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36号川内原発稼働等差止仮処分申立事件
決定
当事者の表示(省略)
主文
1本件申立てを却下する。
2申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1債務者は,債務者が設置している別紙設備目録記載の川内原子力発電所1号
機及び2号機を運転してはならない。
2申立費用は債務者の負担とする。
第2事案の概要
1事案の骨子
本件は,債権者らが,債務者に対し,人格権に基づき,債務者が設置してい
る別紙設備目録記載の川内原子力発電所1号機及び2号機(以下,それぞれ「川
内1号機」及び「川内2号機」といい,併せて「本件原子炉施設」という。)
の運転差止めを命ずる仮処分命令を申し立てた事案である。
2前提事実(証拠等を掲げていない事実は,当事者間に争いがないか,当事者
が争うことを明らかにしない事実である。なお,後記⒀の事実は当裁判所に顕
著な事実である。)
⑴当事者
ア債権者ら
債権者らは,いずれも本件原子炉施設から250㎞圏内に居住する者で
ある。
イ債務者
債務者は,福岡県,佐賀県,長崎県,大分県,熊本県,宮崎県及び鹿児
島県において,一般の需要に応じて電気を供給する事業を営む株式会社で
ある。
⑵本件原子炉施設の概要(乙1の3の2,3)
ア債務者は,鹿児島県薩摩川内市久見崎町字片平山1765番地3に加圧
水型軽水炉(発電用原子炉の一種であり,原子炉で作られた高温高圧の一
次冷却材(水)を蒸気発生器に導き,そこで二次冷却材(水)を基に蒸気
を発生させ,この蒸気をタービンに送って発電する形式のもの。PWR)
を使用する原子力発電所である本件原子炉施設を設置している。
本件原子炉施設の加圧水型軽水炉(PWR)においては,原子炉建屋に
覆われた原子炉格納容器内に,原子炉容器,蒸気発生器,加圧器,一次冷
却材管,一次冷却材ポンプなどが収納されており,原子炉容器内部には,
炉心及び炉心支持構造物が収納されている。炉心には,燃料集合体,制御
棒などが配列されている。
なお,加圧水型軽水炉(PWR)の特徴としては,原子炉でできた高温
高圧水を循環させる系統(一次冷却系)と,タービンへ蒸気を供給する系
統(二次冷却系)が,蒸気発生器の伝熱管を介して完全に分離されている
ので,タービン側に放射性物質を含んだ蒸気が運ばれることがない点が挙
げられる。
イ本件原子炉施設の敷地は鹿児島県薩摩川内市久見崎町の西部に属し,薩
摩半島の基部に位置しており,敷地の西側は東シナ海に面し,取水口が配
置されている。
なお,本件原子炉施設の周辺陸域の中央部を川内川が西方に向かってほ
ぼ東西に流下しており,その流域は低地が連続し,河口から十数㎞上流部
には小規模な沖積平野が分布しているが,川内川の北側には長島,笠山山
地,出水平野及び出水山地が分布し,南側には弁財天山―冠岳山地がおお
むね東西方向に連続し,その南側に市来台地及び日置台地が,東側には八
重山山地が分布しているところ,本件原子炉施設の敷地は川内川河口左岸
の弁財天山―冠岳山地の北西側端部に位置している。
ウ債務者は,昭和52年12月17日,川内1号機の設置に関し,核原料
物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下,改正前後を通じ
て「原子炉等規制法」という。)に基づく発電用原子炉の設置許可を受け,
昭和55年12月22日,川内2号機の増設に関し,原子炉等規制法に基
づく発電用原子炉の変更許可を受けた上で,川内1号機(電気出力89万
㎾)については昭和59年7月4日に,川内2号機(電気出力89万㎾)
については昭和60年11月28日に,それぞれ営業運転を開始した。
⑶本件原子炉施設の設置当初における耐震設計
ア川内1号機設置時
債務者は,原子力発電施設に係る技術基準として定められた「発電用原
子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年通商産業省令第62
号)」(乙175,以下「通産省令62号」という。),同省令の規定に
基づき発電用原子力設備に関する構造等の技術基準として定められた「発
電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和45年通商産業省告示第
501号)」(乙176(書証は特に断らない限り枝番号を含む。以下同
じ。),以下「通産省告示501号」という。)及び社団法人日本電気協
会(当時,以下「日本電気協会」という。)が策定した民間規格である「原
子力発電所耐震設計技術指針(JEAG4601-1970)」(乙100,181,
以下,日本電気協会策定の原子力発電所耐震設計技術指針を「電気協会耐
震設計技術指針」という。)に従い,当時の文献資料(川内1号機敷地周
辺の地震被害歴に関するもの)及び地盤条件等を参考に,川内1号機に係
る設計地震による地震動(設計用地震基盤加速度)を設定(最大加速度:
180㎝/s²)した上,これを用いて耐震設計を行った(乙135)。
なお,「設計地震」とは,原子力委員会(当時)が昭和53年9月に策
定した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(乙101,以下
「旧耐震指針」という。)が適用される以前に建設された原子力発電所に
おいて,特定の敷地(原子力発電所の敷地)で予想される最強の地震であ
り,地震歴や地盤条件等を参考にその強さが決定され,その地震動が原子
力発電所の各施設の耐震設計を行う基準となるものである(乙100)。
イ川内2号機増設時
債務者は,通産省令62号,通産省告示501号,旧耐震指針(乙10
1)及び同指針を受けて原子炉安全専門審査会(当時)によって策定され
た「原子力発電所の地質,地盤に関する安全審査の手引き」(乙103)
並びに電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1970)に従い,当時の文献
資料(川内2号機敷地周辺の地震被害歴及び活断層に関するもの),断層
調査結果及び地震地帯構造の分析結果等に基づき,川内2号機に係る基準
地震動S₁(最大加速度:189㎝/s²),基準地震動S₂(最大加速度:3
72㎝/s²)を策定した上,これを用いて耐震設計を行った(乙135)。
なお,旧耐震指針における基準地震動(原子炉施設の耐震設計に用いる
地震動であり,敷地の解放基盤表面において考慮するもの)は,その強さ
の程度に応じ2種類の地震動(基準地震動S₁及び基準地震動S₂)を策定
することとされていた。すなわち,設計用最強地震として,①歴史的資料
から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再
び起こり,敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震,②
近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震
のうちから最も影響の大きいものを想定して基準地震動S₁を策定し,設計
用限界地震として,地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震に
ついて,過去の地震の発生状況,敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構
造に基づき工学的見地からの検討を加え,最も影響の大きいものを想定し
て基準地震動S₂を策定することとされ,基準地震動S₂には直下地震によ
るものも含むとされていた(乙101)。
ウ川内1号機に係る耐震安全性の自主点検
債務者は,平成7年,同年に発生した兵庫県南部地震(以下「兵庫県南
部地震」という。)の被害の甚大さに鑑み,川内1号機の耐震安全性につ
いて旧耐震指針等に基づく自主点検を行ったところ,川内1号機について
も基準地震動S₁(最大加速度:189㎝/s²),基準地震動S₂(最大加速
度:372㎝/s²)に対して十分な余裕があると判断した(乙135)。
⑷耐震設計審査指針の改訂
ア概要
原子力安全委員会(当時)は,平成18年9月19日,地震学及び地震
工学に関する新たな知見の蓄積並びに原子炉施設の耐震設計技術の改良及
び進歩には著しいものがあったとして,「発電用原子炉施設に関する耐震
設計審査指針」を改訂した(乙46,112,以下,この改訂後の耐震設
計審査指針を「改訂耐震指針」という。)。
また,この耐震設計審査指針の改訂に併せて,発電用原子炉施設に関す
る国の規制の在り方についても審議・検討された結果,発電用原子炉施設
に係る技術基準は,発電用原子炉施設に要求される機能及び性能を定めた
性能規定とすることとし,当該機能及び性能を実際の設備において実現す
るための仕様規定は民間規格に委ねることで,最新の知見を迅速かつ柔軟
に取り入れつつ,安全審査の合理化を図ることとされ,具体的には,平成
18年1月に通産省令62号を性能規定とする内容の改正がされ,併せて
通産省告示501号等は廃止され,同告示のうち性能規定に関する部分に
ついては通産省令62号に移行された。そして,技術基準を満たす民間規
格として日本電気協会,社団法人日本機械学会(当時,以下「日本機械学
会」という。)及び社団法人日本原子力学会(当時,以下「日本原子力学
会」という。)が策定した民間規格が活用されることとされた(乙178)。
なお,このような民間規格の活用に当たっては,当該民間規格が技術基
準に定められた規制上の要求を満足するものであるかどうかにつき,規制
当局が技術評価を行うこととされ,技術基準の要求を満足する詳細規定で
あることが確認できた民間規格については,規制上の位置付けを行政手続
法上の審査基準に取り込む方法等で明確化し,もって,当該民間規格が技
術基準に定められた規制上の要求を満足するものであることを公示(以下,
このことを「エンドース」という。)することとされた(乙177,17
9)。
イ具体的内容
改訂耐震指針の具体的な内容は,別紙「改訂耐震指針の定め」のとおり
(乙46,112)である。
また,前記アの民間規格の活用に伴い,改訂耐震指針に基づく建物・構
築物関係及び機器・配管系の耐震安全性に関する評価に当たっては,原子
力安全委員会が策定した「『発電用原子炉施設に対する耐震設計審査指針』
(平成18年9月19日原子力安全委員会決定)に照らした『発電用原子
力設備に関する技術基準を定める省令』第5条への適合性に関する審査要
領(内規)」(乙195)により,電気協会耐震設計技術指針・重要度分
類・許容応力編(JEAG4601・補-1984)(乙122,182),電気協会
耐震設計技術指針(JEAG4601-1987)(乙47,104,183),同
(JEAG4601-1991追補版)(乙184)及び日本機械学会策定の「発電用
原子力設備規格,設計・建設規格(JSMESNC1-2005)」(乙189,以
下,日本機械学会策定の発電用原子力設備規格,設計・建設規格を「機械
学会設備等規格」という。)に基づいて評価すべきこととされた(乙19
4)。
ウ改訂耐震指針に基づく耐震安全性評価の実施
原子力安全・保安院(当時)は,平成18年9月20日,債務者を含む
電気事業者に対し,稼働中及び建設中の発電用原子炉施設等について,改
訂耐震指針に照らした耐震安全性評価の実施等を指示した(乙115)。
これを受け,債務者は,通産省令62号,改訂耐震指針及び前記イで建
物・構築物関係及び機器・配管系の耐震安全性に関する評価に当たって用
いるべきとされた民間規格並びにエンドースはされていなかったが最新の
知見等が反映された具体的な評価手法が記載されていた電気協会耐震設計
技術指針・基準地震動策定・地質調査編(JEAG4601-2007)(乙185)
に基づき,新たに最新の手法も取り入れた地質調査等を実施し,その結果
等を踏まえて川内1号機に係る基準地震動Ss(最大加速度:540㎝/s²)
を策定し,安全上重要な施設の耐震安全性を確認した結果,十分な余裕が
あると判断した(乙115,135)。
以上の債務者が行った川内1号機に係る基準地震動の策定及び耐震安全
性に関する判断については,原子力安全・保安院及び原子力安全委員会の
審査において妥当なものと判断された(乙115,116)。
⑸東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所における事故
ア概要
平成23年3月11日東北地方太平洋沖地震(以下「東北地方太平洋沖
地震」という。)及び同地震に伴う津波が発生し,東京電力株式会社福島
第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の1ないし4号機は,
全電源を失い,複数の原子炉で炉心溶融(メルトダウン)や水素爆発が起
きるという過酷事故によって,大量の放射性物質の拡散と汚染水の海洋流
出という未曽有の原子力災害を引き起こした(甲1)。
イ国会事故調報告書の指摘
東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発における事故を受けてまとめ
られた東京電力福島原子力発電所事故調査委員会「国会事故調報告書」
(2012)(甲1,以下「国会事故調報告書」という。)では,「わが国にお
いては,観測された最大地震加速度が設計地震加速度を超過する事例が,
今般の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発と女川原発における2ケ
ースも含めると,平成17(2005)年以降に確認されただけでも5ケ
ースに及んでいる。このような超過頻度は異常であり,例えば,超過頻度
を1万年に1回未満として設定している欧州主要国と比べても,著しく非
保守的である実態を示唆している。」との指摘がされている。
ウ基準地震動を上回る地震動が観測された事例
前記イで指摘された,日本の原子力発電所において基準地震動を上回る
地震動が観測された5ケースは次のものである(甲1,2,4,6,7,
乙20,22,29)。
①平成17年8月16日宮城県沖地震(以下「宮城県沖地震」とい
う。)東北電力株式会社女川原発(以下「女川原発」という。)
②平成19年3月25日能登半島地震(以下「能登半島地震」とい
う。)北陸電力株式会社志賀原子力発電所(以下「志賀原発」
という。)
③平成19年7月16日新潟県中越沖地震(以下「新潟県中越沖地
震」という。)東京電力株式会社柏崎・刈羽原子力発電所(以
下「柏崎・刈羽原発」という。)
④平成23年3月11日東北地方太平洋沖地震福島第一原発
⑤平成23年3月11日東北地方太平洋沖地震女川原発
(以下,上記の基準地震動を上回る地震動が観測された四つの地震を
「基準地震動超過地震」という。)
⑹ストレステストの実施
東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発における事故を受け,原子力安
全・保安院は,平成23年7月22日,債務者を含む電気事業者に対し,既
設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価(いわゆる「ストレステス
ト」)の実施を指示した。ストレステストは,各発電用原子炉施設において
想定した地震動(基準地震動Ss)を超える地震が発生したときに,安全上
重要な施設や機器等がどの程度まで安全性を確保できるか(どの程度まで燃
料の損傷が生じずに耐えられるか)という発電用原子炉施設の総合的な余裕
を定量的に評価するものである。
債務者は,本件原子炉施設を対象とするストレステストを実施して,クリ
フエッジ(炉心損傷又は使用済燃料貯蔵設備の燃料損傷に至る事象に対し,
その影響緩和に必要な機能を抽出したイベントツリーを作成の上,当該事象
の進展を収束させる全ての収束シナリオを特定してその耐震裕度を求め,こ
れにより明らかとなる収束シナリオのうち最も耐震裕度の小さいもの)を特
定し,その耐震裕度について,川内1号機につき当時の基準地震動Ss(最
大加速度:540㎝/s²)の1.86倍(約1004㎝/s²),川内2号機につ
き当時の基準地震動Ss(最大加速度:540㎝/s²)の1.89倍(約10
20㎝/s²)と評価した(乙49,50,135)。
このような債務者によるクリフエッジの特定及び耐震裕度の評価について
は,平成24年9月3日,原子力安全・保安院の同時点における見解として,
妥当なものと判断されている(甲54)。
⑺新規制基準の策定等
ア原子力規制委員会の発足
平成24年9月,原子力安全委員会が廃止され,同月19日,新たに原
子力規制委員会が発足した。
原子力規制委員会は,原子力利用における安全の確保を図るため必要な
施策を策定し,又は実施する事務を一元的につかさどるために,環境省の
外局として設立された機関であり(原子力規制委員会設置法1条,2条),
国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に
資するため,原子力利用における安全の確保を図ることを任務とし(同法
3条),同任務を達成するために原子力利用における安全の確保に関する
ことなどが所掌事務とされている(同法4条)。その組織は,委員長及び
委員4人から成り(同法6条1項),独立してその職権を行うこととされ
ているところ(同法5条),委員長及び委員は,人格が高潔であって,原
子力利用における安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見
を有する者のうちから,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命するも
のとされている(同法7条1項)。その所掌事務について,原子力規制委
員会は,法律若しくは政令を実施するため,又は法律若しくは政令の特別
の委任に基づいて,原子力規制委員会規則を制定することができるものと
されている(同法26条)。また,原子力規制委員会の事務を処理させる
ための事務局として原子力規制庁が置かれている(同法27条)。
イ規則の制定等
東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発における事故を踏まえて原子
力基本法及び原子炉等規制法が改正され(平成24年法律第47号),原
子力基本法の基本方針として,原子力利用は「安全の確保を旨として」行
われることがもともと規定されていたところ(同法2条1項),その安全
確保については,「確立された国際的な基準を踏まえ,国民の生命,健康
及び財産の保護,環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的
として,行うものとする」との規定が追加され(同条2項),原子炉等規
制法の目的として,「原子炉の設置及び運転等」に関し,「大規模な自然
災害及びテロリズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制」を行
うこと,「もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我
が国の安全保障に資することを目的とする」ことが追加され(同法1条),
保安措置に重大事故対策が含まれることが明記される(同法43条の3の
22第1項等)などした。
また,原子炉等規制法においては,発電用原子炉を設置しようとする者
は,政令で定めるところにより,原子力規制委員会の許可(原子炉設置許
可)を受けなければならない旨規定され(同法43条の3の5第1項),
その許可基準が定められており(同法43条の3の6第1項),また,原
子炉設置許可を受けた者が,使用の目的,発電用原子炉の型式,熱出力及
び基数,発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備等の事項(同
法43条の3の5第2項2~5号又は8~10号に掲げる事項)を変更し
ようとするときは,政令で定めるところにより,原子力規制委員会の許可
(原子炉設置変更許可)を受けなければならない旨規定され(同法43条
の3の8第1項),この場合にも上記許可基準(同法43条の3の6第1
項)が準用される(同法43条の3の8第2項)。
そして,原子炉等規制法においては,原子炉設置許可及び原子炉設置変
更許可の基準の一つとして,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が
核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉に
よる災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基
準に適合するものであること」と規定されているところ(同法43条の3
の6第1項4号,43条の3の8第2項),ここでいう原子力規制委員会
規則が「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準
に関する規則」(以下「設置許可基準規則」という。)であり,その解釈
を示したものが「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設
備の基準に関する規則の解釈」(乙146,198,以下「設置許可基準
規則解釈」といい,設置許可基準規則と併せて「新規制基準」という。)
である。新規制基準の内容は,別紙「新規制基準の定め」のとおりである
(ただし,地震及び火山に関係する部分を抜粋している。)。
なお,原子力規制委員会は,通産省令62号に代わる実用発電用原子炉
施設の技術基準として,「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準
に関する規則」(以下「技術基準規則」という。)を制定し,その解釈を
「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則の解釈」(乙
180,以下「技術基準規則解釈」といい,技術基準規則と併せて「新技
術基準」という。)により示している。
原子力規制委員会は,平成25年6月19日,原子炉設置許可及び原子
炉設置変更許可の審査に活用するため,「基準地震動及び耐震設計方針に
係る審査ガイド」(甲9,乙40,117,196,以下「地震ガイド」
という。その内容は別紙「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」
のとおり。),「耐震設計に係る工認審査ガイド」(乙197,以下「工
認ガイド」という。)及び「原子力発電所の火山影響評価ガイド」(甲6
0,乙151,以下「火山ガイド」という。その内容は別紙「原子力発電
所の火山影響評価ガイド」のとおり。)等の内規を策定した。
これらの新規制基準,新技術基準及び内規は,平成25年7月8日,上
記改正原子炉等規制法(平成24年法律第47号附則1条4号に定める改
正部分)と同時に施行された。
⑻本件原子炉施設における新規制基準に基づく基準地震動の策定
債務者は,以下のとおり,新規制基準,地震ガイド及びエンドースはされ
ていないが最新の知見等が反映された具体的な評価手法が記載されている電
気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-2008)(乙114,187)に従い,
基準地震動Ssを策定した。
ア地震の調査(乙1の3の3,7の2,42,120)
本件原子炉施設敷地周辺における地震の発生状況
債務者は,本件原子炉施設敷地周辺で発生する地震について,①内陸
地殻内地震としては,九州地方南部でマグニチュード(以下「M」と表
記することもある。)6.5程度の地震が発生しており,②プレート間
地震としては,太平洋側沖合の日向灘周辺でM7クラスの地震が十数年
から数十年に一度の頻度で発生し,③海洋プレート内地震としては,海
溝付近又はそのやや沖合の沈み込む海洋プレート内で発生するもの及び
海溝よりも陸側の沈み込んだ海洋プレート内で発生するものがあるほ
か,陸側に深く沈み込んだプレート内で稀に規模の大きな地震が発生す
ることがあり,④その他の地震として桜島の火山活動に伴った地震活動
が見られることを確認した。
また,債務者は,本件原子炉施設が位置する九州地方南部について,
地震発生状況やGPSの観測結果(地殻変動)の傾向によると,引張応
力場であるため,正断層型及び横ずれ断層型の地震が多く発生し,逆断
層型の地震が少ないという地域的な特性(震源特性)があると評価し,
本件原子炉施設敷地周辺で発生する内陸地殻内地震についても,正断層
型及び横ずれ断層型が主体であることが確認できたとしている。
加えて,債務者は,敷地周辺の中・小地震の特徴として,本件原子炉
施設敷地を中心とした半径100㎞以内の範囲に震央を有する地震で
は,後記の平成9年に発生した二つの鹿児島県北西部地震に伴う地震
活動が見られるほか,薩摩半島南端付近で地震活動が見られること,敷
地周辺の微小地震の特徴として,深さ0~30㎞では,熊本県南部付近,
敷地北側の北緯32度付近から海域につながる領域,島原半島付近から
甑島西側海域につながる領域及び日向灘の海岸線に沿った領域で顕著な
微小地震活動が見られることなどを確認した。
本件原子炉施設敷地周辺の被害地震
債務者は,文献資料等に基づき,本件原子炉施設敷地周辺における被
害地震(気象庁震度階級(平成8年以後のもの)で震度5弱程度以上に
当たる建物等に被害が発生すると考えられる地震)としては,内陸地殻
内地震として,敷地から半径30㎞以内において発生した平成9年3月
26日鹿児島県北西部地震(M6.6)及び同年5月13日鹿児島県北
西部地震(M6.4,以下「平成9年5月鹿児島県北西部地震」という。)
があるほか,桜島の噴火活動に伴って発生した大正3年桜島地震(M7.
1)があることを確認した。
なお,債務者は,前記②のプレート間地震及び同③の海洋プレート
内地震が発生する位置と本件原子炉施設敷地までの距離が十分に離れて
いるものと評価し,これらの地震については本件原子炉施設敷地に大き
な影響を与えるものではないと判断している。
イ地質及び地質構造の調査
調査内容(乙1の3の2,5,42,120)
債務者は,本件原子炉施設の敷地並びに敷地近傍(敷地を中心とする
半径5㎞の範囲)及び敷地周辺(敷地を中心とする半径30㎞の範囲及
びその周辺)において,その地質及び地質構造を把握するため,文献調
査,空中写真判読等の変動地形学的調査,地表踏査等の地表地質調査及
び反射法地震探査や重力異常・微小地震分布の把握といった地球物理学
的調査を実施した。また,債務者は,本件原子炉施設敷地においては上
記各調査に加えてボーリング調査,試掘坑調査及びトレンチ調査といっ
たより詳細な調査を実施した上で,安全上重要な原子炉施設を設置する
地盤については,さらに岩石・岩盤物性試験などを実施している。なお,
敷地近傍及び周辺の海域においては文献調査及び海上音波探査等を実施
している。
解放基盤表面の設定(乙1の3の2・3,42,44,120)
債務者は,調査の結果,川内1号機の原子炉周辺では,弾性
波平均速度がP波で約3.2㎞/s,S波で約1.5㎞/s,川内2号機の原
子炉周辺では,弾性波平均速度がP波で約4.0㎞/s,S波で約1.8
㎞/sの岩盤が相当の広範囲にわたり基盤を構成していることが確認され
たことから,解放基盤表面を当該岩盤中の原子炉格納施設基礎設置位置
の標高(以下「EL.」という。)-18.5mに設定した。
敷地地盤の地下構造の評価(乙1の3の3,11の2,42,120)
債務者は,調査の結果,本件原子炉施設敷地近傍の地質は,
中生代ジュラ紀~白亜紀の秩父層群を基盤とし,本件原子炉施設敷地付
近で地表付近に露出し,当該層群を新第三紀~第四紀の北薩火山岩類等
が不整合関係で覆っていることを確認するとともに,敷地周辺の秩父層
群から成る基盤がある程度の広がりをもって分布していることが推定さ
れると評価した。
また,債務者は,本件原子炉施設の敷地地盤で得られた地震観測記録
(M2.5~7.1)のうち,M5.0以上の地震により敷地地盤(E
L.11.0m)で得られた地震観測記録の応答スペクトルとS.Noda.et
al「RESPONSESPECTRAFORDESIGNPURPOSEOFSTIFF
STRUCTURESONROCKSITES」(2002)(以下「Nodaetal.(2002)」とい
う。)による標準的な応答スペクトルの比を到来方向別に算定し,比較
検討した結果,特異な増幅傾向はどの方向にも認められないこと,独立
行政法人防災科学技術研究所の強震観測網(K-NET及びKiK-n
et)による本件原子炉施設敷地近傍及び周辺の観測点における地震動
の増幅特性と比較検討した結果,本件原子炉施設敷地の地盤において地
震動の顕著な増幅傾向が認められないことなどを確認した。
断層モデ
ルを用いた手法による地震動評価で用いる解放基盤表面以深の地下構造
モデルを設定している。
活断層の評価(乙1の3の2・3,42,120)
本件原子炉施設敷地及び敷地近傍に
おいて将来活動する可能性のある断層はないこと,敷地周辺(半径30
㎞の範囲)の主な活断層として,別紙図①のとおり,陸域については,
五反田川断層,辻の堂断層,笠山周辺断層群-水俣南断層群,長島西断
層・長島断層群及び出水断層系があり,海域については,F-A断層,
F-B断層,F-C断層,F-D断層,F-E断層及びF-F断層があ
ること,半径30㎞以遠の主な活断層として,別紙図②のとおり,人吉
盆地南縁断層,布田川・日奈久断層帯,緑川断層帯,甑島北方断層,甑
島西方断層,長崎海脚断層,男女海盆北方断層及び男女海盆断層がある
ことを確認した。
債務者は,前記の調査結果に加え,文部科学省地震調査研究推進本
部地震調査委員会(以下「地震調査委員会」という。)「九州地域の活
断層の長期評価」(2013)(以下「地震調査委員会(2013)」という。)の知
見を踏まえて,上記の活断層のうち五反田川断層(市来断層帯市来区間),
F-C断層(市来断層帯甑海峡中央区間)及びF-D断層(市来断層帯
吹上浜西方沖区間)については,断層長さをより長く評価し,F-A断
層及びF-B断層(甑断層帯甑区間)については,両断層をつなげた全
体の長さで評価することとした上で,別表①(別紙図③)の各活断層を
地震動評価で考慮すべきものとして位置付けた。
債務者は,以上のような活断層に関する検討を踏まえ,本件原子炉施
設敷地において想定されるこれらの活断層が震源となる地震による揺れ
は,上記別表①の活断層のうち人吉盆地南縁断層,緑川断層帯,男女海
盆北方断層及び男女海盆断層が震源となる地震を除く14地震につい
て,いずれも気象庁震度階級で震度5弱程度以上となると推定した。
ウ「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定
検討用地震の選定(乙1の3の3,42,120)
a債務者は,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価に
当たって,地震発生様式ごとに,本件原子炉施設敷地に特に大きな影
響を及ぼすと想定される地震について,Nodaetal.(2002)で提案された
方法(以下「Nodaetal.(2002)の方法」という。)により算定した応答
スペクトルを基に評価し,検討用地震として選定することとした。も
っとも,前記アのとおり,債務者は,プレート間地震及び海洋プレ
ート内地震については本件原子炉施設敷地に大きな影響を与えるもの
ではないと判断したため,検討用地震として選定していない。
なお,Nodaetal.(2002)の方法とは,岩盤における観測記録(主に関
東・東北地方に所在する107地点のもの)に基づいて提案された距
離減衰式で,地震の規模を示すマグニチュードや等価震源距離(震源
断層面を小区画に分解し,それぞれの区画から放出される地震動のエ
ネルギーの総和が特定の一点から放出されたものと等価になるように
計算された距離)等の想定を基に,解放基盤表面における水平方向及
び鉛直方向の地震動の応答スペクトルを推定するものである。また,
Nodaetal.(2002)の方法では,内陸地殻内地震の補正係数や当該敷地に
おける観測記録に基づく補正係数を用いることにより,地震の分類に
従った震源特性,伝播経路特性及び敷地地盤の特性を的確に考慮する
ことができるとされている。
b債務者は,本件原子炉施設敷地に特に大きな影響を及ぼすと想定さ
れる震度5弱程度以上の17地震(前記アの三つの被害地震及び前
記の活断層が震源となる14地震)について,それぞれNodaet
al.(2002)の方法により算定した応答スペクトルを基に評価し,これら
を比較した結果,検討用地震として,「市来断層帯市来区間による地
震」,「甑断層帯甑区間による地震」及び「市来断層帯甑海峡中央区
間による地震」の三つを選定した。
震源モデルの設定
a基本震源モデルの設定(乙1の3の3,42,120,144)
債務者は,前記各調査結果及び地震観測記録に基づく分析等により
十分に把握された本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性を踏まえ,
本件原子炉施設敷地周辺において基本とする地震の震源モデル(以下
「基本震源モデル」という。)を構築した。すなわち,債務者は,前
記各調査結果及び地震観測記録に基づく分析等,特に平成9年5月鹿
児島県北西部地震の観測記録を用いた震源特性の分析結果に基づき,
震源断層面の面積及び性状やその中のアスペリティ(岩盤の固着部分)
の面積及び性状をモデル化し,震源パラメータを設定した。その中で,
地震発生層については,各種機関による平成9年5月鹿児島県北西部
地震に係る余震分布の分析及び気象庁一元化震源を踏まえ,上端深さ
2㎞,下端深さ15㎞(なお,気象庁一元化震源のD95%(その値
より震源深さが浅い地震数が全体の95%になるときの震源深さ)は
約13㎞であり,安全側に余裕を持たせるため,この値より2㎞深く
設定している。),発生層厚さ13㎞(下端深さ-上端深さ)と設定
している。
なお,基本震源モデルにおいては,平均応力降下量(地震の際,断
層面で蓄積していた応力(歪み)が解放されるが,地震の前後の応力
の差を表す数値)及びアスペリティ実効応力については,本件原子炉
施設敷地周辺で発生した地震の観測記録のうち最も大きな揺れを観測
した平成9年5月鹿児島県北西部地震の観測記録の実測値(平均応力
降下量5.8MPa,アスペリティ実効応力15.9MPa)を用い
ている(なお,平成9年3月26日鹿児島県北西部地震は,同年5月
の上記地震と比較すると,マグニチュードは大きいが,平均応力降下
量,アスペリティ実効応力及び短周期レベルA(ほとんどの原子炉施
設が該当する短周期帯での地震による揺れを直接的に表すパラメー
タ)は小さい。)。また,地質調査で把握が困難なアスペリティの位
置については敷地に最も近い位置に設定し,破壊開始点についても破
壊が敷地に向かうような位置に設定している。
その上で,債務者は,基本震源モデルに基づいて設定した震源パラ
メータについて,平成9年5月鹿児島県北西部地震の余震(同月25
日発生)を要素地震として,経験的グリーン関数法による地震動評価
を実施したところ,平成9年5月鹿児島県北西部地震で得られた本件
原子炉施設敷地の観測記録をおおむね再現することができたとし,基
本震源モデルに基づいて設定した震源パラメータが本件原子炉施設敷
地周辺で発生する内陸地殻内地震の地域的な特性(震源特性)を表し
ているものと判断した。
市来断層帯市来区間,甑断層帯甑区間,市来断層帯甑海峡中央区間
の三つの断層につき,債務者が設定した震源パラメータの主なものは,
別表②のとおりである。ここで,断層面積(S)は,別表①の断層長
さに上記断層幅13㎞を乗じたもの,平均応力降下量(Δσ)及びア
スペリティ実効効力(Δσa)は,上記のとおり平成9年5月鹿児島県
北西部地震の観測記録の実測値を用いたもの,地震モーメント(Mo)
は,別表②の式⑴(クラック理論式)を用いて算出したもの,アスペ
リティの面積(Sa)は,別表②の式⑵を用いて算出したものである。
また,短周期レベルAは,別表②の式⑶を用いて算出したもの(なお,
実際の計算は,アスペリティの短周期レベルA,アスペリティ以外の
背景領域の短周期レベルAをそれぞれ求めた上で算出している。)で
ある。
なお,債務者は,基本震源モデルに基づいて設定された震源パラメ
ータが,一般的に用いられている地震調査委員会「全国地震動予測地
図・技術報告書」(2009)で提案された「震源断層を特定した地震の強
震動予測手法」(甲17,以下「強震動予測レシピ」という。)を用
いた設定よりも安全側の評価になっていることを確認している。
b不確かさ考慮モデル(乙1の3の3,42,120)
債務者は,前記各調査結果及び地震観測記録に基づく分析等によっ
てもなお,十分には把握されていないか十分な把握ができないもの(①
断層長さ及び震源断層の拡がり,②断層傾斜角,③応力降下量,④ア
スペリティの位置及び⑤破壊開始点)について,「不確かさ」として
考慮することとし,基本震源モデルを基に「不確かさ」を考慮したモ
デル(以下「不確かさ考慮モデル」といい,基本震源モデルと併せて
「本件震源モデル」という。)を構築した。
具体的には,債務者は,①断層長さ及び震源断層の拡がりに関し,
検討用地震のうち「甑断層帯甑区間による地震」について,敷地に最
も近い位置に震源断層面を想定した断層長さ及び震源断層の拡がりの
不確かさも考慮して地震動評価を行い,②断層傾斜角の不確かさにつ
いては,これを60度として地震動評価を行うこととしている。
さらに,債務者は,③応力降下量の不確かさについては,既に基本
震源モデルにおいて本件原子炉施設の地域的な特性を反映させている
ことに加え,新潟県中越沖地震の知見を踏まえて,短周期レベルAに
関する既往の経験式の1.5倍相当の値を考慮して地震動評価を行う
(実際には,基本震源モデルの短周期レベルAの値を1.25倍にし
ている。)こととしている。なお,④アスペリティの位置の不確かさ
については,基本震源モデルと同様に本件原子炉施設の敷地に最も近
い位置に設定することで考慮した。
加えて,債務者は,⑤破壊開始点の不確かさについて,本件原子炉
施設敷地への影響の程度を考慮し,アスペリティの破壊が敷地に向か
う方向となる複数ケースを選定して地震動評価を行うこととしてい
る。
その上で,債務者は,①断層長さ及び震源断層の拡がり,②断層傾
斜角及び③応力降下量の「不確かさ」については,地震発生前に,地
質調査,敷地周辺の地震発生状況及び地震に関する過去の観測記録に
よる経験則からおおむね把握できるものであるので,これらの「不確
かさ」についてはそれぞれ独立して考慮することとし,④アスペリテ
ィの位置及び⑤破壊開始点の「不確かさ」については,地震発生前に
把握が困難なもの(地震発生後に分析等により把握できるもの)であ
るから,①ないし③の「不確かさ」を考慮する際に,④及び⑤の「不
確かさ」を重畳させることとした。
c本件震源モデルを用いた地震動評価(乙1の3の3,42,120)
債務者は,以上のとおり構築した本件震源モデルを用いて震源パラ
メータを設定し,後記の応答スペクトルに基づく手法及び後記の
断層モデルを用いた手法により,前記の検討用地震について,その
地震動評価を行うこととした。
応答スペクトルに基づく手法による地震動評価(乙1の3の3,42,
114の3,120,135)
応答スペクトルとは,ある地震動が建物等の構造物に及ぼす揺れの大
きさを分かりやすく示すために,建造物に生じる最大の振動(応答)を
建造物の固有周期ごとに並べてグラフ化(横軸に周期,縦軸に最大応答
値をとる。)したものをいう。また,応答スペクトルに基づく手法とは,
特定の活断層について,マグニチュードと等価震源距離を想定し,過去
の地震の平均像から当該地点における地震基盤(地震波発生深度と同等
の「固さ」であるとみなす層の上面)の揺れをコントロールポイント(あ
らかじめ定めた数か所の固有周期)毎に算出し,そこからの増幅を考慮
に入れて想定した解放基盤表面の揺れをグラフ化して応答スペクトルを
策定し,これらの応答スペクトルを全て包絡させることにより,当該地
点における地震動を想定するものである(得られた応答スペクトルから
時刻歴波形(模擬地震波)を作成する場合には,そのマグニチュードと
等価震源距離から振幅包絡線や継続時間を設定して時刻歴波形を作成す
ることになるから,建物等の被害に大きな影響を及ぼすパルス(振幅の
急峻な変化)を表現することは難しい。)。なお,その周期0.02秒
の加速度応答スペクトルの値が当該地点における想定地震動の最大加速
度とされる。
債務者は,Nodaetal.(2002)の方法を用いて応答スペクトルに基づく手
法による地震動評価を行った。その上で,債務者は,本件原子炉施設敷
地における観測記録に基づいて解析した解放基盤表面の地震動(はぎと
り波)の応答スペクトルとNodaetal.(2002)の方法により導かれる応答ス
ペクトルの比率が,別紙図④のとおり,おおむね全周期帯で1.0を下
回る傾向となることを確認した。
なお,前記aのとおり,Nodaetal.(2002)の方法では,内陸地殻内地
震の補正係数や当該敷地における観測記録に基づく補正係数を用いるこ
とにより,地震の分類に従った震源特性,伝播経路特性及び敷地地盤の
特性を的確に考慮することができるとされているが,債務者は,安全側
の判断から上記補正係数を適用していない。
断層モデルを用いた手法による地震動評価(乙1の3の3,42,1
20)
断層モデルを用いた手法は,震源断層面をモデル化した断層モデルを
用いて,震源の位置や地震の規模を設定して特定の地点の地震動を計算
するものであり,震源断層面を小区画に分け,それぞれの区画で破壊の
進行とともに発生する地震動がどれだけの大きさになるかを推定し,そ
の上で,その地震動が地中を伝播し,地表面に達するまでの地震動の減
衰状況をグリーン関数を用いて算出し,これによって導かれる地震動波
形を多数重ね合わせて当該地点における地表面の地震動を想定するとい
う手法である。断層モデルを用いた手法では,応答スペクトルに基づく
手法と異なり,直接,時刻歴波形が作成される。
債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価について,前記
のとおり構築した本件震源モデルを用いて討用地震の震源
パラメータを設定した。その上で,要素地震として適切な地震観測記録
(昭和59年8月15日九州西側海域地震(M5.5)のもの)が得ら
れていることから,地震動の減衰評価については,上記観測記録を基に
した経験的グリーン関数法による評価と長周期帯に理論的方法を適用し
たハイブリッド合成法による評価を行い,前記の検討用地震による本
