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平成29年2月9日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成26年(ワ)第1397号不正競争行為差止等請求事件(以下「第1事件」と
いう。)
平成27年(ワ)第34879号請求異議事件(以下「第2事件」という。)
口頭弁論終結日平成28年10月24日
判決
当事者及びその略称の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1被告Aⅲ及び被告たくみ屋は,別紙物品目録1記載の各木型から複製され
た木型(プラスチック木型を含む。)又は別紙物品目録2記載1の木型を使
用し,又は第三者に開示してはならない。
2被告Aⅲは,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型から複製された木
型(プラスチック木型を含む。)及び別紙物品目録2記載1の木型を引き渡
せ。
3被告Aⅲは,原告に対し,363万5640円及びこれに対する平成26
年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,第1事件及び第2事件を通じて,原告に生じた費用の5分の
3と被告三國,被告Aⅰ及び被告Aⅱに生じた費用については,全て原告の
負担とし,原告に生じた費用の5分の1と被告たくみ屋に生じた費用につい
ては,これを20分し,その1を同被告の,その余を原告の各負担とし,原
告に生じたその余の費用と被告Aⅲに生じた費用については,これを10分
し,その3を同被告の,その余を原告の各負担とする。
6第2事件につき,東京地方裁判所が平成27年12月11日にした強制執
行停止決定(同年(モ)第3965号)は,これを取り消す。
7この判決は,第1項ないし第3項及び第6項に限り,仮に執行することが
できる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の800番台・5
00番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生産用木型又は靴
(別紙物品目録2記載の各木型を含む。)を使用し,又は第三者に開示してはなら
ない。
2被告Aⅲは,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の
800番台・500番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生
産用木型及び靴(別紙物品目録2記載の各木型を含む。)を引き渡せ。
3被告三國は,原告に対し,別紙物品目録1記載の各木型に化体された原告の
800番台・500番台の品番の靴の設計情報を含む木型,プラスチック木型,生
産用木型及び靴(同被告が原告との製造委託契約に基づき預かり保管していたが,
不正に複製した時に倣い旋盤に掛けたため,丸い穴がつま先部分に1か所,かかと
部分に2か所開いた同目録記載の木型を含む。)を引き渡せ。
4被告Aⅰは,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26
年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき被告A
ⅱ及び被告Aⅲと連帯して,1131万0268円及びこれに対する同月10日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296
万7586円及びこれに対する同月6日から支払済みまで年5分の割合による金員
の限度で被告三國と連帯して)を支払え。
5被告Aⅱは,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26
年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき被告A
ⅰ及び被告Aⅲと連帯して,1131万0268円及びこれに対する同月10日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯して,296
万7586円及びこれに対する同月6日から支払済みまで年5分の割合による金員
の限度で被告三國と連帯して)を支払え。
6被告たくみ屋は,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成
26年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,全額につき
被告Aⅰ,被告Aⅱ及び被告Aⅲと連帯して,296万7586円及びこれに対す
る同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告三國と連帯して)を
支払え。
7被告Aⅲは,原告に対し,1131万0268円及びこれに対する平成26
年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1131万02
68円及びこれに対する同年4月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の
限度で被告Aⅰ及び被告Aⅱと連帯して,1131万0268円及びこれに対する
同月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告たくみ屋と連帯
して,296万7586円及びこれに対する同年3月31日から支払済みまで年5
分の割合による金員の限度で被告三國と連帯して)を支払え。
8被告三國は,原告に対し,296万7586円及びこれに対する平成26年
3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,296万7586
円及びこれに対する同月31日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で
被告たくみ屋と連帯して,296万7586円及びこれに対する同年4月6日から
支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告Aⅰ及び被告Aⅱと連帯して,
296万7586円及びこれに対する同月10日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員の限度で被告Aⅲと連帯して)を支払え。
9被告三國,被告Aⅰ及び被告Aⅱは,別紙「謝罪文(1)」記載の謝罪文を
靴業界専門誌『フットウェア・プレス』及び『シューズポスト』に掲載せよ。
10被告たくみ屋及び被告Aⅲは,別紙「謝罪文(2)」記載の謝罪文を靴業
界専門誌『フットウェア・プレス』及び『シューズポスト』に掲載せよ。
11被告三國の原告に対する東京高等裁判所平成27年(ネ)第1655号事
件について平成27年10月31日に確定した執行力ある判決の正本に基づく強制
執行は,これを許さない。
(上記1項ないし10項は第1事件の請求,11項は第2事件の請求である。)
第2事案の概要等
1第1事件は,婦人靴の企画・設計・卸売を業とする原告が,①被告三國,被
告Aⅰ及び被告Aⅱ(以下,これら3名を併せて「被告三國ら」という。)は,被
告三國が原告から預かっていた別紙物品目録1記載の各オリジナル木型(以下「本
件オリジナル木型」という。)を同被告の社外に持ち出して,被告たくみ屋及び被
告Aⅲ(以下,これら2名を併せて「被告たくみ屋ら」という。)並びに「ハマノ
木型」という屋号の木型製作業者(以下「ハマノ木型」という。)に対して不正に
開示した上,同木型を不正に複製することにより得られた木型を更に改造した木型
に基づいて靴の試作品を製作し,それを小売業者に開示するなどし,②その際,原
告の従業員であった被告Aⅲは,原告の製造受託業者であった被告三國に対し,被
告たくみ屋と取引を行うことを持ち掛け,また,③被告Aⅲは,原告の取引先であっ
た小売業者に対し,被告たくみ屋と取引するように営業活動を行ったものであり,
(a)上記①については,本件オリジナル木型に化体された靴の設計情報(形状・寸
法)(以下「本件設計情報」という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報
につき,被告三國らの行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項
7号所定の営業秘密の不正使用・不正開示行為に,被告たくみ屋らの行為は同項4
号所定の営業秘密の不正取得・不正使用・不正開示行為ないし同項8号所定の不正
開示行為後の取得・使用・開示行為に,それぞれ該当し,(b)上記②については,
被告三國が原告の製造受託業者であるという情報(以下「本件取引先製造受託業者
情報」という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報につき,被告たくみ屋
らの行為は同項7号所定の営業秘密の不正使用行為に該当し,(c)上記③について
は,原告の取引先であった小売業者に係る情報(以下「本件取引先小売業者情報」
という。)は原告の営業秘密に該当するから,同情報につき,被告たくみ屋らの行
為は同号所定の営業秘密の不正使用行為に該当するものであり,(d)これらについ
ては,被告三國及び被告たくみ屋に会社法350条に基づく責任が生じるほか,被
告らの間で互いに共同不法行為が成立し,また,(e)被告三國の上記①の行為は,
同被告と原告との間の靴の製造委託契約上の善管注意義務に違反して債務不履行を
構成し,(f)被告Aⅲが,原告在職中に,上記①・②のとおり不正に本件設計情報を
取得してこれを拡散させたほか,原告と競合する被告たくみ屋を設立するなどした
行為,及び原告退職後に,被告たくみ屋を代表して原告の取引先であった小売業者
と取引を行うなどした行為は,原告における就業規則及び被告Aⅲが原告に差し入
れた誓約書に基づく秘密保持義務・誠実義務・競業禁止義務に違反して債務不履行
を構成する旨主張して,(1)被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件オリジ
ナル木型に化体された原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報(本件
設計情報)を含む木型,プラスチック木型,生産用木型及び靴(別紙物品目録2記
載の各木型を含む。以下「本件木型等」という。)の使用及び開示の差止めを,(2)
被告Aⅲに対しては,同条2項に基づき又は誓約書に基づく返還義務の履行として,
被告三國に対しては,同項に基づき又は製造委託契約終了に基づく返還義務の履行
として,本件木型等の引渡しを,(3)被告らに対し,被告三國については不競法4
条,会社法350条,民法719条又は債務不履行に基づき損害賠償として前記第
1の8掲記の金員(損害額の一部1070万1515円から後記の本件相殺2の自
働債権の額773万3929円を控除した296万7586円及びこれに対する平
成26年3月26日付け訴状補正申立書送達の日の翌日から支払済みまでの民法所
定年5分の割合による遅延損害金),被告Aⅰ及び被告Aⅱについては不競法4条
又は民法719条に基づき,被告Aⅲについては不競法4条,民法719条又は債
務不履行に基づき,被告たくみ屋については不競法4条,会社法350条又は民法
719条に基づき,それぞれ損害賠償として前記第1の4ないし7掲記の金員(損
害額1904万4197円から後記の本件相殺2の自働債権の額773万3929
円を控除した1131万0268円及びこれに対する上記訴状補正申立書送達の日
の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金)の各支払(互
いに重なり合う範囲で連帯しての支払)を,(4)被告らに対し,主位的に不競法1
4条に基づき,予備的に民法723条に基づき,謝罪広告を,それぞれ求める事案
である。
第2事件は,原告が,原告と被告三國との間の東京高等裁判所平成27年(ネ)
第1655号委託報酬等請求控訴事件(以下,同事件及びその第一審に係る訴訟を
「別件訴訟」という。)について平成27年10月31日に確定した執行力ある判
決の正本(以下,この確定判決を「本件債務名義」という。)に記載された債権(6
89万2144円及びこれに対する平成25年10月25日から支払済みまで年6
分の割合による金員。遅延損害金について平成27年11月6日までの確定遅延損
害金として計算すると,債権額は773万3929円。)について,第1事件にお
ける被告三國に対する請求債権を自働債権として相殺したこと(以下「本件相殺2」
という。)により消滅した旨主張して,本件債務名義の執行力の排除を求める請求
異議訴訟の事案である。なお,この請求異議訴訟に関しては,同年12月11日に
強制執行停止決定がされている(東京地裁平成27年(モ)第3965号事件)。
2前提事実(当事者間に争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに掲記の
証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,書証番号は,特記しな
い限り枝番の記載を省略する。また,原告代表者尋問の結果,被告本人兼被告三國
代表者被告Aⅰの尋問の結果〔以下「被告Aⅰ本人」と略称する。〕及び被告本人
兼被告たくみ屋代表者被告Aⅲの尋問の結果〔以下「被告Aⅲ本人」と略称する。〕
については,本人調書別紙速記録中,当該供述が記載された該当頁を付記し,別件
訴訟の本人調書又は証人調書である乙A第9ないし第11号証についても同様の付
記をする。)
(1)当事者等
ア原告は,高級婦人革靴の企画・設計・卸売を業とする特例有限会社(会社法
の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律3条2項)である。
イ被告三國は,高級婦人革靴の製造を業とする特例有限会社であり,平成28
年4月20日までの商号は「有限会社サン三國製靴」であった。
被告Aⅰは,被告三國の代表者である。
被告Aⅱは,被告Aⅰの妻である。
ウ被告たくみ屋は,平成23年7月4日に被告Aⅲによって設立された,靴の
企画・開発・卸売を業とする株式会社であり,被告Aⅲは,その設立時から現在に
至るまで被告たくみ屋の代表取締役である(甲4)。
また,被告Aⅲは,遅くとも平成21年7月頃から原告の営業担当の従業員であっ
たが,平成23年7月20日に原告を自己都合で退職した(甲3,被告Aⅲ本人〔5
頁〕)。
エ被告Aⅲは,平成21年7月2日,原告に対し,原告に勤務するに当たり,
「営業上その他貴社に関する一切の機密について在職中はもちろん,退職後も決し
て他に漏洩致しません。」(2項),「顧客に関する情報については,取り扱いに
充分に留意するとともに,パソコンや記憶媒体または書類を社外に持ち出すことは
致しません。」(3項)などと記載した誓約書(甲14。以下「入社時誓約書」と
いう。)を差し入れた。
なお,原告の平成21年7月21日制定の就業規則(甲2)においては,その3
5条(服務心得)で,「禁止事項」として,「会社・取引先の営業秘密その他の機
密情報や,会社・取引先の保有する個人情報等(以下「会社情報」という。)を本
来の目的以外に利用し,又は会社情報や会社の不利益となるような事項を他に漏ら
し,あるいは私的に利用しないこと(退職後においても同様とする。)」(13号),
「許可なく職務以外の目的で会社の設備,車両,機械,器具その他の金品・情報等
を使用しないこと」(14号),「許可なく他の会社の役員若しくは従業員となり,
又は会社の利益に反するような業務に従事しないこと」(18号)と規定された上,
「会社に提出する「誓約書」の記載事項を遵守すること」(24号)と規定されて
おり,36条(兼業の禁止)で,「職場の秩序及び従業員の安全,又は会社機密の
守秘のため,勤務時間以外の時間に他の会社で勤務を行うことを禁ずる。但し,パー
ト従業員であって,やむを得ない事情があり,その申し出があった場合にはこれを
認めることがある。」と規定されていた。
(2)取引関係
ア原告と被告三國は,平成14年4月頃,継続的な婦人靴の製造委託契約(以
下「本件製造委託契約」という。)を締結し,以後,本件製造委託契約に基づいて
継続的に,被告三國が原告から委託された婦人靴の製造を行い委託報酬の支払を受
ける取引を繰り返していた。
被告三國は,平成23年2月ないし4月当時,原告から,本件製造委託契約に基
づき,上記取引のために,原告の設計する高級婦人革靴(コンフォートエレガント
パンプス)である800番台・500番台の品番の靴のマスター木型(全ての木型
の原型となる木彫りの木型。原告が企画開発する靴のマスター木型については,株
式会社中田靴木型製作所〔以下「中田靴木型」という。〕が製作して保管していた。)
