弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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判    決
当事者の表示  別紙当事者目録記載のとおり(省略)
主    文
 1 原告らの請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告らは,青森県a郡A町に対し,それぞれ48万5000円及びこれに対する平成
14年5月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
第2 事案の概要
   本件は,青森県a郡A町の住民である原告らが,平成13年6月9日から同月16日
にかけて米国で行われた「海外行政視察研修」にA町議会議員として参加した被告
らに対し,被告らに支給された同研修に係る旅費等の支出は違法であると主張し
て,地方自治法242条の2第1項4号(平成14年法律第4号による改正前のもの)
に基づき,A町に代位して,旅費等相当額を不当利得として返還するよう求めた事
案である。
 1 争いのない事実等(争いがないか,証拠等により容易に認められる事実)
  (1) 当事者
   ア 原告らはいずれもA町の住民である。
   イ 被告らは,平成13年6月当時,いずれもA町の町議会議員の地位にあった者
である。
  (2) 本件研修の実施
   ア A町議会(以下「町議会」という。)は,平成13年6月9日から同月16日まで8日
間の日程で,米国カリフォルニア州,ネバダ州及びアリゾナ州を視察地として
「海外行政視察研修」(以下「本件研修」という。)を行うこととし,被告らは,町
議会議員として本件研修に参加した。
   イ 本件研修の日程は,別紙記載のとおりである。(省略)
  (3) 旅費等の支出
    平成13年6月7日,被告らが本件研修に参加するための旅費,宿泊料等の費用
として,1人あたり48万5000円(合計630万5000円)が,A町から支出され
た。
  (4) 監査請求
   ア 原告らは,平成14年1月21日,A町監査委員に対し,地方自治法242条1項
の規定に基づき本件支出につき監査を求め,A町の被った損害を補填するた
め,被告らに対する損害賠償請求ないし不当利得返還請求の措置を構ずべ
きことを請求した。
   イ A町監査委員は,同年3月15日,原告らの上記請求には理由がないとして,こ
れを棄却する旨の判断をし,その頃原告らに通知した。
 2 争点
   本件研修のための公金支出は,議会の裁量を逸脱したものとして,違法であるか。
 (原告らの主張)
  (1) 本件研修の目的について
   ア 本件研修の視察内容は,その大半が一般の観光旅行と異ならないものであっ
て,実質的な視察研修といえなくもない部分も,全行程の極小部分を占めるに
過ぎない。
        被告らは,本件研修は行政目的に関係する行動計画を含めている旨主張する
が,視察先で  ある米国カリフォルニア州等とA町のある青森県a地方とでは,そ
の気候・風土・地形等が著しく 異なっているため,① 農業経営規模については
比較にならない隔たりがあり,② 環境対策を 講ずべき対象となる自然資源も
全く相違し,③ 観光事業を興す上での自然的・社会的条件も  異なる。そうす
ると,本件研修における視察先は,A町の行政目的との関連性がない。
     イ  また,本件研修の事前計画段階で,町議会において本件研修に関し具体的
な議論,検討がされた形跡はなく,研修後も,町議会においても本件研修の成
果が反映された痕跡はない。上記のような議会での議論の実態に照らしても,本
件研修の目的は観光にあり,行政視察研修の名 に値しないというべきである。
  (2) 本件研修の旅費等が無駄な支出に当たることについて
      本件研修については,事前に旅行業者4社に費用の見積りをさせているが,
見積額が一番高額だった業者が委託を受けている。この点で,本件研修の旅費
等の支出は,無駄な支出であった疑いが強い。
  (3) したがって,本件研修は,行政視察を目的とした研修としては著しく妥当性を
欠いており,議会の裁量の範囲を著しく逸脱するものとして,違法である。
 (被告らの主張)
  (1) 本件研修の目的について
     ア 本件研修の目的は,米国の① 農業事業,② 環境問題,③ 観光事業につき
視察し,議員がその識見を深め,議会の活動能力を高めることにある。
       そのため,上記目的に関連して,① 農業事業については,カリフォルニア州の
農園等の視察を行っており,大規模経営,減反に対する補助金制度,米の流通
の実情について情報を得,また,米や農産品に対する消費者の考え方の違いに
ついても知ることができた。② 環境問題については,グランドキャニオンを視察
し,国立公園における入園料等の徴収や防護設備の設置の仕方等,管理の基本
的考え方について認識することができた。③ 観光事業については,ネバダ州ラ
スベガス市を視察したが,これは,カジノ誘致構想の是非についての議論を深め
