弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成17年(行ケ)第10034号 審決取消請求事件(平成17年6月20日口
頭弁論終結)
          判決
 原     告  エルジー・エレクトロニクス・インコーポレーテッド 
 訴訟代理人弁護士深井俊至
同横井康真
同   弁理士中西基晴
被告   特許庁長官 小川洋
指定代理人   赤穂隆雄
同久保田健
同須原宏光
同小曳満昭
同宮下正之
          主文
      原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
 事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2002-16288号事件について平成16年6月25日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いがない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  (1) 訴外インタランド・コーポレーション(以下「訴外会社」という。)は,
昭和62年10月3日に出願された特願昭62-250562号〔優先権主張・1
986年(昭和61年)10月3日(以下「本件優先日」という),米国〕の一部
を分割して,平成11年6月18日,新たな特許出願(特願平11-173202
号)をし,さらに,特願平11-173202号の一部を分割して,同年7月19
日,発明の名称を「一体化したマルチ・ディスプレイ型のオーバーレイ制御式通信
ワークステーション」とする発明につき新たな特許出願(特願平11-20456
9号。以下「本件出願」という。)をした。
    訴外会社は,平成13年10月15日付け手続補正書及び平成14年5月
9日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細書の補正をしたが,特
許庁は,同年5月24日,本件出願につき,拒絶査定をした。
  (2) 訴外会社は,平成14年8月26日,上記拒絶査定を不服として,本件審
判の請求をし,同請求は,不服2002-16288号事件として特許庁に係属し
た。
    同事件の係属中,原告は,訴外会社から複数の会社を経由して,本件出願
に関し特許を受ける権利の譲渡を受け,平成15年2月20日付け出願人名義変更
届をもって,特許庁長官にその旨の届出をし,本件出願につき出願人の地位を承継
した。
  (3) 原告は,平成15年10月10日付け手続補正書により,本件出願の願書
に添付された明細書の補正をしたが,特許庁は,平成16年6月25日,「本件審
判の請求は,成り立たない。」とする審決をし,その謄本は,同年7月9日に原告
に送達された。
2 平成15年10月10日付け手続補正書により補正された明細書(甲1ない
し4。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件請
求項1」という。)に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
【請求項1】 装置であって,イメージを表示するためのディスプレイであっ
て,ネットワークから受けるイメージ情報を表示することができる,前記のディス
プレイと,
   前記ネットワークに結合された通信ユニットであって,イメージ情報を前記
ネットワークとの間で送受し,また前記ネットワークに結合したイメージ処理シス
テムからのイメージ情報を受けることができる,前記の通信ユニットと,
   該通信ユニットを制御するための制御ユニットであって,該制御ユニット
が,中央処理ユニットと区分メモリ・システムとを含み,該メモリ・システムが,
複数の共通および個人的なイメージをそれぞれ記憶するための共通作業空間メモリ
と個人作業空間メモリを含み,また前記装置は,前記ネットワークに結合した前記
イメージ処理システムが前記装置の前記共通作業空間メモリをアクセスできるよう
に制御され,また,前記装置は,前記イメージ処理システムが該装置の前記個人作
業空間メモリをアクセスすることができないように制御され,前記装置の前記個人
作業空間メモリが,前記イメージ処理システムでは見ることができないが前記装置
によって見ることができる1つ以上の個人的イメージを含む,前記の制御ユニット
と,を備え,
   前記装置の前記中央処理ユニットの制御の下で,前記装置は,前記装置およ
び前記イメージ処理システムにおける共通表示のために前記ネットワークに通信さ
れる共通イメージ情報を表示するように制御され,前記共通イメージは,前記装置
によって編集され,該編集された共通イメージ情報は,前記装置および前記イメー
ジ処理システムにおいて共通表示のために前記ネットワークに通信され,
   また,前記装置が,前記制御ユニットに結合されており,低電力モードで動
作することができる電源であって,前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで
動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し
通信できるようになった,前記の電源,を備えること,を特徴とする装置
 3 審決の理由
  (1) 審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,本願
発明は,特開昭60-1987号公報(甲6。以下「引用例1」という。)及び特
開昭61-21668号公報(甲7。以下「引用例2」という。)に記載された発
明(以下,引用例1に記載された発明を「引用発明1」と,引用例2に記載された
発明を「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というもの
である。
  (2) なお,審決が認定した,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点は,
それぞれ次のとおりである。
   ア 一致点
     「装置であって,イメージを表示するためのディスプレイであって,ネ
ットワークから受けるイメージ情報を表示することができる,前記のディスプレイ
と,前記ネットワークに結合された通信ユニットであって,イメージ情報を前記ネ
ットワークとの間で送受し,また前記ネットワークに結合したイメージ処理システ
ムからのイメージ情報を受けることができる,前記の通信ユニットと,該通信ユニ
ットを制御するための制御ユニットであって,該制御ユニットが,中央処理ユニッ
トと区分メモリ・システムとからなるメモリ・システムとを含み,該メモリ・シス
テムが,共通および個人的なイメージをそれぞれ記憶するための共通作業空間メモ
リと個人作業空間メモリを含み,また前記装置は,前記ネットワークに結合した前
