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平成15年(行ケ)第170号 審決取消請求事件(平成16年2月9日口頭弁論
終結)
          判           決
       原告(選定当事者)  A
       原告(選定当事者)  B
       被      告   株式会社ウイング
       訴訟代理人弁理士   加   川   征   彦
       同          森   本   邦   章
          主           文
      原告らの請求を棄却する。
      訴訟費用は原告らの負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が無効2002-35313号事件について平成15年3月18日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告(選定当事者)A及び同B(以下「原告ら」という。)並びに選定者C
及び同D(以下,これらの4名を「原告ら4名」という。)は,名称を「ねじ釘」
とする特許第3014191号発明(平成3年10月7日出願,平成11年12月
17日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
   被告は,平成14年7月23日,本件特許について無効審判の請求をし,無
効2002-35313号事件として特許庁に係属したところ,原告ら4名は,同
年10月21日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等
の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正により訂正された明細書を,願書に添
付した図面と併せて「本件明細書」という。)を求める訂正請求をした。
   特許庁は,同事件について審理した上,平成15年3月18日,「訂正を認
める。特許第3014191号の請求項1に係る発明についての特許を無効とす
る。」との審決をし,その謄本は,原告(選定当事者)A,選定者C及び同Dに対
しては同月31日,原告(選定当事者)Bに対しては同年4月28日,それぞれ送
達された。
 2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の要旨
ある部材(例えばALC部材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止め
するためのねじ釘であって,軸部の先端部分に形成されたねじ山の,軸方向にみた
ピッチを,該軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチよりわずかに長くし,ねじ
釘を一回転した場合に,ある部材を通過している先端部分の軸方向に進む距離が,
他の部材を通過しているねじ釘の基端部分の進む距離よりわずかに長くなることに
より,ある部材に対する他の部材の浮き上がりを解消することを特徴とするねじ
釘。
(以下,上記発明を「本件発明」といい,その構成を,審決の表現に従い,
A「ある部材(例えばALC部材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止めす
るためのねじ釘であって」,B「軸部の先端部分に形成されたねじ山の,軸方向に
みたピッチを,該軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチよりわずかに長く
し」,C「ねじ釘を一回転した場合に,ある部材を通過している先端部分の軸方向
に進む距離が,他の部材を通過しているねじ釘の基端部分の進む距離よりわずかに
長くなることにより,ある部材に対する他の部材の浮き上がりを解消する」及びD
「ことを特徴とするねじ釘」と分節して,それぞれ「構成A」~「構成D」とい
う。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件発明
は,実願昭54-170631号(実開昭56-87613号)のマイクロフィル
ム(審判甲1・本訴甲3,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引
用発明」という。)であり,特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたも
のであるから,平成6年法律第116号による改正前の特許法123条1項2号の
規定に該当し,無効とすべきものであるとした。
第3 原告ら主張の審決取消事由
   審決は,本件発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),本件
発明と引用発明との相違点の判断を誤り(取消事由2),引用例の記載事項が特許
法29条1項3号にいう発明に該当するとの誤った判断(取消事由3)をしたもの
であるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
   審決は,本件発明と引用発明との一致点として,「軸部の先端部分に形成さ
