弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用中証人A、同Bに支給した分は被告人Cの負担と
し、証人D、同Eに支給した分は被告人Fの負担とし、鑑定人Gに支給した分は被
告人三名の平等負担とする。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、記録中の検察官栗本義親名義の被告人Cに対する控訴趣意
書並びに被告人Cの弁護人岡林靖名義、被告人H、同Fの弁護人近藤勝名義(但し
一二枚目表六行目「I(二等運転士)」を削除し、同七行目「三名」を「二名」に
訂正する。)及び被告人三名名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の
控訴の趣意に対する答弁は被告人Cの弁護人岡林靖名義の答弁書に記載のとおりで
あるから、すべてここにこれを引用する。
 弁護人岡林靖及び被告人Cの論旨について、
 所論はこれを要するに、原判示第一、一の被告人Cに関する過失の判断を争うも
ので、本件の場合両船共国鉄宇高連絡船でその常用航路は互に熟知するところで、
両船共同種レーダーを備付けておつたものであり、又本件宇高航路は海上衝突予防
法(以下予防法と略称する。)二五条に所謂「狭い水道」で、J丸において同条一
項を遵守し、他船がレーダーを備え定時に運航中の宇高連絡船K丸であることが明
らかな場合であるから、何れにしても被告人Cには無線電話連絡義務も予防法一六
条違反も存しない旨主張する。
 原判示各証拠によれば、定時にそれぞれ発した下り第一五三便のJ丸と上り第八
便K丸とは女木島西方の海上で行き合うことになるが、宇野高松間の連絡船基準航
路の制定については諸般の事情により試案にとどまり、規定となるに至らなかつた
のみならず、J丸はその構造上船首を前にして接岸係留する関係上高松港入港に際
し女木島に接近することが往々あつたので、同島附近では左舷対左舷で航過するの
を例とするものの、時に右舷対右舷で航過することもある実状にあつたものである
ところ、被告人Cは原判示の如く、六時五〇分頃レーダーによる観測の結果、K丸
が宇野港に向け自船の正船首方向約二浬の距離にあつて自船とほぼ反方位の針路で
上り常用航路よりやや西寄りを進航するのを認め、且つK丸もレーダーにより自船
を探知しつつ霧中航行を続けているものと考えたのである。
 <要旨第一>ところでレーダーによれば、原判示の如くその性質上K丸との距離、
方位を確認することは容易であるけれども、その針路、速力等を確認す
ることは困難であり(プロッティング(航跡作図法)を行うには、当時減速しない
限りK丸との距離が接近し過ぎている。)、ましてK丸の将来の針路、速力等を判
断することは殆ど不可能である。
 従つて原判決がその理由を説示する如く、レーダーにより正船首方向にK丸を探
知した十分余裕のある時期に、まず適度の速力に減速して両船備付の無線電話を活
用すべき義務があるというへきで、既に国鉄においても、霧中航行時の動静連絡に
ついては、事故発生時の連絡報告につぐ運航通話順位を認めていたもので(証三四
号「船舶無線電話取扱方」と題する四国鉄道管理局営業部次長名の通達及び検察官
に対するLの供述調書参照)蓋し当然というべく、又前述の如く正船首方向にK丸
を探知した場合において、K丸の針路、速力等を確め、K丸に自船の針路、速力等
を連絡するには、無線電話を使用することが極めて容易で効果的であるのみなら
ず、他にこれに代る方法が見当らないのである。
 原判決引用の証人L、同M、同B、同N、同O、同A等の各供述、検察官に対す
るLの供述調書、鑑定人Pの鑑定事項第一に関する昭和三五年九月三〇日付鑑定
書、当審における鑑定人Gの供述等を綜合すれば、宇高航路全域は純然たる「狭い
水道」ではないが、その水路の特殊事情により「狭い水道」の連続と考えるのが相
当と思われる。
 ところで、「狭い水道」を進行する動力船は、それが安全であり、且つ実行に適
する場合は、航路筋の右側を進行することが要求されるのであつて(予防法二五条
一項)、本件の場合においてK丸のQ船長が原判示の如く六時五〇分頃霧中信号並
びにレーダー観測によつてJ丸が常用航路より女木島寄りに進路をとつているもの
と速断し、J丸に対し無線電話による連絡等の措置をとることなく、J丸と右舷対
右舷で行き合うべく、六時五一分頃左に約三度転針し、六時五五分に更に左に一五
度転針を命じたことは、右条項に違背し違法であることは論をまたないが、前述の
如く、宇高連絡船基準航路が当時規定化されるに至つていなかつたこと、女木島附
近海上では時に右舷対右舷で航過することもある実情にあり、それの応急策として
「高松港口と女木島間で右舷対右舷で航過する場合は海上衝突予防法上のニヤリエ
ンドオンの適用範囲を速に脱するようお互に早目に操船すること」という船長会の
申合せ(証四七号船長会の第一回臨時総会経過報告参照)が為されたこと等を考え
ると、J丸の船長被告人Cにおいて、予防法二五条一項に従つて航行したとして
も、前記のとおり霧中K丸の動静を確認し得てない以上、まず適度の速力に減速し
て無線電話連絡をする義務を免れるものではないというべきである(予防法二五条
一項が一六条一項の適用を排除せぬことを論をまたん。)。
 又原判示の如く、被告人Cは六時五二分頃自船の正横左前方にK丸の霧中信号を
聞いたとしても、又レーダーで同船の映像をとらえているとは言え、それだけでは
前述の如く同船の動静について、予防法一六条二項にいうところの「その位置を確
