弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告Aに対し,金165万円及びこれに対する平成19年8月
10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,金83万円及びこれに対する平成19年8月1
0日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,金83万円及びこれに対する平成19年8月1
0日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,これを15分し,その1を被告の負担とし,その余を原告
らの負担とする。
6この判決は,第1ないし第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告Aに対し,2517万0825円及びこれに対する平成19年
8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,1258万5413円及びこれに対する平成19年
8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Cに対し,1258万5413円及びこれに対する平成19年
8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
,(「」本件は被告のW支店において旅行関連業務に従事していた亡D以下D
という)が,うつ病に罹患し,自殺したのは,被告の安全配慮義務違反又は。
不法行為(両者は選択的請求)によるものであると主張して,Dの妻である原
告A並びに子である原告B及び同Cが,被告に対し,安全配慮義務の債務不履
行又は不法行為(民法715条)による損害の賠償として,原告Aにつき25
17万0825円,原告B及び原告C(以下,両名を合わせて「原告子ら」と
もいう)につき各1258万5413円並びにこれらに対する訴状送達の日。
の翌日である平成19年8月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金を支払うことを求めた事案である。
2前提事実(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる前提事実。証拠の
記載がない事実は,当事者間に争いがない)。
(1)当事者等
アD(昭和25年2月12日生)は,高校卒業後の昭和44年4月に被告
に入社し,旅行部門で添乗業務等に従事した後,平成7年9月1日からE
株式会社に出向してX空港事業所に勤務し,平成12年10月からは同社
のY空港事業所に勤務し,平成13年12月からは,被告の子会社である
株式会社Fに出向し,Y空港で勤務した。
Dは,平成16年4月1日からは,被告のX空港支店輸入混載課に配属
され,同年10月1日からは,被告のW支店の営業推進グループに配属さ
,,(,,れて平成18年11月5日当時は旅行関連業務入金確認予約受付
宿泊等施設との折衝,宿泊施設・交通機関等の手配等)に従事していた。
イ原告Aは,Dの妻であり,原告子らは,Dの子である。
ウ被告は,貨物運送事業,航空運送代理店業,旅行業その他の事業を営む
株式会社である。
(甲23の2,甲28,43,弁論の全趣旨)
(2)DのC型肝炎の治療経過の概略
アDは,平成4年6月2日の人間ドック受診時にC型肝炎抗体陽性と診断
され,その後,通院治療を受けていた。
イDは,上記異動に伴い,平成16年5月12日にG病院に転院して同内
科を受診したところ,インターフェロン治療のための入院をすることにな
り,同年6月8日に入院,同年7月8日に退院した。
ウDは,退院後,H医院に通院を続け,平成17年3月8日まで週3回の
インターフェロン治療を継続した。
(甲36,37,乙10)
(3)不安・抑うつ状態ないしうつ病の発症(以下「本件発症」という)及。
びその後の経過
アDは,入院中のG病院内科から紹介されて,平成16年7月5日に同病
院神経科を受診し,I医師の診察を受けたところ,不安・抑うつ状態と診
断された。
また,Dは,平成17年3月11日に同科を受診した際,うつ病と診断
された。主治医であるI医師の見解によれば,Dの発症時期は,平成16
年7月ころである。
(甲13,乙5)
イDは,平成16年7月28日にJユニオンを訪れ,加入手続をした(甲
3,43,44。)
ウDは,平成16年8月17日に復職した。
エDは,うつ病ないし抑うつ状態との診断で,平成17年3月18日にG
病院神経科に入院し,同年4月25日に退院し,同年5月27日に復職し
た。
ただし被告に提出された同年3月11日付け診断書甲11以下本,(,「
件診断書」という)には,診断名が「自律神経失調症」と記載されてい。
た。
(甲11,12,14,17,乙5)
(4)Dの自殺
D(死亡時56歳)は,平成18年11月5日(日曜日)午後3時ころ,
自宅において自殺した。
(甲1,43)
(5)遺族厚生年金の支給
原告Aは,平成18年12月28日ころ,厚生年金保険法による遺族厚生
年金の支給決定を受け,同月を支給開始年月として,年額159万4100
円を受給している。
(甲46)
3争点及び争点に対する当事者の主張
(1)本件発症前の被告の安全配慮義務違反
(原告らの主張)
ア出向に関する安全配慮義務違反と出向先社長の違法な退職強要等
(ア)Dは,平成7年春ころからC型肝炎に罹患し,通院治療を受けてい
た。C型肝炎患者にとって,長時間労働や激しい肉体労働は禁忌である
にもかかわらず,被告は,転勤,出向命令に際して医師の意見の聴取等
をせず,何らの配慮もしないで,DにE株式会社への出向を命じ,同社
において,機内清掃作業や手荷物のハンドリング等の重労働に従事させ
た。
その後,Dは,E株式会社のY空港事業所に転任した際に,C型肝炎
に罹患し,治療を要することを同社に申告したが,同社は,C型肝炎の
増悪を防ぐ何らの配慮もしなかった。
さらに,被告は,DのC型肝炎罹患を十分知りながら,平成13年1
2月から平成16年3月までDを株式会社Fに出向させ,Y空港での手
荷物のハンドリング等の身体的負荷の多い業務や不規則なシフト制勤務
に従事させた。
被告は,これらの配転において,出向元として,Dの健康状態に応じ
た労働時間の短縮措置をとったり,肉体労働や深夜業務等身体に負荷の
多い業務を避けるための措置・配慮をすべき義務に違反して,Dを肉体
労働等身体的負荷の多い過酷な職場に配転させたものである。
(イ)Dが平成12年10月に成田に赴任した頃,E株式会社の社長は,
Dに対し「君は49歳だから,もう行くところがない。どこも雇って,
くれない。君にはその危機感がない」などと,Dの人格を傷つけ,暗に
退職を迫るような言辞を浴びせた。
被告は,出向元として,Dに対する安全配慮義務を負っており,この
ような社長の下にDを出向させたことは,被告の安全配慮義務違反であ
る。
イ違法な減給
Dの年収は,平成8年には844万円であったが,平成15年には67
6万円,平成16年には656万円,平成17年には621万円と毎年減
給された。特に,DがX空港支店に配属された平成16年4月には,基準
,。,内賃金が5万0700円減額され資格別給も大幅に減額されたこれは
降格を意味するものと見られる。
被告が個別労働者の同意を取ったことからすれば,被告は,就業規則の
変更をせずに違法な賃下げをしたものと認められる。労働者にとって賃金
が最も重要な労働条件であり,賃下げが労働者に致命的な不利益をもたら
しうることからすれば,違法な賃下げが,労働者に対する使用者の安全配
慮義務に違反することは明らかである。
ウインターフェロン治療のための入院に関する上司の不当な対応等
(ア)Dは,平成16年6月8日からインターフェロン治療を受けるため
入院したが,事前にこの申し出を受けたX空港支店長は,不快感を露わ
にした。
また,Dが,退院後の同年7月21日に出社してK課長及びL次長と
面談したところ「入院は職場での理解を得られない」と繰り返し言わ,
れ「また半年通院の必要があるなら,仕事にならない。会社に迷惑を,
かけていると思うなら,この際,自分から身を引いたらどうや」など。
と厳しい言葉を浴びせられた。また,L次長は,DをX空港支店に転勤
させたことは適切でなかった旨の意見書を上層部に提出し,そのことを
Dに告げた。
(イ)被告は,労働者のメンタルヘルス面に配慮して,労働者がいじめや
パワーハラスメントを受けない労働環境を作るべく配慮する義務を負っ
ているにもかかわらず,上記のとおり,上司らは,Dに対し,前職場で
の仕事に対するねぎらい,C型肝炎治療への見舞いや励ましの言葉もな
く,労働者の精神状況,メンタルヘルスに対する配慮などもせずに,い
きなり退職を強要する言辞を浴びせた。これが,安全配慮義務違反に当
たることは明らかであり,Dの解雇に対する怖れを倍加させ,Dのうつ
病罹患,自殺への最大の要因となったものである。
(被告の主張)
ア出向に関する安全配慮義務違反と出向先社長の違法な退職強要等につい

(ア)被告は,遅くとも昭和52年5月24日の健康診断時には,Dに血
清肝炎の疾病があることを認識し,以後,保健指導員による健康指導を
継続しており,Dの状態を考慮の上,出向先での業務に従事可能と判断
した。そして,出向先の業務がDにとって過度なものであり,時間短縮
や業務内容の変更等の特別な対処が必要であったとはいえない。
,,,現に出向期間中のDのカルテ等を見ても症状悪化の診断はないし
Dがインターフェロン治療のため入院する直前までテニスをしていたこ
となどからも,C型肝炎の悪化があったとは認められない。
また,この時点で,被告において,Dがうつ病に罹患したり,自殺す
ることを予見することは不可能であった。
(イ)出向先社長の違法な退職強要について
原告ら主張の出向先社長の発言は否認する。出向先社長には,Dを退
職させる権限等はないし,その発言内容もDの年齢が誤っているなど不
自然である。また,同発言の文言自体を見ても,一生懸命働いてほしい
という意図の発露と読み取れるものであり,退職を強要するものとはい
えない。
そもそも,出向を命じた会社が,出向先会社の代表者において,労働
者の人格を傷つけるような言動をするかどうかを事前に予見,考慮する
ことは不可能であり,被告にそのような結果回避義務はない。また,被
告には,出向社員の申し出がない場合にそのような事実の有無を調査,
対処すべき義務があるとはいえない。
イ違法な減給について
被告は,厳しい経営環境の中,平成10年8月から平成16年3月まで
に非組合員全員の基準内賃金の5%相当額の一律減額という措置を実施し
た。そして,平成16年4月1日から,非組合員の新たな賃金制度が導入
されて,従来の減額措置は廃止され,一部が新たな賃金制度に織り込まれ
