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H17.3.17東京地方裁判所平成14年(ワ)第20267号謝罪広告等請求事件(第1事
件)及び同第23487号総会決議無効確認等請求事件(第2事件)
           主      文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 請求
 1 第1事件
(1) 被告らは,原告に対し,各自金1億円及びこれに対する被告A,同C,同D,同
F及び同Gにおいては平成14年10月4日から,被告B,同E及び同Hにおいて
は同月5日から,被告Iにおいては同月8日(いずれも訴状送達の日の翌日)から
各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞,産経新聞,日刊スポーツ,報知新
聞,スポーツニッポン及びサンケイスポーツに別紙謝罪広告記載の条件で,それ
ぞれ1回謝罪広告を掲載せよ。
 2 第2事件
  (1) 被告Aの平成14年10月21日臨時総会における原告を除名又は退会命令処分
とすることを可とする決議は無効であることを確認する。
  (2) 被告らは,原告に対し,各自金1億円及びこれに対する被告A,同C,同D,同F
及び同Gにおいては平成14年11月8日から,被告B,同E,同H及び同Iにおい
ては同月9日(いずれも訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告が被告らに対し,第1事件においては,被告らが記者会見において,
原告が公演のダブルブッキング,遅刻,早退を繰り返し,また,被告Aに対する誹謗
中傷を繰り返したことが被告A定款の除名又は退会命令事由に該当するとして,そ
の処分の可否を問う臨時総会を招集することを決定した旨の発言及び原告が和泉
流二十世宗家ではない旨の発言をしたことにより,原告の名誉を毀損したとして,
不法行為に基づく損害賠償請求及び謝罪広告の掲載請求をし,第2事件において
は,被告Aが原告に対し,原告が公演のダブルブッキング,遅刻,早退を繰り返し,
また,被告Aに対する誹謗中傷を繰り返したことを理由として,総会決議により退会
命令処分としたことについて,その決議の無効確認と損害賠償請求をしている事案
である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨から認めることができる。)
(1) 当事者等
 ア 原告は,狂言方和泉流十九世宗家であったJの実子であり,被告Aの会員で
あったものであるが,平成14年10月21日に被告Aから退会命令処分を受け
た。
 イ 被告Aは,能楽界の伝統と秩序を維持し,もって斯道の興隆を図ることを目的
とし,この目的を達成するため会員の技芸練磨に対する施策や演能会等の事
業を行う社団法人であり,能楽を職能とする者で,一定の要件に該当する者を
会員としている。
 ウ 被告B,同C,同D,同E,同F,同G,同H及び同Iは,被告Aの理事(被告Bは
理事長)であり,後記のとおり設立された調査審議委員会(以下「本件委員会」
という。)の委員(被告Bは委員長)である。
 エ 被告定款12条は,会員が「この法人の会員としての義務に違反したとき」,
「この法人の名誉を傷つけ,またはこの法人の目的に反する行為のあったと
き」等に該当するときは,総会の議決を経て,理事長がこれを除名することが
できるとし,13条は,「前条のほか,会員としての対面を汚損し,又は能楽界
の伝統秩序を乱す行為があるとの申出を会員5名以上から受けた場合には,
理事会がその内容を調査して,総会の議決を経て,理事長がこれを除名又は
退会させることができる。」としている。
オ 原告の姉K及びLも狂言方和泉流に属し,被告Aの会員である。
(2) 原告の宗家呼称
ア 原告は,Jが平成7年6月30日に死亡した後,能楽宗家会(能楽各流儀の宗
家(宗家不在の場合は宗家預り又は宗家代理)によって構成される団体。以
