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平成13年(行ケ)第493号 審決取消請求事件
平成16年1月29日口頭弁論終結
判    決
原      告     株式会社筑水キャニコム
訴訟代理人弁理士     綾 田 正 道
同            朝 倉   悟
被      告     株式会社オーレック
訴訟代理人弁理士     梶 原 克 彦
主    文
特許庁が無効2000-35098号事件について平成13年9月26
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,考案の名称を「草刈機」とする実用新案登録第2541651号
(平成4年12月29日出願(以下「本件出願」という。)。平成9年4月25日
設定登録。以下「本件実用新案」という。請求項の数は1である。)の実用新案権
者である。
原告は,平成12年2月21日に本件実用新案に係る登録を無効にすること
について審判の請求をし,特許庁は,これを,無効2000-35098号として
審理した。被告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書につい
て,訂正を請求した(以下「本件訂正」といい,本件訂正にかかる明細書を図面も
含めて「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年9月26日
に,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,同年10
月9日にその謄本を原告に送達した。
2 実用新案登録請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。下線部が訂正部分
である。以下「本件考案」という。)
「刈取部を上昇させる動作でクラッチの断操作と従動プーリの回転の制動がで
きるようにした草刈機であって,
車体下方に昇降手段を介して昇降可能に設けてあり,進行方向前方側が開口
されているカバー(20)を備えた刈取部(2),
座席(11)の側部に配設されており,上記刈取部(2)を人力によって昇
降操作する昇降操作手段,
上記刈取部(2)に上方へ向かう付勢力を付与している付勢手段,
上記刈取部(2)のカッター(C)を回転させる従動プーリ(51),
駆動プーリと上記従動プーリ(51)に回し掛けてあるベルト,
上記従動プーリ(51)への駆動力を断続するクラッチ機構,
上記クラッチ機構が断方向に作動したときカッター(C)を駆動している従
動プーリ(51)の回転を制動する制動手段,
上記クラッチ機構を作動するクラッチレバー(41),
上記昇降操作手段の動きとともに動く昇降操作手段側係合体,
当該昇降操作手段側係合体との係合によって上記クラッチレバー(41)を
動かすクラッチ側係合体,
を含み,
上記昇降手段は,上記刈取部(2)に加わる突き上げ力を逃がす緩衝手段を
有しており,
上記昇降操作手段を操作して上記刈取部(2)を所定の位置まで上昇させる
と上記昇降操作手段側係合体が上記クラッチ側係合体と係合して上記クラッチ機構
を断方向に作動することを特徴とする,
草刈機。
3 審決の理由
別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,①本件考案は,その出願
前に頒布された特開昭60-237908号公報(審判甲第1号証。本訴甲第3号
証。以下「甲3文献」という。),実願昭61-100416号(実開昭63-9
823号)のマイクロフィルム(審判甲第2号証。本訴甲第4号証。以下「甲4文
献」という。),実願昭61-122623号(実開昭63-28322号)のマ
イクロフィルム(審判甲第3号証。本訴甲第5号証。以下「甲5文献」とい
う。),実願昭46-29560号(実開昭47-28532号)のマイクロフィ
ルム(審判甲第4号証。本訴甲第6号証。以下「甲6文献」という。),特開平1
