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平成18年(行ケ)第10404号審決取消請求事件
平成19年4月10日判決言渡,平成19年3月15日口頭弁論終結
判決
原告カルソニックカンセイ株式会社
訴訟代理人弁理士三好秀和,岩崎幸邦,工藤理恵
被告株式会社デンソー
訴訟代理人弁理士碓氷裕彦,伊藤高順
主文
特許庁が無効2005−80341号事件について平成18年7月28日にした
審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文と同旨の判決。
第2事案の概要
本件は,特許に対する無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事件であ
り,原告は無効審判の請求人,被告は特許権者である。
1特許庁における手続の経緯
(1)被告は,発明の名称を「ワイヤレス車両制御システム」とする特許第34
34934号(平成7年6月7日に出願,平成15年5月30日に設定登録。以下
「本件特許」という。)の特許権者である(甲7)。
(2)原告は,平成17年11月29日,本件特許について無効審判の請求をし
(無効2005−80341号事件として係属),これに対し,被告は,平成18
年2月16日,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した(甲8)。
(3)特許庁は,平成18年7月28日,「訂正を認める。本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をし,同年8月9日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
(1)本件訂正前のもの(甲7)
【請求項1】送信装置と,車両内で互いに離れた位置に設けられる受信装置およ
び制御装置とを有するワイヤレス車両制御システムにおいて,
前記送信装置からの変調された制御信号を受信する受信回路と,受信された前記制
御信号を復調し出力する復調回路と,
外部信号に応じて前記受信回路および復調回路への給電を開始ないし停止する電源
制御回路とを前記受信装置に設け,
かつ,単一のCPUにより実現され,給電開始を指令する信号を前記電源制御回路
へ発した後,前記復調回路から入力する前記制御信号を識別して識別結果に応じた
駆動信号を出力し,その後,給電停止を指令する信号を前記電源制御回路へ発する
信号識別回路と,
前記駆動信号を入力して所定の車載機器を作動させる駆動回路と,
前記信号識別回路へ電源を常時供給する電源供給回路とを前記制御装置に設けたこ
とを特徴とするワイヤレス車両制御システム。
【請求項2】受信状態を検出する受信状態検出回路を前記受信装置にさらに設
け,前記信号識別回路は,検出された受信状態が悪い場合には,即座に前記給電停
止を指令する信号を発するものであることを特徴とする請求項1に記載のワイヤレ
ス車両制御システム。
【請求項3】前記受信状態検出回路で検出された受信状態が悪い場合に,前記復
調回路からの制御信号の出力を禁止する信号出力禁止回路を前記受信装置にさらに
設けたことを特徴とする請求項2に記載のワイヤレス車両制御システム。
【請求項4】前記信号識別回路はさらに,マニュアル操作スイッチの操作信号に
応じて前記駆動信号を出力するものである請求項1ないし3のいずれか1つに記載
のワイヤレス車両制御システム。
(2)本件訂正後のもの(甲8,本件訂正は,訂正前の特許請求の範囲の請求項
1ないし4について,1を削除し,4を独立形式で新たな請求項1とした上,その
内容を変更するものである。下線部が訂正個所である。)
【請求項1】送信装置と,車両内で互いに離れた位置に設けられる受信装置およ
び制御装置とを有するワイヤレス車両制御システムにおいて,
前記送信装置からの変調された制御信号を受信する受信回路と,受信された前記制
御信号を復調し出力する復調回路と,
外部信号に応じて前記受信回路および復調回路への給電を開始ないし停止する電源
制御回路とを前記受信装置に設け,
かつ,単一のCPUにより実現され,給電開始を指令する信号を前記電源制御回路
へ発した後,前記復調回路から入力する前記制御信号を識別して識別結果に応じた
駆動信号を出力し,その後,給電停止を指令する信号を前記電源制御回路へ発する
信号識別回路と,
前記駆動信号を入力して所定の車載機器を作動させる駆動回路と,
前記信号識別回路へ電源を常時供給する電源供給回路とを前記制御装置に設け,
前記信号識別回路はさらに,マニュアル操作スイッチの操作信号に応じて前記駆動
信号を出力するものであり,前記受信装置にはCPUが設けられていないことを特
徴とするワイヤレス車両制御システム。
【請求項2】受信状態を検出する受信状態検出回路を前記受信装置にさらに設
け,前記信号識別回路は,検出された受信状態が悪い場合には,即座に前記給電停
止を指令する信号を発するものであることを特徴とする請求項1に記載のワイヤレ
ス車両制御システム。
【請求項3】前記受信状態検出回路で検出された受信状態が悪い場合に,前記復
調回路からの制御信号の出力を禁止する信号出力禁止回路を前記受信装置にさらに
設けたことを特徴とする請求項2に記載のワイヤレス車両制御システム。
3審決の理由の要点
審決の理由は,要するに,本件訂正を認めるとした上,無効審判請求の理由及び提
示した証拠によっては,本件特許を無効とすることはできない,というものである。
()訂正請求は違法との主張に対する検討1
訂正事項である「受信装置にはCPUが設けられていない」は,受信回路,復調回路等の回路を設
けている受信装置に「CPUが設けられていない」という発明特定事項を付加することで,受信装置
を上位概念から下位概念に限定した,限定的減縮(所謂,内的付加)に相当するものであるから,請
求人が主張するような新たな構成要件を付加(所謂「構成要件の外的付加」)するものではなく,前
記訂正事項である「受信装置にはCPUが設けられていない」は,実質上特許請求の範囲を変更する
ものではない。
したがって,「受信装置にはCPUが設けられていない」という限定事項の付加に対しては,請求
人が主張するような違法性はない。
請求人の主張によれば,そもそも,特許請求の範囲の限定的減縮(所謂,内的付加)すらできない
ということになる。
()訂正の容認2
本件訂正は,平成6年法律第116号附則6条1項の規定によりなお従前の例によるものとされた
同法による改正前の特許法134条2項ただし書に掲げる事項を目的とし,特許法134条の2第5
項において準用する平成6年法律第116号附則6条1項の規定によりなお従前の例によるものとさ