に基づいて作成された靴製造受託業者用のプラスチック製の生産用木型である本件
オリジナル木型(木型番号T-0001及びT-110)を預かっていた。(以上
につき,甲36,乙A9〔1頁〕,弁論の全趣旨)
イ被告たくみ屋と被告三國は,平成23年8月4日,靴の製造委託契約を締結
した(甲5)。
(3)本件オリジナル木型の目的外使用等
ア被告Aⅰは,平成23年4月頃,被告Aⅲの要望に応じて,被告三國が原告
から前記(2)アのとおり預かっていた本件オリジナル木型(木型番号T-0001及
びT-110)を被告三國の社外に持ち出し,これらを被告Aⅲと共にハマノ木型
に持ち込んで複製させることにより,木型番号TA-E,TA-3E,IT-E及
びIT-3Eの各木型(以下「本件複製木型」という。)を作成した(以下,被告
三國が本件製造委託契約に基づいて預かっていた本件オリジナル木型を社外に持ち
出し,被告Aⅲと共にこれをハマノ木型に複製させ,もって本件製造委託契約に基
づく原告との取引以外の目的で本件オリジナル木型を使用したことを,「本件目的
外使用」という。なお,本件オリジナル木型の「複製」ないし「コピー」が行われ
たことについては当事者間に争いがないが,ここでいう「複製」ないし「コピー」
は,後記第5の1(4)ウの認定事実に照らすと,つま先部分については,必ずしも厳
密な意味での「複製」ではない。以下同じ。)。さらに,被告Aⅲは,ハマノ木型
に本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型
を複製したもの)を改造させることにより,別紙物品目録2記載1の木型(木型番
号TA-2。以下「本件改造木型」という。)を作成した(甲1,6ないし8,1
1,36,58,乙A9〔10~16頁〕,被告Aⅰ本人〔13,22頁〕,被告
Aⅲ本人〔10~12頁〕,弁論の全趣旨)。
イ被告Aⅲは,平成24年,被告たくみ屋の代表者として,靴の製造業者であ
る株式会社名進(以下「名進」という。)に,被告Aⅲが持ち込んだ木型における
つま先の形状を参考に別紙物品目録2記載2の各生産用木型(木型番号RE-40,
R-50,RE-60及びR-30。各35台で合計140台。以下「本件生産用
木型」という。)を作成させ,本件生産用木型に基づいて婦人靴を製造させた(以
下,本件生産用木型に基づいて製造された婦人靴を「本件たくみ屋婦人靴」という。)
(甲12,被告Aⅲ本人〔16~20頁〕)。
ウ被告たくみ屋は,平成24年10月2日から平成25年1月31日までの間,
本件たくみ屋婦人靴合計796足を,原告の取引先であった靴の小売業者である株
式会社楽歩堂(以下「楽歩堂」という。)に販売し,また,平成24年後半から平
成25年1月21日までの間,本件たくみ屋婦人靴合計291足を,原告の取引先
であった他の小売業者に販売した(以下,これらの販売を「本件販売」という。)
(甲12,13,被告Aⅲ本人〔21~22頁〕,弁論の全趣旨)。
(4)本件目的外使用の発覚とその後の経過
ア原告は,平成23年8月頃,取引先からの通報を基に調査したところ,本件
目的外使用に関して覚知するに至った(甲11,23,36,乙A9〔18~19
頁〕,弁論の全趣旨)。
イ原告は,平成23年11月9日,被告三國から,次の記載内容を含む秘密保
持誓約書(甲10)を徴した。
(ア)前文
当社は,有限会社スーパーリアルシステム(以下「貴社」という)と取引(以下
「本件取引」という)を行うにあたり,本書記載のとおり,秘密保持を誓約するも
のとする。なお,本書は,本書の作成日付以前に貴社より開示された秘密情報にも
適用があるものとする。
(イ)1条1項
秘密情報とは,貴社が保有する技術上または営業上の一切の情報をいい,以下に
例示するものを含む。
①貴社が企画,開発した,靴木型,中底,本底,ヒール,アッパー型紙その他
靴製品の企画,開発又は製造に使用する物品に関する情報(理論又は寸法に関する
情報を含む)
②上記のほか,貴社が秘密情報として管理し,あるいは秘密として指定した情

(ウ)2条1項
当社は,貴社の事前の承諾なく第三者に対し秘密情報を開示又は漏洩しないこと
とする。また,当社は,本件取引に関する業務に直接従事する従業員以外の者には
一切秘密情報を開示しないこととする。
(エ)2条2項
当社は,秘密情報を,本件取引を遂行する目的以外に使用しないこととする。
(オ)3条
当社が前条の秘密保持義務に違反した場合には,これにより貴社が被った損害を
貴社に賠償するものとします。
(カ)4条
当社は,貴社の要求があった場合又は本件取引が終了した場合は,速やかに,貴
社の指示に従い,秘密情報が含まれた資料を返還又は廃棄することとする。
ウ被告Aⅲは,平成23年12月22日,原告に対し,次の(ア)ないし(ウ)の各
事実を認めた上でこれらの行為により原告に多大なる迷惑を掛けたことを深くお詫
びする旨記載した謝罪文(甲8)及び次の(エ)ないし(カ)の各事項を遵守することを
誓う旨記載した誓約書(甲9。以下「発覚後誓約書」という。)を差し入れ,原告
との間で同誓約書の内容について合意した(以下,この合意中,次の(カ)の内容の合
意を「本件返却合意」という。)(被告Aⅲ本人〔15頁〕)。
(ア)貴社から何ら承諾を受けていないにもかかわらず,有限会社サン三國製靴の
被告Aⅰ氏と共謀して,同社に預けられていた貴社所有のT-0001及びT-1
10の各木型を有限会社サン三國製靴外に持ち出し,複製したこと。
(イ)貴社の従業員として兼業禁止義務を負っていたにもかかわらず(貴社の就業
規則第36条),貴社と競業関係となる株式会社たくみ屋を設立し,その代表取締
役に就任したこと。
(ウ)株式会社たくみ屋の開業準備のため,貴社在職中であるにもかかわらず,貴
社の取引先メーカーである有限会社サン三國製靴に対し靴の製造委託を申し込み,
また,同社と共同で靴を企画開発したこと。
(エ)私,並びに,株式会社たくみ屋,及び,今後私が設立し又は役員に就任し若
しくは従業員となる会社が,有限会社サン三國製靴,宮城興業株式会社,マーベル
製靴株式会社,その他貴社の取引先(貴社が今後取引を行う取引先で,かつ,貴社
の取引開始時に私及び株式会社たくみ屋が取引を行っていない取引先を含む)とは,
直接間接を問わず一切の取引を行わないこと(発覚後誓約書1項)。
(オ)理由の如何を問わず,靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関する情報その他
貴社が保有する技術上又は営業上の一切の情報(以下総称して「本件情報」という)
を,第三者に開示せず,また,自らも利用しないこと(発覚後誓約書2項)。
(カ)平成23年12月27日までに,貴社に対し,本件情報が含まれた一切の資
料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作された
木型のプラ木型を含むが,これに限られない)を返却すること(発覚後誓約書3項)。
エ原告と被告三國との間の本件製造委託契約に基づく取引は,平成24年7月
末まで続いた(甲36,乙A9〔1頁〕,11〔2頁〕)。
(5)別件訴訟と相殺
ア被告三國は,平成24年11月28日,原告に対し,本件製造委託契約に基
づく個別取引による委託報酬等の支払を請求する別件訴訟を当庁に提起した(東京
地裁平成24年(ワ)第33715号委託報酬等請求事件)(甲38)。
原告は,平成25年10月24日,別件訴訟の第一審第6回弁論準備手続期日に
おいて陳述した同年7月10日付け準備書面をもって,被告三國に対し,被告三國
の被告Aⅲに対する木型の無断貸与及び複製品の製造等の債務不履行及び不法行為
に基づく原告の被告三國に対する損害賠償請求権並びに不当利得返還請求権を自働
債権,被告三國の原告に対する別件訴訟の請求債権を受働債権として,対当額で相
殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺1」という。)。上記自働債権には,
被告三國の原告に対する本件製造委託契約上の債務不履行,共同不法行為又は不競
法違反に基づく「弁護士委託費用62万0489円」,「交通費等実費7万016
7円」,「代表者及びその妻の休業損害313万5000円」,「被告Aⅲに対し
て支払った給与等75万9366円」及び「信用毀損による損害300万円」の損
害賠償請求権が含まれていた(甲46,49,乙A12,13)。
イ原告は,平成26年1月22日,本件訴訟の第1事件を当庁に提起した。
ウ東京地方裁判所は,平成27年2月19日,別件訴訟の第一審として判決を
言い渡したが(乙A12),被告三國及び原告の双方がこの判決に控訴をした。
その控訴審(東京高裁平成27年(ネ)第1655号事件)において,東京高等
裁判所は,平成27年7月10日に口頭弁論を終結した上,同年10月15日に判
決(以下「別件判決」という。)を言い渡した(乙A13)。別件判決は,原告に
被告三國に対し689万2144円及びこれに対する平成25年10月25日から
支払済みまで年6分の割合による金員を支払うことを命ずるものであったが,本件
相殺1の自働債権については,被告三國が原告に無断で被告Aⅲに対して本件オリ
ジナル木型を貸与しこれを不正に複製したことが,本件製造委託契約上の善管注意
義務に違反すると判断し,この債務不履行に基づく合計112万3994円の損害
賠償請求権を認め,それについて相殺の効果を認めた。損害額の内訳については,
「ア弁護士費用等61万9859円」,「イ原告代表者及びその妻が取引先に
事情説明をした際の交通費等7万0167円」及び「ウ原告代表者及びその妻が
本件木型無断貸与等の対策に従事したことによる原告の損害43万3968円」で
あり,「原告が被告Aⅲに支払った給与等(75万9366円)」及び「信用毀損
による損害(300万円)」については一切損害の発生を認めなかった。
エ別件判決は,平成27年10月31日に確定した。
原告は,同年11月6日,被告三國に対し,第1事件における請求債権の元本を
自働債権(なお,同日の時点において,原告の主張に係る同債権の元本は,107
0万1515円であった。),本件債務名義(上記のとおり確定した別件判決)の
判決書正本に記載された債権を受働債権として,対当額(773万3929円)で
相殺する旨の意思表示をした(本件相殺2)(甲103)。
オ被告三國は,本件債務名義の正本に基づく債権差押えの申立てをし(平成2
7年(ル)第9620号事件),東京地方裁判所は,平成27年11月27日,債
権差押命令を発した。
原告は,同年12月9日,当庁に本件訴訟の第2事件を提起するとともに,本件
債務名義に基づく強制執行(上記債権差押命令申立事件)について強制執行停止の
申立てをした(東京地裁平成27年(モ)第3965号事件)。
これについて,東京地方裁判所は,同月11日,本件債務名義に基づく強制執行
(東京地裁平成27年(ル)第9620号債権差押命令申立事件)は本案判決にお
いて民事執行法37条1項の裁判があるまで停止する旨の強制執行停止決定(以下
「本件強制執行停止決定」という。)をした。
カ平成28年3月1日,本件訴訟の第1事件に第2事件が併合された。
第3争点
1本件設計情報に係る不正競争の有無
(1)本件設計情報の営業秘密該当性
(2)被告三國らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
ア被告三國の行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
イ被告Aⅰの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
ウ被告Aⅱの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
(3)被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性
ア被告Aⅲの行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性
イ被告たくみ屋の行為の不正競争(不競法2条1項4号,8号)該当性
2本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無
(1)本件取引先製造受託業者情報の営業秘密該当性
(2)被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
3本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無
(1)本件取引先小売業者情報の営業秘密該当性
(2)被告たくみ屋らの行為の不正競争(不競法2条1項7号)該当性
4被告らの共同不法行為の成否
5被告三國の原告に対する債務不履行の有無
6被告Aⅲの原告に対する債務不履行の有無
7原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲
8被告Aⅲの原告に対する本件返却合意又は不競法3条2項に基づく本件木型
等の返還債務の有無
9被告三國の原告に対する本件製造委託契約終了又は不競法3条2項に基づく
本件木型等の返還債務の有無
10原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無及び範囲
(1)不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益について
(2)実費等の損害について
(3)弁護士費用相当損害について
11謝罪広告の適否
第4争点に関する当事者の主張
1争点1(本件設計情報に係る不正競争の有無)について
(1)争点1(1)(本件設計情報の営業秘密該当性)について
【原告の主張】
ア原告は,自社が企画開発したマスター木型について,専門業者である中田靴
木型のみに保管を委託していたところ,中田靴木型は,社内の木型室に立入禁止の
貼り紙をして常時施錠し,同木型室へのアクセス権者を中田靴木型の社長とモデリ
スト(モデルを削る者)に限定しており(したがって,原告の代表者及び従業員に
アクセス権はなかった。),これにより,中田靴木型が各社から預かり保管する木
型に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が外部に流出しないよう厳重に管理し
ていた。
その上で,原告は,従業員に対しては,就業規則及び誓約書において,マスター
木型やオリジナル木型に化体された靴の設計情報を秘密として指定して管理し,取
引先製造受託業者に対しても,取引を開始するに当たり,預ける木型の目的外使用
を禁止する旨などを告げていた。そして,原告は,自社の従業員・退職者及び取引
先製造受託業者が就業規則及び誓約書に定める営業秘密を侵害する行為を行ってい
ないかに留意し,これを行った疑いがあった場合,原告代表者及び弁護士が内容証
明郵便により警告文を発し,聴取り調査を行うという運用を実施していた。
本件設計情報についても,原告は,就業規則(甲2)35条13号・14号・2
4号,被告Aⅲの平成21年7月2日付け入社時誓約書(甲14),被告三國の平
成23年11月9日付け秘密保持誓約書(甲10)1条・2条,被告Aⅲの同年1
2月22日付け発覚後誓約書(甲9)2項に基づき,秘密として管理していたもの
であり,被告らも,本件設計情報が秘密であって本件目的外使用が許されないこと
を認識していた。
以上によれば,本件設計情報は,秘密として管理されていたものといえる。
イ本件オリジナル木型に化体された本件設計情報は,本件オリジナル木型及び
そのマスター木型の保有者の管理下以外では一般に入手できないものであったから,
公然と知られていないもの(非公知)であったということができる。
なお,靴の皮革は立体状の物になじんでいく柔軟性を有するので,市場に出回っ
ている靴から,その靴の製造に用いた木型の形状・寸法を容易に把握することはで
きない(オリジナルの木型と同じ木型を作るには,倣い旋盤に掛けて木型を複製す
るか,木型の各部位の中心からの位置情報をデータとして全て取得するという方法
しかなく,完成し市販された靴から木型を再現しても,形状・寸法が全く同一の靴
の設計情報を取得することはできない。)。
ウ本件設計情報については,これを利用して靴を製造すれば,木型の企画・製
造に要する費用をかけずに原告の売れ筋の靴を大量生産でき(また,とりわけ,履
き心地を決める上で重要な木型の何か所かの形状及び寸法をそのままコピーすると,
出来上がる靴の履き心地が全く違ってくる。),原告など木型企画製造業者との競
争上不正に有利になるものであるから,生産方法その他の事業活動に有用な技術上
の情報であったということができる。
エ以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。
【被告らの主張】
ア本件設計情報には,秘密管理性が認められない。
被告三國の代表者である被告Aⅰは,本件目的外使用について,してはならない
