弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成16年12月16日
平成16年(わ)第488号
住居侵入被告事件
主文
被告人らはいずれも無罪。
理由
1 本件各公訴事実の要旨
 (1) 平成16年3月19日付け起訴に係るもの(ただし,第4回公判期日〔同年7月8日〕にお
いて,同年6月25日付け訴因変更請求書記載のとおり訴因が変更された後のもの)
    被告人A,被告人B及び被告人Cは,共謀の上,「自衛隊のイラク派兵反対!」などと
記載したビラを防衛庁立川宿舎(以下「立川宿舎」という。)各室玄関ドア新聞受けに投函する
目的で,管理者及び居住者の承諾を得ないで,平成16年1月17日午前11時過ぎころから
同日午後0時ころまでの間,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長Dらが管理し,Eらが居住す
る立川宿舎の敷地に立ち入った上,同宿舎の3号棟東側階段,同棟中央階段,5号棟東側
階段,6号棟東側階段及び7号棟西側階段の各階段1階出入口から4階の各室玄関前まで
立ち入り,もって正当な理由なく人の住居に侵入した(なお,住居侵入罪がいわゆる継続犯と
解されることにかんがみれば,検察官は,立川宿舎の敷地に立ち入った時点から上記各室
玄関前に至るまでの全体を,同罪の実行行為と捉えているものと解される。)。
 (2) 平成16年3月31日付け追起訴に係るもの(ただし,第4回公判期日において,同年6
月25日付け訴因変更請求書記載のとおり訴因が変更された後のもの)
    被告人B及び被告人Cは,共謀の上,「ブッシュも小泉も戦場には行かない」などと記
載したビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で,管理者及び居住者の承諾
を得ないで,平成16年2月22日午前11時30分過ぎころから同日午後0時過ぎころまでの
間,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長Dらが管理し,Eらが居住する立川宿舎の敷地に立
ち入った上,同宿舎の3号棟西側階段,5号棟西側階段及び7号棟西側階段の各階段1階出
入口から4階の各室玄関前まで立ち入り,もって正当な理由なく人の住居に侵入した(なお,
実行行為については1(1)に同じ。)。
2 本件の問題点
  本件においては,各公訴事実に記載された事実関係,すなわち,被告人らが,各公訴事
実記載のとおり,前記各ビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で,管理者及
び居住者の承諾を得ないで同宿舎の各室玄関前まで立ち入ったことは証拠上優に認めら
れ,当事者間にも争いはない(ただし,平成16年3月19日付け起訴に係る公訴事実中,被
告人らが立ち入った時間帯については,被告人Aの供述〔第4回公判同被告人供述調書1
頁〕に沿って,「午前11時30分過ぎころから午後0時過ぎころまで」と認定すべきである。)。
  検察官は,これらの事実につき,住居侵入罪の成立が認められる旨主張する。他方,弁
護人は,①本件各公訴提起はいずれも公訴権濫用にあたり,公訴棄却の判決がなされるべ
きである,②前記事実関係については住居侵入罪の構成要件該当性も違法性も認められ
ず,被告人らはいずれも無罪である旨主張している。
  以上に対し,当裁判所は,①公訴棄却を求める弁護人の主張には理由がなく,②被告人
らの各立ち入り行為は住居侵入罪の構成要件に該当するが,③法秩序全体の理念からし
て,刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められず,結局,被告人らはい
ずれも無罪であると判断した。以下,理由につき説明する。
3 判断の前提となる事実
  被告人らの各供述,本件各公訴事実につき被害届を警察に提出した防衛庁事務官及び
自衛官,被告人らの立ち入り状況を目撃した立川宿舎の居住者らの各供述,実況見分調書
(甲264),検証調書(職権4),Fの刊行物(甲371から374,弁34から57)等の関係各証
拠によれば,被告人らが前述のとおり立川宿舎に立ち入るに至った経緯や背景事情,同宿舎
の構造,立ち入りの態様,同宿舎の管理者や居住者の対応等につき,以下の事実が認めら
れる。
 (1) 被告人らの所属する組織について
    被告人らは「F」と呼ばれる団体の構成員であり,各公訴事実に記載された立ち入り行
為は同団体の活動の一環としてなされたものである。
  (ア) そこで,Fの沿革,組織,活動内容を概観するに,同団体は,昭和47年,当時の米軍
立川基地への自衛隊進駐に際し,これに反対する労働団体や市民団体等種々の団体による
デモなどの抗議行動が立川市のほぼ全域にわたって大規模に展開された中,同基地に隣接
する公園に設置された抗議団体の連絡体として結成された。昭和48年に同基地への自衛隊
移駐が完了すると抗議行動は鎮静化していったが,なおも基地反対運動を続けようとする人
々がFにとどまり,Fは統一された団体としての体を成していった(以下では自衛隊が移駐した
部分を便宜上「立川基地」という。)。
  (イ)同団体には明文の規約は存在せず,また,入会及び退会の要件や形式も明確に定
まっておらず,毎週行われる会議に出席し,月刊の機関誌の作成に携われば,事実上,構成
員として認知される。そうした意味での構成員は現在被告人らを含めて約7名おり,従前も構
成員の数は概ね10名足らずの範囲内で推移してきた。ただし,それ以外にも,Fの活動に協
力的な共鳴者の中にはF構成員を自認している者もいることから,構成員,非構成員の線引
きには曖昧なところもある。構成員中,代表という立場にある者はいるが,同人も含む構成員
間に権限や義務の差はなく,支配・服従関係は存しない。同団体の運営や活動方針のすべて
は前述の会議で決定される。
     Fは,地元の労働争議団体による労働運動を支援したり,他の団体と共闘して集会や
デモなどの活動におよぶことはあるが,特に上部団体や傘下の団体があるわけではない。ま
た,支援者の中には様々な政党の関係者も存在するが,F自体は特定の政党との関係を有
しておらず,基本的に無党派の立場で活動を続けている。
     Fの財政状況についてみると,構成員らが各自の経済事情に応じた額を月々納入す
る会費(ただし,会費を納めていない構成員も存在する。)と地元の支援者らからの寄附を主
とする収入で,宣伝車や事務所の維持費等,活動に必要な経費を賄っている。月別の収入,
支出はいずれも概ね10万円前後から30ないし40万円程度である。
  (ウ)Fは,「自衛隊解体」を掲げて立川基地反対,反戦平和を主要な課題とし,航空自衛
隊の輸送機飛来に合わせて毎月行われる定例のデモや立川基地で開催される式典への抗
議などの示威行動,同基地の動静の監視,毎週宣伝車で同基地ゲート前に赴いて15分から
20分程度の演説を行う「反軍放送」,立川駅頭でのビラ配布による情報宣伝活動,ビラを請
願として同基地の宿直担当者に手渡すという基地に対する申し入れ活動等に従事している。
その他,前述のとおり,他の団体の活動を支援したり,共同で集会やデモなどを主催すること
も少なからずある。
 (2) 各被告人のFにおける活動歴について
  (ア) 被告人Cは,都内の区立中学校の給食調理員として稼働しているものであるが,大
学在学中の昭和53年ころにFで行われた文献講読の学習会に参加したのを機に,翌54年こ
