弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     本件上告を棄却する。
     当審における未決勾留日数中六〇日を本刑に算入する。
         理    由
 弁護人横田真一の上告趣意について。
 記録によれば、原審は、(イ)昭和三一年七月二五日、被告人に対し、同年八月
二四日を控訴趣意書提出最終日と指定した指定通知及び弁護人選任に関する照会通
知をしたところ、(ロ)被告人は、右弁護人選任に関する照会通知に対し、同年七
月二八日「貧困」により国選弁護人を選任ありたき旨請求をしたので、(ハ)原審
は、右請求に対し国選弁護人を前示控訴趣意書提出期間を経過した同年九月四日に
至り選任し、(ニ)同年九月一八日の原審第一回公判期日にその弁護人は出廷した
が、被告人提出の控訴趣意書に基き弁論して結審となり、次いで同月二九日原判決
が言渡された経過であることが認められる。
 およそ、裁判所が特段の理由なくして控訴趣意書(以下単に趣意書という)提出
最終日に接着し、またはこれを経過して国選弁護人を選任する場合は、裁判所は、
刑訴規則二三六条に準じ、右最終日を変更し改めて弁護人に趣意書提出の機会を与
えるか、あるいは弁護人の必要とする相当の期間内に弁護人から趣意書を提出する
よう促し、刑訴規則二三八条に従つてこれを受理するか、いずれかの方法をとらな
ければならないと解すべきであるとともに、弁護人においても、趣意書提出のため
必要と認めるときは、裁判所に右最終日の変更を請求し、または前記規則により趣
意書の受理を請求することができると解するを相当とする。
 ところで職権をもつて原審における国選弁護人選任の経過を調査してみると、原
審は、前示のように昭和三一年七月二八日被告人から弁護人選任の請求があつたの
で、遅滞なく同年八月一日附をもつて第二東京弁護士会にその選定方を依頼したと
ころ、同弁護士会においては指名して交渉した弁護士に次々支障を生じたため著し
く遅延し、ようやく同年九月一日に至り弁護士小林伴培を選定したので、原審は同
月四日同人を国選弁護人に選任したこと、そして同弁護人は、原審刑事第四部に出
頭し記録を閲覧した上、趣意書提出に関し原審に格別の請求をすることなく公判期
日に臨み、異議を止めず弁論を終結したことを認めることができる。
 以上のような経緯にかんがみるときは、本件の場合、原審が弁護士会の右選定通
知を待つことなく自から進んで適当な弁護士を選任せず、または選任弁護人に対し
右最終日を変更し趣意書の提出を促さなかつたからといつて、本件における原審の
手続をもつて、直ちに裁判所が刑訴三六条に違反し、憲法三七条三項後段により保
障された被告人の権利の行使を妨げたというのは当らない。(昭和二五年(あ)第
二一五三号同二八年四月一日大法廷判決、集七巻四号七一三頁参照)従つて論旨は
採用することはできない。
 被告人の上告趣意について。
 所論は、量刑不当の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 よつて、刑訴四一四条、三九六条、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文
のとおり判決する。
 この判決は弁護人横田真一の上告趣意に関し裁判官垂水克己の補足意見並びに裁
判官小谷勝重、同河村又介、同池田克、同河村大助、同奥野健一の少数意見がある
ほか全裁判官一致の意見によるものである。
 裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
 一、必要的弁護事件において被告人からの控訴申立により、控訴裁判所が、被告
人に対し控訴趣意書差出最終日を八月二四日と指定する通知書と被告人において弁
護人を自選するか国選を請求するかについての国選弁護人選任に関する通知書とを
一括して七月二五日被告人に送達し、被告人より「貧困」を理由に国選を請求する
旨の回答書を七月二八日受け取つたため、国選弁護人たるべき弁護士の物色方を控
訴裁判所所在地の弁護士会に照会中弁護士会より回答が来ないうちに控訴趣意書差
出最終日が切迫若くは到来したというような場合には、控訴裁判所としては、一般
に、差出最終日を後日に延期する指定(指定替)をするか、或は、当初指定した最
