弁護士法人ITJ法律事務所

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平成19年8月30日宣告
平成19年(わ)第123号詐欺被告事件
主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,知人のAに第三者への架空の貸金話を持ちかけ,Aから貸付けの拠
出金及び自己への仲介手数料名下に金銭等を詐取しようと企て,別紙一覧表(以
下「別表」という「詐欺日」欄及び「詐欺行為場所」欄記載のとおり,平成1。)
3年5月中旬から平成14年5月28日ころまでの間,兵庫県a市bc丁目d番
地所在のB資材置場ほか2か所において,上記Aに対し,真実は金銭等の借受け
を希望している者などおらず,Aからの拠出金を原資として貸付けを仲介する意
思もないのに,C株式会社ら「借用名義人」欄記載の者が金銭の借受けを希望し
ており,自己がその仲介をしているかのように装って「詐欺文言」欄記載のと,
おり「この前話していた金貸しの件やけど,金を借りたいという客が見つかっ,
たから,100万円を出してくれるか。Cの社長の息子やから,絶対間違いない
から。保証するから大丈夫や」などと虚偽の事実を申し向け,Aをしてその旨。
,,「」(。),誤信させよって詐取日欄年は各番号の詐欺日欄に同じ記載のとおり
平成13年5月17日ころから平成14年5月31日ころまでの間,前後27回
にわたり「金銭等交付場所」欄記載の上記資材置場ほか2か所において,上記,
Aから(別表10の事実はDを介し,貸付けの拠出金及び仲介手数料名下に「被)
害額」欄記載のとおり,現金96万円等現金合計5716万1000円及び小切
手(金額1000万円)1通の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付させ
たものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
1争点
弁護人は,判示別表の各事実(以下「本件各犯行」と総称する)のうち,。
借用名義人をC株式会社(判示別表1,7,17,23の各事実,E(同2)
の事実,F(同16の事実)及びG(同21,22,26の各事実)とする)
各事実(以下「否認事実」と総称する)につき,Aから貸付拠出金等名下に。
金銭等の交付を受けたことは争わないものの,それは実際に各借用名義人への
貸付けを仲介するためであるから詐欺罪は成立しない旨主張し,被告人も,公
判廷においては同旨の供述をするので,以下検討する。
2前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)本件に至る経緯
被告人は,平成3年ころから,当時勤務していた金融会社において,貸付
けを仮装する,回収金を会社に秘匿するなどの手口により,同社の金銭を着
服し,ギャンブル等の遊興費にあてるなどしていた。その金額は,同社に発
覚した平成5年春ころの時点で数千万円にのぼり,被告人は,これにより同
社を解雇された。
その後,被告人は,トラック運転手として稼働するようになり,平成10
年ころからはCに勤務し,そのころから,遊興費等の捻出に窮したため,知
,,。人数名から本件と同様貸付拠出金等名下に金銭を騙し取るようになった
その際,被告人は,金主に詐欺が発覚することを防ぐため,同人らの銀行預
金口座に借入人名義で金銭を振り込み,返済を装っていた。
しかし,平成13年4月ころには,その仮装返済額が多額になり,それま
での金主から受け取る金銭だけでは仮装返済額に不足するようになった。そ
こで,被告人は,その返済を装い,また,自己の遊興費や生活費等にあてる
ため,更に自己の幼馴染みで1学年先輩であるAからも,同様の手口で金銭
を詐取しようと考えた。なお,Aは「B」の名称で建設業を営んでおり,C
とも取引があったため,被告人がCで稼働するようになってから,被告人と
親しく付き合っていた。
(2)本件各犯行の態様