-101817号公報(審判甲第5号証。本訴甲第7号証。以下「甲7文献」とい
う。),米国特許第4934130号明細書(審判における参考資料1,本訴甲第
8号証の1,2。以下「甲8文献」という。),実公昭48-16835号公報
(審判における参考資料2,本訴甲第9号証。以下「甲9文献」という。)に記載
された各発明(以下,刊行物の番号に従い,「甲3発明」,「甲4発明」などとい
う。)に基づいて当業者がきわめて容易に想到することができたものとはいえな
い,②本件考案は,その出願前に日本国内で公然知られ,公然実施された発明であ
ると認めることはできず,実用新案法3条1項1号及び2号に該当するとはいえな
いとして,原告主張の無効事由をすべて排斥したものである。
審決が上記①の結論を導くに当たり認定した本件発明と甲3発明との相違点
は,次のとおりである。
「本件考案が,少なくとも,「刈取部を上昇させる動作でクラッチの断操
作と従動プーリの回転の制動ができるようにした草刈機であって,
上記刈取部(2)を人力によって昇降操作する昇降操作手段,
従動プーリ(51)への駆動力を断続するクラッチ機構,
上記クラッチ機構が断方向に作動したときにカッター(C)を駆動してい
る従動プーリ(51)の回転を制動する制動手段,
上記クラッチ機構を作動するクラッチレバー(41),
上記昇降操作手段の動きとともに動く昇降操作手段側係合体,
当該昇降操作手段側係合体との係合によって上記クラッチレバー(41)
を動かすクラッチ側係合体,
を含み,
上記昇降操作手段を操作して上記刈取部(2)を所定の位置まで上昇させ
ると上記昇降操作手段側係合体が上記クラッチ側係合体と係合して上記クラッチ機
構を断方向に作動する」のに対し,
甲第1号証記載の発明(判決注・甲3発明)はこのような構成を有してい
ない点」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件考案と甲3発明との相違点の認定を誤り,自ら認定した相違点
についての判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼす
ことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 審決は,本件考案が少なくとも,
「刈取部を上昇させる動作でクラッチの断操作と従動プーリの回転の制動が
できるようにした草刈機であって,
上記刈取部を人力によって昇降操作する昇降操作手段,
従動プーリへの駆動力を断続するクラッチ機構,
上記クラッチ機構が断方向に作動したときカッターを駆動している従動プ
ーリの回転を制動する制動手段,
上記クラッチ機構を作動するクラッチレバー,
上記昇降操作手段の動きとともに動く昇降操作手段側係合体,
当該昇降操作手段側係合体との係合によって上記クラッチレバーを動かす
クラッチ側係合体,
を含み,
上記昇降操作手段を操作して上記刈取部を所定の位置まで上昇させると上
記昇降操作手段側係合体が上記クラッチ側係合体と係合して上記クラッチ機構を断
方向に作動する」
構成を有するとし,この構成の全体(以下「全体構成」という。)を一体のも
のとしてとらえた上で,甲3発明がこのような構成を有していない点を,相違点と
して認定した(審決書9頁26行~10頁7行)。
審決は,上記相違点の認定を前提に,相違点に係る本件考案の全体構成と甲
4ないし9文献の記載事項とを個別に対比して,上記甲各号証のいずれにも本件考案
の全体構成が記載されておらず,甲3発明に甲4ないし9発明を適用したとして
も,本件考案の構成になり得ず,当業者がきわめて容易に想到することができたも
のとはいえない,と判断した。
しかし,上記相違点の認定及び引用文献との対比並びにこれに基づく進歩性
の判断は誤りである。
本件考案の全体構成は,次のとおり,複数の構成要件から成るものである。
A 乗用草刈機である。
B 上記草刈機は上記刈取部を人力によって昇降操作する昇降操作手段を
具備している。
C 上記草刈機は従動プーリへの駆動力を断続するクラッチ機構を具備し
