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事件番号:平成17年(ワ)第1605号
事件名:損害賠償請求事件
H18.8.8裁判年月日:
裁判所名:京都地方裁判所
部:第7民事部
結果:一部認容
H18.9.登載年月日:
判示事項の要旨:会社代表者が,幹部社員(取締役)に対し,罵詈雑言を用いた
り,無意味な質問をして叱責したこと,うつ病のため休暇中のと
ころを呼び出して,出勤できないなら辞めろと言ったこと等が不
法行為にあたるとされ,また,これらの不法行為とうつ病発症と
の間の因果関係は認めなかったが,一部の不法行為とうつ病の慢
性化との間の因果関係を認め,うつ病の慢性化による逸失利益の
損害賠償は認めなかったが,慰謝料の支払いを命じた事例
主文
1被告は,原告に対し,670万円及びこれに対する平成17年8月24日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担
とする。
4この判決の1項は仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
()被告は,原告に対し,6226万9509円及びこれに対する訴状送達1
の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
()訴訟費用は被告の負担とする。2
()()につき仮執行宣言31
2請求の趣旨に対する答弁
()原告の請求を棄却する。1
()訴訟費用は原告の負担とする。2
第2当事者の主張
1請求原因
()当事者1
ア被告は消費者金融を営む会社である。
被告の代表取締役社長はCである。
イ原告は被告に勤務していた者であり,その勤務歴は以下のとおりである。
平成5年8月15日入社
平成13年9月1日営業統括部長
平成15年1月1日管理部長
平成15年6月1日営業部長
平成15年7月1日取締役(営業部長兼務)
平成16年2月1日管理部次長(降格)
平成16年6月1日休職
平成17年4月末日退職
()Cの不法行為(安全配慮義務違反行為)2
ア登記簿謄本取得の件
(ア)平成15年8月の与信設定限度額勉強会(以下「与信勉強会」とい
う)の席上,Cから,持ち家顧客の全員について,インターネットで。
登記簿謄本を取得するようにとの指示がなされ,原告は,上司であるD
本部長に報告・相談しながら,持ち家顧客全員の登記簿謄本の取得を実
行していった。
(イ)Cは,同年10月になって,その取得費用が総額約1600万円か
かり,すでに700万円を出費していることを知り,未決裁のうちにそ
のような多額の費用を発生させたのがけしからんと,原告に対し「お,
前は何をしとるんじゃ」と怒りだした。
(ウ)原告はこの件で3ヶ月の減給処分を受けた。
イ原告に対する罵倒の件
Cは,そのころから,原告が社内の会議,ミーティングあるいはCとの
面談で何か発言をすると,これにことごとくケチをつけ,否定し「なめ,
とんのか,われ「アホ。ぼけ」などと口汚く罵倒した。」,
ウ煙草の火の押し付けの件
(ア)同年12月29日は年内最終出社日であり,本社会議室で打ち上げ
の食事会が持たれ,その後,祇園のクラブ「E」を貸し切って,二次会
が行われた。
(イ)Cは,同月30日午前0時過ぎころ,二次会の席上,原告の左横に
移動して来て座り,右手に持って吸っていたタバコの火を原告の左頬に
数秒間押しつけ,全治3週間を要した顔面火傷の傷害を負わせ,かつ,
後遺障害として完治2,3年を要する炎症後色素沈着症を負わせた。
エ同時休暇承認の件
(ア)平成16年1月14日,原告は,部下の2人の課長が同時に休暇を
取得することを承認したことについて,Cから,どちらの休暇を先に許
可したのかと訊かれたが,どちらが先だったか思い出せなかったので,
「忘れました」と答えると,嘘をつくなと大声で怒鳴られ「2人の休,
みがダブっているのに許可したことをごまかすため,嘘をついとる」と
,,詰られ「嘘をつきましたと言え。そうしたら許したる」と言われたが
