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平成21年3月25日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ウ)第377号特許出願却下決定に対する異議棄却決定取消請求
事件
口頭弁論終結日平成21年3月2日
判決
ドイツ連邦共和国ミュンヘン<以下略>
原告ルークケアアーゲー
同訴訟代理人弁護士高橋隆二
同補佐人弁理士高橋昌久
東京都千代田区<以下略>
被告国
同指定代理人石田真人
同山本浩光
同山内孝夫
同門奈伸幸
同天道正和
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特願2007−501234について特許庁長官がした平成19年4月18
日付けの国際出願翻訳文提出書に係る手続却下処分及び国内書面に係る手続の
却下処分は,いずれも取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,特許協力条約(以下「本件条約」という。)に基づいて行
った国際特許出願(国際出願PCT/EP2005/002325,特願20
07−501234号。以下「本件国際特許出願」という。)について,日本
の特許庁長官に対して,国内書面及び翻訳文を提出したところ,特許庁長官か
ら,上記の翻訳文が特許法(以下「法」ということがある。)184条の4第
1項の翻訳文提出特例期間経過後に提出されたことを理由に,上記の翻訳文提
出書及び国内書面に係る手続の却下処分をされたことから,それらの処分の取
消しを求めている事案である(なお,前記事件名「特許出願却下決定に対する
異議棄却決定取消請求事件」は,本件が追加的に併合され平成20年8月25
日に取り下げられた平成20年(行ウ)第311号事件についてのものであ
る。)。
1争いのない事実等
(1)原告は,平成17年3月4日,ヨーロッパ特許庁を受理官庁として,本件
国際特許出願をした。本件国際特許出願は,外国語でされ,優先日を平成1
6年3月4日としている。
(2)原告は,法184条の4第1項に規定する国内書面提出期間の末日である
平成18年9月4日より前の同月1日に,本件条約4条(1)(ⅱ)の指定
国に含まれる日本の特許庁長官に対し,法184条の5第1項に規定する書
面(以下「本件国内書面」という。)を提出し,法184条の4第1項ただ
し書に規定する翻訳文提出特例期間の末日である同年11月1日が経過した
後の同月3日に,法184条の4第1項に規定する明細書,請求の範囲,図
面及び要約の日本語による翻訳文(以下「本件各翻訳文」という。)を提出
した。
(3)特許庁長官は,平成19年2月16日,原告に対し,本件各翻訳文が翻訳
文提出特例期間経過後に提出されたことから,本件各翻訳文提出書に係る手
続は却下となる旨の同月14日付けの「却下理由通知書」(甲5。以下「本
件却下理由通知書1」という。),及び本件国内書面は本件各翻訳文が翻訳
文提出特例期間内に提出されなかったことにより,本件国際特許出願が取り
下げられたものとみなされることにより不必要な手続となることから,本件
国内書面に係る手続は却下となる旨の同日付けの「却下理由通知書」(甲5。
以下「本件却下理由通知書2」という。)を,それぞれ発送した。
(4)これに対して,原告は,同年3月19日,弁明書(甲4)を提出したが,
特許庁長官は,同年4月18日付け(発送日は,同年4月27日付け)で,
本件国際特許出願の翻訳文提出書に係る手続については,本件却下理由通知
書1に記載した理由(本件各翻訳文が翻訳文提出特例期間経過後の提出であ
ること)によって却下する旨の処分(甲3。以下「本件却下処分1」とい
う。)を,本件国内書面に係る手続については,本件却下理由通知書2に記
載した理由(本件国内書面は,本件各翻訳文が翻訳文提出特例期間内に提出
されなかったことにより,本件国際特許出願が取り下げられたものとみなさ
れることにより不必要な手続となること)によって却下する旨の処分(甲3。
以下「本件却下処分2」といい,本件却下処分1と本件却下処分2を併せて
「本件各却下処分」という。)を,それぞれした。
(5)原告は,平成19年6月25日,特許庁長官に対して,本件各却下処分に
ついて,異議申立てを行った(甲2)。これに対して,特許庁長官は,同年
11月28日,「本件異議申立てを棄却する。」との決定(甲1)をし,同
月29日,同決定が原告に送達された。
(6)日本の特許庁は,本件条約に基づく規則(以下「本件規則」という。)4
9.6について,同規則49.6(f)に基づき,国際事務局に対し,同
(a)ないし(e)は国内法令に適合しないことを通告し(乙8),国際事
務局は,その通告を公報に掲載している。
2原告の主張
(1)取消理由1
ア本件却下処分1について
(ア)本件条約22条は,締約国に翻訳文の提出期間を徒過した場合の権
利の回復制度を認めており,それを受けて本件規則の49.6(a)は,
一定の条件のもとに,「状況により必要とされる相当の注意を払ったに
もかかわらず期間が遵守されなかったものであると認められるときは,
その国際出願についての出願人の権利を回復する。」と定め,その例外
として同49.6(f)は,国際事務局に通告することを条件として,
「これらの規定は,その国内法令に適合しない間,当該指定官庁につい
て適用しない。」と規定する。
日本の特許庁は,本件規則49.6(f)に基づき,同(a)ないし
(e)による権利回復を認めることは,国内の法令に適合しない旨国際
事務局に対して通告し,国際事務局は,その通告を公報に掲載している
が,同(f)の国内法に適合しない場合とは,出願人に本件規則49.
