弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 仙台高等検察庁検事長藤原末作の上告趣意について。
 刑訴二五六条が、起訴状に記載すべき要件を定めるとともに、その六項に、「起
訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、
又はその内容を引用してはならない」と定めているのは、裁判官が、あらかじめ事
件についてなんらの先入的心証を抱くことなく、白紙の状態において、第一回の公
判期日に臨み、その後の審理の進行に従い、証拠によつて事案の真相を明らかにし、
もつて公正な判決に到達するという手続の段階を示したものであつて、直接審理主
義及び公判中心主義の精神を実現するとともに、裁判官の公正を訴訟手続上より確
保し、よつて公平な裁判所の性格を客観的にも保障しようとする重要な目的をもつ
ているのである。すなわち、公訴犯罪事実について、裁判官に予断を生ぜしめるお
それのある事項は、起訴状に記載することは許されないのであつて、かかる事項を
起訴状に記載したときは、これによつてすでに生じた違法性は、その性質上もはや
治癒することができないものと解するを相当とする。
 本件起訴状によれば、詐欺罪の公訴事実について、その冒頭に、「被告人は詐欺
罪により既に二度処罰を受けたものであるが」と記載しているのであるが、このよ
うに詐欺の公訴について、詐欺の前科を記載することは、両者の関係からいつて、
公訴犯罪事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項にあたると解し
なければならない。所論は、本件被告人の前科は、公訴による犯罪に対し、累犯加
重の原由たる場合であつて、検察官は、裁判官の適正な法令の適用を促す意味にお
いて、起訴状の記載要件となつている罰条の摘示をなすと同じ趣旨の下に、これを
起訴状に記載したものであると主張するが、前科が、累犯加重の原由たる事実であ
る場合は、量刑に関係のある事項でもあるから、正規の手続に従い(刑訴二九六条
参照)、証拠調の段階においてこれを明らかにすれば足りるのであつて、特にこれ
を記訴状に記載しなければ、論旨のいう目的を達することができないという理由は
なく、従つて、これを罰条の摘示と同じ趣旨と解することはできない。もつとも被
告人の前科であつても、それが、公訴犯罪事実の構成要件となつている場合(例え
ば常習累犯窃盗)又は公訴犯罪事実の内容となつている場合(例えば前科の事実を
手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であつて、これを一般の
前科と同様に解することはできないからこれを記載することはもとより適法である。
 以上の理由により論旨はとることを得ない。
 よつて刑訴四〇八条により主文のとおリ判決する。
 この判決は、裁判官沢田竹治郎、同斎藤悠輔、同谷村唯一郎を除く他の裁判官全
員一致の意見である。
 裁判官斎藤悠輔の反対意見は次のとおりである。
 刑訴二五六条二項乃至五項並びに同三一二条の規定によれば、わが刑訴法は、起
訴状の記載事項として、一、被告人を特定するに足りる事項、二、公訴事実、三、
罪名の三つだけを掲げ、しかも、公訴事実及び罪名記載の方法として必要な訴因及
び罰条は、予備的に又は択一的に記載できるものとし、また、罰条記載の誤は、被
告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼ
さないものとし、なお、被告人又は弁護人の請求あるときは、被告人に充分な防禦
の準備をさせるため必要な期間を与えさえすれば、公訴事実の同一性を害しない限
度において、訴因並びに罰条の追加、撤回又は変更をも許している。これによつて
見れば、わが刑訴法においては、公訴提起の要件として起訴状に記載すべき事項は、
被告人に充分な防禦の機会を与える程度に被告人並びに犯罪事実を特定すれば足り
るものといわなければならない。
 なるほど、刑訴二五六条六項には、「起訴状には、裁判官に事件につき予断を生
ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。」
と規定され、また、同二九六条には、「証拠調のはじめに、検察官は、証拠により
証明すべき事実を明らかにしなければならない。但し、裁判所に事件について偏見
又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない。」と規定されている。
(なお刑訴規則一九八条二項参照)。しかし、右刑訴二九六条但書にいわゆる「偏
見又は予断を生ぜしめる虞のある事項」の陳述は、証拠とすることができず、又は
証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて為すことを禁止されている
に過ぎないこと法文上明らかであるから、証拠とすることができ又は証拠としてそ
の取調を請求する意思のある資料に基く事項の陳述は少しも差支ないし、また、右
刑訴二五六条六項にいわゆる「その内容を引用し」とあるのは、予断を生ぜしめる
虞のある書類その他の物の内容を添附に代えて引用することを指すものであつて、
右二九六条にいわゆる予断を生ぜしめる虞のある事項を記載してはならないと規定
したものでないこと法文上明瞭である。従つて、右六項の規定は、いわゆる起訴状
一本主義を規定しただけであつて、起訴状そのものの記載事項に関する規定ではな
く、起訴状以外の添附書類等に関する規定に過ぎないから、この六項の規定だけを
根拠として直ちに多数説の説くがごとき結論は絶対に生じないのである。されば、
多数説は軽卒にも法文を誤読したか又は極めて行き過ぎた類推解釈であるこという