めることができ」たとは言えないのに、同項の命ずる機関停止等の措置をとらず、
依然全速力のまま進行したものであるから、同項違反の責を問われるのはやむをえ
ない。蓋し予防法二五条一項の適用のある場合にもなお他船の動静如何を問わず同
法一六条二項の適用があるというべきだからである。
 なお弁護人岡林靖は、原判示K丸Q船長が、六時五五分頃霧中他船と近接してい
る場合極めて危険な左転一五度を命じたことは、連絡船船長の間では到底予想でき
ないことである旨主張する。
 しかし本件衝突の直接且つ重大な原因と考えられるK丸のこの左転一五度、これ
より前六時五一分における左僅か約三度の転針(レーダー装備船に対する衝突回避
の手段としては、レーダーの観測によつてはつきりと認められる程度の針路の変更
を行うか、或は全く変更を行わないか、何れかの方法をとるべきである。)等K丸
のQ船長に重大な過失が認められる場合でも、被告人Cにおいて原判示の如く注意
義務を尽していれば、本件衝突を避けることができたと推定されるのであるから、
同被告人としては責任を免れることはできないのであつて、Q船長の過失は情状と
して考慮すべき事項に過ぎない。論旨は理由がない。
 弁護人近藤勝及び被告人H、同Fの論旨について、
 所論はこれを要するに、原判示第一、二及び第二の被告人H、同Fに関する過失
の判断を争い、右被告人両名には無線電話による連絡義務は存しない旨主張する。
 <要旨第二>一、 しかし航海副直たる右被告人両名の各船長に対する補佐義務は
原判示のとおりというべく、そしてこの補佐義務は、船長の操船、運航
を補佐する目的で、航海補助計器を活用し、他船の方位距離、動静等を確め、その
結果を速に船長に報告することに尽きるのであつて、船長がこの報告を操船、運航
上の重要な判断資料としたとしても、その報告をもつて航海副直が船長に対し操
船、運航上の助言をしたものとみるべきでなく、従つて原判決が航海副直の操船上
の船長助言義務を否定しながら、右の如き報告義務を認めたことは決して矛盾する
ことではない。
 なお航海副直が宇高連絡船に備付けられた無線電話を右の目的に使用するには、
船長の命令がない場合は、その許可を得れば足るというべきである。
 二、 右両被告人が右義務を尽し、無線電話によつて相手船の針路、速力等を確
かめその結果を船長に報告してその操船運航上の資料を提供していたならば、本件
衝突事故を避け得られたであろうことは原判示各証拠により推測に難くないところ
で、被告人両名の右義務違反を本件衝突の原因の一つとした原判決は正当である。
 三、 当時船橋の見張りや霧中信号の吹鳴等に従事していた被告人H、同F(な
お弁護人近藤勝は被告人Hは船長に命ぜられて見張りと霧中信号に専念していた旨
主張するのであるが、本件記録並に原裁判所で取調べた各証拠を検討するのに、同
被告人がC船長から特に命ぜられて見張り等に専念したと認めるに足る証拠なく、
むしろ被告人Hにおいて同船長から命ぜられるまでもなく当然にこれに従事したも
のと認めるのが相当であるが、何れにしても左の結論には変りない。)がその見張
りや霧中信号の吹鳴等を一時他の者と替わつてまでも、船長の許可を求めて原判示
のとおり無線電話連絡の義務を尽すべきかどうかというに、見張りは濃霧中は当然
その視界が甚だしく制約され、又霧中信号による他船の位置の確認が至難であるに
反し、無線電話によるときは容易且つ確実に所期の目的を達することができること
等を考えると、これを肯定して憚りないものである。
 四、 なる程被告人Fが無線電話取扱の法定の有資格者でなかつたことは所論の
とおりであるが、原判示各証拠によれば、高松港出港後船橋に切替えられたK丸の
無線電話の通話担当者は証三四号の「船舶無線電話取扱方」の規定に反し、甲板部
に無線電話取扱有資格者が居なかつたところから、事実上被告人Fにおいて無線電
話の通話担当の任務についていたものと認められ、又従来もその資格はなかつたけ
れども同被告人において所謂運航通話に当つていたものと認められるのであつて、
当審における証人D、同Eの各供述も右認定を覆すものではない。従つて原判決が
無資格者であるにも拘らず、同被告人に対し、切迫した危険に際し、無線電話連絡
の義務を認めたのは相当というべきで、かかる緊急の場合、船橋に居ない事務掛の
有資格者をして通話に当らしめることは決して船長或は航海副直の職務を全うする
所以ではない。
 五、 国鉄宇高航路全域を「狭い水道」の連続とみるべきことは既に被告人Cに
関する論旨に対する判断において説示したとおりで、J丸のC船長において予防法
二五条一項に従つて航行していたとしても、霧中K丸の動静を確認し得てない以
上、被告人Hは無線電話連絡の義務を免れないものというべきである。論旨は理由
がない。
 検察官の被告人Cに関する論旨量刑不当の主張について、
 被告人Cの情状は原判示(法令の適用)中の情状論に尽きるというべく、その量
刑軽きに失するとは認め難い。
 なお検察官は所謂R丸事件及び相模湖事件における両船長の刑責と比較するけれ
ども、悲惨な結果にのみ眩惑されて被告人Cに認められる過失と右両船長に認めら
れた過失に存する異質的な差異を看過することは正当ではない。論旨は理由がな
い。
 よつて刑訴三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 加藤謙二 裁判官 小川豪 裁判官 雑賀飛竜)

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