弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人沖田誠の上告趣意第一点(一)について。
 論旨は、原判決が証拠として採用した被告人に対する予審第一回訊問調書中の供
述記載の証拠能力を否定しているけれども、その理由として主張するところは、何
れも採用しがたい。
(イ) 成程、右の供述は被告人の勾留中になされたものであるけれども、その故
を以て所論のように任意になされたものでないとか、強制による供述であるとかい
うことはできない。
(ロ) 証拠とせられる書類については、その供述者又は作成者を公判期日におい
て訊問する機会を被告人に与へなければならないという刑訴応急措置法第一二条の
規定は、被告人の供述を録取した書類については、その適用のないこと明文の示す
通りであるから、右の予審訊問調書の作成者を訊問し得ることを被告人に告知すべ
きであつたという所論は、理由がない。
(ハ) 原審第三回の公判調書には、「各訊問調書」その他の証拠書類の「各要旨
を順次告げ」と記載しあり、公判手続を更新した第四回の公判調書には、「第三回
公判調書記載の各書類」その他の証拠書類の「各要旨を順次に告げ」た旨の記載が
ある。即ち所論のように各訊問調書を「一括してその要旨を告げた」のではなくて、
「各要旨を順次に告げ」たというのであるから、訊問調書の一つである右の予審訊
問調書についても、個別的に適法な証拠調がなされたことが窺われる。所論のよう
な証拠調の違法はない。
(ニ) 裁判所が被告人の自白とその他の証拠とを綜合して犯罪事実を認定するに
あたつては、その犯罪事実の全部にわたつて自白以外の傍証を必要とするのではな
く、一部分については自白が唯一の証拠であつても違法でないこと、当裁判所の屡
次の判例(昭和二二年(れ)第一三六号、同年一二月一六日言渡第三小法廷判決。
昭和二二年(れ)第一五三号、同年六月九日言渡大法廷判決等参照)の示す通りで
ある。従つて本件のように、被告人が左手拳で被害者の右頭部を殴つたという点に
ついては被告人の自白以外に証拠がなくとも、犯罪事実全体としては他に幾多の証
拠がある場合に於ては、原判決のような事実の認定をすることは、些つとも違法で
はない。
 これを要するに論旨第一点(一)の各主張は何れも理由がない。
 同第一点(ニ)について。
 原審における証人Aに対する訊問調書を調べてみると、裁判長が「脳実質内出血
乃至脳室内出血があつたことは、死因たり得たろうとは言えるか」と問うたのに対
して、右の証人は「断定することは難しいですが、言えると思います」と答えてい
る。かような問いは所論のようにいわゆる誘導訊問とは認められない。従つて右の
証言を証拠として採用することには何等の違法も存しない。
 論旨は又第一審における証人Bの証言の信ずるに足りないことを主張しているけ
れども、証拠の信憑力の問題は原審の自由心証に一任せられていることであるから、
右の証言を証拠として採用した原判決を、所論のような理由によつて違法とするこ
とはできない。
 要するに論旨は、原審の自由裁量権に属する証拠の取捨選択又は事実認定を非難
することに帰着するものであるから、上告適法の理由となり得ない。
 以上の理由により刑事訴訟法施行法第二条、旧刑事訴訟法第四四六条に従い主文
の通り判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官 長谷川瀏関与
  昭和二四年三月二九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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