れたねじ山の,軸方向にみたピッチを,該軸部の基端側に形成されたねじ山のピッ
チよりわずかに長くしたねじ釘」(審決謄本11頁第5段落[一致点])と認定し
たが,以下のとおり,誤りである。
  (1) 審決は,「本件発明と引用発明とを対比すると,引用発明における『軸部
と先端錐部との境界個所ないしはその付近から先端錐部にかけて』は,本件発明に
おける『軸部の先端部分』に相当・・・する」(審決謄本9頁下から第2段落)と
認定したが,誤りである。
    本件発明の「軸部の先端部分」は,先端錐部に限定されるものではなく,
請求項1に記載のある部材(例えばALC部材)の材質によって異なる圧縮強度,
せん断強度及び硬度に応じて,先端ポイント部がある部材に挿入し,かつ,先端ね
じ部が働き出すまでに発生する,ある部材と他の部材との間のすき間(浮き)を解
消するのに必要最小限の寸法分であり,先端錐部より円筒軸部にも及ぶ範囲を意味
している。
    本件発明の先端部分のねじ山は,他の部材の浮きを解消するに当たり,あ
る部材の圧縮強度や塑性変形に至らない範囲における弾性変形内の寸法設定が必要
なため,それに必要な部分のねじ山のピッチがわずかに基端部より長く製作されて
いることは明らかである。
  (2) 審決は,「引用発明における『タッピングネジ』は,本件発明における
『ねじ釘』に相当する」(審決謄本11頁第3段落)と認定したが,誤りである。
    本件発明のねじ釘は,「コーススレッドねじ」に相当し,ねじ山ピッチが
インチ当たり8山前後の粗ねじであるのに対し,「タッピングネジ」は,インチ当
たり20山前後のものであって,ねじ山ピッチが全く異なっている。また,「コー
ススレッドねじ」は,平成6年4月25日付け金属産業新聞(乙1)の「木工用コ
ーススレッドねじ特集」の記事中に,「コーススレッドねじ」とは,一般に,「と
がり先タイプのドリリングタッピングねじ」を指すと説明されているとおり,本件
発明のねじ釘が,ドリリング,すなわち,下穴のない状態で穴を開けながら,ねじ
部も同時に施す作用を行うねじであるのに対し,引用発明の「タッピングネジ」の
作用は,主に薄金属板などに事前に谷径よりも太く,ねじ山径よりも細い下穴を開
けたその下穴へタッピングネジを差し込み,回転を施すことにより,タッピングネ
ジの雄ねじでもって薄金属板等に雌ねじを切る効果を得ることにある点で相違する
から,「タッピング」という文言が同一であるからといって,本件発明のねじ釘を
引用発明における「タッピングネジ」と同一視することはできない。
  (3) 審決は,「引用発明は,『軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近
から先端錐部にかけてリード角を他部分のリード角に比し急傾角に形成してなる』
ものであるが,ねじ山のリード角と軸方向にみたピッチとは,ピッチがtan(リ
ード角)に比例する関係にあるから,引用発明においても,前記先端錐部にかけて
形成されたネジ部におけるねじ山の軸方向にみたピッチは,他部分すなわち軸部の
基端側に形成されたネジ部におけるねじ山のピッチより長くされている」(審決謄
本9頁最終段落~10頁第1段落)と認定したが,誤りである。
   ア 引用例に係る考案の実用新案登録請求の範囲の「先端錐部」との文言に
あるとおり,引用発明におけるタッピングネジの先端が円錐状のトンガリ先である
以上,他部分とされる軸部より先端錐部にわたるまですべて同一ピッチでねじ山を
形成した場合,軸部(円柱部)と円錐部との境界より円錐先端にわたり漸次軸径が
小さくなることにより,漸次リード角が急傾角になることは明らかであるが,引用
例(甲3)の全文中には,通常の急傾角以上の急傾角にするとの文言はない。審決
は,軸部より先端錐部にわたるまで同一ピッチでねじ山が形成された場合において
も,軸部,錐部ともにリード角は同一であると誤って認識した結果,錯誤により,
「錐部においても軸部と同じくリード角とねじピッチとは比例する」と誤って認定
したものである。
   イ ねじ山のピッチは,「リード角×π×直径」の式により求められるもの
であり,引用発明は,同径軸部上ではなく,「錐部より先端に至る部位においての
リード角を同径軸部と比して急傾角にする」ものであって,錐部においては,先端
に至るに従って軸部より漸次直径が小径になるから,「リード角×π×直径(軸部
径よりも小径)」の式によってリード角が同じであれば,ねじ山のピッチは小さく
なることがある。すなわち,リード角を軸部より急傾斜(大)としても,錐部にお
いては,2πr(円周)は短く(小)になるから,急傾角であるからといって,ね
じ山のピッチが長くなるとは限らず,その急傾角の度合や2πr(円周)が小径に
なる度合によっては,錐部のねじ山のピッチが軸部のねじ山のピッチより短くなる
ことすらある。
   ウ 引用例(甲3)の第1図には,軸部と錐部との境界付近において,軸部
より急傾角に図示されているが,先端に及ぶ部位においては,錐部のねじ山のピッ
チも,軸部のねじ山のピッチと同一寸法で作図されている。また,第3図は,リー
ド角とピッチとの関連においてずさんな図であり,何を意図して図示したものか引