ている。
D 上記クラッチ機構は上記刈取部を所定の位置まで上昇させたとき断方
向に作動するようにされている。
E 上記草刈機はカッターを制動する制動手段を具備している。
F 上記制動手段は上記クラッチ機構が断方向に作動したときに上記カッ
ターを駆動している従動プーリの回転を制動するようにされている。
G 上記草刈機は上記クラッチ機構を作動するクラッチレバーを具備して
いる。
H 上記昇降操作手段は当該昇降操作手段の動きとともに動く昇降操作手
段側係合体を具備している。
I 上記クラッチレバーはクラッチ側係合体を具備している。
J 上記D記載のクラッチ機構の断方向への作動は上記昇降操作手段側係
合体と上記クラッチ側係合体との係合によって行われる。
(以下,各構成を符号に従い,「構成A」,「構成B」などという。)
審決は,甲3ないし9発明との対比をするに当たり,個々の構成要件ごとの
対比を行うべきであるにもかかわらず,全体構成を一体のものとしての対比しか行
っていない。このような判断の手法は許されない。そのような手法は,ある一つの
公知事実(公知文献)が全体構成のすべてを包含しない限り,きわめて容易とはい
えない,との判断をするものにほかならないからである。一つの公知事実が全体構
成のすべてを包含するのであれば,問題の考案は公知の考案として実用新案法第3
条1項1ないし3号のいずれかに該当することとなり,同法同条2項の適用の余地は
なくなる。そのような手法をとることは許されない。
2 本件考案と公知文献に記載された考案との対比に当たっては,本件考案と公
知文献に記載された考案とを個々の構成要件ごとに対比し,異同を判断すべきであ
る。
(1) 甲3文献には,本件考案の上記構成要件のうち,構成A,B,C,D,G
が記載されており,構成E,F,H,I,Jが記載されていない。審決の相違点の
認定は,上記一致点を看過しており,この点において,既に誤りである。
(2)甲4文献には,構成A,C,E,F,Gが記載されている。
甲5文献には,構成A,B,Cが記載されている。
甲6文献には,構成A,B,C,D,G,H,I,Jが記載されている。
甲7文献には,構成A,Bが記載されている。
甲8文献には,構成A,B,C,Eが記載されている。
甲9文献には,構成A,Bが記載されている。
このように,甲3文献に記載されていない構成E,F,H,I,Jについ
て,Eは甲4,8文献に,Fは甲4文献に,H,I,Jは甲6文献にそれぞれ記載
されている。
本件考案の構成AないしHは,すべて甲3ないし9文献のいずれかに記載
されている。
甲4ないし9文献に記載された発明は,いずれも草刈機あるいは刈取部を
有する刈取脱穀機に係るものであるから,甲4ないし9発明の構成を甲3発明に適
用することによって本件発明の構成に想到することは,当業者にとってきわめて容
易である。
駆動プーリと従動プーリとが同一平面上になく,ベルトにテンションがか
かっている場合にベルトが脱落しやすいこと,特にこの状態でプーリが回転してい
ると脱落しやすいこと,これを防止するためにクラッチを断作動させ,従動プーリ
の駆動を解除しても,刈り刃及びそれと連結されている従動プーリは慣性力により
なおしばらくは回転しているため,刈り刃自体が損傷し,あるいは他物に対し危害
を与える危険があることは,当業者にとって常識に属することである。
このような危険防止のために,クラッチの断作動だけでなく,従動プーリ
の制動も併せ行うことは,当業者がきわめて容易に想到することができることであ
る。このため,ベルトの脱落防止の目的で,クラッチの断作動と連動して従動プー
リの制動をも行うことは,当業者がきわめて容易に想到することができることであ
る。
第4 被告の反論の要点
審決の認定,判断に取消事由となるべき誤りはない。
審決は,本件考案と甲3発明とを対比し,その上でその相違部分が他の証拠
に記載されているかどうかを認定し,その結果,進歩性を認めて審決したものであ
る。原告は審決の正当な認定判断を論難するにすぎない。
