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裁判例


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         主        文
1 本件控訴に基づき,原判決主文第1項から第3項までを取り消す。
2 上記の取消しに係る被控訴人Aの控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 本件控訴中,原判決主文第4項の取消しを求める部分を棄却する。
4 本件附帯控訴により拡張された被控訴人Aの請求を棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人労組と控訴人会社との間に生じた分
は,これを控訴人会社の負担とし,被控訴人Aと控訴人らとの間に生じた分は,こ
れを被控訴人Aの負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人労組
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人Aの請求を棄却する。
 (3) 本件附帯控訴を棄却する。
 2 控訴人会社
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人らの請求を棄却する。
 3 被控訴人A
 (1) 本件控訴を棄却する。
 (2)(当審での請求拡張に伴う附帯控訴の趣旨)
     控訴人労組は,被控訴人Aに対し,原判決認容額のほか,金2万859
0円及びこれに対する平成15年10月22日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
 4 被控訴人労組
本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要
 1本件は,控訴人会社の従業員である被控訴人Aが,平成13年5月15日付
で控訴人労組を脱退したとして,控訴人労組に対し,その組合員としての地位がな
いことの確認と,被控訴人Aの給与から差し引かれた組合費及びその中から積み立
てられていた罷業積立金の返還を求めるとともに,控訴人会社に対し,被控訴人A
の賃金から控訴人労組の組合費を控除することの差止めを求め,また,被控訴人A
が加入している被控訴人労組が,控訴人会社に対し,被控訴人Aの労働条件に関す
る事項につき,団体交渉を求める地位にあることの確認を求めたものである。
 これに対し,控訴人らは,控訴人労組の規約には,任意の脱退を認める規定がな
いから,被控訴人Aのなした脱退の意思表示(本件脱退の意思表示)は無効である
とか,被控訴人Aと被控訴人労組が以前に所属していたB労働組合とは,平成8年
5月24日,被控訴人Aの控訴人労組とB労働組合の二重加盟の問題につき,被控
訴人Aは,今後,控訴人労組以外の組合員であることを主張しないことを確約する
旨の合意(本件付随合意)をしているから,本件脱退の意思表示は,禁反言の原則
に違反して,無効であるなどとしてこれを争った。
 原判決は,被控訴人らの請求をいずれも認容した。これに対して控訴人らが不服
を申し立てたものである。
 2 以上のほかの事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理
由欄第2記載(2頁以下)のとおりであるから,これを引用する。
 (控訴人労組の当審における主張)
 (1) 本件の最大の争点は,被控訴人Aがなした平成13年5月15日付の控
訴人労組からの脱退届(本件脱退の意思表示)が有効か否かである。
 この点に関し,原判決は,被控訴人Aがサービス残業や職場内での作業帽着用の
運用,タイムカードの打刻時間等について不満を持つようになり,控訴人労組に対
し,質問状を出したり,必要な対応を求めたが,控訴人労組から納得できるような
対応がなされなかったと判示した。
 しかし,原判決は,これら被控訴人Aの不満の当否について,何らの法的評価を
加えることなく,そのような不満について,控訴人労組が十分な対応をしなかった
