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令和2年6月4日判決言渡
令和元年(行ケ)第10145号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年2月18日
判決
原告株式会社ベストワン
同訴訟代理人弁理士伊藤捷雄
被告特許庁長官
同指定代理人有水玲子
金子尚人
豊田純一
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2018-16711号事件について令和元年9月3日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等(後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認め
られる事実)
(1)原告は,次の商標(以下「本願商標」という。)につき,指定商品を第3
0類「みそ」として,平成29年6月15日に商標登録出願をしたが(乙1),
平成30年9月5日付けの拒絶査定を受けたため(甲21),平成30年1
2月14日,これに対する不服審判請求をした。
(2)特許庁は,上記請求を不服2018-16711号事件として審理した上,
令和元年9月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下
「審決」という。)をし,その謄本は,同月30日に原告に送達された。
(3)原告は,令和元年10月30日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起し
た。
2審決の理由の要旨
審決の理由は,別紙「審決」(写し)のとおりであり,要するに,本願商標
は,商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であ
り,商標法3条1項3号に該当するから,登録することができないというもの
である。
第3原告主張の取消事由(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)
1審決は,本願商標は,指定商品に使用した場合に,その商品が「天地返しを
して仕込んだ商品」であること,すなわち,商品の品質を表したものと認識さ
れるとして,本願商標が商標法3条1項3号に該当すると判断したが,次のと
おり,誤りである。
2商標法3条1項3号該当性について
(1)「天地返し」の意義
「天地返し」とは農作業時に下側の土と上側の土を入れ替える作業のこと
を意味する(甲36)から,農地が先にあってその農地の上下を入れ替える
という意味である。そして,これを味噌の製造工程に結びつけると,先に天
地返しするもの(味噌)があって,これを上下入れ替えるという意味にとら
える。そうすると,本願商標の指定商品である味噌の業界において,「天地
返し」とは,「熟成させた味噌の上下を入れ替える,ひっくり返す」という
意味に捉えるべきであり,これを「上下を入れ替える,ひっくり返す」とい
う意味として理解した審決は誤りである。味噌の一般需要者においても,「天
地返し」については,樽詰めした味噌があって,これを天地返しをするとと
らえるはずである。
(2)味噌の製造工程における「天地返し仕込」について
味噌の製造工程において,「仕込み」は味噌の原料を例えば樽に詰め込む
作業である。また,上記(1)によれば「天地返し」は味噌の熟成を待って上下
に入れ替え,品質の均質化を図ることである。このような味噌の製造工程に
照らせば,天地返しをして,あるいは,天地返しをしつつ仕込むということ
はあり得ない。ウェブサイト上でも,「天地返し仕込」を「天地返しをして
仕込む」という意味合いにとらえた説明はない(甲37~41)。
(3)本願商標について
本願商標は「天地返し仕込」と,漢字かな交じりで同書同大等間隔に書さ
れてなり,「テンチカエシシコミ」又は「テンチガエシシコミ」と淀みなく
すらすら称呼できることから,一種の成句というべきである。
上記(2)のとおり,味噌の製造工程に天地返しをして仕込むという工程は存
在しないため,「天地返し仕込」は一種の造語とみるべきであり,本願商標
は特別顕著性あるいは自他商品識別力を備えた商標である。
3商標法3条2項について
(1)本願商標の使用
本願商標と同一の標章を付した味噌の商品(甲44。以下「本件商品」と
いう。)は,平成29年9月5日にオーケー株式会社の店舗向けの商品とし
て信州味噌株式会社によって生産され,原告の親会社である株式会社山愛フ
ーズへ納められた(甲45の1)から,本件商品の生産開始日は同日である。
株式会社山愛フーズは原告との間の使用許諾契約に基づき,本願商標につい
て範囲全部の使用権を有している(甲49)。
本件商品の平成29年9月の生産数量は4,812個(甲45),平成3
0年9月の生産数量は1,800個(甲46),令和元年9月の生産数量は
2,040個(甲47)である。本件商品の生産は年度によってばらつきが
あるものの現在また盛り返してきており,ウェブサイト上でも広告宣伝(甲
44)されている。
(2)商標法3条2項該当性
以上によれば,本願商標は指定商品との関係で,一般需要者にも認識され,
信用が化体し,既に商標法3条2項の規定により保護されるべき商標になっ
ているというべきである。
4結論
本願商標は商標法3条1項3号に該当せず,また,仮に該当するとしても同
条2項に該当するから,本願商標は登録することができないとした審決の判断
