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裁判例


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         主    文
     原決定を破棄し、東京地方裁判所がなした昭和二五年九月六日附及び同
二三年四月二八日附の決定はいずれもこれを取り消す。
     本件を東京地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 特別抗告人の抗告理由第一章について。
 憲法は三二条において、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと
規定し、八二条において、裁判の対審及び判決は、対審についての同条二項の例外
の場合を除き、公開の法廷でこれを行う旨を定めている。即ち、憲法は一方におい
て、基本的人権として裁判請求権を認め、何人も裁判所に対し裁判を請求して司法
権による権利、利益の救済を求めることができることとすると共に、他方において、
純然たる訴訟事件の裁判については、前記のごとき公開の原則の下における対審及
び判決によるべき旨を定めたのであつて、これにより、近代民主社会における人権
の保障が全うされるのである。従つて、若し性質上純然たる訴訟事件につき、当事
者の意思いかんに拘わらず終局的に、事実を確定し当事者の主張する権利義務の存
否を確定するような裁判が、憲法所定の例外の場合を除き、公開の法廷における対
審及び判決によつてなされないとするならば、それは憲法八二条に違反すると共に、
同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣旨をも没却するものといわねば
ならない。
 ところで、金銭債務臨時調停法七条一項は、同条所定の場合に、裁判所が一切の
事情を斟酌して、調停に代え、利息、期限その他債務関係の変更を命ずる裁判をす
ることができ、また、その裁判においては、債務の履行その他財産上の給付を命ず
ることができる旨を定め、同八条は、その裁判の手続は、非訟事件手続法による旨
を定めており、そしてこれらの規定は戦時民事特別法一九条二項により借地借家調
停法による調停に準用されていた。しかし、右戦時民事特別法により準用された金
銭債務臨時調停法には現行民事調停法一八条(異議の申立)、一九条(調停不成立
等の場合の訴の提起)のような規定を欠き、また、右戦時民事特別法により準用さ
れた金銭債務臨時調停法一〇条は、同七条の調停に代わる「裁判確定シタルトキハ
其ノ裁判ハ裁判上ノ和解ト同一ノ効力ヲ有ス」ることを規定し、民訴二〇三条は、
「和解……ヲ調書ニ記載シタルトキハ其ノ記載ハ確定判決ト同一ノ効力ヲ有ス」る
旨を定めているのである。しからば、金銭債務臨時調停法七条の調停に代わる裁判
は、これに対し即時抗告の途が認められていたにせよ、その裁判が確定した上は、
確定判決と同一の効力をもつこととなるのであつて、結局当事者の意思いかんに拘
わらず終局的になされる裁判といわざるを得ず、そしてその裁判は、公開の法廷に
おける対審及び判決によつてなされるものではないのである。
 よつて、前述した憲法八二条、三二条の法意に照らし、右金銭債務臨時調停法七
条の法意を考えてみるに、同条の調停に代わる裁判は、単に既存の債務関係につい
て、利息、期限等を形成的に変更することに関するもの、即ち性質上非訟事件に関
するものに限られ、純然たる訴訟事件につき、事実を確定し当事者の主張する権利
義務の存否を確定する裁判のごときは、これに包含されていないものと解するを相
当とするのであつて、同法八条が、右の裁判は「非訟事件手続法ニ依リ之ヲ為ス」
と規定したのも、その趣旨にほかならない。
 これを本件について見るに、本件は、相手方Dが、抗告人E及びFに対して東京
区裁判所に昭和二一年一〇月七日提起した同裁判所昭和二一年(ハ)第三八三号家
屋明渡請求事件(Fに対する訴は後に有効に取り下げられている。)及び抗告人E
が相手方G、同H、同Iに対して同裁判所に昭和二一年一一月一二日提起した同裁
判所昭和二一年(ハ)第四七八号占有回収請求事件(いずれも後に東京地方裁判所
に引き継がれた)の各係属中に、東京地方裁判所は職権をもつて各別に戦時民事特
別法により、自ら調停により処理する旨を決定したが、右調停が不調となるや、昭
和二三年四月二八日同法一八条、金銭債務臨時調停法七条一項、八条の規定により、
右両事件を併合して調停に代わる決定をなしたところ、Eは右決定に対し抗告を申
し立て、同裁判所が昭和二五年九月六日右決定の一部を変更の上抗告を棄却するに
及び、更に東京高等裁判所に再抗告を申し立て、同裁判所が昭和二六年六月五日該
抗告を棄却し、これに対し抗告人Eは当裁判所に特別抗告を申し立てたものである
ことが記録上明らかであり、本件訴は、その請求の趣旨及び原因が第一審決定の摘
示するとおりで、家屋明渡及び占有回収に関する純然たる訴訟事件であることは明
瞭である。しかるに、このような本件訴に対し、東京地方裁判所及び東京高等裁判
所は、いずれも金銭債務臨時調停法七条による調停に代わる裁判をすることを正当
としているのであつて、右各裁判所の判断は、同法に違反するものであるばかりで
なく、同時に憲法八二条、三二条に照らし、違憲たるを免れないことは、上来説示
したところにより明らかというべく、論旨はこの点において理由あるに帰する。従