事であるとは認識していたものの,それは,一般的に,契約ないし取引の相手方か
ら貸与を受けた物品等を当該契約ないし取引の目的に反して使用してはならないか
らにすぎない。したがって,このような目的外使用が禁止されていても,それが秘
密管理性を基礎付けることにはならない。
原告は,被告三國その他の取引先製造受託業者との間で,秘密保持誓約書の類を
締結させるなどの措置を講じてはいなかった。
原告は,本件製造委託契約に基づく取引において,被告三國に木型を貸与するに
当たり,被告三國から当該木型の貸与品リスト,受領書,確認書類等の提出を受け
たことが一切なく,管理台帳への記録等の管理もしておらず,被告三國に対し,い
つ,どの木型を,どれほど貸与したのかさえ把握していなかった。さらに,原告は,
原告の事務所内や事務所裏口の屋外に木型を放置していたことがしばしばあった。
なお,被告三國の平成23年11月9日付け秘密保持誓約書(甲10)は,被告
三國の本件目的外使用より後に作成されたものであるから,被告三國が行為時に秘
密保持義務を負っていたことの根拠にはなり得ない。
イ本件設計情報には,非公知性が認められない。なぜなら,靴の製造に携わる
者であれば,市場に出回っている靴から,その靴の製造に用いた木型の形状・寸法
を容易に把握することができるからである。すなわち,靴に石膏を流し込んで型取
りすることが可能であることはもとより,靴の足長・足巾・踵巾等の情報は,完成
した靴を切断して開く方法によっても正確かつ容易に取得することができる。実際,
被告三國も,市販されていた原告の800番の品番の靴にパテを流し込む方法によ
り,パテの乾燥を待つ時間を除けば1時間程度で,対象情報が化体された木型を容
易に再現することができた(乙A7)。
ウ木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産
できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があ
るとする根拠はない。
エ以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当しない。
(2)争点1(2)(被告三國らの行為の不正競争該当性)について
【原告の主張】
被告三國は,営業秘密たる本件設計情報を保有する事業者である原告から,本件
製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預けられることにより,本件設計情
報を示された。
ところが,被告三國らは,不正な方法により被告三國の利益を得るために,(ⅰ)
本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して,被告たくみ屋ら
及びハマノ木型に対して不正に開示した上,これを不正に複製し(本件複製木型の
作成),(ⅱ)本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の作成)上,本件改
造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を持
ち掛けてその際同試作品を開示した。
上記(ⅰ)については,直接には被告Aⅰが行った行為であるが,被告三國の代
表者である被告Aⅰの行為は被告三國の行為と同視できる。また,被告Aⅱは,被
告三國の事実上の取締役であり,同社の代表取締役であり夫である被告Aⅰから相
談を受けてその経営に関与していたところ,上記行為についても被告Aⅰと共謀し
ていたものであり,被告Aⅱ個人として責任を負う。
上記(ⅱ)については,直接には被告たくみ屋らが行った行為であるが,被告三
國らは,被告たくみ屋らと共謀していたものであり,責任を負う。
以上のとおり,被告三國らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正
使用・不正開示行為に該当する。
【被告三國らの主張】
原告の主張する(ⅰ)の行為については,被告三國らに不競法2条1項7号所定
の図利加害目的はなかった。
原告の主張する(ⅱ)の行為については,被告三國らは,営業活動と評価され得
る行為を一切行っていない。
なお,被告Aⅱは,専ら被告三國の経理業務を中心とした事務を行っており,対
外的な業務は,人手が足りないときに材料や製品の授受等を行うことはあるが,営
業や取引行為等は一切行っていない。被告Aⅱは,本件目的外使用について一切関
与していなかった。
以上によれば,被告三國らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正
使用・不正開示行為には該当しない。
(3)争点1(3)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について
【原告の主張】
ア被告Aⅲは,原告の取引先製造受託業者である被告三國に対し,自らが設立
する被告たくみ屋と取引するよう在職中に働き掛け,被告Aⅰに対し,本件オリジ
ナル木型の社外への持ち出し及びハマノ木型における複製・改造を唆した。被告A
ⅲが就業規則の兼業禁止等に違反する行為の一環として,本件オリジナル木型を被
告三國の社外に持ち出し,ハマノ木型において不正に複製した行為は,「不正の手
段により営業秘密を取得する行為」(不競法2条1項4号)に該当する。そして,
被告たくみ屋の代表者である被告Aⅲの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。
仮に,上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為であ
ることを知って,本件設計情報を被告三國から取得しているから,同項8号所定の
不正開示行為後の営業秘密の取得行為に該当する。
イ被告たくみ屋らは,本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の作成)
上,その本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,取引先小売業者に
商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した。これは,前記アのとおり不正取得行
為により取得した営業秘密を使用し,取引先小売業者に開示した行為(不競法2条
1項4号)に該当する。
仮に上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為である
ことを知って,本件設計情報を被告三國から取得した後,その取得した営業秘密を
使用・開示したものであるから,同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・
開示行為に該当する。
ウ被告たくみ屋らは,本件改造木型を作成した上,本件改造木型を名進に持ち
込み,名進に本件改造木型を利用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型
に基づいて製造された本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した。これは,
前記アのとおり不正取得行為により取得した営業秘密を使用し,名進,取引先小売
業者及び消費者に開示した行為(不競法2条1項4号)に該当する。
仮に上記に該当しない場合であっても,被告たくみ屋らは,不正開示行為である
ことを知って,本件設計情報を被告三國から取得した後,その取得した営業秘密を
使用・開示したものであるから,同項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・
開示行為に該当する。
エ以上のとおり,被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項4号所定の営業秘
密の不正取得・不正使用・不正開示行為ないし同項8号所定の不正開示行為後の営
業秘密の取得・使用・開示行為に該当する。
【被告たくみ屋らの主張】
争う。
被告たくみ屋らが作成した木型は,つま先部分を始め,本件オリジナル木型とは
全く異なっており,被告たくみ屋独自のものである。
2争点2(本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無)について
(1)争点2(1)(本件取引先製造受託業者情報の営業秘密該当性)について
【原告の主張】
本件取引先製造受託業者情報は,本件設計情報(前記1(1)【原告の主張】ア)と
同様に,就業規則や誓約書で秘密として指定するなどして,秘密として管理されて
いた。
また,本件取引先製造受託業者情報には,非公知性や有用性が認められる。
したがって,本件取引先製造受託業者情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該
当する。
【被告たくみ屋らの主張】
争う。
(2)争点2(2)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について
【原告の主張】
被告Aⅲは,原告在職中に営業担当従業員として,原告から本件取引先製造受託
業者情報(被告三國が原告の製造受託業者であるという情報)を示され,これを記
憶していたところ,不正な方法により利益を得る目的で,その記憶に基づいて同情
報を使用して,原告の製造受託業者であった被告三國に対し,自らが設立する被告
たくみ屋と取引を行うことを持ち掛けた。そして,被告たくみ屋の代表者である被
告Aⅲの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。
以上の被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用
行為に該当する。
【被告たくみ屋らの主張】
争う。
3争点3(本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無)について
(1)争点3(1)(本件取引先小売業者情報の営業秘密該当性)について
【原告の主張】
本件取引先小売業者情報は,本件設計情報(前記1(1)【原告の主張】ア)と同様
に,原告の就業規則13条,被告Aⅲの入社時誓約書1項ないし3項に基づき,秘
密として管理されていた。
また,本件取引先小売業者情報には,非公知性や有用性が認められる。
したがって,本件取引先小売業者情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当す
る。
【被告たくみ屋らの主張】
争う。
(2)争点3(2)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について
【原告の主張】
被告Aⅲは,原告在職中に営業担当従業員として,原告から本件取引先小売業者
情報を示され,これを記憶していたところ,不正な方法により利益を得る目的で,
その記憶に基づいて同情報を使用して,原告の取引先であった小売業者に対し,被
告たくみ屋と取引するように営業活動を行った。そして,被告たくみ屋の代表者で
ある被告Aⅲの行為は被告たくみ屋の行為と同視できる。
以上の被告たくみ屋らの行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用
行為に該当する。
【被告たくみ屋らの主張】
本件取引先小売業者情報は,もともと被告Aⅲが基本的に保有していた私的な情
報を原告のために用いたものである。
4争点4(被告らの共同不法行為の成否)について
【原告の主張】
本件設計情報,本件取引先製造受託業者情報及び本件取引先小売業者情報に関す
る被告Aⅰ及び被告Aⅲの不法行為は,それぞれ,被告三國及び被告たくみ屋の各
代表者がその職務執行として行ったものであるから,被告三國及び被告たくみ屋は,
会社法350条に基づき,原告に加えた損害の賠償責任を負う。
そのほか,各被告が行った前記1(2)【原告の主張】及び前記1(3)【原告の主張】
ア・イ,前記2(2)【原告の主張】,前記3(2)【原告の主張】記載の各不法行為は,
互いに主観的・客観的に関連共同して行った行為であるから,被告らの間で互いに
共同不法行為が成立する。
【被告らの主張】
否認ないし争う。共同不法行為を基礎付ける具体的な「関連共同」の事実の主張
立証が欠けている。
5争点5(被告三國の原告に対する債務不履行の有無)について
【原告の主張】
被告三國が,(ⅰ)本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出
して,被告たくみ屋ら及びハマノ木型に対して不正に開示した上,不正に複製し(本
件複製木型の作成),(ⅱ)その本件複製木型を不正に改造した(本件改造木型の
作成)上,その本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告の取引
先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為は,原告との本件製
造委託契約に基づく善管注意義務又は取引上の信義誠実義務に違反し,原告に対す
る債務不履行を構成する。
【被告三國の主張】
本件目的外使用が,被告三國の原告に対する本件製造委託契約上の債務不履行を
構成し得ることについては積極的に争うものではないが,その余は否認ないし争う。
6争点6(被告Aⅲの原告に対する債務不履行の有無)について
【原告の主張】
被告Aⅲが,原告在職中であるにもかかわらず,①原告と完全に競合する会社で
ある被告たくみ屋を設立したほか,②原告の取引先製造受託業者である被告三國に
対し被告たくみ屋との競業取引を持ち掛け,③その競業取引のベースとするため,
被告三國が預かり保管する本件オリジナル木型を被告Aⅰと共に被告三國の社外に
持ち出し,ハマノ木型において不正に複製する方法により,本件設計情報を取得し,
④本件複製木型を不正に改造して本件改造木型を作成することにより,本件設計情
報を拡散させた上,⑤本件改造木型を利用するなどして靴の試作品を製作し,原告
の取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示した行為は,原告にお
ける就業規則及び被告Aⅲの入社時誓約書に基づく従業員としての競業禁止義務・
秘密保持義務・誠実義務に違反し,原告に対する債務不履行を構成する。
また,被告Aⅲが,原告を退職した後,⑥被告たくみ屋代表者として被告三國と
の間で製造委託契約を締結して本件設計情報が化体した靴の製造を委託し,⑦本件
取引先小売業者情報を利用して原告の取引先小売業者に対して取引を持ち掛け,さ
らに,⑧名進に対し本件改造木型を持ち込んで本件設計情報を開示し,⑨本件取引
先小売業者情報を利用して楽歩堂その他の原告の取引先小売業者に対し本件設計情
報が化体した本件たくみ屋婦人靴を販売する取引をした行為は,原告における就業
規則及び被告Aⅲの入社時誓約書に基づく退職後の秘密保持義務に違反し,上記⑧
及び⑨の行為については被告Aⅲの発覚後誓約書1項・2項にも違反し,いずれも
原告に対する債務不履行を構成する。
【被告Aⅲの主張】
争う。
7争点7(原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲)について
【原告の主張】
原告は,被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件オリジナル木型に化体さ
れた原告の800番台・500番台の品番の靴の設計情報(本件設計情報)を含む
本件木型等の使用及び開示の差止めを請求することができる。
【被告らの主張】
争う。
8争点8(被告Aⅲの原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について
【原告の主張】
被告Aⅲは,原告に対し,本件返却合意に基づき,又は不競法3条2項に基づき,
本件木型等を返還する義務を負っている。
被告Aⅲは,平成23年12月末,原告に対し,本件返却合意に基づき,不正に
複製・改造した木型及び見本用の靴を送付したが,これは,本件木型等の一部にす
ぎず,まだ返還されていないものがある。
【被告Aⅲの主張】
被告Aⅲは,サンプルとして作った木型については,楽歩堂と証券取引所で面談
した後,段ボールで送って全て返却した。
他方,本件改造木型については,被告Aⅲが以前所持していたが,現在は名進に
預けている。また,本件生産用木型については,被告Aⅲの所有ではなく,楽歩堂
の所有であり,被告Aⅲは所持もしていない。これらの木型は,全て,全く原告の
木型とは異なる。
9争点9(被告三國の原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について
【原告の主張】
被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,又は不競法3条2
