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平成27年11月25日判決言渡
平成26年(行ケ)第10228号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年9月9日
判決
原告イーオン-トーフ・テクノロジーズ・ゲー・エム・ベー・ハー
訴訟代理人弁理士北村修一郎
同太田隆司
同森俊也
被告アルバック・ファイ株式会社
訴訟代理人弁護士増井和夫
同橋口尚幸
同齋藤誠二郎
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800031号事件について平成26年6月10日にし
た審決を取り消す。
第2前提となる事実
1特許庁における手続の経緯等(争いがない。)
原告は,発明の名称を「質量分析器およびこの質量分析器のための液体金属イオ
ン源」とする特許第5128814号(平成16年7月1日国際出願,国際特許出
願番号:PCT/EP2004/007154,優先権主張日:平成15年8月2
5日,優先権主張国:ドイツ。平成24年11月9日設定登録。以下「本件特許」
という。)の特許権者である。
被告は,平成25年2月22日,特許庁に対し,本件特許を無効にすることを求
めて審判の請求をした。特許庁は,この審判を,無効2013-800031号事
件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成26年3月26日,本件特許
の特許請求の範囲について,特許請求の範囲の減縮を理由とする訂正請求をした。
特許庁は,審理の結果,平成26年6月10日,訂正を認めた上で(以下「本件
訂正」という。),「特許第5128814号の請求項1ないし3に係る発明について
の特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を,同月19日,原告に送達した。
2特許請求の範囲
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載(請求項の数は3)は,次のとお
りである(以下,それぞれの請求項に記載の発明を,請求項の番号を付して「本件
発明1」等という。また,本件発明1ないし3を,併せて,「本件発明」ということ
がある。また,本件訂正後の本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」とい
う。甲20,24)。
「【請求項1】
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析
器であって,固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビ
ームを作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有して
おり,前記イオン源は,加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッ
タの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており,該液体金属層は一次イオ
ンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており,該一次イオンビ
ームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有してい
るものにおいて,
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,
その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可
能であり,該ビスマスイオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または
多重に電荷されたビスマスイオンBi1
P+
の複数倍となる複数のビスマスイオン種
のうちの1種が,フィルタ手段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能
であり,該イオンビームは1種類のBin
P+
イオンのみから成っており,その際n
≧2およびp≧1であり,かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質
量分析器。」
【請求項2】
質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンは,Bi2

,Bi3

,Bi

2+
,Bi4

,Bi5

,Bi6

,Bi5
2+
またはBi7
2+
のうちの1種に属してい
る請求項1記載の質量分析器。
【請求項3】
二次イオン質量分析器は,飛行時間型二次イオン質量分析器として動作可能であ
る請求項1または2記載の質量分析器。」
3審決の理由
(1)審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,本件訂正を認
めた上で,本件発明は,いずれも「Nonlineareffectsins
putteringoforganicliquidsbykeVi
ons(keVイオンによる有機液滴のスパッタリングにおける非線形効果),Io
sifS.Bitensky,andDouglasF.Barofsky」
(PHYSICALREVIEWBVOLUME56,NUMBER21
1DECEMBER1997-Ⅰ。甲1。以下「甲1文献」という。)に記載の発明
(以下「甲1発明」という。),「LIQUIDMETALIONSOURCE
S-MASSSPECTROSCOPICSTUDYOFGa,In,
Sn,Au,Pb,ANDBi-(液体金属イオン源Ga,In,Sn,Au,
PbとBiの質量スペクトルの研究),MasanoriKomuro」(Pro
c.Int’lIonEngineeringCongress―ISIA
T’83&IPAT’83,Kyoto(1983)337頁以下。甲2。以下「甲
2文献」という。)に記載の技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明するこ
とができたから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないも
のであり,同法123条1項2号に該当し無効とすべきである,というものである。
(2)審決が認定した甲1発明の内容,甲1発明と本件発明1との一致点及び相違
点は,次のとおりである。
ア甲1発明の内容
「飛行時間型(TOF)二次イオン質量分析器にて行われる測定に用いる分析装
置であって,研究のために選択した金属の単原子及び多原子の1価や多価のイオン
ビームを生成する液体金属イオンカラムと,液体金属イオンカラム中に生成された
金属イオンのうち,同種のもののみ,即ち,同じ数の原子数且つ同じ荷電状態を有
するものから構成される粒子のみを通すウィーンフィルターとを組み合わせること
によって,Ga,In,Sn,Au又はBiの一次イオンビームの組成,エネルギ
ー及び運動量が,二次イオン生成量測定に対して,正確に特定されるようになって
おり,
一次イオンがBi+
からBi2

に変えられた際に,Bi2

一次粒子の全運動エネ
ルギーがBi+
の一次粒子のたった2倍であるのに対してBi2

の原子当たりの生
成量が,Bi+
の原子当たりのものより約4倍大きいという事実が測定され,
Ga+
,In+
及びBi+
一次イオンに対して,グリセリンの表面領域からのプロ
トン脱離させられたdAMP分子の二次イオン生成量が一次イオンエネルギーに対
して測定された,
分析装置。」
イ一致点
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析
器であって,試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビーム
を作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,
液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有して
おり,該一次イオンビームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金
属イオンを含有しているものにおいて,
イオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷された特
定のイオンの複数倍となる複数の特定イオン種のうちの1種が,フィルタ手段によ
り,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは質量が単
原子のn倍でp重に電化された1種類の特定のイオンのみから成っており,p≧1
であり,かるnとpはそれぞれ自然数である質量分析器
ウ相違点
(ア)相違点1
本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオ
ンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属
層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の
影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用
いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用発明では,「一次イオンビー
ムはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属
イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,用いるイオンビームが「n
≧1」である点
(イ)相違点2
本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,引用発明のそれは「グリセリ
ン」であって,甲1文献の全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)
(1)甲1文献は,実験データを説明できるスパイク確率モデルの検討及び妥当性
に関して検証した論文であり,飛行時間型二次イオン質量分析器は,その目的のた
めに実験装置として使用されている。このため,飛行時間型二次イオン質量分析器
の本来の使い方である,固体試料の表面層における組成の分布や,固体試料の表面
から深さ方向の組成の分布(深さプロファイル)については測定していない。した
がって,当業者は,甲1文献に開示された実験結果を,実際の飛行時間型二次イオ
ン質量分析器に適用しようとは考えない。
飛行時間型二次イオン質量分析器においてその本来の使い方をするためには,飛
行時間型二次イオン質量分析器のイオン源に種々の特性が求められる。具体的には,
イオン源における,①蒸気圧に関する特性,②放射比率に関する特性,③放射の安
定に関する特性,が良好である必要がある。しかし,甲1文献においては飛行時間
型二次イオン質量分析器としての本来の使い方をしていないため,これらの特性に
ついては何ら開示されていない。
(2)甲2文献は,一般的な液体金属イオン源の放射特性に関する純粋な科学研究
論文であり,一次イオンビーム自体の分析を行っているだけで,二次イオンの分析
に利用されることを想定した一次イオンビームの分析や飛行時間型二次イオン質量
分析器に利用されることを想定した一次イオンビームの分析をしたものではない。
(3)甲1文献の目的と甲2文献の目的は異なるため,当業者は,甲1文献と甲2
文献に開示された内容を組み合わせる動機付けはない。
甲1文献に接した当業者が甲2文献に接したとしても,まず,甲1文献から,B
iイオンを実際の飛行時間型二次イオン質量分析器に適用することを想定し,さら
に,甲2文献に開示された「Biクラスターイオンの比率の値がGa,In,Sn,
Au及びPbに比べて高い」,「同様のイオン源においては,Auイオンに比べてB
iイオンの方がクラスターイオンが含まれる割合が大きい」という技術的事項に着
目することは非常に困難である。
(4)甲2文献に開示された測定結果は,Biの液体金属イオン源と純粋なAuか
らなる液体金属イオン源を比較しているものである。純粋なAuは,実用上の二次
イオン質量分析器のイオン源として適しておらず,そもそも飛行時間型二次イオン
質量分析器の一次イオンビームとして採用されていない。従来の二次イオン質量分
析器においては,Auイオンの一次イオン源としてAuGe合金の液体金属イオン
源が使用されているところ,甲2文献ではBiの液体金属イオン源がAuGe合金
の液体金属イオン源に対して改善されているかについては何ら教示していない。
甲2文献は,二次イオン質量分析器における従来のAuGe等の合金の液体金属
イオン源を改善したいと考える当業者に対し,Biの液体金属イオン源を使用する
ことについての動機付けも関連性も教示していないといえる。
よって,当業者が甲2文献に接したとしても,Biクラスターイオンを飛行時間
型二次イオン質量分析器に適用しようとは考えない。
(5)「Developmentandexperimentalappl
icationofagoldliquidmetalionso
urce(金液体金属イオン源の開発及び実験的応用),N.Davies,D.E.
Weibel,P.Blenkinsopp,N.Lockyer,R.Hill,
J.C.Vickerman」(AppliedSurfaceScience
203-204(2003)223-227。甲25。以下「甲25文献」という。)
の図2は,液体金属イオン源としてAuGe合金を用いて15kVのエネルギーで
10μAの放射電流を発生させたときの電流中の各イオンのパルス電流の大きさを
表したものである。図2のグラフを読み取ると,Au2+
が約1.20pA,Au+
が約3.90pA,Au2