つて、昭和二四年(ク)第五二号事件につき、同三一年一〇月三一日になされた大
法廷の決定(民集一〇巻一〇号一三五五頁以下)は、本決定の限度において変更さ
れたものである。
 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四一九条ノ三、四〇七条、三
九六条、三八六条、三八九条に従い、裁判官藤田八郎、同入江俊郎、同下飯坂潤夫、
同奥野健一、同高木常七の補足意見、裁判官小谷勝重、同池田克、同河村大助の意
見及び裁判官田中耕太郎、同島保、同斎藤悠輔、同垂水克己、同高橋潔、同石坂修
一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 裁判官藤田八郎、同入江俊郎、同高木常七の補足意見は次のとおりである。
 われわれは、次のごとき補足意見を附して多数意見に賛同するものであつて、そ
の基本的な考え方は、本決定により変更されることとなつた昭和二四年(ク)第五
二号事件につき、同三一年一〇月三一日になされた大法廷決定に附した裁判官藤田
八郎、同入江俊郎の少数意見と趣旨を同じうする。
 即ち、われわれは、金銭債務臨時調停法七条の調停に代わる裁判は性質上非訟事
件に関するものに限られ、純然たる訴訟事件につき事実を確定し当事者の主張する
権利義務の存否を確定する裁判のごときは、これに包含されていないものと解する
を相当とするとの多数意見は正当であると考えるのであつて、さきに大審院が、た
とえ基本たる債権の成立に争ある場合においても、諸般の事情を参酌して、権利関
係の存否を確定する趣旨の、調停に代わる裁判をすることができる旨を判示したこ
と(昭和一八年五月一八日第一民事部決定)は、同条立法の趣旨を逸脱したもので
あると思うのである。
 次にわれわれは、金銭債務臨時調停法七条の調停に代わる裁判は、多数意見も引
用した同法一〇条及び民訴二〇三条の規定の解釈上、確定判決と同一の効力を有し、
いわゆる既判力を有するものであり、その意味において、右調停に代わる裁判が純
然たる訴訟事件につきなされたときは、結局当事者の意思いかんに拘わらず終局的
になされる裁判となり、憲法八二条、三二条に違反するを免れないと解する。従つ
て、われわれは、既判力を有しないが故にかかる裁判も違憲でないとの意見には反
対である。また、われわれは、既判力を有しないけれども、当該具体的の事件が調
停に代わる裁判によつて一応終結することとなつて、当事者が別訴を起すためには
更に費用と手数がかかり、その為に損害を蒙むるに至ることもありうべきが故に違
憲であるとの見解にも賛同しえない。蓋し、もし既判力を有しないものであるとす
るならば、裁判所のなした調停に代わる裁判において示された解決方法を甘受しえ
ないとする当事者は、その法律上の争訟を解決して自己の権利、利益の救済を求め
るため、更に裁判所に訴を提起し、公開の裁判を受ける権利を依然保有するわけで
あるから、憲法の前記法条において保障した人権の享有を妨げられることにはなら
ず、右憲法の法条に違反することにはならない。訴訟事件において裁判に不服ある
者が、更に裁判所の裁判を求め、公開の法廷における対審、判決を受けることので
きる途が、上訴の方法によつてなされるか、または当該具体的事件は一応終結して
も、更に別訴を提起することによつてなされるかは、立法政策に委された問題であ
り、別訴を起すことのため費用と手数を要しまたは損害を蒙むることがありうると
しても、その一事をもつて直ちに憲法に違反するものであるとは断じえない。右い
ずれの方法によるにせよ、結局において裁判所の裁判を求め、公開の法廷における
対審、判決を受けうる途が認められている限りは、憲法の前記法条に違反すること
にはならぬと解するを正当と考えるのである。
 裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次の如くである。
 私も多数説と結論において一致するが、その理由とするところは、これといささ
か異り、本抗告理由第一章の立論を概ね正当とするのである。以下、簡単にその理
由を述べたい。
 相手方Dが、抗告人E及びFに対して東京区裁判所に昭和二一年一〇月七日提起
した同裁判所昭和二一年(ハ)第三八三号家屋明渡請求事件(Fに対する訴は後に
有効に取下げられている)、及び抗告人Eが相手方G、同H、同Iに対して同裁判
所に昭和二一年一一月一二日提起した同裁判所昭和二一年(ハ)第四七八号占有回
収事件(いずれも後に東京地方裁判所に引き継がれた)の各係属中に、東京地方裁
判所は職権を以て各別に、戦時民事特別法による自己調停に付し、それが不調とな
るや、昭和二三年四月二八日同法一九条、金銭債務臨時調停法七条一項、八条(な
お、戦時民事特別法廃止法律昭和二〇年法律第四六号附則二項参照)の規定に則り
右両事件を併合の上、調停に代る決定をなしたところ、Eは右決定に抗告を申立て、
同裁判所が昭和二五年九月六日右決定を一部変更の上抗告を棄却するに及び、更に
東京高等裁判所に再抗告を申立て、同裁判所が昭和二六年六月五日該抗告を棄却す
るや、当裁判所に対し特別抗告を申立てたのが、本件である。
 思うに、本件のように、裁判所が係属中の民事訴訟事件を職権で調停に付するこ
とは訴訟経済上好ましいことであり、そしてその手続の下において成立する調停は
当事者の合意を前提とする契約に外ならないが故に、契約自由の原則によつて違憲
