロール,⑤ 過飽和度のレベルに関するテストを行った。しかし,
冷却時間は非常に長いままであり,得られた結晶は針状で微細であった。
 原告らは,昭和47年9月,間欠撹拌法(まず無撹拌で冷却し,次
いで間欠的に撹拌し,さらに撹拌冷却するという方法)を試み,遠心分離機での脱
水後の最終水分量は減少したが,スケーリングの問題は解決されなかったし,冷却
効率の低下と晶析の最終温度が高いことに起因する収率の低下も生じた。
c 各種晶析法の比較検討
Qらは,APMの晶析法として静置,撹拌,バッチ式,連続式等の
条件を組み合わせた種々の晶析法を検討したが,静置晶析法を除いて大きなAPM
結晶を得ることはできなかった。これらの研究の中で,大きいAPM結晶は,① 
APMの初期濃度を高くした方が得られやすいこと,② 急速に冷却した方が得ら
れやすいこと,という一般晶析理論とは異なる現象が観察された。
d 無撹拌晶析に関する研究
当時のプロジェクトチームの中の一般的理解は,APMの無撹拌晶
析の工業的な利用は現実的ではないというものであった。その理由は,① 無撹拌
でAPM溶液を冷却を行った場合に形成されるシャーベット状結晶相を無撹拌晶析
装置から排出することは困難であると考えられること,② 熱伝達効率において不
利であること,③ APMに使用できると思われる無撹拌晶析装置を見つけられな
かったこと,というものであった。 
しかし,原告は,工業的規模での無撹拌晶析プロセスを開発し,A
PMの大型結晶を得ることができれば,晶析,分離,乾燥工程の投資を大幅に削減
できると考え,静置晶析法の工業的実施の可能性を検討することとした。この際,
原告は上記検討において,無撹拌の状態での比較的急速な冷却を実現すること及び
晶析装置からのAPM結晶の排出について問題点があると考えた。
 原告は,昭和47年12月に静置晶析装置のタイプや冷却時間の算
定から静置晶析法の工業的実施の可能性を検討し,昭和48年1月,6インチ及び
10インチの鋼管による静置晶析法のベンチスケール実験を行った。この実験の結
果,原告は,収率,生産性という観点から静置晶析法は可能性があること及び晶析
設備の設備投資も冷却面への結晶固着により熱移動係数が著しく低下するZ法パイ
ロットプラントの方式と比較して不利とはいえないことを立証した。しかし,静置
晶析法を工業的規模で実施した場合,シャーベット状固相を晶析設備から排出する
のは困難ではないかと考え,排出に関する実験は行わず,静置晶析法の検討をいっ
たん断念した。
(ウ) 低温低撹拌連続冷却晶析法の開発
 Qらは,上記(イ)cの様々な晶析法に関する研究の後に,実験室の実
験に基づき,低温低撹拌連続冷却晶析法を開発することを提案した。低温低撹拌連
続晶析法は,連続的にAPM溶液を晶析槽に供給し,撹拌しながら冷却などの手段
で過飽和を生成してAPMを晶析し,得られたAPM結晶を連続的に排出する晶析
方法のうち,冷却コイルや冷却ジャケットによって晶析槽の冷却を行いつつ,スラ
リーが存在する低撹拌下の晶析槽へ高温の原料APMを低速度で供給する方法であ
る。この方法は,① 間欠撹拌法と比較して結晶がやや小さいこと,② 冷却コイ
ルへの結晶の固着が起きること,③ アメリカ合衆国コマーシャルプラントで必要
な遠心分離機の数が多く,乾燥も困難であることという基本的な問題点が解決でき
ないものであったが,間欠撹拌法に比して有利な点もあったため,米国コマーシャ
ルプラント及び東海工場のAPMプラントでの晶析方法として採用されることにな
った。
オ 昭和51年から昭和54年まで
(ア) サール社は,昭和52年7月に被告に対しAPM生産のプロセス開
発の再開を要請したので,被告は,昭和53年2月にAPM研究開発グループを再
編し,同開発を再開した。同グループでは,APMの晶析工程の担当は,Rであっ
た。
サール社は,昭和53年7月,被告に対し連続蒸発冷却晶析法の試験
を提案した。この連続蒸発冷却晶析法とは,晶析槽でAPM溶液を減圧下で蒸発さ
せ,その蒸発潜熱で冷却して晶析する方法であり,蒸発を伴うために晶析は撹拌下
で行われ,連続式で運転される方法である。
 これに対し,Rは,昭和54年9月に連続蒸発冷却晶析装置のベンチ
テストの結果を報告したが,その内容は微細な結晶が生成し,著しい泡立ちが観察
されたというものであった。
(イ) 被告とサール社,PEDCo社(サール社のエンジニヤリングコン
サルタント会社)は,昭和54年1月に技術会議を行い,その際,被告は「APM
は普通でない晶析特性を示し,従来手法の適用は困難である。」と説明したが,サ
ール社は,低温低撹拌連続晶析法をアメリカ合衆国コマーシャルプラントに導入す
るのはリスクが大きく,晶析・分離・乾燥工程の抜本的改良が必要であること及び
蒸発冷却晶析法により大きな結晶を得て晶析・分離・乾燥工程を連続化することを
主張した。そして,サール社は被告に対し,同年3月,Z法のパイロットプラント
検討を要請したので,被告は同年10月,改良Z法のパイロットプラントを建設
し,晶析には撹拌冷却晶析法を採用した。
カ 昭和55年から昭和57年まで
(ア) Rは,晶析・分離・乾燥工程の連続化について検討し,昭和55年
1月のサール社との技術会議において,連続式撹拌晶析法について,① 蒸発冷却
晶析,② 低撹拌蒸発冷却晶析(低撹拌下に①を実施する方法),③ 高撹拌コイ
ル冷却晶析(晶析槽内部に設置された冷却用コイルを使用し,高撹拌下に冷却晶析
を実施する方法),④ 外部循環型熱交換器による外部熱交換冷却晶析(APM溶
液を晶析槽外部に設置された熱交換器に循環,冷却することにより晶析を行う方
法)の検討結果を報告したが,これらはスケーリングの問題を軽減する新しい晶析
法の開発と,晶析・分離・乾燥工程全体の合理化にあった。
(イ) Rは,昭和55年3月と6月の技術会議において,サール社やPE
DCo社の技術者に対し,一般晶析理論に基づく方法によりAPMの結晶成長実験
を行っても,大きな結晶は得られないことを示した。
(ウ) Cは,昭和55年6月からAPM晶析についての基礎実験を開始
し,同年8月からAPMの結晶成長について次の実験を行った。
a 無撹拌下での超徐冷による結晶成長実験
 0.8g/と低濃度のAPM溶液を用意し,結晶核の発生を防止
するために,冷却速度が1日当たり5℃といった超徐冷で無撹拌により行うもので
あり,その結果,種結晶を添加しない系では髪の毛のような非常に細い結晶が得ら
れ,種結晶を添加した系では,枝分かれ状の結晶成長が確認された。
b 流動層型晶析装置を用いた晶析実験 
上記実験よりももう少し高い過飽和度の下,核発生を伴わない結晶
の成長実験を試み,その際,流動層型晶析装置(垂直に立てられた中空の円筒容器
に種結晶を含む溶液を入れた装置)を使用した。この実験は,流動層を用いて細か
い結晶を除去・再溶解して晶析系に戻し,添加した種結晶のみを成長させる方法で
あり,撹拌を伴う晶析である。この結果,添加した種結晶を成長させることはでき
ず,針状の非常に細かい結晶のみが残った。
(エ) Rと原告は,昭和55年7月ころ,APM結晶の粉末X線解析を行
い,その結果,Rは,① APM結晶の枝分かれ成長は,APM結晶の結晶格子面
の偏向によるものではないか,② 枝分かれ成長は,通常の結晶では高い過飽和に
おける急速な結晶成長時に生ずるが,APMの場合は,結晶格子面の偏向があるた
め低過飽和下でも枝分かれ成長が生ずるのではないかとの仮説を示した。
 これら(ウ),(エ)の実験結果によって,APMの晶析における性質は
極めて異常であり,撹拌下では大きな結晶を得るために半径方向の結晶成長を行う
ことができないことが確認された。
(オ) Rは,昭和55年8月のサール社との技術会議において,連続撹拌
晶析の開発継続に関する計画を報告し,原告は静置晶析装置を示す等して無撹拌晶
析法の工業化を提案した。
(カ) Cは,上記(ウ)の実験後,強制流動を伴わない状態で得られたAP
Mの大きい結晶は,いくつかの針状結晶が束になってできた結晶かもしれないと考
えた。これに対し,原告はさらに実験によってその仮説を検証するように勧めた。
 そこで,Cは,昭和55年9月,静置晶析で得られたAPM結晶を走
査電子顕微鏡で観察し,静置晶析により得られるAPM結晶が束状集合晶であるこ
とを発見した。
(キ) Rは,昭和55年10月,被告の第3回医薬化成品連絡会におい
て,撹拌を伴う連続晶析法のパイロットプラント研究計画について報告し,① 連
続蒸発冷却晶析法,② 低温蒸発晶析法,③ 外部熱交換器を使用した撹拌を伴う
晶析法を提案した。そして,同年11月に撹拌を伴う連続晶析法のパイロットプラ
ントテストが開始された。
(ク) Rは,昭和55年11月のサール社との技術会議において,同社に
対し,連続晶析法のパイロットプラント研究計画について説明した。また,RとC
は,上記技術会議において,「APM晶析研究に関する中間報告」と題する報告書
(乙32)を提出し,Rが上記(キ)記載の研究計画を説明し,CがAPMの結晶成
長に関する基礎的な実験結果とAPM結晶が束状集合晶という特異な結晶形態をも
つことを報告した。そして,原告は,工業規模で使用される無撹拌晶析法の開発を
提案した。
(ケ) 原告は,静置晶析の工業化に当たり克服しなければならない晶析装
置からシャーベット状の固相を排出する方法について考察していたが,昭和55年
12月,Bに対し,冷却板を有する晶析缶の模式図を示しガラス円筒を用いてシャ
ーベット状固相の排出実験を行うように指示した。Bは,Dとともに,ステンレス
配管を加工した二重管式静置晶析缶を設計,作成してシャーベット状に固結するA
Pスラリーの晶析缶からの排出性の確認を行った。その結果,65㎜及び85㎜の
円筒をそれぞれ3分間及び1分間温めると上記シャーベット状の相を排出でき,1
45㎜と180㎜の円筒では温めなくても上記シャーベット状の相を排出すること
ができた。そして,同人らは,昭和56年2月から3月にかけて0℃の冷媒が循環
するジャケットがついた18のステンレススチール円筒を製作し排出実験を行っ
たところ,その冷却面には結晶がほとんど残っていないこと及びシャーベット状の
相は排出されると同時にスラリーに変わることが判明した。
 昭和56年2月のサール社との技術会議において,上記結果が報告さ
れた。また,Rは,この技術会議において,撹拌条件下における連続晶析法に関す
る最終報告を行い,蒸発冷却晶析,低温蒸発晶析及び外部熱交換器による冷却晶析
では,晶析・分離・乾燥工程の大幅な改善を行うことは不可能であると結論づけ
た。これらの結果,サール社は,無撹拌晶析をパイロットプラントで検討すること
に合意した。
(コ) 原告は,以前エポキシ系樹脂の少量生産設備としてスチールベルト
コンベアを導入した経験があったため,Dに対し,スチールベルトクーラーを使用
した静置晶析の実験を依頼した。Dは,昭和56年3月,化成品の冷却に用いられ
ていた6㎡の冷却面積を持つコマーシャルスケールのスチールベルトクーラーを使
用してスチールベルト上の薄相無撹拌晶析の実験を行った。この実験は,① オー
バーフローすることなくシャーベット状の結晶相の連続的形成ができるか,② 束
状結晶が得られるかどうか,③ スチールベルト上からシャーベット状結晶相を掻
き取れるかどうかを目的としていた。Dは,オーバーフロー防止のためにスチール
ベルトの注入部分に簡単なガイドを取り付け,下方から冷水で冷却されながら移動
するベルト上に,高温のAPM溶液を連続的に注いだところ,APM溶液は速やか
に冷却され,シャーベット状の結晶相を連続的に形成し,ベルトの終端でシャーベ
ット状結晶相は掻き取られることがわかった。また,Dはスチールベルトクーラー
の所要サイズを推定し,タンクタイプの複数冷却板無撹拌晶析装置と投資金額を比
較し,以降の開発作業はタンクタイプ晶析装置で行うことに決まった。
(サ) 原告らは,昭和56年5月,APMの工業化の最終プロセスとし
て,容量380,内径0.4m,高さ3mで2枚の冷却板付きの静置晶析装置を
設置したパイロットプラントを完成させ,同月20日に無撹拌晶析の運転を開始し
た。なお,上記実験には,同人らの他にC,D,E,Fらが参加した。EとFは,
ベンチプラント,パイロットプラントの運転条件や後工程の操作方法等についての
経験が豊富で,器具,部品についての大きさ,形状等のアイデアを出すことを含め
て,かかる操作・運転条件についての示唆,勧告を行った。
 その結果,晶析装置からのシャーベット状結晶相の排出は容易であ
り,排出後の冷却面には結晶の固着はないことが確認され,結晶も実験室で得られ
たものと差異がないことが確認された。
 Cは,同年9月の技術会議において,無撹拌晶析のパイロットプラン
トにおける検討結果をサール社に報告した。
(シ) 被告は,昭和56年7月,被告東海工場のコマーシャルプラント
(**TAP)建設を再開するに当たり,本件各発明に係る静置晶析法を採用する
ことを決定し,昭和57年4月に**TAPが完成し,同年5月に静置晶析法を用
いて商業生産を開始した。また,被告は,昭和57年1月にサール社が低撹拌連続
冷却晶析法から静置晶析法に変更できるようにするために,米国コマーシャルプラ
ント向けの無撹拌晶析に関する運転操作及び設計に関する情報をサール社に送付し
た。サール社は,昭和59年9月に無撹拌晶析を用いたパイロットプラントの運転
を開始した。
(ス) 原告は,昭和56年10月,被告の第5回医薬化成品連絡会におい
て,静置晶析法開発を含むAPM製法開発の進捗状況について報告した。
(セ) Cは,昭和57年3月に追加実験を行い,無撹拌冷却下にシャーベ
ットを形成する濃度範囲を確定した。
  (4) 本件各発明の意義
 本件各発明は,APMの束状集合晶を工業的規模で製造する工程の一部を
なす工業的晶析法及びこれによって得られるAPMの束状集合晶自体等に係る発明
である。
 工業製品としてのAPMは,主として,① 原料となるL-アスパラギン
酸及びL-フェニルアラニンの製造工程,② L-アスパラギン酸とL-フェニル
アラニンの合成工程,③ 粗APMを合成,晶析する工程から成り立つものである
が,本件各発明は③の最終工程に該当するものであり,本件各発明によりAPMの
工業的規模での製造が可能となったという意義を有する。
 本件各特許の基本をなす本件特許1の特許請求の範囲の請求項1の記載
は,「L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの水性溶液に
よりこれを冷却晶析するにあたって,冷却後の析出固相が存在する溶媒1に対し
て約10g以上となるよう初期濃度を設定し,溶液全体を見掛け上氷菓(シヤーベ
ット)状の疑似固相となるように,機械的撹拌等の強制流動を与えることなく,伝
導電熱により冷却し,疑似固相を生成せしめることを特徴とするL-α-アスパル
チル-L-フエニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法」である。また,本件
特許1の明細書には,「本発明者等は,APM製造における先述の工程作業性の改
善について鋭意研究を重ね,種々条件検討を行なったところ,次のような新事実を
見出すに至った。すなわち,驚くべきことに,ある濃度以上のAPM溶液を無撹拌
の条件下に冷却し晶析せしめた場合,結晶相互の絡み合いの間隙に溶媒を取込み,