ことを理由とする本件脱退の意思表示を有効としたものであり,不当である。被控
訴人Aは,自己の職場でのわがままな要求のごり押しを真実の目的として,労働組
合からの脱退を控訴人らに対する恫喝手段として用い,控訴人労組の対応が十分で
あるにもかかわらず,これが不十分であるとの難癖を付けて,自分勝手な要求を実
現しようとしたものであり,本件脱退の意思表示は,権利の濫用である。
 (2) 被控訴人Aは,労使交渉においては本質的に解決不可能な事項につき,
労組が会社と交渉することを要求し,その要求が入れられなければ,労組から脱退
すると広言し,それによって労働組合を恫喝し,かつ,50有余年にわたって確立
されてきた会社・組合間の労使関係に重大な支障をきたしめることを示唆した。
 このように,被控訴人Aは,会社及び労組を困惑せしめて,その要求を通そうと
し,それが通らないときは,それを口実に労組を脱退するという意思表示をしたも
のであり,これは控訴人労組の団結権の侵害であるから,本件脱退の意思表示は無
効である。
 (3) 平成8年5月24日のC地方労働委員会(地労委)における和解協定
(地労委和解)当時,被控訴人Aは,控訴人労組を脱退しないことを約束してい
た。被控訴人Aが控訴人労組とB労働組合に二重加盟すること,すなわち,被控訴
人Aが控訴人労組を脱退しない義務を負担したことは,原審証人Dの証言からも明
らかである。
 上記二重加盟の約束,そして,控訴人会社が250万円を支払った目的は,究極
的には,被控訴人Aが控訴人労組を脱退しないという内容であった。それだからこ
そ,控訴人会社は,250万円という大金を払ったものであるし,被控訴人Aとし
ても,250万円を受領したからこそ,将来,控訴人労組から脱退しないという合
意をし,脱退届を取り下げたのである。
 したがって,被控訴人Aは,控訴人労組に対しては,組合脱退の自由を放棄した
ことに帰着し,それが250万円の対価であった。被控訴人Aの組合脱退の自由
は,B労働組合そして被控訴人労組に対する関係において存在する。B労働組合や
被控訴人労組がいかなる行動をとるとしても,被控訴人Aが控訴人労組から脱退し
ないことは変わらない。そうすると,本件脱退の意思表示は,上記の義務違反であ
り,無効である。
 (控訴人会社の当審における主張)
 (1) 原判決は,本件付随合意の存在を否定したが,誤りである。
 本件付随合意に関し,被控訴人Aと控訴人会社のE部長の間で直接話す機会が少
なかったことは事実であるが,E部長は,B労働組合のD副委員長に対し,適宜,
被控訴人Aの意思を確認することを依頼して,その意思確認を行っているし,被控
訴人A自身が地労委和解に記載のない平和条項に再々言及していることからも,被
控訴人Aが和解協定書に記載のない本件付随合意の成立を承知していたことは明ら
かである。
 本件付随合意についての資料がないのは,控訴人会社が長年にわたって労使の信
頼関係を培ってきた控訴人労組にとって,組合員の二重籍は到底受け入れ難いと思
われることから,この二重籍による解決は,控訴人労組を含め非公開にせざるを得
なかったことによるものである。
 (2) 本件付随合意は,地労委の労働者側委員から解決案として示された,B
労働組合は被控訴人Aから手を引くことについての交渉が難航する中で,苦肉の策
として考えられたものである。すなわち,被控訴人Aは,控訴人労組に復帰する
が,保険の意味でB労働組合の籍も非公開でそのままにし,結果として,二重加盟
とする。特段のことがなければ,B労働組合の籍は誰にも知らされず,外形上は,
控訴人労組だけの組合員となるわけだが,控訴人会社が被控訴人Aを職場で他の従
業員と差別するなどの不当な扱いをした場合には,保険であるB労働組合が名乗り
をあげ,被控訴人Aを守ることができる仕組みを残しておく。それによって,被控
訴人Aは,控訴人労組の組合員として振る舞うこと,B労働組合は,被控訴人Aを
自己の組合員として扱わないことになるが,控訴人会社が職場で被控訴人Aを不当
に扱うようなことがあれば,その制約は受けなくなるというわけである。
 この解決は,控訴人会社にとって,控訴人労組を含めて非公開にせざるを得ない
という意味で苦肉の策であり,被控訴人らにとっては,二重籍はあるものの,B労