ろから同団体の構成員として活動に携わるようになった。昭和58年,同被告人は他のF構成
員らと共に基地内監視行動のためにフェンスを越えて立川基地内に立ち入り,軽犯罪法違反
の容疑で検挙され,起訴猶予となった。また,同被告人が参加した平成15年秋の抗議行動
においては,警察官の制止にもかかわらず立川基地ゲート前でシュプレヒコールが続けられ
た。
  (イ) 被告人Aは,身体障害者の介助を業とする有限会社の取締役を務め,自らも介助に
従事しているものであるが,大学在学中の平成4年ころにFのデモに参加したのがきっかけと
なって,平成12年ないし13年ころから,毎週の会議に出席するとともに会費も納入し,同団
体の構成員として活動するようになった。
  (ウ) 被告人Bは,身体障害者の介助に従事しているものであるが,平成11年ないし12
年ころに地域の秋祭りに参加した際,その祭りの実行にFも関わっていたことから,同団体の
構成員と知り合ったのを機に集会やデモ,情報宣伝活動に参加するなどし,平成14年の春こ
ろから,毎週の会議にも出席し,同団体の構成員として活動するようになった。同被告人は,
Fの活動の一環として,国営昭和記念公園におけるG記念館建設に抗議する申し入れをする
ために,同団体構成員も含む10数名余りと共に立川市内所在のビルに赴いた際,ガードマ
ンの制止にもかかわらずビル内に立ち入り,警察官が臨場するまで同所から退去せずに止ま
っていたことがあった(なお,同被告人は,最終陳述において,上記申し入れ行動はFの行動
ではない旨述べる。だが,同団体が発行した月刊の機関誌中には,上記申し入れ行動に関
連するとみられる事項につき言及している記事があり〔甲373,弁50〕,この点に照らせば,
上記申し入れ行動はFの活動の一環としてなされたものと認められる。)。
 (3) 立川宿舎の構造及び管理状況について
(ア) 別紙1(甲264添付の「現場見取図2」の写し)のとおり,立川宿舎はL字型をした約2
万平方メートルの敷地内にあり,南北に細長い部分(約424.9メートル)には,南から順に,
1号棟から8号棟まで,鉄筋4階建ての宿舎が8棟建っており,東側はアスファルト舗装された
公道,西側は防衛庁陸上自衛隊東立川駐屯地(立川基地),南及び北側は空き地に接してい
る。これら各棟には,1棟あたり24世帯入居でき,常時,ほぼ満室の状況である。入居者に
は,単身者も家族と同居している者もいる。8号棟北側には空き地を隔てて鉄筋4階建ての9
号棟,鉄筋5階建ての10号棟が存するところ,これらの棟には,平成16年1月17日当時は
かなり空室が目立つ状態であり,現在,入居者はいない。
    1号棟から8号棟の周囲並びに9号棟及び10号棟の周囲は,地上からの高さ1.5メ
ートルないし1.6メートル程度の鉄製フェンスないし金網フェンスで囲まれている。1号棟から
8号棟の各棟東側に間口の幅4メートルないし9メートル程度の出入口があり,その部分には
フェンスは設置されておらず,門扉の設備もない。9号棟の南東側及び北側並びに10号棟の
北東側にも出入口があり,前同様にフェンスは設置されておらず,門扉の設備もない。これら
の敷地出入口部分は,敷地と外の公道が直結するような外観を呈している(職権4添付の写
真1,2)。なお,8号棟北側の空き地には東側の公道に面して幅員約2.4メートルの歩道が
設けられており,同歩道を南に直進すると同宿舎敷地内に至るところ(職権4添付の写真1
1,12),当該敷地前は車道のみで歩道部分がないことから,前記歩道を南進する一般の歩
行者の中には,そのまま同宿舎敷地内を通り抜けていく者もいる(弁60)。
     各棟1階の階段出入口にも門扉の設備はなく,集合郵便受けが設置されている(甲2
64添付の写真65,職権4添付の写真5等)。各室玄関ドアにも新聞受けが付いている(甲2
64添付の写真118等)。
  (イ) 国家公務員宿舎法以下に基づき,立川宿舎の1号棟から4号棟については航空自
衛隊第1補給処立川支処長が管理者として定められている。上記各棟の維持管理は,内部
規定に基づき,航空自衛隊第1補給処立川支処業務科の所管事項であり,同科長は立川支
処長を補佐する立場にある。同様に,国家公務員宿舎法以下に基づき,同宿舎の5号棟から
8号棟については陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長が管理者として定められている。また,
同宿舎の敷地も陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長が管理している。5号棟から8号棟及び
敷地の維持管理は,内部規定に基づき,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊厚生科の所管事
項であり,同科長は業務隊長を補佐する立場にある。各公訴事実記載の日時においては,1
号棟から4号棟の管理者はH,同人を補佐する業務科長はI,5号棟から8号棟及び同宿舎敷
地の管理者はD,同人を補佐する厚生科長はEという。)であった。9号棟は防衛庁契約本
部,10号棟は防衛庁技術研究本部第3研究所の管理下にある。
 (4) 過去にFが立川宿舎に文書を投函したことについて
    Fは,昭和51年に月刊新聞を発刊し,以後,昭和59年に廃刊するまでの間,この月刊
新聞を立川基地ゲート前で自衛官に手渡したりダイレクトメールで自衛官宅に郵送したりした
ほか,自衛官に確実に読んでもらうための最善の方法として,本件各公訴事実と同様に,立
川宿舎の各室玄関ドア新聞受けにも投函した。前記月刊新聞はB4版用紙の表裏に印刷さ
れており,Fの見解や活動内容等が書かれていた。それらの中には,「自衛隊パレードを粉砕
しよう!」(弁35),「住民の怒りと不安の中,C1ジェット着陸強行を弾劾する!」(弁36)とい
う表現が見られる。また,被告人CらF構成員は,湾岸戦争の際に立川市で結成された,自衛
隊の海外派遣に反対する市民団体の活動に関わっており,同団体でも,平成9年から平成1
0年にかけての約2年間にわたり,活動の一環として「STOP海外派兵」というビラを立川宿舎
の各室玄関ドア新聞受けに投函していた。以上のほか,不定期ではあるが,Fが大量のちら
しを作成した際などに,その一部を立川宿舎に配布したこともあった。
    これらの文書投函行動に対しては,「STOP海外派兵」につき当該ビラに連絡先として
記載された立川市議会議員宛に自衛隊員から個人的に抗議の連絡があったのを除いては,
自衛隊ないし防衛庁関係者からも警察からも全く連絡がなかった。
 (5) 自衛隊のイラク派遣に反対するビラの投函行動について
  (ア)Fでは,平成15年の夏合宿において,自衛隊のイラク派遣に反対するビラを立川宿
舎に配布することを決定し,これに基づき,同年10月から平成16年2月にかけて毎月1回ず
つ計5回にわたり,同宿舎へのビラの配布活動が行われた。本件各公訴事実は,平成16年
1月及び同年2月のビラの配布活動につき公訴提起されたものである。
     ビラ配布は,3名ないし4名程度のF構成員が午前11時から11時半ころに立川宿舎
北側にある小学校前に集合して各自配布に当たる棟を分担し,その後,同宿舎出入口から
敷地内に入って各棟1階の階段出入口に赴き,階段を昇降して各室玄関ドア新聞受けに1枚
ずつビラを投函するという方法で実施された。ただし,玄関ドア新聞受けではなく,1階の集合
郵便受けに投函されたものもあった(少なくとも,平成15年11月,12月及び平成16年2月
