弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件再審の訴を却下する。
     再審訴訟費用は再審原告の負担とする。
         事    実
 再審原告代理人は、「東京高等裁判所が、昭和二八年五月七日同裁判所昭和二七
年(ネ)第一六八一号売買代金請求控訴事件につき言い渡した判決を取り消す。再
審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は全部再審被告の負担とする。」との判決を求
め、再審の事由として次のとおり述べた。
 再審原告は、再審被告を相手どり、訴外Aは昭和二五年四月頃、再審被告に対し
自転車二〇〇台を売却したが、(右取引につき再審被告側でその衝に当つたのは農
林省農業改良局統計調査部所属B事務官である。)再審被告はその代金のうち七五
万円の支払をせず、再審原告は昭和二五年一二月末、Aから右七五万円の売買残代
金債権の譲渡を受けたりとして、右七五万円及び遅延損害金の支払を求める訴を東
京地方裁判所に提起し、(同裁判所昭和二六年(ワ)第一一五三号)同裁判所にお
いて審理の結果再審原告勝訴の判決の言渡があつたが、これに対し再審被告から東
京高等裁判所に控訴を提起し、(同裁判所昭和二七年(ネ)第一六八一号)同裁判
所は、審理の結果昭和二八年五月七日、右事件における主要の争点たる、右売買の
売主が再審原告主張の如くA個人であるか、再審被告主張の如く訴外富士機械工業
株式会社であるか、を判断するにあたり、他の諸証拠に合せ後記の如く虚偽の陳述
を含む控訴審における証人Bの証言を証拠として、売主はA個人でなく右会社であ
ると判定した上、原判決を取り消し、再審原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡
した。これに対し再審原告から上告したが、昭和二九年一〇月七日上告棄却の判決
言渡があり、ここに右判決は確定した。
 然るところ、右事件の控訴審における証人Bは、その証言の一部で、右売買につ
き、「Aは富士機械工業株式会社は経営不振なので現在新しい会社(被控訴会社で
あるが当時は未登記のもの)を他に設立する積りだが、その会社と契約してくれと
言つたことはありません」(当庁昭和二七年(ネ)第一六八一号事件の記録中証人
Bの尋問調書と対照すれば、再審原告が本訴で右証人の虚偽の陳述としてとりあげ
る証言部分は、正確にいえば上記の如き陳述部分を指すものと見られる。)と陳述
したのであるが、再審原告の同人に対する偽証の告発によつて浦和検察庁検察官検
事Cの取調を受けた際、「Aより契約の当時新会社設立問題について話を受けた様
な気もするし、しない様な気もするし、その点はつきりしなかつたので、はつきり
しないことは云わない方がよいのだと思つて右のような証言をした」と、Aの言、
申出を否定し去つた前記陳述の虚偽なることを自供するに至つた。すなはち、前記
証言は虚偽の陳述であつたのである。そして検察官は、Bの右自供その他の資料に
よつて右Bの前記証言部分は偽証であると判定したが、諸般の情状を斟酌して昭和
三一年二月一九日同人を不起訴処分に付したのであつて、すなわち、「証拠欠缺外
ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」(民事訴訟法第四二〇条第
二項)というに該当するところ、再審原告は、同年四月二四日検察官からの通知に
よつて右事実を知つた。よつてここに本件再審の訴に及ぶ次第である。
 かように述べ、なお、右不起訴処分について、再審原告は検察審査会に対し審査
の申立はこれをしなかつたものである、と附陳した。
 再審被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、再審原告主張の事実
中、訴外Bが偽証をしたことは争うが、(もつとも、同人が証人として、又検察官
の取調に対して、それぞれ再審原告主張の如き陳述をしたことは認める。)その他
は認める。本件は再審原告主張の如く証人の虚偽の陳述が証拠となり、かつ、「証
拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」にあたる場合でな
いから、再審の訴は却下せらるべきである、と述べた。
 再審原告代理人は、証拠として、新甲第一、二号証を提出し、再審被告代理人
は、その成立を認めた。
 なお、当裁判所は、弁論を再審事由の有無の点に制限した。
         理    由
 再審原告が本件再審の事由として主張する事実は、その主張にかかる証人Bの証
言部分が虚偽の陳述であり、かつこれが本件再審の訴の目的である当裁判所昭和二
七年(ネ)第一六八一号売買代金請求控訴事件の判決の証拠となつたとの点を除き
すべて再審被告の認めるところであつて、同人が宣誓したる証人として証言しまた
その後において検察官に対し供述した内容がそれぞれ再審原告主張のとおりである
こともまた再審被告のあえて争わないところである。そして右証言供述の内容を仔
細に比較検討し、これに成立に争ない新甲第一、第二号証を参酌するときは、証人