下「宗家会」という。)に対し,自分を和泉流二十世宗家として届け出て,以後,
和泉流二十世宗家と称している。
イ これに対し,和泉流に属する狂言師33名中の原告とその姉2名及び内弟子
2名を除く28名は,原告の宗家就任に対し,和泉流職分会を結成し,原告の
宗家継承に反対する旨を宗家会に提出し,宗家会は平成8年6月11日,原告
の和泉流二十世宗家継承について,保留審議事項とした。
ウ 和泉流職分会(48名)は,平成14年3月1日,被告Aに対し,原告を被告A
から除名するように申請した。
(3) 被告B及び同Iの発言
 ア 被告B及び同Iは,平成14年9月4日,記者会見において,原告が公演のダ
ブルブッキング,遅刻,早退を繰り返し,また,被告Aに対する誹謗中傷を繰り
返したことが被告A定款の12条,13条に該当するとして,被告Aの理事会に
おいて原告の除名・退会命令の可否を問う臨時総会を同年10月中に招集す
ることを決定した旨を発表(以下「本件発言①」という。)した。
 イ 被告B及び同Iは,平成14年7月3日,記者会見における記者からの質問に
回答して,原告が和泉流宗家ではない旨の発言(以下「本件発言②」という。)
をした。
(4) 原告の退会命令処分までの経緯
  平成14年7月当時,原告の公演においてダブルブッキング,遅刻,早退,急な
予定中止等が繰り返されているとの報道がされていたところ,被告Aの理事会
(以下「本件理事会」という。)は,同月3日,理事会内に本件委員会を設置し,本
件委員会は,これについて調査審議し,同年9月4日,本件理事会に対して,原
告に対する処分を相当とする旨の答申をし,本件理事会はこれを承認し,同年1
0月21日,被告Aの臨時総会(以下「本件総会」という。)を開催した。
  本件総会においては,原告を除名又は退会命令処分とすることを可とする決議
(以下「本件決議」という。)が行われ,同日,被告Bは理事長として原告を退会命
令処分とした。
3 被告らの本案前の答弁
 (1) 第1事件
  被告C,同D,同E,同F,同G及び同Hは,原告がその名誉を毀損する発言が
あったと主張する記者会見に出席しておらず,第1事件における訴えは,関係の
ない同被告らを訴訟に巻き込んだ上,多額の請求をし,専ら報道機関に対して
原告の自己正当化をアピールするためにされたもので,訴権の濫用というほか
なく,同被告らに対する訴えは却下されるべきである。
  また,原告は,当初訴状において主張のなかった本件発言②についても名誉毀
損であるとして損害賠償請求をしているが,これは当初の訴えとは別個の損害
についての請求であり,別訴を提起するか,少なくとも改めて印紙を追貼しない
限り不適法な訴えとして却下されるべきである。
(2) 第2事件
   損害賠償請求の訴えについては,請求原因があいまいで証拠に基づかず,第1
事件と同一紛争背景の事件につき提起されたもので実質的に二重起訴に当た
り,専ら報道機関に対して原告の自己正当化をアピールするためにされたもの
で,訴権の濫用というほかなく,当該訴えは却下されるべきである。
4 本案における争点及び当事者の主張
(1) 第1事件
  第1事件における主たる争点は,①本件発言①,②が原告の社会的評価を低
下させるものか,②本件発言①,②につき,違法性又は故意・過失を欠くか,③
原告の損害額及び謝罪広告の要否である。
 ア 争点①及び②
  この点についての当事者の主張の要旨は,それぞれ別紙主張整理表1(1)及
び(2)記載のとおりである(なお,争点②について,被告らは,本件発言①の論
評の前提事実として発言事項の前提事実(ア)ないし(テ)及び本件発言②の適
示事実の真実性ないし真実と信じたことについての相当性を主張するもので
ある。)。
イ 争点③についての原告の主張
 本件発言①,②によって原告が被った精神的損害を慰謝するには1億円が
相当であるが,原告の名誉を回復するには,それにとどまらず,朝日新聞,読
売新聞,毎日新聞,産経新聞,日刊スポーツ,報知新聞,スポーツニッポン及