の際には一部のビラが集合郵便受けに投函されていたことは証拠上明らかである〔E証人尋
問調書6,7,12頁,J証人尋問調書6頁〕。)。1回のビラ配布に要する時間は概ね30分くら
いであった。
  (イ)配布されたビラはいずれもA4版の大きさで,「自衛官のみなさん・家族のみなさんへ
 イラクへの派兵が,何をもたらすというのか?」(平成15年10月,別紙2〔甲370添付資料
2枚目写し〕),「自衛官のみなさん・家族のみなさんへ 殺すのも・殺されるのもイヤだと言お
う」(同年11月,別紙3〔甲370添付資料1枚目写し〕),「イラクへ行くな,自衛隊!戦争では
何も解決しない」(同年12月,別紙4〔甲369添付資料写し〕),「自衛官・ご家族の皆さんへ 
自衛隊のイラク派兵反対!いっしょに考え,反対の声をあげよう!」(平成16年1月,別紙5
〔甲102添付資料写し〕),「ブッシュも小泉も戦場には行かない」(同年2月,別紙6〔甲256
添付資料写し〕)という表題で,自衛隊のイラク派遣を非難する見解が綴られたものである。
     いずれのビラにも,「F」と印字されており,その連絡先住所及び電話・ファクシミリ番
号が明記されている。平成15年12月,平成16年1月及び同年2月に配布されたビラには,
さらに,Fの電子メールアドレスも記載してある。
  (ウ) 以上のビラ投函行動についても,被告人らが平成16年2月27日に逮捕されるまで
の間,後述のとおり被告人Cと被告人Aが個人的に立川宿舎の居住者から抗議されたことは
あるものの,それ以外は,自衛隊ないし防衛庁関係者からも警察からも一切,接触,連絡は
なかった。
 (6) 立川宿舎側の対応について
    平成15年12月13日にFのビラ(別紙4)が立川宿舎に投函された後,前述のとおり管
理者の補佐として同宿舎の維持管理等の業務に携わっていたE及びIは,自衛隊のイラク派
遣についての国会審議や閣議決定等で自衛隊の存在が注目されていた当時の情勢にもか
んがみ,同年10月,11月に続き3回にわたって前記の各ビラが投函された事態を重視し,そ
れぞれ以下のとおり今後のビラ投函を防止する対策を講じた。
    Eは,同年12月18日から19日にかけて,F構成員や関係者のみならず一切の部外者
につき立川宿舎への立ち入りを禁ずる趣旨で,「宿舎地域内の禁止事項 一 関係者以外,
地域内に立ち入ること 一 ビラ貼り・配り等の宣伝活動 一 露天(土地の占有)等による物
品販売及び押し売り 一 車両の駐車 一 その他,人に迷惑をかける行為 管理者」という
貼り札を作成し,A3版のものを同宿舎敷地各出入口の所にある鉄製フェンス又は金網フェン
スに,A4版のものを5号棟から8号棟の1階階段出入口の掲示板に貼った(甲264,265)。
それから,同月22日,立川警察署に被害届を出し,さらに,同月26日,反自衛隊的内容のビ
ラを投入又は配布している者を見かけたら,直ちに110番通報するとともに東立川駐屯地に
連絡するように,という内容の宿舎便り(甲376の添付資料)を作成して5号棟から8号棟の
各入居者に配った。
    Iは,同月19日,1号棟から4号棟の各入居者に対し,各棟の連絡員を通じて不審者を
発見したら速やかに連絡するようになどという注意事項を口頭で伝えた上,前記宿舎便りと概
ね同旨の依頼文書(甲377の添付資料)を作成,配布した。その後,同月24日までの間に,
前記貼り札のA4版のものを1号棟から4号棟の1階階段出入口の掲示板に貼り(甲264,2
65),また,同月22日に被害届を立川警察署に提出した。
 (7) 平成16年1月17日のビラ投函行動(同年3月19日付けで起訴された公訴事実に係る
もの)の状況について
  (ア) 平成16年1月17日午前11時半ころ,被告人Cと被告人Bは待ち合わせ場所の前記
小学校前で会い,被告人Cは徒歩で1号棟東側の出入口から,被告人Bは自転車に乗って1
0号棟北東側の出入口から,それぞれ立川宿舎敷地内に入った。
    被告人Cは,1,2号棟の各室玄関ドア新聞受けにビラ(別紙5)を投函した後,3号棟
東側階段を,同階段沿いの各室玄関ドア新聞受けにビラを投函しながら4階まで上った。そ
れから,同階段を1階まで下り,今度は,同棟中央階段を,同階段沿いの各室玄関ドア新聞
受けにビラを投函しつつ4階まで上った後,同階段を下りて1階に戻ってきた。被告人Bは,
9,10号棟付近にある駐輪場に自転車を停め,徒歩で15分ないし20分程度かけて両棟の
各室玄関ドア新聞受けにビラを投函してから,再度自転車に乗り,4号棟付近で自転車を停
めて降車した。
    一方,3号棟4階に居住していた航空自衛官のJは,平成15年10月から同年12月
に掛けて3回にわたりFのビラが投函されたことにつき強い不快感を抱いていたところ,この
日,在宅中に玄関ドア新聞受けにビラを入れられたことに気付き,投函者に注意する目的で
直ちに室外に出た。すると,同棟3階と4階の間の踊り場から,被告人Cがビラを持って同棟
中央階段に向かう様子及び4号棟のわきで前かごにビラの入った自転車の脇に立っている被
告人Bの姿が見えた。そこで,Jは,110番通報し,Fの者がまたビラを投函している旨告げて
警察官の臨場を要請した。
    その直後,Jが3号棟1階まで下りて行ったところ,同棟中央階段出入口から出てきた
被告人Cに行き会った。Jが,ビラの投函をやめるよう同被告人に申し向けたところ,同被告
人は,迷惑を掛けているつもりはないなどと答え,ビラの内容の感想を尋ねた。Jは,「それは
あんたたちの主義主張だろう。」,「いくら主義主張でもやってはいけないことはやってはいけ
ないんだ。」などと言い,同棟1階東側階段出入口(甲265添付写真17)の掲示板に貼られ
た前記貼り札中「関係者以外,地域内に立ち入ること」,「ビラ貼り・配り等の宣伝活動」とある
箇所を指差して被告人Cに示した。同被告人は,「ああ,そうですか。」と答えて立ち去った。J
は,再度,110番通報し,まだFの者がいるので早くどうにかしてもらいたいなどと要請した。
  (イ) 被告人Aは,被告人C及び被告人Bよりも遅れて立川宿舎に着き,徒歩で6号棟東側
ないし7号棟東側出入口から同宿舎敷地内に入り,まず,5号棟東側階段を,同階段沿いの
各室玄関ドア新聞受けにビラを投函しつつ,4階まで上っていった。
    被告人Aが同階にある居室の玄関ドア新聞受けにビラを投函しようとしたところ,その
背後から,同室に居住する航空自衛官のKが,強い口調で,何をやっているのかと詰問し,ビ
ラを入れるなという趣旨のことを申し向けた。同被告人はビラ配布の趣旨やFの活動について
説明しようとしたが,Kは,そのようなことは聞きたくないと言って同被告人の言葉を遮り,イラ
クの自衛隊派遣反対などというビラを撒いている人を見たら警察に通報するよう管理人から
言われていると申し向けた。同被告人がビラを撒いてはいけない理由を尋ねたところ,Kは,
概要,「いいから通報するように言われているんだ。ここは自分達の生活している敷地内だ。
勝手に入ってきてもらっては困る。勝手に入ってきてこんなことはしないでくれ。敷地入口にも
1階にもその旨書いてあるだろ。不法侵入になる。」と返答した。被告人Aは,ビラを投函して
いる際,空室と思われる居室の玄関ドア新聞受けに広告や宣伝のちらしが入っている様子を
見かけたことから,Fのビラ以外にもちらしが投函されている事実を指摘した。すると,Kは,イ
ラクへの自衛隊派遣反対とか言ってるようなビラはだめなんだ,と応じ,ビラの回収を求めた。
