弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2(第1事件)
北海道知事が,平成10年6月5日に控訴人Aに対してした障害基礎年金を
支給しない旨の決定を取り消す。
3(第2事件)
()北海道知事が,平成10年12月18日に控訴人Bに対してした障害基1
礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
()北海道知事が,平成10年12月28日に控訴人Cに対してした障害基2
礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
()北海道知事が,平成11年2月1日に控訴人Dに対してした障害基礎年3
金を支給しない旨の決定を取り消す。
()被控訴人国は,控訴人B,控訴人C及び控訴人Dに対し,各2000万4
円及びこれに対する平成13年7月14日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
4(第3事件)
被控訴人は,控訴人Aに対し,2000万円及びこれに対する平成15年5
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1本件は,大学在学中に疾病・受傷によって障害を負った控訴人らが,障害基
礎年金の支給裁定を求めたところ,北海道知事から,支給要件を認定すべき日
において国民年金に任意加入しておらず,被保険者に当たらないとして,障害
基礎年金を支給しない旨の決定を受けたため,機関委任事務制度の廃止により
障害基礎年金の裁定に関する権限者となった被控訴人社会保険庁長官に対し,
学生を国民年金の強制適用の対象から除外した国民年金法の規定が憲法に違反
する等と主張して,各不支給決定の取消しを求めるとともに,被控訴人国に対
し,適切な立法措置を講ずることを怠った違法があるとして,国家賠償法1条
1項に基づき,各2000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であ
る。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したので,控訴人らが控訴の趣旨記
載の裁判を求めて控訴した。
2本件で前提となる国民年金法の規定,前提となる事実は,次のとおり訂正,
付加するほかは原判決書事実及び理由欄第2事案の概要・その1基,「」「(
本的事実等」の「1本件で前提となる国民年金法の規定」及び「2前提)
となる事実(争いのある事実は証拠を併記」に記載のとおりであるから,こ)
れを引用する。
()原判決書2頁26行目の「20歳以上60歳未満の国民」を「日本国内1
に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民」に改める。
()原判決書6頁23行目の「平成元年法は」を「20歳以上の学生を強制2,
適用の対象とした平成元年法の規定は」に改める。,
()原判決書7頁21行目の「初診日」の後に「傷病について初めて医師又3(
は歯科医師の診療を受けた日」を加える。)
3争点及び当事者の主張は,次のとおり付加するほかは,原判決書「事実及び
理由」欄「第3事案の概要・その2(争点及び当事者の主張」に記載のと)
おりであるから,これを引用する。
()原判決書19頁3行目の次に改行して,次のとおり加える。1
「なお,この全国障害認定医会議での合意により,昭和61年3月31日
付け社会保険庁年金保険部長通知(昭和61年3月31日付け庁保発第1
5号)は変更されたとみるのが相当である」。
()原判決書19頁9行目の次に改行して,次のとおり加える。2
「(ウ)知的障害及び先天性の身体障害の取扱いとの対比
年金実務上,知的障害及び先天性の身体障害については20歳前の初診
日の有無にかかわらず,国民年金法30条の4により無拠出制障害基礎年
金が支給されるとの運用がされている。このように,行政実務の運用は,
知的障害等については,医師による診察ということを基準としなくても,
20歳前に発症したことが医学的に明らかであることから,形式的な意味
における初診日の有無を問わず,無拠出制障害基礎年金の支給対象とする
のが相当であるとの考えに基づくものと解される。
(エ)統合失調症の推認
初診日の認定は,医師による診療行為の存在が絶対的条件ではなく,関
係者の証言,その後の医学的判断によって統合失調症の前兆期の症状の存
,。,在を推認できれば初診日の要件を満たすと解すべきであるしたがって
控訴人Aについても,統合失調症の発症時期を20歳に達する前である予
備校又は大学1年生のころであった可能性が高いと証拠上判断できる以
上,初診日の要件を充足すると判断すべきである」。
()原判決書21頁22行目の次に改行して,次のとおり加える。3