被告人は,平成13年4月中旬ころ,B資材置場を訪れ,Aに対し,自分
は人に金を貸す仲介の仕事をしているが,最近金主になってくれる人が金を
出さなくなった,貸付けの利息は月5パーセント程度である,金を貸すに際
しては,相手の客からきちんと借用書を作成してもらい,また,その借用書
には保証人も付けてもらうなどと申し向け,金銭を拠出するように依頼し,
Aはこれに応じた。
そして,被告人は,本件各犯行中争いのない各事実のとおり,遅くとも同
年6月上旬ころから平成14年5月ころにかけて,Aに架空の貸付話を持ち
かけて貸付拠出金等名下にAから金銭等を騙し取っていた。その際,被告人
は,Aを信用させるため,自己が偽造するなどして実在ないし架空の人物を
借主や連帯保証人とする金銭借用証書(以下「借用書」という)等を渡し。
ていた。なお,Aは,被告人から依頼された貸付話につき,自己の名前を出
したくなかったことから,同人の妻の母であるHを貸主として借用書を作成
するよう被告人に要請していた。
(3)本件各犯行後の状況
被告人は平成14年6月ころまでの間,Aを含めた金主らに架空の貸付話
をして金銭を詐取しては,仮装返済をして発覚を防いできたが,そのころに
は,返済資金も捻出できなくなった。そこで,被告人は,家族やAらに置き
手紙を残し,行き先を告げることなく当時の住居から逃亡した。その後,被
告人は,逃亡生活において,当時の勤務先の従業員から本件と同様の手口で
貸付金名下に金銭を騙し取り,生活費等にあてていた。
他方,Aは,被告人の逃走後から,被告人から受領していた借用書記載の
借主らに連絡をとったところ,被告人からの貸付話が虚偽のものである旨告
げられた。そこで,Aは,借用書に署名した者に対してHを原告とする民事
訴訟を提起するなどした後,平成17年5月に本件各犯行を捜査機関に告訴
した。
(4)被告人の捜査段階での供述
被告人は,平成19年1月に本件各犯行により逮捕され,捜査段階では各
犯行をすべて認める供述をしていた。しかし,被告人は,第1回公判期日に
おいて,別表2,16,17,21,22,26の各事実について否認し,
第3回公判期日における公判手続の更新の際,上記各事実に加え,別表1,
7,23の各事実についても否認すると認否を変更し,以後,同様の供述を
続けている。
3争点の判断にあたり留意すべき事情
(1)以上の各事実を前提とし,争点を判断するにあたり,以下のような留
意すべき事情が認められる。
ア被告人の同種手口に係る詐欺行為についての常習性
本件各犯行のうち,否認事実を除いた,証拠上容易に認められる詐欺事
実のみに限定しても,被告人は18件の詐欺行為を約1年にわたり断続的
に行っており,被害額は合計2980万円余りに及ぶ。また,被告人は,
本件前にも本件各犯行と同様の手口による詐欺を複数の者に対して行って
おり,さらに,逃亡生活中にも同様の詐欺を行っている。これらの事情に
照らせば,被告人は,本件の前後数年にわたり,金銭貸付けを装った詐欺
を常習的に行っていたと評価せざるを得ない。
イ被告人の本件当時の経済状態
また,被告人は,本件各犯行当時,多額の金銭を利息の支払を仮装して
被害者らに支払い,生活費にも事欠く状況であって,これが犯行の動機と
なり,平成14年6月には家族を捨てて逃亡までしているのであるから,
少なくとも本件各犯行前後は,経済的に相当追いつめられた状態にあった
ことは明らかである。そうすると,被告人において,架空の貸付話を用い
た詐欺を多数回行い,その詐取金の一部を仮装返済に回す傍らで,金銭の
貸付対象者を探したり,その者の経済的信用を検討するなどの仲介の仕事
。,,も同時に行っていたとは考えにくいなお被告人がAに渡した借用書は
架空の貸付話を持ちかけたときのものと,否認事実におけるものとで,そ
の書式に違いはない。
ウ借入名義人の被告人への信頼及び経済状況
借用書は,少なくとも借用名義人が記名ないし署名押印した時点では,
,返済期日欄や金利欄等が空欄になっている不完全なものが大半であるから