びサンケイスポーツに別紙謝罪広告記載の条件の謝罪広告をそれぞれ1回
掲載する必要がある。
(2) 第2事件
  第2事件における主たる争点は,①本件決議が無効であるか,②本件決議がさ
れたことにつき,被告らが不法行為責任を負うか,その損害額である。
  この点についての当事者の主張の要旨は,それぞれ別紙主張整理表2(1)及び(
2)記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 被告らの本案前の答弁について
 (1) 第1事件
 記者会見に出席して現に本件発言①,②をしたのは被告B及び同Iであり,そ
の余の被告C,同D,同E,同F,同G及び同Hは,出席及び発言していないもの
の,少なくとも本件発言①は,本件委員会及び本件理事会での決定を踏まえた
上でされたものであり,本件委員会及び本件理事会に参加していた同被告らに
ついても,被告B及び同Iの発言について全く関係がなく,およそ責任を負う余地
がないとまではいえず,その他の事情を勘案しても,第1事件における上記被告
らに対する訴えが訴権の濫用に当たるものとまではいえない。
  また,原告は,当初の訴状においては本件発言②について問題とするのか必
ずしも明確でなかったが,その後に本件発言①以外に本件発言②についても損
害賠償を請求することを明らかにしたもので,これは請求原因を明確にしたか,
少なくとも追加的に変更したにとどまるものであって,これをもって本件発言②に
ついての損害賠償請求が不適法な訴えであるとはいえない。
  (2) 第2事件
   損害賠償請求の訴えは,原告の被告Aにおける社員権に係る訴えであって,第
1事件の名誉毀損に係る訴えとは別個の請求原因による訴えであり,実質的に
二重起訴に当たるとはいえず,また,訴権の濫用に当たるとまでいえない。
 2 第1事件について 
 (1) 争点①(原告の社会的評価の低下の有無)
   一般の視聴者において通常理解するところによれば,本件発言①は,原告がそ
の公演においてダブルブッキング,遅刻,早退等を繰り返し,また,被告Aに対す
る誹謗中傷を繰り返したことから,被告Aより除名又は退会させられる可能性が
あるとの印象を与えるものである。また,本件発言②は,原告は和泉流二十世宗
家でないにもかかわらず二十世宗家であると偽っているかのような印象を与える
ものである。したがって,本件発言①,②はいずれも原告の社会的評価を低下さ
せる内容のものであると認められる。
    これに対し,被告らは,本件発言①は,被告B及び同Iが,記者会見におい
て,公演において遅刻等を繰り返した原告に対する被告Aの対応を回答したもの
にすぎず,また,本件発言②は,記者会見において,和泉流宗家問題について
の被告Aの認識を問われたので,被告Aの理事として,被告Aの認識を,そのま
ま回答したものにすぎないので,いずれも社会通念上,当然に許されるべき態様
の行為であるばかりか,何ら原告の社会的評価を低下させる内容ではないと主
張する。しかしながら,本件発言①は,原告において被告Aの除名又は退会命令
事由となりうる公演のダブルブッキング,遅刻,早退等及び被告Aに対する誹謗
中傷を繰り返した旨を発言しているのであるから,これが原告の社会的評価を低
下させるものといわざるを得ない。また,本件発言②も,上記のとおり受け取られ
るものであるから,原告の社会的評価を低下させるものといわざるを得ず,これ
らの発言が許容されるべきものかどうかは後記の違法性又は故意・過失を欠く
かという観点から検討すべきである。
  (2) 争点②(本件発言①,②の違法性又は故意・過失の有無)
ア 民事上の不法行為たる名誉毀損については,その行為が公共の利益に関
する事実に係り(公共性),専ら公益を図る目的に出た場合において(公益
性),摘示された事実が重要な点において真実であることが証明されたとき
(真実性)には,同行為に違法性がなく,また,摘示された事実が真実であるこ
とが証明されなくても,その行為者においてその事実を真実と信じるについて