働組合の籍を表面化させることができないという意味で苦肉の策である。単なる二
重籍で,B労働組合が表に出て日常的に労使関係を主張するというのでは,B労働
組合と控訴人労組との問題の解決には何の役にも立たず,控訴人会社にとっても,
解決金まで支払って和解する理由はない。
 (被控訴人らの当審における主張-附帯控訴の理由)
 (1) 被控訴人Aは,平成13年5月15日付の意思表示をもって,控訴人労
組から脱退し,控訴人会社に対し,同日付の通知をして,以後,被控訴人Aの給与
から控訴人労組の組合費及び罷業資金の引去り(本件チェックオフ)をしないよう
求めた。しかし,控訴人会社は,これを無視して,同年5月25日(給与の支給日
は毎月25日)以降も,本件チェックオフをしているが,これは法律上の原因のな
い違法,無効なものであり,不当利得に当たる。
 (2) 原判決は,平成15年3月までの本件チェックオフにかかる金員につ
き,控訴人労組に対する返還請求を認容し,また,控訴人会社に対する本件チェッ
クオフの差止め請求を認めた。しかし,控訴人会社は,なおこれを無視して同年4
月以降の被控訴人Aの給与から,本件チェックオフを続け,控訴人労組はこれを受
領している。
 本件チェックオフの金額は,同年4月については,月額4740円であり,同年
5月以降は,月額4770円であるから,同年4月から9月までの本件チェックオ
フにかかる金額の合計は,2万8590円である。
 被控訴人Aは,不当利得返還請求として,控訴人労組に対し,上記金員及び平成
15年10月22日(請求の趣旨拡張の書面が控訴人労組に送達された日の翌日)
から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第3 当裁判所の判断
1当裁判所は,被控訴人労組の控訴人会社に対する請求は理由があるが,被控
訴人Aの控訴人らに対する請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のと
おりである。
 (1) 本件の事実関係
     原判決事実及び理由欄第2の1の争いのない事実等(2頁以下)及び証
拠(甲1ないし32,42,43,46ないし50,乙1ないし3,丙3,4,原
審証人D,同E,当審での被控訴人A本人。書証については枝番を含む。)並びに
弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    ア 被控訴人Aは,平成元年4月1日,電気機械器具製造等の業務を目的
とする控訴人会社に入社し,そのF工場G部で勤務するようになった。控訴人労組
は,控訴人会社F工場に勤務する従業員で構成されている労働組合であり,被控訴
人Aは,同年7月1日の試用期間の満了とともに控訴人労組に加入した。控訴人会
社は,労働者の賃金から,控訴人労組の各組合員の組合費を控除して,これを一括
して控訴人労組に引き渡している(チェックオフ)。控訴人労組と控訴人会社との
間で締結されている労働協約には,ユニオン・ショップ条項及び唯一交渉団体条項
がある。
    イ 被控訴人Aは,控訴人会社F工場G部で,主にHグループという作業
単位グループに属していたが,サービス残業や職場内での作業帽着用の運用等につ
いて不満を持つようになり,直属の上司などに訴えたほか,平成7年1月ころか
ら,控訴人労組に対し質問状を出すなどしていた。控訴人労組は,被控訴人Aの苦
情の申入れに対し,調査のうえ,被控訴人Aと話し合いを持ったが,被控訴人Aの
納得が得られなかった。また,被控訴人Aは,同年3月,タイムカードの打刻時間
が始業直前であることについて上司から注意を受けたことに関し,それに対する対
応を控訴人労組に求めたが,控訴人労組から納得できる対応が得られなかった。
    ウ 上記のような経過で,被控訴人Aは,控訴人労組の対応に不満を持っ
たことから,平成7年9月末ころ,B労働組合に加入し,そのI支部に所属すると
ともに,同年10月3日に控訴人労組に対し,脱退届(甲7)を送付した。これに
対し,控訴人労組は,脱退届の受理を留保し,被控訴人Aに対し,脱退を思いとど
まるように説得を続けた。被控訴人Aの要請を受けて,B労働組合が控訴人会社に
