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平成23年7月19日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10301号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年7月5日
判決
原告アラーガン・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士阿部隆徳
弁理士松谷道子
岩崎光隆
落合康
柴田康夫
被告特許庁長官
指定代理人上條のぶよ
川上美秀
唐木以知良
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と
定める。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が不服2006-26118号事件について平成22年5月10日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決
の取消訴訟である。争点は,本願発明の進歩性(容易想到性)の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成15年4月9日,名称を「眼科局所用のブリモニジンとチモロール
との組み合わせ」とする発明につき,優先日を平成14年(2002年)4月19
日,優先権主張国を米国として国際特許出願をした(特願2003-585725
号)。
原告は,平成18年8月17日,本件出願につき拒絶査定を受けたので,特許庁
に対して不服審判請求をし,不服2006-26118号事件として係属したが,
特許庁は,平成22年5月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
をし,この謄本は平成22年5月25日に原告に送達された。
2本願発明
本願発明は,緑内障又は高眼圧症(以下「緑内障等」という。)に対する処置とし
て用いる局所適用眼科剤の組成物に関する発明で,審決時の請求項の数は11であ
るが(平成18年7月13日付け手続補正書(甲4)に記載のもの),そのうち請求
項1に係る発明(本願発明)の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1】
「有効量のブリモニジンと有効量のチモロールとを,そのための医薬的に許容で
きる担体中に含む,緑内障または高眼圧症の処置に有用な眼科医薬組成物。」
3審決の理由の要点
(1)本願発明は,引用例(甲第3号証)に記載された発明に基づいて,当業者
において容易に発明することができたものであるから,進歩性を欠く。
【引用例】Ophthalmologica,1999年,Vol.213,228~233頁
(2)審決が認定した引用例に記載された発明(引用発明),本願発明と引用発
明の一致点及び相違点はそれぞれ下記のとおりである。
【引用発明】
「有効量のブリモニジンを含有する組成物と有効量のチモロールを含有する組成
物とを組み合わせて用いる,緑内障または高眼圧症の処置用眼科医薬製剤。」
【本願発明と引用発明の一致点】
「有効量のブリモニジンと有効量のチモロールを含む,緑内障または高眼圧症の
処置に有用な眼科医薬製剤」である点。
【本願発明と引用発明の相違点】
本願発明は,有効量のブリモニジンと有効量のチモロールを,同一の担体中に含
む医薬組成物であるのに対し,引用発明は,それぞれ別個の担体中に含む医薬組成
物を組み合わせて用いる点。
(3)審決は,引用発明と本願発明との相違点に係る構成の容易想到性につき,
次のとおり判断する。
「緑内障または高眼圧症の治療において,IOPの制御のために,チモロール等
のβブロッカーと他の作用機序の異なる薬物とを併用することが多いが,当該治療
法は,それぞれの薬剤を含有する組成物を1日数回に分けて投与することが必要で
あり,煩雑となって好ましくなく,コンプライアンスが低いという問題があること
は周知である。そして,コンプライアンス向上や副作用低減の観点から,上記複数
の薬物を同一の担体中に含む医薬組成物とし,1日2回程度の局所投与とすること
も,一般的に知られている(例えば,特表平9-505604号公報,特表平8-
500354号公報,特表平7-504899号公報,特開平5-117167号
公報,特表平2-504156号公報,甲9~13参照)。
また,点眼を中心とした緑内障治療薬の開発において,薬剤による副作用を低減
させることや,点眼回数を減らし,点眼コンプライアンスを向上させることは,一