記イメージ処理システムが前記装置の前記共通作業空間メモリをアクセスできるよ
うに制御され,また,前記装置は,前記イメージ処理システムが該装置の前記個人
作業空間メモリをアクセスできないように制御され,前記装置の個人作業空間メモ
リが,前記イメージ処理システムでは見ることができないが前記装置によって見る
ことがことができる1つ以上の個人的イメージを含む,前記の制御ユニットと,を
備え,前記装置の前記中央処理ユニットの制御の下で,前記装置は,前記装置およ
び前記イメージ処理システムにおける共通表示のために前記ネットワークに通信さ
れる共通イメージ情報を表示するように制御され,前記共通イメージは,前記装置
によって編集され,該編集された共通イメージ情報は,前記装置および前記イメー
ジ処理システムにおいて共通表示のために前記ネットワークに通信され,また,前
記装置が,電源の供給を受けて動作状態となる装置。」である点
 イ 相違点
    (ア) 相違点1
      「本願発明では,『複数』の『共通および個人的なイメージ』をそれ
ぞれ『記憶』するための『共通作業空間メモリ』と『個人作業空間メモリ』とで
『メモリ・システム』が構成されているのに対して,引用例1記載発明(注,引用
発明1)では,『コモンディスプレイ用画像メモリ(18)』と『ワークディスプ
レイ用画像メモリ(19)』とに『記憶』される『共通および個人的な静止画像』
が複数であるか否か明記されていない点。」
    (イ) 相違点2
      「本願発明では,『制御ユニット』に結合されている『電源』が『低
電力モード』で動作することができる『電源』であって,『通信ユニット』は,該
『電源』が『低電力モード』で動作している間,『ネットワーク』上の『通信』を
『モニタ』しまた『遠隔のシステム』に対し通信できるようになっているにのに対
して,引用例1記載発明(注,引用発明1)では,画像処理システムの電源が低電
力モードで動作することについて明記されていない点。」
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,相違点2についての判断を誤ったものであり(取消事由),その誤
りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消される
べきである。
 1 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤り
  (1) 本願発明における低電力モードでの通信について
    審決は,本願発明の「該電源が低電力モードで動作している間,前記ネッ
トワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」
という構成について,「スタンバイ時には,該呼出信号検出回路及び応答(例え
ば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部にのみ電源を供給しておき,呼
出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例えば,ACK信号)を返すよう
にして,本願発明のように構成する」(審決謄本8頁第3段落)として,通信され
るのはACK信号程度の応答信号であると認定したが,本願発明において,遠隔の
システムに対して通信されているのはイメージ情報であるから,上記認定は誤りで
ある。
    本願発明において遠隔のシステムに対して通信されているのがイメージ情
報であることは,以下に述べるとおり,本件請求項1及び本件明細書の発明の詳細
な説明の記載から明らかである。
   ア 本件請求項1においては,第2段落に通信ユニットの説明があり,該通
信ユニットは,「イメージ情報を前記ネットワークとの間で送受」し,「また前記
ネットワークに結合したイメージ処理システムからのイメージ情報を受けることが
できる」と記載されており,この記載を受けて,最終段落には,「前記通信ユニッ
トは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニ
タしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」と記載されている。最終
段落の「前記通信ユニット」は第2段落に説明された「通信ユニット」を前提とす
るものであるから,最終段落の「前記通信ユニット」で通信できるものは,イメー
ジ情報であるというべきである。
また,本件請求項1の第4段落では,「前記装置は・・・前記ネットワ
ークに通信される共通イメージ情報を表示するように制御され,」,「該編集され
た共通イメージ情報は,前記装置および前記イメージ処理システムにおいて共通表
示のために前記ネットワークに通信され,」と記載され,その後,最終段落で「前
記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようにな
った」と記載されているのであるから,第4段落との対比でも,最終段落にいう
「通信できる」ものがイメージ情報であることは容易に理解できる。
   イ さらに,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明にも,「本発明は,電
子イメージを作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,伝送し,
また別の方法で通信するユーザーの能力を最大にする」(段落【0001】),
「本発明の目的は,改良したシステムを提供することにより従来の上述の制限を克
服することであり,電子イメージを容易に捕捉し,作り,操作し,注釈を施し,複
写し,ファイルし,伝送し,また別の方法で通信するユーザの能力を最大にする改
良システムを提供することである。」(段落【0013】)と記載されている。こ
れらの記載からすれば,本願発明は,「電子イメージ」を作り,伝送し,通信など
するユーザの能力を最大にする改良システムの提供を目的とするものであり,ネッ
トワーク上で通信するものとして念頭に置かれているものが,イメージ情報(電子
イメージ)であることは明らかである。
(2) 審決は,本願発明における低電力モードでの通信について,通信されるの
はACK信号程度の応答信号であるとの認定に基づいて,本願発明の相違点2に係
る構成は,当業者が容易に想到し得ることであるとしたが,この判断は,上記のと
おり,本願発明についての誤った認定に基づくものであり,誤りである。
 2 引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過
  (1) 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤り
    審決は,相違点2についての判断において,「データ伝送装置の節電を図
るために,スタンバイ時(待ち受け受信時)には,呼出信号検出回路にのみ電源を