原告は嘘をついている意識はなかったので「嘘はついていません。忘,
れました」と答えた。すると,Cは激昂し「そんなはずがあるかい。,
明日始末書を持ってこい」と怒鳴り,翌日,原告に始末書を提出させた。
(イ)その結果,原告は,同月29日,被告から「部門内の管理面にお,
いて判断を誤り,さらに当該件について会社への報告面においても適切
さを欠く状態であった」として,同年2月1日より部長職から次長職2
等級への降格処分を受けた。
オ休暇取り止めの件
原告は,うつ病のため,同月3日から休暇を取っていたが,Cは,同月
11日に原告を会社に呼び出し「何,勝手に休んどんじゃ。休むんやっ,
たら,1月に言え,言うたやろ。われ,うつ病や言うてもアホなったんち
ゃうやろが。なめとんか,われ。どないするんじゃ,来週から出て来えへ
んやったら,自分から辞めぇ」と延々1時間も説教され,原告は,やむ。
なく,同月16日から出勤した。
()原告のうつ病の発症及びその増悪3
ア原告は,平成15年10月ころから,不眠,集中力の低下等の症状を呈
していたが,煙草の火の押し付けの件の後,強い抑うつ状態に陥り,不眠
が続いたため,平成16年1月15日,F医院で受診したところ,うつ病
と診断された。
イ原告は,抗うつ剤等を服薬しながら勤務を続けていたが(但し,同年2
月3日から同月15日まで休暇取得,症状は悪化し,同年6月1日から)
休職したものの,早期治療の機会を失ったため,うつ病は難治性のものと
なり,現在でも就労不能の状態にある。
()Cの不法行為と原告のうつ病発症及びその増悪との因果関係4
登記簿謄本取得の件,原告に対する罵倒の件,煙草の火の押し付けの件及
び同時休暇承認の件は,被告のワンマン社長であるCが,社長対社員という
絶対的な優越関係を背景にした人格攻撃,侮辱,いじめであり,これによっ
て原告はうつ病を発症し,さらに,休暇取り止めの件は,うつ病発症の早期
治療に一番重要な休養の機会を奪うものであり,これによって原告のうつ病
は難治性のものとなった。
()原告の損害5
ア原告がうつ病発症前に受けていた賃金と実際に受けた賃金の差額
(ア)平成16年2月から同年10月まで
平成16年1月当時の年俸1338万1468円であり,平成16年
2月当時の年俸は1060万9350円であるから,この9ヶ月間の損
害は(1338万1468円−1060万9350円)×9÷12の,
計算により207万9088円であり,健康保険からの傷病手当金14
0万9418円を控除すると損害は66万9670円となる。
(イ)平成16年11月から平成17年4月まで
平成16年11月からは年俸500万円に減額されたから,この6ケ
月間の損害は,(1338万1468円−500万円)×6÷12の計算
により419万0734円であり,同傷病手当金224万4762円を
控除すると損害は194万5972円となる。
(ウ)将来分
原告のうつ病が治癒し,就労可能になるまで,あと数年を要すると予
測されるが,労働基準法81条を参考にして退職の日から1200日分
の賃金相当額である4399万3867円(=1338万1468円÷
365×1200)が損害となる。
(エ)上記(ア)ないし(ウ)の合計4660万9509円
イ慰謝料
原告は,うつ病の発症,うつ病による苦痛,うつ病により退職を余儀な
くされたこと,煙草の火を押し付けられたこと,言いがかりとしかいえな
いような理由によって懲戒処分を受けたこと,賃金を従来の2分の1以下
の500万円に減俸され,生活が脅かされたことにより,多大の精神的苦
痛を受け,これを慰謝する金員は1000万円を下らない。
ウ弁護士費用
566万円(上記ア及びイの合計額の1割)
エ上記アないしウの合計6226万9509円
,()よって,原告は,被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき6
損害賠償金6226万9509円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から