それが真に具体的な金銭の借入れのためであるか,それ以外の目的である
かはともかく,各人において,被告人を相当に信用し,悪用されることは
ないと考えていたことがうかがわれる。また,被告人とAとの間の取決め
によれば,貸付けの利息は月5パーセントと相当に高利であり,そのよう
な条件でもなお借入れを欲したのであれば,いずれも事業者である借用名
義人らは,既にその営んでいる事業が倒産間近といってよいほど窮迫した
経済状況にあったはずであるが,このような状況の者が,1年足らずの間
に,被告人の知人の範囲内で,次々と4名も生じたとするのは,いささか
不自然の感を免れない。
エ被告人の逮捕後の関係者への手紙の内容
なお,被告人は,上記逮捕後,Aに手紙を出しているところ,その内容
は謝罪のみであり,否認事実を含め,実際に借用名義人に金銭を渡してい
たこともある旨の記載はない。また,被告人は,同じく逮捕後,現段階で
は実際に金銭を渡したと供述しているIに対しても手紙を出しているが,
その内容は,対象は明確ではないものの,謝罪に終始している。
(2)以上の各事実に照らせば,否認事実についても,本件各犯行の他の事
,。実と同様架空の融資話を用いた詐欺であった疑いが濃いというべきである
,,,,,もっとも否認事実のうちCF及びGを借用名義人とする別表17
16,17,21ないし23,26の各事実については,いずれも借用書等
に借用名義人ないしその役員が署名ないし記名押印しており,実際に貸付け
が行われたかのような外観があるため,貸付話が架空であるか否かについて
異論を挟む余地があり得る。また,Jを借用名義人とする別表2の事実は,
同人が平成15年に死亡しているため,同人を借用名義人とする借用書の作
成経緯につき,同人の直接の供述は存在しない。そこで,以下では,その借
用書等の作成経緯につき,借用名義人ら及び被告人の供述を更に検討するこ
ととする。なお,借用名義人は,仮に,真にAから貸付けを受けているとす
れば,これを認めると同人から貸付金の返済を要求されかねない立場にある
ため,虚偽供述する理由がないとはいえず,一方,被告人は本件各犯行の一
部を認めているとはいえ,否認事実においてAから被告人に交付されている
,,金銭等の合計は現金2736万円金額1000万円の小切手1枚にも及び
同事実の認定の有無が被告人の量刑に及ぼす影響が少なくないことは明らか
であるから,その刑責を軽減するため,被告人が虚偽の供述をする危険もあ
る点に留意する必要がある。
4借用名義人等の供述の信用性
(1)Cを借用名義人とする別表1,7,17,23の事実について
ア書面の状況及びKの供述要旨
(ア)借用書等の記載内容
Cを借用名義人とする借用書等は3通あり,その概要は以下のとおり
である。
①平成13年8月27日付け借用書
名宛人について「H,借用金欄に「五百万」と手書きされ「上記」,
の金額を私は本日たしかに次の約定により借り受け,受領しました」。
との不動文字(以下,単に「不動文字」という)中の空白部分にL。
と手書きされている。また,その借主欄には住所として「a市ef−
g−h,i」と,氏名としてKと手書きされ「K1」の押印がある。,
加えて,連帯保証人欄には「L」と,その下段には「M」と手書きさ
れ,いずれも姓の押印がされている。
②平成13年12月28日付け借用書
名宛人について「H,借用金欄に「壱阡万」と手書きされ,不動」
文字中の空白部分に「代表取締役N」と押印されている。また,借主
欄には「C工業株式会社代表取締役N」のゴム印,その横にはCの会
社印がそれぞれ押印されている。
③平成14年4月5日付け債務承認弁済契約書
CがAに対して負担する貸金の残債務元本が2700万円で,その
弁済をCの取締役であるKが連帯保証する内容であり,同書2枚目の
甲(債務者)欄には「C工業株式会社代表取締役K」のゴム印,その
横にはCの会社印がそれぞれ押印されている。また,乙(債権者)欄
にはAの記名があり,丙(連帯保証人)欄にはKの署名押印がある。