相当の理由があるとき(相当性)には,同行為には故意又は過失がなく,いず
れの場合にも,不法行為は成立しないと解されるので,以下これらの点につい
て判断する。
  なお,被告らは,報道機関を介した発言であること及び言論の応酬であるか
ら,不法行為とならないと主張するが,報道機関が報道することを予期して被
告らが記者会見で発言している以上,本件発言①,②が記者会見でされたこ
とをもって違法性又は故意・過失を欠くとはいえない。また,原告と被告らとの
間では,原告が宗家であるかどうか,また,その遅刻等を巡る被告Aの対応に
ついて,双方が報道機関を通じて言い合いになっていたことがうかがえるもの
の,そのことのみをもって直ちに本件発言①,②が言論の応酬の一環にすぎ
ず,被告らに違法性又は故意・過失がないとまでいうことはできない。
   イ 発言の公共性及び発言目的の公益性
本件発言①,②の当時,原告の遅刻等の有無ないし是否及び原告が狂言方
和泉流の宗家であるのか否かがマスコミにおいて話題とされ,広く報道されて
おり(争いがない。),能楽界の伝統と秩序を維持し,もって斯道の興隆を図る
ことを目的とする被告Aがこれにどのような対応をとるかが社会的関心事であ
ったことからすれば,本件発言①,②は公共の利益に関する事実についての
ものであるということができ,また,本件発言①,②は被告Aの対応を示すとい
う専ら公益を図る目的でされたものというべきである。
ウ 本件発言①の前提事実の真実性又は相当性
(ア) まず,問題とされる表現が事実を摘示するものであるか,意見ないし論
評の表明であるかについては,当該表現が証拠等をもってその存否を決す
ることが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張する
ものかどうかで判断すべきところ,個々の遅刻等及び協会誹謗の発言が存
在したかどうかは証拠によって確定することができるが,原告がこれらを繰
り返し,除名又は退会命令事由に当たるような行為をしたとする本件発言①
はこれに対する評価を含むものというべきであり,前者を前提事実とする論
評であるというべきである。
 以下,これを前提に検討する。
(イ) 原告が遅刻等を繰り返したとの発言の前提事実
 ① この点につき,主張整理表1(2)の発言事項の前提事実(以下「発言前提
事実」という。)のうち,以下のものについては,当該事実の主要な点にお
いて真実であると認めることができ,また,これらが遅刻等を巡って,公演
先との間で問題になったことが認められる。
<ア> 発言前提事実(カ)
   平成14年2月16日兵庫県太子町において,午後6時30分開始予定
の公演があったところ,当日に原告が急遽出演をキャンセルする旨を
太子町に申し入れた(争いがない。)。そして,原告は,代替公演を行っ
たとするも,いずれにせよ,当日のキャンセルにつき,公演先からはク
レームがついた(甲24)。
 <イ> 発言前提事実(キ)
 平成14年2月17日奈良県斑鳩市での公演において,原告は,当初
の開演予定時刻である午後2時から2時間40分遅れて到着し,公演
先からクレームがついた(甲25)。
<ウ> 発言前提事実(ク)
 平成14年2月23日横浜市での公演において,原告は,開演に間に
合わず遅れて到着した(争いがない。)。この点につき,原告は,タクシ
ーが道を間違えたことによるもので不可抗力であると主張するが,これ
を認めるに足りる証拠はなく,いずれにしても不可抗力であるとの弁解
は通らないというほかない。原告側より詫び状が入れられていることに
照らしても,原告側の対応に問題があったことがうかがえる。
<エ> 発言前提事実(ケ)
 平成14年2月24日長野県丸子町での公演において,原告は,原告
の出演曲目終了後,原告が行う予定であったトークをしないまま公演
会場を後にした。そして,丸子町は,原告の早退を問題案件として,関
東甲信越静地区公立文化施設協議会に情報提供し,同協議会は,関
係諸機関に対し,適宜対応するよう情報提供をした(乙2)。この点につ