あたかも溶液全体が固化したかのような様を呈すること,このような状態で得られ
た結晶が,固液分離においてすこぶる良好な性状を示すことを見出したのである。
この結晶を走査電子顕微鏡を用いて拡大観察すると,いくつかの針状晶が束をなし
見掛け上ひとつの結晶を形成していることが判明した(後述)。この本発明の束状
集合晶は,過飽和溶液中で成長しつつある状態にない限りにおいては,物理的な衝
撃にも極めて強固であり,輸送・分離・乾燥などの工程を経ても,従来法による結
晶に比して5~10倍以上の短軸径を維持しうることが確認された。また,さらに
驚嘆すべきは,通常の物質であれば結晶が伝熱面に固着し,云わゆるスケーリング
を生じてその除去に非常な困難を伴うことが多々あるような晶析条件下にあってさ
え,本発明方法によるAPMの晶析では冷却面からの結晶層の完全な剥離・脱落が
極めて容易である事実が認められたのである。そこで,本発明者等は,上記知見を
工業規模のプロセスに応用すべく,鋭意検討を進めた結果,APM溶液をこれが疑
似固相となるような条件下で冷却してAPMを晶析せしめ,分離性の良好な結晶を
取得することにより,工程作業性の著しい改善を達成し,工業的に経済効果の大な
る新晶析プロセスを実現するに至った。またさらに検討を重ねたところ,一旦溶液
が疑似固相化した後は,強制流動を伴う急速冷却による過飽和解消操作を組合わせ
ても,良好な分離性を維持しうることを見出し,工程の合理化と晶析収率の向上を
達成して本発明を完成するに至った。」(4欄22行目から5欄16行目)との記
載がある。
 これらの記載と上記特許請求の範囲の記載を総合すると,本件発明1は,
冷却後の析出固相が存在する溶媒1に対して約10g以上となるよう初期濃度を
設定して無撹拌条件下に冷却し,疑似固相を形成した場合は,その結晶は束状集合
晶を形成していることを発見し,かつ束状集合晶の形でAPMを製造すれば輸送・
分離・乾燥などの工程を経ても従来法による結晶に比して5倍ないし10倍以上の
短軸径を維持し得るとの知見を得て,工業晶析法として完成させたものといえる。
したがって,本件発明1の本質は,APMの束状集合晶を工業的に製造する方法で
あると解される。
 そして,本件発明1は,当該APMの束状集合晶の工業的規模での製造方
法として,新しい晶析方法として静置晶析法を採用したものであり,これにより,
従来法である撹拌晶析法によって得られる結晶が微細な針状結晶であったことに起
因して生じていた工業生産上の問題点が解決され,① スラリーの固液分離の水分
量を低め,② 繰り返し分離操作しても,ケーキ基礎層が圧密固化することなく,
③ 従来の方法と比較して濾過面積が10分の1となり,④ 洗浄効率も向上し,
⑤ 乾燥工程における負荷が3分の1となり,⑥ 乾燥後の粉体特性が改善される
などの合理化が可能となったものである。
(5) 本件各発明の権利化の過程について
ア本件各特許の出願
 被告中央研究所のH所長は,原告に対し直ちに特許出願するように指示
したので,原告は,昭和56年10月,Cに特許明細書の起案を命じた。Cは,原
告に対し,本件特許1の請求項5の「冷却面からの最大距離500㎜」とすること
等について意見を求めたり,全体の方向性と進捗を報告し,明細書の最終原稿のチ
ェックを依頼するなどした上,特許明細書を起案して,昭和57年2月,特許部に
提出した。なお,Cは,当初,特許明細書に無撹拌冷却下にシャーベットを形成す
る初期濃度の範囲を記載していなかったが,特許部K課長との議論の中で初期濃度
を規定することによって特許請求の範囲を特定するという方向が出され,Cは,昭
和57年3月に追加実験を行い,初期濃度の範囲を確定した。また,Cは,自らが
考案したU字管,ロータリードラム方式を詳細な説明の中に記載した。Cが起案し
た明細書は,K課長がこれを添削したり問題点を指摘するなどして,完成した。
 被告は,昭和57年4月12日,我が国において本件特許1につき特許
出願した。また,被告は,この日本特許出願の優先権を主張して,昭和58年4月
6日に米国特許出願(本件特許3ないし8)を,同月7日に欧州特許出願(本件特
許10)を,同月12日にカナダ特許出願(本件特許9)をそれぞれ行った。
イ 欧州特許(本件特許10)の権利化の過程
 本件特許10は,昭和60年9月4日に登録されたが,東ソーは,昭和
61年5月8日,被告に対し,本件特許10について全世界的に,無償かつ譲渡可
能なライセンスを東ソーの合弁会社であるHSC社に許諾しなければ異議申立てを
するとの申入れをした。東ソーの主張は,同社,相模中研及び被告の3社が共同で
出願した特開昭55-167268号公報の実施例1に72のAPM溶液を約3
時間室温に放置して晶析する旨の記載があり,これを追試するとAPMの束状集合
晶が得られるので,本件特許10は無効であるというものであった。
 そこで,被告は,特許部からI副部長及びK課長,中央研究所から原
告,東海工場からCらが参加して会議を開き,対策を協議した。その結果,被告
は,Cの提案により特許請求の範囲に「Industrialscale」という文言を加えるこ
とにより,東ソーが引用する上記公知技術と区別化を図るべきであると結論づけ,
Cが同月14日ころ「静置晶析クレーム修正案」を作成した。また,東ソーの上記
主張に対する反論として,原告は,「ビーカーをそのまま大きくしたのでは,冷却
に時間がかかりすぎ,APMが分解して,そのほとんどすべてが甘みのないジケト
ピペラジンという物質になってしまう。」と主張し,反論案を作成した。Cは,工
業晶析において攪拌が常識であり,静置晶析が実現不可能と読み取れる文献を探し
出し,同月19日及び20日にK課長あてに反論案を送付した。そして,被告は,
同月26日に東ソーの申し入れを拒否して異議申立てを受けて争うことにした。
 その結果,HSC社は,同年6月4日,欧州特許庁に本件特許10の異
議申立てを行った。
 Cは,昭和61年7月29日,恩師である早稲田大学のL教授を訪問
し,① 晶析関係の文献をレビューしておきたいので,被告の反論の趣旨に関し,
ポジティブ及びネガティブな文献を紹介していただきたい,② ヨーロッパの識者
にコンサルティングを引き受けてもらう可能性があるか,誰が適任か,③ 静置晶
析の学会発表について教授の意見はどうか,との申入れをしたところ,同教授は,
ロンドン大学のJ教授を紹介した。原告とCは,同年9月14日に東京都新宿区所
在の京王プラザホテルでJ教授と面会し,Cは,用意した英文の技術内容説明を使
用してAPM静置晶析について説明した。原告は,この際,APMのサンプル,魔
法瓶に入った湯,ビーカー等を使ってその場で晶析のデモンストレーションを行っ
たが,室温でシャーベット状疑似固相が溶け出したために工業的晶析のデモンスト
レーションとしては必ずしも有意義なものではなかった。
 J教授は「実験室の実験手法と工業スケールでの晶析法とは全く異なる
ものであり,特開昭55-167268の実施例1には,APMの工業スケールで
の晶析法は開示されていない」旨の宣誓供述書(乙33)を作成し,昭和61年1
1月22日に欧州特許庁に提出した。
 しかし,平成3年12月13日に行われた欧州特許庁の口頭審理におい
て,請求項9の「図1A及び1Bに示された結晶構造を持つL-αアスパルチル-
L-フェニルアラニンメチルエステル結晶」を中心に審理が行われ,本件特許10
については,「束状晶は,従来の針状晶と識別し得るような特異な形態の結晶では
ない。」等の理由により,特許取消しの決定がされた。
 そこで,被告は,平成4年5月に審判を請求し,C外3名による束状晶
と針状晶の識別について粉末X線解析の手法を用いた研究を行う等した。平成9年
5月27日に口頭審理が行われ,その際,審判部においても,実験室規模で静置晶
析が行われていたから束状集合晶は公知であり,新規物質ではないとの判断が示さ
れ,同審判部の指導により物質クレームである請求項8及び9を削除し,また「工
業晶析装置(Industrialcrystallizer)」の文言を加えることにより,上記特許取
消しの決定は取り消された。
 Cは,平成9年に,上記欧州特許の回復を理由に被告から優秀特許表彰
を受けた。
ウ 米国特許(本件特許3ないし8)の権利化の過程
 米国特許出願に関しては,登録されるまでに繰り返し拒絶や拒絶査定を
受け,合計17回の継続出願と分割出願を行い,数十回に及ぶ米国特許商標局との
書面の往復があった。この出願経過は,別紙4(米国審査経過)記載のとおりであ
る。
 これらの出願の過程で,被告は,昭和62年,「Industrial」の限定を
付加し,工業規模でのAPMの静置晶析が自明ではないことを支持する旨の昭和6
2年3月30日付けのJ教授の宣誓供述書を提出し,さらに,原告の宣誓供述書
(甲64),C等の陳述書,特許部及びCが中心になって製作した「Whats
Industrial」と題するビデオテープを証拠として提出し,APMの生産について工
業的規模では無攪拌晶析を用いるときに予想外の相違をもたらすことを示した。
 Cは,米国特許の成立に伴い,特許対応の功績を理由に平成4年5月に
「平成4年度中研優秀研究成果表彰」の表彰を受けた。
エ 日本国特許(本件特許1及び2)の権利化の過程
 本件特許1は,昭和58年10月18日,出願公開され,被告は,本件
特許1について,昭和62年6月17日に審査請求をし,拒絶理由通知を受けた
が,平成元年10月24日に補正書を提出した結果,平成2年10月11日,出願
公告された。また,被告は,昭和62年6月16日,静置晶析法により得られるA
PMの束状集合晶(本件発明2)について分割出願をしたが,2度の拒絶理由通知
を受け,補正書と意見書を提出した結果,平成3年4月5日,出願公告された。 
 これに対し,本件特許1については平成3年1月に,本件特許2につい
ては同年7月に,東ソー等から異議申立てがされた。被告は,本件特許1の特許請
求の範囲について「工業的」晶析法との補正を行い,前記J教授の宣誓供述書の和
訳等を添付した異議申立答弁書を提出し,平成4年6月に本件特許2についての異
議申立答弁書を特許庁に提出した。被告と東ソー,HSC社等との特許紛争が平成
4年12月に和解により解決し,東ソーが平成5年1月20日に上記異議申立てを
取り下げたので,本件特許1及び2は,平成5年9月29日に登録された。
オ カナダ特許(本件特許9)については,別紙1(特許目録)9記載のと
おり,平成11年6月1日に特許登録がされた。
カ 本件各特許の権利行使
被告は,平成2年,オランダ及びイギリスにおいて,HSC社に対し,
本件特許10を含む特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起したが,上記エのとおり
和解により終了した。これらの訴訟において原告及びCが本件各特許の発明者とし
て関与し,原告は供述書を提出する等した。原告は,これらの訴訟や前記異議申立
手続に関し,特許部と数十回にわたり打ち合わせをし,海外出張をした。
 被告は,平成13年9月,イギリスにおいて,韓国法人大象(Daesang)
社から本件特許10につき特許無効訴訟を提起されたが,平成15年5月7日,ロ
ンドンの特許裁判所で特許有効の判決を得た。
 また,被告は,平成13年,オランダにおいて,韓国法人大象社に対
し,本件特許10に基づく侵害訴訟を提起した。
 被告は,同年,日本においても,韓国法人大象社の子会社である大象ジ
ャパン株式会社に対し,本件特許1及び2に基づく侵害訴訟を提起したところ,平
成15年11月26日,東京地方裁判所は,被告の請求を棄却する旨の判決を言い
渡した。上記判決の理由中で,本件特許2(請求項1)につき,束状集合晶が新規
性を欠く旨傍論として言及されている。
キ 被告における現在までのAPM関連特許は,日本出願396件,海外出
願1011件,合計1407件あり,このうち日本出願227件,海外出願821
件,合計1048件が登録されている。
 内訳は,APMの製造法に関する特許は,日本出願125件,海外出願
536件で,このうち日本出願81件,海外出願482件が登録されている。ま
た,APMの使用法及び用途等に関する特許は,日本出願・海外出願各103件
で,このうち日本出願54件,海外出願74件が登録されている。そして,APM
の原料であるフェニルアラニン及びアスパラギン酸の製造方法に関する特許は,そ
れぞれ日本出願121件,47件,海外出願270件,102件で,このうちそれ
ぞれ日本出願65件,27件,海外出願190件,75件が登録されている。
 以上の中には,本件各特許の日本出願2件(本件特許1及び2),外国
出願28件(本件特許3ないし10。アメリカ合衆国の分割・継続出願を含む。)
が算入されている。
 そして,本件各特許の権利化の過程において被告が支出した費用は,5
億5000万円を下らない。
(6) 本件各発明等の事業化の過程等について
ア 被告は,昭和55年9月18日,サール社との間で,Z法,F法及び塩
酸塩特許をはじめとする27件の米国特許及び16件のカナダ特許について,独占
的実施権を許諾する旨のライセンス契約(昭和55年契約)を締結した。被告は,
上記各特許のうち存続期間が最も遅くまで続く米国特許第4071511号の満了
日である平成7年1月までの間に,40億8300万円のロイヤルティを受領し
た。
イ 被告は,平成4年12月18日,NS社との間で,本件特許3ないし9
についてライセンス契約(平成4年契約)を締結した。この際,昭和55年契約の
対象となった特許を侵害しなければ利用できないような発明に対する特許は「改良
特許」,昭和55年契約の対象となった特許を侵害しないものであれば「発見特
許」と取り扱うこととされていたが,本件各特許をこの改良特許と発見特許と取り
扱うかで,被告とNS社との間で交渉が行われた。結局,平成4年契約において,
本件各特許を「発見特許」と取り扱う代わりに,同特許成立後平成6年3月までの
期間については,イニシエーション・フィーとして1000万ドル(12億200
0万円),その後同年4月から平成11年3月までは2%のロイヤルティを支払
い,その後は支払済みの非独占のライセンス契約に代わるという合意がされた。
 その結果,被告はNS社から,平成5年4月から平成11年3月までの
間に,米国特許成立後平成5年3月までの期間についてのイニシエーション・フィ
ー1000万ドル(12億2000万円)を含むロイヤルティ合計44億6800
万円を受領した。
ウ 被告は,平成4年にEASA社との間で,本件特許10を含む9件の発
明に係る欧州特許について,ロイヤルティを正味販売価格の2%とするライセンス
契約(欧州ライセンス契約)を締結した。同契約において,平成9年には新たに7
件の発明に係る特許が対象として追加され(対象が合計16件の発明に係る特許と
なった。),平成12年6月からは,ライセンス対象発明は合計52件となり,ロ
イヤルティは正味販売価格の3%とする独占的ライセンスとされた。ライセンスの
対象とされた特許は,原料であるフェニルアラニン及びアスパラギン酸の晶析方
法,APMの合成方法,ホルミル化されたAPMからの脱ホルミル方法,APM塩
酸塩の製造方法,APM塩酸塩から中和晶析を行いAPMを製造する方法,APM
結晶を水性懸濁液から分離する方法,APM結晶の乾燥方法等に関する特許であり
