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平成18年5月23日判決言渡
平成17年(ネ)第3567号敷金返還請求控訴事件
(原審京都地方裁判所平成16年(ワ)第2671号)
判決
主文
1原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は,控訴人に対し,55万8600円及びこれに対する平成
16年2月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,55万8600円及びこれに対する平成16
年1月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,株式会社A(以下「A」という。)を賃貸人,控訴人を賃借人とす
る建物賃貸借契約の終了後,控訴人が,Aの承継人である被控訴人に対し,A
に預託した敷金140万円から,約定の敷金控除額42万円,未払光熱費2万
2114円及び既に返還を受けた39万9286円を控除した残額55万86
00円の返還と,これに対する賃借建物の明渡し後の平成16年1月1日から
支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めたの
に対し,被控訴人が,①前記賃貸借契約には,通常の使用に伴う損耗(以下
「通常損耗」という。)を含めて,賃借人の負担で契約締結当時の原状に回復
する旨の特約がある,②約定の敷金控除額42万円に対する消費税相当額2万
1000円は賃借人が負担すべきである等と主張して,敷金140万円から,
約定の敷金控除額とこれに消費税相当額を加えた44万1000円,未払光熱
費2万2114円,原状回復費53万7600円及び既払金39万9286円
を控除すると,控訴人に返還すべき敷金残額はない等として争った事案である。
本件訴えは,京都簡易裁判所に提起され,当初は同裁判所が審理していたが,
その後京都地方裁判所に移送された。
原審である京都地方裁判所は,上記①の特約の存在を認める等して,控訴人
の請求を棄却する判決をした。これに対し,控訴人が,請求を認容することを
求めて控訴した。
2基礎となる事実
原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「1基礎となる事
実」と同じであるから,これを引用する。
3争点及び争点に対する当事者の主張
原判決8頁9行目の「付帯請求」を「附帯請求」に改めるほかは,原判決の
「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の「2争点及び争点に対する当
事者の主張」と同じであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1無権代理か否かについて
当裁判所も,Bが,京都簡易裁判所で控訴人の訴訟代理人として行った訴訟
行為は有効であると解する。その理由は,原判決の「事実及び理由」中の「第
3争点に対する判断」の「1争点(1)について」と同じであるから,これを
引用する。
2原状回復義務についての特約の成否について
(1)認定事実
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3争点に
対する判断」の「2争点(2)及び(3)について」の「(1)」と同じであるから,
これを引用する。
ア10頁17行目の「15」を「17」に改める。
イ12頁6行目の次に改行して,次のとおり加える。
「エ被控訴人は,控訴人から本件貸室の明渡しを受けた後,本件貸室につ
いて全く内装工事を行わないまま,平成16年12月10日から,Cに
賃貸している。」
(2)判断
そこで,本件賃貸借契約において,通常損耗も含めて控訴人が原状回復義
務を負う旨の特約が締結されたか否かについて,検討する。
ア建物の賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回
復して返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件
の使用とその対価として賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の
損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであ
る。そのため,建物の賃貸借においては,通常損耗により生ずる投下資本
の減価の回収は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に
含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると,建物の
賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負
わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課することになるから,賃
借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負
担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明
記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が
口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容と
したものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが
必要であると解するのが相当である(最高裁判所平成17年12月16日
第二小法廷判決・裁判所時報1402号6頁参照)。
イこれを本件についてみると,前記のとおり,本件賃貸借契約には,契約
が期間満了または解約により終了するときは,終了日までに,賃借人は本
件貸室内の物品等一切を搬出し,賃借人の設置した内装造作諸設備を撤去
し,本件貸室を原状に修復して賃貸人に明け渡すものとするとの条項(本
件賃貸借契約書22条1項)がある。
しかしながら,上記の条項は,その文言に照らし,賃借人の用途に応じ
て賃借人が室内諸設備等を変更した場合等の原状回復費用の負担や一般的
な原状回復義務について定めたものであり,この規定が,賃借人が賃貸物
件に変更等を施さずに使用した場合に生じる通常損耗分についてまで,賃
借人に原状回復義務を認める特約を定めたものと解することはできない。
したがって,同条項は,賃借人が通常損耗について補修費用を負担するこ
と及び賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を明記する
ものでないことは明らかであり,また,本件全証拠によっても,賃貸人が
これらの点を口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを
合意の内容としたと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されてい