項に基づき,本件木型等を返還する義務を負っている。
被告三國は,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預かり保管して
いたところ,これを不正に複製した時に倣い旋盤に掛けたため,丸い穴がつま先部
分に1か所,かかと部分に2か所開いたというが,その穴の開いた本件オリジナル
木型は,まだ原告に返還されていない。被告三國は,同木型を廃棄したというもの
の,信用できない。
【被告三國の主張】
本件オリジナル木型については,これを複製する際に倣い旋盤に掛けたため損傷
した(丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いた)ことから,被告
Aⅰが,同複製後ほどない平成23年4月20日過ぎ頃,被告三國のごみ箱に廃棄
した。
被告三國は,本件オリジナル木型や本件複製木型を一切所持していない。
10争点10(損害賠償請求権の有無及び範囲)について
【原告の主張】
(1)不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益について
被告らの不正競争ないし不法行為又は債務不履行の結果,被告たくみ屋が,平成
24年10月2日から平成25年1月31日までの間,原告の取引先であった楽歩
堂や一歩堂,オートフィッツ,有限会社赤い靴(以下「赤い靴」という。),モネ
テラモト等の靴小売業者に対し,本件たくみ屋婦人靴(①ヒールの高さ35mm,足
幅1E,②ヒールの高さ35mm,足幅3E,③ヒールの高さ45mm,足幅D,④ヒー
ルの高さ45mm,足幅2E)合計1087足を販売し(本件販売),その際,もと
もと原告の営業担当従業員であった被告Aⅲの働き掛けにより,原告に発注する分
の足数枠が被告たくみ屋への発注に使われた。これにより,原告は,本件たくみ屋
婦人靴と競合関係にあるエレガントコンフォートパンプスである原告の500番台・
700番台・800番台・900番台の品番の靴(以下「本件原告婦人靴」という。)
の販売機会を喪失した。本件原告婦人靴の単位数量当たりの利益の額は,8950
円である(卸売価格は,小売価格3万3000円×55%=1万8150円。利益
額は,卸売価格1万8150円-仕入値9200円=8950円。)から,上記販
売機会の喪失による原告の不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益は,972
万8650円である(8950円×1087足=972万8650円)。
なお,仮にこのように認められない場合にも,原告の平成24年8月から平成2
5年1月における秋冬物の靴の受注件数が減少しているところ,事柄の性質上,損
害額を立証するために必要な事実を立証することが困難であるため,不競法9条に
基づく相当な損害額が認定されるべきである。
(2)実費等の損害について
原告は,被告らの不法行為又は債務不履行により,次の各損害(合計765万3
659円)を被った。
ア信用毀損による損害300万円
原告の取引先小売業者に対する信用が毀損されたところ,これによる原告の非定
型損害は300万円を下らない。
イ法律相談等に係る弁護士委託費用等62万0489円
(ア)法律相談に要した弁護士報酬に加え,内容証明郵便,謝罪文案,誓約書文案
及び「当社製品情報の不正取得に関するお願いの件」と題する文書の作成に要した
費用として,合計29万5150円
(イ)「当社製品情報の不正取得に関するお願いの件」と題する文書の郵送費用と
して,9499円
(ウ)告訴に要した費用として,31万5840円
ウガソリン代等実費6万9402円
原告代表者Aⅳ(以下「Aⅳ」という。)及びその妻Aⅴ(以下「Aⅴ」といい,
Aⅳ及びAⅴを併せて「Aⅵ夫妻」という。)は,本件の不正改造に関し,取引先
小売業者への影響を最小限にするため,遠隔地の取引先小売業者を回って事情を説
明する対応を余儀なくされた。これに要したガソリン代や高速道路料金は合計6万
9402円であった。
エAⅵ夫妻の休業損害313万5000円
原告において,代表者Aⅳは木型の企画設計を行い,妻Aⅴは経理を行っていた
ところ,社内で他に同様の業務を遂行する者はいなかった。Aⅳの月額報酬は90
万円,Aⅴの月額報酬は75万円であったから,Aⅵ夫妻の営業日1日当たりの基
礎収入は,合計8万2500円(=(90万円+75万円)÷20日)であった。
これを基に休業損害を算定すると,次のとおり,合計313万5000円となる。
(ア)本件のために完全休業となった日は合計15日間あったから,その休業損害
は,123万7500円(=8万2500円×15日×100%)。
(イ)不正改造の発覚後1か月余りの休業損害は,132万円(=8万2500円
×20日×80%)。
(ウ)高崎への打合せのための出張を余儀なくされた最後の日である平成24年3
月21日頃までの休業損害は,57万7500円(=8万2500円×7か月×2
0日×5%)。
オ被告Aⅲに対する過払い賃金等75万9366円
被告Aⅲは,原告との完全な競業会社である被告たくみ屋を設立するなど,就業
規則に違反する行為を行った。ところが,原告は,被告Aⅲがこのような背信行為
を行っているとは知らず,平成23年1月21日から同年7月20日までの賃金合
計245万9820円をそのまま支払った。このうち3割の73万7946円は,
ノーワークノーペイの原則から,過払いとして損害となる。
また,原告は,上記背信行為を知らなかったため,2万1420円の費用を負担
して,被告Aⅲが円満退職した旨の葉書を作成し取引先小売業者に発送した。仮に
原告が上記背信行為を知っていれば,被告Aⅲを懲戒解雇としたであろうから,こ
のような費用を負担することはなかった。
(3)弁護士費用相当損害について
原告は,不法行為又は債務不履行により,第1事件の訴訟提起を余儀なくされ,
これに係る弁護士費用相当額の損害を被った。
この損害額は,被告三國については97万2865円,その余の被告らについて
は173万1290円である。
(4)小括
以上のとおり,被告三國を除く被告らは,原告に対し,上記(1)の不競法5条1項
に基づく損害ないし逸失利益972万8650円,上記(2)の実費等765万365
9円及びこれらに対応する上記(3)の弁護士費用相当額173万1290円の合計1
904万4197円の損害賠償債務を負ったから,原告は,同被告らに対し,同額
から本件相殺2の自働債権の額773万3929円を控除した1131万0268
円の損害賠償請求権を有している。
また,被告三國は,原告に対し,上記(1)の972万8650円及びこれに対応す
る上記(3)の弁護士費用相当額97万2865円の合計1070万1515円の損害
賠償債務を負ったから,原告は,被告三國に対し,本件相殺2の自働債権の額77
3万3929円を控除した296万7586円の損害賠償請求権を有している。
【被告三國らの主張】
争う。
被告三國及び被告Aⅰは,平成23年8月に本件目的外使用が発覚して以降は,
被告たくみ屋らに対し,靴の製造について何らの協力もしていない。
また,被告Aⅰが被告Aⅲに対して本件複製木型を交付した後,被告Aⅲは,製
造する靴について,繰り返し企画・デザインの変更を行ったため,最終的には,本
件オリジナル木型及び本件複製木型とは形状が全く異なる木型を作成することとなっ
た。
さらに,コンフォートシューズ業界は原告が主張するほど狭小な市場ではなく,
本件原告婦人靴の競合品は多数存在するから,原告の靴の売上げ減少が,被告たく
み屋の楽歩堂等に対する本件販売に起因するものとはいえない。
以上の事情に照らすと,被告三國らが,原告の主張する販売機会の喪失による逸
失利益の損害賠償責任を負うことはない。被告三國ないし被告Aⅰが,本件目的外
使用に関して何らかの責任を負うとすれば,本件オリジナル木型を毀損させたため
廃棄し原告に返還することができなくなったことにより原告に生じた損害について
賠償責任を負うに止まるというべきである。
なお,仮に被告Aⅰ又は被告Aⅱが本件目的外使用に関して何らかの責任を負っ
たとしても,本件相殺1によって自働債権が消滅したことによる効果を受けるため,
ますます損害賠償債務を負うことはない。
【被告たくみ屋らの主張】
争う。
被告たくみ屋らが製作し,楽歩堂等に販売した本件たくみ屋婦人靴は,アーチ(土
踏まず部)の中底型成と,パンプスでは業界初のローリング機能の付いた,全くオ
リジナルの靴であり,つま先部分を含め,本件設計情報とは異なる形状・寸法の靴
である。
11争点11(謝罪広告の適否)について
【原告の主張】
原告は,被告らの故意の不正競争行為により,営業上の信用を害されたので,不
競法14条に基づき,損害賠償とともに,営業上の信用を回復するのに必要な措置
として,被告三國らに対しては別紙「謝罪文(1)」記載の謝罪文,被告たくみ屋
らに対しては「謝罪文(2)」記載の謝罪文の靴業界専門誌(『フットウェア・プ
レス』及び『シューズポスト』)への各掲載を請求することができる。また,仮に
同条に基づく請求が認められなくても,民法723条に基づき,同様の謝罪文掲載
を請求することができる。
【被告らの主張】
争う。
第5当裁判所の判断
1事実経過
前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ
る。
(1)原告の業務及び木型の管理等の状況
ア原告は,取締役2名,従業員三,四名の小規模な会社である。なお,原告に
おける営業担当者は,少なくとも被告Aⅲが在職していた期間(遅くとも平成21
年7月頃から平成23年7月20日まで)においては,被告Aⅲ1名のみであった。
原告は,足の形状等に難(外反母趾,偏平足,ウオノメ,O脚,X脚,リウマチ
足,糖尿病足,痺れ足など)のある女性を顧客層とする女性用コンフォートシュー
ズで価格帯が1足3万ないし5万円の革靴を企画・設計・卸売する事業を営んでい
る。
本件原告婦人靴は,コンフォートシューズのうち,カジュアルパンプスではない
エレガントパンプス(コンフォートエレガントパンプス)である。このうち500
番台の品番の靴については,小売価格は3万3000円,原告から小売業者への卸
売価格は1万8150円,原告の被告三國からの仕入れ価格は9200円であった。
一般に,コンフォートシューズは,履き心地が問われるところ,原告の靴の企画・
設計段階においては,幾度も木型や足入れ用の靴の試作品を作り,試し履きをして
履き心地を検証し,試し履きの都度,木型を削ったり,パテを貼って膨らませたり
しながら,靴を製造する基となる木型を開発していく。(以上につき,甲23,4
1,56ないし58,63ないし99,102,104,乙A10〔1~2頁〕,
原告代表者〔2,18~19頁〕,弁論の全趣旨)
イ原告の設計する靴のマスター木型(大元の木型)については,木型製作の専
門業者である中田靴木型が製作して保管している。マスター木型から,大きさ等に
応じて若干調整(グレーディング調整)して複製したプラスチック製の生産用木型
が作られる。
木型については,親指の付け根や小指の付け根が靴に当たる部分などが僅か1m
m以下でも異なると,コンフォートシューズの履き心地が大幅に変わる。そのため,
マスター木型は,多くのコストと時間を掛けて企画開発される。他方で,マスター
木型やこれをグレーディング調整して複製した生産用木型と形状・寸法が全く同一
の木型を作るには,倣い旋盤に掛けて木型を複製するか,デジタイザーという機械
を用いて木型の各部位の中心からの位置情報をスキャンしてデータとして取得する
といった方法しかない。すなわち,靴の皮革は立体状の物になじんでいく柔軟性を
有する(なおかつ,つま先部分及びかかと部分以外には芯が入っていない。)ため,
市場に出回っている革靴から,その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法
の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。こうしたことから,コン
フォートシューズの木型を取り扱う業界においては,木型が生命線ともいうべき重
要な価値を有すると認識されており,木型管理組合も,木型を海外に持ち出す行為
について会員に注意喚起するなどの取組をしている。
中田靴木型も,マスター木型の重要性に鑑み,社内のマスター木型室に立入禁止
の貼り紙をして常時施錠し,同木型室へのアクセス権者を中田靴木型の社長とモデ
リストに限定しており,これにより,中田靴木型が各社から預かり保管する木型に
化体された靴の設計情報が外部に流出しないよう厳重に管理している。
原告においては,中田靴木型から,マスター木型をグレーディング調整して複製
した生産用木型を郵送により受領したら,Aⅳがこれを開封して確認し,製造受託
業者に発送するようにしていた。そして,原告は,中田靴木型からの納品書のほか,
木型番号,サイズ及び台数を記載した木型台数管理表で,各木型の台数等を管理し
ていた。
本件オリジナル木型及びそのマスター木型についても,原告及び中田靴木型にお
いて上記のとおりの管理がされていた。(以上につき,甲19ないし23,25,
33ないし35,37,41,乙A10〔2,18,20~21頁〕,原告代表者
〔1,13~15,17,23,24,27~28頁〕,弁論の全趣旨)
ウ原告は,平成21年7月2日,被告Aⅲから,「営業上その他貴社に関する
一切の機密について在職中はもちろん,退職後も決して他に漏洩致しません。」(2
項)などと記載された入社時誓約書を徴した(甲14)。
また,原告の同月21日制定の就業規則においては,その35条(服務心得)で,
「禁止事項」として,「会社・取引先の営業秘密その他の機密情報や,会社・取引
先の保有する個人情報等(以下「会社情報」という。)を本来の目的以外に利用し,
又は会社情報や会社の不利益となるような事項を他に漏らし,あるいは私的に利用
しないこと(退職後においても同様とする。)」(13号),「許可なく職務以外
の目的で会社の設備,車両,機械,器具その他の金品・情報等を使用しないこと」
(14号)などと規定されていた。原告は,この就業規則を制定するに当たり,社
会保険労務士を招いて従業員に説明を受けさせ,被告Aⅲもこれに参加した(甲2,
原告代表者〔6~7頁〕,被告Aⅲ本人〔6頁〕)。
(2)本件目的外使用に至る経緯等
ア被告Aⅲは,原告を退職して独立し婦人靴のオリジナルブランドを立ち上げ
ることを計画し,平成23年4月上旬頃,被告Aⅰに対し,その計画を告げた上で,
被告Aⅲが新たに設立する会社で企画・設計する靴の製造を被告三國に委託する取
引を持ち掛けた。これに対し,被告Aⅰは,原告と本件製造委託契約に基づく取引
が継続していたことから,これと競合する取引を行うことを躊躇して,初めは断っ
ていたが,被告Aⅲが繰り返し熱心に申入れをしてきたのに対し,最終的には,被
告三國の企業としての存続等のためにも,被告Aⅲからの申入れを引き受けること
にした(甲7,8,36,乙A9〔10~12頁〕,乙B1,被告Aⅰ本人〔9~
12,22頁〕,被告Aⅲ本人〔7~9頁〕,弁論の全趣旨)。
イ平成23年4月当時,被告三國は,本件製造委託契約に基づき,原告から本
件オリジナル木型を預かっていたところ,被告Aⅲは,同月15日頃,被告Aⅰに
対し,原告の木型をベースに新たなオリジナルブランドの靴を作りたいので本件オ
リジナル木型を貸してほしい旨要望した。被告Aⅰは,本件オリジナル木型を原告
との取引の目的以外に使用することは許されないと認識していたが,この要望に応
じた。そこで,被告Aⅰは,同日頃,本件オリジナル木型(木型番号T-0001
及びT-110)2台を被告三國の社外に持ち出し,被告Aⅲと共にハマノ木型に
持ち込んで預け,本件オリジナル木型の複製を依頼した。その依頼を受けて,ハマ
ノ木型は,本件複製木型を作成したが,その際,本件オリジナル木型2台を倣い旋
盤に掛けたため,丸い穴がつま先部分に1か所,かかと部分に2か所開いた。本件
複製木型については,被告Aⅲに渡された。
なお,被告Aⅱは,本件目的外使用には関与していない。(以上につき,甲6,
8,36,乙A9〔10,12~16,30~32頁〕,10〔6頁〕,14,原
告代表者〔6頁〕,被告Aⅰ本人〔1,12~14,18,20~22頁〕,被告
Aⅲ本人〔10~12頁〕,弁論の全趣旨)
ウ被告Aⅰは,平成23年4月20日過ぎ頃,上記のとおり穴が開いて損傷し
た本件オリジナル木型2台を被告三國のごみ箱に廃棄した(甲36,乙A9〔15,
19,31頁〕,13,14,被告Aⅰ本人〔1頁〕。なお,後記2(1)参照。)。
エ被告Aⅲは,平成23年4月中旬頃から同年6月頃までの間,本件複製木型
を用いて,デッサンの作成や修正,そのデッサンに基づいた木型の削りやパテ盛り
等を繰り返して,自ら作る新ブランドの靴の開発のための作業をした。被告Aⅲは,
その過程で,ハマノ木型に本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型