原告は,本件考案の各構成要件を甲3発明以外の発明についても,個々の構
成要件ごとに対比することを主張する。しかし,このような原告の主張は,本件考
案の個々の構成要件が原告提出の全証拠のどこかには記載されている,というに等
しいものである。原告の主張によれば,本件考案がA乃至Jの10の構成要件から
成るときに,ある公知例1にはAが,ある公知例2にはBが,ある公知例3にはC
が,として10の公知例にそれぞれA乃至Jの構成要件が1つずつあれば,10の
公知例を総合することにより,AないしJから成る発明,考案は進歩性を欠くとい
うことになる。このような主張が失当であることは明白である。
第5 当裁判所の判断
1 本件考案の概要(別紙図面参照)
本件明細書(甲第11号証)には,本件考案について,次の記載がある。
(1)「【産業上の利用分野】本考案は草刈機に係り,更に詳しくは刈取部を昇降
させる昇降操作手段を人力によって操作して刈取部を所定の位置まで上昇させると
クラッチが断方向に作動し,クラッチの断方向の作動に伴ってカッターを駆動して
いる従動プーリを制動手段により制動するようにし,更に刈取部に上向きの突き上
げ力が加わったときにその力を逃がして草刈機の各部の損傷防止を図ったものに関
する。」(段落【0001】)
(2)「【従来の技術とその課題】芝や草を刈るために乗用型の草刈機が使用され
ている。従来の乗用型草刈機は刈取部が昇降できないか,昇降できても昇降のスト
ロークが少なかった。このためトラックの荷台に立てかけられた傾斜板の上を走ら
せてトラックに載せる場合に傾斜板の上端部で刈取部が接触し一人では載せられな
い課題があった。
この課題は刈取部の昇降ストロークを大きくすることによって解決でき
る。
ところで乗用型の草刈機のカッターは駆動プーリからベルトを介して駆動
されている従動プーリによって駆動されている。駆動プーリは車体側に設けてあ
り,従動プーリは昇降する刈取部側に設けてある。そうして刈取部の下降時,つま
り刈取作業時には駆動プーリと従動プーリとは同一平面に位置し,同じ高さになっ
て伝動効率が高いように設定されている。
この為刈取部の上昇時,つまり草刈機の移動時は駆動プーリと従動プーリ
とは高さの位置に違いが生じる。その際にベルトにテンションがかかっているとベ
ルトがプーリから外れてしまうという課題がある。
実願昭61-122623号(実開昭63-28322号)(判決注・本
訴甲第5号証)のマイクロフィルムには,従動プーリの外周近傍にベルト押えを配
設して従動プーリからベルトが外れないようにしたものが開示されている。この構
造では駆動プーリと従動プーリの高さの差が一定の範囲内であれば従動プーリから
ベルトが外れることは防止できる。
しかし刈取部の昇降ストロークを大きく取った場合は駆動プーリと従動プ
ーリの高さの差が大きくなり,駆動プーリからベルトが外れてしまうためにベルト
外れを防止するには十分とは言えない。
ところで,刈取部の上昇時,つまり草刈機の移動時は危険防止や刃の破損
を防止する為にカッターの回転を制動する必要がある。その場合に刈取部を上昇さ
せる動作とクラッチの「断」作動とカッターの制動とを一つの動作で行なうことが
できれば便利であるばかりでなくベルトがプーリから外れない。」(段落【000
2】~【0006】)
(3)「【考案の目的】本考案の目的は,刈取部を上昇させる動作でクラッチの断
作動と従動プーリの回転の制動ができるようにした草刈機を提供することにあ
る。」(段落【0008】)
(4) 本件考案は,上記課題を解決するための手段として,前記第2の2記載の
実用新案登録請求の範囲に記載のとおりの構成を採用した。
(5)「【作用】例えば草刈機を搬送用のトラックに積み込む場合,或は草刈作業
地に凹凸が多い場合は,草刈機の下方に配置してある刈取部を昇降操作手段によっ
て上昇させる。刈取部の上昇は従動プーリの上昇を伴うので,位置が固定されてい
る駆動プーリとの間に作動平面の高さの差が生じる。
しかし,昇降操作手段を操作して刈取部を所定の位置まで引き上げると昇