「ウ知的障害及び先天性の身体障害についても「初診日」を認定しているこ

年金実務として,知的障害及び先天性の身体障害については,疾病等に
かかりその初診日において20歳未満であった者として,障害基礎年金が
。,,支給されていることは認めるこれは知的障害及び先天性の身体障害が
先天的又は生後早期の段階で発症するため,乳幼児期に医師の診断を受け
ているのが通常であり,診断書等による証明がなくとも,社会通念上,2
0歳前の「初診日」があることが明らかな障害であり(この場合,乳幼児
検診が初診日となる,また,仮に,就学以前に初診日がないのであれ。)
ば,就学の際の学校教育法等に基づく健康診断等が初診日となることは明
らかだからである。そのため,知的障害及び先天性の障害についての20
歳前障害基礎年金の裁定請求時における「初診日」の認定は,本人又は母
親など家族の申立てや裁定請求時に添付されている療育手帳(写し)や療
育手帳交付時の障害診断書等の書類により,客観的に「初診日」が20歳
前か否かについて事実認定を行っている。
したがって,控訴人Aが主張するように「初診日」の有無を問わず決,
定しているのではないし,初診の証明が不要とされているわけでもない。
エ初診日とは,傷病(疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病)について
初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日をいうこと
初診日とは医師又は歯科医師の診療を受けた(国民年金法30条1項)
ことであり,実務上も,原則として,初診日を認めるための資料として,
最初の診察をした医療機関における診療録に基づく医師の証明を要求して
おり,どうしてもこれが入手できない場合は,その次に古い診察をした医
療機関における診療録に基づく医師の証明を要求している。ただし,例外
的に,健康診断の記録,健康保険の給付記録,身体障害者手帳作成時の診
断書,交通事故証明書,労災事故証明書,その他発病・初診を客観的に明
らかにすることのできる資料等の提出により総合的に発病・初診の判断を
することもある。しかし,中学以降20歳前に医療機関を受診したことの
事実が全く存しない控訴人Aに20歳前の初診日を認定することは困難で
ある」。
理由
1控訴人Aの統合失調症の発症が20歳前であり,統合失調症においては「発,
症日」あるいは「医師の診断を受けるべき状態になった日」をもって初診日とみ
なすべきか否か(争点①)及び控訴人Aの統合失調症の初診日が同人が20歳に
達する前である昭和47年7月ころか否か(争点②)について
当裁判所も,争点①及び争点②についての控訴人Aの主張はいずれも採用でき
ないと判断する。その理由は,原判決書72頁11行目の冒頭から73頁11行
目の末尾までを,次のとおり改めるほかは,原判決書「事実及び理由」欄「第4
」「」「」,。当裁判所の判断の12に記載のとおりであるからこれを引用する
「イ控訴人Aは,通常の傷病であれば,患者は発症とほぼ同時に医療機関を受
診することから,発症日と受診日が一致することになるのに,統合失調症の
場合には,10代後半から20代前半の青年期に発症し,発症から治療開始
までの期間が大きく隔たっており,特に,前兆期においては陰性症状が主で
あるため青年期特有の行動との区別がつきにくく,本人にとって発症を認識
することが困難であること,精神疾患に対する知識不足や偏見が存在し,医
療機関の診療を受けることをちゅうちょする場合が多いこと,わが国の現状
では精神疾患に対する医療機関や保健所が相談機関として必ずしも機能して
いないことといった特性から,統合失調症の精神疾患については,発症日を
もって初診日と解すべきであると主張する。
確かに,統合失調症の場合には,前兆期における主たる症状が陰性(外界
への無関心,頭痛,自閉,不眠等)であるため青年期特有の行動との区別が
つきにくい特性があり,控訴人Aにおいても,前認定のとおり,昭和57年
1月11日,E大学学生寮から北海道に帰されて,F大学附属病院精神科を
受診した際,担当医師から心因反応と診断された上,大学生特有のなまけ病
みたいなもので問題はないと告げられているところでもある。しかし,控訴
人Aは,20歳となった昭和56年1月21日以前には統合失調症に関して
,,医師又は歯科医師の診察を受けていないのであるから控訴人Aの初診日は
前認定のとおり,G病院において統合失調症と診断された昭和57年3月2
4日と解するのが相当である。控訴人Aの主張は,初診日という客観的かつ
明確な文言を規定することで,受給者間の公平・迅速な支給決定をしようと
する法の趣旨に反するものであって採用できない。
ウ控訴人Aは,全国障害認定医会議において,精神障害者については,精神
,,疾患の特殊性にかんがみ20歳前に医療機関を受診することが困難であり