供給して伝送路上に遠隔システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否か
をモニターし,呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にして,データ通
信に必要な各回路部に電源を供給して上記遠隔システムとの通信を可能にするデー
タ伝送装置は,引用例2に記載されているように従来周知の技術事項であり」(審
決謄本8頁第3段落)と認定したが,この認定がまず誤りである。
    引用例2(甲7)の「(b)従来技術とその欠点」の欄には,「データ伝
送装置は電話回線を用いてデータを伝送する装置であるが,スタンバイ状態におい
ても他の装置からのデータ伝送に備えて受信装置は常時動作状態にしておかなけれ
ばならない。従来は,第3図にそのブロック図を示すようにネットワーク制御装置
10,モデム装置11にはAC電源が,伝送制御装置12には補助電源が常時供給
されていた。そのためスタンバイ時の電力消費も多く補助電源の電力容量も大きく
せねばならず,ネットワーク制御装置10,モデム装置11等は常時作動している
ため耐用期間も短くなるという欠点があった。」(1頁右下欄4行目~15行目)
と記載されている。
    引用発明2の出願日は昭和59年7月9日であり,出願公開日は昭和61
年1月30日である。上記従来技術の説明や,引用発明2の内容が,補助電源は呼
出信号検出回路のみに電源を供給し,呼出信号検出回路63が他の装置からの呼出
信号を検出すると呼出信号CIを発信するとともに補助電源2に主電源1をオンさ
せる,というものであることからも分かるように,本願発明の本件優先日である昭
和61年10月3日当時は,補助電源は呼出信号検出回路のみに電源を供給し,呼
出信号検出回路63が他の装置からの呼出信号を検出すると呼出信号CIを発信す
るとともに補助電源2に主電源1をオンさせる,との技術的思想は,周知というに
はほど遠く,ようやく,引用例2によって昭和61年1月に開示されたというの
が,正しい流れである。
    すなわち,それ以前には,データ伝送装置の分野においては,受信装置も
常時動作状態にしておかなければならない,との固定観念があったのである。引用
発明2は,ようやく,この固定観念から一歩進んで,呼出信号検出回路が他の装置
からの呼出信号を検出するまでは,補助電源は呼出信号検出回路のみに電源を供給
することとし,呼出信号の検出によって主電源をオンする構成を採用したものであ
る。
(2) 適用の困難性
 引用例1(甲6)には,「第1図においては1は電子交換機(原告注:電
話交換機の誤記である。)であり4つの地点2a,2b,2c,2dを伝送路3で
結んでグラフィック会議を行なう形態を示している。4つの地点2a,2b,2
c,2dは画像用伝送路と加入者線によって結ばれている。音声については電話交
換網の加入者線4に接続され,交換機は4つの地点音声を加え合せて電話会議のた
めの交換を行なう。」(2頁左下欄13行目~20行目),「すでに各地点のコモ
ンディスプレイに画像が表示されているとき,・・・各地点のコントローラは伝送
路からコモンディスプレイ修正,加筆情報を受信するとコモンディスプレイの表示
内容を修正加筆する。」(4頁右上欄3行目~10行目)と記載されている。
 上記の記載から明らかなように,引用発明1は,各地点の全コンピュータ
のすべての要素がオン状態であることを大前提とし,各地点に各コンピュータを操
作する操作者がおり,音声と画像のやり取りを含め,遠隔地間でリアルタイムで会
議ができるということを特徴とする発明である。引用発明1には,一部コンピュー
タが単に他のコンピュータからの信号を受けるまでは,当該信号受信回路のみに電
力を供給して,待機状態にしておくという,引用発明2に開示された技術的思想は
全くない上,そのような技術的思想は,すべての要素をオン状態にして,遠隔地間
でリアルタイムで会議をするという,引用発明1に開示された技術的思想と相いれ
ないものである。
 引用発明1は,一部コンピュータを待機状態にしておくという,引用発明
2に開示された技術的思想とは全く相いれない構成を採用しているから,当業者に
おいて,引用発明1に引用発明2を適用し,引用発明1の一部コンピュータを待機
状態にする構成とすることは,容易に想到し得たことではない。
 したがって,引用発明1に引用発明2を適用し得ることを前提とする,相
違点2ついての審決の判断は誤りである。
 3 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過
  (1) 審決は,「スタンバイ時(待ち受け受信時)に自局に呼出信号を送信した
遠隔システムに対して必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すよう
に構成することは当業者がその必要に応じて適宜為し得る事項に過ぎない」(審決
謄本8頁第3段落)としたが,以下に述べるとおり,この判断は誤りである。
    引用発明1に引用発明2を適用するということ自体,当業者が容易に想到
し得たといえないことは,上記2(2)のとおりであるが,仮に,これが可能であった
としても,得られる構成はせいぜい,引用発明1の各コンピュータに呼出信号検出
回路を設け,呼出信号が検出されたら,全要素をオン状態にして通信するという構
成でしかあり得ない。
    上記2(1)のとおり,引用発明2に至って,ようやく,全要素をオン状態に
するという従来の固定観念から一歩進んで,呼出信号が検出されるまでは待機状態
にして,呼出信号の検出によって,全要素をオン状態にするという技術的思想が生
まれたのである。呼出信号の検出があっても,なお全要素をオン状態にせず,通信
をするという技術的思想は,ここから更に進んだものであり,その着想自体,当業
者が容易に考え付くというものではない。引用発明1に引用発明2を適用して,実
際には公知例がない,「引用発明1の各コンピュータに呼出検出回路を設け,呼出
信号が検出されるまでは待機状態にし,呼出信号が検出されたら全要素をオン状態
にして通信をする」という構成を頭の中で想定し,更にそこから進んで,呼出信号
が検出されてもなお全要素をオン状態にせず,低電力モードで通信をする,という
構成を想到することが容易でないことは明らかである。
    このことは,審決において,相違点2に係る技術事項ないしそれに類似す
る技術事項について記載された文献等を一切挙げていないことからも明らかであ
る。
(2) 被告は,乙1(特開昭56-89153号公報),乙2(特開昭58-7
8218号公報),乙3(特開昭59-195738号公報)及び乙4(特開昭6
1-120550号公報)の各文献(以下,各文献を「乙1文献」などという。)
を提出して,相違点2に係る本願発明の構成が周知技術である旨主張するが,以下