までもない。なお、多数説は、刑訴二五六条六項の規定は、「裁判官が、あらかじ
め事件についてなんらの先入的心証を抱くことなく、白紙の状態において、第一回
の公判期日に臨み、その後の審理の進行に従い、証拠によつて事案の真相を明らか
にし、もつて公正な判決に到達するという手続の段階を示したものであつて、直接
審理主義及び公判中心主義の精神を実現すると共に、裁判官の公正を訴訟手続上よ
り確保し、よつて公平な裁判所の性格を客観的にも保障しようとする重要な目的を
もつているのである。」と山鳥の尾の長々と、いかにも尤もらしく説明している。
しかし、「裁判官が、あらかじめ事件についてなんらの先入的心証を抱くことなく、
白紙の状態において第一回の公判期日に臨」むことと、「その後の審理の進行に従
い証拠によつて事案の真相を明らかに」することとは、全然別個の事柄である。刑
訴二五六条六項は、前者に関係のあることを規定したかも知れないが、後者に触れ
ていないことは明白である。そして、前者のごときは、同規定のあるなしにかかわ
らず、怠慢無責任にも記録を読まず、公判の準備もせず、文字通り白紙の状態にお
いて公判に臨みさえすれば、完全に同一目的を達することができるのであつて、公
正な判決に到達するには、後者こそ必要にして且つ大切なのである。されば、多数
説は、重要である後者と重要でない前者とを混同する詭弁であつて、同規定のごと
きは、多数説の主張するような重要目的を持つものでないこと明らかであるといわ
なければならない。
 元来、刑訴二五六条六項、同二九六条等の規定は、法律乃至裁判の素養に乏しく
且つ証拠を挙示して事実の認定をするものでない陪審裁判所に対してこそ手続を絶
対的に違法ならしめる要件規定と解すべきであるかも知れないが、陪審裁判所と異
る普通裁判所は、起訴状の記載や検察官又は被告人等の陳述を鵜呑みにするもので
なく、常に適法な証拠に基き、これを示さなければ犯罪事実の認定をすることが許
されないのであるから(刑訴三一七条、三三五条)、仮りにこれらの規定に違反し
たとしても多数説の心配するような影響を判決に及ぼすものでないこと明白なので
ある。(刑訴三七九条参照)。されば、これらの規定は、単なる訓示的規定と解す
べきである。すなわち、せいぜい職権又は被告人若しくは弁護人(刑訴規則一九八
条二項の場合は検察官)の遅滞なき異議を待つて右のごとき発言を禁止又は撤回さ
せ、右のごとき書類その他の物を返還(刑訴規則二九三条参照)若しくは手続から
排除し(同二〇六条、二〇七条参照)又は引用された起訴状の記載内容を訂正若し
くは削除させるだけで事足りるものといわなければならない。起訴状記載事項の最
も重要な訴因や罰条でさえ初から予備的に又は択一的に記載したり、後になつて追
加、撤回又は変更することも許されること既に説明したとおりである。まして起訴
状に記載することを要しない、しかも、証拠調のはじめには陳述を許される前科の
事項(本件では証拠とすることができ又は証拠として取調を請求する意思ある資料
に基く事項であるこというまでもない。)のごときものを予め起訴状に書いたから
といつて、たかだか手続の時期、順序を間違えたというだけの話であつて、多数説
の力説するがごとくこれを以つて、いわば綸言汗のごとき治癒不可能の違法である
などと見るのは浅見、迂遠も甚だしいといわざるを得ない。現に、この起訴状一本
主義は、新刑訴法上必ずしも公訴提起の絶対的な要件ではなく、場合によつては却
つて訴訟経済上不適当であり、従つて、訴訟手続上一貫し得ないものであることは、
略式命令の請求と同時に提起すべき公訴の場合には略式命令の請求と同時に逆に書
類及び証拠物を裁判所に差し出さなければならぬこと(刑訴規則二八九条参照)並
びに公判手続の更新の場合には更新前の書類及び証拠物をそのまま起訴状に添附し、
従つて、更新後の裁判官が予めこれを見る機会のあること(同規則二一三条の二参
照)及び破棄差戻後の第一審の訴訟手続も同様であること、その他同一起訴状によ
る共同被告人のある者だけが分離され他の共同被告人の審理又は判決後に審判され
る場合等を考え合わせると極めて明瞭であつて、一点の疑も生じ得ない。されば、
多数説は、極めて窮屈な形式論であつて、抑も裁判は証拠によるべきものである大
原則を忘れ、裁判官自らを殆んど人形乃至奴隷視するものといわざるを得ない。
 ことに、本件では、被告人並びに弁護人は、第一審において、本件前科の記載あ
る起訴状に対し少しも異議を述べることなく、その全事実を肯認し、第一審裁判所
もすべて証拠に基いて全事実を確定していること記録上明白であるから、被告人の
防禦に実質的な不利益もなく、裁判の公正にも客観的に何等の疑念も起らないので
ある。しかるに、多数説によればこの公正な第一審判決は故なく廃棄されて公訴が
棄却され、被告人は、再び訂正された起訴状に基く公訴提起を受け更らに審理判決
を繰り返えされる危険に曝されること火を見るよりも明らかである。それは、被告
人の利益からいつても裁判の公正、敏速からいつても今更何の足しにもならない、
全く無益、無用のことであつて、訴訟の促進、第一審の強化を呼号する最高裁判所
として断じて看過してはならないのである。従つて、弁護人の控訴審の段階におけ
る本件起訴状に対する異議は、むしろ被告人の不利益に帰する不適法な控訴趣意で
あり、これを認容した原判決に対する本件検察官の上告は、結局その理由あるもの
と考える。
 裁判官沢田竹治郎、同谷村唯一郎の意見は、右斎藤裁判官の反対意見と同趣旨で
ある。
  昭和二七年三月五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎

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