事項を内容とする場合は格別、それ自体違憲とさるべきものでないことはいうまで
もない。また、民事調停法一七条にいわゆる調停に代る裁判は同法一八条において
当事者又は利害関係人の異議申立によつて、その効力を失うものとされ、当事者の
合意を前提としており、右異議申立のない場合は、その合意があつたものとして契
約の成立を認めていささかも差支ないのであるから、その限りにおいて、契約自由
の原則の支配の下にあるのであつて、これまた違憲を以て遇さるべき筋合のもので
はない。
 しかしながら、戦時民事特別法一九条、金銭債務臨時調停法七条一項、八条に則
つてなされた前掲のような裁判については、しかく同一に解するを得ないものと考
える。
 そもそも、近代の法治国家においては何人も裁判所法三条一項にいう「法律上の
争訟」について国家に対し裁判を求める権利を有する、民事について言えば講学上
いわゆる権利保護請求権、あるいは訴権と称せられるものが、これである。そして、
ここに裁判とは係争当事者間に具体的事実に即して争われている法律効果の存否に
ついての争を公権的に解決する国家の作用を言い、このような作用をなす国家の機
関が裁判所であり、裁判所のみがかかる権能を有する。固有の司法裁判権と称せら
れるものが正にこれである(憲法七六条一項、二項参照)。
 憲法三二条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利は奪はれないと明定する。
その意味するものは広汎であるが、その大事な点は同条が憲法七六条一項、二項と
表裏一体を成し、裁判所は前示固有の権能を有すると同時に、固有の意味における
裁判をなす職務を有し、従つて、何人も裁判所に出訴して、固有の意味における裁
判を受ける権利を侵害されないということである。(このことは刑事訴訟事件にお
いて特に切実である。)同条が基本的人権保障の条章とされる所以も実にここにあ
る。従つて、民事訴訟が係属する限り裁判所は固有の意味における裁判をしなくて
はならず、それ以外の裁判をしてはならないのである。(されば、本件のような民
事訴訟事件について非訟事件手続法による裁判はできないわけである。)そして、
この基本的人権の保障との関連において、裁判の公正を担保すべく発達したのが、
公開主義、直接主義、口頭主義、自由心証主義等の民事訴訟手続を支配する諸原則
であり、憲法はこれら原則に呼応して、第八二条において、裁判所が口頭弁論を経
てなす固有の意味の裁判の形式は判決でなければならないものとし、その判決手続
は原則として対審でなければならず、また、判決言渡は必ず公開法廷でしなければ
ならないものと規定しているのである。なお、附言するが、固有の司法裁判権の対
象となるのは、前示にいわゆる「法律上の争訟」である。ここに法律上の争訟とは
法の適用上権利義務又は法律関係が相反する関係において対立していることを意味
する。従つて、実体法上の権利義務が定められておらず、裁判によつて、あらたに
権利又は法律関係が形成される場合は法律上の争訟に属せず、いわゆる非訟事件で
ある。そしてこの場合に裁判所のなす裁判は固有の意味の裁判ではないのであつて
この裁判に関しては公開主義、直接主義、口頭主義は行われない。
 してみれば、本件民事訴訟事件において、戦時民事特別法一九条、金銭債務臨時
調停法七条一項、八条に則つて調停に代る裁判として、東京地方裁判所が昭和二三
年四月二八日になした前掲決定及びこれを抗告審として一部変更の上支持して同裁
判所が昭和二五年九月六日になした前掲決定及びこれを再抗告審として支持して東
京高等裁判所が昭和二六年六月五日になした前掲決定は、いずれも前示憲法の条章
に牴触するものというの外なく、結局違憲無効のものと言わざるを得ない。従つて、
論旨は結局理由あるに帰し、原決定は破棄され、かつ前掲東京地方裁判所の各決定
は取消を免れないものと認める次第なのである。
 裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。
 金銭債務臨時調停法七条は、調停不成立の場合に、裁判所は調停に代わる裁判、
いわゆる強制調停の裁判をなし得ることを規定している。しかし、この規定は、基
本たる債務関係の存在については当事者間に争がない場合において、その債務の条
件である利息、期限等について裁判所が変更を命ずる裁判をなし得ることを定めた
ものであつて、基本たる債務関係の存否について根本的に争がある場合とか、また、
利息、期限などの債務条件以外の基本たる債務関係についてその変更を命ずること
は同規定の予想しないところであり、同条によつては許されない趣旨であると解す
るのが相当である。けだし、このことは、同条が「債務関係ノ変更ヲ命ズル」とあ
ることより、既に基本たる債務関係の存在することを前提とするものであることが
窺われ、また、変更を命ずる裁判の対象は「利息、期限其ノ他債務関係」であつて、
利息、期限に準ずる債務条件についてなすものであることを推知することができる
からである。
 若し、これに反し、基本たる債務関係の存在について当事者間に争があるにもか
かわらず、裁判所が本条によつて基本的債務関係につき、その存在を認容したり、
または、否定したり、これを変更したりすることができるものとすれば、たとえ、
裁判所が「当事者双方ノ利益ヲ衡平ニ考慮シ」「一切ノ事情ヲ斟酌シテ」裁判する
としても、それは、結局法律によらずして、裁判所が一種の裁量によつて基本たる
法律関係の創設、消滅、変更を行うものであつて、かかることは、最早司法権の行