る形となった。
被告は,これらの措置及び賃金制度の適正な改訂手続をとり,事前に説
,,明を行った上個々の非組合員労働者の同意を得ることとしたものであり
強要による違法な賃下げをした事実はない。
また,以上のような改訂並びに異動(株式会社Fの清算による異動)に
伴う都市特別手当及び職責手当その他手当の変更等によるDの賃金の変動
を見ても,平成16年3月と異動後の同年4月との賃金を比較すると,手
取額にして1360円の減額になったにすぎず,賃金が大きく減額された
事実もないし,Dのみを対象にした恣意的な措置でもない。
ウインターフェロン治療のための入院に関する上司の不当な対応等につい

(ア)原告ら主張の入院希望時の上司らの対応について
原告ら主張の発言等,上司の対応は否認する。
上司としては,所属替え直後の入院希望であったため,Dに人事異動
の不満があるのかどうか真意を確かめるなどの職務遂行上の必要から,
なぜ旅行支店所属中に治療を受けなかったのか,今回の人事異動に不満
があるのではないかなどをDに対して確認したものにすぎず,不法行為
に当たるものではない。
また,当時のDの状況からも,Dがうつ病に罹患し,自殺に至ること
を予見しうるものではなかったから,被告に安全配慮義務違反を生じる
ことはない。
(イ)原告ら主張の復職面談時のやりとりについて
退職勧奨それ自体は,直ちに違法となるものではない。そして,本件
における発言は,上司の個人的な意見としてされたものであって退職勧
奨ともいい難い上,発言状況もC型肝炎という重大疾病罹患に際して,
退職して治療に専念するのも1つの方法であると述べたに過ぎないこ
と,被告が退職勧奨のために出頭命令を出したことがないこと,退職に
関する発言時間はごく短く,1回の発言のみであることからすると,執
拗に退職を勧めたものでもない。
したがって,以上の上司の発言は,許容される程度を超えた違法なも
のではない。また,当時,Dによる精神疾患についての申告,診断書等
の提出,その他精神疾患の罹患をうかがわせる事情は認められなかった
から,被告がDの自殺を予見しうる状態でもなかった。
(2)本件発症の時期及び被告の安全配慮義務違反との相当因果関係等
(原告らの主張)
ア本件発症の時期
Dは,平成16年7月ころ,うつ病を発症したものである。
イ被告の安全配慮義務違反と本件発症との因果関係
C型肝炎に罹患して治療を要する状態にあり,解雇の恐怖にさらされて
いたDは,被告の前記安全配慮義務違反により,C型肝炎を増悪させると
共に,解雇の恐怖を募らせ,上司らの冷酷な言動等に大きな衝撃を受けた
ものであり,このような恐怖や衝撃が,Dのうつ病罹患,ひいては自殺の
原因となったことは,明らかである。
ウインターフェロンの副作用について
インターフェロン投与の副作用として抑うつ症状などの精神神経症状が
出現する頻度は,多くても10%,うつ病が出現するのは1%以下とされ
ている。したがって,Dがインターフェロンの投与を受けていたからとい
って,それが原因でうつ病に罹患したと見るのは非科学的,かつ短絡的で
あり,これを裏付ける証拠もない。
インターフェロンの副作用としての抑うつ症状が出現した場合,インタ
ーフェロンの薬理作用によるものか,患者の心理的,社会的,職業的要因
によるものかを臨床的に区別することは困難であり,そのような要因を見
逃すべきではないとされている。Dのうつ症状は,職業的要因によるもの
であり,他にこれといった要因は見当たらない。
また,インターフェロンの副作用によるうつ症状の出現は,必ずインタ
ーフェロンの投与中に出現し,投与を止めてから出現することはないし,
うつ症状は,投与を止めれば消失もしくは軽快するものである。Dがイン
ターフェロン投与を受けた時期は,平成16年6月10日から平成17年
3月8日までであり,以後は投与を受けていない。本件発症は,平成16
年7月ころであり,仮にインターフェロンの副作用により,重篤なうつ病
が発症したのであれば,担当医師は,インターフェロンの投与を同月以降
中止しているはずであるが,投与が続けられている。これは,Dのうつ症
状が,発症時から治療終了まで,インターフェロンを中止しなければなら
ないほど重篤ではなかったということである。
Dの神経科入院は,インターフェロン投与終了後であり,終了後に入院
を要するほどうつ病が増悪したということは,Dのうつ病がインターフェ
ロンの副作用でないことを端的に示すものである。
(被告の主張)
ア本件発症の時期
本件発症時期は,Dが不安・抑うつ状態と診断された平成16年7月5
日以前である。
イ被告の安全配慮義務違反と本件発症との因果関係
前記(1)で原告らが主張する事由は,いずれも本件発症の原因とはいえ
ない。
(ア)同事由のうちア(出向に関する安全配慮義務違反と出向先社長の違
法な退職強要等)は,いずれも本件発症時期より相当前であり,本件発
症に因果力を有していない。
(イ)同イ(違法な減給)は,そもそもDのみに特別な扱いがされたもの
ではなく,全従業員を対象とする基準に従って,措置や,賃金制度の見
直しが行われたものであり,手取額の減少も1360円と少額であるこ
,。となどを考慮すると本件発症の原因となるような心理的負担ではない
(ウ)同ウ(インターフェロン治療のための入院に関する上司の不当な対
応等)も,前記のとおり,Dの大きな心理的負荷となったとは考えられ
ない。また,退院後の面談は,本件発症より後である。
ウ本件発症の原因は,インターフェロン投与等,被告における業務以外の
事由にあること(他の要因の寄与)
(ア)インターフェロンは,副作用として薬剤性精神障害を引き起こすこ
。,,,,とが知られているその症状は不眠焦燥不安等の前駆症状があり
これに続いて抑うつ,無気力,自発性低下,興奮,多弁,幻覚,妄想等
多彩な精神症状がみられるとされ,同症状は,投与開始後1ないし8週
の間に発症し,抑うつ気分は投与開始後4週後に明らかとなる例が多い
とされ,前駆症状である睡眠障害が出現する場合には,投与開始2週以
内に出現することがほとんどであるとされる。
Dは,インターフェロン投与開始1週目の平成16年6月17日に睡
眠障害の症状が出始め,以後同症状が見られ,投与開始約4週後に抑う
つ状態が発症しているが,これは,上記発症経緯に沿うものである。
(イ)Dは,インターフェロン治療開始時から,副作用につき不安を示し
ていたところ,投与開始後早期から,腹部の腫れや痛み,インフルエン
ザと同様の症状,脱毛等の副作用の多くが継続的に生じている。
,,,(ウ)またDは肝生検時の誤穿刺により黄疸等を発症したことにつき
生検を受けたことへの後悔や医療への不信,後遺症の不安等を述べてい
る。
(エ)加えて,平成16年12月11日に,Dと仲の良かった父親が逝去
したことも,Dに大きな心理的負荷を与えたものといえる。
(オ)以上の事実からすれば,Dの本件発症は,インターフェロン投与の
副作用及び同時期に発生した肝生検時の誤穿刺の後遺症等,被告におけ
る業務以外の事由による心理的負荷が非常に大きな原因となっていると
いうべきである。
(3)本件発症後の被告の安全配慮義務違反
(原告らの主張)
ア神経科入院中の面談要求
Dは,上司の言動が原因でうつ病に罹患し,治療のため平成17年3月
18日から同年4月25日までG病院神経科に入院したにもかかわらず,
被告の総務担当者らは,Dとの直接の面談を要求した。
被告は,Dが,自律神経失調症の病名で,1か月の入院治療と退院後の
1か月の休養,休務が必要とされて,神経科病棟に入院し,主治医が神経
科医師であることを知っていたのであるから,うつ病かそれに近いメンタ
ル関連疾患であることはわかっていた。
解雇におびえていたことが明らかなDに対し,人事関係者が面会を求め
ることは,解雇の怖れやおびえを倍加させ,精神疾患の増悪をもたらすこ
とが明らかであり,人事関係者が平然と面談を求めたことは,無神経,無
配慮も甚だしく,Dに激しいショックを与える結果となった。
イ労組加入についての非難,糾問
Dが労働組合に加入したところ,被告は,Dを激しく非難,糾問したた
め,Dは激しいショックを受けた。労働者が労働組合に加入することは,
何ら非難されるべきでないことはいうまでもなく,これに対する不当な非
難は,雇用主の安全配慮義務に違反するものである。
ウ社宅の退去通告
(ア)被告は,平成17年9月末にDに対し,社宅からの退去を命じ,D
は同年12月に社宅から転居した。
(イ)うつ病で退院してから5か月余であるのに,被告がDに対して社宅
退去を命じ,転居させたことは,環境の急激な変化をもたらすものであ
り,病者に対する安全配慮義務に違反することは明らかである。
エ残業の増加等
(ア)C型肝炎の患者には,残業は禁忌とされていることから,平成16
年10月1日にDがW支店に配属された際,保健指導員及び産業医は,
Dに対する就業制限として,残業なしとすることを定めた。
ところが,Dは,同支店配属後,特に平成18年3月以降,残業が急
増し,帰宅は午後8時か9時となり,月2ないし3回の土曜出勤もして
おり,就業制限は守られていなかった。そして,被告においては,タイ
ムカード等による就業時間が管理されておらず,就業制限の遵守のチェ
ックもされていなかった。
(イ)被告は,DがC型肝炎で治療中であることを知悉しながら,Dに頻
繁に残業させ,時間外手当も支払わなかったものであるから,これが安
全配慮義務に違反することは明らかであるし,このことが,うつ病での
入退院後十分な時間も経たず,精神的にも完全に安定していなかったD
の健康に悪影響を与えたことも明らかである。
オイエローカードと題するメールによる威嚇,退職強要
被告は,平成18年10月後半に,他の従業員のホテル手配書への記載
ミスによるトラブルの責任をDに転嫁した上,Dの上司であるM課長は,
Dに対し「イエローカード」と題するメール(以下「本件メール」とい,
う)を2通,少なくとも1通送付した「イエローカード」は,一般的。。
には退場の予告又は退場を迫る趣旨であると解される上,同メールには,
「小職の場合2度目はありませんので」という,解雇の最後通牒の意味に
,。とれる文言や30万円という大金の賠償を求める文言が記載されていた
仮にメールが1通のみであったとしても,M課長が,このような内容の本
件メールをDに送ることは,解雇を最もおそれ,うつ病に罹患していたD
の精神面における健康保持に対する配慮を著しく欠いた仕打ちである。
以上によれば,本件メールの送信は,Dに対する威嚇ないし退職の強要
であって,Dの精神面の健康保持に対する配慮を欠くものであり,安全配
慮義務に違反することは明白である。
(被告の主張)
ア神経科入院中の面談要求について
当時,被告には,Dの症状を知る手段として,自律神経失調症と記載さ
れた本件診断書しかなく,うつ病であったとは認識していなかったから,