番号T-0001の木型を複製したもの)を改造することにより本件改造木型を作
成させた。
上記作業の際,被告Aⅲは,被告Aⅰに対し,その時々におけるデザインで靴を
製造した場合の問題点や,革,金具等の部材の選択等について,アドバイスを求め,
被告Aⅰは,これに応じてアドバイスをした。また,被告Aⅰは,同年5月頃,被
告Aⅲの依頼に応じて,被告Aⅲが本件複製木型を利用して初期段階(靴の企画・
デザインが固まっていない段階)で作成した木型に基づき,廃棄予定の原材料を使っ
てプロトタイプの靴(試作品)を製造した。(以上につき,甲1,6,36,58,
乙A9〔16~17頁〕,被告Aⅰ本人〔15頁〕)
オ被告Aⅲは,平成23年7月4日,被告たくみ屋を設立し,同月20日,原
告を退職した。
そして,被告たくみ屋と被告三國は,同年8月4日,製造委託契約を締結した。
その委託料は,製品1個(靴1足)当たり9800円とされたが,これは,本件製
造委託契約の委託料(9200円)より1足当たり数百円高い金額であった。(以
上につき,甲3ないし5,57,被告Aⅰ本人〔11頁〕,被告Aⅲ本人〔9頁〕)
(3)本件目的外使用の発覚後の経緯等
ア原告代表者Aⅳは,平成23年8月頃,本件目的外使用について覚知するや,
被告Aⅰに対し,それについて問いただすとともに,被告Aⅰに対し,本件複製木
型の持参を求めた。被告Aⅰは,本件複製木型4台をAⅳのもとに持参し,本件目
的外使用が確認された。本件複製木型4台は,それ以降,Aⅳが保管している(甲
11,23,41,55,乙A10〔3~4頁〕,19〔20頁〕)。
イ被告三國は,平成23年8月頃,本件目的外使用の原告への発覚を受けて,
被告たくみ屋に対し,取引を断った。この破談により被告Aⅲの計画は一旦頓挫し
た。それ以降,被告Aⅰは,被告Aⅲに連絡を取っておらず,被告三國は,被告た
くみ屋の事業に対して協力をしていない(甲7,乙B1,9,被告Aⅰ本人〔6頁〕)。
ウ被告三國は,平成23年11月9日,原告に対し,秘密保持誓約書を差し入
れた(甲10,被告Aⅰ本人〔18頁〕)。
エAⅵ夫妻と被告Aⅲは,楽歩堂のAⅶ社長(以下「Aⅶ社長」という。)に
間に入ってもらい,平成23年12月2日,高崎商工会議所において,面談をした。
被告Aⅲは,この面談の中で,Aⅳに対して口頭で謝罪したが,謝罪文と誓約書の
作成を求められると,「謝罪文を書くと認めたことになりますよね。」などと発言
した(甲7,乙B9,池上本人〔1頁〕)。
オ被告Aⅲは,平成23年12月22日,原告に対し,上記エの求めに応じて,
謝罪文及び発覚後誓約書を差し入れた。発覚後誓約書3項には,「平成23年12
月27日までに,原告に対し,本件情報(靴の企画開発のノウハウ,靴製品に関す
る情報その他原告が保有する技術上又は営業上の一切の情報)が含まれた一切の資
料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作された
木型のプラ木型を含むが,これに限られない。)を返却する」旨の本件返却合意が
定められていた(甲8,9)。
被告Aⅲは,同月26日,原告に対し,本件返却合意に基づき,段ボール1箱に
入れて,本件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-110の
木型を複製したもの)に修正を加えて製作された各プラスチック木型(木型番号1
T-1E,1T,TA-1E,TA)及び同各プラスチック木型を用いて作成した
見本用の靴を送付した(甲11,23,弁論の全趣旨)。
(4)被告たくみ屋による本件生産用木型に基づく靴の製造及び販売取引
ア被告Aⅲは,平成24年1月又は2月,楽歩堂のAⅶ社長から,被告三國に
代わる靴の製造委託先として名古屋市所在の靴製造業者である名進の紹介を受けた。
そこで,被告Aⅲは,被告たくみ屋の代表者として,名進に対し,本件改造木型を
持ち込んで預け,本件改造木型のつま先の形状を参考に本件生産用木型(4種類合
計140台)を作成させ,本件生産用木型に基づきコンフォートエレガントパンプ
スである本件たくみ屋婦人靴を製造させた(甲1,12,乙B1,5ないし9,原
告代表者〔11頁〕,被告Aⅲ本人〔15~20,23~24頁〕,弁論の全趣旨。
なお,後記2(2),3(3)イ(イ)参照。)。
イ被告たくみ屋は,平成24年10月2日から平成25年1月31日までの間,
本件たくみ屋婦人靴合計796足を楽歩堂に販売した。その際,楽歩堂は,もとも
と取引をしていた原告の営業担当従業員であった被告Aⅲの働き掛けによるもので
あったことを踏まえて,被告たくみ屋に発注したものであり,その結果,原告に発
注する本件原告婦人靴の足数が減少した。
また,被告たくみ屋は,平成24年後半から平成25年1月21日までの間,本
件たくみ屋婦人靴合計291足を赤い靴など原告の取引先であった他の小売業者に
販売した。
なお,本件たくみ屋婦人靴は,被告たくみ屋から赤い靴に対しては単価1万85
50円(消費税抜き)程度で卸され,小売価格は3万1000円ほどであった。(以
上につき,甲12,13,59,乙A6,乙B4ないし6,原告代表者〔11頁〕,
被告Aⅲ本人〔21~22頁〕,弁論の全趣旨)
ウ原告代表者Aⅳは,平成24年11月19日,名進から,被告Aⅲが名進に
持ち込んだ「ハマノ木型」の刻印のある本件改造木型を借り出し,これを見て,本
件複製木型(ただし,本件オリジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複
製したもの)を改造したものであるとの疑いを強くした。
そこで,同年12月5日頃に中田靴木型においてコンピュータを用いた木型の比
較をして検証したところ,①本件オリジナル木型(T-110)と本件複製木型(1
T-E)とは,甲部のライン,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み及び峰(上
面)の部分が一致し,②本件オリジナル木型(T-0001)と本件複製木型(T
A-E)についても,甲部のライン,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み及び
峰(上面)の部分が一致し,③本件複製木型(TA-E)と本件改造木型(TA2)
とは,接地位置,かかとの高さ,かかとの丸み,親指の付け根が当たる部分,小指
の付け根が当たる部分及び峰(上面)の部分が一致した。他方,上記①ないし③の
いずれの比較においても,つま先部分の形状・寸法は明らかに相違しており,他に
も(程度の差はあれ)相違する部分がある。また,本件オリジナル木型(T-00
01)のつま先部分の形状・寸法と本件改造木型(TA2)のつま先部分の形状・
寸法とを比較してみても,明らかに相違している。(以上につき,甲1,11,1
09,原告代表者〔15~17,25~29頁〕)
(5)本件目的外使用に対する原告の事後処理と別件訴訟における本件相殺1等
ア原告は,平成23年8月頃に本件目的外使用を知ってから,その解決のため,
弁護士に対し,法律相談をした上,被告たくみ屋らに対する通知書等の作成,被告
三國についての刑事告訴の手続,取引先に対する送付書面の作成,被告Aⅲに署名
押印を求める謝罪文及び発覚後誓約書の文案の作成,交渉等を依頼した。原告は,
これに伴い,弁護士費用その他の費用として,合計61万9859円の支出を要し
た(甲8,9,15ないし18,40,乙A10,12,13,弁論の全趣旨)。
イまた,Aⅵ夫妻は,本件目的外使用発覚後,原告の取引先小売業者を訪問し
て,事情を説明した。その際,被告らが取引をしようとしていた群馬県高崎市所在
の楽歩堂については,Aⅵ夫妻は,平成23年11月から平成24年3月にかけて
合計6回にわたり,東京都足立区内から出向いて楽歩堂のAⅶ社長と面談し,本件
目的外使用の件に関し事情を説明したほか,Aⅶ社長立会いの下で前記(3)エのとお
り被告Aⅲから事情を聴取するなどした。原告は,これらの訪問に伴うガソリン代
及び高速道路料金並びに面談のための場所代として合計7万0167円(うちガソ
リン代及び高速道路料金については6万9402円)を負担した(甲40,42,
乙A10〔1,4頁〕,11,13,弁論の全趣旨)。
ウさらに,当時,原告において,Aⅳは靴の木型の企画・設計等の業務を担当
して月額90万円の役員報酬を得,Aⅴは経理を担当して月額75万円の役員報酬
を得ていたところ,本件目的外使用の発覚後,Aⅵ夫妻は,平成23年8月から平
成24年1月までの間,5回にわたって弁護士事務所を訪れ,本件目的外使用の件
に関して弁護士と法律相談や文書作成のための打合せを行い,平成23年11月か
ら平成24年3月までの間,合計6回にわたり,前記イのとおり取引先を回るといっ
た対応を余儀なくされ,その分本来の担当業務を行うことができなかった。これに
より,原告には,Aⅵ夫妻の人件費分として43万3968円の損失が生じた(甲
40,42,乙A10〔7頁〕,11,13,弁論の全趣旨)。
エところで,①被告三國は,原告に対し,平成23年11月5日から平成24
年6月29日までの間に,本件製造委託契約に基づく個別取引により,靴の製造及
び修繕等をしたことの委託報酬として,合計700万2309円の債権を取得した。
また,②原告と被告三國は,本件製造委託契約の終了の際の清算処理として,個別
取引の解約に伴う部材の買取りを合意し,その結果,被告三國は,原告に対し,5
9万8061円の債権を取得した(甲24,乙A9,12,13,15ないし22)。
オ別件訴訟において原告が平成25年10月24日に本件相殺1をした結果,
次の(ア)ないし(ウ)の自働債権と次の(エ)及び(オ)の受働債権とが,対当額で消滅し,
被告三國の原告に対する689万2144円及びこれに対する同月25日から支払
済みまで年6分の割合による金員の支払請求権が残った(甲46,49,乙A13,
弁論の全趣旨)。
(ア)原告の被告三國に対する本件製造委託契約上の善管注意義務違反(本件目的
外使用)に基づく112万3994円の損害賠償請求権(前記アないしウの損害賠
償請求権)
(イ)原告の被告三國に対する本件オリジナル木型2台の廃棄による本件製造委託
契約上の返還債務の履行不能に基づく2万2500円の損害賠償請求権
(ウ)原告の被告三國に対する本件製造委託契約及び個別契約上の修理義務の不履
行に基づく2万4000円の損害賠償請求権
(エ)被告三國の原告に対する前記エ①700万2309円の報酬債権及びこれに
対する弁済期後である平成24年10月20日から平成25年10月24日までの
商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権
(オ)被告三國の原告に対する前記エ②の59万8061円の債権及びこれに対す
る弁済期後である平成24年10月20日から平成25年10月24日までの商事
法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権
2事実認定の補足説明
(1)本件オリジナル木型の廃棄の事実について
前記1(2)ウの本件オリジナル木型の廃棄の事実について,原告は,この点に関す
る被告Aⅰの供述等を信用することができない旨主張する。
しかしながら,前記1で認定した事実経過の下で,被告三國らが本件オリジナル
木型を所持し続けることに経済的合理性はなく,被告Aⅰがこの点について虚偽の
供述をする動機も乏しい。被告Aⅰは,一貫して,本件オリジナル木型については
廃棄したと述べており,これが虚偽であることをうかがわせる事情はないから,被
告Aⅰの上記供述等は信用することができ,原告の上記主張は採用することができ
ない。
なお,前記前提事実(5)及び証拠(乙A13)によれば,原告と被告三國との間に
おいては,別件判決で,本件オリジナル木型(2台)が廃棄されたことが認定され
た上,同木型の代金相当額の損害賠償請求権が本件相殺1により消滅したことにつ
いて既判力が生じていることが認められるから,原告が,被告三國に対し,上記相
殺による同請求権の満足を受けておきながら,更に,本件オリジナル木型が廃棄さ
れていない旨主張することは,信義則に照らして問題があるといわざるを得ない。
(2)本件改造木型に基づく本件生産用木型作成の事実について
前記1(4)アのとおり,被告Aⅲが,名進に本件改造木型を持ち込み,本件改造木
型のつま先の形状を参考に本件生産用木型を作成させたとの事実について,被告A
ⅲは,その本人尋問において,自らが名進に持ち込んで本件生産用木型の作成の参
考にさせた木型は,ハマノ木型に作成してもらったものではあるが,本件改造木型
ではない旨供述する。
しかしながら,Aⅶ社長が平成25年1月21日付けで原告宛てに作成した甲第
12号証(この書面には同月19日に名進からFAXされた旨の印字部分もある。)
には,「被告Aⅲが名進に持ち込んだ本件改造木型(TA2)につき,名進がその
木型のつま先の形状のみ参考に作成した生産用木型は,本件生産用木型4種類(R
E-40,R-50,RE-60及びR-30)である。」旨記載されている。
そもそも,前記1(2)エ,(4)ア,ウで認定したとおり,本件改造木型は,被告Aⅲ
が自らの新ブランドの靴の開発の過程でハマノ木型に本件複製木型を改造して作成
させたものであり,これを新たに靴の製造を委託した名進に持ち込んで預けていた
のであるから,名進において靴の製造のために利用されることが予定されていたも
のとみられるのであって,これが利用されなかったというのは不自然である。そし
て,原告がその後平成24年11月19日に名進から借り出した本件改造木型には,
「ハマノ木型」と刻印されていた一方,その際の名進の貸出証(甲1の2頁),ハ
マノ木型聴取り書(甲6)その他本件全証拠によっても,被告Aⅲがハマノ木型に
作成させた木型で,かつ,名進に持ち込んで生産用木型の作成及び本件たくみ屋婦
人靴の製造の基となったものの存在は,本件改造木型の他にはうかがわれない。
そうすると,本件改造木型は,名進において靴製造のために利用され,そのつま
先の形状を参考にして本件生産用木型が作成され本件たくみ屋婦人靴が製造された
ものと認められ,被告Aⅲの上記供述は信用することができない。
3争点1(本件設計情報に係る不正競争の有無)について
(1)争点1(1)(本件設計情報の営業秘密性)について
ア秘密管理性について
前記1(1)で認定した事実によると,①原告においては,従業員から,原告に関す
る一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会
社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,ある
いは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用し
ないこと」を定めていたこと,②コンフォートシューズの木型を取り扱う業界にお
いては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいう
べき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計
情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理さ
れていたこと,③原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型につ
いて従業員が取り扱えないようにされていたことを指摘することができる。これら
の事実に照らすと,本件設計情報については,原告の従業員は原告の秘密情報であ
ると認識していたものであり,取引先製造受託業者もその旨認識し得たものである
と認められるとともに,上記①の誓約書所定の「機密」及び就業規則所定の「営業
秘密その他の機密情報」に該当するものとみられ,原告において上記①の措置がと
られていたことは秘密管理措置に当たるといえる。
なお,原告における木型の管理状況に関し,被告三國らは,原告は,原告の事務
所内やその裏口の屋外に木型を放置していたことがしばしばあり,また,原告の従
業員が,被告三國が貸与を受け返却した木型について特段の管理を行っていた事実
もないなどと主張し,被告Aⅰもこれに沿った供述等をする。しかしながら,証拠
(甲60,原告代表者〔7~8頁〕)及び弁論の全趣旨によれば,原告の事務所の
屋外に置かれていた木型は,原告が,開発段階で没にした木型を廃棄前に置いてい
たにすぎないものと認められる。また,前記1(1)イで認定したとおり,原告におい
ては,中田靴木型からの納品書のほか,木型番号,サイズ及び台数を記載した木型
台数管理表で,木型の台数等を管理していたことなどに照らすと,被告Aⅰの上記
供述等によって直ちに上述の秘密管理性を否定することはできず,他に,秘密管理
性を否定するほどの事情もうかがわれない。
以上によれば,本件設計情報は,秘密として管理されていたものというべきであ
る。
イ非公知性について