ることを認めるに足りる証拠はないから,本件賃貸借契約において,通常
損耗分についても控訴人が原状回復義務を負う旨の特約があることを認め
ることはできない。
ウ被控訴人は,①営業用物件の場合には,賃借人の用途はさまざまであり,
賃借人の用途に応じて,室内諸造作及び諸設備の新設,移設,増設,除去,
変更が予定され,原状回復費用は,賃貸人に予測できない賃借人の使用方
法によって左右されるから,賃貸人が,通常損耗の原状回復費用を予め賃
料に含めて徴収することは不可能であること,②本件賃貸借契約において
は,そのような営業用物件の賃貸借契約の特徴を踏まえて,15条及び1
6条において,内装の変更工事等について,事前に賃貸人の書面による承
諾を得た上で,賃借人の責任と費用負担により,賃貸人の指定した工事人
によって行うものとされ,修繕についても,共用部分及び賃借人の所有以
外の造作,設備の破損もしくは故障に関する修繕は,賃借人の通知により,
賃貸人が必要と認めたもののみその費用を負担して実施し,貸室内の建具
類,ブラインド,ガラス,照明器具,スイッチ,コンセント等および付属
品の修繕や貸室内の壁,天井,床等に関する修繕(塗装および貼り替えを
含む。)は賃借人の負担とするものとされ,22条において,賃借人に対
し,原状回復義務を負わせていることを挙げ,本件賃貸借契約中には,通
常損耗分についても控訴人が原状回復義務を負う旨の特約があると主張す
る。
しかしながら,前示のとおり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という
契約の本質上当然に予定されているものであって,営業用物件であるから
といって,通常損耗に係る投下資本の減価の回収を,減価償却費や修繕費
等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行うこ
とが不可能であるということはできず,また,被控訴人が主張する本件賃
貸借契約の条項を検討しても,賃借人が通常損耗について補修費用を負担
することが明確に合意されているということはできないから,被控訴人の
上記主張は,採用することができない。
3本件貸室の汚損等状況及び原状回復費用の額について
(1)本件貸室の汚損等の状況は,前記2(1)において引用する原判決記載のとお
りであり,これらの汚損等の内容及び程度,被控訴人がこれらの汚損につい
て全く補修することなく,新たに賃貸していること並びに「原状回復をめぐ
るトラブルガイドライン(改訂版)」(国土交通省住宅局)別表1(甲1
5)において家具の設置による床,カーペットのへこみ,設置跡,フローリ
ングの色落ち,生活必需品であるエアコンの設置による壁のビス穴等が通常
の使い方をしていても発生する損耗に区分されていることに照らすと,これ
らの汚損等が通常損耗の範囲を超えたものであることを認めることはできな
い。
被控訴人は,本件特約の存在が認められないとしても,本件貸室の汚損に
ついては,控訴人は,善管注意義務違反による損害賠償義務を負うと主張す
るが,本件貸室の汚損が,通常損耗の範囲を超えるということはできず,善
管注意義務違反によって生じたことを認めるに足りないから,被控訴人の主
張は理由がない。
(2)被控訴人は,控訴人は,壁クロス張替工事,壁巾木取替工事及びタイルカ
ーペット張替工事等に必要な費用中,減価償却割合に照らし,72.5%を
負担する義務があると主張するが,その主張は独自の見解に基づくものであ
って,控訴人がこのような義務を負う根拠はないから,上記主張は,採用す
ることはできない。
(3)以上によれば,控訴人が負担すべき原状回復費用を認めることができない。
4敷引分の消費税相当額の負担について
(1)本件賃貸借契約の契約書(甲1)によれば,敷金は,契約開始日から10
年未満に賃貸借契約が終了する場合は,7割を返還する旨の規定(6条7
項)があるが,この場合に賃貸人が差し引くことのできる敷金の3割相当額
について,その消費税相当額を賃借人が負担する(消費税相当額を差し引い
て返還する。)のであれば,実際には7割を下回る額しか返還しないことに
なるから,その旨明記するのが通常であると考えられるところ,上記契約書
には,その旨を定めた規定は存しない。
他方,賃料等の支払については,賃料及び諸費用については,前記契約書
8条において,消費税が課せられる場合には賃借人の負担とする旨の規定が
ある。
これらの規定を対比すれば,本件賃貸借契約において,消費税相当額を賃
借人である控訴人が負担する合意があるものと認めることはできない。
(2)なお,重要事項説明書(乙6)には,「契約内容の諸条件と費用」として,
敷金から控除すべき金額を「償却費」とし,それに関する消費税の有無につ
いて「有」と明記されており,被控訴人は,これをもって控訴人が,控除さ
れる金額についての消費税を負担することを裏づけるものであると主張する
が,前記契約書においては,敷金から控除すべき金額を「償却費」とする旨
の規定はないから,この記載のみから,控訴人と被控訴人との間で,控訴人
が被控訴人の主張する消費税相当額を負担する合意があったと認めることは
できず,他に,そのような合意を認めるに足りる証拠はない。
(3)よって,この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
5附帯請求の起算日について
本件賃貸借契約の契約書(甲1)の第6条によれば,敷金は,本件賃貸借契
約に基づく控訴人の債務の履行を担保するために控訴人から被控訴人に対して
預け入れられたものであり,控訴人が被控訴人に対し,本件賃貸借契約が終了
し,本件貸室の明渡しが終了した後,賃借人である控訴人の電気料等諸費用の
すべての債務について精算した上で,遅滞なくその残額を返還すべきであり,
また,同契約書の第22条によれば,控訴人は,被控訴人に対し,明渡しまで
の電気料等諸費用を支払うものとされているから,この部分の精算が済んだ後,
速やかに控訴人に残額を返還すべきであると解される。
そして,預敷金清算書(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,遅くとも平成1
6年2月13日までには精算が終了し,残額を返還すべきであったと解される。
したがって,附帯請求の起算日は,平成16年2月14日であると認めるの
が相当である。
6結論
以上によれば,控訴人の請求は,敷金残額55万8600円及びこれに対す
る平成16年2月14日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅
延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は棄却す
るのが相当である。
これと一部結論を異にする原判決は相当でないから,原判決を上記の趣旨に
変更することとする。
大阪高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官柳田幸三
裁判官礒尾正
裁判官金子修

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