般的な技術的課題であり,緑内障患者で複数の点眼薬の使用が必要となった場合に
は,薬剤の副作用ばかりでなく,防腐剤による角膜障害は十分注意を払う必要があ
ることも一般的に知られていることである(例えば,IOL&RS,Vol.15,No.2,
2001,p.123-126,甲14参照)。
そうしてみると,有効量のブリモニジンを含有する組成物と有効量のチモロール
(本件においては,マレイン酸チモロールも同義である。以下同じ。)を含有する組
成物とを,点眼回数を減らし,コンプライアンスを向上させるために,また,複数
の点眼薬使用の際の薬物や防腐剤による副作用を低減させるために,同一の医薬的
に許容できる担体中に含む医薬組成物とすることは,当業者が容易に想到し得たこ
とである。
ここで,本願発明の作用効果について検討する。
本願明細書には,本願発明による効果に関して,実施例1において,塩化ベンザ
ルコニウムを0.005%(w/v)で含有するブリモニジン-チモロール組み合
わせ製剤が,保存効力試験基準に24ヶ月にわたって合格したこと,実施例2にお
いて,酒石酸ブリモニジン0.2%/チモロール0.5%複合薬点眼液を1日2回
点眼した複合薬群,酒石酸ブリモニジン0.2%点眼液を1日3回点眼したブリモ
ニジン群,チモロール0.5%点眼液を1日2回点眼したチモロール群のそれぞれ
のIOP低下,並びに,処置満足度,安全性の試験結果が記載されている。
また,請求人(原告)は,平成18年7月13日付け意見書とともに提出された
参考資料1-1,1-2,2の試験結果から,配合治療(0.2%ブリモニジンお
よび0.5%チモロールを含む点眼剤を用いた治療)のIOP(眼内圧)下降効果
は,酒石酸ブリモニジンの1日あたりの投与量が,併用群に対して3分の2でしか
ないにもかかわらず,より効果的に眼圧が低下されている旨,配合治療は,併用治
療と比較して,効果的なIOP下降,少ない点眼回数,低い有害事象の発生率,さ
らには良好なコンプライアンスの可能性を示し,ベネフィット/リスク比が有利で
ある旨,特に,神経系の有害事象の発生が少ない旨を主張している。
しかしながら,参考資料1-1,1-2,2に記載される試験結果を検討しても,
配合治療と併用治療によるIOP下降効果はほぼ同程度であり,また,有害事象の
比較試験結果を示す,本願明細書の段落【0039】~【0044】の記載,意見
書とともに提出された参考資料1-1の表Aの記載,参考資料2の安全性に関する
記載を検討すると,配合治療では,神経系の有害事象という特定の有害事象はみら
れないものの,その他,局所的な眼や全身的な体組織における有害事象については,
改善されていないものが多くあることから,総体として,有害事象が十分に軽減さ
れているとは認められないものである。
そうしてみると,本願発明において,ブリモニジンとチモロールを同一の医薬的
に許容できる担体中に含む医薬組成物としたことにより,IOP下降効果,コンプ
ライアンスならびに有害事象の発生率の点において,本願発明が引用発明から予測
し得ない格別顕著な効果を奏し得たとすることはできない。」
第3原告主張の審決取消事由
1引用発明の認定,引用発明と本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り(取
消事由1)
(1)審決は,「引用例には,高眼圧症の患者に対して,チモロール0.5%を
含む組成物とブリモニジン0.2%を含む組成物の併用が眼圧降下作用を有し,有
用であることが記載されており,ブリモニジンとチモロールの併用が緑内障の治療
に有効であることが示唆されている(・・・)。そして,チモロールとブリモニジン
は,それぞれ上記患者の処置に際して,有効量用いられていることは自明である」
として,前記のとおり引用発明を認定した。
しかしながら,引用例には,患者に1日わずか1滴ブリモニジン(本件において
は,「酒石酸ブリモニジン」も同義である。以下同じ。)を点眼した例が記載されて
いるのみであり,有効量のブリモニジンを投与した例が記載されているわけではな
い。そうすると,引用発明はブリモニジンを有効量使用する発明に関するものでは
なく,引用例に「有効量のブリモニジンを含有する組成物と・・・とを組み合わせ
て用いる,緑内障または高眼圧症の処置用眼科医薬製剤。」との発明が記載されてい
るとした審決の引用発明の認定は誤りである。
(2)また,審決の引用発明と本願発明の一致点及び相違点の認定も,上記(1)
と同様の理由で誤りである。
2容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