件原子炉施設敷地における地震動を想定した(なお,債務者は,断層モ
デルを用いた手法による地震動評価において,統計的グリーン関数法は
採用していない。)。
小括(乙1の3の3,42,120)
債務者は,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」のうち,応
答スペクトルに基づく手法による地震動評価の結果を包絡するものとし
て,別紙図⑤のとおり,基準地震動Ss-1の設計用応答スペクトル(最
大加速度:540㎝/s²)を策定した。ここで,基準地震動Ss-1の設
計用応答スペクトルと断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を
比較すると,基準地震動Ss-1の設計用応答スペクトルは,断層モデ
ルを用いた手法による地震動評価結果を全ての周期帯で上回ることか
ら,債務者は,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」として基
準地震動Ss-1の設計用応答スペクトル(最大加速度:540㎝/s²)
をもって代表させることとした。
エ「震源を特定せず策定する地震動」の策定(乙1の3の3,42,12
0)
債務者は,敷地周辺の状況等を十分考慮した詳細な調査を実施しても,
なお敷地近傍において発生する可能性のある内陸地殻内地震の全てを事
前に評価し得るとは言い切れないとの観点から,新規制基準に従い,「震
源を特定せず策定する地震動」を策定した。このような地震動評価は,
震源の規模及び位置が前もって想定できない地震を想定して行うもので
あるところ,債務者は,地震ガイドに例示された16地震について震源
近傍における観測記録を収集し,これらを基に検討を行った。
地震ガイドに例示された16地震のうちモーメントマグニチュード
(以下「Mw」と表記する。)6.5以上の二つの地震(①平成20年
岩手・宮城内陸地震,②平成12年鳥取県西部地震)は,震源断層がほ
ぼ地震発生層の厚さ全体に広がっているものの地表地震断層としてその
全容を表すまでには至っていない地震であり,孤立した長さの短い活断
層による地震であることから,震源と活断層を関連付けることが困難な
地震として示されていたものである。
債務者は,まず,上記の二つの地震に関し,その震源域周辺と本件原
子炉施設敷地周辺との地質及び地質構造等について比較,検討を実施し
たところ,両者は地質学的,地震学的背景が異なっており,上記の二つ
の地震と同様の地震が本件原子炉施設敷地周辺で発生することはないと
判断できたため,これら二つの地震については検討対象として選定しな
いこととした。
次に,債務者は,地震ガイドに例示された16地震のうち,断層破壊
領域が地震発生層内部にとどまり,国内においてどこでも発生すると考
えられる震源の位置も規模も分からない地震として,地震学的検討から
全国共通に考慮すべきMw6.5未満の14地震について,震源周辺(震
源距離30㎞以内)の観測点112地点における観測記録を収集し,そ
のうち地盤が著しく軟らかいと考えられる観測点を除外して「はぎとり
解析」(地表の観測点あるいは地中の観測記録から表層の軟らかい地盤
の影響を取り除き,硬い地盤表面における地震動を推定する手法)の精
度を確保するため,地下30mの平均せん断波速度が500m/s以上の
観測点46地点における観測記録を抽出した。
これらの観測記録のうち本件原子炉施設敷地に大きな影響を与える可
能性のある地震を抽出するため,加藤研一ほか「震源を事前に特定でき
ない内陸地殻内地震による地震動レベル-地質学的調査による地震の分
類と強震観測記録に基づく上限レベルの検討」(2004)(甲24,以下「加
藤ほか(2004)」という。)による応答スペクトルとの比較・検討を実施
した結果,債務者は,本件原子炉施設敷地に大きな影響を与える可能性
のある地震として,③平成23年長野県北部地震のK-NET津南,⑪
同年茨城県北部地震のKiK-net高萩,⑫平成25年栃木県北部地
震のKiK-net栗山西,⑬平成16年北海道留萌支庁南部地震(以
下「留萌支庁南部地震」という。)K-NET港町,⑯平成23年和歌
山県北部地震KiK-net広川の観測記録を抽出した。なお,加藤ほ
か(2004)は,日本及びカリフォルニアにおける震源近傍で得られた観
測記録を収集し,詳細な地質学的調査によっても震源位置と地震規模を
事前に特定できない地震による地震動の上限レベルの応答スペクトルを
設定するものである。そこで,債務者は,加藤ほか(2004)による応答ス
ペクトルが本件原子炉施設における基準地震動Ss-1(最大加速度:
540㎝/s²)に対して全ての周期帯において下回るものであるため,当
該観測記録が加藤ほか(2004)の応答スペクトルを上回った場合には,敷
地に大きな影響を与える可能性があるとする一方で,下回る場合にはそ
の可能性はないと判断したものである。
抽出したこれら五つの観測記録は,本件原子炉施設の解放基盤表面よ
り軟らかい地表の観測点あるいは地中の観測記録であることや地盤非線
形を含んでいることから,本件原子炉施設の解放基盤表面相当での地震
動を推定するに当たっては,はぎとり解析を行うためにボーリング調査
等による精度の高い地盤情報が必要となるところ,これら五つの観測記
録が得られた観測点において,精度の高い地盤情報が得られている観測
点は留萌支庁南部地震のK-NET港町観測点(以下「本件観測点」と
いう。)のみであった。
債務者は,本件観測点における留萌支庁南部地震の観測記録に基づき,
佐藤浩章ほか「物理探査・室内試験に基づく2004年留萌支庁南部の
地震によるK-NET港町観測点(HKD020)の基盤地震動とサイ
ト特性評価」(2013)の知見(乙55,以下「佐藤ほか(2013)」という。こ
の知見によると,本件観測点における留萌支庁南部地震の深さ-41m
での解放基盤波は585㎝/s²と推計されている。)を基に地盤の減衰定
数のばらつき等を考慮したはぎとり解析を行い,解放基盤波(606㎝
/s²)を導き,これに更なる余裕(10㎝/s²程度)を考慮し,「震源を特
定せず策定する地震動」として基準地震動Ss-2(最大加速度:62
0㎝/s²)を策定した。
オ基準地震動Ssの策定(乙1の3の3,42,120)
債務者は,基準地震動Ss-1の設計用応答スペクトル(最大加速度:
540㎝/s²)と基準地震動Ss-2の応答スペクトル(最大加速度:62
0㎝/s²)を比較し,基準地震動Ss-2の応答スペクトルが基準地震動S
s-1の応答スペクトルを一部周期帯で上回ることから,これらを併せて
別紙図⑥のとおり基準地震動Ssを策定した(最大加速度:620㎝/s²)。
なお,地震ガイドによりエンドース済みの日本原子力学会策定の「原子
力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準
(AESJ-SC-P006:2007)」(乙193,以下「年超過確率評価基準」という。)
に従って算定すると,上記の基準地震動Ssの年超過確率(一年間にある
値を超過する確率)は10-4
/年~10-5
/年程度と算定される。
なお,ここで確率論的安全評価とは,確率論を用いて原子力発電所の安
全性を総合的かつ定量的に評価する手法のことで「PSA」ともいう。
⑼基準地震動Ssに対する耐震安全性の評価
債務者は,新規制基準及び新技術基準並びに地震ガイド及び工認ガイド,
さらには技術基準規則解釈及び工認ガイドによりエンドース済みの電気協会
耐震設計技術指針・重要度分類・許容応力編(JEAG4601・補-1984)(乙1
22,182),電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1987)(乙47,
104,183),同(JEAG4601-1991追補版)(乙184),機械学会設
備等規格(JSMESNC1-2005)(乙189)及び同(JSMESNC1-2007)(乙
190)並びにエンドースはされていないが最新の知見等が反映された日本
電気協会策定の「原子力発電所耐震設計技術規程」(JEAC4601-2008)(乙
170,186,以下「電気協会耐震設計技術規程(2008)」という。)に従
い,前記⑻で策定した基準地震動Ssを用いた耐震設計を行い,以下のとお
り,本件原子炉施設の基準地震動Ssに対する耐震安全性を評価した。
ア建物・構築物の耐震安全性評価(乙48の3~7,121の3~7)
債務者は,本件原子炉施設の安全上重要な建物・構築物について,基準
地震動Ssによる地震力に対する安全性を確認するため,基準地震動Ss
による各層の鉄筋コンクリート造耐震壁の最大応答せん断ひずみ(耐震壁
が地震による力を受けたときの変形量を耐震壁の高さで除した値の最大
値)を評価した。
これによると,基準地震動Ssに対する安全上重要な対象施設毎に算出
した最大応答せん断ひずみは最大でも0.42×10-3
(川内1号機の原子
炉建屋の数値)であり,電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1987)(乙
47の2)に基づく評価基準値2.0×10-3
を大きく下回っており,い
ずれの対象施設も構造物全体として変形能力について十分な余裕を有して
いることが確認できたとされている。
イ機器・配管系の耐震安全性評価(乙48の8~13,121の8~13)
債務者は,本件原子炉施設に係る安全上重要な機器・配管系について,
運転時の荷重条件と基準地震動Ssによる応答を組み合わせて構造強度評
価(機器・配管系の各部に発生する応力がその部材の材料,使用条件等を
考慮して健全性が確保されることが確認されている評価基準値(許容値)
以下であることを確認する評価)を実施するとともに,基準地震動Ssに
対するポンプ,弁及び制御棒等の動的機能維持評価(ポンプ等の動的機器
に必要な動的機能が地震時に維持できることを確認する評価)を実施した。
これによると,基準地震動Ssに対する機器・配管系の構造強度評価で
求めた発生応力値は,いずれも電気協会耐震設計技術指針又は機械学会設
備等規格に基づき算出した評価基準値を満足していることが確認できたと
されている。
また,債務者は,基準地震動Ssに対するポンプ等の動的機能維持の評
価値についても,上記規格に基づき算出された評価基準値を満足している
ことが確認できたとしている。
⑽火山活動について
ア本件原子炉施設周辺の火山の分布(甲62,乙1の3の5,57の1,
59,60)
カルデラ火山
本件原子炉施設が立地する九州地方には,過去に破局的噴火(100
㎦以上の噴出物を伴う噴火であり,火山爆発指数(VEI)7以上のも
のをいう。)を発生させたカルデラ火山が五つ(姶良,加久藤・小林,
阿多,阿蘇,鬼界)存在する。
このうち,姶良カルデラは,鹿児島湾の奥部に位置し,現在は水没し
た状態にあるが,約3万年前に日本で最大規模の破局的噴火が発生した。
その際の火砕流(入戸火砕流)は,南九州一帯に広く及び,本件原子炉
施設から2.8㎞の薩摩川内市内でも入戸火砕流堆積物が確認されてい
ることからすると,火砕流が本件原子炉施設の敷地まで達していた可能
性がある。
その他の火山
本件原子炉施設敷地から160㎞以内
の範囲には,合計で34の火山(距離の近いものから,川内,北薩火山
群,薩摩丸山,藺牟田,米丸・住吉池,長島,招川内,雨祈岡,肥薩火
山群,尾巡山,えびの火山群,輝北,財部,長尾山,横尾岳,南島原,
大岳,雲仙岳,牧島,有喜,黒島,金峰山,船野山,赤井,多良岳,大
峰,虚空蔵山,弘法岳,佐世保火山群,吉ノ本,口永良部島,有田,福
江火山群,荻岳)が存在する。
イ債務者による火山対策
検討対象火山の抽出(甲62,乙1の3の5,57の1,59)
債務者は,本件原子炉施設敷地に影響を及ぼす可能性がある火山につ
いて,その活動性及び影響範囲を把握するため,文献調査,地形・地質
調査(火山噴出物を対象とする地表踏査等)及び地球物理学的調査(地
震活動,地殻変動等に関する検討を行い,マグマ溜まりの規模及び位置
等を把握するもの)を実施した。
その結果,債務者は,前記アの火山のうち,完新世(第四紀(地質時
代の一つであり,258万年前から現在までの期間)の区分のうち最も
新しいものであり,1万1700年前から現在までの期間)に活動を行
った姶良カルデラ,加久藤・小林カルデラ,阿多カルデラ,阿蘇カルデ
ラ,鬼界カルデラ,米丸・住吉池,雲仙岳,口永良部島及び福江火山群
と,完新世に活動を行っていないが活動履歴において最後の活動終了か
らの期間が過去の最大休止期間より長いなどと認められないえびの火山
群,南島原,金峰山,船野山及び多良岳の合計14火山について,将来
の活動が否定できない火山として抽出した。
カルデラ火山の破局的噴火についての影響評価
a評価方法(甲62,乙1の3の5,57の1,59)
債務者は,本件原子炉施設周辺の火山のうち過去に破局的噴火を発
生させたカルデラ火山については,噴火履歴の特徴及びマグマ溜まり
の状況等に基づき,本件原子炉施設に核燃料物質が存在する期間(以
下「本件運用期間」という。)中の破局的噴火の可能性について検討
を行うこととし,具体的には,次のような方法によりカルデラ火山の
破局的噴火についての評価を行った。
すなわち,債務者は,まず,噴火履歴について,破局的噴火の活動
間隔と直近の破局的噴火からの経過時間との比較により,破局的噴火
のマグマ溜まりを形成するために必要な時間が経過しているかどうか
を検討するとともに,Nagaoka,S「THELATEQUATERNARYTEPHRA
LAYERSFROMTHECALDERAVOLCANOESINANDAROUND
KAGOSHIMABAY,SOUTHERNKYUSHU,JAPAN」(1988)(乙65,
以下「Nagaoka(1988)」という。)の知見による噴火ステージの区分を
参考に各カルデラ火山における現在の噴火ステージを検討した。
次に,マグマ溜まりの状況について,破局的噴火を発生させる大量
のマグマが深さ約10㎞以浅に分布するとの東宮昭彦「実験岩石学的
手法で求めるマグマ溜まりの深さ」(1997)(乙70,以下「東宮(1997)」
という。)等の複数の知見を前提に,約10㎞以浅の大規模なマグマ
溜まりの有無を検討した。
b評価結果(甲62,乙1の3の5,57の1,59)
債務者は,前記aの検討結果,すなわち,①南九州の鹿児島地溝(加
久藤・小林カルデラ,姶良カルデラ及び阿多カルデラが含まれる地帯)
における破局的噴火の発生間隔が9万年と長く,最新の破局的噴火か
ら3万年しか経過していないこと,②九州のカルデラ火山では,破局
的噴火の前兆とみられるような大規模な噴火が発生していないこと,
③マグマ溜まりの状況として,地球物理学的情報に基づく地下構造等
から,カルデラ火山の地下浅部には大規模なマグマ溜まりはないと判
断されることなどを踏まえて,本件運用期間中の破局的噴火の可能性
は極めて低いと評価した。
cモニタリング等の対策(甲62,乙1の3の5,57の1,59)
債務者は,万一の場合に備えて,カルデラ火山における地殻変動や
地震活動等の火山活動のモニタリングを実施している。
なお,債務者は,対象火山の状態に顕著な変化が生じた場合,第三
者(火山専門家等)の助言を得た上で,破局的噴火への発展性を評価
し,破局的噴火への発展可能性がある場合には,原子炉停止や燃料体
等の搬出等を実施することとしている。
その余の火山事象の影響評価(甲62,乙1の3の5,57の1,5
7の2,59)
債務者は,前記五つのカルデラ火山を含む本件原子炉施設周辺におい
て将来の活動可能性が否定できない火山について,既往最大規模(カル
デラ火山については現在の噴火ステージにおけるもの)の噴火を考慮し
て,本件原子炉施設への火山事象の影響を評価した。
その結果,降下火砕物(火山灰等)を除く火山事象(火砕物密度流,
溶岩流,岩屑なだれ,地滑り,斜面崩壊,火山土石流,火山泥流,火山
ガス,新しい火口の開口,地殻変動等)については,いずれも本件原子
炉施設の敷地まで到達しないなど影響がないことを確認し,降下火砕物
(火山灰等)については,過去最も影響が大きかった約1.3万年前の
桜島薩摩噴火(敷地付近において層厚12.5㎝以下)を踏まえ,本件
原子炉施設に層厚15㎝の降下火砕物(火山灰等)が生じた場合につい
ての評価を行い,防護設計を行った。
ウ火山学会からの提言
平成26年11月2日に開催された日本火山学会において,火山事象に
対する原子力発電所の安全性についての議論がされ,同学会の原子力問題
対応委員会は,巨大噴火の予測や火山の監視が重要な社会的課題となって
いるとの認識を示しつつ「巨大噴火の予測と監視に関する提言」(甲10
0,乙167,以下「火山学会提言」という。)を発表した。その内容は
次のとおりである。
巨大噴火(≥VEI6)の監視体制や噴火予測のあり方について
a日本火山学会として取り組むべき重要な課題の一つと考えられる。
b巨大噴火については,国(全体)としての対策を講じる必要がある
ため,関係省庁を含めた協議の場が設けられるべきである。
c協議の結果については,原子力施設の安全対策の向上等において活
用されることが望ましい。
巨大噴火の予測に必要となる調査・研究について
a応用と基礎の両面から推進することが重要である。
b成果は,噴火警報に関わる判断基準の見直しや,精度の向上に活用
されることが重要である。
火山の監視態勢や噴火警報等の全般に関して
a近年の噴火事例において表出した課題や,火山の調査・観測研究の
将来(技術・人材育成)を鑑み,国として組織的に検討し,維持・発
展させることが重要である。
b噴火警報を有効に機能させるためには,噴火予測の可能性,限界,
曖昧さの理解が不可欠である。火山ガイド等の規格・基準類において
は,このような噴火予測の特性を十分に考慮し,慎重に検討すべきで
ある。
⑾避難計画の策定
ア法令の定め
地方公共団体は,住民の生命,身体及び財産を災害から保護するため,
当該地方公共団体の地域に係る防災に関する計画(以下「地域防災計画」
という。)を作成しなければならないところ(災害対策基本法4条1項,5
条1項),地方公共団体は,地域防災計画として,原子力災害予防対策,
緊急事態応急対策及び原子力災害事後対策等の実施のために必要な措置を
講じることとされている(原子力災害対策特別措置法5条)。
避難計画は,自治会別に避難経路や避難先を決めておくものであり,地
域防災計画における緊急事態応急対策の一つとして策定されるものであ
る。また,原子力災害発生時に住民の避難等を実施するためには,避難計
画に加えて,避難指示や避難手段等の詳細を策定しておく必要があり,こ
れら緊急時対応の具体的内容については,防災基本計画(災害対策基本法)
に基づき,原子力災害対策重点区域(予防的防護措置を準備する区域(P
AZ)=当該原子力発電所からおおむね半径5㎞圏内,緊急時防護措置を
準備する区域(UPZ)=当該原子力発電所からおおむね半径5~30㎞
圏内)を管轄に含む地方公共団体が策定することとされている。
原子力規制委員会は,平成25年9月5日,国民の生命及び身体の安全
を確保することが最も重要であるという観点から,緊急事態における原子
力施設周辺の住民等に対する放射線の影響を最小限に抑える防護措置を確
実なものとすることを目的とし,当該目的を達成するために,原子力事業
者,国,地方公共団体等が原子力災害対策に係る計画を策定する際や当該
対策を実施する際等において,科学的,客観的判断を支援するための専門
的・技術的事項等について定めた原子力災害対策指針を全面改正した。同
指針において,避難計画を含む緊急時対応は,原子力施設の状況に応じて
設定する緊急事態の区分の段階ごとに,原子力発電所からの距離に応じて
策定すべきことなどが定められている(乙35,91)。
イ本件原子炉施設周辺の地方公共団体による避難計画等の策定
本件原子炉施設に係る原子力災害対策重点区域を管轄に含む地方公共団
体(薩摩川内市,いちき串木野市,阿久根市,鹿児島市,出水市,日置市,
姶良市,さつま町及び長島町)は,避難計画を含む緊急時対応(以下「本
件避難計画等」という。)を策定し(乙92~96),その内容に関する
住民説明会や広報誌の配布などが実施されている。
ウ原子力防災会議における了承
政府は,平成25年9月の原子力防災会議(原子力基本法に基づき,原
子力災害対策指針に基づく施策の実施の推進その他の原子力事故が発生し
た場合に備えた政府の総合的な取組を確保するための施策の実施を推進の
ために内閣に設置された,内閣総理大臣を議長とする会議体)において,
内閣府原子力災害対策担当室が関係省庁とともに関係道府県・市町村の地
域防災計画・避難計画の充実化を支援するとともに,その充実化の内容・
進捗を原子力防災会議等において確認するという方針を決定した。
上記決定を受けて,本件避難計画等についてワーキングチームを設置す
るなどして検討が進められたところ,平成26年9月12日に開催された
原子力防災会議において,本件避難計画等が原子力災害対策指針や防災基
本計画の考え方に則り,合理的かつ具体的なものとして策定されているこ
とが確認・了承された(乙97)。
⑿原子力規制委員会による本件原子炉施設に係る再稼働審査
ア再稼働申請
停止中の原子炉が運転を再開する場合には,当該原子炉が新規制基準に
適合することが必要となり,具体的には,発電用原子炉の設置者は,原子
炉設置変更許可(原子炉等規制法43条の3の8第1項)の申請を行い,
同許可処分を受けるとともに,これと併せて工事計画変更認可(同法43
条の3の9第1項,2項)及び保安規定変更認可(同法43条の3の24
第1項)の各申請を行い,これらの認可処分を受ける必要があるところ,
債務者は,平成25年7月8日,原子力規制委員会に対し,東北地方太平
洋沖地震後の定期検査に伴い停止していた本件原子炉施設について,発電
用原子炉の設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請(本
件原子炉施設の再稼働申請)を行った(審尋の全趣旨)。
イ審査状況
原子力規制委員会は,上記アの各申請について新規制基準への適合性の
審査を行い,平成26年9月10日,原子炉等規制法43条の3の8第1
項に基づき,本件原子炉施設に係る発電用原子炉の設置変更について許可
し(乙43),平成27年3月18日,原子炉等規制法43条の3の9第
1項に基づき,川内1号機に係る工事計画を認可し,現在は,川内2号機
に係る工事計画認可申請及び本件原子炉施設に係る保安規定変更認可申請
についての審査を継続中である(審尋の全趣旨)。
⒀地方公共団体の同意手続
ア薩摩川内市
薩摩川内市議会から付託を受けた川内原子力発電所対策調査特別委員会
は,平成26年10月28日,本件原子炉施設の再稼働に反対する旨の陳
情10件を一括して不採択とし,「川内原子力発電所1・2号機の一日も
早い再稼働を求める陳情」を採択する旨の決議をした。
薩摩川内市長は,同年11月7日,本件原子炉施設に関し,債務者との
安全協定に基づく事前協議について了承し,再稼働に同意する旨の意思を
表明した。
イ鹿児島県
鹿児島県議会は,平成26年11月5日から同月7日まで開催した臨時
会において,本件原子炉施設の再稼働について,原子力安全対策等特別委
員会における調査及び審査を踏まえて審議し,「川内原子力発電所1・2
号機の一日も早い再稼働を求める陳情」を採択するとともに,原子力発電
所の安全性及び再稼働の判断について,国民及び地方公共団体に対し,国
が前面に立って明確かつ丁寧な説明を行い,その理解を得るよう取り組む
ことなどを求める「原子力発電所再稼働等に関する意見書」を可決した。
鹿児島県知事は,同月9日,本件原子炉施設の再稼働について,諸般の
状況を総合的に勘案すればやむを得ないものと判断した上で,債務者との
安全協定に基づく事前協議について了承し,再稼働に同意する旨の意思を
表明した。
3争点
⑴本件申立てについての司法審査の在り方(争点1)
⑵地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性と人格権侵害又はそのおそ
れの有無(争点2)
⑶火山事象により本件原子炉施設が影響を受ける可能性と人格権侵害又はそ
のおそれの有無(争点3)
⑷本件避難計画等の実効性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点4)
⑸保全の必要性(争点5)
⑹仮に本件申立てが認容されるとした場合の担保金の額(争点6)
第3争点に関する当事者の主張
1本件申立てについての司法審査の在り方(争点1)について
(債権者らの主張)
人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する
具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有
無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに
基づいて侵害行為の差止めを請求することができる。人格権は各個人に由来す
るものであるが,その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有す
るとき,その差止めの要請が強く働くのは当然である。
福島第一原発における事故の被害状況等を踏まえれば,原子力発電所に求め
られるべき安全性,信頼性は極めて高度なものでなければならず,万一にも放
射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。
その上で,大きな自然災害や戦争以外で,上記人格権の根幹部分が極めて広
汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかに
は想定し難いことに鑑みれば,本件原子炉施設を再稼働させることにより上記
事態(放射性物質の大規模な放出を伴うような重大事故の発生)を招く具体的
危険性が万一でもあれば,その運転の差止めが認められると解すべきである。
裁判所は上記具体的危険性の存否を直接審理の対象とすべきであり,その立証
責任は債権者らが負担することとなる。
なお,上記判断枠組みは,人格権の我が国の法制における地位や条理等によ
って導かれるものであるから,原子炉等規制法をはじめとする行政法規の在り
方,内容によって左右されるべきものではない。
(債務者の主張)
本件申立てのような仮の地位を定める仮処分が認められるためには,保全の
必要性として,当該仮処分が債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避け
るために必要であると認められることが必要であり(民事保全法23条2項),
この点についての主張疎明責任は債権者らが負う。本件に即していえば,債権
者らは本件原子炉施設において重大事故が起こる具体的危険性について主張疎
明する必要がある。
この点,債権者らは,本件原子炉施設において地震に起因する重大事故が起
こると主張するが,その根拠としては,他の原子力発電所で基準地震動を超え
る地震動が観測された事実及び基準地震動の想定手法の誤りを主張するのみで
あり,本件原子炉施設で起こり得る地震の具体的な規模及びその根拠,当該地
震から重大事故に至るまでの具体的な機序及びその根拠については何ら主張し
ていない。このように,債権者らはその主張疎明責任を負うべき重大事故が起
こる具体的危険性について全く主張していないから,本件申立てが失当である
ことは明白である。
2地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性と人格権侵害又はそのおそれ
の有無(争点2)について
(債権者らの主張)
⑴「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」について
ア平均像の利用とその問題点
新規制基準も,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定に
用いる手法については従前の手法(改訂耐震指針)を踏襲するものである
ところ,応答スペクトルに基づく手法は,基本的に過去の地震動の平均像
を求めるためのものであり,断層モデルを用いた手法においても,経験式
を用いる部分等については平均像を用いたものとなっている。
平均像を用いて基準地震動を策定するならば,実際には平均像から外れ
た地震動が発生することが当然あり得るのであるから,実際の地震動が平
均像からどれだけかい離し,最大がどのような値になるかが考慮される必
要があるが,新規制基準においてはこのような考慮が求められておらず不
合理である。この点,基準地震動の策定手法が過去に発生した地震動の平
均像を求めるものであり,平均像から外れた地震があり得ることについて
は,地震工学の分野の第一人者であり,原子力発電所の耐震設計の在り方
を主導してきたA自身が認めている。そして,現に,日本の原子力発電所
において,基準地震動を上回る地震動が観測された事例が10年間に5ケ
ースも生じているのである。債務者はこのような基準地震動を上回る地震
動が生じた要因を震源特性,伝播経路特性,敷地地盤の特性にあるとして,
本件原子炉施設の基準地震動Ssの策定に当たってこれらの地域的な特性
を十分に反映させているなどと主張するが,これら以外の要因に基づき基
準地震動を上回る地震動が生じる可能性は十分にあるというべきであるか
ら,本件原子炉施設においても福島第一原発における事故のような重大事
故が起こる具体的危険性があるというべきである。
なお,原子力規制委員会によって本件原子炉施設の新規制基準への適合
性が認められたとしても,本件原子炉施設の安全性が担保されるものでは
ないことについては,原子力規制委員会のB委員長も認めている。
イ「不確かさ」の考慮不十分
「不確かさ」を考慮すべき理由
地震という自然現象は,いろいろな要素が複雑に絡んでおり,実験に
よってその事象を確認することもできないから,理論的に完全な予測を
することは不可能である。そこで将来発生し得る地震を想定するに当た
っては,過去の事象から推測していくほかないが,大規模な地震は低頻
度の現象であるので,過去のデータは極めて乏しい。特に,詳細な地震
観測記録は強震計が発明されて以降の数十年程度のものしかなく,日本
においては,兵庫県南部地震以降に各地に設置されるようになった強震
計による平成9年以降のデータしかないというのが現状である。しかも,
測定データ自体に誤差が含まれる上,得られたデータを基に分析・解釈
する必要があるが,専門家によってその分析・解釈の結果が一致しない
場合がある。このような地震学の現状に照らせば,過去の数少ないデー
タによって将来発生し得る地震を想定しようとしても,その推測には莫
大な誤差(不確かさ)が伴うことにならざるを得ないのである。
また,将来発生し得る地震に係る地震動の想定は,上記のような過去
のデータからその傾向を把握して推定する方法を採らざるを得ないが,
この傾向を把握するという作業は平均像を導くことに他ならず,前記ア
のとおり,実際には平均像から大きくかい離したデータが存在する。こ
のことから明らかなとおり,上記手法を採用する限り,将来発生し得る
地震に係る地震動の推定結果に莫大な誤差(不確かさ)が生じることは
避けられない。
「不確かさ」の考慮の在り方
前記のとおり,将来発生し得る地震に係る地震動の想定には莫大な
誤差(不確かさ)が生じ得ることに加え,原子力発電所が一旦重大事故
を起こせば取り返しのつかない深刻な被害を広範に生じさせるもので
あることを考え併せると,仮にのような過去のデータからその傾
向を把握して将来発生し得る地震動を推定する手法を採用するのであ
れば,「不確かさ」を安全側に十分に大きく考慮することが必要である。
このような考え方に基づけば,基準地震動Ssの策定は,本来は既往
最大地震を想定することでも足りず,想定可能な最大の地震を想定して
行わなければならない。
債務者は,本件震源モデルを構築するに当たって,新潟県中越沖地震
の知見を踏まえ,短周期レベルAに関して既往の経験式の1.5倍相当
の値を考慮するなどして「不確かさ」を考慮したとしているが,そのよ
うな考慮では足りないことは明らかである。すなわち,新潟県中越沖地
震における柏崎・刈羽原発1~4号機及び5~7号機の各地震動に大き
なばらつきが生じているが,その原因が明らかとされていないことなど
に照らせば,同地震による最大地震動は現時点では不明とみるべきであ
り,この点の「不確かさ」の検討が必須となるところ,既往最大の地震
として平均像の4倍に達するデータがあることをも考慮すれば,短周期
レベルAについて既往の経験式の1.5倍相当の値を考慮したところで
明らかに不十分というべきである。
また,債務者は,本件原子炉施設敷地の伝播経路特性及び敷地地盤の
特性について,地下構造の調査結果や地震観測記録の分析結果に基づき
地盤による地震動の増幅がないことを確認できたとしているが,現在の
地震学は地盤による地震動増幅の有無を正確に確認できる水準にない
というべきである。
ウ活断層の調査について
債務者は可能な限りの調査・観測を実施し,活断層等を正確に把握した
としているが,その結果に基づく本件原子炉施設敷地周辺の断層の分布を
みると,あたかも海岸線から水深150m付近までの領域が断層の障壁と
なっているかのように,海底で認められた断層が水深150mほどのとこ
ろで途切れ,陸上まで続いているものがほとんどないとされている。
しかし,このような分布状況は科学的には説明困難であり,あくまで調
査方法の限界等によって本来存在するはずの活断層の確認ができていない
だけとみるべきである。この点,例えば海上音波探査は,海上で大きな音
を発生させてその音波の反射波を捉えて地下の地層の状況を把握しようと
する手法であるところ,本件原子炉施設敷地周辺で多いとされる横ずれ断
層(上下方向の変位がないもの)を発見することは困難とされている。ま
た,浸食による影響が考えられるほか,海岸線近くの水深の浅いところで
の調査が困難(海上音波探査の精度が悪くなる。)という事情もある。そ
うすると,債務者による本件原子炉施設敷地周辺の活断層の把握は未だ不
十分とみるべきであり,地震動想定の前提となる断層の長さの評価も必ず
しも正確ではないと考えるべきである。
したがって,債務者が取り上げている甑断層帯甑区間や市来断層帯甑海
峡中央区間の断層が,実際にはさらに敷地に向かって伸び,地震動の想定
においてアスペリティの位置がより本件原子炉施設敷地に近いところに存
在している可能性をも考慮しなければならない。また,特に,市来断層甑
海峡中央区間の断層については,同断層が本件原子炉施設敷地に向かって
まっすぐに伸び,さらに海岸線に沿って本件原子炉施設敷地に極めて近い
場所を通って北北東に伸びている可能性を考えなくてはならないから,同
断層は,その活動時に,本件原子炉施設敷地に破壊伝播効果(NFRD効
果)による増幅された地震動をもたらす可能性のある,極めて危険な断層
と位置付けられるべきである。
エ海洋プレート内地震の不考慮
明治42年宮崎県西部の地震(M7.6,以下「宮崎県西部地震」とい
う。)が海洋プレート内地震(なお,海洋プレート内地震は,「沈み込む
海洋プレート内の地震」と「沈み込んだ海洋プレート内の地震」(以下「ス
ラブ内地震」という。)の2種類に分けられるところ,宮崎県西部地震は
後者の地震に当たる。)であったことや平成23年4月7日宮城県沖地震
において震源から70㎞以上も離れていたのに女川原発の敷地で基準地震
動を超える地震動を観測した事例があることに照らせば,本件原子炉施設
の基準地震動の策定に際しても,海洋プレート内地震を考慮しておく必要
があるといえるが,債務者はこのような類型の地震について一切考慮して
いない。
オ応答スペクトルに基づく手法による地震動評価
応答スペクトルに基づく手法においては,特定の活断層が起こす地震
の規模(マグニチュード)を想定する必要があり,当該想定には「松田
式」と呼ばれる手法(松田時彦「活断層から発生する地震の規模と周期
について」(1975)で提案された,断層の長さから地震規模を求める関係
式。以下「松田(1975)の関係式」という。)が用いられている。しかし,
当該関係式を導くに当たって使用された基礎データのばらつきが非常に
大きく,松田(1975)の関係式による地震規模の想定には莫大な誤差(不
確かさ)が生じることが避けられない。
また,応答スペクトルの策定に当たって債務者の採用するNodaet
al.(2002)の手法は,これを導き出すデータがわずか44地震の107記
録(321成分)にすぎず,結局のところ,この手法も数少ないデータ
を基に平均像を求めようとするものであるから,当該平均像以上の地震
が生じた場合の本件原子炉施設の耐震安全性は全く確保されないことと
なる。
債務者は,本件原子炉施設敷地周辺で発生する地震の揺れは平均的な
地震動に比べて小さい傾向があること(具体的には,前記前提事実⑻ウ
のとおり,本件原子炉施設敷地における観測記録に基づいて解析した
解放基盤表面の地震動(はぎとり波)の応答スペクトルとNodaetal.
(2002)の方法により導かれる応答スペクトルの比率がおおむね全周期帯
で1.0を下回る傾向となること)を確認したとしているが,実際には
0.3秒から0.6秒までの周期帯で2.0ほどに達するものがあり,
それより短い周期帯でも1.0程度ではなく,1.0を超えるものがあ
る。また,債務者は,その原因として,九州地方南部で発生する地震が
主に横ずれ断層型又は正断層型である点を指摘しているが,本件原子炉
施設敷地周辺で発生する地震,とりわけ検討用地震となっている甑断層
帯や市来断層帯付近で発生している地震は,純粋な横ずれ断層による地
震ではなく,逆断層成分も含まれる地震である。
なお,一般的に横ずれ断層や正断層が動いたときの地震は逆断層が動
いたときの地震より小さめとなることが知られているが,それは一つの
傾向でしかなく,横ずれ断層であっても逆断層が動いたときと変わらな
いほどに大きな応力降下量を示す場合もみられる。
カ断層モデルを用いた手法による地震動評価
断層モデルを用いた手法による地震動評価は,一般的には,強震動予
測レシピなどの非一様断層破壊シナリオの設定マニュアルに基づいて行
われるところ,債務者は,このようなマニュアルを用いずに,平成9年
5月鹿児島県北西部地震の観測記録を基に構築した本件震源モデルに基
づく地震動評価を行っている。
なお,強震動予測レシピは,①震源断層面積の設定(震源断層面積=
断層の長さ×幅。断層の長さを調査し,地震発生層の厚さと断層傾斜角
を考慮した最大幅との関係で断層の幅を推定する。),②入倉孝次郎・
三宅弘江「シナリオ地震の強震動予測」(2001)(以下「入倉・三宅(2001)」
という。)で提案された関係式による地震モーメント(Mo,震源断層
面積(S)と,断層面におけるずれ量(平均すべり量,D)と,剛性率
(変形のしやすさ,すなわち,ずれ面の接着の強さ)から得られる物理
量をいう。)の設定,③平均応力降下量の設定(クラック理論に基づく
関係式(別表②の式⑴参照。以下「クラック理論式」という。)を用い
て求める。),④アスペリティの総面積の設定(震源断層面積とアスペ
リティの総面積との関係に係る経験則(入倉・三宅(2001)による。)に
よって設定することになる。),⑤アスペリティの応力降下量の設定(入
倉・三宅(2001)による。),⑥アスペリティの個数と配置の決定,⑦ア
スペリティの平均すべり量比の設定,⑧アスペリティの実効応力と背景
領域の実効応力の設定,⑨すべり速度時間関数の設定という9段階から
構成されるが,その検討手順自体は債務者の採用した方法でも同じであ
る。
しかし,本件震源モデルにおける震源パラメータの設定については,
以下のような問題があるので,債務者の行った地震動評価は,「不確か
さ」を安全側に十分に大きく考慮したものとはなっていない。
a前記①の震源断層面積の設定について,本件震源モデルにおいても,
震源断層面の形状を四角形と想定し,震源断層面の長さと幅を乗じて
その面積を算出しているが,そもそも震源断層面が四角形になると想
定すること自体が極めて不自然かつ簡略に過ぎるというべきである。
また,上記震源断層面積の算出方法は,前提として震源断層面の長さ
を地表断層の長さから推定できると考えるものであるが,実際には,
兵庫県南部地震に見られるとおり,地表断層の長さと地下の震源断層
面の長さは必ずしも一致していない。
以上に加えて,地震発生層の厚さについては,微小地震の発生領域
などから推定することになるが,その基礎となる微小地震のデータが
僅かしかないことなどからすれば,震源断層面積の想定作業において
は非常に大きな「不確かさ」があるというべきである。なお,債務者
は,断層の長さについて,債務者の調査結果よりも大きな値となる地
震調査委員会の知見に基づく長さを採用したこと自体を安全上の「余
裕」であると主張するが,単に当然に想定すべき断層長さを設定した
にすぎず,「余裕」を確保したことにはならない。このことは断層の
幅(11㎞の想定ではなく13㎞と設定)についても同様である。
ここで,前記①の震源断層面積の設定における大きな誤差は,震源
断層面積の値を用いた関係式によって導かれる前記②地震モーメント
の設定においても大きな誤差が生じることにつながり,地震モーメン
トの誤差はそのまま短周期レベルAの地震動(ひいては基準地震動S
s)の誤差につながるものである。入倉・三宅(2001)の関係式の基と
なった内陸地殻内地震の観測記録を見ると,最も平均像から離れたも
ので同じ震源断層面積における地震モーメントが平均値の約4倍の値
となっているものがあるから,「不確かさ」の考慮としては,既往最
大地震を想定するだけでも平均値の4倍程度の値を採ることが必要と
なるが(さらに,最大で標準偏差+3σ以上の誤差が生じ得ることを想
定すれば,「不確かさ」の考慮としては,平均値の10倍以上の値を
採るべきである。),債務者が行った検討において,そのような考慮
はされていない。
b本件震源モデルは,前記③の平均応力降下量の設定について,平成
9年5月鹿児島県北西部地震の実測値をそのまま採用しているが,平
成9年に鹿児島県北西部で発生した二つの地震においてでさえ,応力
降下量の数値が相当異なるとされているから,そこから離れた債務者
が想定する震源断層(甑断層帯及び市来断層帯)における平均応力降
下量が平成9年5月鹿児島県北西部地震と同じになるはずがない。ま
た,本件震源モデルは,アスペリティの実効応力についても,平成9
年5月鹿児島県北西部地震の実測値をそのまま採用し,これを前提に
クラック理論式(別表②の式⑵)により前記④のアスペリティの総面
積を設定するなどしているが,離れた場所にある断層が同じような固
着の状況にあるとは考えられないのであって,債務者の想定はこの点
においても不合理である。