用例にも記載がない。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)
   審決は,本件発明と引用発明との相違点として認定した,「本件発明が,あ
る部材(例えばALC部材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止めするため
のねじ釘であって,ねじ釘を一回転した場合に,ある部材を通過している先端部分
の軸方向に進む距離が,他の部材を通過しているねじ釘の基端部分の進む距離より
わずかに長くなることにより,ある部材に対する他の部材の浮き上がりを解消する
ものであるのに対し,引用発明はそのように特定されていない,すなわち構成A及
びCに相当する構成を具備しない点」(審決謄本11頁第6段落[相違点])につ
いて,いずれも実質的な相違点ではないと判断(同頁最終段落~14頁第2段落)
したが,以下のとおり,誤りである。
  (1) 審決は,「本件発明の構成Aにおいては,『ある部材(例えばALC部
材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止めするためのねじ釘』と,その用途
が限定されている。・・・『ある部材に他の部材を重ねてねじ止めするためのねじ
釘』と限定した点は,ねじ釘が普通に使用される態様を表したものにすぎず,上記
構成Aについての限定のないねじ釘と実質的な差違はない」(同11頁最終段落~
12頁第1段落)と判断したが,誤りである。
   ア 審決の「ねじ釘が普通に使用される態様を表したものにすぎず,上記構
成Aについての限定のないねじ釘と実質的な差違はない」(同12頁第1段落)と
した判断中,「上記構成Aについての限定のないねじ釘」が何を指すのか不明であ
る。
   イ 本件発明は,ねじ釘であるから,通常の釘と同様,ある部材と他の部材
を重ね合わせた上,ある部材及び他の部材とも,下穴なしでねじ込み可能な部材で
あるのに対して,引用発明では,他の部材には,ねじ山径よりも大きめの丸穴(い
わゆるバカ穴)を開けておかなければ,十分な密着固定は不可能である。
   ウ 引用例(甲3)には,「下孔形成せずとも,ねじ込み当初の喰い込みを
良くして,ねじ込み作業を迅速に行える」(4頁第1段落)と記載されているの
に,本件明細書には,「下穴を必要としない」旨の記載はないが,本件発明のねじ
釘は,業界一般にいう「とがり先タイプのドリリングタッピングねじ」の類であ
り,ねじ込み可能な材料である限り,とがり先を有することにより,下穴を開けな
くとも使用することができ,かつ,ねじ込んでいくことにより,雌ねじを材料内に
形成していくことも明らかであるから,特に下穴不要を明記する必要はなかったの
である。これに対して,引用例の上記記載は,単に,ある部材にねじ込みやすいこ
とのみを示したものにすぎない。
  (2) 審決は,「構成Cは,引用発明が有している自明の作用効果にすぎな
い。・・・構成Cは実質的な相違点ではない」(審決謄本12頁第3段落~第4段
落)と判断したが,誤りである。
   ア 審決は,上記1(3)アのとおり,軸部より先端錐部に及ぶまで同一ピッチ
でねじ山が形成された場合においても,軸部,錐部ともにリード角は同一であると
の誤解に基づき,先端錐部のリード角を軸部より急傾角にすることにより,錐部の
ねじ山のピッチもおのずと長くなると錯覚したものである。
   イ とがり先タイプのドリリングタッピングねじにおいては,ある部材と他
の部材とも下穴を開けずにねじ止めしようとする場合,ねじ先端(ポイント)があ
る部材に挿入する際に,ある部材と他の部材との間に必ず隙間を生ずるという問題
点があるため,これを解消することが本件発明の技術的課題であるのに対して,引
用発明の主旨は,あくまでもタッピングネジを部材に喰い込みやくするための工夫
である。
   ウ 本件発明は,ある部材及び他の部材を下穴なしでねじ込み可能であり,
浮きの解消を行った上,強固に取り付けることができるのに対して,引用発明で
は,他の部材にいわゆるバカ穴を開けておかなければ十分な密着固定ができない。
   エ 被告が主張する,「ねじ山のピッチ差でねじの締め具合を良好にでき
る」ことは,引用例に記載されておらず,決め付けにすぎない。
 3 取消事由3(引用例の記載事項についての発明性の判断の誤り)
 審決は,引用発明が特許法29条1項3号にいう発明に該当することを前提
として,本件発明の同号違反をいうが,引用例に記載された事項は,考案者の単な
る考案内容を開示したものにすぎず,何ら新規の考案ではないし,同法2条1項に
いう「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」でもないから,審
決の上記判断は誤りである。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 原告らが,本件発明の「軸部の先端部分」が先端錐部に限定されないこと
の根拠として指摘する,「ある部材(例えばALC部材)の材質によって異なる圧
縮強度,せん断強度及び硬度に応じて,先端ポイント部がある部材に挿入し,か
つ,先端ねじ部が働き出だすまでに発生する,ある部材と他の部材との間のすき間
(浮き)を解消するのに必要最小限の寸法分であり,先端錐部より円筒軸部にも及