うつ病を前提とする安全配慮義務を被告に要求することはできない。保健
指導員が,突然入院した従業員に対し,本人との面談を実施しようとする
ことは,安全配慮義務の履行であり,不当な行為ではない。
また,保健指導員は,原告Aとの間で面談の話をしたものである。当時
のDの状況を把握していた原告Aが,面談を断らず,Dに伝えたのであれ
ば,それは,Dに伝えても問題ないと原告らが判断した結果行ったことで
あるから,保健指導員に責任が転嫁されるべきものではない。
イ労組加入についての非難,糾問について
被告は,DのJユニオン加入について事実を確認したにすぎず,Dを非
難・糾問した事実はない。
組合員と非組合員とでは,労働条件の変更等の場面で会社の採るべき手
続が異なる場合もあるため,労働組合加入通知があれば,本人に加入の事
実の有無を確認することは,むしろ当然のことである。
ウ社宅退去通告について
被告は,借り上げ社宅の事業整理で社宅の賃貸借契約を更新できなかっ
たため,Dに対して社宅の転居を求めたものであり,やむを得ないもので
あったし,3か月前にはその旨説明して転居を求めた。
また,被告は,犬を飼える社宅を探してほしいという原告Aからの要望
に応えて,当初用意していたマンションとは別の社宅を用意するなど十分
な配慮も行った。
以上によれば,被告は,安全配慮義務を尽くしたものである。
エ残業の増加等について
,,平成18年3月以降Dの残業及び休日出勤が増えたという事実はなく
したがって,残業代不払の事実もない。
オ本件メールによる威嚇,退職強要について
(ア)W支店において発生したホテル手配に関するミスは,係員のNが手
配書に曖昧な記載をしたことと,手配内容を再確認するよう促されてい
たにもかかわらず,確認を怠ったDの不注意とによるものであった。そ
のため,W支店西日本仕入手配センター課長であったM課長は,N及び
Dに対し,注意を喚起するため,両名を宛先とする本件メールを1通送
った。
(イ)M課長は,その役職に基づく業務として,従業員の不注意に対する
注意喚起を行ったものであり,何ら違法な行為ではない。また,本件メ
ールの内容も,注意喚起の趣旨を逸脱するものではなく,退職を迫る内
容でもない。
(4)被告の安全配慮義務違反とDの死亡との相当因果関係
(原告らの主張)
ア安全配慮義務違反
前記(3)(原告らの主張)アないしオ記載の被告の行為が安全配慮義務
違反に当たることは,前述のとおりである。これに対し,被告は,超過勤
務禁止やリハビリ就労のための早退をさせた旨主張するが,被告は,Dに
対して残業代も支払わずにいたのであるから,残業をさせないことは当然
であるし,リハビリ就労のための早退は僅かに3日程度であり,安全配慮
義務の履行に当たらない。
イ相当因果関係
(),前記(3)原告らの主張アないしオ記載の被告の安全配慮義務違反は
前記(1)(原告らの主張)アないしウ記載の被告の安全配慮義務違反によ
りうつ病を発症していたDの健康に悪影響を与え,更に本件メールを送付
するなどしたことがDの自殺の直接の引き金となった。したがって,Dの
自殺は,被告の安全配慮義務違反と相当因果関係がある。
(被告の主張)
ア被告の安全配慮義務について
Dの主治医は,平成17年5月のDの復職時,特段の対処は不要との意
見であったが,被告は,産業医の意見も踏まえ,1か月の超過勤務禁止と
するとともに,Dの申し出により,復職後1週間は午後3時までのリハビ
リ就労と決定し,その旨実行した。以後もDに対しては,定期的に保健指
導員による面談及び適宜の健康指導が行われたが,Dに精神的に不安定な
状況はみられなかった。また,原告A自身,平成18年11月5日の時点
では,Dの自殺を予測できなかった旨述べている。
これらによれば,被告に対し,Dの自殺を予見し,防止のため特別な配
慮をすべき義務を課すことは,被告に過度の負担を強いるものである。
イ相当因果関係について
Dは,平成17年4月4日の段階で既にうつ状態が軽快し,立ちくらみ
等の自律神経症状が実際の問題である旨診断され,同年5月24日には,
就労は特に問題なく可能であると診断され,保健指導員は,Dの復職時,
主治医から,特段の対処は不要で,普通に接するよう指導を受けていたこ
と,同年6月7日の診察時,Dが,医師に対し,精神的に問題ないと回答
していたことからすれば,Dの精神疾患は寛解していた。
したがって,同日以前にDに生じていた抑うつ状態とその後の自殺との
因果関係は認められない。
(5)Dの損害
(原告らの主張)
ア逸失利益2234万1651円
(ア)60歳に達するまで(定年まで)の逸失利益
Dは,死亡時56歳9か月であり,定年までの年数は3年(対応する
ライプニッツ係数2.7232)を下回らないから,死亡時の年収であ
る621万3699円を基礎収入として,生活費控除率を30パーセン
トとして計算すると,上記期間の逸失利益は,1184万4801円と
なる。
(計算式)6,213,699円×(1-0.3)×2.7232=11,844,801円
(イ)定年後67歳までの逸失利益
Dの定年後の年収を300万円として,生活費控除率を30パーセン
トとし,死亡時から67歳までの10年間に対応するライプニッツ係数
(7.7217)及び死亡時から60歳までの3年間に対応する同係数
(2.7232)を用いて計算すると,上記期間の逸失利益は,104
9万6850円となる。
(計算式)3,000,000円×(1-0.3)×(7.7217-2.7232)=10,496,850円
イ慰謝料2800万円
ウア及びイの合計額は,5034万1651円となる。
エDの死亡により,法定相続分に従い,原告Aは2分の1,原告子らは各
4分の1の割合でDを相続した。
したがって,Dの上記損害のうち,原告Aは2517万0825円,原
告子らは各1258万5413円を相続した。
(被告の主張)
争う。
(6)損害のてん補
(被告の主張)
ア原告Aは,Dの死亡により遺族厚生年金を受給しており,本件口頭弁論
終結時までに少なくとも464万9458円を受領している。これは,D
の死亡による逸失利益と同質性を有する給付であるから,遺族厚生年金受
給額は,逸失利益から控除されるべきである。
イまた,原告Aは,本件口頭弁論終結時点で59歳であり,その平均余命
にかんがみれば,26年間に相当する基本年金額及び65歳までの6年間
加算される中高齢の加算額を受領する蓋然性が高い。したがって,当事者
間の公平の見地から,原告Aが将来受給する蓋然性が認められる額も控除
すべきである。
具体的には,基本年金分の年額99万9900円につき,26年間に対
応するライプニッツ係数14.375を乗じた1437万3562円と,
加算額部分につき,年額59万4200円に65歳までの6年間に対応す
るライプニッツ係数1.913(59歳時のライプニッツ係数14.37
5−65歳時のライプニッツ係数12.462)を乗じた113万670
4円との合計1551万0266円も損害額から控除すべきである。
(原告らの主張)
争う。
第3争点に対する判断
1Dの業務等及び疾患等に関して認められる事実
,(,,前記第2の2の前提事実後掲各証拠ただし以下の認定に反する部分は
その余の関係各証拠に照らし,採用できない)及び弁論の全趣旨によれば,。
Dの業務等及び症状等に関し,次の各事実が認められる。
(1)平成16年3月までのDの勤務及び健康状態等
アDの配転等
D(昭和25年2月12日生)は,高校卒業後の昭和44年4月に被告
に入社し,旅行部門で添乗業務等に従事した後,平成7年9月からE株式
会社に出向してX空港事業所に勤務し,平成12年10月からはY空港事
業所に勤務して,航空機の清掃作業要員の配置や要員確保,指導業務,作
業員不足時の機内清掃業務等に従事した。
続いて,Dは,平成13年12月から平成16年3月まで株式会社Fに
出向し,Y空港において,手荷物のハンドリング(コンテナーからコンベ
アベルトに手荷物を下ろす作業,機内販売用のつり銭引渡し,売上金回)
収等の業務に従事した。Dの株式会社Fにおける勤務態勢は,時間帯をず
らした4種類の早番・遅番のシフト勤務で,4日勤1休日というものであ
った。
イDのC型肝炎の罹患,治療状況等
(ア)Dは,高校1年生のときに受けた虫垂炎手術後,血清肝炎を発症し
て約6か月入院加療し,軽快退院したが,完治しなかった。被告が昭和
52年5月24日に実施した定期健康診断記録上,Dに血清肝炎が認め
られる旨の記載がある。また,昭和61年6月9日の人間ドック受診時
には,血小板減少及び対糖能異常が指摘されている。
(イ)平成4年からC型肝炎抗体検査(以下「HCV検査」という)が。
人間ドックの検査項目になったところ,Dは,同年6月2日の人間ドッ
ク受診時に陽性と診断され,被告の保健指導員の指導を受けるようにな
った。
(ウ)Dは,平成9年2月25日ころ主治医からインターフェロン治療を
勧められたが,業務を考慮して1か月の入院を決断できず,治療を受け
なかった。Dは,平成10年7月20日ころから,C型慢性肝炎の治療
として,内服・週2回の静脈注射(強力ミノファーゲン)を受けるよう
になり,以後定期的に通院していた。
(エ)Dは,Y空港に転勤した平成12年10月からは,Oクリニックに
通院して,C型慢性肝炎につき同様の治療を受け,また,不眠につきレ
ンドルミン(睡眠導入剤)の投与を受けた。Dは,治療期間中に2度ほ
どインターフェロン治療を提案されたが,同治療を受けず,平成13年
11月14日にはインターフェロンを使用したくない旨述べている。D
,,。は通院期間中おおむね状態が一定し大きな変化は指摘されていない
(甲28ないし30,乙4,10,弁論の全趣旨)
(2)Dの賃金等
ア被告は,平成10年8月から平成16年3月まで,非組合員全員の基準
内賃金を5パーセント減額するという一部減額措置を行った。また,被告
は,平成16年4月には,非組合員の賃金制度の一律改訂を行い,資格給
を一律増額するが,資格別給は資格ごとに一定額を減額し,職責手当を等
級ごとに一定額増額するなどの改訂を行った。Dは,これらの措置及び制
度の改訂に同意した。
イDの平成8年分の給与金額は844万3560円であったが,平成15
年分は676万5360円,平成16年分は656万9180円,平成1
7年分は621万3699円であった。
Dが被告のX空港支店に配転された平成16年4月分の給与は,株式会
社F出向時の同年3月分と比較すると,基準内賃金額が5万0700円の
減額となっているが,基準外賃金が増額となったため,支給総額としては
1360円の減額となっている。なお,Dが同時期に降格されたことを認
めるべき証拠はない。
(甲18の1ないし4,甲19の1・2,乙1,2,弁論の全趣旨)
(3)平成16年4月以降のDの勤務及び治療状況等
アX空港支店への異動
(ア)Dは,株式会社Fの清算に伴い,平成16年4月1日から,被告の