るためにも有益であった。
   イ 原告らは,町議会において本件研修の成果を踏まえた議論がされていないとし
て,本件研修が観光を目的とするものであったと主張するが,議員にとっては
町の将来を見据えた大局的な観点を養うための研修も必要であり,視察の結
果が直ちに町政に反映されなかったとしても,本件研修が観光目的であった
とはいえない。視察が問題解決に即効性のあるものでなければ違法となると
いうのは,議会の裁量権,自律権を損なうものである。
   ウ 以上のとおり,本件研修は,行政目的に関係する行動計画を含めており,遊興
を主たる内容とするものでなく,観光に終始する日程の計画と言えない。
  (2) 旅費等が無駄な支出に当たるとの点について
    原告らは,本件研修の費用に関して見積額が最も高い業者が選定されており,
無駄な支出であったと主張するが,見積額が一番低い業者を選定しなければな
らない理由はなく,本件研修に要した費用は合理的なものである。
  (3) したがって,本件研修は議会の裁量の範囲内であり,違法ではない。
第3 争点に対する判断
 1 証拠(甲1~7,乙1,2,証人B,被告C本人,訴え取下げ前の被告D本人)及び弁
論の全趣旨によれば,本件研修の実施に至る経緯及び実施後の状況等につい
て,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
  (1) A町では,町議会議員の海外行政視察を目的とする研修が4年に1回程度の
割合で行われており,平成13年にも,海外行政視察を目的とする研修の実施
が予定されていた。
    同年2月19日,町議会議長C及び町議会議員により,海外行政視察研修に関す
る打合わせが行われ,A町と同じく農業を主な産業とするカリフォルニア州を中
心としたアメリカ西海岸を視察したいという議員からの要望等を勘案して,視察
先をアメリカ西海岸とすること,研修事項を主として農業に関するものとするこ
と,予算を1人あたり50万円以内とすることなどの本件研修の実施要領が決め
られ,本件研修の見積りを,県内に支店を有する大手旅行会社4社(E株式会
社,F株式会社,株式会社G,株式会社H)に行わせることとなった。
  (2) 町議会は,上記の決定に従い,視察先をアメリカ西海岸とする本件研修を実施
することを決議し,平成13年2月26日付で,前記旅行会社4社に対し,視察研
修事項を「福祉関係,農業関係,環境関係,その他」と指定して,見積りを依頼し
た(なお,当初,町議会が旅行会社に見積りを依頼した際には,視察先としてハ
ワイ州が含まれていたが,その後に具体的な日程を決定する段階で除かれ,ア
メリカ西海岸のみが視察先とされた。)。
    これを受けた上記の旅行会社4社から,同年3月14日までに,見積書が町議会
に提出された。各社の1人あたりの見積額は,E株式会社が42万円,F株式会
社が48万5000円,株式会社Gが41万円,株式会社Hが39万5000円であっ
た。
    旅行会社の選定に関しては,町議会議員による協議により,議院運営委員会が
これを決することになり,同委員会で協議がされたが,その際,各社の立案した
研修日程,前回の海外行政視察研修において低額の見積りをした旅行会社を
選定したところ,宿泊先のホテルの手配に不手際があったことや,議院運営委
員会のメンバーの中にF株式会社の現地ガイドについて良い評判を聞いていた
者がいたことなどが考慮され,同社を選定することが決定された。
  (3) 本件研修の具体的な日程については,町議会の指定した「福祉関係,農業関
係,環境関係,その他」という視察研修事項を受けて,基本的にFが提案する形
で作成されたが,農機具等の歴史博物館である「ヘイドリックヒストリーセンター」
(平成13年6月14日に視察実施。)については,町議会の要望により視察先と
して加えられた。
  (4) 本件研修終了後,研修に随行したA町職員Dが,本件研修に参加した議員が
研修中に見聞したことを元に報告書を起案し,これを参加した議員に回覧し,議
員2人からの指摘を受けて内容を修正した上で,本件研修の報告書(甲1)が作
成されたほか,議会広報誌にも本件研修についての報告が掲載されたが(乙
1),A町の農業規模や食糧自給率に関する事項や,カジノ誘致に関する事項が
町議会の議題となったことはなかった。
 2 以上の事実を前提に,本件研修のための公金支出が,議会の裁量を逸脱した違
法なものであるかどうかについて検討する。
  (1) 普通地方公共団体の議会は,当該普通地方公共団体の議決機関として,その
機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し,合理的な必要性
があるときは,その裁量により議員を海外に派遣することができるが,上記裁量
権の行使に逸脱又は濫用があるときは,議会による議員派遣の決定は違法とな
るというべきである(最高裁判所昭和63年3月10日第1小法廷判決・裁判集民
事153号491頁,同平成9年9月30日第3小法廷判決・裁判集民事185号34
7頁参照)。