これに対し,同被告人が無言のまま階段を降りて立ち去ろうとしたところ,Kは,同被告人の
前に立ちふさがり,回収するよう再び強く求めた。同被告人は,まず,Kの居室に投函したビ
ラを回収し,さらに,同人の指示に従って隣室に投函したビラも回収した。それから,同被告
人は5号棟東側階段を降りていったが,Kもこれに付き添い,同階段側居室に投函されたビラ
のすべてをその都度指示して同被告人に回収させた。その後,Kは,同棟東側階段1階出入
口にある掲示板に貼られた前記貼り札(甲265添付の写真21)を指し示し,「ここにこう書い
てあるだろ。」と申し向けた。同被告人は,無言のまま立ち去り,その後,7号棟,6号棟の各
室玄関ドア新聞受けにビラを投函した。
  (ウ) 同日午前11時30分過ぎころ,ビラ投函を終えた被告人ら3名は立川宿舎の敷地を
出て合流し,その際,被告人CはJからビラを撒かないようになどと言われたことを,被告人A
はKから同様の注意を受け,ビラの回収までさせられたことを,それぞれ話した。
 (8) 前記ビラ投函行動後の状況及び平成16年2月22日のビラ投函行動(同年3月31日
付けで追起訴された公訴事実に係るもの)の状況について
  (ア) 前記ビラ投函行動の直後に開催されたFの定例会議において,被告人C及び被告人
Aが立川宿舎の居住者から前述のような注意を受けるなどしたこと,関係者以外の立ち入り
を禁ずる旨の貼り札もあったことが話題に上り,今後のビラ投函をどうするかにつき検討がな
された。その結果,まず,自衛隊のイラク派遣に反対するビラ投函に関わる連絡はいまだ一
切Fになされていないことが確認され,いずれのビラにもFの連絡先は明記してあるのだか
ら,立川宿舎の居住者らがビラ投函の打ち切りを求めているのであれば管理人もしくは自衛
官が直接Fに抗議の連絡をしてくるはずである,それまではとりあえず様子を見るということで
2月のビラ投函も予定どおり実施するという結論に達した。
  (イ) 一方,E及びIは,前述のとおり禁止事項の貼り札を立川宿舎敷地出入口のフェンス
や各棟1階階段出入口に貼るなど対策を講じたにもかかわらず,Fが再度ビラ投函行動にお
よんだ事態を重視し,同年1月23日,それぞれ被害届を警察に提出した(甲1,2)。
  (ウ) 同年2月22日の午前11時30分過ぎころ,被告人Cは,徒歩で1号棟東側出入口か
ら立川宿舎に入り,3号棟西側階段を,同階段沿いの各室玄関ドア新聞受けにビラ(別紙6)
を投函しつつ,4階まで上った。被告人Aも,徒歩で立川宿舎に立ち入り,ビラの投函におよ
んだ(ただし,被告人Aは起訴されていない。)。被告人Bは,被告人C及び被告人Aよりも遅
れて同宿舎に着き,出入口から自転車で敷地内に入り,徒歩で7号棟,6号棟及び5号棟の
各室玄関ドア新聞受けにビラを投函した。
    このビラ投函行動についても,E及びIは,同年3月22日に被害届を警察に提出した
(甲107,108)。
4 当裁判所の判断
 (1) 弁護人による公訴棄却の主張について
  (ア)弁護人は,概要,①被告人らによる本件ビラ投函行動は正当な目的の下になされた
相当な手段による表現活動であって,これにつき強制捜査を行って公訴提起することは,単
に当該表現活動の自由を侵害するにとどまらず,表現行為一般に強力な萎縮効果を及ぼす
ものであり,また,自衛隊員の知る権利の侵害にもつながる,②立川宿舎には飲食店のチラ
シ等の商業的宣伝ビラも日常的に投函されているにもかかわらず,それらの投函に伴う立ち
入り行為は摘発されずに放置され,本件ビラ投函に伴う立ち入り行為のみが強制捜査を経て
起訴されている,③本件に関わる被害届は警察から求められて提出されたものであり,また,
捜査は所轄の立川警察署ではなく警視庁公安部主導で行われるなど,本件においては明ら
かに通常の事件と異なった取扱がなされている,④被告人3名は逮捕後長時間にわたる取
調べを受け,その際には,脅迫的言辞や誹謗中傷を伴う転向強制がなされた,⑤捜査機関
側は本件ビラ投函行動やFの活動とは全く関連性のない物まで捜索,押収したと指摘する。
そして,弁護人は,ビラ配布に伴う立入行為のような,形式的に法益侵害が存在するにせよ,
きわめて軽微な侵害しかなく,しかも従来放置されてきた態様のものについて,逮捕,勾留,
家宅捜索という強制捜査を行ったばかりでなく,公訴を提起したことは,表現行為の抑圧ある
いは被告人らの所属団体の活動を抑制もしくは停止させることを目的とするものに他ならず,
したがって,本件各公訴提起はいずれも公訴権濫用にあたり,公訴棄却の判決がなされるべ
きである旨主張する(「公訴事実に対する弁護人意見」の2頁から3頁,弁論要旨53頁から5
8頁)。
  (イ)そこで検討するに,検察官は,現行法制の下では,公訴の提起をするかしないかにつ
いて広範な裁量権を認められているのであり,公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱による
ものであったからといって直ちに無効となるものではないことは明らかである。確かに,その裁
量権の行使については種々の考慮事項が刑事訴訟法に列挙されていること(同法248条),
検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条),刑
事訴訟法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこ
れを行使すべく濫用にわたってはならないものとされていること(同法1条,刑事訴訟規則1条
2項)などを総合して考えると,検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合
のありうることを否定することはできないが,それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構
成するような極限的なものに限られるというべきである(最高裁昭和55年12月17日第一小
法廷決定,刑集34巻7号672頁)。
  (ウ)本件に関しては,確かに,弁護人の指摘するとおり,立川宿舎の集合郵便受けや各
室玄関ドア新聞受けにはFのビラの他にも商業的宣伝ビラ等が数の多寡はともかく投函され
ているのは間違いないところ(E証人尋問調書4頁,第6回公判被告人A供述調書9頁から10
頁,),それらの投函者らも部外者でありながら同宿舎内に無断で立ち入ったという点では被
告人らと同様であるにもかかわらず何ら刑事責任を問われることなく,被告人らのみが住居
侵入罪を犯したとして強制捜査を受け,起訴されるに至っている。そして,①後述のとおり,被
告人らの立ち入りの態様は立川宿舎の正常な管理及びその居住者の日常生活に対し,ほと
んど実害をもたらさないものといえ,一般社会で日常的に行われている商業的宣伝ビラ等の
配布行為と別段異なるところはないといえることに加え,②3(6)で認定したとおり,立川宿舎
においては反自衛隊的内容のビラを投入ないし配布している者を見かけたら110番通報す
るようにという指示が出されていたこと,③証人L及び被告人Aの供述によれば,本件で被害
届を提出した防衛庁の側も,一般のアパートの集合郵便受けに自衛官募集のビラを投函して
いることにも照らせば,本件各公訴提起には,ビラの記載内容を重視してなされた側面があ
ることは否定できない。
     しかしながら,前記認定のとおり,Fによる自衛隊のイラク派遣を非難するビラの投函
については,平成15年12月の段階で既に被害届が提出されており,本件各公訴事実に係