前記1(1)で認定した事実によると,本件オリジナル木型及びそのマスター木型自
体を一般に入手することはできなかったものと認められるが,被告三國らは,市販
されている本件原告婦人靴から,その靴に用いた木型を再現して本件設計情報(形
状・寸法)を容易に把握することができる旨主張し,その証拠として,パテを流し
込んで再現木型を作成したとする乙A第7・第8号証を提出する。
しかしながら,前記1(1)イで認定したとおり,靴の皮革は柔軟性を有するため,
市場に出回っている革靴から,その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法
の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。乙A第7・第8号証の再
現木型が元の木型と正確に同一の形状・寸法であることの立証はない上,かえって,
被告Aⅰの本人尋問の結果(7頁)によると,1割程度は再現できていないという
のである。さらに,被告Aⅰ自身,別件訴訟の本人尋問において,「流通している
靴から木型を作成するのは,木型の寸法を忠実に再現しない限りは容易にできる。」
旨の供述をしており(乙A9〔15頁〕),これは,「木型の寸法を忠実に再現」
することは困難であることを自認するものといえる。
そうすると,原告主張の方法により元の木型と全く同一の形状・寸法の木型を容
易に再現することはできないというべきであり,他に,特段の労力等をかけずに本
件設計情報を取得することができるとの事情はうかがわれないから,本件設計情報
は,公然と知られていないもの(非公知)であったということができる。
ウ有用性について
前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシュー
ズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法
その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。
エ小括
以上によれば,本件設計情報は,営業秘密(不競法2条6項)に該当する。
(2)争点1(2)(被告三國らの行為の不正競争該当性)について
ア被告三國の行為の不正競争該当性について
(ア)前記(1)で説示したとおり,本件設計情報は営業秘密に当たる上,前記認定事
実及び前記1(2)ア,イの認定事実によると,被告三國は,本件設計情報を保有する
事業者である原告から,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預けら
れることにより,本件設計情報を示されたところ,自らが企業として存続等するた
めに,被告Aⅲと取引することとし,その一環として,許されないことと認識しつ
つも,本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を社外に持ち出して,被告Aⅲ
及びハマノ木型に対して開示した上,これをハマノ木型に複製させた(本件複製木
型を作成させた)というのである。これについては,被告三國は,長年にわたり本
件製造委託契約に基づく取引をしてきた相手方である原告の信頼を著しく裏切る上
記行為をして,原告の従業員でありながら原告の競業者となろうとしている被告A
ⅲと取引をすることにより,自己の利益を図る目的を有していたものと認められる
から,不正の利益を得る目的で上記行為を行ったものということができる。したがっ
て,被告三國の上記行為は,不競法2条1項7号所定の営業秘密の不正使用・不正
開示行為に該当する。
(イ)なお,原告は,前記アに加え,被告三國が,本件複製木型を不正に改造した
上,本件改造木型に基づいて靴の試作品を製作し,原告の取引先小売業者に商談を
持ち掛けてその際同試作品を開示したとして,これについても不競法2条1項7号
に該当する旨主張するが,被告三國がそうした行為を行ったと認めるに足りる証拠
はない(なお,前記1(2)エのとおり,被告Aⅰは,被告Aⅲの依頼に応じて,被告
Aⅲが本件複製木型を利用して作成した木型に基づき,靴の試作品を製造したもの
であるが,同木型は,靴の企画・デザインが固まっていない段階のものであって,
本件改造木型とは認められず,本件複製木型と形状・寸法がどの程度共通している
かも全く定かではない。)。
イ被告Aⅰの行為の不正競争該当性について
本件において,原告から本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木型を預け
られることにより本件設計情報を示された上,営業秘密たる同情報を使用・開示し
た不正競争行為(前記ア(ア))の主体は,第一次的には被告三國とみるのが相当であ
り,被告Aⅰが事実として行った行為も,被告三國を離れて個人として行ったもの
ではない。そして,被告Aⅰが,今後,被告三國を離れて個人として不正競争行為
を行うおそれがあるとは認められない。
そうすると,被告Aⅰを不正競争行為の主体として,不競法3条1項に基づく差
止請求の相手方とすることは相当とはいい難い(本件において,被告三國に対する
差止請求を認める余地はあり得るとしても,それとは別に被告Aⅰに対する差止請
求を認めることは困難である。)。もっとも,被告三國の上記行為を実際に行った
自然人は被告Aⅰであるから,後記6(1)のとおり,被告Aⅰにも不法行為責任は認
められ,それに対応して被告三國は会社法350条に基づき損害賠償責任を負うも
のと解される。
ウ被告Aⅱの行為の不正競争該当性について
前記1(2)イで認定したとおり,被告Aⅱは,本件目的外使用に関与しておらず,
被告Aⅱが不正競争行為をしたと認めるに足りる証拠はない。
(3)争点1(3)(被告たくみ屋らの行為の不正競争該当性)について
ア被告Aⅲの行為の不正競争該当性について
(ア)不競法2条1項4号該当性について
a原告は,被告Aⅲが,就業規則の兼業禁止等に違反する行為の一環として,
本件設計情報が化体した本件オリジナル木型を被告三國の社外に持ち出し,ハマノ
木型において複製するなどした行為が,「不正の手段により営業秘密を取得する行
為」(不競法2条1項4号)に該当する旨主張する。
しかしながら,被告Aⅲの本件設計情報取得の目的が兼業禁止等違反行為の一環
であったとしても,被告三國からの取得それ自体が「窃取,詐欺,強迫」に匹敵す
るような「不正の手段」によりされたものとまではいえないから,原告の上記主張
は採用することができない(なお,不競法2条1項8号該当性については,後記(イ)
において検討する。)。
b原告は,被告Aⅲが,本件複製木型を不正に改造した上,その本件改造木型
に基づいて靴の試作品を製作し,取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作
品を開示した行為や,本件改造木型を作成した上,名進に本件改造木型を持ち込み,
本件改造木型から本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造され
た本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為が,不正取得行為により取
得した営業秘密を使用・開示した行為(不競法2条1項4号)に該当する旨主張す
る。
しかしながら,前記aで説示したとおり,不正取得行為が認められないから,原
告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
(イ)不競法2条1項8号該当性について
a前記1(2)ア,イ,2(2)アで認定,説示したところによると,被告Aⅲは,被
告三國が原告から本件製造委託契約に基づいて預かっていた本件設計情報が化体し
た本件オリジナル木型を社外に持ち出して被告Aⅲに開示しこれを複製することが
被告三國の原告に対する同契約上の義務に違反することを知り,又は重大な過失に
より知らないで,被告三國から営業秘密たる本件設計情報を取得したものと認めら
れ,被告Aⅲのこの行為は,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密
の取得行為に該当するというべきである。
bそして,前記1(2)エのとおり,被告Aⅲが,本件複製木型(ただし,本件オ
リジナル木型のうち木型番号T-0001の木型を複製したもの)を改造すること
により本件改造木型を作成した行為は,前記aのとおり取得した営業秘密を使用し
た行為として,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用行為に
該当する。
cなお,原告は,前記a,bの他にも,被告Aⅲが,本件改造木型に基づいて
靴の試作品を製作し,取引先小売業者に商談を持ち掛けてその際同試作品を開示し
た行為が,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為
に該当する旨主張するが,前記ア(イ)で説示したとおり,上記の靴の試作品が本件改
造木型に基づいてされたと認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用
することができない。
また,原告は,被告Aⅲが,名進に本件改造木型を持ち込み,本件改造木型を利
用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造された本件たく
み屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,不競法2条1項8号所定
の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨主張するが,この行為
は,前記1(4)アのとおり,被告Aⅲが被告たくみ屋の代表者として行った行為であっ
て,第一次的には被告たくみ屋の行為とみるのが相当であるから,後記イ(ア),(イ)
で検討する。
イ被告たくみ屋の行為の不正競争該当性について
(ア)前記1(4)アのとおり,被告たくみ屋が,名進に本件改造木型を持ち込んで預
けた行為については,本件オリジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致し
ている部分に係る設計情報(すなわち本件設計情報の一部。なお,この設計情報に
ついては,前記(1)アのとおり秘密として管理されていたものといえる上,本件オリ
ジナル木型と本件改造木型とで形状・寸法が一致している部分は,前記1(4)ウのと
おり靴の幾つかの箇所にわたっており,これらが公然と知られていたものとはいえ
ないし,その箇所や木型の利用経過等に照らし,靴の一部に係るものであっても有
用性は否定し難いから,営業秘密に該当することに消長を来すものではない。)を
名進に開示したものということができ,かつ,被告たくみ屋は,前記ア(イ)aのとお
り不正開示行為が介在したことを知って,又は重大な過失により知らないで,取得
した当該営業秘密(本件設計情報の一部)を開示したものということができるから,
不競法2条1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用行為に該当するという
べきである。
この点に関し敷衍しておくと,本件改造木型は,本件オリジナル木型とは形状・
寸法に相違があり,本件設計情報がそのまま化体したものではないから,本件改造
木型に化体した靴の設計情報の取得・使用・開示は,それ自体は,当然には本件設
計情報の取得・使用・開示であるということはできない。仮に,そのように形状・
寸法が多少相違しても靴の設計情報としての同一性を認めるのだとすれば,市販さ
れた靴から再現した木型の形状・寸法が元の設計情報と多少の誤差を生じてもそれ
には同一性が認められることになり,前記(1)イに反して非公知性が否定されること
になってしまうから,上記相違が,市販された靴から木型を再現した場合に生じる
誤差より狭い範囲に収まっていると認められなければ,営業秘密として保護される
設計情報とはいい難い。そして,(本件オリジナル木型と本件改造木型との同一性
が争われているにもかかわらず)そのような立証はないから,本件オリジナル木型
と本件改造木型とで形状・寸法が一致していない部分については,本件設計情報を
開示したと認めることはできない。
(イ)ところで,原告は,被告たくみ屋が,前記(ア)の行為の後,名進に対し,本件
改造木型を利用して本件生産用木型を作成させ,本件生産用木型に基づいて製造さ
れた本件たくみ屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,不競法2条
1項8号所定の不正開示行為後の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨主張する。
しかしながら,前記1(4)アのとおり,本件改造木型のつま先の形状を参考に本件
生産用木型が作成された事実は認められるとしても,本件改造木型のそれ以外の部
分の形状・寸法の情報が本件生産用木型の作成に使用されたとの事実を認めるに足
りる証拠はない。かえって,平成25年1月19日に名進からFAXされた書面に
楽歩堂(株式会社シューフォーラム)のAⅶ社長が署名押印したものとみられ,原
告自身が証拠として提出した甲第12号証には,「被告Aⅲが名進に持ち込んだ本
件改造木型につき,名進がその木型のつま先の形状のみ参考に作成した生産用木型
は,本件生産用木型4種類である。」旨明記されている(下線部は引用に当たって
付した。)。これは,被告Aⅲが,本人尋問(16,17,19頁)において,名
進に被告たくみ屋の靴の製造を委託するに当たり,つま先部分の形状だけを製品化
するよう名進に依頼した旨供述していることとも符合する。(なお,証拠(被告A
ⅰ本人〔23頁〕)及び弁論の全趣旨によれば,木型業者は,多数のサンプル木型
を保有しているものと認められるところ,ハマノ木型も原告代表者Aⅳに対し「ベー
スは,原告のもの(木型)を使わなくても,被告Aⅲと被告Aⅰが注文しているも
の(木型)を作れる」旨述べていること(甲6)に照らすと,つま先以外の部分に
ついて,本件改造木型を用いなくても,結果的に,同一ではないが近似した形状・
寸法の生産用木型が作成される可能性はあるものとみられる。)
そして,本件改造木型のつま先部分の形状・寸法は,前記1(4)ウのとおり,本件
オリジナル木型(T-0001)のつま先部分の形状・寸法とは明らかに相違して
いる。なお,この点に関しては,被告Aⅲが,本人尋問(15,16,18,20
頁)及び陳述書(乙B8)において,ハマノ木型に木型を作成させた際,つま先部
分については,何度も修正をして製作しており,つま先部分の形状は被告たくみ屋
らの全く独自のものである旨供述等していることとも符合する。
以上を総合すれば,本件生産用木型には,本件オリジナル木型の形状・寸法の情
報すなわち本件設計情報が残存していない蓋然性が高い。それにもかかわらず,原
告は,本件オリジナル木型と本件複製木型及び本件改造木型との一致部分に関する
比較検証結果の報告書を証拠(甲1)として提出する一方で,本件オリジナル木型
と本件生産用木型との一致部分を示す客観的な立証を何らしていない。
そうすると,被告たくみ屋らが,本件生産用木型の作成に当たり,本件設計情報
を使用したとは認められず,また,本件生産用木型に基づいて製造された本件たく
み屋婦人靴を取引先小売業者に販売した行為についても,本件設計情報の使用・開
示行為とは認められない。したがって,不競法2条1項8号所定の不正開示行為後
の営業秘密の使用・開示行為に該当する旨の原告の上記主張は採用することができ
ない。
(ウ)被告たくみ屋は,平成23年7月4日に設立されたものであり,それ以前の
行為を観念することはできず,また,前記アで説示したところによると,前記(ア)
の他に,不競法2条1項4号・8号に該当する行為は認められない。
4争点2(本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争の有無)について
(1)本件取引先製造受託業者情報の秘密管理性について
原告は,本件取引先製造受託業者情報については,被告Aⅲが原告在職中に記憶
した情報であり,被告Aⅲがその記憶に基づき同情報を使用したものであって,原
告の同情報が化体した文書や記憶媒体を領得したものではないと自認している。
この点に関し,従業員が職務として記憶した顧客情報等については,従業員の予
見可能性を確保し,職業選択の自由にも配慮する観点から,原則として,営業秘密
のカテゴリーをリストにしたり,営業秘密を具体的に文書等に記載したりして,そ
の内容を紙その他の媒体に可視化しているのでなければ,秘密管理性を肯定し難い
というべきである。
本件において,原告の就業規則では,「会社・取引先の営業秘密その他の機密情
報」(35条13号)としか記載されておらず,その具体的な内容は不明である。
また,被告Aⅲの入社時誓約書(甲14)では,「顧客に関する情報」とあるもの