6による権利回復を認めた場合に特許法等の国内法上の原則や制度上の
ルールと矛盾を生じ,特許制度の運用上支障が生じるようなことを意味
するのであり,日本の法令において,本件規則49.6による権利回復
を認めても,上記のような支障は生じない。
この点,被告は,日本の国内法においては,出願日から3年以内の期
間に出願審査請求のない特許出願は,出願の取下擬制がされる(法48
条の3第4項)ことから,特許出願の日から3年を超え,優先日から4
2か月以内に国際特許出願の翻訳文が提出された特許出願については,
本件規則49.6(a)ないし(e)の規定は国内法に適合しないと主
張する。
しかしながら,法48条の3第4項により取下擬制がされた特許出願
は,既にその手続が終了しているのであるから,仮に,当該出願につい
ての翻訳文が後日に提出されたとしても,それは,特許法上不適法な行
為であって,何らの法的効力が生じないので問題視する必要はない。し
たがって,出願日から3年を超えて翻訳文提出期間を認めることに日本
の特許法上の矛盾,不都合はないから,被告の上記主張は失当である。
なお,現在,本件条約に基づく国際特許出願(以下「PCT出願」と
いう。)において,国内段階での期間内翻訳文未提出による失権を回復
するための救済規定が国内法として整備されていない国は,主要国中で
は,日本のみである。
したがって,特許庁が国際事務局に手続上の通告をしたとしても,本
件規則49.6(f)の適用はなく,本件国際特許出願について,同4
9.6(a)及び(b)の規定が直接適用されるというべきである。そ
して,本件規則は,本件条約に根拠を有する法規であり,本件規則と日
本の特許法とが抵触する場合は,本件規則が優先される。
(イ)本件規則49.6(a)によれば,①期間が遵守されなかったことが
故意ではないと認めるとき,②状況により必要とされる相当な注意を払
ったにもかかわらず,期間が遵守されなかったものであると認めるとき
は,その国際出願についての出願人の権利を回復するとしている。そし
て,本件国際特許出願の翻訳文の提出が期間経過後にされたことが故意
でないことは,明らかである。また,本件国際特許出願手続の代理人で
ある甲弁理士(以下「甲弁理士」という。)は,平成18年10月19
日から同年11月10日まで,杏林大学医学部付属病院に救命救急入院
をしていたために,本件国際特許出願の翻訳文を,提出期限である同月
1日までに提出できなかったのであるから,甲弁理士は,状況により必
要とされる相当な注意を払っていたというべきである。なお,甲弁理士
は,上記の入院期間中に,別の案件で,特許庁に出頭し,特許庁の審査
官と面接を行っていたが,上記入院期間中は,事務所に出勤したことは
なく,また,出勤することは極めて困難な状態であったのであるから,
必要とされる相当な注意は通常人と同一ではなく,病状に応じて軽減さ
れるべきである。
また,本件国際特許出願の翻訳文が提出されたのは,平成18年11
月3日であり,これは,期間を遵守できなかった理由がなくなった日か
ら2か月内であり,かつ,優先日である平成16年3月4日から42か
月以内であるから,本件規則49.6(b)に違反しない。
したがって,本件国際特許出願は,本件規則49.6により権利の回
復がされるべきであるから,本件却下処分1は取り消されるべきである。
イ本件却下処分2について
本件却下処分2は,本件却下処分1の存在を前提に,法184条の4第
3項に規定される「翻訳文の提出がなかったとき」に該当するものとして,
みなし取下げの効果を確認した処分であるところ,前記アで主張したとお
り,本件却下処分1は,違法であり,取り消されるべきであるから,本件
却下処分2も取り消されるべきことになる。
(2)取消理由2
ア日本語でされたPCT出願においては,国内書面提出期間内に法184
条の5第1項に定める国内書面を提出しない場合でも,特許庁長官の裁量
による手続補正命令に対する補正手続によって,その期間徒過による失権
の回復が認められている(同条2項)。そして,内国民が日本語によって