支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2請求原因に対する認否
()請求原因()について11
ア及びイは認める。
()請求原因()について22
ア(ア)そのころ与信勉強会が開かれたこと,その席上,Cが持ち家顧客の
登記簿謄本を取得することを提案したこと及び原告が持ち家顧客全員の
登記簿謄本の取得を実行していったことは認め,原告がD本部長に報告
・相談していたことは不知,持ち家顧客全員の登記簿謄本を取得するこ
とがCの指示であったことは否認する。
(イ)Cが原告に「お前は何をしとるんじゃ」と怒り出したことは否認し,
その余は認める。
(ウ)認める。
イCが原告の独断専行について叱責,批判したことは認め,その余は否認
する。
ウ(ア)認める。
(イ)Cは従業員の間を回っていたから,原告の席にも行ったことはあっ
たと思われるが,Cが原告の左頬に煙草の火を押し付けたことは否認す
る。
エ(ア)Cが,原告に対し,課長が同時に2人不在になると業務に支障が出
ることから,その点の調整をしなかったことを叱責したことは認め,そ
の余は不知ないし否認する。
(イ)認める。
オ原告がうつ病のため平成16年2月3日から休暇を取っていたこと,同
月11日に原告が会社に出てきたこと及び同月16日から出勤したことは
認め,その余は否認する。
()請求原因()について33
ア原告がうつ病を発症したことは認め,その余は不知ないし争う。
イ原告が平成16年2月3日から同月15日まで休暇を取っていたこと及
び同年6月1日から休職したことは認め,その余は否認ないし争う。
()請求原因()について44
否認ないし争う。
()請求原因()について55
ア原告の平成16年1月当時及び同年2月当時の各年俸の金額並びに健康
保険からの各傷病手当金の金額は認め,その余は否認する。
イないしエ
否認ないし争う。
()請求原因()は争う。66
3抗弁(過失相殺)
()登記簿謄本取得の件については,原告が社内手続の履践を懈怠したこと1
にに基づくものであり,また,その点についての原告の考え方や受け止め方
に問題があった。
()煙草の火の押し付けの件については,原告は,ことさらにCが原告に悪2
意を抱いているものと誤信し,この誤信を前提に自らを精神的に追い込んで
いったものである。
また,2度程度の火傷であれば,水ぶくれが破れないように保護して回復
を待てば,1,2週間ほどで水ぶくれが治まり,ほとんど痕跡は残らないか
ら,原告は直ちに治療を受けるなどの適切な処置をとらなかったため,症状
を悪化させたものである。
()同時休暇承認の件については,原告が同時休暇を認めたこと自体ではな3
く,その承認の経過をきちんと説明できなかったことが営業責任者として問
題があるとされたものである。
()Cは休暇を取るように原告に積極的に働きかけており,勤務を継続し,4
うつ病が難治化したことは原告の判断によるものである。
()したがって,損害の発生について原告にも過失があり,過失相殺される5
べきである。
4抗弁に対する認否
()ないし()14
否認する。
()争う。5
原告に過失があるとしても,うつ病の診断を受けてからも約2週間勤務し
た点くらいである。
しかし,この点も,Cが休暇中の原告を平成16年2月11日に呼び出し
て出勤を命じたことに比べれば,うつ病の難治化には何の影響も与えていな
いというべきである。
理由
第1請求原因について
1請求原因()について1
ア及びイは争いがない。
2請求原因()について2
()登記簿謄本取得の件について1
ア平成15年8月の与信勉強会において,Cから持ち家顧客(その全部か
一部かは別として)の登記簿謄本取得の提案(原告は「指示」と主張して
いるが,この点はさておき,Cが提案したこと自体は争いがない)が出。
された後,原告が持ち家顧客全部の登記簿謄本の取得を実行していったこ
と,同年10月ころになって,Cは,すでに約700万円の出費をしてお
り,総額では1600万円かかることを知って,未決済のうちに多額の費