き,原告は,丸子町には講演料を半額とした上,謝罪して了承を得たと
主張するが,いずれにせよ,早退についてクレームがついたことは明ら
かであり,その後も不問とされていたわけではないといわざるを得な
い。
<オ> 発言前提事実(サ)
 平成14年3月19日北海道音更町での公演において,原告は,当
日,これをキャンセルすると言い渡し,他方で同日夜,TBSテレビの世
界フィギュア選手権の生放送に出演した(争いがない。)。この点につ
き,原告は,音更町の公演のための出発予定時において,発熱してい
たため公演をキャンセルしたが,その後熱が下がり,医師の了承を得
ることができたため,予定どおりTBSテレビの番組に出演したものであ
り,また,あらかじめヘリコプター等の移動手段を確保し,両方の予定
を両立できる態勢を整えていたと主張し,これに沿うかのような発熱に
ついての診断書(甲12,14)や,移動手段の手配に係る書面等(甲1
5,31),音更町の公演先がキャンセルを了承したかのような書面(甲
11)を提出する。しかしながら,原告が移動手段を手配していたという
中日本航空株式会社への照会で,移動手段につき国土交通省の許認
を得ておらず,また,ヘリコプターの場外離着陸の申請が実際にはない
し,そもそも,移動手段の手配に係る書面(甲15)は後日原告の要望
により作成されたものであることが認められ(乙51の3),あらかじめ音
更町の公演とTBSの番組の両方を両立できる状況にあったとは認め
難く,原告はもともと両立することのできない予定を立てたため,テレビ
出演を優先させて音更町での公演を急遽中止したものと評価せざるを
得ない。そして,前記証拠をもってしても,公演先関係者すべてが当日
のキャンセルを了承したとは認めるに足りない。
 <カ> 発言前提事実(セ)
   平成14年4月7日千葉県野田市公演において,原告は,開演前に到
着することができなかった(原告)。
② 他方で,発言前提事実の(ア)ないし(オ),(コ),(シ),(ス)及び(ソ)について
は,原告の公演の開始時間が予定より後になったこと,原告が公演全体
の終了時間より早く退出したこと,当日に公演予定が変更されたことにつ
いて争いがないものがあるとはいえ,被告らが主張するように原告が遅
刻,早退,急な予定の中止をして,公演先との間で問題が生じたとまで認
めるに足りる証拠があるとはいい難い((エ)については甲9号証,(オ)につ
いては甲22号証,(コ)については甲10号証,(ス)については甲21号証,
(ソ)については甲20号証というように,公演の主催者側から了承が得ら
れているともうかがわれる書面がある。)。
③ 以上からすれば,発言前提事実のうち,(ア)ないし(オ),(コ),(シ),(ス)及
び(ソ)については,被告らが主張するように原告が遅刻,早退,予定を急
遽中止等したとして,公演先との間で問題が生じたとまでいえないが,発
言前提事実のうち,(カ)ないし(ケ),(サ)及び(セ)については,原告の遅刻
等によって現に公演先との間で問題になったことが認められる。
  これを前提として,被告らが,原告が遅刻等を繰り返していたと発言して
も,内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したも
のではなく,論評の前提としている事実が主要な点において真実であると
認められ,遅刻等の回数,程度に照らし,論評として相当というべきであ
る。
  なお,原告は,狂言においては,自らの出演場面において控えているこ
とができればよく,それ以外の場面において控えている必要はないと主張
し,演目によってはそのような場合がないわけではないことがうかがわれ
るものの(甲33,34,被告I),この点を考慮してもなお,発言前提事実
(カ)ないし(ケ),(サ)及び(セ)については,原告が大幅に遅刻するなど公演
先との間で問題になったことを否定し得ない。
(ウ) 原告が被告Aを誹謗中傷したとの発言の前提事実
① 発言前提事実(タ)及び(チ)