(乙41ないし55),プロセスパッケージとしてAPMの製造工程の全般にわた
りライセンスするものであり,対象特許が渾然一体となってAPMの製造が可能と
なるものである。
 被告は,上記ライセンス契約により,EASA社から平成5年度から平
成14年度までの間にロイヤルティとして合計15億3300万円の支払を受け
た。
エ 被告は,本件各発明に係る静置晶析法を採用する被告東海工場でAPM
を製造した上,国内で販売し,北米,ヨーロッパ,中南米及びアジアに輸出した。
それぞれの年度別売上高は,別紙5(売上高一覧表)のとおりである(なお,年度
は,4月1日から翌年3月31日までをいう。)。
オ なお,被告は,平成12年3月27日,モンサント社から,フランス法
人EASA社と,APMの販売を担当したスイス法人NSAG社(被告とNS社の
合弁会社)の持ち株を6700万ドル(約71億円)で買収し,前者は味の素ユー
ロアスパルテーム,後者はスイス味の素となった。
(7) 原告の処遇について
原告は,昭和47年ころからAPMに関するプロジェクトに加わり,その
プロセス開発に関与することとなったが,それ以後昭和53年には課長に昇進し推
定月収32万円,昭和59年には副部長に昇進したので推定月収51万円,昭和6
3年には部長に昇進したので推定月収68万円の給与の支払を受けた。平成5年6
月には被告東海工場長に就任し年収1683万円,平成9年6月からは被告の関連
会社である東洋製油株式会社の代表取締役社長に就任し年収1852万円,平成1
1年4月に被告の関連会社である味の素製油株式会社の専務取締役に就任し,平成
13年3月まで年収1829万円の給与の支払を受けた。このように,被告及びそ
の関連会社が原告に支払った給与,賞与,退職金の総額は,源泉徴収資料が残って
いる平成3年1月から平成13年3月までに限っても,1億9800万円であり,
被告は,原告を技術系社員として同期で1,2を争うほどの処遇をした。
 また,味の素製油株式会社は,原告の退職後も平成13年4月1日にコン
サルタント契約を締結し,同社は原告に対し,平成15年3月末日までの間に総額
1332万円の報酬を支払った。
 さらに,被告及びその関連会社は,平成3年から平成13年3月末までの
間,社会保険等の企業負担分として総額1230万円を負担し,平成13年2月以
降,味の素厚生年金制度により厚生年金を75歳まで年額平均700万円を,75
歳以後は年額830万円を終身支払うこととしている。
(8)被告の規程と原告に対する報奨金等の支払
ア 平成2年の発明等取扱規程
(ア) 被告は,平成2年になって初めて「発明等取扱規程」(乙5の1。
同年3月16日施行)を定めた。
  同規程8条には,「会社は,職務発明についての出願がなされた場合
および当該出願が公告もしくは登録された場合(特許については,公告の場合のみ
とする。),それぞれその職務発明をした従業員に対し,補償金を支給する。補償
金の金額は,別に定める「職務発明補償金基準」によるものとする。」旨定められ
ており,同年4月1日,その補償内容に関する「発明等取扱に関する基準」(乙
6)を定めた。同規程15条には「1989年4月1日以降この規程の施行日前ま
でに行われた職務発明,職務発明についての出願および職務発明についての公告ま
たは登録について,遡って適用する。」と定められた。
(イ) 発明等取扱規程9条には,「会社が,職務発明を実施し,多大な利
益を得た場合その他これに準ずる場合,会社は,表彰規程に則り,その職務発明を
した従業員に対し,表彰を行う。」と規定されている。これを受けて,表彰規程
(乙8)では,4条により,表彰の方法は,賞状を授与するのに併せ,賞品,賞
金,褒賞休暇のいずれかとされており,9条1項により,社長表彰は毎期終了後,
事業所長表彰は毎半期終了後,その業績に対しこれを行うとされている。そして,
賞金の場合は上限が100万円とされ,職務発明の場合は発明の大きさにより10
0万円,50万円,30万円という評価をしていた。
イ 平成11年の発明等取扱規程
(ア) 被告は,平成11年10月1日に発明等取扱規程を改定した。同規
程には,「従業員が職務発明をした場合,その職務発明につき日本国および外国に
おいて特許,実用新案登録または意匠登録を受ける権利(以下「登録を受ける権
利」という。)を会社に譲渡しなければならない。ただし,会社が登録を受ける権
利の承継を希望しない旨を当該従業員に通知した場合は,この限りでない。」(5
条),「会社は,第5条の規定に基づき,従業員から登録を受ける権利を譲り受け
た場合,その出願の有無に拘わらず,その職務発明をした従業員に対し,補償金を
支給する。補償金の金額は,別に定める「職務発明補償金基準」によるものとす
る。」(8条),「会社が,職務発明を実施し,多大な利益を得た場合その他これ
に準ずる場合,会社は,特許報奨規程に則り,その職務発明をした従業員に対し,
報奨を行う。」(9条),「第9条の規定は,1979年4月1日以降,特許出願
された職務発明について,遡って適用する。」(15条②)旨定められている。ま
た,被告は,上記9条の規定に基づき,平成11年10月1日,特許報奨規程(乙
9)を定めた。
(イ) 平成11年に定められた特許報奨制度は,上記改定前の発明等取扱
規程9条における表彰の基準と手続を明確にし,金額的に充実させたもので,「技
術立社」を目指す被告が,特許が企業利益に大きく貢献したときにその成果に報い
るためにその特許の発明者を報奨する制度である。特許報奨規程2条,6条には,
報奨の対象となる特許には功労特許及び優秀特許の2種類があり,このうち功労特
許については,被告が実施した職務発明特許で,これに関わる商品別営業利益の増
分が10億円以上のもの又は第三者に実施許諾した職務発明特許で,これに関わる
実施料収入が50億円以上のものを功労特許とし,第三者に実施許諾した職務発明
特許に関わる実施料収入が50億円以上100億円未満の場合,報奨金を500万
円以上1000万円未満とし,これに関わる実施料収入が100億円以上の場合,
報奨金を1000万円以上とすること等が定められている。
  被告において,経営会議方針審議資料として配付された平成11年8
月25日付け知的財産センター作成の「特許報奨制度の拡充」と題する書面(甲5
0)には,発明等取扱規程に関わる施策と趣旨として,「功労特許の報奨額を10
00万円に増額する。『特許が企業利益に大きく貢献したとき/その発明者を報奨
する』制度を拡充することにより/従業員に対し/質の高い特許創出へのインセン
ティブとする。職務上の発明について『従業者等は相当の対価の支払いを受ける権
利を有する』との特許法の定めに対し/昇級や昇格に反映させてきたが/さらに法
的な対応を強化する。」との記載がある。
(ウ) 平成11年の特許報奨制度の拡充は,従来の表彰金額では革新的な
技術創造へのインセンティブとして不十分であるという認識の下に行われた。当
時,先進的といわれる会社の報奨金の最高額としては1000万円という例があっ
て,被告における報奨制度の額の充実も必要とされていた。そして,上記の報奨金
額や算定根拠を検討する際の具体的事例として本件各特許が念頭に置かれており,
本件各特許の場合,利益を発明者にとって有利になるように積み上げれば,100
0万円程度の報奨金額になるものと考えられていた。すなわち,100億円の利益
の場合,1億円では報奨金として多すぎ発明者でない利益貢献者とのバランスを余
りに欠くことになるであろうし,逆に100万円では従来と同じ基準に止まり,発
明奨励のインセンティブに欠けるので,インセンティブを与えるには,当時の超一
流他社の水準も考慮して,1000万円という金額がインパクトを持つと考えられ
たものである。
  そして,被告は,報奨金は発明を業務とする研究者への発明奨励目的
で付与される前提の下で,① 会社が研究者を含む多くの社員を雇用して事業活動
を行うことが,職務発明を生み出すためには必須であり,その中で,職務発明で利
益を上げるには,研究開発以外に,調査を含むマーケティング活動,食品・食品添
加物,医薬品等の申請業務,契約の締結,生産のための設備投資,海外法人設立の
ための出資など商品化のために種々のリスクを担い,多大な利益を上げるためには
商品化後もこれらの活動を継続して行うことが必須であって,こうした会社の広範
な事業活動による貢献を9割,② 多大な利益を上げるような職務発明を生み出す
ためには,基盤技術や周辺技術開発等を含めて多くの研究開発投資が必要であり,
このような研究開発全体としての貢献を9割,③ 発明行為だけでは,利益に多大
な貢献をすることは困難であり,職務発明を特許権として確立,維持し,第三者と
の特許紛争において防衛することにより,利益を守ることが必要であり,その権利
化,維持及び行使による貢献を9割と大まかに想定し,①では利益の1割が職務発
明を含む研究開発全体による貢献,②ではそのさらに1割が研究開発全体の技術中
の1つである職務発明による貢献,③ではそのさらに1割が当該職務発明を行った
行為による貢献として,報奨金額の決定上,純粋な職務発明行為自体の貢献は,利
益の1000分の1という算定をしたものである。
(エ) 被告は,平成12年7月1日,前記特許報奨規程を補完し,報奨手
続を公平,公正に運営する目的で,別紙2の第5のとおり,特許報奨規程運営要領
(乙10)を定めた。なお,同運営要領には,確定した商品別営業利益の増分累積
額及び/又は実施料収入累積額に,候補特許の貢献率を乗じて得られた額を増分利
益とし,これに1000分の1を乗じて報奨金額を算定すること,候補特許を実施
した商品に関し,他の特許も実施している場合,第三者への実施許諾に関し,他の
特許やノウハウも実施許諾している場合,商品別営業利益の増分累積額又は実施料
収入累積額における候補特許の貢献度を評価し,これを貢献率として算定すること
等が定められている。
ウ 報奨金の支払
  被告の知的財産センターは,特許報奨規程運営要領の候補特許の選定基
準に従い,本件各特許を新しい特許報奨制度の第1号として功労特許の候補に選別
した。被告は,特許報奨委員会の審査と経営会議の稟議を経た上,被告は,平成1
3年1月17日,本件各特許を平成11年度功労特許の対象特許とし,1200万
円の報奨金を支払う旨決定した。報奨金額は,本件各特許による増分利益113億
6700万円に上記運営要領2項1)規定の1000分の1を乗じて10万円以下を
切り上げ,1200万円とされたものである。その上で,被告は,原告に対し,上
記金額に寄与率同意書(甲11)記載の原告の寄与率6分の5を乗じた1000万
円を支払った。
 上記増分利益113億6700万円の算定根拠は,次のとおりである
(10万円以下四捨五入)。
(ア) 上記(6)イ記載のロイヤルティ       44億6800万円
(イ) 上記(6)ア記載のロイヤルティ40億8300万円に本件各特許の貢
献率として90%を乗じた金額        36億7500万円
(ウ) 上記(6)ウ記載のロイヤルティのうち,平成5年度から平成11年度
までのロイヤルティ総額10億6800万円に本件特許10の貢献率として90%
を乗じた金額            9億6100万円
(エ) 上記(6)エ記載の売上高のうち,平成2年度から平成11年度まで
(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで)の国内外の売上高11
31億5800万円に本件各特許の貢献率として2%を乗じた金額       
             22億6300万円
(オ) 合計                  113億6700万円
 また,上記寄与率同意書(甲11)記載の寄与率は,報奨金額が120
0万円になる旨聞いたCが,原告を除く4名の共同発明者に対し,原告の長年にわ
たる甘味料事業への貢献に報いるために,報奨金を原告に6分の5,その余の共同
発明者に各30分の1ずつ分配したい旨伝え,同人らの内諾をとり,共同発明者全
員が作成した合意書に基づいて記載されたものであった。
3 争点(2)(相当の対価の額)について
(1) 勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継
させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対
価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が特許法35条4項の
規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,そ
の不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である
(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集
57巻4号477頁参照)。
(2) 「相当の対価」の算定方法について
ア 特許法35条4項は,同条3項所定の「相当の対価」の額について「そ
の発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者
等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」旨規定している。したがっ
て,特許を受ける権利の承継についての相当の対価を定めるに当たっては,「その
発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用
者等が貢献した程度」という2つの要素を考慮すべきであるが,これのみならず,
使用者等が特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果,現実に利益を受けた場
合には,使用者等が上記利益を受けたことについて使用者等が貢献した程度,すな
わち,具体的には発明を権利化し,独占的に実施し又はライセンス契約を締結する
について使用者等が貢献した程度その他証拠上認められる諸般の事情を総合的に考
慮して,相当の対価を算定することができるものというべきである。
イ 原告は,特許法35条4項の「相当の対価」は,特許を受ける権利の売
買代金であり,それは等価交換の原則から客観的な市場価値を指し,そのように解
さなければ憲法14条1項及び29条に反する旨主張する。
 しかしながら,特許法35条1項によれば,従業者等の職務発明につい
て,従業者又は特許を受ける権利を承継した者が特許を受けたときは,使用者等は
無償の通常実施権を取得するのであるから,特許を受ける権利の承継によって得ら
れる利益は,発明を排他的に独占することによって得られる利益である。また,従
業者等の職務発明について使用者等が無償の通常実施権を取得するのは,使用者等
が,その発明について貢献することがあるためであるが,その貢献にもいろいろな
態様ないし程度のものがあるから,無償の通常実施権とは必ずしも対価関係に立つ
ものではない。そして,無償の通常実施権の取得を上回る貢献があり得るのであ
り,このような場合にも等価交換の原則をいう原告の主張は,採用することができ
ない。したがって,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継した場合の