のとおり,上記各文献は,本願発明に係る上記構成が周知技術であることを何ら根
拠付ける証拠ではないし,また,その立証趣旨からして,本訴において,提出が許
されるものでもない。
ア 乙1文献ないし乙4文献の内容
    (ア) 乙1文献に記載された技術は,引用例2に記載されている技術と同
様,スタンバイ時には,呼出信号検出回路にのみ電源を供給して,伝送路上に遠隔
システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否かをモニターし,呼出信号
を受信したときには,主電源をオンにして,データ通信に必要な各回路部に電源を
供給して,上記遠隔システムとの通信を可能にするという技術にすぎない。
    (イ) 乙2文献に記載された技術は,通信を制御する装置とそれ以外の装
置とで別の電源を用いており,本願発明のように,低電力モードで動作可能な一つ
の電源で,通信ユニットのみに電源を供給する低電力モードとその他の部分にも電
源を供給する通常状態を作り出すものではない。  また,仮に,乙2文献に記載
の技術が,本願発明におけるのと同様,低電力モードを有するものとみることがで
きるとしても,その技術では,低電力モードにおいてデータを受信するのみである
から,この点においても,低電力モードでデータの送信まで行う,相違点2に係る
本願発明の構成とは全く異なるものである。
 (ウ) 乙3文献に記載された技術においては,電源ユニット1により常時
電力がシステム制御部に供給され,通信制御部及びシステム制御部以外の部分につ
いては,システム制御部からの指令により,電源ユニット1以外のもう一つの電源
ユニットをオン状態にすることによって,電力を供給している。
   すなわち,乙3文献記載の技術では,電源に低電力モードと通常モー
ドがあるわけではなく,乙2文献に記載の技術と同様に,二つの電源を備えて,シ
ステム制御部からの指令により,その一方をオン,オフとなるように切り替えてい
るにすぎない。
 (エ) 乙4文献に記載された技術も,乙2文献,乙3文献に記載の技術と
同様の発想に基づき,二つの電源を備え,一方の電源からの電力供給状態と,他方
の電源からの電力供給状態を作り出しているにすぎず,そこには,電源に低電力モ
ードと通常モードを持たせるという技術的思想は全くない。
   また,仮に,乙4文献に記載の技術が,本願発明におけるのと同様,
低電力モードを有するものということができるとしても,その技術において,低電
力モードで送信している情報は,「ホストコンピュータからの呼掛けに対して応答
ができる」(2頁右下欄18行目~19行目)との記載からも明らかなとおり,単
なる応答信号にすぎない。したがって,この点においても,低電力モードでデータ
の送信まで行う,相違点2に係る本願発明の構成とは全く異なるものである。
イ 特許無効の抗告審判の審決取消訴訟においては,「審判の手続において
審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又
はこれを適法とする理由として主張することができない」というのが判例であり
(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁),この判例の
射程は,拒絶査定不服審判に対する審決取消訴訟にも及ぶものである。
 乙1文献ないし乙4文献の提出は,周知技術の立証のためのものではな
く,単に,本件優先日以前の公知技術の立証のためのものにすぎないから,本訴に
おいて,それらを提出することは許されない。
(3)引用発明1は,通信を利用して遠隔地間で会議をするためのシステムであ
るところ,遠隔地との会議をするに当たって,通信部以外の部分であるディスプレ
イやスピーカー等に電力を供給しないという状態は,もはや会議と呼べる状態では
なく,引用発明1において全く想定できないものである。したがって,引用発明1
に,乙1文献ないし乙4文献に開示されたスタンバイモード等の低電力化の技術を
採用することは極めて困難というべきである。
第4 被告の反論
  相違点2についての審決の判断は相当であり,審決に原告主張の取消事由は
存在しない。
 1 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤りについて
(1) 原告は,審決の判断は,本願発明についての誤った認定に基づくものであ
り,誤りである旨主張するところ,この主張は,本願発明における低電力モードで
の遠隔のシステムに対する通信がイメージ情報の通信であることを前提にしてい
る。
    しかしながら,以下に述べるとおり,本願発明をそのように限定して解釈
すべき理由はないから,原告の上記主張は,その前提において失当である。
  (2) 本件請求項1には,「該電源が低電力モードで動作している間」における
「通信ユニット」の動作については,「前記ネットワーク上の通信をモニタしまた
遠隔のシステムに対し通信できるようになった」との記載があるのみであり,通信
できる対象がイメージ情報であることについては,何ら記載がない。
    すなわち,本件請求項1の「イメージ情報を前記ネットワークとの間で送
受し」,「ネットワークに通信される共通イメージ情報を表示する」とは,本件請
求項1記載の文脈から明らかなように,いずれも,低電力モードではない通常の動
作モード時の動作態様を表現したものであり,低電力モード時の動作を表現したも
のではない。
    また,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明中,「本発明は,電子イメ
ージを作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,伝送し,また別
の方法で通信するユーザの能力を最大にする」(段落【0001】)との記載も,
同記載中の「作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,」とある
部分に照らしてみれば,低電力モード時に通信される情報を開示しているのではな
いことが,明らかである。さらに,上記記載中の「別の方法で通信する」ことが,
低電力モード時の通信方法を示唆しているものでないことも自明である。
    上記発明の詳細な説明には,低電力モード時の動作について,唯一,「電
源14は,スタンバイ(またはスリープ・モード)低電力モードを有しており,こ
のモードにより,ワークステーション1は,電話回線109及びデジタル・ネット
ワーク117の如き通信ラインをモニタし,そして正常の“オン”状態の時よりも
少ない電力を消費するが全ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答することが可能
となる。」(段落【0050】)との記載があるが,ここにもイメージ情報に関す
る言及はなく,単に「遠隔要求に応答する」と記載されているにすぎない。したが