(イ)Kの供述要旨
被告人が直接上記の借用書等を取り交わしたと供述するKの供述(以
下「K供述」という)は以下のとおりである。。
自己もCも,別表1,7,17,23に係る貸付けを含め,これまで
被告人を通じて金銭の借入れを受けたことはない。
,平成13年8月27日付け借用書の借主欄に署名押印したことはなく
これまで同書面を見たこともない。同年12月28日付け借用書につい
ては,自己が借主欄に会社の記名印及び会社印を押したが,これは,当
時Cの配車係をしていた被告人から,会社経営が苦しくなったときに,
国民金融公庫なみの金利で貸付けをしてくれるところがあるから印鑑を
押しておけ,間違っても悪いことには使わないから,などといわれ,そ
の言葉を信じたからである。印鑑を押した時点では,宛名欄や借用金額
欄は空欄だった。平成14年4月5日付け債務承認弁済契約書について
は,借主欄に会社の記名印と会社印を押したことはない。連帯保証人欄
に署名押印をしたのは自分であるが,被告人から同書の2枚目のみを見
せられて署名押印を頼まれたからであり,その書類が借入れに関するも
のであると思わなかったからである。
なお,被告人が逃亡する前日,被告人から「Kちゃん,申し訳ない。,
Kちゃんの名前でちょっと悪いことしてんねんけど。…明日,あさって
には,Kちゃんの知らんようなやつが会社にぎょうさん来るやろうと思
うけど」などという電話があった。。
イK供述の信用性
Cは,その経営状態の悪化により,平成12年から銀行等の金融機関か
らの借入れは困難で(同社は平成15年6月に倒産している,否認事実。)
の時期には事業経営のためには高金利の借入れもせざるを得ない状況であ
ったこと,Kは,捜査段階において,平成13年12月28日付け借用書
に会社名,代表取締役名の記名押印をしたことがない旨述べており,公判
廷での証言と食い違いが見られること,上記債務承認弁済契約書の2枚目
にはKによるものと思われる割印があり,同人が署名押印した時点で1枚
目が存在したことがうかがわれることなどからすると,その全体を直ちに
信用することは躊躇される。
しかし,被告人から貸付けの仲介を受けたことがない旨の核心部分は,
上記3(1)で認定した諸事情と矛盾はなく,平成13年8月27日付け
借用書には,借主住所欄には,Kの実際の住所からすれば「a市ef−j
−h,i」と記載されるべきところ「a市ef−g−h,i」と記載さ,
,「」,「」,れていること連帯保証人欄に記載されているLMの記載につき
それぞれが示していると思われるL及びMがいずれも自署性を否定してい
ること,被告人が平成14年の債務承認弁済契約書の甲(借主)欄の偽造
を自認していることとよく符合する。また,被告人からの失踪直前に架か
ってきた電話の内容も具体的かつ詳細である。さらに,上記供述変遷の点
も,捜査段階では,記名押印の真正を認めた場合,貸主から民事訴訟等で
責任を追及されるのを心配したからであり,その後,これを認めたのは,
嘘をついてもいずればれると思ったこと,借用書に署名押印した者がほか
にもいると知ったからであるなどとその理由を説明しており,実際にHを
原告として民事訴訟を提起された者がいることを鑑みれば,それなりに理
解できる。なお,上記債務承認弁済契約書につき,被告人自身も,甲欄の
代表取締役がKとなっている押印を押したのは自分であること,その押印
,をしたのはKが丙欄に署名押印する前であることを認めているのであって
上記割印の存在をもって,直ちに同契約書に債務額が記載され,これをK
が認識していたことまで推認することはできず,署名押印に際し,債務承
認を内容とする書面と認識していなかったとの限度ではK供述の信用性を
覆すものとはいえない。以上の点からすれば,被告人から借受金を受領し
たことがない旨のK供述の核心部分は十分に信用することができる。
ウ被告人供述の要旨及びその信用性
これに対し,被告人は,別表1,7,17,23の各事実につき,いず
れもそのころ,Kに対し,実際に貸付けの仲介をした旨供述する。この供