対し,団体交渉の申入れをしたが,控訴人会社は,控訴人労組が被控訴人Aの脱退
届の受理を留保していることを理由に,B労働組合との団体交渉に応じられないと
の姿勢を示した。そこで,B労働組合は,同月16日,地労委に団交促進のあっせ
ん申請をした。
    エ 平成7年10月から11月にかけ,控訴人労組の担当者とB労働組合
のD副委員長との間で話し合いが持たれた。Dは,被控訴人Aの脱退を認めるよう
要求したが,控訴人労組の側では,被控訴人Aの脱退は認めず,控訴人会社に対
し,B労働組合の団交要求を受けないよう申し入れていることを伝えた。そこで,
B労働組合は,同年11月7日,上記のあっせん申請を取り下げ,団交拒否等を理
由に,不当労働行為の救済申立てを地労委に行った。また,B労働組合は,同月2
4日,控訴人会社において,フレックスタイム制についての残業代未払部分がある
ことや,控訴人労組の組合費が被控訴人Aの同意なくチェックオフされていること
などの違反があるとして,J労働基準監督署に是正の申告をした。
    オ 平成8年1月ころから,地労委の委員の了解のもとに,控訴人会社の
担当者とB労働組合のDが非公式の話し合いを持つようになった。B労働組合が,
被控訴人AをB労働組合の組合員と認めて団体交渉をすることなどを前提とする和
解案を提示したのに対し,控訴人会社は,控訴人労組とのユニオン・ショップ協定
の趣旨に反するとして,B労働組合の和解案には応じかねるという対応をとり,被
控訴人Aが控訴人労組から脱退した場合には,ユニオン・ショップ解雇もあり得る
ことを示した。
    カ その後,平成8年3月ころからは,地労委の委員も交えて交渉がなさ
れるようになった。同年4月24日には,被控訴人Aも含めて話し合いがなされ,
同年5月には数回にわたり,控訴人会社F工場のE部長とB労働組合のDが2人で
交渉した。その交渉においては,控訴人労組からの脱退の撤回を求める控訴人会社
の主張と,被控訴人Aが控訴人労組を脱退することを前提に,控訴人会社がB労働
組合の団体交渉に応じることを求める被控訴人A及びB労働組合の主張が対立して
交渉が難航した。
    キ 上記交渉の最大の問題は,被控訴人Aの所属労組の問題であったが,
交渉の結果,最終的に,被控訴人Aが控訴人労組に復帰するが,保険的な意味で,
B労働組合の籍もそのままにし,結果として,被控訴人Aは,控訴人労組とB労働
組合の双方に所属(二重加盟)すること,ただ,被控訴人AがB労働組合に所属す
ることは,非公開とし,控訴人労組にも明らかにしないこと,しかし,控訴人会社
が被控訴人Aを職場で不当に扱うなど,特段の事情があれば,B労働組合は,被控
訴人Aを自己の組合員として主張できるようにすること,そして,控訴人会社から
B労働組合に対し,和解金として250万円を支払うことで合意が成立し,その合
意に基づいて,解決が図られることになった。このような交渉の経緯及び合意の内
容は,被控訴人AもDから報告を受けるなどして,これを了承していた。
    ク 上記の経緯を経て,被控訴人A,B労働組合及び控訴人会社は,平成
8年5月24日,地労委において,本件の不当労働行為事件及びJ労働基準監督署
への申告事項に関して,次の要旨の和解協定(地労委和解)を締結した。
    (ア) 控訴人会社は,本件の不当労働行為事件や,労働基準監督署への
申告事項に関連し,また,被控訴人Aがなしたこれまでの言動等を理由に,被控訴
人Aに対し,処分又は不利益な取扱い等を行わず,今後も一般従業員同様に公平に
取り扱う。
    (イ) 控訴人会社は,本件の不当労働行為事件に関してB労働組合が要
した費用を,和解金として支払う。
    (ウ) B労働組合及び被控訴人Aは,本件の不当労働行為事件の申立て
を取り下げるとともに,J労働基準監督署への申告事項についても,本和解に伴
い,解消したものとして,今後,賃金請求等の再申告をしない。
    (エ) 控訴人会社とB労働組合は,本和解成立に伴い,今後とも互いの
立場を尊重し,誠意をもって友好関係を保持する。
    ケ B労働組合と控訴人会社は,地労委和解の締結と同時に,次の要旨の
覚書(本件覚書)を取り交わした。