やむを得ない事情があった場合は,20歳前の発症日を初診日とみなすとの
取扱いをすべきであることが合意され,受診することが困難な場合として,
本人に精神障害の自覚がなく,単身でアパート暮らしをしていた例を挙げて
いるところ,これは控訴人Aにそのまま当てはまる上,社会保険庁の取扱い
もこの合意により変更されたから,発症日を初診日とみなすべきであると主
張する。
確かに,証拠(甲イ32,33)によれば,平成7年12月ころ開催され
た全国障害認定医会議において「精神障害については,20歳前に発病が,
,,認められる場合において20歳前に医療機関に受診することが困難であり
やむを得ない事情があった場合については,20歳になっても国民年金の資
格取得届はできず,まして国民年金保険料納付も不可能であり,納付期間が
ないからといって障害基礎年金を支給しないということは法の趣旨に反する
ので,その不合理を解消するため20歳前に初診があったもの(発病日を初
診日とみなす)として20歳前障害を認めることとされたい。この場合,2
0歳前に発病があるとの医師の証明があること。受診することが困難な状態
,,に該当するものとしては例として本人が精神障害について自覚症状もなく
かつ,単身でアパート暮らしをしていたため等」との合意がされたこと,少
なくとも愛媛県では,県民福祉部国民年金課からの平成8年12月作成の障
害給付関係質疑要望事項として,平成7年12月8日以降,精神障害者の2
0歳前の障害については,合意のとおり取扱いを変更すると記載されている
ことの各事実が認められる。
しかし,障害年金給付の障害認定審査事務は「国民年金・厚生年金保険,
障害認定基準について」と題する都道府県知事あて社会保険庁年金保険部長
通知(昭和61年3月31日庁保発第15号)に基づいて行われているとこ
ろ,障害認定審査事務の正確性や公平性を確保し,各都道府県で障害認定基
準の統一的な運用を図ることを目的として,年一回の割合で,全国を東西の
2ブロックに区分して開催されていたのが「国民年金障害認定審査医員事,
務打合会議」であり,その略称が「全国障害認定医会議」であって,当該会
議は,各障害に係る認定事例についての意見交換を行い,上記通知によって
現に示されている事務処理等についての意識合わせを行う場にすぎないこと
が認められる上,上記認定の合意内容も「20歳前障害を認めることとさ,
れたい」と記載されているように,上記通知による審査実務を行っていた。
,,審査医員を構成員とする全国障害認定医会議が現行審査実務の変更を求め
その変更を求めること自体が当該会議において合意されたにすぎないことに
かんがみると,このような全国障害認定医会議の合意や単なる地方公共団体
の担当課の一部取決めがあるからといって,これらを根拠に精神障害者につ
いては発症日を初診日とみなすという法解釈をすることはできない。現実に
も,愛媛県では,上記文書の後日である平成14年2月20日付け事務連絡
文書において「医療機関での初診日が確認できなければ認められない」と,
して,上記の合意による取扱いをしない旨を確認している(乙35)ところ
である。また,全国障害認定医会議の合意や地方公共団体の担当課に法律に
ついての解釈権限が付与されているとは認められないから,障害認定につい
ての「国民年金・厚生年金保険障害認定基準について」と題する都道府県知
事あての社会保険庁年金保険部長通知(昭和61年3月31日庁保発第15
号,乙29)が変更されたということにはならない。
エ控訴人Aは,発症日をもって初診日と解した裁決例も存在するから,発症
日を初診日とみなすべきであると主張する。
確かに,証拠(甲イ2の,31,34)によれば,発症日を初診日と解3
して障害基礎年金を支給しない処分を取り消した裁決例が存在することが認
められる。しかし,これらの裁決例を子細に検討すると,いずれの裁決例も
20歳以前に確定診断はないものの,医師の診察を受け,医師からそれぞれ
「精神的に疲れ,ノイローゼ気味になっていますね(18歳時,甲イ2。」
の,34の事例1「精神的な病気があると思われるので,一度医大に来3),
なさい(17歳時,甲イ31,34の事例2)と告げられており,再審査」
において,それぞれ18歳時と17歳時に専門医の診断を受けるべき状態に
あったとして,この日を初診日と取り扱った事例であると認められる。そう
すると,控訴人Aが主張するような精神障害者であることを理由に発症日を
初診日とみなした裁決例ではない。したがって,上記裁決例があるからとい
って,精神障害者について発症日を初診日と解することはできない。
オ控訴人Aは,知的障害及び先天性の身体障害については20歳前の初診日
の有無にかかわらず,国民年金法30条の4により無拠出制障害基礎年金が
支給されるとの運用がされているので,精神障害についても発症日を初診日