ぶ範囲」との点については,請求項1に何ら記載はない。ねじ釘の軸端の先端部分
のねじ山の軸方向にみたピッチを基端側のねじ山のピッチよりわずかに長い状態が
図示されている本件明細書(甲2)の図2及び図3を引用例(甲3)の第1図と対
比してみる当業者は,引用発明のタッピングネジ部のうち,「軸部と先端錐部との
境界個所ないしはその付近から先端錐部にかけて」が本件発明における「軸部の先
端部分」に相当すると解釈するのが自然である。
(2) 本件発明のねじ釘は,その形態から,業界で「コーススレッドねじ」とい
われているものに相当し,ねじ釘もタッピングネジも,業界では同一視されて使用
され,極めて近似する技術分野のものであることは明らかである。
(3) 引用例の第1図及び第3図には,本件発明の「軸部の先端部分に形成され
たねじ山の,軸方向にみたピッチを,該軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチ
よりわずかに長い」という構成Bが示されているから,「引用発明においても,前
記先端錐部にかけて形成されたネジ部におけるねじ山の軸方向にみたピッチは,他
部分すなわち軸部の基端側に形成されたネジ部におけるねじ山のピッチより長くさ
れている」とした審決の認定に誤りはない。ねじ山のピッチは,原告ら主張の「リ
ード角×π×直径」の式により求められるものであり,リード角がより急傾角であ
るということは,リード角の差だけやや長くなることを意味する。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
(1) 構成Aにおいては,部材についてALC部材や木材が例示されているにす
ぎず,ねじ釘は,一般的に,重ね合わせた部材を締め付けて結合するのに使用され
るものであるから,「本件発明の構成Aにおいて・・・『ある部材に他の部材を重
ねてねじ止めするためのねじ釘』と限定した点は,ねじ釘が普通に使用される態様
を表したものにすぎず,上記構成Aについての限定のないねじ釘と実質的な差違は
ない」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 構成Cについてみると,引用例(甲3)の,「以上のような,この考案
(注,引用発明)によれば,・・・軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近
を経ると,急傾角でない通常のリード角に戻り,喰い込み当初よりも緻密で径の大
きなねじ込みとなり,締まり具合も良好となる。従って本考案によってタッピング
ネジのねじ込み作業を能率化できると共にねじ込み状態を良好に維持できることに
なる」(3頁最終段落~4頁第2段落)との記載からみて,引用発明は,ねじ山の
ピッチの差で,ねじの締め具合を良好にできるものであって,ねじ山のピッチ差が
あるため,ねじが一回転するとねじの基端側の進む距離よりも先端側が相対的に長
くなるようにしてねじ締めするものであるから,引用発明は,本件発明と同じ作用
効果を奏するものということができる。したがって,引用発明は,2部材を密接し
た状態に締め付け,強力な取り付け強度を得ることができるものであるとともに,
このタッピングネジで締め付けると,本件発明と同じ作用効果を奏することは自明
である。また,本件発明の作用効果について,原告らが主張する,ねじ止め部材の
ある部材及び他の部材とも下穴なしでねじ込めるとの点については,本件明細書に
記載がないばかりでなく,かえって,引用例に,「複数条のネジは勿論のこと,一
条ネジの場合にあっても下孔を形成せずとも,ねじ込み当初の喰い込みを良くし
て,ねじ込み作業を迅速に行なえることになる」(4頁第1段落)と明記されてい
るとおり,引用発明のタッピングネジは,下孔の必要がなく,本件発明における
「ねじ釘」に相当することが明らかである。
3 取消事由3(引用例の記載事項についての発明性の判断の誤り)について
 原告らの主張は争う。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 原告らは,引用発明における「軸部と先端錐部との境界個所ないしはその
付近から先端錐部にかけて」が本件発明における「軸部の先端部分」に相当すると
した審決の認定の誤りを主張する。
  しかしながら,本件発明の「軸部の先端部分」が先端錐部に限定されない
とする原告らの主張によっても,引用発明の先端錐部が本件発明の先端部分に相当
することを排除するものではない。また,本件発明の請求項1の「ある部材(例え
ばALC部材)」という記載は,「例えばALC部材」との文言から明らかなよう
に,ある部材を例示するものにすぎず,ALC部材と限定的に解することはできな
い。さらに,請求項1をみると,「先端部分」については,単に「軸部の先端部
分」(構成B)と記載されているにすぎず,「ある部材に対する他の部材の浮き上
がりを解消すること」についても,「ねじ釘を一回転した場合に,ある部材を通過
している先端部分の軸方向に進む距離が,他の部材を通過しているねじ釘の基端部
分の進む距離よりわずかに長くなることにより,ある部材に対する他の部材の浮き
上がりを解消する」(構成C)と記載されているにすぎない。本件明細書(甲2)