終日を多少経過してから弁護人を国選した場合には国選と同時に若くは遅滞なく最
終日延期指定をするかして、弁護人に趣意書差出日時の余裕を与える通知をしなけ
ればならない。(元来、この差出期間は事件記録内容の複雑困難性若くは分量その
他の模様に照らし初から裁判所の裁量により、法規上の最短期間を下廻らない限り、
自由に長く定め得べく、また刑訴規則二三八条により最終日を多少経過してからで
もこれに基く弁論審判をしてよい性質のものだから、必要とあれば再三延長しても
よい訳である。)(なお、右の場合に、裁判所が単に内心で最終日経過後でも刑訴
規則二三八条によつて趣意書を受理する意思を持つだけでなく、その意思を弁護人
に知らせることが肝要である。)但し、差出最終日が切迫、到来若くは経過してか
ら選任を受けた国選弁護人が本案の口頭弁論に入るまでにその理由を具して趣意書
差出期間の延期を申し立てない場合には延期指定をすることなくすでに差出最終日
前被告人若くは第一審弁護人の提出した趣意書に基いて本案について口頭弁論審判
をしても刑訴三六条に違反し憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の
行使を妨げたものということはできない。
 思うに、控訴審においても必要的弁護事件において国選弁護人選任を必要とする
刑訴法(三六条、二八九条)の趣旨は単に訴訟の遅れた時期においてでも弁護人を
付けさえすれば足りるというのでなく、弁護人をして控訴審の重要段階において被
告人の防禦のため必要、有利な活動をさせるにあるのであるから、右のような場合
には、控訴審の審判の基礎をなす趣意書提出の時間的余裕を与えるため、一般に、
最終日延期の指定をすることは被告人の防禦権のため必要であること疑ない。しか
し、趣意書差出最終日が切迫若くは到来してから選任を受けた国選弁護人が即日記
録閲覧等により(1)最終日に自から趣意書を提出した場合、或は(2)すでに原
審弁護人が提出した趣意書若くは被告人が最終日前に提出した趣意書に記載された
以外に控訴趣意として主張すべき点を発見しないため弁護人自身の趣意書提出の必
要がないと認めたような場合(かような場合は実例において時々見られるであろう。
(2)の場合国選弁護人は趣意書不提出の態度をとればよい。)にまで、弁護人の
意思、態度如何にかかわらず、最終日が切迫若くは到来してから弁護人を国選した
との一事をもつて必然的に防禦権を制限したものということはできないと考える。
(頗る複雑困難な事件について最終日に選任せられた国選弁護人の申立にも拘わら
ず最終日延期指定をしないようなことは実質的には弁護権制限であろう。)(3)
最終日経過後国選せらたれ弁護人が明示の最終日延期指定を受けないでも、一両日
中に趣意書を提出しこれに基いて弁論審判がなされた場合も同様であろう。一体、
弁護士が控訴審における国選弁護人として選任を受けたときは、遅滞なく被告人が
利益(権利を含む)を害された若くは害される虞ある状態におかれていないかどう
かを先ず記録閲覧、被告人に対する控訴申立理由の問合せ等により検討すべきもの
であり、若しこれが救済のため弁護人自身の手で格段の手段を講ずる必要があると
認めるときはその手段を講ずべきであるが、若し格段の手段を講じなくても他の一
般防禦方法により被告人の利益を防禦伸長することができると認めるときは必しも
これをすることを要しない、そしてかような利益侵害の有無、格段の救済手段の要
否の判断を裁判所や被告人本人とは異る弁護人独自の立場からすることこそ国選弁
護制の本旨であつて、この判断は弁護人に一任せられた任務であり、弁護人の良識
と能力に頼るしかないのである。弁護人が有力な控訴理由を見落し或は権利の上に
眠つたため被告人が実質的に不利益を蒙つても、一般に、訴訟法上は防禦権の侵害
とはならないとするのが当事者訴訟の建て前であろう。
 二、必要的弁護事件である本件窃盗、詐欺、業務上横領事件の記録について見る
に、原審は趣意書差出最終日を昭和三一年八月二四日と指定した通知書と弁護人選
任に関する通知書とを一括して同年七月二五日被告人に送達したのに対し、被告人
は七月二八日「貧困」を理由に弁護人の国選を請求する旨回答した後、最終日前(
八月二一日附翌二二日受理)被告人名義控訴趣意書を提出(一審判決の量刑不当の
みを主張)したところ、原審は右最終日経過後同年九月四日弁護士小林伴培を弁護
