主文
1原告は,被告において,給与等級7級の労働契約上の地位を有することを確
認する。
2被告は,原告に対して,2003年4月から2004年3月までの間,毎月
15日限り各8万6142円,2004年4月から2005年4月までの間,
毎月15日限り各2万4481円及びこれらに対する支払日の翌日である各月
16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3原告のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用はこれを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担と
する。
5この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1主文第1項と同旨
2被告は,原告に対して,別紙給与一覧表の差額賃金欄各記載の各金員及びこ
れに対する各支払期日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告の従業員である原告が,給与等級7級から6級に降級されたこと
を不服として,降級前の7級の地位にあることの確認を求めるとともに,降級前
の賃金と降級後の賃金との差額の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等(証拠等により認定した事実は当該証拠等を文末に掲記し,
当事者間に争いのない事実は,文末に何も掲記しない)
(1)当事者
ア被告は,米国法人であるマッキャンエリクソン社と日本法人である博報
堂の共同出資により,1960年12月に設立された広告代理店(当時の商
号は株式会社マツキヤンエリクソン博報堂)である。米国マッキャンエリク
ソン社は,1994年,博報堂から株式を買い取り,現在の商号に変更し
た。
イ原告は,1984年4月,被告に入社し,同社媒体局に配属され,広告
代理店業務に従事してきた。原告は,2002年1月以降,被告のメディ
アマーケティング本部業務部(以下「業務部」という)に所属し,同部の
業務に従事している。
(2)被告のこれまでの賃金制度
被告の2001年9月当時の給与規程(以下「旧賃金規程」という)は,
次のとおりの内容であった(甲1)。
(給与体系)
第2条給与体系は次の通りとする。
1.基準内給与(1)基本給号俸給,身分給,年齢給
(2)手当家族手当,住宅手当,残業補填手当,管
理職手当,通勤手当
2.基準外給与超過勤務手当
(3)新賃金制度の導入
ア新賃金制度
被告は,2001年10月1日,旧賃金規程に代え,いわゆる成果主義
賃金体系を基礎とする新賃金制度を導入した。原告は,新賃金制度導入に
当たり,全従業員に対し,「成果報酬制度について」と題する文書(甲4,
以下「新賃金規程」という。なお,新賃金規程が就業規則であることにつ
いては当事者間に争いがない。)において新賃金制度の内容を明らかにし
ているところ,新賃金規程には,次の内容が記載がされている。
(ア)目的
新賃金制度導入の目的は,成果報酬制度を採用することにより,「功
績に報いる」,「優秀な人材を認める」ためであり,「人件費削減のた
めではない」とされている。
(イ)制度変更の概要
a給与等級6級以下(非管理職)は,新しい給与制度を設けそれに移行
する。給与等級7級は,現在8級・9級を対象に実施している年俸制
の体系に移行し,管理職(7級∼9級)として,年俸制の給与制度とす
る。
b非管理職(給与等級2∼6級)の給与制度
①裁量労働制を導入し,適用対象者には,残業時間数をそのまま処
遇に反映させることを廃止し,定額の裁量労働手当を支給すること
とし,裁量労働制の非適用者には,時間外勤務手当を支給する。
②家族手当,住宅手当を廃止する。
③基本給与は,給与等級ごとに,下記のとおり,上限額,下限額を
定める給与レベルとする。
等級下限上限
6級657万円804万円
5級∼2級省略
④年間の業績確定後に,会社と個人の業績を反映させるために査定
評価を経てインセンティブを支給する。これらの職務等級ごとの給
与額,裁量労働手当額,インセンティブ単価表は書面で発表する。
⑤以上の結果,給与等級2級から6級の従業員の賃金は,裁量労働
制適用の労働者については,基本給与,裁量労働手当,インセンテ
ィブの3要素から構成され,裁量労働制非適用の労働者については,
基本給与,時間外勤務手当,インセンティブの3要素から構成され
ることになった。
c管理職(給与等級7∼9級)の給与制度
①年俸制をとり,年俸は,基本年俸と業績年俸とで構成する。管理
職の年収は下記の算式のとおりである。
年収=基本月俸×(15か月±査定評価)
=基本年俸…基本月俸×12か月
+業績年俸…基本月俸×(3か月±査定評価)
なお,7級に移行するにあたっては,年俸額を次のように計算す
る。
年俸額=(従来の)基本給×18+140万円
そして,年俸(15か月)の上限・下限額は,次のとおりである。
等級下限上限
9,8級省略
7級950万円1200万円
②業績年俸については,人事評価に従って支給月数を決定する。す
なわち,評価が最高(+10)の場合には5.5か月,評価が±0
の場合には3か月,評価が最低(▲6)の場合には1.5か月をそ
れぞれ支給する。
③年俸額(15か月)の改定を毎年1月1日付けで行い,年俸額改定
表を用いて,査定評価により年俸額を増減する。
昇格は原則として4月に行う。
評価の結果,本人の顕在能力と業績が,属する資格(=給与等
級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断した際には,
資格(=給与等級)と,それに応じて処遇を下げることもあり得る。
④以上の結果,給与等級7∼9級の管理職の賃金は,基本年俸と業
績年俸の2要素から構成されることになった。
イ新賃金制度導入に伴う原告の格付けと給与額
原告は,旧賃金規程が適用されていた2001年9月当時,給与等級7
級であり,月例給与額は,基本給48万2200円,残業補填手当5万円,
家族手当1万9000円,住宅手当3万3500円の合計58万4700
円であった。原告は,2001年10月1日の新賃金制度導入に当たり,
給与等級7級に格付けされ,基本月俸は67万1980円となった。原告
の基本月俸は,その後,2002年4月に67万2000円,同年7月に
66万5340円となった。
(4)原告の降級と賃金減額
ア新賃金規程における降級についての記載内容
被告では,新賃金制度を導入したことに伴い,初めて,降級制度を導入
した。すなわち,新賃金規程によれば,降級制度について,次のような規
定を設け,従業員に周知した(甲4,証人P1【4頁】,原告【12
頁】)。
「(c)降級
評価の結果,本人の顕在能力と業績が,属する資格(=給与等級)
に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断した際には,資格
(=給与等級)と,それに応じて処遇を下げることもあり得ます。
(注)降級制度に対する考え方
降級はあくまで例外的なケースに備えての制度と考えています。
著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制度です。
通常の仕事をして,通常に成果を上げている人に適用されるもの
ではありません。また,病気,怪我による休暇・欠勤・休職は降級
の対象ではありません。」
イ被告における昇格・降級制度の運用等
(ア)従業員の昇格,降級は,被告の人事評価によって決定される。評価
基準は,−3から−1,0,+1から+3までの7段階評価となってい
る。評価に当たっては,一次評価者としてグループアカウントディレク
ター(室長・局次長・副本部長・場合により局長)レベルが,二次評価者
としてディビジョンディレクター(局長・場合により本部長)レベルが,
最終評価者として役員レベルが評価することになっている。ただし,場
合によっては,一次評価者と最終評価者で決定し,二次評価者の評価が
省略されることがある。なお,最終評価については,役員で構成される
人事評議会(人事評価会議)を経て,最終的な了承了解は代表取締役であ
る社長が行う。(乙5ないし11,12の1及び2)
(イ)被告においては,−1の評価を2年連続受けた者,−2の評価を当
該年度受けた者が,降級の対象者となり,「昇格会議」(昇格・降級を
決定する会議)で審議され,降級させるか否かを決定することになって
いる。しかし,上記降級基準は従業員には明らかにされていない。(乙
7,8,証人P1【4,26頁】,同P2【31ないし33頁】,原告
【13,36頁】)
ウ原告の降級と賃金の減給
(ア)原告は,2001年1月から同年12月までの間,被告メディアマ
ーケティング本部テレビ局テレビ2部(以下「テレビ2部」という)次
長であったが,同年度の評価は−1であった。原告は,2002年1月,
同本部業務部次長に配置換えとなったが,同年度の評価は−2であった。
そこで,被告は,前記イ(イ)の基準に照らし,降級の対象者とし,「昇
格会議」で審議し,2003年4月以降,給与等級7級から同6級に降