X空港支店輸入混載課に配転されたDは上記異動の内示を受けた同。,(
年3月23日)後,このことに関し「内容を考えると怒りと無念さ,,
自分のふがいなさに矢も楯もいられないの心境になり,毎夜よく眠れな
い(中略)ストレスで体調がみだれているのを感じる」旨,心境等。。
をノート(甲4:25頁)に記載している。
(イ)Dの異動は,被告が,X空港支店において展開しようとしていた新
サービスのため,トーイングトラクター免許を有する人員の配置を必要
としたところ,Dが同免許を有していたことから決定されたものであっ
た。しかしながら,Dは,牽引車を実際に運転した経験はなかった。
(ウ)Dは,配転後にその旨を上司に申告するとともに,C型慢性肝炎に
罹患しており,後記のとおり入院予定があることを申告した。Dの疾病
や治療状況等について,株式会社FからX空港支店への引継ぎはなく,
被告のX空港支店における当時の衛生管理担当の次長であったL次長
,,。はDからの申告により初めてC型慢性肝炎の罹患の事実等を知った
(エ)L次長ら同支店の担当者は,保健指導員に問合わせをした上,平成
16年5月中旬にDとの面談をするなどした。Dの業務は,当初予定さ
れたものではなく,上屋での貨物の入出庫時のダメージチェック,デー
タ入力業務,貨物の仕分作業の補助等とされた。
(オ)L次長は,上部組織に対し,DのC型慢性肝炎を重大疾病の発生と
して報告するとともに,DはX空港支店が求めていた業務を行うことが
できないことを上申して,Dにつき業務の軽減を含めた職場の配置転換
等を依頼する意見書を提出した。
(甲3,4,28,証人L)
イインターフェロン治療のための入院
(ア)Dは,平成16年5月12日にG病院内科を受診したところ,イン
ターフェロン治療のため入院することを勧められた。
(イ)Dは,同年6月8日から同年7月8日まで入院し,同年6月10日
からインターフェロン投与が開始された。ところが,同月9日の肝生検
時の穿刺により胆道管出血を生じ,胆のう内にコアグラ(血腫)を生じ
て疝痛発作,胆のう炎を合併し,黄疸を生じるなどしたため,同月15
日には,いったんインターフェロン投与が中止されたが,症状の緩和に
より同月22日から投与が再開された。
,,(ウ)Dは入院前からインターフェロンの副作用に不安感を持っており
,。同年6月10日の投与開始日には看護師に対しても不安を伝えていた
Dは,投与開始後,腰等の関節痛,熱発,頭痛を訴えるなどし,その後
も頭重感や熱発傾向等が続いた。インターフェロンの副作用症状と考え
られる腹部の圧迫感,関節痛,筋肉痛等は,投与再開後も持続した。
(エ)Dは,前記のとおり元々不眠傾向があり,レンドルミンを処方され
ていたが,入院中,同月12日ころには不眠を訴え,同月21日ころ以
降は不眠の訴えが続いていた。
Dは,家族からみても,入院から半月ほど経過したころから,インタ
ーフェロンの通院治療をしながら仕事ができるかを考えると不安で,夜
眠れないと訴えるなど不安定な状態が見られた。
(オ)また,Dは,肝生検時の胆道管出血による胆のう炎等につき,誤穿
刺の医療ミスを疑い,肝生検に対する不満や医療への不信を強くして,
医師に対してもその旨を述べていた。
(甲7,9,36,44,原告C本人,原告A本人)
ウ神経科受診
Dは,平成16年7月2日に外泊予定であったが,体調不良のため帰院
し,不安による不眠や腹部のはり感など不調を訴え,元気がない様子が続
,。,,き退院や体調不良についての不安を繰り返し述べたDは同月5日に
内科医師の指示に従ってG病院神経科を受診したところ,不安・抑うつ混
合状態と診断され,抗不安薬及び抗うつ剤を処方された。その際,Dは,
自己の性格を,細かい事に考え込むタイプであると申告した。
Dは,以後,G病院神経科にも通院するようになった。
(甲36,乙5)
エ退院後のインターフェロン治療の継続等
Dは,平成16年7月8日にG病院を退院したが,同月7日からH医院
に通院し,週3回のインターフェロン治療を継続した。
,,同月21日付けで実施された血液検査の結果担当医師であるP医師は
Dにつき,就労についての問題はないと判断した(甲16。)
その後,同年12月24日に,H医院のQ医師は,診断書に「インター
フェロン療法をおこなっておりますので,勤務時間帯変更等の配慮をお願
いします」と指示している(甲10)が,その他に主治医がDの就労に。
関する指示を行った事実は認められない。
(甲10,16,37)
オL次長らとの面談
(ア)Dは,少しでも早い職場復帰を希望し,平成16年7月21日に会
社を訪れ,L次長,Dの上司であるR次長及び直接の所属長であるS課
長と面談した。
(イ)Dは入院前の平成16年5月中旬ころの面談でL次長らからな,,「
ぜ疾患を抱えたまま転勤し,直後に入院するのか。人事異動に不満があ
るのではないか。ほとんど全員Dのことを知らないのに,職場で理解が
得られない」旨言われ,退院後の面談でも,再度同旨の発言が繰り返さ
れた。
また,Dが,更に半年程度インターフェロン治療のための通院が必要
であることを伝えたところ,L次長からは「治療に専念した方がよい,
のでないか,これからの長期に及ぶ治療等のため,会社に迷惑をかけて
いると思うなら,自分から身を引いたらどうか」という趣旨の発言が。
あった。L次長は,同年5月中旬の面談の後に上部組織に対し,Dは予
定していた業務ができないので,異動を求めることなどの報告をしたこ
ともDに話した。
(ウ)L次長らは,Dに対し,復職に関しては,保健指導員等と相談の上
検討するので,連絡があるまで自宅療養するよう指示した。
(エ)Dは,これらの対応に不満,不安感を抱き,退職せざるを得なくな
るという不安を強め,非常に落ち込んだ様子で帰宅し「もう解雇され,
る「もう生活できない」などと家族に話した。。」。
(甲2,43,44,乙20,証人L,原告C本人,原告A本人)
カJユニオンへの加入
Dは,自宅待機が続く場合の給与面の扱いや待遇等に不安を強め,平成
16年7月28日にJユニオンに加入した。もっとも,Dは,加入通知を
被告に送ったり団体交渉を申し入れたりすることには消極的であった。
(甲2,3,20,43,44,原告C本人,原告A本人),
(4)Dの復職後の勤務状況及び治療の経過等
アDは,平成16年8月17日に復職した。
Dの復職後,被告は,インターフェロン治療の副作用を考慮し,長距離
通勤を避ける趣旨でDを国際貨物販売管理課(Z港)勤務とし,請求書発
行,仕分け,コピー等のデスクワークを担当させた。
イDは,平成16年10月1日付けで,被告のW支店に配転され,同支店
営業推進グループにおいて,旅行関連業務(入金確認,予約受付,宿泊等
施設との折衝,宿泊施設・交通機関等の手配等)に従事した。
ウDは,同日にW支店担当の保健指導員のTと面談した。その結果,γ-
GTP,総ピリルビン酸以外の肝機能値は正常であるが,貧血により階段
を昇ると息切れが強いこと,食欲不振・脱毛といったインターフェロンの
副作用があることなどが確認された。ただし,Dは,うつ病その他精神疾
患については申告しなかった。
上記面談結果と産業医の意見に基づき,被告では,Dの業務軽減措置と
して,インターフェロン治療が予定されている3か月間につき,①添乗・
出張の禁止,②外出を主とする業務の禁止,③残業なしとすること,④イ
ンターフェロン投与日である月,水及び金曜日の就業時間を午後5時まで
とすることが決定された。
(甲28,43,乙6,10,19,証人T,原告A本人。)
(5)うつ病の診断及び入院
,,アDは前記のとおり通院によるインターフェロン治療を継続したところ
ウイルスの減少が認められ,平成17年3月8日にはインターフェロン治
療が一応終了とされた。ただし,同日のH医院のカルテには「うつ状態,
でG神経科へいっている。パキシルのんでいる。→インターフェロンの注
射は一応終了とする」と記載されている(甲37:53頁。。)
イDは,平成17年2月,又は3月初旬ころから,自宅で朝激しく貧乏揺
すりをして動き回ったり,会社に行きたくない,死にたいなどというよう
になった。
原告Cは,同年3月11日にDに同行して,DをG病院神経科に受診さ
せた。Dは,その際,最近特に不安が強くて仕事に行けなかった,動悸も
自覚する,最近死にたいと思うようになった,体も疲れやすい,一番の不
安は仕事のこと,毎朝つらい,夕方ましになる等と訴えた。Dは,主治医
であるI医師により,うつ病ないしうつ状態と診断され,入院を勧められ
たが,うつ病で入院すると被告における立場が悪くなるなどと言って,入
院を拒否した。そこで,I医師は,被告に提出する同日付けの本件診断書
には,うつ病との診断名を記載せず,自律神経失調症と記載した。
ウDは,うつ病ないし抑うつ状態との診断で,平成17年3月18日から
同年4月25日まで,G病院神経科に入院した。
同科カルテによれば,入院時現症の記載として,Dは元来心配性であっ
()。,,,たという旨の記載がある乙6:5頁入院当日DはI医師に対し
朝5時ころに目が覚めてそれから不安が強まって眠れず,呼吸が速くなっ
て胸が痛くなるなどの症状を訴え,原告Aは,Dが何を悩んでいるのか,
不安がっているのかわからない旨説明した。
(甲11,17,37,43,44,乙5,6,原告C本人,原告A本人)
(6)Tの面談希望等
本件診断書を受領した保健指導員のTは,平成17年3月15日にD宅に
。,,電話をして状況を尋ねたDは不安感が強くなり動悸がしたり頭痛がする
身体がしんどいなどの状況を説明し,また,原告AもDの状態や入院の予定
があることなどを話したが,うつ病と診断されたことや,医師から病状をど
う説明されたかなどは話さなかった。Tは,同月18日に再度状況を確認す
るため,D宅に電話をしたが不在であり,留守番電話を聞いた原告AがTに
。,,連絡をとったTは状況を確認するための面談をしたいと考えていたため
原告Aとの間で,Dとの面談について話をしたが,後日,原告A及びI医師
,,。から治療に専念させたいとの理由でDとの面談を断る旨の連絡があった
(甲11,乙6,19,証人T,原告A本人)
(7)退院後,復職までの被告担当者とDの面談等
アDは,平成17年3月22日に歩行時にふらついた後,意識消失発作を
起こして倒れているところを看護師に発見され,同月23日にも検査に向
かう途中で意識消失ないし脱力発作のような症状があったが,気分は少し
。,,,回復傾向がみられた原告Aは同日の発作様の症状の後看護師に対し
Dは,以前の入院で肝生検時誤穿刺があったことが不安となって現れてい
るのではないかと話した。
イDは,入院後早期に落ち着き,不安が少なくなっていった。I医師は,
平成17年4月4日には,Dに対し,同人の自律神経失調症の根本はうつ
状態が原因であるが,今は,うつ状態は軽快しており,立ちくらみ等の自
律神経症状が実際の問題であることなどを説明した。Dは,同月25日に