の発明の詳細な説明においても,「ねじ釘の軸部の先端部分」(段落【001
3】),「ねじ釘の先端部分」(段落【0014】,【0016】,【002
0】),「軸部の先端部分」(段落【0015】,【0026】)など,単に「先
端部分」という記載があるだけで,原告らが主張するように,「先端部分」を,あ
る部材の材質に応じた,ある部材と他の部材との間のすき間(浮き)を解消するの
に必要最小限の寸法分であり,先端錐部より円筒軸部にも及ぶ範囲を意味している
とする記載や示唆はない。原告らは,ある部材の圧縮強度や塑性変形に至らない範
囲における弾性変形内の寸法設定が必要なため,それに必要な部分のねじ山のピッ
チがわずかに基端部より長く製作されていることは明らかであるとも主張するが,
本件発明の「先端部分」をその主張のように限定的に解釈すべき根拠は見いだせな
い。原告らの主張は採用の限りではない。
(2) 原告らは,引用発明における「タッピングネジ」が本件発明における「ね
じ釘」に相当するとした審決の認定の誤りを主張する。
  本件発明の「ねじ釘」の意義について,本件明細書には特に規定するとこ
ろはないが,技術常識からして,ねじ機能を奏し,部材をつなぎ合わせる真っすぐ
な形状の止め金具を意味するものと解され,引用発明の「タッピングネジ」も,こ
れと同様,ある部材に他の部材を重ねてねじ止めすることができる止め金具を指す
ものと解されるから,引用発明の「タッピングネジ」は,本件発明に係る「ねじ
釘」に相当するとした審決の認定に誤りがあるということはできない。この点につ
いて,原告らが主張する,本件発明が「コーススレッドねじ」あるいは「とがり先
タイプのドリリングタッピングねじ」であるのに対して,引用発明が「タッピング
ネジ」であること,両者のネジ山のピッチが相違することは,引用発明の「タッピ
ングネジ」が上記認定の限度において「ねじ釘」であると認められることと矛盾し
ない。
  また,原告らは,本件発明のねじ釘が,ドリリング,すなわち,下穴のな
い状態で穴を開けながら,ねじ部も同時に施す作用を行うねじであるのに対し,引
用発明の「タッピングネジ」の作用は,主に薄金属板などに事前に谷径よりも太
く,ねじ山径よりも細い下穴を開けたその下穴へタッピングネジを差し込み,回転
を施すことにより,タッピングネジの雄ねじでもって薄金属板等に雌ねじを切る効
果を得ることにある点で相違すると主張するが,審決の,「甲第1号証(注,引用
例)には,『先ず第1図の実施ではリードを粗くして,木部或は薄い金属部用のタ
ッピングネジ(1)における場合であって』・・・及び,『一条ネジの場合であって
も下孔を形成せずとも,ねじ込み当初の喰い込みを良くして,ねじ込み作業を迅速
に行なえることになる。』・・・と記載されており,引用発明は,木材等の鉄製部
材以外の部材への適用,及び,下孔のない部材への適用をも意図したものである」
(審決謄本11頁第3段落)との認定に誤りはないから,原告らの上記主張は採用
の限りではない。
(3) 原告らは,審決の,「引用発明は,『軸部と先端錐部との境界個所ないし
はその付近から先端錐部にかけてリード角を他部分のリード角に比し急傾角に形成
してなる』ものであるが,ねじ山のリード角と軸方向にみたピッチとは,ピッチが
tan(リード角)に比例する関係にあるから,引用発明においても,前記先端錐
部にかけて形成されたネジ部におけるねじ山の軸方向にみたピッチは,他部分すな
わち軸部の基端側に形成されたネジ部におけるねじ山のピッチより長くされてい
る」(審決謄本9頁最終段落~10頁第1段落)とした認定の誤りを主張する。
 ア まず,審決が,錯誤により,「錐部においても軸部と同じくリード角と
ねじピッチとは比例する」と誤って認定したとする原告らの主張についてみると,
確かに,軸部より先端錐部にわたるまですべて同一のピッチ(互いに隣り合うねじ
山の相対応する2点を軸線に平行に測った距離)でねじ山を形成した場合は,先端
錐部に形成されたねじのリード角(ねじ山のつる巻き線とその上の1点を通るねじ
の軸に直角な平面との成す角度)は,軸部に比べて急傾角になることは,原告ら主
張のとおりである。しかしながら,そもそも,引用例(甲3)には,軸部より先端
錐部にわたるまですべて同一ピッチでねじ山を形成する旨の記載はないし,仮に,
通常のねじ釘が同一のピッチでねじ山を形成するものであるとしても,このことを
根拠として,先端錐部のねじのリード角を軸部のねじのリード角と異ならせた引用
例記載のタッピングネジのねじ山のピッチを,軸部より先端錐部にわたるまですべ
て同一ピッチであると解すべき理由はないから,原告らの上記主張は,その前提に
おいて失当である。
 イ 次に,先端錐部においては,急傾角であるからといってねじ山のピッチ
が長くなるとは限らず,先端錐部の急傾角の度合や錐部の軸径が小径になる度合に
よっては,錐部のねじ山のピッチが軸部のねじ山のピッチより短くなる場合がある
として,引用発明の先端錐部におけるねじ山のピッチに関する審決の認定の誤りを
いう原告らの主張について検討する。
   財団法人日本工業規格協会に対する質問・照会状(甲4-1)及びその
回答(甲4-2)によれば,円柱形状のねじのリード長さ(ねじが1回転して軸方