(1)引用例にも,副引用例である甲第9ないし14号証にも,有効量のブリモ
ニジンと有効量のチモロールを同一の担体中に含有させるという技術的課題,作用
機序,効果,コンプライアンス(患者が医師の指示どおりに薬剤を使用すること)
及び副作用等につき一切開示されていない。
なお,引用例の228ないし229頁の記載や被告が本件訴訟で提出する乙第1,
2号証の記載をもって,「0.2%ブリモニジン点眼薬を1日2回投与した場合に有
効な眼圧低下の結果が得られることが知られていたこと」の根拠とすることは,審
判段階で示されず,審決で判断されない登録拒絶理由に基づくものであるから許さ
れない。
また,引用例中の試験結果は,患者の治療を目的としてされた試験に基づくもの
ではないし(試験期間も短い。),本願明細書でも,ブリモニジン1滴のみの投与で
有効量の投与がされたとは捉えていない。そして,乙第1,2号証中の臨床試験の
データも,原告の支援の下で行われた試験の結果にすぎず,米国の所轄当局の承認
を得られなかったものにすぎないから,本願発明の優先日当時の技術常識を示すも
のではない。
(2)ブリモニジンと,ピロカルピン(甲9,10),炭酸脱水酵素阻害剤(甲
11,12),クロニジン誘導体等の特定のα2作用薬(甲13)とは化学構造も薬
剤としての作用点も全く異なるから,チモロールとピロカルピン等を組み合わせた
組成物の作用効果が知られているからといって,当業者において上記作用効果から
チモロールとブリモニジンを組み合わせた組成物の作用効果を容易に予測し得るも
のではない。
(3)引用例の図1及び2に示されているとおり,本願発明の優先日当時,ブリ
モニジンを投与して眼圧(Intraocularpressure,IOP)を低下させたとしても,8
時間後には眼圧が再び上昇することが知られており,またアルファガンの添付文書
に記載されているとおり(甲30),ブリモニジンによる眼圧効果作用のピークは投
与後2時間(なお,引用例では4時間)であることが知られていた。したがって本
願発明の優先日当時,当業者においてブリモニジンの効果を12時間以上持続させ
ることは困難であると考えられていたのであって,ブリモニジンは1日当たり3回
投与する必要があった。そうすると,上記優先日当時,当業者にとって,1日3回
ブリモニジンを投与していたのを1日2回の投与に改めることには阻害要因がある
というべきである。しかるに,審決は上記阻害要因の存在につき考慮していない。
(4)本願発明では,ブリモニジンとチモロールを同一担体中に配合することに
より,単にブリモニジンの点眼剤とチモロールの点眼剤の双方を併用して投与する
場合よりもブリモニジンの投与量が小さくなっているし,1日3回のブリモニジン
点眼剤を併用投与した場合と同等の効果が奏されているのであって,配合による相
乗効果が得られている。のみならず,両剤を併用して投与することを,両剤を配合
した薬剤を一度に投与することに改めることは,患者のコンプライアンスの向上を
もたらすものである。そうすると,本願発明には引用発明からは当業者において予
測し得ない格別顕著な効果がある。
(5)本願発明では,ブリモニジンとチモロールを同一担体中に配合することに
より,神経系有害事象がみられなくなり,したがって副作用が大きく改善されたの
であって,これは引用発明から当業者が予測し得ない格別顕著な効果である。そう
すると,上記配合の結果,局所的な眼や全身的な体組織における有害事象といった,
神経系有害事象以外の副作用が改善されなかったとしても,上記の神経系有害事象
の改善をもって当業者が予測し得ない格別顕著な効果と評価して差し支えない。
(6)このように,引用発明と副引用例記載の発明とを組み合わせる動機付けが
なく,またチモロールとブリモニジンを同一担体中に配合する組成物の作用効果が
容易に予測できず,また組合せの阻害要因があるのにこれらを看過して発明を組み
合わせ,かつ上記配合を行うことにより本願発明では当業者が引用発明からは予測
し得ない格別顕著な作用効果を奏し得るにもかかわらず,審決は有害事象の発生率
の点で予測し得ない格別顕著な効果を奏し得たものではない等と説示して,本願発
明の優先日当時,当業者において引用発明に基づいて相違点に係る構成に容易に想
到することができると判断したのであって,誤りである。(1)ないし(5)の各事由の1
つだけを取り上げてみても,審決は取消しを免れない。
第4取消事由に関する被告の反論
1取消事由1に対し
緑内障又は高眼圧症の処置における薬剤の「有効量」とは,一般に,緑内障等の
患者の上昇した眼圧を低下させるという作用効果を奏する量をいうものであるとこ