が約0.90pA,Au3

が約0.85pAとなってい
る。これより,甲2文献の表2に記載されているものと同様に各イオン電流値の合
計電流値に対する比率を算出すると,Au2+
とAu+
とAu2

とAu3

の合計放射
電流値は約6.85(=1.20+3.90+0.90+0.85)pAとなり,
①Au+
の比率(表2のM+
に相当):3.90/6.85=0.57(約57%)
②Au2+
の比率(表2のM++
に相当):1.20/6.85=0.18(約18%)
③Au2

とAu3

の合計比率(表2のクラスターに相当):(0.90+0.85)
/6.85=0.25(約25%)
となる。
上記値は,甲2文献の表2のAuの結果であるM+
が70%,M++
が25%,ク
ラスターが5%とは大きく異なっており,甲25文献においてはクラスターイオン
の比率が約25%と非常に大きくなっている。
また,甲25文献の図2からAu2

とAu3

のAu+
に対する比率を算出すると,
①Au2

:Au2

/Au+
=0.90/3.90=0.23(約23%)
②Au3

:Au3

/Au+
=0.85/3.90=0.22(約22%)
となり,甲2文献に開示されているデータ(Au2

のAu+
に対する比率が約7.
5%,Au3

のAu+
に対する比率が約5.0%)と大きく異なっている。
よって,当業者は,甲2文献に開示された純粋Auを液体金属イオン源に用いて
実験を行った結果よりも,甲25文献に示す実用的なAuGeを用いて行った結果
の方を参照し,たとえ甲2文献に接してもBiクラスターイオン比率には着目しな
い。したがって,当業者が甲2文献に接したとしても,Biクラスターイオンを選
択することはしない。
(6)以上によれば,本件発明1と甲1発明の相違点1に係る構成は,甲1発明及
び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできな
いから,相違点1に関する審決の判断には誤りがある。
2取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)
(1)「Impactofslowgoldclustersonv
arioussolids:nonlineareffectsinse
condaryionemission(様々な固体への遅い金クラスター衝
突:二次イオン放出の非線形効果),M.Benguerba,A.Brunell
e,S.Della-Negra,J.Depauw,H.Joret,Y.Le
Beyec,M.G.Blain,E.A.Schweikert,G.BenA
ssayagandP.Sudraud」(NuclearInstrume
ntsandMethodsinPhysicsResearchB
62(1991)8-22,North-Holland。甲5。以下「甲5文献」
という。)には,飛行時間型二次イオン質量分析器においてBiクラスターイオンを
使用することについて,何らの開示,示唆もない。また,他の文献にもBiクラス
ターイオンを一次イオンビームとして固体試料に照射することについては何らの開
示,示唆もない。しかも,一次イオンビームを照射したときの「液体試料」の挙動
と「固体試料」の挙動とに全く関連性がないことは,当業者にとっては自明の事項
である。
よって,甲1発明において,試料を液体試料から固定試料に単純に置き換えるこ
とはできない。
(2)本件発明1は,「Biクラスターイオンを一次イオンビームとして固体試料
に照射する」構成を有することが技術的特徴であるので,相違点2について,容易
想到性の判断をする場合,単に「固体試料」を「液体試料」に置き換えられるか否
かではなく,いずれも文献にも,Biクラスターイオンを一次イオンビームとして
固体試料に照射した実績はなく,照射したときにどのような結果が得られるのかに
ついての開示も示唆もないことを前提として,甲1文献に記載されたBiクラスタ
ーイオンを一次イオンビームとして液体試料に照射された実験結果から,当業者が,
Biクラスターイオンを一次イオンビームとして固体試料に照射することに容易に
想到できたか否かについて判断するべきである。
よって,当業者が甲1文献等に接したとしても,甲1発明において,「Biクラス
ターイオンを固体試料に照射する」ことに容易に想到し得たということはできない。
(3)「液体及び固体インジウムの低エネルギーアルゴン1価イオンスパッタリ
ング」(JournalofAppliedPhysics53(9),Se
ptember1982訳文1頁以下)(甲13。以下「甲13文献」という。)
には,液体ターゲットと固体ターゲットにおけるイオンエネルギーの増加に対する
スパッタリング収量の増加具合が同様であることが記載されているだけであって,
スパッタリング収量が異なっている。よって,甲1発明を,固体試料にも同様に適
用することはできないから,甲13文献が被告の主張を裏付ける公知文献にはなり
得ない。
(4)飛行時間型二次イオン質量分析器において,スパッタリングされた箇所が
「破壊される」とは,試料が修復されることなくスパッタリング箇所の二次粒子が
減少することであり,これは固体試料に当てはまるものである。固体試料では,破
壊が進むにつれて,二次イオンの生成量が減少していくのに対し,液体試料ではス
パッタリングによって当該箇所の二次粒子が減少したとしても周囲から新たな二次
粒子が流入してスパッタリング箇所が修復されるのでスパッタリングを継続しても
二次イオン生成量が減少することはない。よって,液体試料では「破壊される」と
いうことはできない。
また,固体試料でスパッタリングが継続されると,試料破壊が試料の深さ方向に
進行し,穴が形成されるから,スパッタリングされる箇所は穴底の部分となる。穴
底で生成された二次イオンの一部は当該穴の側壁に付着し,穴から飛び出さないか
ら,穴底のスパッタリングにより生成された二次イオンはその全量が二次イオン質
量分析器で取得されない場合がある。そして,穴が深くなるほど,穴の側壁に付着
する二次イオンの量が増加し,穴から飛び出す二次イオンの量が減少することは容
易に理解される。
よって,甲1発明において,試料を液体試料から固定試料に単純に置き換えるこ
とはできない。
(5)以上によれば,本件発明1と甲1発明の相違点2に係る構成は,甲1発明及
び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできな
いから,相違点2に関する審決の判断には誤りがある。
第4被告の主張
1取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1)甲1文献には,「「n≧2」であるBiクラスターイオン」を二次イオン質量
分析器の一次イオンとして用いることが開示されている。
また,審決が認定したとおり,甲1文献には,BiのイオンはGaやInのイオ
ンより二次イオンの生成量が増大すること,Biの単原子イオンよりクラスターイ
オンのほうが二次イオンの生成量が増大することが開示されており,甲2文献には,
Biのクラスターイオンの比率の値はGa,In,Sn,Au及びPbに比べて高
いことが開示されている。甲1文献に開示されているGa,In,Sn,Auのイ
オンや,Biの単原子イオン(n=1のイオン)から,「「n≧2」であるBiクラ
スターイオン」を選択することは十分に動機付けられる。そして,上記選択を妨げ
る積極的な理由も,甲1文献及び甲2文献には何ら開示されていない。
したがって,本件発明1の相違点1に係る構成(すなわちBiのクラスターイオ
ンの使用)は,甲1発明及び甲2文献等に開示された周知技術から,当業者であれ
ば容易に想到し得る。
(2)原告は,当業者が,甲1文献に開示された実験結果を,実際の飛行時間型二
次イオン質量分析器に適用しようとは考えない旨主張する。
しかし,そもそも甲1文献には,「「n≧2」であるBiクラスターイオン」を飛
行時間型二次イオン質量分析器の一次イオンとして用いることが開示されている。
甲1文献がスパイク確率モデルの検討及び妥当性を検証した論文であったとしても,
Biのクラスターイオンが実際に飛行時間型二次イオン質量分析器の一次イオンと
して使用されているという事実に何ら影響を及ぼすものではない。
(3)原告は,飛行時間型二次イオン質量分析器のイオン源に求められる種々の特
性が甲1文献には何ら開示されていないから,Biクラスターイオンを二次イオン
質量分析器の一次イオンとして用いることは,当業者であっても容易に想到できな
い旨主張する。
まず,原告の上記主張のうち,「放射比率に関する特性」とは,AuよりBiの方
がクラスターイオンの比率が多いという特性のことであると理解される。しかし,
上記特性については,甲2文献の図16,17に開示されているから,甲2文献に
開示されていないという原告の主張は誤りである。
原告の上記主張のうち,「Biが蒸気圧,放射の安定について優れている」ことに
ついては,甲1文献及び甲2文献には開示されていない。しかし,甲1文献におい
て,Biクラスターイオンを二次イオン質量分析器の一次イオンとして用いること
が開示されており,甲1文献と甲2文献の開示を組み合わせれば,当業者はBiク
ラスターイオンを用いることを十分に動機付けられるのであるから,Biイオンの
蒸気圧,放射の安定について明示されていないとしても,それはBiクラスターイ
オンを採用することの阻害事由とはならない。
(4)原告は,甲1文献と甲2文献を組み合わせる動機付けがないから,両文献の
開示を組み合わせることは困難である旨主張する。
しかし,甲1文献においては,飛行時間型二次イオン質量分析器が実験装置とし
て使用されており,そして,一次イオンビームとしてGa,In,Sn,Au又は
Biの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオンを用いた場合の,各一次イ
オンビームから生じる二次イオン生成量のデータが開示されている。
甲2文献には,甲1発明の実験装置で一次イオンビームのイオン源として用いら
れている,Ga,In,Sn,Au,PbとBiの液体金属イオン源から放出され
る,イオン流のクラスターイオンの構成が開示されている。
このように,甲1文献の実験装置のイオン源として用いられている液体金属イオ
ン源について,そのイオン流の詳細なデータが開示されているのが甲2文献である
から,両文献は,密接に関連する技術についての論文であり,両文献に接した当業
者であれば,両文献の開示を組み合わせることは容易であるし,動機付けも十分で
ある。
(5)原告は,甲25文献の図2からAu2