級させることにし,同年3月,これを原告に伝えた(以下「本件降級処
分」という)。
(イ)本件降級処分に伴い,被告は,2003年4月,原告の基本給与月
額を,従前の66万5340円(基本月俸)から45万9400円に減
額した。そして,原告の月額基本給は,2004年4月に47万020
0円と改定された。なお,原告は,本件降級処分に伴い,給与等級6級
として,2003年4月から2005年3月までは裁量労働制非適用の
従業員として,月額基本給のほか時間外勤務手当,インセンティブの支
給を受け,2005年4月からは,裁量労働制適用の従業員として月額
基本給の裁量労働手当(月額11万5000円),インセンティブの支
給を受けるようになった。(甲4,乙24の1ないし3,同25,弁論
の全趣旨)
(5)原告・被告間の争い
原告は,被告の原告に対する2002年度の人事評価−2は原告を不当に
低く評価したものであり,また,本件降級処分は,裁量権を逸脱したもので
あり無効であると主張している。これに対し,被告は,原告に対する200
2年度の人事評価及び本件降級処分はいずれも相当なものであって,裁量権
の逸脱はないと反論している。
2争点
(1)原告の求める地位確認請求は確認の利益があるか(争点1)。
【被告】
原告は,「給与等級7級の労働契約上の地位を有すること」の確認を求め
ている。他方で,原告は,給与等級7級にあることを前提に,本件降級処分
が無効であるならば得られたであろう給与等級7級の賃金と現実に支給を受
けている6級との賃金の差額についても給付請求をしている。そうだとする
と,本件は,上記差額賃金についての給付請求権の存否によって法律上の紛
争を解決することができる。よって,原告の被告に対する上記地位確認請求
は,確認の利益がない。そもそも,特定の賃金を受ける権利(特定の給与等
級にあるという労働契約上の地位)というものは存在せず,原告の前記地位
確認請求はこの点においても不適法であり,却下を免れない。
【原告】
ア【被告】の主張は争う。
イ本件降級処分が違法とされた場合,給与等級7級には支払う必要のない
時間外勤務手当,裁量労働手当やインセンティブなどを別途清算する必要
があるところ,これらの清算処理のためには,単に,原告の差額請求を認
めるだけでは足りず,給与等級7級としての地位を確認しておく必要があ
る。また,被告の退職金制度によれば,給与等級7級の場合には,規定退
職金に加えて7級以上の等級在任期間に応じて退職金が加算される。給与
等級7級の場合にはその在任期間毎に1年で65万円が加算されることに
なっており,したがって,給与等級7級としての地位確認請求には確認し
ておくだけの法律上の利益が存在する。
(2)被告の就業規則は降級に関する規定が不明確であり,被告は従業員に対し
具体的降級決定権を有していないか(争点2)。
【原告】
ア2001年10月から施行されている新賃金規程によれば,「評価の結
果,本人の顕在能力と業績が,属する資格(=給与等級)に期待されるものと
比べて著しく劣っていると判断した際には,資格(=給与等級)と,それに応
じて処遇を下げることもあり得ます。」と規定している。しかし,新賃金
規程には,給与等級に期待される職務能力については何らの定めがなく,
その職務能力を評価する基準も何ら明らかにされていない。ただ,被告か
ら原告ら従業員に対し,「前年度評価Feed−Backと新年度目標設
定・自己開発表」と題する文書(甲10)が配布され,原告は,期首にお
いて同人の目標設定を記載したが,前記文書にも,評価基準は何ら明らか
にされていない。
イ以上のとおり,被告の新賃金規程においては,降級制度の前提となる給
与等級,資格制度,人事評価の基準は一切存在しない。これでは,降級決
定権行使についての要件が定められていないというに等しい。このように
降級に関する制度が不明確な場合には,使用者である被告は,従業員に対
し,具体的な降級決定権を持っていないと解するのが相当である。このよ
うな当事者の意思の合致から逸脱した降級決定権により,従業員(原告)
の賃金を約3割も減額することは,合意された労働契約からの逸脱であり,
ひいては労基法24条違反となると解すべきである。
【被告】
ア【原告】の主張ア,イは争う。
イ被告における人事処遇は,従業員の評価にしろ,職位にしろ,使用者の
裁量権に基づいて行われるものであり,その裁量権の行使の態様を一々労
働契約で規定していなければ行使できないというものではない。したがっ
て,原告の主張は理由がない。
ウ原告は,被告においては給与等級に期待される職務能力については何ら
の定めがないと主張するが,事実に反する。被告は,各資格等級に求めら
れる能力について,「期待される能力像」(1996年10月,以下「期待
される能力像」という)と「期待される能力像の具体化モデル」(1999
年秋,以下「期待される能力像の具体化モデル」という)を従業員に配布し,
明確に説明している。なお,被告は,2001年10月の成果報酬制度を
実施するに際し,同年7月に同制度を記載した冊子(新賃金規程)を配布
するとともに,全社員に対して説明会を開き,質疑応答を行ない,更に評
価用紙等の配布・回覧を行った。また,2001年10月の成果主義賃金
体系に基づく新賃金制度導入については,被告の従業員で組織されている
マッキャンエリクソン労働組合の同意を得ている。
エ原告は,同人の賃金が約3割も減ることは,労働契約からの逸脱である
と主張する。しかし,原告は,本件降級処分により,給与は年収ベースで
みると,約988万円から約950万円に減額されたにすぎず,本件降級
処分が労働契約からの逸脱であるとの原告の主張は理由がない。
(3)本件降級処分及びこれに伴う減給は裁量権を逸脱したものか。また,本件
降級処分の前提となった,被告が原告の2002年度の人事評価を−2とし
たことは人事評価権の濫用か否か。(争点3)
【原告】
ア被告は,新賃金規程の中で,降級について,「あくまで例外的なケース
に備えての制度と考えています。著しい能力の低下・減退のような場合へ
の適用のための制度です。通常の仕事をして,通常に成果を上げている人
に適用されるものではありません。」と規定している。すなわち,降級が
実施されるのは,当該給与等級に期待されるものと,本人の顕在能力,業
績とを比較して著しく劣っている場合,また,従業員に著しい能力の低下
・減退がみられる場合であり,例外的なケースの場合としている。
イ原告には,2002年1月以降,労働能力の著しい低下・減退はない。
にもかかわらず,被告において,原告を給与等級7級から同6級に降級さ
せ,賃金を減額したことは,上記アの降級基準に反する。原告に著しい能
力の低下・減退がないことは,下記ウないしオの各記載からも明らかであ
る。
ウ原告の担当職務
(ア)原告は,2002年1月,業務部に配属された。業務部には,原告
を含めて2名が配置されていた。原告が担当した業務は,テレビ,ラジ
オ番組等のコマーシャル(以下「CM」という)の素材指示連絡及びCM
ビデオの送稿と管理,放送確認書の管理(以下「CM素材送稿管理等」
という)が主要な業務である。
(イ)前記CM素材送稿管理等の業務とは,具体的には,次の内容を指す。
業務部は,営業担当部署から,テレビ・ラジオのCM枠の購入決定と,
当該CM枠で放送するCM素材の連絡を受ける。これを受けて,業務部
は,指定されたCM素材を放送スケジュール表に書き込み,CM素材で
あるビデオにCM連絡表をつけ,これを放送局に送稿(送付)する。放送
局は,当該CMを放送後,業務部に対しCM素材を戻し,業務部はこれ
を保管する。また,放送局は,当該CMを放送後,業務部に対し,当該
CMが放送されたことを確認する放送確認書を送付し,業務部は,送付
された放送確認書を確認し,これを管理する。
(ウ)原告は,前記CM素材送稿管理等の業務のほか,CM考査,EDI
(ElectricDataInterchangeの略,以下
「EDI」という)推進作業も担当していた。CM考査とは,CMが放
送コード等に抵触していないか否かの相談を受けた際にこれをチェック
する業務であるが,この業務は作業量としては主要業務と比較して多く
はなく,年間20件程度である。また,EDI推進作業とは,放送局と
広告会社とを結ぶネットワークを構築し,発注からCM進行作業までを
オンライン化する,CM進行全体のデータ処理の電子化計画である。E
DI推進作業は中長期的な計画であり,前年評価の対象となるような業
務内容ではない。
エ担当職務の定型的業務性
原告が担当しているCM素材送稿管理等の業務は,前記ウ(イ)のとおり,
営業担当部署から得意先(顧客)が希望するCMの指定を受けて,放送局が
間違いなく当該素材を放送するようにスケジュール表作成等の管理をし,
CM素材(ビデオ)を放送局に送付し,また返却されてきたCM素材を管理
する進行業務である。CM素材送稿管理等の業務は,決定事項を間違えな
いように正確に管理することに特徴がある。当該業務は,膨大な作業を迅
速かつ正確に行うことを要求されるが,裁量性の低い業務である。したが