とみなすべきであると主張する。
知的障害及び先天性の身体障害については,疾病等にかかりその初診日に
おいて20歳未満であった者として,障害基礎年金が支給されているのが年
金実務であることは当事者間に争いがない。知的障害及び先天性の身体障害
が,先天的又は生後早期の段階で発症する(乙72,弁論の全趣旨)ため,
乳幼児期に医師の診察を受けているのが通常であり,診断書等による証明が
なくても,社会通念上20歳前に初診日があることは明らかな疾患であると
いうことができる。また,わが国では,小学校に入学する際に市町村の教育
委員会が健康診断を行いその場で治療勧告や就学指導等が行われている学,(
校保健法4条,5条,学校教育法22条)ところ,この健康診断の際に,医
師に知的障害が認識されることになる。このように,知的障害及び先天性の
身体障害については,先天的又は生後早期の段階か,遅くとも小学校就学前
までには医師に認識されているのが通常であることに基づいて,年金実務で
運用されているものと推認できる。
これに対し,統合失調症については,発症時期に相当なばらつきが認めら
れ,必ずしも20歳前に発症するものでもない(乙72。したがって,知)
的障害及び先天性の身体障害についての年金実務を統合失調症の場合にも同
様に取り扱うことは相当ではない。
カ控訴人Aは,初診日の認定につき,医師による診療行為の存在を絶対的条
件とすべきではなく,関係者の証言,その後の医学的判断によって統合失調
症の前兆期の症状の存在を推認できれば初診日の要件を満たすと解すべきで
あると主張する。
しかし,既に説示のとおり,初診日の認定は,医師等による診療行為の存
在によりなされるべきであるから,控訴人Aの上記主張は採用できない。
キ以上のとおり,控訴人Aの統合失調症について,20歳に達する前である
予備校生あるいは大学1年生のころに,初診日があったと解することはでき
ない」。
2適用除外規定及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上の学生であっ
,,()た者を対象としなかったことが憲法14条25条に違反するか否か争点③
について
当裁判所も,適用除外規定及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上
の学生であった者を対象としなかったことは,憲法14条,25条に違反しない
と判断する。その理由は次のとおりである。
()憲法14条1項違反の判断基準1
憲法14条1項は法の下の平等を定めているが,この規定は合理的理由のな
い差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種
々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,そ
の区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何らこの規定に違反するもの
ではないと解するのが相当である。そして,法的取扱いに区別を設けた立法が
憲法14条1項に違反するか否かについては,その立法理由に合理的な根拠が
あり,かつ,その区別がその立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,
いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められ
る限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反すると
いうことはできないというべきである。
これに対し,控訴人らは,合理的な理由の有無につき,①立法目的が重要な
ものであるか,②その目的と規制手段との間に事実上の実質的関連性があるか
否かの審査をすべきであり,本件に即して言えば,20歳以上の学生を被保険
者から除外した立法目的を検討し,その立法目的を実現するための手段として
20歳以上の学生を被保険者から除外し,任意加入制度の下においた手段が立
法目的と実質的な関連を持つのかを審査しなければならない(いわゆる厳格な
合理性の基準によるべきである)と主張する。そして,このような控訴人らの
主張に沿う学説があり,この学説には傾聴すべき点もあるけれども,最高裁平
成7年7月5日決定の判旨に従う限り,最高裁判所は「厳格な合理性基準」,
を採用していないことは明白であって,当裁判所も,この最高裁判所の判旨に
従うので,上記控訴人らの主張は採用できない。
()国民年金法の制定からその後の改正に係る経緯,趣旨,検討状況等につい2
ては,原判決書74頁21行目から87頁8行目までに記載のとおりであるか
ら,これを引用する。
()昭和34年法における適用除外規定が憲法14条1項に違反するか否かに3
ついて判断する。