       平成14年4月13日のテレビ朝日の番組「スーパーモーニング」及び同年7
月4日の梅田コマ劇場での発言として,原告は,被告Aは親睦団体である
旨の発言をした(原告)。 
② 発言前提事実(ツ)
 週刊文春の平成14年8月29日号に掲載された記事において,原告
は,「能楽協会が半世紀ほどの歴史しかない団体ですが,和泉流の歴史
は564年間繋がっているのです。」,「僕は嫡子嫡男なんです。それを選
挙で選ばれた理事長が『今の和泉流の宗家は偽者です』というようなこと
を言ってしまった。これは名誉毀損と言ってもおかしくありません。」と発言
した(争いがない。)。 
 ③ 発言前提事実(テ)
 週刊ポストの平成14年9月13日号に掲載された記事において,原告
は,「それに,能楽界の体面を汚しているのはアチラ(被告A)の方でしょ
う。私たちの知らない間に物事が進められ・・・」,「それ(世襲制)を能楽協
会がないがしろにするなら,外に出て,外の方々にお集まりいただき,『能
楽振興協会』といった名称の第2の団体を作ることも考えています。」と発
言した(争いがない。)。
④ 以上からすれば,原告において被告Aを軽んじるような発言を繰り返し
ていたことは明らかであり,当該前提事実を踏まえて,被告らが,原告が
被告Aに対する誹謗中傷を繰り返したと発言しても,論評として相当という
べきである。
(エ) したがって,被告らが,原告が遅刻等を繰り返し,また,被告Aを誹謗中傷す
る発言を繰り返したと発言しても,それは論評として相当なものといえ,ま
た,さらにそのことから本件総会を招集して,処分を検討するに至ったことを
発言しても,それは事実を告げるのみであって違法と評価されるものではな
いということができ,本件発言①については違法性を欠き,不法行為は成立
しない。
 エ 本件発言②の真実性又は相当性
この点につき,狂言方和泉流宗家の継承については,従前,基本的に和泉
家の実子又は養子によって継承されてきたことがうかがわれ,また,和泉流以
外の能楽及び狂言に係る各流儀の宗家においても基本的に先代宗家の実子
又は養子によって継承されていることがうかがわれる(甲36,40ないし59,
被告I)。 
しかしながら,他方で,先代宗家の実子(嫡男)であれば先代の死去に伴い
当然に宗家を継承するとの慣行があるとは認められず,能楽及び狂言に係る
各流儀の宗家の継承について,流儀内の総意を得ている例が多く(乙16ない
し22。枝番を含む。),宗家会は,宗家継承については従来より流儀内の総意
が原則であり,これまでの慣行としてシテ方においては会則,狂言方等三役に
おいては流儀内の過半数の承諾,推薦により手続が取られているとしており,
前提事実(2)イのとおり,原告の和泉流二十世宗家継承について保留審議事
項としたこと(乙24)が認められる。
そして,和泉流では,原告が宗家と称した時以来,現在まで,原告とその姉
2名及び内弟子2名を除く全員(平成16年2月28日現在49名)が原告を宗家
とは認めていない(乙37の1ないし7,38の1ないし49)。
そうすると,能楽及び狂言という伝統芸能の世界において,宗家継承につい
ては,単に先代宗家の実子(嫡男)であるというだけでは足りず,従来より流儀
内の総意を得ることが原則とされていたところ,原告については和泉流内の総
意を得ておらず,かえって大多数から反対されているというのであるから,原
告が宗家でないことは真実であるか,仮にそうであると断定できないとしても,
上記のとおり認識していた被告らにおいて原告が宗家でないことが真実であ
ると信じるについて相当の理由があったものというべきである。
したがって,本件発言②については,違法性又は故意・過失を欠き,不法行
為は成立しない。
(3) 以上によれば,第1事件における原告の請求は理由がない。
3 第2事件について
(1) 争点①(決議無効確認請求)
 ア 被告Aにおける原告の処分は団体の構成員に対する内部統制としてされたも
のであり,本件決議の当否は,基本的にはその内部規定に照らし,そのような