震源断層面から敷地までの経路で地震動がどの程度減衰するかを推定
するに当たっては,その減衰割合を求める関係式であるグリーン関数が
用いられることになる。その具体的な手法としては,経験的グリーン関
数法,統計的グリーン関数法及びハイブリッド合成法があるが,経験的
グリーン関数法では,現状では要素地震として多少離れた場所での地震
を選ばざるを得ず,そうすると実際の減衰状況との間で誤差が生ずるこ
とが性質上免れないこととなる。また,統計的グリーン関数法も,もと
もと多数の地震の地震動の地盤内での伝播過程の平均像でしかないこと
から,現実には平均像からかい離した減衰状況があり得るのであって,
大きな誤差(不確かさ)をはらむこととなる。加えて,例えば,浜岡原
子力発電所の例では,経験的グリーン関数と統計的グリーン関数との間
で最大2倍程度の大きな誤差が生じており,グリーン関数を用いるに当
たっては少なくともこの程度の誤差があることを考慮に入れるべきであ
る。ところが,本件原子炉施設に係る地震動評価に当たって,このよう
な誤差(不確かさ)は何ら考慮されていない。
⑵「震源を特定せず策定する基準地震動」について
ア地震ガイドでは,「震源を特定せず策定する基準地震動」を策定するに
当たって検討対象となる16地震を例示しているが,強震計が全ての地震
動を捕捉できるほど配置されているわけではなく,観測記録もごく僅かし
かないことなどを考慮すると,この方法によって想定できる地震動は決し
て確かなものとはいえない。
したがって,震源を特定せず策定する基準地震動の策定に当たっても「不
確かさ」を十分に考慮すべきであり,実際に地震ガイドにおいても,「震
源を特定せず策定する基準地震動」を策定する際の基本方針として,「不
確かさ」を考慮することが求められている。この点,債務者は,「震源を
特定せず策定する地震動」の評価に際して,収集した観測記録をそのまま
用いているようであるが,このような地震動評価が地震ガイドの基本方針
に反することは明らかである。
イ債務者は,地震ガイドに例示されたMw6.5未満の地震について,震
源近傍の観測点のうち地盤が著しく軟らかいと考えられるものを除外し,
さらに加藤ほか(2004)による応答スペクトルとの比較・検討を実施して,
本件原子炉施設敷地に大きな影響を与える可能性のある地震として,留萌
支庁南部地震等五つの地震に係る観測記録を抽出したが,精度の高い地盤
情報が得られているのが留萌支庁南部地震の本件観測点のみであったた
め,当該観測記録を選定したということである。
しかしながら,債務者が精度の高い地盤情報を独自に収集することも可
能であり,債務者が除外した観測記録の中にも留萌支庁南部地震を超える
地震動を観測したものがある可能性もあることに鑑みれば,上記のような
検討過程における観測記録の絞り込みは不当な怠慢というほかない。より
安全側に立つならば,情報収集や調査に努め,観測記録に分析未了部分や
不確かな部分があるのであれば,そのような「不確かさ」に十分配慮しつ
つも多くの資料を活用する姿勢が望まれるが,債務者はそのような姿勢を
有していない。
ウ前記アのとおり,「震源を特定せず策定する基準地震動」を策定する際
にも「不確かさ」を考慮すべきとする新規制基準の趣旨に照らせば,Mw
5.7の留萌支庁南部地震における地震動をそのまま最大の「震源を特定
せず策定する地震動」とすることは相当でなく,地震の規模として同地震
の16倍にもなるMw6.5の直下型地震の地震動(少なくとも留萌支庁
南部地震の約2.5倍(最大加速度:1500㎝/s²),更にアスペリティ
の面積を2分の1としたときの地震動(最大加速度:4200㎝/s²))を
想定すべきである。
また,債務者は,留萌支庁南部地震における地震動について,本件観測
点で得られた観測記録を基礎に分析・検討を行っているが,本件観測点に
おける地震動が留萌支庁南部地震の最大地震動とはいえず,その地震動を
1.5~2倍程度上回る地震動が他の地点で発生した可能性があることが
明らかとなっている。他の地点での観測記録がないからといって,本件観
測点における観測記録しか考慮せず,他の地点でさらに大きな地震動が発
生したかどうかを検討しないのは,観測記録に限定することにより地震動
評価を小さくし,留萌支庁南部地震の知見を矮小化しようとしているもの
と見るほかない。
これらによれば,債務者は,本件観測点において観測した留萌支庁南部
地震の地震動をそのまま最大の「震源を特定せず策定する地震動」として
扱い,本件原子炉施設の基準地震動Ss-2(最大加速度:620㎝/s²)
を策定しているが,これが過小であることは明らかである。
⑶基準地震動Ssの策定について
債務者は,震源を特定して策定した基準地震動Ss-1(最大加速度:5
40㎝/s²)及び震源を特定しない基準地震動Ss-2(最大加速度:620
㎝/s²)の応答スペクトルを別紙図⑤のとおり組み合わせることにより基準地
震動Ssを策定したが,ここで支配的な応答は,基準地震動Ss-2よりも,
むしろ基準地震動Ss-1の方である。というのは,本件原子炉施設の重要
な機器・配管の固有周期が集中している0.02~0.3秒の短周期帯の応
答において,基準地震動Ss-2が基準地震動Ss-1を超えているのは,
0.2~0.3秒の周期帯と,0.4秒以降の周期帯だけだからである。
従前,このような場合,特定の地震(ここでは留萌支庁南部地震)は,た
またまそのような地震動を示しただけのことであって,同じ断層でも応力降
下量や破壊開始点,断層面の角度などが少し違えば全く別の地震動を示す可
能性があることを考慮し,特定の地震の応答をそのまま用いるのではなく,
それを包絡する直線を設定する方が安全側だと考えられてきた。そのため,
基準地震動Ssの策定の際には,特定の地震の応答をそのまま用いるのでは
無く,それを包絡するように設定されてきたはずである。ところが,債務者
が策定した基準地震動Ssは,地震動の最大加速度だけを見れば基準地震動
Ss-2が基準地震動Ss-1を上回るものの,基準地震動Ss-2の各固
有周期を包絡するように基準地震動を引き上げているわけではなく,基本的
に留萌支庁南部地震で観測された波形をそのまま用いているため,上記のと
おり,短周期帯のほとんどの部分において基準地震動Ss-1の応答スペク
トルが基準地震動Ss-2のそれを上回ることとなっており,いわば基準地
震動の偽装ともいうべき事態が招来されている。
以上のとおり,債務者による本件原子炉施設に係る基準地震動Ssの策定
手法は不合理であって,策定された基準地震動Ssは著しく過少というべき
である。
⑷重大事故発生の具体的危険性
ア重大事故防止に必要な機能
原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大であり,原子炉の運
転を停止した後も燃料体等の冷却を継続しなければならず,これに失敗し
てしまうと重大事故に至り,放射性物質の外部放出等の深刻な被害をもた
らしてしまう。このような原子力発電所に内在する本質的な危険を生じさ
せないためには,重大事故の原因となる事象が生じた場合に原子炉の運転
を停止し,燃料体等を冷却し,放射性物質を閉じ込めるという,「止める」,
「冷やす」,「閉じ込める」という三つの対応が確実になされることが必
要であり,重大事故の原因となる事象が生じた場合にこれらの機能が維持
されることが欠くことのできない前提となる。
イ「冷やす」機能の維持について
新潟県中越沖地震で観測された地震動(最大加速度:1699㎝/s²)を
超える地震動をもたらす地震が日本全国のどこでも起こり得るとする専門
家の指摘があることなどに照らせば,本件原子炉施設においてもこれと同
レベルの地震動(最大加速度:1700㎝/s²程度)をもたらす地震が生じ
る可能性があることになるが,これは債務者が策定した基準地震動Ssを
大幅に超えるだけでなく,ストレステストで確認されたクリフエッジも超
えるものである。そうすると,本件原子炉施設においても,福島第一原発
における事故と同様の放射性物質の大規模な放出を伴うような重大事故が
起こる具体的危険性があるというべきである。
また,債務者は,外部電源喪失や主給水系配管破断の危険性について,
構造強度評価及び動的機能維持評価を実施したとしているが,これらにつ
いては耐震設計上の重要度分類でBクラス及びCクラスとされた施設の破
損によっても生じ得ることから,基準地震動Ssを下回る地震によって外
部電源が失われ,かつ,主給水が断たれるおそれがあるというべきである。
さらに,債務者は,ストレステストにおいて,上記の外部電源喪失及び
主給水系配管破断の問題を除くと,川内1号機では最大加速度約907㎝
/s²の地震動により,川内2号機では最大加速度945㎝/s²の地震動により
重大事故につながる事象が始まるとしているところ,当時の基準地震動S
s(最大加速度:540㎝/s²)から上記の各地震動(最大加速度:907
㎝/s²あるいは945㎝/s²)までの間に,重大事故につながる損傷や事象が
生じないということは極めて考えにくい。そもそも,本件原子炉施設に係
るイベントツリーの実効性についても,①地震はその性質上従業員が少な
くなる夜間も昼間と同じ確率で起こるのに対し,夜間に生じた突発的な危
機的状況に直ちに対応できる人員がいない場合,特に指揮命令系統の中心
となる所長がいない場合には,イベントツリーどおりに対応ができない可
能性があること,②イベントツリーにおける対応策を採るためには,いか
なる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるが,実際に
はこの把握自体が極めて困難であること,③仮にいかなる事象が起きてい
るかを把握できたとしても,対処すべき事柄が極めて多いのに対し,全交
流電源喪失からメルトダウン開始までは僅かな時間しかないと考えられる
こと,④採るべきとされる手段のうち幾つかは,その性質上,普段からの
訓練や試運転になじまないこと,⑤防御手段に係るシステム自体が地震に
よって破損される可能性もあること,⑥放射性物質が一部でも漏れれば,
その場所には近寄ることさえできなくなること,⑦本件原子炉施設に通ず
る道路は非常に限られており,施設外部からの支援も期待できないことな
ど,多くの問題があることは明らかである。
よって,本件原子炉施設には「冷やす」機能の維持について,重大な欠
陥があるといわざるを得ない。
ウ「閉じ込める」機能の欠陥について
本件原子炉施設は使用済燃料貯蔵設備が堅固設備で覆われていない。ま
た,重大事故の原因となる事象が生じた場合に,使用済燃料貯蔵設備に危
険が発生する前に確実に給水ができるとは認め難い。
そうすると,本件原子炉施設は「閉じ込める」機能の維持についても重
大な欠陥があるというほかない。
⑸債務者の主張に対する反論
ア耐震設計等により確保される耐震安全上の余裕について
債務者は耐震設計等により確保される耐震安全上の余裕があることを
基準地震動超過地震に対する本件原子炉施設の耐震安全性の根拠の一つ
として主張する。この点,原子力発電所の耐震安全性に関する「安全余
裕」とは,各施設の評価基準値と応力値(算定された発生応力の値)の
差をいうものであるが,債務者の主張する余裕はこのような安全余裕以
外の評価基準値の設定における余裕や発生応力の算定における余裕をも
考慮するものである。
しかし,債務者が考慮するこれら余裕は,設備の設計に当たって,構
造物の材質のばらつき,溶接や保守管理の良否等の不確定要素を反映し
て安全性を確保するために求められるものであるところ,そのような余
裕があることをもって基準地震動を超える地震に対する耐震安全性の根
拠の一つとして主張すること自体が誤りである。
なお,債務者は,本件原子炉施設における安全上重要な機器・配管系
の一部の設備について「一次+二次応力評価」において発生値が評価基
準値を超える結果となっていることに関し,これらの設備の簡易弾塑性
解析による疲労評価を実施したところ,評価基準値に対して十分な余裕
が存在したとして,耐震安全上問題がないことが確認されたなどと主張
しているが,簡易弾塑性解析による疲労評価は困難な作業であり,その
結果は必ずしも信用できるものではない。他の原子力発電所における事
故状況や,本件原子炉施設が営業運転開始後相当の年月が経過している
ことなどを踏まえれば,上記設備について耐震安全上問題がないとは到
底いうことはできない。
また,独立行政法人原子力安全基盤機構(平成14年度までは財団法
人原子力発電技術機構。以下「原子力安全基盤機構」という。)が行っ
た耐震実証試験(以下「耐震実証試験」という。)は,次のような問題
があるから,この実験によって耐震安全性が確認されたとはいい難い。
①耐震実証試験で用いられた基準地震動は,本件原子炉施設に係る
基準地震動Ssではなく,基準地震動S₁として,M7.0,震源距
離20㎞の地震の地震動であり,位相特性につきエルセントロ地震
を用いたものを,基準地震動S₂として,M8.5,震源距離68㎞
の地震の地震動であって,位相特性につき昭和43年十勝沖地震に
おける八戸の観測記録を用いているところ,同観測記録はそれ以前
に得られていた強震記録に比べて長い周期帯の成分が卓越すること
から注目されたものであったことに照らすと,特に後者の観測記録
は,固有周期が短周期帯に属する原子力発電所の諸設備の耐震安全
性を確認するための試験に用いるものとして不相当なものであった
というべきである。
②そもそも本件原子炉施設の原子炉格納容器は,耐震実証試験で対
象とされたコンクリート製格納容器ではなく鋼板製格納容器であ
り,外部遮へいを原子炉建屋によってするものであるから,耐震実
証試験の結果を本件原子炉施設の耐震安全性の検討にそのまま用い
ることはできないはずである。
③耐震実証試験の対象となった設備は,原子炉格納容器,一次冷却
設備,原子炉圧力容器,炉内構造物,非常用ディーゼル発電機シス
テム,電算機システム,原子炉停止時冷却系等,主蒸気系等,制振
サポート支持重機器,配管系終局強度(一般配管)等であるところ,
その他の多数の設備は実験対象となっていない。実際にもストレス
テストで問題となった設備は上記に含まれていない。また,複雑な
システムとしての本件原子炉施設の耐震安全性は個別設備の確認だ
けでは不十分である。
④実際の原子炉圧力容器や蒸気発生器などが高温側と低温側に大き
な温度差があり,使用鋼材などに温度差・熱膨張差による伸び縮み
を繰り返すことによっての疲労現象等が生じると考えられるが,耐
震実証試験ではこのような事象については全く考慮されていない。
また,実際の蒸気発生器や冷却材ポンプの内部構造物は模擬されて
おらず,重量だけが模擬されたものであり,分岐配管などもない状
態で実験がされている。これらによれば,耐震実証試験は,実際に
生じる地震動が本件原子炉施設に及ぼす影響を想定するには不十分
なものである。
加えて,債務者は,ストレステストの結果を基に,基準地震動Ssを
超えてもクリフエッジに至るまでには余裕があることを本件原子炉施設
の耐震安全性の根拠として主張しているが,応力値が評価基準値を超え
た場合に原子炉の設置変更が許可されることはないのであるから,クリ
フエッジに至るまでに余裕があることをもって基準地震動Ssを超える
地震に対する耐震安全性の根拠の一つとして主張すること自体が誤りで
ある。
なお,本件原子炉施設に係るストレステストは,当時の基準地震動S
s(最大加速度:540㎝/s²)に基づき実施されたが,今回策定した基
準地震動Ss(最大加速度620㎝/s²)を基準に実施すれば,クリフエ
ッジの値はより小さいものとなると考えられる。
イ年超過確率について
債務者は,基準地震動Ssを超える地震が発生する年超過確率について,
10-4
/年から10-5
/年と主張するが,年超過確率というものは,決して
精緻に出された確率ではない。
すなわち,年超過確率とは,ある地点で1年の間にある大きさを超える
事象(ここでは基準地震動を超過する地震の発生)が生じる可能性である
ところ,信頼できる確率を導くためには大量のデータが必要であり,僅か
な量のデータを基にしただけでは信頼できる確率は導き出せない。しかし,
もともと地震は頻度の小さな現象であるので,現在までに得られているデ
ータは僅かしかなく,したがって,導かれた確率も誤差が極めて大きく,
いわば参考値程度にしかならないというべきである。また,債務者が年超
過確率算出のために用いた手法は,知られている活断層についてのデータ
と既往の地震(歴史地震)のデータから確率を導くものであるから,想定
外の地震,例えば,「震源を特定せず策定する地震動」で想定されている
地震や,事前に知られていない活断層で発生する地震については,必然的
に対象として考慮されていない。債務者は,専門家を集めてアンケート調
査を行うなどして年超過確率の算定に当たっても「不確かさ」を考慮しよ
うとしているが,このような手法を採るしかないこと自体,基礎となるデ
ータが少ないときには,確率を求めることが困難なことを端的に示すもの
となっている。
(債務者の主張)
⑴債務者が策定した本件原子炉施設に係る基準地震動の合理性
ア総論
債務者は,本件原子炉施設敷地周辺で発生し,敷地に影響を及ぼす可能
性のある地震について,詳細な調査・把握を行って,本件原子炉施設の耐
震安全性が確保されるように設計を行い,また,営業運転開始後にも,規
制基準の見直しなどに伴い継続的に最新の科学的知見に照らした耐震安全
性の確認を行っているのであるから,本件原子炉施設における耐震安全性
は十分に確保されている。
加えて,債務者は,福島第一原発における事故発生を受け,設計におい
て想定した事象を超える場合においても,原子炉を安全に停止し,炉心及
び使用済燃料貯蔵設備内の燃料体又は使用済燃料の著しい損傷を防止し,
放射性物質の異常な水準の放出を防止できるよう一層の対策を講じてき
た。
債務者が新規制基準に基づいて策定した基準地震動Ss及び安全確保対
策の基本方針については,原子力規制委員会において,専門家による審査
を経た上でその妥当性が確認され,発電用原子炉設置変更許可を受けてい
る。
以上によれば,本件原子炉施設において放射性物質の大規模な放出を伴
うような重大事故が起こる具体的危険性はない。
なお,債務者は,基準地震動の策定手法が,新たな科学的知見及び観測
記録の蓄積などによって高度化してきた経緯を踏まえ,今後も地震観測の
充実等を図り,地域的な特性の把握の精度向上に努めるなどの取組を継続
して実施し,更なる安全性及び信頼性の向上に努めることが肝要であると
認識している。
イ「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」について
まず,債務者は,前記前提事実⑻ア及びイのとおり,地震の震源とな
る活断層を評価するに当たり,本件原子炉施設敷地並びに敷地近傍及び
敷地周辺の広範囲にわたる詳細な地質及び地下構造の調査や地震調査等
を行い,本件原子炉施設敷地及び敷地近傍に活断層がないことを確認す
るとともに,半径5㎞以遠の活断層の長さについては「延ばす」「繋げ
る」など安全側に立った評価を行った上で,地震調査委員会(2013)の知
見を反映することによって十分に安全側に配慮した評価を行っている。
また,安全上重要な原子炉施設を設置する地盤の大部分が堅硬な岩盤か
ら構成されていること,この堅硬な岩盤が比較的浅所に広く存在するこ
となどを確認している。
次に,本件原子炉施設敷地で得られた90地震もの観測記録やその他
敷地周辺の観測点で収集された観測記録,さらには多くの学識者等の最
新知見を基に多角的な分析を行った結果,本件原子炉施設の敷地地盤に
おいて地震の到来方向による特異な地震動の増幅が見られないこと,本
件原子炉施設周辺で発生する地震動が平均的な地震動に比べて小さい傾
向にあることなどを確認している。
その上で,前記前提事実⑻のとおり,平成9年5月鹿児島県北西
部地震の観測記録を基に,強震動予測レシピよりも保守的な基本震源モ
デルを構築し,さらに,調査・観測などから十分に把握し切れない「不
確かさ」が残る部分については,これを安全側に考慮した不確かさ考慮
モデルを構築している。
こうして構築した本件震源モデルを基に,前記前提事実⑻ないし
のとおり,応答スペクトルに基づく手法による地震動評価及び断層モ
デルを用いた手法による地震動評価を行い,基準地震動Ss-1(最大
加速度:540㎝/s²)を策定している。断層モデルを用いた手法による
地震動評価では,経験的グリーン関数法と長周期帯に理論的方法を適用
したハイブリッド合成法を用いて,震源から本件原子炉施設敷地に至る
伝播経路特性及び敷地地盤の特性を十分に反映させている。
このように,本件原子炉施設の基準地震動Ss-1(最大加速度:5
40㎝/s²)は,詳細な地質調査及び豊富な地震観測記録等を踏まえて,
地域的な特性を反映し,十分に安全側の評価を行って策定されたもので
ある。
債務者は,地震動評価に用いる震源パラメータの設定に当たって,平
成9年5月鹿児島県北西部地震の観測記録に基づき構築した本件震源モ
デルを用いている。そして,本件震源モデルを用いた震源パラメータの
設定方法は,震源断層面積の設定に関しては強震動予測レシピによるも
のと同じであるが,その余のパラメータの設定方法が異なっており,本
件震源モデルにおいては,上記の方法により設定された震源断層面積と
平成9年5月鹿児島県北西部地震における平均応力降下量及びアスペリ
ティ実効応力の実測値を用いて理論式による設定を行うため,経験式を
一部で採用している強震動予測レシピにおいて見られる「ばらつき」を
考慮する必要はない。
ウ「震源を特定せず策定する地震動」について
債務者は,前記前提事実⑻エのとおり,「震源を特定せず策定する地
震動」を策定するに当たり,地震ガイドに例示された16地震に係る多
くの観測点における観測記録を収集・分析し,その中で,敷地に与える
影響が大きいと考えられ,かつ,精度の高い地盤情報が得られている本
件観測点における留萌支庁南部地震の観測記録を選定してはぎとり解析
等を行い,さらに余裕を持たせた上で基準地震動Ss-2(最大加速度
:620㎝/s²)を策定している。なお,基準地震動Ss-2は一部の周
期帯で基準地震動Ss-1を上回ることから,基準地震動Ss-1とは
別に策定するものである。
債務者としては,前記イのとおり,本件原子炉施設敷地並びに敷地近
傍及び敷地周辺において,精度の高い詳細な調査を実施し,その結果に
基づいて敷地及び敷地近傍において本件原子炉施設の耐震安全性に影響
を及ぼすような活断層がないことを確認しており,基本震源モデルにお
いて地域的な特性を踏まえ十分安全側の設定をするとともに,さらに不
確かさ考慮モデルを構築して「不確かさ」を考慮しているのであるから,
「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の検討過程において,十
分に安全側に立った地震動評価が尽くされたものと判断している。もっ
とも,債務者は,新規制基準において「震源を特定せず策定する地震動」
の検討が求められていることから,その趣旨を踏まえ,念には念を入れ
るとの安全上の観点から「震源を特定せず策定する地震動」の検討を行
ったものである。したがって,債務者としては,この「震源を特定せず
策定する地震動」は,本件原子炉施設敷地及び敷地近傍では発生し得な
いものと考えており,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」に
おける地震動評価手法の著しい高度化の過程をも踏まえれば,「震源を
特定せず策定する地震動」による基準地震動Ss-2は,耐震安全上の
観点から念のために付け加えるという位置付けにあるものと考えてい
る。
債権者らは地震の規模をMw5.7からMw6.5に置き直して地震
による揺れの計算を行うべきであると主張するが,このような置き換え
をすることは震源を特定した地震動評価となり,「震源を特定せず策定
する地震動」の範疇から外れることとなる。この点,「震源を特定せず
策定する地震動」に対する新規制基準の要求は,震源と活断層を関連付
けることが困難であった国内で過去に発生した地震について,特徴的な
揺れとなった観測記録を抽出し,はぎとり解析によって技術的に妥当な
解放基盤表面相当の揺れが推定できたものは極力評価に反映させるとい
うものであり,観測記録(事実)の特徴を重視するという基本的な考え
方が示されている。仮に,債権者らが主張するようにMw6.5に置き
換えて地震による揺れの計算を行うことは,耐震安全上念のために考慮
すべき観測記録(事実)の特徴を見逃しかねないこととなり,上記の新
規制基準の基本的な考え方に反することになる。また,このような計算
を行ったとしても,本件観測点の地域的な特性(震源特性,伝播経路特
性,敷地地盤の特性)を反映した数値が得られるだけであり,そのよう
な数値を本件原子炉施設の基準地震動の策定に用いることはできない。
債権者らは,基準地震動Ssの策定に当たって,債務者が基準地震動
Ss-2について基本的には留萌支庁南部地震で観測された波形をその
まま用いているが,安全側に立つならば上記波形を包絡するような直線
を設定して基準地震動Ssを設定すべきであり,債務者の策定した基準
地震動Ssは偽装ともいうべきものであるなどと主張しているが,「敷
地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する
地震動」は個別に評価すべきものとされているのであって,債務者が意
図的に地震動評価手法を変更した事実はないから,債権者らの上記主張
は事実誤認であり,失当である。また,債権者らが主張するように観測
記録から離れて基準地震動Ss-2の波形を包絡させて基準地震動Ss
を策定することになれば,耐震安全上念のために考慮すべき観測記録(事
実)の特徴観測記録(事実)の
特徴を重視するという新規制基準の基本的な考え方に反することにな
る。
債務者は,「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当たって,そ
のはぎとり解析の際,地盤情報の不確かさとして減衰定数を大きく設定
し,はぎとり解析の計算方法についても複数の方法を用いるなど,その
ばらつきを考慮して解析を行っているのであって,新規制基準で求めら
れている「不確かさ」の考慮を行っている。
債務者は,敷地に大きな影響を与える可能性のある地震とした五つの
抽出観測記録のうち留萌支庁南部地震の本件観測点における観測記録以
外の観測記録については,詳細な地盤情報が得られていないとして一時
的に除外しているが,今後,これらの観測点の地盤情報に関する新たな
知見が得られた場合には,耐震安全性の更なる向上のため,これらの抽
出観測記録に基づく「震源を特定せず策定する地震動」の評価を実施し
ていく方針である。
エ年超過確率
地震ガイド及び同ガイドによりエンドース済みの年超過確率評価基準に
基づいて基準地震動Ssの年超過確率を算定すると,本件原子炉施設にお
ける基準地震動Ssの年超過確率は,10-4
/年から10-5
/年程度であ
る。よって,本件原子炉施設において基準地震動Ssを超過する地震が発
生する頻度は1万年~10万年に1回程度と評価できるから,基準地震動
を超過する地震が発生する可能性は極めて低いというべきである。
⑵本件原子炉施設の耐震安全上の余裕
ア耐震設計等により確保される耐震安全上の余裕
耐震設計においては,技術基準として要求される評価基準値に対して
上限とならないよう工学的な判断に基づき余裕が確保されているほか,
地震によって働く力を計算する過程で,計算結果が保守的なものとなる
ように計算条件を設定するなど耐震安全性の余裕が確保されている。例
えば,耐震設計における建物等にかかる応力を解析する際,モデルに入
力する建屋の各位置に対する地震力について,地震応答解析で求められ
た動的地震力の最大値を静的地震力として用いており,これにより大き
な応力値が算定されることになるから(すなわち,実際の地震力は時々
刻々と変化する動的地震力であるが,その動的地震力の最大値を静的地
震力として用いることにより,実際には建物等に対し一瞬だけ作用する
ことになる動的地震力の最大値が変化せず一定の力で作用し続けるもの
と仮定することになる。),耐震設計上の安全余裕が確保されることに
なる。
さらに,そもそも,技術基準として要求される評価基準値自体も,実
際に建物等や機器・配管等が壊れる限界値に対し,十分余裕を持った値
が設定されている。
これらの余裕に加え,原子力発電所の施設は,放射線に対する遮へい
の要求や,運転等に伴って発生する温度に対する耐熱の要求,振動防止
の要求等から,建物の壁がより厚く設計されるなど,耐震以外の要求か
ら更なる余裕が付加されている。
なお,本件原子炉施設における安全上重要な機器・配管系の一部の設
備につき,「一次+二次応力評価」において発生値が評価基準値を超え
る結果となっているが,いずれも簡易弾塑性解析による疲労評価を実施
し,評価基準値に対して十分な余裕が存在し,耐震安全上問題がないこ
とが確認されている。この点,一次応力とは,内圧や外荷重が作用して
いる機器において,それらの力とバランスのために機器部材内に発生す
る応力のことであり,一次応力は材料の肉厚全体にわたって降伏点を超
えた場合にもかかり続けることから,一次応力が一定の段階を超えると
破断に至ることになるものであるが,上記の「一次+二次応力評価」に
おいて発生値が評価基準値を超える結果となった設備についても,一時
応力評価においてはいずれも発生値が評価基準値を下回っている。そし
て,二次応力とは,支持金具で固定された部位など,応力に対して自由
な方向に変形ができない(変形の範囲が制限されている)部位に発生す
る応力であるところ,二次応力が発生して部材に変形等が生じた場合に
は,変形等に伴い応力が低減するため,二次応力だけで機器・配管系が
破損を起こすことはない。もっとも,一次応力に加えて二次応力が繰り
返して発生する場合には,疲労破壊を引き起こす可能性があるため,二
次応力により生じるひずみが無制限に許されるのではなく,疲労特性を
考慮した評価(簡易弾塑性解析による疲労解析)が必要とされている(機
械学会設備等規格)。
以上のような耐震安全上の余裕に関し,原子力安全基盤機構は,昭和
57年度から平成16年度までの間,多度津工学試験所において,大型
高性能振動台を用いて,原子力発電所の安全上重要な設備について可能
な限り実機に近い条件で振動実験(耐震実証試験)を実施しているが,
強度実証試験(基準地震動S₁及び基準地震動S₂に対する強度及び機能
の健全性を確認する試験)及び設計手法確認試験(耐震設計手法や地震
応答解析手法の妥当性を確認するための試験)において,全ての試験対
象設備について,基準地震動S₁及び基準地震動S₂に対する構造強度の
確保,地震時(地震後)における原子炉格納容器の機密性や制御棒挿入
性等の機能維持及び耐震設計手法等の妥当性が実証・確認され,限界加
振試験(基準地震動S₁及び基準地震動S₂を超える地震力で加振し,耐
震裕度を確認する試験)においても,全ての試験対象設備について,基
準地震動S₂を超える地震波に対して何ら異常は発生せず,十分な耐震安
全上の余裕を有していることが実証された。
また,原子力安全基盤機構は,上記限界加振試験により得られた解析
コードを用いて,加圧水型軽水炉(PWR)の実機配管の耐震安全上の
余裕を解析したところ,やはり十分な安全上の余裕が確保されているこ
とが実証された。
以上のように,本件原子炉施設は,地震力に対して十分な余裕をもっ
た設計となっているから,仮に基準地震動を超過する地震動が発生した
としても,そのことから直ちにその耐震安全性に重大な影響が生じるこ
とにはならない。
イストレステストの結果
債務者は,前記前提事実⑹のとおり,原子力安全・保安院の指示を受け
て本件原子炉施設に係るストレステストを実施し,特定したクリフエッジ
の耐震裕度について,川内1号機につき従来の基準地震動Ss(最大加速
度:540㎝/s²)の1.86倍(約1004㎝/s²),川内2号機につき従
来の基準地震動Ss(最大加速度:540㎝/s²)の1.89倍(約102
0㎝/s²)と評価している。なお,本件原子炉施設のストレステストは,平
成23年11月25日を評価時点としているが,債務者においては,その
後,新規制基準へ適合するための追加の安全対策等を行っていることから,
全体的な安全裕度はより向上している。
このようなストレステストの結果からも,本件原子炉施設において基準
地震動を超過する地震動が発生したとしても,そのことから直ちにその耐
震安全性に重大な影響が生じることにはならないことが示されているとい
うべきである。
ウ静的地震力で設計された一般建物において示された耐震安全上の余裕
原子力発電所の耐震設計では一般建物に要求される静的地震力の3倍の
静的地震力を用いているところ,この静的地震力による耐震設計で高い耐
震安全性が確保されることについては,これまでに発生した地震における
一般建物の地震被害調査結果から明らかになっている。
すなわち,まず,兵庫県南部地震(M7.2)では,地表の観測点にお
いて,最大加速度約800㎝/s²の地震観測記録が得られたが,神戸市灘区,
東灘区及び中央区のうち震度7に相当する地域における鉄筋コンクリート
造建物の全数被害調査の報告によれば,「軽微」までの被害にとどまって
いたものがその調査対象の約84%にも達している。また,原子炉建屋と
同じ壁式鉄筋コンクリート造建物に関しては被害率約4.5%にすぎず,
被害を生じたものの大半が軽微な被害にとどまっており,大破及び中破の
被害の原因はそのほとんどが地盤の変形に伴う被害であった。次に,日本
の観測史上最大の規模で発生した東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)で
も,地表の観測点において,最大加速度約2000㎝/s²を超える地震観測
記録が得られたが,壁式鉄筋コンクリート造建物に関しては,一部地盤の
変状等によるものを除き,ほとんど被害がなかったことが報告されている。
さらに,日本の観測史上最大の加速度を記録した平成20年岩手・宮城内
陸地震(M7.2)をみると,地表の観測点において,最大加速度402
2㎝/s²の地震観測記録が得られたが,土砂被害は大きかったものの建物被
害は小さかったとされており,日本の観測史上最大の加速度を記録した地
震計が設置されている観測小屋にも被害が見られなかった。なお,このよ
うな大きな加速度が観測されたのは,原子力発電所の安全上重要な構造物
が設置される岩盤ではなく地表の観測点であり,地表地盤の影響によると
の分析がされている。
⑶多重防護の考え方に基づいた安全確保対策
債務者は,本件原子炉施設において,万一異常な事象が発生することがあ
ったとしても,放射性物質が大量に放出されることを防止するため「多重防
護」の考え方に基づいた設計を行い,原子炉等の安全性を確保するために重
要な役割を果たす安全上重要な設備について,地震等による共通要因故障(共
通要因による安全機能の一斉喪失)を防止した上で,信頼性を確保するため
に多重性,多様性及び独立性を考慮した設備としたほか,従来から,自主的
に実施体制,手順書類,教育等の運用面も含めたアクシデントマネジメント
策の整備を行ってきた。
ここで,「多重防護」とは,①異常の発生を未然に防止する,次に,②異
常の拡大及び事故への進展を防止する,さらに,③放射性物質の異常な放出
を防止するという3段階の対策を講ずるものであり,この3段階の対策は,
単に三つの対策を講じているというものではなく,各段階の対策は,後続の
対策に期待せず,当該段階で確実に異常の発生を防止し,若しくは確実に異
常の拡大を防止し,又は放射性物質の異常な放出を確実に阻止するのに十分
な対策を講じるというものである。そして,上記②の段階においては,原子
炉を確実に「止める」,また上記③の段階に至っても,原子炉を「冷やす」,
放射性物質を「閉じ込める」ことができるように各種の安全設備を設けてお
り,仮にその一部が故障しても機能を果たすことができるように安全設備を
多重に設けている。
さらに,債務者は,福島第一原発における事故を契機として,地震,津波
等に対する基準を厳格化した上,常設及び可搬式の設備(電源設備,注水設
備等)を新たに配備するなど炉心の著しい損傷を防止する対策のほか,原子
炉格納容器の破損を防止する対策を講じ,放射性物質の危険性を顕在化させ
ないためのより一層の安全確保対策を充実させている。
以上の各種対策により,本件原子炉施設の安全性は確保されているから,
債権者らが主張する放射性物質の大規模な放出を伴うような重大事故が起こ
る具体的危険性はない。
⑷債権者らの主張に対する反論
ア平均像を利用することの問題性について
債権者らは,債務者による基準地震動の策定について,既往地震の平
均像を利用して行われてきたことに根本的な欠陥があり,かかる手法は
新規制基準でも是正されていないなどと主張するが,債務者は,本件原
子炉施設の敷地周辺における徹底的な調査及び地震観測記録の分析によ
り,地域的な特性(震源特性,伝播経路特性及び敷地地盤の特性)を反
映させ,地震動評価の精度を高める一方,なお十分には把握できないも
のについては「不確かさ」を考慮し,安全側に評価した上で本件原子炉
施設の基準地震動Ssを策定しているのであって,既往地震の平均像を
そのまま使用した事実はない。なお,地震が自然現象であり,その事象
の複雑さゆえにある程度の「不確かさ」が存在する上,地震の起こり方
には地域的な特性があることに照らせば,既往地震の地震動に係る観測
記録から統計的に算出される平均像を基に地震動評価を行うこと自体は
合理的というべきである。
例えば,債務者は,応答スペクトルに基づく地震動評価において,Noda
etal.(2002)による方法を用いているところ,本件原子炉施設敷地におけ
る地震観測記録に基づいて解析した解放基盤表面の地震動(はぎとり波)
の応答スペクトルとNodaetal.(2002)の方法により導かれる応答スペク
トルの比率がおおむね全周期帯で1.0を下回る傾向となることを確認
し,本件原子炉施設敷地における地震観測記録に基づく応答スペクトル
の方がNodaetal.(2002)の手法により導かれる応答スペクトルに比べて
小さい傾向を把握した。債務者はこのような傾向を把握した上で,安全
側評価となるよう当該敷地における観測記録に基づく補正係数を用いた
補正を行わず,Nodaetal.(2002)による手法をそのまま採用しているもの
であるから,単に平均像を用いているわけではない。
また,債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価において
も,平成9年5月鹿児島県北西部地震の観測記録に基づき構築した本件
震源モデルを用いて検討用地震の震源パラメータを設定している。この
本件震源モデルは,本件原子炉施設の敷地周辺で発生した内陸地殻内地
震の地域的な特性(震源特性)を精度よく反映しており,債務者は,こ
れを基に経験的グリーン関数法及び長周期帯に理論的方法を適用したハ
イブリッド合成法を用いてその地域的な特性(伝播経路特性及び敷地地
盤の特性)を踏まえた地震動評価を行っている。ここで,例えば,基本
震源モデルを用いた場合,同じ震源断層面積から導かれる地震モーメン
トの値が強震動予測レシピに基づいて算定した値の約1.9~2.4倍
になるなど,本件震源モデルを用いた震源パラメータの設定は強震動予
測レシピに基づく設定よりも保守的なものとなっている。債務者は,こ
のような傾向を把握した上でより安全側の評価となるよう,断層モデル
を用いた手法による地震動評価に際して強震動予測レシピを用いずに本
件震源モデルを用いているのであって,平均像を用いているとの評価は
当たらない。よって,債権者らの上記主張は事実誤認であり,失当であ
る。
なお,債務者が採用している地震動評価手法は,兵庫県南部地震以後
の観測記録の充実や地震学及び地震工学の発展,福島第一原発における
事故等から得られた最新知見を踏まえ,多数の専門家による検討を経た
上で原子力規制委員会によって策定された新規制基準に基づくものであ
り,現在においては地震調査研究推進本部などにより一般的に採用され
ている評価手法である。
債権者らは,基準地震動Ss-1が「過去の地震動の平均像」であると
して基準地震動が過小である旨主張し,その策定に当たって平均像から
かい離した地震の規模や頻度の考慮が不十分である点を問題とするよう
であるが,原子力発電所の耐震設計に当たっては,当該原子力発電所の
敷地周辺で発生する地震の地域的な特性を踏まえた上で,過去最大では
なく,今後発生し得る最大の地震を想定する必要はあるものの,地域的
な特性が同一でない地域において発生した事象まで考慮する必要はな
い。本件原子炉施設の基準地震動Ssは,本件原子炉施設敷地周辺で発
生する地震の地域的な特性を踏まえ,本件原子炉施設敷地周辺で発生し
得る最大の地震を想定して策定されたものであり,その他の安全確保対
策等も加味すれば本件原子炉施設の耐震安全性は十分に余裕あるものと
なっているのであるから,債権者らの主張する平均像とのかい離の程度
等を検討する必要性は乏しい。
イ「不確かさ」の考慮について
そもそも震源の「不確かさ」を考慮するということは,徹底的な調査
及び観測記録の分析等を実施し,それでもなお把握できない震源特性等
について,当該敷地への影響が大きくなる可能性を勘案し設定するとい
うことである。債務者は,基準地震動Ssの策定に当たって,応答スペ
クトルに基づく地震動評価のみならず,震源特性,伝播経路特性及び敷
地地盤の特性を考慮し,より精緻に実像を評価できる断層モデルを用い
た手法による地震動評価によって本件原子炉施設の地震動評価を実施し
ており,その際,基本震源モデルの構築に当たっては,敷地周辺で発生
した平成9年5月鹿児島県北西部地震の観測記録を基に精度よく震源パ
ラメータを設定し,なお「不確かさ」が残る部分については,より安全
側の評価となるよう不確かさ考慮モデルを構築しているのであるから,
「不確かさ」の考慮としては十分である。
なお,債務者は,本件震源モデルの構築に当たり,その前提となる活
断層の長さについて,前記前提事実⑻ア及びイのとおり,本件原子炉施
設敷地並びに敷地近傍及び敷地周辺の広範囲にわたる詳細な地質調査や
地震調査等を行い,敷地及び敷地近傍に活断層がないことを確認すると
ともに,半径5㎞以遠の活断層の長さの評価については「延ばす」「繋
げる」などより安全側に立った評価を行った上で,さらに地震調査委員
会(2013)の知見を反映している。これによれば,基本震源モデルにおい
ても,検討用地震の断層の長さを債務者が行った調査結果と比較して,
それぞれ6.3㎞,22.6㎞,22.4㎞の余裕が確保できており,
これを基に算定される地震の規模(マグニチュード)にも0.3~0.
