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平成23年7月22日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(ワ)第24540号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日平成23年5月27日
判決
東京都渋谷区<以下略>
原告株式会社卑弥呼
同訴訟代理人弁護士毛受久
宮村啓太
東京都台東区<以下略>
被告フラッシュカンパニー株式会社
埼玉県桶川市<以下略>
被告Y
被告ら訴訟代理人弁護士佐和洋亮
和田慎一郎
尾﨑上梓
今城崇
同訴訟復代理人弁護士岡本麻美
主文
1被告らは,原告に対し,各自84万8000円及びこれに対する平成21
年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告フラッシュカンパニー株式会社は,原告に対し,15万0263円及
びこれに対する平成21年9月26日から支払済みまで年6分の割合による
金員を支払え。
3原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告らの
負担とする。
5この判決の第1項及び第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告に対し,各自194万円及びこれに対する平成21年6月8
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告フラッシュカンパニー株式会社は,原告に対し,15万5555円及び
これに対する平成21年7月29日から支払済みまで年6分の割合による金員
を支払え。
第2事案の概要
1本件は,別紙商標目録記載の商標(以下「本件商標」といい,その商標権を
「本件商標権」という。)の商標権者である原告が,被告らが本件商標を付し
た婦人靴を展示,販売したとして,被告らに対し,不法行為(本件商標権侵害)
による損害賠償請求として,各自194万円及びこれに対する不法行為の後で
ある平成21年6月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求めるとともに,被告フラッシュカンパニー株式会社(以下「被
告会社」という。)に対し,被告会社との間で締結した請負契約に基づく代金
返還債務等の履行請求として,15万5555円及びこれに対する平成21年
7月29日(被告会社に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法
定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア原告は,婦人靴の卸及び小売販売等を業とする株式会社である。
イ被告会社は,婦人靴の製造,販売等を業とする株式会社であり,被告Y
(以下「被告Y」という。)は,被告会社の代表取締役である。
(2)ア原告と被告会社は,平成3年5月24日,婦人靴の製造に係る継続的請
負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
本件請負契約の内容(要旨を抜粋。なお,表記は一般的な表記法に準拠
したほかは,原則として契約書〔甲1〕の記載に従い,当事者の表示は本
判決のものに置き換えた。)は,以下のとおりである。(甲1)
第1条
被告会社は,原告に対し,靴(以下「商品」という。)の継続的製
作を請け負い,原告は,これに対し,製作代金の支払を約した。
第2条
被告会社は,原告の交付する発注書,製作指示書及び品質基準書に
従って商品を製作するものとする。
第3条~第10条省略
第11条
被告会社は,商品の第2条に定める発注書,製作指示書又は品質基
準書との相違,納品前の原因によって生じた品質不良,汚毀損その他
の瑕疵について,責めに任ずるものとし,この場合,原告は,当該商
品を被告会社へ返却して代金の返還を受け,当該商品を被告会社に無
償で修理させ,又は代金の減額若しくは損害賠償を被告会社より受け
ることができる。
第12条
1被告会社は,原告が製作指示書により指示した商品デザイン,原
告が保有する商標及び原告が被告会社へ売り渡す商標を付した商品
の容器・織りネーム等の資材を,原告のための商品製作以外に流用
し,又は第三者へ使用させ若しくは譲渡してはならない。
2被告会社が前項に違反したときは,原告は,直ちに被告会社をし