内部規定が存在しないか,又は,その内容が公序良俗に反するなどこれを適
用すべきでないときは,条理に照らして,適正な手続によってされたかについ
て判断すべきである。
  ただし,本件では,原告に対する処分は最終的に退会命令処分としてその会
員としての地位を失わせるに至るものであることからして,手続面に加えて,
処分内容である実体面についても,被告Aの裁量権の濫用ないし逸脱に当た
るかを検討した上,本件決議の当否を判断すべきである。
これを踏まえて,以下,本件決議の手続面と実体面について検討する。
イ 本件決議に至る手続面
(ア) 本件決議の経緯について
 前提事実,当事者間に争いがない事実及び証拠(乙1ないし3,7ないし
9,12の1・2,13,14)によれば次の事実を認めることができる。
   ① 平成14年3月1日,和泉流職分会48名から被告Aに対し,原告が宗家で
ないにもかかわらず宗家を自称していること等につき,被告Aの定款13
条に基づく除名事由があるとの申出がされた。被告Aは,流儀内解決の
ための調整,調停を宗家会に依頼したが,宗家会は,調整,調停はしな
いとした。そこで,被告Aは,同年7月3日,定款13条に基づき原告につ
いて除名・退会命令事由の有無の調査及び審議のため,本件委員会を
設置した。
② 当時,原告がその公演においてダブルブッキング,遅刻,早退,急な予
定中止等を繰り返しているとの報道がされていたところ,本件委員会は,
主としてこの点について調査審議することとし,発言前提事実(ケ)の件に
つき長野県丸子町の担当者に,同(キ)の件につき奈良県斑鳩町長に被
告Iが事情聴取を行い,また,同(ケ)の長野県丸子町の件につき関東甲信
越静地区公立文化施設協議会において関係諸機関に広く配布された書
面を取り寄せた。
③ また,本件委員会は,上記の問題について原告に弁解の機会を与える
ため,同年8月7日及び8日の午前8時から午後8時までの日程を指定し
て原告に呼出しの通知をしたが,原告は,両日とも舞台のため都合がつ
かない旨回答し,被告Aが出席できない理由等を具体的に回答するよう
要請したが,これに対しては回答せず,かつ,上記指定日に出席しなかっ
た。
④ その後,同年9月3日,被告A会員5名から,原告について,公演への
遅刻等及び被告Aを誹謗する言動を除名申請事由に加える申し出がされ
た。
⑤ 本件委員会は,同月4日,本件理事会に対し,上記ダブルブッキング等
の問題に加えて,原告が被告Aに対して誹謗発言を繰り返したこと,調査
への非協力を理由として,原告を処分相当と答申し,本件理事会は,これ
を受けて本件総会を招集する旨決議した。
 本件総会開催に当たって,被告Bは,同年10月7日,原告を含む被告
Aの会員に対し,原告の処分事由として,要旨次のとおり告知した。
 <ア>原告が別紙主張整理表1(2)発言事項の前提事実(ア)ないし(ソ)
の被告らの主張のとおりのダブルブッキング,遅刻,早退,急な予定中
止を行い,特に長野県丸子町の件について公演先より問題とされ,広
く情報提供されたこと等
 <イ>原告が同発言事項の前提事実(タ)ないし(テ)の被告の主張のと
おりの被告Aに対する誹謗を行ったこと
   ⑥ 同月21日,原告においては,その代理人が出席の上,本件総会が開催さ
れ,処分に反対する意見や質疑応答がされた後,採決され,98%の多
数で,原告を除名又は退会命令処分とすることを可とする本件決議がさ
れた。
   (イ) 以上の認定事実に基づき,本件決議に手続的瑕疵があるか検討するに,
まず,調査の開始時においては,被告Aは,和泉流職分会48名より原告の
和泉流宗家自称等について除名事由がある旨の申出を受け,その後本件
委員会を設置し,原告の遅刻等の問題について調査を行っているところ,和
泉流職分会の申出の処分事由と調査対象の処分事由は異なるものの,当
時の報道の状況及び事後に被告Aの会員5名から,原告の遅刻等について
処分を求める申出があったこと等に照らして,被告Aの会員から原告の遅
刻等について処分を求める口頭の申出があったことが推認される上,被告