7の余裕が生じ,これを本件原子炉施設敷地における地震の揺れに換算
すると最大加速度で約1.5~2.0倍の余裕が生じていることとなる。
また,基本震源モデルにおいては,上記断層の長さに係る余裕に加え,
断層の幅についても安全側に余裕を確保して
おり,基本震源モデルを用いた震源パラメータの設定が強震動予測レシ
ピに基づくパラメータ設定よりも保守的な設定となっているところ,こ
れらを通じて,入倉・三宅(2001)の関係式に基づき算出される地震モー
メントの値が,債務者が行った調査結果と強震動予測レシピに基づいて
算出した値と比較して約6.0~15.3倍大きくなり,その分余裕が
確保されていることとなる。
加えて,債務者は,本件原子炉施設の敷地周辺で発生する地震が正断
層型・横ずれ断層型であり,短周期帯での地震による揺れの大きさを示
す短周期レベルAの数値が平均値以下であるという地域的な特性を把握
しつつも,なお安全側となるように,不確かさ考慮モデルにおいて,短
周期レベルAの値を基本震源モデルの値から1.25倍した評価を行っ
ており,ここでも余裕が確保されている。なお,短周期レベルAは,断
層の長さ及び幅並びに地震モーメントを基に算出されるものであるか
ら,それぞれにつき上記余裕が確保されていることを考慮すると,短周
期レベルAの数値は,債務者が行った調査結果と強震動予測レシピに基
づいて算出した数値と比較して2.7~3.7倍の余裕が確保されてい
ることとなる。
ここで,短周期レベルAについては,過去に発生した地震の地震観測記
録の分析により,地震モーメントとの相関が確認されており,壇一男ほか「断
層の非一様すべり破壊モデルから算定される短周期レベルと半経験的波形
合成法による強震動予測のための震源断層のモデル化」(2001)(乙142,
以下「壇ほか(2001)」という。)により内陸地殻内地震に係る地震モーメン
トから短周期レベルAの値を導く経験式が提案されているところ,その経験
式(内陸地殻内地震の平均像)からのずれ(誤差)はおおむね1/2~
2倍の範囲内と考えられる。そして,短周期レベルAが内陸地殻内地震
の断層型によって異なるとの知見(佐藤智美「逆断層と横ずれ断層の違
いを考慮した日本の地殻内地震の短周期レベルのスケーリング則」
(2010)(乙8,以下「佐藤(2010)」という。),佐藤智美・堤英明「20
11年福島県浜通り付近の正断層の地震の短周期レベルと伝播経路・地
盤増幅特性」(2012)(乙9,以下「佐藤・堤(2012)」という。))が得ら
れており,このうち佐藤(2010)によると,逆断層型の地震の短周期レベ
ルAは,壇ほか(2001)による内陸地殻内地震の平均値より大きく,横ず
れ断層型の地震の短周期レベルAは小さいとされている。また,佐藤・
堤(2012)によると,正断層型の地震の短周期レベルAは,壇ほか(2001)
による内陸地殻内地震の平均値より小さいとされている。そうすると,
本件原子炉施設敷地周辺で発生する地震の短周期レベルAは,逆断層型
の地震より相対的に小さく,ずれ(誤差)の上限である平均値の2倍程
度を超える可能性は極めて低いと考えられるから,短周期レベルAにお
けるずれ(誤差)が,債務者が基準地震動Ssの策定過程において考慮
した上記余裕(2.7倍~3.7倍)を超えることはなく,基準地震動
Ssを超過する可能性は低いというべきである。
ウ基準地震動を超える地震動が発生した事例が5ケースもあるとの主張に
ついて
債権者らは,過去10年間で5ケースも基準地震動を超える地震動が発
生したことを強調して,債務者の基準地震動の策定が不合理である旨主張
するが,本件原子炉施設の敷地周辺は,それらの基準地震動を超える地震
動をもたらした地震(基準地震動超過地震)が発生した地域とは地域的な
特性が大きく異なっており(基準地震動超過地震が発生した地域は,逆断
層型の地震が多い「ひずみ集中帯」(北海道西部から東北日本の日本海側
沖合に位置し,東西圧縮の圧縮力が働いていることによる大規模地震の発
生が相次いでいる地域)及びその周辺,あるいはプレート境界に近い地域
であり,本件原子炉施設敷地周辺と地域的な特性が明らかに異なる。),
本件原子炉施設敷地周辺で同様の地震が発生する可能性は極めて低い。
また,そもそも基準地震動超過地震のうち,①宮城沖地震(女川原発),
②能登半島地震(志賀原発),③新潟県中越沖地震(柏崎・刈羽原発)の
ケースは,旧耐震指針に基づく基準地震動S₂を上回る地震動が観測された
ものであるから,その後の地震動想定手法の発展を踏まえた改訂耐震指針
あるいは現在の新規制基準に基づいて策定された基準地震動が不十分であ
ることを示すものではない。さらに,債務者は,基準地震動超過地震にお
いて基準地震動を超過した要因(震源特性,伝播経路特性及び敷地地盤の
特性)に関する知見を本件原子炉施設の基準地震動Ssを策定するに当た
って適切に反映させており,かかる超過事例が存在することが債務者の基
準地震動Ssの不十分さの根拠となるものではない。
加えて,これらの基準地震動超過地震は,新潟県中越沖地震の柏崎・刈
羽原発における地盤被害の点や東北地方太平洋沖地震の福島第一原発にお
ける津波による影響の点は格別,いずれの事例においても地震力そのもの
によって各原子力発電所の安全上重要な施設及び設備に被害が生じていな
いことは,むしろ原子力発電所の高い耐震安全性を実証しているとみるこ
とも可能である。
よって,債権者らの上記主張は失当である。
エ海洋プレート内地震の不考慮について
そもそも,債務者は,本件原子炉施設敷地周辺で発生した海洋プレート
内地震の最大規模である宮崎県西部地震と同規模の海洋プレート内地震が
発生したとしても,その震源位置から敷地までの距離が十分離れているた
め,敷地における地震の揺れが建物等に被害が発生するとされている気象
庁震度階級震度5弱程度に満たないものと評価し,検討用地震として選定しな
かったものであるから,海洋プレート内地震を考慮していないわけではない。
また,海洋プレート内地震のうちスラブ内地震については,火山フロン
トの前弧側と背弧側で大きく傾向が異なり,女川原発敷地が位置する前弧
側では地震波の伝播経路における減衰が小さく大きな揺れとなるが,本件
原子炉施設敷地が位置する背弧側では地震波の伝播経路における減衰が大
きく,揺れが急激に小さくなるという特徴を有している。債権者らの主張
は,このような地域的な特性(伝播経路特性)を無視したものであり,失
当である。
オ「閉じ込める」機能の欠陥について
本件原子炉施設は,原子炉から取り出した使用済燃料を貯蔵するための
使用済燃料貯蔵設備を備えている。なお,使用済燃料貯蔵設備は,使用済
燃料を貯蔵するための使用済燃料ピット及び水温を保つための冷却器・水
中の異物を分離するためのフィルタ・溶け込んだ化学物質を吸着するため
の脱塩塔などの浄化・冷却系統設備から構成されている。
本件原子炉施設における使用済燃料は,使用済燃料貯蔵設備において,
水位・水温等を適切に管理した強固な使用済燃料ピット内において未臨界
状態のまま,放射性物質が十分封じ込められた状態で安全に貯蔵されてい
る。また,万一,使用済燃料ピットの冷却機能若しくは注水機能が失われ,
又は,使用済燃料ピットからの水の漏えいその他の要因により使用済燃料
ピットの水位が低下(さらには異常に低下)した場合の対策や電源を喪失
した場合の対策も講じており,原子力規制委員会においてその有効性も確
認されている。
したがって,本件原子力発電所における使用済燃料貯蔵設備の安全性は
十分に確保されており,使用済燃料ピット内の使用済燃料が原因となって
放射性物質の大規模な放出を伴うような重大事故が生じる具体的危険性は
ない。
3火山事象により本件原子炉施設が影響を受ける可能性と人格権侵害又はその
おそれの有無(争点3)について
(債権者らの主張)
本件原子炉施設が立地する九州地方におけるカルデラ火山の破局的噴火は,
約7300年前の鬼界カルデラの噴火が最後となっているが,破局的噴火の周
期が5000~1万6000年に1回程度と考える見解もあること(周期が約
9万年に1回とする債務者の主張には根拠がないこと)に加え,債務者の主張
する破局的噴火に至るまでのいわゆる噴火ステージ論にも根拠がないことなど
を考え併せると,このような破局的噴火がいつ起こってもおかしくない状況で
あり,近い将来に発生する可能性も十分にある。姶良カルデラにおいて約3万
年前に発生した破局的噴火の火砕流が本件原子炉施設の敷地まで達していた可
能性があることに照らせば,カルデラ火山の破局的噴火が発生した場合,その
火砕流によって本件原子炉施設が破壊されることは疑いがない。
したがって,本件原子炉施設が,火山ガイドの定める,「原子力発電所の運
用期間中に火山活動が想定され,それによる設計対応不可能な火山事象が原子
力発電所に影響を及ぼす可能性が小さいと評価できない場合」に該当すること
は明らかというべきであり,本件原子炉施設は立地不適と判断されるべきであ
る。
そして,現在の火山学ではマグマ溜まりの状況等により破局的噴火の前兆を
捉え,確実に予知することは不可能とされている。また,仮に破局的噴火を予
知することができたとしてもその時期は噴火の直前にならざるを得ず,数か月,
数年前といった早い時期から噴火の発生を予測できるわけではないと考えられ
るから,その予知後に本件原子炉施設から核燃料等を運び出す時間などないこ
とは明らかである。そうすると,モニタリング等を行い噴火の兆候を捉えて対
処するという火山ガイドの発想自体,現在の火山学に照らして不合理なもので
あり,原子力規制委員会による基準適合性審査は科学的根拠を欠いているとい
わざるを得ない。したがって,債務者が行うモニタリング等の対応には意味が
ない。
以上によれば,九州地方において,いずれかのカルデラ火山の破局的噴火が
発生した場合には,その火砕流によって本件原子炉施設が完全に破壊され,西
南日本全体が数万年の単位で放射能に汚染されることになる。したがって,債
権者らは,本件原子炉施設が再稼働された場合,火山活動の影響による重大事
故の発生により,その生命等が侵害される具体的可能性が否定できないことに
なるが,その侵害の蓋然性はかなり高い状態にあるというべきである。
(債務者の主張)
文献調査や地質調査等の結果に照らせば,本件運用期間中に,大規模な火砕
流を引き起こし,本件原子炉施設の安全性に影響を及ぼすようなカルデラ火山
の破局的噴火が発生する可能性は極めて低い。なお,鹿児島地溝のカルデラ火
山において,債務者が想定した規模(既往最大規模)を超える破局的噴火が今
後1年間に発生する確率を,BPT分布(地震発生確率の計算において用いら
れている手法で,最新の発生時期や発生間隔から確率分布を導く手法)により
算出すると約1.15×10-8
(1億分の1.15)となる。
また,債務者は,姶良カルデラ等,一部のカルデラ火山の破局的噴火の際の
火砕流が過去に敷地に到達した可能性が否定できないことや,自然現象の不確
かさを踏まえ,万一の備えとして,カルデラ火山における地殻変動や地震活動
等の火山活動のモニタリングを実施している。債務者としては,100㎞³規模
の噴出物を伴う破局的噴火が起きるためには,大量のマグマが,地下10㎞よ
り浅いところに蓄積される必要があり,前兆として,地盤の変状やマグマの移
動による地震などが生じることから,モニタリングを行うことで,少なくとも
数十年以上前に兆候を検知できると考えている。その上で,債務者は,破局的
噴火に発展する可能性がわずかでも存するような事象が確認された時点で直ち
に適切な対処を行う方針である。
債務者による火山事象の影響評価に対しては,多数の学識者による議論を尽
くした上で策定された新規制基準に適合するとの判断が原子力規制委員会から
示されている。
債務者は,今後も火山専門家等の助言を得ながら,破局的噴火の前兆に関す
る新たな知見の収集,モニタリングの精度向上に向けた取組を行い,更なる安
全性・信頼性の向上に努める方針である。
以上によれば,本件原子炉施設において,火山事象によって放射性物質の大
量放出を伴うような重大事故が起こる具体的危険性はない。
4本件避難計画等の実効性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点4)につ
いて
(債権者らの主張)
⑴実効性ある避難計画の必要性
原子力発電所の稼働問題の最重要課題は,放射性物質の大量放出を伴うよ
うな重大事故を防止するとともに,放出された放射性物質から周辺住民を防
護し,その安全を確保することにあるから,本件原子炉施設を稼働させるに
際しては,万一放射性物質の大量放出があっても,環境・人体に対する汚染
・被曝を生じさせず,又は,これを最小限に抑えることが不可欠の要件であ
り,そのための最重要の措置が放射性物質の汚染地域からの周辺住民の早期
避難を可能とする実効性ある避難計画の策定である。
したがって,実効性ある避難計画が策定されない限り,周辺住民の人格権
侵害のおそれがより大きなものとなるというべきである。
⑵本件避難計画等の問題性
本件避難計画等は,次のような多くの問題があり,その実効性には重大な
疑問があるといえ,本件原子炉施設で事故が発生した場合に被曝のおそれの
ある周辺住民の避難を確実にし,その生命・身体の安全を保障するものとは
なっていない。
ア避難時の輸送能力の不足等
自家用車の利用が困難な住民についてはバス等の移動手段に頼る他な
いが,現状ではバス等の輸送能力が大幅に不足するために,避難できな
い者が相当多数発生するおそれがある。また,バスでの避難にあっては,
バスに乗車するまでの待機等のために被曝が大きくなる可能性がある。
バスの運転手の被曝リスクを考慮すると,運転手の確保も大きな問題と
なる。
本件避難計画等における避難経路の大部分が片側1車線の道路であ
り,住民全員が一斉避難することになれば,本件原子炉施設30㎞圏外
への避難に要する時間は30時間以上となる見通しであり,避難道路の
破壊等があれば避難時間はその数倍になるおそれがある。
自家用車を利用して避難する者にあっても,自動車は構造上外気の流
入が避けられないため,長時間の避難走行中に,避難者が車内で被曝す
る危険がある。また,自家用車を利用した避難には,ガソリン補給やト
イレ使用が困難になるという問題もある。
イ要援護者の避難対策の不備
病院の入院患者や福祉施設に入所中の高齢者等の避難に際して援護が必
要となるいわゆる災害弱者(以下「要援護者」という。)を対象とする避
難計画は策定の目途さえ立っておらず,鹿児島県知事をはじめとする自治
体関係者も30㎞圏内全域の要援護者を対象とする計画策定は困難である
としている。現実にも要援護者の受入可能施設の確保が不可能となってお
り,医療設備を搭載した移動手段の準備については検討もされていないよ
うである。
要援護者の避難が確実かつ適切になされないと,多数の要援護者が過酷
な負担を強いられることとなり,その容体の重篤化や死亡といった重大か
つ深刻な事態も発生しかねない。福島第一原発における事故の際も,周辺
病院の入院患者の避難に際して60名もの死亡者が出たとされているが,
要援護者を対象とする避難計画の策定が遅れている本件原子炉施設で重大
事故が発生した場合には,福島第一原発における事故時と同様の問題が生
じ,多くの被害が出ることが明らかである。
ウ風向きに応じた対応の不備
民間調査会社(株式会社環境総合研究所)の試算によれば,本件原子炉
施設で放射性物質の大量放出を伴うような重大事故が発生した場合,風向
きによっては被曝地域が本件原子炉施設から50~100㎞圏内の地域に
も及び,避難先とされている鹿児島市内の一部も被曝地域になる危険が十
分にある。特に,薩摩川内市の年間の風向きについては,8月を除き北西
を中心に西北西から北北東とされているところ,重大事故発生時に北西風
であった場合には鹿児島市が風下となり,避難先にも放射性物質放出の影
響が及ぶ可能性がある。しかしながら,このような事態に本件避難計画等
では全く対応できない。
⑶原子炉立地審査指針の解釈
原子力安全委員会が策定していた原子炉立地審査指針(甲141,以下「立
地指針」という。)は,原子力発電所(原子炉)に万一の事故が起きた場合
でも周辺公衆の安全を確保できるような立地であるかどうかを判断するため
の指針であるところ,重大事故が生じた場合に放出された放射線の影響が及
び得ると判断される範囲を非居住区域とし,その外側に位置して重大事故が
生じた場合に何らの措置も講じなければ放射線の影響が及び得ると判断され
る範囲を低人口地帯とするとともに,原子炉敷地は人口密集地から十分に距
離を置くべきことなどを規定している。この点,原子力安全委員会は,福島
第一原発における事故発生以前において,立地指針で非居住区域あるいは低
人口地帯とされている範囲は,既存の原子力発電所のほとんど全てにおいて
原子力発電所の敷地内で確保されているものと判断して運用してきていた
が,同事故によりこの判断が誤りであったことが明らかとなった。
民間調査会社(株式会社環境総合研究所)が実施したシミュレーションに
よると,本件原子炉施設において放射性物質の大量放出を伴うような重大事
故が発生した場合,風速2m/sのときには,1時間当たりの平均空間線量は
本件原子炉施設から半径10㎞圏内で50µSv以上になると試算されている
ことからすると,最低でも本件原子炉施設から半径5㎞圏内は重大事故時に
放出された放射性物質の影響が及び得ると判断される非居住区域としなけれ
ばならないはずである。現時点で半径5㎞圏内に約3600人が居住する本
件原子炉施設は立地指針の趣旨からすれば当然に立地不適とすべきであっ
て,稼働が許されるべきでないことは明らかである。なお,前記のように本
件避難計画等の実効性には重大な疑問が生じており,重大事故時に半径10
㎞圏内の住民の避難すら困難というべき状況となっているのであるから,非
居住区域を本件原子炉施設から半径10㎞圏内とすることすら考えられると
ころである。
(債務者の主張)
本件原子炉施設周辺の地方公共団体が策定した本件避難計画等は,地域の実
情を踏まえた詳細なものとなっており,十分実効性のある内容となっている。
また,それでもなお地域レベルで対応困難な場合は,政府をあげて全国規模の
実動組織による支援が実施されることとされている。なお,本件避難計画等は,
前記前提事実⑾ウのとおり,原子力防災会議において合理的かつ具体的に定め
られたものとして了承されている。
債権者らは,要援護者の避難対策の不備や輸送能力の不足等を指摘するが,
本件避難計画等は,予定していた要援護者の受入施設が使用できない場合に備
えて鹿児島県において「原子力防災・避難施設等調整システム」を整備するな
ど要援護者の避難にも十分配慮されており,また,福島第一原発における事故
の教訓を踏まえ,原子力災害対策指針に則った段階的な避難及び屋内退避とい
った住民が取るべき行動を明確にした具体的かつ合理的な内容となっているこ
とから債権者らの指摘は当たらない。また,債権者らは,薩摩川内市の年間で
最も多い風向きを北西風とした上で,その場合風下となる鹿児島市を避難先と
することを問題として指摘するが,気象観測記録に照らせば,そもそも年間で
最も多い風向きが北西風であるとは認められず,原子力規制委員会による重大
事故時における放射性物質の拡散予測によっても,主な拡散の方向は西の海側
となっているから,鹿児島市を避難先とすることには合理性が認められる。
加えて,債務者は,本件避難計画等に関し,国からの要請を受けた対策につ
いて真摯に対応するとともに,自主的な取組も行っている。なお,債務者は,
福島第一原発における事故時においても積極的な取組を行った実績がある。
そして,原子力災害対策指針によれば,そもそも防災とは,新たに得られた
知見,把握できた実態や防災訓練の結果等を踏まえ,実効性を向上すべく不断
の見直しを行うべきものであるとされており,このような観点から,地方公共
団体は,地域防災計画や避難計画について検討を加え,必要に応じてこれを修
正すべきものとされており,債務者としても,安全や防災の追求は不断に行う
ものであるという考えの下全社員が日々の事業活動に取り組んでおり,今後も
国や地方公共団体の要望等も踏まえ,本件避難計画等の実効性の向上に寄与す
べく,取組内容の一層の改善,充実に努めていく方針である。
5保全の必要性(争点5)について
(債権者らの主張)
本件原子炉施設から250㎞圏内に居住する債権者らは,本件原子炉施設の
運転によって,生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分が直接的か
つ具体的に侵害されるおそれがある。
また,本件原子炉施設の運転による人格権侵害の形態は,多数人の人格権を
同時に侵害する性質を有するものであるから,人格権侵害を差止めによって阻
止すべきことが強く要請される場合に当たる。
ところが,前記前提事実⑿及び⒀のとおり,基準地震動の見直し,火山対策
及び実効性ある避難計画の策定がされないままに,本件原子炉施設の再稼働が
迫っている。
よって,本件申立てにつき保全の必要性があることは明らかである。
(債務者の主張)
本件原子炉施設については,その設置時に十分な調査及び検討を行い,想定
される地震等に対して安全機能が保持できるよう耐震設計を行っており,営業
運転開始後においても新たな科学的知見等を踏まえ,十分な調査及び検討を行
って安全性の評価を継続的に行ってきており,本件原子炉施設の耐震安全性に
問題のないことを確認している。さらに,福島第一原発における事故発生を受
け,設計において想定した事象を超える場合においても,原子炉を安全に停止
し,炉心及び使用済燃料貯蔵設備内の燃料体又は使用済燃料の著しい損傷を防
止し,放射性物質の異常な水準の放出を防止できるよう一層の対策を講じてい
る。
したがって,本件原子炉施設において債権者らが主張するような放射性物質
の大規模な放出を伴う重大事故が起こる具体的危険性はなく,保全の必要性が
ないことは明らかである。
6仮に本件申立てが認容されるとした場合の担保金の額(争点6)について
(債権者らの主張)
①本件申立てにおいて被保全権利の証明の程度は極めて高いこと,②本件原
子炉施設の再稼働が禁止されても,既に購入済みの未使用燃料がなくなったり
価値が減衰したりするものではないから,債務者には損害が発生しないか,発
生しても極めて僅かであること,③保全処分の目的が個人の経済的利益ではな
く,公共目的,公共の安全,自己を含む不特定かつ極めて多数の人々の安全の
確保,ひいては国家の安全の獲得にある場合には,債権者らに対して個人的に
経済的な負担をさせることは正義・公平に反するというべきであるところ,本
件申立ても,債権者ら個人の利害というよりも,公共の安全,極めて広範かつ
多数の国民の生命を基礎とする人格権を守るためのものであるから,債権者ら
に経済的負担をさせることは適切ではないことなどを考慮すると,本件申立て
が認容されるとした場合,裁判所は債権者らに対して担保を供させるべき必要
はなく,むしろ,担保を供させてはならないというべきである。
(債務者の主張)
万一,本件申立てが認容されるとした場合,債務者は,本件原子炉施設で発
電することを想定していた電力量(252億kWh)を確保するために他の発電
方法(石油及びLNGを1対1の割合で用いた火力発電を想定する。)によっ
て発電することを余儀なくされ,大幅な費用増加となり,当該増加費用が債務
者の受ける損害となるが,その額は債務者の試算で1日当たり5億5400万
円にも上る。このことを考慮すれば,債権者らに担保を立てさせることは不可
欠であり,その担保金額は上記増加費用の額を考慮して決定されるべきである。
第4当裁判所の判断
1本件申立てについての司法審査の在り方(争点1)について
⑴一般的に,人格権を被保全権利として,他人の行為を仮に差し止めるよう
求めることができるのは,当該行為により当該人格権が現に侵害されている
か,又は,侵害される具体的な危険性がある場合に限られるのであって,そ
の主張疎明責任は,人格権の侵害又はそのおそれがあるとして差止めを求め
る債権者が負うものと解される。そして,この理は,当該行為が原子力発電
所の運転である場合にも別異に解すべき理由はない。
⑵ア原子力発電所の原子炉施設は,原子核分裂の過程において高エネルギー
を放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,
内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであるところ,原
子炉施設の安全性が確保されないときには,当該原子炉施設の従業員やそ
の周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射性物
質によって長期間にわたって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそ
れがある。ここで,前記前提事実⑸アの福島第一原発における事故の甚大
な被害に思いを致せば,本件原子炉施設の再稼働の適否を判断するに当た
っても,このような災害が万一にも起こらないようにするため,その安全
性を十分に確保すべきであり,その際,福島第一原発における事故の経験
等を踏まえた安全性の徹底的な検証が行われなければならない。
また,発電用原子炉施設の安全性の確保に関しては,当該原子炉施設そ
のものの工学的安全性,平常運転時における従業員,周辺住民及び周辺環
境への放射線の影響,事故時における周辺地域への影響等について,当該
原子炉施設の立地の地形,地質,気象等の自然的条件,人口分布等の社会
的条件及び当該原子炉設置者の原子炉の設置,運転に必要とされる技術的
能力との関連において,多角的,総合的見地から検討されるべきであると
ころ,このような検討を行うに当たっては,原子力工学はもとより,多方
面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判
断が求められることが明らかである。こうした趣旨から,従前より,発電
用原子炉施設の安全性については,原子炉等規制法その他の関係法令が定
められ,平成24年9月以前は,原子力安全委員会において,安全性に関
する審査のために耐震設計審査指針等の基準を設けて発電用原子炉施設の
設置,運転の許否を審査するなどの規制を行うこととされていたが,同月
19日以降は,福島第一原発における事故を踏まえた法改正等が行われ,
原子力利用における安全性の確保に関する科学的,専門技術的知見を有す
る委員長及び委員により構成される原子力規制委員会において,新規制基
準並びに地震ガイド及び火山ガイド等の審査基準を定める内規を新たに策
定し,これらに基づく規制を行うこととされ,発電用原子炉施設は,これ
らの関係法令及び安全性に関する各種審査基準を満たした場合に初めて原
子力規制委員会の許認可を受け,適法に設置,運転することができるとい
う制度が採用されている。我が国の発電用原子炉施設は,このような制度
を採用することによって,上記のような深刻な災害が万一にも起こらない
ようにしようとするものであるから,上記の原子炉施設の安全性に関する
法令や審査基準に不合理な点があり,あるいは原子力規制委員会の許認可
の判断に不合理な点があれば,重大事故が起こる可能性が否定できないこ
ととなり,周辺住民の生命,身体等の人格的利益に被害が発生するおそれ
があるというべきである。
そして,このような観点からみれば,上記のような深刻な災害が万一に
も起こらないようにするため,原子力規制委員会により策定される新規制
基準は,福島第一原発における事故の経験等をも踏まえた最新の科学的知
見に照らし,十分な合理性が担保されたものでなければならず,本件原子
炉施設の再稼働の前提となる新規制基準への適合性審査も厳格かつ適正に
行われる必要がある。
イ一般にある科学技術を用いることの適否を判断するに当たり,現時点に
おける最新の科学的知見に照らしてもその内的事象及び外的事象に一定の
不確実性が残存する場合には,その危険性(不確実性に付随する潜在的な
危険性を含む。)を零とするような「絶対的安全性」を確保することは不
可能であることに鑑み,現時点における最新の科学的知見に基づいてでき
る限りその効用と危険性を把握し,その危険性についてどこまでが科学的
に明らかであり,どこからが不確実性を含むのかを明らかにした上で,当
該危険性の内容及び程度,当該科学技術の効用等に照らして社会的に許容
できる範囲のものといえるかどうかという基準によって判断することが相
当であると解される。しかしながら,前記アのとおり,原子炉施設につい
ては,その安全性が確保されないときには,福島第一原発における事故に
見られるような健康被害につながる放射性物質が広範囲に放出・拡散され,
多数の住民に長期間にわたる避難生活を強いる等の深刻な災害を引き起こ
すおそれがあり,しかも,危険を負担するのは原子炉施設の職員を除けば
周辺住民に限られ,効用を得ている人の全てがこのような危険性を負担す
るものではないし,一定の危険が内在する航空機や自動車を利用する場合
とは異なり周辺住民には危険を負担するか否かを選択する機会が与えられ
ているとはいえないから,原子炉施設の設置,運転に際しては,より安全
側に立った判断が望まれることは明らかというべきである。
この点に関し,原子力規制委員会は,平成25年4月,原子力施設の規
制を進めていく上で達成を目指す目標である「安全目標」を定めており,
その具体的な内容は,平成18年までに原子力安全委員会安全目標専門部
会で検討された安全目標案(原子炉施設の性能目標について,炉心損傷頻
度が10-4
/年程度に,格納容器機能喪失頻度が10-5
/年程度に抑制され
るべきであるとするもの。)を基礎とし,さらに事故時におけるセシウム
137の放出量が100TBqを超えるような事故の発生頻度を10-6
/年
程度を超えないように抑制されるべきである(テロ等によるものを除く。)
ことを加えるものであった(甲138,144~148,乙219)(な
お,福島第一原発における事故の際のセシウム137の放出量は1万TBq
とされている(甲1)。)。本件においては,本件原子炉施設の周辺住民
の生命,身体等の人格的利益の侵害又はそのおそれの有無が問題となるか
ら,上記の安全目標のうち,周辺住民の健康被害につながる放射性物質の
放出量に関する安全目標がとりわけ重要なものになる(以下において「安
全目標」という場合は,セシウム137の放出量に関する上記安全目標の
ことを指す。)。そして,この安全目標は,専門的知見等を有する原子力
規制委員会により,福島第一原発における事故を踏まえ,放射性物質によ
る環境への汚染の視点も考慮して,上記の原子力安全委員会安全目標専門
部会における検討結果や諸外国の例も参考に作成されたものである(甲1
38,144~148,乙219)。このような確率論的安全評価手法を
採用して安全目標を定めることについては,その評価において主観性や恣
意性が介在する余地があるなど方法論上の検討課題が残されているとはい
えるものの,従来の原子力安全規制の考え方では捉えきれていなかった事
象をも取り込んだ安全性評価を可能とするものであり,原子炉施設の安全
性の確保に資するものであると解される。また,上記の安全目標の具体的
内容は,発電用原子炉施設の運転期間が運転開始から40年とされ,その
後1回に限り上限を20年とする期間延長認可制度が設けられていること
などに照らせば(甲148),相当程度厳格な目標であると評価すること
ができ,この安全目標が達成される場合には,健康被害につながる程度の
放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し
得る程度に小さなものに保つことができると解するのが相当である。
なお,このような安全目標の内容が,原子炉施設の設置,運転に伴う危
険性が社会的に許容できる範囲のものといえるかどうかという基準とし
て,国民的な議論を経て社会的な合意がされた結果とみることはできない
ものの,前記前提事実⑺アのとおり,原子力規制委員会の委員長及び委員
が両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命するものとされていること,上
記の安全目標が原子力規制委員会における議論を経て定められたものであ
ることをも考慮すれば,原子炉施設の設置,運転に際して確保されるべき
安全性については,上記の安全目標を一応の基準とすることが相当であり,
そのレベルの安全性が達成された場合には,絶対的安全性が確保されたと
いえない場合であっても,周辺住民の生命,身体等の人格的利益の侵害又
はそのおそれがあるとは認められないものと解される(なお,債権者らは,
安全目標を定めるに当たって国民の意思が必ずしも十分には反映されてお
らず,原子力利用に関する危険性に関し,上記の安全目標に示されるよう
な確率論的安全評価について,多くの国民に受容可能なものと受け入れら
れているとは認め難いと主張しているところ,このような原子力利用に係
る受容可能な危険性の程度に関する議論については,今後も引き続き,原
子力規制委員会内部のみならず,国会その他社会各層で議論を進めていく
ことが望ましいことはいうまでもない。この点については,原子力規制委
員会も,安全目標について,継続的な安全性向上を目指す上で今後とも引
き続き検討を進めていくことが必要であるとの認識を有している(甲14
5,乙219)。)。
なお,原子力規制委員会は,前記前提事実⑺イのとおり,同年7月8日
までに新規制基準及び各種審査基準を制定・策定しているところ,安全目
標は,上記のとおり,原子力規制委員会が原子力施設の規制を進めていく
上で達成を目指す目標とされているのであるから,新規制基準の内容や各
種審査基準の整備も,この安全目標を踏まえたものであると解される。
⑶以上の点を考慮すると,原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われ
る原子力発電所の運転差止仮処分申立事件における裁判所の審理,判断は,
原子力規制委員会が制定・策定した新規制基準の内容及び原子力規制委員会
が示した当該原子炉施設に係る新規制基準への適合性判断を踏まえた上で,
これらに不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであり,福島
第一原発における事故の経験等をも考慮した最新の科学的知見及び前記⑵イ
の安全目標に照らし,新規制基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉
施設について新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の調査審議及び
判断過程が厳格かつ適正にされたものではなく,その判断に看過し難い過誤,
欠落があって不合理な点があると認められる場合には,当該原子炉施設にお
いて確保されるべき安全性を欠くものとして,健康被害につながる程度の放
射性物質の放出を伴うような重大事故が起こる可能性が否定できないことと
なり,周辺住民の生命,身体等の人格的利益に被害が発生する具体的危険性
があると評価すべきである。
そして,被保全権利の主張疎明責任は,前記⑴のとおり,本来的には債権
者が負うべきものと解されるが,原子力規制委員会が制定,策定した新規制
基準の内容が合理的であるか否か,原子力規制委員会が示した当該原子炉施
設に係る新規制基準への適合性判断が合理的であるか否かについては,当該
原子炉施設を保有しこれを運用する者においてよく知り得るところであっ
て,かつ,これを裏付ける資料を所持していることが明らかである。
そうすると,本件原子炉施設の安全性については,債務者の側において,
まず,原子力規制委員会の制定,策定した新規制基準の内容及び原子力規制
委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点のないことを相当の根
拠を示し,かつ,必要な資料を提出して主張疎明する必要があり,債務者が
その主張疎明を尽くさない場合には,新規制基準の内容,あるいは原子力規
制委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点があり,ひいては本
件原子炉施設の安全性が確保されず,健康被害につながる程度の放射性物質
の放出を伴うような重大事故を引き起こす危険性があることが事実上推認さ
れるものというべきである。そして,債務者が上記の主張疎明を尽くした場
合には,本来的な主張疎明責任を負う債権者らにおいて,本件原子炉施設の
安全性に欠ける点があり,債権者らの生命,身体等の人格的利益が現に侵害
されているか,又は侵害される具体的な危険性があることについて,主張疎
明をしなければならないと解するのが相当である。
2地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性と人格権侵害又はそのおそれ
の有無(争点2)について
⑴認定事実
ア地震に関する新規制基準について
内容
地震に関する新規制基準の内容は,別紙「新規制基準の定め」のとお
りであり(乙146),地震ガイドの内容は,別紙「基準地震動及び耐
震設計方針に係る審査ガイド」のとおりである(甲9,乙40,117,
196)。
新規制基準制定・策定までの過程
a検討・審議の枠組み及び経過
⒜地震・津波関連指針等検討小委員会における検討・審議
原子力安全委員会は,平成23年6月22日,東北地方太平洋沖
地震に伴う福島第一原発における事故の教訓等を踏まえ,改訂耐震
指針及び関連の指針類の改訂を目的として,原子力安全基準・指針
専門部会の下に,主査Aをはじめとする計17名の専門家から構成
される地震・津波関連指針等検討小委員会を設置した。同小委員会
では,同年7月12日から平成24年3月14日までの間,国内外
の様々な最新の研究成果や調査結果等を踏まえつつ,合計14回の
検討・審議が行われ(なお,検討・審議は公開の場で行われた。),
その結果,改訂耐震指針及び発電用原子炉施設の耐震安全性に関す
る安全審査の手引き(乙213)の改訂案が取りまとめられた(乙
200の3・5)。
なお,上記改訂耐震指針及び発電用原子炉施設の耐震安全性に関
する安全審査の手引き(乙213)の改訂案においては,「震源を
特定せず策定する地震動」に関する規定の手直しや追加は行われな
かった(乙200の5)。
地震・津波検討チームにおける検討・審議
その後,前記前提事実⑺ア及びイのとおり,平成24年6月に原
子力基本法及び原子炉等規制法が改正され,同年9月に原子力安全
委員会が廃止され,同月19日,原子力規制委員会が発足したこと
に伴い,原子炉設置変更許可における基準等を原子力規制委員会規
則等として制定・策定する必要が生じたため,原子力規制委員会は,
地震及び津波に関する新規制基準を制定・策定することを目的とし
て,担当の原子力規制委員(C),外部の専門家(設置時は6名,
最終的に11名),原子力規制庁の職員及び原子力安全基盤機構の
職員から構成される地震・津波検討チームを設置した(乙200の
3,212の1)。地震・津波検討チームでは,平成24年11月
19日から平成25年6月6日までの間,合計13回の検討・審議
が行われ(乙200の1~4,201~212,なお,検討・審議
は公開の場で行われ,一般からの意見募集期間を定め,そこで提出
された意見の検討も行われた(乙208の4,212の3~5)。),
改訂耐震指針及び発電用原子炉施設の耐震安全性に関する
安全審査の手引き(乙213)の改訂案を再検討して必要な見直し
を行うとともに,新たな検討事項(地震に関しては,①三次元の地
下構造を反映した地震動評価,②活断層が敷地の至近距離にある場
合の不確かさを考慮した地震動評価,③耐震設計上考慮する活断層
の認定方法並びに④敷地内の断層の活動性評価及び施設への影響評
価等)を加えて安全審査の高度化等が企図された(乙200の3・
4)。
新規制基準の制定等
原子力規制委員会は,前記⒝の地震・津波検討チームにおける検
討・審議結果を踏まえ,さらに一般からの意見募集を行うなどし(乙
215,216),新規制基準を制定・策定し,各種審査基準の整
備を行った。
b「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについての議論
⒜改訂耐震指針策定時の位置付け
改訂耐震指針策定時の検討・審査における「震源を特定せず策定
する地震動」の位置付けについては,詳細な調査を前提とした「敷
地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定に最大限の努力を
払うことにより,「震源を特定せず策定する地震動」の方は,それ
でも評価し損なう敷地近傍の地震に対する備えという性格の下,補
完的な位置付けとして規定することが適切であり,敷地近傍の観測
記録が得られている地震の全てを対象とすることは必要ないのでは
ないかとの意見が大勢を占めたと取りまとめられていた(乙11
1)。
なお,この検討結果は,改訂耐震指針の策定のため,原子力安全
委員会から最新知見等を反映したより適切な耐震安全指針を策定す
るための調査審議を指示された原子力安全基準・指針専門部会(当
時)が設置した耐震指針検討分科会において,地震学及び地震工学
を含む多数の専門家の関与の下開催された,三つのワーキンググル
ープにおける検討を含む多数回の審議を経て示されたものであった
(乙111)。
⒝新規制基準制定・策定時の議論
「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けにつき,前記aの
新規制基準制定・策定時の検討・審査において,前記⒜の改訂耐震
指針策定時の意見を踏まえた議論は明示的にはされていない(乙2
00~212)。
一方で,その位置付けについて,前記⒜の改訂耐震指針策定時の
意見と同じような理解に立ったものと思われる発言はされていた。
すなわち,地震・津波検討チーム第10回会合において,原子力規
制庁職員が,新規制基準の骨子案における「震源を特定せず策定す
る地震動」の評価手法につき,「骨子案のほうの要求事項として,
震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内陸地殻内の地震に
ついて得られた,震源近傍における観測記録を収集しということで,
これは旧耐震指針から変わってございません。」と説明していた(な
お,発言中の「旧耐震指針」は,本決定にいう「改訂耐震指針」の
ことを指す。)(乙209の1)。また,同第11回会合において,
京都大学原子炉実験所D教授が,「震源を特定せず策定する地震動」
につき,「やはり特定せずというのは,ある意味,ミニマムを決め
る」「やはり特定してというところが一番大事ですので,そこを,
これは特に近い断層の場合は骨子案でも出ていますし,そこをしっ
かりと裕度をもって予測するということが大事だということで,特
定せずは,それのミニマムを決めるということで。」などと発言さ
れていた(乙210の1)。
他方で,地震・津波検討チームは,「震源を特定せず策定する地
震動」の評価に際して考慮すべき地震について,兵庫県南部地震以
降に国内で発生した内陸地殻内地震から22地震を抽出した上で
(乙209の4,214),これらを検討対象とすべきか否かを検
討・審議し,最終的には検討対象となる内陸地殻内地震として地震
ガイドに16地震を例示することとなった(乙210~212)。
⒞専門家による批判
地震学を専門とするE神戸大学名誉教授は,日本全国の原子力発
電所における「震源を特定せず策定する地震動」について,前記⒜
の改訂耐震指針策定時には耐震指針検討分科会の委員として,Mw
7程度の地震はどこでも起こり得ると考えられるから,断層調査の
いかんにかかわらずその程度の地震は想定すべきであるとの立場か
ら意見及び耐震安全指針の改訂案を提示していたが,採用されるこ
とはなく,中途で同委員を辞任するに至ったが(甲126~134,
乙111),最近も,「震源を特定せず策定する地震動」の想定は,
少なくとも既往最大の新潟県中越沖地震の地震動(最大加速度:1
700㎝/s²程度)とすべきであり,改訂耐震指針及び新規制基準の
「震源を特定せず策定する地震動」につき「震源と活断層を関連付
けることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近
傍における観測記録を収集し,これらを基に,…基準地震動Ssを
策定することとする。」との規定については,恣意性と過小評価を
許すものであると批判している(甲25,56)。
なお,同教授は,柏崎・刈羽原発における新潟県中越沖地震の観
測記録について,地震が特別であったとか,地下構造によって増幅
されたなどと説明がされていることに関しても,現在の地震学によ
る地震事象の理解がまだ不十分であることを謙虚に受け止め,原子
力発電所に求められる最大限の安全性を追求すべきであると批判し
ている。また,本件原子炉施設の基準地震動Ss(最大加速度:6
20㎝/s²)についても,上記の「震源を特定せず策定する地震動」
の規定の欠陥を巧妙に使った過小評価となっており,本件原子炉施
設の耐震安全性は保障されていないと批判している(甲25,56)。
原子力規制委員会委員長の記者会見における発言
原子力規制委員会のB委員長が,平成26年7月16日の記者会見に
おいて,同日に本件原子炉施設に係る審査書案(乙2)が原子力規制委
員会で了承されたことに関し,「安全だということは,私は申し上げま
せん。」「これで人知を尽くしたとは言い切れない。」などと発言した
との報道がされている(甲50,52,53,139)。
また,B委員長は,上記発言に先立って新規制基準の位置付けについ
ての基本的な考え方を次のような私案として示していた(甲137)。
・安全の追求には終わりはなく継続的な安全向上が重要である,
というのが原子力規制委員会の姿勢である。
・事業者は,原子力発電所の安全確保の一義的責任を負う。規制
当局が,原子力発電所の安全性に関する証明責任や説明責任を負
っていると履き違えると,安全神話に逆戻りしてしまう。
・原子力規制委員会は,原子力発電所が規制の基準を満たしてい
るか否かを確認し,その結果により達成される安全レベルの説明
を行うことを役割とする。
・また,原子力規制委員会は,その時点で最新の科学的知見を反
映し,かつ,実現し得るものとして規制を定める必要がある。他
方,事業者は,常に規制以上の安全レベルの達成を目指す必要が
ある。この両者が相まって継続的な安全向上が達成されることと
なる。
イ地震に関する民間規格について
債務者により参照された民間規格の主な内容
a基準地震動Ssの策定関係
債務者が基準地震動Ssを策定するに当たって参照した電気協会耐
震設計技術指針(JEAG4601-2008)(乙114,187)においては,
「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価に当たり,①応
答スペクトルに基づく手法による地震動評価にあっては,選定した複
数の検討用地震ごとに求めた応答スペクトルの全てを包絡させること
が原則とされるべきであり,②断層モデルを用いた手法による地震動
評価にあっては,同手法により導いた地震動波形をそのまま用いるべ
きであるとされている。また,「震源を特定せず策定する地震動」の
評価に当たっては,基準地震動Ss-1の設計用応答スペクトルとの
関係で,「震源を特定せず策定する地震動」として評価した応答スペ
クトルが,①設計用応答スペクトルを0.02~5秒の周期帯で下回
るときは,設計用応答スペクトルをもって代表させることができ,②
設計用応答スペクトルを一部の周期帯で上回る場合には双方を個別に
評価することとし,③設計用応答スペクトルを0.02~5秒の周期
帯で上回るときは,「震源を特定せず策定する地震動」として評価し
た応答スペクトルをもって代表させることができるとされている(乙
114の2)。
b耐震設計関係
⒜建物・構築物関係
電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1987)においては,動的
地震力に対する鉄筋コンクリート耐震壁の最大応答せん断ひずみの
評価基準値について,各層の終局せん断ひずみで4.0×10-3

定められ,この値に安全率2.0を考慮した2.0×10-3
をもっ
て最大応答せん断ひずみに関する許容限界の目安値としている。こ
の評価基準値については,実験による耐震壁の終局変形のばらつき
を定量的に評価し,これに応答などの設計上のばらつきを考慮して
多少の余裕を見て定められたものとされている(乙47の2)。債
務者は,上記最大応答せん断ひずみの許容限界の目安値2.0×1
0-3
を用いて本件原子炉施設に係る安全上重要な建物・建造物の耐
震安全性を確認している(乙48の3~7,121の3~7)。
なお,最大応答せん断ひずみについては,電気協会耐震設計技術
規程(2008)においても同じ評価基準値(4.0×10-3
,安全率2.
0を考慮すると2.0×10-3
)が定められている(乙186の2)。
⒝機器・配管系の関係
電気協会耐震設計技術指針・重要度分類・許容応力編(JEAG4601
・補-1984)(乙122),電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1987)
(乙183),同(JEAG4601-1991追補版)(乙184),機械学
会設備等規格(JSMESNC1-2005)(乙189)及び同(JSMES
NC1-2007)(乙190)においては,新技術基準により要求される
機能及び性能を実現するための仕様規定として,機器・配管系の耐
震設計に用いる許容応力値等が定められている。
また,電気協会耐震設計技術規程(2008)においては,機器・配管
系の設計用減衰定数のほか,耐震設計に用いる許容応力値等が定め
られている(乙170,186の1)。
c年超過確率関係
年超過確率評価基準においては,原子力発電所の地震を起因とした
確率論的安全評価を実施する場合の考え方,満足すべき要件及び具体
的な方法(確率論的安全評価の実施基準)が定められている(乙19
3)。
民間規格の位置付け
a平成18年1月以降の民間規格の活用方針
発電用原子炉施設に係る技術基準については,前記前提事実⑷アの
とおり,平成18年1月,耐震設計審査指針の改訂に併せて,通産省
告示501号等を廃止し,通産省令62号を性能規定とする改正がさ
れ,技術基準を満たす民間規格として日本電気協会,日本機械学会及
び日本原子力学会が策定した民間規格が活用されることとされ(乙1
78),このような民間規格の活用に当たっては,規制当局による技
術評価等を経た上,当該民間規格が技術基準に定められた規制上の要
求を満足するものであることを公示(エンドース)することとされた
(乙177,179)。
そして,民間規格が国によって規制上の要求を満足するための詳細
規定であると確認され,エンドースされるための条件としては,次の
ものが挙げられていた(乙177,179)。
①規制基準で要求している性能との項目上の対応が取れている
こと。
②規制基準で要求している性能を達成するために必要な技術的
事項について,具体的な手法や仕様が示されていること。
③民間規格に記載されている具体的な手法や仕様について,そ
の技術的な妥当性が証明されていること。
また,以上のような技術的な内容と併せて,策定プロセスが公正,
公平,公開を重視したものであるか(偏りのないメンバー構成,議事
の公開,公衆審査の実施,策定手続の文書化及び公開等)についても
確認することとされている(乙177,179)。
これらの規制当局による技術評価等を経てエンドースされた民間規
格は,当該民間規格について規制当局が規制基準で要求する機能及び
性能を満たすものと明らかにしたものであるから,事業者が当該民間
規格に基づいた仕様を採用することで規制基準を満たすと判断するこ
とが可能となる(乙177)。
b原子力規制委員会による民間規格の活用方針
原子力規制委員会は,平成25年7月の新規制基準及び新技術基準
の施行以降においても,前記aと同様に技術評価を行った上で民間規
格を活用する方針を示している(乙179)。
c民間規格の活用状況
⒜日本電気協会,日本機械学会及び日本原子力学会策定の民間規格
日本電気協会,日本機械学会及び日本原子力学会が策定する民間
規格については,公平な検討メンバーの構成による公開された場で
の検討などを前提とし,公平性,公正性,公開性を重視したプロセ
スで規格等の策定活動が進められており,公共財的な性格を有する
ものとの認識に基づき,平成18年1月に発電用原子炉施設に係る
技術基準の仕様規定に関する部分につき民間規格を活用する方針が
打ち出された当初から活用することが意図されていたものであった
(乙177,178)。
このうち,日本電気協会策定の電気協会耐震設計技術指針につい
てみると,耐震設計技術に関する規格として最初に策定された電気
協会耐震設計技術指針(JEAG4601-1970)は,昭和40年代の原子力発
電所の開発が急速に進みつつあった時代に,重要課題とされた原子
力発電所の耐震設計に関し,通商産業省(当時)からの要請を受け
て,日本電気協会が大学,関係官庁,関係会社,各団体等から多く
の学識経験者等を招き,2年余にわたって討議を重ねた結果取りま
とめられたものであった(乙181)。その後も,その当時の最新
の知見の蓄積を反映した電気協会耐震設計技術指針・重要度分類・
許容応力編(JEAG4601・補-1984),電気協会耐震設計技術指針
(JEAG4601-1987),同(JEAG4601-1991追補版)がそれぞれ策定
(改訂)されたが,これらはこの三編で一つの耐震設計の体系を成
すものであり(乙184),平成18年1月以降いずれもエンドー
スされ(乙195),現在も工認ガイドにより引き続きエンドース
されている(乙197)。
なお,日本電気協会が策定している原子力発電所耐震設計技術規
程は,事業者が守るべき判定基準を含み,規制基準における要求レ
ベルを明示したものであり,電気協会耐震設計技術指針は,今後改
良が期待される新技術に関することや規程として定めることが必要
ではあるものの研究開発課題である事項等,一律に定めることが困
難又は不適当な数多くの事項がある場合の技術的内容を扱うもので
ある(乙185の1,186の1,187の1)。その最新版は,
電気協会耐震設計技術規程(2008)(乙186)及び電気協会耐震設
計技術指針(JEAG4601-2008)(乙187)であるが,これらは未だ原
子力規制委員会によりエンドースされていない。
日本機械学会策定の機械学会設備等規格は,工認ガイドにより機
械学会設備等規格(JSMESNC1-2005)及び同(JSMESNC1-2007)
がエンドースされているほか(乙197),その後技術基準規則解
釈により機械学会設備等規格(JSMESNC1-2012)もエンドースさ
れているところ,原子力規制委員会が現在実施している原子力発電
所の新規制基準適合性審査においては,機械学会設備等規格(JSME
SNC1-2005)及び同(JSMESNC1-2007)又は同(JSMESNC1-2012)
を基に機器・配管系の構造強度評価を行うことが求められている(乙
180)。
日本原子力学会策定の年超過確率評価基準は,地震ガイドでエン
ドースされている(乙196)。
以上の民間規格は,いずれも関係各方面の多くの専門家(規格に
直接の利害関係を持つ事業者・産業界のみならず,国をはじめとす
る規制機関及び検査機関あるいは中立的な立場の研究機関等第三者
団体からの参加者を含む。)が関与して,相当期間・多数回の検討
・審議を行うなどして策定されたものである(乙181~193)。
⒝債務者による民間規格の参照状況
債務者は,本件原子炉施設の基準地震動Ssの策定及び耐震設計
(耐震安全性の確認)に際し,新技術基準規則解釈,地震ガイド及
び工認ガイドによりエンドースされた電気協会耐震設計技術指針・
重要度分類・許容応力編(JEAG4601・補-1984),電気協会耐震設
計技術指針(JEAG4601-1987),同(JEAG4601-1991追補版),機
械学会設備等規格(JSMESNC1-2005)及び同(JSMESNC1-2007)
に加え,エンドースはされていない電気協会耐震設計技術規程
(2008)及び電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-2008)についても,
最新の知見等が反映された具体的な評価手法が記載されているもの
として参照することとした(審尋の全趣旨)。
ウ債務者による基準地震動Ssの策定及び耐震安全性の評価について
債務者による地震及び地質の調査
債務者は,前記前提事実⑻ア及びイのとおり,本件原子炉施設敷地周
辺における地震の発生状況等の調査並びに地質及び地質構造の調査等を
行った(乙1の3の2・3,42,120,141の3)。
このうち,債務者が行った本件原子炉施設敷地周辺で発生する海洋プレ
ート内地震の影響可能性の検討並びに海域における活断層の調査及び評
価の詳細は,次のとおりである。
a本件原子炉施設敷地周辺で発生する海洋プレート内地震の影響可能性
⒜債務者は,上記の本件原子炉施設敷地周辺における地震の発生状
況等の調査結果によれば,プレート間地震及び海洋プレート内地震
が発生する位置から本件原子炉施設敷地までの距離は100㎞以上
であり,十分に離れているものと評価できたため,これらの地震が
本件原子炉施設敷地に大きな影響を与えるものではないと判断して
いる(乙1の3の3,42,120)。
⒝日本国内のスラブ内地震の短周期レベルAは,壇ほか(2001)による
内陸地殻内地震の短周期レベルAの平均値より大きい傾向にあるとさ
れている(乙131)。
もっとも,スラブ内地震の影響は火山フロントの前弧側と背弧側
で大きく異なっており,前弧側の硬いプレート内では地震波の減衰
が小さいため,広範囲にわたって大きな地震動が観測されるが,背
弧側では高温のマントルを通過する際に地震波が急激に減衰するた
め,観測される地震動も小さくなると考えられている(乙132,
133)。このスラブ内地震の影響は火山フロントの前弧側と背弧
側で大きく異なり,背弧側において前弧側と比較して地震動が大幅
に小さくなるという傾向は,本件原子炉施設が位置する九州地方で
発生したスラブ内地震である平成18年6月12日大分県西部地震
(M6.2)においても認められている(乙134)。
b海域における活断層の調査及び評価について
⒜海上音波探査
債務者は,本件原子炉施設敷地周辺の海域において,シングルチ
ャンネル方式の音波探査を約2~4㎞間隔の格子状の測線配置で実
施し,マルチチャンネル方式の音波探査を約10~12㎞間隔の格
子状の測線配置で実施した。また,債務者は,海域に存在する活断
層であるF-A断層等や陸域に存在する活断層である五反田川断層
等の延長部等については,断層の連続性,活動性及び形状等をより
詳細に把握する目的で,上記測線の間に新たに測線を設定し音波探
査を実施した(乙1の3の2,128,129,136,137,
141の3)。
⒝その他の調査
債務者が実施した重力異常調査(なお,重力異常の値が高い地域
は地下に密度の大きい岩石の分布域に当たり,重力異常の低い地域
は密度の小さい堆積層などの分布域に当たる。)によれば,F-A
断層の主断層であるFa-1断層と重力異常分布との対応は良い相
関を示している上,F-A断層やF-C断層等の海域に存在する活
断層の本件原子炉施設敷地側延長部においては高重力異常域が認め
られ,このことによっても両断層が敷地側に伸びていないことが確
認できるものとされている(乙1の3の2,128)。
また,債務者は,本件原子炉施設敷地周辺における陸域の地質及
び地質構造に関し,変動地形学的調査を行った文献等を調査した結
果,敷地近傍には活断層が確認されていないこと,敷地周辺の活断
層は,F-A断層やF-C断層等の北東-南西方向に伸びる海域の
活断層と走向(断層が伸びていく方向)が異なっており,分布傾向
も異なっていることから,これらが連続するものではないと判断し
ている(乙1の3の2,138~141)。
さらに,債務者は,本件原子炉施設敷地を中心とする半径5㎞の
範囲における反射法地震探査の結果からも,F-A断層やF-C断
層等の海域に存在する活断層が敷地側に伸びていないことが確認で
きたとして,海域から陸域の敷地の方や,その逆の敷地から海域の
方へ活断層が通っていないと判断している(乙1の3の2,141
の3)。
⒞債務者による調査結果の分析
以上のような調査結果を踏まえ,債務者は,海域に存在する活断
層が海岸線付近まで到達していないことを慎重に確認したとしてい
る(乙1の3の2,128,141の3)。
本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性
a震源特性
本件原子炉施設敷地周辺で発生する地震のうち,本件原子炉施設敷
地に大きな影響を与える地震は内陸地殻内地震である。これに対し,
プレート間地震及び海洋プレート内地震が発生する位置は本件原子炉
施設敷地から100㎞以上離れており,本件原子炉施設敷地に大きな
影響を与えるものではないと判断される(乙1の3の3,42,12
0)。
その上で,本件原子炉施設が位置する九州地方南部は,地震発生状
況やGPSの観測結果(地殻変動)の傾向から引張応力場であり,基
準地震動超過地震が発生した「ひずみ集中帯」のような圧縮応力場で
はないと考えられる。引張応力場においては正断層型及び横ずれ断層
型の地震が多く発生し,逆断層型の地震が少ないとされているところ,
現に,本件原子炉施設周辺で発生する内陸地殻内地震についても,正
断層型及び横ずれ断層型が主体であることが確認されている(乙1の
3の3,42,120)。
本件原子炉施設敷地における
観測記録に基づいて解析した解放基盤表面の地震動(はぎとり波)の
応答スペクトルとNodaetal.(2002)の方法により導かれる応答スペク
トルの比率は,別紙図④のとおりである(乙1の3の3,42,12
0)。
b伝播経路特性及び敷地地盤の特性
本件原子炉施設の敷地地盤においては,地震の到来方向による特異
な地震動の増幅傾向は認められず,本件原子炉施設敷地周辺の観測点
における地震動の増幅特性と比較しても地震動の顕著な増幅傾向は認
められない(乙1の3の3,11の2,42,120)。
「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定
a債務者による地震動評価
債務者は,前記前提事実⑻ウ
して策定する地震動」の検討用地震として,「市来断層帯市来区間に
よる地震」,「甑断層帯甑区間による地震」及び「市来断層帯甑海峡
中央区間による地震」の3つを選定し,前記前提事実⑻のとおり,
本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性を踏まえ,平成9年
5月鹿児島県北西部地震の観測記録を基に不確かさを考慮した本件震
源モデルを構築し,前記前提事実⑻及びのとおり,上記検討用
地震について,本件震源モデルを用いて震源パラメータを設定し,応
答スペクトルに基づく手法(Nodaetal.(2002)の方法による。)及び断
層モデルを用いた手法(地震動の減衰評価については経験的グリーン
関数法と長周期帯に理論的方法を適用したハイブリッド合成法により
評価)により,その地震動評価を行った(乙1の3の3,42,12
0)。
債務者は,前記前提事実⑻のとおり,応答スペクトルに基づく
手法による地震動評価の結果を包絡するものとして,基準地震動Ss
-1の設計用応答スペクトル(別紙図⑤,最大加速度:540㎝/s²)
を策定したところ,これが断層モデルを用いた手法による地震動評価
結果を全ての周期帯で上回ることから,この基準地震動Ss-1(最
大加速度:540㎝/s²)を「敷地ごとに震源を特定して策定する地震
動」として代表させることとした(乙1の3の3,42,120)。
b債務者による「不確かさ」の考慮
⒜活断層評価における考慮
債務者は,前記前提事実⑻のとおり,本件原子炉施設周辺の
活断層を評価するに当たって,地震調査委員会(2013)の知見を踏ま
えて,五反田川断層(市来断層帯市来区間)及びF-C断層(市来
断層帯甑海峡中央区間)について,債務者が行った調査に基づく断
層長さ(18.6㎞,16.1㎞)よりも長いものと評価し,F-
A断層(長さ18.3㎞)についても,F-B断層とつなげた長さ
(甑断層帯甑区間)で評価することとした(乙1の3の3,42,
120,144)。
これによれば,別表③のとおり,基本震源モデルにおいても,検
討用地震の断層(市来断層帯市来区間,甑断層帯甑区間及び市来断
層帯甑海峡中央区間)の長さにおいて,債務者が行った調査結果と
比較して,それぞれ6.3㎞,22.6㎞,22.4㎞の差異があ
り,これを基に算定される地震の規模(マグニチュード)にも0.