って,原告の主要担当職務は,顕在能力及び業績が大幅に低下したり減退
する等の性質の作業ではない。
オ原告の業務遂行能力
原告は,2002年1月から同年12月までの間,上記CM素材送稿管
理等の業務を担い,迅速かつ正確にCM素材送稿管理等業務を行ってきた。
原告は,被告に対し,期首に当該年度の目標項目を設定し,これを記載し
た目標管理表(以下「目標管理シート」という)を提出し,被告の承認を
得ているが,2002年度,原告は設定した目標項目を十分に達成した。
カ以上によれば,原告には,顕在能力及び業績が著しく劣っている又は能
力が著しく減退・低下したなどという事実はない。そうだとすると,被告
が原告の2002年度の人事評価を−2としたのは人事評価権を濫用した
ものであり,また,当該評価を前提とする本件降級処分は無効というべき
である。
【被告】
ア原告は,2002年1月,業務部次長の地位にあった。業務部長はテレ
ビ局長であるP3(以下「P3局長」という)が兼務していたため,業務
部は,同部次長である原告が,実際上管理監督し,取りまとめていくこと
が期待されていた。原告の下にはスタッフが約6名(正社員4名,派遣社員
2名,ただし派遣社員は時期によって変動がある)所属していた。業務部の
主たる業務は,テレビCM進行,テレビ請求書照会,テレビ放送確認書チ
ェック,CM考査,EDI推進作業,CMコード(広告主,広告会社,CM
制作会社,テレビ局がCM素材に共通のコードを使うことによって,CM
業務の合理化と放送事故防止を実現する目的で,広告主コード(4桁)と素
材コード(6桁)を組み合わせた10桁のコード)登録推進,新聞・雑誌の原
稿チェック・入稿チェック,メディアマーケティング本部の各媒体取扱高
報告資料の作成,同本部全体の庶務業務などである。
イ原告は,2001年当時管理職(テレビ2部次長)の地位にあり,給与
等級7級であったが,同年度の人事評価は−1であった。
ウ被告は,原告の2002年度の人事評価を−2としたが,その理由は,
次のとおりである。
(ア)原告は,CM素材送稿管理等の業務自体は通常どおり遂行したが,
当該業務は,たとえミスなく行なってもそれ自体高い評価が得られる種
類の業務ではない。
(イ)他方,原告は,給与等級7級の管理職として,以下の点が不十分で
あった。
a業務部をまとめてリーダーシップを発揮することがなかった。
b業務部に所属する社員を管理し,その相談に乗ったり,面倒を見る
などのいわゆる管理業務を行わなかった。
c原告の上司にあたる部長,副本部長,本部長や,本部内各局のリー
ダー層とのコミュニケーションがとれなかった。
d業務改善や工夫を積極的に行なわなかった。
e緊急時の対応に柔軟性がなく,取りまとめができなかった。
f部における各作業の効率化ができず,またCM考査の交渉(いわゆる
放送コードに抵触するか否かは,民放各社が独自に基準を設けており,
そこには観念的,抽象的な部分も含まれているため,放送局に対し説
明,説得を行う者の力量が,考査の結果や会社の業務効率を左右す
る)において,原告が担当すべきところを他のテレビ局の担当部長が代
行することにならざるを得ず,他部門からの信頼を失い,ひいては会
社の期待を裏切った。
エ被告は,原告に対し,2001年度の人事評価が−1であることを伝え,
2002年1月1日付けでテレビ2部から業務部に配置転換を行い,業務
等の改善を勧告した。それにもかかわらず,原告は,2002年度も改善
の跡がみえず,人事評価は−2と2001年度の評価よりも下がった。そ
こで,被告は本件降級処分を行ったものであり,本件降級処分には裁量権
の濫用や逸脱はなく,適法であり,本件降級処分の前提となった2002
年度の人事評価も相当である。
(4)本件降級処分によって被った原告の賃金は幾らか(差額賃金請求の範囲,
争点4)。
【原告】
ア原告は,2002年7月から本件降級直前である2003年3月までの
間,給与等級7級の従業員として,被告から,基本月俸66万5340円
の支給を受けていた。
イ原告は,2003年4月,給与等級7級から6級に本件降給処分をされ
た。その結果,原告は,被告から,2003年4月から2004年3月ま
での間は基本給与月額45万9400円,2004年4月から2005年
4月までの間は基本給与月額47万0200円の支給しか受けていない。
ウ前記(3)の【原告】の主張でも述べたとおり,本件降級処分は無効である。
したがって,被告は,原告に対し,別紙給与一覧表記載のとおり,原告が
給与等級7級のままでいたら得られたであろう基本月俸(66万5340
円)と給与等級6級として現実に支給を受けた基本給与月額(45万94
00円又は47万0200円)との差額及びこれに対する各支払期日から
支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
エ【被告】の主張に対し
(ア)被告は,本件降級処分の結果,原告は給与等級6級となり,時間外
勤務手当,裁量労働手当,インセンティブを受給するようになったので,
差額賃金請求においてはこれを考慮したうえで判断すべきであると主張
するが,これらの賃金要素は不確定である。このような不確定要因があ
る時間外勤務手当,裁量労働手当,インセンティブを加味して年収を比
較すべきではない。
(イ)労働契約上,労働者が,毎月請求することができる金額はあくまで
基本月俸(給与等級6級の場合は基本給与月額)である。労基法24条
の賃金全額払いの趣旨からすれば,仮に業績年俸やインセンティブが多
額に支給されても,毎月の給与を減額することは許されない。したがっ
て,労働契約上,請求することができる賃金月額の差額を請求すること
は法律上当然のことである。
(ウ)本件降級処分が違法とされ,本来,原告が給与等級7級の地位にあ
るとして,差額賃金請求が認められた場合,7級には支払う必要のない
時間外勤務手当,裁量労働手当,インセンティブは,別途,原告・被告
間で清算することになり,被告が,原告に対し,不当利得返還請求をす
れば足りる問題である。
【被告】
ア【原告】の主張に対する認否は次のとおりである。
(ア)【原告】の主張アは認める。
(イ)【原告】の主張イのうち,原告が本件降級処分を受けたこと,原告
の2003年4月から2005年3月までの間の基本給与月額が原告主
張のとおりであることは認めるが,2005年4月の基本給与月額は4
8万1000円であるのでこれを否認する。なお,原告は,2003年
4月以降,給与等級6級として時間外勤務手当,裁量労働手当,インセ
ンティブ等の支給を受けており,これらを含め,給与等級7級と6級と
の賃金差額を比較すべきであり,月額の基本月俸と基本給与月額の差額
だけを比較することは無意味であり,失当である。
(ウ)【原告】の主張ウは争う。
イ原告の差額賃金請求は,賃金支払に関する他の支給要素(時間外勤務手
当,裁量労働手当,インセンティブ)を無視している。原告の請求する2
003年4月から2005年4月までの間,原告は,時間外勤務手当とし
て231万1364円,裁量労働手当として11万5000円,賞与・イ
ンセンティブとして537万7340円を取得しており,月額給与は減少
するとしてもこれら増加分を考慮すれば,原告が差額賃金請求として求め
ている額500万8100円より多額の賃金の支給を受けている。したが
って,原告の差額賃金請求は理由がない。
原告の請求のように,月額給与だけの比較では意味がない。なぜなら,
本件降級前と後とでは,月額で支給する費目(支給要素)が異なっている
からである。被告からの支給が成果報酬制度に基づく賃金支給である以上,
その総合計額(つまり,年間の総収入額)で本件降級前と後とを比較する
以外,方法はない。
第3当裁判所の判断
1地位確認請求についての確認の利益の存否について(争点1)
(1)被告は,原告において給与等級7級にあることを前提に差額賃金が発生し
ているとして,当該差額賃金請求をしている以上,これに加えて,給与等級
7級の地位にあることを確認する法的な利益はないと主張する。確かに,差
額賃金請求で紛争解決ができているならば,被告のいうとおりである。そこ
で,以下,差額賃金請求に加え,給与等級7級の地位にあることについて確
認を求める法的利益があるのか否かについて検討することにする。
(2)前記争いのない事実等,証拠(文末に掲記したもの)によれば,次の事実
が認められる。
ア被告において,給与等級7級から9級の者は管理職に位置づけられ,そ
の給与については年俸制が採られている。他方,給与等級2級から6級ま
での者は非管理職として位置づけられ,その給与については月給制が採ら
れている。そして,給与等級7級から9級の者の年俸は基本年俸と業績年
俸から構成されており,業績年俸の支給月数は人によって異なり,最低1.
5か月から最高5.5か月まで幅があり,最低査定額である1.5か月分
は12月に,残りは査定評価を経て翌年2月に支給される。また,給与等
級2級から6級の者の賃金は基本給与額,時間外勤務手当(裁量労働手
当),インセンティブから構成されており,さらに,基本給与額は基本給
与月額(基本給与額の16.5分の1),夏期賞与(同16.5分の2.