出願するPCT出願に関しては,当該提出期間の徒過があっても手続補正
指令書を発する運用のため,出願が却下されることはない。しかし,外国
語でされたPCT出願においては,国内書面が適切に提出されても,翻訳
文がその提出期間を徒過した場合には,その出願に関して権利が回復され
ることなく,出願が却下されることになる。
このように,外国語国際出願についてのみ,補正による権利の回復の機
会を与えずに,一義的に取下げとみなす法184条の4第3項の規定を形
式的に適用することは,発明の保護を基礎とする本件条約の法目的,工業
所有権の保護に関するパリ条約(以下「パリ条約」という。)2条に規定
する内国民待遇,法25条2号に規定する相互主義の原則に反するから,
違法である。また,法184条の4第3項は,発明の保護を基礎として作
成された本件条約の法目的(前文,2条(1))に反する。
この点,被告は,法184条の4第3項は,出願に用いられた言語によ
って取扱いの差を設けているのであって,国籍等による取扱いの差を設け
ているのではない旨主張する。
しかしながら,外国語による国際特許出願は専ら在外人が行うものであ
り,一方,日本語による国際特許出願を日本人以外の外国人が行うことは
実質的に皆無である以上,特許法令において,外国語による国際特許出願
につき,日本語による国際特許出願と同様に,注意喚起又は回復規定を設
けないことは,実質的に内外人を差別しているものと思料せざるを得ない。
原告の本国人であるドイツ人が,日本語で高度な法律的技術的文書である
特許の請求の範囲や明細書を書けるはずもない。したがって,被告の上記
主張は,詭弁でしかない。
イ在外人が本国出願を基礎として日本で出願するには,PCT出願とパリ
条約に基づく出願とが存在し,いずれも翻訳文の提出特例期間が定められ
ている。
PCT出願では,外国語特許出願の翻訳文提出特例期間は,国内書面提
出の日から2か月以内であり,翻訳文の提出の特例期間の基準日を,優先
日ではなく,国内書面提出の日としている(法184条の4第1項参照)。
一方,パリ条約に基づく特許出願(法43条)においては,外国語書面出
願の特許出願の翻訳文は,従前は,PCT出願と同様に我が国の出願の日
から2か月以内に提出しなければならないとされていたが,平成18年改
正特許法において,我が国の出願の日ではなく,「優先日」を基準とした
期間の算定方式に改正されている(特許法36条の2参照)。この改正の
趣旨は,我が国において外国語書面出願により第1国出願をする出願人の
翻訳文作成の負担軽減を図るため,翻訳文提出特例期間の基準日を優先日
とすることにして,実質的に外国語書面出願の翻訳文提出期間を延長させ
たものである。
我が国の特許法上は,翻訳文提出特例期間の起算日は国内書面提出日で
あるが,本件国際特許出願の出願人の本国であるドイツにおいても権利回
復規定が存在するのであるから,相互主義の原則(特許法25条)及び法
36条の2の改正の趣旨からして,法184条の4第3項の翻訳文提出特
例期間の起算日を形式的に国内書面提出日を基準とせず,優先日を基準と
した期間の算定方式を考慮するのが妥当である。
法184条の4第3項及び法36条の2が規定する期間は,いずれも翻
訳文提出特例期間である以上,両者で起算日に齟齬があるのは特許法の法
目的及び本件条約の法目的からしても妥当でない。
したがって,法184条の4第1項及び3項を形式的に適用して,翻訳
文提出特例期間の起算日を国内書面提出日とすることは,パリ条約上の内
国民待遇の原則,本件条約の法目的に反し,違法である。
そして,本件国際特許出願の優先日は平成16年3月4日であり,本件
国際特許出願の翻訳文の提出日は平成18年11月3日であるので,優先
日を基準とした期間の算定方式によれば,本件国際特許出願における翻訳
文の提出は,翻訳文提出特例期間内の提出となる。
ウしたがって,本件各却下処分は違法として取り消されるべきである。
3被告の主張
(1)取消事由1について
ア我が国においては,法48条の3第1項において,特許出願の出願審査