とAu3

のAu+
に対する比率を算出
すると,Au2

が約23%,Au3

が約22%となり,甲2文献に開示されている
データ(Au2

のAu+
に対する比率が約7.5%,Au3

のAu+
に対する比率
が約5.0%)と大きく異なっているから,当業者は,甲2文献の純粋Auを液体
金属イオン源に用いて実験を行った結果よりも,甲25文献に示す実用的なAuG
eを用いて行った結果の方を参照し,たとえ甲2文献に接してもBiクラスターイ
オン比率には着目しない,したがって,甲2文献に当業者が接したとしても,Bi
クラスターイオンを選択する動機付けは起こらず,Biクラスターイオンを選択す
ることはしない旨主張する。
しかし,甲25文献においては,AuGeから発生したAuイオンの比率が測定
されているのみで,同条件で純Auから発生したAuクラスターイオンの比率やB
iから発生したBiクラスターイオンの比率が,AuGeからの比率と比較されて
おらず,甲25文献のみでは,AuGeと純AuあるいはBiを用いた場合に,同
一条件において,どちらがクラスターイオンの比率が多いかわからない。
また,甲25文献において,Auクラスターイオン比率の数値を甲2文献のBi
クラスターイオンの比率の数値と直接比較したとしても,AuとBiについては,
クラスターサイズ2のイオンの比率はほとんど変わらず,クラスターサイズ3以上
のイオンについては,Biの方がより多く生成されることが確認されるのであるか
ら,甲2文献の開示に基づいて,当業者がBiを一次イオン源として用いることを
動機付けることの妨げとはならない。
2取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)について
(1)二次イオンは,一次イオンが試料の表面に衝突し,その衝撃で試料から分子
が叩き出されることで生成される。二次イオンが一次イオンの試料への衝突によっ
て生成されるメカニズムは,液体試料でも固体試料でも同じであることを考えれば,
甲1文献に開示された実験結果により判明した傾向(大きなクラスターイオンのほ
うが同じエネルギーに対して多くの二次イオンが生成される等)が,固体試料につ
いては適用できないという原告の主張は,理論的にその根拠が明確でない。
むしろ,二次イオン生成が一次イオンの試料への衝突による試料分子の叩きだし,
という,同じ物理的な現象によって生じるものであることを考えれば,甲1文献に
開示された上記傾向は,固体試料についてもほぼ同様に適用できると考えるのが合
理的である。
液体金属イオン源を用いた飛行時間型(TOF)質量分析器の設計についての論
文である「新しい,パルス型,液体金属イオン飛行時間型質量分析器」(IONF
ORMATIONfromORGANICSOLIDS(IFOSV)(1
990)(甲4。以下「甲4文献」という。)には,二次イオンの放出の物理的及び
化学的プロセスを調べる対象となる試料として,「液体或いは固体マトリクス」と記
載されており,二次イオン放出の特性は,試料が液体でも固体でも変わらないこと
を前提としたものであると理解できる。
(2)液体有機試料に,Auの一次イオンを照射した場合に,Au+
,Au2+
といっ
た単原子イオンよりも,Au2
+
,Au3
+
のようなクラスターイオンのほうが二次イオ
ンの生成量が多くなることは(甲1),固体試料の場合にも同様に成り立つことが確
認されている(甲5)。そして,Biについても,Auと同じく,液体有機試料を用
いた甲1文献の実験結果が,固体試料の場合も同様に成り立つことは,自明である。
甲1発明は,実験に用いた試料が液体だからといって,固体試料に適用できないと
いう根拠はない。
(3)液体試料と固体試料では,二次イオンの生成量は,結合エネルギーの違いだ
け液体試料のほうが大きくなるかもしれないが,両試料の表面の形状の相違は,二
次イオンの生成量に影響しない。甲13文献の図4に示された実験結果では,固体
試料でも液体試料でも,一次イオンのエネルギー増大に対するスパッタリング収量
増大の具合は,まったく同じパターンであった。つまり,液体試料において認めら
れた二次イオン生成量の増減のパターンは,固体試料についても,そのまま当ては
まることが確認されている。
したがって,甲1文献に記載の液体試料において確認された,「AuやBiの一次
イオンについては,大きなクラスターイオンを用いるほど二次イオンの生成量が増
大する」という傾向は,固体試料においても同様に当てはまる。
(4)原告は,本件発明1は,Biクラスターイオンを一次イオンビームとして固
体試料に照射する構成を有することが技術的特徴であるので,試料が固体であるこ
とのみに基づいて容易想到性を判断すべきではない旨主張する。
しかし,相違点1及び相違点2の判断をあわせれば,結局,審決は,「Biクラス
ターイオンを一次イオンビームとして固体試料に照射する」構成の容易想到性を検
討しているのであって,原告の上記反論は的外れである。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消され
るべき違法はないと判断する。その理由は次のとおりである。
1本件発明1の内容
本件明細書の記載によれば,本件発明1の内容は次のとおりである(図面は,別
紙本件明細書図面目録参照)。
本件発明1は,固体試料に照射することで二次粒子を発生させるための一次イオ
ンビームを作り出すイオン源であって,異なるイオン化段階とクラスター状態とを
有する金属イオンを含有する一次イオンビームを作り出すイオン源を備えた質量分
析器に関する(【0001】)。
飛行時間型二次イオン質量分析器(Time-of-FlightSecon
daryIonMassSpectroscopy;TOF-SIMS)と
して操作される二次イオン質量分析器において,液状金属イオン源を使用するのは
公知であり(【0003】),単原子のガリウムイオンから成る一次イオンビームと比
較すると,TOF-SIMSの効率は,Au3