ろ,引用例の229ないし231頁(審決摘示事項a-5~8)には,1日当たり
2回のチモロール点眼剤の投与を受けている緑内障の患者に対し,ブリモニジン点
眼剤1滴の投与を併用したときに,眼圧が有意に低下したことが記載されているか
ら,ブリモニジン点眼剤1滴でも上記の眼圧低下の作用効果を奏する量であり,「有
効量」であることは明らかである。
なお,本願発明と引用発明とで,投与される組成物中のブリモニジンの濃度及び
量を区別することはできない。
したがって,引用例に有効量のブリモニジンを投与した例が記載されていること
を前提とする,審決の引用発明の認定に誤りはない。そして,審決の引用発明と本
願発明の一致点及び相違点の認定にも誤りはない。
2取消事由2に対し
(1)引用例に,ブリモニジンとチモロールの各点眼剤を併用する場合のコンプ
ライアンスや副作用における課題について具体的に記載されていないとしても,引
用発明は「有効量のブリモニジンを含有する組成物と有効量のチモロールを含有す
る組成物とを組み合わせて用いる,緑内障又は高眼圧症の処置用眼科医薬製剤」で
あるから,複数の点眼剤を併用する場合の技術的課題,すなわちコンプライアンス
や副作用等の問題が存在することは明らかである。
しかるに,甲第9ないし14号証に照らせば,眼圧の制御のためにチモロール等
のβブロッカーと他の作用機序の薬剤を併用することが多いこと,それぞれの薬剤
を含有する組成物を1日に数回に分けて投与することが必要であるが,煩雑であり,
患者のコンプライアンスが低い問題があること,患者のコンプライアンス向上,副
作用低減や角膜障害を生じるおそれのある防腐剤の低減の観点から,複数の薬剤を
同一の担体中に含有させ,1日2回程度の投与に止めることが,本願発明の優先日
当時において,当業者にとって自明な技術的課題であり,技術常識であったこと等
が明らかである。そしてこの技術的課題等は,緑内障等の治療において複数の点眼
剤を併用する場合に生ずるものであって,当該薬剤の化学構造や薬剤の作用点の異
同とは関係がない。
(2)(1)のとおり,本願発明の優先日当時における緑内障等の患者に対して複数
の点眼剤を併用する上での技術的課題等は,当該薬剤の化学構造や薬剤の作用点の
異同とは関係がないし,かかる技術的課題を解決するための手段として複数の薬物
を同一の担体中に含有する医薬組成物とすることは当業者に周知の技術的事項にす
ぎない。
そうすると,甲第9ないし14号証の記載から,当業者においてチモロールとブ
リモニジンを同一の担体中に組み合わせた組成物の作用効果を容易に予測し得たも
のである。
(3)そもそも,緑内障等の患者に対して点眼薬を投与する必要があるか否かは,
眼圧の降下の程度の観点から決されるものであって,眼圧が上昇傾向になった時点
で直ちに点眼薬を投与する必要があるわけではない。
しかるに引用例の図1,2によれば,チモロールとブリモニジンの各点眼剤を併
用した場合,投与後4時間で眼圧が最小になり,その後上昇に転じているが,投与
後8時間の時点でも正常値である19mmHgに止まっており(正常値は11~2
1mmHg),投与前の値を上回っていない。したがって,投与後8時間の時点でも
十分な眼圧降下作用が奏されているということができ,引用例の記載から,1日当
たり3回のブリモニジン点眼剤の投与が必要であるとの結論を導くのは相当でない。
のみならず,乙第1,2号証の記載のとおり,本願発明の優先日当時,当業者に
おいて,緑内障等の患者に対して0.2%ブリモニジン点眼剤を1日当たり2回投
与することで有効な眼圧降下作用が得られることが一般に知られていた。
そうだとすると,本願発明の優先日当時,緑内障等の患者にブリモニジン点眼剤
を1日当たり3回投与する必要があることが当業者の技術常識であったとはいえな
いし,1日当たり3回ブリモニジン点眼剤を投与していたのを1日当たり2回の投
与に改めることに阻害要因があるということもできない。
(4)前記のとおり,本願発明は1日当たりの投与回数で構成が特定される発明
ではないから,原告による格別な作用効果の主張は失当であるが,「併用」と「配合」
とは,翻訳前の言語において同一の用語「Combination」が用いられる
ほど等価に近い技術である。
甲第6号証の1参考資料2の試験では,「併用」例と「配合」例とで,ブリモニジ
ン点眼剤の投与回数が異なっているし,必要以上にブリモニジン点眼剤が投与され
ているから,両例の作用効果の差異を裏付けることはできない。
なお,A博士の意見書(甲15)も,本願発明の優先日当時の当業者の技術常識
を示すものではない。