用を発生させたとして,原告を叱責したこと及び原告が被告から減給3ヶ
月の処分を受けたことは争いがない。
イ与信勉強会の性質について検討すると,甲28,乙1,原告の供述及び
被告代表者の供述によれば,与信勉強会は,貸し倒れリスクを減らすため
に顧客の属性に応じた与信限度額を研究する勉強会であるから,その席上,
Cが持ち家顧客の登記簿謄本の取得を提案あるいは指示したとしても,こ
れは与信限度額の管理に当たっての提案というべきものであって,与信勉
強会で出された提案が承認されたからといって,その提案に基づく事務処
理について,通常の会社の意思決定として行われる手続が不要になると解
することはできない。したがって,経費を要する場合には,会社所定の経
費支出のための稟議を要すると解される。
また,登記簿謄本の取得費用について検討すると,登記簿謄本を取得す
る対象が原告の供述(甲28も同旨)するように持ち家顧客の全部である
としても,該当する顧客数は約1万5000名いるから,取得費用は登記
簿謄本1通当たり1000円としても,一戸建住宅では土地と建物で登記
簿謄本は2通となり,総額で1500万円で納まるとはいえず,取得費用
総額も未確定である。このような臨時の費用であり,かつ総額未確定な多
額の経費支出を要するものについて,社長が提案あるいは指示したもので
あるからといって,経費支出の稟議を要しないとは考え難い。
ウ原告は,登記簿謄本の取得に当たっては,上司のD本部長に報告・相談
をしていたと主張し,甲28及び原告の供述にはこれに沿う部分があり,
甲22の4枚目に「許可をもらっていたけど,その人が亡くなった」との
記載があることを考慮すれば,甲28及び原告の供述の上記部分は採用で
きる。
しかし,D本部長がCに報告していたかどうかは明らかではないうえ,
甲28によれば,被告においては,C,D本部長及び原告もメンバーとな
っている営業戦略会議が月に2回,経営会議が月に1回及び役員会が月に
1回開催されているのであるから,原告としては,D本部長に報告するま
でもなく,営業の責任者として,これらの会議で直接Cに登記簿謄本の取
得開始及び取得状況を報告するべきであり,甲28,甲37,乙1,原告
の供述及び被告代表者の供述によれば,これらの会議において,原告が登
記簿謄本の取得開始及び取得状況をCに報告したとは認められない。
なお,原告が登記簿謄本の取得開始及び取得状況の報告をしたからとい
って,経費支出の稟議の必要がなくなるわけではないことは当然である。
エ以上によれば,原告は,営業の責任者として,登記簿謄本の取得開始及
び取得状況を報告せず,かつ,部下である営業担当者が登記簿謄本を取得
するにあたって,経費支出の稟議書を作成し,Cの決済を受けることを怠
ったものである(甲6の1ないし13によれば,経費支出の稟議書の作成
責任者は営業部長である原告であり,決裁権者はCであると認められ
る。。)
したがって,この件について,Cが原告を叱責し,被告が3ヶ月の減給
処分をしたことが安全配慮義務に違反するとはいえないし,およそ不法行
為にあたらない。
()原告に対する罵倒の件について2
上記()において認定したところに加え,甲28によれば,原告は,登記1
簿謄本取得の件で,そのころからCの不興を買い,Cがことあるごとに原告
の発言にケチをつけ,否定することがあったと認められる。また,甲34
」,(65ないし68項)を考慮すれば,そのような際,Cは「なめとんのか
「ぼけ」などの罵詈雑言を弄したと認められる。
もっとも,甲28によっても,原告に落ち度がなく,Cに一方的に非があ
ったとは直ちに認められない。
しかし,Cの言葉遣いは相手の人格を傷つけるものであり,上司であって
も,このような言葉で部下を叱責するのが相当とは認められず,頻繁にその
ような罵詈雑言を弄すれば,それ自体が不法行為にあたる(なお,原告がう
つ病を発症していることを知りながらしたのであれば,安全配慮義務に違反
するいえるが,その点の証明はないから,安全配慮義務に違反するとはいえ
ないものの,不法行為にあたることに変わりはない。。)