「相当の対価」の額は,発明を排他的に独占することによって得られる利益及び上
記の使用者等の発明に対する貢献を考慮した額となるというべきであり,特許法3
5条4項が,同条3項の対価の額は,発明により使用者等が受けるべき利益の額及
びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければなら
ない旨規定しているのは,このような趣旨によるものであると解される。そうする
と,使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継した場合の「相当の対価」の
額が客観的な市場価値と異なることは明らかであって,このように解しても,憲法
14条1項及び29条に反するものではない。
ウ 原告は,合意のない限り「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献
を考慮すべきではない旨主張する。
しかし,「相当の対価」の算定に当たって「その発明がされるについて
使用者等が貢献した程度」を考慮しなければならないことは,特許法35条4項に
明文で定められているとおりである。
エ 原告は,仮に使用者の貢献を考慮するとしても,無償の通常実施権の経
済的価値を超える場合に限られる旨主張する。
  特許を受ける権利の承継によって得られる利益は,発明を排他的に独占
することによって得られる利益であると解した場合には,既に無償の通常実施権を
有することを考慮しているのであるから,上記主張は,使用者の貢献を考慮するに
当たっては,そのことを考えなければならないという限度では正当であるが,そう
であるとしても,前記のとおり,使用者の貢献を考慮することができないというこ
とにはならないのであり,使用者が無償の通常実施権を有することを考慮している
ことを前提として,使用者が受けるべき利益の額に使用者が貢献した程度を考慮す
れば足りるものというべきである。
オ そこで,以下,前記2認定の事実を基礎として,「その発明により使用
者等が受けるべき利益の額」,「使用者等が貢献した程度」及び原告の共同発明者
間における寄与度について,順次検討する。
(3) 「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について
ア 特許法35条1項によれば,従業者等の職務発明について使用者等は無
償の通常実施権を取得するのであるから,特許を受ける権利の承継の対価の算定に
当たって考慮すべき「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等
が,従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には,特許発明の
実施を排他的に独占することによって得られる利益をいうものである。
  そして,従業者等から特許を受ける権利を承継してこれにつき特許を受
けた使用者が,この特許発明を第三者に有償で実施許諾し,実施料を得た場合は,
その実施料は,職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益とい
うことができ,「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たる。この場合
において複数の特許が実施許諾の対象となっているときは,実施料のうち当該特許
が寄与した割合に応じて「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めるべ
きである。
  また,使用者は,特許を受ける権利を承継しない場合であっても通常実
施権を有することとの対比からすれば,上記使用者が特許を受ける権利を承継して
特許を受け特許発明を自ら実施している場合は,これにより上げた利益のうち,当
該特許の排他的効力により第三者の実施を排除して独占的に実施することにより得
られたと認められる利益の額をもって「その発明により使用者等が受けるべき利
益」というべきである。なお,使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継
した場合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているとい
うことができる。この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるも
のを超えるときには,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者
等が受けるべき利益」を定めることができる。
イ 本件において,原告は,被告が特許報奨金の算定に際し増分利益として
計上した金額は,当然に「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たると
して,これらの金額を請求している。
  功労特許による特許報奨金は,被告が実施した部分の商品別営業利益の
増分累積額及び第三者に実施許諾した部分の実施料収入累積額を増分利益としてこ
れに1000分の1を乗じて算定するとされていることは,前記2(8)認定のとおり
であるから,被告が自ら特許報奨金の算定に際し増分利益として計上した金額につ
いては,特段の事情のない限り,「被告が受けるべき利益」と解すべきである。し
かしながら,本件においては,前記のように,被告は,特許報奨金の算定に際し,
「技術立社」を目指す被告において,平成11年に特許報奨規程が定められて初め
て,本件各特許が功労特許として報奨の対象となったことから,他社にひけを取ら
ずインパクトを持つと考えられた1000万円という金額を念頭において,増分利
益を算定したものである。しかも,その計算方式は,100億円の利益に対する報
奨が1000万円となるよう,増分利益に0.1%を乗じて報奨金を得るという方
式によったものである。そうすると,仮に被告が特許報奨金の算定に際し増分利益
として計上した金額が当然に「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当た
るとするのであれば,0.1%という割合をも「使用者等が貢献した程度」に当た
るとしなければ,被告が増分利益として計上した意図とかけ離れ,衡平を欠くこと
になる。このように,被告にとって初めての報奨対象特許であって,報奨金額を他
社にひけを取らずインパクトを持つと考えられた金額とするために,しかも,0.
1%を乗じてなお1000万円という金額にするために,本件各発明と本来無関係
であるにもかかわらず計上した利益や実態とかけ離れた寄与の割合を乗じて計上し
た利益は,上記特段の事情に当たり,被告の増分利益の計算に当たり計上されたこ
とのみをもって直ちに,本件各特許により被告が受けるべき利益とはいえないもの
と解される。
  そこで,以下,特許報奨金の算定に際し計上された増分利益について,
個々に検討する。
ウ 平成4年契約に基づくロイヤルティについて
  前記2(6)イ認定のとおり,被告は,平成4年12月18日にNS社との
間で本件特許3ないし9についてライセンス契約を締結し(平成4年契約),平成
5年3月から平成11年3月までの間にロイヤルティとして合計44億6800万
円の支払を受けた。上記ロイヤルティは,本件特許を第三者に有償で実施許諾して
得た実施料であり,職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益
ということができ,「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たる。
  被告は,NS社の営業力により達成した売上げを基礎に利益を算定する
ことはできない旨主張するが,売上げ及びロイヤルティの増大にライセンシーの営
業力があったことをもって,「使用者等が受けるべき利益」に当たらないというこ
とはできない。
エ 昭和55年契約に基づくロイヤルティについて
  原告は,被告が特許報奨金の算定に際し増分利益とした,被告とサール
社との間の昭和55年契約によって平成3年4月から平成5年1月までに得たロイ
ヤルティ40億8300万円の90%に当たる36億7500万円が本件特許3な
いし9に対するロイヤルティに当たると主張する。
  前記2(8)ウ認定のとおり,上記金額は,被告が特許報奨金の算定に際し
増分利益として計上されたものであるが,上記のとおり,本件各特許が被告の新し
い報奨制度の下において初めての報奨対象特許であって,報奨金額を他社にひけを
取らずインパクトを持つと考えられた金額とするために,本来無関係であるにもか
かわらず計上した利益に関しては,特段の事情として,被告の増分利益の計算に当
たり計上されたことをもって直ちに,本件各特許により被告が受けるべき利益とは
いえないと解すべきである。
  そもそも,昭和55年契約のライセンス契約書上(乙30),本件各特
許はライセンスの対象となっておらず,昭和55年契約の対象は,本件各特許とは
別のAPMの製造方法等に関する特許である。また,前記2(6)イで認定したとお
り,上記期間のロイヤルティは,平成4年契約のイニシエーション・フィー100
0万ドルに含まれているものである。他に上記金額が本件特許3ないし9のロイヤ
ルティの実質を有すると認めるに足りる証拠はないから,昭和55年契約によって
得たロイヤルティを「本件各発明により被告が受けるべき利益の額」と認めること
はできない。
  なお,被告の社内報「みらい」平成4年7月号の「平成3年度全社業績
表彰」には,AP重要特許の取得の表彰ポイントとして「'91年度のローヤルティ
収入を従来水準に維持し,'91年度の業績に大きく貢献した。」との記載があるが
(乙20の添付資料5),前記認定のとおり,本件特許3ないし9は,昭和55年
契約のロイヤルティ収入とは無関係であり,平成4年契約の交渉において意義を有
したものであるから,上記認定を左右するものではない。
オ 欧州ライセンス契約に基づくロイヤルティについて
(ア) 被告は,EASA社との間で,平成4年に本件発明10を含む9件
の発明に係る欧州特許についてライセンス契約を締結し,平成5年度から平成14
年度までのロイヤルティとして15億3300万円の支払を受けたこと,平成4年
に対象となったのは本件発明10を含む9件の発明に係る特許であり,平成9年に
は新たに7件の発明に係る特許が対象として追加され,合計16件の発明に係る特
許が対象となり,平成12年には合計52件の発明に係る特許がロイヤルティの対
象となっていることは,前記2(6)ウ認定のとおりである。そして,本件発明10
は,その一部である晶析工程のみに関係する発明であるのに対し,対象となったこ
れらの発明は,APMの各製造工程に関する発明であって,対象特許が渾然一体と
なってAPMの製造が可能となるものである。このような本件発明10の意義及び
価値並びに欧州ライセンス契約における位置付け等を併せ考慮すると,上記ロイヤ
ルティに対する本件特許10の寄与した割合は,約20%であり,被告が受けるべ
き利益の額は,上記ロイヤルティの約20%に相当する3億0700万円(10万
円以下切り上げ)と認めるのが相当である。
(イ) 原告は,被告が特許報奨金の算定における増分利益の算定に当たっ
て計上した,支払を受けた15億3300万円の90%が被告の受けるべき利益の
額であると主張するところ,この割合は本件発明10の位置付け等に照らし,実態
とかけ離れたものである。したがって,増分利益として計上したことをもって直ち
に被告が受けるべき利益の額ということはできず,前記特段の事情があることは,
上記イで述べたのと同様である。
  他方,被告は,欧州ライセンス契約の対象特許の発明件数からすれ
ば,本件特許10の寄与は16分の1又は52分の1であると主張するところ,本
件特許10の寄与割合は,ライセンス対象特許の発明の件数に単純に比例するもの
ではない。
  また,被告は,EASA社が欧州ライセンス契約締結当時,被告の5
0%子会社であったし,平成12年3月には100%子会社となったのであるか
ら,同社の実施は自社実施と同視すべきである旨主張する。しかし,被告は,EA
SA社とは別個の法人であり,同社と契約を締結して実際にロイヤルティとして支
払を受けている以上,それは被告が排他的独占的に得た利益といわざるを得ないか
ら,被告の上記主張は,採用することができない。
カ 国内外へのAPMの販売額について
(ア) 増分利益として計上した金額について
 被告は,特許報奨金算定の基礎として,平成2年度から平成11年度
まで(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで)の国内外の売上高
1131億5800万円に本件各特許の貢献率として2%を乗じた22億6300
万円を計上したことは,前記2(8)ウ認定のとおりである。
 被告は,被告の実施は,特許法35条1項に基づく法定通常実施権に
よって行った旨主張する。
 しかしながら,原告は,我が国及び欧米において,本件各特許権の維
持のため多額の費用と労力をかけて特許異議申立て等の手続に対処するとともに,
本件各特許に基づく侵害訴訟を提起して,排他的独占権を維持した結果,本件各特
許の効力により,APMを独占的に製造等している。したがって,被告の上記売上
げには,通常実施権を超えた独占的実施による利益が含まれるというべきである。
 なお,被告が増分利益として計上したのは,我が国において本件特許
1の出願公告がされた平成2年度以降の売上げであり,平成6年法律第116号に
よる改正前の特許法52条によれば,同改正前においては,特許出願人は,出願公
告があったときは,業としてその特許出願に係る発明の実施をする権利を専有し,
差止請求権等の権利を有するものとされていた。したがって,被告は,平成2年度
以降は,我が国において,本件発明1について排他的な独占権を有しているのであ
る。また,被告は,ヨーロッパにおける売上げについては,昭和60年度以降の売
上げを増分利益として計上しているが,本件特許10は,昭和60年に登録された
のであり,被告は,同年以降はヨーロッパにおいて本件特許10については排他的
な独占権を有しているのである。なお,厳密にいえば,ヨーロッパにおいては,昭
和60年9月4日以降,我が国においては平成2年10月11日以降の実施が独占
的実施によるものであるが,当該年度全部の売上げを基礎としたことが実態とかけ
離れたものということはできない。
 そして,本件各特許の売上高に対する貢献率としては,APM関連登
録特許が本件各特許以外にも多数存すること,本件各発明は,APMの製造工程の
一部である晶析工程に関する発明であること,したがって,本件各発明は工業的晶
析法に関する重要な発明ではあるが,APMの製造販売による利益は,ひとり本件
各特許のみの貢献によるものとはいえないことその他前記2(4)及び(6)認定の事実
を考慮すると,被告が増分利益の算定に使用した,売上げの2%という貢献率割合
は,実態とかけ離れたものとまではいえず,上記金額をもって相当と認める。
  なお,被告は,アジア及び中南米においていかなる特許も成立してい