述は上記のとおり信用性の認められるK供述に反し,信用性に乏しいとい
わざるを得ないが,なお念のため,被告人の供述ないし弁護人が指摘する
点を検討しておく。
まず,別表1の事実につき,被告人は,そのころ,OにもCに対する貸
付金として50万円の調達を頼んだが,結局,Cはこの50万円を使わな
かったので,Kから被告人の預金口座に振り込んで返してもらった旨供述
し,弁護人は,Kが平成13年5月18日,被告人の預金口座に47万余
円を振り込んでいることが供述の裏付けとなると指摘する。しかし,この
ような直接貸付けの仲介に関わらない部分が客観的事実と符合しているだ
けでは,仲介の事実についての十分な裏付けとはいえない。
次に,別表7の事実につき,弁護人が指摘する,500万円の金額が別
表1,7の事実の債権額と符合するとの点は,被告人がAから貸付けの原
資として金銭の交付を受けた後,事前の約束に基づき同人に契約書を渡す
必要があったことからすれば,貸付話が架空のものであったとしても,自
己が作成する借用書の金額はそれまでの自己の説明とつじつまを合わせる
ように記載する必要があるから,契約書記載の金額が被告人の供述と符合
している事実は,被告人が実際に貸付けの仲介を行ったことの裏付けとし
ての意義に乏しい。
また,別表17の事実につき,弁護人はK供述が記名押印の点で供述が
変遷していることを指摘するが,これがその核心部分の信用性を低下させ
るものでないことは上述のとおりである。
さらに,別表23の事実につき,被告人は,平成14年4月8日ころ,
Kに対し,500万円及び小切手の貸付けを仲介しようとしたが,同時期
にPがCに運転資金を貸し付けたため,被告人がAから調達した金銭は不
要になり,自己も金から貸付けを受けていたので,これを同人への返済に
あてた旨供述し,弁護人は,債務承認弁済契約書の丙(借主)欄にKが署
名押印していること,同契約書には割印があることから1頁目を見たはず
であることから,1頁目記載の債務額2700万円という内容を認識して
おり,これがこれまでの貸付け(別表1,7,17)を含んだすべての借
入れを認めたものである旨指摘する。しかし,被告人の供述は裏付けを欠
き,また,書面に記載されている金額が被告人の供述と符合することをも
って被告人が実際に貸付けの仲介を行ったという裏付けにならないことは
別表7の事実と同様である。
エ小括
以上のとおり,K供述は,被告人の仲介を受け,金銭の交付を受けたこ
とはないとする核心部分については十分に信用することができる一方,こ
れに反する被告人の供述は信用できない。
(2)Iを借用名義人とする別表16の事実について
ア書面の状況及びIの供述要旨
(ア)借用書の記載内容
Iを借用名義人とする平成13年12月22日付け借用書の概要は,
名宛人について「H,借用金欄に「伍佰萬」と手書きされ,不動文字」
中の空白部分は空欄のままで,返済期日は平成14年6月21日,利息
は月5パーセントと手書きされている。また,その借主欄にはIと手書
きされ,その押印がある。加えて,連帯保証人欄には「Q」と手書きさ
れ,押印されている。
(イ)Iの供述要旨
被告人が上記借用書を取り交わしたと供述するIの供述(以下「I供
述」という)は以下のとおりである。。
別表16に係る貸付けを含め,これまで被告人を通じて金銭の借入れ
を受けたことはない。平成13年12月22日付け借用書の借主欄に署
名押印したことはあるが,これは,元々金融会社で働いていた被告人か
ら「金銭借用書に署名押印しておけば,いつでも金を借りられるよう,
にしてやる」などといわれ,その言葉を信じたためである。被告人と。
は,同じ在日朝鮮人であり,同胞意識があった上,10代からの親友で
あり,兄弟みたいな仲であったため,信じ切っていた。そのとき同席し
ていた友人のQに連帯保証人欄に署名押印してもらった。署名押印した
時点では,宛名,借用金額,返済期日,利息の各欄ともすべて空欄だっ
た。
イI供述の信用性