Aの定款12条によれば,その会員において被告Aの名誉を傷つけるなどの
行為があった場合には,会員からの申し出がなくとも理事会は独自に調査
を行うことができるとされているのであるから,被告Aが原告の公演の遅刻
等につき調査及び処分対象としたことについて,手続的瑕疵はないというべ
きである。また,原告に対し,本件総会決議の前後において聴聞の機会を
設けており,この点についても不備があるとはいえない。
     もっとも,本件総会において,原告の処分事由としてあげられた事項として,
発言前提事実(ア)ないし(テ)があるところ,被告Aは,(キ)及び(ケ)について
は調査しているものの,その他の件については原告の公演先に対し直接照
会するなどの調査は行っていない。また,前記のとおり,発言前提事実(ア)
ないし(オ),(コ),(シ),(ス)及び(ソ)については,これが遅刻等として原告と公
演先との間で問題となったとは必ずしも断定しがたい。
しかしながら,被告Aにおいては,原告に聴聞の機会を設け,また,本件
総会においても,原告の意向により,その代理人が出席していたものであ
り,原告に対して,発言前提事実について釈明するための機会は十分に与
えられていたものというべきであるし,発言前提事実の中にはおのずから問
題としての軽重があることも明らかである。そうであるとすれば,発言前提事
実のすべてについて予め被告Aにおいて調査しなければならなかったとは
いえないし,また,原告の処分事由として発言前提事実があげられていたと
しても,その間に問題としての軽重があるものであり,それは本件総会にお
いて問題となっている当時マスコミに取り上げられていた原告の行為をあげ
たにとどまり,これを本件決議の前から確定的な事項と断定していたとはい
えず,調査及び処分事由の告知についても不当な点があったとはいえな
い。
 さらに,原告は,本件総会における委任状には不備があり,また,被告A
が原告の処分に向けてその会員を誤導し,本件総会において原告の代理
人に質問や説明の時間を十分に与えなかったなどと主張するが,前記認定
事実及び証拠(甲26,27,乙4,5,6の1・2,14)に照らし,委任状に不備
があるとは認められず,被告Aにおいてことさらその会員を原告の処分に向
けて誤導し,また,原告の代理人からの質問及び説明の時間を不当に制限
したなどの事実は認められない。
  したがって,本件決議の手続面に瑕疵はない。
ウ 本件決議の実体面
 前記認定のとおり,発言前提事実のうち,(カ)ないし(ケ),(サ)及び(セ)につい
てその主要な点において真実であると認められ,原告が大幅に遅刻するなど
して公演先との間で問題になったことは明らかであるところ,これらの点につい
て本件委員会が調査し,原告を聴聞のため呼び出したにもかかわらず,原告
は,これに応じなかったばかりか,前記のとおり,発言前提事実(タ)ないし(テ)
のように被告Aを軽んじるような発言を繰り返し,被告Aを批判していたことが
認められる。このような原告の行為,対応からすれば,被告Aの本件総会にお
いて原告を退会命令処分とすることを可とする決議をしたことは,被告Aにお
いてその裁量権を濫用ないし逸脱したものとはいえない。
 したがって,本件決議の実体面にも違法はない。
(2) 争点②(不法行為に基づく損害賠償請求)
 以上のとおりで,本件決議はその手続面においても実体面においても違法性
が認められないから,被告Aが原告に対してした退会命令処分について被告ら
が不法行為責任を負う余地はない。
 (3) 以上によれば,原告の第2事件の請求も理由がない。
4よって,原告の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第44部
裁判長裁判官   杉    山    正    己
裁判官   瀨戸口    壯夫
裁判官   大 畠 崇 史

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