()煙草の火の押し付けの件について3
ア平成15年12月29日,二次会が前記クラブ「E」で行われ,原告及
びCら被告の役職員が参加したことは争いがない。
イ甲22の5枚目,甲26の1ないし9,甲28,F(以下「F医師」と
いう)の証言及び原告の供述によれば,二次会の席上において,火のつ。
いた煙草によって原告の左頬に火傷が生じたことが認められる。
ウ上記火傷が煙草の火を押し付けられたことによって生じたものか,煙草
の火が偶然に当たったものかを検討する。
F医師の証言によれば,同医師が診察した平成15年1月15日の時点
では水泡がつぶれた状態(2度くらい)であったと認められ,偶然に煙草
の火が当たったとすれば,当てた方は慌てて手を動かすであろうし,当て
られた原告も顔を背けるの普通であるから,煙草の火と皮膚との接触は一
瞬のことと考えられ,この場合,火傷の程度は発赤する程度と考えられ,
水疱ができるほどの火傷になるとは考え難い。
したがって,火傷の程度から考えて,煙草の火は偶然に当たったもので
はなく,押し付けられたもの,すなわち,故意によるものと認められる。
エ二次会の出席者のうち,原告に対して故意に煙草の火を押し付ける者と
しては,原告より上位の地位にある者と解するのが相当である上,上記
(),()によれば,当時,原告はCの不興を買っていたことを考慮すれば,12
Cから煙草の火を押し付けられたという甲28及び原告の供述は採用でき
る。これに対し,乙1及び被告代表者の供述は,誰の行為あるいは過失に
せよ,煙草の火が原告の頬に当たったのであれば,そう広くもない宴席で
あるから,ちょっとした騒ぎになり,記憶に残っているはずであるが,そ
の点の記憶もないというのであり,甲28及び原告の供述に比べて信用性
は低い。
また,甲25について,被告代表者は,前記クラブ「E」の経営者であ
るGは原告がうつ病だということを知っていたから,原告に話を合わせた
と同人から聞いていると供述するが,甲25の中の「たばこの後でグーで
なったんとちゃいますか?」というGの発言は,グーで殴られそうになっ
たのは年明けの食事会のときのことであるとの原告の説明を前提にして,
グーで殴られそうになったのは煙草の後のことではなかったかと質してい
るのであって,Gの上記発言は原告に話を合わせたというよりも,同人の
目撃状況を述べているものと認められ,上記記載はCが煙草の火を押し付
けたとの認定を裏付けるものである。
オしたがって,Cは煙草の火を原告の左頬に押し付けたと認められ,この
行為が不法行為にあたることは明らかである。
カなお,甲29の1,2によれば,平成17年10月27日の診断時点で
も火傷による色素沈着の痕はうっすらと残っており,消失するまでには半
年から1年くらい要すると認められる。
()同時休暇承認の件について4
ア原告が部下である課長2人の同時休暇を承認したことは争いがない。
イ被告代表者の供述によれば,両課長を交互に休ませることはできなかっ
たのかというCの質問に対して,原告はできると答えたので,じゃなぜ交
互に休ませなかったのかとCが質問すると,原告は,わかりません,知り
ません,忘れましたとの答えであったので,さらに,Cがどちらの課長か
ら先に許可したのかと質問すると,原告は,それに対しても分かりません,
知りませんという答えだったので,原告は取締役でもある営業の責任者と
しては問題があるとして,原告を叱責し,降格処分にしたと供述する。
しかし,なぜ交互に休ませなかったのかとの質問に対して,甲28及び
原告の供述によれば,休暇の理由を聞いていたと認められる原告が,わか
りません,知りません,忘れましたとの答えをするとは考え難く,この点
の被告代表者の供述は採用できない。また,どちらの課長から先に許可し
たのかとの質問に対しては,思い出せず,答えられなかったことは原告も
認めているが,原告代表者の供述によれば,Cが原告に質問したのは同時
休暇が終わった後のことであるから,いまさら両課長の休暇承認の先後関
係を確認したところで無意味であるうえ,休暇承認の先後関係はそれを記