ア昭和34年法において,適用除外規定を設けた立法理由は,前認定のとお
り,第1に,稼得活動の減損に対する保障を本質とし,また,拠出制年金を
基本とする国民年金制度において,20歳以上の国民であっても,定型的に
稼得活動に従事していないと考えられる学生に保険料納付義務を負わせるこ
とは不相当であること,第2に,学生は,大学等を卒業し社会に出た後は,
,,被用者年金制度に加入することが通例であると考えられるところその場合
学生時代に納付した国民年金保険料が掛け捨てとなることにある。
これに対し,控訴人らは,上記の立法理由は,昭和34年法制定当時には
存在せず,後に考え出された理由であると主張する。確かに,控訴人らが指
摘するとおり,本件に提出された証拠の中には,昭和34年法制定当時に,
上記立法理由が議論されたことを示す記載は認められない。しかし,立法理
由は,必ずしも法律が制定された当時に議論されたものに限定する必要はな
く,立法者が認識でき,当然考慮すべき理由についても合憲性の判断の際に
は考慮できると解するのが相当である。そして,上記立法理由は,立法者で
ある国会及び法律の所管官庁である厚生省(当時の名称)において,認識で
き,かつ,当然考慮すべき理由であって,現に考慮した理由であると推認で
きる(乙1,7)から,控訴人らの批判は当たらない。
以下,上記立法理由に合理的な根拠が認められるかについて検討する。
イ国民年金制度は,拠出制が基本とされ,無拠出制を経過的又は補完的に併
用する制度として成立した。これは,前認定のとおり,①老齢のように誰で
もいつかは到達する事態についてはもちろんのこと,身体障害や夫の死亡と
いう事態に対しても,あらかじめ所得能力のあるうちに自らの力でできるだ
けの備えをすることは,生活態度として当然であり,社会経済生活はこのよ
うな自己責任の原則をもとに成り立っているのであるから,本格的な国民年
金制度を発展させようとするならば,拠出制を基本とすることは社会の側か
らみても有意義であること,また,逆に,②無拠出制を建前とすると,その
財源を所得税等,国の一般財源に求めざるを得ないため,財政支出の急激な
膨張が避けられないが,このことは,わが国のように老齢人口が将来急激に
増加することが見込まれる国においては,将来の国民に加重な負担を負わせ
ることにもなりかねず,それを避けようとすれば,年金額等の制度の内容は
社会保障制度の名に値しないほどに不十分なものとならざるを得ないこと,
さらに,③年金制度においては,制度そのものの安定性と確実性が必須であ
るところ,無拠出制を建前とすると,その支出をまかなうための収入がその
時々の財政及び経済の諸事情の影響を受けやすく,場合によっては突発的な
財政需要のために年金額をにわかに引き下げなければならないような事態が
生じかねないことを考慮したためである。
このように,資本主義社会の下では,老齢,身体障害等の事態に備えるの
は自己責任で行うのが本来的な姿であるから,拠出制を制度の基本的原則と
。,,,することには合理的な理由があるものと考えられるまたわが国は将来
老齢人口の急増が予想され,その際の急激な財政支出を抑え,それによって
将来の国民の過重な負担を回避するためにも,やはり拠出制を基本とするこ
とには合理的な根拠があるといえる。そして,拠出制では年金的保護の及ば
ない現存する老齢者,身体障害者及び母子家庭に対しては,無拠出制の福祉
年金を給付することによって,その保護が及ぶから,無拠出制を経過的又は
補完的に併用することにも合理的な根拠があるといえる。
ウ国民年金制度の被保険者は,被用者年金の適用者等以外の者を対象に,2
0歳以上60歳未満の国民とされた。このように,年齢によって一律に区分
することとした理由は,前認定のとおり,雇用という客観的な基準を適用で
きず,就労や所得の態様が一様でない自営業者等については,一般的に就労
するものと考えられる年齢をもって区分せざるを得ず,また,わが国の大部
分の国民が高等学校卒業程度で稼得活動に入るという就労実態があったこと
を考慮して20歳以上の国民としたものである。
国民年金制度が拠出制を基本とする以上,現に就労し稼得活動に従事して
。,いる者を被保険者の対象とすることには合理的な根拠があるといえるまた
20歳以上の国民としたことにも,他の公的年金制度が20歳以上としてい
ることとの均衡が図られるし,国民の大多数が中学校卒業後又は高等学校卒
業後に稼得活動に入っていた実態にも合致するので,やはり合理的な根拠が
あるといえる。
エ学生は,現時点では稼得活動に従事していない者であるが,潜在的には稼
得能力を有しており,修学それ自体が稼得能力の向上を図るという側面が否
定できないのであって,将来稼得活動従事者になる可能性が極めて高い者で
あるということができる。このような,潜在的,能力的,将来的な側面に着
目すると学生であっても,強制適用の対象としたとしても,国民年金制度の
