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平成24年8月27日判決言渡
平成23年(行ケ)第10386号商標登録取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年6月20日
判決
原告X
訴訟代理人弁理士佐々木實
藤木博
被告特許庁長官
指定代理人田中敬規
酒井福造
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が異議2010-900367号事件について平成23年10月5日にし
た異議の決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,登録異議の申立てに基づいて原告の商標の登録を取り消した決定の取消
訴訟である。争点は,原告の商標の登録が公序良俗に反するか否か(商標法4条1
項7号)である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成22年3月2日,指定役務を第43類「食材に馬肉を用いたカレー
料理を主とする飲食物の提供」として,本件商標「激馬かなぎカレー」(標準文字)
の登録出願をし,同年7月14日に登録査定を,同年8月20日に設定登録を受け
た(商標登録第5346443号)。
これに対し,特定非営利活動法人かなぎ元気倶楽部(以下「申立人」という。)は,
平成22年11月12日,本件商標は著名な申立人の商品の名称「激馬かなぎカレ
ー」と同一又は類似であるか(商標法4条1項6号),本件商標の登録出願は申立人
の新商品開発に便乗し,商標を剽窃する目的でされたもので,公序良俗に反する(同
項7号)として,登録異議の申立てをした(異議2010-900367号)。
特許庁は,平成23年10月5日,本件商標の登録は公序良俗に反するとして,
これを取り消すとの決定をし,同月23日,その謄本が原告に送達された。
2決定の理由の要点(8,9頁)
本件商標は,「激馬かなぎカレー」の文字を標準文字で表してなるところ,該文字は,・・・
国が推進する平成21年度「地方の元気再生事業」に係る委託契約に基づき,申立人が開発し
た新商品の一つであって,金木町の特産である馬肉を使用したカレーについて使用する名称「激
馬かなぎカレー」と同一の綴り字からなるものであり,しかも,原告は,金木町において飲食
店を経営しており,かつ,申立人が開発した新商品の事業参加者として,参加の申込みをした
者であることから,該新商品について使用される名称が「激馬かなぎカレー」であることを熟
知していたにもかかわらず,該名称が商標登録されていないことを奇貨として,これと実質的
に同一の本件商標を,該新商品を開発した申立人の承諾を得ることなく,先取り的に商標登録
出願し,登録を得たものである。
してみれば,原告による上記行為は,地域の活性化を図るという地方公共団体としての政策
目的に基づく公益的な施策である「地方の元気再生事業」において申立人が開発した新商品の
名称「激馬かなぎカレー」について,商標登録出願し,その登録を得たことにより,原告がこ
れをその指定役務について排他的に使用することができることを意味するものであり,ひいて
は申立人並びに該事業の関係者及びその利用者が本件商標及びこれと類似する商標をその指定
役務又はこれと類似する役務若しくは商品に使用することができなくことを意味するものであ
るから,結局,該事業の遂行を阻止し,公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら,「激
馬かなぎカレー」の名称による利益の独占を図る意図でしたものであって,剽窃的なものとい
わなければならない。
したがって,本件商標は,公序良俗に反するものであり,商標法4条1項7号に該当する。
第3原告主張の決定取消事由(公序良俗違反の判断の誤り)
次のとおり,原告は本件商標を剽窃したものではなく,公序良俗違反に関する決
定の判断は誤りである。
1先願主義の下では,当該商標の排他的使用を欲する者は,自ら出願して登録
を受ける必要があるところ,申立人は,他のケースで商標を取得することができな
かった経緯から先願主義を熟知していたにもかかわらず,「激馬かなぎカレー」の商
標登録出願を怠っていた。そこで,原告は,他の地域などから無関係な第三者が「激
馬かなぎカレー」の商標登録出願をして,これを取得される事態が生じることを避
けるため,やむなく本件出願に及んだものである。名称「激馬かなぎカレー」につ
いては,新聞報道で取り上げられ公知のものとなった以上,無関係の第三者が権利
化に及ぶ事態が予想されたので,原告は地域の利益を図る一心で,無駄となること
を覚悟して本件出願に及んだのであって,原告には本件商標を剽窃,独占しようと
する悪意はなく,むしろ善意であった。本件商標が上記名称と同一の構成を有する
のは,原告が本件商標を地域興しの一助としようとしたことの表れである。
2名称「激馬かなぎカレー」は,新聞報道や地域イベントの開催において表示
されていたことがあったものの,需要者,取引者の間で周知になったり,著名にな
ったりしていたことはなかったのであって,申立人にこれを取得させなければなら
ない理由があるわけではない。決定は,申立人が出願を怠っていた手落ちについて