向に進む距離)が,リード角をβとしたときに,「リード長さ=tan(β)×
(同軸径における円周長さ)」の式で求められることが認められ,また,ねじのリ
ード長さとねじ山のピッチは比例関係にあることも明らかであり,引用発明の先端
錐部も,錐部の各断面においては円柱形状とみなすことができるから,上記式によ
れば,引用発明の先端錐部のねじ部において,ねじ山のピッチはtan(β)に比
例するということができる。したがって,審決が,「ねじ山のリード角と軸方向に
みたピッチとは,ピッチがtan(リード角)に比例する関係にある」(審決謄本
9頁最終段落~10頁第1段落)との判断を,引用発明の先端錐部におけるねじ山
のピッチを認定する際の根拠としたことに誤りはない。
   他方,上記式からすれば,原告らが主張するように,ねじ山のピッチは
直径に比例するともいえるが,同時に,ねじ山のピッチは,tan(β),直径
(あるいは半径,円周)にそれぞれ独立して比例することも明らかである。そうす
ると,ねじ釘の先端錐部におけるねじ山のピッチが軸部に比べて長いかどうかは,
先端錐部におけるtan(β)が軸部におけるtan(β)に対して大きくなった
度合,すなわち,先端錐部におけるリード角が軸部におけるリード角に対して大き
くなった度合と,先端錐部における直径が軸部における直径に対して小さくなった
度合との兼合いで決定されるものである。したがって,先端錐部のリード角を軸部
より急傾角としても,急傾角としたその度合が錐部の軸径が小径になる度合より比
較的小さい領域では,原告らが主張するように,先端錐部のねじ山のピッチが軸部
のねじ山のピッチより短くなるものの,逆に,先端錐部のリード角を急傾角とする
度合が先端錐部が小径になる度合より比較的大きい領域では,先端錐部のねじ山の
ピッチは軸部のねじ山のピッチより長くなることが明らかである。
   以上によれば,審決は,引用発明の先端錐部においても,ねじ山のピッ
チがtan(リード角)に比例する関係にあると判断した点に関する限り,誤りが
あるということはできない。また,原告らが主張するように,審決が,先端錐部に
おいては,急傾角であるからといってねじ山のピッチが長くなるとは限らず,先端
錐部の急傾角の度合や錐部の軸径が小径になる度合によっては錐部のねじ山のピッ
チが軸部のねじ山のピッチより短くなる場合があることを認識していないとして
も,先端錐部のリード角を急傾角とする度合が錐部の軸径が小径になる度合より比
較的大きい領域では,先端錐部のねじ山のピッチが軸部のねじ山のピッチより長く
なる場合もあることは上記のとおりであるから,この点は,直ちに,引用発明の先
端錐部におけるねじ山のピッチの認定の誤りに結び付くものではない。
 ウ さらに,引用例(甲3)におけるねじ山のピッチの図示に関する原告ら
の主張について検討する。
   引用例の第1図に図示されているタッピングネジの先端錐部に形成され
たねじ山のピッチは,原告らが主張するように,軸部の基端側に形成されたねじ山
のピッチと比べて顕著な相違は認められないが,第3図に図示されているタッピン
グネジの先端錐部に形成されたねじ山のピッチは,軸部の基端側に形成されたねじ
山のピッチと比べて長いことが明らかである。引用例には,「この考案によれば,
タッピングネジのうち軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近から錐部へか
けては他部分のネジ条数のままでリード角のみを他部分に比し急傾角に形成してい
るので,複数条のネジは勿論のこと,一条ネジの場合にあっても下孔を形成せずと
も,ねじ込み当初の喰い込みを良くして,ねじ込み作業を迅速に行なえることにな
る。そして軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近を経ると,急傾角でない
通常のリード角に戻り,喰い込み当初よりも緻密で径の大きなねじ込みとなり,締
まり具合も良好となる」(3頁最終段落~4頁第1段落)と記載されている。この
「喰い込み当初よりも緻密で径の大きなねじ込みとなり,締まり具合も良好とな
る」との記載中,「緻密なねじ込みとなる」ことは,ねじが1回転して進む距離が
ねじ山のピッチに比例することからして,ピッチが小さくなることを意味すると解
されるから,先端錐部と軸部との境界付近において,ねじ山が先端錐部から軸部へ
移行するのに伴って,ねじ山のピッチが短くなること,すなわち,タッピングネジ
の先端錐部に形成されたねじ山のピッチは,先端錐部と軸部との境界付近におい
て,軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチと比べて長くなっているということ
ができる。そうすると,引用例の第3図及び上記記載からみて,引用例には,タッ
ピングネジの先端錐部に形成されたねじ山のピッチが,軸部の基端側に形成された
ねじ山のピッチと比べて長いことが開示されていると認められる。
原告らは,引用例の第3図がリード角とピッチとの関連においてずさん
なものであるとか,何を意図して図示されているか引用例に記載されていないとか
主張するが,当業者が,引用例に開示された技術事項を上記認定の限度において理
解し得ることを否定するに足りる根拠とはなり得ない。
