弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人村岡素行作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに
対する答弁は検察官石岡敏夫作成の意見書と題する書面中第一弁護人の控訴趣意に
ついての意見の項記載のとおりであるからこれらを引用する。
 論旨は原判示の如く本件排水口がA所有地内に築造されていることは疑いない
が、(一)右排水口を右場所に設けたことは被告人の関知しなかつたことであるか
ら、被告人には犯意がない。(二)仮りに被告人が右排水口設置について関知して
いたとしても、被告人は昭和三六年四月頃右A所有の土地の当時の所有者であつた
Bから原判示家屋とその敷地を買受けた際同女との間に、右排水口設置箇所を含む
約一〇坪の土地を更にガレージ用地として買受けるため、その売買予約をなし、坪
当り一万二、〇〇〇円ないし一万三、〇〇〇円の代金を提供するときは売買を完結
する旨の契約が成立していたが、Bは右土地を含めた宅地をAに売却し、同人に対
し被告人が右宅地のうち約一〇坪を買受ける意思があるから被告人に売つてやつて
ほしい旨の申入をしていたところ、被告人はこれを知つて更にAに対し右約一〇坪
の土地の売買について電話で交渉し、同女から今売る意思はないが後から買つても
らうかも知れないという返事を得たが、右の如き経緯に照らし同人から売つて貰え
るものと信じていたのである。従つて被告人は早晩自分の所有地になる土地に排水
口を設置する位のことはAが承認しているものと信じたのであつて、右排水口設置
によつて他人の不動産を侵奪する意思はなかつたものであるというのである。
 よつて所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実の取調の結果をも参酌し
て次のとおり判断する。
 一、 先ず所論(一)について案ずるに、原判決挙示の証拠殊に証人Cの原審公
判廷における供述記載によれば、被告人は昭和三六年一〇月頃から昭和三七年一月
頃にかけて門真市大字ab番地のc地上の妻D所有の木造瓦葺二階建居宅の改築工
事をしたが、右工事にあたりその工事の請負人Cに対し同居宅の敷地西側に隣接す
るA所有の同町大字ab番地のd所在宅地一一一坪との境界線の二尺ないし三尺内
側にあつた従来の右居宅の基礎を同境界線まで移し、右居宅の西側の壁が奥行一
〇・三米にわたり同境界の限界線一杯にくるように設計を指示して工事に当らせる
と共に同年一一月頃従来右居宅と境界線との間にあつた排水口を改めて設置する箇
所につきCから相談を受けた際隣地は買うことになつているから、右境界線の外側
に設置してもかまわないといつて特に同人に指示して空地となつていた前記A所有
の土地内に原判示排水口を設置させたことが認められる。この点に関し被告人は原
審第五回公判においても、当審第四回公判においても、右認定に反し所論にそう供
述をしているが、右供述は前記証人Cの証言及び被告人の検察官に対する供述調書
に照らし措信できないのみならず、被告人は原審第一回公判における冒頭陳述にお
いて本件排水口が右Aの所有地に設置されることの認識を有したことを前提とする
弁解をしており、当審第四回公判においても供述を翻えして右認識があつたことを
供述しているのである。
 従つて所論は到底肯認することができない。
 二、 次に所論(二)について案ずるに、原判決挙示の証拠並びに被告人の原審
及び当審公判廷における供述記載又は供述、証人Eに対する尋問調書、証人Fの当
審公判廷における供述によると、
 前記D所有の本件家屋及びその敷地は昭和三六年四月頃被告人が被告人ら家族の
住居として使用する目的で妻である同女に代り同女名義でBから買受けたものであ
るが、その際被告人はガレージ用地として西側に隣接する空地のうち約一〇坪を更
に買受けたい意向をもつていたが、当時の所有者てあつたBに対し、その意向を話
したことがあつたことは認められるが、同女との間にその際所論のような売買予約
があつたことは証拠上認められない。(被告人も当審公判廷において所論のように
坪当りの代価についてBに話したことを否定しているのである。)そして、右西側
の空地はその後同年六月末頃BからAに売却され、その所有権移転登記を了したこ
と、被告人は同年九月の第二室戸台風により本件家屋が破損し改築の必要に迫られ
たために同年一〇月頃大工Cに改築工事を請負わせることとなつたが、右工事にあ
たりその家屋の西側にガレージ用地を設けると共に家屋の西側部分を前記の如く拡
張して増築工事をしようと計画し、Bに対し改めて隣地約一〇坪を買受けたい旨申
入れが、既にAの所有となつていたため、更に同女に対し電話で交渉したところ、