の請求は出願日から3年以内にすることができることとされ,同条4項に
おいて,同期間内に出願審査の請求がない場合は,その特許出願は取り下
げたものとみなすこととされている。他方で,本件規則49.6は,優先
日から42か月までの期間内に翻訳文が提出されたときは,国際特許出願
についての出願人の権利が回復すると規定している。したがって,特許出
願の日から3年を超え,優先日(条約2条(ⅹⅰ))から42か月(3年
6月)以内に国際特許出願の翻訳文が提出された特許出願については,国
内法令と同規則とが適合しないこととなる。
このため,我が国は,本件規則49.6は,同規則49.6(f)の
「国内法令に適合しない場合」に該当するから,同(a)ないし(e)の
適用がないことを締約国に明らかにするため,国際事務局に対しその旨を
通告し,国際事務局は,その通告を公報に掲載している。
したがって,我が国においては,本件規則49.6は適用されない。
この点,原告は,PCT出願において,国内段階での期間内の翻訳文未
提出による失権を回復するための救済規定を整備していないのは,主要国
中では日本のみであると主張するが,諸外国における特許制度等において,
翻訳文提出の期間を徒過した場合の失権の回復が認められているからとい
って,我が国がそれら諸外国と同様の対応を図らなければならないとする
条約上の理由はない。
イ(ア)前記アのとおり,本件規則49.6は,日本国指定官庁には適用さ
れないが,以下,念のため,本件国際特許出願が,本件規則49.6
(a)の要件を満たさないことについて述べる。
まず,本件規則49.6(a)の規定によると,「期間が遵守されな
かったことが故意ではないと認めるとき」(以下「故意でないとき基
準」という。)と「状況により必要とされる相当な注意を払ったにもか
かわらず期間が遵守されなかったものであると認めるとき」(以下「相
当な注意を払ったにもかかわらず基準」という。)という2つの基準が
制度として設けられており,指定官庁は,2つの基準のうち少なくとも
1つを選んで権利の回復を行わなければならない。
(イ)原告は,本件国際特許出願の代理人である甲弁理士が,平成18年1
0月19日から同年11月10日まで,緊急救急入院していたことから,
本件規則49.6(a)の「状況により必要とされる相当な注意を払っ
たにもかかわらず期間が遵守されなかったものである」旨主張する。
aしかしながら,本件国際特許出願の代理人(特許管理人)は,甲弁
理士と乙弁理士(以下「乙弁理士」という。)の2名であり,甲弁理
士について病気入院の事実があったとしても,乙弁理士によって翻訳
文提出等の出願手続を遂行することに支障はないのであるから,本件
に関しては,そもそも本件規則49.6(a)が想定する場面ではな
いというべきである。
bまた,甲弁理士は,上記の入院期間中,本件国際特許出願以外の3
件の国際特許出願について,国内書面の提出や手続補正書の提出とい
った手続を特許庁に対して行っていることから,本件各翻訳文の提出
につき相当な注意を払ったにもかかわらず期間が遵守されなかったも
のということはできない。
この点,原告は,上記の各手続は,いずれも弁理士の関与を必要と
する実体的事項ではなかったため,甲弁理士の入院期間中においても
事務担当者が単独で行うことができたが,翻訳文の認証は,弁理士の
関与が必要な実体的事項であるから,翻訳文を提出することは不可能
であった旨主張する。
しかしながら,乙第2号証によれば,甲弁理士は,上記の入院期間
中に直接特許庁へ出向き,特許庁の審査官と面接を行っていた事実が
認められ,当該入院期間中に,その他の通常業務を行っていたと認め
られるのであるから,本件国際特許出願手続において,甲弁理士が,
相当な注意を払ったにもかかわらず翻訳文を提出することが実質的に
不可能であったとはいえない。また,甲弁理士の海外事務担当所員の
「陳述書」(甲13)によれば,当該所員が,事務作業中に,翻訳文
提出期間を国内書面の提出期間に2か月を足したものであると誤認し,