のような金一次クラスターイオンか
らなるビームを用いることにより著しく向上するが,一次イオンビーム用の材料と
して金を使用する場合,Au1

の金イオンが優勢になり,Au2

,Au3

のよう
なクラスターフォーマットが全イオン流における僅かの部分しか占めないことが欠
点になる(【0004】)。
本件発明1は,このような事情に鑑みて,二次イオン質量分析器の操作のための,
クラスターイオンに関し,改善された二次イオン生成量を有するイオン源を提供す
ることを課題としている(【0007】)。
本件発明1は,二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析する
ための質量分析器であって,固体試料を照射することで二次粒子を発生させるため
の一次イオンビームを作り出すイオン源(【0017】)と,二次粒子の質量分析の
ための分析ユニットとを有しており,前記イオン源は,加熱可能なイオンエミッタ
を有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されて
おり,該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を
含有しており(【0018】ないし【0020】),該一次イオンビームは,異なるイ
オン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて,
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり
(【0015】),その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合
ビームを放射可能であり(【0021】ないし【0024】,図2),該ビスマスイオ
ン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重又は多重に電荷されたビスマスイ
オンBi1
P+
の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が,フィルタ手
段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは1
種類のBin
P+
イオンのみから成っており,その際n≧2及びp≧1であり,かつ
nとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器である。
本件発明1では,ビスマスの正規化されたクラスターイオンの放射比率は,金の
正規化されたクラスターイオンの放射比率よりも明らかに良好であるため(【002
2】,図2),測定時間の短縮化が達成できる(【0025】ないし【0028】,図
3)。
また,測定時間の短縮化に加えて,ビスマスエミッタは,金エミッタに比較して,
放射流が少ない場合の放射の安定性と,放射されたイオンの種類の質量分離に関す
る利点を有しているため,本件発明1は,従来では期待できなかった,著しい経済
的かつ分析技術的な利点を有している(【0029】)。
2甲1発明の内容等
(1)甲1文献の記載
甲1文献(甲1)には,次のとおりの記載がある(図面は別紙甲1文献図面等目
録参照)。
「スパイク確率モデルの原理的な特徴が要約され,そのモデルに基づく計算が,
keVイオンの有機液滴スパッタリングから得られた最近のデータと比較されてい
る。モノヌクレオチドの陰イオンや有機界面活性剤の陽イオンや水素化物イオンの
生成量を含め,このデータにより,これまでの有効なモデルよりも,より広範囲の
一次粒子及びインパクトエネルギーに対して,スパイク確率モデルの有効性が検証
される。」(訳文1頁8行から同頁12行)
「最近,有機液体からスパッターの研究結果がYenとBarofskyから報
告された[35]。モノヌクレオチドの陰イオンや有機界面活性剤の陽イオンや水素
化物イオンの生成量も含め,この新しいデータが,以前可能なより広範囲の一次粒
子と照射エネルギーの両方に関して,スパイク確率モデルの有効性を検討する機会
を提供する。一般に,液体マトリックスの表面層から放出された二次検体イオンの
数は,検体の化学環境やその表面活性や衝突する一次粒子の動的性質に支配される。
有機液体システムは,エネルギースパイクが生ずる可能性がほとんど無い,まさに
そのスパッタリング領域に飛び込んでくる。それにもかかわらず,モノヌクレオチ
ドと有機界面活性剤の完全なイオンの放出は,スパイクの形成によって支配される
非線形スパッタリング現象を明確に反映する。水素化物イオンの放出は,対照的に,
線形衝突カスケードの形成によって支配される過程を示す。従って,このデータも
また,明らかに異なるクラスの二次イオン放出に於ける,エネルギースパイクの効
果に対するスパイク確率モデルをテストする機会を提供する。
現在の論文では,スパイク確率モデル[33,34]の的確な特徴が要約されて
おり,モデルに基づく計算が,有機物液体から最近得られたkeVイオンスパッタ
リングデータ[35]と比較される。」(訳文3頁22行から同頁36行)
「Ⅳ.実験
この論文の実験的基礎データは,7-66keVの範囲の運動エネルギーを持つ
様々な単原子や多原子金属イオンで液状有機マトリックスを照射することにより得
られた。このデータを得るために用いられた装置と手法は,詳細に別論文[35]
で述べられた。従って,実験システムの主な特徴の簡潔な説明だけ,この論文では
与えられる。
全ての測定は,特別に組み立てられた,飛行時間型(TOF)二次イオン質量分
析器にて行われた[41,42]。Ga,In,Sn,Au又はBiの一次イオンビ
ームは,本装置において,ウィーンフィルターと組み合わせた液体金属イオンカラ
ムによって生成された。液体金属イオンカラムは,研究のために選択した金属の単
原子及び多原子の1価や多価のイオンビームを生成する。ウィーンフィルターは,
液体金属イオンカラム中に生成された金属イオンのうち,同種のもののみ,即ち,
同じ数の原子数且つ同じ荷電状態を有するものから構成される粒子のみを通すため
に,一次イオン源の質量分析器として設けられた。この配置により,一次イオンビ
ームの組成,エネルギー及び運動量が,二次イオン生成量測定に対して,正確に特
定されるようになった。
スパッタリングターゲットは,ヘキサデシルピリジニウム(HDP;C21H38
N)酢酸塩(C2H3O2)とグリセリン(C3H8O3)の溶液で溶かされたデオキ
シアデノシン-5’-一燐酸(dAMP;C10H14N5O6P)或いはデオキシグ
アノシン-5’-一燐酸(dGMP;C10H14N5O7P)のどちらかでできてい
る。界面活性剤であるHDP酢酸塩の役割は,dAMP又はdGMPの陰イオンと
のイオン対[43]を形成し,それによってグリセリン・マトリックスの表面上に
検体を局在化させることであった。ターゲット溶液は,糸上のビーズのように,細
い(25μm)タングステン線上の小滴(~3nL)として,質量分析器のイオン
源へ導入された。
通常とは異なる方法が用いて(ママ),ターゲットに一次イオンのパルスを運んだ。
一次ビームをブランキング或いはチョッピングして,小さく,時間・空間的にパン
チされたイオンのパケットの代わりに,収束された一次イオンビーム(スポット直
径~10μm)が,ターゲット小滴(直径~160μm)の全幅を周期的(1.2
kHz)に掃引され,ターゲットの表面から二次イオンの約6nsのバーストが周
期的にスパッターされた。与えられた実験中での一次イオンのドーズ量は,ビーム
がターゲットを横切るのに必要な時間,掃引回数(300000)及び測定された
ビーム電流から決められた。
生成量の絶対値の実験的評価には,TOF分析器の透過率及び検出器の検出効率
が正確に分かることが必要である。これらの2つの装置パラメーターの普遍的な値
を得るのは難しいが,一連の測定の間,それらは本質的に一定に保たれる。これが,
ある参照種のために集めた二次イオンの数で,各二次イオン種に対して集めたイオ
ンの数を割ることによって,相対的に,透過率と検出効率を固定して,全データを
表すことを可能にする。この研究で,参照にした測定として,与えられた種の相対
的生成量が,1価の単原子の金一次イオンの比較可能なドーズ量の照射によって生
成されてプロトン脱離させられたdAMPイオンの数で割られた,用いられた一次
イオンの与えられたドーズ量に対するTOF分析器で検出された二次イオンの数と
して,決められた。」(訳文7頁14行から8頁17行)
「B.実験との比較
グリセリンの表面領域からの二次イオン生成量の非線形性は,入射Bi原子当た
りの二次分子イオン生成量が入射Bi原子当たりの運動エネルギーに対してプロッ
トされた,図2でより明らかに見ることができる。最大の効果は,一次イオンがB
i+
からBi2