使とはいいえず、旧憲法時代といえども、かかる立法は許されなかつた筈である。
(この意味において、大審院がたとえ、基本たる債権の成立に争ある場合において
も、諸般の事情を参酌して、権利関係の存在を確定する趣旨の「調停に代る裁判」
をすることができる旨判示した昭和一八年五月一八日の決定には賛同できない。)
 そして、右金銭債務臨時調停法七条の規定が、借地借家調停法に依る調停に準用
される場合においても、借地・借家の基本的法律関係については、当事者間に争の
ない場合において、賃料等の債務条件についてのみ、その変更を命ずる裁判をなし
うるものと解するを相当とする。しかるに、本件においては、基本たる賃貸借関係
の存否について当事者間に争があるにかかわらず、第一、二審の決定の示すとおり、
一方の当事者に対し、既になした解約申入を撤回せしめ、他方の当事者に対しては
賃貸借契約が解除せられたことに合意せしめて家屋の明渡を命ずるほか損害賠償請
求権、共同使用による費用負担関係、賃料供託の適法なることの承認など各種の条
項を定めておるのであつて、かかる裁判は金銭債務臨時調停法七条の裁判によつて
は許されないものというべく、かかる基本的な賃貸借関係の存否について判断せん
とするならば、よろしく、強制調停によることなく、訴訟を進行せしめ憲法八二条
により公開法廷において審理、判決を行うべきものである。しかるに、この挙に出
でなかつた原決定並びに東京地方裁判所がなした昭和二五年九月六日および同二三
年四月二八日の各決定並びにこれを是認した原決定は、違憲として破棄を免れない。
私はこの趣旨において多数意見に同調する。
 裁判官小谷勝重の意見は次のとおりである。
 わたくしは主文には同調するが、理由については次のとおりの異見を有する。
 多数意見は、戦時民事特別法に準用する金銭債務臨時調停法七条のいわゆる調停
裁判は、利息または期限等を形成的に変更することに関するもの、即ち性質上非訟
事件に関するものに限られると、判示するけれども、金調法七条一項は「調停ニ代
へ利息、期限其ノ他債務関係ノ変更ヲ命ズルコトヲ得」と規定するところであつて、
同条の決定裁判の目的を利息または期限等に限定しておるものとは到底解せられず、
広く当該債務関係全般についての変更裁判を規定しているものと解する。ただその
変更は同条の規定する如く「衡平ニ考慮シ……其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌シ」て為さ
るべきものである。次に多数意見は利息または期限等の変更裁判はその本質非訟事
件であるが如く判示するのであるが、この点わたくしには到定首肯し難い。なるほ
ど利息は元本に従属的なものではあるけれども、一旦利息債権として発生すると、
元本債権とは独立した権利関係に立つものであり、これが訴求は一般の民事訴訟の
目的となるものであつて、非訟事件手続による審判の目的となるものでないことは
多言を要しないからである。このことは利息債権だけを訴求する案件の場合を考え
れば明らかである。また期限に関しても同様である。すなわち期限について当事者
間に争いがあり、その確定を求める訴の場合を考えれば同様に理解できる。これを
要するにわたくしは、金調法七条の調停裁判の目的物は、債務関係のすべてについ
てであると解釈するを正当と考える。さればこそ、同条は同法一〇条、民訴二〇三
条の規定との関係において憲法三二条、八二条に違反する無効の規定とわたくしは
断ずるのである。
 以上の外、わたくしの意見として、昭和二四年(ク)第五二号同三一年一〇月三
一日大法廷決定に附したわたくしの「反対意見」(判例集一〇巻一〇号民事一三六
三頁以下)を、本件にそのままそれを引用する。
 裁判官池田克の意見は、次のとおりである。
 自分は、本件と同種の事件(昭和二四年(ク)第五二号調停に代わる裁判に対す
る抗告申立棄却決定に対する特別抗告事件)についてなされた昭和三一年一〇月三
一日の大法廷決定中に基本的な意見を述べておいたところであり、今日もなお、同
一の意見を持続しているので、本件についても、もとより多数意見と結論を同じく
する。ただ、多数意見と理由を異にするのは、金銭債務臨時調停法七条は多数意見
のように制限的な趣旨には解されないこと、従つて、同法条を借地借家調停法によ
る調停に準用するものとした戦時民事特別法一九条を違憲と解する点である。そし
てこの点については、河村大助裁判官の意見に同調するものである。
 裁判官河村大助の意見は、次のとおりである。
 わたくしは、多数意見に同調するものであるが、ただ、その理由について若干異
見を有するから、次にこれを述べる。
 憲法三二条は国民の基本的人権の擁護について平等かつ完全な手段を保障してい
るものであつて、裁判所によつて裁判されるなら非訟事件手続その他如何なる手続
によるも問わないというような内容のない保障と解すべきでなく、同法八二条と相
まつて厳格なる意味における司法権の作用としてなされる裁判を念頭において規定
されたものと解するを相当とする。すなわち、刑事については、起訴されると被告
人として裁判を受けること、民事については具体的紛争につき自ら裁判所へ訴を提
起する自由を有すること及びその審理と裁判は公開の法廷において行われる対審(
口頭弁論)及び判決によつて公権的な判断を求め得ることを意味するものであり、
国民のかかる裁判を受ける権利はこれを奪うことができないものとして保障してい