Iは,建設業を営んでおり,上記借用書が空欄があるとはいえ,金銭
の借用証書であることを知りながら署名押印しているため,実際に被告
人との間で金銭の貸付話があったとも思われる。
しかし,これを否定するI供述は,上記3(1)で認定した諸事情,
特に被告人が逮捕後Iに出した手紙の内容や,連帯保証人欄に署名押印
したQの,借用書の作成経緯についての供述とよく符合する(Q自身も
否認事実における借用名義人であるから,自己の債務を否定することと
関連してIの債務負担についても虚偽の供述をする動機がないではない
が,その信用性が認められるのは後記のとおりである。また,その署。)
名押印が安易に行われた点も,それまでの被告人とIとの関係からすれ
ば,理解できないではない。以上の点からすれば,被告人から借受金を
受領したことがない旨のI供述の核心部分は十分に信用することができ
る。
ウ被告人供述の要旨及びその信用性
これに対し,被告人は,別表16の事実につき,Iに対し,実際に貸
付けの仲介をした旨供述するが,この供述は上記のとおり信用性の認め
られるI供述に反し,信用性に乏しい。
なお,弁護人は,IがHを原告とする民事訴訟において和解に応じて
いること,Iと被告人が従前債権債務に基づき金銭を授受する関係であ
ったことから,別表16の事実を別債権の弁済と誤解している可能性が
あること,Iの当時の資金需要や被告人を貸主とする別債権に係る借用
書の借主欄への署名押印についての供述の変遷等を指摘し,I供述では
なく被告人の供述が信用できる旨主張する。しかし,上記民事訴訟の和
解は解決金名目でのIを含む被告4名が120万円の連帯債務を負担す
るにとどまるものであって,直ちに同訴訟の請求債権の存在を前提とし
ているとはいえない。また,上記誤解の可能性については,Iが明確に
否定している。そして,弁護人が指摘するIの変遷については,仮にそ
れが認められるとしても,架空の貸付話であった否かという本件の争点
との関係では,周辺部分にとどまるものである。以上のとおり,弁護人
指摘の事情は,I供述及び被告人供述の信用性判断を左右するものとは
いえない。
エ小括
以上のとおり,I供述は十分に信用することができる一方,これに反す
る被告人の供述は信用できない。
(3)Gを借用名義人とする別表21,22,26の各事実について
ア書面の状況及びQの供述要旨
(ア)
借用書の記載内容
Gを借用名義人とする平成14年3月11日付け借用書の概要は,名
宛人について「H,借用金欄に「伍佰萬」と,不動文字中の空白部分」
にQと手書きされ,返済期日は平成14年6月10日と,利息は月5パ
ーセントと記入されている。また,その借主欄にはGの記名と会社印が
押印されている。そして,連帯保証人欄にはQの署名押印がある。
(イ)Qの供述要旨
被告人が直接上記借用書を取り交わしたと供述するGの代表者Qの供
述(以下「Q供述」という)は以下のとおりである。。
別表21,22,26に係る貸付けを含め,これまで被告人を通じて
金銭の借入れを受けたことはない。平成14年3月11日付け借用書の
,,借主欄及び保証人欄に会社及び自己の記名署名押印したことはあるが
これは,被告人に対し,支払期日が6か月先の約束手形を割り引いてい
もらうのにどのくらい手数料がかかるか相談したところ,被告人から借
用書の借主欄と保証人欄に必要事項を書けば手形を割り引かなくても知
人の韓国の金主から金を借りてきてやる旨言われたからである。そのと
きGは金融機関からの借入れが可能ではあったが,自己の会社の信用で
どのくらいの金が借りられるか興味もあって,被告人の言うままに借用
書に記名押印等をした。被告人については,二十数年来親しくしている
Iが可愛がっており,他方,被告人が以前勤務している金融会社の金を
使い込んで解雇されたことはこの当時知らなかったこともあり,信用し
ていた。
イQ供述の信用性
Qは,会社代表者であり,上記借用書の性質を知りながら署名押印等
をしているため,実際に被告人との間で金銭の貸付話があったとも思わ