れた同法による改正前の特許法126条2項に規定する要件に適合するので,当該訂正を認める。
()訂正後の本件特許発明3
本件特許の各請求項に係る発明は,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1∼3に記載された次の
とおりのものと認める。
なお,請求項1については,便宜上,構成要件ごとに分説して符号を付して記載する。
【請求項1】
A1送信装置と,
A2車両内で互いに離れた位置に設けられる受信装置および制御装置とを有するワイヤレス車両制
御システムにおいて,
B1前記送信装置からの変調された制御信号を受信する受信回路と,
B2受信された前記制御信号を復調し出力する復調回路と,
B3外部信号に応じて前記受信回路および復調回路への給電を開始ないし停止する電源制御回路と
を前記受信装置に設け,
C1かつ,単一のCPUにより実現され,
C2給電開始を指令する信号を前記電源制御回路へ発した後,前記復調回路から入力する前記制御
信号を識別して識別結果に応じた駆動信号を出力し,その後,給電停止を指令する信号を前記電源制
御回路へ発する信号識別回路と,
D前記駆動信号を入力して所定の車載機器を作動させる駆動回路と,
E前記信号識別回路へ電源を常時供給する電源供給回路とを前記制御装置に設け,
I前記信号識別回路はさらに,マニュアル操作スイッチの操作信号に応じて前記駆動信号を出力
するものであり,
J前記受信装置にはCPUが設けられていない
Fことを特徴とするワイヤレス車両制御システム。
(この訂正後の請求項1に係る発明を,以下「本件特許発明」という。)
【請求項2】
受信状態を検出する受信状態検出回路を前記受信装置にさらに設け,前記信号識別回路は,検出さ
れた受信状態が悪い場合には,即座に前記給電停止を指令する信号を発するものであることを特徴と
する請求項1に記載のワイヤレス車両制御システム。
【請求項3】
前記受信状態検出回路で検出された受信状態が悪い場合に,前記復調回路からの制御信号の出力を
禁止する信号出力禁止回路を前記受信装置にさらに設けたことを特徴とする請求項2に記載のワイヤ
レス車両制御システム。
()無効理由の検討4
ア甲号証刊行物
[審判甲1(本訴甲1,以下「甲1」という。)]実願平4−32863号(実開平5−91996
号)のCD−ROM
(構成要件A1)に関して
段落【0016】(1∼2行)「図示しない携帯型送信機」
(構成要件A2)に関して
段落【0016】(1行目)「受信回路としての高周波ユニット15」
段落【0017】(1∼2行)「制御回路としてのCPU17」
段落【0013】(3行目)「自動車用負荷制御装置」
したがって,甲1には,「受信回路としての高周波ユニット15及び制御回路としてのCPU17
とを有する自動車用負荷制御装置」が記載されている。
(構成要件B1)に関して
段落【0016】(1∼7行)「受信回路としての高周波ユニット15は,・・・携帯型送信機か
ら送信されてくる・・・高周波電波信号を・・・受信できるように構成されており,・・・電波信号
は,・・・自動車用ドアロック機構16の解錠を指令する第1の遠隔操作信号と,施錠を指令する第
2の遠隔操作信号とを送信可能となっており」
(構成要件B2)に関して
段落【0016】(4∼5行)「電波信号を受信したときには,その電波信号を検波して検波信号
Sdを出力する。」
(構成要件B3)に関して
段落【0020】(3∼6行)「この保持信号Shは,インバータ19によりローレベル信号に反
転されてトランジスタ13のベースに与えられるものであり,これに応じてトランジスタ13がオン
されて高周波ユニット15に給電された状態となる。」
段落【0022】「これに対し,時間τ内に検波信号Sdが入力された場合(ステップS4で「Y
ES」)には,その検波信号Sdを解読するルーチンS8を実行した後に,その解読検波信号Sd中
に・・・シリアル暗号コードが含まれているか否かを判断する(ステップS9)。ここで,「NO」
と判断した場合,つまり…場合には,前記検波信号Sdの入力の有無を所定の短時間τだけ判断する
ループ(ステップS4,S5)へ移行するが,「YES」と判断した場合には動作制御ルーチンS1
0を実行する。」
(構成要件C1)に関して
図1には「単一のCPU」が記載されている。
(構成要件C2)に関して
段落【0020】(3∼6行)「この保持信号Shは,インバータ19によりローレベル信号に反
転されてトランジスタ13のベースに与えられるものであり,これに応じてトランジスタ13がオン
されて高周波ユニット15に給電された状態となる。」
段落【0022】「時間τ内に検波信号Sdが入力された場合(ステップS4で「YES」)に
は,その検波信号Sdを解読するルーチンS8を実行した後に,その解読検波信号Sd中に前記第1
及び第2の遠隔操作信号が有するシリアル暗号コードが含まれているか否かを判断する(ステップS
9)。・・・「YES」と判断した場合には動作制御ルーチンS10を実行する。」
段落【0024】(4∼6行)「ドアロック機構16の動作制御が行われたときには,その制御動
作の終了に応じた保持信号Shの出力停止により,トランジスタ13がオフされて受信回路15への
給電が停止されるものであり,」
(構成要件D)に関して
段落【0023】「この動作制御ルーチンS10では,検波信号Sd中に第1の遠隔操作信号が含
まれていた場合に,ドライバ18を通じてドアロック機構16の解錠動作を実行し,第2の遠隔操作
信号が含まれていた場合に,ドライバ18を通じてドアロック機構16の施錠動作を実行する。」
(構成要件E)に関して
段落【0017】(1∼2行)「常時において車載バッテリ11からヒューズ11aを介して給電
される制御回路としてのCPU17は,」
(構成要件F)に関して
段落【0002】(2∼3行)「自動車用ドアロック機構の解錠及び施錠動作を,運転者が携帯し
た端末装置からの遠隔操作用電波信号により行い得るようにしたシステム」
[審判甲4(本訴甲4,以下「甲4」という。)]特開平6−229153号公報
ドアロック制御装置であって,「この受信機8は,受信部8a,メモリー部8b,CPU8cから
構成されている。受信部8aは,受信アンテナ2から取り入れた識別情報の受信と復調を行う部分で
ある。」と記載されている(段落【0016】及び図2参照)。
図2及びこの記載に基づけば,甲4の受信部8aは本件特許発明の受信回路及び復調回路に相当
し,甲4の受信機8は本件特許発明の受信装置に相当し,さらに,本件特許発明の受信装置に相当す
る受信機8にCPU8cが設けられていると解することができる。
