弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役10月に処する。
この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,臍帯血の卸売等を業としていたア株式会社の代表取締役として同社の
業務全般を統括管理していたもの,分離前の相被告人Aは,東京都ab丁目c番d
号eビル1階所在の診療所であるイの管理者であるが,被告人は,A,B及びCと
共謀の上,前記イにおいて再生医療法に規定する第一種再生医療等に該当する他人
間の臍帯血移植を実施するに当たり,Aにおいて,第一種再生医療等提供計画を厚
生労働大臣に提出することなく,別表記載のとおり,平成28年7月28日から平
成29年4月12日までの間,6回にわたり,前記イにおいて,Dほか3名に対し,
別表記載の各目的で,分離調製済みの冷凍保存された他人の臍帯血を,解凍の上,
投与し,もって第一種再生医療等提供計画を提出せずに第一種再生医療等を提供し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
罰条包括して刑法65条1項,60条,再生医療法6
0条1号,4条1項〔同種行為を反復継続する意
思をもって事前の提出義務に違反し,各提供行為
に及んでおり,包括一罪になると解する。〕
刑種の選択懲役刑を選択
刑の執行猶予刑法25条1項
(量刑の理由)
1本件は,臍帯血の卸売業等を営む被告人が,判示診療所の管理者であるAのほ
か,B,Cと共謀の上,Aにおいて,第一種再生医療等提供計画を提出すること
なく,各患者に対し,それぞれ脳性麻痺の治療,網膜剥離の治療,アンチエイジ
ング,膵炎の再発防止の目的で,細胞の分離,冷凍等の操作を加えた他人の臍帯
血を解凍した上,皮下注射等をするという方法で臍帯血移植を行った再生医療法
違反の事案である。
2再生医療法は,実施される再生医療等に想定されるリスクの程度等に応じた
安全確保のための仕組みを設けており,臨床応用がほとんどなく,未知の領域
が多く残された第一種再生医療等については,細胞の腫瘍化や予測不能かつ重
篤な有害事象を発生させ,人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあ
ることに鑑み,同法4条1項において,これを提供しようとする病院又は診療
所の管理者に対し,厚生労働省令で定めるところにより,その提供計画の提出
を義務付けている。被告人らが再生医療法施行以前から実施してきた臍帯血移
植は,アンチエイジング等の目的,あるいは移植に用いる造血幹細胞の適切な
提供の推進に関する法律施行規則1条所定の27疾病(悪性リンパ腫,急性白
血病等の疾病)以外の疾病に対する治療を目的として,免疫抑制等の処置をす
ることなく,細胞の分離,冷凍等の操作を加えただけの他人の臍帯血を皮下注
射等によって患者に投与する方法(以下「本件臍帯血移植」という。)による
ものであり,このような方法は,安全性,有効性が確立された医療技術ではな
く,投与された細胞の性質が体内で変わり得る未知のリスクが含まれるもので
あって,移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律2条2項所
定の有効性,安全性が確立された造血幹細胞移植には該当せず,また,本来の
細胞と異なる構造・機能を発揮することを目的として細胞を使用するものであ
り,再生医療法2条4項所定の「細胞加工物」を用いた医療技術であると解さ
れることなどから,同法4条1項の適用対象となる第一種再生医療等に該当す
るものであった。
被告人らは,平成27年11月に再生医療法の罰則適用の対象となり,平成
28年1月には,厚生労働省から,本件臍帯血移植が再生医療法の対象となる
ため直ちに治療の提供を中止し,法に基づく手続を行うよう行政指導がされた
にもかかわらず,その後も平成29年4月までの間,医師であるAにおいて,
前記27疾病に該当する病名又はその疑いがあるなどと,事実とは異なる診断
名をカルテに記載するなどして同法の適用除外となる臍帯血移植であるかの
ように装いながら,被告人から提供された臍帯血を用いて本件犯行に及び,そ
れぞれ多額の利益を得ていたのであり,本件犯行は,再生医療等提供計画の提
出を義務付けることにより当該治療の安全性確保を図るという同法の趣旨を
没却する悪質な犯行であったというべきである。加えて,本件臍帯血移植は,
前記のとおり,安全性や有効性が科学的に証明されておらず,仮に,第一種再
生医療等提供計画を提出しても,そのまま受理されることはないというもので
あり,人命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあったのであるから,唯一
医業を行うことができる医師によってこのような行為が行われたことは,再生
医療そのものに対する国民の信頼を著しく失墜させるものであり,その社会的
影響も看過することができない。
被告人は,長男のCとともに臍帯血の卸売業等を営んでおり,臍帯血の保管,
販売業等を営んでいたBから継続的に臍帯血を仕入れ,これをAの経営する診
療所に提供していたほか,被告人自ら臍帯血の搬送や解凍作業をしたり,Aか
ら臍帯血移植の症例の照会を受けると,Bに照会した上で回答したりするなど,
Aが本件臍帯血移植を実施する上で不可欠かつ重要な役割を果たし,本件犯行
に限っても,臍帯血の販売によって合計約467万円もの利益を得ている。ま
た,証拠上,本件臍帯血移植が再生医療法の適用対象になることや,Aがカル
テに事実とは異なる診断名を記載していたことについて,被告人が確定的な認
識を有していたとまでは認められないものの,前記行政指導後も,Aが患者を
27疾病又はその疑いと診断した上,実際には,アンチエイジングや27疾病
以外の疾病に対する治療を目的として本件臍帯血移植を継続することを認識
していながら,患者への副作用などの危険性や再生医療法の規制について深く
考えずに,Aに対する臍帯血の提供を継続した点については,強い非難を免れ
ないというべきである。
3このような観点からすると,被告人自身は,第一種再生医療等提供計画の提出
義務を課されている管理者(医師)ではなく,個々の案件で臍帯血移植を実施す
るかどうかの判断はAに委ねられている点を前提としても,その刑事責任は,当
該違反の法定刑(1年以下の懲役等)の範囲の中で比較的重い位置付けになると
いうべきである。
4その上で,被告人に前科前歴がないこと,犯罪事実を基本的に認めるなど反省
の態度を示し,経営する臍帯血の卸売会社を既に解散し,今後は臍帯血移植等に
関わらない旨約していること,出廷した夫が今後の監督を申し出ていることなど
の事情を考慮すると,懲役10月の刑を科してその刑事責任を明確にした上,今
回に限っては刑の執行を猶予し,社会内において自力更生の機会を与えるのが相
当である。そして,その執行猶予期間については,本件事案の内容を踏まえた再
犯可能性の乏しさなどを考慮し,2年間とするのが相当であると判断した。
(求刑―懲役10月)
(別表省略)
平成29年12月14日
松山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官末弘陽一
裁判官馬場義博
裁判官丸林裕矢

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