れる。
しかし,これを否定するQ供述は,上記3(1)で認定した諸事情と
矛盾せず,I供述ともよく符合する。また,その署名押印が安易に行わ
れた点も,その理由が詳細かつ具体的であり,それまでの被告人とI及
びQとの関係からすれば了解可能である。以上の点からすれば,被告人
から借受金を受領したことがない旨のQ供述は十分に信用することがで
きる。
ウ被告人供述の要旨及びその信用性
これに対し,被告人は,別表21,22,26の各事実につき,いず
れもそのころ,Gに対し,実際に貸付けの仲介をした旨供述するが,こ
の供述は上記のとおり信用性の認められるQ供述に反し,信用性に乏し
い。
なお,弁護人が指摘する,G及びQがHを原告とする民事訴訟におい
て和解に応じていることがQ供述の信用性を低下させない点は上記Iの
。,,,,場合と同様であるまた弁護人は被告人が供述する別表2122
26の各事実の貸付額が上記借用書の金額と概ね符合する点を捉え,同
借用書のほかにGを借主とする借用書が存在しなくとも不自然ではない
旨主張するが,上記のとおり,貸付話が架空のものであるか否かによっ
て,被告人において,Aに渡す借用書等の体裁を整えなければならない
必要性は変わらないから,この点は被告人供述の裏付けとしての意味に
乏しい。
エ小括
以上のとおり,Q供述は十分に信用することができる一方,これに反す
る被告人の供述は信用できない。
(4)Jを借用名義人とする別表2の事実について
ア書面の状況及びA供述中のJの発言部分の供述要旨
(ア)借用書の記載内容
Jを借用名義人とする2001年(平成13年)6月6日付け借用書
の概要は,名宛人について「R,借用金欄に「参百五拾万」と,不動」
文字中の空白部分にJと手書きされ,その借主欄にはJと署名され,押
印されている。また,連帯保証人欄にはSの署名押印がある。
(イ)Aの供述要旨
Aは,平成14年7月中旬ころ,兵庫県j市内の飲食店において,J
と会い,上記借用書を示し,同書に記載されている事実の有無を確認し
たところ,同人は,被告人に借金を頼んだ覚えはない旨言われた(以下
「J供述部分」という)との供述している。。
イJ発言部分の信用性
Aにとって,Jが自己への債務を否定したことは不利益な事柄であり,
殊更虚偽供述をする理由はないから,JがAに対し,J供述部分の発言を
したとの供述は信用性が高い。そして,J供述部分は,伝聞証拠であるた
めその信用性は慎重に検討すべきではあるが,上記3(1)の事実に符合
すること,借用書の借主氏名欄に「J」と誤記されていること,連帯保”
証人とされているSにおいて,自分が署名押印したものでない旨供述して
いることなどを考慮すれば,十分に信用することができる。
ウ被告人供述の要旨及びその信用性
これに対し,被告人は,別表2の事実につき,そのころ,Jに対し,実
際に貸付けの仲介をした旨供述するが,この供述は上記のとおり信用性の
認められるJの供述部分に反し,信用性に乏しい。
なお,弁護人が指摘する,被告人の供述とJの預金口座への入金記録と
,。の符合が貸付け自体の裏付けとして不十分である点は上記と同様である
また,Jが被告人の名前につき「R」と記載することがあり,上記借用’
書もこれと同一であるとの指摘も,仮に,従前Jが被告人の名前をそのと
おり誤記していたものだとしても,自己の名前まで誤記することの不自然
さに鑑みれば,上記借用書がJの自署でないことを覆すには足りないとい
うべきである。
エ小括
以上のとおり,Aの供述中のJ供述部分は十分に信用することができる
一方,これに反する被告人の供述は信用できない。
5被告人の捜査段階の自白及び公判廷における供述の信用性
以上の認定説示からすれば,これと符合する被告人の捜査段階での自認供述
は,十分に信用することができる。
なお,被告人は,捜査段階における供述調書に署名指印したのは,捜査官に
対して何度も借用名義人に金銭を貸し付けたこともあるといっており,供述調
書の訂正を申し入れたが断られ,また,嫌疑のかけられた事実の大半は詐欺を