は誤りであり,審決は取り消されるべきものである。
第4被告の反論
1商標法3条1項3号該当性について
味噌を取り扱う業界において,「仕込(み)」の語は,必ずしも,「酒や味
噌・醤油などの醸造で,原料を混ぜて桶などにつめること。」の意味として使
用されているものではない。「仕込(み)」は味噌の製造工程における作業や
手間等を表示するものとしても使用され,また,「仕込(み)」の文字の前に,
味噌の品質等に関する文字や原材料等を表示する文字が結合された場合には,
「仕込(み)」の文字部分は,「醸造された商品(味噌)」と同旨の意味合い
で使用されているから,「天地返し仕込」を指定商品である味噌に使用した場
合,取引者,需要者をして,商品の品質を表したものと認識されるものである
と認められる。
したがって,本願商標は,商標法3条1項3号に該当する。
2商標法3条2項について
(1)本願商標の使用について
本件商品はオーケー株式会社が運営するスーパーマーケット「OK」のみ
で販売されていることが推測されるが,同店舗の店舗数は,令和元年12月
26日時点において,東京23区内に44店舗,東京23区外に18店舗,
千葉県に9店舗,神奈川県に41店舗,埼玉県に10店舗,宮城県に1店舗
の計123店舗であり(乙32),販売地域は限定されている。本件商品の
販売開始時期は平成29年9月5日であると推認できるが,これによっても
販売期間は長期間とはいえない。
上記店舗における本件商品の販売数量及び売上高は不明である。信州味噌
株式会社から株式会社山愛フーズに納品された本件商品の数量を販売数量と
推認した場合,平成29年9月が4,809個(甲45),平成30年9月が
1,800個(甲46),令和元年9月が2,070個(甲47)と減少傾向
である。本件商品の販売数量及び1個あたりの重量(750g)と全国の味
噌の生産量(乙33)から算出される,本件商品の生産量ベースでの市場占
有率(シェア)は,平成30年9月が0.0034%,令和元年9月が0.0
039%であり,決して高いとはいえない。
本件商品の宣伝広告はオーケー株式会社のウェブサイトの掲載記事(甲4
4)のみであり,この掲載記事の掲載日や閲覧数は不明であるから,本件商
品の需要者に対する認知度を向上させるとはいえないものである。
なお,本件商品の容器に付された商品ラベルには,「信州味噌株式会社」
の文字が記載され,原告の名称は記載されていないから,需要者は,本件商
品が信州味噌株式会社の出所によるものと認識すると考えるのが自然である。
原告と株式会社山愛フーズとの間の使用許諾契約の内容を需要者は知り得な
いし,原告の名称を使用して本件商品の取引等が行われた証拠はない。
(2)商標法3条2項該当性
以上によれば,本願商標は,原告はもとより,製造者である信州味噌株式
会社,販売者であるオーケー株式会社及び同社に納品する株式会社山愛フー
ズの業務に係る商品を表示するものとして周知なものであるとはいえない。
したがって,本願商標につき,商標法3条2項の要件を具備しない。
第5当裁判所の判断
1商標法3条1項3号該当性について
(1)「天地返し」「仕込」について
ア本願商標は,「天地返し仕込」との文字を縦書きし,同書同大等間隔で,
江戸文字風の書体で記載したものであり,「天地返し」と「仕込」との語
を組み合わせたものであるといえる。
イ「天地返し」とは,「田畑を深く耕して,土の表層と下層とを入れ替え
ること」を意味し(甲20の2,乙2の1),「仕込」は,「酒や味噌・醤
油などの醸造で,原料を混ぜて桶などにつめること」を意味する「仕込み」
と同義であると解される(乙2の2,弁論の全趣旨)。
ウさらに,「天地返し」及び「仕込(み)」について,味噌を取り扱う業
界では次のとおり使用されている。
(ア)「天地返し」について,味噌の製造販売会社のウェブサイト等におい
て,①「『発酵・熟成』部門の一大イベントが<天地返し>(味噌の位
置の入れかえ)。大型熟成タンクに収めてから数週間後,専用の機械を
使用し,仕込み中の味噌をタンクの底から,別のタンクへ移し替えます。
この際,タンク内での味噌の位置(上下=天地)が入れ替わります。」
の記載(乙3),②「仕込み蔵・・・「天地返し」が行われます。天地
返しは味噌の外側と中心や上下で熟成にムラが出てしまうので,全体を
均一に熟成させるためや,乳酸菌や酵母に酸素を送る等の効果がありま
す。」の記載(甲27),③「天地返しタンクをひっくり返して中身
を撹拌し,全体の品質を均一に,発酵熟成を促進させます。」の記載(甲
33),④「熟成中にタンク内のみそをひっくり返して自然発酵を促す
『天地返し』など・・・今でも大半を手作業で仕込む。」の記載(乙4)
がある。
また,味噌の製造工程において「天地返し」を行ったことをそのラベ
ルに記載した味噌が販売されている。すなわち,⑤「木樽仕込み天地
返し味噌」とのラベルと「国産の大豆と,米麹を使い,2回の天地返し
(楷を入れる)をすべて手仕事で仕込んでおります。天然の風味をご堪
能ください。」との商品説明(甲28,乙5),⑥「二度の天地返しに
よる奥深い味わい」とのラベルと「二度の天地返しと低温熟成で香り高
く仕上げています。」との商品説明(甲34,乙8),⑦「杉樽仕込天
地返し」とのラベルと「100年の杉樽で熟成させ天地返しをする事に
より味噌全体の発酵を促進させたお味噌です。」との商品説明(甲35),
⑧「天地返し一年熟成とんばら生みそ」とのラベルと「こだわりの
天地返し熟成製法によりじっくり作りました。」との商品説明(乙10)