憶していないと管理職としての適格性を欠くというような事柄でもないか
ら,質問自体が無理難題を強いるものであり,その後になされた部長職か
ら次長職2等級への降格処分(甲9)の程度から考えても,叱責のために
わざわざ質問したとしか考えられない。
したがって,このような質問に答えられなかったからといって,叱責し,
始末書の提出を求めたこと(甲28)は不法行為にあたる(なお,原告が
うつ病を発症していることを知りながら使用したのであれば,安全配慮義
務に違反するといえるが,その点の証明はないから,安全配慮義務に違反
するとはいえないものの,不法行為にあたることに変わりはない。。)
()休暇取り止めの件について5
ア原告がうつ病のために平成16年2月3日から休暇を取っていたこと,
同月11日に原告が会社に出てきたこと及び同月16日から出勤したこと
は争いがない。
イ同月11日に原告が会社に出てきたことについて,被告代表者は,自分
が呼び出したのではなく,総務部長のHが原告を呼び出そうとしていると
聞いたので,時間を設定して会ったと原告に供述するが,Cの指示でない
とすれば,Hは何のためにわさわざ原告を呼び出そうとしていたのか明ら
かでなく,被告代表者の上記供述は不自然であって採用できない。
したがって,原告の供述(甲28も同旨)するように,原告はCの指示
を受けたHから呼び出されたと認められる。
そして,原告の休暇中の社内体制検討のために原告の病状を確認するの
であれば,電話で話をすれば足りることであり,診断書(甲3)を提出し
て休暇を取っている者に対し,わざわざ呼び出して休むように説得したと
は考え難いから,原告に休むように説得したという被告代表者の供述は採
用できない。
以上の点に加えて,甲22及びF医師の証言によれば,平成16年1月
15日の初診時以降,原告は投薬治療を継続しているが,症状が改善して
いるとは認められないこと,原告は給与所得者であり,失職すると生計の
手段がなくなること(弁論の全趣旨)を考慮すれば,原告が同年2月16
日から勤務を再開したのは,原告が供述するように(甲28も同旨,C)
から出勤できないのであれば辞めろと言われたためと認められる。
ウ以上によれば,Cはうつ病のために休暇中の原告を呼び出して,出勤で
きないなら辞めろと言ったことが認められ,これは安全配慮義務に違反し,
不法行為にあたる。
3請求原因()について3
,()甲22及びF医師の証言によれば,原告は,平成15年10月ころから1
眠れない,大事なことがすぐに思い浮かばない,言いたいことが出ない,頭
痛がひどい,社長のプレッシャーを感じ,社長との打ち合わせが苦痛で,社
長に言われると返事ができない等の自覚症状があり,平成16年1月15日,
F医師の診察を受け,うつ病と診断されたことが認められる。
()ア原告が平成16年2月3日から同月15日まで休暇を取っていたこと2
及び同年6月1日から休職していたことは争いがない。
イ甲22及びF医師の証言によれば,うつ病の場合,初期の段階で休養を
とって治療すれば,一般的には(特に急性の場合,3ヶ月くらいで仕事)
に復帰することを検討できる状態になるが,勤務を継続し,初期治療を怠
った場合には症状が慢性化するものと認められ,しかも,原告の場合,直
近には取締役兼営業部長という役職にあったものが,Cとの軋轢により,
登記簿謄本取得の件では減給処分を,同時休暇承認の件では降格処分を受
けていることを考慮すれば,発症初期の段階に勤務を継続したことによる
ストレスがうつ病の慢性化の原因になったことは容易に認められる。
なお,甲28及び原告の供述によれば,原告は,平成16年11月2日
に年俸を500万円に減額されたこと(甲10)及び煙草の火の押し付け
の件による屈辱感から,Cに対する恨みの感情が強くなり,同人を傷害罪
で告訴することとし,証拠収集のために同僚等との会話を録音し(甲24,
甲25,甲30,甲31,同年12月10日にはCを告訴している(甲)
23)が,F医師の証言によれば,このようなCに対する感情も原告の症