るものと解すべきである。従つて憲法の保障する公開の法廷において対審判決によ
り公権的な判断作用をなすべきところの訴訟事件を、かかる厳格な手続によらない
密行、簡易な非訟事件手続の裁判で結末をつけることは憲法の許さないところであ
る、況んや適法に係属した訴訟事件を裁判所の職権で非訟事件手続に移し、非訟事
件裁判で終結するが如きことは、当事者から不当に「裁判を受ける権利」を奪うこ
とになり、憲法三二条に違反するものと解する。しかるに本件で問題の戦時民事特
別法(以下特別法と略称する)は借地借家の紛争につき係属中の民事訴訟事件を裁
判所の職権で調停に付し(特別法一六条、一九条一項)これに特別法一九条二項に
より準用する金銭債務臨時調停法(以下金調法と略称する)七条一項を適用して調
停に代る裁判を行うものであるから、その裁判が既判力を有すると否とに拘らず右
は民事訴訟事件として当事者の裁判を受ける権利を奪う結果となり、さきに述べた
理由により憲法三二条に違反するものといわなければならない。
 この点につき、多数意見は、借地借家の調停に準用される金調法一〇条は、同七
条一項の調停に代る裁判が確定したときは、その裁判は裁判上の和解と同一の効力
を有すと規定し、民訴二〇三条が裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有する旨
を定めているから、本件調停に代る裁判も確定したときは、確定判決と同一の効力
をもち終局的になされた裁判となることを理由として違憲であると判断している、
その趣旨とするところ必らずしも明らかでないが要するに右裁判は既判力を有し、
当事者は再び訴を提起して争うことができないことを根拠としているものの如く解
せられる。しかし、わたくしは、前述の如く当事者が公開の法廷において、対審判
決を求める権利を行使しているのに、裁判所が職権で調停に付し、(調停に付する
こと自体は違法ではない)更にこれを非訟事件裁判でその紛争を解決すること自体
が、当事者の「裁判を受ける権利」の剥奪であると解するから、その裁判がたとえ
既判力を有しないとの説に従うも、前記結論に影響がないことは後述するとおりで
ある。
 元来裁判上の和解に既判力を認むべきか否かは争いの存するところであるが、こ
こにはその検討を省き結論として、わたくしは判決に既判力を認むる所以の根拠を、
訴訟事件について厳格な手続の下に行われる公権的判断の権威の保持にありと解す
るから、かかる判断作用を内容としない和解には既判力を認むべきではないとの説
に賛成するものである。従つて裁判上の和解と同一の効力を認められるに過ぎない
調停に代る裁判についてもまた既判力を有しないものと解するの外はないと考える。
そこで既判力がないとすれば当該非訟事件の裁判の内容が到底承服出来ないとする
当事者はその法律上の争訟を解決するため再び訴を提起する自由を有するから、該
非訟事件裁判を目して「裁判を受ける権利」を奪われたことにならないと言えるか
どうかの問題を生ずる。なるほど再訴が出来るから訴の自由は終局的には失つてい
ないとの形式論はなりたつ、しかし、当事者が新たに訴を起すためには多額の費用
と手数がかかるという大きな犠牲を払うことに思いを致さなければならないし、こ
とに経済的弱者にとつては新訴の提起が如何に至難であるかはわが国においては顕
著な事実であろう。すなわち、かような当事者の犠牲は既に適法に提起された訴に
より対審判決を受ける権利を拒否されたために生ずる不当の結果であつて、当事者
がこれを甘受しなければならない道理はない。また調停に代る裁判は既判力がない
にしても、その内容に給付を命ずる裁判を含む場合(本件はこれに当る)は所謂債
務名義となつて執行力を有することは、いうをまたないところであるから、当事者
は、その執行により回復すべからざる損害を生ずることも、またあり得るところで
ある、すなわち当事者の立場からすれば、叙上のような当事者の受ける不利益乃至
損害は、民事訴訟事件を非訟事件裁判に移行した結果生ずるものであるといえよう。
従つて、右非訟事件裁判に既判力を認めなければ、当事者の「裁判を受ける権利」
を奪うことにならないとの説には到底賛同できない。
 なお、多数意見によれば金調法七条は単に既存債務につき利息、期限等の権利関
係を変更するものに限られ、訴訟事件につき事実を確定し当事者の主張する権利義
務の存否を確定する裁判のごときはこれに包含されないものと解しているが、同条
を準用する前示特別法は、借地借家の紛争(借地借家調停法一条、二条参照)につ
き現に係属する訴訟事件の解決に同条を準用しているのであるから、同条は訴訟事
件につき紛争の内容たる権利義務の存否を確定することをも当然包含せしむる趣旨
と解するの外はない、蓋し争いある法律関係の解決を含ませないような制限解釈を
とるときは借地借家の紛争につき同条を準用した意義がないことになるであろう。
すなわち、準用法条は右のような性質をもつ規定であるが故に違憲と解する。(多
数意見は右法条を違憲と見ず、単に原裁判のみを違憲と解している。)
 以上の理由により金銭債務臨時調停法七条一項を借地借家調停法の調停に準用す
る戦時民事特別法一九条二項の規定は憲法三二条、同八二条に違反し従つて右法条
に基いて為された裁判も違憲無効であると解する。
 裁判官島保、同石坂修一の反対意見は、次のとおりである。
 憲法は、法律上の争訟につき、何人も司法裁判所の裁判によりその解決を受け得
べき権利を有すること、しかもその裁判の対審及び判決は公開の法廷で行わるべき