る被害届の提出に至っている。その背景には,同宿舎の居住者中,少なからぬ者が,ビラの
内容それ自体が自衛官やその家族を動揺させて不安に陥れるものであり,このようなビラを
投函するために自らが生活する宿舎内というプライベートな場所に部外者が入り込んできた
のは迷惑であるなどと(E,I,Jの各証言等),ビラの投函につき,他の商業的宣伝ビラに対す
るものとは異なる不快感を抱いていたと認められるのであって,このような居住者の感情等に
着目すれば,本件各公訴提起が弁護人の主張するような目的でのみなされたとは断定でき
ない。なお,各被告人とも捜査機関による取調べに対しては黙秘を続けており,被告人らの捜
査段階における供述内容が本件各公訴提起に供されたことはない。加えて,検察官の立証
活動に照らせば,ビラ投函行動やFの活動と全く関連性のない証拠に基づいて本件各公訴提
起がなされたとは考え難い。したがって,仮に,本件捜査手続において弁護人が指摘するよう
な違法が存するとしても,本件各公訴提起が違法に収集された証拠に基づいてなされたもの
とは認められない。
     以上にかんがみれば,本件各公訴提起について,検察官の職務犯罪を構成するよう
な極限的な訴追裁量権の逸脱はみられず,弁護人の前記主張は採用できない。
 (2) 構成要件該当性の有無について
  (ア)被告人らの立ち入った箇所が刑法130条前段所定の「住居」に該当するかについて
     検察官は,各公訴事実において被告人らが立ち入った立川宿舎の敷地,各公訴事
実記載の各棟各階段1階出入口から4階の各室玄関前に至る通路部分はいずれも「住居」で
ある旨主張する。これに対し,弁護人は,前記敷地及び通路部分ともに「住居」には該当しな
い旨主張する(「公訴事実に対する弁護人意見」4頁,弁論要旨37頁から38頁)。
     検討するに,「住居」とは「人の起臥寝食に使用される場所」を指し,立川宿舎の各居
室がこれにあたることは優に認められる。そして,①前記認定のとおり,同宿舎の敷地は各出
入口部分を除いて高さ1.5メートルから1.6メートル程度の鉄製フェンスないし金網フェンス
で囲まれており,外部から明確に区画されていること,②同宿舎の1号棟ないし8号棟は常時
ほぼ満室であるところ,前記敷地及び通路部分(以下「前記敷地等」という。)は外界と各居室
を結ぶ道などとして同宿舎の居住者らの日常生活上不可欠なものといえ,また,専ら同人ら
やその関係者らの用に供されていると推認できることからすれば,前記敷地等はいずれも同
宿舎居室と一体をなして「住居」に該当すると評価すべきである。もっとも,前記敷地等は,場
所によっては各居住者らによる利用が一部重複したり,あるいはほぼ専有的になるなど,必
ずしもその利用形態は一様ではないことから,前記敷地等のどの部分がどの居室の一部に
あたるか個別具体的に特定することはできないが,この点は前記評価を妨げるものではな
い。
     弁護人は,敷地部分につき,合計8か所ある出入口には門扉等もなく外部から自由
に出入りできる構造になっていること,日中には付近の小中学校に通う児童,生徒らが通学
の際などに敷地内を通行していることを指摘するが,これらの点も,前記評価を揺るがせるも
のではない。
  (イ)被告人らの各立ち入り行為が「侵入」に該当するかについて
    ①前述のような立川宿舎の構造,敷地の利用状況及び管理形態に照らすと,同宿舎
への「侵入」とは,同宿舎の居住者及び管理者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべき
である(最高裁昭和58年4月8日第二小法廷判決,刑集37巻3号215頁参照。)。そのよう
な行為が結局,宿舎居住者の住居権及び管理者の管理権を侵害すると認められるからであ
る。(なお,前記3(3)(イ)のとおり,同宿舎では管理者が所管科を通じて同宿舎の維持管理に
当たっており,また,同宿舎の居住者の意思は,通常,管理者を通じて外部に示されると考え
られることに照らせば,「侵入」の意義につき居住者のみならず管理者の意思を考慮すること
も,住居侵入罪の趣旨に沿うものであると思料される。)。したがって,郵便や宅配便の配達
員,電気会社やガス会社の検針担当者等,いわば定型的に他人の住居への立ち入りが許容
されているとみられる者以外,立川宿舎と関係のない者が無断で同宿舎の敷地内に立ち入
ること自体,居住者及び管理者の意思に反するというべきである。
     被告人らは,定型的に他人の住居への立ち入りが許容されている者に当たらず,ま
た,立川宿舎の関係者ではなく,同宿舎内に立ち入ることにつき,居住者及び管理者いずれ
の承諾も得ていない。したがって,被告人らの各立ち入り行為は,居住者及び管理者の意思
に反するというべきであり,「侵入」に該当すると認められる。そして,この理は,部外者の立ち
入りを禁ずる旨の警告の有無,その点についての被告人らの認識如何に左右されるもので
はない。
    ② 弁護人は,1)被告人らの各立ち入り行為は住居の平穏を何ら侵害していないので
「侵入」には当たらない(「公訴事実に対する弁護人意見」4頁から5頁,弁論要旨39頁から4
0頁),2)居住者の意思としては,情報伝達の手段としてのビラ投函のために部外者が集合住
宅の階段,通路部分に立ち入ることについては包括的に承諾していたものとみるべきである
(弁論要旨41頁から42頁),3)被告人らの立ち入り行為がたとえ居住者及び管理者の意思
に反していたとしても,それらの意思も表現の自由の観点から内在的制約を受けるのであり,
居住者及び管理者は立ち入りを受忍すべきといえるから,結局,「侵入」には該当しない(弁
論要旨41頁から43頁)と主張する。だが,1)被告人らの各立ち入り行為が居住者及び管理
者の意思に反するものである以上,それは住居の平穏を害するというべきである。また,2)居
住者が,たとえ集合住宅の階段,通路部分といった共用部分についてであっても,ビラ投函
のためであれば部外者の立ち入りを包括的に承諾するなどということは,通常,考えられな
い。3)の点についても,構成要件該当性の有無についてはある程度形式的類型的に判断す
べきことからすれば,居住者及び管理者の意思に反する立ち入りは,それらの意思が明らか
に不合理なものであるなど特段の事情のない限り,「侵入」と評価すべきであり,本件におい
てはかかる特段の事情の存在は認められない。弁護人の主張はいずれも採用できない。
  (ウ) 以上より,被告人らの各立ち入り行為は住居侵入罪の構成要件に該当するといえ
る。
 (3) 違法性の有無について
    一般に,社会通念上の違法有責行為類型たる構成要件に該当する行為は,それ自
体,違法性の存在が推定されるというべきである。しかし,構成要件に該当する行為であって
も,その行為に至る動機の正当性,行為態様の相当性,結果として生じた被害の程度等諸般
の事情を考慮し,法秩序全体の見地からして,刑事罰に処するに値する程度の違法性を備え
るに至っておらず,犯罪が成立しないものもあり得るというべきである。
    以下,被告人らの各立ち入り行為につき検討する。
  (ア)被告人らが立川宿舎に立ち入った動機について
    ①被告人らは,Fの活動の一環として,自衛隊のイラク派遣に関する同団体の見解を
自衛官らに直接伝えるため,同団体が発行したビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投
函する目的で,同宿舎に立ち入ったものである。