に変えられた際に起こる。Bi2

の原子当たりの生成量が,Bi+
の原子当たりのものより約4倍大きいという事実は,スパッタリング生成量が一次
イオンエネルギーと共にかなりゆっくり増加することとBi2

一次粒子の全運動
エネルギーがBi+
の一次粒子のたった2倍であるということを考慮すれば,衝撃
的である。
単原子及び多重原子のAuイオンによる衝突の下,プロトン脱離させられたdA
MPの測定生成量と式(5)からつくられた理論曲線との類似した比較は,図3と
4に示される。図3と4に見られる傾向は,固体有機フィルムを金原子クラスター
衝突した際の,Benguerba等[7]によって測定された,分子イオン生成
量で見られるものと一致している。
図1-4に示される曲線から,後者のものがAu+
やBi+
のような重い単原子イ
オンによって衝突された場合,スパイク形成確率が,凝集相の有機マトリックスの
表面領域から放出される大きな非破壊分子の二次イオン生成量に影響を与えること
は明らかである。keVイオンによって生成された非線形スパッタリング効果に対
するエネルギースパイクの影響の更なる証拠は,軽い,単原子の一次イオンGa+
やIn+
に対する生成量データに含まれる。Ga+
,In+
及びBi+
一次イオンに対
して,グリセリンの表面領域からのプロトン脱離させられたdAMP分子の二次イ
オン生成量が,核阻止能(Nuclearstoppingpower)と一
次イオンエネルギーに対して,図5及び6それぞれに示されている。再び,式(5)
の計算結果は,実験データと十分一致するが(ママ)見られる。フィッティングパ
ラメーターが2つの図中で示される理論的曲線の全てに同じ値を持つということは,
これらのパラメーターがマトリックスと二次分子の特性にのみ依存するという仮定
を支援する。」(訳文10頁3行から同頁25行)
(2)甲1発明の内容等
甲1文献の上記記載によれば,甲1発明の内容は,前記第2,3(2)アのとおりで
あると認められる。
甲1発明は,スパイク確率モデルに基づく,計算結果をkeVイオンの有機液滴
スパッタリングから得られたデータと比較することにより,スパイク確率モデルの
有効性を検証することを目的としており,甲1文献には,液体金属イオン源(液体
金属イオンカラム)を用いたTOF-SIMS用の一次イオンビームとして,①G
a,In,Biの単原子イオン(Bi+
,In+
,Ga+
)ビームを用いた場合(図
6),②Auの単原子イオン(Au+
,Au2+
)ビーム及びクラスターイオン(Au


,Au3

)ビームを用いた場合(図4),③Biの単原子イオン(Bi+
)ビーム
及びクラスターイオン(Bi2

,Bi3

)ビームを用いた場合(図2),のそれぞ
れについて,二次イオン([dAMP-H]-
)の生成量を測定した結果がデータと
して開示されている。
3取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1)本件発明1と甲1発明との相違点1は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(ア))
のとおりである。すなわち,本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミ
ッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆さ
れており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合
金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビ
ームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用
発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオン
カラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,
用いるイオンビームが「n≧1」である点で相違する。
(2)検討
ア本件発明1と甲1発明の相違点1のうち,「加熱可能なイオンエミッタを有し
ており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されて」いる
構成のイオン源を,二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析す
るための質量分析器において用いることが,周知技術(甲3)であり,甲1発明の
イオン源として当該周知のものを用いることに,格別の技術的困難性も,阻害要因
も認められないとした審決の判断には誤りがないことは,当事者間に争いがない。
イ甲1発明の目的は,甲1文献の記載によれば,スパイク確率モデルに基づく
計算結果をkeVイオンの有機液滴スパッタリングから得られたデータと比較する
ことによって,スパイク確率モデルの有効性を検証することにあるのに対し,本件
発明1の目的は,二次イオン質量分析器の操作において,クラスターイオンに関し,
改善された二次イオン生成量を有するイオン源を提供することにあるから,本件発
明1と甲1発明では,その目的を共通にするものとはいえない。
しかし,TOF-SIMS(飛行時間型質量分析器)は,パルス状の一次イオン
ビームを試料表面に照射し(甲3の2),試料表面から放出される二次イオンを検出
して,試料表面の質量分析を行うものであるから,当業者が甲1文献に接すれば,
効率のよい測定を行うために,パルス状のイオンビームとしてどのような一次イオ
ンビームを選択すれば,二次イオンの生成量を多くできるのかということについて
着想するものと認められる。
すなわち,甲1文献には,液体金属イオン源(液体金属イオンカラム)を用いた
飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビームとし
て,①Ga,In,Biの単原子イオン(Bi+
,In+
,Ga+
)ビームを用いた
場合(図6),②Auの単原子イオン(Au+
,Au2+
)ビーム及びクラスターイオ
ン(Au2

,Au3

)ビームを用いた場合(図4),③Biの単原子イオン(Bi+

ビーム及びクラスターイオン(Bi2

,Bi3

)ビームを用いた場合(図2)のそ
れぞれについて,二次イオン([dAMP-H]-
)の生成量を測定した結果がデー
タとして開示されているのであるから,当業者であれば,甲1発明の目的にかかわ
らず,甲1文献に開示された測定結果をもとに,甲1文献に列挙された一次イオン
ビームの中から,二次イオン生成量の多い一次イオンビームを選択して使用するこ
とは適宜なし得ることであるといえる。
そうすると,相違点1を解消して本件発明1の当該構成に想到することができる
かについては,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスタ
ーイオンを選択することが可能であるか否かという問題であるといえる。
甲1文献に開示された測定結果によると,①一次イオンビームとして,Ga,
In,Biの単原子イオン(Bi+
,In+
,Ga+
)ビームを用いた場合には,G
a,InよりもBiの方が二次イオンの生成量が多くなり,②一次イオンビーム
としてクラスターイオンビームを用いた場合には,Au,Biのいずれについても,
単原子イオンビームを用いた場合よりも二次イオンの生成量が多くなることが認め
られる(ただし,Au,Biいずれのクラスターイオンビームの方が二次イオン生
成量が多くなるのかは明らかではない。)。
また,甲1文献の図6には,一次イオンビームとしてAuの単原子イオン(Au