25),冬期賞与(同16.5分の2.25)に分かれており,夏期賞与
は6月10日,冬期賞与は12月10日に支給される。(前記争いのない
事実等(3)ア,甲4,乙14)
イまた,給与等級6級の者の基本給与部分の上限は804万円,下限は6
57万円であり,7級の者の年俸額の上限は1200万円,下限は950
万円である。給与等級6級の者が時間外労働,休日労働をすれば時間外勤
務手当又は裁量労働手当が支給されるが,7級の者には深夜勤務手当だけ
が支給される。(前記争いのない事実等(3)ア,甲4,乙14)
ウ被告の退職金制度によれば,給与等級7級の者には,規定退職金に加え
て7級以上の等級在任期間に応じて退職金が加算され,給与等級7級の場
合,その在任期間毎に1年65万円が加算される。(甲4,弁論の全趣
旨)
エ原告は,給与等級7級と6級との差額賃金は7級の基本月俸と6級の基
本給与月額との比較において行うべきであるとして両者の差額を請求して
いる。これに対し,被告は,基本給与月額だけでなく,給与等級6級の者
に支給されている時間外勤務手当,裁量労働手当,インセンティブも加え
て計算すべきであると主張している。結局のところ,給与等級7級と6級
との場合で,原告が被っている賃金の不利益額について正確に計算するこ
とは困難な状況にある(弁論の全趣旨)。
(3)以上によれば,被告において給与等級7級は管理職であり,これに対し6
級は非管理職であり,両者で給与体系が異なっていること,また,給与等級
7級の従業員が受給する業績年俸と6級の従業員が受給する賞与とで受給時
期も異なり,退職金計算も異なっていることが認められる。以上のように,
原告の求めている給与等級7級の地位にあることの確認請求は,単に差額賃
金だけを決める指標にとどまらず,より広い被告における待遇上の階級をも
表す地位の確認を求めていると解することができる。そうだとすると,原告
において,本件降級処分に伴う差額賃金の請求に加え,給与等級7級の地位
にあることの確認を求めることには正当な理由があるいうべきであり,あえ
て,当該地位確認請求を求める法的な利益がないということは困難である。
よって,給与等級7級の地位にあることの確認請求は確認の利益がないとの
被告の主張は採用することができない。
2被告の就業規則は降級に関する規定が不明確であり,被告は具体的降級決定
権を有していないか(争点2)。
(1)原告は,新賃金規程には,給与等級に期待される職務能力については何ら
の定めがなく,その職務能力を評価する基準も何ら明らかにされておらず,
被告は,従業員に対し,具体的降級権を有していないと主張するので,その
主張の成否について判断する。
(2)確かに,証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,原告の主張するとおり,
新賃金規程には,給与等級に期待される職務能力については何らの定めがな
く,その職務能力を評価する基準も明らかにされていないことが認められる。
しかし,これらの事実が存在するからといって,使用者である被告が,従業
員に対する具体的降級権を有していないと結論付けることは,早計にすぎる
というべきである。
(3)前記争いのない事実等(4)アによれば,被告は,新賃金規程の中で,従業
員の降級について,次のように規定し,これを従業員に周知していることが
認められる。
「(c)降級
評価の結果,本人の顕在能力と業績が,属する資格(=給与等級)
に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断した際には,資格
(=給与等級)と,それに応じて処遇を下げることもあり得ます。
(注)降級制度に対する考え方
降級はあくまで例外的なケースに備えての制度と考えています。
著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制度です。
通常の仕事をして,通常に成果を上げている人に適用されるもの
ではありません。また,病気,怪我による休暇・欠勤・休職は降級
の対象ではありません。」
(4)また,証拠(乙12の1及び2,証人P1【21頁】,原告【31頁】,
被告代表者【34,35頁】)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め
られる。
ア被告は,1996年10月,従業員に対し,「期待される能力像」を配
布し,各資格等級に求められる能力について明らかにしてきた。そして,
各資格等級に求められる能力については,新賃金規程施行後も,前記「期
待される能力像」が基準になっていることには何ら変化はない。例えば,
媒体職の資格等級7級・副参与に期待される能力像は,職能レベルは「プ
ロジェクトリーダー」であり,職能・職務内容は「プロジェクトのリーダ
ーとして責任を持って仕事を遂行し,チームの業務推進/士気高揚に努め
る。管理職としての自覚を持ち,部下の育成・管理ができる。」と規定さ
れている。
イまた,被告は,1999年秋,従業員に対し,「期待される能力像の具
体化モデル」を明らかにし,従業員に対する評価を行うに当たっての具体
的評価項目を明示し,当該基準は,新賃金規程のもとでも変わっていない。
例えば,原告の職務内容を対象とするメディア・トラフィックアドミニス
トレーターの場合,次のようになっている。
「JOBDESCRIPTION
メディア・マーケティング本部
○エキスパートほぼ1人で達成可能
◎リーダー優れており,その分野では問題なし
基本的には,現行の「能力像」に則るが,より具体的評価項目として下
記の項目を参考とし,評価を行う
メディア・トラフィックアドミニストレーター(7級)
PCテクニック◎
AS400進行◎
CM進行/新聞・雑誌送稿作業◎
CM制作/印刷工程に関する知識◎
CM考査に関する知識◎
メディアとのコミュニケーション/交渉力◎
部内でのコミュニケーション◎
営業とのコミュニケーション/交渉力◎
総務・人事とのコミュニケーション◎
ベンダーとのコミュニケーション/統率力◎
メディア他部門の仕事への知識/関心◎
仕事の効率化に対する意識◎
メディア全般に関する知識◎
マーケティング全般に関する知識◎
部下(後輩)への指導力◎
管理職としてのリーダーシップ○
管理職としての会社への貢献度○」
(5)裁判所の判断
以上によれば,被告は,新賃金規程の中で,降級の基準を明確にしており,
また,1996年10月には,「期待される能力像」の中で各資格等級に求
められる能力について,さらには,1999年秋には,「期待される能力像
の具体化モデル」の中で人事評価の具体的評価項目について,従業員に対し,
明らかにし,このことは新賃金規程のもとでも変わっていない。そうだとす
ると,被告における降級基準は,従業員に明らかにされているというべきで
あって,この点に関する原告の主張は理由がない。よって,以下においては,
上記従業員に対し明らかにされている評価基準を基に,原告に対する本件降
級処分に理由があるのか否かについて検討を進めることにする。
3本件降級処分の有効性の存否(争点3)
(1)前提事実
前記争いのない事実等,証拠(文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨に
よれば,次の事実が認められる。
ア被告における新賃金制度の導入
(ア)被告は,2001年10月1日,これまでのいわゆる年功や勤務時
間を基礎とした旧賃金規程に代え,従業員の成果,業績,能力等を評価
し,それらを賃金に反映させる,いわゆる成果主義の新賃金制度を導入
し,新賃金規程を設け,これを従業員に周知した(前記争いのない事実
等(2),(3)ア,弁論の全趣旨)。
(イ)新賃金規程では,従業員の給与等級を1級から9級までの9ランク
に分け,9級から7級までは管理職と位置づけ年俸制をとり,6級から
1級までは非管理職と位置づけ,新しい給与制度が適用となり,時間外
勤務に応じて時間外勤務手当が支給される職種と,裁量労働制を採用し
裁量労働手当が支給される職種とに分けた(前記争いのない事実等(3)ア,
甲4)。
(ウ)被告では,新賃金制度を導入したことに伴い,初めて,降級制度を
導入した。すなわち,新賃金規程によれば,降級制度について,次のよ
うな規定を設け,従業員に周知した。(前記争いのない事実等(4)ア,証
人P1【4頁】)。
「(c)降級
評価の結果,本人の顕在能力と業績が,属する資格(=給与等級)
に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断した際には,資格
(=給与等級)と,それに応じて処遇を下げることもあり得ます。
(注)降級制度に対する考え方
降級はあくまで例外的なケースに備えての制度と考えています。
著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制度です。
通常の仕事をして,通常に成果を上げている人に適用されるもの
ではありません。また,病気,怪我による休暇・欠勤・休職は降級
の対象ではありません。」
イ被告における昇格・降級制度の運用等
(ア)従業員の昇格,降級は,被告の人事評価によって決定される。評価
基準は,−3から−1,0,+1から+3までの7段階評価(ただし,
1から7までの7ランクで表示することもある)となっており,この点
は,従業員も自己の人事評価を上司から伝えられるため,知っている。
従業員は,被告から交付された目標管理シートに,期首又は中間に自己
の目標設定を記入し,上司がこれを確認する。評価に当たっては,目標
管理シートに記載されている事項が達成されているかどうか,「期待さ
れる能力像」「期待される能力像の具体化モデル」,直属の管理・監督
者や他者からの情報等を基に,一次評価者としてグループアカウントデ
ィレクター(室長・局次長・副本部長・場合により局長)レベルが,二次