3~0.7の差異が生じていることとなる(なお,マグニチュード
は断層長さから松田(1975)の関係式を用いて算出。乙38)。
⒝本件震源モデルの構築に際しての考慮
債務者は,基本震源モデルを構築する際,別表②のとおり,平均
応力降下量やアスペリティ実効応力については平成9年5月鹿児島
県北西部地震の観測記録の実測値(平均応力降下量5.8MPa,
アスペリティ実効応力15.9MPa)を用い,地震モーメント,
アスペリティの面積及び短周期レベルAを理論式に基づいて算出し
た上,地質調査で把握が困難なアスペリティの位置については敷地
に最も近い位置に設定することとし,破壊開始点についても破壊が
敷地に向かうような位置に設定するなど,「不確かさ」を考慮して
いる(乙1の3の3,42,120)。
基本震源モデルを用いて設定された震源パラメータと一般的に用
いられている強震動予測レシピを用いた設定を比較すると,別表④,
⑤のとおりとなる。すなわち,基本震源モデルを用いて震源パラメ
ータを設定した場合,同じ震源断層面積から導かれる地震モーメン
トの値が強震動予測レシピに基づいて算出した値の約1.9~2.
4倍大きくなり,短周期レベルAが約1.5~1.6倍大きくなる。
同じ地震モーメントから導かれる短周期レベルAの値は,強震動予
測レシピに基づいて算出した値の約1.2倍大きくなる(乙120,
144)。
また,債務者の調査結果による断層長さ・幅による地震(算出方
法は強震動予測レシピ)をベースに考えると,別表⑤のとおり,基
本震源モデルで設定された地震モーメントの値は約6.0~15.
3倍,短周期レベルAは約2.2~3.0倍になる。
加えて,債務者は,不確かさ考慮モデルにおいて,短周期レベル
Aの値を1.25倍した評価を行っているから,不確かさ考慮モデ
ルにより設定される短周期レベルAの値は,債務者の調査結果によ
る断層長さ・幅による地震(算出方法は強震動予測レシピ)の2.
7~3.7倍となる(乙1の3の3,42,120,144)。
⒞短周期レベルAについての知見
短周期レベルAについては,過去に発生した地震の地震観測記録の
分析により,地震モーメントとの相関が確認されており,壇ほか(2001)
により内陸地殻内地震に係る地震モーメントから短周期レベルAの値
を導く経験式(別表④の第1,第2で短周期レベルAを算出した式)が
提案されているところ,その経験式(内陸地殻内地震の平均像)とそ
の基となったデータの分布は別紙図⑦のとおりである(乙142)。
一方,短周期レベルAについては,内陸地殻内地震の断層型によ
って異なるとの知見(佐藤(2010),佐藤・堤(2012))が得られており,
このうち佐藤(2010)によると,逆断層型の地震の短周期レベルAは,
壇ほか(2001)による内陸地殻内地震の平均値より大きく,横ずれ断
層型の地震の短周期レベルAは小さいとされている(乙8)。また,
佐藤・堤(2012)によると,正断層型の地震の短周期レベルAは,壇
ほか(2001)による内陸地殻内地震の平均値よりやや小さいかほぼ同
じであるとされている(乙9)。
⒟応答スペクトルに基づく手法による地震動評価における考慮
Nodaetal.(2002)の方法では,内陸
地殻内地震の補正係数や当該敷地における地震観測記録に基づく補
正係数を用いることにより,地震の分類に従った震源特性,伝播経
路特性及び敷地地盤の特性を的確に考慮することができるとされて
いるが,債務者は,本件原子炉施設における応答スペクトルに基づ
く地震動評価において,安全側の判断から上記補正係数を適用して
いない(乙1の3の3,42,120)。
前記⒜のとおり,活断層の長さの評価の違いから,地震の規模(マ
グニチュード)に0.3~0.7の差異が生じる上,それぞれの活
断層の長さを前提にして債務者の採用した応答スペクトルに基づく
手法による地震動評価を行って等価震源距離及び最大加速度を求め
ると別表⑥のとおりとなり(乙144),断層の長さの評価の違い
により最大加速度において1.5~1.9倍の差異が生じる。また,
上記のとおり補正係数の適用を行わず,各検討用地震に係る応答ス
ペクトルに基づく手法による地震動評価により導かれる応答スペク
トルを全て包絡するものとしての設計用応答スペクトルを作成して
おり,この包絡させる際にも一定の余裕が含まれることになるとこ
ろ,別表⑥のとおり,これらを通じて算出された基準地震動Ss-
1(最大加速度:540㎝/s²)と債務者調査による断層長さを前提
とした最大加速度との間には約1.9~2.5倍の余裕があること
となるが,地震調査委員会の知見に基づく断層長さを前提とした最
大加速度との間の差異は1.2~1.4倍になる。
「震源を特定せず策定する地震動」の策定
債務者は,前記前提事実⑻エのとおり,地震ガイドに例示された16
地震について震源近傍における観測記録を収集・分析し,本件原子炉施
設敷地に大きな影響を与える可能性のある地震であり,かつ,はぎとり
解析を行うための精度の高い地盤情報が得られている本件観測点におけ
る留萌支庁南部地震の観測記録を選定し,同観測記録を基に地盤の減衰
定数のばらつき等を考慮したはぎとり解析を行った上で,更なる余裕を
考慮し,「震源を特定せず策定する地震動」として基準地震動Ss-2
(最大加速度:620㎝/s²)を策定した(乙1の3の3,42,120)。
債務者は,上記はぎとり解析を行う際,地震動の減衰定数を大きく設
定し,はぎとり解析の計算方法についても複数の方法を用いて,そのば
らつきを考慮して解析を行うことによって,地盤情報に付随する「不確
かさ」を考慮している(乙1の3の3,42,120)。
基準地震動Ssの策定及びこれに対する耐震安全性の確認
a債務者は,前記前提事実⑻オのとおり,基準地震動Ss-1の設計
用応答スペクトル(最大加速度:540㎝/s²)と基準地震動Ss-2
の応答スペクトル(最大加速度:620㎝/s²)を比較し,基準地震動
Ss-2の応答スペクトルが基準地震動Ss-1の応答スペクトルを
一部周期帯で上回ることから,これらを併せて基準地震動Ss(別紙
図⑥)を策定し,年超過確率評価基準に従い,その年超過確率を10
/年から10-5
/年程度と算定した(乙1の3の3,42,120)。
b債務者は,前記前提事実⑼のとおり,本件原子炉施設の安全上重要
な施設・設備について,耐震安全性の評価を行い,技術基準に基づく
評価基準値を満たしており,当該評価基準値に対して上限とならない
ように工学的な判断に基づく余裕が確保されていることなどを確認し
た(乙13,14,48,121)。
上記の安全上重要な施設・設備の耐震安全性の評価・確認は,相当
多数の項目に及ぶものとなっており,債務者は,その全ての評価項目
において基準地震動Ssの地震力に対する耐震安全性が確保されてい
ることを確認している(乙48,121,審尋の全趣旨)。なお,本
件原子炉施設における安全上重要な機器・配管系の一部の設備につき,
「一次+二次応力評価」において発生値が評価基準値を超える結果と
なっているが,債務者において,簡易弾塑性解析による疲労評価を実
施したところ,上記各設備につき評価基準値に対して十分な余裕が存
在し,耐震安全上問題がないことが確認されたとしている(乙145)。
また,上記の安全上重要な施設・設備の耐震安全性の評価・確認に
おいて用いられる計算条件は,例えば,コンクリート強度の値を実際
の強度ではなく設計値を用いたり(本件原子炉施設においては,その
建設時あるいは建設後の強度試験の結果,実際のコンクリート強度は
設計値の2倍程度であることが確認されている。),耐震設計におけ
る建物等にかかる応力を解析する際,モデルに入力する建物等の各位
置に対する地震力について,地震応答解析で求められた動的地震力の
最大値を静的地震力として用いるなど,計算結果が保守的なものとな
るような設定がされている。このほか,原子力発電所の施設は,放射
線に対する遮へいの要求や,運転等に伴って発生する振動や温度に対
する耐震・耐熱の要求等から,建物の壁がより厚く設計されるなど,
地震を念頭に置いた耐震設計以外の要求からも結果として耐震安全性
をより高める設計がされている(乙135)。
原子力発電施設耐震信頼性実証試験
a原子力安全基盤機構は,昭和57年度から平成16年度までの間,
多度津工学試験所において,大型高性能振動台に原子力発電所の安全
上重要な設備(加圧水型軽水炉(PWR)又は沸騰水型軽水炉(BW
R)の110万kW級原子力発電所における,以下の安全上重要な設
備)について実機を模擬した試験体を設置し,耐震実証試験を実施し
た(甲91,乙51)。
①PWR原子炉格納容器(エアロック,ポーラクレーン等の慣性
付加質量等も模擬)
②BWR再循環系配管(ポンプ,弁,圧力容器の一部を含む)
③PWR炉内構造物(実寸大の模型の燃料集合体群,炉心支持構
造物を含み,制御棒と駆動装置を装着)
④BWR炉内構造物(実寸大の模型の燃料集合体群,炉心支持構
造物を含み,制御棒と駆動装置を装着)
⑤BWR原子炉格納容器(エアロック,圧力抑制室の水等も模擬)
⑥PWR一次冷却設備(一次冷却材管,蒸気発生器,ポンプ等)
⑦PWR原子炉容器
⑧BWR原子炉圧力容器(振動性状模擬の炉内構造物を含む)
⑨非常用ディーゼル発電機システム(発電機,補機,制御盤を含
む)
⑩電算機システム(電算機本体,中操表示盤,免振床を含む)
⑪原子炉停止時冷却系等(非常用炉心冷却系の一部を含む)
⑫主蒸気系等(給水系を含む配管系)
⑬コンクリート製原子炉格納容器(PWR:プレストレストコンクリー
ト製(PCCV),BWR:鉄筋コンクリート製(RCCV))
⑭制振サポート支持重機器(PWR蒸気発生器)
⑮配管系終局強度(一般配管)
bその結果,原子力安全基盤機構は,強度実証試験及び限界加振試験
によって,全ての試験対象設備について,地震時(地震後)における
強度及び機能が維持されることが実証され,基準地震動S₂を超える地
震動に対しても十分な耐震安全上の余裕を有していることが示された
との見解を示している(例えば,原子炉格納容器(鋼製)については,
振動台の性能限界(試験体重量・寸法で異なる。)である887㎝/
s2
まで加振しても損傷せず,プレストレストコンクリート製原子炉格
納容器については,3398㎝/s2
の加振により機能喪失し,配管に
ついては,振動台の性能限界約1900㎝/s2
で加振した結果,5回
目の加振で機能喪失した。)。また,設計手法確認試験によって,当
時の耐震設計手法の妥当性についても確認できたとされている(甲9
1,乙51)。
c本件原子炉施設の原子炉建屋の構造は,鋼板製の原子炉格納容器と
鉄筋コンクリート造りの外部遮へいから成るものであるところ(甲9
0,乙3),債務者は,本件原子炉施設の原子炉建屋における鉄筋コ
ンクリート造りの外部遮へい建屋と,債務者玄海原子力発電所の3号
機及び4号機のプレストレストコンクリート製原子炉格納容器につい
て,同じ地震動(最大加速度:540㎝/s²)を入力し,地震応答解析
を実施した結果,耐震安全上の余裕がほぼ同等であるとの結果が得ら
れたとしている(乙123,124)。債務者は,この解析結果を基
に,本件原子炉施設の原子炉建屋における鉄筋コンクリート造りの外
部遮へい建屋の安全余裕について,耐震実証試験におけるプレストレ
ストコンクリート製原子炉格納容器(玄海原子力発電所の3号機及び
4号機のプレストレストコンクリート製原子炉格納容器を模したも
の)と同程度であるものと判断している。
d原子力安全基盤機構は,平成16年6月,前記a及びbの限界加振
試験により得られた解析コードを用いて,加圧水型軽水炉(PWR)
の実機配管の耐震安全上の余裕を解析したところ,十分な安全上の余
裕が確保されていることを示す解析結果が得られたとしている(乙5
2)。
e前記a及びbの耐震実証試験は,財団法人原子力工学試験センター
(当時)内に,学識者並びに電力業界,重電機工業会及び建設業界等
の専門技術者等から構成される耐震信頼性実証試験実施委員会(その
分科会としてPWR耐震分科会,BWR耐震分科会及び耐震評価分科
会)が設置され,試験体の設計・製作・取付など工事計画の在り方,
試験方法あるいは試験結果の評価方法等について審議を重ねるなど,
詳細な検討を踏まえて実施されたものである(乙147)。
ストレステストについて
a債務者は,原子力学会が策定した年超過確率評価基準に基づき,地
震及び津波を起因として炉心損傷あるいは使用済燃料ピットにある燃
料の損傷に至る事象(起因事象)を選定した上で,各起因事象の影響
緩和に必要な機能(影響緩和機能)を抽出し,各起因事象が発生した
場合にも炉心損傷等に至らない場合のシナリオ(収束シナリオ)をイ
ベントツリーを用いて特定するとともに,各起因事象の発生に直接関
係する設備等の耐震裕度を評価することで,収束シナリオのうち最も
耐震裕度の小さいものをクリフエッジとして特定し,本件原子炉施設
がシステム全体として有する耐震裕度を評価した。その結果,債務者
は,特定したクリフエッジの耐震裕度について,平成23年11月2
5日時点では,川内1号機につき従来の基準地震動Ss(最大加速度
:540㎝/s²)の1.86倍(約1004㎝/s²),川内2号機につき
従来の基準地震動Ss(最大加速度:540㎝/s²)の1.89倍(約
1020㎝/s²)と評価した(甲54,乙49,50)。
b原子力安全・保安院は,平成24年9月3日,前記aの債務者が実
施した基準地震動Ssを超える地震動が発生した場合の評価につい
て,本件原子炉施設の設備等が単体で有する裕度の評価における地震
動の設定,検討対象とすべき設備等の選定,評価手法,経年劣化の評
価,裕度の算出が妥当なものであり,これらの組み合わせによる川内
1号機,川内2号機ごとのシステム全体として有する裕度の評価にお
ける起因事象の設定,イベントツリーを用いた収束シナリオの特定,
クリフエッジの所在の特定についても妥当なものであるとの判断を示
している(甲54)。
静的地震力で設計された一般建物において示された耐震安全上の余裕
兵庫県南部地震(M7.2)について日本建築学会が実施した,神戸
市灘区,東灘区及び中央区のうち震度7に相当する地域における鉄筋コ
ンクリート造建物の全数被害調査の報告によれば,その調査対象の約8
4%が建物の挙動が弾性域の範囲に収まっていたと考えられる「軽微」
までの被害にとどまっていたとされる(乙53の2)。特に,壁式鉄筋
コンクリート造建物に関しては,「軽微」までを含めた被害率が約4~
5%にすぎず,「中破」以上に限ると約1~2%程度であって,その被
害を受けた建物についても,その原因のほとんどが地盤の変動等に伴う
被害であったとされており,これらの被害率や被害状態によって高い耐
震性が確認できたとされている(乙54の2)。
エ本件原子炉施設の安全確保対策
多重防護の考え方に基づく安全対策
債務者は,本件原子炉施設において,万一異常な事象が発生すること
があったとしても,放射性物質が大量に放出されることを防止するため
多重防護の考え方に基づいた設計を行い,具体的には,次のような安全
対策を行った(乙3,4,44)。
a異常の発生を未然に防止するための対策
多重防護の考え方に基づく1段階目の安全対策は,異常の発生を未
然に防止するための対策であり,債務者は,前記ウのとおり,耐震設
計を行ったほか,運転中の各設備・機器に加わる力や温度等に対して,
これらの設備等が十分耐えられるように余裕のある設計を行ったとし
ている。
また,債務者は,誤動作や誤操作によるトラブルを防止するため,
本件原子炉施設において,制御棒を駆動する装置等,安全上重要な装
置には「フェイル・セーフ・システム」や「インターロック・システム」
を採用している。「フェイル・セーフ・システム」とは,例えば,停電
になると制御棒が自動挿入される等,システムの一部に故障が起こっ
ても常に安全側に作動する設計のことである。「インターロック・シ
ステム」とは,運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても制御棒の
引抜きができないようにされているなど,誤操作によるトラブルを防
止する設計のことである。
b異常の拡大及び事故への進展を防止するための対策
多重防護の考え方に基づく2段階目の安全対策は,異常の拡大及び
事故への進展を防止するための対策であり,債務者は,次のような安
全対策を講じている。
⒜異常を早期検知可能な設計
債務者は,本件原子炉施設において,異常が生じた場合には,こ
れを早期に検出できるような装置を設けている。
⒝原子炉を安全に「止める」設計
債務者は,本件原子炉施設において,原子炉の安全を損なうよう
な異常が検知された場合に,自動的に制御棒が挿入されて原子炉を
停止させる装置を設けている。また,万一制御棒の働きが十分でな
い場合にも,ほう酸水が原子炉内に強制的に注入される装置が別途
設けられており,これにより原子炉を安全に停止できることとされ
ている。
c放射性物質の異常な放出を防止する対策
多重防護の考え方に基づく3段階目の安全対策は,放射性物質の異
常な放出を防止する対策であり,債務者は,次のような安全対策を講
じている。
⒜原子炉を「冷やす」設計
債務者は,本件原子炉施設において,配管の破断等により一次冷
却材が喪失するというような事象を想定し,非常用炉心冷却設備(E
CCS)を設け,万一の場合においても,原子炉を冷却し続けるこ
とができる設計としている。
⒝放射性物質を「閉じ込める」設計
債務者は,本件原子炉施設において,核分裂生成物等の放射性物
質を確実に閉じ込める観点から,次のとおり,5重の防壁を設けて
いる。
すなわち,第1の防壁となるペレットは,高温で焼き固めたもの
であり,化学的に非常に安定しており,核分裂生成物の大部分を閉
じ込めることができる。
第2の防壁は,燃料被覆管である。気体状の核分裂生成物は一部
がペレット外に放出されるが,ペレットは燃料被覆管に密封されて
おり,放出された気体状の核分裂生成物は燃料被覆管内に閉じ込め
られる。
第3の防壁は,原子炉容器である。燃料集合体は,原子炉容器内
に収納されており,一次冷却設備という閉じた系の中に位置してい
る。放射性物質が燃料被覆管から一次冷却材中に漏れ出したとして
も,厚い鋼製の原子炉容器が防壁となり,放射性物質は原子炉容器
内に閉じ込められる。
第4の防壁は,原子炉格納容器の鋼板である。万一,放射性物質
が一次冷却設備から原子炉格納容器内に漏れ出した場合でも,放射
性物質は原子炉格納容器内に閉じ込められる。
第5の防壁は,原子炉格納容器の外側の厚いコンクリートで作ら
れた原子炉建屋である。
さらに,第4の防壁である原子炉格納容器においては,万一,原
子炉格納容器内に放射性物質を含む一次冷却材が放出され,原子炉
格納容器内部の圧力が上昇するような場合であっても,原子炉格納
容器内に放射性物質を閉じ込め,放射性物質の放出を防止するため
「原子炉格納容器スプレイ設備」により原子炉格納容器内の圧力を
下げ,その健全性を保つ設備が設けられている。
福島第一原発における事故を受けた安全対策
福島第一原発における事故においては,次のような経過をたどり放射
性物質が外部環境へ大量に放出されるに至ったものと考えられている
(甲1,乙18)。
①福島第一原発の各原子炉は,東北地方太平洋沖地震の発生によ
り自動停止したものの,外部電源を喪失したため非常用ディーゼ
ル発電機が自動起動して炉心冷却が開始された。
②その後の津波来襲による浸水により,非常用ディーゼル発電機
及び直流電源(バッテリー)の全ての電源を喪失するとともに,
原子炉の熱を海に逃すための海水ポンプが破損した。
③全電源喪失により燃料冷却機能を失い,原子炉圧力容器内の水
が蒸気となり水位が低下するとともに原子炉格納容器内の圧力が
上昇したが,減圧操作が速やかにできず注水が困難となった。
④露出した高温の燃料が水蒸気と反応して水素が発生するととも
に,燃料が損傷(溶融)し,原子炉格納容器内に落下した。
⑤原子炉建屋に漏れ出た水素が爆発し,外壁が大きく損傷した。
債務者は,以上の福島第一原発における事故の経過分析を前提に,地
震や津波などの共通原因による複数機器の機能喪失及び安全機能喪失に
よる重大事故の進展を想定し,次のような安全対策を講じている(乙1
の4,19,44,135)。
a電源設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に必要な電力を
確保する観点から,全交流電源喪失時に中央制御室等へ電力供給する
ための発電機車,冷却機能等を動かすための大容量空冷式発電機及び
重大事故等対処用蓄電池の配備・追加配備を行った。
これに関連して,債務者は,燃料油貯蔵タンクの追加設置や燃料補
給用のタンクローリの配備等も行った。
b原子炉を冷却するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に原子炉の冷却
機能が失われた場合においても炉心の著しい損傷を防止するとの観点
から,原子炉を冷却するための手段として,常設電動注入ポンプ又は
可搬型注入ポンプ等により原子炉へ注水できるようにするなどした。
c原子炉格納容器内の冷却等のための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に原子炉格納容
器内の冷却機能が失われた場合においても炉心の著しい損傷を防止
し,あるいは炉心の著しい損傷が発生した場合においても原子炉格納
容器の破損を防止するとの観点から,原子炉格納容器内の圧力及び温
度並びに放射性物質の濃度を低下させるための手段として,移動式大
容量ポンプ車により海水を冷却水として供給できるようにするととも
に,常設電動注入ポンプ等を用いて格納容器上部にあるスプレイノズ
ルから水を噴霧できるようにした。
d原子炉格納容器下部の溶融炉心を冷却するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に炉心の著しい
損傷が発生し,溶融した燃料が原子炉格納容器の下部に落下した場合
においても原子炉格納容器の破損を防止するとの観点から,原子炉格
納容器下部の溶融炉心を冷却する手段として,常設電動注入ポンプ等
を使った格納容器スプレイによる格納容器下部への注水ができるよう
にした。
e原子炉を減圧するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に原子炉の減圧
機能が失われた場合においても,炉心の著しい損傷及び原子炉格納容
器の破損を防止するとの観点から,原子炉の圧力を調整する加圧器逃
がし弁の駆動源として,空気に加え,窒素ガスを追加するとともに,
加圧器逃がし弁用の可搬型バッテリ等を設けた。
f使用済燃料貯蔵設備の冷却等のための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に使用済燃料貯
蔵設備の冷却機能若しくは注水機能が喪失し,又は,使用済燃料貯蔵
設備からの水の漏えいその他の要因により当該使用済燃料貯蔵設備の
水位が低下した場合において使用済燃料貯蔵設備内の燃料体等を冷却
し,放射線を遮へいし,燃料体等の著しい損傷の進行を緩和し,ある
いは臨界を防止するための設備・手段として,水中ポンプによる使用済
燃料貯蔵設備への水の補給や可搬型注入ポンプによる使用済燃料貯蔵
設備へのスプレイ等で注水ができるようにするとともに,水位計,温
度計,監視カメラの追加設置等を行った。
g重大事故等の収束に必要となる水の供給設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時にその収束のた
めに必要となる十分な量の水を有する水源を確保し,供給するための
設備として,既設の燃料取替用水タンクと復水タンクの連絡配管等を
設けるなどした。
h最終ヒートシンクへ熱を輸送するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に最終ヒートシ
ンク(海,河,池,湖又は大気)へ熱を輸送する機能が失われた場合
において,炉心の著しい損傷及び原子炉格納容器の破損を防止するた
め,最終ヒートシンクへ熱を輸送するための手段として,移動式大容
量ポンプ車を用いて,原子炉格納容器内の空調装置(格納容器再循環
ユニット)へ冷却水として海水を供給できるようにした。
i水素爆発による原子炉格納容器の破損を防止するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に炉心の著しい
損傷が発生し,原子炉格納容器内における水素爆発による破損を防止
するための設備として,静的触媒式水素再結合装置(白金とパラジウ
ムにより水素と酸素を反応させ水にする装置)及び電気式水素燃焼装
置を設けた。
j本件原子力発電所外への放射性物質の拡散を抑制するための設備
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に本件原子炉施
設外への放射性物質の拡散を抑制するための設備として,原子炉格納
容器等に放水するための放水砲及び移動式大容量ポンプ車並びに放水
した後の汚染水の海洋への拡散を抑制するシルトフェンス等を配備し
た。
k緊急時対策所の設置
債務者は,本件原子炉施設における重大事故発生時に当該事故等に
対処するための必要人員がとどまることができ,必要な情報を把握し,
通信連絡等を行うための施設として,本件原子炉施設敷地内の海抜約
25mの地点に,耐震性及び放射線遮へい機能を有する広さ約180
㎡,収容人員約100名コンクリート造の代替緊急時対策所を新たに
建設した。なお,代替緊急時対策所には,よう素除去フィルタ付換気
設備や専用の電源設備,通信連絡設備,プラントパラメータ表示装置
等が備えられている。
さらに,債務者は,今後,免震機能を有する免震重要棟内に緊急時
対策所を設ける予定である。
運用面での安全対策
債務者は,以上の設備面での安全対策に加え,従来から自主的に,重
大事故発生時の緊急時対策本部の設置や当該事故に対応するための非常
招集要員の確保といった運営体制を定めておくとともに,重大事故の種
類や進展状況に応じた対処が可能となるように,手順書類を整備し,運
転員等に対する教育・訓練を継続的に実施するなど,運用面も含めた対
策を行っている(乙1の5,4,44)。
オ原子力規制委員会による新規制基準適合性の審査結果
基準地震動Ssの策定について
a原子力規制委員会は,債務者が設定した解放基盤表面(前記前提事
持つ硬質地盤であることとして,新規制基準への適合性が認められる
ものと判断した(乙44)。
b原子力規制委員会は,本件原子炉施設の敷地並びに敷地近傍及び敷
地周辺において債務者が行った地質及び地下構造の調査方法(前記前
が「敷地内及び敷地周辺の地質・地質構造調査に係る
審査ガイド」(乙217)を踏まえたものとなっており,当該地下構
造が地震波の伝播特性に与える影響を評価するに当たって適切なもの
であるなどとして,その調査結果に基づく敷地地盤の地下構造の評価
や地下構造モデルの設定()についても,新規制
基準への適合性が認められるものと判断した(乙44)。
c原子力規制委員会は,債務者が行った活断層の評価(前記前提事実
に対し,本件原子炉施設周辺の将来活動する可能性のある断層等に係
る調査情報の充実を求めるとともに,債務者の調査結果に基づく評価
よりも断層の長さが長く評価されている地震調査委員会(2013)の知見
を反映させること,F-A断層の評価に関し,海上音波探査の結果か
ら北東側に延長させることなどを求めた。その結果,原子力規制委員
会は,債務者が行った断層等の調査情報の拡充と当該調査結果に基づ
く評価について,調査地域の地形,地質条件に応じた適切な手法,範
囲及び密度で行われた調査に基づき,活断層の位置,形状,活動性を
明らかにし,それらの結果を総合的に検討したものであるなどとして,
新規制基準への適合性が認められるものと判断した(乙44)。
なお,原子力規制委員会は,海域の活断層の認定に関し,パブリッ
クコメントにおいて,「音波探査等の記録で端部設定をしているが,
12万年前の地層のズレが小さい場合,音波探査の記録では断層の認
定ができず,断層長さを過小評価しているのではないか。原子力発電
所周辺の海底地形について検討を行ったのか。」という指摘があった
ことに対し,「海域の活断層評価では,すべての音波探査断面データ
について,後期更新世以降の地層に変位又は変形を及ぼしていないか,
海底地形との関係を含めて確認し,活断層や活撓曲の有無を確認して
います。また,海域の断層等の端部の評価に当たっては,端部と評価
した測線のみならず,可能な限り複数の測線や手法により得られたデ
ータについて,その延長部も慎重に確認することとしています。その
結果,断層等であることが否定できない場合には,端部を延長するよ
う求めています。」などとの考え方を示している(乙119の2)。
d原子力規制委員会は,債務者が「敷地ごとに震源を特定して策定す
る地震動」の評価に際して行った検討用地震の選定(前記前提事実⑻
活断層の性質や地震発生状況を精査し,既往の研究
成果等を総合的に検討することにより検討用地震を複数選定している
などとして,新規制基準への適合性が認められるものと判断した(乙
44)。
e原子力規制委員会は,債務者が行った「敷地ごとに震源を特定して
各種の不確かさを考慮しつつ適切な方法で立地地点の諸特性を十分に
考慮して策定しているとして,新規制基準への適合性が認められるも
のと判断した(乙44)。
f原子力規制委員会は,債務者が行った「震源を特定せず策定する地
震動」の評価(前記前提事実⑻エ)に関し,新規制基準への適合性審
査の過程において,債務者に対し,地震ガイドに例示された16地震
全ての観測記録を収集し,検討することを求めたほか,留萌支庁南部
地震の観測記録については,既往の知見である微動探査等に基づく地
盤モデルによるはぎとり解析のみならず,適切な地質調査データに基
づく地盤モデルによるはぎとり解析等を求めたところ,債務者はこれ
らを反映した評価を行ったものであり,過去の内陸地殻内地震につい
て得られた震源近傍の観測記録を精査し,各種の不確かさ及び敷地地
盤の特性を考慮して策定しているとして,新規制基準への適合性が認
められるものと判断した(乙44)。
なお,原子力規制委員会は,債務者が行った「震源を特定せず策定
する地震動」の評価に関し,パブリックコメントにおいて,「震源が
特定できない地震はM6.5までは国内のどこでも発生するとなって
いるが,M5.7まで(2004年北海道留萌支庁南部地震)しか考
慮していないのは過小評価ではないか。」という指摘があったことに
対し,「震源を特定せず策定する地震動は,震源と活断層を関連付け
ることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍に
おける観測記録を収集・検討し,敷地の地盤物性に応じた応答スペク
トルを設定して策定することを求めています。…地震ガイドでは,上
記のような地震の観測記録に基づいて評価することを求めており,単
に仮想的なMw6.5の地震動を評価することを求めているわけでは
ありません。」などとの考え方を示している(乙119の2)。
また,原子力規制委員会は,パブリックコメントにおいて,「Mw
6.5に近い規模の地震動(2011年長野県北部地震や2003年
宮城県北部地震など)の場合,地盤情報が少ないことが問題かと思わ
れるが,ボーリング・検層などを実施して地盤情報も取得した上で,
評価に反映すべきである。」との指摘があったことに対しては,「申
請者は,震源を特定せず策定する地震動のうちMw6.5未満の地震
については,現時点の知見に基づいて5地震を選定し,そのうちボー
リング調査等により地盤情報が得られ,解放基盤波が評価できる20
04年北海道留萌支庁南部地震の評価を行っています。他の地震につ
いては地盤情報が不足していることや,観測結果そのものに非線形情
報が含まれている等,現時点では評価が不適切なものになると認識し
ています。」との考え方を示している(乙119の2)。
g原子力規制委員会は,債務者が策定した基準地震動Ss(前記前提
事実⑻オ)について,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」
及び「震源を特定せず策定する地震動」において導き出された地震動
を本件原子炉施設敷地の解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向
の地震動としてそれぞれ策定されたものであり,最新の科学的,技術
的知見を踏まえ,地震学及び地震工学的見地から想定されたものであ
るとして,新規制基準への適合性が認められるものと判断した(乙4
4)。
耐震設計方針について
原子力規制委員会は,債務者が策定した耐震設計方針が新規制基準に
適合し,かつ,地震ガイドを踏まえたものであると認める判断をした(乙
44)。
その他の安全対策について
原子力規制委員会は,前記エの各種安全対策を講じるとする債務者の
設計方針について,新規制基準への適合性が認められるものと判断した
(乙44)。
重大事故が発生した場合の放射性物質の放出量について
債務者は,本件原子炉施設に重大事故が発生した場合において,原子
炉格納容器の破損及び発電所外への放射性物質の異常は放出を防止する
ために必要な措置が講じられているか否かに関して,厳しい重大事故(大
破断LOCA時に低圧注入機能,高圧注入機能及び格納容器スプレイ注
入機能が喪失する事故)を選定して環境に放出されるセシウム137の
放出量を解析したところ,7日間に約5.6TBq(事故発生後100日
間では約6.3TBq)との結果が得られたとしており,原子力規制委員
会は,こうした結果を審査した結果,新規制基準への適合性が認められ
るものと判断した。
カ基準地震動超過地震の分析
耐震安全性への影響の有無についての各電気事業者の確認結果
①宮城県沖地震における女川原発,②能登半島地震における志賀原発
及び③新潟県中越沖地震における柏崎・刈羽原発の各事例は,いずれも
旧耐震指針に従って策定された基準地震動S₁又は基準地震動S₂を上回
る地震動が観測されたものであり(甲2~4,6,乙20,22),東
北地方太平洋沖地震における④福島第一原発や⑤女川原発の各事例は,
改訂耐震指針に従って策定され基準地震動Ssを上回る地震動が観測さ
れたものであった(甲1,7,乙29)。
その上で,①宮城県沖地震の事例では,女川原発において,地震観測
記録が0.4秒付近の周期帯及び0.1秒付近よりも短周期側で基準地
震動S1の応答スペクトルを上回り,0.05秒付近の周期帯で基準地震
動S2の応答スペクトルを上回ったが,各設備の点検並びに安全上重要な
建屋及び機器・配管についての地震応答解析により,女川原発の各設備
に作用する応力や変形が評価基準値を上回っていないことを確認するな
どして,その耐震安全性に影響がないことが確認された(甲2,3,乙
20)。また,②能登半島地震の事例でも,志賀原発において,地震観
測記録が0.6秒付近等の周期帯で基準地震動S₁及び基準地震動S2の
応答スペクトルを上回ったが,各設備の点検並びに安全上重要な建屋及
び機器・配管についての地震応答解析により,その耐震安全性に影響が
ないことが確認された(甲4,乙22)。さらに,東北地方太平洋沖地
震における④福島第一原発や⑤女川原発の各事例において,一部の周期
帯で各発電所の基準地震動Ssの応答スペクトルを上回ったが,各設備
の点検(ただし,福島第一原発については,津波及び水素爆発の影響を
受けていない5号機の目視調査のみ)並びに安全上重要な建屋及び機器
・配管についての地震応答解析により,各発電所の耐震安全性に影響が
ないことが確認された(なお,国会事故調報告書は,福島第一原発につ
いては,5号機の目視調査がされただけで,その調査も非破壊検査など
の詳細なものではなく,他の原子炉施設は何ら詳細調査がされていない
から,地震応答解析のみから地震動による設備の損傷がなかったであろ
うと結論付けることは問題であると指摘している。)(甲1,7,乙2
9,審尋の全趣旨)。
また,③新潟県中越沖地震の事例では,柏崎・刈羽原発の敷地において,
基準地震動S2を大きく上回る地震動が観測されたが,一般建物に要求さ
れる3倍の静的地震力を用いて耐震設計が行われていた同発電所の安全
上重要な施設には被害がなく,一般建物に要求される1.5~1.0倍
の静的地震力を用いて耐震設計が行われていたその他の施設について
も,地盤被害によって一部の施設に被害が出たものの,それ以外の多く
の施設は被害を受けなかったことが確認された(甲6,乙26,125,
審尋の全趣旨)。
外部機関による評価
③新潟県中越沖地震の事例では,IAEAの調査報告書においても,柏崎
・刈羽原発の安全上重要な施設に被害が見られなかったことに関し,「安全
に関連する構造,システム及び機器は大地震であったにもかかわらず,予想
より非常に良い状態であり,目に見える損害はなかった。この理由として,
設計プロセスの様々な段階で設計余裕が加えられていることに起因してい
ると考えられる。」との見解が示されている(乙25の2)。
また,④東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発における事故に関
して,国会事故調報告書(甲1)は,原子力安全・保安院が原子力安全
基盤機構に依頼して地震直後の小破口冷却材喪失事故(SB-LOCA)
の可能性を検討するために行った「故障の木解析」(特定の原子炉系配
管にいくつかの大きさの微小亀裂を想定しながら事故進展解析を行い,
その結果を実際に記録されている原子炉水位や炉圧などと比較照合して
検討する手法)によると,「小破口冷却材喪失事故(SB-LOCA)
が起きた可能性を,少なくとも理論的には否定できない」としている。
これに対し,政府事故調の「最終報告」及び民間事故調報告書は,東北
地方太平洋沖地震による地震動によって福島第一原発の安全上重要な機
器に機能を損なうような損傷が生じたことを認めていない(審尋の全趣
旨)。この点については,平成26年3月に,日本原子力学会の「東京
電力福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会」が,上記の各事故
調の検討結果も踏まえ,当時の最新の情報に基づき,最終報告書を取り
まとめたが,そこにおいても,東北地方太平洋沖地震の地震動によって
福島第一原発の安全機能に深刻な影響を与える損傷は生じなかったとの
見解が示されている。また同報告書では「津波による浸水により電源の
ほとんど全てが失われてしまったことが事態を深刻化した。」「今回の
事故は,地震による想定外の津波という自然現象を起因として直接要因
により原子力災害へと拡大したものであり…」など,福島第一原発にお
ける事故の根本要因は津波であるとされている(乙56の2,審尋の全
趣旨)。
基準地震動超過地震が生じた原因の分析について
東北電力株式会社は,①宮城県沖地震における女川原発において,基
準地震動S₁及び基準地震動S₂を超える地震動が観測された要因につい
て,宮城県沖近海のプレート間地震の地域的な特性(震源特性),すな
わち,宮城県沖近海のプレート間地震では,経験式(距離減衰式)から
求められる平均的な地震動よりも最大加速度が大きく,特に短周期成分
の卓越が顕著である傾向を示すことによるものと分析した(甲3,乙2
0)。
②能登半島地震における志賀原発において,基準地震動S₁及び基準地
震動S₂を超える地震動が観測された要因については,能登半島地震の地
域的な特性(震源特性,敷地地盤の特性),すなわち,能登半島沖地震
が逆断層型の内陸地殻内地震であることに加え,志賀原発においては敷
地地盤の深部からの増幅特性が見られたことで,短周期レベルAが平均
よりも大きい特徴があることによるものと分析されている(乙24,4
2)。
東京電力株式会社は,③新潟県中越沖地震における柏崎・刈羽原発に
おいて,基準地震動S₁及び基準地震動S₂を超える地震動が観測された
要因について,新潟県中越沖地震の地域的な特性(震源特性,伝播経路
特性,敷地地盤の特性),すなわち,新潟県中越沖地震の震源断層面が
平均よりも1.5倍大きな地震動を発生させる特徴があること,地震動
の伝播過程においても深部の地層の傾斜によって揺れが2倍に増幅さ
れ,さらに浅い地層が曲がっていたことによっても揺れが増幅されると
いう特徴があることによるものと分析した(甲6,乙26)。
東北地方太平洋沖地震における④福島第一原発及び⑤女川原発におい
て,基準地震動Ssを超える地震動が観測された要因について,プレー
ト間地震であり,内陸地殻内地震では起こりえないような非常に大きな
領域が連動したことによるものと分析されている(乙42)。
⑵本件原子炉施設の耐震安全性について
ア新規制基準の合理性
新規制基準の内容についての評価
原子力規制委員会が策定した新規制基準は,前記⑴アのとおり,福
島第一原発における事故の教訓等を出発点とし,国内外の最新の研究成
果や調査結果等を踏まえ,多数の専門家によって構成される合議体にお
いて,相当期間・多数回にわたる検討・審議を行った上,一般からの意
見募集とその検討を経て,前記前提事実⑺アのとおり,原子力利用にお
ける安全性の確保に関する専門的知見等を有する委員長及び委員から成
る原子力規制委員会によって策定されたものであり,その策定に至るま
での調査審議や判断過程に看過し難い過誤や欠落があると認められな
い。また,その内容をみても明らかに不合理な点は見出せず,前記1⑵
イのとおり,安全目標を踏まえて策定されたものと解される。
これらによれば,新規制基準は,福島第一原発における事故の経験等
をも考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らし,その内容に不合
理な点はうかがわれない。よって,債務者の側において,新規制基準の
内容に不合理な点がないことについて,相当の根拠を示し,必要な資料
を提出して,主張疎明されたものと認められる。
なお,⒞のとおり,例えば「震源を特定せず策定する地
震動」について,地震学を専門とする学者の中にも異論があることは認
められるが,前記認定した新規制基準及び地震ガイド等の内規あるいは
従前の改訂耐震指針等の制定・策定過程に鑑みれば,これらの制定・策
定に際し,これらの反対意見や外部意見を全く考慮せず一方的に制定・
策定に至ったとは認められず,むしろ,これらの意見を踏まえつつ,地
震学及び地震工学を含む多数の専門家の関与の下多数回の審議を経て十
分な議論・検討の上で制定・策定されたものというべきである。したが
って,結果的に上記のような専門家の異論が残っているとしても,これ
らをもって新規制基準の内容に不合理な点があるということにはならな
い。
債権者らの主張について
a平均像の利用とその問題点