   したがって,引用発明のねじ山のピッチについて,審決の,「引用発明
においても,前記先端錐部にかけて形成されたネジ部におけるねじ山の軸方向にみ
たピッチは,他部分すなわち軸部の基端側に形成されたネジ部におけるねじ山のピ
ッチより長くされているものである」(審決謄本10頁第1段落)とした認定に誤
りはない。
(4) 以上によれば,原告らの取消事由1の主張は理由がない。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
(1) 原告らは,本件発明の構成Aについて,引用発明と実質的な相違点ではな
いとした審決の判断の誤りを主張する。
 ア 原告らは,構成Aが「ある部材に他の部材を重ねてねじ止めするための
ねじ釘」と限定した点について,「ねじ釘が普通に使用される態様を表したものに
すぎず,上記構成Aについての限定のないねじ釘と実質的な差違はない」(審決謄
本12頁第1段落)とした審決の判断中,「上記構成Aについての限定のないねじ
釘」が何を指すのか不明であると主張するが,「上記構成Aについての限定のない
ねじ釘」は,審決の記載からして,本件発明に係る「ねじ釘」から,構成Aの「あ
る部材(例えばALC部材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止めするため
のねじ釘」という限定を除いたものであることは明らかである。そして,技術常識
からして,審決が認定判断したように,「一般に,ある部材に対して他の部材を重
ねてねじ止めすることは,ねじ釘の用途としてきわめて普通のものであり,『ある
部材に他の部材を重ねてねじ止めするためのねじ釘』と限定した点は,ねじ釘が普
通に使用される態様を表したものにすぎ」ないということができるから,審決が,
本件発明に係る「ねじ釘」を,「上記構成Aについての限定のないねじ釘と実質的
な差違はない」とした判断に誤りはない。
 イ また,原告らは,本件発明が,ある部材及び他の部材とも,下穴なしで
ねじ込み可能であるのに対して,引用発明では,他の部材には下穴としてねじ山径
よりも大きめの丸穴(いわゆるバカ穴)が必要であると主張する。 しかしなが
ら,そもそも,本件明細書には,本件発明に係るねじ釘において下穴が不要である
旨の記載はないのみならず,審決も,下穴について何ら規定していない構成Aの
「ある部材(例えばALC部材)に他の部材(例えば木板)を重ねてねじ止めする
ためのねじ釘」という限定について,実質的な差異はないと認定判断したものであ
るから,ある部材及び他の部材をねじ止めする際に,これらの部材に下穴が必要か
否かは,上記認定判断を左右しない。そればかりでなく,引用例(甲3)の,「こ
の考案によれば,・・・複数条のネジは勿論のこと,一条ネジの場合にあっても下
孔を形成せずとも,ねじ込み当初の喰い込みを良くして,ねじ込み作業を迅速に行
なえることになる」(3頁最終段落~4頁第1段落)との記載からみて,引用発明
のタッピングネジにおいても,ある部材及び他の部材に下穴を設けなくともねじ込
みが可能であることは,上記のとおりである。この点について,原告らは,引用例
の「下穴不要」という記載の意味は,単に,ある部材にねじ込みやすいことのみを
示すにすぎないと主張するが,上記記載が,ある部材にねじ込みやすいことを意味
するものとすれば,引用発明のタッピングネジも,当然,ある部材及び他の部材に
下穴(いわゆるバカ穴)を設けなくてもねじ込みが可能であるというべきであっ
て,原告らが主張するように,ある部材にねじ込みやすいことのみを意味すると限
定的に解すべき理由はない。
  (2) さらに,原告らは,本件発明の構成Cについて,引用発明と実質的な相違
点ではないとした審決の判断の誤りを主張する。
ア 審決が,引用発明のねじ山のピッチについて,「引用発明においても,
前記先端錐部にかけて形成されたネジ部におけるねじ山の軸方向にみたピッチは,
他部分すなわち軸部の基端側に形成されたネジ部におけるねじ山のピッチより長く
されているものである」(審決謄本10頁第1段落)とした認定に誤りのないこと
は,上記のとおりである。引用発明のタッピングネジにより,ある部材に他の部材
を重ねてねじ止めすれば,先端錐部が他の部材を抜けて出てある部材を通過すると
ともに,軸部の基端部分が他の部材を通過する場合が生ずるが,この場合に,ある
部材を通過するねじ部のねじ山のピッチは,他の部材を通過するねじ部のねじ山の
ピッチより当然長くなる。そうすると,ねじが1回転して軸方向に進む距離はねじ
山のピッチに比例することを考慮すれば,審決が,「先端錐部にかけて形成された
ネジ部の軸方向に進む距離は,・・・前記境界個所ないしはその付近を経たあとの
ネジ部の進む距離よりも長くなることは明らかである。したがって,ある部材に他
の部材を重ねてねじ止めした場合に,ある部材を通過している先端部分の軸方向に
進む距離が,他の部材を通過しているねじ釘の基端部分の進む距離よりわずかに長
くなることにより,ある部材に対する他の部材の浮き上がりを解消すること,すな
わち構成Cは,引用発明が有している自明の作用効果にすぎない」(同12頁第3
段落)として,構成Cは実質的な相違点ではないと判断したことに誤りがあるとは
いえない。