評価者としてディビジョンディレクター(局長・場合により本部長)レベ
ルが,最終評価者として役員レベルがそれぞれ評価することになってい
る。ただし,場合によっては,一次評価者と最終評価者で決定し,二次
評価者の評価が省略されることがある。なお,最終評価については,役
員で構成される人事評議会(人事評価会議)を経て最終的な了承了解は代
表取締役である社長が行う。(前記争いのない事実等(4)イ,乙5ないし
11,12の1及び2,同16,19,証人P2【1,2,5,7,2
3頁,28ないし30頁】)
(イ)被告においては,−1の評価を2年連続受けた者,−2の評価を当
該年度受けた者が降級の対象者となり,「昇格会議」(昇格・降級を決
定する会議)で審議され,降級させるか否かを決定することになってい
る。しかし,かかる降級基準はこれまで従業員には明らかにされていな
い。(前記争いのない事実等(4)イ(イ),乙19,証人P2【7,8,3
2頁】,原告【36頁】)
ウ原告の被告における地位等
(ア)原告は,1984年4月,被告に入社し,同社媒体局に配属され,
広告代理店業務に従事してきた。原告は,1998年4月には業務推進
部次長に,1999年4月にはテレビ2部次長としてテレビ局を担当す
るバイヤー(所定の媒体プランに基づき,媒体スペースを購入するため
のスペース確保とコスト交渉を行う職種)として稼働していた。原告は,
旧賃金規程が適用されていた2001年9月時点の給与等級は7級であ
り,月例給与額は,基本給48万2200円,残業補填手当5万円,家
族手当1万9000円,住宅手当3万3500円の合計58万4700
円であった。(前記争いのない事実等(3)イ)
(イ)原告は,2001年10月1日の新賃金制度導入に当たり,管理職
である給与等級7級に格付けされ,年俸制の適用を受ける従業員(管理
職)となり,基本月俸は67万1980円となった(前記争いのない事
実等(3)イ)。
エ原告らに対する退職勧奨
(ア)被告の親会社である米国マッキャンエリクソン社は,2001年1
0月,被告に対し,今後,広告ビジネスの成長が鈍化する可能性もある
ので,被告の人員を削減するよう指示した。これを受け,被告人事部は,
退職勧奨の対象者をリストアップし,メディアマーケティング本部に所
属する退職勧奨対象者に対しては,同本部長であるP4取締役副社長
(以下「P4副社長」という)が退職勧奨の任に当たることになった。
当時メディアマーケティング本部に所属していた者のうち,少なくとも,
原告,P5,P6,P7,P8,P9,P10,P11ら約8名が退職
勧奨の対象になり,P4副社長がこれらの者に対し,退職勧奨したとこ
ろ,P11はこれに応じたが,それ以外の者は退職勧奨を拒否した。
(乙23,原告【3,17頁】,被告代表者【37,38,40,41
頁】,弁論の全趣旨)
(イ)P4副社長は,2001年10月ころ,原告に対し,「経営構想外
である。給料があがらなくなるから他社に行ったらどうか」等退職を勧
奨したが,原告は退職することを拒否した。P4副社長は,上記退職勧
奨から約1週間後,再度,原告に対し,退職勧奨した。原告は,P4副
社長の退職勧奨を再度拒否したところ,同副社長は,原告に対し,「こ
の先,給料が上がると思うな。はいつくばって生きていけ。」などと発
言した。(甲11,原告【2,18頁】,被告代表者【39頁】)
オ業務部への異動と2001年度の人事評価
(ア)原告は,1999年4月から2001年12月までの間テレビ2部
次長として勤務したが,1999年度(1999年1月1日から同年1
2月31日までの間)の人事評価は+1であり,2000年度(200
0年1月1日から同年12月31日までの間)の人事評価は0であり,
2001年度(2001年1月1日から同年12月31日までの間)の
人事評価は−1であった。(原告【18頁,33ないし35頁】)
(イ)原告は,2002年1月1日,人員の削減等もあって,テレビ2部
次長から業務部次長に異動した。原告は,2002年3月,P3局長か
ら,2001年度の人事評価が−1であることを告げられた。原告は,
2001年度の人事評価が−1であることについて,当初設定した目標
に自分の実績が達しておらず,やむを得ない評価であるとしてこれを受
け入れ,何ら異議を述べなかった。原告は,2001年度の評価を励み
に,2002年度の仕事に取り組もうとした。(原告【3,18頁,3
3ないし35頁】,被告代表者【19,20頁】,弁論の全趣旨)
カ業務部の組織,業務内容
(ア)業務部は,業務部長であるP3局長がテレビ局長を兼務していたた
め,業務部次長である原告が,同部の実質的トップとして同部を実質上
管理・監督していた。原告の部下としては,2002年当時,TV/ラ
ジオ担当としてP12(5級,49歳),新聞雑誌担当としてP13
(8級,57歳),P14(5ないし6級,52歳),庶務担当として
P15(6級,42歳)の正社員4名が,また,それ以外に2名の派遣
社員が配置されていた。(甲11,原告【6,19,20頁】,弁論の
全趣旨)
(イ)業務部の主たる業務は,テレビCM進行,テレビ請求書照会,テレ
ビ放送確認書チェック,CM考査,EDI推進作業,CMコードの登録
推進,新聞・雑誌の原稿チェック・入稿チェック,メディアマーケティ
ング本部の各媒体取扱高報告資料の作成,同本部全体の庶務業務などで
ある(甲11,乙20,原告【24,25頁】,被告代表者【3頁】)。
(ウ)原告は,業務部の実質上のトップとして業務全体の管理・監督のほ
か,主としてCM素材送稿管理等の業務に従事していた。CM素材送稿
管理等の業務とは,具体的には,次の内容を指す。業務部は,営業担当
部署から,テレビ・ラジオのCM枠の購入決定と,当該CM枠で放送す
るCM素材の連絡を受ける。これを受けて,業務部は,指定されたCM
素材を放送スケジュール表に書き込み,CM素材であるビデオにCM連
絡表をつけ,これを放送局に送稿(送付)する。放送局は,当該CMを放
送後,業務部に対しCM素材を返却し,業務部はこれを保管する。また,
放送局は,当該CMを放送後,業務部に対し,当該CMが放送されたこ
とを確認する放送確認書を送付し,業務部は,これを確認した後,保管
する。(甲9,11,乙20,原告【5,6,20,21頁,24ない
し26頁】,被告代表者【4,5頁,7ないし9頁】)
(エ)原告は,前記CM素材送稿管理等の業務のほか,CM考査,EDI
推進作業も担当していた。CM考査とは,CMが放送コード等に抵触し
ていないか否かの相談を受けた際にチェックする業務である。また,E
DI推進作業とは,放送局と広告会社とを結ぶネットワークを構築し,
発注からCM進行作業までをオンライン化するCM進行全体のデータ処
理の電子化計画であり,これは中長期的な計画である。(弁論の全趣
旨)
(オ)原告が業務部で担当しているCM素材送稿管理等の業務は,前記
(ウ)のとおり,営業担当部署から得意先(顧客)が希望するCMの指定を
受けて,放送局が間違いなく当該素材を放送するようにスケジュール表
作成等の管理をし,CM素材(ビデオ)を放送局に送付し,また返却され
たCM素材を保管する進行業務であり,決定された事項について間違え
ないように正確に遂行することに特徴がある。すなわち,CM素材送稿
管理等の業務は,膨大な作業を迅速かつ正確に行うことを要求されるが,
裁量性の低い業務であり,したがって,従業員の顕在能力及び業績が大
幅に低下したり減退する等の作業ではないところに特徴がある。(甲1
1,証人P1【9,10頁】,原告【7,20頁】,被告代表者【29
頁】,弁論の全趣旨)
キ原告の2002年度の勤務内容
(ア)原告が提出した目標管理シートの記載内容
a原告は,2002年3月,P3局長から,2001年度の人事評価
が−1であることを告げられ,2002年5月7日,同年度の目標管
理シートを,作成し,これを被告に提出した(乙16,原告【12
頁】)。
b目標管理シートの目標設定及び期待・達成レベルは,社員(被評価
者)と一次評価者が話し合って定め,一次評価者は目標項目及び期待
・達成レベルについて事前に二次評価者と打ち合わせて行うことにな
っているところ,原告は,P3局長と協議の上,目標項目及び期待・
達成レベルを決定した。目標項目及び期待・達成レベルは4項目に分
けられている。第1の項目である「顧客の視点/財務の視点」などに
ついて,原告は,目標項目として,「業務部作業の効率化,派遣社員
の削減」を記載し,期待・達成レベル(定量/定性)について「業務
部内の作業に対する人員配置の改善」を挙げている。第2の項目であ
る「新しさ・イニシアティブの視点」などについて,原告は,目標項
目として,「本部長役員会レポート作成,MMC主導の他代理店提携
作業送稿のコントロール」を記載し,期待・達成レベル(定量/定
性)について「各バイイング部門より情報収集,コモンズ,JICと
の連携作業」を挙げている。第3の項目である「社内・本部内への貢
献の視点」などについて,原告は,目標項目として,「10桁CMコ
ードの徹底,EDIの推進事業,AS400リニューアル作業への参
加」を記載し,期待・達成レベル(定量/定性)について「社内得意
先すべてに付番,各局,社内関連の部署との窓口となり推進」を挙げ
ている。第4の項目である「学習と成長の視点」などについて,原告
は,目標項目として,「デジタル放送の将来像における知識修得。他
代理店の業務システムの研究」を記載し,期待・達成レベル(定量/
定性)について「テレビ局からの情報収集と参考文献より修得。代理
店業務部との会合を通して情報収集。」を挙げている。(乙16,原
告【12頁】)
c目標管理シートには,期首に設定した目標設定について,中間時点
での目標の見直し欄があり,必要がある場合にのみ記載することにな
っているところ,原告は,2002年10月28日,第3の項目であ
る「社内・本部内への貢献の視点」などについてのみ,「MBAS作