パソコン上の期限管理表を書き換えてしまったために,翻訳文の提出
が遅れたということが認められる。したがって,結局のところ,本件
各翻訳文の提出が期間経過後となったのは,甲弁理士の入院によるも
のというよりは,同人の事務所の事務所員の提出期間の誤認によるも
のであったというべきである。
cしたがって,甲弁理士について,「相当な注意を払ったにもかかわ
らず基準」を満たすような個別具体的な事情は認められない。
(ウ)また,甲弁理士が病気入院し,事務所に出勤することが極めて困難な
状況であったことは,乙弁理士も容易に知り得たと考えられ,それにも
かかわらず,乙弁理士は,本件各翻訳文の提出について何らの手続を行
っていない。
そもそも,弁理士は,特許庁に対する手続を業として代理等をする者
であるところ(弁理士法4条1項参照),本件各翻訳文の提出がない場
合には,本件国際特許出願は取り下げられたものとみなされることは,
当該手続等に精通している弁理士(弁理士法3条参照)であれば十二分
に認識,理解していると考えられ,それにもかかわらず,本件国際特許
出願の代理人は,代理人弁理士として何らの手続を行わず,また,事務
所員に対して適切な指示も出さず,そのため,本件国際特許出願が特許
法により取り下げられたものとみなされることとなったのである。
以上のような事情からすると,本件国際特許出願については,「故意
ではないとき基準」を満たすような事情があるとはいい難い。
ウ以上より,原告の取消理由1に係る主張は理由がない。
(2)取消事由2について
ア原告は,法184条の4第3項は,パリ条約2条の内国民待遇の原則に
反する旨主張する。
しなしながら,法184条の4第3項は,外国語でされた国際特許出願
について,国内書面提出期間内に翻訳文の提出がなかったときは,その国
際出願は取り下げられたものとみなすと規定しているが,ここで問題とさ
れるのは,あくまで出願に用いられた言語であり,国籍等による取扱いの
差を設けているものではない。我が国の者が外国語により国際特許出願を
行えば,当然に翻訳文の提出が必要となるのであり,他方,外国の者が日
本語により国際特許出願を行えば,翻訳文の提出は不要なのであるから,
何ら内国民待遇違反の問題は生じない。
したがって,内国民待遇違反との原告の主張は失当である。
イまた,原告は,外国語国際出願についてのみ,翻訳文がその提出期間内
に提出されないときは,当該出願を直ちに取り下げたものとみなすとの規
定を設けることは,発明の保護を基礎として作成された本件条約の法目的
に合致しない旨主張する。
しかしながら,本件条約上,出願人は,優先日から30か月を経過する
時までに各指定官庁に対し,所定の翻訳文を提出すべき旨が規定されてお
り(本件条約22条(1)),出願人が優先日から30か月を経過すると
きまでに翻訳文を提出しなかった場合の国際特許出願の効果は,指定国に
おいて,当該指定国における国内出願の取下げの効果と同一の効果をもっ
て消滅する旨規定されている(本件条約24条(1)(ⅲ))。
したがって,翻訳文の提出期間の徒過により,当該出願を取り下げたも
のとみなすという定めは,そもそも本件条約に定められている事項である
から,条約の法目的に合致しないとする原告の上記主張は理由がない。
ウまた,原告は,国際特許出願の翻訳文の提出特例期間を,優先日を基準
に算定すべきであると主張する。
しかしながら,特許法上,翻訳文提出期間の起算点を国内書面提出時と
したことには,法政策上の合理的理由が存するのであり,原告の上記主張
は,現行法の解釈を超えるものであり,採り得ないことは明らかである。
すなわち,特許法においては,翻訳文の作成の負担の軽減を図り,出願
人の利便性及び翻訳文の品質を向上させるため,国内書面提出期間の満了
前2か月から満了の日までの間に国内書面を提出した外国語特許出願に限
り,当該書面の提出の日から2か月以内に,当該翻訳文を提出することが
できることとした(法184条の4)が,法改正の検討過程においては,
国内移行期間(優先日から30か月)を単に延長するという案も考えられ