  (2)ア これを本件についてみるに,本件研修は,町議会の提示した「福祉関係,農
業関係,環境関係,その他」といった概括的なテーマに沿った形で,日程や研
修先施設等を旅行会社が計画したものであり,町議会議員が具体的な視察
先の選定にほとんど関与していないこと,視察先には,ラスベガスやグランド
キャニオンなど,一般に観光地として知られている場所が組み込まれており,
これらに研修日程の相当部分が充てられていること,町議会において,本件
研修の前後を通じて,研修の必要性や成果について議論がされた形跡のな
いことからすれば,本件研修は,町議会において,議員にアメリカ西海岸を視
察させる具体的な必要性に基づくものではなく,前記のように,議員の任期中
に1度実施されてきた慣例に従ったものであると認められる。
     他方,本件研修の内容を子細に見ると,農場やカリフォルニア州の米作地帯
の視察といった,町議会が主たる視察事項としていた農業問題に関する研修
内容に,正味6日半の日程のうち2日が充てられていること,日程の大部分は
旅行会社の提案に従って決められているものの,ヘイドリックヒストリーセンタ
ーのように,町議会の要望によって特に視察先として組み込まれた場所も存
すること,ラスベガスやグランドキャニオンにおいても,観光問題や環境問題と
いう視察目的に沿った内容の研修が,視察目的に適った識見を有する現地ガ
イドにより実施されていること,研修期間中,日中の自由時間は予定されてい
ないことなどの事情も存する。
     これらの事情に照らすと,本件研修は,アメリカ西海岸の行政事情を視察する
ことを目的として行われたものであり,観光を目的としたものではないと認めら
れる。
   イ ところで,A町とアメリカ西海岸では,気候・風土等の諸条件が大きく異なって
いることから,アメリカ西海岸の行政事情を視察することが,A町における議
会活動に直ちに反映されるとは考え難いという事情は認められる。
     しかしながら,前記のとおり,普通地方公共団体の議会は,その機能を適切
に果たすために必要な限度で広範な権能を有し,海外研修も,合理的な必要
性がある限り行うことができるのであり,研修の結果が直ちに議会活動に反
映されないことをもって,合理的な必要性を欠くということはできない。本件研
修のように,個々の議員が,気候・風土等の異なる海外の事情について知見
を広め,議員としての識見を高めることは,当該地方公共団体の政策決定に
何らかの参考となり,ひいては,町議会の活動能力が高まることにも繋がると
考えられるところである。加えて,A町とアメリカ西海岸では,農業が主たる産
業となっている点では共通しており,本件研修について作成された前記報告
書によれば,視察した農業,観光及び環境の各事情について,直ちにA町の
施策に反映されるものではないとしても,将来の施策を考える上で参考とすべ
き点もあったことが窺われる。そうすると,アメリカ西海岸の農業事情等の視
察は,A町議会の議員として意味のないことと断定することはできないという
べきである。
   ウ 上記によれば,本件研修は,アメリカ西海岸の農業事情等を視察し,議員の
識見を高めることを目的として行われたものであり,合理的な必要性を欠くも
のとまではいえないというべきである。
  (3) 原告らは,本件研修に際しては,見積りの依頼をした旅行会社4社中,見積額
が最も高額の会社が選定されており,本件研修費用の支出は無駄な支出であ
って,違法である旨主張する。
    しかしながら,証拠(証人B,C)によれば,見積書を提出した各社の提案した視
察日程は同一ではなく,使用するホテルのグレードや食事等の内容にも相応の
差異があったと推認されるところであるが,本件研修で実際に使用したホテルや
食事等の内容も,本件研修の目的に照らして合理的な範囲内のものであったと
認められ,また,前記のとおり,旅行会社の選定にあたっては,研修日程,前回
海外行政視察研修を行った際の旅行会社の対応,各旅行会社の評判などが考
慮されており,価格のみを基準に旅行会社が選定されたわけではないことから
すれば,見積額が最も高額の業者を選定したことをもって,これが無駄な支出で
あり違法であるということはできない。
  (4) 以上のとおり,町議会による本件研修の実施については,議会の裁量権の行
使に逸脱又は濫用があったとは認められず,これに基づく公金の支出は違法で
あるとはいえない。
 3 結論
   よって,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負
担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決
する。
     青森地方裁判所民事部
          裁判長裁判官    河    野    泰    義
             裁判官    伊    澤    文    子
             裁判官    石    井    芳    明

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