業においてリーダーより聞き取りがない為参加出来ていない」と記載
し,同日,P3局長もこれを承認した旨の署名がされている(乙16,
証人P2【19頁】)。
(イ)原告の2002年度の勤務内容
a原告は,2002年1月から,業務部の実質上のトップとして業務
全体の監督のほか,主としてCM素材送稿管理等の業務に従事してい
た。CM素材送稿管理等の業務は,何よりも正確かつ確実に送稿を行
うことが求められているところ,原告は,着実に当該業務を行ってお
り,この点について何ら問題は認められない。(甲11,16,乙1
6,証人P1【1頁】,弁論の全趣旨)
b原告は,業務部次長として,部全体の業務が円滑に遂行できるよう
努めるべき地位についていたところ,業務部所属の従業員はベテラン
の者ばかりで,技術面で原告が面倒をみる必要はなかったが,定期的
に月1回程度,懇親会を設定するなどして業務部に所属する従業員相
互のコミュニケーションを図るとともに,従業員において仕事上の悩
みなどないか気にかけていた。原告は,素材送稿について,部下がト
ラブルやミスをした場合,その問題解決に機敏に対応した。その結果,
業務部内の風通しも良くなり,チームワークの面でも結束力が強くな
った。(甲11,16,証人P1【1,2頁】,原告【6,7頁】,
弁論の全趣旨)
c原告は,2002年1月から同年12月までの間,業務部において,
次のような業務の改善や工夫を行っていた(甲11,16,証人P1
【2ないし4頁,15ないし21頁】,原告【8ないし13頁,26,
29頁】,被告代表者【30頁】)。
①原告は,P1とともに,雑誌専用の「定期バイク便増設」の提案
を行った。被告においては,当時,1日1回の自動車便を設けてい
たが,当該提案には,雑誌専用の定期便を夕方に増設し,雑誌社へ
の原稿入稿及び校正のピックアップを行うことにより,コスト高の
臨時バイク便を使用せずに,自動車便に間に合わない原稿を入稿す
ることができるという利点があった。当該提案は,スポンサーとの
間でコスト面の問題が克服されていないために実現に至っていない。
②原告は,EDI推進作業,デジタル送稿の推進も行った。このこ
とにより,送稿時間の短縮や配送ミス等が減少した。
③原告は,テレビCMの進行作業を正確・確実に行うために10桁
CMコードを推進した。その結果,被告では,他代理店より早く1
0桁コードが社内に浸透し,素材の間違いがなくなり,素材の差し
替えの迅速化が図られた。
d原告は,2002年1月から同年12月までの間,約20件のCM
考査を行ったが,行ったCM考査には何ら問題がなかった。なお,営
業担当者が,業務部ではなく,テレビ局の部長に持ち込んでCM考査
の交渉をするケースもあったが,これは原告のCM考査に問題があっ
たからではない。なお,二次評価者であるP4副社長は,原告に対す
る二次評価の際,原告のCM考査に問題があったことを認識しておら
ず,原告のCM考査の内容等が,本件降級の理由とはされていない。
(甲11,乙19,原告【10,11頁】,被告代表者【28頁】,
弁論の全趣旨)。
(ウ)目標管理シートに基づく自己評価等
a原告は,2002年12月26日,目標管理シートに,同年度の自
己評価を記載した。第1の目標項目である「顧客の視点/財務の視
点」などについては,「派遣社員2名の削減を行い,現在のビリング
に対応した人員配置は出来ている。但し今後売り上げ増により作業件
数増加の際は人員増を望む。」と自己評価し,一次評価者であるP3
局長も同じ評価であった。(乙16,原告【12頁】)
b原告は,第2の目標項目である「新しさ・イニシアティブの視点」
などについては,「新作業として本部長役員会レポートを毎月提出す
る事とした。どの位役に立っているかは本部長の評価次第だが改善点
があればアドバイスを頂きたい。」と自己評価したが,一次評価者で
あるP3局長の特段のコメントはない。(乙16,原告【12頁】)
c原告は,第3の目標項目である「社内・本部内への貢献の視点」な
どについては,「EDI推進事業のリーダーシップを取り,センター
接続局全社と交渉した結果今年1年で14局から25局へ増加。10
桁コードCMの啓蒙を社内で行い今年1年15社に付番。扱いがまた
がっている得意先以外はすべて付番」と自己評価し,一次評価者であ
るP3局長も同じ評価であった。(乙16,原告【12頁】)
d原告は,第4の目標項目である「学習と成長の視点」などについて
は,「CM連絡会議等々,文献によるデジタル関連での情報は収集し
ている。現在地上波デジタルのCMバンク構想をにらんだブロードバ
ンド用のCM送稿会議にも参加して,情報を収集している。他代理店
との交流は少なく業務システムの情報はとれていない。」と自己評価
し,一次評価者であるP3局長は,「情報収集したら,それをスタッ
フに伝達することを積極的に考えて欲しい」とコメントしている。
(乙16,原告【12頁】)
(エ)目標管理シート等に基づく一次評価,二次評価
a一次評価者であるP3局長は,2003年1月24日,原告が20
02年の期首に挙げた4点の目標管理について上記(ウ)のとおりのコ
メントを記載し,また,顕在的能力評価について,「部署的に能力を
発揮するというよりは正確に業務を進行させる事が優先であり,それ
に関しては支障なく遂行出来ている」とコメントし,一次評価として
4(±0)の評価をした(乙16)。
bこれに対し,二次評価者であるP4副社長は,2003年1月末こ
ろ,原告の評価について,目標管理シートの第1の目標項目である
「顧客の視点/財務の視点」などについては,「部次長としてのジカ
クがない。部長は兼務であり,部長に代る位置として部全体のリーダ
ーシップがない」とコメントしている。第2の目標項目である「新し
さ・イニシアティブの視点」などについては,「人に対してプレゼン
テーションするその気持が重要であり,表現プレゼ能力を持っている
か。」とコメントしている。第3の目標項目である「社内・本部内へ
の貢献の視点」などについては,「新しく出来るトラフィックとの関
係をどうするかも今後の課題である。」とコメントしている。第4の
目標項目である「学習と成長の視点」などについては,「全社的なイ
ニシアティブがない。」とコメントしている。(乙16,20,被告
代表者【13,22頁】)
c二次評価者であるP4副社長は,顕在的能力評価に対するコメント
は記載せず,原告の二次評価を3(−1)と評価した。なお,P4副
社長は,原告を評価する資料として,新聞・雑誌部のP16部長,女
性,テレビ局の若い従業員からの情報を基にしている。(乙16,2
0,被告代表者【13,14,25,26頁】)
ク原告に対する2002年度の評価決定,本件降級決定
(ア)2003年2月6日,被告において,2002年度の従業員の人事
評価を決定する評価会議が開かれた。評価会議は,役員を中心に各部門
の代表者から構成され,グループ間・ディビジョン間の評価の適正化を
図るために開かれる会議である。評価会議では,メディアマーケティン
グ本部所属の給与等級7級以上の従業員の評価が他部門の7級職以上の
従業員に比較して評価が甘いのではないのかとの意見が出され,メディ
アマーケティング本部所属の7級職以上の従業員の評価の修正が求めら
れた。そこで,P4副社長は,メディアマーケティング本部のP17局
長らと協議し,原告の評価を二次評価の−1から−2に修正した。その
結果,原告の2002年度の評価は最終的に−2となった。(乙19,
20,証人P2【1,30,31,33頁】,被告代表者【14ないし
17頁,19,46,47頁】)
(イ)2003年2月20日,被告において,2002年度の従業員の昇
格,降級を決定する昇格会議が開かれた。昇格会議は,評価会議と同じ
メンバーで構成されている。降級については,当年度の評価が−2以下
の者,2年連続で評価が−1以下の者が対象となるところ,原告も,降
級対象者として審議の対象者となり,降級が相当とされた。(乙19,
20,証人P2【9,10頁】,被告代表者【18,19頁】)
(ウ)P4副社長は,P3局長同席のもと,2003年3月,原告に対し,
2002年度の評価が−2であり,2003年4月1日以降,給与等級
7級から6級に降級することになることを告げた。原告は,その際,P
4副社長に対し,本件降級の理由を尋ねたところ,P4副社長は,「7
級の人間の中で,在社時間が少ない。そういことで,君は働いていない
だろう」と述べるにとどまり,それ以上詳しい説明はなかった。原告は,
2003年3月19日,被告に対し,「前年度評価Feed−Back
と新年度目標設定・自己開発表」の中で,2002年度の評価について,
「目標項目とした達成レベルは満たしていると認めつつ,戦略がなく,
質が低いといった理由で一方的に降級までさせられた事実は到底納得が
いくものでない。会社への20年間の貢献が会社の一時的な経済状況と,
たまたま現在の部署にいるという理由で,あらかじめ決められていたが
如く悪い評価をされた事にショックを感じた。社員の一生を左右する事
柄に関して慎重に決定される事を望む。」と述べ,被告に対し,異議の
申出をした。(甲10,11,原告【5,21,22,24頁】,被告
代表者【20,45,46,50,51頁】,弁論の全趣旨)
ケP4副社長から退職勧奨を受けた者の評価等
(ア)被告において,新賃金制度施行後降級したものは,社内全体で,2
002年4月(2001年度評価)に8名,2003年4月(2002
年度評価)に6名,2004年4月(2003年度評価)に3名と少数
に止まっている(乙18,原告【31頁】)。
(イ)ところで,P4副社長が,2001年10月に退職勧奨したことが
判明しているメディアマーケティング本部に所属する従業員は,原告,
P5,P6,P7,P8,P9,P10,P11ら約8名であるところ,
そのうち,原告,P5,P6,P7,P9,P10の6名が降級処分を