何ら評価をせず,商品「激馬かなぎカレー」の企画,立案を行ったという申立人側
の事情のみを強調し,申立人の主張に肩入れして公序良俗違反の判断をしており,
不公平,不公正かつ審理不尽である。また,決定は,企画,立案した者が公的な立
場にある者であれば,創出された商標,名称は公的な事業の遂行のために必要なも
のとみなし,上記商標等が周知されるに至っていなくても,商標が企画,立案した
者に帰属すべきであるとするものであって,商標法4条1項7号の規定の趣旨を大
幅に逸脱して適用するもので,相当でない。
3原告は,申立人との間の調停において,申立人には本件商標の先使用権があ
ると指摘していたにもかかわらず,審決はかかる事実を無視して公序良俗違反の判
断をしており,極めて不当である。また,原告が本件商標の無償かつ無条件での譲
渡に応じなかったのは,申立人が自らの失態を粉飾したまま,世間の同情を集める
ために出願懈怠の事実を隠蔽,糊塗する行為に出,また原告が必要な費用を支出し
たにもかかわらず,有償での譲受には一切応じないという意固地な姿勢を変えない
からであって,本件商標の剽窃等を裏付ける事情には当たらない。
第4取消事由に対する被告の反論
1先願主義の下においても,一概に先願者のみが排他的権利を取得できるもの
ではなく,「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標」に当たる場合には,
商標登録の取消しを免れない。原告は,金木町において飲食店を経営し,申立人か
ら既に開発された新商品「激馬かなぎカレー」のレシピを受け取り,説明を受ける
などして,申立人の事業に参加した者にすぎないところ,本件出願前より,申立人
が,金木町の経済発展のために,国が推進する「地方の元気再生事業」を活用した
「文化伝承・体験学習施設『かなぎ元気村~かだるべぇ~』創立事業」において,
新商品として開発した地元産の馬肉を使用したカレーの名称が「激馬かなぎカレー」
であることを十分に知りながら,これと実質的に同一の文字からなる本件商標を本
件事業と密接に関連する指定役務の範囲において,申立人に無断で登録出願して登
録を受け,本件商標の排他的独占権を取得した。原告の商標取得により,申立人や
原告以外の事業参加者が,商品の名称として「激馬かなぎカレー」を使用すること
ができなくなる事態が生じることは明らかで,実際にも,原告は,商標権者として,
申立人に対し,対価の支払を条件に使用許諾するとの申入行為に及んだ。
原告は,国が推進する地域活性化事業である「地方の元気再生事業」の一環とし
て実施される本件事業の遂行を阻止し,公共的利益を損なう結果に至ることを知り
ながら,「激馬かなぎカレー」の名称による利益を独占する意図で,本件商標の登録
出願をしたものであって,剽窃的である。本件商標は,一地方のこととはいえ公共
性の極めて高い商標であるから,それが周知・著名であったか否かにかかわらず,
また,先願主義を前提としてもなお,本件商標は,「公の秩序又は善良な風俗を害す
るおそれがある商標」に該当する。
2本件組合が名称「激馬かなぎカレー」に係る商標登録出願を懈怠していたと
しても,商品「激馬かなぎカレー」は金木町の経済発展を目的とする公共性の極め
て高い本件事業の中で開発されたものであるから,上記懈怠の事実は,開発には一
切関与せず,成果発表の報道後に,商品を提供する店舗の一つとして事業参加した
にすぎない原告が,事業の主催者である申立人に代わって本件商標の商標権者にな
ることを,正当化できるものではない。
第5当裁判所の判断
1証拠(甲2~6,8,9,11,乙1,6)及び弁論の全趣旨によれば,①
青森県北津軽郡の旧金木(かなぎ)町は,作家「太宰治」の出身地であり,古民家
が多く現存しているなどの伝統があったが,平成17年のいわゆる平成の大合併に
より,五所川原市に金木町の名前を残して合併されたところ,申立人は,金木町及
び周辺の住民に対し,地域伝統文化・芸術を活用した観光振興事業や地域経済活性
化を図るための各種事業を行い,社会全体の利益の増進に寄与することを目的とし
て設立され,金木町の住民らが理事を構成しているが,地域主体が自主的に地域の
活性化に取り組み,国が経費を支出する事業である「地方の元気再生事業」の一環
として,金木地区(金木町)による文化の伝承,交流・体験活動に関する諸活動の
実施である「文化伝承・体験学習施設『かなぎ元気村~かだるべぇ~』創立事業」
を立ち上げ,「太宰ミュージアム」構想を採用し,太宰生誕100年に当たる平成2
1年に「太宰検定」の開催にこぎつけるとともに,その事業の一環として,金木町
内外のメンバーで構成する委員会を設置して検討を重ね,金木町が馬肉の産地であ
ることから,平成22年2月ころまでに,馬肉を使用したカレーを開発したこと,
②申立人は,金木町特産の馬肉を使用したカレーであることから,「激馬(げきうま)
かなぎカレー」と名付けて同月17日に発表し,この発表に関する記事が翌18日
の新聞「東奥日報」,「陸奥日報」に掲載されたこと,③原告は金木町内で飲食店「A」
を経営しているが,同月25日,申立人が主宰する太宰にちなんだ活動「太宰ミュ
ージアム」の参加申込みをし,このころ上記商品のレシピを受け取り,説明を受け
たこと,④原告はその後,自身が営業する飲食店「A」で馬肉を使用したカレーの
提供を始め,同年3月27日の新聞「東奥日報」,「陸奥日報」の上記商品「激馬か