立法趣旨に反するものとは解されない。
しかしながら,国民年金制度が拠出制を基本としている以上,類型的に稼
得活動に従事せず所得のない学生を強制適用の対象とした場合,その本質に
反するのではないかという理論的な問題のほか,実質的な問題として,学生
の親の負担が増大することになる。保険料は,学生が自らの老齢に備えて負
担すべき性質のもので,その親に負担を強いることには制度的に矛盾が生ず
ることになる。また,強制適用を受けない学生であっても,老齢や障害等に
ついて,年金による保護を受けたいという場合には,任意加入制度が用意さ
れ,これを利用すれば,年金的保護を受けることができる。そうすると,学
生が定型的に稼得活動に従事していないことを理由にして強制適用の対象か
ら除外したことには一応の合理性があるといえる。
オ任意加入制度については,控訴人らは,①昭和34年法の当時から,被控
訴人国は,学生の3分の2程度が任意加入制度を利用しないことを予想して
おり,毎年数百人以上の無年金障害者が発生することを予定していたこと,
②本来稼得能力のない学生に保険料を支払う能力のあることを前提とする任
意加入制度を設けるのは制度の矛盾であるばかりか,免除規定が適用されな
いので,制度として実効性を伴わないこと,③専業主婦の7割が加入してい
るのに,学生の加入率が低いのは,周知徹底が不十分だからであること,④
現実の学生の加入率が1.25パーセントと極めて低いという構造的な欠陥
があり,制度として実質的に機能していなかったとして,任意加入制度の存
在は,適用除外規定の合憲性を基礎づける事由とはなり得ないと主張する。
①について検討する。確かに,任意加入制度では,国民年金に加入しない
学生が一定程度現れることは当然想定されるところである。ところで,国民
年金制度が拠出制を基本としたのは,資本主義社会において,老齢,障害等
の事態に備えるため,あらかじめ稼得能力のあるうちに自らの力でできるだ
けのことをするのは,生活態度として当然であり,社会経済生活はこのよう
な自己責任の原則をもとに成り立っているからである。しかし,控訴人らの
主張は,任意加入制度を利用しない学生に対しても,すべて,年金的保護を
与えようとすることに帰結するところ,このように,自ら加入しないことを
選択した者にも,年金的保護を与えようとすることは,拠出制を基本とした
国民年金制度の制度設計に矛盾するものと解される。
②について検討する。確かに,稼得活動をしていない学生に財産的支出を
,。伴う任意加入制度を利用させることは一見矛盾するかのようにも解される
しかし,学生のいる世帯は,原則として,学費を負担できる財産的余裕のあ
る世帯が多数であると推認でき,学生の間,世帯において支出することが必
。,,ずしも困難とは言い得ないまた年金による保護を望む学生についてのみ
,,保険料免除制度を設けることは保険料の免除が世帯を基準としているので
,,経済的に恵まれていて親元を離れ下宿している学生が保険料の免除を受け
そうでない者が免除を受けられないといった不公平が生じること等が予想さ
れるので,必ずしも妥当な措置であるとはいえない。
③について検討する。証拠(乙15のないし,16のないし,11413
,,,,,)7のないし18の1920のないし21のないし13121614
によれば,任意加入制度の広報活動は,一定程度行われていたことが認めら
れ,一般的に法制度については官報等により国民に公布することにより効力
を有するものとされていることをも考慮すると,必要かつ十分な広報活動が
行われていたと評価できる。
④について検討する。確かに加入率は極めて低率にとどまっている。これ
は,制度の周知徹底というよりも,若年である学生が,国民年金制度そのも
のにそれほどの関心を抱いていなかったり,自らの老後に備えて保険料を拠
出することについての意識が乏しいこと,学生である数年程度の間,任意加
入していなくとも,老齢年金の受給額でそれほどの不利益を受けることもな
いと考えていたこと等にも原因があると推認できるのであって,加入率の低
さが,直ちに,任意加入制度に欠陥があったことを裏付けるものということ
はできない。
カ学生は,卒業後被用者年金制度に加入するのが通常であるから,国民年金
制度の対象者というよりは,被用者年金制度の対象者と見るべきであり,そ
の場合,被用者年金と国民年金との通算が十分でない場合には,保険料が掛
け捨てとなって無駄が生ずる。
したがって,老齢年金について,被用者年金との間の通算制度が十分でな
い昭和34年法において,保険料の掛け捨て問題が解消されないことを理由
に学生を強制適用の対象外としたことには合理的な根拠があるといえる。
,,,,キ控訴人らは障害基礎年金についてみれば学生であっても障害を負い
将来にわたって稼得能力を失うことが,一定数生ずるのであるから,障害基