[審判甲5(本訴甲5,以下「甲5」という。)]特開昭59−80872号公報
車上電磁ドアロック装置であって,「SW4はマニュアルロック/アンロックスイッチであり,C
PUのプルアップされた入力ポートP6およびP7に接続されている」(5頁右上欄8∼11行)
「マニュアルスイッチSW4がロック又はアンロックに操作されると,それぞれロック又はアンロッ
ク動作を行なう。」(5頁右下欄8∼10行)
これらの記載と第3図の記載を総合すると,甲5には,「マニュアルロック/アンロックスイッチ
SW4からの信号をマイクロコンピュータCPUに入力し,該CPUの出力によりロック又はアンロ
ック動作を行う車上電磁ドアロック装置」に関する技術事項が記載されているものと認められる。
イ対比,判断
本件特許発明と甲1に記載の発明とを対比する。
(構成要件A1)に関して
甲1に記載された「図示しない携帯型送信機」は,本件特許発明のワイヤレス車両制御システムを
構成する「送信装置」に相当するので,構成要件A1は,甲1に記載されている。
(構成要件A2)に関して
甲1に記載された「受信回路としての高周波ユニット」,「制御回路としてのCPU」及び「自動
車用負荷制御装置」は,本件特許発明を構成する「受信装置」,「制御装置」及び「ワイヤレス車両
制御システム」に相当するので,構成要件A2は,甲1に記載されている。
(構成要件B1)に関して
甲1に記載された「受信回路15」は第1,第2遠隔操作信号を受信するものであるから,本件特
許発明を構成する「制御信号を受信する受信回路」と同一であるから,構成要件B1は,甲1に記載
されている。
(構成要件B2)に関して
甲1に記載された「検波信号Sd」は制御回路であるCPUに入力されるのであるから,本件特許
発明と同様に復調されていることは明らかであり,復調回路が存在することは明らかであるから,構
成要件B2は,甲1に記載されている。
(構成要件B3)に関して
甲1に記載された発明において,外部信号である検波信号が解読され,シリアル暗号コードの有無
によりステップS4,S5へ移行したり動作制御ルーチンS10を実行するということは,受信回路
及び復調回路への給電を制御していることであり,電源制御回路を有していることである。構成要件
B3は,甲1に記載されている。
(構成要件C1)に関して
甲1の図1には「単一のCPU」が記載されているので,構成要件C1も甲1に記載されている。
(構成要件C2)に関して
甲1に記載された発明において,保持信号Shがトランジスタ13をオンして給電を開始した後,
制御回路17(CPU)は高周波ユニットからの検波信号Sdを識別・判断し,ドアロック機構の制
御動作終了に応じた保持信号Shの出力停止により受信回路への給電停止を指令しているので,制御
回路には信号識別回路が組み込まれていることが明らかであるから,構成要件C2は,甲1に記載さ
れている。
(構成要件D)に関して
甲1に記載された発明において,検波信号中の第1,第2遠隔操作信号の有無に基づいて,ドライ
バ18を介してドアロック機構を動作させるのであるから,ドライバ18は本件特許発明の駆動回路
ということになり,構成要件Dも甲1に記載されている。
(構成要件E)に関して
甲1に記載された「制御回路(CPU17)」は,常時において車載バッテリ11からヒューズ1
1aを介して給電されているのであるから,制御回路中の信号識別回路にも常時給電されていること
は明らかであり,構成要件Eも甲1に記載されている。
(構成要件F)に関して
甲1に記載されたドアロック機構の解錠・施錠を遠隔操作用電波信号により作動制御するものであ
るから,構成要件Fは,甲1に記載されている。
以上の対比から,両者は,前記構成要件A1,A2,B1,B2,B3,C1,C2,D,E及び
Fを備えた発明である点で一致し,以下の点で相違しているものと認められる。
<相違点1>
本件特許発明が,「前記信号識別回路はさらに,マニュアル操作スイッチの操作信号に応じて前記
駆動信号を出力するもの」(構成要件I)であるのに対して,甲1に記載の発明では,そのような構
成を備えていない点
<相違点2>
本件特許発明が,「前記受信装置にはCPUが設けられていない」(構成要件J)のに対して,甲
1に記載の発明は,受信装置(高周波ユニット)がCPUを有しているか否か不明である点
これらの相違点について検討する。
<相違点1>について
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲5には,「マニュアルロック/アンロックスイッチ
SW4からの信号をマイクロコンピュータCPUに入力し,該CPUの出力によりロック又はアンロ
ック動作を行う車上電磁ドアロック装置」に関する技術事項が記載されており,すなわち,このこと
は本件特許発明の「信号識別回路は,マニュアル操作スイッチの操作信号に応じて駆動信号を出力す
るもの」と同じことであるから,この技術を甲1記載の発明に採用することによって前記相違点1で
いう本件特許発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
<相違点2>について
請求人が前記<相違点2>に対して追加提示した甲4には,前記したように「受信装置にはCPU
が設けられている」ものが記載されているから,これとは逆に「受信装置にはCPUが設けられてい
ない」もの(本件特許発明の<相違点2>でいう構成)を想到することは,以下の顕著な効果に鑑み
れば技術的に困難性があるといわざるを得ない。
そして,本件特許発明では,「システムスタンバイ状態での消費電流は大きく低減される。また,
受信装置にCPUを設ける必要がないから,受信装置全体が小型となり,インパネ等に容易に設置す
ることができる。また単一のCPUにより実現される信号識別回路によって,マニュアル操作スイッ
チによる車載機器の作動が可能である。」という特許明細書に記載の顕著な効果を発現するものと認
められるので,結局,本件特許発明は,甲1記載の発明,甲4記載の発明及び甲5記載の発明から容
易に想到し得たものとはいえない。
ウ本件請求項2,3に係る特許発明について
本件請求項2,3に係る特許発明は,本件特許発明の構成を全て含み,更に,限定事項を付加した
ものであるから,本件特許発明が前述したとおり進歩性を有するものである以上,本件請求項2,3
に係る特許発明も本件特許発明と同様の理由により進歩性を有するものであるのは明らかである。
エ請求人が提示した他の証拠についての検討
請求人が審判請求書で提示した審判甲2(公知文献)及び審判甲3(先願明細書)と審判甲6(公
知文献)には,それぞれ概略以下のことが記載されている。
[甲2]特開昭63−312482号公報
