弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件再上告を棄却する。
         理    由
 弁護人浜田三平、同塚本重頼再上告趣意について。
 所論は、憲法三九条はいわゆる「事後立法」を禁止したものと解すべきであり、
いわゆる「事後立法」禁止とは「唯に実体法に付て行為当時可罰性のない行為を可
罰性ありとすることを禁止するに止まらず、手続法に関しても行為当時におけるよ
りも犯人に対して不利益な取扱を為すことを許さぬものとする趣旨である」から、
刑訴応急措置法一三条二項は憲法三九条に違反する無効の法律であると主張するの
である。しかしながら、所論のごとく、単に上告理由の一部を制限したに過ぎない
訴訟手続に関する前記措置法の規定を適用して、その制定前の行為を審判すること
は、たといそれが行為時の手続法よりも多少被告人に不利益であるとしても、憲法
三九条にいわゆる「何人も、実行の時に適法であつた行為……については、刑事上
の責任を問はれない」との法則の趣旨を類推すべき場合と認むべきではない。従つ
て所論憲法に違反するものと言うことはできぬ。論旨は、それ故に、採ることを得
ない。
 よつて、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。
 以上は裁判官沢田竹治郎、同真野毅、同斎藤悠輔、同藤田八郎の補足意見を除き、
裁判官全員の一致した意見である。
 沢田、斎藤、藤田各裁判官の補足意見は次のとりである。
 憲法三九条前段の規定は実行の時に適法であつた行為に対する事後立法を禁止す
る趣旨のものであるが右の禁止は、過去の適法行為に適用すべき行為規範たる刑事
の実体法規に関するものであつて、性質上将来の訴訟行為に適用さるべき手続規範
たる刑事訴訟立法を制限するものでないことはいうまでもない。従つて、過去にお
ける刑事訴訟法規よりも実質的に被告人に不利な新刑事訴訟法規を立法することは
毫も右条規に触れるものではない。されば刑訴応急措置法一三条二項が被告人の犯
行当時における旧刑訴四一二条乃至四一四条の手続規定は刑訴応急措置法施行後は
これを適用しない旨を定めたからといつて、憲法三九条前段の規定に違反する理由
はない。
 棄却理由に関する裁判官真野毅の補足意見は次のとおりである。
 事後立法禁止は、本来固有の意味においては用語そのものが自称しているように、
立法権に対する制限であり、従つてこの禁止に反する立法はすべて無効となるべき
ものである。人類の歴史において罪刑法定主義がまだ確立しなかつた昔には、ある
人のある行為に対して、裁判によつて刑事上の責任を問う手続を採らず、直接立法
によつて刑罰を科する野蛮な不合理な方法が採られた実例が少くはない。(ビル・
オブ・アツテンダー)。そして、また過去の行為に対し裁判上遡及適用するため、
権力者に好都合な法律を事後に制定し、裁判の形式によつて政敵などを不合理に処
罰した実例もまた乏しくはない。かかる過去の行為に遡及する立法が、固有の事後
法(エキス・ポスト・フアクト・ロー)である。立法権に関する米国憲法第一条は、
その九項三号において「ビル・オブ・アツテンダー又はエキス・ポスト・フアクト・
ローを制定することはできない」と定め、その一〇項一号において「何れの州と雖
も、ビル・オブ・アツテンダー又はエキス・ポスト・フアクト・ローを制定するこ
とはできない」と規定し、立法作用として固有の事後法の制定すなわち事後立法を
禁止し、この禁止に反する法律を無効としているのである。さて、所論は、刑訴応
急措置法一三条二項をもつて、事後立法であるから違憲無効の法律であると主張し
ている。しかしながら、同法は、憲法施行の日から施行すると言つているだけで(
附則)、特に過去の行為に遡及適用があることをどこにも規定してはいないのであ
る。それ故、同法自体は固有の事後立法というべきものではなく、この意義におい
ては違憲無効となるべき何等の理由がない。されば、同条項の無効を主張する論旨