礎年金の被保険者となるべき必要性について,学生と学生でない者との間に
差異はなく,学生も被保険者として強制適用の対象とすべきであると主張す
る。
確かに,国民年金制度における保険料の大部分は,老齢年金のための拠出
であり,障害基礎年金のための保険料が占める部分は極めて少額であると予
想される(乙38)から,これを前提に,学生につき,障害と老齢とを分離
して,障害のためのみの限定的な強制適用制度を創設して対象者とすること
も制度としてはあり得るところである。しかし,稼得能力の減損に備える年
金制度において,生存していれば誰にでも必ず生じ,発生時期も予測可能で
ある老齢年金を中心に据えた一体的制度として制度設計することにも合理的
な面があることは否定できない。したがって,立法者が障害と老齢とを分離
するという考え方を採用しなかったとしても,立法府に与えられた合理的な
裁量判断の限界を超えるものとはいえない。
ク以上のとおり,昭和34年法における適用除外規定は,憲法14条1項に
違反しない。
()昭和34年法における20歳前受給規定が憲法14条1項に違反するか否4
かについて判断する。
ア国民年金制度においては,経過的,補完的なものとして無拠出制年金が併
設され,障害福祉年金については,国民年金制度発足時において,すでに障
害者であった者(経過的障害福祉年金)のほか,初診時において20歳未満
であった者(補完的障害福祉年金)に支給されることとされた。
この20歳前受給規定は,前認定のとおり,若年において重度の障害を負
った場合,通常,その障害が回復することは極めて困難であり,したがって
稼得能力はほぼ生涯にわたって奪われていると考えられることに加え,年齢
的にみても親の扶養を受ける程度をできる限り少なくしなければならないと
の意味において,所得保障の必要性が最も高いと考えられたからである。
この20歳前受給規定自体が合理的根拠を有することは明らかである。
イ控訴人らは,上記のような事情は,20歳以上の学生にもそのまま当ては
まるのであって,20歳の前後で障害者が別異に取り扱われるべき理由は全
くなく,20歳前後の学生の障害者との間でその後の生活において著しい差
異が生ずるのは合理的理由はなく,憲法14条1項に違反すると主張する。
確かに,重い障害状態にある若年の者に対して所得保障をする必要性が高
いという面においては,それが20歳未満であろうと20歳以上の学生であ
ろうと差異がないことは控訴人らが指摘するとおりである。しかし,20歳
未満の者は国民年金に加入すること自体が無理であるのに対し,20歳以上
の学生においては国民年金に任意加入することが可能であるから,両者を同
列に扱うことにはなお合理的理由が必要となる。また,一般的にみて20歳
以上の者のうち,学生に対してのみ無拠出の障害福祉年金を支給すると,同
年齢の学生以外の未就業者(例えば,親の世帯内で就業準備,進学準備,婚
姻準備をしている者)との間に不均衡を生じ,逆に,学生やこれらの者をも
無拠出の受給対象に含めると,同年齢の就業者(例えば,家計を考慮して大
学への進学をあきらめて就労している者)が保険料を納付しない場合に受給
できないこととの間に不公平感を醸成し,ひいては国民年金制度の根幹を危
うくする危険がある。控訴人らの主張は採用できない。
()昭和60年法における適用除外規定が憲法14条1項に違反するか否かに5
ついて判断する。
ア昭和60年法においても,学生は,国民年金法の強制適用の対象とはされ
なかった。これは,昭和34年法において適用除外規定を設けた立法理由と
同様に,稼得活動の減損に対する保障を本質とし,また,拠出制年金を基本
とする国民年金制度において,20歳以上の国民であっても,定型的に稼得
活動に従事していないと考えられる学生に保険料納付義務を負わせることは
不相当であることにある。なお,昭和34年法では,国民年金保険料の掛け
捨て問題を回避することも立法理由とされていたが,その後,通算年金通則
法の制定等によりある程度問題が解消されたので,適用除外規定を支える合
理的な根拠とは言えない。
イ控訴人らは,高等教育への進学率も著しく増加したのであるから,20歳
の前後で別異の取扱いをすることは著しく不合理であると主張する。
確かに,証拠(乙12)によれば,昭和34年(西暦1959年)におけ
る4年制大学への進学率は8.2パーセント,昭和49年(1974年)の
4年制大学への進学は25.1パーセントとなり,以後おおむね25パーセ
ント前後で推移し,昭和60年(1985年)の4年制大学への進学率は2
6.4パーセントであった事実が認められ,控訴人らが主張するとおり,学
生である4年制大学への進学率は,昭和34年当時から比べると高い伸びを
示している。しかし,それでもなお,4年制大学への進学率は,昭和60年
においても全体の約4分の1にすぎず,依然として,大学へ進学する者は少
