弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人両名を各懲役弐年に処する。
     但し被告人両名に対し本裁判確定の日から各五年間右刑の執行を猶予す
る。
         理    由
 本件控訴の趣意並びにこれに対する答弁はそれぞれ浦和地方検察庁熊谷文部検察
官検事猪狩良彦作成名義の控訴趣意書並びに弁護人柳沢己郎作成名義の答弁書に記
載されたとおりであるから、これをここに引用する。
 控訴趣意第一点について。
 原判決は被告人両名の所為を業務上過失致死罪に問うたのに対し論旨はこれが傷
害致死罪を構成する旨主張するので考察するのに、傷害致死の罪は傷害罪の結果的
加重犯であり、傷害罪はまた暴行罪の結果的責任としても成立するものであつて、
その犯意の成立には暴行の認識あるをもつて足り、必ずしも傷害の認識あるを要せ
ず、しかも一般に犯意ありとするには行為の違法性の認識あるを要しないのはもと
より、検察官所論の如き違法性認識の可能性あることをも必要としないのであるか
ら、いやしくも他人の身体に暴行(違法な有形力)を加える認識のもとに暴行の所
為に出で、因つてこれを死に致した場合には、たとえ犯人が錯誤によりその行為を
法律上許されたものと信じていたとしても傷害致死罪の成立あるを免かれない。な
るほど疾病治療の目的をもつて医学上一般に承認された手段方法により患者の身体
に有形力を行使しまたは傷害を加えること、すなわち、いわゆる治療行為は、その
性質上、刑法にいわゆる暴行もしくは傷害に該当しないか、または違法性がないも
のとして罪とならないことは答弁書所論のとおりであるが、同じく疾病治療の目的
に出でたとしても、客観的には暴行ないし傷害に該当する違法な有形力を、主観的
には疾病治療のため有効且つ適切な治療行為であると誤信してこれを患者の身体に
加えた場合の如きはこれと異なり、行為者は暴行ないし傷害に該当する外形的事実
はこれを認識しながら、ただ錯誤によりこれが評価を誤りこれを適法な治療行為で
あると信じたため、行為の違法性の認識を欠いて行動したに過ぎないのであつて、
事実の認識を欠いたのではないから、暴行ないし傷害の犯意ありとするに妨げはな
く、因つて生じた結果につき、傷害ないしは傷害致死の罪責を負わね<要旨>ばなら
ない。これを本件について見るのに、記録によれば、被告人両名はいずれも肩書の
職業に従事なる傍ら</要旨>日蓮宗の信仰を通じ病気平癒のため加持祈祷を行うこ
とを業としていたものであるところ、Aの妻B(当時三十六年)が原因不明の病気
のため身体衰弱し精神に異状を呈して不可解な言動をなすに至つたため右Aの依頼
により両名共同してBの病気平癒のため加持祈祷を行うに当り、その方法としてA
ほか三名の男子の協力のもとに、同女を仰臥せしめ、その両手両足を押さえた上原
判示の如き経過により数名交々、且つ長時間継続して各自手拳または手指をもつて
同女の腹部、胸部、咽喉部等に強圧または強扼を加え、因つて同女をして甲状軟骨
骨折のほか、頸部、腹部、上下肢等全身各所に無数の表皮剥脱皮下出血等の損傷を
負わせ且つ呼吸困難に陥らしめ遂に頸部加圧による窒息のため死亡するに至らしめ
たものであることを認めることができ、このように屈強の男子数名が協力して病気
のため身体衰弱した女性の身体の重要部分に対し同時に且つ長時間継続して強圧ま
たは強拒を加えるが如きは患者の健康増進ないしは疾病治療のため有効な手段方法
であるどころか、却つてその生理的機能を障害し、病勢を悪化せしめ、延いてはこ
れを死に致す危険のある有害無益な行為であり、到底医学上一般に承認せられた治
療行為と同一視するを得ない違法な有形力の行使であつてこれが刑法上暴行に該当
するものであることは、因つて生じた患者の身体傷害ないし死亡の結果に見るまで
もなく検察官所論のとおりである。しかも、被告人両名の司法警察員及び検察官に
対する各供述調書、原審公判調書中被告人両名の供述記載、A、C、D及びEの検
察官に対する各供述調書を総合すれば被告人両名は、その居住地方面に広く行われ
ている迷信により前記Bの気はその体内にいわゆる「オオサキ狐」が憑いているた
めであり同女の腹部に玉のような塊りのあるのがその憑物であつて、同女の病気を
治癒するためには加持祈祷によりこれを体内から追い出すこと俗にいわゆる「狐落
し」が必要であるがそれには祈祷をしながら叙上のような有形力を加えてこれを体
外から捉え腹部から胸部に押し上げ更に咽喉部に追い詰め捻り潰して退散させなけ
ればならないのであり、この方法は長期に亘る病気のため身体の衰弱している患者
Bの身体に対し異常に強度な力を加えるやり方であるから同女に身体傷害ないし致
死の結果を招来する危険がないわけではないけれども、同女の憑物を退散させるた
めには必要且つ有効な治療方法であつて、これによりたとえ同女が一時苦痛を訴え
て暴れることがあつても、結局はその身体生命に別条なく病気を平癒させることが