人に国選したが、最終日の前にも後にも最終日を延期する指定をしなかつたことが
認められる。けれども記録によれば、右弁護士は国選弁護人に選任せられても控訴
趣意書提出のため右最終日延期指定を申し立てないで同年九月一八日原審第一回公
決期日に出頭し被告人本人提出にかかる控訴趣意書に基き被告人のため弁論を終つ
たものと認められるから、前述の理由により、(国選弁護人物色の経緯、最終日経
過後の国選事情を取り調べるまでもなく)所論原審の手続には刑訴三六条に違反し、
憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行使を妨げたところなく、論
旨は理由がないというべきである。
 裁判官小谷勝重の少数意見は次のとおりである。
 大法廷は昭和二五年(あ)第二一五三号、同二八年四月一日の判決(判例集七巻
四号七一七頁)において「……それゆえに必要的弁護事件については弁護人の国選
に刑訴二八九条によるものと、憲法三七条三項後段刑訴三六条によるものとの二つ
の場合があるのであつて、前者は純然たる刑訴法上の問題であり、後者は憲法問題
となるのである、従つてもし必要的弁護事件の控訴審において被告人が控訴趣意書
提出期間内に国選弁護人をして控訴趣意書を作成提出させることができるような適
当な時期に弁護人の選任を請求したにかかわらず、裁判所が故なくその選任を遅滞
し、控訴趣意書提出期間経過後にこれを選任し、為に弁護人をして控訴趣意書を提
出せしめる機会を失わしめたような場合は、被告人の憲法三七条三項によつて保障
された権利の行使を妨げたものとして憲法違反の問題を生ずるのであるが、被告人
がその責に帰すべき事由により控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を提出できるよ
うな適当な時期に弁護人選任の請求をしなかつたような場合は裁判所が控訴趣意書
提出期間経過後に弁護人を選任しても、毫も被告人の憲法上の権利の行使を妨げた
ものではないから憲法違反ということはできないのであつて、右のような場合に裁
判所は控訴趣意書提出最終日の指定替をして、弁護人に改めて控訴趣意書提出の機
会を与えなければならない憲法上の義務を負うものではない。」と判示した。
 本件原審における国選弁護人選任の経過は多数意見の冒頭判示(イ)乃至(ニ)
のとおりであつて、これを再掲すると、「記録によれば、原審は、(イ)昭和三一
年七月二五日、被告人に対し、同年八月二四日を控訴趣意書提出最終日と指定した
指定通知及び弁護人選任に関する照会通知をしたところ、(ロ)被告人は、右弁護
人選任に関する照会通知に対し、同年七月二八日「貧困」により国選弁護人を選任
ありたき旨請求をしたので、(ハ)原審は、右請求に対し国選弁護人を前示控訴趣
意書提出期間を経過した同年九月四日に至り選任し、(ニ)同年九月一八日の原審
第一回公判期日にその弁護人は出廷したが、被告人提出の控訴趣意書に基き弁論し
て結審となり、次いで同月二九日原判決が言渡された経過であることが認められる。」
と、いうのである。
 そうすると、本件原審の国選弁護人の選任手続は、前掲大法廷判例の趣旨によれ
ば、正に憲法三七条三項刑訴三六条に違反する違憲違法の措置であるといわなけれ
ばならない。
 多数意見は、かゝる場合、すなわち「およそ、裁判所が特段の理由なくして控訴
趣意書(以下単に趣意書という)提出最終日に接着し、またはこれを経過して国選
弁護人を選任する場合は、(A)裁判所は、刑訴規則二三六条に準じ、右最終日を
変更し改めて弁護人に趣意書提出の機会を与えるか、あるいは弁護人の必要とする
相当の期間内に弁護人から趣意書を提出するよう促し、刑訴規則二三八条に従つて
これを受理するか、いずれかの方法をとらなければならないと解すべきであるとと
もに、(B)弁護人においても、趣意書提出のため必要と認めるときは、裁判所に
右最終日の変更を請求し、または前記規則により趣意書の受理を請求することがで
きると解するを相当とする。」(以上(A)及び(B)の符号は私が付した)と判
示している。
 しからば裁判所は右(B)の弁護人の請求申出がなくても、裁判所自ら(A)の
措置を採るを要するものといわなければならない。しかるに本件原審は右(A)の
措置を採らなかつたことは根本において裁判所自ら違法を犯しているものといわな