退院した。
ウDは,平成17年4月28日にTに電話で退院を知らせた。Tは,主治
医との面談を申し入れ,同年5月10日にD及びI医師と面談した。I医
師は,Dのうつ病について説明せず,就業上特に配慮をする必要はない旨
を述べ,Tが,就業時間を制限する必要性を尋ねたのに対し,本人との相
談で決めるよう述べた。
I医師は,同年5月24日付け診断書(甲14)において,Dは自律神
経失調症で加療中であるが,就労は,特に問題なく可能であることを診断
する旨記載している。
エ平成17年5月16日付けでJユニオン作成によるDの加入通知書甲,(
20)が被告に提出された。
オ産業医,U次長及びTは,平成17年5月26日にDとの面談を行い,
その結果を踏まえ,産業医の意見に基づき1か月間の超過勤務の禁止とす
るとともに,Dの希望により,復職後1週間は午後3時までの時間短縮措
置をとることが決定された。
また,同日の面談において,U次長が,Dに対し,上記組合加入を確認
した。
(甲5,14,20,乙8,19,証人T)
(8)Dの復職後の勤務状況等
アDは,平成17年5月27日に復職し,W支店において,宿泊・交通機
関等手配業務「○○宿泊券」と称する宿泊プランのコールセンター業務,
(入金確認,予約受付等)に従事した。コールセンター業務は,土曜日の
割当出勤を含むものであるが,その場合,平日に休暇をとることができる
ようになっていた。もっとも,Dの平成18年3月から同年11月4日ま
での勤務日をみると,土曜日出勤の直後に休暇取得がされていない場合も
あったことがうかがわれる。
Dは,復職後しばらくは残業をしていなかったが,次第に午後7時ない
し7時半ころまで残業をするようになった。被告においては,当時タイム
カードによる就業時間管理は行われていなかったが,Dが記載していた出
勤簿によれば,午後7時まで(当時の終業時刻は午後6時)の残業は,平
成18年4月には4日,同年5月には3日ある。
イTは,Dの復職後,Dと面談し,健康状態,内服状況,残業時間等を口
頭で確認した。Tは,平成17年6月9日ころにDと面談した際には,同
人が同月6日から定時勤務を始めたが,残業はしていないことを口頭で確
。,,,認したTは更に約3か月後ころにDを呼び出して面談しそれ以後は
定期的に会う機会に様子を聞いていた。
Tは,平成18年9月6日に最後にDと会ったが,その時には,朝起き
るのがしんどい,残業については午後7時ないし7時半までには帰ってい
る,という趣旨の発言があった。Tは,Dの症状は睡眠導入剤の副作用に
よるものであると考えた。
(甲43,乙8,19,21,23,証人T,原告A本人)
(9)平成17年から18年にかけてのDの健康状態及び環境等の変化
アDは,平成17年5月27日の復職後は,入院前に比べ,体調や精神状
態は改善し,原告Aからみても,平成18年10月末まで,多少変動はあ
るものの,徐々に快方に向かっている状態であった。
また,H医院における治療経過をみても,Dは,平成18年5月20日
まで月一,二度程度の通院をしており,不眠等の記載はあるが,全身状態
には大きな変化はない。
,,,イ一方Dは平成17年4月時点で陰性となっていたHCV検査結果が
(),H医院の同年6月11日実施の検査では基準値を超え甲37:61頁
G病院内科の同年8月2日の検査で陽性と判断された(乙5:18頁。)
G病院内科の主治医であるP医師は,再度のインターフェロン治療を考
えるか,しばらく様子を見るかを検討することとし,同年10月25日の
診察日に再度Dに話をする前提として,同年9月27日にI医師に対し,
再治療が可能かどうかの意見を尋ねる診療依頼を行った。I医師は,同年
10月25日にDについて「本人現在のところ気分は落ちついているよ,
,(),うですがIFNインターフェロンの副作用のうつに対して不安強く
少し様子を見たいとおっしゃっています」として,更に落ち着きを見せ。
るか,フォローしてから検討することで良いと思う旨の回答をした(乙5
:18頁。P医師は,H医院に対し,同年10月25日付けの診療情報)
提供書(甲37:67頁)において「また神経科(I医師)の方が十分,
に落ちついた状況とはいえず,御本人も今すぐの再治療は少し考えたくな
いとのことであり,私もそんな感覚をもちました」などと連絡した。当。
時,Dは,原告Aに対しても,もうインターフェロン治療は受けたくない
旨述べていた。
ウDは,被告の社宅(いわゆる借り上げ社宅)に居住していたが,平成1
7年8月31日ころ,同所が都市開発地域に当たるなどとして,貸主が被
告に対し賃貸借契約を更新しない旨申し出たことから,被告は,同年9月
末ころ,Dに対し,他のマンションを社宅として用意し,転居することを
求めた。ところが,D及びその家族は,従来の社宅で犬を飼っており,引
き続き犬を飼える一軒家又はいわゆる二戸一住宅を希望した。
被告は,予算的に無理と回答して,犬の飼育可能なマンションを新たに
社宅として用意し,Dは,同年12月10日に新社宅に転居した。
(甲37,43,乙5,24,原告A本人,弁論の全趣旨)
(10)宿泊手配ミス及びM課長からの本件メールの送付
アW支店では,営業推進センター課長であったM課長が,平成18年10
月1日から同支店西日本仕入手配センター課長を兼務するようになり,D
の業務上の上司となった。
イそのころ,被告の甲支店(以下「営業店」という)からの依頼により。
京都旅行の宿泊手配を行ったNが「新都ホテル」に平成18年11月1,
0日からの宿泊の手配をして,手配書に「都ホテル京都」と記載したとこ
ろ,同手配業務を引き継いだDが,同ホテルが「ウェスティン都ホテル」
のことであると思い込み,同年9月29日に同ホテルに手配ができた旨営
業店に連絡した。なお,当時京都市内には,都ホテルの名称を持つホテル
としては,JR京都駅前の新都ホテルと京都市a区bのウェスティン都ホ
テル(旧都ホテル)の2つのホテルがあった。
その後,営業店は,担当者が上記旅行の依頼者(参加者とともに京都あ
るいは奈良の名所・名刹の特別拝観等を行う企画を主宰しており,同営業
店では上得意ともいうべき人物である)から,京都都ホテル(ウェステ。
ィン都ホテルの趣旨と考えられる)で1泊1万4000円では赤字にな。
る旨指摘され,また,京都には都ホテルが2つあるから確認するようにと
の指示を受けたことから,Dに対し,電話で確認を求めたが,Dは,ウェ
スティン都ホテルについて手配ができた旨回答し,さらに,その旨を明記
して,同年10月2日に営業店に連絡した(乙17。)
ところが,同月27日になって,これが間違いであり,W支店が現実に
手配できつつあったのは,新都ホテルであり,ウェスティン都ホテルには
全く手配ができていなかったことが判明し,トラブルとなった(以下「本
件手配ミス」という。。)
,,ウM課長は平成18年10月30日にDから本件手配ミスの報告を受け
Dに対し,同年11月1日及び2日に京都に赴き,部屋の確保についてホ
テルと直接交渉するよう指示し,電話で途中経過の報告を求めたり,次の
指示を与えるなどした。
エM課長は,平成18年11月2日午後1時6分ころ,N及びDの両名に
対し,本件メール(乙26と同じもの)を同時に1回送付した。本件メー
ルには,本件手配ミスが,基本動作のミスと集中力の欠落によるものであ
,,ることを指摘した上で2度とこのようなことを起こさないように注意し
最終的には,乙センターから約45万円の持ち出しで決着する予定である
が,その場合,社内のキャンペーン活動(非営業職従業員が,親族,知人
等に声をかけて新たな顧客獲得をしようとする活動)での各自の営業金額
をDにつき50万円,Nにつき15万円に変更するので,必ず遂行願うな
どの記載をし「小職の場合2度目はありませんのでそこを理解し,作業,
お願いします「いずれにしても,週明け(3連休のあとの月曜日であ。」,
る同月6日のこと)が勝負ですので今は,あまり本件を考えずに仕事して
ください。それでは,良い連休をお過ごしください」などの文言が記載。
されていた。
オDは,本件メールを受領後,本件手配ミスに関する事実関係を時系列に
従って報告するとともに,思い込みによるミスにより,各方面に多大な迷
惑をかけたことを反省し,お詫びするとの内容の平成18年11月2日付
け顛末書(乙11)を作成し,M課長に交付している。
(甲22,乙11ないし18,21,25ないし27,証人M,弁論の全趣
旨)
(11)Dの自殺
原告Aは,Dが退院後,徐々に回復してきた様子を感じていたが,Dは,
平成18年11月初めになって,急激に非常に落ち込んだ様子になった。原
告Aは,そのときにDから,会社でイエローカードを出されたという話とと
もに,本件手配ミスの話を聞いた。
Dは,同年11月4日に仕事から帰宅した後も,死にたいという言葉を口
にし,同月5日朝には食欲がない状態であった。そこで,原告Aは,アメリ
カ滞在中の原告子らに電話をして,Dを病院に連れて行くことなどを相談し
た。ところが,原告AもDが同日に自殺をする可能性があるとは思っていな
かったにもかかわらず,Dは,原告Aが外出中の午後3時ころ,自宅におい
て自殺した。
(甲1,43,44,原告C本人,原告A本人)
2インターフェロン治療とうつ症状その他の副作用に関する医学的知見につい

証拠(甲33,甲34の1・2,甲35,39の各1ないし3,甲40,4
1,甲42の1ないし3,乙3)によれば,以下の事実が認められる。
(1)インターフェロンは,平成4年にC型慢性肝炎に対する健康保険適応が
広がり,急激に使用頻度が増大したが,それに伴い,うつ症状を含む様々な
副作用が指摘されるようになっている。
,(,,,一般的な副作用としてはほとんどの例で感冒様症状発熱悪寒頭痛
,,),,筋肉痛関節痛全身倦怠感等があるとされる他白血球・血小板の減少
脱毛,蛋白尿等もみられる。
(2)副作用としてのうつ症状ないし精神症状の発症頻度は,文献によって数
値にばらつきがあり,0.1ないし5パーセント程度とされるが,5パーセ
ント以上とする報告もあることを紹介する文献,1ないし2パーセント(う
つ病は1パーセント以下)とする文献,また,数パーセントから65パーセ
ントと報告によりさまざまであることを指摘する文献などがある。多くの場
合,不眠,焦燥,不安などの前駆症状があり,続いて抑うつ,無気力,自発
性低下,興奮,多弁,幻覚,妄想,集中力低下,記憶力減退,不安症状,パ
,,,ニック発作等多彩な精神症状がみられ特徴的な症状としては抑うつ気分
焦燥,不安,希死念慮などがあるとされる。
(3)うつ病を含めた精神症状の発症時期は,投与開始から2週間ころから数
か月後まで様々であるとする文献もあるし,投与開始後1ないし8週の間に
発症することが多く,抑うつ気分に関しては,投与開始4週後に明らかとな
る例が多いとして,前駆症状である睡眠障害は投与開始2週以内に出現する