が記載された味噌が販売されている。
(イ)味噌の原材料を木桶や杉樽などに入れて醸造した味噌について,「木
桶仕込」,「木樽仕込」,「樽仕込」,「杉樽仕込」(甲28,35,
乙11~19)などとして販売され,また,原材料等に着目して「○○
大豆仕込」(乙20,21)や「籾発芽玄米仕込」(乙22),「全麹
仕込」(乙24,25),「二倍麹仕込」(乙26),「四十麹仕込」(乙
27),「黄麹仕込」(乙28),「国産米仕込」(乙29),「新潟
米仕込」(乙30),「岡山酒米仕込」(乙31)と,醸造期間に着目
して「参年仕込」(乙23)などと称した味噌が販売されている(以上
について,「仕込」と「仕込み」の別は捨象した。)。
エ上記ウ(ア)によれば,味噌の製造工程においては,「天地返し」とは,味
噌の発酵・熟成の過程で味噌の上下方向の位置を入れ替えることを意味し,
味噌の熟成ムラを防いで全体の品質を均一にするなどの効果があることが
理解でき,同⑤~⑧のとおり,「天地返し」を商品の品質を示すものとし
て表示した味噌が複数販売されている。
また,上記ウ(ア)①④⑤及び(イ)に照らせば,味噌を取り扱う業界におい
ては,「仕込(み)」の語は,必ずしも,前記イ記載の辞書的意味である
「酒や味噌・醤油などの醸造で,原料を混ぜて桶などにつめること。」と
して使用されているものではなく,味噌の製造工程における作業や手間等
を表示するものとしても使用され,また,「仕込(み)」の語の前に,味
噌の品質等に関する文字や原材料等を表示する文字が結合された場合には,
「仕込(み)」の部分は,「醸造された商品(味噌)」と同旨の意味合い
でも使用されているといえる。
そうすると,「天地返し仕込」の文字を指定商品である味噌に使用した
場合,取引者,需要者をして,「製造工程において上下方向の位置の入れ
替えがされた味噌」という商品の品質を表したものと認識されるものであ
ると認められる。
(2)以上に加え,上記(1)アのとおりの本願商標の構成に照らせば,本願商標
は,商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標で
あり,商標法3条1項3号に該当するということができる。
(3)原告の主張について
原告は,味噌の製造工程において,天地返しをして仕込むという工程は存
在しないから,「天地返し仕込」は一種の造語であり,自他識別性を有して
いるから,品質を表したものとは認識されないと主張する。しかし,「仕込」
の語が味噌を取り扱う業界において,必ずしも「原料を混ぜて桶などにつめ
ること。」の意味で使用されているものではないのは上記(1)エに説示したと
おりである。また,本願商標の指定商品である味噌の需要者には一般消費者
が含まれるところ,一般消費者が,味噌の製造工程において,天地返しをす
る対象が醸造された味噌なのかその原料なのかといった点に着目するとは解
し得ない。これによれば,味噌の製造工程において,天地返しをして仕込む
という工程が存在するか否かは,上記判断を左右するものではない。
以上によれば,「天地返し仕込」について,取引者,需要者をして商品の
品質を表したものと認識されるというべきであり,原告の主張は採用できな
い。
2商標法3条2項について
(1)商標法3条2項について
商標法3条2項所定の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商
品又は役務であることを認識することができるもの」に該当するか否かにつ
いては,当該商標が使用された期間及び地域,商品の販売数量及び営業規模,
広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情を総合して判断すべきである。
(2)商標の使用について
原告は,平成29年9月5日から,信州味噌株式会社が本願商標と同一の
標章を付した味噌の商品(本件商品)を生産し,この商品が原告の親会社で
ある株式会社山愛フーズに納品され,オーケー株式会社の店舗で販売された
として,本願商標は,商標法3条2項に該当すると主張する。
しかし,原告の主張を前提としても,本件商品の販売期間は3年未満であ
り,その販売地域は1都4県と限定されている(乙32,弁論の全趣旨)。
そして,本件商品の生産数量は発売当初は月間約4800個であったものの
その後は減少しており,原告の主張から推計される全国シェアは生産量ベー
スで平成30年9月及び令和元年9月において0.005%に満たないこと
がうかがわれ(乙33,弁論の全趣旨),他に本件商品のシェアを示す的確
な証拠もない。また,本件商品の広告宣伝が広く行われたことを認めるに足
りる証拠もない。
以上によれば,本願商標が商標法3条2項所定の「使用をされた結果需要
者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるも
の」に該当するということはできない。
3以上のとおり,本願商標は商標法3条1項3号に該当し,同条2項に該当す
るということはできない。したがって,本願商標について登録できないものと
した審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由は理由がない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
山門優
裁判官
高橋彩

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