て当該資材又は当該商品デザイン,商標若しくは資材を使用した物
品を原告へ引き渡させ,又は,これらを原告立会の上,廃棄処分さ
せることができるものとし,これに関する代金,費用等は全て被告
会社の負担とする。(以下,省略)
第13条
被告会社は,被告会社又はその下請業者が保有する商品(第7条,
第11条に基づき原告より受領を拒まれ,若しくは返却された商品を
含む。)又は仕掛品については,商標を完全に除去し,又は除去させ
た後でなければ他へ譲渡,貸与等の処分を行い,又はさせてはならな
い。除去に要する費用は,被告会社の負担とする。
第14条~第16条省略
第17条
第7条,第8条,第11条~第14条及び第16条の被告会社の義
務は,本契約が解除,解約又は期間満了により終了した後も存続する
ものとする。
第18条~第22条省略
イ原告と被告会社は,本件請負契約第11条の規定に基づく返品がされた
場合,被告会社が運送費,事務手数料その他の返品に要する実費を負担す
ることを合意した(なお,上記返品の際,被告会社が原告に返品手数料を
支払う必要があるかについては,当事者間に争いがある。)。
(3)原告は,平成17年6月27日,本件商標について商標登録出願し,平成
18年3月10日,その設定登録を受けた。(甲3)
(4)原告は,本件請負契約に基づき被告会社から納品された婦人靴のうち少な
くとも200足について,瑕疵があるなどとして,被告会社に返品した。
このうち,平成19年8月28日から平成20年10月24日までの間に
返品された186足について,被告会社は,本件請負契約第11条の規定に
基づき原告に代金を返還し,上記(2)イの合意に基づき運送費等の実費を負担
したほか,返品手数料として,1足当たり1000円(合計18万6000
円)の金員を支払った。(甲15の1~7,弁論の全趣旨)
また,平成20年11月17日から平成21年5月1日までの間に返品さ
れた14足について,被告会社は,その代金(合計14万4057円)のう
ち9702円を原告に返還し,返品に伴い原告が立替支出した実費(発行手
数料,運送費の合計7561円)のうち11円を原告に弁済したが,その余
の債務(代金13万4355円,実費7550円の合計14万1905円)
については未履行である(上記14足について,被告会社が原告に返品手数
料を支払う必要があるか,当事者間に争いがある。)。
(5)被告会社は,少なくとも平成21年6月1日から同月6日までの間,東京
都千代田区有楽町1丁目5番1号所在の東京地下鉄株式会社「日比谷駅」(以
下「日比谷駅」という。)構内において,婦人靴を展示,販売した(以下,
この時の日比谷駅構内での販売を「本件販売」という。)。被告会社が展示,
販売した婦人靴には,被告会社が原告に納品したものの,原告の規格に適合
しないとして返品されたものが含まれており,その中には,靴の中底に縫い
付けられた本件商標(織りネーム)が剥離されていないもの(本件商標がそ
のまま表示されているものと本件商標の上に被告会社の自社ブランド「無」
が記載された中敷きが接着剤で貼付されていたものがあるが,以下,これら
を一括して「本件婦人靴」という。)があった。
3争点
(1)本件販売の期間,態様及び同期間中に販売された本件婦人靴の数
(2)本件婦人靴の展示,販売は本件商標権を侵害するか
(3)本件婦人靴の展示,販売による原告の損害
(4)返品手数料の支払義務の有無
(5)相殺の抗弁
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件販売の期間,態様及び同期間中に販売された本件婦人靴の数)
について
ア原告
被告会社は,平成21年6月1日頃から同月7日頃まで,日比谷駅構内
において本件販売を行い,その間,本件婦人靴を少なくとも40足販売し
た。その際,被告Yは,被告会社の代表取締役として,本件婦人靴の販売
を決定し,被告会社の従業員に販売を実行させ,自身も日比谷駅構内での
販売業務に従事した。
本件婦人靴の中には,織りネームの上に被告会社の自社ブランド「無」
が記載された中敷きが貼られているものもあったが,それらの中敷きは容
易に剥がすことができるものであり,しかも,中敷きの下の織りネームは
全面をマジックで塗りつぶしたような状態ではなく,本件商標にマジック
で1本の細い線が引かれているだけであった。
イ被告ら
被告会社は,平成21年6月7日(日曜日)には日比谷駅構内において
靴の販売を行っておらず,本件販売を実施したのは,同月1日から同月6
日までの6日間である。