    (ア) 控訴人会社は,B労働組合に対し,和解金として250万円を平
成8年5月末日を目途に支払う。
    (イ) B労働組合は,和解金支払確認後,すみやかに地労委申立てを取
り下げる。
    (ウ) 控訴人会社とB労働組合との間には,何らの債権債務がないこと
を確認する。
    コ 被控訴人Aは,B労働組合に交付された上記の和解金250万円のう
ち,200万円を受領し,控訴人労組からの脱退の意思表示を撤回して,平成8年
5月29日ころ,脱退届の返還を受けた。この間,被控訴人Aは,F工場のHグル
ープからKグループに配置転換されていたが,専門的技術が習得できず,出張を命
じられることもないために減収になったなどとして,その配置転換に不満を抱き,
地労委和解後も,Hグループに復帰できないことについて,控訴人労組に控訴人会
社との折衝を求めるなどしていた。また,B労働組合のDも,平成9年2月15
日,E部長に対し,被控訴人AのHグループへの復帰についての対応を求める書面
を送付した。結局,被控訴人Aは,同年10月6日,Hグループに復帰した。
    サ 被控訴人労組は,平成10年9月にB労働組合から脱退又は分裂して
結成されたものであり,同年10月2日にその設立登記がされた。被控訴人Aは,
被控訴人労組の結成時からその組合員となった。
    シ その後も,被控訴人Aは,自分だけ出張を割り当てられないとか,同
僚との賃金格差の問題等について,控訴人労組に対し,何度か苦情の申し出をした
が,それに対し,控訴人労組が十分な対応をしてくれないとして不満を抱いてい
た。平成12年8月から同年10月初旬まで,被控訴人Aと職場の上司,控訴人労
組の担当者との間で,被控訴人Aの不満について継続的に話し合いが持たれた。被
控訴人Aは,その最中の同年9月12日,控訴人労組に対し,脱退届を一旦提出す
るに至ったが,その後の話合いの中で,控訴人労組が脱退届の受理を留保すること
に同意した。
    ス 被控訴人Aは,平成13年3月26日,F工場の中で,G部からL部
に配転される旨の内示を受けたところ,それに対し,不満を持ち,控訴人労組に相
談した。しかし,その対応が不十分であるとして,被控訴人Aは,再度,控訴人労
組からの脱退届の受理を求めた。また,被控訴人労組も,同年4月6日,被控訴人
Aの労働条件の問題及びチェックオフの停止について,団体交渉申入書を提出し
た。これに対し,控訴人労組は,同月9日,控訴人会社に対し,チェックオフの継
続等を申し入れた。
    セ 控訴人労組の担当者と被控訴人労組の担当者は,平成13年4月13
日,被控訴人Aを交えて被控訴人Aの組合所属問題について協議し,とりあえず,
控訴人労組が控訴人会社と被控訴人Aの配転問題について話し合うことになった。
控訴人労組は,控訴人会社と交渉した結果,被控訴人Aの配転につき,控訴人会社
の回答に問題がないという結論に達したことから,被控訴人Aにその旨を伝えた。
これに対し,被控訴人Aは,不信感を抱き,同年5月15日,控訴人会社及び控訴
人労組に対し,被控訴人Aが控訴人労組を脱退したこと(本件脱退の意思表示)及
びチェックオフの中止を求める内容証明郵便を送付した。
 (2) 本件付随合意の存否について
    ア 上記(1)認定事実からすれば,本件では,被控訴人Aの控訴人組合
からの脱退をめぐり,その撤回を求める控訴人会社の主張と,被控訴人Aの控訴人
労組からの脱退を前提に,控訴人会社がB労働組合の団体交渉に応じることを求め
る被控訴人A及びB労働組合の主張とが対立して交渉が難航していた。控訴人労組
とユニオン・ショップ協定を締結していた控訴人会社は,被控訴人Aが控訴人労組
から脱退した場合は,ユニオン・ショップ解雇もありうるとの態度であり,当時,
被控訴人Aとしても,控訴人労組に復帰することは受け入れざるを得ない情勢であ
った。他方,被控訴人Aは,控訴人労組への対応に対する不満から,B労働組合に
加入したという経緯があり,今後も同様の問題が生じた場合には,再びB労働組合
の助力を得なければならないことが予測されたので,無条件にB労働組合から脱退
するということも考えられない状況であった。
    イ このように,本件の不当労働行為事件等の解決を図るうえで,被控訴
