弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪地方裁判所に差戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人大塚正民の提出した控訴趣意書記載のとおりであり、こ
れに対する答弁は検察官石岡敏夫の提出した答弁書記載のとおりであるから、これ
らを引用する。
 弁護人の控訴趣意第一点
 弁護人の所論は要するに、原判決は被告人が代表取締役をしているA商事株式会
社が、手形決済資金に窮し、昭和三六年二月六日同会社の店舗を事実上閉鎖して一
般支払を停止したため、債権者より破産の申立がなされることを予期しながら、株
式会社B銀行C支店の貸付係D等と共謀の上、同月七日同会社において、同C支店
の利益を図る目的で、同支店より手形貸付の形式で融資を受けている債務約六一五
万円のため、右A商事の在庫商品である服地二九反を譲渡担保に差入れ、もつて右
A商事に対する一般債権者の共同担保で同社の破産財団に属する前記財産を一般債
権者の不利益に処分したと認定し、破産法三七六条、三七四条一号に問擬している
が、(一)本件の譲渡担保は名実共に担保そのものであるから同号の処分に当らな
い。(二)また同号の債権者の不利益に処分するとは隠匿、毀棄と同様に債権者全
体に対し絶対的な不利益を及ぼす行為のみを指すもので、本件の如く単に債権者間
の公平を破るに過ぎない特定債権者に対する担保供与行為の如きは処分に含まれる
ものではない。破産法三七四条一号違反の成立を認めた原判決は破産法の解釈適用
を誤つたもので到底破棄を免れないというのである。
 よつて案ずるに、破産法三七四条(詐欺破産)と同法三七五条(過怠破産)の罪
は、ともに破産財団に属する財産を減少させる行為、債務を増加させる行為、財産
の状況を糊塗する行為等を破産宣告の前後を問わず、破産宣告の確定を条件として
処罰している。右二条に列挙する行為は、破産宣告の前にあつては支払不能等の破
産原因を惹起し、破産宣告の後においては破産原因を助長強化する行為であるから
罰則を設けてこれを禁止し、もつて破産財団を共同担保とする一般債権者の保護を
図らんとしたものである。
 <要旨>さて、同法三七四条一号(以下単に一号というときは同条の一号を指す)
は、同条所定の目的をもつて破産財団に属する財産の隠匿、毀棄又は債権者
の不利益に処する行為を処罰しいてる。弁護人は本件譲渡担保は名実共に担保の供
与に過ぎないから同号の処分にあたらないと主張するので、本件譲渡担保がいかな
るものであつたかを検討すると、原判決挙示の譲渡担保差入証書、B銀行C支店作
成のA商事との取引状況についての回答書、証人Dの原審公判廷における供述、被
告人の検察官に対する各供述調書を総合すれば、A商事株式会社は繊維生地並びに
二次製品等の販売業を営んでおり取引銀行であるB銀行C支店において手形割引の
形式で融資を受けていたものであるが、昭和三六年一一月六日一般支払を停止する
直前において、同銀行に対し六一五万七、六六八円の手形割引債務を負担し、これ
が担保として約二八〇万円の同支店に対する定期預金、普通預金を差入れていたと
ころ、同年一〇月頃右の割引手形のうち額面約九〇万円の手形を振出していたEが
別に不渡手形を出して銀行取引を停止されたので、その頃から被告人は同支店より
右九〇万円の手形も不渡になることを見越し、増担保の提供を求められていたこ
と、同年一一月六日A商事においても手形の不渡を出し、銀行取引を停止されるに
至つたので、同月七日同支店において、貸付係DらからE振出以外の手形にも不確
実な手形があり、会社が倒産して貸倒れになると貸付係の責任になるから、在庫商
品があれば譲渡担保に是非入れて慾しいと懇願され、被告人は同支店の利益を図る
目的で原判示の服地を譲渡担保として同支店に差入れたこと、この時A商事とC支
店との間にとりかわされた契約書の表題は、譲渡担保差入証書となつており、服地
二八反を、A商事のC支店に対する割引債務残高六一五万七、六六八円の担保とし
て差入し、同支店が必要と認めるときは、何らの通告なしに処分して債務を清算し
た上残余があれば返還する旨の記載があること、右服地は季節物でそのまま保管し
ていては値崩れの虞があつたので、同年一二月被告人立会のもとに右服地を売却