被告会社は,原告に納入した靴で返品を受けたものについて,本件商標
の入った織りネームをマジックできれいに消した上,その上に自社ブラン
ド「無」の中敷きを貼り,自社ブランドの製品として,5000円又は7
000円で販売していたが,その販売総数は不明である。同月4日に展示
した婦人靴の中に,本件商標をマジックで消し自社ブランドの中敷きを貼
るのを忘れていたものがあったが,その数は10足であり,原告従業員の
指摘を受けた後すぐに撤去しているから,実際に本件商標が表示された状
態で販売された婦人靴は,原告従業員が購入した3足のみである。
本件販売を実際に行ったのは被告会社のアルバイト従業員であり,被告
Yは,見回りのために日比谷駅を訪れたことがあるだけで,本件販売には
従事していない。
(2)争点(2)(本件婦人靴の展示,販売は本件商標権を侵害するか)について
ア原告
(ア)本件婦人靴のうち,本件商標の表示された織りネームの上に何も貼付
されていないものを展示,販売したことが本件商標権を侵害するもので
あることは明らかである。
(イ)本件婦人靴のうち,本件商標の表示されている織りネームの上に中敷
きを貼った状態のものについても,その中敷きは容易に剥がすことがで
きるもので,中敷きを剥がしてみると,織りネームの「elegance卑弥呼」
の文字はほとんど隠れていない状態(本件商標にマジックで1本の細い
線が引かれているだけの状態)であったから,これを購入した一般消費
者が中敷きを剥がし,その下の織りネームに表示されている本件商標を
目にする可能性が高く,それを見た一般消費者は,当該婦人靴の出所が
原告であると識別することになる。したがって,本件商標の表示されて
いる織りネームの上に中敷きを貼ったとしても,これを展示,販売する
行為は,本件商標権を侵害するというべきである。
イ被告ら
商標権を侵害するか否かは,商標が使用されている物を通常の利用形態
に従って利用する一般的な消費者を基準にして,自他商品識別機能,出所
表示機能が害されるか否かによって判断すべきである。
被告会社は,原告から返品された婦人靴について,本件商標が表示され
た織りネームをマジックで塗りつぶし,その上に剥離しにくい自社ブラン
ド「無」の中敷きを貼って販売していたものであるが,販売時に消費者が
「無」の中敷きを剥がして中を確認するなどということは考えられないの
であるから,これを見た一般人が原告の商品と認識するはずがなく,自他
商品識別機能,出所表示機能が害されることはあり得ない。また,購入後,
消費者が靴の通常の用法に従って「履く」という態様で利用する限り,本
件商標の表示された織りネームは,被告会社の「無」というブランドの中
敷きの下にあるため,認識されることはない。この点,原告は,一般消費
者が中敷きを剥がし,本件商標が表示された織りネームを目にすることが
あり得るなどと指摘するが,仮に何らかの理由で中敷きが剥がされたとし
ても,本件商標はマジックで塗りつぶされており,一般的な消費者には原
告の商品ではないことを示す意味であると認識されるから,自他商品識別
機能,出所表示機能が害されることはない。したがって,本件婦人靴のう
ち,被告会社のブランド「無」の中敷きを貼ったものを展示,販売した行
為については,本件商標権を侵害するものではない。
(3)争点(3)(本件婦人靴の展示,販売による原告の損害)について
ア原告
原告は,本件婦人靴の展示,販売により,次のとおり,合計194万円
の損害を受けた。
(ア)逸失利益24万円
被告らは,本来であれば廃棄されるべき本件婦人靴について,1足当
たりの販売価額を5000円ないし7000円(平均6000円)と設
定して,これを少なくとも40足販売した。
したがって,被告らは,本件婦人靴の販売により,少なくとも24万
円の利益を得ており,商標法38条2項の規定により,これが原告の損
害(逸失利益)と認められるべきである。
(イ)信用毀損による損害150万円
本件婦人靴は,いずれも不良品として被告会社に返品されたものであ
るが,本件商標が付されていたため,消費者には原告が正規に販売する
婦人靴であると誤認された。したがって,被告らの行為(本件婦人靴の
展示,販売)は,消費者に対して,原告の婦人靴が廉価で販売されてい
るとの認識(原告が二重価格を設定しているかのような認識,あるいは
原告が不良品をそれと知りつつ販売しているかのような認識)を与え,
婦人靴販売業者としての原告の信用を著しく毀損した。また,原告の得
意先は主として百貨店であり,本件商標が付された商品が地下鉄の駅構