は、全く見当違いであると言わねばならぬ。
 次に、事後立法禁止の意義は、漸次立法作用に対する禁止という固有のもの(エ
キス・ポスト・フアクト・レジスレーシヨン)から転化して、司法作用に対する刑
罰法規遡及適用の禁止(エキス・ポスト・フアクト・ビーナライゼーシヨン)すな
わち刑罰法規不遡及の原則をも含む広い意義に用いられるようになつて来た。(こ
の両者の区別を明確に意識せず事後立法を論じている内外の著書が少くない。ため
に往々思考の混乱を招くおそれがある)
 固有の事後立法禁止は、かかる法律を違憲無効とするものであるが、刑罰法規不
遡及の原則は、その刑罰法規の適憲有効を前提としつゝ裁判の面においてその法規
の遡及的適用を禁止せんとするものである。そこで、論旨が刑訴応急措置法一三条
二項を違憲無効であるとするのは、前にも述べたように見当違いであるけれども、
その本旨は恐らく同条項は本件犯行の後に制定されたものであるから、これを本件
に遡及適用した第二審及び原審判決は憲法三九条に違反する違法があるというに帰
するものと思われる。この見地に立てば、所論は、同法の違憲無効を主張するので
はなく、同法を遡及適用した裁判の違憲を主張することとなる。ここで、今一度憲
法三九条を読み返すと「何人も、実行の時に適法であつた行為……については、刑
事上の責任を問はれない」とある。この規定の趣旨は、(一)実行のときに適法で
あつた行為に対して、これを処罰する遡及効のある刑罰法規を制定することの禁止
(立法権に対するもの)、(二)実行のときに適法であつた行為に対して、事後に
制定された刑罰法規を遡及的に適用する場合たると否とを問わず、処罰の裁判をす
ることの禁止(司法権に対するもの)を含んでいることは、疑のないところである。
そして、さらにこの立法趣旨を類推すれば、(三)実行のときに可罰性があつた行
為(従つて適法でなかつた行為)に対して、実行のときに定められていた刑をさら
に加重する遡及効のある刑罰法規を制定することの禁止(立法権に対するもの)、
(四)実行のときに可罰性があつた行為に対して、事後に制定された刑罰法規を遡
及的に適用する場合たると否とを問はず、実行のときに定められていた刑よりさら
に重い処罰の裁判をすることの禁止(司法権に対するもの)をも含むものと解する
を相当とする。しかしながら、所論のごとく、単に上告理由の一部を制限したに過
ぎない訴訟手続に関する前記措置法の規定を適用して、その制定前の行為を審判す
ることは、たといそれが行為時の手続法よりも多少被告人に不利益であるとしても、
前記法則の趣旨を類推すべき場合と認むべきではない。従つて所論憲法三九条に違
反するものと言うことはできぬ。論旨は、それ故に、採ることを得ない。(沢田裁
判官等の補足意見について寸評する。憲法三九条前段の規定をもつて単に立法の制
限と解するのは狭い。前述のごとく刑罰法規を遡及適用する裁判の禁止をも含むも
のと解すべきである。また「過去の適法行為」にのみ関すると解するのは狭い。前
述のごとく過去の違法行為にも関する場合があり得る(刑罰加重の立法制定の場合)。
次に、刑事の実体法にのみ関すると解するのは、純然たる大陸法的、ドイツ法的の
従来の考え方である。米国の事後立法禁止は特殊な訴訟法的なものについても適用
があるとする種々の判例があり又その変せんもある。今直ちに訴訟手続法はいかに
被告人に不利益に変更しても憲法三九条に違反しないとたやすく概括的に断定し去
ることは、少くとも甚だ早計であり且つ基本的人権のため立法の慎重さを期せしめ
るゆえんではないと信ずる)。
 検察官 十蔵寺宗雄関与
  昭和二五年四月二六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠
 裁判官栗山茂は出張につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

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