Bの右証言部分は、本来記憶が曖昧であつて、本件契約当時Aから新会社設立問題
について話を受けた様な気もするし、しない様な気もした、というのであるから、
その旨証言すべきであつたのにかかわらず、このような話はなかつた、といつて、
断定的にこれを否定しさつた点において一応虚偽の陳述であると認めるのが相当で
あつて、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
 しかしながら、このように証人の証言の一部に虚偽の陳述があつたからといつ
て、これをもつて再審の事由となすがためには、右虚偽の陳述が再審の目的たる判
決の証拠となつたこと、並びに右虚偽の陳述をなしたことにつき有罪の判決が確定
したかまたは証拠欠缺外の理由により右確定判決を得ることができない場合である
ことを要するのであつて、(民事訴訟法第四二〇条第一項七号第二項参照)この要
件をかくときは、たとい虚偽の陳述であつたとしても、これを再審の事由となすこ
とができないのである。
 よつてこの点を調査するに、本件において、右Bの虚偽の陳述につき有罪の確定
判決のあつたこと<要旨第一>は、再審原告の何ら主張しないところである。しかし
ながら、再審原告の告発により同人に対する偽証被疑事件の取調をなし
た浦和地方検察庁検察官検事Cが昭和三一年二月一九日同人を不起訴処分に付した
ことは当事者間に争なく、新甲第一号証によれば、同検察官は偽証の証拠十分なる
も諸般の事情を考慮し起訴猶予を相当と認めて裁定したことが明らかであるので、
このような場合は、検察官が証拠不十分の理により不起訴処分をなした場合と異
り、犯人の死亡、公訴時効の完成、または大赦等により確定の有罪判決を得ること
のできない場合と何ら区別すべき理由がないので、これらの場合とひとしく証拠欠
缺外の理由により有罪の確定判決を得ることができない場合に包含せしめるを相当
とする。もしそれ他日起訴の可能なるの故をもつてこの場合にあたらないとなし、
また検察審査会に対する審査請求の方法あるの故をもつてこの方法をつくさない以
上未だ確定的にこの場合にあたるといいえないというが如きは、わが国の刑事訴訟
法が起訴の権を検察官に専属せしめ、かつ、起訴便宜主義をとつていることからみ
て、せまきにすぎる見解であるということができるであろう。
 次に再審原告は、右Bの虚偽の陳述が再審の訴の目的である判決の証拠となつ
た、という。なる程、右判決の理由をみるに、Bの証言が事実認定の重要な資料と
なつていることはいなむべくもないのであるが、右判決の基礎たる事実は、再審原
告も主張するとおり、本件自転車納入契約の売主がA個人であるが、または富士機
械工業株式会社であるか、であつて、右判決が右事実を確定するにあたり前記証言
中の虚偽の陳述を証拠としたかどうかは必ずしも明らかでないのであつて、むしろ
右陳述の内容よりしてこれを直接の証拠にしたものでないことは明らかであるとい
うべく、しかも新甲第二号証によれば、Bは検察官の取調に対しても終始契約の相
手方は富士機械工業株式会社であつてAないし新会社(再審原告会社)でない旨供
述しおり、この点においては何ら変らないのであるから、判決の直接の証拠となつ
たのはこの部分の証言であると認めるのを相当とすべく、従つて仮りに右虚偽の陳
述が事実を確定するについて多少なりとも参酌せられたとしても、そはB証人の証
言の信憑力をたしかめるに止り、直接には右判決の内容従つて判決の主文に影響を
及ぼすものでないということができ、しかも判決の理由によれば、右判決は、Bの
証言のみによつて本件契約の相手方を認定したのでなく、これと右判決挙示の証拠
とを綜合し、あらゆる観点からその証拠価値を検討して事実を確定したことが看取
せられるのであつて、このような場合、右虚偽の陳述にかえるに前記「Aより契約
の当時新会社設立問題について話を受けた様な気もするし、しない様な気もす
る。」という検察官に対する供述をもつてしても、これがため契約の相手方は富士
機械工業株式会社であるというBの証言の信憑力には何ら影響するところなく、従
つて右判決と異る判断がなされたであろうということも、全然可能性がないか、ま
たはあつても微弱であつてとるに足らないものであろう。そして再<要旨第二>審の
訴において「証拠ト為リタル」というは、再審の本質からみて、再審理由がもし当
該裁判所において斟酌されたならば必ず当該判決と異る判決がなされた
であろうというところまでいかないとしても、少くともその見込、可能性のある場
合に限りいいえられるのであつて、そうでない限り証拠となつたということができ
ないのであるから、結局前記虚偽の陳述は本件再審の訴の目的たる判決の証拠とな
つたものでないというのほかないであろう。しからばこの点において再審原告の本
件再審の訴はその要件をかくものというべきである。
 よつて本件再審の訴は不適法として却下すべく、民事訴訟法第九五条第八九条を
適用して主文のとおり判決した。
 (裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

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