弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を禁錮2年に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成25年2月8日当時,株式会社Aの代表取締役として,同社が長崎
市a町b番c号において運営する認知症対応型共同生活介護事業所Bの経営,管理
等の業務全般を統括するとともに,消防用設備等を設置,維持するなどの業務に従
事していた。
Bは傾斜地に建てられており,道路に面した玄関は2階部分にあり,各階の移動
には階段を使う必要がある構造となっていた上,平成25年2月8日当時,Bには
自力歩行のできない者を含む要介護認定を受けた認知症の高齢者が多数入居してい
た反面,Bでは入居者の介護に従事する介護職員が1名のみである時間帯があった。
このような状況の下でBの施設内において火災が発生すれば,同施設内に燃え広
がり,入居者や職員の生命,身体に危険を及ぼすおそれがあったのであるから,被告
人はBの経営,管理等の業務全般を統括するとともに,消防用設備等を設置,維持す
るなどの業務に従事するものとして,スプリンクラー設備を設置し,火災発生時に
おける入居者等の生命,身体の安全を確保すべき業務上の注意義務を負っていたが,
これを怠り,同設備を設置しないまま漫然とBの業務運営を継続した。
この過失により,平成25年2月8日午後7時20分頃,B2階にあるC(当時7
8歳)の居室から出火した際,早期にこれを消火したり,その延焼を防止することが
できず,Bの施設内に燃え広がり,その結果,別紙死亡者一覧表記載のとおりD(当
時88歳)ら5名をそれぞれ死亡させるとともに,別紙負傷者一覧表記載のとおり
前記Cら5名にそれぞれ傷害を負わせた。
(法令の適用)
罰条
被告人の行為は,被害者ごとに平成25年法律第86号附則14条により同法
律による改正前の刑法211条1項前段に該当する。
科刑上一罪の処理
被告人の行為は,1個の行為が10個の罪名に触れる場合であるところ,①各
業務上過失致死罪は各業務上過失傷害罪よりも犯情が重く,②各業務上過失致
死罪については被害者ごとに犯情が異ならないから,いずれの業務上過失致死
罪かを特定することなく,刑法54条1項前段,10条により一罪として業務
上過失致死罪の刑により処断する。
刑種の選択
所定刑中禁錮刑を選択する。
宣告刑の決定
所定刑期の範囲内で,被告人を禁錮2年に処する。
刑の執行猶予
情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑
の執行を猶予する。
訴訟費用の処理
訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させ
る。
(量刑の理由)
1本件施設は,施設内からの出入口は2階にしかなく,かつ,他の階への移動手段
は階段だけで,2階以外から施設外に出ることが容易ではない構造であるし,本
件施設には自立歩行が困難な者を含む認知症の高齢者が多数居住していたにもか
かわらず,夜間には入居者の介護に従事する施設職員が1名のみになることもあ
ったのであり,一たび火災が発生すれば,施設職員がすべての居住者を施設外に
避難させることは難しく,居住者が火災から逃げ遅れ,その生命を奪う結果が生
じる危険があることは明白である。本件施設にはそのような危険があったにもか
かわらず,被告人は,本件施設内で火災が起こることはないなどと安易に考え,ス
プリンクラー設備を設置するなどせず,漫然と本件施設を運営管理していたので
あり,過失の態様は悪い。生じた結果が非常に重大であることは言うに及ばず,死
亡した被害者ら,あるいは,その遺族らの無念さは察するに余りある。
2弁護人は,①被告人が本件施設には消防法令上のスプリンクラー設置義務はな
いものと誤解していたこと,②本件施設にスプリンクラーを設置するのは困難で
あると聞いていたことを考えると,被告人が本件施設にスプリンクラーを設置す
る期待可能性は低かった旨主張する。しかし,①の点については,被告人が本件施
設について消防法令上スプリンクラーを設置する義務はないと思っていたとして
も,本件施設の構造や入居者の様子等に照らせば,火災になった際の危険は容易
に予見できるのであり,被告人がスプリンクラーを設置しなかったことがやむを
得ないとは到底考えられないし,②の点については,被告人が本件施設にスプリ
ンクラーを設置することを検討した際,その見積りを依頼した会社の従業員であ
るEが被告人に対し,費用がかかるもののスプリンクラーの設置は可能である旨
説明した事実が認められ,弁護人の主張はその前提を欠くものである。
また,弁護人は,近隣のグループホームと比較しても本件施設の夜間勤務の職員
が少ないということもなかったのであるから,被告人が本件施設の夜間勤務の職
員を増員する期待可能性が低かった旨主張する。しかし,本件施設と弁護人が指摘
する近隣のグループホームは,施設の物理的構造や火災発生時の延焼防止設備の
設置状況等の点で異なるのであり,それらを考慮せずに職員数のみを比較しても
ほとんど意味がないことは明らかであるから,弁護人の主張は採用できない。
さらに,弁護人は,本件火災発生時に勤務していたFが適切な初期消火を行わな
かったことが結果発生に一定程度寄与していると主張する。しかし,Fは,火災の
発生を知った時には火が大きかったため,消火活動はせず,入居者の救助をした旨
述べている。その供述内容には不自然な点はなく,供述態度も真摯であり,Fの供
述は信用できるのに対し,これに反する内容のGや被告人の各供述は,その内容自
体が不自然であるし,捜査段階供述との食い違いも合理的に説明できないのであ
るから,いずれも信用できない。そして,Fの供述によれば,火災発見時には既に
火が大きく,Fが消火を行うことができない状況であったと認められるから,弁護
人の主張は理由がない。
3以上の各事情を考慮すれば,被告人の刑事責任は重い。他方で,被告人と被害者
の遺族やその他の被害者(ただし,1名を除く。)との間で示談が成立しているこ
と,被告人が本件公訴事実を認めていること,被告人には前科がないこと等の被
告人のために酌むべき事情もあるから,被告人に対する刑には執行猶予をつける
のが相当である。よって,主文のとおり判決する。
(求刑-禁錮2年)
平成30年2月1日
長崎地方裁判所刑事部
裁判長裁判官小松本卓
裁判官富張真紀
裁判官増崎浩司

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