したことに間違いなく,迷惑をかけた責任としてすべての罪を被ろうと考えた
からである,公判廷において一部を否認するに至ったのは,弁護人に指摘され
て真実を話そうと思い,また,本件各犯行に係る書類を慎重に検討した結果記
,,,憶が蘇った部分もあるためだなどと供述し弁護人は被告人の供述を前提に
捜査段階の自白は信用できず,公判で否認に至ったのには合理的な理由がある
などと主張する。しかし,被告人の自白調書中には,被告人がその記載の訂正
を申し入れ,これに応じて加筆されている部分があり,被告人が捜査官に全面
的に迎合していたり,捜査官が被告人の訂正申入れ一切拒絶したとは認められ
ず,また,被告人は,捜査段階の取調べにおいても最終的には借用書等の書類
を見せられた旨自認している。さらに,被告人は,第3回公判において従前の
認否を変更した点につき,それまでは,借用書を偽造したり(別表7の事実,)
Aから交付を受けた貸付拠出金を借用名義人に渡さず,流用したりしたら(別
表23の事実)詐欺になると思っていたからであるなどと供述するが,それ自
体合理性に乏しいというほかない。よって,この点についての被告人の供述は
いずれも信用できず,弁護人の主張は前提を欠き,採用できない。
6結論
以上のとおり,否認事実につき,被告人がAから金銭の交付を受けるにあた
り,同人に申し向けた貸付話の内容は虚偽であり,その受領した金銭を借用名
義人に交付した事実も認められないから,いずれも詐欺罪の成立を優に認める
ことができる。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は,別表の各番号ごとに,いずれも刑法246条1項に該
当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,1
0条により犯情の最も重い判示別表23の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲
内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日を
その刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告
人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,知人に架空の貸付話を持ちかけ,貸付拠出金等の名下に,約1年にわ
たり,発覚しないよう仮装返済をくり返しながら,合計27回にわたり金銭等を
詐取したものであり,その計画性,常習性は顕著である。その結果,被害額は現
金合計5716万1000円,金額1000万円の小切手1通に及び,その後の
仮装返済分を除いても上記小切手を含め約4700万円と相当な高額にのぼるに
もかかわらず,被告人は本件発覚後何ら被害弁償をしておらず,将来もその見込
みは乏しい。加えて,被告人は従前の詐欺行為の隠蔽のための仮装返済原資や自
,,己の遊興費等欲しさに本件に及び本件各犯行を経て状況が行き詰まるや逃走し
隠遁生活を送っていたのであって,犯行前後の情状も芳しくない。
以上の点に鑑みると,被告人の刑事責任は重いというべきである。
しかしながら,他方,上記のとおり被害金の一部は被害者に返還されているこ
,,,と被告人は本件中18件については事実を認め反省の態度を示していること
交通事犯による罰金前科1犯以外に前科がないこと,姉が今後の監督を約束して
いることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,これらの諸事情を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当で
あると判断した(求刑懲役5年)。
平成19年8月30日
神戸地方裁判所第2刑事部
裁判官五十嵐浩介

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