ことがほとんどであることを指摘する文献もある。
(4)うつ状態は,インターフェロンの中止又は減量で軽快する。しかしなが
ら,インターフェロン中止後もうつ状態が遷延する例が少なからずみられ,
高度になると,長期間の向精神病薬投与が必要なこともあるとされている。
出現機序について,インターフェロンの薬理作用以外の外的要因によるも
のも考えなければならないが,臨床的に厳密に区別することは難しく,精神
症状に対する要因別分類には限界があるとして,①臨床疾患(精神疾患の既
往,②人格障害,③一般身体疾患(インターフェロン治療を受ける患者が)
有する悪性疾患や肝炎について,経過や検査数値が思わしくないことによる
),(,,影響④心理的・社会的・環境的問題患者という立場家庭の受け入れ
社会的な立場の変化,入院という慣れない環境,経済的な事情等,心理的・
社会的・環境的要因が多様に変動することが,多かれ少なかれ抑うつ気分に
影響を与えること,⑤機能の全般的評定(患者の心理的・社会的・職業的)
機能を評価して,治療の計画,効果,転帰の判定に役立てること)など,全
体を考慮したうえで,インターフェロン治療患者の抑うつ症状の出現機序を
評価することが大切であると指摘する文献もある。
3争点(1)(本件発症前の被告の安全配慮義務違反)について
(1)被告の出向に関する安全配慮義務違反及び出向先社長の違法な退職強要
ア原告らは,DがC型肝炎に罹患し,通院治療を受けており,C型肝炎患
者にとって長時間労働や激しい肉体労働が禁忌であるにもかかわらず,被
告は,転勤,出向に際して医師の意見の聴取等をせず,何らの配慮もしな
いで,Y空港での勤務を含むE株式会社ないし株式会社Fへ配転させ,過
酷な職場に従事させたから,Dの出向に関して被告に安全配慮義務違反が
あった旨主張し,証拠(甲23の1・2,甲30,43,原告A本人)中
には,これに沿う部分がある。
しかしながら,原告ら代理人の質問に対する回答書におけるP医師の見
解(甲38の1ないし3)も「通常慢性肝炎レベルでは禁忌とまでされ,
る事項はない。病状が進展するにつれて,運動や仕事にも少し制限が生じ
る可能性があり,中等度以上の病状では,選手としての運動や肉体労働は
望ましいとはいえない。夜勤については,非代償性肝硬変に至っていなけ
れば,禁忌とまではいえないが,業務内容による」というものであり,。
C型慢性肝炎に罹患しているからといって,当然に就業制限等を要するも
のとは認められない。
そして,Dが,当時医師から運動制限や就業制限等の指示を受けていた
,(,,,)とは認められず上記証拠甲23の1・2甲3043原告A本人
によっても,Dの出向先での勤務が,Dの健康状態に照らして過重なもの
。,,であったと的確に認めることはできないそしてC型慢性肝炎の状態が
一般的な病状の推移を超えて,勤務状況により悪化したことを認めるに足
りる証拠もない。
イまた,原告らは,平成13年10月にE株式会社のY空港事業所に転勤
した直後ころ,Dが,同社社長から「君は49歳だからもう行くところが
ない。どこも雇ってくれない。君にはその危機感がない」などと言われ。
,(,),。た旨主張し証拠甲43原告A本人中にはこれに沿う部分がある
しかしながら,上記各証拠は,いずれも原告AがDから聞いた話である
として述べるものであって,当時の会話内容を正確に再現したものではな
いうえ,仮に真実そのような発言が行われたとしても,E株式会社社長の
発言の趣旨や前後の脈絡を認めることはできないから,上記各証拠をもっ
て,直ちにDの人格を傷つける違法な発言であるとか,退職強要等の違法
行為があったものと認定することはできない。そして,他にこれを認める
に足りる証拠もない。
ウしたがって,上記の安全配慮義務違反の事実を認めることはできない。
(2)違法な減給
ア原告らは,Dの年収は減額され,特に,DがX空港支店に配属された平
成16年4月には,基準内賃金及び資格別給が減額されたが,これは降格
を意味するものと見られること,また,被告は,就業規則の変更をせずに
違法な賃下げをしたものと認められるが,賃下げが労働者に致命的な不利
益をもたらしうることからすれば,これら賃下げは違法であり,労働者に
対する使用者の安全配慮義務に違反することは明らかである旨主張する。
そして,前記認定事実のとおり,Dの年収は,平成15年以降は,平成8
年のそれと比較して減少していたことが認められる。
しかしながら,Dの平成8年当時の年収は,明細等も明らかでなく,本
件全証拠に照らしても,単に減収があるとの事実をもって,直ちに被告の
安全配慮義務違反ということはできない。
イまた,前記認定のとおり,被告においては,平成10年8月から平成1
6年3月まで非組合員全員の基準内賃金の一部減額措置,同年4月には非
組合員の賃金制度の改訂が行われ,これらに伴って,Dも減収を生じたこ
とが認められる。
しかしながら,当時の経済状況等にかんがみると,被告がこれらの措置
等を行ったことは,直ちに違法となるものではなく,本件全証拠に照らし
ても,上記の措置ないし賃金規則の改訂を違法と認めるに足りる証拠もな
い。Dの減収が,Dの降格や個人を対象にした降給によるものであること
をうかがわせる証拠もない。
ウなるほど,平成16年4月の異動内容をDが不満に思っていたと解され
ることは前記認定のとおりであり,当時のDが原告Aに対し,異動に伴う
処遇の不満等を述べたことは,十分に考えられるところである。しかしな
がら,これらから直ちに不当な降格等があったことを推認させるものでは
ない。
エしたがって,上記の安全配慮義務違反の事実も認められない。
(3)インターフェロン治療のための入院に対する上司の不当な対応等
ア原告らは,Dがインターフェロン治療のために入院する旨告げたことに
対する上司の対応が不当であった旨主張する。そして,前記認定事実によ
れば,Dは,インターフェロン治療のための入院を上司に報告した際に,
「なぜ前勤務地で治療を受けずに,転勤直後に入院治療を受けるのか,職
場で理解を得られない」などと,転勤直後に入院治療を受けることを非。
難するような発言をされたこと,退院後平成16年7月21日の復職のた
めの面談時にも同様の発言が繰り返され,さらに,L次長からは「治療,
に専念した方がよいのではないか。自分から身を引いたらどうか」などと
退職を示唆する発言がされたこと,これらの発言が,Dに相当の精神的な
衝撃を与え,不安症状を強めたことなどが認められる。
イこれに対し,被告は,入院前の上司らの対応は,異動に不満があるかど
うかを確認するものであり,また退院後の面談時の発言は,上司の個人的
な意見であるし,退職勧奨に当たるとしても違法なものではなく,うつ病
罹患や自殺の予見可能性もない旨主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,Dは,平成16年4月1日のX
空港支店への配転の相当以前から,C型慢性肝炎に罹患して治療を継続し
ており,被告の保健指導員の指導も受けていたのであって,被告において
もDの病状等を把握した上で出向を決定していたものであるし,Dは,出
向先においても通院治療を続けており,その間にインターフェロン治療が
検討されたこともあったことなどの治療経過等は,被告にとっても十分に
把握可能であったと考えられる(乙10。これらによれば,Dの株式会)
社FからX空港支店への異動時に,DがC型慢性肝炎に罹患していること
やその病状について引継ぎ等をしなかったことは,専ら被告の不備という
べきである。
そして,被告は,Dの申告を受け,保健指導員に問合わせをするなどし
て,従前の疾患や治療の経過等を一応把握したはずであるのに,L次長が
異動後間もないDに対し,C型慢性肝炎の治療としてインターフェロン治
療を受けることを非難するような発言をしたことは,同発言自体が直ちに
違法であるとはいえないまでも,従業員に対する衛生管理上,不適切な対
応であったといわざるを得ない。
ウその上で,衛生管理担当の次長であるL次長が,平成16年7月21日
にDが復職を求めた際の面談時に,不用意に上記の趣旨の発言を繰り返す
,,とともにDが長期のインターフェロン治療を予定していることに対して
治療に専念するため退職することを示唆する発言をしたことは,以上のよ
うな経過やDの疾病等をも勘案した場合には,インターフェロン治療を継
続中で退院直後のDの不安感を増大させ,精神状態を悪化させるものであ
って,Dの精神面を含む健康管理上の安全配慮義務に違反するものという
ことができる。
エ被告は,このようなDの状況は,当時被告として知りようがなかった旨
主張する。なるほど,Dは,平成16年7月5日に不安・抑うつ状態と診
断されながらこのことを被告に報告していなかったと認められるから,被
告に対し,健康状態に関する適切な情報を与えていなかったものである。
しかしながら,発生頻度はともかくとして,インターフェロンの副作用
としてうつ状態等の精神症状を生じうることは,当時の医学的知見として
一般的なものであるということができる。被告においては,Dの入院前に
保健指導員に相談をしており,当然退院後の対応等についても検討できた
はずであるし,少なくとも,衛生管理担当者は,産業医や保健指導員に相
談し,場合によっては主治医等に確認するなどして,インターフェロン治
療の副作用や予後等を把握した上で,Dに対応することは可能であり,か
つ必要であったというべきである。
これらに照らせば,被告は,L次長らの発言やDに対する対応が,イン
ターフェロン治療中のDに対し,うつ状態等の精神症状を発症させる危険
性があることについても,予見可能性,予見義務があったということが相
当である。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
オもっとも,前記認定にかかる当時のDの病態,症状等を最大限考慮して
も,上記時点の被告において,Dが自殺することについてまでは,具体的
な予見可能性や予見義務があったと認めることはできない。
()4争点(2)本件発症の時期及び被告の安全配慮義務違反との相当因果関係等
について
(1)本件発症時期
前記認定事実に基づけば,Dに不安・抑うつ状態と判断されるような症状
が最初に出現したのは,平成16年7月2日ないし5日ころであったと認め
られるところ,同日の診断時点では,いわゆるうつ病としての症状が持続し
ていると判断されるものではない。むしろ,前記認定事実のとおりのインタ
ーフェロン投与経過やDの症状の経過等からすれば,Dは,その頃出現した
不安・抑うつ状態が,諸条件により持続,長期化したため,最終的に平成1
7年3月11日までに,G病院神経科において,うつ病と診断されたものと
認められる。
したがって,Dの抑うつ状態ないしうつ病の発症時期としては,平成16
年7月ころと認めることができるが,被告の主張するように,これが同月5