同女から今売る意思はないといつて断わられたこと、その後同女に対し交渉を重ね
ることなく、右計画に従つて本件家屋の増改築工事をCに進めさせ、本件排水口を
前記の如くA所有の土地に設置させたことが認められる。従つて右の如き経緯に照
らし被告人が本件排水口を設置することについて同人が承認しているものと信じた
といら所論は到底肯認することができない。
 三、 以上の次第で所論(一)(二)はいずれも理由がないが、右の如く承諾な
しに本件の排水口を他人所有の空地に設置したことが不動産侵奪罪を構成するかど
うかについては主観、客観の両側面から尚検討を要するものと考えられるので、更
にこの点について職権をもつて調査し検討することとする。
 <要旨>案ずるに刑法二三五条の二の不動産侵奪罪は右規定の位置と右規定が刑法
の一部を改正する法律(昭和三五年法律八三号)によつて制定されるに至つ
た立法の趣旨と経緯からみてその性質は一種の財産犯であるから右規定にいう他人
の不動産の侵奪とは不法領得の意思をもつて不動産に対する他人の意思に反し、そ
の事実上の占有を排除し、これに自己の占有すなわち事実上の支配を設定する行為
であると解せられ、右にいう侵奪には主観的要件として窃盗罪におけると同様に不
法領得の意思を必要とすると共に客観的要件として不動産に対する他人の占有の排
除と自己の占有の設定とが必要である。そして如何なる行為があつたときにこれを
侵奪とみるかについては具体的事案に応じ、不動産の種類、占有侵奪の方法、態
様、程度、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定意思の強弱、
相手方に与えた損害の有無などを綜合的に判断して社会通念にしたがつて決しなけ
ればならないものである。
 よつて先ず行為の主観的側面について考察すると、前記の如く被告人は昭和三六
年一〇月より昭和三七年一月にかけて本件家屋を改築するに際し、前記の如き経緯
でAから西側に隣接する同女所有の宅地のうち約一〇坪の買受の申入を一応拒否さ
れたのに拘らず、改築工事の請負人Cに対し、右家屋西側部分を同女所有の宅地と
の境界線まで拡張して工事をするように指示し、これにともないその拡張された右
家屋の西側部分の庇が境界をこえる工事をさせると共に同女の所有地内に土管を通
し本件排水口を設置させたものであつて、このような工事をすることにつき被告人
は同女の承認を得ていないけれども、その宅地が隣接の空地てあつていずれは交渉
によつて買受けることができるかも知れないと考え、一応その前提に立つていたも
のであり、もし買受けができない場合には本件排水口を取壊して収去するつもりで
あつたことは被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、原審及び当審公
判廷において供述するところと、原審証人C、当審証人Fの各証言に徴し認められ
るところであり、被告人が供述するようにAに電話でその所有地の分譲の申入をし
て同人から断わられた際今は売るつもりがないが、時期がくれば売るかも知れない
と同女がいつた点は否定できないのであつてこれに反する同女の証言は同女の所有
地が空地であつて将来アパート建設のつもりで買受けながら現在も尚空地のままで
あることに徴し措信できない。
 そして被告人が本件排水口を収去するつもりであつたことは次に述べるようなそ
の構造からみても容易に首肯できるところであつて、被告人が現在に至るも尚右収
去ができないでいるのは、Aの夫Eが司法警察員作成の実況見分調書添付の写真で
明らかなように本件家屋西側外壁に接してバラツクの小屋を建て本件排水口をその
小屋の中にとりこみ立入を禁止しているからであると認められる。従つて被告人が
本件排水口をA所有の宅地内に設置したことはその当該土地部分を買受けることを
一応予定しての行為てあつて、右設置によつて他人の土地をとりこむ意思がなかつ
たことは勿論たまたま空地となつていたので、もし買受けができなくなつても、そ
れまでの間空地を一時的に利用させて貰う意思であつたものと考えられるから、本
件排水口の設置にあたり被告人に不法領得の意思があつたものとは認め難いのであ
る。
 次に行為の客観的側面を考察すると、本件空地における排水口の構造は原判示に
よれば縦約四〇糎、横約三〇糎、深さ約五〇糎のコンクリート製のものというので
あるが、司法警察員作成の実況見分調書によると、本件家屋の表側より四・六米入
つた右家屋の西側の地点に東西に三〇糎、南北に四〇糎の排水口が設けられている
との記載があり、右実況見分調書添付の写真6号と当審の検証調書によつて右排水
口の外見上の構造をみるとその口は本件家屋の西側壁から約一七糎の処に東西二九