そして,ブリモニジンとチモロールの各点眼剤の併用療法を,その治療効果を損
なうことなく,両剤を配合して投与する方法に置き換え,患者のコンプライアンス
を向上するという作用効果は,当業者において引用発明及び公知技術から予測し得
ない格別顕著なものであるとはいえない。
(5)本願明細書にはブリモニジンを単独で投与した場合よりも「傾眠」の発生
が少なくなったことが記載されているのみで,「傾眠」が「神経系有害事象」を意味
するとの記載はないし,また「傾眠」以外の「神経系有害事象」である「鬱病,眩
暈,運動失調,不眠,協調不能」が軽減することや,高齢者にとって重大な結果に
つながるおそれのある神経系有害事象の発現が明確に低減することは記載されてい
ない。したがって,ブリモニジンとチモロールを配合することによって「神経系有
害事象」全般に改善がみられたなどということはできないし,「傾眠」の発生が少な
くなったことについてみても,ブリモニジンのみを投与した場合の7例(3.6%)
とチモロールのみを投与した場合の0例(0%)との中間の2例(1.0%)にな
ったというに止まり,当業者の予測の範囲内の事柄にすぎない。しかも,本願明細
書又は甲第6号証のいずれからも,神経系有害事象が点眼によるものか否か不明で
ある。
そうすると,本願発明により,神経系有害事象の改善の点で,当業者が予測し得
ない格別顕著な効果が奏されるということはできない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(引用発明の認定,引用発明と本願発明の一致点及び相違点の認
定の誤り)について
審決は引用例の228ないし232頁の記載に基づいて,前記のとおり引用発明
を認定したものであるところ,原告は,引用例には有効量のブリモニジンを投与し
た例が記載されていない等と主張するので,以下検討する。
まず,本願発明の請求項1等の特許請求の範囲ではブリモニジンの投与量につき
「有効量の」との特定がされているが,明細書の発明の詳細な説明においては,上
記「有効量」の意義が記載されているわけでも,具体的な数値をもって明確に特定
されているわけでもなく,単にブリモニジンとチモロール等を含有する点眼剤の合
計量が例示されているにすぎない(段落【0008】等)。そうすると,本願発明に
いう「有効量」とは,優先日当時の当業者の技術常識に照らして解釈するほかはな
いが,本願明細書においてその意義が特定されていない以上,対象となる薬剤がそ
の目的となる症状等を改善する作用効果を奏するのに必要十分な量,すなわち本願
発明の薬剤についていえば,緑内障等患者の上昇した眼圧を低下させるという作用
効果を奏するのに必要十分な量をいうものと解される。
しかるに,引用例には,ブリモニジンとチモロールの各点眼剤の双方を高眼圧症
患者に投与した場合に,投与後4時間が経過した時点でも,眼圧の平均値が正常値
の上限(21mmHg)を下回る16.93±2.57mmHgであり(230頁),
8時間が経過した時点でも上記平均値が概ね正常値である19.00±2.80m
mHgにすぎなかったこと(表2,図2,230頁)等が記載されているから,ブ
リモニジンとチモロールの各点眼剤の双方を併用して投与した場合における,緑内
障等の患者の上昇した眼圧を低下させるという作用効果を奏するのに必要十分な量
が投与されたことは明らかである。そうすると,引用例には有効量のブリモニジン
を投与した例が記載されているから,審決の引用発明の認定に誤りがあるとはいえ
ない。
したがって,かかる引用発明の認定を前提とする,引用発明と本願発明の一致点
及び相違点の認定にも誤りがあるとはいえず,原告の取消事由1の主張は理由がな
い。
なお,原告の主張の要点は,引用例の投与例では1日当たり2回投与するだけで
は有効量に達しないから,引用例にはブリモニジンを有効量投与する発明は記載さ
れていないという趣旨のものであると解されるが,本願発明の特許請求の範囲にお
いては1日当たりの投与回数が特定されておらず,発明の詳細な説明に1日当たり
2回の投与でも足りる趣旨の記載があるにすぎない(段落【0011】)。また,引
用例自体に,0.2%ブリモジニン点眼液を開放隅角緑内障又は高眼圧症の患者に
1日当たり2回投与することが,眼圧の低下に安全かつ有効であると記載されてい
るところ(228,229頁),上記のとおり,引用例の投与例においても,投与後
8時間が経過した時点でも眼圧の平均値が概ね正常値の範囲内であったものである。
そして,「新薬展望2002」(医薬ジャーナル38巻増刊号)325頁(乙1)
には,0.2%ブリモニジン点眼剤を緑内障患者に1日2回使用させたところ,眼