内などという環境で展示,販売されたことも,原告の信用(ブランドイ
メージ)を大きく毀損した。
近時,各種ウェブサイトを通じて事業者に関する評判は瞬く間に広ま
るから,一部の消費者が誤った認識をもったことによる影響は深刻であ
り,上記の信用毀損による損害額は,150万円を下らない。
(ウ)弁護士費用20万円
原告は,被告らの不法行為(本件商標権侵害行為)に起因して,代理
人弁護士に委任して本件訴訟を提起することを余儀なくされた。
その弁護士費用のうち少なくとも20万円は,被告らの不法行為と相
当因果関係を有する原告の損害である。
イ被告ら
(ア)本件婦人靴のうち,本件商標が表示された織りネームをマジックで塗
りつぶし,その上に剥離しにくい「無」の中敷きを貼ったものについて
は,前記のとおり,これを展示,販売することは本件商標権を侵害する
ものではないから,原告に損害は発生しない。
(イ)本件婦人靴のうち,本件商標の表示された織りネームの上に何も貼付
されていないものが販売されたのは3足のみであり,そのいずれも原告
の従業員が購入していったものであって,これによって原告に損害が発
生したとはいい難い。
本件婦人靴の販売価格は5000円又は7000円であるが,これは
被告会社が多額の経費(販売価格を超える経費)をかけて製造したもの
で,被告会社は,本件婦人靴の販売により利益を得ていない。
(ウ)本件販売期間中,本件商標の表示された織りネームの上に何も貼付さ
れていない婦人靴が販売のために展示されたのは,平成21年6月4日
の1日だけであり,また,その展示された数も10足にすぎない。本件
商標の表示された織りネームは,かなり接近してのぞき込まないと分か
らないものであることも考慮すると,本件商標に気が付いた消費者は極
めて限定的であったと考えられる。
本件婦人靴は,原告の規格に適合しなかったとしても,いわゆる不良
品ではなく,品質上,これを販売することに全く問題はない。また,原
告の主張する「ブランドイメージ」は曖昧なものであって,保護に値す
るものではない。
したがって,本件婦人靴の展示,販売によって,原告に150万円も
の無形損害が発生したとは考えられない。
(エ)以上のとおり,原告に損害が発生していない以上,その損害賠償請求
訴訟に係る弁護士費用について,被告らに賠償義務は生じない。
(4)争点(4)(返品手数料の支払義務の有無)について
ア原告
(ア)原告は,製造業者(メーカー)が納入した不良品を返品する際,当該
製造業者に対し,返品手数料(平成14年2月26日以降,1足当たり
1000円)の支払を求めているが,この「返品手数料」の法的性質は,
本件請負契約第11条に定める損害賠償である。
すなわち,原告がメーカーに婦人靴の製造を発注し,原告の発注条件
を満たさない不良品が納品され,当該不良品をメーカーに返品すること
になった場合には,原告に不良品の検品から返品に至るまでの費用とし
て1足当たり約3472円(①先上げ検品525円,②物流コスト18
6.95円,③納品代行250.4円,④店舗検品180円,⑤店舗返品
作業・商管配送636円,⑥商管・ブランドチェック1693.6円の合
計)に相当する負担が生じるが,これは不良品が納品されなければ生じ
なかった費用(不良品が発生したことで生じた費用及び不良品が発生し
たことで無駄になった費用)にほかならず,本件請負契約第11条によ
って賠償されるべき損害に当たる。
(イ)前記第2の2(4)のとおり,原告は,被告会社に対し,平成20年11
月17日から平成21年5月1日までの間に,婦人靴14足(不良品)
を返品しており,その返品に係る返品手数料は,合計1万4700円(消
費税込み)であるところ,そのうちの1万3650円が未払である。
したがって,被告会社は,原告に対し,前記第2の2(4)の未履行債務
(代金13万4355円,実費7550円の合計14万1905円)と
合わせて,合計15万5555円及びこれに対する平成21年7月29
日(被告会社に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定
利率年6分の割合による遅延損害金を支払うべき債務を負担する。
イ被告会社
原告の主張する返品手数料の内訳は,いずれも現実離れした数字であり,
内容が不明なものも多い。返品手数料の発生根拠は不明であり,被告会社
もこれを支払うことを了承していないから,被告会社がこれを支払う義務
はない。
(5)争点(5)(相殺の抗弁)について
ア被告会社
(ア)修理代金債権を自働債権とする相殺