たようである。しかし,この案では,出願人の国内移行の判断時期が後ろ
倒しされるだけで,翻訳文の質の向上につながらないおそれがあると考え
られたため,現行法のように,国内移行の判断を出願人にさせた上で,翻
訳文の提出猶予期間を与える規定としたのであり,このような規定には合
理性が認められる。
なお,原告は,パリ条約に基づく特許出願においても,特許法上,翻訳
文提出の特例期間が設けられている旨主張するが,パリ条約に基づく特許
出願を含む外国語によってされた特許出願の翻訳文提出期間は「特例期
間」ではない。また,原告は,翻訳文提出特例期間の起算日を法184条
の4第3項が規定している旨主張するが,翻訳文の提出期間の起算日を規
定している条項は,法184条の4第1項である。
エ以上より,原告の取消理由2に係る主張は理由がない。
第3当裁判所の判断
1取消理由1について
(1)特許法は,PCT出願について,本件条約の優先日から2年6か月の国内
書面提出期間内に,特許法所定の国内書面を提出する必要があり(法184
条の5第1項),外国語で出願を行う場合は,さらに,国内書面提出期間内
(ただし,上記国内書面を国内書面提出期間の満了前2か月から満了の日ま
での間に提出した場合は,国内書面の提出の日から2か月の翻訳文提出特例
期間内)に,本件条約所定の明細書,請求の範囲等の日本語による翻訳文を
提出する必要があるとし(法184条の4第1項),上記翻訳文(要約の翻
訳文は除く。)が上記期間内に提出されないときは,当該国際特許出願は取
り下げられたものとみなすものとしている(法184条の4第3項)。そし
て,特許法上,上記の翻訳文の未提出による取下げが擬制された場合に,権
利の回復を認める旨の規定は存在しない。
本件においては,前記争いのない事実等で判示したとおり,本件国際特許
出願の優先日は平成16年3月4日であり,国内書面提出期間の末日は平成
18年9月4日であるところ,原告は,同月1日に,特許庁に対して,本件
国内書面を提出し,同年11月3日に,本件各翻訳文を提出したのであるか
ら,本件各翻訳文は,翻訳文提出特例期間(同年11月1日まで)経過後に
提出されたものと認められ,本件国際特許出願は,法184条の4第3項の
規定に基づき,取り下げられたものとみなされることになる。
そこで,特許庁長官は,前記争いのない事実で判示したとおり,本件国際
特許出願の翻訳文提出書に係る手続について,本件却下理由通知書1に記載
した理由(本件各翻訳文が翻訳文提出特例期間経過後の提出であること)に
よって本件却下処分1を行い,本件国内書面に係る手続について,本件却下
理由通知書2に記載した理由(本件国内書面は,本件各翻訳文が翻訳文提出
特例期間内に提出されなかったことにより,本件国際特許出願が取り下げら
れたものとみなされることにより不必要な手続となること)によって本件却
下処分2を行ったものである。
(2)原告は,取消理由1に係る主張として,上記翻訳文提出期間の徒過につい
ては,本件条約に基づく本件規則49.6が直接適用され,同規定により,
原告の権利の回復が認められる旨主張する。
ア本件規則49.6の適用につき,同規則49.6(f)は,「2002
年10月1日に(a)から(e)の規定が指定官庁によつて適用される国
内法令に適合しない場合には,当該指定官庁がその旨を2003年1月1
日までに国際事務局に通告することを条件として,これらの規定は,その
国内法令に適合しない間,当該指定官庁については,適用しない。国際事
務局は,その通告を速やかに公報に掲載する。」と規定するところ,前記
争いのない事実等で判示したとおり,日本の特許庁は,同規則に基づき,
国際事務局に対し,同規則49.6(a)ないし(e)は国内法令に適合
しないことを通告し,国際事務局は,その通告を公報に掲載している。
したがって,本件規則49.6は,その規定上の手続により,我が国に
適用されないことが明らかといえる。
また,特許法は,特許出願の出願審査請求の期間を出願日から3年以内