⒜債権者らは,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策
定に用いる応答スペクトルに基づく手法も,断層モデルを用いた手
法も既往地震の観測記録等を基礎とする平均像を用いたものとなっ
ていると指摘した上で,平均像を用いるならば,実際の地震動が平
均像からどれだけかい離し,最大がどのような値になるかが考慮さ
れる必要があるが,新規制基準ではこのような考慮がされておらず,
不合理であると主張する。
⒝この点,債権者らが指摘するとおり,地震という自然現象は,い
ろいろな要素が複雑に絡んでおり,実験によってその事象を確認す
ることもできないから,理論的に完全な予測をすることは不可能で
ある。もっとも,地震発生のメカニズムについて現在の地震学は,
プレートテクトニクスの考え方が確立されるとともに,地震の発生
様式ごとの分析・類型化を通じて知見が蓄積されており,その地域
ごとに発生する地震の様式,規模,頻度等に一定の傾向が認められ
ることが明らかとなってきている。したがって,将来発生し得る地
震を想定するに当たっては,当該地域の特性を踏まえつつ,過去の
事象から推測していくことは相当であり,その推測の手法も兵庫県
南部地震以後の観測記録の充実や地震学の発展に伴い高度化されて
きているというべきである。
新規制基準の趣旨に照らせば,基準地震動は,原子力発電所の敷
地において今後発生し得る最大の地震を想定して策定すべきもので
あると解される。上記のとおり,発生する地震の様式,規模,頻度
等に地域的な特性があることを考慮すると,基準地震動を策定する
に当たっても,当該地域の特性を十分に踏まえることが必要となる
ため,既往地震の観測記録を基礎とする平均像を単純に用いること
は不適当というべきであるが,地域的特性を踏まえた上で平均像を
用いた検討を行うこと自体は当該地域において発生し得る地震の傾
向を把握する上でも有効であり,平均像の利用自体が新規制基準の
不合理性を基礎付けることにはならない。
⒞ここで,新規制基準(設置許可基準規則解釈)において「基準地
震動」は,「最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周
辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動等の地震学及び地震
工学的見地から想定することが適切なもの」と定義され,そのうち
「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」は,「敷地に大きな
影響を与えると予想される地震(以下「検討用地震」という。)を
複数選定し,選定した検討用地震ごとに,不確かさを考慮して応答
スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による
地震動評価を解放基盤表面までの地震波の伝播特性を反映して策定
すること」とされており,具体的には,「地震動評価に当たっては,
敷地における地震観測記録を踏まえて,地震発生様式及び地震波の
伝播経路に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)を十分
に考慮すること」,「基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ
(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,
アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確か
さ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)に
ついては,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えら
れる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確
かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」などと
基準地震動の策定過程において,敷地及び敷地周辺の地質・地質構
造,地盤構造並びに地震活動等を踏まえ,当該地域の特性や各種の
不確かさを適切に考慮することとされている。
このような新規制基準(設置許可基準規則解釈)の定めによると,
新規制基準は,既往地震の観測記録を基礎とする平均像を単純に用
いることを想定していないというべきである。そして,応答スペク
トルに基づく手法と断層モデルを用いた手法のいずれにおいても,
敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動等を踏まえ,
当該地域の特性や各種の不確かさを適切に考慮することが求められ
ていることは,前記⒝のとおり,発生する地震の様式,規模,頻度
等に地域的な特性があり,基準地震動を想定するに当たっても当該
地域の特性を十分に踏まえる必要があるとされていることに鑑み,
むしろ相当であるというべきである。
⒟債権者らの主張するとおり,既往地震の観測記録等を基礎とする
平均像を用いて基準地震動を想定するに当たって,その基礎データ
上,実際の地震動が平均像からどれだけかい離し,最大がどのよう
な値になっているかを考慮した場合には,その考慮によってより安
全側に立った基準地震動の想定が可能となるものと解される。原子
炉施設は,その安全性が確保されないときには福島第一原発におけ
る事故に見られるような深刻な災害を引き起こすおそれがあること
に鑑みれば,上記のような考え方を採用することは基本的に望まし
いともいえる。しかしながら,前記⒝のとおり,現在の地震学にお
いては,発生する地震の様式,規模,頻度等には地域ごとに一定の
傾向があると考えられているところ,平均像を導くための基礎デー
タの中に当該地域と地域的な特性が大きく異なる既往地震が含まれ
る場合に,当該地震が平均像から大きくかい離したものであるから
といって,必ずしも当該地震により生じる地震動を基準地震動策定
の基礎とすべきことにはならないというべきであるし,地域的特性
を踏まえて地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的な
パラメータについて最大限の値を設定した上,その余の係数,関係
式等について平均像を用いた分析をすることも合理的な評価方法と
考えられる。このように考えなければ,日本最大あるいは世界最大
の既往地震と同規模の地震が,日本全国あるいは世界全体で一様に
発生する可能性があり,共通してそのような最大の既往地震に備え
るべきとの考え方や,各震源パラメータを設定する際に用いられる
べき係数,関係式等の全てについて,観測記録等で判明している最
大限の値を重畳的に用いなければならないとの考え方に至ることに
なるが,このような考え方は上記の地震学の考え方に照らして科学
的な根拠を有するものではないというべきである。
b基準地震動超過地震の存在
債権者らは,前記aの「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」
の評価に平均像を用いることの問題性に関連して,日本の原子力発電
所において10年間で四つの基準地震動超過地震(前記前提事実⑸ウ
参照)が発生していることを指摘し,このことからも従来の基準地震
動の想定手法及びこれを踏襲する新規制基準が不合理であると主張す
るものと解される。
このように短期間の間に基準地震動超過地震が相次いでいることに
ついては,前記前提事実⑸イの国会事故調報告書の指摘を待つまでも
なく,それ自体由々しきことであり,基準地震動の想定手法について
十分な見直しが求められることは当然というべきである。
もっとも,前記前提事実⑸ウの①宮城県沖地
震における女川原発,同②能登半島地震における志賀原発及び同③新
潟県中越沖地震における柏崎・刈羽原発の各事例は,いずれも旧耐震
指針に従って策定された基準地震動S₁又は基準地震動S₂を上回る地
震動が観測されたものであり,東北地方太平洋沖地震における同④福
島第一原発や同⑤女川原発の各事例は,改訂耐震指針に従って策定さ
れた基準地震動Ssを上回る地震動が観測されたものであるから,こ
れらの基準地震動超過地震の存在自体がその後に制定・策定された新
規制基準の不合理性を直ちに基礎付けるものではない。
基準地震動超過地震が生じた原因につ
いては,①宮城県沖地震(女川原発)の場合は,宮城県沖近海のプレ
ート間地震において,経験式(距離減衰式)から求められる平均的な
地震動よりも最大加速度が大きく,特に短周期成分の卓越が顕著であ
る傾向が示されていること(震源特性),②能登半島地震(志賀原発)
の場合は,能登半島地震が逆断層型の内陸地殻内地震であることに加
え,志賀原発においては敷地地盤の深部からの増幅特性が見られたこ
とで,短周期レベルAが平均よりも大きい特徴があること(震源特性,
敷地地盤の特性),③新潟県中越沖地震(柏崎・刈羽原発)の場合は,
新潟県中越沖地震の震源断層面が平均よりも1.5倍大きな地震動を
発生させる特徴があり(震源特性),地震動の伝播過程においても深
部の地層の傾斜によって揺れが2倍に増幅され(伝播経路特性),さ
らに浅い地層が曲がっていたことによっても揺れが増幅されるという
特徴があること(敷地地盤の特性),東北地方太平洋沖地震(④福島
第一原発及び⑤女川原発)の場合は,プレート間地震であり,内陸地
殻内地震では起こり得ないような非常に大きな領域が連動したこと
(震源特性)によるものと分析されている。この点,新規制基準の制
定・策定に当たっては,これらの基準地震動超過地震から得られた知
見も活用し,特に基準地震動超過地震が生じた原因と分析された地域
的な特性(震源特性,伝播経路特性,敷地地盤の特性)については,
これらの特性を十分に考慮できるよう,基準地震動の想定手法が高度
化されたものと認められる。よって,この点からみても,基準地震動
超過地震の存在をもって新規制基準が不合理であるということはでき
ないと解される。
cB委員長の発言
債権者らは,新規制基準の合理性に関連して,原子力規制委員会の
B委員長が,新規制基準への適合性が認められたとしても安全性が担
保されるものではないなどと発言していることを指摘し,原子力規制
委員会によって新規制基準への適合性が確認されたとしても「安全性」
が担保されるものではないことについて,B委員長自身が認めたもの
と主張している。
この点,平成26年7月16日の記者会見におけるB委員長の発言
として報道され同日に本件原子炉施
設に係る審査書案(乙2)が原子力規制委員会で了承されたことに関
し,「安全だということは,私は申し上げません。」「これで人知を
尽くしたとは言い切れない。」などと発言したというものであり,そ
の発言のみを捉えれば債権者らが主張するような趣旨に理解され得る
余地がないではない。
しかしながら,B委員長は,これに先立って
新規制基準の位置付けについての基本的な考え方(甲137)を私案
として示しているところ,その私案の中では,原子力発電所の利用に
おいて「絶対的安全性」を確保することは不可能であることを前提に,
安全性の向上を継続的に行っていくことが重要であるとの認識の下,
原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断がされれば当該原
子力発電所について「絶対的安全性」が確保されるという新たな「安
全神話」が成立することを危惧していたことがうかがわれる。そして,
上記私案には,「原子力規制委員会は,原子力発電所が規制の基準を
満たしているか否かを確認し,その結果により達成される安全レベル
の説明を行うことを役割とする。」「原子力規制委員会は,その時点
で最新の科学的知見を反映し,かつ,実現し得るものとして規制を定
める必要がある。他方,事業者は,常に規制以上の安全レベルの達成
を目指す必要がある。この両者が相まって継続的な安全向上が達成さ
れることとなる。」という内容も含まれており,これらによれば,B
委員長の認識としても,新規制基準による規制によって一定の安全性
確保が図られることが前提とされていたことが認められる。
以上によれば,B委員長の「安全だということは,私は申し上げま
せん。」という発言における「安全」の意味は,「絶対的安全性」と
いう意味で捉えるべきものであり,その発言の趣旨も,本件原子炉施
設に係る審査書案が原子力規制委員会で了承されたことにより絶対的
安全性が確保できたことにはならないというものとして理解すべきで
あると解される。よって,債権者らの上記指摘は,B委員長の上記発
言の趣旨を曲解するものであって相当でないというべきである。
イ新規制基準への適合性判断の合理性
原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断
原子力規制委員会は,前記前提事実⑿のとおり,債務者の本件原子炉
施設に係る発電用原子炉の設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変
更認可の各申請(本件原子炉施設の再稼働申請)について,新規制基準
への適合性の審査を行い,平成26年9月10日に本件原子炉施設に係
る発電用原子炉の設置変更について許可し,平成27年3月18日に川
内1号機に係る工事計画を認可し,現在も,川内2号機に係る工事計画
認可申請及び本件原子炉施設に係る保安規定変更認可申請についての審
査を継続している。
原子力規制委員会は,上記発電用原子炉設置変更許可に際して,審査
書を取りまとめており,その中で本件原子炉施設の耐震安全性について
は,債
た基準地震動Ssを用いて本件原子炉施設の耐震安全性の評価を行うこ
の実施した各種調査やこれに基
づく基準地震動Ssの策定手法が新規制基準に適合するものと認めら
に適合し,かつ,地震ガイドを踏まえたものであると認める判断が示さ
れている。また,上記の川内1号機に係る工事計画の認可により,川内
1号機については,その耐震安全性につき新規制基準及び新技術基準へ
の適合性が認められたものといえる。
債務者による耐震安全性の評価
川内2号機に係る耐震安全性の評価については,原子力規制委員会に
おける工事計画認可申請についての審査が継続中であり,その新規制基
準及び新技術基準への適合性判断は未だ示されていない状況にある。
もっとも,
した本件原子炉施設に係る耐震設計方針が新規制基準に適合し,かつ,
地震ガイドを踏まえたものであると認める判断を示しており,債務者は,
基準及び新技術基準並びに地震ガイド及び工認ガイド,さらには技術基
準規則解釈及び工認ガイドによりエンドース済みの民間規格並びにエン
ドースはされていないが最新の知見等が反映された電気協会耐震設計技
術規程(2008)に従ったもの。)に基づき,本件原子炉施設に係る耐震安
全性の評価を実施し,川内2号機の安全上重要な施設・設備についても,
その全ての評価項目において耐震安全性に係る評価基準値を満たしてお
り,しかも当該評価基準値に対して上限とならないように工学的な判断
に基づく余裕が確保されていることなどを確認したとしている。
債務者による主張疎明
原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断は,前記
前提事実⑺アのとおり,原子力利用における安全性の確保に関する専門
的知見等を有する委員長及び委員から成る原子力規制委員会により,債
務者からの多数回にわたるヒアリングや,一般からの意見募集及びそこ
で提出された意見の検討を経て示されたものであり,その調査審議及び
判断過程が適正を欠くものとうかがわれる事情はなく,むしろその調査
審議は厳格かつ詳細に行われたものと評価でき,その判断過程にも看過
し難い過誤,欠落があるとはうかがわれないから,
主張を踏まえ,あるいは福島第一原発における事故の経験等をも考慮し
た最新の科学的知見に照らしても,不合理な点は認められないというべ
きである。
川内2号機に係る耐震安全性の評価につ
いては,原子力規制委員会による新規制基準及び新技術基準への適合性
判断は未だ示されていないものの,その耐震設計方針については新規制
基準等への適合性が認められており,当該耐震設計方針に基づき債務者
が行った耐震安全性の評価の過程及び結果にも不合理な点は認められな
い。この点に関し,原子力規制委員会において現在継続中の川内2号機
の工事計画認可申請についても,その調査審議の過程に不合理な点が存
するとは認められない。
以上によれば,本件原子炉施設に係る基準地震動Ssの策定及び耐震
安全性の評価に関し,原子力規制委員会が示した新規制基準への適合性
判断及び現在継続中の調査審議の過程に不合理な点がないことについ
て,債務者の側において,相当の根拠を示し,必要な資料を提出して,
主張疎明されたものと認められる。
債権者らの主張について
a「不確かさ」の考慮の在り方について
⒜債権者らの主張
債権者らは,基準地震動Ssの策定に当たっては,「不確かさ」
を安全側に大きく考慮することが必要であり,「敷地ごとに震源を
特定して策定する地震動」の評価にあっては,本来は既往最大地震
を想定することでも足りず,想定可能な最大の地震を想定すべきで
あるところ,平均像を用いる場合には,その4倍に達する既往地震
のデータがあるので,少なくとも平均像の4倍程度(本来的には1
0倍以上)の地震動想定が必要であるが,債務者による「不確かさ」
の考慮は不十分であるなどと主張する。
また,「震源を特定せず策定する地震動」の評価に際して,債務
者が収集した観測記録をそのまま用いているとして,このような地
震動評価が地震ガイドの基本方針に反する旨主張している。
⒝債務者による「不確かさ」の考慮
債務者は,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定
に当たって,前記①地震調査委員会の知見を踏
まえて活断層の面積を設定し,②平成9年5月鹿児島県北西部地震
の観測記録に基づいて,平均効力降下量及びアスペリティ実効応力
を設定し,③上記①,②の値等を基に別表②の式⑴~⑶を用いて震
源パラメータを求め,本件震源モデルを構築しているところ,活断
層の評価や本件震源モデルの構築に当たって「不確かさ」を考慮し,
平均像(経験式)や地震観測記録等から導かれる地震動に対し,応
答スペクトルに基づく手法による地震動評価にあっては約2.0~
2.5倍の,本件震源モデルに基づく断層モデルを用いた手法によ
る地震動評価にあっては約2.7~3.7倍の余裕を確保したとし
ている。なお,応答スペクトルに基づく手法による地震動評価にお
ける上記余裕には,内陸地殻内地震の補正係数や当該敷地における
地震観測記録に基づく補正係数を用いていないことや,各検討用地
震に係る応答スペクトルを全て包絡させることで考慮される余裕も
含まれている。
また,債務者は,「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当
たって,前記
はぎとり解析を行う際,地震動の減衰定数を大きく設定し,はぎと
り解析の計算方法についても複数の方法を用いて,そのばらつきを
考慮して解析を行うことによって,地盤情報に付随する「不確かさ」
を考慮したとしている。
⒞本件震源モデルにおける不確かさの考慮
債務者による本件震源モデルの構築は,①地震調査委員会の知見
を踏まえた活断層の面積の設定,②平成9年5月鹿児島県北西部地
震の観測記録に基づく平均応力降下量及びアスペリティ実効応力の
設定,③上記①,②の値等を基に別表②の式⑴~⑶を用いた震源パ
ラメータの設定等の過程を経て行われている。
そして,①の活断層の面積の設定においては,別表③のとおり,
地震調査委員会の知見に基づいて,債務者の調査結果よりも長い断
層長さを用いており,詳細な活断層調査から得られた知見を基に,
地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の断層面積を設定したとい
うことができる(後記bで述べる
とおり,その活断層の調査は適正なものであると認められる。)。
②の平均応力降下量及びアスペリティ実効応力の設定において
発生した地震の観測記録のうち最も大きな揺れを観測した平成9年
5月鹿児島県北西部地震の観測記録の実測値を用いている。債権者
らは,平成9年に鹿児島県北西部で発生した二つの地震においても
応力降下量の数値が相当異なることを理由に②の設定方法に疑問を
呈するが,上記のとおり,本件原子炉施設の敷地周辺で最も大きな
揺れを観測した地震を基にして平均応力降下量及びアスペリティ実
平成9年3月鹿児島県北西部地震は,同年5月の上記地震と比較す
ると,マグニチュードは大きいが,平均応力降下量,アスペリティ
実効応力及び短周期レベルAは小さい。),地域的特性を踏まえて
想定すべき最大限の値を設定したということができる。
③の震源パラメータの設定において,別表②の式⑴~⑶が用いら
れているところ,これらの関係式が理論的に導かれたものであると
しても,その理論式自体に誤差が内在する場合には,これらの関係
式から導かれる結果と実測値との間には一定の誤差が含まれること
になる。債務者は,経験式であれば基礎データの「ばらつき」を考
慮すべきであり,理論式であれば「ばらつき」を考慮する必要はな
いかのような主張をするが,そのような主張を採用することはでき
ない。しかしながら,①の活断層の面積の設定及び②の平均応力降
下量及びアスペリティ実効応力の設定において,地域的特性を踏ま
えて想定すべき最大限の値を設定した上で,当該地域において発生
し得る地震の傾向を把握するために理論式を用いて震源パラメータ
を設定し,その際に当該理論式に内在する最大限の誤差を考慮しな
かったとしても,そのことから直ちに不確かさの考慮が不十分であ
ると評価されるものではない(債務者は,このほかにも,アスペリ
ティの位置,破壊開始点等を安全側に考慮し,不確かさ考慮モデル
において短周期レベルAの値を1.25倍した評価も行っている。)。
債権者らの主張に従えば,各震源パラメータを設定する際に用いら
れるべき係数,関係式等の全てについて,観測記録等で判明してい
る最大限の値を重畳的に用いなければならないことになるが,そこ
までの安全性を追求するという考え方もあり得ないではないもの
の,債務者の設定した程度の安全性をもって直ちに不合理であると
評価することはできない。
⒟応答スペクトルに基づく手法による地震動評価における不確かさ
の考慮
債務者が応答スペクトルに基づく手法による地震動評価において
採用したNodaetal.(2002)
り,内陸地殻内地震における補正係数や当該敷地における地震観測
記録に基づく補正係数を用いることにより,地震の分類に従った震
源特性,伝播経路特性及び敷地地盤の特性を的確に考慮することが
できるとされているが,このような補正係数を用いることは,正に
内陸地殻内地震や当該敷地における地震の平均像をもって基準地震
動の想定を行うことに近付くものと考えられる。これに対し,前記
のとおり,当該地域ごとに発生する地震の様式,規模,頻
度等に一定の傾向が認められること,前記前提事実⑻ウのとおり,
応答スペクトルに基づく手法による地震動評価が基本的には平均像
を求めるものであることに鑑み,当該地域においてその傾向が平均
的な地震動を下回る傾向にあることを把握しつつも,上記補正係数
を用いることなく平均像をもって地震動評価することとしたのであ
れば,そのこと自体が基準地震動の想定に当たって余裕を確保する
ことにつながると考えられる。
この点,債務者は,本件原子炉施設における応答スペクトルに基
づく地震動評価において,安全側の判断から上記補正係数を適用し
ていないということであるが,このことは債務者が上記のような単
純な平均像による地震動評価を行っていないということの表れであ
ると解されるとともに,平均像と比較して,当該補正係数に相当す
る割合で基準地震動をより大きく想定しているものと評価できる。
なお,同様の観点から,当該敷地における検討用地震による地震
動を,より豊富なパラメータを採用し,より精緻な基準地震動の想
定が可能となる断層モデルを用いた手法によって想定した地震動
が,応答スペクトルに基づく手法により想定した地震動を明らかに
下回るときには,当該敷地における地域的な特性が平均像と比較し
て地震動が小さくなる傾向を持つものと評価し,応答スペクトルに
基づく手法により想定した地震動を基準地震動として代表させるこ
とでも一定の余裕が確保できるものと考えられる。地震ガイドにお
いて,「応答スペクトルに基づく基準地震動が全周期帯にわたって
断層モデルを用いた基準地震動を有意に上回る場合には,応答スペ
クトルに基づく基準地震動で代表させることができる。(5.2⑵)」
とされており,このような考え方が採用されているものと解される。
⒠前記⒞,⒟を踏まえた「敷地ごとに震源を特定して策定する地震
動」の評価における不確かさの考慮
債務者が前記⒞のとおり本件原子炉施設敷地周辺の地域的特性を
踏まえて想定すべき最大限の断層面積,応力降下量等を設定し,理
論式を用いて震源パラメータを設定した上で,各種の「不確かさ」
を考慮して本件震源モデルを構築し,同モデルに基づき断層モデル
を用いた手法による地震動評価を行った結果,前記⒝のとおり,債
務者はこれによって導かれる短周期レベルAの値で約2.7~3.
7倍の余裕が確保されていると主張する。債務者の主張する「約2.
7~3.7倍」には,断層長さ・幅について債務者の調査結果を採
用した場合と地震調査委員会の知見に基づくものを採用した場合と
の差異が含まれているところ,こうした差異につき当然に想定すべ
き断層長さ・幅を設定したものにすぎず「余裕」を確保したことに
はならないと解した場合においても,地域的特性を踏まえて想定す
べき最大限の断層面積,応力降下量等を設定した上で更に約1.8
~2.0倍の余裕(別表⑤参照)が確保されていると評価すること
ができる。
そして,このように不確かさを考慮して大きく想定した断層モデ
ルを用いた手法による地震動評価と,応答スペクトルに基づく手法
による地震動評価を比較したところ,前記認定事実⑻ウのとおり,
応答スペクトルに基づく基準地震動が全周期帯にわたって断層モデ
ルを用いた基準地震動を有意に上回ることとなったため,基準地震
動Ss-1については,応答スペクトルに基づく手法により評価し
た地震動で代表させることとされた。このように断層モデルを用い
た手法による地震動評価が応答スペクトルに基づく基準地震動と比
較して全周期帯にわたって有意に下回る結果となったことは,前記
⒟で指摘したとおり,断層モデルを用いた手法による地震動評価で
示された本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性として,地震動が
平均的なものよりも相当程度小さくなる傾向があることを示してい
るものと評価できる。そして,このような本件原子炉施設敷地周辺
の地域的な特性については,前記⑴ウaにおいて,本件原子炉施
設敷地に大きな影響を与える地震が内陸地殻内地震であり,正断層
型及び横ずれ断層型の地震が多く発生するものと分析されていると
ころ,前記⑴ウb⒞のとおり,正断層型及び横ずれ断層型の内陸
地殻内地震については,地震動が平均的なものよりも小さくなる傾
向があるとの知見が示されていること,前記前提事実及び前
記⑴ウaのとおり,本件原子炉施設敷地における観測記録に基づ
いて解析した解放基盤表面の地震動(はぎとり波)の応答スペクト
ルとNodaetal.(2002)の方法により導かれる応答スペクトルの比率
が,別紙図⑦のとおり,おおむね全周期帯で1.0を下回る傾向を
示していることなどからも裏付けられているというべきである。
その上で,応答スペクトルに基づく手法による地震動評価におい
ても,活断層の評価等に際して「不確かさ」を考慮し,平均像(経
験式)や地震観測記録等から導かれる地震動に対し,約1.9~2.
5倍の余裕(地震調査委員会の知見に基づく断層長さを前提とした
場合には,地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の断層長さを設
定した上で約1.2~1.4倍の余裕。別表⑥参照)が確保されて
いるということであれば,この手法によって導かれる地震動をもっ
て本件原子炉施設敷地周辺において今後発生し得る最大の地震と位
置付けることが不合理であるとまでは認められない。
以上によれば,債務者が,本件原子炉施設敷地周辺において発生
する地震動が平均的なものよりも小さくなる傾向にあると捉えた上
で,不確かさを考慮して大きく想定した断層モデルを用いた手法に
よる地震動評価を全周期帯にわたって上回ることが確認された応答
スペクトルに基づく手法により評価した地震動をもって,基準地震
動Ss-1として代表させることとしたことや,既往地震のデータ
における平均像の4倍程度の数値を考慮しなかったことに不合理な
点はなく,これらの点について新規制基準への適合性を認めた原子
力規制委員会の判断にも不合理な点はないというべきである。
「震源を特定せず策定する地震動」の評価における不確かさの考

債権者らは,前記⒜のとおり,「震源を特定せず策定する地震動」
の評価に際して,債務者が収集した観測記録をそのまま用いている
として,このような地震動評価が地震ガイドの基本方針に反する旨
主張するようであるが,前記⒝のとおり,債務者は,「震源を特定
せず策定する地震動」の評価に際し,留萌支庁南部地震の観測記録
につきはぎとり解析を行うに当たって,地震動の減衰定数を大きく
設定し,はぎとり解析の計算方法についても複数の方法を用いて,
そのばらつきを考慮して解析を行うことによって,地盤情報に付随
する「不確かさ」を考慮しているから,債権者らの指摘は当たらな
い。
b活断層の調査について
債権者らは,債務者が行った活断層調査の結果に基づく本件原子炉
施設敷地周辺の断層の分布について,あたかも海岸線から水深150
m付近までの領域が断層の障壁となっているかのように,海底で認め
られた断層が水深150mほどのところで途切れ,陸上まで続いてい
るものがほとんどないものとされているが,このような分布状況は科
学的に説明困難であるから,あくまで調査方法の限界(海上音波探査
では横ずれ断層を発見することは困難である。)等によって本来存在
するはずの活断層の確認ができていないだけとみるべきであるとした
上で,地震動想定の前提となる断層の長さの評価は必ずしも正確では
ないと考えるべきであって,甑断層帯甑区間や市来断層帯甑海峡中央
区間の断層が,実際にはさらに敷地に向かって伸びている可能性も考
慮しなければならないなどと主張する。
b⒜のとおり,
相当綿密に測線を設定し,詳細な調査が実施されたものと評価でき,
た文献の調査結果も踏まえて,断層の連続性を慎重に確認したものと
認められる。
本件原子炉施設敷地周辺海域における断層は,縦ずれ成分が明瞭に
認められるものも見られる(乙128,129,136)。また,こ
の海域は,海岸線から沖合に向かって地層が緩やかに傾斜し,地層の
厚さも変化しているため(乙128),仮に地層が水平にずれ動いた
としても,海上音波探査の断面において各地層に見かけの落差が生じ
ることになるから,海上音波探査によってその断層のずれを探知でき
ないと断定することはできない。玄海原子力発電所に係る海上音波探
査において横ずれ断層の存在を探知している事実も認められる(乙1
30)。そのほか,債権者らの主張や疎明資料を検討しても,甑断層
帯甑区間や市来断層帯甑海峡中央区間の断層がさらに敷地に向かって
伸びていること,あるいはその具体的可能性が存することを認めるこ
とはできない。
そして,このような活断層調査及びその結果の評価については,原
子力規制委員会において,
地質条件に応じた適切な手法,範囲及び密度で行われ,活断層の位置,
形状,活動性等を明らかにしており,それらの結果を総合的に検討し
たものとして新規制基準への適合性が認められるものと判断されてい
ることにも鑑みれば,債権者らの上記主張には理由がないというべき
である。
c海洋プレート内地震の考慮について
債権者らは,債務者による本件原子炉施設の基準地震動Ssの策定
に際して,海洋プレート内地震を一切考慮していないことが問題であ
ると主張aのとおり,本
件原子炉施設敷地周辺で発生した海洋プレート内地震の最大規模であ
る宮崎県西部地震と同規模の海洋プレート内地震が発生したとして
も,その震源位置から敷地までの距離が十分離れているため,敷地に
おける地震の揺れが建物等に被害が発生するとされている気象庁震度
階級震度5弱程度に満たないものと評価し,検討用地震として選定しなか
ったものであるから,海洋プレート内地震を考慮していないわけではない。
そして,債務者によるこのような評価・判断については,前記⑴ウ
火山フロントの前弧側と背弧側で大きく傾向が異
なり,女川原発敷地が位置する前弧側では,地震波の伝播経路におけ
る減衰が小さく大きな揺れとなるが,本件原子炉施設敷地が位置する
背弧側では,地震波の伝播経路における減衰が大きく,揺れが急激に
小さくなるという特徴を有しているとのスラブ内地震を含む海洋プレ
ート内地震に関する知見に照らしても相当なものということができ,
められている。
以上によれば,債権者らの上記主張にも理由がないというべきであ
る。
d「震源を特定せず策定する地震動」の策定について
⒜債権者らの主張
債権者らは,債務者が,本件原子炉施設敷地に大きな影響を与え
る可能性のある地震として,留萌支庁南部地震等五つの地震に係る
観測記録を抽出したが,精度の高い地盤情報が得られているのが留
萌支庁南部地震の本件観測点のみであったとして,それ以外の観測
記録を用いた地震動評価を行っていないことについて,債務者が独
自に精度の高い地盤情報を収集することも可能であり,債務者が除
外した観測記録の中にも留萌支庁南部地震を超える地震動を観測し
たものがある可能性もあること,本件観測点における地震動が留萌
支庁南部地震の最大地震動とはいえず,その地震動を1.5~2倍
程度上回る地震動が他の地点で発生した可能性があることが明らか
となっていることを指摘するとともに,そもそもMw5.7の留萌
支庁南部地震における地震動をそのまま最大の「震源を特定せず策
定する地震動」とすることは相当でなく,地震の規模として同地震
の16倍にもなるMw6.5の直下型地震の地震動を想定すべきで
あるとして,債務者の策定した基準地震動Ss-2が過小であると
主張する。
⒝債務者の主張
債務者は,前記⒜の債権者らの主張に対し,「敷地ごとに震源を
特定して策定する地震動」の検討過程において,十分に安全側に立
った地震動評価が尽くされたものと判断しており,「震源を特定せ
ず策定する地震動」は,本件原子炉施設敷地周辺では発生し得ない
ものと考えるが,耐震安全上の観点から念のために付け加えるとい
う位置付けにあるものとの認識を前提に,「震源を特定せず策定す
る地震動」の評価が付加的・補完的に求められるものであるとすれ
ば,債務者が行った検討で十分であると主張するものと解される(そ
の上で,債務者は,敷地に大きな影響を与える可能性のある地震と
した五つの抽出観測記録のうち留萌支庁南部地震の本件観測点にお
ける観測記録以外の観測記録については,詳細な地盤情報が得られ
ていないとして一時的に除外しているが,今後,これらの観測点の
地盤情報に関する新たな知見が得られた場合には,耐震安全性の更
なる向上のため,これらの抽出観測記録に基づく「震源を特定せず
策定する地震動」の評価を実施していく方針であるとしている。)。
また,債権者らが,Mw6.5の直下型地震の地震動を想定すべ
きであると主張する点については,新規制基準の要求は,震源と活
断層を関連付けることが困難であった国内で過去に発生した地震に
ついて,特徴的な揺れとなった観測記録を抽出し,はぎとり解析に
よって技術的に妥当な解放基盤表面相当の揺れが推定できたものは
極力評価に反映させるというものであり,観測記録(事実)の特徴
を重視するという基本的な考え方が示されているところ,Mw6.
5に置き換えて計算により求められる地震動評価では,上記の観測
記録(事実)の特徴を見逃しかねないこととなり,上記の新規制基
準の基本的な考え方に反することになるなどと反論している。
⒞「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについて
前記⑴アb⒜のとおり,改訂耐震指針策定時の検討・審査にお
ける「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについては,詳
細な調査を前提とした「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」
の策定に最大限の努力を払うことにより,「震源を特定せず策定す
る地震動」の方は,それでも評価し損なう敷地近傍の地震に対する
備えという性格の下,補完的な位置付けとして規定することが適切
であり,敷地近傍の観測記録が得られている地震の全てを対象とす
ることは必要ないのではないかとの意見が大勢を占めたと取りまと
められていたのであって,前記⒝の債務者の認識と一致する見解が
多数意見であったと考えられる。
また,前記⑴アb⒝のとおり,新規制基準制定・策定時の検討
・審査において,「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けに
ついての議論(特に上記改訂耐震指針策定時の検討・審査における
多数意見を踏まえたもの)は明示的にはされていないなか,地震・
津波検討チームの委員において,同じような理解に立ったものと認
められ得る発言はされていた。
これらの議論の経緯をみれば,債務者が主張するとおり,新規制
基準における「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについ
ても,改訂耐震指針策定時の多数意見と同様の認識に立って理解す
べきであると解する余地はある。
しかしながら,新規制基準及び地震ガイドにおいて,「敷地ごと
に震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地
震動」の関係について,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震
動」をより重視すべきであるとの記載は認められない(なお,この
点,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」のうち,応答ス
ペクトルに基づく手法と断層モデルを用いた手法の関係について
は,地震ガイドにおいて,震源が敷地に近い場合には断層モデルを
用いた手法を重視する必要があるとして,その関係が明示されてい
る(3.1⑵)。)。加えて,上記のとおり,新規制基準制定・策
定時の検討・審査において,「震源を特定せず策定する地震動」の
位置付けについての議論が明示的にはされていないにもかかわら
ず,「震源を特定せず策定する地震動」を債務者の主張するように
付加的・補完的な位置付けとして理解することは相当でないという
べきである。
すなわち,「震源を特定せず策定する地震動」については,この
うち,「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」が,地震ガ
イドにおいて,「断層破壊領域が地震発生層内の内部に留まり,国
内においてどこでも発生すると考えられる地震で,震源の位置も規
模もわからない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき
地震(震源の位置も規模も推定できない地震(Mw6.5未満の地
震))であり,震源近傍において強震動が観測された地震を対象と
する」とされていることからも明らかなとおり,その趣旨とすると
ころは,震源と活断層を関連付けることが困難な内陸地殻内地震が
存在し,これらの地震は「敷地ごとに震源を特定して策定する地震
動」として推定することができないことを前提に,日本全国で共通
に考慮すべき地震として地震ガイドで例示された16地震(「地表
地震断層が出現しない可能性がある地震」としては14地震)等を
検討対象とし,「震源を特定せず策定する地震動」を評価すべきで
あるとする点にある。そして,基準地震動策定の基本方針として,
地震ガイドは,「基準地震動は,『敷地ごとに震源を特定して策定
する地震動』及び『震源を特定せず策定する地震動』について,そ
れぞれ解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動として
策定されていること。(2⑴)」,「『敷地ごとに震源を特定して
策定する地震動』及び『震源を特定せず策定する地震動』を相補的
に考慮することによって,敷地で発生する可能性のある地震動全体
を考慮した地震動として策定されていること。(2⑷)」と定めて
いることに照らせば,地震ガイドは「敷地ごとに震源を特定して策
定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」の関係を対等
なものと位置付けており,また,「敷地ごとに震源を特定して策定
する地震動」を十分に検討することによって「震源を特定せず策定
する地震動」が生じ得ないと考えることなどできないことを前提と
しているとみるのが相当である。そして,地震ガイドは原子力規制
委員会によって新規制基準の適合性判断の審査に資する目的で策定
されたものであるから,以上のような地震ガイドの考え方は,新規
制基準の解釈としても妥当すべきものと解される。よって,債務者
の「震源を特定せず策定する地震動」を付加的・補完的なものと位
置付ける主張を採用することはできない。
⒟債務者の策定した基準地震動Ss-2の評価
前記⒞で説示・判断した「震源を特定せず策定する地震動」の位
置付けを踏まえて,債務者が策定した基準地震動Ss-2について
評価すると,まず,債権者らが,Mw6.5の直下型地震の地震動
を想定すべきであると主張する点については,前記⑴オfのとお
り,原子力規制委員会は,パブリックコメントにおいて債権者らの
上記主張と同様の指摘があったことに対し,「震源を特定せず策定
する地震動は,震源と活断層を関連付けることが困難な過去の内陸
地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録を収集・
検討し,敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定す
ることを求めています。…地震ガイドでは,上記のような地震の観
測記録に基づいて評価することを求めており,単に仮想的なMw6.