車両用のワイヤレス・ドアロック制御装置であって,3頁左上欄17∼20行に「出力回路23の
出力はソレノイド30の制御に用いられるが,同様のことはマニュアル式のロック/アンロックSW
34によっても行うことができる。」と記載されている。すなわち,ロック/アンロックSW34か
ら直接ソレノイド30を制御しており,「信号識別回路がマニュアル操作スイッチの操作信号に応じ
て駆動信号を出力する」ことはしていない。
したがって,甲2は,本件特許発明の構成要件I(前記相違点1)を開示するものではなく,前記
相違点2を示唆するものでもない。
[甲3]特開平7−309135号公報
車載FM受信器(受信装置に相当)内に受信モジュール(受信回路,復調回路に相当)及び制御部
(信号識別回路に相当)を備えたキーレス/セキュリティシステムが記載されている。甲3には,本
件特許発明の構成要件A2,すなわち,「受信装置と信号識別回路が設けられている制御装置とを車
両内で互いに離れた位置に設ける。」ことが開示されていない。
なお,甲3は,旧請求項1∼3に対して拡大先願を規定する特許法29条の2の規定に違反すると
して提示された無効理由の証拠である。
旧請求項4は,もともと特許法29条の2の無効理由になっておらず,ましてや旧請求項4に更に
限定事項である「前記受信装置にはCPUが設けられていない」を付加した訂正後の新たな請求項1
∼3に対しては,特許法29条の2の規定に違反するという無効理由が存在しないのは明らかであ
る。
[甲6]特公平3−66478号公報
請求人が提示した甲6も,ループアンテナ10,41a∼41dの開示があるのみで,立証しよう
としている本件特許発明の構成要件である「CPUを設けていない受信装置」を「信号識別回路を設
けた制御装置」と車両内で互いに離れた位置に設けることを立証できるものではない。
()審決のむすび5
以上のとおり,無効審判請求の理由及び提示した証拠によっては,本件請求項1∼3に係る発明の
特許を無効とすることはできない。
また,本件請求項1∼3に係る発明の特許について,他に無効とすべき理由も発見しない。
第3当事者の主張の要点
1原告主張の審決取消事由
(1)取消事由1(訂正の容認の判断の誤り)
審決は,訂正事項である「受信装置にはCPUが設けられていない」は,受信回
路,復調回路等の回路を設けている受信装置に「CPUが設けられていない」とい
う発明特定事項を付加することで,受信装置を上位概念から下位概念に限定した,
限定的減縮(いわゆる,内的付加)に相当するから,実質上特許請求の範囲を変更
するものでないとして,本件訂正を認めた。
ア訂正前は,「受信装置にはCPUが設けられていない」との限定がされてい
ないから,受信装置にCPUが設けられている場合も含まれていることとなり,受
信装置のCPUは,「十分な電界強度がある場合に制御信号1a中の制御コードを
識別」する機能等を実現していた(当初明細書の段落【0004】)。
ところが,本件特許発明は,「受信装置にはCPUが設けられていない」から,
訂正前における受信装置のCPUの機能は,本件特許発明における制御装置のCP
Uが果たすように変更された。換言すれば,制御装置のCPUは,本件訂正の前後
において,その果たす機能が変更され,その結果,本件特許発明は,訂正前の特許
発明とは実質的に変更されたものとなった。
そうであるから,本件訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものであって,
容認されるべきものでない。
イ訂正前の特許請求の範囲は,「前記受信装置にはCPUが設けられていな
い」ことを構成要件としていないから,受信装置にCPUが設けられている場合も
含んでいる。ところが,当初明細書の発明の詳細な説明の段落【0014】ないし
【0016】並びに実施例に係る図1,4及び5を参照すると,当初明細書に開示
された発明は,「前記受信装置にはCPUが設けられていない」ものに限られてい
る。そうすると,訂正前の特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明
が発明の詳細な説明に記載したものであること」を規定する平成6年法律第116
号による改正前の特許法36条5項1号(以下「特許法旧36条5項1号」とい
う。)に違反するものであって,無効理由がある。ところで,特許権等の侵害に係
る訴訟において,当該特許が無効審判により無効にされるべきものと認められると
きは,特許権者等は,相手方に対しその権利を行使することができない(特許法1
04条の3第1項)から,訂正前は,実際上権利を行使することができないもので
あったが,本件訂正が認められると,上記無効理由が解消し,特許権者等は権利を
行使できることになる。すなわち,本件特許発明を実施する第三者は,訂正前には
権利の行使を受ける可能性がなかったにもかかわらず,訂正後には権利の行使を受
ける可能性があることになるから,このような場合,訂正がたとえ特許請求の範囲
の減縮に該当するとしても,平成6年法律第116号による改正前の特許法126
条2項に規定する実質上特許請求の範囲を変更するものに該当するとして,訂正は
認められるべきではない。
また,仮に本件特許発明と同一の発明について同日にした第三者の特許出願があ
ったときは,特許法39条2項の規定する法的問題が発生するが,本件特許発明は
訂正前の特許発明と同一でないから,訂正前には同項の規定する法的問題が発生し
ていない。そうすると,訂正前には同項の規定する法的問題が発生していなかった
にもかかわらず,訂正後には同項の規定する法律問題が発生し,これにより,第三
者の利益を害し,法的安定性を損なう結果になる可能性があるから,このような訂
正は,本来認められるべきではない。
ウしたがって,本件訂正を認めた審決の判断は,誤りである。
(2)取消事由2(相違点2の認定判断の誤り)
ア相違点2の認定の誤りについて
審決は,本件特許発明と甲1に記載の発明との相違点2として,「本件特許発明
が,「前記受信装置にはCPUが設けられていない」(構成要件J)のに対して,
甲1に記載の発明は,受信装置(高周波ユニット)がCPUを有しているか否か不
明である点」であると認定した。
甲1には,段落【0016】に,「受信回路としての高周波ユニット15は,携
帯型送信機から送信されてくる空中電波信号としての高周波電波信号をアンテナ1
5aを介して受信できるように構成されており,電源ライン12を介して給電され
た状態で電波信号を受信したときは,その電波信号を検波して検波信号Sdを出力
する。」と,段落【0017】には,「制御回路としてのCPU17は,高周波ユ
ニット15からの検波信号Sdを受けるようになっている。」と,段落【002