状の慢性化の原因のひとつになったと認められる。
以上によれば,原告のうつ病は慢性化し,早急な快復は期待できない状
態にあると認められる。
ウ原告の就労可能(見込み)時期については,F医師の平成17年6月1
1日時点での所見(甲22の後から11枚目)によれば,うつ病による抑
うつ症状の改善と心的外傷(F医師の証言によれば,同医師は煙草の火の
押し付け及びCの原告に対する叱責はうつ病の原因ではなく,これらによ
る原告の精神症状は「うつ」とは異なる心的外傷後ストレス障害と判断し
ている)の克服には今後1年程度の時間を要すると認められる。。
原告の労働能力については,F医師は,被告以外の職場についても就労
は困難であると証言するが,原告の症状は,うつ病によるにせよ,心的外
傷によるにせよ,専ら原告の仕事上のストレス及びCとの軋轢に起因する
ものと認められ,同医師の証言のみでは,被告ないしCと関係のない職場
においても就労が困難とは直ちに断定できない。
なお,この点について,原告の供述によれば,平成17年の春に再就職
の話があったが,勤めることができないということで断ったというが,先
方は採用すると言ったというのであり,先方は,当然,原告の症状を知っ
た上でのことであるはずだから,仕事自体は原告にもできるものではなか
ったのではないかとも考えられ,また,平成18年1月ころ,5時間ほど
研修のような形で近くのコンビニエンスストアに行ったが,使いものにな
らなかったというが,コンビニの仕事が原告のような経歴の者に合わなか
ったとも考えられる。したがって,原告が上記再就職の話を断ったこと及
びコンビニエンスストアの仕事に就けなかったことをもって,原告が被告
ないしCに関係のない仕事についても就労が困難であるとは直ちに認めら
れない。
4請求原因()について4
()原告に対する罵倒の件,煙草の火の押し付けの件及び同時休暇承認の件1
(登記簿謄本取得の件についてはそもそも不法行為にあたらない)と原告。
のうつ病発症の因果関係について
ア甲22,F医師の証言によれば,原告のうつ病は,午前8時30から午
後10時ないし11時までの慢性的な長時間勤務に加えて,原告の上司で
。,あるD本部長が平成15年9月24日に急死した(争いがない)ために
営業に関しては全てが原告の責任となり,その矢先に登記簿謄本の取得の
件についてミス(甲22の4枚目において,原告はミスと自認してい
。,る)が発生し,これが原因となってうつ病を発症したと認められるから
原告に対する罵倒の件及び煙草の火の押し付けの件は原告のうつ病発症の
原因とは認められない。
イ甲22の5枚目には「どっちが先に休むと言ったのかと社長に問いつめ
られて,返事ができない「社長に言われると返事が出ない「昨年か」,」,
らおかしいと思っています」との記載があり,同時休暇承認の件の当時,
すでに原告はうつ病を発症していたと認められるから,同時休暇承認の件
はうつ病発症の原因とは認められない。
ウ以上によれば,原告に対する罵倒の件,煙草の火の押し付けの件及び同
時休暇承認の件と原告のうつ病発症との間に因果関係は認められない。
()休暇取り止めの件と原告のうつ病難治化との因果関係について2
前記2()イ及び3()イにおいて判示したところによれば,休暇取り止め52
の件と原告のうつ病の慢性化との間には因果関係が認められる。
5請求原因()について5
()原告に対する罵倒の件,煙草の火の押し付けの件及び同時休暇承認の件1
とうつ病の発症との間には因果関係はないが,原告はこれらによって精神的
苦痛を受けたと認められ,その慰謝料としては,原告に対する罵倒の件によ
るもの50万円,煙草の火の押し付けの件によるもの300万円,同時休暇
承認の件によるもの50万円が相当である。
()前記4()によれば,Cは原告のうつ病慢性化による損害を賠償する義務22
があるが,前記3()イにおいて判示したところによれば,早期休養による2
治療をしていれば,原告のうつ病の慢性化は避けられたとは認められるが,
休暇取り止めの件によってどのくらい治癒が遅れたのか,また,うつ病の慢