被告会社は,原告の委託を受けて靴の修理を行い,その修理代金債権
(6800円)を有しているところ,平成21年9月25日,原告に対
し,その履行を請求した。
被告会社は,この修理代金債権を自働債権として,本件請負契約に基
づく原告の代金返還等請求権(本訴請求債権)と対当額で相殺する。
(イ)不当利得返還請求権を自働債権とする相殺
前記第2の2(4)のとおり,被告会社が原告に納品した靴について,被
告会社は,平成19年8月28日から平成20年10月24日まで,合
計186足の靴の返品を受け,これに伴い,原告に対し,1足当たり1
000円の返品手数料(合計18万6000円)を支払った。
上記(4)イのとおり,この返品手数料は,原告に支払う必要のないもの
であり,被告会社に返還されるべきものであるところ,被告会社は,平
成22年11月30日,原告に対し,その返還を求めた。
被告会社は,この返品手数料に係る不当利得返還請求権を自働債権と
して,本件請負契約に基づく原告の代金返還等請求権(本訴請求債権)
と対当額で相殺する。
イ原告
返品手数料の法的性質については,上記(4)ア(ア)のとおり,本件請負契
約第11条に定める損害賠償であり,原告が被告会社からその支払を受け
ることについては,法律上の原因がある。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件販売の期間,態様及び同期間中に販売された本件婦人靴の数)
について
ア原告は,本件販売が行われた期間について,平成21年6月1日頃から同
月7日頃までである旨主張するが,証拠(乙3の1~6,乙6,被告会社代
表者兼被告Y本人)によれば,本件販売が行われたのは,同月1日から同月
6日までの6日間(各日とも午前10時から午後8時まで)であり,本件全
証拠を検討しても,その前後の時期(同年5月31日以前及び同年6月7日
以降)に被告会社又は被告Yが日比谷駅構内において婦人靴の販売をした事
実は認められない。
また,証拠(甲4,被告会社代表者兼被告Y本人)及び弁論の全趣旨によ
れば,被告Yは,被告会社の代表者として,被告会社による本件販売の実施
を決定したほか,本件販売の実施に当たっては,販売場所である日比谷駅構
内に連日赴き,本件婦人靴を含む製品の陳列や撤収作業を行うなど,被告Y
自身も,本件販売に主体的かつ直接的に関与したことが認められるから,被
告Yについても,被告会社と共に本件販売を行ったものと認めるのが相当で
ある。
イ証拠(乙3の1~6)によれば,被告らは,本件販売が行われた平成21
年6月1日から同月6日までの6日間,日比谷駅構内において,合計133
足の婦人靴を販売したことが認められるところ,被告らが日比谷駅構内にお
いて展示していた婦人靴のうち,本件婦人靴の割合は3割程度であったとい
うことであるから(乙6,被告会社代表者兼被告Y本人),本件婦人靴の販
売数については,上記販売総数の約3割として,40足と推認するのが相当
である。
前記第2の2(5)のとおり,本件婦人靴は,いずれも中底に縫い付けられた
本件商標(織りネーム)が剥離されていないものであり,その中には,(a)
本件商標がそのまま表示されているものと,(b)本件商標の上に被告会社の自
社ブランド「無」が記載された中敷きが接着剤で貼付されていたものの2種
類があるが,本件販売期間中に販売されたと推認される本件婦人靴40足の
うち,上記(a),(b)の内訳は明らかではない。この点,被告らは,本件販売
期間中,本件商標がそのまま表示されている婦人靴(上記(a))については3
足を販売したのみであり,いずれも平成21年6月4日に誤って陳列したも
のを原告従業員が購入していったものであると主張し,被告Yも本人尋問に
おいてその旨の供述をする。しかしながら,本件商標が表示された織りネー
ムは靴の中底の見やすい位置に縫い込まれているものである(甲4資料2写
真③,⑥)にもかかわらず,販売のために婦人靴を陳列する際,これに全く
気が付かなかったなどとする被告Yの供述は不自然というほかなく,これを
採用することはできない。したがって,上記(a)の婦人靴が同日にのみ誤って
陳列されたということは考え難く,むしろ,上記(a)の婦人靴については,本
件販売期間中,継続して展示,販売されていたものと考えるのが自然である。
そこで,上記(a)の婦人靴の販売数について検討するに,証拠(甲4)によれ
ば,本件販売期間中の平成21年6月4日(午後1時30分頃)に原告従業