ことを保障しており、また借地借家の調停に準用せられる金銭債務臨時調停法一〇
条は、同七条の調停に代わる「裁判確定シタルトキハ其ノ裁判ハ裁判上ノ和解ト同
一ノ効力ヲ有ス」と規定し、民訴二〇三条は「和解……ヲ調書ニ記載シタルトキハ
其ノ記載ハ確定判決ト同一ノ効力ヲ有ス」る旨定めている。しかし、ここに「確定
判決ト同一ノ効力ヲ有ス」というのは、事件につき単に訴訟終了の効果と執行力と
を生ずることを認めたに止まり、既判力まで生ずることを認めたものではないと解
すべきである。けだし、訴訟上の和解も当事者の行為としてその効力等の点に関し
ては実体私法の適用を受けるのであり、それ自体無効なりや否やの争を生ずる余地
があるのであるから(例えば、訴訟上の和解の内容に要素の錯誤があつたことを主
張して、その和解の無効であることを訴を提起して争い得ることは、一般に認容さ
れているが、このことは訴訟上の和解に既判力がないことを前提としているもので
ある)、これを当事者間の紛争を終局的に解決する目的でなされる司法裁判所の判
決と同視して訴訟上の和解にまでも既判力を認めることは、その性質にそわないも
のである。のみならず、すでに当事者間に訴訟物たる権利関係について和解が締結
されその争がやめられ、民法六九六条所定のいわゆる形成力を生ずべき事態に立ち
到つた以上、その限度においてはもはや法律上の争訟は存在せず、従つて裁判によ
る争訟解決の必要もなく、むしろ訴訟は終了したものとするのが相当である。そし
て以後、当事者は自ら定めたところに従つてその生活関係を規律してゆけば足りる
のであり、その実効を確保するためには執行力を認めることで必要にして十分であ
るからである。それ故、調停に代わる裁判が確定しても、ただ事件終了の効果と執
行力とを生ずるだけで既判力まで生ずるものではない。元来、調停に代わる裁判は、
当事者間に調停の成立しなかつた場合、裁判所が諸般の事情にかんがみ相当と認め
られる紛争解決の方法を当事者に指示し、これを実行に移すべきことを要請するも
のにほかならないのである。従つて裁判所によつて指示せられたかかる解決方法を
甘受し得ないとする当事者は、その法律上の争訟を解決するためさらに訴を提起し、
公開の対審判決を受け得る権利を有するのであつて、かかる権能までをも終局的に
排除されるものではない。されば、調停に代わる裁判が憲法三二条、八二条に違反
するとする多数意見には、われわれは賛同することができないのである。
 裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。
 憲法三二条は、何人も裁判所、すなわち、憲法七八条によつて保障された同法七
九条、八〇条所定の裁判官によつて構成される同法七六条一項の裁判所でない機関
によつて、裁判されることのないことを保障した規定であつて、法律専門家のいわ
ゆる争訟を常にいわゆる訴訟手続をもつて処理すべくいわゆる非訟手続をもつて処
理してはならないか、もしくは、その裁判を公開による判決をもつてするか非公開
の決定または命令をもつてしてもよいか等の裁判手続上の制限を規定したものでは
ない。現に憲法七六条でさえその二項において同法三二条の本来の裁判所でない行
政機関による裁判を行う場合のあることをも認めているのである。されば、ある争
訟を民事調停に付し、これを一定の条件の下に前示のごとき身分保障のある裁判官
によつて構成される裁判所の決定をもつて裁判し、しかもこれをもつて終審とせず、
さらにこれに対し抗告または特別抗告を許すがごとき制度を設けるか否かは、純然
たる立法問題であつて、かかる制度を設けることは、現時の社会状勢、訴訟の遅延
等の現状に鑑み、毫も憲法三二条に反しないのはもちろん、むしろ、憲法七六条二
項の精神にも適合し、奨励すべきことと考える。その他詳細な法律論については、
すべて昭和二四年(ク)五二号同三一年一〇月三一日大法廷決定(民事判例集一〇
巻一〇号一三五五頁以下)における多数説を援用する。
 裁判官田中耕太郎、同高橋潔は、裁判官斎藤悠輔の右反対意見に同調する。
 裁判官垂永克己の反対意見は次のとおりである。
 私は、(一)憲法三二条、八二条に関して「裁判」ということを後記のように考
えるので、この点については多数意見に賛成である。しかし、(二)金銭債務臨時
調停法にいう「調停に代わる裁判」が確定しても既判力は生じないので、これに承
服できないとする当事者はその事件についてさらに訴を起こし公開の対審および判
決を受ける権利を有するから、かような調停に代わる裁判、従つて本件の調停に代
わる決定は憲法の右両条に違反するとはいえない。この点で私は島、石坂両裁判官
の反対意見に同調する。この点から、本件特別抗告を棄却すべきである。以上(一)、
(二)の私の意見はすでに昭和二四年(オ)一八二号同三三年三月五日大法廷判決
(集一二巻三号三八一頁)で示した私の少数意見と同趣旨のものであるが、(一)
について従前のものにいくらかを附加して私の意見を次にのべたい。
 (1) 固有の意味の裁判 固有の意味で裁判とは権利に関する争議について法
の定める手続に従い法を適用して判定することをいう。すなわち、法上の権利の存
否およびその範囲について争議があるときこれに対して法の定める手続に従いつつ
法に照らして権利の存否、範囲を確定することであつて、刑事では、ある特定の人
(被告人)に対して国が刑罰請求権を有するかどうか、有するとすればその範囲如