0】には,「CPU17は,タイマ時間Tが24時間以下であった場合には,その
ウェークアップ毎にトランジスタ13をオンさせて高周波ユニット15に給電する
ものである。」と記載されている。甲1に記載された「受信回路15」(高周波ユ
ニット)は,アンテナ15aを介して電波信号を受信し,当該電波信号を検波して
検波信号をCPU17に出力するとともに,CPU17からの制御により給電され
るというものであって,CPUを備えていない。このことは,甲1の図1の全体構
成及び図2や図4のフローチャートから考えても明らかである。
そうすると,甲1に記載の発明も,受信装置(高周波ユニット)がCPUを有し
ていないものであるから,この点を相違点2とした審決の認定は,誤りである。
イ相違点2の判断の誤りについて
審決は,甲4には,「受信装置にはCPUが設けられている」ものが記載されて
いるから,これとは逆に「受信装置にはCPUが設けられていない」ものを想到す
ることは,本件特許発明の顕著な効果にかんがみれば,技術的に困難性があるとし
て,本件特許発明は,甲1記載の発明,甲4記載の発明及び甲5記載の発明から容
易に想到し得たものとはいえないと判断した。
本件特許発明の車両制御システムには,単一のCPUが存在し,この単一のCP
Uによって本件特許発明の車両制御システムを実現している。「前記受信装置には
CPUが設けられていない」という本件特許発明の構成要件Jの技術的意義は,図
1に明確に示されているように,車両制御装置2が有する単一のCPU21がCP
Uとして必要な機能を全て果たす点にある。
ところで,車両制御システムにおいて,単一のCPUによってCPUとしての全
ての機能を果たすようにしたものは,甲4に示されている。すなわち,甲4の図2
には,CPU8cが示されていて,当該CPU8cが車両制御システムとして必要
な制御のためのCPUとしての全ての機能を果たしている。
甲4の図2では,受信機8の点線枠の中にCPU8cが示されているが,車両制
御システムにおいて,単一のCPUがCPUとしての全ての機能を果たすという点
においては,本件特許発明も,甲4記載の発明も同じである。本件特許発明におい
て,技術的意義からみて重要なことは,単一のCPUがCPUとしての全ての機能
を果たすという点であり,単一のCPUをどこに配置するかという点にあるのでは
ない。しかも,受信装置と制御装置とを互いに離れた位置に設けることは,本件特
許発明の特許出願時において周知であった(実開平5−77474号のCD−RO
M(甲9)の図1,特開平5−231057号公報(甲10)の図2,特開昭62
−258073号公報(甲11)の図1参照)。
単一のCPUをどこに配置するかは,まさに設計事項に相当するものであり,ま
た,受信装置にCPUを設けないことによる効果は,消費電力の低減,受信装置全
体の小型化及び設置の容易さである(訂正明細書の段落【0014】ないし【00
16】)が,このような一般的な効果は,当業者が予測することができないような
格別な効果ではない。
そうすると,本件特許発明が,甲1記載の発明,甲4記載の発明及び甲5記載の
発明から容易に想到し得たものとはいえないとした審決の判断は,誤りである。
2被告の反論
(1)取消事由1(訂正の容認の判断の誤り)に対して
ア受信装置のCPUが「十分な電界強度がある場合に制御信号1a中の制御コ
ードを識別」する機能は,当初明細書の段落【0004】ないし【0008】の記
載から明らかなように,従来技術を前提とするものである。そして,当初明細書の
段落【0009】ないし【0010】の記載によれば,訂正前における受信装置
は,本来的にCPU17を設けていないものを前提としているのであって,訂正前
も,訂正後も,制御装置に設けられた単一のCPUにより実現される信号識別回路
制御によって制御信号を識別する点は変わっていないから,制御信号の識別に関し
て,訂正の前後において,信号識別回路の機能は何ら変更されていない。
そうであるから,本件訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものではない。
イ訂正前の特許請求の範囲は,「受信装置にCPUが設けられている」ものに
限定していないから,「受信装置にCPUが設けられている」ことは訂正前の特許
発明の構成に欠くことができない事項でもなく,また,「受信装置にCPUが設け
られている」ことによる作用効果も記載していない。むしろ,訂正前は,「受信装
置にCPUが設けられている」ものを積極的に除外しているのであるから,当初明
細書に,「受信装置にCPUが設けられている」実施形態が開示されていないとし
ても,特許法旧36条5項1号に違反するものではない。なお,付言すれば,本件
訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから,本件特許
発明を実施する第三者は,必然的に訂正前の特許発明をも実施していたことになる
のであって,本件特許発明を訂正前に実施する第三者が,本件訂正が認められた後
に引き続き本件特許発明を実施しても,訂正前と異なる新たな不利益を被ることは
ない。
また,特許法39条2項が規定する法的問題については,その前提となる事実を
明らかにしないで空論のみの主張に終始しているのであって,特許発明を訂正する
こと自体が特許法39条2項が規定する法的問題を発生するかのような極端な見解
である。しかも,本件訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもので
はないから,本件訂正が認められても,第三者の利益を害するものではなく,法的
安定性を損ねるものでもない。
ウしたがって,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。
(2)取消事由2(相違点2の認定判断の誤り)に対して
ア相違点2の認定の誤りについて
車両は,駐車場所や周囲,車内の状況に依存してノイズの影響を受けるものであ
って,識別コード等の複雑なコード体系を有する送信装置からの制御信号は,ノイ
ズの影響を受けると信号識別回路において正しく識別することができなくなるおそ
れがあるから,受信回路,復調回路及び信号識別回路等は,一体にして電波環境の
良い同じ場所に配置し,ノイズの影響をなるべく受けないようにしている。甲1の
図1において,高周波ユニット15とCPU17が受信装置の設置場所や体格につ
いて何ら考慮されていない以上,当業者であれば,ノイズが検波信号Sdに重畳し
て該検波信号SdがCPU17において識別することができなくなったり,ノイズ
によってトランジスタ13が誤動作したりしてしまうことを優先的に考慮して装置