圧の平均値が5.9ないし7.6mmHg低下し,マレイン酸チモロール点眼剤と
同等の効果を示した旨が記載されており,「月刊眼科診療プラクティス70緑内
障の薬物治療」45頁(乙2)にも同様の投与回数による比較試験についての記載
があるから,本願発明の優先日当時,ブリモニジン及びチモロールの各分量を適宜
調整することで,1日当たり2回の点眼投与でも,当業者において眼圧を降下させ
る作用効果を奏し得たということができる。そうすると,引用例の投与例では1日
当たり2回投与するだけでは有効量に達しないなどということはできず,原告の前
記主張を採用することはできない。
2取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1)審決が説示するとおり,緑内障等の眼疾患の患者に対して複数の薬剤(薬
物)が投与される場合に,医師の指示どおり当該薬剤を使用するという患者のコン
プライアンスの問題(誤って点眼をしたり,あるいは点眼を忘れたりしないように
する等の問題)が存することは,本願発明の優先日当時において当業者に周知の技
術的課題であり,患者のコンプライアンスの向上や副作用の低減等の観点から,複
数の薬剤を同一の担体中に含有させて,一つの医薬組成物とし,投与回数を減らす
ことは,上記当時における当業者の周知技術であったことは明らかであるから,ブ
リモニジンとチモロールの各点眼剤を別々に投与していたのを,ブリモニジンとチ
モロールの双方を一つの医薬組成物に含有させ,患者のコンプライアンスの向上等
を図ること,すなわち本願発明と引用発明の相違点に係る構成とすることは,上記
優先日当時の当業者において,引用発明に基づいて容易になし得たことであるとい
うことができる。したがって,本願発明と引用発明の相違点に係る構成の容易想到
性に係る審決の判断に誤りがあるとはいえない。
(2)原告は,引用例等には有効量のブリモニジンとチモロールを同一の担体中
に含有させるという技術的課題等は一切開示されていないなどと主張する。しかし
ながら,緑内障等の患者に対して,異なる作用機序を有する複数の薬剤を組み合わ
せた組成物による点眼剤を投与すること自体は,審決挙示の甲第9ないし13号証
で示されているように本願発明の優先日当時の当業者の周知技術にすぎない。甲第
9ないし13号証の公報について,原告は審決が副引用例として示したとし,これ
らに記載の発明と引用発明の組合せの動機付けの不存在を主張するが,審決は甲第
9ないし13号証を周知技術を裏付ける文献として示したものであるから,この点
の原告の主張は前提を欠く。
また,前記のとおり,緑内障等の眼疾患の患者に対して複数の薬剤(薬物)が投
与される場合に患者のコンプライアンスの問題が存することは,当時の当業者に周
知の技術的課題にすぎず,また,患者のコンプライアンスの向上や副作用の低減等
の観点から,複数の薬剤を同一の担体中に含有させて,一つの医薬組成物とし,投
与回数を減らすことも,当時における当業者の周知技術にすぎない。そうすると,
本願発明の優先日当時における当業者の技術常識や周知技術を勘案すれば,当時,
当業者において,患者のコンプライアンスや副作用の低減等を考慮して,ブリモニ
ジンとチモロールを一つの担体中に含有させることに容易に想到できたものという
ことができる。
なお,引用例における試験の実施期間が短いとしても,得られた試験結果をもと
に当業者において新たな薬剤の組合せに想到するには十分な水準のものであって,
製薬の完成にはさらに評価試験を継続すれば足りるものである。また,引用例の試
験が最終的に患者の治療を目的としてされたことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は前記(1)の判断を左右するものではない。
(3)原告は,ブリモニジンとピロカルピン等は化学構造も薬剤としての作用点
も全く異なるから,当業者において上記作用効果からチモロールとブリモニジンを
組み合わせた組成物の作用効果を容易に予測し得るものではない等と主張する。し
かし,引用例にはまさにブリモニジンとチモロールの点眼剤を併用して投与した場
合の作用効果が記載されているのであって,審決は他の薬剤の組合せから作用効果
を予測したわけではない。また,審決が甲第9号証等を引用したのは,緑内障等の
患者に対して,異なる作用機序を有する複数の薬剤による複数の点眼剤を併用して
投与する場合に,患者のコンプライアンスの向上や副作用の低減等を図る必要があ
ることが当業者に周知の技術的課題であり,この技術的課題の解決のために上記複