ないから,排他的権利も享受していない旨主張する。しかしながら,被告は,本件
特許1及び2を有する我が国において,排他的に本件発明1を使用して本件発明2
に係るAPMを製造した結果,これらの地域に輸出したものであるから,我が国に
おける方法の発明である本件発明1を使用し,かつ物の発明である本件発明2に係
る物を製造するという実施行為を行ったものである。よって,上記地域における売
上げも,我が国における実施行為による利益として,被告が受けるべき利益という
ことができ,それゆえに,被告自身が上記地域における売上げも含めて増分利益と
して計上したものと解される。
 そうすると,被告が増分利益として計上した上記22億6300万円
は,被告の受けるべき利益に当たる。
(イ) 平成元年以前の売上げについて
 原告は,増分利益として計上された平成2年度より前の売上げについ
ても被告が受けるべき利益に当たると主張するところ,被告は,本件各特許成立前
については被告が受けるべき利益の額とはならないと主張する。
  特許法35条の職務発明は,特許発明に限定されてはいないから,発
明であれば特許登録されるか否かにかかわらず同条が適用され,特許を受ける権利
を使用者に譲渡することにより相当の対価の請求権を取得するのである。もっと
も,特許の設定登録前においては,使用者の排他的独占権はなく(特許法66条,
68条),使用者が約定による通常実施権に基づいて実施していると認められる場
合には,その範囲内で実施している限り,特許を受ける権利の承継により使用者が
受けるべき利益はないことになる。他方,特許の設定登録の前であっても,特許出
願人は,出願公開後は,発明を実施した第三者に対し一定の要件の下に補償金を請
求することができる(同法65条)。
 本件特許1は,昭和58年10月18日出願公開されたところ,その
後は,被告が補償金請求が可能であったという意味において,実質的に競業他社を
排除して実施したものということができる(平成6年法律第116号による改正前
の特許法65条)。そうすると,平成元年以前の売上げについても,本件特許1が
出願公開された以降に国内で本件発明1を使用してAPMを製造し,国内外に販売
したことにより上げた利益の中には,実質的に他社を排除して実施することができ
たという意味で通常実施権を超える部分があるというべきである。なお,ヨーロッ
パにおける売上げについては,本件特許10が登録された昭和60年度以降の売上
げにつき,既に前記(ア)のとおり増分利益として計上されているから,ここでは昭
和59年度までの売上げを計上する。
 また,この時期における貢献率としては,法律上の排他的独占権を得
た前記(ア)の時期における貢献率の2分の1である売上げの1%をもって,被告の
受けるべき利益と認める。
  昭和58年10月18日以降平成元年度まで(ヨーロッパについて
は,昭和59年度まで)の国内外における売上げは,別紙5(売上高一覧表)によ
れば,約518億円であり(1000万円以下四捨五入。昭和58年度の売上げに
ついては,166/366として計算した。),その1%は,5億1800万円で
ある。
(ウ) 平成12年度以降の売上げについて
  前記第3の3[原告の主張](2)エのとおり,原告は,平成14年まで
の国内における独占的利益を主張するところ,上記主張自体を採用することができ
ないことは,後記ケのとおりである。もっとも,この主張は,前記(ア)において増
分利益として計上された後の平成12年度から平成14年までの売上げによる利益
を主張する趣旨と善解することができる。被告は,平成12年度以降も,本件特許
1及び2の存続期間の満了する平成14年4月12日まで,我が国において独占的
に本件発明1及び2を実施してAPMを製造し,国内外に販売したものと推認する
ことができる。その間,1年当たり,別紙5(売上高一覧表)による平成2年度か
ら平成11年度までの平均売上高である約102億8000万円(100万円以下
四捨五入)の売上げがあったものと推定され,平成12年度から上記満了日までの
売上げは,合計約209億円(100万円以下四捨五入。平成14年度の売上げに
ついては,12/365として計上した。)と推認することができる。そして,前
記(ア)の時期と同様,売上げの2%の割合による4億1800万円をもって,被告
の受けるべき利益と認める。
(エ) そうすると,上記(ア)ないし(ウ)の合計は,31億9900万円で
ある。
キ ヨーロッパ子会社買収の値引きによる利益について
 原告は,ヨーロッパ子会社買収の値引きによる利益として,13億68
77万円が本件各発明により被告が受けるべき利益の額に当たると主張する。
  しかしながら,被告が,モンサント社から,スイス法人NSAG社及び
フランス法人EASA社の各株式の50%を買収した際に,本件各発明のために買
収価格が値引きされたことを認めるに足りる証拠はない。なお,被告社員の電子メ
ール(甲18)には,「1980年特許についても,欧州(JVテリトリー)は権
利確保しましたが,米国についてはissueを取り下げます。この件と,上述した静置
特許を併せて,先方の言値(80M$)から15M$の値引きを迫っています。」
との記載があるが,これは交渉段階でのやりとりに関する内容であり,上記電子メ
ールの作成者が買収交渉の担当者であったことを認めるに足りる証拠もないから,
結果として本件各特許により値引きされたとの証拠となるものではない。
ク 隠れたロイヤルティ収入について
  原告は,被告とNS社とのライセンス契約において隠れたロイヤルティ
収入として114億円を受領したものと主張する。
  しかし,前記2(6)で認定した事実及び弁論の全趣旨によると,被告は,
平成4年契約により,NS社から上記2(6)イで認定したイニシエーション・フィー
を含むライセンス料を受領しているにとどまり,それ以外に隠れたライセンス収入
というものを得ているとまではいえない。なお,米国弁護士の書簡(甲14)に
は,原告主張に沿うかの記述があるが,同書簡は,平成4年契約が成立した同年1
2月18日より前の同年5月7日付のものであって,上記証拠によって原告の上記
主張を認めるに足りない。
ケ APMの国内販売による独占的利益について
  原告は,APMの国内販売額とヨーロッパにおける販売額を対比して,
本件各特許の存在により平成5年度から10年間に38億円の独占的利益を取得し
ていると主張する。
  しかしながら,価格の決定には市場における諸要因が影響を及ぼすもの
であるところ,本件各特許の存在が価格差の理由になっていると認めるに足りる証
拠はない。本件各特許による日本国内における排他的独占的利益は,既に上記カで
認定したとおりであり,平成12年度以降の売上げについても上記カ(ウ)で利益と
して計上したのであって,それ以外の独占的利益があると認めるに足りず,これを
「相当の対価」の算定の基礎とすることはできないものというべきである。
コ 小括
以上により,被告が受けるべき利益の額は,上記ウの44億6800万
円,オの3億0700万円及びカの31億9900万円の合計79億7400万円
となる。
(4) 「使用者等が貢献した程度」について
ア 特許法35条4項には「その発明がされるについて使用者等が貢献した
程度」を考慮すべきである旨規定されているが,前記(2)アのとおり,特許を受ける
権利の承継後に使用者が現実に得た実施料をもって「その発明により使用者等が受
けるべき利益の額」として「相当の対価」を算定する場合においては,考慮される
べき「使用者等が貢献した程度」には,「その発明がされるについて」貢献した程
度のほか,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した程度も含まれ
るものと解するのが相当である。すなわち,「使用者等が貢献した程度」として,
具体的には,その発明がされるについての貢献度のほか,その発明を出願し権利化
し,さらに特許を維持するについての貢献度,実施料を受ける原因となった実施許
諾契約を締結するについての貢献度,実施製品の売上げを得る原因となった販売契
約等を締結するについての貢献度,発明者への処遇その他諸般の事情が含まれるも
のと解するのが相当である。
イ 本件につき被告が貢献した程度については,前記2(1)認定の原告の職務
内容,同(2)認定のAPM事業化の経緯,同(3)認定の本件各発明がされた経緯,
同(4)認定の本件各発明の意義,前記(5)認定の本件各発明を権利化するに至る経
緯,同(6)認定の本件各発明の事業化の経緯及び同(7)認定の原告の処遇等の諸事情
を総合的に判断して,定められるべきである。
  前記2認定の諸事情,ことに,① 原告は,本件各発明当時,被告の中
央研究所技術開発研究所課長の立場にあり,APMのプロセス改良の研究開発に従
事し,本件各発明を行うことが期待される地位にあったこと,② APM自体はサ
ール社の研究者によって発見され,サール社がアメリカ合衆国,日本及びヨーロッ
パ各国でAPMの基本特許である用途特許を取得しており,被告のAPM事業にお
いてはサール社とのライセンス契約の締結が不可欠であったこと,③ 被告は,上
記契約締結のためにAPMの生産技術を確立し,それに関する多くの特許を取得す
るとともに,サール社の安全性試験と用途開発のため,同社に対し,赤字でAPM
のサンプルを供給するなど,APMの事業化の上でのリスクを負担し,また,アメ
リカ合衆国における市場を確保する前提としてのFDAの認可に被告の実験が功を
奏し,その結果,サール社との間で独占販売権契約及びライセンス契約が締結され
たこと,④ 被告は,これらの研究開発のために,極めて多額の費用及び多くの人
員を投入したこと,⑤ 被告において,APMの工業的規模での製造方法の開発,
ことに通常とは異なる晶析特性を示すAPMの大きな結晶を得る技術手段の確立が
課題となっており,そのために,長年にわたり,費用と人員を投入して,会社を上
げての研究が行われたこと,⑥ 本件各発明も,こうした被告のAPM事業の一環
として行われたものであり,また,それまで被告において行われたAPMの大きな
結晶を得るための様々な撹拌晶析方法の研究を前提としていること,⑦ 本件発明
2の束状集合晶自体は実験室レベルでは従来から得られていたものではあるが,本
件各発明の本質は,従来では工業的に採用することは困難であると考えられていた
静置晶析法を採用することにより,束状集合晶の工業的生産が可能になったという
ところにあり,しかも,当該静置晶析法を採用することは原告の着想に基づくもの
であること,⑧ 本件各発明の実験等は,被告の研究所内で被告の施設設備を使用
し,被告の計算において行われたこと,⑨ 本件各特許の出願に当たっては,Cが
原告のチェックを受けて明細書を起案し,特許部のK課長とともに明細書を完成し
たものであり,各国での拒絶理由通知や異議申立てに対応するため,被告の特許
部,中央研究所その他の関係者が,意見書や補正書を作成し提出するなど,本件各
特許が権利化されるに至るには,被告において多大な労力
,時間及び費用を費やしたこと,そして,権利化によって,実施料を取得し,独占
的に実施することができたこと,⑩ サール社,NS社及びEASA社とのライセ
ンス契約の締結は,被告における上記の成果に基づくものであり,契約締結自体に
原告の関与はないこと,⑪ 被告は,原告を中央研究所長,東海工場長,関連会社
の代表取締役にするなど,技術系社員として同期で1,2を争うほどの処遇をし,
被告及びその関連会社が原告に支払った給与,賞与,退職金の総額は1億9800
万円を下らないこと,以上の諸事情を併せ総合的に考慮すると,被告が本件各発明
がされるについて貢献しまた前記利益を受けるについて貢献した程度としては,全
体の95%と認めるのが相当である。
(5) 共同発明者間の寄与度について
ア原告は,民法93条本文に基づき,寄与率同意書(甲11)は,① 本
件各発明における相互の寄与率,② 本件各発明について支払われる特許法35条
3項の「相当の対価」の分配割合について,法的拘束力を有するとして,原告の寄
与度は,上記寄与率同意書記載のとおり6分の5であると主張する。
  しかしながら,前記2(8)認定のとおり,寄与率同意書(甲11)記載の
寄与率は,Cが,原告を除く4名の共同発明者に対し,原告の長年にわたる甘味料
事業への貢献に報いるために,報奨金の6分の5を原告に分配したい旨伝えて作成
した合意書に基づくものであり,このような作成経緯に照らし,寄与率同意書記載
の合意は,あくまで1200万円の特許報奨金の分配に際しての,共同発明者間相
互の寄与率の合意であると解される。そうすると,被告が原告らの提出した上記寄
与率同意書記載の寄与率に従って報奨金を支払ったことをもって,被告は,相当の
対価に対する原告の寄与率が6分の5であることに拘束されることはない。なお,
民法93条は,意思表示の相手方を保護するための規定であって,特許報奨金の分
配に際して実体的真実と異なる意思表示をした原告自身が,これに基づいて被告が
報奨金を支払ったことをもって,被告に対し,同条を援用する筋合いにはない。よ
って,被告は,寄与率同意書記載の割合と異なる主張をすることが許されるという
べきである。
  そうすると,職務発明が共同発明である場合には,各共同発明者が本件
発明がされるに当たりいかなる寄与をしたのか,また本件各発明により被告が利益
を得た場合は,その利益獲得に当たっていかなる寄与をしたのかについて,客観的
な事実関係に基づき諸般の事情を考慮して,裁判所がその寄与度を認定することが
できるものというべきである。
イ 前記2(3)で認定したとおり,原告は,静置晶析法を着想し,静置晶析の
工業化可能性についての検討実験を行い,静置晶析においても比較的速い冷却速度
が得られることの測定を行い,工業的規模における具体的晶析装置を発案したこと
が認められ,本件各発明は,原告によるこうした実験,発案によるところが少なく
ない。そして,原告は,本件各特許の権利化の際にも,明細書のチェック等に関与
し,宣誓供述書を作成提出する等しており,前記寄与率同意書には,共同発明者間
における原告の寄与率は6分の5であると記載されている。
  しかし,他方,① 共同発明者の1人であるCは,昭和55年にAPM
の束状集合晶を発見したこと,② Cのこの発見によってAPM結晶が特別な結晶
形態をしており,これを製造するには通常の工業的技術は適用できないことが明ら
かになり,上記発見がAPMの工業的規模での生産方法を連続撹拌晶析法から静置
晶析法に転換する契機となったものといえること,③ Cは,本件各発明の特許取
得のために本件各特許の明細書を作成し,具体的晶析装置としてロータリードラム
方式を考案するとともに,追加実験により無撹拌冷却下にシャーベットを形成する
初期濃度の範囲を確定するなど,権利化にあたって貢献したこと,④ Cは,日
本,アメリカ合衆国及びヨーロッパにおける異議,審判事件において,「工業的晶
析法」又は原告の上記着想が工業的に実施可能であることを検証するため
に,「IndustrialScale」の文言を本件各特許の明細書の特許請求の範囲に挿入す
ることを提案し,それによって特許が維持され,一連の特許維持の功績から社内表
彰を受けていることは,前記2(3)認定のとおりである。また,原告の上記着想を工
業的プロセスの発明として完成するためには,工業的に実施可能であることを検証