受けており,P6に至っては2回にわたって降級処分を受けている。す
なわち,降級制度が始まって3年間で降級された者は延べ17名である
ところ,そのうち,延べ7名がP4副社長から退職勧奨を受けた者であ
り,高い割合を示している。なお,P8,P11は被告を退職している。
(乙18,23,被告代表者【41,42頁】,弁論の全趣旨)
(2)当裁判所の判断
前記前提事実等を踏まえて,本件降級処分が有効か否かについて判断する。
ア降級の判断基準
(ア)被告は,成果主義賃金体系に基づく新賃金制度を導入したことに伴
い,2001年度の人事評価から,従業員に対する降級制度を設けた。
被告は,降級の基準について,全従業員に対し,次のような基準を明ら
かにした。すなわち,「評価の結果,本人の顕在能力と業績が,属する
資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断
した際には,資格(=給与等級)と,それに応じて処遇を下げることも
あり得ます。」,「降級はあくまで例外的なケースに備えての制度と考
えています。著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制
度です。通常の仕事をして,通常に成果を上げている人に適用されるも
のではありません。」という基準を明らかにした。(前記前提事実ア
(ウ))
(イ)被告においては,従業員の人事評価を毎年1回行っており,評価基
準は,−3から−1,0,+1から+3までの7段階評価(ただし,1
から7までの7ランクで表示することもある)で行っている。そして,
−1の評価を2年連続受けた者及び−2の評価を当該年度受けた者が,
降級の対象者となり,役員を中心に各部門の代表者からなる昇格会議で
審議され,降級させるか否かを決定することになっている。そして,従
業員は,評価基準が7段階評価であることは知っていたが,前記降級基
準は被告から知らされていなかった。(前記前提事実イ(ア),(イ))
(ウ)以上によれば,従業員に対する降級基準は,従業員に明らかにされ
ている基準で行うのが相当であり,そうだとすると,「従業員本人の顕
在能力と業績が,属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて
著しく劣っている」,換言すると,「著しい能力の低下・減退」があっ
たか否かによって判断するのが相当である。そして,被告内部において
降級基準とされている,−1の評価を2年連続受けた者及び−2の評価
を当該年度受けた者という基準は,前記「著しい能力の低下・減退」の
一つのメルクマールであると捉えるのが相当である。そうすると,本件
降級処分が有効か否かを判断するに当たっては,原告の2002年度の
勤務態度が,原告の給与等級である7級に期待されているものと比べて
著しく劣っていたか否か,原告に著しい能力の低下・減退がみられたか
否かを検討すればよいことになる。以下,この点について,検討を進め
ることにする。
イ給与等級7級に期待される顕在能力・業績と被告が主張する原告の勤務
態度
(ア)被告が媒体職の資格等級7級に期待するものは,「期待される能力
像」によれば,「プロジェクトのリーダーとして責任を持って仕事を遂
行し,チームの業務推進/士気高揚に努める。管理職としての自覚を持
ち,部下の育成・管理ができる。」者であるとしている。また,被告が
従業員に配布した「期待される能力像の具体化モデル」によれば,媒体
職の給与等級7級の評価に当たっては,「CM進行/新聞・雑誌送稿作
業,CM考査に関する知識,部内,部外とのコミュニケーション力,仕
事の効率化に対する意識,部下(後輩)への指導力,管理職としてのリ
ーダーシップ」等が評価の対象になるとされている。(前記2(4)で認定
した事実)
(イ)ところで,被告は,原告を給与等級7級から6級に降級したのは,
次の理由からであると主張している(争点3【被告】の主張ウ(イ)参
照)。
a業務部をまとめてリーダーシップを発揮することがなかった。
b業務部に所属する社員を管理し,その相談に乗ったり,面倒を見る
などのいわゆる管理業務を行わなかった。
c原告の上司にあたる部長,副本部長,本部長や,本部内各局のリー
ダー層とのコミュニケーションがとれなかった。
d業務改善や工夫を積極的に行なわなかった。
e緊急時の対応に柔軟性がなく,取りまとめができなかった。
f部における各作業の効率化ができず,またCM考査において,原告
が担当すべきところを他のテレビ局の担当部長が代行することとなら
ざるを得ず,他部門からの信頼を失い,ひいては会社の期待を裏切っ
た。
ウ被告の主張する本件降級処分の理由の存否
そこで,以下,被告の主張する前記イ(イ)の降級理由が証拠上が認めら
れるか否かを,前記前提事実を踏まえながら検討することにする。
(ア)被告のイ(イ)aの主張について
被告は,原告が業務部をまとめてリーダーシップを発揮することがな
かったと主張する。しかし,前記前提事実カの(イ)ないし(オ)によれば,
業務部は,素材の送稿作業を行うことが主たる業務であり,何よりも正
確かつ確実に送稿を行うことが求められていることが認められる。この
ような業務部の業務内容の特質を考えると,業務部次長として求められ
るリーダーシップとは,業務部のスタッフの作業の正確性を担保して,
単調な作業であっても確実にこなす職場環境を作り,これを維持するこ
とにあるところ,前記前提事実キ(イ)bによれば,原告は,業務部次長
に就任した2002年度中,部下の従業員に対し声をかけ,コミュニケ
ーションを図るように努力していることが認められ,リーダーシップに
欠けると認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
また,前記前提事実キ(イ)cによれば,原告は,2002年度,ED
I推進作業についても,率先して準備作業を担当していたこと,部下で
あるP1とともに,送稿業務の「定期バイク便増設」を提案する等のリ
ーダーシップを発揮していることが認められる。
以上によれば,被告の主張する前記イ(イ)aの降級理由は,これを認
めるに足りる証拠がなく,理由がないというべきである。
(イ)被告のイ(イ)bの主張について
被告は,原告が業務部に所属する社員を管理し,面倒を見るなどの管
理業務をしていないと主張する。しかし,本件全証拠を検討するも,こ
れを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。かえって,前記(ア)の
とおり,原告は,業務部次長として,作業の正確性や確実性を確保する
ために部下の従業員を管理・監督していたことが認められる。それにと
どまらず,前記前提事実カ(ア),キ(イ)bによれば,業務部に所属して
いた原告の部下はいずれもベテラン従業員ばかりであり,技術面で原告
が面倒をみる必要はなかったが,定期的に懇親会を設定するなどして業
務部に所属する従業員相互のコミュニケーションを図るとともに,従業
員において仕事上の悩みなどないか気にかけていたこと,その結果,業
務部内の風通しも良くなり,チームワークの面でも結束力が強くなった
ことが認められる。
以上によれば,被告の主張する前記イ(イ)bの降級理由は,これを認
めるに足りる証拠がなく,理由がないというべきである。
(ウ)被告のイ(イ)cの主張について
被告は,原告には業務部長,本部長,本部内各局のリーダー層とのコ
ミュニケーションが不足していたと主張する。しかし,前記前提事実キ
(エ)a及び弁論の全趣旨によれば,業務部の送稿業務を間違いなく円滑
に遂行するためには,テレビ部長,新聞雑誌部長,総務部長と十分なコ
ミュニケーションを図ることが必要不可欠であるところ,原告が送稿業
務を通常通り遂行していたことは原告の上司であるP3局長も認めてい
るところである。そうだとすると,被告のイ(イ)cの主張も理由がない
というほかない。
(エ)被告のイ(イ)dの主張について
被告は,原告は業務改善や工夫を積極的に行わなかったと主張する。
しかし,前記前提事実キ(イ)c①及び弁論の全趣旨によれば,原告は,
P1と共に,素材の送稿作業に当たって,雑誌校正の配布ルートを効率
化するために,「定期バイク便増設」を提案したこと,前記提案は顧客
(得意先)への原稿配送ルートを増やし,校正をよりスムーズかつ頻繁
に行うための改善案であったことが認められる。また,前記前提事実キ
(イ)c②によれば,原告は,EDI事業,デジタル送稿の推進も行い,
このことにより,送稿時間の短縮や配送ミス等が減少したことが認めら
れる。さらに,前記前提事実キ(イ)c③によれば,原告は,テレビCM
の進行作業を正確・確実に行うために10桁CMコードを推進し,その
結果,被告では,他代理店より早く10桁コードが社内に浸透し,素材
の間違いがなくなり,素材の差し替えの迅速化が図られたことが認めら
れる。
以上によれば,原告は,業務部において業務改善や工夫を積極的に行
っており,被告の主張する前記イ(イ)dの降級理由は,これを認めるに
足りる証拠がなく,理由がないというべきである。
(オ)被告のイ(イ)eの主張について
被告は,原告は緊急時の対応に柔軟性がなく,取りまとめができない
と主張する。しかし,前記前提事実キ(イ)bによれば,原告は,素材送
稿について,部下がトラブルやミスをした場合,その問題解決に機敏に
対応したことが認められ,その他,本件全証拠を検討するも,被告のイ
(イ)eの主張を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。したがって,
被告のイ(イ)eの降級理由も理由がないというべきである。
(カ)被告のイ(イ)fの主張について
被告は,原告は「部における各作業の効率化」及び「CM考査の交
渉」を実施しなかったと主張する。
しかし,前記前提事実カ(オ),キ(イ)c,d,証拠(被告代表者【2