人Aの所属労組の点が最も重要な問題となっていたにもかかわらず,実際に成立し
た地労委和解においては,その点は触れられていないし,それとともに締結された
本件覚書においても同様である。しかし,その点の解決が何ら図られないままで,
本件の不当労働行為事件等を解決できなかったことは明らかであり,地労委和解の
前提として,被控訴人Aの労組の所属の問題については,何らかの合意が成立した
ものとみざるを得ない。
 そこで,その合意の内容がどのようなものであったのかについて検討すると,
原審証人Dも,控訴人会社との交渉の中で,B労働組合の立場につき,保険という
言葉が出たことを認めている。「保険」ということは,通常に事態が推移する限
り,すなわち,何らかの事故が発生しない以上,B労働組合の立場が顕在化しない
ことを意味するものと考えられる。そうすると,それはB労働組合が,被控訴人A
について,特段の事情のない限り,自己の組合員であると主張しないことを約束す
る趣旨の合意であると認めるのが相当である。
 そうすると,本件では,原審証人Eの供述する上記(1)キ認定のとおりの合
意,すなわち,被控訴人Aは控訴人労組に復帰するが,保険的な意味で,B労働組
合の籍もそのままにすること,ただ,被控訴人AがB労働組合の籍が残ることは,
非公開とし,控訴人労組にも明らかにしないが,控訴人会社が被控訴人Aを職場で
不当に扱うなど,特段の事情があれば,B労働組合は,被控訴人Aを自己の組合員
として主張できるようになるという合意(以下,このような内容の合意を「本件付
随合意」という。)が成立したものと認められる。
    ウ 本件付随合意において,B労働組合の被控訴人Aに対する立場はある
程度明確になっているのに対し,それが被控訴人Aの控訴人労組の所属との関係で
どのような意味を持つのかは必ずしも明確でない。
 しかし,本件付随合意は,被控訴人Aが一旦控訴人労組に提出した脱退届を撤回
するという前提で成立したものであるから,すぐに再び控訴人労組からの脱退等の
問題を生ずることが予測されていたとは考えられない。また,当時,控訴人労組と
ユニオン・ショップ協定を締結していた控訴人会社は,被控訴人Aが控訴人労組か
ら脱退した場合は,ユニオン・ショップ解雇もありうるとの態度であり,本件付随
合意は,このような情勢を踏まえて成立したものである。そして,このようなユニ
オン・ショップ解雇をめぐる状況は,本件付随合意が成立したのちも,基本的に変
わりはなかった。このような一連の経緯を踏まえて本件付随合意の内容を合理的に
解釈すれば,それは,被控訴人Aが,控訴人労組に所属し続けることをその内容と
するものと解される。
 なお,このように解すると,被控訴人Aは,控訴人労組とB労働組合及び被控訴
人労組の二重の保護を受けられることになる反面,控訴人労組への所属を義務付け
られ,組合費も二重に徴収され続けるという不利益を生ずることになる。しかし,
本件においては,本件付随合意とそれに基づく地労委和解及び本件覚書の締結に際
し,250万円という解決金が授受され,そのかなりの部分は,被控訴人Aに交付
されている。これは,このような被控訴人Aの受ける不利益を含めて補償する趣旨
のものと解することができるのであるから,この点も,本件付随合意の上記のよう
な解釈についての妨げとなるものではない。
 (3) 控訴人労組からの脱退の許否について
    ア 上記のようにみてくると,本件付随合意によって,被控訴人Aは,控
訴人労組に所属することを義務付けられるというべきであるから,被控訴人Aが平
成13年5月15日付でした控訴人組合からの脱退の意思表示は,その合意に反す
るものであり,効力を生じないというべきである。
    イ もっとも,組合への脱退及び加入は,原則として組合員の自由意思に
委ねられることなどからすれば,本件付随合意が被控訴人Aに対し,控訴人労組へ
の所属を義務付けるといっても,控訴人労組が,被控訴人Aを他の組合員と差別扱
いをするなど,客観的にみて,被控訴人Aとの信頼関係を著しく損ねるような行為
をしたような場合には,本件付随合意の効力は及ばず,控訴人組合を脱退すること
ができるとの考え方も成り立ち得ないではない。