,Au2+
)ビームを用いた場合の測定値は記載されていないものの,図4のAu+

Au2+
の測定値を当てはめると,Ga,Inを用いた場合よりも二次イオンの生成
量が多くなっていることが認められる(なお,Biについては,図2と図6のBi

の測定値は同一である。)。
以上によれば,甲1文献に接した当業者は,一次イオンビームとして単原子イオ
ンビームを用いた場合には,Ga,InよりもAu,Biが二次イオン生成量の点
で優れており,さらに,一次イオンビームとして,Au,Biの単原子イオンビー
ムよりも,Au,Biのクラスターイオンビームを用いた場合の方が,二次イオン
生成量の点で優れていることを理解する。
他方,甲1文献には,Au,Biのクラスターイオン生成量についての測定値は
記載されていないため,Au,Biいずれのクラスターイオンビームが二次イオン
生成量の点で優れているのかについては,直ちには明らかではないと理解するとい
える。
そこで,上記の点について,甲2文献に開示された内容を次に検討する。
ウ甲2文献に開示された内容
甲2文献(甲2)には,Ga,In,Sn,Au,Pb,Biの液体金属イオン
源の,単原子イオン及びクラスターイオンの生成量について,次のとおりの記載が
ある(図面等は,別紙甲2文献図面等目録参照)。
「1.はじめに
半径0.1-10μmの針に保持された液体金属の表面は,(テーラーコーン形成
の)臨界値を超える高電界にさらされると,針頂点における液滴の形が円錐形とな
り,同時にイオンの放出が観測される。このような種類のイオン源は液体金属イオ
ン源(LMIS)又は電気流体(EHD)イオン源と呼ばれ,微小な放出面積から
大電流が得られガスの発生がないことから,収束イオンビームによる微細加工[1,
2]や分子線エピタキシーによる薄膜成長時の不純物ドーピング[3]などの多く
の応用に向けた開発が行われてきた。
現在,低電流時(およそ10μA未満)では電界蒸発が主要な過程であり,電流
を増すことにより気相電界電離などの表面を離れた中性粒子の電離過程の寄与が大
きくなると考えられている。確かに,単原子金属イオン源の主イオン種については
電界蒸発に必要な電界の大きさの計算から予想される通りである[4]と報じられて
いるが,クラスターイオンを含むイオン種について定量的な議論はない。
B,SiやAsなどの高融点で高蒸気圧な元素をイオン化するために共晶合金か
らなるイオン源が最近作られた。その多くで純金属の蒸発電界から期待されるとお
りの価数のイオンが得られている[5,6],しかしながら蒸発電界の計算に用いた
昇華エネルギーなどの物理パラメーターは合金と純金属では異なっている。
この論文では,Ga,In,Sn,Au,PbとBiの液体金属イオン源につい
てさまざまな条件下で測定した質量スペクトルを用いて示し,これらの結果に基づ
いてこれらのイオンのイオン放出機構についてより定量的な議論を行う。
2.実験
放出されたイオンの運動量分布を,図1に示す径15cmの60度扇形磁石を用
いて測定した。イオン源は通常,電圧を2.5-3kVの一定値に保ち,引き出し
電極に印加する負電圧により全イオン電流を制御した。いくつかの事例においては,
イオン源の輝度を上げ,検出限界を高めるために加速電圧を最大8kVまで上げた。
全イオン電流Itを正確に測定するために,2次電子反射器の電位は全電流捕集電
極に対して負に保った。引き出されたイオンはエミッターからの見込み角8mra
dの磁石の入射スリットを通り,質量分解されて,ファラデーカップ前面のスリッ
トに収斂する。最初にこのスリット幅を1mmに設定し,加速電圧2kVで質量分
解能160,エネルギー分解能15eV(訳注原文ではV)の条件下でイオン電
流,イオン源温度をいろいろと変えて,いくつかの放出角度における質量スペクト
ルを取得した。
定量的な議論を深めるために各イオン種ごとの積分強度を算出する必要がある。
この目的のために,スリットの間隔を0.2mmに狭め,2.5kVにおける質量
とエネルギーの分解能をそれぞれ800と3eV(訳注原文ではV)に高めた。
質量の掃引は目的とする質量ピークの近傍に留め,各イオン種のエネルギースペク
トルを記録した。この時のエネルギースケールは加速電圧の正確な増分により校正
し,各イオン種の積分強度は,電圧-周波数変換機とパルスカウンターからなる積
分電流計を用いて測定した。
イオン源のエミッターの構造は,Ga,InとSnではW針を取り巻きコイル状
に整形されたTa線[4]の金属溜からなる。Au,PbとBiではそれぞれW,
Ni[4]とニクロム[7]の線からなる。
これらの元素のイオン放出機構にかかわる物理的性質は表1にまとめて示す。
3.結果
3.1放出されたイオンの組成
Ga,In,Sn,Pb,BiとAuのいくつかのイオン電流における質量スペ
クトルを図2-7に示す。これらのスペクトルに共通して認められる特徴は2価の
原子イオンM++
のピークの高さがM+
のそれに比べてItの増加に対して急速に増
加していること,It≦1μAでのクラスターイオンのピーク幅がとても狭く,M+
やM++
のそれと同程度であることである[10]。明らかに見て取れるように高電
流におけるAuとPbのスペクトルで,クラスターイオンは2つのピークに分裂し,
そのことはこれらのイオン種においてエネルギー分配が大きく変わっていることを
意味する。ピークの高さからそれぞれのイオン種の強度を正確に求められないとし
ても,表2に示すように,M+
,M++
とクラスターイオン電流の割合を示すことは
実用上重要である。クラスターイオン放出が基本的に液体金属の性質に依存するの
は尤もなことである。言い換えるならば,GaとIn,SnとPbのように周期律
表の同じ族に属する元素では,クラスターイオン電流は同じである。このことはG
aは高温において単位面積単位時間当たりに蒸発する原子数が,BiやPbの融点
におけるそれに匹敵するにも関わらず,クラスターイオンの量は40-600℃の
温度範囲においてあまり変化しないことからも示される。SnやPbのクラスター
イオンの場合についてもItの増大によりM2