って,この記載も,本願発明における低電力モードでの遠隔のシステムに対する通
信を,イメージ情報の通信に限定して解釈すべきことの根拠にはならない。なお,
上記記載中における,「正常の“オン”状態の時よりも少ない電力を消費するが全
ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答することが可能となる。」は,本件出願の
優先権主張の基礎である米国特許出願(出願日・1986年10月3日,出願番号
914,924)の明細書(乙5)の対応部分の誤訳であり,それは,「遠隔要求に
応答可能であるが,全ての要素が活性な正常の“オン”状態の時よりも少ない電力
しか消費しない」といった程度の趣旨で書かれた記載であると考えられる。
 他に,本件明細書には,本願発明における低電力モードでの遠隔のシステ
ムに対する通信を,イメージ情報の通信に限定して解釈すべきことの根拠となる記
載はない。
(3) なお,本願発明において,低電力モードで通信するものもイメージ情報で
あると解したとしても,そのような構成も,当業者において本件優先日当時の周知
技術から容易に想到し得るものにすぎないから,相違点2の克服が容易であるとし
た審決の判断に誤りがないことには,変わりがない。
    すなわち,乙2文献ないし乙4文献に示されるように,いわゆる低電力モ
ードにおいても,通信機能については,通常時と同様の機能を確保するという技術
は周知であったのであり,そのような周知技術を,通常時においてイメージ情報の
通信を行う引用発明1に採用すれば,低電力モードにおいてもイメージ情報を通信
する構成が実現されることは明らかであるところ,当業者において,そのような周
知技術を採用できない理由はない。
 2引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過について
(1) 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤りについて
 審決が引用例2により認定した周知の技術事項は,乙1文献にも開示され
ているものであり,その認定に誤りはない。
 なお,審決は,「呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にし
て,データ通信に必要な各回路部に電源を供給」(審決謄本8頁第3段落)する点
を含めて周知の技術事項を認定したが,本件優先日当時,その点が周知であったか
否かは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。審決は,相違点2に係る本願発
明の構成,すなわち,「低電力モードで動作することができる電源であって,前記
通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の
通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった,前記の電源」
という構成(以下「構成B」と呼ぶ。)が容易想到であると判断したものであるか
ら,本件において問題となるのは,本件優先日当時,構成Bの容易想到性を根拠付
ける周知技術が存在したか否かである。この観点からみると,乙1文献ないし乙4
文献の記載によれば,本件優先日当時,引用発明1と同じ電子通信の技術分野にお
いて,本願発明における低電力モードに相当するモードを設けることにより,消費
電力の節減を図ること自体が周知であったことは明らかである。また,乙2文献な
いし乙4文献によれば,本件優先日当時,上記低電力モードに相当するモードで動
作している間,「ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信
できる」装置が周知であったことも明らかである。
(2) 適用の困難性について
引用発明1に引用例2等に開示された周知の技術事項を適用することは,
当業者において容易に想到し得たことである。すなわち,引用例1は,電話会議実
行時のシステムの処理動作について記載しているものであって,待機状態時のこと
まで触れているものではないが,本件優先日当時,電源を利用する装置・システム
全般にわたり,待機状態時にパワーセーブ(低電力化)を図ることが,当業者の間
で常時志向の事項となっていたことは議論の余地のないところであり,引用発明1
においても,電話会議実行時でない待機状態時に,パワーセーブ(低電力化)を図
ることを阻害する要因は見当たらない。
 したがって,引用発明1に対して,引用例2及び乙1文献ないし乙4文献
に示されているような,データ通信(伝送)装置において通信制御部にのみ電源を
供給し,表示装置等のデータ通信に必要のない他の装置には電源を供給しないよう
にすることにより,システム全体の低電力化を図ろうとする周知の技術事項を適用
することに,格別の阻害要因はない。
 3 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過について
原告は,引用発明1に引用発明2を適用できたとしても,本願発明における
低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できるとの構成は,当業者が容易に考え
付くというものではないにもかかわらず,審決が,「スタンバイ時(待ち受け受信
時)に自局に呼出信号を送信した遠隔システムに対して必要最小限の電力で応答
(例えば,ACK応答)を返すように構成することは当業者が適宜に為し得る事項
に過ぎない」(審決謄本8頁第3段落)と判断したのは,誤りである旨主張してい
る。
   しかしながら,本件優先日当時,引用発明1と同じ電子通信の技術分野にお
いて,本願発明における低電力モードに相当するモードを設けることにより,消費
電力の節減を図ること自体が周知であったこと,また,上記低電力モードに相当す
るモードで動作している間,「ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステ
ムに対し通信できる」装置が周知であったことは,前記2(1)のとおりである。した
がって,審決の上記判断が誤りであるということはできず,原告の上記主張は失当
である。
なお,審決は,低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できる点の明示的
記載がない引用例2を周知例として挙げ,低電力モードで遠隔のシステムに対し通
信できる点は,当業者が適宜なし得る事項である,との論理で相違点2の克服が容
易であるとしたが,乙2文献や乙3文献に示されるように,低電力モードで遠隔の
システムに対し通信できることが周知の技術事項であったということができる以
上,そのような論理を待つまでもなく,相違点2の克服は容易であったといえるの
であり,審決の上記論理の当否は,審決の結論には影響を及ぼさない。
第5 当裁判所の判断