   ②1) そこで,被告人らが投函しようとしたビラ(別紙5,6)の記事の内容につき検討す
るに,これらは,立川基地反対,反戦平和を主要な課題とするFの立場から(いずれのビラに
もFの名称と連絡先が明記されている。)自衛隊のイラク派遣を激しく糾弾しつつ,自衛官や
その家族に向けて,自らも派遣反対の意思を表明するよう呼びかけるものである。
      そして,いずれのビラも,「納得のいかない派兵には,反対の声を一緒にあげよ
う!」(別紙5,平成16年1月),「自衛官も,その家族も,派兵反対の声をあげましょう。」(別
紙6,平成16年2月)といった相当強い語調で書かれており,文中,「『復興支援は強盗の手
伝い』」,「殺すのも殺されるのも自衛官です。」などといささか過激な表現も見受けられる。だ
が,そうした表現はすべて自衛隊のイラク派遣を非難する文脈で用いられており,個々の自
衛官や家族に対する誹謗,中傷や,イラク派遣を止めなければ危害を加える,暴動を起こす
などといった脅迫的言辞は一切見られない。また,受領者の応答を強いるものでもない。
       このように,上記各ビラに記載された見解自体は,暴力や破壊活動といった違法
行為を指向するいわゆる危険思想ではなく,1つの政治的意見として捉えられるべきものであ
る(Fが平成15年10月から12月にかけて3回にわたり立川宿舎に投函したビラ〔別紙2ない
し4〕についても同様のことがいえる。)。
 2) 加えて,前記3(7)認定のとおり,被告人Aが立川宿舎の居住者の求めに応じてビラ
を回収したことなどからも明らかなように,被告人らは,何らかの過激な手段に及んでもFの
見解を自衛官らに伝える等の不当な意図は有していなかったと推認され,この点については
Fの性格等からも裏付けることができる。
       すなわち,前記3(1)の認定に係る,Fの沿革や活動内容のほか,同団体には構成
員に対する入会の強要や脱会の阻止,会費の強制徴収,私刑による制裁等の強権を背景と
した上命下達関係などといったいわゆる組織統制の存在はうかがわれないことによれば,F
は,「自衛隊反対」を主眼とする政治的見解を同じくする人々から構成される一市民団体にす
ぎないというべきである。なお,前記3(2)で認定したところによれば,過去,Fの構成員による
やや不穏当な行動もみられるが,その行動が,直ちに暴行,脅迫,破壊活動その他周辺に危
害をもたらす言動につながるとはいえず,また,Fが実際にそのような言動におよんだことが
あるとも認められない(当公判廷に出頭した立川宿舎関係者らも,Fの活動について詳しくは
知らない〔E証人尋問調書30頁〕,平成15年10月にビラを投函されるまで同団体の名称は
聞いたことがなかった〔J証人尋問調書17,32頁〕などと述べており,同団体が過去に危険
行為におよんだという認識は有していない。)。
    ③1) 以上で検討してきたところによれば,立ち入り行為という手段の是非は別に論ず
るとしても,ビラを届けることで自衛隊のイラク派遣に関するFの見解を自衛官らに直接伝え
るという動機自体は,Fの政治的意見の表明という正当なものである(立川宿舎の管理に当
たる関係者も,敷地の外でビラを配ること自体は問題はない旨証言している〔E証人尋問調書
55頁〕)。)。
     2) この点に関し,検察官は,平成16年10月29日付けでFの活動状況,性格等を立
証趣旨として警察官の証人尋問請求をし,同請求却下決定に対して同年11月1日付けで異
議を申し立てた(その後,同異議の申立てについては棄却され,同証人の尋問は行われてい
ない。)が,その申立ての理由によれば,同証人は被告人らを含むF構成員がM構成員やNと
呼ばれる団体の構成員らと共闘している状況を繰り返し目撃しており,また,Mは,自衛隊海
外派遣反対などの理由で立川基地内に爆発物を発射した事件など危険な事件に関与してい
るとのことである。
       だが,仮にこのような事情があったと認められるとしても,Fの性格等についての
前記認定を妨げ,ひいては,本件において,被告人らが何らかの不当な意図を有していたとう
かがわせるものではなく,よって,前記4(3)(ア)③1)の結論を左右するものでもない。
       また,検察官は,Fのレジュメに,本件ビラ投函の目的は「自衛官工作」である旨記
載されていることを指摘するが,前述のビラの内容や後述のビラ投函に伴う立ち入り行為の
態様にも照らせば,この記載をもって,自衛官にFの政治的見解を伝え,理解・共感を得ると
いう目的を超えて,過激な手段による洗脳等,不当な目的を有していたとは認め難い。
(イ)被告人らが立川宿舎に立ち入った態様について
    ①本件各公訴事実に係るものも含め,F構成員による一連の自衛隊イラク派遣反対
ビラ投函に伴う立川宿舎への立ち入り行為については,前記3に認定したように,1)その頻度
は毎月1回ずつと高くはなく,2)ビラの投函にあたっては,多数の威力を背景にすることなく,
いつも3,4名程度で担当し,各公訴事実に係る立ち入り行為の際も,被告人ら3名のみで立
川宿舎に赴いている。また,3)立ち入りは白昼に行われ,早朝や夜間に人目を盗んで立ち入
ったことはなく,4)その際も凶器や暴力を用いる,フェンスを乗り越えるなど手荒な手段を用い
たり,あるいは居住者を追尾するなどしてオートロックのドアを通り抜けたりして同宿舎敷地内
に押し入ったわけではなく,門扉の設備のない出入口から普通に徒歩ないし自転車で入って
いる。その後,各室玄関前へ向かう際も,同様に,門扉の設備のない各棟1階階段出入口か
ら徒歩で階段を昇降している。そして,5)被告人ら構成員は,居住者その他宿舎関係者に面
会を求めることもチャイムを鳴らしたり声を出すなどしてコミュニケーションを図ることもせず,
外から玄関ドア新聞受けにビラを投函するのみでその場を立ち去っており,6)投函されたビラ
も1戸当たり1枚ずつに過ぎない。さらに,7)被告人ら構成員が同宿舎敷地内に滞在するの
は,せいぜいビラ投函に要する30分程度に過ぎず,それを超えて長時間居座ったことはな
く,8)その間,被告人ら構成員がことさらに目立つ言動を見せるなどして周囲の静謐を害した
ことは皆無である。
      以上の事実に照らせば,被告人らの立ち入り行為は,暴力や騒音を伴うものではな
いのはもちろん,社会で一般にみられる,居室の玄関先まで訪れるのみならずインターホンを
鳴らすなどして居住者を呼び出し,面談を求めるいわゆる訪問販売や各種勧誘行為,いきな
り個々人に架電して応答を促す電話による勧誘等に比して,居住者に被らせる迷惑は少ない
といってよい。加えて,前述のとおりF構成員が暴行,破壊活動等危険性の高い行為におよ
んだことはなく,立川宿舎居住者も過去にF構成員がかかる行動をしたという認識は抱いてい
ないと認められること,ビラの内容に脅迫的言辞や応答の要求,個々の自衛官に対する誹
謗,中傷は見られないことをも併せ考えれば,被告人らの立ち入り行為の態様自体は,立川
宿舎の正常な管理及びその居住者の日常生活にほとんど実害をもたらさない,穏当なものと
いえる。
    ② もっとも,立ち入り行為の態様自体が穏当であるとしても,「住居」のどの部分まで
侵入したかによって居住者のプライバシーが侵害される程度は大きく異なるのであり,立川宿
舎に即していえば,駐輪場などの敷地に立ち入ったに過ぎない場合,各棟の階段や踊り場に
立ち入った場合,さらに各室玄関前に至った場合,室内にまで入ってきた場合を想定すると,
順に,居住者のプライバシー侵害の程度が増していくといえ,この点を看過して一律に行為態
