弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告理由第二点の論旨は理由がない。
         理    由
 上告代理人大堀有介の上告理由第二点について
 一 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三四条前段
 所論は、要するに、身体の拘束を受けている被疑者と弁護人又は弁護人を選任す
ることができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)
との接見等を検察官、検察事務官又は司法警察職員(以下「捜査機関」という。)
が一方的に制限することを認める刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段
に違反するというのである。
 1 憲法三四条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人
に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定める。この弁
護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となってい
る嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の
自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするも
のである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨
害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任し
た上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持
つことを実質的に保障しているものと解すべきである。
 刑訴法三九条一項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又
は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士
でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なく
して接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、被疑者と
弁護人等との接見交通権を規定しているのは、憲法三四条の右の趣旨にのっとり、
身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人
等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑
訴法の右規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる(最高裁昭
和四九年(オ)第一〇八八号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号
八二〇頁、最高裁昭和五八年(オ)第三七九号、第三八一号平成三年五月一〇日第
三小法廷判決・民集四五巻五号九一九頁、最高裁昭和六一年(オ)第八五一号平成
三年五月三一日第二小法廷判決・裁判集民事一六三号四七頁参照)。
 2 もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が
国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人等との
接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶
対的に優先するような性質のものということはできない。そして、捜査権を行使す
るためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法
はこのような取調べを否定するものではないから、接見交通権の行使と捜査権の行
使との間に合理的な調整を図らなければならない。憲法三四条は、身体の拘束を受
けている被疑者に対して弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという
趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に右の調整の規定を設けることを
否定するものではないというべきである。
 3 ところで、刑訴法三九条は、前記のように一項において接見交通権を規定す
る一方、三項本文において、「検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員
及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起
前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定すること
ができる。」と規定し、接見交通権の行使につき捜査機関が制限を加えることを認
めている。この規定は、刑訴法において身体の拘束を受けている被疑者を取り調べ
ることが認められていること(一九八条一項)、被疑者の身体の拘束については刑
訴法上最大でも二三日間(内乱罪等に当たる事件については二八日間)という厳格
な時間的制約があること(二〇三条から二〇五条まで、二〇八条、二〇八条の二参
照)などにかんがみ、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整
を図る趣旨で置かれたものである。そして、刑訴法三九条三項ただし書は、「但し、
その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつて
はならない。」と規定し、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は飽くまで必
要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限
することは許されない旨を明らかにしている。
 このような刑訴法三九条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等か
ら被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与
えなければならないのであり、同条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」
とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に
限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、
弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が
弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないもの
と解すべきである。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が
現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、ま
た、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接
見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合
などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合
に当たると解すべきである(前掲昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決、前掲平成
三年五月一〇日第三小法廷判決、前掲平成三年五月三一日第二小法廷判決参照)。
 なお、所論は、憲法三八条一項が何人も自己に不利益な供述を強要されない旨を
定めていることを根拠に、逮捕、勾留中の被疑者には捜査機関による取調べを受忍
する義務はなく、刑訴法一九八条一項ただし書の規定は、それが逮捕、勾留中の被
疑者に対し取調べ受忍義務を定めているとすると違憲であって、被疑者が望むなら
いつでも取調べを中断しなければならないから、被疑者の取調べは接見交通権の行
使を制限する理由にはおよそならないという。しかし、身体の拘束を受けている被
疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者
からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでな
いことは明らかであるから、この点についての所論は、前提を欠き、採用すること
ができない。
 4 以上のとおり、刑訴法は、身体の拘束を受けている被疑者を取り調べること
を認めているが、被疑者の身体の拘束を最大でも二三日間(又は二八日間)に制限
しているのであり、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を
図る必要があるところ、(一)刑訴法三九条三項本文の予定している接見等の制限
は、弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、単
に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、接見等の時間を申出より
短縮させることができるものにすぎず、同項が接見交通権を制約する程度は低いと
いうべきである。また、前記のとおり、(二)捜査機関において接見等の指定がで
きるのは、弁護人等から接見等の申出を受けた時に現に捜査機関において被疑者を
取調べ中である場合などのように、接見等を認めると取調べの中断等により捜査に
顕著な支障が生ずる場合に限られ、しかも、(三)右要件を具備する場合には、捜
査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、
被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければなら
ないのである。このような点からみれば、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三
四条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではないというべきで
ある。
 なお、刑訴法三九条三項本文が被疑者側と対立する関係にある捜査機関に接見等
の指定の権限を付与している点も、刑訴法四三〇条一項及び二項が、捜査機関のし
た三九条三項の処分に不服がある者は、裁判所にその処分の取消し又は変更を請求
することができる旨を定め、捜査機関のする接見等の制限に対し、簡易迅速な司法
審査の道を開いていることを考慮すると、そのことによって三九条三項本文が違憲
であるということはできない。
 5 以上のとおりであるから、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段
に違反するものではない。論旨は採用することができない。
 二 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三七条三項
 所論は、要するに、憲法三七条三項の規定は、公訴提起後の被告人のみならず、
公訴提起前の被疑者も対象に含めているとし、それを前提に、刑訴法三九条三項本
文の規定は憲法三七条三項に違反するというのである。
 しかし、憲法三七条三項は「刑事被告人」という言葉を用いていること、同条一
項及び二項は公訴提起後の被告人の権利について定めていることが明らかであり、
憲法三七条は全体として公訴提起後の被告人の権利について規定していると解され
ることなどからみて、同条三項も公訴提起後の被告人に関する規定であって、これ
が公訴提起前の被疑者についても適用されるものと解する余地はない。論旨は、独
自の見解を前提として違憲をいうものであって、採用することができない。
 三 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三八条一項
 所論は、要するに、憲法三八条一項は、不利益供述の強要の禁止を実効的に保障
するため、身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との接見交通権をも保障して
いると解されるとし、それを前提に、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三八条
一項に違反するというのである。
 しかし、憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁止を実効的に保障するためどの
ような措置が採られるべきかは、基本的には捜査の実状等を踏まえた上での立法政
策の問題に帰するものというべきであり、憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁
止の定めから身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との接見交通権の保障が当
然に導き出されるとはいえない。論旨は、独自の見解を前提として違憲をいうもの
であって、採用することができない。
 四 以上のとおりであるから、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段、
三七条三項、三八条一項に違反するものではないとした原審の判断は正当であり、
原判決に所論の違法はなく、本件上告理由第二点の論旨はいずれも理由がない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    山   口       繁
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    遠   藤   光   男
            裁判官    井   嶋   一   友
            裁判官    福   田       博
            裁判官    藤   井   正   雄
            裁判官    元   原   利   文
            裁判官    大   出   峻   郎
            裁判官    金   谷   利   廣
            裁判官    北   川   弘   治
            裁判官    亀   山   継   夫

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