ければならないのであり、既にこの点において原判決は前掲大法廷の判例の趣旨に
基き憲法三七条三項刑訴三六条各違反として当然破棄せらるべきものと信ずる。或
は多数意見はこの場合いわゆる「特段の理由」があるから以上(A)(B)何れの
措置を採らなくても破棄すべき場合でないという趣旨に解したのかも知れないが、
そのいわゆる「特段の理由」とは本件において如何なる理由を指すのか、判文上明
らかでない。
 次に多数意見は右に続いて「ところで職権をもつて原審における国選弁護人選任
の経過を調査してみると、原審は、前示のように昭和三一年七月二八日被告人から
弁護人選任の請求があつたので、遅滞なく同年八月一日附をもつて第二東京弁護士
会にその選定方を依頼したところ、同弁護士会においては指名して交渉した弁護士
に次々支障を生じたため著しく遅延し、ようやく同年九月一日に至り弁護士小林伴
培を選定したので、原審は同月四日同人を国選弁護人に選任したこと、そして同弁
護人は、原審刑事第四部に出頭し記録を閲覧した上、趣意書提出に関し原審に格別
の請求をすることなく公判期日に臨み、異議を止めず弁論を終結したことを認める
ことができる。」といい、更に右に続いた最後段において「以上のような経緯にか
んがみるときは、本件の場合、原審が弁護士会の右選定通知を待つことなく自ら進
んで適当な弁護士を選任せず、または選任弁護人に対し右最終日を変更し趣意書の
提出を促さなかつたからといつて、本件における原審の手続をもつて、直ちに裁判
所が刑訴三六条に違反し、憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行
使を妨げたというのは当らない(昭和二五年(あ)第二一五三号同二八年四月一日
大法廷判決、集七巻四号七一三頁参照)従つて論旨は採用することはできない。」
と判示している。
 多数意見の判示は、その判示全体について至極難解のものと考える。以下それ等
の点並びに私の意見の要点を述べる。
 (1)既述(A)の、裁判所の措置(刑訴規則二三六条の精神に従い控訴趣意書
最終提出日の指定替または刑訴規則二三八条による提出期間経過後の趣意書を適法
のものとして受理する措置)は一体如何になるのか、多数意見にはその点の判示が
少しもなされていないのみならず、同上(A)と(B)との関係如何についても何
等の解明がなされていないのである。
 (2)多数意見の「職権調査」とは、記録に編綴された、昭和三二年三月一四日
付、大法廷より、原審東京高等裁判所刑事第四部花輪裁判長宛の二、右小林弁護人
から、貴部に対し、控訴趣意書提出最終日の延期又は控訴趣意書提出に関し、口頭
をもつて何等かの申出があつたかどうか。
 もし右申出があつたとすれば、その申出の趣旨及び応答内容。との照会に対し、
同年同月一六日付花輪裁判長より大法廷宛二、右小林弁護人から当部に対し、控訴
趣意書提出最終日の延期又は、控訴趣意書提出に関し、口頭をもつて何等かの申出
があつたかどうか。
 右申出の事実はなかつた。と回答があつたこと、並びに昭和三二年三月一四日大
法廷より小林伴培弁護士宛二、右事件につき弁護人である貴殿から控訴趣意書を提
出されなかつた事情。との照会に対し、同年同月一八日付小林弁護士より大法廷宛
二、九月四日刑事四部に出頭書記官に申出て記録を閲覧する。既に被告本人から控
訴趣意書が提出されており、事実そのものには争なく只情状の点について弁護を為
すだけの事案であつた。そこで係書記官に控訴趣意書提出期日の点について裁判官
(裁判長が当日おられたのかどうか、その点明確でない)の意見をきいて頂いた、
返事は今から趣意書を出して貰つても困るから弁論の期日に本人の趣意を補足する
なら補足して貰つたらどうかという事であつた。
 当弁護士も事実に争なく情状の点だけの弁護であり、且又控訴趣意書の不提出に
は失権の効を附されておるとは言え実質的な弁護は控訴趣意書にあるのでなく飽迄
口頭弁論に於て為されるものであつてもし口頭弁論期日まで弁護を為すべき準備が
整わない時は延期等の方法もある事であるから、自己の準備の出来る以上、口頭弁
論の期日に於て補足するを以て足ると考へ国選弁護人としての選任を受け九月十八
日の期日には被告本人の控訴趣意を口頭を以て補足し弁護したものであります。と
の回答、を主として指称するものと考えられるのであるが、右摘録の如く花輪裁判