降操作手段側係合体がクラッチ側係合体と係合してクラッチ機構を断方向に作動
し,従動プーリへの駆動力が切断される。またクラッチ機構が断方向へ作動したと
きカッターを駆動している従動プーリの回転を制動する制動手段が作動する。
これによって駆動プーリと従動プーリの高さの差が大きくなった場合でも
ベルトの脱落が防止されると共にカッターの回転停止により安全性の確保を図るこ
とができる。このように昇降操作手段の操作だけでクラッチ機構を断方向に作動さ
せることができるので操作が簡単である。」(段落【0010】~【0012】)
上に認定した本件明細書の記載によれば,刈取部を昇降させる草刈機におい
て,刈取部を上昇させた場合に,駆動プーリと従動プーリとの高さ位置の違いが生
じること,この高さ位置の違いが一定の範囲内であれば,従動プーリからベルトが
外れることはないものの,刈取部の昇降ストロークを大きくした場合には,駆動プ
ーリと従動プーリの高さの差が大きくなり,駆動プーリからベルトが外れてしまう
ことがあること,加えて刈取部の上昇時には危険防止や刃の破損を防止するためカ
ッターの回転を制動する必要があること,及び,本件考案は,これらの問題点を解
決するため,刈取部を上昇させるに当たり,刈取部の上昇とクラッチの「断」作動
とカッターの制動という三つの作業を一つの動作で行うことによって,簡単な操作
で,ベルトのプーリからの脱落を防止するとともに,カッターの回転停止により安
全性を確保することを図ったものであること,を認定することができる。
実用新案登録請求の範囲(上記第2の2)によれば,上記目的を達成するた
め,本件考案は,刈取部を人力によって昇降操作する昇降操作手段と,クラッチレ
バーによって作動し従動プーリへの駆動力を断続するクラッチ機構と,クラッチ機
構が断方向に作動したときに従動プーリの回転を制動するようにされている制動手
段とを別個に設け,昇降操作手段には,これとともに動く昇降操作手段側係合体
を,クラッチレバーには,クラッチ側係合体をそれぞれ設け,昇降操作手段を操作
して刈取部を所定の位置まで上昇させると昇降操作手段側係合体が上記クラッチ側
係合体と係合して上記クラッチ機構を断方向に作動し,これに伴い制動手段が従動
プーリの回転を制動するようにする,という具体的構成を採用したものであること
が明らかである。
2 審決の相違点の認定について
審決は,本件考案と甲3発明との相違点について,「本件考案と甲第1号証
記載の発明(判決注・甲3発明)を対比すると,本件考案が,少なくとも,「刈取
部を上昇させる動作でクラッチの断操作と従動プーリの回転の制動ができるように
した草刈機であって,上記刈取部(2)を人力によって昇降操作する昇降操作手段,従
動プーリ(51)への駆動力を断続するクラッチ機構,上記クラッチ機構が断方向に作
動したときカッター(C)を駆動している従動プーリ(51)の回転を制動する制動手段,
上記クラッチ機構を作動するクラッチレバー(41),上記昇降操作手段の動きととも
に動く昇降操作手段側係合体,当該昇降操作手段側係合体との係合によって上記ク
ラッチレバー(41)を動かすクラッチ側係合体,を含み,上記昇降操作手段を操作し
て上記刈取部(2)を所定の位置まで上昇させると上記昇降操作手段側係合体が上記ク
ラッチ側係合体と係合して上記クラッチ機構を断方向に作動する」のに対し,甲第
1号証(判決注・本訴甲第3号証)記載の発明はこのような構成を有していない点
で相違する。」(審決9頁26行~10頁7行)と認定した。
原告は,審決のした相違点の認定は,複数の構成要件を個々に対比すること
なく,全体構成を一体のものとして対比した結果,本件考案と甲3発明との一致点
を看過したものである,と主張する。
原告が,審決において看過したと主張する,本件考案と甲3発明との一致点
は,A 乗用草刈機であること,B 同草刈機は刈取部を人力によって昇降操作す
る昇降操作手段を具備していること,C 同草刈機は従動プーリへの駆動力を断続
するクラッチ機構を具備していること,D 同クラッチ機構は上記刈取部を所定の