性化によって労働能力喪失率がどれだけ増大したのかを認めるに足りる証拠
は十分でないから,うつ病の慢性化による損害については,これによる精神
的苦痛を慰謝料として考慮するのが相当であり,その金額としては300万
円が相当である(なお,後記第2の4()において判示するように,過失相3
殺後の金額は210万円となる。。)
()本件訴訟に要する弁護士費用相当額の損害としては60万円が相当であ3
る。
第2抗弁について
1抗弁()について1
登記簿謄本取得の件は不法行為が成立しないから,過失相殺について判断す
る必要はない。
2抗弁()について2
煙草の火の押し付けの件は故意による不法行為であるうえ,そのころは年末
年始に当たっており,治療が遅れたことをもって,原告に過失があったとはい
えない。
3抗弁()について3
,同時休暇承認の件は,前記第1の2()イにおいて判示したところによれば4
原告が両課長の同時休暇を承認した経過をきちんと説明できなかったとは認め
られず,原告に営業責任者として問題があったとはいえないから,原告に過失
があったとはいえない。
4抗弁()について4
()甲28及び原告の供述によれば,原告がCに対してうつ病に罹っている1
ことを告げた(平成16年1月下旬ころと思われる)ところ,Cは休暇を。
取ってはどうかと言ったことが認められ,これによれば,原告は,診断書
(甲3)をもらってから直ぐに休暇をとることはできたと認められる。
しかし,原告は,当時,Cの不興を買っており,同年1月14日には同時
休暇承認の件があったが,それによる降格処分はまだ発令されていない段階
であるから,原告に保身やCの評価を挽回したいとの気持ちがあったとして
もおかしくはない。その結果,原告は,保身やCの評価を挽回することを優
先した結果,当面は休暇を取らずに勤務を続けたが,同年2月3日に至って
勤務を続けることが困難となるに至って,初めて休暇を取ったと認められる。
()F医師の証言によれば,原告はうつ病の早期治療には仕事を休むことが2
必要であると聞いていたこと及び原告の部下にもうつ病に罹ったものがいる
ことが認められることを考慮すれば,うつ病が慢性化したことについて,原
告には,自己の判断で仕事を優先し,そのために2週間程度の早期治療の機
会を逸した過失があるといわざるを得ないから,この点は過失相殺すべきで
あり,その割合は,上記2週間という期間を考慮すれば3割と認めるのが相
当である。
なお,この点について,原告は,Cが休暇中の原告を同年2月11日に呼
び出して出勤を命じたこと(休暇取り止めの件)に比べれば,2週間程度の
休暇取得の遅れは,うつ病の難治化には何の影響も与えていないと主張する
が,原告はうつ病の早期治療のための機会を自ら放棄したものであり,うつ
病の慢性化に何の影響も与えなかったとは認められない。
()したがって,うつ病の慢性化による慰謝料300万円について過失相殺3
すると,過失相殺後の慰謝料は210万円となる。
第3結論
以上によれば,原告の請求は,損害賠償金670万円(原告に対する罵倒の
件による慰謝料50万円,煙草の火の押し付けの件による慰謝料300万円,
同時休暇承認の件による慰謝料50万円及びうつ病の慢性化による慰謝料21
0万円並びに弁護士費用相当額60万円の合計)及びこれに対する訴状送達の
日の翌日である平成17年8月24日(当裁判所に顕著な事実)から支払済み
まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があ
るが,その余は理由がない。
よって,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条1項本文を,仮
執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決す
る。
京都地方裁判所第7民事部
裁判官田中義則

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