5の地震動を評価することを求めているわけではありません。」な
どとの考え方を示し,債務者が策定した基準地震動Ss-2を是認
している。地震ガイドにおいても,原子力規制委員会の示した上記
考え方と同趣旨の記載がされていると認められ,その定め自体が不
合理であると認めるに足りる疎明もないから,この点に関する債権
者らの主張には理由がないといわざるを得ない。
次に,債権者らが,債務者が留萌支庁南部地震の本件観測点以外
の観測記録を用いた地震動評価を行っていないことについて,債務
者が除外した観測記録中にも留萌支庁南部地震を超える地震動を観
測したものがある可能性があり,留萌支庁南部地震の本件観測点以
外の地点で本件観測点を上回る地震動が発生した可能性があること
を指摘して,債務者の策定した基準地震動Ss-2が過小である旨
主張する点についても,前記⑴オfのとおり,原子力規制委員会
は,パブリックコメントにおいて債権者らの上記主張と同様の指摘
があったことに対し,「他の地震については地盤情報が不足してい
ることや,観測結果そのものに非線形情報が含まれている等,現時
点では評価が不適切なものになると認識しています。」との考え方
を示すなどして,債務者が策定した基準地震動Ss-2を是認して
いる。現時点において,債務者が除外した観測記録に関して高精度
の地盤情報が備わっておらず,留萌支庁南部地震において本件観測
点を上回る地震動を観測した観測記録は存在しない以上,債務者が
策定した基準地震動Ss-2は現時点における最新の知見に基づき
評価されたものとみることができるから,債務者による基準地震動
Ss-2の策定及びこれに対する原子力規制委員会の新規制基準へ
の適合性判断が不合理とまでは認められないというべきである。
このように,現時点の基準地震動Ss-2については不合理とま
では認められないものの,今後債務者が安全性確保に対する十分な
姿勢を示すとともに,新規制基準の趣旨に沿う,より安全側に立っ
た基準地震動Ss-2の評価を行うためには,債務者自身が主張す
るように,今後,債務者が除外した観測記録に係る地盤情報に関し
て新たな知見が得られるなどした場合には,これらの観測記録に基
づく「震源を特定せず策定する地震動」の評価を実施していくべき
である。
e基準地震動Ssの策定に当たって包絡線とすべきか
債権者らは,債務者が基準地震動Ssの策定に当たって基準地震動
Ss-2につき留萌支庁南部地震で観測された波形を基本的にはその
まま用いていることについて,安全側に立つならば当該波形を包絡す
るような直線を設定して基準地震動Ssを設定すべきであり,債務者
の策定した基準地震動Ssは偽装ともいうべきものであるなどと主張
しているが,この点について,債務者は,「敷地ごとに震源を特定し
て策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」は個別に評
価すべきものとされているのであって,債務者が意図的に地震動評価
手法を変更した事実はなく,債権者らが主張するように観測記録から
離れて基準地震動Ss-2の波形を包絡させて基準地震動Ssを策定
することになれば,耐震安全上念のために考慮すべき観測記録(事実)
の特徴を見逃しかねないこととなり,新規制基準の基本的な考え方に
反することになると主張して,基準地震動Ss-1の設計用応答スペ
クトル(最大加速度:540㎝/s²)と基準地震動Ss-2の応答スペ
クトル(最大加速度:620㎝/s²)を併せて基準地震動Ssを策定し
ているところ,その結果は原子力規制委員
会においても是認されている。しかも,仮に債権者らが主張するよう
に地震動を引き上げる形で包絡させた場合には,基準地震動Ss-2
の波形情報が変容して耐震安全上考慮すべき波形の特徴が失われたり
希薄化する可能性があり,常に安全側に立つことにはならないという
べきであることを考慮すれば,債務者による基準地震動Ssの策定及
び原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断が不合理なもの
とはいえない。
なお,このような基準地震動Ssの定め方は,前記のとお
り,電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601-2008)によっても定めら
れているものであるところ,電気協会耐震設計技術指針は,前記⑴イ
エンドースはされていない
ものの,関係各方面の多くの専門家(規格に直接の利害関係を持つ事
業者・産業界のみならず,国をはじめとする規制機関及び検査機関あ
るいは中立的な立場の研究機関等第三者団体からの参加者を含む。)
が関与して,相当期間・多数回の検討・審議を行うなどして策定・改
訂されてきたものであり,原子力発電所耐震設計技術規程として運用
するには至らないが,今後,改良が期待される新技術に関することや
規格として定めることが必要ではあるものの研究開発課題である事項
等,一律に定めることが困難又は不適当な数多くの事項がある場合の
技術的内容を扱うものとして定められたものであるから,基本的には
原子力発電所の耐震安全性を高めるものと評価できるところ,債務者
もその趣旨から最新の知見等が反映された具体的な評価手法が記載さ
れているものとして参照し,基準地震動Ssを策定したのであって,
このことからも債務者による基準地震動Ssの策定及び原子力規制委
員会による新規制基準への適合性判断が不合理なものとはいえないと
いうべきである。
基準地震動超過地震による重大事故の防止
a耐震設計上確保される耐震安全上の余裕
債務者は,そもそも技術基準として要求される評価基準値自体が実
際に建物等や機器・配管系が壊れる限界値との関係で十分な余裕が確
保されている上,耐震設計において評価基準値に対しても上限値とな
らないように工学的な判断に基づく余裕が確保されており,加えて,
放射線に対する遮へいの要求等から建物の壁がより厚く設計されるな
ど,耐震以外の要求から更なる余裕が付加されているなどと主張して
いるところ,前記のとおり,本件原子炉施設の耐震設計・耐
震安全性の確認において,債務者が評価基準値に対して上限値となら
ないように工学的な判断に基づく余裕を確保し,放射線に対する遮へ
いの要求等から建物の壁をより厚く設計していることなどが認められ
る。
この点,債権者らは,例えば,評価基準値自体に含まれる余裕につ
いては,建物等の材質のばらつきや溶接・保守管理の良否等の不確定
要素を踏まえて余裕を持たせているものであるなど,それぞれ耐震安
全性そのものとは別の目的に基づき要求される余裕であるとして,こ
れらの余裕を考慮すべきでないと主張する。確かに,これらの余裕が
設けられている趣旨に照らせば,例えば,耐震設計を行うに当たって
の許認可等の際にこれらの余裕を考慮することは相当ではない。しか
しながら,本件申立てにおいて問題となる人格権侵害のおそれの有無
を検討するに当たっては,地震の影響により放射性物質の大規模な放
出を伴う重大事故の発生が実際に生じ得るかどうかが問題とされるべ
きところ,その地震動の影響を上記余裕によって抑え込めるのであれ
ば,上記重大事故の発生も防止できることとなる関係にあるのである
から,これらの余裕を考慮することができるというべきである。
そして,これらの余裕により,本件原子炉施設の耐震安全性が相当
程度高まることについては,前記⑴ウの本件実証実験の結果,
のストレステストの結果からもうかがえる(なお,
おり,ストレステストは本件原子炉施設がシステム全体として有する
耐震裕度を評価するものであるから,同テスト後に追加の安全対策が
施されていることを考えると,その耐震安全性は相当程度向上してい
ると見るべきであり,同テスト後に基準地震動Ssが540㎝/s²から
620㎝/s²に引き上げられていることから直ちにその耐震裕度が小
さくなったということはできないと解される。)。
また,前記によれば,前記前提事実⑸ウの基準地震動超過地
震によっても各原発に大きな損害が生じなかったことが認められ,前
記⑴カ外部機関(IAEA)の分析によれば,その要因
として,耐震設計上の安全余裕等が指摘されているのであるから,こ
のことからも上記の安全余裕が基準地震動超過地震による地震動の影
響を抑制する作用を有していることが基礎付けられるというべきであ
る。
なお,債務者は,原子力発電所の耐震設計では一般建物に要求され
る静的地震力の3倍の静的地震力を用いているところ,この静的地震
力による耐震設計で高い耐震安全性が確保されることについては,こ
れまでに発生した地震における一般建物の地震被害調査結果から明ら
かになっているなどと主張し,この点に関しては前記
兵庫県南部地震(M7.2)について日本建築学会が実施した,神戸
市灘区,東灘区及び中央区のうち震度7に相当する地域における鉄筋
コンクリート造建物の全数被害調査の報告によって,その調査対象の
約84%が建物の挙動が弾性域の範囲に収まっていたと考えられる
「軽微」までの被害にとどまっていたとされることなどが認められる
が,実際に被害が生じていることなどに鑑み,この点は本件原子炉施
設の耐震安全上の余裕があることの裏付けとなるとみることまではで
きないと考える。
b本件原子炉施設の安全確保対策
債務者は,本件原子炉施設に係る安全確保対策として,前記⑴エ
の従来からの多重防護の考え方に基づく設計を行うことによる安全対
策に加え,新規制基準に従い,
ける事故の教訓等を踏まえて重大事故が発生し得ることを前提とする
安全対策(シビアアクシデント対策)として,保安設備の追加配備や
運用面を含めた対策等を行っている。この安全対策の方針については,
前記⑴のとおり,原子力規制委員会により新規制基準への適合性
が認められるとの判断が示されている。
これらの安全対策は,福島第一原発における事故を踏まえて見直し
が行われ,同事故の教訓を生かして,放射性物質の大規模な放出を防
ぐことのできる実践的・実効的な対策が強化されたと評価すべきもの
である。したがって,これらの安全対策により,地震動の影響により
本件原子炉施設の安全上重要な施設・設備に問題が生じた場合でも,
放射性物質の外部環境への大規模な放出を相当程度防ぐことができる
こととなったというべきである。
将来得られる知見への対処
地震学及び地震工学には現時点では未解明な部分や発展途上の部分も
見られること,原子力発電所の潜在的な危険性が大きいことなどに鑑み
れば,原子力発電所における耐震安全性の確保は,関連諸科学の発展等
によって,現在の規制基準あるいは債務者による安全対策が不十分又は
誤りとなってしまうことを想定し,適切な時点で適正かつ必要な見直し
を行うことが不可欠となる。
この点,原子炉等規制法は,発電用原子炉設置者等の原子力事業者等
の責務として,「原子力施設における安全に関する最新の知見を踏まえ
つつ,核原料物質,核燃料物質及び原子炉による災害の防止に関し,原
子力施設の安全性の向上に資する設備又は機器の設置,保安教育の充実
その他必要な措置を講ずる責務を有する」ことが定められているところ
(同法57条の9),債務者は,本件原子炉施設の耐震安全性の確保に
関し,「債務者は,基準地震動の想定手法が,新たな知見及び観測記録
の蓄積などによって高度化してきた経緯を踏まえ,今後も地震観測の充
実等を図り,地域的な特性の把握の精度向上に努めるなどの取組を継続
して実施し,更なる安全性信頼性の向上に努めることが肝要であると認
識している。」旨主張し,関連諸科学の発展等に伴い,適切な時点で適
正かつ必要な見直しを行う姿勢を示しているものと認められる。
小括
とおり債権者らの主張を検討してもなお,前
全性の評価に関し,原子力規制委員会が示した新規制基準への適合性判
断及び現在継続中の調査審議の過程に不合理な点がないことについて,
債務者の側において,相当の根拠を示し,必要な資料を提出して,主張
疎明されたものと認められることに変わりはなく,加えて,債務者は,
保するとともに,多重防護の考え方に基づく安全確保対策や福島第一原
発における事故を踏まえた重大事故対策(シビアアクシデント対策)を
施設の耐震安全性の確保に関し,地震学等の関連諸科学の発展に伴い,
適切な時点で適正かつ必要な見直しを行う姿勢を示しているものと認め
られ,これらの債務者の取組や姿勢も本件原子炉施設の耐震安全性の確
保に大きく寄与するものと評価することができる。
なお,既に述べたとおり,原子力規制委員会が,安全目標(事故時に
おけるセシウム137の放出量が100TBqを超えるような事故の発生
頻度を10-6
/年程度を超えないように抑制すること)を定めており,こ
の安全目標が達成される場合には,健康被害につながる程度の放射性物
質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程
度に小さなものに保つことができると解されるところ,この安全目標は,
原子力規制委員会が原子力による規制を進めていく上で達成を目指す目
標とされているものの,新規制基準においては事故の発生頻度が安全目
標を下回ることが具体的に求められている訳ではない。しかし,前記1
⑵イのとおり,原子力規制委員会は,安全目標を踏まえて新規制基準や
各種審査基準を制定・策定していると解されること,前記のと
おり,本件原子炉施設については,確率論的安全評価によってどこまで
適正に安全性を評価することができるかという点で一定の限界があるも
ののその評価手法に基づいて算定された基準地震動Ssの年超過確率が
10-4
/年~10-5
/年程度とされていること,耐震安全上の余裕の確
保,多重防護の考え方に基づく安全確保対策,福島第一原発事故におけ
る事故を踏まえた重大事故対策等が実施された結果,厳しい重大事故を
想定しても環境に放出されるセシウム137の放出量が7日間で約5.
6TBq(事故後100日間で約6.3TBq)にとどまることなどを考える
と,安全目標が求める安全性の値を考慮しても,本件原子炉施設に係る
基準地震動Ssの策定及び耐震安全性の評価に不合理な点があるとは認
められない。
⑶債権者らの主張について
によれば,本件原子炉施設の耐震安全性に関しては,
債務者の側において,原子力規制委員会が制定・策定した新規制基準の内容
及び原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点のない
ことを相当の根拠を示し,かつ,必要な資料を提出して主張疎明を尽くした
こととなるから,本件申立てにより本件原子炉施設の運転差止めが認められ
るためには,債権者らにおいて,本件原子炉施設の安全性に欠ける点があり,
債権者らの人格的利益が現に侵害され,又は侵害される具体的危険性がある
ことについて主張疎明しなければならないこととなる。
この点,債権者らは,本件原子炉施設には大規模な地震が発生した場合の
「冷やす」機能及び「閉じ込める」機能の維持について重大な欠陥があると
して,債権者らの人格的利益が現に侵害され,又は,侵害される具体的危険
性がある旨主張するが,本件原子炉施設の耐震設計上,
相当程度の耐震安全上の余裕が確保されていることに加え,安全確保対策が
施されていることを考慮すれば,債権者らとしては,本件判断枠組みにおい
て,単に本件原子炉施設敷地に基準地震動Ssを超過する地震動をもたらす
地震の発生可能性があることを主張疎明するのみならず,その影響により耐
震設計上の安全余裕や安全確保対策をもってしても放射性物質の大規模な放
出を伴う重大事故の発生が避けられないことをも疎明する必要があると解す
るのが相当である。ところが,債権者らは,上記主張に関して具体的な疎明
資料を提出していないため,このような事故の発生が避けられないと認める
に足りる疎明はないといわざるを得ない。
⑷小括
以上によれば,地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性により債権
者らを含む周辺住民の生命,身体等の人格的利益が侵害され又はそのおそれ
があると認めることはできない。
3火山事象により本件原子炉施設が影響を受ける可能性と人格権侵害又はその
おそれの有無(争点3)について
⑴認定事実
ア火山に関する新規制基準について
内容
火山に関する新規制基準の内容は,別紙「新規制基準の定め」のとお
りであり(乙198),火山ガイドの内容は,別紙「原子力発電所の火
山影響評価ガイド」のとおりである(甲60,乙151)。
なお,新規制基準の内容が簡潔な記載にとどまっているため,原子力
規制委員会の新規制基準への適合性審査も火山ガイドに大幅に依拠して
行われている(乙44)。
制定・策定過程
a参考とされた専門的知見
前記前提事実⑺イのとおり,火山ガイドは,原子力規制委員会によ
って平成25年6月19日に策定されたものであるところ,その策定
に当たっては,日本電気協会策定の「原子力発電所火山影響評価技術
指針(JEAG4625-2009)」(乙152)及びIAEASafetyStandards「Volcanic
HazardsinSiteEvaluationforNuclearInstallations(No.SSG-21,2012)」
(乙153,199)という国内外の専門的な知見が参考とされた(甲
60,乙151)。
b策定過程
⒜火山ガイドの策定に当たっては,発電用軽水型原子炉の新規制基
準に関する検討チーム及び火山に関する規制基準検討会等におい
て,F(東京大学地震研究所教授),G(独立行政法人防災科学技
術研究所主任研究員),H(首都大学東京教授)及びI(独立行政
法人産業技術総合研究所主幹研究員)の4名の専門家からの意見聴
取が行われた(甲64の1・2,乙154~156)。
このうち,平成25年3月28日に開催された発電用軽水型原子
炉の新規制基準に関する検討チーム第20回会合において,F教授
は「原子力発電所の火山影響に関する考え方」について講演し,そ
の中で,次のような説明を行ったとされる(乙64,154)。
①カルデラ火山の破局的噴火の観測例は世界のどこにもない
ため,このような噴火の予測には非常に大きな問題がある。
②カルデラ火山の破局的噴火の頻度が極めて低いと認められ
れば,仮に過去の噴火の際に火砕流が到達した地点に建造物
があっても問題がないといえる。
③モニタリングによって的確に異常が捉えられるかどうか,
あるいは,最大噴火に至る先行現象を認識できるかどうかと
いうことが,カルデラ火山の破局的噴火が将来起こるかどう
かを判断するための大きな材料となると考えられる。
④カルデラ火山の破局的噴火の先行現象としては,姶良カル
デラにおいては,その最大噴火直前に比較的大きな噴火が起
こったことが特徴として指摘され,阿蘇カルデラ及び姶良カ
ルデラにおいては,それ以前にないような高温の溶岩流が非
常に広範囲に噴出された例が認められており,その他にも,
地震による液状化及び地すべり現象が破局的噴火の前に起こ
ったことが指摘されている。こうした先行現象を見逃さなけ
れば,カルデラ火山の破局的噴火が近づいているということ
が認識できるものと考えられる。
⑤各カルデラ火山の噴火についても規則性があることが示さ
れており,南九州のカルデラ火山の破局的噴火についても,
一つのカルデラだけではなく,加久藤・小林カルデラ,姶良
カルデラ,阿多カルデラ及び鬼界カルデラを含む広域的な範
囲で捉えると,統計的に評価することができるであろうと考
えられる。
⑥南九州のカルデラ火山について階段ダイヤグラムを用いた
場合,比較的きれいな階段を描くことができ,将来における
カルデラ火山の破局的噴火の発生確率を検討する際に材料と
して用いることができるものと考えられる。
⑦カルデラが形成されるような巨大噴火では数十年から数百
年の短い期間にマグマが大量に生成され,噴火の場所に一気
に充填されるので,マグマの変動量が非常に大きく記録され
ることになり,モニタリングをすることによってその変化を
認識し得る。
⑧マグマの大量蓄積により火山周辺で地殻変動が起こる可能
性も指摘されている。
⑨地下におけるマグマの存在は確認できたとしても,どれぐ
らいの量が溜まっているかについては現在の火山学では明ら
かにすることはできないが,マグマの変動量を基に,どれだ
けの量がどれだけの割合で膨らんでいるかという分析をする
ことはできる。
また,上記のうち,火山に関する規制基準検討会の開催に先立っ
て,原子力安全基盤機構において,平成25年3月14日及び同年
4月2日に研修会が開催されるとともに,同年5月27日に開催さ
れた火山に関する規制基準検討会第1回会合において,出席した専
門家からは,火山噴火の既往最大規模,過去に10㎞3
以上の大規模
噴火をした火山において30万年以上10㎞3
以上の噴火をしてい
ない火山をモニタリング対象外とすることの妥当性,国のモニタリ
ング情報の活用を含むモニタリングの方法及び降下火砕物の影響に
ついて,今後十分に検討する必要があるとのコメントがあったとさ
れる(甲64の1・2,乙155,156)。
⒝火山ガイドの策定に当たっては,専門家だけでなく,広く国民の
意見を募集し,意見を適切に反映することを目的として,パブリッ
クコメントが実施され,原子力規制委員会において,寄せられた意
見についても検討がなされた(乙157,158)。
⒞策定された火山ガイド及び債務者の火山影響評価については,火
山に関する規制基準検討会において,F(東京大学地震研究所教授),
J(熊本大学教授),K(北海道大学教授),G(独立行政法人防
災科学技術研究所主任研究員),I(独立行政法人産業技術総合研
究所主幹研究員)及びL(独立行政法人産業技術総合研究所主任研
究員)の6名の専門家に対して説明が行われたが,出席者からは,
火山ガイドに同検討会で実施している火山影響評価に関する技術
知見の整備に関する研究の成果が反映されるように進めることが
必要であるとのコメントがあったとされるが,それ以上に火山ガイ
ド及び債務者の火山影響評価自体に対する異論は出されなかった
ようである(乙159)。
イ債務者による火山影響評価
債務者は,新規制基準及び火山ガイドに従い,前記前提事実⑽イのとお
り,本件原子炉施設に係る火山影響評価を行った。その評価の具体的な内
容は次のとおりである(甲62,乙1の3の5,57,59)。
鹿児島地溝全体としてのVEI7以上の噴火の平均発生間隔は約9万
年であり,当該地域における最新のVEI7以上の噴火は約3.0万年
前ないし約2.8万年前であることから,鹿児島地溝については,VE
I7以上の噴火の活動間隔は最新のVEI7以上の噴火からの経過時間
に比べて十分長く,本件原子炉施設の運用期間中におけるVEI7以上
の噴火の活動可能性は十分低い。
①Nagaoka(1988)(乙65)による噴火ステージ,②鍵山恒臣編「マグ
マダイナミクスと火山噴火,地球科学の新展開3」(2003),東宮(1997)
(乙70)などの知見によるマグマ溜まりの浮力中立点に関する検討及
びRoche,OandDruitt,T.H.「Onsetofcalderacollapseduringignimbrite
eruptions.」(2001),篠原宏志ほか「火山研究解説集:薩摩硫黄島」(2008)
(乙71,以下「篠原ほか(2008)」という。)などの知見によるメルト
包有物・鉱物組成等に関する分析結果などによれば,VEI7以上の噴
火時のマグマ溜まりは少なくとも地下10㎞以浅にあると考えられるこ
と,③Druitt,T.H.etal.「Decadaltomonthlytimescalesofmagmatransferand
reservoirgrowthatacalderavolcano.」(2012)(乙74,以下「Druittetal.
(2012)」という。)がVEI7以上の噴火直前の100年程度の間に急
激にマグマが供給されたと推定している知見を踏まえ,地球物理学的調
査の情報から各カルデラの地下構造を推定した知見や国土地理院による
電子基準点の解析結果などに基づいてマグマの供給状態を推定し,また,
階段ダイヤグラムに基づく噴火ステージの評価を行ったところ,現在の
マグマ溜まりの状態がVEI7以上の噴火直前の状態ではないと評価で
きるから,阿蘇カルデラ,鹿児島地溝のカルデラ及び鬼界における本件
原子炉施設の運用期間中のVEI7以上の噴火の活動可能性は十分に小
さい。
運用期間中の噴火規模については,阿蘇カルデラ,鹿児島地溝のカル
デラ及び鬼界における噴火はVEI6以下の既往最大を,その他の9火
山については各火山の既往最大規模をそれぞれ考慮することとするが,
その噴火によって生じる設計対応不可能な火山事象(火砕物密度流,溶
岩流,岩屑なだれ,地滑り及び斜面崩壊,新しい火口の開口,地殻変動)
が本件原子炉施設敷地に影響することはないものと判断される。
本件原子炉施設敷地の半径5㎞の範囲に火砕流堆積物が認められてい
ることから,設計対応不可能な火山事象が過去に敷地に到達したことが
否定できない加久藤・小林カルデラ,姶良カルデラ及び阿多カルデラに
加え,阿蘇カルデラ,鬼界を対象に運用期間中にモニタリングを行う。
その方針としては,①VEI7以上の噴火の先行現象であるマグマの供
給時に変化が表れる地殻変動及び地震活動について,既存観測網等によ
る地殻変動及び地震活動の観測記録,公的機関による発表情報等の収集
・分析を行い,第三者の火山専門家の助言を得た評価を定期的に行う(警
戒時には臨時に行う)ことで火山活動状況に変化がないことを確認する
こととし,②対象火山の状態に変化が生じた場合は,設計対応不可能な
火山事象を伴うVEI7以上の噴火への発展可能性を評価し,その可能
性がある場合には原子炉の運転停止,燃料体の搬出等を実施することと
している。
本件原子炉施設の安全性に影響を与える可能性のある火山事象として
は,前記の運用期間中に本件原子炉施設敷地に影響を及ぼさないもの
と判断できる火山事象の他に降下火砕物(火山灰等)があるが,これに
ついては,過去最も影響が大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷
地付近において層厚12.5㎝以下)を踏まえ,本件原子炉施設に層厚
15㎝の降下火砕物(火山灰等)が生じた場合についての評価を行い,
防護設計を行った。
ウ原子力規制委員会による新規制基準への適合性審査
適合性審査における審査過程
a原子力規制委員会による本件原子炉施設に係る新規制基準への適合
性審査においては,C(東京大学名誉教授・元原子力規制委員会委員
長代理)ら原子力規制委員会の委員のほか,地質・火山に関する専門
的知識を有する専門職員を含む多くの原子力規制庁職員によって,債
務者からのヒアリング及び審査会合が多数回行われ,科学的・技術的
な見地に立って,債務者の評価が火山ガイドに沿ったものであること
が確認されている(乙160)。
b適合性審査の結果については,原子力規制委員会が「本件原子力発
電所の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案」としてと
りまとめ,債務者の火山影響評価が妥当であるとの判断が示された(乙
2,161)。
その上で,上記審査書案については,広く国民の意見を募集し,意
見を適切に反映することを目的として,パブリックコメントが実施さ
れており(乙162),寄せられた意見も踏まえて「本件原子力発電
所の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書」(甲72,乙
44,58)が了承された(乙163)。
適合性審査の判断内容
原子力規制委員会は,債務者の行った火山影響評価について,前記
bの審査書において,次のような判断を示した。
a原子力規制委員会は,債務者が抽出した本件原子炉施設に影響を及
ぼし得る火山(検討対象火山)について,地理的領域の設定や階段ダ
イヤグラムの作成等に基づくものであり,火山ガイドを踏まえたもの
となっていることを確認した(甲72,乙44,58)。
b原子力規制委員会は,債務者が行った本件原子炉施設の運用期間中
における検討対象火山の活動の評価について,過去の活動履歴の把握
や地球物理学的調査に基づくものであり,火山ガイドを踏まえたもの
となっていることを確認した(甲72,乙44,58)。
また,原子力規制委員会は,債務者が上記評価結果に基づき,本件
原子炉施設の運用期間中に設計対応不可能な火山事象によって本件原
子炉施設の安全性に影響を及ぼす可能性は十分小さいとしていること
についても,それが妥当であると判断した(甲72,乙44,58)。
なお,原子力規制委員会は,本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火
山(検討対象火山)の抽出に関し,前記bの審査書案に対するパブ
リックコメントにおいて,「階段ダイヤグラムを用いた評価や,鹿児
島地溝全体としてVEI7以上の噴火の平均発生間隔を9万年として
いる評価は不適切ではないか。」との指摘があったことに対し,「階
段ダイヤグラムを用いた火山噴火履歴の検証は,精度の問題はあるも
のの,活動履歴を把握する手法として有効と考えています。その際,
個々のカルデラでは,必ずしも明確な周期性は確認されていませんが,
鹿児島地溝における複数の火山を一括して評価していることについて
は,大局的な考察手法として捉えています。なお,個別火山の活動可
能性については,岩石学的,地球物理学的な既知の知見を基に総合的
に評価されており,その結果を確認しています。」との考え方を示し
ている(甲68,乙63)。
同様に,原子力規制委員会は,上記パブリックコメントにおいて,
「Nagaoka(1998)による噴火ステージの考え方は,一般化できないので
はないか。」(なお,「Nagaoka(1998)」は,Nagaoka(1988)の誤記であ
る。以下同じ。)との指摘があったことに対しては,「Nagaoka(1998)
による知見は,姶良カルデラ,阿多カルデラ及び鬼界を対象として検
討されているものであり,有用な知見であると考えています。」との
考え方を示しており,「『Druittetal.(2012)』の論文は,ミノア噴火
という過去1回の事例だけについて述べているのであって,南九州の
VEI7以上の噴火が同様であるという論拠にはならないのではない
か。」との指摘があったことに対しては,「申請者は,ミノア噴火の
事例のみならず,Nagaoka(1998)による噴火履歴に関する知見をはじ
め,過去の活動間隔,岩石学的情報,測地学的情報によるマグマ溜ま
りの知見,マグマ溜まりの浮力中立点に関する検討,GPSによる観
測結果等により,現在のマグマ溜まりがVEI7以上の噴火直前の状
態でないと評価しており,原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす
可能性が十分小さいとした申請者の評価は妥当であると判断していま
す。なお,一つの知見がすべての火山に適用可能とは考えていません。
様々な知見に基づいて総合的に評価していくことが重要と考えていま
す。」との考え方を示している(甲68,乙63)。
c原子力規制委員会は,債務者が策定した本件原子炉施設周辺のカル
デラ火山を対象とするモニタリングの方針について,設計対応不可能
な火山事象が過去に本件原子炉施設敷地に到達したことが否定できな
い火山を監視対象として抽出し,その監視項目及び監視の方法,定期
的評価の方針及び火山活動の兆候を把握した場合の対処方針を示して
いることなどから,火山ガイドを踏まえたものとなっていることを確
認した(甲72,乙44,58)。
この点,債務者は,本件原子炉施設に係る保安規定変更認可申請に
おいて,火山活動のモニタリング及び破局的噴火への発展の可能性に
つながる結果が観測された場合における必要な判断・対応を行う体制
の整備として,次の内容を含む計画を策定することとし,実施基準を
設けるなどしているが,現時点で同計画は未策定である(甲73,7
4,乙85)。
①火山活動のモニタリングのための活動を行うために必要な
要員の配置
②火山活動のモニタリングのための活動を行う要員に対する
教育訓練
③原子炉停止の計画策定
④燃料体等の搬出等の計画策定
d原子力規制委員会は,債務者が行った設計対応不可能な火山事象の
影響評価に関し,降下火砕物(火山灰等)について,過去最も影響が
大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷地付近において層厚1
2.5㎝以下)を踏まえ,本件原子炉施設に層厚15㎝の降下火砕物
(火山灰等)が生じた場合を想定して防護設計を行うなどしており,
これらの評価・対策が火山ガイドを踏まえたものとなっていることを
確認した(甲72,乙44,58)。
モニタリング検討チームにおける妥当性の確認
a原子力規制委員会は,平成26年8月20日,火山活動に対する原
子力施設の安全を確保するという観点から,巨大噴火につながるよう
な火山活動に対して適切に対応するための火山学上の知見や考え方を
整理するための「原子力施設における火山活動のモニタリングに関す
る検討チーム」(以下「モニタリング検討チーム」という)を設置し
た(乙164)。
モニタリング検討チームは,現在,M(原子力規制委員会委員・前
東北大学東北アジア研究センター教授),N(東京大学名誉教授),
O(京都大学名誉教授),F(東京大学地震研究所教授),C(東京
大学名誉教授),P(独立行政法人産業技術総合研究所活断層・火山
研究部門首席研究員),Q(独立行政法人防災科学技術研究所観測・
予測研究領域総括主任研究員),R(京都大学防災研究所火山活動研
究センター長),S(九州大学大学院理学研究院附属地震火山観測研
究センター長)及び地質・火山に関する専門的知識を有する専門職員
を含む原子力規制庁職員5名のメンバー(この他にオブザーバーとし
て3名が参加)から構成されている(乙164,165)。
b平成26年8月25日に開催されたモニタリング検討チーム第1回
会合で,O名誉教授は,債務者が降下火砕物(火山灰等)の評価に関
し,過去最も影響が大きかったと考えられる約1.3万年前の桜島薩
摩噴火を想定していることについて,「大まかなところでは妥当」と
の印象を持つ旨発言している(甲65,乙82)。
c平成26年12月16日に開催されたモニタリング検討チーム第
3回会合では,「原子力施設に係る巨大噴火を対象とした火山活動の
モニタリングに関する基本的考え方(案)」(乙166,以下「基本
的考え方」という。)について同意された(乙165)。
「基本的考え方」では,本件原子炉施設に関する原子力規制委員会
の適合性審査における考え方(①原子力規制委員会が,本件原子炉施
設について,現状では運用期間中にVEI7以上の巨大噴火活動の可
能性は十分低いと判断していること,②債務者が,巨大噴火を対象と
した火山活動のモニタリング(既存観測網等による地殻変動及び地震
活動の観測記録,公的機関による情報の収集・分析等)を実施すると
していること)を前提として,「何らかの異常が検知された場合には,
モニタリングによる検知の限界も考慮して,“空振りも覚悟のうえ”
で巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。また,
その判断は,原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべ
きである」といったモニタリングに関する考え方が示されている(乙
166)。
d前記cのモニタリング検討チーム第3回会合では,火山学会提言(甲
100,乙167)について,火山学会全体の最大公約数の意見をま
とめたものであり,前記cの基本的な考え方とほぼ一致する内容であ
ること,「今後,例えば海外で新たに噴火が起きたとか,あるいは研
究の進展に伴って新たな事実が分かったというような場合は,新知見
をどんどん取り入れて考慮しながら規格・基準等を見直していく必要
がある」との趣旨であることなどが確認されている(乙165)。
エ火山事象に関する知見
カルデラ火山の破局的噴火が起きた場合の影響
カルデラ火山の破局的噴火が起きた場合には,周辺部の数百万人は火
砕流のため即死し,日本列島に住む数千万人以上が分厚くたまった火山
灰の中で交通機関も食料もなく生活不能状態となる(甲109,111,
乙61)
鹿児島地溝におけるカルデラ火山について
a小林哲夫・矢野徹「南九州の地質・地質構造と温泉」(2007)は,南
九州で最も顕著な地形である鹿児島地溝について,1000万年前か
ら始まった沖縄トラフの形成・拡大と関連して形成された火山構造性
地溝であり,その内部に南から阿多カルデラ,姶良カルデラ及び加久
藤・小林カルデラを含み,現在でも活火山が多く存在する地溝である
としている(乙62)。
b中田節也「火山噴火の規則性とその意味」(2014)は,南九州のカル
デラ地域(鹿児島地溝)を一まとめにした上で,噴火頻度と噴火規模
の相関関係を階段ダイヤグラムによって把握し,これを将来のカルデ
ラ噴火の発生確率の推定に活用することができる可能性を指摘してい
る(乙168)。
噴火ステージ論について
aNagaoka(1988)は,鹿児島地溝のカルデラ火山の噴火サイクルに関
し,火山性堆積物の分析等に基づき,姶良カルデラ及び阿多カルデラ
においては,破局的噴火に先行してプリニー式噴火が断続的に発生す
る「プリニー式噴火ステージ」,破局的噴火が発生する「大規模火砕
流噴火ステージ」,破局的噴火後の残存マグマによる火砕流を噴出す
る「中規模火砕流噴火ステージ」及び多様な噴火様式の小規模噴火が
発生する「小規模噴火ステージ」の四つの噴火ステージが周期的に発
生し,5~8万年間続く噴火マルチサイクルを構成しているとし,深
海に沈む鬼界カルデラにおいては,噴火口にかかる高い水圧のため,
例外的に「プリニー式噴火ステージ」と「中規模火砕流噴火ステージ」
が存在しなかったとの見解を示している(乙65)。
b小林哲夫ほか「大規模カルデラ噴火の前兆現象-鬼界カルデラと姶
良カルデラ-」(2010)は,姶良カルデラの破局的噴火に関し,シラス
台地が広大な地域を厚く覆っているため破局的噴火の前兆現象につい
て顕著な事例は見つかっていないとしつつも,破局的噴火に先立って
プリニー式噴火による火砕流の発生があったことや,10万年という
長期間でみると,姶良カルデラの内部あるいは周辺で7500年に一
度の頻度で噴火が発生し,破局的噴火直前の3000年間には噴火の
頻度が1000年に一度に急増していたこと,最近10万年間のマグ
マ噴出量が徐々に増加してきており,直近の前兆現象ではないが破局
的噴火に向けられた注目すべき現象であることなどを指摘している
(乙66)。
c前野深「カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に」(2014)は,鬼界カ
ルデラにおける破局的噴火においても,プリニー式噴火が破局的噴火
(大規模火砕流及びカルデラ陥没を引き起こす噴火)に先行したとし
た上で,破局的噴火にプリニー式噴火が先行するとの特徴は多くのカ
ルデラ火山における破局的噴火で報告されていると指摘する(乙6
7)。
カルデラ火山の破局的噴火に至るマグマ溜まりの状況について
a荒牧重雄「カルデラ噴火の地学的意味」(2003)は,カルデラ火山の
破局的噴火の特徴は,地下数㎞にあるマグマ溜まりに存在していた大
量の珪長質マグマが発泡し,急激な体積の膨張に伴ってマグマの一部
が地表に噴出するというメカニズムにあるとした上で,1000㎞3
を超えるようなマグマが短時間に噴出するためには,その何倍もの量
の液体マグマがその時点で地下のマグマ溜まりに蓄えられていなけれ
ばならず,過去のカルデラ火山の破局的噴火とその結果生じたカルデ
ラの生成機構に照らせば,多くのマグマ溜まりの上端は地表から極め
て浅いところに位置すると指摘する(乙68)。
b東宮(1997)によると,マグマ溜まりは時間と共に各マグマの密度に
応じた浮力中立点へと移っていく傾向があるとされ,この知見によれ
ば,珪長質マグマ(デイサイト質又は流紋岩質。SiO2の含有量は62
%以上)の場合は,マグマ溜まりが深さ7㎞以浅に形成されることに
なる(乙69,70)。
過去の破局的噴火をみても,鬼界カルデラにおける約7300年前
の破局的噴火の直前には,深さ3~7㎞にかけて巨大な流紋岩質マグ
マが存在していたとされ(篠原ほか(2008),乙71),また,最近の
知見では,海外の事例から破局的噴火前のマグマ溜まりの深さが3.
5~6㎞であるとの見解や,姶良カルデラの破局的噴火前のマグマ溜
まりの深さを従来の7~10㎞よりもかなり浅い部分であったとの見
解が示されている(乙72,73)。
cDruittetal.(2012)は,紀元前1600年代後半のミノア期に起きたギ
リシア・サントリーニ火山の大規模噴火の際に生じた化学的(組成)
累帯構造を示す結晶を用いた分析により,大規模噴火直前の100年
程度の期間に急激にマグマが供給され,その際のマグマの増加率が0.