長と小林弁護士との各回答は主要点において全く喰い違つておるのである。果して
何れが真か、もし花輪裁判長の回答が真実とすれば、この場合原審は既掲多数意見
判示中の(A)の措置(期日の指定換、または期間経過後の趣意書を適法のものと
して受理する何れかの措置)を採らなかつた原判決はこの点において違法があつて
破棄せらるべきものであり、また小林弁護士の回答が真実ならば、同弁護人は既掲
(B)の請求を為さなかつたものであるが、右回答にも明らかなる如く、同弁護人
は事後審たる新刑訴の控訴審における控訴趣意書の重要性に関する認識について私
は甚だしく遺憾を感ずるものであり、恰かも覆審制時代の旧刑訴の構造に合致する
回答のように考えられる(同回答中の「……実質的な弁護は控訴趣意書にあるので
なく飽迄口頭弁論に於て為されるものであつて……」とある点及び刑訴三七六条、
三八四条、三九二条等参照)。すなわちそれ自体前掲多数意見判示の(B)の請求
(すなわち指定換の請求または期間経過後の適法受理の請求)を必要とする場合で
あること明白であるといわなければならない。決して多数意見判示の如き安易便宜
な説示は許されないものと考えられる。ひつきよう多数意見は右何れの回答を信じ
たのか不明であり、また小林弁護士の右回答を新刑訴の控訴審における国選弁護人
の弁護権の適正な行使として認容したものではないかとのそしりを免れ得ないもの
と考えられる。
 (3)多数意見は本点横田弁護人の憲法三七条刑訴三六条違憲違法の論旨を理由
なしとして棄却する旨判決し、その参照判例として冒頭に掲記した昭和二八年四月
一日の大法廷判決を引照しておる。しかし右判例は既掲摘録のとおり、本件の如き
場合は正に憲法三七条三項刑訴三六条に違反する違憲違法のものとする趣旨の判例
であることは判文上極めて明白であると私は考える。しかるに該判例を引照した多
数意見の判示たるやそもそも如何なる趣旨であろうか。
 (4)国選弁護人の選任に関し裁判所と弁護士会との協定事項の遵守せらるべき
ことそれ自体は極めて妥当のことである。しかし時にその協定事項の実施運営に支
障を生じた場合、その結果の不利益を責なき被告人に転嫁することは許されないも
のというべく、その運営の障碍によつて生じた不利益は正に裁判所において是正す
べきものであることはいうまでもないところである。そしてかかる場合は既掲大法
廷判決にいわゆる「故なくその選任を遅滞し」た場合に当ることは勿論のこととい
わなければならない。
 (5)私は本件の如き場合は弁護人の既掲(B)の如き請求の有無にかかわらず
裁判所は当然控訴趣意書提出最終日の変更、すなわち刑訴規則二三六条の精神に従
い、いわゆる「指定換」をなす義務を負うものと考えるのであつて、かくてはじめ
て適憲適法となるものと考える。指定換を為すともそのための訴訟の遅延は二一日
以上を出づるを要しないものであるから、敢て事件の迅速処理に支障ありとはいい
得ないばかりでなく、そもそも国選弁護の制度は基本的人権として憲法の保障する
ところである以上、これが保障の実を完うするように解釈運営されねばならないこ
とはいうまでもない。
 (6)多数意見の既掲(B)の如き、弁護人よりの指定換の請求または期間後の
趣意書の適法受理請求の如きは、自ら弁護権の行使に事実上制約を加える結果を招
来する恐れあるものであつて、かかる請求をまつて裁判所は許容して可なりとする
が如きは憲法の保障に背くものである。
 (7)またこの点仮りに多数意見に従うとしても右(B)の如き請求は控訴審に
おける弁護権の行使、すなわち先づ第一に控訴趣意書を作成するために必要なこと
である以上、弁護活動を今よりはじめんとするための前置事項であり、したがつて、
先づ記録を調べ被告人の控訴趣意書を調べて後右請求を為すが如きは、事の本末を
顛倒した所論と考える。
 (8)本件記録は一審だけで一〇冊千五百余丁に達し、一審認定の犯罪数は百数
十件に上る事案である。そして控訴理由は刑訴三七七条乃至三八三条所定の各理由
にわたるものであつて、そこには高度の法律上の専門的知識が要請されており、通
常、法律知識なき被告本人の控訴趣意が仮令量刑不当の主張だけであつたとしても、
一審裁判所の審理手続の当否、法律の解釈適用の適否、事実誤認の有無、証拠の適
法なりや否や、量刑不当の異なる観点からの主張等、等、およそ弁護士たる弁護人
として弁護権行使上の権義とその職責を遂行するには自ら道は別に在つて存するこ