を設計するのが常識であり,このような常識によれば,高周波ユニット15とCP
U17とが車両内で互いに離れた位置に配置されるとは考えられないから,本件明
細書に記載された従来技術のように,1つの受信装置内に配置されると考えるのが
至極自然である。すなわち,甲1の高周波ユニット15は,従来技術の受信装置1
内に配置された受信回路11及び復調回路12に相当し,甲1のCPU17は,従
来技術の受信装置1内に配置されたCPU17に相当し,甲1のトランジスタ(ス
イッチング回路)13は,従来技術の受信装置1内に配置された電源制御回路13
に相当する。
そうすると,甲1に,「受信装置にはCPUが設けられていない」ことは記載さ
れていないことになるから,本件特許発明と甲1に記載の発明との相違点2が,
「本件特許発明が,「前記受信装置にはCPUが設けられていない」(構成要件
J)のに対して,甲1に記載の発明は,受信装置(高周波ユニット)がCPUを有
しているか否か不明である点」であるとした審決の認定に誤りはない。
イ相違点2の判断の誤りについて
本件特許発明に係る請求項1の記載によれば,単一のCPUが実現する信号識別
回路は,①給電開始を指令する信号及び給電停止を指令する信号を電源制御回路
に発し,②復調回路から入力する制御信号を識別して識別結果に応じた駆動信号
を出力するとともに,マニュアル操作スイッチの操作信号に応じて駆動信号を出力
する,という機能を果たしているということができる。これに対し,甲4には,図
2に示されたCPU8cが上記①及び②の機能を果たすことが開示されていないか
ら,本件特許発明と甲4記載の発明とでは,単一のCPUがCPUとしての全ての
機能を果たすという点において同じであるとはいえない。そして,本件特許発明
は,構成要件Jの「受信装置にはCPUが設けられていない」との構成を採用する
ことにより,受信装置全体が小型となり,インパネ等に容易に設置することができ
るという効果を得ることができるのであるから,CPUの配置場所を考慮して「受
信装置にCPUが設けられていない」こととすることには,大きな技術的意義があ
る。確かに,受信装置と制御装置とを互いに離れた位置に設けることは,本件特許
発明の特許出願時において周知であったが,本件特許発明は,車両内に受信装置と
制御装置とをどのように配置し,また,CPUをどこに配置し,さらにCPU(=
単一のCPUにより実現される信号識別回路)にどのような機能を果たさせるかを
総合的,有機的に結び付けたものであって,単一のCPUをどこに配置するかとい
う点は,単なる設計事項にとどまらない。
そうであるから,本件特許発明は,甲1記載の発明,甲4記載の発明及び甲5記
載の発明から容易に想到し得たものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(訂正の容認の判断の誤り)について
(1)本件特許発明に係る請求項1の「前記送信装置からの変調された制御信号
を受信する受信回路と,受信された前記制御信号を復調し出力する復調回路と,外
部信号に応じて前記受信回路および復調回路への給電を開始ないし停止する電源制
御回路とを前記受信装置に設け,」との受信装置の構成は,本件訂正の前後で何ら
変更されたものではなく,また,訂正前の請求項1は,受信装置にCPUが設けら
れている点を特定したものでもない。「受信装置にはCPUが設けられていない」
との訂正事項は,上記のように,受信回路,復調回路及び電源制御回路からなる受
信装置の構成を更に限定しようとするものであって,実質上特許請求の範囲を変更
するものであるということはできない。
(2)原告は,訂正前においては,受信装置にCPUが設けられている場合をも
含まれることを前提に,上記第3の1(1)のように主張するが,上記(1)のとおり,
訂正前の請求項1は,受信装置にCPUが設けられている点を特定したものではな
く,「受信装置にはCPUが設けられていない」との訂正事項は,受信回路,復調
回路及び電源制御回路からなる受信装置の構成を更に限定しようとするものである
から,原告の主張は,異なる前提に基づくか,又は独自の見解に立つものであっ
て,採用することができない。
(3)したがって,訂正事項である「受信装置にはCPUが設けられていない」
が実質上特許請求の範囲を変更するものでないとした審決の判断に誤りはないか
ら,取消事由1は,理由がない。
2取消事由2(相違点2の認定判断の誤り)について
(1)相違点2の認定の誤りについて
ア本件特許発明の信号識別回路(CPU)について
(ア)本件特許発明の構成要件である「受信装置」には,CPUが設けられてい
ないことは,請求項1に「前記受信装置にはCPUが設けられていない」(構成要
件J)との記載があることから明らかである。もっとも,この請求項1の記載は,
受信装置とCPUとの物理的な関係を特定しているだけであって,受信装置とCP
Uとの機能的な関係を特定しているものではなく,ましてや,受信装置の構成要素
である受信回路,復調回路及び電源制御回路とCPUとの関係を特定しているもの
でもない。
(イ)請求項1に,「単一のCPUにより実現され,給電開始を指令する信号を
前記電源制御回路へ発した後,前記復調回路から入力する前記制御信号を識別して
識別結果に応じた駆動信号を出力し,その後,給電停止を指令する信号を前記電源
制御回路へ発する信号識別回路」,「前記信号識別回路はさらに,マニュアル操作
スイッチの操作信号に応じて前記駆動信号を出力するものであり,」と記載されて
いるように,「信号識別回路」は,①給電開始及び給電停止を指令する信号を
(受信回路及び復調回路への給電を制御する)電源制御回路へ発すること,②復
調回路からの制御信号を識別してその結果に応じた(所定の車載機器を作動させる
ための)駆動信号を出力すること,③マニュアル操作スイッチの操作信号に応じ
て駆動信号を出力することを実現するための構成要素として,単一のCPUが特定
されている。
(ウ)また,請求項1に,「かつ,単一のCPUにより実現され,給電開始を指
令する信号を前記電源制御回路へ発した後,前記復調回路から入力する前記制御信
号を識別して識別結果に応じた駆動信号を出力し,その後,給電停止を指令する信
号を前記電源制御回路へ発する信号識別回路と,前記駆動信号を入力して所定の車
載機器を作動させる駆動回路と,前記信号識別回路へ電源を常時供給する電源供給
回路とを前記制御装置に設け,」と記載されているように,「信号識別回路」は,
駆動回路及び電源供給回路とともに制御装置に設けられ,かつ,この制御装置は,
受信装置とは「車両内で互いに離れた位置に設けられる」ものであって,CPUを