8頁】),及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
業務部の主たる業務である送稿業務は定型的業務であり,長年の積み
重ねにより業務の効率化が行われてきている。その中でも,原告は,定
期バイク便の増設などを提案して,効率化を図るよう工夫をしてきた。
また,原告はCM考査も,年間20件程度の交渉を行ってきた。ただし,
営業担当者が,業務部ではなく,テレビ局の部長に持ち込んで交渉をす
るケースもあった。しかし,これは原告のCM考査に問題があったから
ではなく,原告に責任を負わせることは困難である。のみならず,被告
は,本件降級処分に当たり,原告のCM考査については何ら問題にして
おらず,降級理由としていなかった。
以上によれば,被告の主張する前記イ(イ)fの降級理由は,理由がな
いというべきである。
エ小括
以上によれば,従業員を降級させるためには,原告の2002年度の勤
務態度が,給与等級7級に期待されたものと比べて著しく劣っていたこと,
原告に著しい能力の低下・減退があったことが必要であるところ,上記で
判断したとおり,原告の2002年度の業務部での勤務振りは,通常の勤
務であり,被告の主張する降級理由がいずれも認めるに足りる的確な証拠
の存在しない本件にあっては,本件降級処分は,権限の裁量の範囲を逸脱
したものとして,その効力はないものと解するのが相当である。前記前提
事実エ(イ),ケで認定した,P4副社長が退職勧奨の際原告に対し発言し
た内容及びP4副社長が退職勧奨をしながらもこれに応じなかった従業員
が降級している割合が高いことが認められる本件にあっては,本件降級処
分は,原告が退職勧奨を拒否したこととの関連が強く推認されるところで
ある。
したがって,原告を給与等級7級から6級に降級した本件降級処分は効
力がなく,原告は,依然として,給与等級7級の地位にあると認めるのが
相当である。そうだとすると,原告の当該地位確認請求は理由があるとい
うことになり,これを認容するのが相当である。
4差額賃金請求の成否(争点4)
(1)原告は,本件降級処分によって給与等級7級から6級に降級したことによ
り被った賃金の不利益について支払請求をしている(第5回口頭弁論)。そ
して,原告は,本件降級処分によって被った賃金の不利益について,給与等
級7級の従業員が受給する基本月俸と6級の従業員が受給する基本給与月額
との差額が不利益であると主張する。しかし,前記原告の主張は不合理であ
り採用することはできない。なぜなら,前記争いのない事実等(3)ア,(4)ウ
(イ)によれば,原告は,新賃金制度適用後の給与等級7級の在位時代は,基
本年俸(これを12分の1したものが基本月俸)に加え業績年俸を受給して
おり,本件降級後の2003年4月から2005年3月までの間には月額基
本給与のほか時間外勤務手当及びインセンティブを受給し,また,2005
年4月からは月額基本給与のほか裁量労働手当及びインセンティブを受給し
ていることが認められるのであって,そうだとすると,本件降級処分による
原告の被った賃金の不利益は,これら原告が年間(年俸の期間が毎年4月か
ら翌年3月までの1年間であることに照らすと,同期間)に受給した,ある
いは受給することができたはずの賃金総額を比較して決めるのが合理的かつ
相当である。この点,原告の前記主張は,自己に最も有利な支払項目だけを
比較(基本月俸と月額基本給与)し,支払請求をするものであり,賃金につ
いての不利益を正確に反映したものといえず,採用することができない。
(2)賃金の不利益額
ア2003年4月から2004年3月までの間
(ア)前記争いのない事実等(3)ア(イ)c③,(3)イ及び弁論の全趣旨によ
れば,被告においては,昇格,降級は毎年4月に決められていること,
昇格,降級がない場合の7級以上の管理職の年俸の期間は毎年4月から
翌年3月までの1年間であること,本件降級前の2003年3月時点の
原告の基本月俸は月額66万5340円であったことが認められる。
以上の事実を前提にすると,本件降級処分が無効な本件にあっては,
人事評価が平均の±0だとすると(本件降級が無効の場合,査定評価も
±0の蓋然性が強い),原告の給与等級が7級のままであったとした場
合,原告は2003年4月から2004年3月までの間,998万01
00円(66万5340円×15=998万0100円)を受給できた
はずということになる。
(イ)ところが,証拠(乙25)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,2
003年4月から2004年3月までの間,被告から,別紙「実際の支
給金額」のとおり,月額基本給与のほか,時間外勤務手当,インセンテ
ィブ,賞与等合計894万6393円(2003年4月の精算額2万0
010円は給与額に加える)の支給を受けただけであることが認められ
る。
(ウ)前記(ア)(イ)によれば,原告は,本件降級処分がなかったならば,
1か月当たり,8万6142円{(998万0100円−894万63
93円)÷12=8万6142円}の賃金の不利益を被ったというべき
である。したがって,原告は,被告に対し,2003年4月から200
4年3月までの間,賃金支給日である毎月15日限り各8万6142円
及びこれらに対する支払日の翌日である各月16日以降支払済みまで商
事法定利率年6分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その
余は理由がないというべきである。
イ2004年4月から2005年4月までの間
(ア)前記ア(ア)でみてきたとおり,本件降級処分が無効であり,原告が
給与等級7級のままであったとしたら,原告は,2004年4月から2
005年4月までの間,1081万1775円(66万5340円×1
5×13÷12=1081万1775円)を受給できたはずである。
(イ)ところが,証拠(乙25)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,2
004年4月から2005年4月までの間,被告から,別紙「実際の支
給金額」のとおり,月額基本給与のほか,時間外勤務手当,裁量労働手
当,インセンティブ,賞与等合計1049万3511円を受給したこと
が認められる。
(ウ)前記(ア)(イ)によれば,原告は,本件降級処分がなかったならば,
1か月当たり,2万4481円{(1081万1775円−1049万
3511円)÷13=2万4481円}の賃金の不利益を被ったという
のが相当である。したがって,原告は,被告に対し,2004年4月か
ら2005年4月までの間,毎月15日限り各2万4481円及びこれ
らに対する支払日の翌日である各月16日以降支払済みまで商事法定利
率年6分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由
がないというべきである。
5結論
以上の検討結果から明らかなとおり,原告の請求は,給与等級7級の労働契
約上の地位を有することを確認する部分,2003年4月から2004年3月
までの間,毎月15日限り各8万6142円,2004年4月から2005年
4月までの間,毎月15日限り各2万4481円及びこれらに対する支払日の
翌日である各月16日以降支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支
払を求める限度で理由があり,その余は理由がないというべきである。よって,
以上の限度で原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
難波孝一裁判官
給与一覧表
年月日差額賃金支払日①基本月俸
(基本給与月額)
2003年4月459,400¥205,9402003年4月15日¥
2003年5月459,400¥205,9402003年5月15日¥
2003年6月459,400¥205,9402003年6月15日¥
2003年7月459,400¥205,9402003年7月15日¥
2003年8月459,400¥205,9402003年8月15日¥
2003年9月459,400¥205,9402003年9月15日¥
2003年10月459,400¥205,9402003年10月15日¥
2003年11月459,400¥205,9402003年11月15日¥
2003年12月459,400¥205,9402003年12月15日¥
2004年1月459,400¥205,9402004年1月15日¥
2004年2月459,400¥205,9402004年2月15日¥
2004年3月459,400¥205,9402004年3月15日¥
2004年4月470,200¥195,1402004年4月15日¥
2004年5月470,200¥195,1402004年5月15日¥
2004年6月470,200¥195,1402004年6月15日¥
2004年7月470,200¥195,1402004年7月15日¥
2004年8月470,200¥195,1402004年8月15日¥
2004年9月470,200¥195,1402004年9月15日¥
2004年10月470,200¥195,1402004年10月15日¥
2004年11月470,200¥195,1402004年11月15日¥
2004年12月470,200¥195,1402004年12月15日¥
2005年1月470,200¥195,1402005年1月15日¥
2005年2月470,200¥195,1402005年2月15日¥
2005年3月470,200¥195,1402005年3月15日¥
2005年4月470,200¥195,1402005年4月15日¥
合計5,008,100¥
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