何を確定することである。近代憲法の下では、刑事でも、請求に基いてのみ、当事
者訴訟の形をとつてこの確定が行われるのを一般とする。また固有の意味の裁判と
は権利争議の目的物となつている具体的事実(事件)に法を適用して判定を下すこ
と(司法)であるといつてもよい。固有の意味の裁判は、広い意味の法(条理、正
義人道、衡平などと呼ばれる規範を含む)に照らして、しかも場合によりかなり自
由な解釈をして判定を下すものではあるが、それでも結局は客観的な、憲法および
法にのみ拘束された、権利存否の法律的判定であつて、特定の事実から発生する権
利義務の内容は法によつて一定し、裁判する国家機関である裁判所がこれを増減変
更することができないのを大原則とする。例えば、当該契約と法に照らせば買主は
代金五万円を支払はねばならない場合には、裁判所は五万円の支払を命ずる裁判だ
けをしなければならない。裁判所は裁量によりもつと多額もしくは少額の支払、あ
るいは、支払に代えて他の物の引渡や労務や謝罪を命ずることはできない。仮りに、
法律によつて、裁判所に右のような変更裁判をする権限を与えても、それはもはや
権利争議に対して法律的判定を下す固有の意味の裁判ではない。(金銭債務につい
て利息、期限のみに関して権利の争がある場合でも変更裁判を許す立法は違憲であ
ろう。)
 憲法三二条にいう「裁判を受ける権利」とは本来かような固有の意味の裁判を原
告として又は被告として受ける権利を指す。けだし、権利についての争議(法律上
の争訟)が裁判所に持ち込まれた場合に、もし、裁判所が当事者の意思に反しても、
かような裁判を避け法の適用から離れて自ら衡平適正と考えるところに従い権利関
係の変更を命ずる裁量的措置(司法的行政処分)を命じて争訟の有権的解決を遂げ
うるものとするならば、予め実体法で定められた人の権利義務は裁判によつて不測
の(当事者も実体法もが予測しなかつた)強権的変更を受ける虞が常に存すること
となろう。例えば、ある具体的の売買による売主と買主の権利義務はその契約と民
法とによつて定まる。当事者はこれによつて、自分はこれだけの権利がありこれだ
けの義務しかないと考えてお互の生活関係であるこの売買を取り決めたのに、一朝
争が起つて裁判になると、事情は一変し、裁判所は右契約の成立と当事者一方の不
履行を認めながら、当事者の契約上の意思を無視して前例のような権利義務変更の
裁判をすることができるとすれば、当事者は裁判によつてどんな目に遭うかも知れ
ず、契約も法律も頼りにならない。これでは、権利者は法が認めて裁判と強制執行
をもつて保障しようとする権利の満足をえられなくなり、従つてこの保障が失われ
た権利は権利たるの実を失い、その結果、広く権利の正しい強制力、法の権威、ひ
いて社会生活の安固が害される虞を生ずること明らかである。これでは憲法と法律
によつて生じた現実の権利を裁判によつて保障しようとする憲法の仕組は意味を失
い、専断裁判が法の支配をおしのけるであろう。かような社会状態を是認すること
は裁判の本質と作用の否定、三権分立制の否定でしかない。だから、何人も固有の
意味の裁判を受ける権利を奪われないものとすることは個人のためにも国家国民の
ためにも最も大切な三権分立制国家組織の柱石をなす事柄であり、かような裁判こ
そわが裁判所から奪うことのできない不可欠の権限、至高の使命であるといわねば
ならない。すなわち、国民は権利を侵害されたと考える場合に原告としても、又訴
えられた被告としても、自分が欲するかぎり、固有の意味の裁判を受ける権利を奪
われないというのが憲法三二条の第一義である。そしてこの裁判の基礎たる本格的
審理としての対論は、当事者が欲するかぎり一度は公開法廷でそれが行われなけれ
ばならない、その裁判(判決)の宣告も公開法廷でされなければならないと憲法八
二条はいうのである。債務者の言い分を聞かないで発する非公開の支払命令や被告
人を検察官と対審しないでする略式命令などに対し、公開の対審判決を求める途を
封ずるなら違憲なこと勿論である。
 (2) 実質上行政たる性質の裁判 法が固有の意味の裁判以外に実質上行政に
属する行為を裁判所にさせ、これをも裁判として扱うことは、それが合理的で事柄
の性質上三権分立制の本義を失わせるものでないかぎり憲法に違反するものでない
と解する。法定の場合に裁判所がする不在者の財産管理処分、夫婦間の協力扶助に
関する処分、会社更生法による更生手続決定のような、要するに私法上の生活関係
に対する国の直接的後見行為たる非訟事件の裁判、あるいは、非行少年に対する保
護処分裁判、又は起訴前の勾留状の発付等の強制処分の裁判等がそれである。これ
らの行為(司法的行政処分)を裁判所に、裁判の形で、固有の意味の裁判に準ずる
手続でさせることは裁判所が法の適用を司る独立公正な判断をするに適した裁判官
と機構を持つことに鑑み適切なことであつて、これを広義の裁判として扱うことは
適当であることが少くない。
 かような司法的行政処分も立法によつて裁判とされた以上、裁判官は独立して法
と良心に従いこの裁判をしなけけばならない。この場合にも、誰でもこの裁判を受
ける権利を奪われないが、それはこの立法によつて裁判請求権が発生し、その結果
憲法三二条の裁判請求権の保障を受けるにすぎない。かような司法行政処分的裁判
をさせる立法を廃しても、別段憲法三二条に違反しない。また、かような司法行政
処分的裁判は性質上必ずしも対審や公開を要するものではない。例えば、会社更生