様の相当性を論じることはできないというべきである。
      しかし,前記3(3)(ア)で認定した立川宿舎の構造によれば,被告人らが立ち入った
敷地内から各室玄関前に至るまでの部分は全て,そもそも居住者・管理者だけでなく郵便や
宅配便の配達員といった外部の者も立ち入ることが予定されている共用部分であり,しかも,
この部分については,これら定型的に立ち入りが許容されている者以外でも容易に立ち入る
ことが可能である。そして,現に,1)敷地内には一般の歩行者が通行の便宜のために利用し
ている箇所があり,2)集合郵便受けには,禁止事項の貼り札がされた前後を通じて(貼り札が
された後は数こそ少なくなったものの)Fのビラの他にも商業的宣伝ビラが投函されていた(E
証人尋問調書11頁,60頁)。さらに,3)各室玄関ドア新聞受けにも,少なくとも禁止事項の貼
り札がされる以前には商業的宣伝ビラが投函されており,禁止事項の貼り札がされた後です
ら,宗教の勧誘を目的とする部外者が居室玄関ドア前まで来て居住者に面会を求めたことも
あった(J証人尋問調書23頁から24頁。なお,貼り札がされた後に各室玄関ドア新聞受けに
まで商業的宣伝ビラが投函されたかは判然としないが,貼り札がされておよそ1か月後である
平成16年1月17日の時点で,被告人Aが空室と思われる居室についてではあるが,玄関ド
ア新聞受けに商業的宣伝ビラの類が入っていることを現認していること(前記3(7)(イ))等から
すれば,貼り札がされた後も商業的宣伝ビラが各室玄関ドア新聞受けに投函された可能性は
否定できない。)。それゆえ,居住者及び管理者においても,関係者以外の者が同宿舎敷地
内に立ち入り,場合によっては各室玄関前まで至ることは十分に予期していたはずである。
      以上の点に照らせば,被告人らの本件立ち入り行為が居住者のプライバシーを侵
害する程度は相当に低いものとみるべきである。
③ そして,以下にみるように,本件において,被告人らがことさらに居住者・管理者から
の反対を無視して各立ち入り行為におよんだとはいえない。
     1) まず,前記3(4),(5)で述べたとおり,F構成員は,すでに昭和51年から昭和59
年にかけて,自衛隊との対決,闘争姿勢を露わにした月刊新聞を立川宿舎の各室玄関ドア
新聞受けに投函したほか,不定期ながらも,大量のちらしを作成した際などにその一部を同
宿舎に配布したことがあった。さらに,平成15年10月から12月にかけて3回にわたり,自衛
隊のイラク派遣を糾弾するビラ(別紙2ないし4)を同宿舎の各室玄関ドア新聞受けや集合郵
便受けに投函しており,かつ,それらのビラには「その地域の住民にとって,自衛隊は死に神
になります。」(別紙3)などといういささか過激な表現も見られる。
       だが,前記月刊新聞にもビラにも,発行者としてFの名称とその連絡先が明記され
ているにもかかわらず,平成16年1月17日に至るまで,それらの配布につき,Fやその構成
員に対して,自衛隊ないし防衛庁関係者や警察からの連絡,接触は一切なかった(もっとも,
被告人Cを含むF構成員が,湾岸戦争の際に,他の市民団体の活動に協力して海外派遣に
反対する趣旨のビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函した際,同ビラに連絡先として
記載された立川市議会議員宛に自衛隊員から個人的に抗議の連絡が来たことはあるが,そ
の余の反応はなく,Fやその構成員に対しては何らの働きかけもなされなかった。)。
       そして,被告人らが同日投函したビラの内容や立ち入りの状況に,従前と比べて
特に変わった点はないのであって,そうすると,少なくとも同日に立ち入った時点においては,
被告人らが,ビラ投函のための立ち入り行為は許されないとの認識を持ちがたい状況であっ
たといえる。
     2) もっとも,3(6)で認定したとおり,当時,同宿舎においては,敷地出入口の鉄製フ
ェンス又は金網フェンス及び1号棟ないし8号棟の各1階階段出入口の掲示板に,管理者の
名義で,「宿舎地域内の禁止事項」を列挙した貼り札が貼ってあり,禁止事項中には,「関係
者以外,地域内に立ち入ること」,「ビラ貼り・配り等の宣伝活動」が明記されていた。
       しかしながら,出入口フェンスの貼り札は,高さ1.5メートルから1.6メートル程度
のフェンスに貼られたA3版の大きさで,さほど目に付きやすいものとはいい難い(甲264添
付の写真13)。各棟1階階段出入口掲示板の貼り札に至っては,同掲示板には催し物の案
内や宿舎内の安全対策といった掲示物もあり(検証調書添付写真4,6,8,甲264添付の写
真26等),同掲示板は主として居住者への連絡用に用いられていることが一見して明らかと
いえ,通常,居住者等関係者以外の者はあまり気に留めないと思料される。禁止事項の貼り
札が他の掲示物に紛れてかなり目につきにくいと思われる箇所も少なからず見受けられると
ころである(甲264添付写真16,17,20,26等)。さらに,一部の貼り札は,平成15年12
月中旬に貼られた後,平成16年2月3日までの間にはがれ落ちていた(I証言,甲265)。こ
のように,上記貼り札はそもそも注意を喚起し易いものではないが,のみならず,貼り札の内
容には,禁止事項に反した場合の処置や警告については一切書かれておらず,一般のマン
ションやアパート等の共同住宅出入口付近などに散見される立ち入り禁止の表示と特に変わ
ったところはない。そうした共同住宅においても,しばしば立入禁止の表示に反して,集合郵
便受けや玄関ドア郵便受けに商業的宣伝ビラ,時にはいかがわしい内容が記載されたいわ
ゆるピンクチラシが投函されていることもあるが,おおむね放置されているのが現状である。
       以上の諸点に照らせば,禁止事項の貼り札は,外見上,立ち入り禁止につきさほ
ど強い警告を与えるものとはいえず(現に,前述のとおり,部外者が宗教の勧誘のために玄
関ドアまで来たのは貼り札が貼られた後のことである。),この貼り札の存在が,被告人らに
対して,直ちに,ビラ投函のための立ち入り行為が許されないとの認識を与えるものとはいえ
ない。
     3)ところで,前記3(7),(8)で認定したとおり,平成16年1月17日に,被告人C及び被
告人Aは,ビラ投函を居住者に見咎められ,それぞれ禁止事項の貼り札を示されながらビラ
の投函を止めるよう強く要求されており,ことに被告人Aは,居住者から,自衛隊のイラク派遣
反対などというビラを撒いている人を見たら警察に通報するよう管理人から言われている,ビ
ラ投函は不法侵入になると告げられた上,既に投函したビラの一部を撤去させられている。そ
して,被告人C及び被告人Aは,これらのいきさつを,同日中に被告人Bも含め3名で合流し
た際に話した上,その後開催されたFの定例会議においても報告した。以上の事実によれ
ば,被告人C及び被告人Bは,自身の立ち入り行為に強い反感を抱く居住者がおり,管理者
もこれを容認していない可能性があるという程度のことは少なくとも認識し,その上で,同年2
月22日,立川宿舎に立ち入ったものと認められる。
       しかしながら,被告人C及び被告人Aが受けた注意はそれぞれ居住者の1名から
の個人的なものであり,その際も,立ち入り行為が許されない具体的な理由としては,政治的
意見を異にするビラ投函のためであるからという程度の説明を受けたに過ぎない。そして,自
衛官らの中にもイラク派遣に関して多様な意見を有する者がいる可能性は否定できないので