数の薬物を同一の担体中に含む医薬組成物として1日2回程度の投与に止めること
が当業者の周知技術であることを示すためのものにすぎない。そうすると,原告の
主張はその前提を欠き失当である。
(4)原告は,本願発明の優先日当時,当業者においてブリモニジンの効果を1
2時間以上持続させることは困難であると考えられており,1日当たり3回投与す
る必要があったから,これを1日当たり2回の投与に改めることには阻害要因があ
る等と主張する。確かに,原告が製造販売する0.2%ブリモニジン点眼剤である
「アルファガン」の添付文書(甲30)には,同剤の用法として,約8時間の間隔
を置いて1日3回投与すべき旨が記載されているし,引用例の228頁等には,眼
圧の減少値の平均が投与後4時間で最大になる旨が記載されている。
しかしながら,前記のとおり,引用例の投与例においても,投与後8時間が経過
した時点でも眼圧の平均値が概ね正常値の範囲内であったものであり,また,乙第
1号証には,0.2%ブリモニジン点眼剤を緑内障患者に1日2回使用させた場合
のマレイン酸チモロール点眼剤と同等の作用効果に関する記載があるのであって,
本願発明の優先日当時,ブリモニジン及びチモロールの各分量を適宜調整すること
で,1日当たり2回の点眼投与でも,当業者において眼圧を降下させる作用効果を
奏し得たということができる。
そうすると,本願発明の優先日当時,添付文書中で原告の上記「アルファガン」
が1日当たり3回投与されるべきものとされていたとしても,当業者が引用発明に
基づいて本願発明との相違点に係る構成に想到することにつき阻害要因があるとま
ではいえない。したがって,原告の主張を採用することはできない。
(5)原告は,本願発明では,ブリモニジンとチモロールを配合することにより
相乗効果が得られており,引用発明からは予測し得ない格別顕著な効果がある等と
主張する。しかし,ブリモニジンの投与量の減少や患者のコンプライアンスの向上
は当業者が予測し得る範囲内の事柄にすぎないし,前記のとおり,引用例の投与例
においても,投与後8時間が経過した時点でも眼圧の平均値が概ね正常値の範囲内
であった。そうすると,ブリモニジンとチモロールを同一担体中に配合した場合(本
願発明)とブリモニジンとチモロールの各点眼剤を併用した場合(引用発明)との
間で,当業者の予測を超えた顕著な作用効果の差異があるとまではいことができな
い。したがって,本願発明における相乗効果等をいう原告の主張は採用することが
できない。
(6)原告は,神経系有害事象の大きな改善が本願発明における格別顕著な効果
である等と主張する。しかしながら,本願明細書には「傾眠」の副作用が現れた事
例がブリモニジンのみを投与した場合の7例(3.6%)よりも少ない2例(1.
0%)であったことが記載されているにすぎず(表2,【段落0040】),この結果
も,チモロールのみを投与した場合の「傾眠」の副作用が現れた例がなかったこと
に照らせば(同表),ブリモニジンの投与量が減少したことに伴うものと容易に推測
できる,当業者において予測し得る程度のものにすぎない。
そして,原告が提出する宣言書(甲6の1)の試験においては,神経系有害事象
の発生件数が,ブリモニジンの点眼剤とチモロールの点眼剤を併用して投与した場
合よりもブリモニジンとチモロールを同一の担体中に配合した場合の方が少なくな
っているが(表A,甲6の2も同じ),ブリモニジンのみを投与した場合の発生件数
が上記の併用の場合の発生件数に近接していること(合計件数は同数)にも照らせ
ば,配合した場合と併用した場合のブリモニジンの投与量の差異が試験結果に寄与
している可能性が拭えず,上記試験の結果をもって本願発明の作用効果の顕著さを
判断するのは必ずしも適切でない。また,A博士の意見書(甲15)も,上記の投
与量の差異の点を考慮しておらず,本願発明の作用効果の顕著性に関する上記結論
を左右するものではない。
(7)以上のとおり,本願発明のチモロールとブリモニジンを配合する組成物の
作用効果は当業者が優先日当時に予測し得ない格別顕著なものではなく,格別組合
せの阻害要因があるわけでもないのであって,本願発明の優先日当時における当業
者の技術常識や周知技術を勘案すれば,上記当時,当業者において,患者のコンプ
ライアンスや副作用の低減等を考慮し,本願発明と引用発明の相違点に係る構成に
容易に想到できたものであって,原告の取消事由2は理由がない。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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