と規定するところ(法48条の3第1項),本件規則49.6(a)ない
し(e)によれば,優先日から30か月を経過する時までに翻訳文を提出
せずにその効力が失われた国際出願の出願人は,期間を遵守できなかった
理由がなくなった日から2か月又は期間満了から12か月(優先日からす
れば42か月)の期間内は,出願人の権利を回復することができるから,
仮に,同規則に従い,外国語による国際特許出願において,翻訳文の提出
を優先日から最大3年6か月まで可能とする場合には,出願審査請求がさ
れてから,最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されない事態も生ず
ることになり,その間の審査を行うことができないため,特許庁における
審査に支障が生じるおそれがあることになる。
したがって,本件規則49.6(a)ないし(e)は,日本の国内法令
に適合しないというべきであり,特許庁の行った上記通告には,合理性が
あると認められる。
原告は,PCT出願において,国内段階での期間内翻訳文未提出による
失権を回復するための救済規定が国内法として整備されていない国は,主
要国中では日本のみである旨主張するところ,仮にそうであるとしても,
特許出願制度において翻訳文提出の期間を徒過した場合にどのような措置
を講ずるかは,各国の立法政策等に委ねられた問題と解すべく,失権を回
復する具体的規定が設けられていないからといって,本件規則49.6が
我が国の法規範として直接適用されるものでないことは,前記説示に照ら
して明らかといえる。
イしたがって,その余の点について検討するまでもなく,原告の取消理由
1に係る主張は,理由がない。
2取消理由2について
(1)特許法は,外国語でされたPCT出願に対しては,明細書,請求の範囲等
について,国内書面提出期間又は翻訳文提出特例期間内に日本語による翻訳
文の提出を要求し,上記期間内に上記の翻訳文の提出がなかった場合は,当
該出願は取り下げられたものとみなす旨規定している(法184条の4第1
項,同3項)。
ア原告は,外国語でされたPCT出願に対してのみ上記期間内に翻訳文の
提出を要求することは,外国語でPCT出願をするのは専ら在外人である
以上,実質的に内外人を差別していることになり,パリ条約2条の内国民
待遇,特許法25条2号の相互主義に反する旨主張する。また,原告は,
パリ条約に基づく出願の場合と同様に,PCT出願の翻訳文提出特例期間
の起算日を優先日とすべきであり,そのようにせずに,法184条の4第
1項及び3項を形式に適用して,上記起算日を国内書面提出の日とするこ
とは,パリ条約上の内国民待遇の原則に反する旨主張する。
しかしながら,特許法の上記規定は,外国語でされたPCT出願の場合
に,日本語でされたPCT出願においては要求しない手続を要求し,これ
を満たさない場合の出願の取下擬制の効果を規定しているのであって,そ
の取扱いの差は,出願の際に使用する言語によるものであり,出願者の国
籍によるものではないから,内国民待遇や相互主義違反の問題は生じない
というべきである。
イまた,原告は,法184条の4第3項は,発明の保護を基礎として作成
された本件条約の法目的(前文,2条(1))に反する旨主張するが,本
件条約自体は,翻訳文提出期間を徒過した場合の権利回復規定を設けてお
らず,権利回復を規定した本件規則も,前記1で判示したとおり,各国の
事情により,権利回復規定を設けないことを認めているのであるから(本
件規則49.6(f)),特許法の上記規定が,本件条約の法目的に反す
るということもできない。
(2)したがって,原告の取消理由2に係る主張は,理由がない。
3以上より,原告の取消理由1及び2に係る主張は,すべて理由がなく,本件
各却下処分は,いずれも適法である。
第4結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官坂本三郎
裁判官佐野信

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