員が本件販売現場に赴き,展示されている本件婦人靴の数(上記(a)と(b)を
合算したもの)を確認した結果,全部で33足であったことが認められると
ころ,その際に撮影された写真(甲4資料1写真③,⑥,⑪,⑬,⑭)によ
れば,そのうち,本件商標がそのまま表示されている靴(上記(a))は,控え
めにみても7足あったことが認められる。このように,本件婦人靴のうち,
上記(a)の靴は,少なくとも2割程度は存在していたことが認められるところ,
前示のとおり,本件販売期間中の本件婦人靴の販売数は合計40足と推認さ
れるから,このうち,本件商標がそのまま表示されていたもの(上記(a))の
販売数は,その2割として合計8足と推認するのが相当である。
2争点(2)(本件婦人靴の展示,販売は本件商標権を侵害するか)について
(1)本件商標の付された織りネームを剥離せず,本件商標が表示されたままの
婦人靴を展示,販売した行為が本件商標権を侵害するものであることは明ら
かである。
(2)原告は,本件商標の付された織りネームの上に被告会社のブランドである
「無」を記載した中敷きを貼付して販売した行為についても,本件商標権を
侵害するものであると主張する。
しかしながら,証拠(甲4,乙2,被告会社代表者兼被告Y本人)及び弁
論の全趣旨によれば,被告らが貼った自社ブランド「無」の中敷きによって,
本件商標の記載は完全に覆い隠されており,この中敷きの上から本件商標を
視認することは不可能である。また,この婦人靴を購入しようとする需要者
が,購入前にこの中敷きを剥がしてその中を確認するなどということは,通
常,想定することができない。そうすると,被告らによる上記の態様での本
件婦人靴の展示,販売については,需要者が本件商標を認識することができ
ず,本件商標を使用するものということはできないから,本件商標権を侵害
するものと評価することはできない。
なお,本件請負契約第13条には,原告から返却された商品については「商
標を完全に除去し,又は除去させた後でなければ他へ譲渡,貸与等の処分を
行い,又はさせてはならない。」という規定があり(甲1),更にこれを敷
衍した「取引規定書」(原告が被告会社を含む取引先メーカーが従うべき取
引条件を取りまとめ,これを各メーカーに交付しているもの)には,織りネ
ームの管理方法について,「1年を経過した不良品及びメーカー在庫商品を
やむをえず他へ販売せざるを得ない場合は本社ブランドマネージャーの許可
を得,必ず織りネームは外して販売して頂きます」という記載があることが
認められる(甲5)。被告会社による本件婦人靴の販売は,自社ブランド「無」
の中敷きを貼付したものも含め,これらの規定に違背することにはなるが,
「無」の中敷きを貼付した本件婦人靴にあっては需要者が本件商標を認識で
きないことは上記のとおりであるから,これらの規定は本件商標権侵害(不
法行為)の成否に関する上記判断を左右するものではない。
3争点(3)(本件婦人靴の展示,販売による原告の損害)について
(1)逸失利益4万8000円
被告らは,本件商標の付された婦人靴を販売しているところ,その販売数
については,前示1のとおり合計8足と推認でき,本件婦人靴の販売価格は
5000円又は7000円であったから,その平均を6000円として計算
すると,上記婦人靴の売上げは合計4万8000円となる。
そして,本件婦人靴については,本来であれば廃棄されるべきものであっ
たから,本件婦人靴の販売による被告会社の利益は,上記売上額そのもので
あり,商標法38条2項の規定により,これが原告の損害と推定される。
(2)信用毀損による損害70万円
証拠(甲8,9,11~13,20,証人A)によれば,原告は,長年に
わたり,「立春」,「啓蟄」などの24の節(「二十四節気」)に対応して
オリジナル商品を企画・販売する「二十四節気マーチャンダイジング」に取
り組んでおり,各季節,気候に適した鮮度の高い商品を実需時期の1か月前
から販売し,実需時期を過ぎた商品については,ブランドイメージや販売員
のモチベーションを下げることを避けるため,原則として廃棄処分とし,安
売り等はしていないこと,原告は,自社ブランド商品がどこで販売されるか
にも細心の注意を払っており,店舗や売場のデザインに多額の資本を投下し
たほか,自社ブランド商品が取り扱われる小売店を百貨店などに限定してい
ることが認められ,このようにブランドの価値と信用の保持に傾注した結果,
本件商標については,購入客・非購入客を通じて,「高級感がある」,「有
名である」,「一流のブランド」というイメージが形成されたことが認めら