なぎカレー」に関する記事には,これが申立人が開発した商品であり,その提供店
の一つとして原告が営業する飲食店「A」が挙げられていることが認められる。ま
た,証拠(甲13,乙6,7)及び弁論の全趣旨によれば,⑤申立人の担当者が,
平成22年3月2日及び16日,国土交通省東北地方整備局の担当官に対し,「激馬
かなぎカレー」の商標登録出願をしてよいか確認したところ,本件事業が完了する
前に出願をすることは差し控えられたい旨を告げられたので,申立人は「激馬かな
ぎカレー」の名称について商標登録出願をしなかったこと,⑥原告は,同月2日,
申立人に連絡をすることなく本件商標の登録出願をし,同年7月14日に登録査定
を受けたが,申立人の担当者は同月26日に至って初めて原告の上記出願の事実を
知ったこと,⑦申立人の担当者らは,同年9月ころ,原告に対し,本件商標権の譲
受けを申し入れたが拒絶されたこと,その後,当初は申立人からも相談を受けてい
た本訴の原告訴訟代理人弁理士を通じ,有償で通常使用権を設定する用意があると
の連絡を原告から受けたこと(原告は自ら発言していないと主張するかのようであ
るが,少なくとも,訴訟代理人弁理士が申立人の担当者に対し,10年間で30万
円を支払えば,原告が通常使用権を設定すると伝えた事実が認められる。),⑧申立
人は,同年11月15日,特許庁に対して本件の異議申立てをするとともに,同年
12月3日,五所川原簡易裁判所に民事調停を申し立てたが,原告は,申立人への
本件商標権の放棄ないし譲渡についても(申立人は商標登録の手続費用負担を提案
している。),社団法人五所川原市観光協会等の第三者に対する譲渡についても拒否
し,有償の通常使用権設定を主張したため,民事調停は不調に終わったこと,⑨申
立人は,平成23年10月26日に指定商品を第29類「馬肉,馬肉入りカレー」
等,第30類「馬肉を主原料とするカレー入りうどん」等とし,平成24年4月2
7日に指定役務を第43類「馬肉を使用したカレー料理を主とする飲食物の提供」
として,それぞれ図形入りの「激馬かなぎカレー」の商標の登録出願をしたこと,
の経緯が認められる。
これらの経緯からすれば,地域住民及び商店のために活動する申立人が,国の経
費支出を受け,伝統ある金木町全体の地域活性化のために行う本件事業の一環とし
て,金木町特産の馬肉を使用したカレーを開発し,その名称「激馬かなぎカレー」
を考案したにもかかわらず,金木町内で飲食店を営む原告が,申立人の活動に参加
したに止まるのに,申立人において上記名称に係る商標登録出願をしていないのに
乗じて,本件商標の登録出願に及んだものと評価せざるを得ない。また,原告が申
立人からの本件商標権の譲受けの申入れに応じず,申立人が特定非営利活動法人で
あることからみて必ずしも少額とはいえない金額の対価による通常使用権の設定に
こだわっていることにかんがみると,原告の意図次第で,申立人や金木町内の他の
飲食店等が本件商標の使用を妨げられることにもなる。だとすると,「(原告の本件
出願は)該事業の遂行を阻止し,公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら,
『激馬かなぎカレー』の名称による利益の独占を図る意図でしたものであって,剽
窃的なものといわなければならない。」との決定の判断は是認することができる。
2原告は,名称「激馬かなぎカレー」が新聞報道で取り上げられ公知のものと
なった以上,無関係の第三者が権利化に及ぶ事態が予想されたので,原告は地域の
利益を図る一心で,本件出願をしたなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり原告は有償での通常使用権の設定にこだわっている
上,民事調停においては,申立人が原告に対して本件商標の出願に要した費用や移
転登録申請費用を負担する旨提案し,また譲渡に応じない原告には,民事調停の調
停委員から第三者に対して本件商標権を譲渡する案が示されたのに(なお,原告訴
訟代理人弁理士も青森県や五所川原市を間に立てて調整することを提案していた。),
原告が譲渡等に応じなかったこと(乙6)にかんがみると,原告の上記主張は自ら
の言動と矛盾しており,原告が専ら地域の利益を図るために本件出願をしたとは到
底認めることができない。
また,本件事業が地域の活性化のためにされる経済的な性格を有するものである
にもかかわらず,その一環として開発された商品に関して商標登録出願をすること
に対し,国の担当官が消極的な発言をしたことや,この発言に従って申立人が必要
な商標登録出願を遅らせたとしても,原告が,申立人の活動の一参加者でありなが
ら,開発済みの商品にならいその名称を得て,これと同一の本件商標の登録出願を
し,その使用を独占することは許されない。
3結局,決定がした公序良俗違反の判断に誤りはなく,本件商標の登録を取り
消した決定の判断に違法はない。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由は理由がないから,主文のとおり判決す
る。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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