し、その代金一九万三、六一四円を別段預金として担保に差入れていたが、その後
前示六一五万円余の手形割引債務は右別段預金に手をつける必要がないままに清算
され、その後も右別段預金はそのまま同支店に預けられていることを認めることが
できる。契約書の表題は譲渡担保差入証書と記載されており、商取引の実情を考慮
するときは、特段の事情のない本件においては、本件服地の所有権を担保の目的で
B銀行に移転する趣旨であつたと認められる。従つて名実ともに担保の供与があつ
たに過ぎないという弁護人の主張は採用できない。所有権を移転している以上前示
立法趣旨に照らすときは、一号の処分に該当するものといわなければならないか
ら、弁護人の処分にあたらないという論旨は理由がない。
 次に弁護人は一号の債権者の不利益に処分するとは毀棄、隠匿に準ずべき一般債
権者に絶対的不利益を生ずる処分に限るべきであると主張するので案ずるに、昭和
一〇年三月二三日の大審院判決(集、一四巻四号二二三頁)は特定債権者に対する
弁済や代物弁済てあつても、破産財団に属する財産をもつて弁済するときは、その
財産は破産財団より脱却し、一般債権者が破産手続によつて受くべき配当を減少す
るに至るから債権者の不利益に処分したものであると判示しており当裁判所も右の
見解を支持すべきものと考えるので弁護人のこの点に関する論旨もまた採用できな
い。
 そうすると、被告人がC支店に原判示の服地を譲渡担保として差入れた行為は一
号の破産財団に属すべき財産を債権者の不利益に処分した行為に該当することが明
らかである。しかし職権をもつて調査すると、同号の罪が成立するためには自己若
しくは他人の利益を図り、又は債権者を害する目的のあることを必要とする。そこ
で原判決は支払停止前からの債権者であるB銀行C支店の利益を図る目的であつた
と判示している。ところが同法三七五条三号(以下単に三号というときは同号を指
す)は、特定債権者の利益を図る目的で義務がないのに担保を供与した行為に対し
一号の罪より軽い刑をもつて臨んでいる。本件は譲渡担保であつて単なる担保の供
与ではない。しかし三号は単に債権者の利益を図る目的をもつてした債務の消滅に
関する行為例えば、弁済や代物弁済のような処分行為を担保の供与と同様軽い刑に
処すべきものとしているから、本件の如く所有権移転が伴つても、それが実質上担
保の供与(一般債権者に与える不利益の程度は弁済などより低い)であることを強
調重視すると、本件の譲渡担保は、同号の担保の供与にあたると解し得る余地があ
る。そうすると、単に破産の原因たる事実の存することを知りながら特定債権者の
利益を図る目的をもつて三号所定の行為に出た場合は同号のみが適用され、一号は
適用されないと解すべきであるから、原判示のB銀行C支店の利益を図る目的をも
つて服地を譲渡担保として差入れた旨の判示だけでは、一号の自己若くは他人の利
益を計り、又は債権者を害する目的を示しているとはいえず、三号の罪の判示とし
ても、同号所定の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が義務に属しないもの
であることの判示が欠けているといわなければならない。原判決は理由不備の違法
があつて破棄を免れない。
 ところで原審で取調べた証拠を逐一検討してみても、これまでの審理の程度で
は、被告人が一号所定の目的で原判示の所為に出たことが明らかにされているとは
いえず、さればといつて三号の罪の成立を認めるには、本件の担保の供与が、はた
して義務なくして行なわれていたものであるか否かの点についての審理が尽くされ
ていない。従つて本件は一号の前説示の目的が存したか否か、一号の罪が成立しな
いとすれば三号の罪の要件である本件担保の供与が義務なくして行なわれたか否か
の点につき原審においてさらに審理を尽くさせる必要があると認められるので、弁
護人のその余の主張に対する判断を省略して、刑事訴訟法三九七条、三七八条四号
によつて原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を大阪地方裁判所に差戻す
こととして主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿 裁判官 八木直道)

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