有しない受信装置とCPUを有する制御装置とは,車両内で互いに離れた位置に設
けられているものとして特定されているが,車両内での配置場所までは特定されて
いない。
イ甲1に記載の発明のCPUについて
(ア)甲1には,CPU17について,次の記載がある。
「制御回路としてのCPU17は,車載バッテリ11からヒューズ11aを介し
て給電されると共に,発振器14からのパルス信号Sp及び高周波ユニット15か
らの検波信号Sdを受けるようになっている。この場合,CPU17は,・・・,
前記発振器14からのパルス信号Spを受ける毎に起動されてウェークアップ状態
に切換えられる構成となっており,そのウェークアップ状態では,検波信号Sdの
内容及び予め設定されたプログラムに基づいて,ドライバ18を介したドアロック
機構16の動作制御並びにインバータ19を介したトランジスタ13のオンオフ制
御を行う」(段落【0017】)
「この保持信号Shは,インバータ19によりローレベル信号に反転されてトラ
ンジスタ13のベースに与えられるものであり,これに応じてトランジスタ13が
オンされて高周波ユニット15に給電された状態となる。」(段落【0020】)
「時間τ内に検波信号Sdが入力された場合(ステップS4で「YES」)に
は,その検波信号Sdを解読するルーチンS8を実行した後に,その解読検波信号
Sd中に前記第1及び第2の遠隔操作信号が有するシリアル暗号コードが含まれて
いるか否かを判断する(ステップS9)。・・・「YES」と判断した場合には動
作制御ルーチンS10を実行する。」(段落【0022】)
「ドアロック機構16の動作制御が行われたときには,その制御動作の終了に応
じた保持信号Shの出力停止により,トランジスタ13がオフされて受信回路15
への給電が停止されるものであり,」(段落【0024】)
(イ)上記(ア)の記載によれば,CPU17は,単一のものであって,受信回路
(高調波ユニット)15への給電を制御するスイッチング回路13に対して給電開
始及び給電停止を指令する機能,受信回路(高調波ユニット15)からの検波信号
を解読,判断した結果に応じてドアロック機構の動作(駆動)を制御する機能を奏
するものであると認められる。そうすると,CPU17は,給電開始及び給電停止
を指令する信号を(受信回路への給電を制御する)電源制御回路へ発すること,復
調回路からの制御信号を識別した結果に応じて(所定の車載機器を作動させるため
の)駆動信号を出力することを実現するための構成要素であるから,本件特許発明
の「信号識別回路」に相当するということができる。
ところが,甲1には,受信装置とCPU17との物理的な関係を特定する記載は
なく,また,受信装置と制御装置との配置位置やその相互関係を特定する記載もな
い。
そうであれば,甲1記載の発明において,本件特許発明の「受信装置」に相当す
る構成がCPUを有しているか否かは明らかでないといわなければならず,本件特
許発明と甲1に記載の発明との相違点2が,「本件特許発明が,「前記受信装置に
はCPUが設けられていない」(構成要件J)のに対して,甲1に記載の発明は,
受信装置(高周波ユニット)がCPUを有しているか否か不明である点」であると
した審決の認定に誤りはない。
ウ原告は,甲1に記載の発明も,受信装置(高周波ユニット)がCPUを有し
ていないと主張するが,上記判示したところに照らせば,原告の主張は,採用する
ことができない。
エしたがって,取消事由2アは,理由がない。
(2)相違点2の判断の誤りについて
ア甲4に記載の発明について
(ア)甲4には,次の記載がある。
「ドアロック制御装置100には,固有の識別情報を含む空中伝播信号を取り入
れる受信アンテナ6が設けられ,受信アンテナ6から取り入れた識別情報に基づ
き,ドアロックの駆動を行う駆動機構7を制御する受信機8が設けられた構成とな
っている。そして,この受信機8は,受信部8a,メモリー部8b,CPU8cか
ら構成されている。受信部8aは,受信アンテナ2から取り入れた識別情報の受信
と復調を行う部分である。・・・さらにCPU8cは,受信部8aおよびメモリー
部8b,キーシリンダー状態スイッチ2,ドア状態スイッチ3,ドアロック状態ス
イッチ4,イグニッション状態スイッチ5からのそれぞれの情報を取り入れ,それ
ぞれの情報に基づいて所定の処理を行う部分である。」(段落【0016】)
「上記構成のドアロック制御装置100において,通常,送信機1によってドア
の施錠,解錠する場合には,送信機1から送出された識別情報は受信アンテナ6を
通じて受信機8に取り入れられる。取り入れられた識別情報は,受信機8に設けら
れた受信部8aにおいて,受信,復調された後,CPU8cに伝達され,CPU8
cは伝達された識別情報を取り入れる。そして,CPU8cは予め所定の識別情報
が記憶されているメモリー部8bの識別情報と送信機1から送出された識別情報と
を比較し,両者が一致していれば,駆動機構7にドアロックのロック,アンロック
を行うように信号を送る。」(段落【0017】)
「通常,CPU8cは,送信機1がキーシリンダーに差し込まれると受信機8を
オフ状態にさせ,差し込まれていなければオンの状態とする。」(段落【002
5】)
図2には,実施例に基づくドアロック制御装置100を表す構成図が示されてい
る。
(イ)上記(ア)の記載によれば,CPU8cは,単一のものであって,ドアロック
(すなわち,所定の車載機器)の駆動を行う駆動機構7を制御する機能(キーシリ
ンダー状態スイッチ2,ドア状態スイッチ3,ドアロック状態スイッチ4,イグニ
ッション状態スイッチ5等のいわゆるマニュアル操作スイッチに係る操作信号に基
づく制御や送信機1からの識別情報に応じた制御が行われる。),受信及び復調を
行う受信機8のオンオフ(すなわち,電源)を制御する機能を奏するものであると
認められる。そして,これらの制御は,車両制御システムにおいて特定された必要
な制御のためのCPUの機能といえるから,本件特許発明のCPUの機能と格別相
違するものではない。
もっとも,甲4のCPU8cは,受信機,すなわち受信装置に設けられたもので
あり,本件特許発明の「受信装置にはCPUが設けられていない」(構成要件J)
点と明らかに相違するものである。
イ甲5に記載の発明について
(ア)甲5には,次の記載がある。
「第3図に車輌側に搭載されるドアロック装置本体の概略構成を示し,第4図
に,第3図のキーコード受信器KCRの構成を示す。・・・この実施例ではキ
ーコード受信器KCRは発振器OSC2,局部発振回路OSC3,高周波増幅回路
RF2,混合回路MIX,中間周波増幅回路IFA,周波数弁別回路DIS,受波