れる。
これに対し,本件販売は,二十四節気等の季節感や気候の変化とは関係な
く,原告の定める規格に適合しない婦人靴に本件商標を付して,これを,通
常は本件商標の使用された原告の商品が販売されることはない地下鉄駅(日
比谷駅)構内で販売したものであり,これに接した需要者が,原告について
「不良品を廉売している」,「駅構内で靴を販売している」などの印象を抱
き,これによって,原告がこれまでに育んできたブランドイメージが損なわ
れたことは容易に推認することができる。
上記認定のとおり,原告がこれまで長い歳月と多大な努力でブランドイメ
ージを築き上げてきたものであることを考慮すると,被告らの本件販売によ
り原告が受けた上記ブランドイメージが損なわれたことによる損害を軽視す
ることはできず,その損害額については70万円と認めるのが相当である。
(3)弁護士費用10万円
原告は,弁護士に委任して本件訴訟を追行しているところ,本件事案の難
易,認容額その他諸般の事情を斟酌すれば,その弁護士費用のうち10万円
については,被告らの不法行為と相当因果関係の認められる損害というべき
である。
4争点(4)(返品手数料の支払義務の有無)について
(1)証拠(甲17,24)及び弁論の全趣旨によれば,原告が製造メーカーか
ら納入を受けた商品について,原告の規格に適合しないなどのために返品を
する場合,1足当たり原告に次の費用(不良品が発生したことで生じた費用
及び不良品が発生したために無駄になった費用)が発生していることが認め
られる。
ア先上検品525円
先上検品とは,本生産に入る前の商品又は初回ロット品を,原告と仕入
先メーカーとで最終合意した最終サンプル及び仕様書と比較し,予定され
た仕様どおりに仕上がっているかチェックする作業であり,目視チェック
のほか,試履が行われ,履き心地に問題がないかどうかの確認も行われる
(1足当たりの所要時間は15分)。
イ物流コスト186.95円
原告は物流業務を外部委託しており,その費用(入庫料,出庫料,開梱
検品料,値付業務手数料,段ボール代等)である。
ウ納品代行250.4円
販売先納品の際に検品(発注書に基づいた納品となっているか等)が必
要であり,当該費用(検品料)につき,納品業者(原告)負担となってい
る。
また,商品を各店舗に運送する際の運賃も必要である。
エ店舗検品180円
店舗に商品が納品されると,スタッフが段ボールを開梱し,納品書と現
物の突き合わせ,商品の外観チェック,靴箱と中身に相違がないかなどの
チェック(検品)をする(1足当たりの所要時間は3分)。
この検品で異常があったものは,店長の下に回され,返品するか否かの
意思決定を行う(1足当たりの所要時間は2分)。
オ店舗返品作業・商管配送636円
店舗検品を経て返品が決まったものは,本社商品管理に返品するが,そ
の際,返品伝票起票,商品を段ボールに梱包した後,販売先の売り場責任
者の決裁をもらい,販売先物流センターに商品を持ち込むなどの作業が必
要となる。
カ商管・ブランドチェック1693.6円
販売先から納品された商品は,いったん商品管理(品質管理部門)で受
けて,メーカーに返品できる商品(規格外商品)か否かをチェックするが,
その作業として,開梱し,中身検品,返品伝票明細の確認と現物チェック,
品質詳細チェックを行う。
商品管理での品質チェックを経て,更に返品できるか否かの判断が難し
いものは,商品の担当ブランドにおいて最終の意思決定が行われる。その
際,営業担当及び企画担当の2名による現物チェックの後,ブランドリー
ダーによる最終意思決定を行う。
返品可能と判断された商品の返品作業は商品管理で行うが,返品入力,
返品伝票の発行,商品の梱包,メーカーへの発送等が主な作業となる。
(2)原告は,上記(1)によって生じた費用(合計3471.95円)の一部(甲
19によれば,平成14年2月26日以降は1足当たり1000円と認めら
れる。)について,各メーカーに対し,本件請負契約第11条所定の損害賠
償として,「返品手数料」の名目でその負担を求めてきたもので,この支払
義務については,前記「取引規定書」(原告が被告会社を含む取引先メーカ
ーが従うべき取引条件を取りまとめ,これを各メーカーに交付しているもの)
にも明記されているものである(甲18,19)。
この点,被告会社は,上記「返品手数料」について,現実離れした金額で
あり,内容も不明であるなどとして,その支払義務を争っているが,その内
容(内訳)については上記(1)のとおりであることが認められ,メーカーに負