法を廃して裁判所に更生手続決定をさせなくしても違憲ではないが、過失による少
額の損害賠償訴訟を許さないとし、あるいはこれについて変更裁判ができるとする
立法は違憲であろう。
 (3) 対論 権利争議について裁判するには裁判所は争議内容を理解しなけれ
ばならない。当事者は裁判所に対しどんな裁判を欲するかを申立てこれを正当とす
る事実および法律上の理由を主張し、立証し、意見を述べることができるようにす
ることが最も優れた裁判制度である。当事者双方が裁判所に対し互いにある裁判を
申立て、その理由を主張し、立証し意見を述べあうことが対論である。対論は攻撃
と防禦であり、鎌倉時代のように、書面の交互提出によつてもできないことはない
(例えば保釈願とこれに対する検察官の意見書とにより裁判所が保釈許否の決定を
する如き)けれども、最も重要な段階(本格的全面的本審)では、裁判官が親しく
当事者双方の言いぶん(要求、事実および法律上の主張、意見の陳述)と証言に耳
を傾け証拠を目撃することこそ、裁判官が事実および法律の点について公平に、あ
らゆる角度から観察し、啓発され、理解し、検討し、真実と法(正義)を発見する
のに比類なく優れた方法であることは人類多年の経験によつて今や明らかとなつた
ところであるから、重要な対論は口頭でするよう法律が規定することを憲法八二条
は予定するのであつて、同条にいう対審とは口頭による当事者双方の対論すなわち
口頭弁論を指すのである。当事者双方の権利の争議は裁判官が眼で見、耳を傾ける
ところで口頭弁論の方法で行われ、口頭弁論とこれに基く本格的裁判(判決)は国
民に公開され(裁判は口頭で言い渡され)なければならない。明治以前や大革命前
のフランスのような秘密・書面審理主義は排される。これによつてこそ、裁判が片
言によらず、公明正大に、過誤が少くなされることが担保され、当事者は固より、
国民はどんな事件がどんな証拠によりどんな法律的理由で裁判されたかを知ること
ができる。これが憲法三二条、八二条の精神である。
 (4) 裁判の各種 固有の意味の裁判がなされる前に、裁判所又は裁判官によ
つて不合理でない前手続が行われることを法律ないし裁判所規則で定めることを憲
法は否定しない。また、固有の意味の裁判も最高裁判所を終審として数個の審級で
行われることを憲法は認め、各審級での裁判所の権限、裁判手続も法律ないし裁判
所規則の定めるところに任せている。裁判の執行の段階に裁判所又は裁判官が判断
や措置をすることも同様であると解される。そこで、裁判官は前手続で忌避の裁判、
口頭弁論準備や訴訟指揮の上の種々の裁判をしなければ固有の意味の裁判手続は進
められない。これら種々の裁判を一々対審公開手続でしなければならない合理的理
由はない。又、支払命令、略式命令を非対審非公開でしても、これに不服な当事者
のために対審公開の判決手続の途が確保されており、これら命令に異存のない当事
者だけを拘束するようになつている限りこれらの命令は違憲ではない。
 裁判を受ける権利は合理的理由がある場合には法律でこれを制限もしくは否定す
ることができる。死人に対する有罪判決を求める公訴、確定判決のあつた民・刑事
件に対する再度の訴に対し、裁判所は「裁判(固有の意味の本案裁判)をしない」
という裁判をすることができる旨立法し、訴や上訴の趣旨を明確にするため訴状、
上訴状の書式要件を定め、早期に法律関係を裁判する必要ある事件について出訴期
間を、又、訴訟促進の必要から一般上訴の期間を定める法規を制定し、これに違反
する訴や上訴に対しては公開対審手続によらないでこれを却下する裁判をしこれに
対する固有の意味の裁判を拒否することにしても違憲ではない。
 また、始審と終審との間に控訴審を設けるか否か、また各審級の裁判所の権限を
如何にするかは立法に任された部分が広いので、上訴審では事実点又は法律点につ
いて一定の重要な事項に関してのみ判決し、左様でない事項については、すでに下
級審で事実および法律の点につき公開対審の手続で判決している以上、もはや審判
を公開しないで上訴を棄却する、という立法をしても違憲ではない。わが最高裁判
所は弁論を開かないで判決を言い渡す場合が少くないが、不適法なもしくは明らか
に失当な理由による上訴を棄却するのに必ずしも公開の対審判決を要しないとする
立法もおおむね違憲ではあるまい。
 あるいは、境界確定の訴において、その甲地の所有者の立証によつても乙地の所
有者の立証によつても境界が不明であるような場合には、原告となつた方が甲でも
乙でも敗訴するに決まつているから、権利の存否およびその範囲に関する両者の争
議は、裁判所が何とか特別の裁判をしなければ永久に解決しないであろう。かよう
な場合には裁判所が当事者双方の主張の範囲内で、その提出した事実、証拠その他
裁判所が知つた事情により当事者双方の申立に拘束されないで真実と認める線を境
界線と定める判決をすることができる、とする立法は、裁判所に係争の権利を不合
理に変更する裁判をする権限を与えた違憲のものだとはいえないのである。
 本件「調停に代わる裁判」に抗告という上訴を許しても、抗告審で公開対審をし
ないで決定し、この決定に既判力を認めるなら憲法三二条のいう「裁判を受ける権
利」は奪われたものというしかない。
  昭和三五年七月六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一

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