あるから,被告人らが受けた注意が居住者の総意に基づくものとはいえないし,また,前述の
とおり,従前折りに触れて行われてきたFによる文書投函や自衛隊のイラク派遣反対のビラに
ついても,立川宿舎の管理者からはFに一切連絡が来ていない。
       こうした事情に照らせば,平成16年1月17日の時点で,被告人らにおいて,立川
宿舎の居住者らがビラ投函の打ち切りを求めているのであれば直接Fに抗議の連絡がくるは
ずであるから,それまでは様子を見ながらビラ投函を続けようと考え,前記のとおり立川宿舎
の共用部分にのみ立ち入ったことは,あながち間違った判断とは言い切れない(なお,同年1
月17日に被告人Aが居住者の求めに応じてビラを回収したこと,居住者から連名でビラ投函
を止めるよう申し出られるなど正式な抗議があれば,ビラ投函をそのまま続行したとは考え難
い旨被告人Cが述べていることからすれば〔第5回公判被告人C供述調書37頁〕,そもそも,
被告人らにおいて,居住者,管理者の反対を押し切ってまでビラを投函する意図は有してい
なかったと考えられる。)。
    ④ 以上で検討してきたところによれば,本件立ち入り行為の態様について,相当性の
範囲を逸脱したものとはいえない。
  (ウ) 被告人らが立川宿舎に立ち入った結果について
    ① 4(2)(イ)で述べたとおり,被告人らは,居住者及び管理者の意思に反して立川宿舎
に立ち入ったものであり,その結果,居住者,管理者ら立川宿舎関係者のうち,少なからぬ者
が,ビラの内容が自衛官らに不安を与えるなどとして,ビラの投函に不快感を抱くに至ったと
思料される(前記4(1)(ウ))。現に,当公判廷に出頭した同宿舎の関係者3名はいずれも,被告
人らを住居侵入罪の規定に従って厳正に処罰するよう求めている所である。そして,中には,
ビラの意図が自衛官に対する嫌がらせや精神的ダメージを与えることにあるのではないかと
解釈している者もおり,確かに,いずれのビラも自衛隊のイラク派遣を激しい調子で論難する
内容であり,Fが長年反自衛隊の立場を貫いてきた団体であることをも考慮すると,そのよう
な感情を持つことも必ずしも理解できないではない。
      しかしながら,本件で被告人らが投函しようとしたビラ(別紙5,6)の見解自体は,
当時,自衛隊のイラク派遣に関して国論が2分していた状況においてメディア等で日々目にす
る種々の反対意見に比して,内容面のみならず表現面でもさして過激なものではなく,それゆ
え,本件ビラがこれら反対意見とさほど異なるような不安感を与えるとも考え難い(なお,同宿
舎関係者の中には,単に投函されたビラを廃棄し,Fの主張を無視するという行動をした者も
少なからずいる〔E証人尋問調書47頁,甲297,302,317,333〕。)。
      そして,ビラの記載内容は,自衛隊そのものに対する批判ではなく,直接には自衛
隊のイラク派遣という政府の政策を批判するものであるから,Fの活動歴等を考慮してもな
お,当該ビラが自衛官に対する嫌がらせ等,不当な意図を有していると解することは根拠に
乏しいというべきである。
    ② また,同宿舎関係者には,日常生活を営むプライベートな領域に部外者が入り込
んできたことにつき迷惑と感じて強い憤りや不快感を訴える者,Fの活動を放置すればどんど
んエスカレートしてゆき,宿舎内の施設の破損や居住者への攻撃といった行為にまでおよぶ
のではないかと危惧している者もいる。
だが,さきに述べたとおり,被告人らの立ち入り行為が居住者のプライバシーを侵害
する程度は相当に低い。また,過去にFが暴力行為や破壊活動等周辺を害する違法行為に
およんだことはなく,今回投函されたビラの内容も今後Fがそのような行動に出ることをうかが
わせるものではないことからすれば,前述の危惧についても根拠に乏しいといわざるを得な
い。
    ③ 以上で検討してきたところによれば,検察官が指摘するとおり同宿舎関係者の被
害感情が強いことを考慮しても,被告人らが同宿舎に立ち入ったことにより生じた居住者及び
管理者の法益の侵害は極めて軽微なものというべきである。
  (エ) 結論
    ① 以上のとおり,被告人らが立川宿舎に立ち入った動機は正当なものといえ,その態
様も相当性を逸脱したものとはいえない。結果として生じた居住者及び管理者の法益の侵害
も極めて軽微なものに過ぎない。
      さらに,被告人らによるビラの投函自体は,憲法21条1項の保障する政治的表現
活動の一態様であり,民主主義社会の根幹を成すものとして,同法22条1項により保障され
ると解される営業活動の一類型である商業的宣伝ビラの投函に比して,いわゆる優越的地位
が認められている。そして,立川宿舎への商業的宣伝ビラの投函に伴う立ち入り行為が何ら
刑事責任を問われずに放置されていることに照らすと,被告人らの各立ち入り行為につき,
従前長きにわたり同種の行為を不問に付してきた経緯がありながら,防衛庁ないし自衛隊又
は警察からFに対する正式な抗議や警告といった事前連絡なしに,いきなり検挙して刑事責
任を問うことは,憲法21条1項の趣旨に照らして疑問の余地なしとしない。
      以上,諸般の事情に照らせば,被告人らが立川宿舎に立ち入った行為は,法秩序
全体の見地からして,刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められないと
いうべきである。
    ② この点,検察官は,本件各立ち入り行為が刑事処罰の対象とならないならば,居
住者や管理者は,被告人らの立ち入りを受忍しなければならなくなり,また,ビラ投函を隠れ
蓑とした不当な目的による立ち入りに対しても排除する手段を持ち得なくなり,かかる結論は
不当であると主張する。
      だが,前述のとおり,被告人らが居住者や管理者の反対を押し切ってビラを投函す
る意図は有していなかったと思料されることからすれば,Fに対して正式に抗議の申し入れを
することによって,敷地内に立ち入ってビラを投函することを止めさせることは可能であったと
考えられる。そのような申し入れによって,居住者や管理者が敷地内への立ち入りを強く拒否
していることが明らかになっても,立ち入りを続けた場合,あるいはビラの内容が脅迫的なも
のになったり,投函の頻度が著しく増える,立ち入りの際に居住者との面会を求めるなど,立
ち入りの態様が立川宿舎の正常な管理及びその居住者の日常生活に悪影響をおよぼすよう
になった場合には,立ち入り行為の違法性が増し,刑事責任を問うべき場合も出てくると思料
される。また,不当な目的を秘した立ち入りを排除できないとの点については,必ずしもビラ投
函を仮装する場合に限定される問題ではなく,他方,ビラ投函を仮装したものであるか否か
は,従前のものも含めた立ち入り行為の態様,立ち入った者が所属している組織の性格等か
ら,ある程度合理的に推認することができると考えられる。
      よって,検察官の主張には理由がない。
5 したがって,結局,本件各公訴事実のいずれについても犯罪の証明がないことになるか
ら,刑事訴訟法336条により被告人らに対し無罪の言渡しをする。
  よって,主文のとおり判決する。
平成16年12月28日
東京地方裁判所八王子支部刑事第3部
        裁判長裁判官   長谷川 憲一
           裁判官   小野寺  明
           裁判官   鈴 木 わかな

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