の,「顧客に関する情報については,取り扱いに充分留意するとともに,パソコン
や記憶媒体または書類を社外に持ち出すことは致しません」(3項)と,パソコン・
記憶媒体・書類の社外持出しが中心となっており,従業員自身が記憶したものにつ
いてどの範囲まで営業秘密となるのか,具体的な外延や内実が不明確であり,予見
可能性は全く担保されていない。
そして,本件全証拠によっても,原告において,上記就業規則の定めや入社時誓
約書の徴求を超えて,本件取引先製造受託業者情報について秘密として管理する措
置がとられていたものとはうかがわれない。
そうすると,本件取引先製造受託業者情報について,秘密として管理されていた
とは認められない。
(2)小括
したがって,本件取引先製造受託業者情報に係る不正競争があったとは認められ
ない。
5争点3(本件取引先小売業者情報に係る不正競争の有無)について
(1)本件取引先小売業者情報の秘密管理性について
原告は,本件取引先小売業者情報についても,被告Aⅲが原告在職中に記憶した
情報であり,被告Aⅲがその記憶に基づき同情報を使用したものであって,原告の
同情報が化体した文書や記憶媒体を領得したものではないと自認しており,前記4
(1)で説示したところがそのまま妥当する。
さらに,証拠(乙A6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,自社のホームペー
ジにおいて,自らの取引先である小売業者の名称,電話番号及びホームページアド
レスを公開していることが認められる。
そうすると,本件取引先小売業者情報について,秘密として管理されていたとは
認められない。
(2)小括
したがって,本件取引先製造小売業者情報に係る不正競争があったとは認められ
ない。
6争点4(被告らの共同不法行為の成否)について
(1)前記3(2)ア(ア)の被告三國の不正競争行為及び前記3(3)ア(イ)a,bの被告Aⅲ
の不正競争行為については,被告Aⅰと被告Aⅲが共謀し,共同して行ったもので
あるから,被告Aⅰと被告Aⅲについて共同不法行為が成立し,被告三國について
は,代表者(被告Aⅰ)がその職務を行うにつき不法行為をしたものであるから,
会社法350条に基づく損害賠償責任が生じる。
なお,被告Aⅱについては,これらに関し,共同不法行為責任を負うような関与
をしたと認めるに足りる証拠はない。
(2)他方,前記3(3)イ(ア)の被告たくみ屋の不正競争行為(後記12(1)のとおり被
告Aⅲの不法行為ともみられる。)については,前記1(4)アのとおり,平成24年
にされた行為であるところ,前記1(3)イで認定した事実によると,被告三國ないし
被告Aⅰは,平成23年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降協
力していないというのであるから,これについて被告三國ないし被告Aⅰが共同不
法行為責任を負うものということはできない。
(3)他に,共同不法行為が認められるものはない。
7争点5(被告三國の原告に対する債務不履行の有無)について
被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約上の善管注意義務として,同契約に
基づいて預かった木型を原告との取引以外の目的で使用してはならない債務を負っ
ていたと解されるところ,被告三國が本件目的外使用をしたことは,この義務に違
反し,被告三國の原告に対する債務不履行を構成する。
8争点6(被告Aⅲの原告に対する債務不履行の有無)について
(1)被告Aⅲの原告在職中の行為について
ア被告Aⅲが,原告在職期間中の平成23年7月4日に,原告と競合する被告
たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し,同月20日に原告を退職するまで被
告たくみ屋の営業行為をしたことは,禁止事項として「許可なく他の会社の役員若
しくは従業員となり,又は会社の利益に反するような業務に従事しないこと」と規
定する原告の就業規則35条18号及び「勤務時間以外の時間に他の会社で勤務を
行うこと」を禁ずる就業規則36条に違反し,原告に対する債務不履行を構成する。
イまた,被告Aⅲが,本件オリジナル木型をハマノ木型に持ち込んで本件複製
木型の作成に用いたことは,禁止事項として「許可なく職務以外の目的で会社の…
器具その他の金品・情報等を使用しないこと」と規定する就業規則35条14号に
違反する上,前記3(1)アで説示したとおり本件設計情報が同条13号所定の「営業
秘密その他の機密情報」に該当するとみられることから,禁止事項として「会社の
営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは
私的に利用しないこと」と規定する同号にも違反し,原告に対する債務不履行を構
成するというべきである。
ウさらに,被告Aⅲが,本件設計情報が化体した本件複製木型を改造すること
により本件改造木型を作成したことも,「会社の営業秘密その他の機密情報を本来
の目的以外に利用し,あるいは私的に利用しないこと」を規定した就業規則35条
13号に違反し,原告に対する債務不履行を構成するというべきである。
エなお,前記前提事実(4)ウ(ア)ないし(ウ)及び前記1(3)エ,オの認定事実のとお
り,被告Aⅲが,前記ア及びイの各行為について認めた上でお詫びする旨の謝罪文
を差し入れていることは,上記違反を裏付けるものであるといえる。
(2)被告Aⅲの原告退職後の行為について
ア被告Aⅲが,名進に対し,本件設計情報の一部が化体した本件改造木型を持
ち込んで預け,もって当該情報を開示したことは,「会社の営業秘密その他の機密
情報を他に漏らさないこと」を規定し「退職後においても同様とする。」と規定し
た就業規則35条13号に違反するとともに,「理由の如何を問わず,靴の企画開
発のノウハウ,靴製品に関する情報その他原告が保有する技術上の一切の情報を第
三者に開示しないこと」を規定した発覚後誓約書2項の合意に違反し,原告に対す
る債務不履行を構成するというべきである。
イまた,被告Aⅲが,被告たくみ屋の代表者として,平成24年後半から平成
25年1月31日までの間,原告の取引先であった楽歩堂その他の小売業者に対し
本件たくみ屋婦人靴を販売する取引(本件販売)を行ったことは,「被告たくみ屋
が,原告の取引先とは,直接間接を問わず一切の取引を行わないこと」を規定した
発覚後誓約書1項の合意に違反する。
なお,この発覚後誓約書1項については,禁止の期間等を限定する規定がなく,
その文言どおりの内容そのままでは,被告Aⅲ及び被告たくみ屋の営業の自由に対
する制限が過度にわたってしまう疑いがある。しかしながら,前記1で認定した事
実経過によると,被告Aⅲが平成23年7月20日に原告を退職した後,在職中に
競業避止義務違反をしていたこと(前記(1)ア)や本件目的外使用による秘密保持義
務違反(前記(1)イ)ないし不正競争行為をしていたことが発覚したことを受けて,
一定の交渉を経た上で,同年12月22日に,これらについて謝罪する(前記(1)エ)
とともに誓約したものである。こうした事情に照らすと,少なくとも本件販売の終
期である平成25年1月31日までの期間において,原告の取引先に対し,被告た
くみ屋が女性用コンフォートシューズを販売する取引を禁止するという限りでは,
上記合意が無効であるとまではいい難く,上記合意所定の競業避止義務違反につい
て債務不履行責任を認めることを否定することはできないと考えられる。
したがって,本件販売は,上記合意に違反するものとして,被告Aⅲの原告に対
する債務不履行を構成するというべきである。
9争点7(原告の被告らに対する差止請求権の有無及び範囲)について
(1)前記3(2),(3)で説示したところに照らすと,被告三國及び被告たくみ屋らは,
現に本件設計情報に係る不正競争行為をしたものであって,同被告らが本件設計情
報の使用及び開示をするおそれが現時点においても残っている限りは,原告は,同
被告らに対し,不競法3条1項に基づき,本件設計情報の使用及び開示の差止めを
請求することができるというべきである。
(2)もっとも,差止請求の具体的な対象について,原告は,「本件木型等」とし
て,本件オリジナル木型に化体された本件設計情報を含む木型,プラスチック木型,
生産用木型及び靴(本件改造木型及び本件生産用木型を含む。)の使用及び開示の
差止めを求めている。
そこで検討するに,本件オリジナル木型については,前記1(2)ウ,2(1)で認定,
説示したとおり,既に廃棄されたものと認められるから,その使用及び開示のおそ
れがあるとは認められない。したがって,現時点において,本件オリジナル木型の
使用及び開示は,不競法3条1項に基づく差止請求の対象とはならない。
また,本件生産用木型については,前記3(3)イ(イ)で説示したとおり,本件設計情
報を含むと認めるに足りる証拠はないから,その使用及び開示は,不競法3条1項
に基づく差止請求の対象とはならない。
さらに,「本件設計情報を含む靴」については,本件生産用木型に基づいて製造
された靴は,上記理由から,本件設計情報を含むとは認められないし,また,この
点を暫く措くとしても,前記3(1)イのとおり,靴から再現木型を作成して設計情報
を把握することはできないということが非公知性を肯定する前提となっているので
あるから,靴の使用及び開示が営業秘密の使用及び開示として不正競争に該当する
ということはできない(この点に関する原告の主張は矛盾しているといわざるを得
ない。)。したがって,「本件設計情報を含む靴」の使用及び開示は,不競法3条
1項に基づく差止請求の対象とはならない。
他方で,本件複製木型及び本件改造木型の使用及び開示については,営業秘密の
使用及び開示として不正競争に該当するということができるから,不競法3条1項
に基づく差止請求の対象となる。
他に,その使用及び開示について具体的な差止めの必要性が認められるような「本
件設計情報を含む木型,プラスチック木型又は生産用木型」の存在を認めるに足り
る的確な証拠はない。
(3)そして,前記1(1)ないし(4)で認定した事実経過に照らすと,現時点において
も,被告たくみ屋らは,本件複製木型又は本件改造木型の使用又は開示をするおそ
れがあることを否定することはできない。
他方,前記1(3)イで認定した事実によると,被告三國ないし被告Aⅰは,平成2
3年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降現在に至るまで5年以
上にわたり被告たくみ屋らに協力していないものであり,被告三國ないし被告Aⅰ
が本件複製木型や本件改造木型を所持していると認めるに足りる証拠もない。そう
すると,現時点において,被告三國ないし被告Aⅰが,本件複製木型又は本件改造
木型の使用又は開示をするおそれがあるとは認められない。
(4)以上によると,原告は,被告たくみ屋らに対し,不競法3条1項に基づき,
本件複製木型(別紙物品目録1記載の各木型〔本件オリジナル木型〕から複製され
た木型〔プラスチック木型を含む。〕)及び本件改造木型(別紙物品目録2記載1
の木型)の使用及び開示の差止めを請求することができるが,原告のその余の差止
請求については理由がない。
10争点8(被告Aⅲの原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について
(1)本件返却合意に基づく返還請求について
ア前記前提事実(4)ウ及び前記1(3)オの認定事実によると,被告Aⅲは,平成2
3年12月22日,原告との間で,「原告に対し,靴の企画開発のノウハウ,靴製
品に関する情報その他貴社が保有する技術上又は営業上の一切の情報が含まれた一
切の資料又は物品(T-0001又はT-110の木型の複製に修正を加えて製作
された木型のプラ木型を含むが,これに限られない。)を返却する」旨の本件返却
合意をし,同月26日,原告に対し,本件返却合意に基づき,本件複製木型(ただ
し,本件オリジナル木型のうち木型番号T-110の木型を複製したもの)に修正
を加えて製作された各プラスチック木型(木型番号1T-1E,1T,TA-1E,
TA)及び同各プラスチック木型を用いて作成した見本用の靴を返還したものであ
る。
本件返却合意の対象物であって,まだ原告に返還されていないものとしては,本
件複製木型及び本件改造木型が挙げられる(本件複製木型については,前記1(3)ア
のとおり,被告Aⅰが,同年8月頃,原告代表者Aⅳに引き渡し,それ以降,Aⅳ
が保管しているものがあるが,これ以外にも存在する可能性が否定できない。)。
これに対し,被告Aⅲは,本件改造木型については,現在は名進に預けている旨
主張する。しかしながら,被告Aⅲが所持していなくても,同人が所持者から回収
し得るものについては,本件返却合意に基づく返還債務は履行不能にはならないと
解されるところ,本件改造木型について,被告Aⅲが名進から回収して原告に返還
することが不能となったと認めるに足りる的確な証拠はない。
イところで,本件返却合意の対象となるのは,あくまでも原告が保有する技術
上又は営業上の情報が含まれた資料又は物品であると解される。
したがって,本件生産用木型については,前示のとおり本件設計情報を含むと認
めるに足りる証拠はなく,他に原告が保有する技術上又は営業上の情報を含むと認
めるに足りる証拠もないから,本件返却合意の対象となるということはできない。
さらに,原告は,本件返却合意に基づいて靴の返還も請求しているが,本件たく
み屋婦人靴については,そもそも既に説示したところに照らし,本件返却合意の対
象とならないといわざるを得ないし,また,とりわけ既に販売された靴(前記1(4)
イ,ウ)については,社会通念上,もはや回収し得ず,仮に被告Aⅲが原告に引き
渡す債務を負ったとしても履行不能になっていると解される。
以上によると,被告Aⅲは,原告に対し,本件返却合意に基づき,本件複製木型
及び本件改造木型を引き渡す債務を負うというべきである。
(2)不競法3条2項に基づく返還請求について
不競法3条2項は,侵害の行為を組成した物の廃棄その他の侵害の停止又は予防
に必要な行為を請求することができる旨規定しているところ,本件においては,前
記9の同条1項に基づく木型の使用及び開示の差止めに加えて同条2項に基づく廃
棄を求めれば十分というべきであるから,それを超えて原告への木型の返還まです
ることは,同項所定の「侵害の予防に必要な行為」とはいうことができない。
したがって,原告の被告Aⅲに対する不競法3条2項に基づく返還請求は理由が
ない。
11争点9(被告三國の原告に対する本件木型等の返還債務の有無)について
(1)本件製造委託契約の終了に基づく返還請求について
被告三國は,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,同契約に基づいて
預かった木型を返還する債務を負うと解される。
そして,被告三國は,原告から,本件製造委託契約に基づいて本件オリジナル木
型を預かったものであるが,本件オリジナル木型については,前記1(2)ウ,2(1)
で認定,説示したとおり,既に廃棄されたものと認められる。したがって,被告三
國が,原告に対し,本件製造委託契約の終了に基づき,本件オリジナル木型を返還
する債務を負っているということはできない。
また,前記前提事実(5)及び証拠(乙A13)によれば,別件判決においては,①
本件オリジナル木型2台が廃棄されたとして,同各木型の代金相当額の損害賠償請
求権が認められたほか,②型番T0008,T0001,T430の合計3台の木
型については,返還されたとは認められないとして,同各木型の代金相当額の損害
賠償請求権が認められ,③これらの損害賠償請求権が本件相殺1により消滅したこ
とが既判力をもって確定されたことが認められる。上記代金相当額の損害賠償請求
権は履行不能に基づく損害賠償請求権と解されるところ,これが弁済や相殺により
満足された場合には,これと選択的な関係に立つ同一木型の返還請求権は,実体法
上(仮にそれまで存続していたとしても)消滅することになる。したがって,この
観点からも,原告の被告三國に対する本件オリジナル木型の返還請求を認容するこ
とはできない。
他に,被告三國が原告に対して本件製造委託契約の終了に基づき返還債務を負う
木型等は見当たらない。
(2)不競法3条2項に基づく返還請求について
不競法3条2項は,同条1項の規定による請求をするに際し,侵害の行為を組成
した物の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる旨
規定しているところ,前記9で説示したとおり,被告三國に対しては,同項に基づ
く木型の使用及び開示の差止請求が認められないのであるから,同条2項に基づく
請求の前提を欠くというほかはない。
したがって,原告の被告三國に対する不競法3条2項に基づく返還請求は理由が
ない。
12争点10(原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無及び範囲)につい

