弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意について。
 論旨第一点は、先ず、原判決は、使用者に専属する生産手段の管理を排除してそ
れを組合側の実力支配下におく争議手段は、正当な争議行為ではないとする最高裁
判所の諸判例と相反する判断をしている旨主張する。しかし、原判決は、本件電源
ストは、発電所の水車室、機械室、配電盤室その他堰堤取入口等の電源職場におい
て従業員が一旦発電施設の運行を停止せしめた上その職場を離脱し一定時間労務の
提供を拒否することにより一定の減電量の実現を目的とする争議方法である旨、又
は、電源職場を単純に離脱するだけでは実効を挙げ得ないから一時発電機の運転を
停止して減電量十五パーセント程度を実現確保するため敢て発電施設の操作を停止
し若しくは発電停止の準備操作の間一時会社の当該施設を会社側の意思に反して管
理する状態に立ち至らしめるに過ぎないものである旨認定、判示しているのであつ
て、必ずしも所論のごとく使用者に専属する生産手段の管理を排除して組合側の実
力支配下におく争議手段であるとはいつていない。従つて、原判決は、生産管理に
関する所論引用の判例と相反する判断をしているものということはできない。
 しかしながら、「同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務
の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に
利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種と
して自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するが
ごとき行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する
支配を阻止するような行為をすることは許されないものである」ことは、当裁判所
大法廷のしばしば判示したところである(昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇
月二二日大法廷判決、民事判例集六巻九号八五七頁以下、昭和二三年(れ)一〇四
九号同二五年一一月一五日大法廷判決、刑事判例集四巻一一号二二五七頁以下、昭
和二七年(あ)四七九八号昭和三三年五月二八日大法廷判決参照)。しかるに、本
件公訴事実第二の(一)の被告人A、同B、同C、同D、同E、同F等の本件a発
電所放水路排砂門(原判決にいわゆる水路排水門)を開放して用水を関川に放流し
た積極的な行為、並びに、同(二)の被告人A、同Bの同所b本流制水門(原判決
にいわゆる本流排砂門)を開放し用水を関川に放流した積極的な行為が、何故に原
判示にいわゆる電源職場における従業員の発電施設の運行停止行為又は発電停止の
準備操作行為その他被告人等の労働契約上負担する労務供給義務の不履行行為に当
るかについては、原判決は何等首肯するに足りる説示を示していないのである。従
つて、前記本件公訴に係る積極的な行為が正当な争議行為の範囲内にあるか否か不
明であるといわなければならない。果して然らば、原判決は、既にこの点で、判決
に影響を及ぼすべき理由の不備ないし事実の誤認があつて、原判決を破棄しなけれ
ば、著しく正義に反するものといわざるを得ない。
 次に論旨第一点は、原判決は、平和的ピケツテイングの限界を逸脱する実力の行
使は暴力の行使に該当しない場合においても正当な争議行為ではないとする最高裁
判所の諸判例と相反する判断を為している旨主張し、同第二点において事実誤認、
法令違反をも主張しているのである。しかし、所論引用の判例は、必ずしも本件に
妥当しないばかりでなく、原判決は、これらの判例と相反する判断を示しているわ
けでもないから、判例違反の主張は採るを得ない。けれども、当裁判所は、論旨第
二点(ニ)(ロ)の事実誤認の疑いある旨の主張は、その理由あるものと認める。
従つて、本件行為は、使用者側の業務遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨
害した場合に当る疑あるものといわなければならない。それ故、原判決には判決に
影響を及ぼすべき事実誤認又は法令違反があつて、この点でも原判決を破棄しなけ
れば著しく正義に反するものというべきである。
 しかのみならず、前記昭和三三年五月二八日の大法廷判決は、前示の引用した判
文に引き続き「されば、労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を
阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範
囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨
げるものではない。」と判示している。しかるに、原判決は、判示(三)において、
「次に前項(二)掲記の諸証拠によると、G中央本部は、電源スト実施にあたり会
社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備
操作を防ぎ会社の操業を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するた
め発電停止のための操作を実施する間ピケツトラインを以て非組合員の現場(当該
所要部分の施設)への立入を阻止すると共に翻意するよう説得し、G組織の威力を
示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときは、スクラムを組
んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これ
を阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときは、そのまま
退去する旨の方針を昭和二七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指
示されたのである……ことが認められる。右によつて見るときは、本件電源ストに
おけるピケツテイングも一般のそれと同じく「平和的説程ないし団結の示威」を本
来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組
合員の現場立入を阻止することを認めているのであるが、本件電源ストの性質が上
記のようなものである以上その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備
操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず強引にピ
ケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段とし
てその操作実施の時間に限りスクラムによるピケツテイングの方法をとることは已
むを得ないところとして許容されなければならない旨」判示しているのである。し
かし、原判決の右前段の認定によれば、本件電源ストにおけるピケツテイングは、
説得前すでに非組合員の現場への立入を阻止する目的を以てなされるものであるこ
と明白であつて、説得行為のごときはその実、名のみに過ぎないものであることを
看取するに難くはないのである。にもかかわらず原判決は、前記判示後段のごとく
「平和的説得ないし団結の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りス
クラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めている
のであると判示しているのは、判決理由に喰い違いがあるか又は重大な事実誤認で
あるといわなければならない。しかも、原判決の認定した事実関係(論旨第二点(
ニ)(ロ)の摘録事実参照)の下においても、前記判例にいわゆる諸般の事情から
見て正当な範囲を逸脱し刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではな
い場合に該るものということができる。されば、原判決は、この点でも破棄を免れ
ない。
 よつて、刑訴四一一条一号、三号、四一三条本文に従い、裁判官全員一致の意見
で、主文のとおり判決する。
 検察官 神山欣治公判出席
  昭和三三年一二月二五日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫

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