のピーク高さが増し,M7
++
がつね
に観測されるという類似性を見出せる。」(訳文1頁5行から2頁27行)
甲2文献の上記記載によれば,甲2文献の表2には,Biのクラスターイオン比
率の値は,Ga,In,Sn,Au及びPbに比べて高いことが示されており,ま
た,図16,17には,Auイオンに比べてBiイオンの方がクラスターイオンの
含まれる割合が高いことが示されていることが認められる(なお,上記図16,1
7をより明瞭にしたものが,別紙の【表A】,【表B】及び【図A】である。すなわ
ち,図16,17において,イオン電流Itがそれぞれ1,2,3,5,10μA
である時の各クラスターイオンの電流値を読み取り,それぞれ,Au+
,Bi+
のイ
オン電流値で規格化したもの(Au+
,Bi+
のイオン電流値を100%としたもの)
を表にまとめたものが別紙の【表A】,【表B】であり,このうち,イオン電流It
(【表A】,【表B】の表記ではItot)が1μAである場合についてグラフ化した
ものが別紙の【図A】である。これらは,いずれも,被告によって作成されたもの
であるけれども,【表A】,【表B】及び【図A】の作成に特段の技術的な誤りは認め
られない(この点は,当事者間に争いがない。)。)
エ液体金属イオン源について,多くの応用に向けた開発が行われてきたことな
ど甲2文献の上記記載によれば,甲2文献に開示された技術内容は,液体金属イオ
ン源の特性に関するものであるといえ,甲1発明と同一の液体金属イオン源を用い
る技術分野に関するものであると認められる。
そうすると,甲2文献の上記記載に接した当業者であれば,Auイオンに比べて
Biイオンの方がクラスターイオンの含まれる割合が高いことから,Biのクラス
ターイオンビームが二次イオン生成量の点で優れていることを理解するのであって,
甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択
することは容易になし得ることであるといえる。
また,甲2文献に開示された実験結果は,およそ液体金属イオン源を用いる技術
分野に関するものであれば,特定の分野に限定されることはないものと考えられる
から,原告の指摘するように甲2文献が学術論文であったとしても,このことが,
液体イオン源を飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イ
オンビーム源として用いることを内容とする甲1発明に,甲2文献に開示された実
験結果を組み合わせることについての阻害要因になるとは認められない。
したがって,甲1発明と本件発明1の相違点1に係る構成は,甲1発明と甲2文
献に記載の技術等に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであると認められる
から,この点に関する審決の判断に誤りはない。
(3)原告の主張について
ア原告は,甲1文献は,実験データを説明できるスパイク確率モデルの検討及
び妥当性に関して検証した論文であり,飛行時間型二次イオン質量分析器は,その
目的のために実験装置として使用されているため,飛行時間型二次イオン質量分析
器の本来の使い方である,固体試料の表面層における組成の分布や,固体試料の表
面から深さ方向の組成の分布(深さプロファイル)については測定していないから,
当業者は,甲1文献に開示された実験結果を,実際の飛行時間型二次イオン質量分
析器に適用しようとは考えない旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,当業者が甲1文献に接すれば,TOF-SIMSで試
料表面の質量分析を行うに際し,効率のよい測定を行うために,パルス状のイオン
ビームとしてどのような一次イオンビームを選択すれば,二次イオンの生成量を多
くできるのかについて着想するものと認められる。
したがって,甲1文献に開示された実験結果を,実際の飛行時間型二次イオン質
量分析器に適用しようとは考えない旨の上記原告の主張は採用することができない。
イ原告は,飛行時間型二次イオン質量分析器において,その本来の使い方をす
るためには,飛行時間型二次イオン質量分析器のイオン源に種々の特性が求められ
る,具体的には,イオン源における,①蒸気圧に関する特性,②放射比率に関する
特性,③放射の安定に関する特性,が良好である必要があるが,甲1文献において
は飛行時間型二次イオン質量分析器としての本来の使い方をしていないため,これ
らの特性については何ら開示されていない旨主張する。
しかし,甲1発明の目的がスパイク確率モデルに基づく計算結果の検証用であっ
たとしても,その測定結果は相応の信頼性を有するものということができるのであ
るから,原告の主張する「飛行時間型二次イオン質量分析器としての本来の使い方」
をしておらず,甲1文献に上記特性が開示されていなかったとしても,そのことが,
当業者が,甲1文献に開示された測定結果を参酌することについての阻害要因にな
るとまでは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,甲2文献が一般的な液体金属イオン源の放射特性に関する純粋な科
学研究論文であり,一次イオンビーム自体の分析を行っているだけで,二次イオン
の分析に利用されることを想定した一次イオンビームの分析や飛行時間型二次イオ
ン質量分析器に利用されることを想定した一次イオンビームの分析をしたものでは
ない旨主張する。
しかし,甲2文献の前記記載によれば,甲2文献には,特定の用途に限定される
ことなく,種々の用途に用いられることを前提として,各種液体金属イオン源のイ
オン種,放出量等の実験結果が記載されていることが認められるから,甲2文献が
原告の主張するような学術論文であったとしても,このことが,液体イオン源を飛
行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビーム源とし
て用いることを内容とする甲1発明に,甲2文献に開示された実験結果を組み合わ
せることについての阻害要因になるとは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ原告は,甲1文献の目的と甲2文献の目的は異なるため,当業者が,甲1文
献と甲2文献に開示された内容を組み合わせる動機付けはない,すなわち,甲1文
献に接した当業者が甲2文献に接したとしても,まず,甲1文献から,Biイオン
を実際の飛行時間型二次イオン質量分析器に適用することを想定し,さらに,甲2
文献に開示された「Biクラスターイオンの比率の値がGa,In,Sn,Au及
びPbに比べて高い」,「同様のイオン源においては,Auイオンに比べてBiイオ
ンの方がクラスターイオンが含まれる割合が大きい」という技術的事項に着目する
ことは,非常に困難である旨主張する。
しかし,甲1文献と甲2文献の目的が異なっていることのみをもって直ちに両文
献に開示された技術内容を組み合わせる動機付けがないということはできない。ま
た,甲1文献及び甲2文献に開示された内容は,いずれも液体金属イオン源を用い
る技術分野に関するものであって,密接な関連性を有するものといえるし,甲1文
献と甲2文献に開示された実験結果を組み合わせることについての阻害要因になる
ような特段の事情も認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ原告は,甲2文献に開示された実験結果は,Biの液体金属イオン源と純粋
なAuからなる液体金属イオン源を比較しているものであり,純粋なAuは,実用
上の二次イオン質量分析器のイオン源として適しておらず,そもそも飛行時間型二
次イオン質量分析器の一次イオンビームとして採用されていない,従来の二次イオ
ン質量分析器においては,Auイオンの一次イオン源としてAuGe合金の液体金
属イオン源が使用されているところ,甲2文献ではBiの液体金属イオン源がAu
Ge合金の液体金属イオン源に対して改善されているかについては何ら教示してい
ない,甲2文献は,二次イオン質量分析器における従来のAuGe等の合金の液体
金属イオン源を改善したいと考える当業者に対し,Biの液体金属イオン源を使用
することについての動機付けも関連性も教示していないといえる旨主張する。
確かに,甲1文献及び甲2文献には,Auの単原子イオンビーム及びクラスター
イオンビームを生成する際に,イオン源の金属として単体のAuを用いたのか,A
uの合金を用いたのかについては記載されておらず明らかであるとはいえない。
しかし,仮に,甲2文献に記載された実験結果が,イオン源の金属として単体の
Auを使用したものであったとしても,甲2文献に記載された実験結果は,同一の
条件下において,原料をそれぞれBiとAuにして得られたものであると考えられ
るから,実験結果の違いが原料の違いに起因するものであると理解することができ
る。
したがって,甲2文献に記載された実験結果が,イオン源の金属として単体のA
uを使用したものであったとしても,このことが,甲1発明に,甲2文献に開示さ
れた実験結果を組み合わせることについての阻害要因になるとまでは認められない
から,原告の上記主張は採用することができない。
カ原告は,甲25文献の図2(別紙甲25文献図面等目録参照)からAu2


Au3

のAu+
に対する比率を算出すると,Au2

が約23%,Au3

が約22%
となり,甲2文献に開示された実験結果(Au2

のAu+
に対する比率が約7.5%,
Au3

のAu+
に対する比率が約5.0%)と大きく異なっているから,当業者は,
甲2文献に記載されている純粋Auを液体金属イオン源に用いて実験を行った結果
よりも,甲25文献に記載された実用的なAuGeを用いて行った結果の方を参照
し,たとえ甲2文献に接したとしても,そのBiクラスターイオン比率には着目し
ない,したがって,甲2文献に当業者が接したとしても,Biクラスターイオンを
選択することはしない旨主張する。
しかし,甲25文献には,イオン源の原料としてAu:Ge(合金)を使用した
場合についてのAuイオンの生成量が記載されているのみで,同一条件で,イオン
源の原料のみを単体のAuやBiとした場合のAuイオンやBiイオンの生成量に
ついては,何ら記載されていないことが認められる。
そうすると,甲25文献に記載された結果において,生成されるAuのクラスタ
ーイオンの割合が高いものであったとしても,それが直ちにイオン源の原料として
Au:Geを使用したことによるものということはできない。
仮に,甲25文献に記載された結果が,イオン源の原料としてAu:Geを使用
したことによるものであったとしても,甲2文献に記載された実験結果と比較すれ
ば,Biを用いることについて優位性がないとはいえないことが認められる。
すなわち,甲2文献の図17のデータ(前記【表B】のデータ)と,甲25文献
の図2のデータを比較すると,甲2文献におけるBi+
に対するBi2

の比率(1
8.6~24.4%)の中には,甲25文献におけるAu+
に対するAu2

の比率
(約23%)を上回るものがあり,また,甲2文献におけるBi+
に対するBi3

の比率(23.3~27.0%)は,全範囲で甲25文献におけるAu+
に対する
Au3

の比率(約22%)を上回っている。さらに,甲2文献では,Bi3
++
,B
i4

,Bi5
++
のクラスターイオンが測定されているが,甲25文献には,これら
に対応するAuのクラスターイオンの測定結果は記載されていない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)について
(1)本件発明1と甲1発明との相違点2は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(イ))
のとおりである。すなわち,本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,甲
1発明の試料は「グリセリン」であって,甲1文献全体の記載を参酌すれば「液体
試料」である点で相違する。
(2)ア甲1文献と同一の著者(D.F.Barofsky)が作成した甲4文献
(甲4)には,「我々は,速い原子やイオンの衝突による,液体或いは固体マトリク
スからの,有機二次イオンの放出を支配する物理的及び化学的プロセスを調べるた
めに,パルス型二次イオン飛行時間型(TOF)質量分析器を設計し構築した。」(訳
文1頁4行から同頁6行)との記載があり,パルス型二次イオン飛行時間型(TO
F)質量分析器における試料として固体試料が液体試料と同様に用いられていたこ
とが記載されていることが認められる。
イ甲1文献の記載によれば,液体ターゲット(dAMP-H)に対し,一次イ
オンとして,Auの単原子イオン(Au+
,Au2+
)とクラスターイオン(Au2