1原告は,審決は,相違点2についての判断を誤ったものである(取消事由)
旨主張し,その理由として,①相違点2についての判断の前提となる本願発明の認
定の誤り,②引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過,③低電力モ
ードで通信する構成を想到することの困難性の看過を挙げるので,以下,順次判断
する。
 (1) 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤りについて
 ア 審決は,本願発明における低電力モードでの通信について,通信される
のはACK信号程度の応答信号であるとの認定に基づいて,本願発明の相違点2に
係る構成とすることは,当業者が容易に想到できることであるとしたが,原告は,
本願発明において,遠隔のシステムに対して通信されているのはイメージ情報であ
るから,上記認定は誤りである旨主張する。
 イ そこで,検討すると,本件請求項1には,低電力モードでの動作につい
て,「前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネット
ワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」と
規定されているだけであり,本件請求項1には,低電力モード時に通信ユニットが
どのような通信動作をするかについて,これを限定する記載はないから,本願発明
の低電力モードでの動作には,前記通信ユニットの動作に矛盾しない,通常の通信
動作がすべて含まれるものと解される。
     一方,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,低電力モードにつ
いて,「電源14は,スタンバイ(またはスリープ・モード)低電力モードを有し
ており,このモードにより,ワークステーション1は,電話回線109及びデジタ
ル・ネットワーク117の如き通信ラインをモニタし,そして正常の“オン”状態
の時よりも少ない電力を消費するが全ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答する
ことが可能となる。」(段落【0050】)と記載されており〔なお,この記載
は,本件出願の優先権主張の基礎となる米国特許出願(出願日・1986年10月
3日,出願番号914,924)に係る明細書(乙5)に記載の「Powersupply14
hasastandby(orsleepmode)lowpowermodethatallowsworkstation1to
monitorthecommunicationlines,suchastelephoneline109anddigital
network117,andrespondtoremoterequestsbuttoconsumeloweramountsof
powerthanwheninthenormal"on"state,withallcomponentsactive.」(2
1頁15行目~20行目)とある部分の誤訳であり,正しくは,「電源14は,ワ
ークステーション1が電話回線109及びデジタル・ネットワーク117の如き通
信ラインをモニタし,遠隔要求に応答可能であるが,全ての要素が活性な正常の
“オン”状態の時よりも少ない電力しか消費しないところの,スタンバイ(または
スリープ・モード)低電力モードを有している。」という趣旨の記載であると解さ
れる(乙5訳文)〕,これ以外に,低電力モードでの動作に関する記載は見当たら
ない。
     そうすると,「遠隔要求に対する応答」が通常の通信動作に含まれるの
は明らかであるから,本願発明における低電力モードでの通信は,「遠隔要求に対
する応答」を含むものであるということができる。
   ウ 本願発明における低電力モードでの通信が「遠隔要求に対する応答」を
含むものであることは上記のとおりであるから,本願発明における低電力モードで
の通信についての審決の認定に誤りはなく,したがって,その点の認定に誤りがあ
ることを前提とする原告の主張は,その前提を欠き,失当である。
     原告は,本願発明における低電力モードでの通信は「イメージ情報」の
通信である旨主張するが,上記低電力モードでの通信が「遠隔要求に対する応答」
を含むものである以上,上記低電力モードでの通信に「イメージ情報」の通信が含
まれるか否かは審決の結論に影響を及ぼすものではなく,その点については判断の
限りでない。
  (2) 引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過について
   ア 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤りについて
     審決は,引用例2に開示された,「データ伝送装置の節電を図るため
に,スタンバイ時(待ち受け受信時)には,呼出信号検出回路にのみ電源を供給し
て伝送路上に遠隔システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否かをモニ
ターし,呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にして,データ通信に必
要な各回路部に電源を供給して上記遠隔システムとの通信を可能にするデータ伝送
装置」(審決謄本8頁第3段落)が,本件優先日当時,周知の技術事項であったと
認定したのに対し,原告は,引用例2に記載された上記技術が周知事項であったと
いうことはできない旨主張する。
     しかしながら,乙1文献(特開昭56-89153号公報)には,スタ
ンバイ制御回路に関して,「ディジタル端末のように主装置間との通信制御が全て
ディジタル信号によって行われる通信装置においては,発信要求の監視,着信要求
信号の受信のための制御回路は常に給電しておく必要がある。従来,このような通
信装置においては発信要求の監視及び制御信号の送信・受信を行う制御回路のみ給
電しておき他の回路の電源をオフにしておき,この制御回路が通信状態であると認
めたとき,他の回路の電源をオンにする方法が採用されている。」(1頁右下欄2
行目~12行目)と記載されており,スタンバイ時に,制御信号の送信・受信を行
う制御回路のみ給電して,他の回路の電源をオフにしておき,通信状態では他の回
路の電源をオンにすることが開示されているから,乙1文献のこのような記載をも
参酌すれば,審決が上記技術を周知事項であったと認定したことに,誤りはないと
いうべきである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
   イ 適用の困難性について
  原告は,引用発明1は,各地点の全コンピュータのすべての要素がオン
状態であることを大前提とし,各地点に各コンピュータを操作する操作者がおり,