イ 原告らは,先端錐部のリード角を軸部より急傾角にすることにより,錐
部のねじ山のピッチもおのずと長くなると錯覚したものであると主張する。しかし
ながら,審決が,引用発明の先端錐部においても,ねじ山のピッチがtan(リー
ド角)に比例する関係にあると判断した点に関する限り誤りがないことは上記のと
おりであり,また,引用例には,タッピングネジの先端錐部に形成されたねじ山の
ピッチが,軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチと比べて長いことが開示され
ていると認められるから,原告ら主張の点は,審決の上記認定判断を左右するもの
ではない。
 ウ 原告らは,本件発明の技術的課題は,とがり先ドリリングタッピングね
じにおいて,ある部材と他の部材とも,下穴を開けずにねじ止めしようとする場
合,ねじ先端(ポイント)がある部材に挿入する際に,ある部材と他の部材との間
に必ず隙間を生ずるという問題点があることを解消することにあるのに対して,引
用発明の主旨は,あくまでもタッピングネジを部材に喰い込みやすくするための工
夫であると主張するが,部材にねじ釘を喰い込みやすくすることと,本件発明の上
記技術的課題とは,何ら矛盾するものではない。
 エ また,原告らは,本件発明は,ある部材及び他の部材を下穴なしでねじ
込み可能であり,浮きの解消を行った上,強固に取り付けることができるのに対し
て,引用発明では,他の部材にいわゆるバカ穴を開けておかなければ十分な密着固
定ができないと主張するが,上記のとおり,引用発明のタッピングネジも,ある部
材及び他の部材に下穴を設けなくともねじ込み可能であるから,原告らの上記主張
は失当である。
 オ さらに,原告らは,「ねじ山のピッチ差でねじの締め具合を良好にでき
る」ことは,引用例に記載されておらず,決め付けにすぎないとも主張するが,上
記のとおり,引用例のタッピングネジの先端錐部に形成されたねじ山のピッチは,
軸部の基端側に形成されたねじ山のピッチと比べて長いから,引用例(甲3)に,
「軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近を経ると,・・・喰い込み当初よ
りも緻密で径の大きなねじ込みとなり,締まり具合も良好となる」(4頁第1段
落)と記載されているとおり,引用発明において,先端錐部におけるねじ山のピッ
チと軸部の基端側におけるねじ山のピッチの差により「ねじの締め具合を良好にで
きる」ことは明らかである。
  (3) 以上のとおり,原告らの取消事由2の主張は理由がない。
 3 取消事由3(引用例の記載事項についての発明性の判断の誤り)について
 原告らは,引用例に記載された事項は,考案者の単なる考案内容を開示した
ものにすぎず,何ら新規の考案ではないし,特許法2条1項にいう「自然法則を利
用した技術的思想の創作のうち高度のもの」でもないから,引用発明は,同法29
条1項3号にいう発明に該当しない旨主張する。
 特許法は,同法2条1項において,上記のとおり「発明」の定義を定めてい
るが,これとは別に,同条2項に「特許発明」の定義規定を置いていることからみ
ると,同法2条1項にいう「発明」は,必ずしも特許要件を備えるほど高水準のも
のに限られないことは明らかである。したがって,同法2条1項は極めて一般的な
概念規定と解すべきであり,同法29条1項3号の「発明」に関していえば,当業
者が,刊行物に記載されている技術的思想の内容を理解して容易にその実施をし得
る程度に,当該技術的思想の内容,すなわち,その構成が具体的に開示されている
ものと認められれば足り,必ずしも特許要件を備えるほど高水準のものであること
を要しない。本件において,審決は,引用例に開示されている引用発明を「タッピ
ングネジ部のうち軸部と先端錐部との境界個所ないしはその付近から先端錐部にか
けてリード角を他部分のリード角に比し急傾角に形成してなるタッピングネジ」
(審決謄本7頁下から第2段落)と認定しており,この認定は首肯するに足りると
ころ,当業者が,本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用
例(公開実用新案公報)の明細書及び図面に接した場合に,上記の引用発明の内容
を理解して容易にその実施をし得る程度に,その構成が具体的に開示されているも
のと認められることは,以上の認定及び判断に照らして明らかであるから,引用例
の記載事項は同法29条1項3号にいう発明に該当するというべきである。
 したがって,これと同旨の前提に立ち,引用発明との対比において本件発明
の同法29条1項3号違反を判断した審決に原告ら主張の誤りはなく,原告らの取
消事由3の主張は理由がない。
 4 以上のとおり,原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判
決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠   原   勝   美
    裁判官 岡   本       岳
    裁判官 早   田   尚   貴

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