日までには発症しているから,それ以後に発生した事実等が本件発症に影響
するものではないとまではいえない。
(2)上記第3の3(3)に認定した安全配慮義務違反と本件発症との因果関係
ア以上に認定,判断したところに基づけば,上記認定にかかる被告の安全
配慮義務違反行為は,Dの不安症状を強め,そのころ発症した不安・抑う
つ状態を持続,長期化させ,うつ病の発症に相当程度の寄与をしたものと
いうべきであるから,本件発症との間に相当因果関係を認めることができ
る。
イしかしながら,前記認定事実に基づけば,Dに不安・抑うつ状態ないし
うつ病という精神疾患を発症させた原因が,専ら被告の前記安全配慮義務
違反にあるとまで認めることはできない。
むしろ,Dは,平成16年6月10日からC型慢性肝炎の治療としてイ
ンターフェロン投与を受けていたところ,発熱,関節痛等の感冒様症状が
現れ,腹部圧迫感,関節痛,筋肉痛,脱毛等の症状が長く続くなど,イン
ターフェロンの副作用が明瞭に現れていたことが認められる。また,Dの
うつ症状の発症の経過をみると,Dには元々不眠傾向があったことやイン
ターフェロン投与が一時中止されたことから,不眠の発症時期は明らかで
ないが,入院から半月ほど経過した頃からは不眠も顕著となり,投与開始
から約4週ころには不安・抑うつ混合状態と診断され,その後インターフ
ェロン治療を継続中の平成17年2月ないし3月初旬に,抑うつ気分,不
安,希死念慮等の症状が現れたが,同月8日にインターフェロン投与を終
了し,神経科入院治療を受けたところ,早期にうつ症状が軽快したという
ものである。このような経過は,インターフェロンの副作用としてのうつ
症状の発症時期,発症経過や発現機序と整合するものと考えられる。
ウこれらによれば,Dのうつ症状は,インターフェロンの副作用を重要な
要因として発症したものとみることが相当である。
すなわち,Dは,元来心配性・細かい事に考え込みがちな性格であり,
長年C型慢性肝炎に罹患し,長らくインターフェロンの副作用や仕事への
影響に対する不安感を抱いていたことなどの要因があり,インターフェロ
ンの薬理作用が現れたところに,投与開始前の肝生検受検による胆道管出
血による体調悪化,医療ミスに対する不信感,インターフェロン治療を受
けながら就労することなど退院後の生活に対する不安等の複数の要因及び
被告の前記安全配慮義務違反という要因が加わることによって,不安・抑
うつ症状が出現して長期化し,うつ病と診断されるに至ったものと認めら
れる。
エ原告らは,インターフェロンの副作用としてのうつ病の発症頻度が低い
旨指摘する。
しかしながら,うつ病の発症頻度自体については,様々な報告があり,
インターフェロンの副作用としては,必ずしも稀なものであるとはいえな
い。そして,前記認定事実によれば,本件においては,Dのうつ病の発症
とインターフェロン投与との間にも因果関係が認められるところであっ
て,仮に,発症頻度が低いとしても,そのことは,前記認定,判断を妨げ
るものではない。
オまた,原告らは,症状経過がインターフェロンの副作用によるうつ病の
場合と矛盾するとも主張する。
なるほど,Dは,本件発症後もインターフェロン投与が続けられている
が,これは,当時のDの不安・抑うつ症状が,投与を直ちに中止しなけれ
ばならないような重篤なものではなかったということにすぎず,本件発症
がインターフェロンの薬理作用を重要な要因とするものであることと矛盾
するものではない。その後,インターフェロン投与が続けられていたとこ
ろ,Dは,平成17年2月ないし3月初旬に明らかなうつ症状を発症して
いるが,前記認定のとおり,H医院のカルテ記載を見ると,ウイルスの減
少のみならず,この点も考慮されてインターフェロン投与が一応終了とさ
れたことが認められるところであり,その経過もうつ症状がインターフェ
ロンの副作用であることと矛盾しない。さらに,平成17年4月25日付
けP医師作成の診療情報提供書甲37:55頁を見てもINFイ(),「(
ンターフェロン)後のうつ状態にて3月下旬より本日まで当院神経科に入
院加療をされていました」との記載があり,同医師もDに対するインタ。
ーフェロン投与とうつ状態を結びつけて考えていたことがうかがわれる。
また,インターフェロン中止後もうつ状態が遷延する例が少なからず見
られることや,長期間の向精神病薬投与が必要な場合もあることを指摘す
る医学文献があることも,前記認定のとおりである。
カなお,証拠(甲38の3:P医師作成の回答書)中には,Dのうつ病罹
患は,もともとの性格因子に加えて,外因性のストレス因子の方が原因と
して大きいと思う旨の見解が示されている。
しかしながら,上記証拠は,その根拠として,平成17年9月にウイル
スが再出現した後も,Dの治療意欲は副作用に十分に勝るほどあったと考
えられるという点を挙げるところ,前記認定事実に基づけば,Dは,むし
ろ副作用を心配してインターフェロンの再治療を拒否していたことが認め
られる。また,上記証拠は,もう1つの根拠として,G病院において,D
に投与されていたイントロンAとレベトールという薬剤は,いかにもうつ
傾向の人には使用していなかったことを指摘するが,それは,G病院にお
いてP医師らがDに同薬剤を投与した時点で,Dに対し,いかにもうつ傾
向であるとの評価がされていなかったということにすぎない。
このように,甲38の3に挙げられたいずれの根拠も,前記認定,判断
を左右するに足りるものではない。
5争点(3)(本件発症後の被告の安全配慮義務違反)について
(1)神経科入院中の面談要求
ア原告らは,被告が神経科入院中にDに対して面談を強要したことが安全
配慮義務違反である旨主張する。そして,Tが,平成17年3月18日に
D方に電話をかけ,その留守番電話を聞いた原告AがTに後日電話をした
,,,際原告Aを通じてTとDとの面談を予定してもらうことになったこと
後日,原告A及び主治医であるI医師から,Dとの面談を断る電話があっ
たことは,前記認定のとおりである。
イしかしながら,従業員が自律神経失調症のために入院したことを知った
場合,保健指導員が,状況把握のために,可能な限り本人との面談を求め
ることは,通常の業務の範囲内というべきであり,これが直ちに安全配慮
義務違反と断じられるべきものではない。そして,本人との面談が困難な
場合であっても,保健指導員が,面談の可能性や状況を聴取するために従
業員の家族に連絡をとることもまた,通常の業務の範囲内というべきであ
,。,,ってこれが安全配慮義務違反に当たるものではないそして本件では
Tは,Dに対して直接面談を申し入れたものではなく,原告Aとの間で面
談希望の話をし,当時のDの状態を認識していた原告A及び原告Cが相談
の上,その話をDに伝えたというものである(原告C本人。)
ウ原告らは,被告の総務担当者がDとの面談を強要したとも主張する。し
かしながら,たとえDが解雇を恐れていたという事情を被告が認知し得た
としても,総務課に所属する保健指導員であるTが,その職務上面談を求
めたことは,直ちに安全配慮義務違反となるものではないし,Tが,他の
。,総務担当者の出席を特に要求したことを認めるに足りる証拠もないまた
当時,被告において,Dが解雇に対する強い不安からうつ病を発症したと
か,被告の総務担当者との接触をおそれていることを認識すべきであった
ことを認めるに足りる証拠はない。
結局,Tが入院中のDとの面談の約束をしようとしたことが,Dに対す
る安全配慮義務違反となるものとは認められない。
なお,Dの入院中のカルテ(乙6)やD作成の当時のメモ(甲5,6)
等をみても,Tからの申入れのためにDが病状を悪化させたことを認める
に足りる証拠もない。
(2)労組加入についての非難,糾問
原告らは,被告が,平成17年5月16日及び26日の2回にわたって,
なぜ労組に加入したのか,まだ加入しているのか,などと非難,糾問した旨
主張し,証拠(甲43,原告A本人)中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,上記各証拠も「なぜ労組に加入したのか」と言われたこ,
とをDから聞いたというものにとどまり,同月16日という日にちもあいま
いなものであって,他の証拠に裏付けられていない部分は,直ちには採用で
きない。
なお,前記認定のとおり,同月26日に産業医,U次長及びTがDとの面
談を行った際にU次長が,Dに対し,労働組合加入を確認した事実が認めら
。,,,れるしかしながらその際にU次長らがDに対し同事実の確認を超えて
特にDを非難,糾問するなどした事実を認めるに足りる証拠はないというよ
りほかない。
(3)社宅の退去通告
原告らは,Dがうつ病で退院してから5か月余であるのに,被告が社宅か
,,らの退去通告をしたことは病者に対する安全配慮義務違反である旨主張し
証拠(原告A本人)中には,これに沿う部分がある。そして,Dが平成17
年12月に当時の社宅を退去し,転居することを余儀なくされたことは,前
記認定のとおりである。
しかしながら,前記認定事実によれば,被告がDに対して,当時居住して
いた社宅からの退去を求めたのは,被告と家主との賃貸借終了に伴うもので
あって,やむを得ないものであるというべきである。そして,その転居の経
過等をみても,被告は,新たな社宅の確保に当たってDないし原告Aに配慮
をし,可能な限りその要望に応じているといえるから,これが安全配慮義務
違反に当たるものではないことは明らかである。
したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(4)残業の増加等
ア原告らは,Dの残業が平成16年10月1日のW支店配属後,特に平成
18年3月以降急増し,帰宅が午後8時か9時になり,月2ないし3回は
,,土曜出勤をするようになり就業制限が守られていなかったなどと主張し
証拠(甲43)中には,これに沿う部分がある。
イしかしながら,前記認定事実に基づけば,Dは,平成16年10月1日
の時点で,インターフェロン治療が予定されていた3か月間の残業なし等
の就業制限措置を受けたことが認められるが,インターフェロン投与終了
後,特に平成18年3月以降,同措置がとられたことを認めるに足りる証
拠はない。
そして,C型慢性肝炎に罹患しているとはいえ,その具体的症状や職種
等にかんがみれば,就業制限措置がとられていなかったDに対する一切の
残業が当然に禁止されるべきものとまではいい難いし,残業禁止等の就業
制限措置がとられるべきであったともいえず,本件全証拠に照らしても,
これを認めるに足りる証拠はない。そして,H医院及びG病院内科の主治
医等において,インターフェロン投与終了後に,Dの就業制限を指示する
などした事実もうかがわれない。
ウまた,G病院神経科の主治医であるI医師も,Dの退院から間もない平
成17年5月の時点で,時間的な就業制限を指示せず,特に問題なく就労