する必要があったところ,共同発明者とされるBとDは,原告の上記着想をベンチ
プラント,パイロットプラントにおいて実現するために,晶析装置の具体的な設計
を担当したこと,同じくEとFは,ベンチプラント,パイロットプラントの運転条
件や後工程の操作方法等についての経験が豊富で,器具,部品についての大きさ,
形状等のアイデアを出すことを含めて,かかる操作・運転条件についての示唆,勧
告を行ったことも,前記2(3)認定のとおりである。
  これらの事実を総合すると,共同発明者6名間における原告の寄与度
は,50%と認めるのが相当である。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は,本件各特許は束状集合晶を含むものではないから,Cによ
る束状集合晶の発見の意義は大きくなく,本件各発明の核心はAPMの静置晶析法
を工業的に実施することを可能ならしめる方法であると主張する。
  しかし,本件発明1については,冷却後の析出固相が存在する溶媒1
lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定して無撹拌条件下に冷却し,疑似
固相を形成した場合は,その結晶は束状集合晶を形成していることを発見し,かつ
束状集合晶の形でAPMを製造すれば輸送・分離・乾燥などの工程を経ても従来法
による結晶に比して5倍ないし10倍以上の短軸径を維持し得る,さらには,冷却
面からの結晶層の完全な剥離・脱落が極めて容易であるとの知見を得て,工業晶析
法を完成させたものであり,したがって,本件発明1の本質がAPMの束状集合晶
を工業的に製造する方法であることは,前記2(4)のとおりである。
  そして,前記2(3)で認定した事実によると,Cによる束状集合晶の発
見が静置晶析法を工業的に実施する方向付けをしたものといえる。すなわち,従来
は,工業的規模で静置晶析法を採用すると,冷却速度が遅くなり,また,一次核発
生数が少ないことから,生産性を向上させることが難しく,また,結晶の均一性に
も問題があると考えられており,撹拌晶析は工業生産において必須であると考えら
れていた。しかも,一般結晶理論からすると,結晶の大きさという点においては,
静置晶析が有利であることは知られていたが,撹拌晶析法においても,核発生数を
制限することや,種結晶を用いるなどの,晶析テクニックを利用すれば,静置晶析
法で得られるのと同程度の大きさの結晶を得られるということも知られていたので
ある。よって,静置晶析で得られた柱状晶が,針状晶が太さ方向に大きく成長した
結晶であるならば,撹拌晶析を採用し,具体的晶析条件を調節することにより,大
きな結晶を得ようとするのは,自然な考え方である。しかし,光学顕微鏡では柱状
に見えたAPMの結晶が,走査電子顕微鏡での観察によって束状集合晶であること
が判明したため,一般の晶析理論によって大きな結晶を得ることが難
しいことが具体的証拠をもって裏付けられたのである。よって,束状集合晶が発見
され,これに基づいてAPMの晶析特性の特異性が証明された段階で初めて,静置
晶析法を採用するという決断に至ることができたと考えるのが相当である。
  このように,APMの工業的規模での生産方法を連続撹拌晶析法から
静置晶析法に転換する契機となったのは,APM束状集合晶の発見であると認めら
れるから,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 原告は,本件各特許の明細書に「IndustrialScale」の文言を挿入
することを提案したのはCではなく原告であると主張する。
  確かに,原告はAPMの静置晶析の工業的規模での実現を構想してお
り,原告の米国特許商標庁宛の宣誓供述書(甲64)にも「工業的規模」の記載が
みられる。しかし,本件各特許の出願時におけるクレームには「Industrial
Scale」ないし「工業的」という文言はなく,東ソーからの本件特許10に対する異
議申立ての申し入れを受けて被告が対策を協議した結果,昭和61年5月の段階
で,Cが提案し,その後Cが工業晶析には静置晶析が不可能であるとする文献を探
して反論案等を作成し,異議申立てを受けて争う方針を決定したものである。原告
の米国特許商標庁宛の宣誓供述書は,昭和62年4月に作成されたものであり,原
告の指示で本件各特許明細書に上記文言が挿入されたことがうかがえる事情は認め
られないのであるから,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告は,ロータリードラム方式を考案したのは原告であると主張す
るが,原告の陳述書(甲67)と弁論の全趣旨によると,原告はアミソフトの乾燥
物を得る方法として同方法を採用し,研究開発を行ったことがあるというにとどま
り,これをもって原告が,具体的晶析方法としてロータリードラム方式を考案した
ということはできない。 
(エ) 原告は,寄与率同意書作成当時,原告は被告を退社していたので,
Cが原告に遠慮する立場になく,上記同意書記載の寄与率は実際の寄与率を示して
いると主張するが,前記ア,イで認定判断したとおり,実際の原告寄与率は寄与率
同意書記載の寄与率と異なるものと認められるから,上記事実が前記認定を左右す
るものではない。
(6) 「相当の対価」の額
ア 以上によれば,本件各発明に対する「相当の対価」の額は,被告が受け
るべき利益の額79億7400万円から被告が貢献した程度95%を控除し,共同
発明者間における原告の寄与度50%を乗じた1億9935万円となる。
79億7400万円×(1-0.95)×0.5=1億9935万円
イ 前記のとおり,原告は,被告から本件各発明に係る特許について,被告
規程に基づき,1000万円の報奨金を受領したことが認められる。被告が支払っ
た1000万円の報奨金は,発明等取扱規程,特許報奨規程及び特許報奨規程運営
要領に基づいて,被告の売上高や実施料を基礎に算定した増分利益に基づいて本件
各特許を功労特許と評価したものであり,いわゆる実績補償の性質を有するもので
あり,特許法35条3項,4項所定の「相当の対価」の一部に当たると解される。
  そうすると,原告は,合計1000万円の補償金ないし報奨金を受領し
たことが認められ,これらは「相当の対価」の一部の支払に当たるものである。
  そこで,アの「相当の対価」の額から上記支払済みの金額を控除する
と,「相当の対価」の不足額は,1億8935万円となる。
1億9935万円-1000万円=1億8935万円
4 争点(3)(消滅時効の成否)について
(1) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた
勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受
ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得
する(特許法35条3項)。
  本件において,原告が被告に対し本件各発明に係る特許を受ける権利を承
継させた昭和57年1月の時点では,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して
支払うべき対価の支払時期に関する条項がなかったのであるから,特許を受ける権
利を被告に承継させた時が,相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点と
なると解すべきである。
    そして,職務発明の相当対価請求権は,特許法35条により従業者に認め
られた法定の権利であるから,消滅時効期間は10年と解すべきである。
(2) しかるに,被告は,平成11年に特許報奨規程(乙9)を定め,「職務発
明特許について特許報奨委員会が本規程に基づく報奨の審査・推薦を行う時期は,
原則として当該職務発明特許について特許出願した後,10年,15年,20年を
経過した時とするが,会社に著しい利益をもたらした場合など,特段の事情のある
場合は,特許報奨委員会は,これら以外の時期に報奨のための審査・推薦を行うこ
とができる。」と規定し(第5条),発明等取扱規程(乙5の2)を改定して,昭
和54年(1979年)4月1日以降特許出願された職務発明について遡って適用
する旨規定し(第15条②),平成13年1月17日,特許報奨委員会による審査
を経て原告に対し本件各発明に係る特許報奨金を支払ったのである。
  これらの特許報奨規程の制定と発明等取扱規程の改定及びそれに基づく特
許報奨金は,前記3(6)のとおり,いわゆる実績補償の性質を有するものであり,特
許法35条3項,4項所定の相当の対価の一部に当たると解される。したがって,
その支払は,相当の対価の支払債務について時効が完成した後に当該債務を承認し
たものというべきであるから,被告が当該債務について消滅時効を援用すること
は,信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
(3) 被告は,上記報奨金は補償金と異なり,その支払は「相当の対価」の一部
の支払とはいえないから時効を援用することは信義則に反するものではなく,時効
援用権の喪失に当たらないと主張する。
 なるほど,発明等取扱規程第9条は,報奨金を定めており,第8条に定め
る補償金と区別されており,改定前の発明等取扱規程第9条所定の表彰と同様の性
質を有すると解されなくもない。しかしながら,特許報奨規程によれば,上記報奨
金は,被告が得た利益の額を増分利益として算定し,それを基礎に算定しており
(第6条),前記2(8)で認定した事実によると,被告自身特許報奨制度を特許法3
5条に対し法的な対応を強化したものと理解していることからすると,その名称の
いかんを問わず,その実質は実績補償金に当たるといわざるを得ない。そうする
と,「相当の対価」の一部である実績補償金に当たる金銭を支払った後に消滅時効
を援用することは,信義則に反するものであり,被告の上記主張は理由がない。
 なお,被告は,平成11年8月25日付け知的財産センター作成の「特許
報奨制度の拡充」と題する書面の「法的な対応を強化する」との文言は,被告の業
績に大いに貢献した発明者に充分な報奨金を与えることによって本件訴訟のような
係争を未然に防ぐという意味にすぎず,上記書面は法的な効力が生じるような性質
のものではないと主張し,Sの陳述書(乙22)にも,「本報奨においては,公平
性,納得性,透明性を保つために,報奨の対象となる特許の選別と報奨金額の計算
にあたり,特許報奨規程に定める利益や実施料収入を考慮することにしたまでのこ
とです。」との記載及び「当社の昇格,昇進や退職金などの処遇を含む人事諸制度
とこの報奨を全体で捉え,世間的にも相当な対応がとられていれば,結果として3
5条に基づく訴訟の可能性も低くなるという意味で『法的な対応を強化』といって
いるものです。」との記載がある。しかしながら,前者についてはその目的いかん
はともかく被告の売上高や実施料収入を考慮して報奨金額を算定している以上実績
補償金というに妨げないし,後者についても上記記載のみから直ちに特許法35条
の「相当の対価」の性質を有しないとはいえないから,上記認定を左右するもので
はない。
5 結論
   以上の次第であるから,原告の請求は,1億8935万円及び訴状送達の日
の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を請求す
る限度で理由がある。
     東京地方裁判所民事第47部
         裁判長裁判官    高 部 眞規子
            裁判官    上 田 洋 幸
           裁判官    宮 崎 拓 也
(別紙1)
            特 許 目 録
1 日本国特許第1790606号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
晶析方法
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和57年(1982年)4月12日
公告日平成2年(1990年)10月11日
登録日   平成5年(1993年)9月29日
2 日本国特許第1790786号(1の分割)
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル束
状集合晶
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和62年(1987年)4月12日
公告日   平成3年(1991年)4月5日
登録日   平成5年(1993年)9月29日
3 アメリカ合衆国特許第5041607号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
晶析プロセス
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和58年(1983年)4月6日
登録日   平成3年(1991年)8月20日
4 アメリカ合衆国特許第5097060号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
晶析プロセス 
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和58年(1983年)4月6日
登録日   平成4年(1992年)3月17日
5 アメリカ合衆国特許第5621137号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル結
晶の溶解方法
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和58年(1983年)4月6日
登録日   平成9年(1997年)4月15日
6 アメリカ合衆国特許第5744632号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
結晶化方法
発明者   原告,B,C,D,E,F
  出願日   昭和58年(1983年)4月6日
  登録日   平成10年(1998年)4月28日 
7 アメリカ合衆国特許第5859282号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステル結
晶の溶解方法
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和58年(1983年)4月6日
登録日   平成11年(1999年)1月12日
8 アメリカ合衆国特許第5874609号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
結晶化方法
発明者   原告,B,C,D,E,F
 出願日   昭和58年(1983年)4月6日
登録日   平成11年(1999年)2月23日
9 カナダ特許第1340566号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
晶析プロセス
発明者   原告,B,C
出願日   昭和58年(1983年)4月12日
登録日   平成11年(1999年)6月1日
 