音声と画像のやり取りを含め,遠隔地間でリアルタイムで会議ができるということ
を特徴とする発明であって,一部コンピュータが単に他のコンピュータからの信号
を受けるまでは,当該信号受信回路のみに電力を供給して待機状態にしておくとい
う,引用例2に開示されたような技術的思想を全く有していない上,そのような技
術的思想は,すべての要素をオン状態にして遠隔地間でリアルタイムで会議をする
という引用発明1の技術的思想と相いれないものである旨主張する。
  しかしながら,引用例1(甲6)には,原告が主張するような構成の遠
隔静止画像会議システムが開示されていることが認められるが,引用例1は,電話
会議実行時のシステムの処理動作について記載しているものであり,待機状態時の
ことまで触れているものではない。待機状態時に低電力化を図ることは,引用発明
1の課題や構成と何ら矛盾するものではなく,むしろ,当業者が一般に志向するこ
とと考えられるのであって,引用発明1において,電話会議実行時でない待機状態
時に,低電力化を図ることを阻害する要因は見当たらない。
  したがって,原告の上記主張は理由がない。
  (3) 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過について
   ア 審決は,引用例2に開示された周知の技術事項を前提として,「スタン
バイ時(待ち受け受信時)に自局に呼出信号を送信した遠隔システムに対して必要
最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すように構成することは当業者が
その必要に応じて適宜為し得る事項に過ぎないものと認められるから,引用例1記
載発明(注,引用発明1)に,呼出信号検出回路を設け,スタンバイ時には,該呼
出信号検出回路及び応答(例えば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部
にのみ電源を供給しておき,呼出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例
えば,ACK応答)を返すようにして,本願発明のように構成することは,当業者
が容易に想到し得る程度のものと認められる」(審決書謄本8頁第3段落)と判断
しているところ,原告は,呼出信号の検出があってもなお全要素をオン状態にせ
ず,通信をするという技術的思想は更に進んだものであり,その着想自体,当業者
が容易に考え付くというものではないから,引用発明1に引用発明2を適用して
も,本願発明における低電力モードで通信をするという構成を想到するのは,容易
でない旨主張する。
   イ しかしながら,乙4文献(特開昭61-120550号公報),乙2文
献(特開昭58-78218号公報)及び乙3文献(特開昭59-195738号
公報)には,以下の技術事項が開示されている。
    (ア) 乙4文献に開示された技術事項
      乙4文献には,次のとおりの記載がある。
     a 「商用交流電源に接続された電力容量が大きな第1の電源と,この
第1の電源から電力が供給され,外部のホストコンピュータと情報交換を行う端末
機本体回路と,前記商用交流電源に接続された電力容量が小さい第2の電源と,こ
の第2の電源から電力が供給され,外部のホストコンピュータからの呼掛けに対し
て予め設定された応答のみを行う回線自動応答制御回路と,装置の制御モードを各
種設定するためのモード指定スイッチと,このモード指定スイッチによって前記ホ
ストコンピュータとの情報交換を行わないモードが指定されたとき前記第1の電源
のみを前記商用交流電源から切離す電源制御手段と,前記第1の電源が前記商用交
流電源に接続されているときには前記端末機本体回路の前記ホストコンピュータと
の情報交換を可能とし,かつ前記第1の電源が前記商用交流電源から切離されてい
るときには前記回線自動応答制御回路の前記ホストコンピュータに対する応答を可
能にする回線制御手段とを設けたことを特徴とするオンライン端末機」(1頁左下
欄5行目~右下欄4行目)
     b 「集中処理を行うことが多いオンライン端末機では長時間に亙って
業務処理を行わない場合があるが,この場合でも電源を常にオン状態にしていなけ
ればならず,電力消費が大きくなる問題があった。この発明はこのような問題を解
決するために考えられたもので,長時間に亙って業務処理を行わないときには本体
の電源をオフ状態にすることができ,従って電力の消費量を極力抑えることがで
き,しかもこの間におけるホストコンピュータからの呼掛けに対しては支障なく応
答ができ,ホストコンピュータに対して常に正常状態を維持できるオンライン端末
機を提供することを目的とする。」(2頁右上欄9行目~左下欄1行目)
     c 「端末機本体回路を駆動するための電力容量の大きい第1の電源を
切り離しても電力容量の小さい第2の電源が回線自動応答制御回路に接続された状
態にあり,この回線自動応答制御回路によってホストコンピュータからの呼掛けに
対して応答ができる。」(2頁右下欄14行目~19行目)
      上記の記載によれば,乙4文献には,長時間にわたって業務処理を行
わないときには,本体の電源をオフ状態にする,いわゆるスタンバイモード時に,
給電状態にある回線自動応答制御回路によってホストコンピュータからの呼掛けに
対して応答する技術が開示されていると認められる。なお,一般的に応答という場
合には,データ送信を要求する信号を受信して要求されたデータを送信することも
含まれると考えられるが,乙4文献に記載の技術における応答が要求されたデータ
を送信することを含むものであるか否かは,乙4文献の記載上明らかではない。
    (イ) 乙2文献に開示された技術事項
      乙2文献には,次のとおりの記載がある。
     a 「通信回線を利用してメモリ間の自動転送を基本としたドキュメン
ト交換を行うテレテックス装置において,少なくとも通信制御装置側の装置とワー
ドプロセッサ側装置とで電源を別電源に構成し,通信制御装置側の電源は常時投入
状態としたことを特徴とするテレテックス装置。」(1頁左下欄5行目~10行
目)
     b 「本実施例のテレテックス装置はこのように構成されて,CCU
9,CCU・IF14,PRT・IF8,PRT・SC15に対しては,常時,第
2電源16から電力が供給されて24時間通信機能が確保される。従って,CCU
9内のメモリに記憶されたドキュメントデータは主管局の管理の下に相手装置のC
CU9内のメモリに転送される一方,相手装置より送られてくるデータはCCU9
内のメモリに貯えられる。」(2頁右下欄5行目~12行目)
     c 「常時は,通信機能を遂行する機器のみに電力を供給する一方,他
の機器の電源は遮断することにより,テレテックス業務としての24時間運用が保
証される一方,他の機器には使用時のみ電源が投入される結果,稼働時間が短くな
り,寿命の延長と,信頼性の向上が行われると共に,消費電力の低減が可能とな