糎、南北二三糎の矩形の穴て深さは一七・五糎であり排水口の側壁となつているふ
ちの部分を入れて四五×五二平方糎の大きさであり、口の内側の東と南の部分に土
管の口があり、右側壁の内側とふちの部分のほか矩形のふちをはみ出して土地の上
部に半円形にセメントが塗つてあるという構造のものであり、地上に突出した部分
もなく、又地下深く築造したものでもないのであつて、当審証人Fの証言にあるよ
うに右排水口を取壊して収去し元の現状に回復するには半時間位で費用も一、〇〇
〇円位を要する簡単な作業ですみ、右排水口をとりのけた後の排水は本件家屋の床
下に土管を設置して表側の別の排水口へ流すことが可能であると認められ、従つて
本件排水口の設置により空地所有者の受ける損害は皆無に等しいのである。その他
本件につきこのような排水口を設置するに際し、所有者の占有を排除するため塀そ
の他の工作方法を特に講じた形跡も存しないのである。さすれば右排水口の設置部
分についてその空地の所有者であるAの土地占有が客観的に完全に排除され、被告
人が本件排水口を設置することによつてその部分の土地につき自己の支配を確定的
にする占有を新たに設定したと認めることは社会通念上到底許容できないところで
ある。
 以上認定の如く本件排水口を設置した部分の土地を買受けることを予定し、もし
買受けることができなければ直ちにこれを収去するが、それまで他人の空地を一時
利用させて貰う意思で約一一一坪に及ぶ広い空地に前記の如きその口がわずか二九
糎×二三糎のそれも容易に収去できる排水口を設置した行為はその主観、客観両側
面を綜合し、社会通念に照らして考察するときは一種の使用侵奪ともいうべき行為
であり、いまだもつて不動産侵奪罪にいう他人の不動産を侵奪した行為に該当しな
いというべきである。すなわち本件排水口の設置の行為が不動産侵奪罪を構成する
には侵奪の客観的要件において既に充足がなく、主観的要件においても領得の意思
が欠除していたものと認めざるを得ないのである。
 本件起訴状の公訴事実によると「………排水口を築造する等してA所有の不動産
を侵奪したものである。」と記載され「築造する等して」の等は前記実況見分調書
の記載にあるように本件家屋の西側壁がA所有地との境界線を約一〇糎、右家屋西
側の庇が地上約二米の箇所で右境界線を約三五糎越境していることも含ませた趣旨
に考えられるが、右実況見分調書の境界線は本件家屋の増改築修了後同家屋の北側
道路に設けられた境界杭を基準とするものであつて、右基準が正当のものであるか
どうか直ちに断定し難いのみならず、被告人の捜査機関に対する各供述調書や前記
C、同Fの各証言に徴し右庇の部分が越境していたことは疑いがないが、右家屋西
側壁が越境していたものとは認め難く、そして庇の越境については地上より上空二
米の位置にあつて、土地所有者の利用を特段に妨げるものではなく、又前記の如く
もし隣地が買取れない場合は越境部分を取除く意思であり、わずか上空の庇が三五
糎つき出したからといつてこれを以つて不動産侵奪罪を構成するものとはいえない
ことは明らかである。前記排水口の設置を含め被告人が本件家屋の改築にあたり従
前の家屋を拡張するためとつた処置は民法二一八条、二三四条、二三七条に違反す
るものであるが、右違法は刑事法上可罰的な違法ではなく犯罪の成否に関係がない
のである。
 以上の如く被告人の本件所為については不動産侵奪罪を構成するものとは認めら
れないにも拘らず原審が被告人に対し本件排水口の設置につき有罪の言渡をしたの
は法律の解釈適用を誤り延いては事実を誤認した違法があると認められ、この違法
は判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。
 よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同
法四〇〇条但書により更に判決することとする。
 本件公訴事実に「被告人は昭和三六年一〇月頃から翌三七年一月初頃にかけて門
真市大字a所在自己所有の木造二階建居宅敷地の西側に隣接するE所有の右大字a
b番地のdの宅地に縦約四〇糎、横約三〇糎、深さ約五〇糎のコンクリート製排水
口を築造する等して同人所有の不動産を侵奪したものである。」というのである
が、前記の如く不動産を侵奪したものと認めるに足る証拠はないから、刑事訴訟法
三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすることてして主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿 裁判官 八木直道)

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