可能との意見であったこと,被告は,産業医の意見を聞いて,同月27日
のDの復職から1か月間の超過勤務禁止及び復職後1週間につき午後3時
までの時間短縮措置をとったことなどが認められるが,その後,主治医等
から,就業制限が指示されたこともうかがわれない。
エなるほど,前記認定事実に基づけば,Dは,平成17年5月27日の復
職後,しばらくは残業をしなかったが,次第に午後7時ないし7時半ころ
までの残業をするようになったこと,平成18年3月以降,月数回程度は
残業をすることがあったこと,当時の職務上,土曜日の割当出勤があった
ものの,その代わりに平日に休暇をとることができたことなどが認められ
る。
しかしながら,以上に認定,判断したところに基づけば,このような残
業等の就業状況をもって,直ちに被告の安全配慮義務違反があったと認め
ることは困難である。前記認定のとおり,Dが上記期間において,土曜日
出勤後に休暇取得をしていないことがあったこともまた,上記結論を左右
するものではない。
オ以上によれば,Dについて就業制限が守られなかったとの原告らの上記
主張に沿う上記証拠は,にわかに信用できず,他にこれを認めるに足りる
証拠はないから,原告らの同主張は採用できない。
(5)本件メールによる威嚇,退職強要
ア前記認定事実に基づけば,本件メールは,N及びDの本件手配ミスに対
する上司の注意,叱責として送付されたものと認められるところ,その文
言は「2度目はありません」などの厳しい表現はあるものの,必ずしも,
解雇の最後通牒の趣旨などと解されるものではない。また「イエローカ,
ード」というタイトルも,日常的に使用される場合には,警告等の意味が
あることは格別,原告らが主張するような「退場の予告又は退場を迫る趣
旨」とまで当然に理解されるものとはいえない。
W支店の損失額を,同支店における営業活動で成果を達成するよう要求
する部分の妥当性はともかくとして,これが,同損失額を直接的かつ具体
的に金銭賠償をするよう求める趣旨であるとも認められず,違法なものと
まではいえない。
なるほど,本件手配ミス及び本件メールの送付が,結果的に,Dの精神
状態に影響を与え,自殺のきっかけとなったことは否めない。しかしなが
ら,本件手配ミスは,N及びDの業務上の基本的なミスを原因とするもの
であって,原告らの主張するように,NのミスによるトラブルをDに転嫁
したというものではなく,しかも,それが営業店等関係各方面に与えた影
響も決して軽微なものであるとまではいえないから,職務上の上司に当た
るM課長が,NとともにDを注意ないし叱責することは,通常の業務の範
囲内の行動として許容される事項であり,本件メールの送付もその範囲を
逸脱したものとはいえないというべきである。
イ原告らは,本件メールがDに対して2通送付された旨主張し,証拠(甲
24の1・2,甲43ないし45,原告C本人,原告A本人)中には,こ
れに沿う部分がある。
しかしながら,原告子らは,2通のメールそれぞれの内容を確認したも
のではないし,原告AがDから聞いたという本件メールの内容も,メール
が2通あることをうかがわせるものではない。そして,証拠(乙21,2
2,25ないし27,証人M,証人V)に照らしても,前記認定の本件メ
ール以外に「イエローカード」と題するメールが送付された事実があった
と認めることはできない。
ウ原告らは,本件メールの送付についての違法性を主張するので,判断す
る。
(ア)原告らは,本件メールの送付は,解雇を最も恐れてうつ病に罹患し
ていたDの精神面の健康保持に対する安全配慮義務違反である旨主張す
る。なるほど,当時,被告は,Dが精神疾患である自律神経失調症と診
断され,入院治療を受けたことがあり,睡眠導入剤の服用を続けていた
ことなどを認識していたことは認められる。
しかしながら,Dは,被告に対し,不安・抑うつ混合状態と診断され
たこと,あるいはうつ病に罹患していることや,これに対する治療経過
を報告していない。そして,Dの主治医であるI医師も,Dの精神疾患
に対する職場の対応としての注意や就業制限等を指示したことはなく,
かえって,Dにつき「自律神経失調症で加療中であるが,就労に特に問
題はない」旨の診断書を提出している。なお,証拠(原告A本人:47
4項)中には,原告Aが,Dの神経科入院前の平成17年3月15日に
Tに対し,不安状態でうつのような感じであるという発言をしたとの部
分があるが,仮にそのような事実があるとしても,うつ病であること,
具体的症状や医師の診断についてまでも報告したものではないから,上
記結論を左右するものではない。
以上によれば,Dが,平成18年10月以前に,特に就業制限や就労
上の配慮を要する状態であったと認めることはできないし,被告がDに
つき,そのような状態であると認識すべきであったとは認められない。
(イ)また,本件手配ミス等が発生したのは,インターフェロン投与の終
了から約1年8か月後であり,Dは,インターフェロン投与終了の直後
ころには神経科で入院治療を受けたものの,軽快して退院し,その後変
動はありつつも徐々に快方に向かっていたことも認められる(なお,平
成18年9月6日にTがDと面談した際,朝起きるのがしんどいなどの
発言があったことは,前記認定のとおりであるが,その発言内容やDが
当時睡眠導入剤を服用していたことなどからみて,必ずしもDのうつ病
が悪化したことを認めるに足りるものではない。。)
さらに,Dの精神状態が明らかに悪化したのは,平成18年11月2
日の本件メール送付のころであったことも認められる(原告A本人。)
(ウ)そうすると,被告において,本件手配ミスが発覚し,M課長が本件
メールを送付する時までに,Dの精神疾患の症状が,自殺の危険性を有
する状態であり,業務上のミスに対しても特別の配慮をもって対応すべ
きであったとまではいえない。
(エ)なお,DがC型慢性肝炎や精神疾患を抱えていたことから,解雇の
不安を有していたことは推測しうるところではあるが,Dの精神疾患の
主たる原因が,解雇に対する不安であるとまで被告が認識し,あるいは
認識可能であったと認めるべき証拠はない。前記認定のようなDのG病
院神経科入通院時の発言や原告Aの発言をみても,不安や不調の主たる
原因として,解雇に対する恐れを訴えていたとは認められないし,Dが
組合に加入した事実及びU次長がこのことを確認したこともまた,これ
を左右するに足るものではない。
(オ)以上,検討したところに基づけば,本件メールの送付に関し,被告
が,Dに対し,解雇に対する恐れからうつ病に罹患していることを前提
とした処遇をしたり,自殺の危険性等も予見した対応をとるべき義務が
あったということはできない。
エしたがって,Dの職務上のミスに対し,M課長が本件メールを送付した
ことが,威嚇や退職強要の違法行為に当たると認めることはできない。
6争点(4)(被告の安全配慮義務違反とDの死亡との相当因果関係)について
(1)被告の安全配慮義務違反の事実とDの本件発症との間に相当因果関係を
認めることができることは,前述のとおりである。
しかしながら,同義務違反行為のあった当時におけるDの症状等からする
と,これから直ちに,被告において,Dがうつ病により自殺することまでの
具体的予見可能性,予見義務があったとまでいうことができないことも,前
述のとおりである。
(2)そして,その後の症状の経過をみても,本件発症からDが自殺するまで
には約2年3か月もの期間が経過しているから,Dの自殺は,直ちに本件発
症を招来した原因による結果ということができるものではない。
すなわち,前記認定事実に基づけば,Dは,本件発症後,半年以上にわた
るインターフェロン治療の継続中にうつ症状の急激な悪化を生じて投与を中
止し,神経科に入院したが,早期にうつ症状が軽快して退院し,HCV検査
結果が平成17年8月までに再度陽性となるという既往疾病の悪化はあった
ものの,大きなうつ症状の悪化等もなく徐々に快方に向かっていたにもかか
わらず,平成18年10月末に判明した本件手配ミスによる業務上のトラブ
ルにより精神状態が悪化し,同年11月2日の本件メールの受領等も加わっ
て急激に落ち込んだ状態になったことが,自殺のきっかけとなったものと認
められるところである。
このような経過の中でのDの自殺は,被告の前記安全配慮義務違反行為を
。,原因とする通常の因果の流れにある事実と認めることは困難であるそして
被告において,本件手配ミスや本件メールの送付等に関し,Dの自殺を予見
すべき特段の事情等があったといえないことは前述のとおりである。
(3)結局,被告の安全配慮義務違反とDの自殺との間に相当因果関係を認め
るには至らないというよりほかない。
7争点(5)(損害)について
(1)慰謝料
以上に基づけば,Dは,前記認定の被告の安全配慮義務違反により本件発
症を生じたことにつき,精神的損害を被ったものということができる。
そして,被告は,前記認定のとおり,Dの健康に関する情報の把握や,入
院治療後のDに対する配慮を怠ったことにより,Dの抑うつ症状を悪化させ
て本件発症に寄与したものであり,本件発症に相当の影響を与えたものとい
うことができる。もっとも,その一方で,本件発症は,インターフェロンの
副作用を重要な要因とし,インターフェロン治療自体に対するDの不安,医
療ミスに対する疑いや胆のう炎等による体調の悪化等,他の複数の要因が寄
与していることなども認められる。
結局,これら諸般の事情を総合考慮すると,Dの本件発症に対する慰謝料
としては,300万円とすることが相当である。
(2)原告らの相続
原告らは,前記認定のとおりDの相続人であるから,その法定相続分に従
い,上記損害につき,原告Aが150万円,原告子らが各75万円ずつ相続
した。
(3)弁護士費用
本件事案の内容,審理の経過その他一切の事情を考慮し,原告らが本件訴
訟の提起・追行のため要した弁護士費用のうち,原告Aにつき15万円,原
告子らにつき各8万円の限度で,被告に負担させることを相当と認める。
(4)各原告の損害合計額
したがって,原告Aの損害額は165万円,原告子らの損害額は各83万
円となる。
第4結論
以上によれば,原告らの被告に対する請求は,債務不履行による損害賠償請
求として,原告Aにつき165万円,原告子らにつき各83万円及びこれに対
する前記遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は,い
ずれも理由がない。
よって,上記の限度で原告らの請求を認容し,その余の請求をいずれも棄却
することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第15民事部
裁判長裁判官田中敦
裁判官池町知佐子
裁判官上村海

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