10 ヨーロッパ特許第0091787号
発明の名称 L-α-アスパルチル-L-フエニルアラニンメチルエステルの
晶析プロセス
発明者   原告,B,C,D,E,F
出願日   昭和58年(1983年)4月7日
  登録日   昭和60年(1985年)9月4日
(別紙2)
第1 発明等取扱規程(平成2年3月16日制定,抜粋)
 第8条 
会社は,職務発明についての出願がなされた場合および当該出願が公告もしく
は登録された場合(特許については,公告の場合のみとする。),それぞれその 
職務発明をした従業員に対し,補償金を支給する。補償金の金額は,別に定める
「職務発明補償基準」によるものとする。
第9条
  会社が,職務発明を実施し,多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合,
会社は,表彰規程に則り,その職務発明をした従業員に対し,表彰を行う。
第15条
  第8条および第9条の規定は,1989年4月1日以降この規程の施行日前ま
でに行われた職務発明,職務発明についての出願および職務発明についての公告ま
たは登録について,遡って適用する。
第2 発明等取扱に関する基準(平成2年4月1日制定,抜粋)
2.職務発明補償金「職務発明補償金基準」を以下の如く定める。
 (1) 金額
    特許   出願時補償   1万円
         公告時補償   2万円
(2) 補償金支払方法
【出願時補償金】
①同一職務発明につき,複数国に出願した場合でも,1カ国での出願に対
してのみ支払う。
②支払は,原則として日本出願に対し行うが,外国出願が先行する場合は
これに対し行う。
③1出願を1単位とし,変更出願,分割出願,継続出願などは,新たな出
願と看做さない。但し,あらためて出願した場合に,重ねて支払うことは無い。
④ノウハウとして出願を保留することになった,特許性のある職務発明
は,出願があったものと看做す。但し,あらためて出願した場合に,重ねて支払う
ことは無い。
⑤会社の都合で他人名義で出願する職務発明は,自社出願したものと看做
す。
【公告時補償金】
①同一職務発明が,複数国で公告(登録)された場合でも,1ヵ国での公
告(登録)に対してのみ支払う。
②支払は,原則として日本での公告(登録)に対して行うが,外国での登
録が先行する場合は,無審査国での登録を除き,最先の有審査国での登録時点を基
準にしてこれを行うものとする。
 『共同発明』の取扱い
    ①発明者が複数の場合:原則として発明への寄与率に応じて配分する。寄
与率が明示されない場合は均等と看做す。
支払時期及び方法
    ①年度終了時点(会計年度)で1年間の実績を把握,対象特許と支払総額
を確定した後,1年分を1回にまとめて支払う。
②出願,公告の両補償とも,1単位ごとに発明者に支払うものとする。
(3)経過措置
   ① この基準は1989年4月1日以降に出願した職務発明に対して適用す
る。 
② 1989年4月1日より前に既に出願されている職務発明についての,
公告時補償金の支払は,原則として平成元年度以降の日本特許公告に対して行う
が,前記【公告時補償金】の②は,当該出願に対応する先行外国登録が,最先の外
国登録である場合にのみ適用するものとする。
第3 発明等取扱規程(平成11年10月1日改定,抜粋)
 第5条
従業員が職務発明をした場合は,その職務発明につき日本国および外国におい
て,特許,実用新案登録または意匠登録を受ける権利(以下「登録を受ける権利」
という。)を会社に譲渡しなければならない。ただし,会社が登録を受ける権利の
承継を希望しない旨を当該従業員に通知した場合は,この限りでない。
第8条
  会社は,第5条の規定に基づき,従業員から登録を受ける権利を譲り受けた場
合,その出願の有無に拘らず,その職務発明をした従業員に対し,補償金を支給す
る。補償金の金額は,別に定める「職務発明補償基準」によるものとする。
第9条
会社が,職務発明を実施し,多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合,
会社は,特許報奨規程に則り,その職務発明をした従業員に対し,報奨を行う。
第15条
② 第9条の規定は,1979年4月1日以降,特許出願された職務発明につい
て,遡って適用する。
第4 特許報奨規程(平成11年10月1日施行,抜粋)
第2条(功労特許及び優秀特許)
  職務発明特許を会社が実施し,その実施により会社に10億円以上の利益をも
たらし,また,当該職務発明特許を第三者に実施許諾し,その実施料収入により会
社に10億円以上の利益をもたらしたものを本規程に基づく報奨の対象とし,次の
基準により,これらを功労特許および優秀特許の2種類に分類するものとす る。
1.会社が実施した職務発明特許で,これに関わる商品別営業利益の増分が10
億円以上または第三者に実施許諾した職務発明特許で,これに関わる実施料収入が
50億円以上のものを功労特許とする。
第3条(報奨の内容)
 ① 本規程に基づく報奨の内容は,功労特許または優秀特許となった職務発明を
行った者に対する報奨金の贈呈とする。
 第4条(報奨手続)
  本規程に基づく報奨は,第7条に定める特許報奨委員会による審査ののち,優
秀特許については,特許報奨委員会において決定され,功労特許については,経営
会議において甲稟議決裁にて決定されるものとする。
 第5条(審査・推薦時期)
  職務発明特許について特許報奨委員会が本規程に基づく報奨の審査・推薦を行
う時期は,原則として当該職務発明特許について特許出願した後,10年,15
年,20年を経過した時とするが,会社に著しい利益をもたらした場合など,特段
の事情のある場合は,特許報奨委員会は,これら以外の時期に報奨のための審査・
推薦を行うことができる。
  優秀特許または功労特許の決定を受けた職務発明特許が,その後になお,会社
に多大な利益をもたらし,本条の審査・推薦時期のいずれかにおいて第2条の功労
特許の基準をさらに満たした場合は,会社は,特許報奨委員会の審査を経たのち,
経営会議における甲稟議決裁により,同一の職務発明特許に対し,さらに報奨を行
うことができる。
第6条(報奨金)
  報奨金の金額は,次の数値を目安とするが,その具体的金額は別途定める特許
報奨規程運営要領に定めるところにより,事案ごとに諸要因を考慮し,特許報奨委
員会による審査を経て,優秀特許については,知的財産センター担当の役付取締役
による乙稟議決裁をもって,功労特許については甲稟議決裁をもって決定される。
1.功労特許に関しては,会社が実施した職務発明特許については,これに関わ
る商品別営業利益の増分が50億円以上100億円未満の場合,500万円以上1
000万円未満とし,これに関わる商品別営業利益の増分が100億円以上の場
合,1000万円以上とする。また,第三者に実施許諾した職務発明特許について
は,これに関わる実施料収入が50億円以上100億円未満の場合,  500万
円以上1000万円未満とし,これに関わる実施料収入が100億円以上の場合,
1000万円以上とする。
第5 特許報奨規程 運営要領
(別紙3)
 隠れたロイヤルティ収入に関する被告の主張
(以下閲覧制限部分につき省略)
(別紙4)
米 国 審 査 経 過
本件特許3(米国特許第5041607号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1987.05.27│分割出願(出願番号054494)