(1)各被告が負った損害賠償責任の内容
前記3,6ないし8で説示したところによると,①本件オリジナル木型をハマノ
木型に持ち込んでこれを複製し本件複製木型を作成したこと,②本件複製木型を改
造して本件改造木型を作成したこと,③本件改造木型を名進に持ち込んで預けたこ
と,④被告Aⅲが原告在職中に,被告たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し,
同社の営業行為をしたこと,⑤被告Aⅲが被告たくみ屋の代表者として本件販売を
したことに関し,(1)被告Aⅰは,原告に対し,不法行為に基づき,上記①及び
②による損害の賠償責任を負い,(2)被告三國は,原告に対し,会社法350条
に基づき,上記①及び②による損害の賠償責任を負うとともに,債務不履行に基づ
き,上記①による損害の賠償責任を負い,(3)被告Aⅲは,原告に対し,不法行
為に基づき,上記①ないし③による損害の賠償責任を負うとともに,債務不履行に
基づき,上記①ないし⑤による損害の賠償責任を負い,(4)被告たくみ屋は,原
告に対し,会社法350条に基づき,上記③による損害の賠償責任を負うというべ
きである。
(2)争点10(1)(不競法5条1項に基づく損害ないし逸失利益)について
ア不競法5条1項に基づく損害について
原告は,前記(1)①ないし③に係る不正競争行為の結果,原告の取引先であった小
売業者に対する本件たくみ屋婦人靴の本件販売がされたことにより,本件原告婦人
靴の販売機会を喪失し,不競法5条1項に基づく損害を被った旨主張する。
不競法5条1項は,「その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,
その譲渡した物の数量に,被侵害者がその侵害の行為がなければ販売することがで
きた物の…」と規定しているところ,原告は,本件たくみ屋婦人靴が同項の「侵害
の行為を組成した物」に当たり,本件原告婦人靴が同項の「被侵害者がその侵害の
行為がなければ販売することができた物」に当たるという前提で,同項の適用を主
張しているものと解される。
しかしながら,本件たくみ屋婦人靴は,本件生産用木型の使用により製造された
物ではあるが,前記3(3)イ(イ)で説示したところに照らすと,本件生産用木型には本
件設計情報が含まれているとは認められず,本件生産用木型の使用は不正競争行為
に該当しない。そうすると,本件たくみ屋婦人靴は,同項の「侵害の行為を組成し
た物」(「侵害の行為により生じた物」を含む〔不競法3条2項括弧書き〕。)に
は当たらないといわざるを得ない。
したがって,本件において不競法5条1項が適用される旨の原告の上記主張は採
用することができない。
イ逸失利益について
次に,原告は,被告らの不法行為又は債務不履行による損害として,本件原告婦
人靴の販売機会を喪失したことによる逸失利益の主張もしているので,これについ
て検討する。
(ア)被告たくみ屋らの不法行為又は債務不履行による損害(逸失利益)について
a前記(1)①ないし③の行為(本件設計情報に係る行為)による損害について
原告は,本件たくみ屋婦人靴の本件販売により,本件原告婦人靴の販売機会を喪
失した旨主張するが,前記3(3)イ(イ)で説示したところによると,本件たくみ屋婦人
靴は,本件改造木型のうち本件設計情報を含まない部分(つま先部分)を参考に作
成された本件生産用木型に基づいて製造された靴である。したがって,本件設計情
報の取得・使用・開示に係る前記(1)①ないし③の不法行為又は債務不履行は,本件
たくみ屋婦人靴の販売と相当因果関係を有するものとはいい難いから,本件販売に
よる本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る損害(逸失利益)と相当因果関係を有す
るものとはいえない。
b前記(1)④及び⑤の行為(競業避止義務違反)による損害について
(a)被告Aⅲは,原告在職中に被告たくみ屋を設立してその代表取締役に就任し
た上(前記(1)④),被告たくみ屋の代表者として,原告の取引先であった楽歩堂そ
の他の小売業者に対し本件たくみ屋婦人靴の販売(本件販売)をし(前記(1)⑤),
もって競業避止義務に違反したものであるところ,本件販売により原告が本件原告
婦人靴の販売機会を喪失したとすれば,被告Aⅲは,その販売機会喪失による逸失
利益に係る損害賠償責任を負うというべきである。
(b)そこで検討するに,前記1(1),(4)で認定した事実及び証拠(甲102,乙8)
によると,本件原告婦人靴と本件たくみ屋婦人靴とは,いずれも3万円台前半の価
格帯(小売価格)のコンフォートエレガントパンプスであり,靴の外観も似ている
ことから,相当程度競合するものとみられる。
また,前記1(4)イで認定した事実によると,楽歩堂は,もともと取引をしていた
原告の営業担当従業員であった被告Aⅲの働き掛けによるものであったことを踏ま
えて,被告たくみ屋に発注したものであり,その結果,原告に発注する本件原告婦
人靴の足数が減少したというのである(この点に関し,楽歩堂のAⅶ社長は,平成
28年2月17日付けの陳述書(甲59)において,「被告たくみ屋に発注した靴
は,もし被告たくみ屋が存在していなければ,その発注は,原告に発注していた。」
と記載している。ただし,この陳述書は,本件訴訟係属中に原告の依頼により作成
されたものとみられる上,単にこの記載文言のみが記載されたものであり,その詳
細な事情は明らかでない。したがって,この陳述書によって,本件販売がなかった
場合に,楽歩堂が,被告たくみ屋に発注した足数全部を原告から仕入れたものと断
定することはできない。)。
(c)もっとも,前記1(4),前記3(3)イ(イ)で認定,説示したところによると,本件
たくみ屋婦人靴は,原告の靴に係る本件設計情報を含むものとは認められず,むし
ろ,そのつま先部分の形状は,被告Aⅲにより独自に作成された蓋然性が高いので
あるから,本件原告婦人靴とは形状・寸法が異なる部分が少なくないものと推認さ
れる。そうすると,本件原告婦人靴と本件たくみ屋婦人靴とが,それ自体として高
度の代替関係にあるということはできない。
また,本件販売のうち,楽歩堂以外の小売業者への本件たくみ屋婦人靴の販売に
ついては,原告に発注する靴の足数が減少したという関係が楽歩堂ほども定かでは
ない。
さらに,楽歩堂についても,最終的には消費者等との関係で原告から確定的に仕
入れる数量が決まる面があり,楽歩堂に対する関係で,仮に本件たくみ屋婦人靴の
販売がなかったとしても,これと全く同数の本件原告婦人靴の販売により利益を原
告が確定的に上げられたものとまでは認められない。
(d)上記(b)及び(c)の各事情を総合すると,本件販売のうち,楽歩堂への本件たく
み屋婦人靴796足の販売と相当因果関係を有する原告の逸失利益については,そ
の3分の2程度である530足の本件原告婦人靴の販売機会喪失に係る限界利益額
と認め,その他の小売業者への本件たくみ屋婦人靴291足の販売と相当因果関係
を有する原告の逸失利益については,その3分の1程度である97足の本件原告婦
人靴の販売機会喪失に係る限界利益額と認めることが相当である。
(e)前記1(1)アで認定した事実によると,本件原告婦人靴の1足当たりの粗利益
の額は,8950円(=卸売価格1万8150円-仕入値9200円)であったと
認められる。
そして,仮に原告が楽歩堂その他の小売業者に対し本件原告婦人靴を販売するこ
ととなった場合には,その分,仕入費用の他にも,小売業者との間の交渉や納品等
に関する変動費(交通費・通信費,輸送費等々の経費)を追加的に要したものと推
認される。のみならず,前記1(1)アで認定した事実によると,少なくとも平成21
年7月頃から平成23年7月20日までの期間においては,原告における営業担当
者は被告Aⅲ1名のみであり,本件販売期間当時の原告の営業態勢等を斟酌すると,
上記販売を行うにはそのための営業活動に係る人件費相当分も相応に要したものと
推認される(なお,Aⅵ夫妻がその営業活動等をした場合には,前記1(5)ウ,後記
(3)のような人件費相当分を要したものとみられる。)。しかるに,原告は,原告に
おける仕入費用以外の限界費用について,具体的な金額の立証をしていない。
このような主張立証の状況の下で,前記1で認定した事実等に照らすと,本件原
告婦人靴の1足当たりの限界利益の額は,粗利益の額から,更に仕入費用以外の限
界費用として,売上額の2割を差し引いた金額である5320円(=8950円-
1万8150円×0.2)であると認めることが相当であり,これを超える限界利
益が生じたと認めるに足りる的確な証拠はない。
(f)以上によれば,本件販売と相当因果関係を有する原告の逸失利益は,333万
5640円(=5320円×(530足+97足))となる。
(イ)被告Aⅰ及び被告三國の不法行為又は債務不履行による損害(逸失利益)に
ついて
前記(ア)aで説示したところによると,本件設計情報の使用・開示に係る前記(1)①
及び②の不法行為又は債務不履行は,本件たくみ屋婦人靴の販売と相当因果関係を
有するものとはいい難いから,本件販売による本件原告婦人靴の販売機会喪失に係
る損害(逸失利益)と相当因果関係を有するものとはいえない。
その上,前記1(3)イ,(4)ア,イで認定した事実によると,被告Aⅰ及び被告三國
は,平成23年8月頃,被告たくみ屋らに対して取引を断り,それ以降協力してお
らず,被告たくみ屋らは,平成24年以降,被告Aⅰ及び被告三國とは全く関係な
く楽歩堂の紹介で名進との取引を開始し,名進が被告三國の代わりに本件たくみ屋
婦人靴を製造し,これを被告たくみ屋が販売したものである。そうすると,本件販
売による原告の逸失利益に係る損害は,なおさら被告Aⅰ及び被告三國の不法行為
又は債務不履行と相当因果関係を有するということはできない。
ウ小括
以上によると,被告Aⅲは,原告に対し,前記(1)④及び⑤に係る債務不履行に基
づく損害賠償責任として,原告の逸失利益相当額333万5640円の支払義務を
負うが,被告たくみ屋,被告Aⅰ及び被告三國は,原告に対し,不競法5条1項に
基づく損害ないし逸失利益に係る損害賠償責任を負わないというべきである。
(3)争点10(2)(実費等の損害)について
原告は,本件目的外使用に係る被告らの不法行為又は債務不履行により,①信用
毀損による損害300万円,②法律相談等に係る弁護士委託費用等62万0489
円,③取引先を回ったガソリン代等実費6万9402円,④Aⅵ夫妻の休業損害3
13万5000円,⑤被告Aⅲに対する過払い賃金等75万9366円の損害を被っ
た旨主張する。
そこで検討するに,前記1(5)アないしウで認定した事実によると,本件目的外使
用により,原告は,上記②に関し法律相談等に係る弁護士委託費用等として61万
9859円,上記③に関しAⅵ夫妻が取引先を回ったガソリン代等実費として6万
9402円,上記④に関しAⅵ夫妻の休業に係る人件費分の損失として43万39
68円の損害を被ったことが認められる。他方で,原告が上記主張する損害のうち,
これを超える損害が原告に生じたと認めるに足りる的確な証拠はない。以上は,別
件判決が正しく判断したとおりである。
そして,前記1(5)で認定した事実によると,上記のとおり認められる損害につい
ての被告三國の原告に対する賠償債務は,本件相殺1により消滅したものである(本
件相殺1により被告三國の原告に対する債務不履行に基づく上記損害の賠償債務が
消滅し,これにより,同債務と選択的併合の関係に立つ被告三國の原告に対する不
法行為に基づく上記債務の賠償債務も消滅した。)。したがってまた,上記損害に
ついてのその余の被告の原告に対する賠償債務も,相殺の絶対効により消滅したも
のと解される(被告三國以外の被告の原告に対する不法行為又は債務不履行に基づ
く上記損害の賠償債務は,いずれも被告三國の原告に対する債務不履行に基づく上
記損害の賠償債務と不真正連帯債務の関係に立つものであり,同債務が本件相殺1
により満足されたことにより,消滅したものと解される。)。
以上によれば,本件相殺1がされた後においては,被告らは,原告に対し,原告
の主張する上記実費等の損害賠償債務を負っていないというべきである。
(4)争点10(3)(弁護士費用相当損害)について
前記前提事実及び前記認定事実に弁論の全趣旨を総合し,また,退職後の競業避
止義務違反を理由とする損害賠償請求が法律上の問題や立証上の問題を含む事件類
型であることをも考慮すると,原告は,前記8(2)イの被告Aⅲの債務不履行により,
第1事件の訴え提起・訴訟追行を原告訴訟代理人に委任することを余儀なくされた
ものと認められる。そして,第1事件の事案の内容,これまでの事実経緯,原告の
請求について認容できる金額(前記(2)イ(ア),ウ参照)その他本件記録に顕れた諸般
の事情を斟酌すると,被告Aⅲの上記債務不履行と相当因果関係を有する弁護士費
用に係る損害は30万円と認めることが相当である。
他方,その余の被告らについては,原告の弁護士費用に係る損害賠償責任を負う
と認めることはできない。
(5)小括
以上によれば,被告Aⅲは,原告に対し,債務不履行に基づき,363万564
0円の損害賠償義務を負うというべきである。
13争点11(謝罪広告の適否)について
前記1で認定した事実経過及び前記12で説示したところに照らすと,本件全証
拠によっても,原告が求める謝罪広告(靴業界専門誌への謝罪文掲載)まで命ずる
必要性は認められない。
14第2事件について
前記前提事実(5)及び前記12で説示したところによると,平成25年10月24
日に本件相殺1がされた後,原告の被告三國に対する損害賠償請求権があったもの
とは認められないから,原告が平成27年11月6日に第1事件における請求債権
(損害賠償請求権)を自働債権とする相殺の意思表示をしても,その相殺(本件相
殺2)は,自働債権を欠くものであるため,受働債権を消滅させる効力を有しない。
したがって,本件債務名義の執行力の排除を求める第2事件の請求は理由がない。
第6結論
以上の次第で,原告の①被告たくみ屋らに対する不競法3条1項に基づく本件複
製木型(別紙物品目録1記載の各木型から複製された木型〔プラスチック木型を含
む。〕)及び本件改造木型(別紙物品目録2記載1の木型)の使用及び開示の差止
請求,②被告Aⅲに対する本件返却合意に基づく本件複製木型及び本件改造木型の
引渡請求,③被告Aⅲに対する債務不履行に基づく損害賠償請求として363万5
640円及びこれに対する訴状補正申立書送達の日の翌日である平成26年3月3
1日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払請求は理由があるが,
その余の請求はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は,主文第1項ないし第3項の限度で認容し,その余の請求
はいずれも棄却することとし,民事執行法37条1項前段に基づき,本件強制執行
停止決定を取り消し,同項後段に基づき,これに仮執行宣言を付して,主文のとお
り判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋末和秀
裁判官
鈴木千帆
裁判官
笹本哲朗
(別紙)
当事者目録
両事件原告有限会社スーパーリアルシステム
(本判決において,単に「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士竹内雄一
両事件被告有限会社世靴三國
(本判決において,「被告三國」という。)
第1事件被告Aⅰ
(本判決において,「被告Aⅰ」という。)
第1事件被告Aⅱ
(本判決において,「被告Aⅱ」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士石嵜信憲
同延増拓郎
同鈴木宗紹
同安藤源太
同横山直樹
同柳瀬安裕
同藥師寺正典
第1事件被告株式会社たくみ屋
(本判決において,「被告たくみ屋」という。)
第1事件被告Aⅲ
(本判決において,「被告Aⅲ」という。)
(別紙)
物品目録1
1原告のオリジナル木型
木型番号T-0001
サイズ23.0cm
左・右左足用
素材プラスチック木型
2原告のオリジナル木型
木型番号T-110
サイズ23.0cm
左・右左足用
素材プラスチック木型
(別紙)
物品目録2
1本件不正改造木型
木型番号TA2
サイズ23.0cm
左・右左足用
素材プラスチック木型
2生産用木型
前記1の不正改造木型に基づき作成された生産用木型4種類
木型番号合計
21.52222.52323.52424.52525.5台数
RE-4033455543335
R-5033455543335
RE-6033455543335
R-3033455543335
サイズ(cm)ごとの台数(台)
(別紙)
「謝罪文(1)」及び「謝罪文(2)」は省略

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