検出回路WDE,低周波増幅回路AFAおよび比較器CP1で構成してある。高周
波増幅回路RF2の入力端には,同調回路を介して受信用アンテナAT2を接続し
てある。・・・キーコード受信器KCRのそれぞれの出力端は,シングルチップマ
イクロコンピュータCPUの入力ポートP1,P2およびP3に接続してある。」
(4頁左下欄17行ないし5頁左上欄4行)
「SW4はマニュアルロック/アンロックスイッチであり,CPUのプルアップ
された入力ポートP6およびP7に接続されている。」(5頁右上欄8行ないし1
1行)
「マニュアルスイッチSW4がロック又はアンロックに操作されると,それぞれ
ロック又はアンロック動作を行なう。」(5頁右下欄8ないし10行)
「キーコード受信器KCRが電波を検出すると,次にキーコード読取処理を行な
う。ここで読取つたキーコードを受信キーコードレジスタにストアして,このレジ
スタの内容と参照キーコードレジスタの内容とを比較する。・・・キーコードが一
致すると,次に車速をチェックする。・・・車速が10Km/h以下でしかも受信
キーコードと参照キーコードが一致するとドアロックをアンロックにする。すなわ
ちポートP9にHを出力してリレーRL2をオンし,ソレノイドSL2を付勢す
る。」(6頁左上欄1行ないし右上欄12行)
第3図には,車上電磁ドアロック装置本体の概略構成を示すブロック図が示さ
れ,第4図には,キーコード受信器KCRの概略構成を示すブロック図が示されて
いる。
(イ)上記(ア)の記載によれば,キーコード受信器KCRは,その内部にCPUが
設けられていないものであって,キーコード発信器KCGから発せられる電波信号
の受信及び復調を行い,また,そして,シングルチップマイクロコンピュータCP
Uは,CPUが設けられていないキーコード受信器KCRから受け取った検波信号
(キーコード)の識別結果やマニュアルロック/アンロックスイッチ(操作スイッ
チ)の操作信号に応じて,それぞれドアロック/アンロックのための駆動信号を出
力し,車載機器であるドアロック装置の駆動制御を行うところ,このキーコード受
信器KCRが本件特許発明の受信装置における受信回路及び復調回路に相当する機
能を奏し,シングルチップマイクロコンピュータCPUが本件特許発明の制御装置
の構成要素である信号識別回路に相当する機能を奏するものと認められる。もっと
も,甲5には,キーコード受信器KCRとシングルチップマイクロコンピュータC
PUの車両内の配置については明示されていないから,車両内における両者相互の
位置(配置)関係は特定されていない。
ところで,受信装置と制御装置とを互いに離れた位置に設けることが本件特許発
明の特許出願時において周知であることは,当事者間に争いがないから,甲5に記
載の発明において,受信装置に相当するキーコード受信器KCRと制御装置の構成
要素に相当するシングルチップコンピュータCPUとを互いに離れた位置に設ける
ことは,適宜に採用することができる設計的事項であり,それを排除する要因は見
当たらない。
ウそして,CPUを設けていない受信装置が,それを設けている受信装置と比
べて,小型化が図られ,その結果,受信装置の設置が可能となる対象個所が拡大さ
れることは,自明な効果として当然に想定されることであり,インパネが,受信装
置の設置個所の対象となり得ることも容易に認識し得ることである。
また,甲1には,「CPU17は,常時おいて消費電流が小さくて済むホルトモ
ードで待機し,高周波ユニット15は,CPU17が周期的にウェークアップされ
るタイミングにおいて所定の割合で給電されることになるから,全体の平均消費電
流を低く抑制できるようになる。」(段落【0034】)との記載があり,これに
よれば,「システムスタンバイ状態での消費電流は大きく低減される」との効果
は,甲1に記載の発明においても達成されるものである。
さらに,上記イのとおり,シングルチップマイクロコンピュータCPUは,マニ
ュアルロック/アンロックスイッチ(操作スイッチ)の操作信号に応じて,それぞ
れドアロック/アンロックのための駆動信号を出力し,車載機器であるドアロック
装置の駆動制御を行うものであるから,「単一のCPUにより実現される信号識別
回路によって,マニュアル操作スイッチによる車載機器の作動が可能である」との
効果は,甲5に記載の発明において達成されるものである。
エそうであれば,甲1に記載の発明に甲4及び甲5に記載された発明を適用し
て,本件特許発明のように,受信装置をCPUが設けられていない構成とし,この
受信装置と制御装置としての機能を奏するCPUとを離れた位置に設けることは,
当業者が容易に想到することができるものであって,しかも,それによる効果も格
別なものということはできないから,本件特許発明が,甲1記載の発明,甲4記載
の発明及び甲5記載の発明から容易に想到することができるものである。
オ被告は,CPUの配置場所を考慮して「受信装置にCPUが設けられていな
い」こととすることには,大きな技術的意義があり,本件特許発明は,車両内に受
信装置と制御装置とをどのように配置し,また,CPUをどこに配置し,さらにC
PU(=単一のCPUにより実現される信号識別回路)にどのような機能を果たさ
せるかについて総合的,有機的に結び付けたものであって,単一のCPUをどこに
配置するかという点は,単なる設計事項にとどまらないと主張する。
しかしながら,受信装置と制御装置とを互いに離れた位置に設けることは本件特
許発明の特許出願時において周知であるから,上記イのような甲5に記載の発明が
あることにかんがみると,甲1に記載の発明に甲4及び甲5に記載された発明を適
用して,本件特許発明のように,受信装置をCPUが設けられていない構成とし,
これと制御装置としての機能を奏するCPUとを離れた位置に設けることは,当業
者が容易に想到することができるといわなければならない。
被告の上記主張は,採用することができない。
カしたがって,本件特許発明が,甲1記載の発明,甲4記載の発明及び甲5記
載の発明から容易に想到し得たものとはいえないとした審決の判断は誤りであり,
この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,取消事由2イ
は,理由がある。
第5結論
以上のとおりであって,原告主張の審決取消事由2イは理由があるから,審決は
取り消されるべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
高野輝久
裁判官佐藤達文は,転補につき署名押印することができない。
裁判長裁判官
塚原朋一

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