│1987.08.19│補正

│1987.10.15│拒絶

│1988.03.15│応答

│1988.02.16│Tデクラレーション

│1988.07.01│拒絶

│1989.01.03│継続出願(出願番号293565)

│1989.08.03│拒絶査定

│1989.11.03│Cデクラレーション

│1989.11.16│勧告的拒絶

│1989.12.04│応答

│1989.12.13│勧告的拒絶

│1990.01.23│勧告的拒絶

│1990.02.05│クレーム補正

│1990.02.16│特許査定

│1991.08.20│特許発行

本件特許4(米国特許第5097060号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1983.06.27│補正

│1984.03.30│拒絶 (U、G、,特許他4件、Morton文献)

│1984.09.17│応答

│1984.11.29│拒絶

│1985.03.28│応答 Cデクラレーション(比較実験)提出

│1985.07.09│拒絶査定

│1985.11.12│審判請求

│1986.01.07│クレーム10(比容限定)追加

│1986.01.23│勧告的拒絶

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1986.04.28│Cデクラレーション再提出

│1986.10.22│情報開示(異議引用文献(特開55-167268特許)提出)

│1986.12.10│拒絶 (特開55-167268、Kirk-Othmer(J)他引用)

│1987.06.18│応答“Industrial"限定付加(クレーム25)J、A、Cデクラレ
ーショ│
││ン提出

│1987.10.08│拒絶査定 J大スケールでの無攪拌晶析を教示

│1987.10.09│情報開示

│1988.03.08│応答及び審判請求

│1988.04.05│勧告的拒絶

│1988.09.08│継続出願(出願番号243176)

│1988.11.10│拒絶査定

│1989.05.10│審判請求

│1989.08.10│継続出願(出願番号393028)

│1990.06.18│拒絶査定

│1990.12.18│審判請求

│1991.06.18│継続出願(出願番号715711)

│1991.06.18│Cデクラレーション提出

│1991.11.01│特許査定

│1992.03.17│特許発行

本件特許5(米国特許第5621137号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1987.05.27│分割出願(出願番号054494)

│1989.01.03│継続出願(出願番号293565)

│1990.02.05│継続出願(出願番号475403)

│1990.12.04│限定要求

│1991.01.02│応答

│1991.03.20│拒絶

│1991.05.31│応答 情報開示

│1991.08.05│拒絶査定

│1992.02.05│審判請求

│1992.05.05│継続出願(出願番号879120)

│1992.11.30│拒絶

│1993.02.25│応答

│1993.05.05│拒絶査定

│1993.10.29│応答、審判請求

│1993.11.08│勧告的拒絶

│1993.12.28│継続出願(出願番号173946)

│1994.02.22│拒絶

│1994.08.22│応答

│1994.11.29│拒絶査定

│1995.05.01│審判請求

│1995.06.05│継続出願(出願番号462551)

│1995.07.18│応答

│1995.09.07│拒絶

│1995.12.26│応答

│1996.04.30│拒絶査定

│1996.05.22│応答

│1996.05.29│特許査定

│1997.04.15│特許発行

本件特許6(米国特許第5744632号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1987.05.27│分割出願(出願番号054494)

│1989.01.03│継続出願(出願番号293565)

│1990.03.27│継続出願(出願番号500525)

│1991.02.07│拒絶査定

│1991.06.20│応答

│1991.06.21│継続出願(出願番号723727)

│1991.12.27│特許査定

│1992.03.09│情報開示 継続出願(出願番号845806)

│1992.11.24│拒絶

│1993.02.24│応答

│1993.05.03│拒絶査定

│1993.11.03│審判請求

│1994.01.03│継続出願(出願番号176673)

│1994.03.22│拒絶

│1994.09.09│応答

│1994.11.29│拒絶査定

│1995.05.01│審判請求

│1995.05.31│継続出願(出願番号455707)

│1995.07.25│拒絶

│1995.11.17│応答

│1996.03.05│拒絶

│1996.09.05│応答

│1996.11.22│追加応答

│1996.12.24│拒絶査定

│1997.03.01│応答

│1997.06.05│特許査定

│1998.04.28│特許発行
本件特許7(米国特許第5859282号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1987.05.27│分割出願(出願番号054494)

│1989.01.03│継続出願(出願番号293565)

│1990.02.05│継続出願(出願番号475403)

│1992.05.05│継続出願(出願番号879120)

│1993.12.28│継続出願(出願番号173946)

│1995.06.05│継続出願(出願番号462551)

│1996.05.31│継続出願(出願番号655945)

│1996.10.29│拒絶

│1997.02.11│応答

│1997.05.13│特許査定

│1999.01.12│特許発行
本件特許8(米国特許第5874609号)
│1983.04.06│出願(出願番号482542)

│1986.03.12│継続出願(出願番号839819)

│1987.05.27│分割出願(出願番号054494)

│1989.01.03│継続出願(出願番号293565)

│1990.02.05│継続出願(出願番号475403)

│1992.05.05│継続出願(出願番号879120)

│1993.12.28│継続出願(出願番号173946)

│1995.06.05│継続出願(出願番号462551)

│1996.05.31│継続出願(出願番号655945)

│1997.08.26│継続出願(出願番号917507)

│1998.03.31│拒絶

│1998.08.03│応答

│1998.09.14│特許査定

│1999.02.23│特許発行

(別紙5)
  (閲覧制限部分につき省略)
(注意 判決中***部分は閲覧制限部分である)

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