数であったということができる。そうすると,20歳前後で別異の法的取扱
いを続けたとしても,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を
超えるものとはいえない。
ウ控訴人らは,昭和60年法がそれまで日本が締結又は批准していた各種の
国際条約又は国際文書に基づいてされたと主張する。この主張の意味すると
ころは必ずしも明確ではないが,昭和60年法において,20歳以後に障害
を負った学生に対し,無拠出の障害基礎年金を支給する制度を設けなかった
ことの不合理を主張するものと理解できる。
しかし,昭和60年法においても,上記のとおり,合理的な根拠があると
いえるのであるから,無拠出の障害基礎年金を支給する制度を設けなかった
としても,憲法14条1項に反するとは言えない。
()昭和60年法における20歳前受給規定が憲法14条1項に違反するか否6
かについて判断する。
ア昭和60年法は,20歳前受給規定を維持する一方で,初診日において2
0歳未満であった者に対し,障害福祉年金に代わり拠出制の障害基礎年金と
同額の無拠出の障害基礎年金を支給することとしたので,学生との給付格差
は拡大した。また,上記のとおり,4年制大学への進学率も8.2パーセン
ト(昭和34年)から26.4パーセント(昭和60年)に増加した。さら
に,脊損会の活動などもあって,無年金障害者についての議論が交わされて
いた。
,,イしかし20歳未満の者は国民年金に加入すること自体が無理であること
進学率が増加したとはいえ,なお,同年齢の学生以外の者が多数存在する以
上,国民年金に任意加入することが可能な学生を同列に扱うことにはなお合
理的理由が必要となることは,昭和34年法当時と変わりがない。昭和60
年法における20歳前受給規定が憲法14条1項に違反するとは言えない。
()適用除外規定及び20歳前受給規定が憲法25条に違反するか否かについ7
て判断する。
国民年金法は,憲法25条の趣旨に基づく立法であるところ,憲法25条1
項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは,極めて抽象的・相対的な概
念であって,同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ず
るかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性
を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用と見ざるを得ないような場合を除き,違憲と
なるものでないというべきである。
控訴人らは,適用除外規定及び20歳前受給規定が初診日において20歳以
上であった学生を対象としなかったことが,憲法14条1項に違反するととも
に,憲法25条違反を主張するが,それらが憲法14条1項に違反するもので
ないことは,すでに判示したとおりである。そして,20歳以上の学生であっ
た者が,障害基礎年金を受給できないからといって,直ちに,立法府の裁量が
著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ない場合に当たる
とか,生存権が侵害されているということはできない。したがって,適用除外
規定及び20歳前受給規定が初診日において20歳以上であった学生を対象と
しなかったことが,憲法25条に違反するということはできない。
3控訴人らにつき,20歳前受給規定を類推適用し得るか否か(争点⑤,本件)
各不支給処分が,告知聴聞の機会を保証しなかったものとして,憲法31条,1
(),,,,3条に違反するか否か争点⑥被控訴人国が適用除外規定を立法しまた
同立法に附随する救済措置を講じなかったことにより,国家賠償責任を負うか否
か(争点⑦,被控訴人国が,学生の任意加入制度について周知徹底を怠ったと)
して,国家賠償責任を負うか否か(争点⑧)について
当裁判所も,争点⑤ないし争点⑧に関する控訴人らの主張はいずれも採用でき
ないと判断する。その理由は,原判決書「事実及び理由」欄「第4当裁判所の
判断」の「4」ないし「7」に記載のとおりであるから,これを引用する。
4以上のとおり,控訴人らの本件請求は,その余の判断をするまでもなく理由が
ないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。
よって,本件控訴は理由がないから本件控訴を棄却することとして,主文のと
おり判決する。
札幌高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官末永進
裁判官千葉和則
裁判官杉浦徳宏
(別紙目録省略)

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