Au3

)を照射すると,後者の方が二次イオン([dAMP-H]-
)の生成量が多
くなるとの図4に記載された測定結果に関し,「固体有機フィルムを金原子クラスタ
ー衝突した際の,Benguerba等[7]によって測定された,分子イオン生
成量で見られるものと一致している」として,甲5文献(上記[7])が引用されて
いることが認められるところ,甲5文献(甲5)には次の記載がある。
「IPNでつくられたパルスイオン源に,液体金属イオン源(LMIS)が組み
込まれた。パルスビームの飛行時間(TOF)スペクトルが記録された。金ソース
で,(クラスター中10原子までの)幾つかのクラスターイオン及び2価イオンが,
イオンビームTOFスペクトルの中で識別された。第2のパルスで,一つのクラス
ターイオンが,二次イオンTOF質量分析の一次粒子として選択できる。我々は,
様々なターゲット(有機物,CsI,金属)からのクラスター衝突によって引き起
こされた二次イオン放出(SIE)を研究した。」(訳文1頁10行から同頁15行)
「金,CsI及びフェニルアラニンのターゲットは,真空蒸着によって準備され
た。膜の厚さは約2000Åであった。他の有機膜は,マイラーやニトロセルロー
ス上に,エレクトロスプレイによって準備された。」(訳文6頁下から8行から同頁
下から6行)
「分析的な視点から,同じ全衝突エネルギーでSI生成量を比較することは,大
きな興味がある。そのような比較は,脂質の有機膜,ポリアニオン化合物[R4][S
iW12O40]及び金ターゲットに対し,表2に示されている。」(訳文8頁3行から
同頁5行)
「表2は,多種の物質から二次イオンを生成するために単原子一次粒子を使用す
るよりも,一次粒子としてクラスターを使用することが遥かに効率的であることを
明白に示す。これは一般的な結果であると考えられ,SI生成量の増加(Au+

Au5

一次粒子の間)は,有機化合物(脂質EG)に対して非常に大きく,Au

とAu2

の間で10倍になる。」(訳文8頁13行から同頁16行)(表2は別紙甲
5文献図面等目録参照)
ウ甲5文献の上記記載によれば,一次イオンとして,金の単原子イオン(Au

)及びクラスターイオン(Au2

,Au3

,Au4

,Au5

)を,脂質EG(L
ipidEG),ポリアニオン化合物(R4SiW12O40)及び金のターゲットに
衝突させたときに生成される二次イオンの生成量が,クラスターサイズが大きくな
るほど増大する傾向にあることが認められる。
そうすると,甲1文献及び甲5文献の各記載から,Auを一次イオンとした場合
には,試料(ターゲット)が液体,固体のいずれであっても,クラスターイオンの
方が単原子イオンよりも二次イオンの生成率が高いということができ,スパッタリ
ングの機序が主として物理的な現象によるものであることも考慮すれば,Biを一
次イオンとした場合についても同様の結果が得られるものと推認することができる。
以上に加えて,甲1発明において,固体試料を分析することが通常想定できない
ものであるなどの特段の事情も認められないことを併せて考慮すれば,甲1発明に
おいて,試料を「液体試料」から「固体試料」と置き換えることは,当業者であれ
ば,格別の困難なく容易になし得ることであると認められる。
(3)原告の主張について
ア原告は,甲5文献には,飛行時間型二次イオン質量分析器においてBiクラ
スターイオンを使用することについて,何らの開示,示唆もない旨主張する。
しかし,前記のとおり,甲1発明において,試料を「液体試料」から「固体試料」
と置き換えることは,当業者であれば,格別の困難なく容易になし得ることである
と認められるから,甲5文献に,Biクラスターイオンを用いることについて開示,
示唆されていないからといって,前記認定を左右するものではないといえる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,本件発明1は,「Biクラスターイオンを一次イオンビームとして固
体試料に照射する」構成を有することが技術的特徴であるので,相違点2について,
容易想到性の判断をする場合,単に「固体試料」を「液体試料」に置き換えられる
か否かではなく,いずれの文献にも,Biクラスターイオンを一次イオンビームと
して固体試料に照射した実績はなく,照射したときにどのような結果が得られるの
かについての開示も示唆もないことを前提として,甲1文献に記載されたBiクラ
スターイオンを一次イオンビームとして液体試料に照射された実験結果から,当業
者が,Biクラスターイオンを一次イオンビームとして固体試料に照射することに
容易に想到できたか否かについて判断するべきであり,当業者が甲1文献等に接し
たとしても,甲1発明において,「Biクラスターイオンを固体試料に照射する」こ
とに容易に想到し得たということはできない旨主張する。
しかし,前記のとおり,甲1発明において,試料を「液体試料」から「固体試料」
に置き換えることは,当業者であれば,格別の困難なく容易になし得ることである
ことに加え,甲1発明と本件発明1の相違点1に係る構成についても,甲1発明と
甲2文献に記載の技術等に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであると認め
られる。
したがって,当業者が,本件発明1について容易に想到できたものと認められる
から,原告の上記主張は理由がないものといわざるを得ない。
ウ原告は,飛行時間型二次イオン質量分析器において,スパッタリングされた
箇所が「破壊される」とは,試料が修復されることなくスパッタリング箇所の二次
粒子が減少することであり,これは固体試料に当てはまるものであり,液体試料で
は「破壊される」ということはできない,また,固体試料でスパッタリングが継続
されると,試料破壊が試料の深さ方向に進行し,穴が形成されるから,スパッタリ
ングされる箇所は穴底の部分となる,穴底で生成された二次イオンの一部は当該穴
の側壁に付着し,穴から飛び出さないから,穴底のスパッタリングにより生成され
た二次イオンはその全量が二次イオン質量分析器で取得されない場合があり,穴が
深くなるほど,穴の側壁に付着する二次イオンの量が増加し,穴から飛び出す二次
イオンの量が減少することは容易に理解される,よって,甲1発明において,試料
を液体試料から固定試料に単純に置き換えることはできない旨主張する。
そこで検討するに,乙1文献(乙1)には次の記載がある(図面は省略)。
「時間飛行型SIMS(ToF-SIMS)は,1960年代にミュンスターの
ベニンホーへンと彼のグループにおける一連の研究において,表面科学における潜
在的重要性を有する技術として出現した,静的SIMSの主要な実験的な一種であ
る。」(訳文1頁9行から同頁11行)
「図1.静的SIMSの概念図。固体表面への一次イオンの衝突により,表面に
ダメージが生じ,表面材質の原子及び分子,電子及び光子の放出が生じる。ダメー
ジされた表面領域は,ダメージ・クロスセクションσとして示されている。静的S
IMSにおいては,一次イオンの総投入密度vtは極めて低く,既にダメージを受
けた領域が再度一次イオンの衝突を受ける確率は無視できる。静的SIMSにより,
いかなる固体表面も質量分析できる。」(訳文1頁13行から同頁17行)
乙1文献の上記記載によれば,飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SI
MS)においては,一次イオンビームを固体表面に照射する場合,照射領域が限ら
れるため,照射によってダメージを受けた領域が再度一次イオンの衝突を受けるこ
とは無視することができ,また,試料の消費量は最表面原子1層以下である(甲3
の2)とされていることが認められる。
そうすると,飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)においては,
一次イオンビームの照射によって穴が形成され,その穴の側壁に二次イオンが付着
して二次イオン生成量が減少することは考え難い。また,飛行時間型二次イオン質
量分析器(TOF-SIMS)において,固体試料を用いた場合に原告が主張する
ような前記現象が起こることを認めるに足りる証拠もない。
そして,甲1文献及び甲5文献の記載によれば,Auを一次イオンとした場合に
は,試料が液体試料,固体試料のいずれであっても,クラスターイオンの方が単原
子イオンよりも二次イオンの生成率が高いということができ,スパッタリングの機
序に照らして,Biを一次イオンとした場合についても同様の結果が得られるもの
と認められることは,前記認定のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4)以上によれば,本件発明1の相違点2に係る構成は,甲1発明及び周知技術
に基づいて,容易に想到し得たものということができるから,この点に関する審決
の判断に誤りはない。
5結論
以上のとおり,審決には,これを取り消すべき違法はない。よって,原告の請求
を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官大寄麻代
裁判官岡田慎吾
(別紙)
本件明細書図面目録
【図2】
【図3】
(別紙)
甲1文献図面等目録
(別紙)
甲2文献図面等目録
(別紙)
(別紙)
【表A】
【表B】
【図A】
(別紙)
甲5文献図面等目録
甲25文献図面等目録

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