 そして,上記(1)認定事実からすれば,地労委和解後も,被控訴人Aは,出張
の問題や賃金格差等について,控訴人労組が十分な対応をしてくれないとして,不
満を持っていたこと,そして,平成13年に入ってからは,G部からL部への配転
をめぐる控訴人労組への対応に不信感を抱き,控訴人労組の脱退届を提出したこと
などの事情が認められる。
 しかし,証拠(乙1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人労組が被控訴
人Aの種々の要求に対し,労働組合として本来なすべき対応をしなかったとは認め
難いし,被控訴人Aを他の組合員と差別扱いをするなど,客観的にみて,その信頼
関係を損ねるような行為に及んだともいえない。本件で,被控訴人Aが控訴人労組
に訴えていた内容は,主に控訴人会社の自己に対する処遇についての種々の不平,
不満であるが(当審における被控訴人Aの供述),それらは内容的にみて,労使交
渉等の労働組合を通じての解決は困難な事柄であったと認められる。それが被控訴
人Aの希望どおりにならなかったとしても,それについて,控訴人労組の側に何ら
かの対応上の不手際や責に帰すべき事情があったとは認め難い。
 そうすると,上記のような考え方をとったしても,本件では,被控訴人Aの控訴
人労組からの脱退を認めるべきであるとはいえない。
    ウ そうすると,いずれにせよ,被控訴人Aの本件脱退の意思表示は,そ
の効力を生じないというべきであるから,同被控訴人の控訴人らに対する請求は,
その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
 (4) 被控訴人労組の請求について
    ア 上記(1)認定のように,被控訴人Aは,被控訴人労組の組合員であ
るから,被控訴人労組は,労働組合法7条2号により,被控訴人Aの労働条件につ
いて,控訴人会社に対し,団体交渉を求める地位にあり,控訴人会社は,団体交渉
に応じる法律的地位にあると解するのが相当である。
    イ 本件付随合意の成立が認められること,本件付随合意においては,控
訴人会社が被控訴人Aを職場で不当に扱うなどの特段の事情が生じない限り,B労
働組合は,控訴人会社に対し,被控訴人Aが自己の組合員であることを主張して,
団体交渉等を求めることができないとされていたことは,上記(2)のとおりであ
る。
 しかし,上記のような不当な扱いが存在したか否かを被控訴人組合が客観的な立
場で判定することは極めて困難なのであるから,上記の本件付随合意の趣旨は,結
局,被控訴人Aから被控訴人労組にそのような趣旨の訴えがあった場合には,被控
訴人労組がそれに基づき,控訴人会社に対し,被控訴人Aの労働条件等について,
団体交渉を求めることを認める趣旨のものと解するのが相当である。
 そして,被控訴人Aが控訴人会社による差別的取扱い等の存在等を被控訴人労組
に訴えていたことは明らかであるから(弁論の全趣旨),結局,本件付随合意の存
在も,上記アの判断の妨げとなるものではない。
    ウ そうすると,被控訴人労組の控訴人会社に対する請求は理由がある。
 2 結論
   したがって,被控訴人労組の控訴人会社に対する請求は理由があるが,被控
訴人Aの控訴人らに対する請求は理由がないから,本件控訴に基づき,原判決中,
被控訴人Aの請求を認容した部分である主文第1項から第3項までを取り消して,
上記取消しに係る被控訴人Aの控訴人らに対する請求を棄却し,本件控訴中,被控
訴人労組の控訴人会社に対する請求を認容した原判決主文第4項の取消しを求める
部分を棄却し,また,本件附帯控訴により拡張された被控訴人Aの請求は理由がな
いから,これを棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
 (口頭弁論終結の日 平成16年2月10日)
   東京高等裁判所第19民事部
     裁判長裁判官    淺  生  重  機
         裁判官    及  川  憲  夫
         裁判官    竹  田  光  広

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