可能であると一途に誤信しひたすら疾病治療の意図をもつて互に意思を通じ且つ叙
上の四名をも説得し同人等とも共同して叙上の暴行に出でたものであることを窺う
に足り、とりもなおさず被告人両名は客観的には違法な暴行に該当する外形的事実
はこれを認識しながらただ迷信のためこれが価値判断を誤り患者Bのため有効適切
な治療方法であると錯誤妄信した結果行為の違法性を認識しないでその所為に出で
たものであつてこれを錯誤により事実の認識を欠いたものと解するに由がないから
叙上説示の趣旨においても暴行の犯意ありとするに十分であると言わねばならな
い。果して然らば被告人両名の本件所為は暴行の認識をもつて右Bに暴行を加え因
つてこれを死に致したものに外ならないからこれが傷害致死罪を構成することは勿
論である。然るに原審が被告人等の所為につき傷害致死罪の成立を否定して業務上
過失致死罪の成立を認めたのは事実を誤認したものであつてこれが判決に影響を及
ぼすものであることは明白である。検察官の論旨は理由があり、原判決はこの点に
おいて破棄を免かれない。
 よつて本件控訴はその理由があるから、控訴趣意第二点(量刑不当の論旨)につ
き判断をするまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決
を破棄するとともに、同法第四百条但書に従い当裁判所において更に判決をする。
 (罪となるべき事実)
 被告人Fは二十数年来日蓮宗を信仰し、遂に農業の傍ら信仰を通じて吉凶判断、
病気平癒のための加持祈祷を業とするに至つたもの、被告人Gも被告人Fのめによ
り同被告人と同じ頃より同宗に入信し町役場衛生夫の傍ら同被告人の弟子分として
祈祷の業に従事していたものであるところ、被告人両名は昭和三十年五月二十七日
埼玉県大里郡a町大字bc番地のd、Aの妻B(当時三十六年)が予てから原因不
明の病気のため身体衰弱し精神に異状を呈して不可解な言動をするのでこれが平癒
のため加持祈祷方の依頼を受けて同人方に到り午後九時頃からBの病臥する同家奥
の間において祈祷を始めたが、両名とも同地方に広く行われている迷信により同女
の病気はその体内にいわゆる「オォサキ狐」が憑いているためであり、同女の腹部
に玉のような塊りがあるのが、その憑物であつて病気を平癒させるためにはこれを
体外に追い出さねばならないが、それには、これを体外から捉えて腹部から胸部に
押し上げ更に咽喉部に追い詰め捻り潰して憑物を退散させなければならないと信
じ、互に意思を通じ共同して、同家に居合せた前記A、同人の兄C、従兄D及び隣
人Eにもその旨を説明して協力を求め、且つ、たとえこの方法により加持祈祷を施
行中、Bが苦痛を訴えてもがいたりしても憑物を追い出すために強く押さえなけれ
ばならず、一人でも病人が可愛そうだと思う者があつてはその目的を達することは
できない旨を告げ、これを信じた右四名をして、長期に亘る病気のため身体衰弱し
て仰臥しているBの両手両足を押さえさせ先ず被告人両名において誦経しながら、
憑物を追い出す方法と称して、交々手拳、手指をもつて同女の腹部、胸部、腋下、
頸部等を強圧または強扼し次で右四名にも交々同様のことをなさしめ同日午後十一
時頃までこれを続け、暫時休憩の後再び午後十一時三十分頃から同様の方法により
祈祷を継続した結果、同夜半過ぎ頃被告人両名においてBの腹部、胸部、頸部等を
扼圧中、同女をして呼吸困難に陥らしめ遂に頸部扼圧による窒息によりその場にお
いて死亡するに至らしめたものである。
 (証拠の標目)
 原判決挙示の証拠と同一であるから、これをここに引用する
 (法令の適用)
 被告人両名の判示所為は各刑法第二百五条第一項、第六十条に該当するのでその
所定刑期範囲内において、量定すべき刑につき考察するのに、本件犯行はその態様
において一般社会観念し到底容認し難い野蛮違法な所為であり、その結果として被
害者を死に致した点において、被告人等の罪責は軽くないものがあり、事犯の背景
をなす被告人等居住地の地方的社会環境に鑑みるときは一般予防の必要上軽々にこ
れを看過するを得ないが他面被告人等の年令、経歴、教養生活並びに家庭の状況、
本件所為は被害者の近親の懇請により行われた善意の治療目的行為であり被告人等
は無智迷信により行為の違法性を認識していなかつたこと、被害者の近親知己も同
様の無智迷信から被告人等の所為に協力加功するところがあつたこと、犯行後にお
ける被告人等の改悛の情等一作記録に現われた諸般の情状をも斟酌勘案し被告人両
名を各懲役弐年に処し、同法第二十五条第一項第一号に則り被告人両名に対し本裁
判確定の日からそれぞれ五年間右刑の執行を猶予するのを相当と認め主文のとおり
判決する。
 (裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

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