と多言を要しないところである。
 (9)およそ刑訴法は弁護人に対し適正にして最善の防禦権を行使せしめるよう
に立法されておる筈であり、したがつて弁護権の行使と、弁護人の職責はそのよう
に解釈運営されるべきものであると考えられるのであつて、この事たる刑訴一条の
明文をまつまでもないであろう。
 (10)適法な控訴趣意書を作成提出しない弁護人が公判廷に出頭し、被告本人
提出の趣意書に基きこれを陳述するのでは、それを弁護人が如何に口頭で補足すれ
ばとて、これをもつては弁護権の正当完全な行使とはいいえないことはいうまでも
ない。このことは控訴趣意書をもつて主張されない事項は控訴審の適法なる義務判
断の対象とならないのみならず、更に右控訴審において控訴趣意書をもつて主張さ
れなかつた事項は上告審に至つても適法な上告理由とならないことの一事に徴して
も明々白々であつて、事は極めて重大なる影響を持つのである。要するに被告人提
出の趣意書を代読するが如きは実質的には弁護人が附されなかつたと同一である。
 (11)国選弁護人も私選弁護人も、その権義職責に差等はない。もし適法に控
訴趣意書を提出し得べき時期に選任された私選弁護人が、被告本人にのみ控訴趣意
書を作成提出せしめ、弁護人は公判廷に出頭して右に基き陳述しただけで、果して
正当適正な弁護の権義を尽したものといえるであろうか。
 以上により、横田弁護人の本件違憲違法の論旨は理由があり、原判決を破棄し事
件を原審へ差し戻すべきものと信ずる。
 裁判官河村又介、同池田克、同河村大助、同奥野健一の少数意見は次のとおりで
ある。
 多数意見の引用する昭和二五年(あ)第二一五三号、同二八年四月一日の大法廷
判決の趣旨とするところは、控訴審において被告人から貧困を理由として国選弁護
人の選任の請求があつた場合には、裁判所は遅滞なく国選弁護人を選任し、弁護人
をして控訴趣意書を提出する機会を失わしめないようにすべきであるが、被告人が
その責に帰すべき事由により控訴趣意書を提出できるような適当な時期に弁護人選
任請の求をしなかつたような場合には、裁判所は控訴趣意書提出最終日の指定替を
して弁護人に改めて控訴趣意書提出の機会を与えなければならない憲法上の義務を
負うものではない。とするにある。ところが本件原審における国選弁護人選任の経
過は多数意見の冒頭判示(イ)乃至(ニ)のとおりであつて、被告人は、原審にお
いて、弁護人選任に関する照会を受けると直ぐに、「貧困」を理由として国選弁護
人の選任を求める旨裁判所に請求したのであつて、もし遅滞なく国選弁護人が選任
されたならば、国選弁護人は優に控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を作成提出す
ることができた筈なのである。しかるに原審は控訴趣意書提出期間経過後に至つて
はじめて、被告人のため国選弁護人を選任したのであるから、その選任遅延の原因
が何処にあつたかを問うまでもなく、被告人の責に帰すべき事由によつて遅延した
ものでないことは明らかである。してみれば、前記大法廷の趣旨に徴すれば、原審
は、控訴趣意書提出最終日の指定替をするとか、或はその他適当の方法によつて国
選弁護人に改めて控訴趣意書作成提出の機会を与えるのでなければ、被告人に弁護
の権利を保障した憲法の精神にも反し、刑訴三六条の手続を忠実に履践したもので
あるということはできない。又本件記録人依頼に徴するも、又多数意見の挙示する
職権調査の結果によるも、被告人が右弁護を受ける権利を抛棄したものと解し得る
事実はこれを認めることはできない。果して以上のとおりとすれば、国選弁護人の
選任が被告人の責に帰することのできない事由によつて遅延した本件において、国
選弁護人に更に控訴趣意書提出の機会を与えなかつた原審の措置は、その訴訟手続
法令に違反するもので、その違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかであり原判決
は、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。よつて原判決を破棄
し本件を原裁判所に差戻すべきものと信ずる。
 検察官佐藤藤佐、同安平政吉出席
  昭和三二年六月一九日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