位置まで上昇させたとき断方向に作動するようにされていること,G 同草刈機は
上記クラッチ機構を作動するクラッチレバーを具備していること,である。
しかしながら,審決は,甲3発明について,「甲第1号証(判決注・本訴甲
第3号証・特開60-237908号公報)第1ページ左欄5~13行には,「乗
用芝刈機(A)の機体フレーム(a)下方に,支持機構(16)を介して刈取装置
(M)を上下昇降自在に取付け,同刈取装置(M)と機体フレーム(a)に搭載し
た原動機(E)とを動力伝達機構(B)を介して連動連結し,同刈取装置(M)が
所定の刈取作業高さ以上に上昇せられると,同刈取装置(M)への動力伝達が解除
されるべく構成してなる乗用芝刈機の刈取自動停止機構。」と記載されている。ま
た,第2頁右下欄2~12行には,「同連動機構(32)に刈高調節兼クラッチレ
バー(33)を連動連設して,同レバー(33)を操作することにより,刈取装置
(M)の上下昇降作動,すなわち,刈高調節を可能とすると共に,同刈取装置
(M)を刈取作業高さ以上に上昇せしめると,支持機構(16)を介して同刈取装
置(M)が左側刈刃(17)を中心に右側刈刃(18)が後方へ回動変位せられ
て,後述する原動機(E)から同右側刈刃(18)への動力伝達がベルト(24)
の弛緩により解除せらるべく構成している。」と記載されている。」(審決書6頁
15行~28行)として,甲3発明が乗用芝刈機においてクラッチレバーの操作に
より刈取装置を上下動させるものであること,同レバーの操作により刈取装置を一
定の高さ以上に上昇させると,クラッチ機構が作動して原動機から刈刃に対し動力
を伝達するベルトを弛緩させ,原動機から刈刃への動力伝達を解除する(クラッチ
機構を断方向に作動する)ものである,と認定している。
審決の甲3発明についての上記認定と,審決書10頁8行ないし12頁1行
記載の本件考案と甲3発明との相違点についての判断の内容とを総合すると,審決
は,本件考案が,刈取部の上昇によってカッターの制動作動を行うこと,クラッチ
レバーとは別に刈取部の昇降操作手段を設けること,昇降操作手段側とクラッチ側
のそれぞれに係止体を設けること,昇降操作手段を操作して刈取部を所定の高さま
で上昇させると,昇降操作側係合体とクラッチ側係合体とが係合してクラッチ機構
を断方向に作動するとともにカッターの制動作動を行うこと,との構成を有するの
に対し,甲3発明がこのような構成を有しないことを相違点として認定したもので
あり,原告の主張する上記AないしC,D,Gの点(甲3発明ではクラッチレバー
が昇降操作手段を兼ねている。)については,これを相違点として認定したもので
はない,と解するのが合理的である。
本件考案と甲3発明との相違点についての審決の上記説示は,一致点と相違
点を明確に区別することなく表現し,相違点として検討したのが何であるかについ
ての理解を困難にしている点で,不適切なものであることが明らかである。しか
し,審決は,全体としてみるならば,一致点とすべきところを相違点としているわ
けではない,というべきである。
原告の主張は,採用することができない。
3 審決の相違点についての判断(審決書10頁8行ないし12頁1行)につい

審決が,本件考案と甲3発明との実質的な相違点として認定したのは,2で
述べたとおり,「本件考案が,刈取部の上昇によってカッターの制動作動を行うこ
と,クラッチレバーとは別に刈取部の昇降操作手段を設けること,昇降操作手段側
とクラッチ側のそれぞれに係止体を設けること,昇降操作手段を操作して刈取部を
所定の高さまで上昇させると,昇降操作側係合体とクラッチ側係合体とが係合して
クラッチ機構を断方向に作動するとともにカッターの制動作動を行うこと,との構
成を有するのに対し,甲3発明がこのような構成を有しないこと」である。
審決は,甲4ないし9文献を参照した上,これらの文献に記載された事項
を,甲3発明に適用しても,上記相違点に係る本件考案の構成にはなり得ず,した