担を求める金額はその一部にすぎないところ,被告会社は,平成14年2月
26日以降,本件請負契約の継続中,原告に対し何らの異議を述べることな
く原告の請求する1足当たり1000円の返品手数料を支払っていたことが
認められるから,被告会社は,原告に対し,本件請負契約第11条所定の損
害賠償として,返品1足当たり1000円の「返品手数料」を支払うことを
承諾していたものと認められる。したがって,被告会社の上記主張は,「返
品手数料」の支払を拒絶する理由とはならない。
(3)前記第2の2(4)のとおり,被告会社は,平成20年11月17日から平成
21年5月1日までの間,原告から14足の婦人靴(不良品)の返品を受け
ているから,その返品手数料(消費税込みで合計1万4700円のところ,
現時点での未払金は1万3650円)を原告に支払う義務があるというべき
である。
したがって,被告会社は,原告に対し,本件請負契約に基づく債務として,
前記第2の2(4)の合計14万1905円(代金13万4355円,実費75
50円の合計)と上記未払返品手数料1万3650円の合計15万5555
円及びこれに対する平成21年7月29日(被告会社に対する訴状送達の日
の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支
払うべき債務を負担していたことになる。
5争点(5)(相殺の抗弁)について
(1)修理代金債権を自働債権とする相殺について
被告会社は,原告に対し,6800円の修理代金債権を有しており,平成
21年9月25日にその履行を請求したと主張しているところ,原告は,こ
の主張について争うことを明らかにしないから,民事訴訟法159条1項の
規定により,これを自白したものとみなす。
したがって,この修理代金債権については,同日に弁済期が到来し(民法
412条3項),相殺適状になっているところ,原告が本件訴訟において請
求する代金返還等債権(元金15万5555円)について平成21年7月2
9日から同年9月25日まで(59日間)の商事法定利率年6分の割合によ
る遅延損害金は1508円であるから,民法491条1項の規定に従って充
当計算すると,相殺後の原告の残債権は,元金15万0263円となる。
(2)不当利得返還請求権を自働債権とする相殺について
被告会社は,原告に支払った18万6000円の「返品手数料」が不当利
得であるとして,これを自働債権とする相殺の抗弁を主張するが,前示のと
おり,原告が「返品手数料」を受領することについては法律上の原因があり,
被告会社から支払を受けた上記18万6000円の「返品手数料」が不当利
得に当たるということはできない。したがって,被告会社の不当利得返還請
求権を自働債権とする相殺の主張は理由がない。
第4結論
よって,原告の請求は,被告らに対し,不法行為(本件商標権侵害)による
損害賠償として各自84万8000円及びこれに対する平成21年6月8日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度
で,被告会社に対し,本件請負契約に基づく代金返還等の履行請求として15
万0263円及びこれに対する平成21年9月26日から支払済みまで商事法
定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由が
あるから,その限度で認容し,その余はいずれも理由がないから,これを棄却
することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
鈴木和典
裁判官
坂本康博
(別紙)
商標目録
登録番号第4936017号
出願日平成17年6月27日
登録日平成18年3月10日
商標
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務
第18類かばん金具,がま口口金,皮革製包装用容器,愛玩動物用被
服類,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,傘,ステッキ,
つえ,つえ金具,つえの柄,乗馬用具,皮革
第25類ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,
仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴

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