る。」(3頁左上欄10行目~16行目)
      上記の記載によれば,乙2文献には,通信制御装置側の電源にのみ常
時投入状態としておき,他の機器の電源は遮断した状態で,メモリに記憶されたデ
ータの交換を可能とする技術が開示されていると認められる。なお,原告は,乙
2文献に記載の技術では,低電力モードで受信のみ行い,送信は行っていない旨主
張するが,乙2文献に記載されたテレテックス装置は,24時間通信機能が確保さ
れ,低電力モードで送信及び受信を行っているものであり,このことは,上記記載
から明らかである。
    (ウ) 乙3文献に開示された技術事項
      乙3文献には,次のとおりの記載がある。
     a 「文書作成,文書伝送及びシステム制御に必要な情報を入力する入
力部と,文書作成に必要な情報を表示する表示部と,文書情報を記録する出力部
と,文書情報を記憶する外部記憶部と,文書情報の送受信を制御する通信制御部
と,システム全体を制御するシステム制御部とによって構成された文書作成編集機
能及び通信機能を有する文書作成通信端末装置において,通信制御に不必要な各部
の電源を接続及び切断するスタンバイモード選択手段と,該スタンバイモード選択
手段が電源を切断した時の前記表示部の表示情報を格納する不揮発性格納手段と,
前記スタンバイモード選択手段が電源を接続した時に前記不揮発性格納手段に格納
した表示情報を表示部を(注,「表示部に」の誤記と認める。)表示する表示制御
手段とを設けたことを特徴とする文書作成通信端末装置」(1頁左下欄5行目~2
0行目)
     b 「このような文書作成通信端末装置にあっては,24時間全自動運
用,すなわちオペレータの介在なしに文書の送信及び受信をできることが望まし
い。しかしながら,文書作成業務(ローカルオペレーション)については24時間
行われる訳ではなく,例えば昼休み,夜間及び休日等には使用されない。したがっ
て,通信制御に不必要な入力部(キーボード),表示部(キャラクタデイスプレ
イ),出力部(プリンタ)等については,夜間等人のいないときには電源を切断し
ておくことが電力節約になる。」(2頁左上欄4行目~16行目)
     c 「この装置の電源部Gは,通信制御に不必要な入力部A,表示部
B,出力部C及び外部記憶装置Dに必要なDC又はAC電圧を,給電路(電源)を
接続及び切断するスタンバイモード選択手段Hを介して給電し,また通信制御に必
要な通信制御部E及びシステム制御部FにDC電圧を常時給電する。」(2頁左下
欄1行目~7行目)
      上記の記載によれば,乙3文献には,スタンバイモード時に,通信制
御に必要な通信制御部に常時給電しておき,オペレータの介在なしに文書の送信及
び受信を可能とする技術が開示されていると認められる。
 (エ) なお,原告は,乙1文献ないし乙4文献は,新たな公知技術の立証
のためのものであるから,本訴におけて提出が許されるものではないと主張する
が,上記各文献は,審決のした容易想到性の判断を基礎付ける周知の技術事項が存
在したとの主張を裏付けるための証拠であり,本件審判において審理判断されなか
った公知事実を立証しようとするものではない。したがって,被告が,本訴におい
て,これら証拠に基づき周知の技術事項の存在を主張することは許されるというべ
きであり,原告の上記主張は採用することができない。
 ウ原告は,引用例2,乙1文献ないし乙4文献に記載された技術は,通常
の電源とは別に電源を設け,動作モードによって切り替えるものであるから,本願
発明における低電力モードで動作可能な電源とは異なるものである旨主張するが,
本件請求項1には,「電源」について,一つであって,低電力モードと通常モード
の切り替えが可能なものというような構成の限定はされていないから,引用例2及
び上記各文献に記載された,通常の電源とは別の電源を設け,二つの電源により全
体を稼働させている装置において,その一つの電源を切断した状態で通信制御部等
のみに給電する電源が,本願発明における低電力モードで動作可能な電源に該当し
ないとはいえない。
     原告の上記主張は採用することができない。
   エ 審決認定の引用例2に記載の周知の技術事項(審決のこの点の認定に誤
りがないことは,上記(2)アに説示したとおりである。)に加え,乙2文献ないし乙
4文献に開示された技術事項を併せてみれば,スタンバイ時に電源を供給する回路
部分に,遠隔システムからの呼出信号の検出回路部だけでなく,これに対する応答
回路部をも含める技術事項は,本件優先日当時,当業者には周知であったと認めら
れるから,スタンバイ時に電源を供給する回路部分について,遠隔システムからの
呼出信号の検出回路部のみとするか,これに対する応答回路部も含めるかは,当業
者が適宜選択し得る事項であったということができる。
 原告は,引用発明1は,通信を利用して遠隔地間で会議をするためのシ
ステムであって,通信部以外の部分であるディスプレイやスピーカー等に電力を供
給しないという状態は,引用発明1において全く想定できないことであるから,引
用発明1に,乙1文献ないし乙4文献に開示されたスタンバイモード等の低電力化
の技術を採用することは極めて困難というべきである旨主張するが,この点の原告
の主張は,上記(2)イに説示したところと同様の理由により,理由がないというべき
である。
   そうすると,引用発明1に引用例発明2を適用できたとしても,本願発
明における低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できるとの構成は,当業者が
容易に考え付くというものではないとして,審決の上記アの判断の誤りをいう原告
の主張は,理由がない。
 (4) 以上の検討結果によれば,相違点2について,「引用例1記載発明(注,
引用発明1)に,呼出信号検出回路を設け,スタンバイ時には,該呼出信号検出回
路及び応答(例えば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部にのみ電源を
供給しておき,呼出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例えば,ACK
応答)を返すようにして,本願発明のように構成することは,当業者が容易に想到
し得る程度のもの」(審決謄本8頁第3段落)であるとした審決の判断に誤りがあ
るとはいえない。
2 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
  よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官    篠  原  勝  美
裁判官      青  栁     馨
       裁判官   宍  戸     充

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