がって,本件考案は甲3ないし9発明に基づいて当業者がきわめて容易に想到する
ことができたものとはいえない,と判断した。
上記相違点のうち,クラッチレバーとは別に刈取部の昇降操作手段を設ける
こと,昇降操作手段側とクラッチ側のそれぞれに係止体を設けること,昇降操作手
段を操作して刈取部を所定の高さまで上昇させると,昇降操作側係止体とクラッチ
側係止体とが係合してクラッチ機構を断方向に作動するとともにカッターの回転制
動作動を行うこと,との構成については,甲4ないし9文献のいずれにも,記載が
見当たらない。原告は,上記構成が甲6文献に記載されている,と主張するが,採
用することができない。
しかしながら,甲3発明が,クラッチレバーの操作により刈取装置を上下動
させるものであること,同レバーの操作により刈取装置を一定の高さ以上に上昇さ
せると,クラッチ機構が作動してベルトの緊張力を緩和し,クラッチを断方向に作
動するものであることは前記のとおりである。甲4文献には,乗用芝刈機におい
て,クラッチレバーを作動してクラッチ機構によりベルトの緊張力を緩和し,かつ
ブレーキシューが動くことにより従動プーリ周面を押圧してカッターの回転制動作
動も行われるようにしたことが記載されていることが認められる(甲第4号証7頁
10行~8頁5行参照)。甲3発明に甲4発明を組み合わせて,一つの操作手段を
作動することにより,刈取部を上昇させつつ,クラッチ機構を断方向に作動すると
ともにカッターの回転制動作動を行うとの構成を採用することはきわめて容易なこ
とというべきである。その際に,一つの操作手段(クラッチレバー)のみにより同
時に行っていた複数の操作を,異なる操作手段(昇降操作手段とクラッチレバー)
のそれぞれによって,別々に行い得る構成とすること自体は,一般的にいえば,き
わめて容易なことというべきであり(むしろ,多くの場合,別々にしか行い得ない
ものとされていたものを,一つの操作手段により同時に行い得るようにすることに
こそ,進歩性が認められることになるであろう。),事実,これを困難とする事情
があったことを示す記載も,本件明細書中に全く見当たらない。本件明細書の上記
記載状況の下では,上記の構成に想到することは,反対に解すべき特段の事情の認
められない限り,当業者において,きわめて容易になし得たことというべきであ
る。
本件全資料を検討しても,上記特段の事情を見いだすことはできない。
そして,別々に操作し得る複数の操作手段を連動させるために,それぞれの
操作手段に係止部を設け,これを係合させることによって,両操作手段を連動させ
ることは周知の技術的事項であると認められる(甲第9号証)。当業者において,
昇降操作手段とクラッチレバーとを別個に設ける構成を採用したことに伴い,昇降
操作手段の操作とクラッチレバーの作動とを連動させるため,各操作手段にそれぞ
れ係止体を設け,両者を係合させる手段を採用することに想到することも,きわめ
て容易になし得ることであるというべきである
これらの状況の下では,上記相違点に係る本件考案の構成に想到すること
は,当業者にとってきわめて容易であった可能性が大きいということができる。
審決は,上記相違点に係る本件考案の構成が甲4ないし9文献に記載されて
いないことを指摘するにとどまり,同構成に想到することがきわめて容易であるか
否かについて具体的に検討することなく,直ちに想到容易性を否定する判断を導く
という誤りを犯したものである,というほかない。
第6 結論
以上のとおりであるから,原告の本訴請求は,理由があることが明らかであ
る。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7
条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官  山  下  和  明
裁判官  阿  部  正  幸
裁判官  高  瀬  順  久
 
(別紙)
図1図2図3図4図5図6

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