05㎞3
/年を超えていたと推定されるとしている(乙74)。
各カルデラ火山の破局的噴火の可能性(特にマグマ溜まりの状況)に
ついて
a姶良カルデラ
姶良カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については,井口正人ほ
か「桜島昭和火口噴火開始以降のGPS観測2010年~2011年」
(2011)によると,GPSによる地盤変動の観測結果から桜島のマグマ
溜まりが深さ6㎞に位置し,姶良カルデラ中央部のマグマ溜まりが深
さ12㎞に位置することが想定されている(乙75)。
b加久藤・小林カルデラ
加久藤・小林カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については,鍵
山恒臣ほか「霧島火山群の構造とマグマ供給系」(1997)(乙76)及
びGoto,T.etal.「Theresistivitystructurearoundthehypocentralareaof
theEbinoearthquakeswarminKyushudistrict,Japan.」(1997)(乙77)
によると,加久藤・小林カルデラの地下約10㎞以浅に低比抵抗領域
が認められないとされており,マグマ溜まりが低比抵抗となることか
らすると,この領域の地下約10㎞以浅にはマグマ溜まりが形成され
ていないものと考えられる。
c鬼界カルデラ
鬼界カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については,前野深ほか
「鬼界カルデラにおけるアカホヤ噴火以降の火山活動史」(2001)によ
れば,現在継続している火山活動は約7300年前の破局的噴火(ア
カホヤ噴火)の際のマグマと異なる新たなマグマによるものである(乙
78。なお,同論文では,アカホヤ噴火の時期につき「6.3ka」
と記載されているが,乙59,67,71により,約7300年前と
認定する。)。また,篠原ほか(2008)によれば,メルト包有物に関す
る検討から,鬼界カルデラの地下3㎞にマグマ溜まりの存在が推定さ
れ,現在の火山ガスの放出量から見積もられた,噴出せずに地下で脱
ガスしたマグマの総量が80㎞3
以上と推定されるものの,その噴出物
の分析により,現時点において,下部に玄武岩マグマ,上部に流紋岩
マグマ,その中間に安山岩マグマが存在するものの,放出される火山
ガスのほとんどが下部の玄武岩マグマを起源としていると考えられる
旨指摘されている(乙71)。
d阿蘇カルデラ
阿蘇カルデラにおけるマグマ溜まりの状況について,三好雅也ほか
「阿蘇カルデラ形成後に活動した多様なマグマとそれらの成因関係に
ついて」(2005)は,火山噴出物の分布状況等の分析結果から,阿蘇カ
ルデラの地下には大規模な珪長質マグマ溜まりはないとし(乙79),
Sudo,Y.andKongL.S.L「Three-dimensionalseismicvelocitystructure
beneathAsoVolcano,Kyushu,Japan.」(2001)も,地震波速度構造の解析
結果から,地下6㎞に小さな低速度領域(マグマ溜まりと考えられる)
が認められるのみであるとし(乙80),高倉伸一ほか「MT法によ
る阿蘇カルデラの比抵抗断面」(2000)も,比抵抗構造の解析結果から,
阿蘇カルデラの地下10㎞以浅に大きな低比抵抗領域(マグマ溜まり
と考えられる)は認められないとしている(乙81)。
eBPT分布による破局的噴火の発生確率の算定
鹿児島地溝のカルデラ火山(姶良カルデラ,加久藤・小林カルデラ
及び阿多カルデラ)において,債務者が想定した規模を超える破局的
噴火が今後1年間に発生する確率を,BPT分布(地震発生確率の計
算において用いられている手法で,最新の発生時期や発生間隔から確
率分布を導く)により算出すると約1.15×10-8
(1億分の1.1
5)となる(乙83)。
本件原子炉施設運用期間中のカルデラ火山の破局的噴火の可能性
火山学者50人にアンケートを実施したところ,そのうち29人がカ
ルデラ火山の破局的噴火によって本件原子炉施設が被害を受けるリスク
があると回答したとの報道があるほか(甲41),日本におけるカルデ
ラ火山の破局的噴火の頻度が1万年に1回程度(日本で今後100年間
におけるVEI7以上の破局的噴火の発生確率は0.73~1.0%と
推定することができるとする見解もある。)であり,最新の噴火が73
00年前(鬼界カルデラ)であるから,警戒すべき時期に差し掛かって
いると指摘する火山学者が一定数存在する(甲43,111,115,
118,乙67)。
⑵本件原子炉施設の火山事象に対する安全性について
ア新規制基準の合理性
新規制基準の内容についての評価
原子力規制委員会が策定した新規制基準及びその具体的内容を定める
火山ガイドaのとおり,国内外の専門的な知見を踏まえ,
同bのとおり,発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム及
び火山に関する規制基準検討会等において,火山学の専門家からの助言
・提言を受けながら,相当期間・多数回にわたる検討・審議を行った上,
一般からの意見募集とその検討を経て,前記前提事実⑺アのとおり,原
子力利用における安全性の確保に関する専門的知見等を有する委員長及
び委員から成る原子力規制委員会によって策定されたものであり,その
策定に至るまでの調査審議や判断過程に看過し難い過誤や欠落があると
認められない。また,その内容をみても明らかに不合理な点は見出せず,
原子力規制委員会は,安全目標の考え方を踏まえて新規制基準や火山ガ
イドを策定しているものと解される。
これらによれば,新規制基準及び火山ガイドは,福島第一原発におけ
る事故の経験等をも考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らし,
その内容に不合理な点はうかがわれない。よって,債務者の側において,
新規制基準の内容に不合理な点がないことについて,相当の根拠を示し,
必要な資料を提出して,主張疎明されたものと認められる。
債権者らの主張について
債権者らは,火山ガイドが,設計対応不可能な火山事象が原子力発電
所の運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価された場合で
も,原子力発電所に影響を及ぼし得る火山が抽出されていれば,その火
山活動のモニタリングと火山活動の兆候把握時の対応を適切に行うこと
を条件付けている点に関し,現在の火山学ではマグマ溜まりの状況等に
より破局的噴火の前兆を捉え,確実に噴火を予知することは不可能であ
り,仮に破局的噴火を予知することができたとしてもその時期は噴火の
直前にならざるを得ず,数か月,数年前といった早い時期から噴火の発
生を予測できるわけではないと考えられるから,その予知後に本件原子
炉施設から核燃料等を運び出す時間などないことは明らかであって,そ
うすると,モニタリング等を行い噴火の兆候を捉えて対処するという火
山ガイドの発想自体,現在の火山学に照らして不合理なものであり,科
学的根拠を欠いていると主張する。
この点,原子力規制委員会及び原子力規制庁の認識としても,火山ガ
イドの策定時においては,破局的噴火の前兆現象を確実に把握でき,そ
の把握から噴火に至るまでの期間が数十年程度あることを前提としてい
たことがうかがわれるところ(甲70,乙30,84),破局的噴火の
前兆現象としてどのようなものがあるかという点や,前兆現象が噴火の
どれくらい前から把握が可能であるかといった点については,火山学が
破局的噴火を未だ経験していないため,現時点において知見が確立して
いるとはいえない状況にある。
もっとも,火山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリングは,検討
対象火山について,設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期
間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されたことを前提に,そ
の後においても影響を及ぼす可能性が十分に小さいことを継続的に確認
することを目的として行うものであって,噴火の時期や規模を正確に予
知することを求めるものではないと解される。
の発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム第20回会合に
おけるF教授
破局的噴火に至る前兆現象としてプリニー式噴火が生じたり,急激なマ
グマ溜まりの形成・発展,あるいは地殻変動等が生じることが指摘され
ているところ,これらの知見に加え,火山ガイドの附則においても,「本
評価ガイドは,今後の新たな知見と経験の蓄積に応じて,それらを適切
に反映するように見直して行くものとする。」とされており,前記⑴ウ
同意された基本的な考え方において,「何らかの異常が検知された場合
には,モニタリングによる検知の限界も考慮して,“空振りも覚悟のう
え”で巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。ま
た,その判断は,原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行う
べきである」といったモニタリングに関する考え方が示されていること
をも併せ考慮すれば,火山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリング
は,その目的に照らして実効性のないものと断じることはできず,火山
学の知見に照らしても不合理なものではないと認めるのが相当である。
なお,火山学会の原子力問題対応委員会は,前記前提事実⑽ウのとお
は,モニタリング検討チームで同意された基本的な考え方とほぼ一致す
るものであって,「今後,例えば海外で新たに噴火が起きたとか,ある
いは研究の進展に伴って新たな事実が分かったというような場合は,新
知見をどんどん取り入れて考慮しながら規格・基準等を見直していく必
要がある」というものにとどまり,新規制基準及び火山ガイドの内容を
否定する趣旨までは含んでいないとみるのが相当である。
イ新規制基準への適合性判断の合理性
原子力規制委員会は,前記前提事実⑿のとおり,本件原子炉施設に係
る発電用原子炉設置変更を許可し,その際,前記⑴ウのとおり,債務者
の行った本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価について,新規制基
準への適合性を判断している。
債権者らは,本件原子炉施設が立地する九州地方におけるカルデラ火
山の破局的噴火は,約7300年前の鬼界カルデラの噴火が最後となっ
ているが,破局的噴火の周期が5000~1万6000年に1回程度と
考える見解もあること(周期が約9万年に1回とする債務者の主張には
根拠がないこと。),債務者の主張する噴火ステージ論にも根拠がない
ことからすると,このような破局的噴火がいつ起こってもおかしくない
状況であり,近い将来に発生する可能性も十分にあることに加え,姶良
カルデラにおいて約3万年前に発生した破局的噴火の火砕流が本件原子
炉施設の敷地まで達していた可能性があることをも併せ考慮すると,カ
ルデラ火山の破局的噴火が発生してしまうと,その火砕流によって本件
原子炉施設が破壊されることになるから,本件原子炉施設が,火山ガイ
ドの定める「原子力発電所の運用期間中に火山活動が想定され,それに
よる設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に影響を及ぼす可能性が
小さいと評価できない場合」に該当することは明らかであって,立地不
適と判断されるべきであるなどと主張する。
この点,本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価についての原子力
規制委員会による新規制基準への適合性判断は,前記前提事実⑺アのと
おり,原子力利用における安全性の確保に関する専門的知見等を有する
委員長及び委員から成る原子力規制委員会により,
債務者からの多数回にわたるヒアリング及び審査会合や,一般からの意
見募集及びそこで提出された意見の検討を経て示されたものであり,そ
の調査審議及び判断過程が適正を欠くものとうかがわれる事情はなく,
むしろその調査審議は厳格かつ詳細に行われたものと評価できる。
なお,原子力規制委員会の委員長及び委員の中に火山学の専門家は含
まれていないものの,前記⑴ア
定に当たって国内外の知見を参照し,専門家からのヒアリングを実施す
るなど,専門的知見の収集に努めてきたものであり(甲64,乙156
原子力規制庁には火山に関する専門
的知見を有する職員が含まれており,本件原子炉施設の新規制基準への
適合性判断の審査に関与していたこと,債務
者の行った火山影響評価については,火山に関する規制基準検討会にお
いて火山の専門家に対する説明がなされたが,出席者から特に異論が出
なかったことがそれぞれ認められる。
また,債務者鹿児島地溝全体として
VEI7以上の噴火の平均発生間隔を把握し,階段ダイヤグラムによる
噴火ステージの評価を行い,かつ,各カルデラ火山の地下のマグマ溜ま
りの状況に関する知見等を考慮して,本件原子炉施設の運用期間中にお
けるVEI7以上の噴火の活動可能性が十分に低いものと判断している
ところ,
な債務者による火山事象(カルデラ火山の破局的噴火に伴う事象)の影
響評価について,火山ガイドを踏まえたものであり,新規制基準への適
合性が認められるものと判断している。これらの債務者及び原子力規制
委員会の判断は,
する検討チーム第20回会合におけるF教授の講演での説明や前記⑴エ
の専門的知見によっても基礎付けられているというべきである
(なお,上記専門的知見のうち,特にNagaoka(1988)の噴火ステージ論
及びDruittetal.(2012)のミノア噴火に関する知見をあたかも一般理論の
ように依拠していることに対しては,強い批判もみられるが,これらの
知見もマグマ溜まりの状況等その他の知見や調査結果と総合考慮される
ものであるから,上記批判が一部妥当するとしても債務者及び原子力規
制委員会の判断全体が不合理なものとまで認めることはできないと考え
られる。)。
これに対し,前記⑴エのとおり,日本においてカルデラ火山の破局
的噴火の活動可能性が十分に小さいとはいえないと考える火山学者も一
定数存在するが,前記のとおり,火山学
会全体の最大公約数の意見をまとめた火山学会提言でもこの点に関して
特に言及されていないことに照らせば,上記認識が火山学会の多数を占
めるものではないとみるのが相当である。また,日本においてカルデラ
火山の破局的噴火の活動可能性が十分に小さいとはいえないと考える火
山学者においても,破局的噴火の頻度は小さいものであるとの認識は共
通しており,そうした火山学者の指摘は,破局的噴火については観測例
が存在せず,その実体や機序が不明で噴火を予知することも不可能と考
えられることなどから破局的噴火の活動可能性を否定できないとする趣
旨とみるべきであり,本件原子炉施設周辺のカルデラ火山において破局
的噴火の危険性が高まっていることを具体的に指摘する見解は見当たら
ない(甲43,77,99,109,115,142,143参照)。
なお,債務者及び原子力規制委員会が,
b及びdのとおり,上記のカルデラ火山の破局的噴火以外の火山事象に
より本件原子炉施設の安全性に影響を与える可能性があるものとして降
下火砕物(火山灰等)のみを挙げ,その余の火山事象は本件原子炉施設
に影響を及ぼさないものと評価していることや,降下火砕物(火山灰等)
としては過去最も大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷地付近
において層厚12.5㎝以下)を踏まえ,本件原子炉施設に層厚15㎝
の降下火砕物(火山灰等)が生じた場合を想定して防護設計等を行うこ
O名誉教授の発言等に照
らし,火山学の専門的知見と矛盾するものではなく,その判断に不合理
な点は認められない。
これらによれば,本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価について
の原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に,看過し難い過
誤,欠落があるとは認められず,福島第一原発における事故の経験等を
も考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らしても,不合理な点が
あるとまでは認められないというべきである。
以上によれば,本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価についての
原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点がない
ことについて,債務者の側において,相当の根拠を示し,必要な資料を
提出して,主張疎明されたものと認めるのが相当である。
これに対し,債権者らは,本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価
に関し,本件原子炉施設の安全性に欠ける点があり,債権者らの生命,
身体等の人格的利益が現に侵害されているか,又は侵害される具体的な
危険性があることについて,上記主張の他に具体的に主張疎明していな
い(なお,債権者らは,火山ガイドにおいて立地不適と判断される場合
には,カルデラ火山の破局的噴火によって債権者らの人格権が侵害され
る具体的危険性が認められることを当然の前提とするようであるが,前
大なものであり,本件原子炉施設にその影響が及ぶ場合には債権者らを
含む周辺住民にも当該噴火の影響が直接及ぶことが想定されるところ,
本件原子炉施設に破局的噴火の影響が及ぶことにより債権者らの人格的
利益がいかなる態様及び機序(因果関係)により侵害され,又は侵害さ
れる具体的危険性があるのかについても主張疎明すべきであると解され
る。この点についても債権者らの主張疎明は不十分であるといわざるを
得ない。)。
⑶小括
以上によれば,本件原子炉施設の火山事象に対する安全性を検討しても債
権者らを含む周辺住民の生命,身体等の人格的利益の侵害又はそのおそれに
結びつくような安全性の欠如が存すると認めることはできない。
4本件避難計画等の実効性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点4)につ
いて
⑴適正な避難計画の策定が求められること
本件原子炉施設は新規制基準に適合しており,地震に起因する事故の可能
性や火山事象により影響を受ける可能性に関する債権者らの主張及び疎明資
料を検討してみても,本件原子炉施設を差し止めるに足りる人格権の侵害又
はそのおそれがあると認めることはできないことは,既に述べたとおりであ
る。
しかしながら,新規制基準に適合したからといって,地震に起因する本件
原子炉施設の重大事故(健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴う
ような事故)や火山事象により本件原子炉施設が重大な影響を受けることが
およそあり得ないと認められる訳ではないし,現時点で地震学及び火山学の
知見に照らしても,本件原子炉施設の重大事故に結びつく地震又は本件原子
炉施設に重大な影響を与える火山事象がおよそ起こり得ないとまで認めるこ
とはできず,ただ重大事故等の発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に
小さなものに保つことができると判断できるにすぎない。
そのように極めて小さな可能性であっても,重大事故発生の危険性を全く
排除できない以上,本件原子炉施設において重大事故が発生した場合に,周
辺住民が適切に避難できる避難計画が策定されるべきであることはいうまで
もなく,そうした適切な避難計画が策定されていないまま本件原子炉施設を
稼働させる場合には,周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれが存すると解
する余地がある。
そこで,本件原子炉施設に係る周辺住民の避難計画が適切に策定されてい
るか否か,周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれに結びつくような避難計
画の策定の不備が存するか否かについて検討する。
⑵認定事実
ア原子力災害対策指針の定め
原子力安全委員会は,原子力発電所等の周辺における防災活動をより
円滑に実施するための専門的・技術的事項として「原子力施設等の防災
対策について」をとりまとめてきたが,平成23年3月に福島第一原発
における事故が起こり,従来の原子力防災について多くの問題点が明ら
かとなり,平成24年3月に原子力安全委員会の原子力施設等防災専門
部会防災指針検討ワーキンググループからの報告並びに国会,政府及び
民間の各事故調査委員会からの報告等により,住民等の視点を踏まえた
対応の欠如,複合災害や過酷事象への対策を含む教育・訓練の不足,緊
急時の情報提供体制の不備,避難計画や資機材等の事前準備の不足,各
種対策の意思決定の不明確さ等に関する見直しについても多数の提言が
された(乙35,91)。
原子力規制委員会は,上記の各事故調査委員会からの報告等を考慮し,
原子力災害対策指針を数度にわたり全面改正した(最終改正は平成25
年9月5日,乙35,91)。
同原子力災害対策指針においては,緊急事態への対応状況を,準備段
階・初期対応段階・中期対応段階・復旧段階に区分し,各区分における
防護措置実施の基本的考え方について,次のように指摘している(乙3
5,91)。
a準備段階では,原子力事業者,国,地方公共団体等がそれぞれの行
動計画を策定して関係者に周知するとともに,これを訓練等で検証・
評価し,改善する必要があること
b初期対応段階では,情報が限られた中でも,放射線被曝による確定
的影響を回避するとともに,確率的影響のリスクを最小限に抑えるた
め,迅速な防護措置等の対応を行う必要があること
c中期対応段階では,放射性物質又は放射線の影響を適切に管理する
ことが求められ,環境放射線モニタリングや解析により放射線状況を
十分に把握し,それに基づき,初期対応段階で実施した防護措置の変
更・解除や長期にわたる防護措置の検討を行う必要があること
d復旧段階では,その段階への移行期に策定した地域の長期的な復旧
策の計画に基づき,通常の社会的・経済的活動への復帰の支援を行う
必要があること
そして,緊急事態の初期対応段階においては,福島第一原発における
事故の教訓を踏まえ,放射性物質の放出開始前から,施設の状況に応じ
て設定した「緊急事態の区分」に基づき予防的防護措置を実施するとと
もに,万一の放射性物質の放出の際には緊急時モニタリング結果に基づ
き緊急時防護措置を実施することとされている(乙91)。
この「緊急事態の区分」は発電所の状況に応じて警戒事態,施設敷地
緊急事態及び全面緊急事態の3つの区分に細分され,また,「原子力災
害対策重点区域」は,発電所からの距離を目安に,PAZ,UPZ及び
UPZ外の3つの区分に細分されている。
a警戒事態
⒜発電所の状況
公衆への放射線による影響やそのおそれが緊急のものではない異
常事象(震度6弱以上の地震,大津波警報発令,外部電源の喪失,
一次冷却材の漏えい等)が生じた状況
⒝住民の避難行動
PAZ圏内の要援護者の避難準備(避難先,輸送手段の確保等)
を開始
b施設敷地緊急事態
⒜発電所の状況
公衆に放射線による影響をもたらす可能性のある事象(一次冷却
材の大規模漏えい,全交流電源の喪失(30分間以上),原子炉格
納容器内の圧力の想定を超える上昇等)が生じた状況
⒝住民の避難行動
PAZ圏内の要援護者に30㎞圏外への避難を指示,PAZ圏内
の一般住民は避難準備(避難先,輸送手段の確保等)を開始
c全面緊急事態
⒜発電所の状況
公衆に放射線による影響をもたらす可能性が高い事象(一次冷却
材の大規模漏えいの発生かつ非常用炉心冷却装置による注水の不
能,全交流動力電源の喪失(1時間以上),原子炉格納容器の設計
圧力超過等)が生じた状況
⒝住民の避難行動
PAZ圏内の一般住民に30㎞圏外への避難を指示し,UPZ圏
内の住民(「要援護者」,「一般住民」)に屋内退避を指示
d放射性物質が放出された場合
放射性物質が放出された場合は,その拡散により比較的広い範囲に
おいて空間放射線量率等の高い地点が発生する可能性があり,このよ
うな事態に備えて,国,地方公共団体及び原子力事業者は,緊急時モ
ニタリングを迅速に行い,その測定結果を防護措置を実施すべき基準
に照らして,必要な措置の判断を行い,これを実施する。避難ないし
一時移転を求められるケースは以下のとおりである。
⒜地上1mで計測した場合の空間放射線量率が500μSv/h(OIL
1)を超過した地域の住民に対して,1日以内の避難を指示
⒝同空間放射線量率20μSv/h(OIL2)を超過した地域の住民に
対して,1週間程度以内の一時移転を指示
イ本件避難計画等について
本件原子炉施設に係る原子力災害対策重点区域を管轄に含む地方公共団
体(薩摩川内市,いちき串木野市,阿久根市,鹿児島市,出水市,日置市,
姶良市,さつま町及び長島町)は,本件避難計画等を策定しているところ,
その概要は,以下のとおりである(乙92~96,審尋の全趣旨)。
警戒事態における対応
a薩摩川内市は,「原子力災害職員配置表」に基づき,滄浪地区に5
名,寄田地区に5名,水引地区に15名,峰山地区に7名の合計32
名の職員を配置する。
b薩摩川内市内のバス事業者等は,鹿児島県又は薩摩川内市の要請に
備え,バスの配車準備を開始する。
cPAZ圏内避難の対象となる4地区内のコミュニティセンターを拠
点に,地区単位のコミュニティを活用した情報伝達を実施する。
dコミュニティセンターへ派遣された市の職員は,IP無線により薩
摩川内市災害対策本部と情報を共有し,市災害対策本部は,入手した
情報を防災行政無線等で伝達する。
e医療機関,社会福祉施設,小中学校,保育所,在宅の避難行動要支
援者への情報伝達は薩摩川内市災害対策本部から実施する。必要に応
じ,自治会長等と協力し,情報伝達を行う。
施設敷地緊急事態における対応(PAZ圏内の要援護者の避難)
a医療機関・社会福祉施設(7施設)の入居者363人及び職員10
0人(合計463人)の避難先には,鹿児島市と姶良市の施設が確保
されている。
b在宅の避難行動要支援者457人及び支援者457人(要支援者の
うち412人については避難時の支援者が存在。要支援者のうち45
人については,薩摩川内市,対象地区公民館長,民生委員等を集めた
協議会を通じて支援者を確保。)(合計914人)は,避難先施設に
輸送し,その後,避難先施設で指定された福祉避難所へ移動する。
また,避難することにより健康リスクが高まる者85人及び支援者
85人(合計170人)は,放射線防護機能を付加した近傍の屋内退
避施設(5施設)に輸送する。
c小中学校及び保育所の児童,生徒及び幼児の合計385人,職員8
9人(合計474人)は,警戒事態の時点で保護者に引き渡す。保護
者への引渡しができない児童等は,施設敷地緊急事態になった場合,
予定された避難所にバスで移動し,その場で保護者に引き渡す(避難
計画としては児童等の全員について保護者への引渡しができない場合
で想定)。
d前記a~cの合計約2000人に対して必要となる輸送力は,バス
52台,福祉車両25台である。薩摩川内市内のバス会社や債務者の
車両により,必要台数を確保する。
全面緊急事態(放射性物質放出前)における対応
aPAZ圏内の一般住民について,自家用車で避難させるとともに,
自家用車による避難ができない住民816人,観光客等一時滞在者2
25人(想定対象人数約1000人)を鹿児島市内のあらかじめ定め
られた避難先へバス等で移送する。
これらの移送のためバス33台が必要となるところ,薩摩川内市内
のバス会社が保有する車両総数のうち,施設敷地緊急事態で使用する
車両を除く残りの車両から31台を,債務者が確保する車両2台以上
を(施設敷地緊急事態要避難者の避難時に使用した車両を再利用),
それぞれ確保する。
bUPZ圏内の住民については,予防的防護措置として,屋内退避(自
宅や職場,近くの公共施設などの建物の中に入ること)を開始する。
全面緊急事態(放射性物質放出後)における対応(UPZ圏内の住民
の避難)
a放射性プルーム(気体状又は粒子状の放射性物質を含んだ空気の一
団)が通過している間に屋外で行動するとかえって被曝のリスクが増
加するおそれがあるため,屋内退避を継続する。
bその後,原子力災害対策本部が,緊急時モニタリングの結果に基づ
き,空間放射線量率が20μSv/h以上となる区域を1日以内に特定す
る。当該区域の住民は原子力災害対策本部の指示によりおおむね1週
間以内に一時移転を実施する。
なお,空間放射線量率が500μSv/h以上となる区域が特定された場
合は,当該地域の住民を速やかに避難させる。
c一時移転等の指示は,国の原子力災害対策本部から,鹿児島県及び
関係市町に対し,TV会議システムを用いて伝達する。関係市町から,
住民,自治会,消防団,農協,漁協,医療機関,社会福祉施設等への
伝達は,防災行政無線,広報車,緊急速報(エリアメール等),電話,
FAX等のあらゆる情報発信手段を活用して行う。
d鹿児島県は,緊急時モニタリングの結果,予め計画していた避難先
の空間放射線量率が高い場合は,避難先候補施設リストが入力された
「原子力防災・避難施設等調整システム」により調整し,避難先を選
定した上で,一時移転の指示をする。
e医療機関・社会福祉施設については,鹿児島県では,本件原子炉施
設から半径5~10㎞圏にある施設(10施設463人)について,
PAZ圏内と同様,施設毎の避難計画を作成し,避難先(18施設,
受入可能人数827人)を確保している。
f10~30㎞圏にある医療機関,社会福祉施設(227施設970
3人)については,避難先候補施設(496施設,入所定員4万35
73人)を確保している。空間放射線量率が高い地域に特定された場
合,鹿児島県は当該施設の入所者の避難先を「原子力防災・避難施設
等調整システム」により調整し,避難先を選定した上で,一時移転の
指示をする。
g教育機関等については,関係市町災害対策本部や関係市町教育委員
会等の指示に従い,学校等の対応(屋内退避)及び保護者の迎え等に
ついて保護者宛てに連絡(メール配信等)し,速やかに保護者に引き
渡す。
h在宅の避難行動要支援者については,同要支援者及び同居者並びに
屋内退避や避難に協力してくれる支援者に対し,防災行政無線,エリ
アメール,TV,ラジオ等を用いて情報提供を行い,同要支援者の屋
内退避・一時移転等を実施する。もし,連絡が通じない場合は,関係
市町職員や消防団員等が,屋内退避・一時移転等の協力を実施する。
なお,一時移転等が必要となった在宅の避難行動要支援者は,関係
市町が準備した避難先に一時移転等し,介護ベッド等が必要な同要支
援者は福祉避難所等へ移動する。
その他の緊急時対応
a放射線防護資機材,物資,燃料備蓄・補給策
⒜鹿児島県,関係市町では,必要となる放射線防護資機材,物資,
燃料を備蓄している。
⒝鹿児島県及び関係市町が備蓄している物資が不足する場合,要請
に応じ物資関係省庁は関係業界団体等に調達要請を実施し,関係業
界団体等は物資集積拠点へ物資搬送を行う。
b緊急時モニタリングの実施体制
事故時には,緊急に放射線量・放射性物質濃度等を測定するための
緊急時モニタリングを鹿児島県,国,債務者,指定公共機関等が連携
して実施する。
本件原子炉施設の周辺地域では,本件原子炉施設を取り囲むように
半径30㎞圏内と甑島に73局(鹿児島県設置:67局,債務者設置
:6局)の測定局を用いて,環境放射線の24時間監視を行っている。
万一これらの測定局が使えなくなった場合に備え,鹿児島県は,可
搬型モニタリングポスト(14台),GPS追従型線量率測定装置(3
0台)を配備しているほか,放射線量,放射性物質濃度を測定する測
定装置や機材を搭載したモニタリングカー等を配備している。債務者
においても,可搬型モニタリングポスト(5台)を配備しているほか,
可搬型エリアモニタやモニタリングカー等を配備している。
c緊急被曝医療の実施体制
必要に応じて,住民の安定ヨウ素剤の服用や救護所等における避難
時の検査・除染等を実施する。
安定ヨウ素剤については,PAZ圏内住民を対象に9回の説明会が
実施され,平成26年7月27日には2420人に事前配布されてお
り,緊急時においては,避難先となる市町に原則1か所ずつ設置され
る救護所において,検査,安定ヨウ素剤の投与,健康相談等が実施さ
れる。
国の実動組織による広域支援体制
地域レベルで対応困難な場合は,鹿児島県及び関係市町からの要請を
踏まえ,原子力災害対策本部(官邸・原子力規制庁緊急時対応センター)
の調整により,必要に応じ全国の実動組織(自衛隊,警察,消防及び海
上保安庁)による災害派遣・原子力災害派遣,警察災害派遣隊,緊急消
防援助隊,巡視船艇・航空機の派遣等が実施される。
ウ防災会議による了承,原子力事業者間協定,原子力総合防災訓練につい

防災会議による了承
前記前提事実⑾ウのとおり,平成26年9月12日に開催された原子
力防災会議において,川内地域の防災・避難計画に関するワーキングチ
ームの確認結果が報告され,川内地域の避難計画を含む緊急時対応は合
理的かつ具体的なものとして定められていることが確認・了承された(乙
97)。
原子力事業者間協定
原子力事業者12社は,万一原子力災害が発生した場合に備えて事業
者間協力協定を締結し,災害収束活動で不足する放射線防護資機材等の
物的な支援を実施するとともに,環境放射線モニタリングや周辺地域の
汚染検査等への人的・物的な支援を実施することとされており,福島第
一原発における事故の際には,債務者を含む原子力事業者11社が,人
的応援活動(一日最大約300人,延べ6万人)や物資の提供(全面マ
スク約1000個,タイベックスーツ約1万6000着,放射線量の計
測器(GMサーベイメータ約100台,個人線量計約600台等)等)
を実施している(乙98)。
原子力総合防災訓練
鹿児島県においては,川内1号機が試運転を始めた昭和58年度から,
ほぼ毎年原子力総合防災訓練を実施しており,平成25年度は,国が主
催し,130の防災関係機関,約3400人が参加して実施された(乙
99)。
⑶本件避難計画等の合理性,実効性について
前記⑵ア及びイのとおり,福島第一原発における事故の教訓を踏まえ,原
子力災害対策指針が全面改正され,その指針に従い,原子力災害対策重点区
域を管轄に含む地方公共団体(薩摩川内市,いちき串木野市,阿久根市,鹿
児島市,出水市,日置市,姶良市,さつま町及び長島町)は本件避難計画等
を策定したものである。
本件避難計画等においては,警戒事態,施設敷地緊急事態及び全面緊急事
態(放射性物質放出前及び同放出後)のそれぞれの事態が発生した場合に,
PAZ,UPZ及びUPZ外の3つの地域に応じて採るべき避難行動が具体
的に定められており,あらかじめ計画していた避難先施設が放射性物質の拡
散状況等で使用できない場合に備えて,「原子力防災・避難施設等調整シス
テム」により避難先を調整,選定する方策も定められている上,放射線防護
資機材等の備蓄,緊急時の放射線量等の測定方策,安定ヨウ素剤の投与等に
ついても,その方策が具体的に定められている。
また,本件避難計画等は,原子力防災会議においても,合理的かつ具体的
に定められたものとして了承され,緊急時においては原子力事業者間協定に
基づき他の原子力事業者からの支援も予定され,実際の緊急時を想定して国
や鹿児島県等による原子力総合防災訓練も実施されている。
したがって,本件避難計画等は,現時点において一応の合理性,実効性を
備えているものと認めるのが相当である。
⑷債権者らの主張についての検討
本件避難計画等について,債権者らは,避難時の輸送能力の不足等,要援
護者の避難対策の不備,風向きに応じた対応の不備を指摘するので,以下検
討する。
ア避難時の輸送能力の不足等について
法政大学環境政策講師上岡直見「原発避難計画の検証」(甲31)に
は,①本件原子炉施設に係る避難圏内の各対象市町村に登録されている
バスの30%が直ちに利用可能であり,各車両に平均15人が乗車する
として,本件原子炉施設に係る避難対象地域のバス乗車可能人数を推計
すると,バス乗車可能人数は1万3739人となり,自家用車利用困難
者数4万2571人を大幅に下回ること,②バス利用者は,自宅から一
時集結所まで徒歩で移動した上,一時集結所での待ち時間があることか
ら,自家用車で移動した場合と比較して,被曝量は約3倍になること,
③「鹿児島県地域防災計画」によれば,本件原子炉施設からの避難経路
の大部分は片側1車線の道路で,しかも経路は少数の国道に限られてい
るという実情があるから,予想される避難状況を考慮し走行可能な車線
を限定するなどの条件設定をして避難時間をシミュレートしてみると,
国道のみを利用した避難者の本件原子炉施設半径30㎞圏内からの退避
完了時間は43時間,国道・高速道路・主要地方道を利用できた避難者
の退避完了時間は21.5時間になること,④原発事故の発生原因とな
った自然災害により,避難道路が破壊,切断されれば避難時間が更に延
びる可能性があること,⑤避難時に燃料が十分でない自動車に,現実に
燃料の補給ができるかという問題があることなどの指摘がなされてい
る。
また,鹿児島県が民間業者に委託して行った住民の避難シミュレーシ
ョンによれば,全員が自家用車で避難し,5㎞圏内の住民約5千人の9
割が圏外に出た段階で5~30㎞圏に避難指示が出ると想定した場合,
最も時間がかかるケースは,車1台に2人が乗り合わせ,南九州道が通
行止めの場合で28時間45分であり,逆に,最短のケースは,4人が
乗り合わせ,主な渋滞予想地点で交通整理ができた場合であり,9時間
15分を要するとの試算結果が報告されている(甲32)。
新聞記事(甲120)には,実際に事故が起これば自分たちの判断で
自主避難する住民が多くなるから,5㎞圏内と30㎞圏内の2段階で避
難するという前提は現実的ではないとの問題点が指摘されている。
しかしながら,前記⑵イのとおり,原子力災害対策指針では,原子力
災害時において,一斉に避難を行うことは想定されておらず,事態の進
展状況と発電所からの距離に応じて,段階的に避難を行うこととされ,
本件避難計画等もそれに基づいて策定されている。
すなわち,①発電所からの距離が概ね5㎞圏内(PAZ)においては,
放射性物質の放出前に,避難等の措置を予防的に講じることとされ,②
発電所からの距離が概ね5~30㎞圏内(UPZ)においては,まず予
防的な措置として屋内退避を行い,その後,緊急時モニタリングによる
空間放射線量率の測定結果を踏まえて,原子力災害対策指針で定める基
準を超える地域を特定し,その特定地域の住民が一時移転等を行うこと
とされており,30㎞圏内の住民が一時に30㎞圏外に避難することま
では想定されていない。
既に述べたとおり,本件避難計画等は,福島第一原発事故の教訓等を
踏まえて段階的避難を前提として策定されたものであり,その内容は一
応の合理性,実効性を備えたものと認めることができるのであって,事
故による放射性物質の放出量,気象条件(風力,風向き,降雨),地形
等の影響により,警戒事態,施設敷地緊急事態及び全面緊急事態への進
展が時間的間隔なく急速に起こることがおよそあり得ないと断ずること
はできないとしても,そうした重大事故の中でも更に発生確率の低い事
態までを具体的に考慮していないからといって,本件避難計画等が直ち
に合理性,実効性を欠くものであると認めることはできない。
また,前記の文献等が指摘するように,重大事故が起こって実際に避
難を余儀なくされた場合には,避難時の渋滞発生,自然災害による道路
の通行不能,避難時の燃料補給等,様々なトラブルが発生し得ることは
否定できない。この点,避難計画では様々なトラブルに対する具体的な
対処方法が策定されていることが望ましいが,一方で,ありとあらゆる
トラブルを一つ一つ取り上げそれに対する対処方法を詳細に策定した場
合には,避難計画自体が極めて複雑で膨大なものになってしまいかねな
いのであって,避難計画において情報の収集・伝達,避難者の範囲・避
難時期及び避難先等の判断方法,避難の実施方法等の事項を実効性を備
えたものとして策定し,発生し得るトラブルの一部については避難時の
判断により対処することが前提とされていたとしても,その避難計画が
直ちに合理性,実効性を欠くものであると認めることはできない。した
がって,前記の文献等が指摘する問題点を踏まえても,本件避難計画等
が一応の合理性,実効性を備えているとの認定を直ちに左右するもので
はないが,緊急時対応は,新たに得られた知見,住民の実態,防災訓練
の結果等を踏まえ,更なる改善,充実に向けて不断の見直しが求められ
るべきものであり,そうした不断の見直しにより,上記のような問題に
対処することが可能になるものと考えられる。
イ要援護者の避難対策の不備について
債権者らは,要援護者の避難対策が不備であると主張し,この問題点
を指摘する新聞記事(甲36の1・2,甲37~39)によれば,①30
㎞圏内の要援護者の避難先となる30㎞圏外の病院や福祉施設がほぼ満
員である,②UPZ(5~30㎞圏)の病院・福祉施設や在宅の要援護
者については避難計画のめどは立っていない,③在宅の要援護者につき,
受入先の確保が困難であり,健康状態もそれぞれで対応が難しい,④3
0㎞までの要援護者の避難計画の策定は現実的ではなく不可能であるな
どの見解が記載されている。
しかしながら,前記⑵イ,~hのとおり,PAZ圏内及び5
~10㎞圏にある施設については,施設毎の避難先候補施設が確保され
ており,10~30㎞圏にある医療機関,社会福祉施設については,避
難先候補施設(496施設)が確保されており,空間放射線量率等の実
際の状況を踏まえて,「原子力防災・避難施設等調整システム」により,
避難先候補施設リストにより要支援者の避難先を選定する方法も策定さ
れているのであって,債権者らの主張や上記疎明資料を考慮しても,本
件避難計画等が一応の合理性,実効性を備えているとの認定を直ちに左
右するものではない。
ウ風向きによる放射性物質拡散について
債権者らは,風向きによっては被曝地域が本件原子炉施設から50~1
00㎞圏内の地域にも及び,避難先とされている鹿児島市内の一部も被曝
地域になる危険が十分にあると主張する。
この点,気象観測記録や放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果
(乙148~150)によれば,放射性物質の主な拡散方向は本件原子炉
施設の西の海側であることが認められ,鹿児島市,姶良市を避難先とする
ことには一応の合理性があるものと認められる。なお,事故時の風向きに
よってはあらかじめ選定した避難先施設が使用できないことも想定される
が,その場合には,前記のとおり,避難先候補施設リストが入力
された「原子力防災・避難施設等調整システム」により調整し,避難先を
調整することが予定されている。
また,新聞記事(甲119)には,風向きや放射線量の測定結果により
避難先を変更した場合に,住民に対して避難先の変更を周知できるのかと
の問題点が指摘されているが,前記⑵イのとおり,本件避難計画等では,
PAZ圏内及びUPZ圏内のそれぞれについて,住民,医療機関等,小中
学校等の教育機関,在宅の避難行動要支援者及びその支援者等に対する情
報伝達方法が具体的に定められており,避難先の変更が生じた場合におい
ても,上記の情報伝達方法に従って情報が伝達されるものと考えられる。
したがって,債権者らの指摘する風向きの問題を考慮しても,本件避難
計画等が一応の合理性,実効性を備えているとの認定を直ちに左右するも
のではない。
⑸立地指針の解釈について
昭和39年5月27日に原子力委員会により策定(平成元年3月27日一
部改訂)された立地指針には,重大事故の場合,もし,その距離だけ離れた
地点に人が居続けるならば,その人に放射線障害を与えるかもしれないと判
断される距離までの範囲を非居住区域とし,非居住区域は公衆が原則として
居住しない区域とすることなどが定められており(甲141),債権者らは,
本件原子炉施設において放射性物質の大量放出を伴うような重大事故が発生
した場合の民間調査会社によるシミュレーション結果を踏まえると,上記立
地指針に照らして,本件原子炉施設から半径5㎞圏内は重大事故時に放射線
の影響が発生し得ると判断される非居住区域としなければならず,また,本
件避難計画等の実効性の不備を考慮すると,本件原子炉施設から半径10㎞
圏内を非居住区域とすることすら考えられるなどと主張する。
しかしながら,立地指針は,立地条件の適否を判断するためのものであり,
原子炉の平常運転時における公衆に対する放射線障害の防止に関連しての判
断の基準を示すものとして定められたものではないし(甲141),また,
福島第一原発における事故を踏まえ,立地指針において,どういった事故を
想定すべきか,住民と原子炉との位置関係をどのように規制するべきか等に
ついての議論も煮詰まっていない。したがって,現時点で立地指針が改訂さ
れていないとしても,立地指針を根拠にした債権者らの主張を直ちに採用す
ることはできない。
⑹小括
以上のとおり,本件避難計画等は,現時点において一応の合理性,実効性
を備えているものと認められ,緊急時においては原子力事業者間協定に基づ
き他の原子力事業者からの支援が予定され,実際の緊急時を想定して国や鹿
児島県等による原子力総合防災訓練も実施されているなど,その実効性を担
保するための種々の施策も行われているのである。
したがって,本件原子炉施設に関して策定されている本件避難計画等につ
いて,債権者らを含む周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれに結びつくよ
うな不合理性,非実効性が存すると認めることはできない。
もっとも,前記で述べたとおり,本件避難計画等については,新たに得ら
れた知見,住民の実態,防災訓練の結果等を踏まえ,更なる改善,充実に向
けて不断の見直しが求められるべきものであり,そうした不断の努力を怠れ
ば,避難計画等の内容が住民実態とかい離したり,緊急時対応に対する担当
者や住民の意識低下を招くなどし,実際に重大事故が発生した場合に避難計
画等に沿った具体的行動が採れない事態に陥ってしまいかねないのであっ
て,債務者においては,国,地方公共団体との連携の下でこれらの不断の努
力を継続すべきであることはいうまでもない。
5結論
以上のとおり,債権者らが本件原子炉施設に関し具体的危険性があると主張
するいずれの事項についても,債権者らを含む周辺住民の人格権が侵害され又
はそのおそれがあると認めることはできないから,その余の点を判断するまで
もなく,本件原子炉施設の運転差止めを命ずる本件仮処分命令の申立ては理由
がない。
なお,本件仮処分決定においては,原子力規制委員会が定めた安全目標が達
成される場合には,健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴うような
重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことが
でき,そのレベルの安全性が達成された場合には,絶対的安全性が確保された
といえない場合であっても,周辺住民の生命,身体等の人格的利益の侵害又は
そのおそれがあるとは認められないことを前提とした判断をしたものである。
もっとも,地震や火山活動等の自然現象も十分に解明されているものではなく
債務者や原子力規制委員会が前提としている地震や火山活動に対する理解が実
態とかい離している可能性が全くないとは言い切れないし,確率論的安全評価
の手法にも不確定な要素が含まれていることは否定できないのであって,債権
者らが主張するように更に厳しい基準で原子炉施設の安全性を審査すべきであ
るという考え方も成り立ち得ないものではない。したがって,今後,原子炉施
設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認めら
れる場合においては,そうした安全性のレベルを基に周辺住民の人格的利益の
侵害又はそのおそれの有無を判断すべきこととなるものと考えられる。
平成27年4月22日
鹿児島地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官前田郁勝
裁判官杉本敏彦
裁判官植野賢太郎
別紙設備目録(省略)
別紙改訂耐震指針の定め(省略)
別紙新規制基準の定め(省略)
別紙基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(省略)
別紙原子力発電所の火山影響評価ガイド(省略)
別紙図①(省略)
別紙図②(省略)
別紙図③(省略)
別紙図④(省略)
別紙図⑤(省略)
別紙図⑥(省略)
別紙図⑦(省略)
別表①(省略)
別表②
主な震源パラメータ(基本的なケース)
記号断層名①断層:市来断層帯市来区間
②断層:甑断層帯甑区間
③断層:市来断層帯甑海峡中央区間
①断層②断層③断層
L断層長さ(㎞)24.940.938.5
W断層幅(㎞)131313
S断層面積(㎞2
)323.7531.7500.5
Δσ平均応力降下量(MPa)5.85.85.8
Δσaアスペリティ実効応力(MPa)15.915.915.9
MO地震モーメント(N・m)1.39×1019
2.92×1019
2.67×1019
Saアスペリティの面積(㎞2
)118.08193.95182.57
A短周期レベルA(N・m/s2
)1.53×1019
1.96×1019
1.91×1019
Δσ及びΔσaは平成9年5月鹿児島県北西部地震の観測記録の実測値
式(1)
5.1
/16


S
M

式(2)






a
a
S
S
式(3)2
4

a
aS
A
βは震源のせん断波速度
別表③
断層長さ,マグニチュードの比較
①断層:市来断層帯市来区間(債務者調査:五反田川断層)
②断層:甑断層帯甑区間(債務者調査:F-A断層)
③断層:市来断層帯甑海峡中央区間(債務者調査:F-C断層)
債務者調査地震調査委員会
の知見
差異
断層長さ
(㎞)
M断層長さ
(㎞)
M断層長さ
(㎞)

①断層18.66.924.97.26.30.3
②断層18.36.940.97.522.60.6
③断層16.16.838.57.522.40.7
M(マグニチュード)=(logL+2.9)/0.6(松田(1975)の関係式)
L:断層長さ
別表④
主な震源パラメータの比較
①断層:市来断層帯市来区間(債務者調査:五反田川断層)
②断層:甑断層帯甑区間(債務者調査:F-A断層)
③断層:市来断層帯甑海峡中央区間(債務者調査:F-C断層)
第1断層長さ・幅は債務者の調査結果,算出方法は強震動予測レシピ
断層長さ
(㎞)
断層幅
(㎞)
断層面積
(㎞2
)
地震モーメント
M0(Nm)
短周期レベル
A(Nm/s2
)
①断層18.611204.62.33×1018
7.02×1018
②断層18.311201.32.25×1018
6.95×1018
③断層16.111177.11.75×1018
6.38×1018
M0の算出M0(Nm)={S(㎞2
)/(4.24×10-11
)}2
×10-7
Aの算出A(Nm/s2
)=2.46×1010
×(M0(Nm)×107
)1/3
第2断層長さ・幅は地震調査委員会の知見,算出方法は強震動予測レシピ
①断層24.913323.75.83×1018
9.54×1018
②断層40.913531.71.57×1019
1.33×1019
③断層38.513500.51.39×1019
1.28×1019
M0,Aの算出は,上記計算式と同じ(計算結果はExcelを用いたもの)
第3断層長さ・幅は地震調査委員会の知見,算出方法は債務者の震源モデル
①断層24.913323.71.39×1019
1.53×1019
②断層40.913531.72.92×1019
1.96×1019
③断層38.513500.52.67×1019
1.91×1019
別表⑤
主な震源パラメータの比較
①断層:市来断層帯市来区間(債務者調査:五反田川断層)
②断層:甑断層帯甑区間(債務者調査:F-A断層)
③断層:市来断層帯甑海峡中央区間(債務者調査:F-C断層)
別表④の第3/第1
断層長さ・幅は地震調査委員会の知見,算出方法は債務者の震源モデルによる
計算結果と,断層長さ・幅は債務者の調査結果,算出方法は強震動予測レシピに
よる計算結果との比
別表④の第3/第2
断層長さ・幅について地震調査委員会の知見を採用した場合における,債務者
の震源モデルによる計算結果と強震動予測レシピによる計算結果との比
別表④の第3/第1別表④の第3/第2
地震モーメント短周期レベルA
(括弧内は1.25倍値)
地震モーメント短周期レベルA
(括弧内は1.25倍値)
①断層6.02.2(2.7)2.41.6(2.0)
②断層13.02.8(3.5)1.91.5(1.8)
③断層15.33.0(3.7)1.91.5(1.9)
別表⑥
最大加速度の比較
①断層:市来断層帯市来区間(債務者調査:五反田川断層)
②断層:甑断層帯甑区間(債務者調査:F-A断層)
③断層:市来断層帯甑海峡中央区間(債務者調査:F-C断層)
断層長さ(㎞)M等価震源距離
(㎞)
最大加速度
(㎝/s2
)
債務者調査による断層長さを前提(Case1)
①断層18.66.916.2280.9
②断層18.36.916.9267.6
③断層16.16.818.4214.6
地震調査委員会の知見による断層長さを前提(Case2)
①断層24.97.213.9456.2
②断層40.97.520.2399.7
③断層38.57.519.9406.0
最大加速度の比
Case2/Case1540/Case1540/Case2
①断層1.61.91.2
②断層1.52.01.4
③断層1.92.51.3

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