弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告らは,原告Aに対し,各自1億1917万9626円及びこれに対する平成1
6年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,各自275万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,原告Cに対し,各自275万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用については,原告Aと被告らとの間に生じたものは,被告らの連帯負担と
し,原告B又は同Cと被告らとの間に生じたものは,それぞれ6分し,その各1を同原告
らの負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。
6この判決は,1項から3項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Aに対し,各自1億2154万5995円及びこれに対する平成1
6年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,各自330万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,原告Cに対し,各自330万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
,(「」。)(「」本件は被告D市以下被告市というが設置するD病院以下被告病院
という)において出生した原告A並びにその両親である原告B及び同Cが,原告Aが脳。
性麻痺に罹患したのは,診療契約上の善管注意義務違反又は診療における過失が原因であ
,,,ると主張して①原告Aは被告市に対しては債務不履行責任又は不法行為責任に基づき
被告病院における担当医師であった被告Eに対しては不法行為責任に基づき,②原告B及
び同Cは,被告市及び同Eの双方に対して不法行為責任に基づき,それぞれが被った損害
の賠償及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月19日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
第3前提事実(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨又は後掲の証拠により容易に認
められる事実)
1当事者
()原告Aは,平成15年8月24日に原告Bと原告Cの間の第1子として出生し1
たものである。
なお,原告Cは,原告Aの出産が初産であった。
()被告市は,青森県D市内において被告病院を設置する地方公共団体である。2
()被告Eは,原告A出生時,被告病院産婦人科に勤務し,原告Cが原告Aを分娩3
するに当たって担当した産婦人科医であり,被告市の事業の執行として,又は,下記診療
契約に基づく被告市の診療債務の履行補助者として,原告C及び同Aに対し,各種診療行
為を行ったものである。
なお,被告Eは,原告Aの出生当時,被告市との間で,被告病院において毎週土
曜日午前中の診療並びに土曜日及び日曜日における分娩の立会い及び管理を内容とする非
常勤の契約を締結していた,いわゆる非常勤医であった。
2診療契約の締結
原告Cは,平成14年12月17日,被告病院で初診を受け,平成15年8月23
日(土曜日,妊娠40週5日目。なお,以下,年の記載のない月日の記載は,いずれも平
成15年の月日を示し,年月の記載のない日の記載は,いずれも同年8月の日を示す)。
午後9時ころに初発陣痛が生じたため,同日午後11時15分,分娩のために被告病院に
入院し,もって,胎児(出生前の原告A。以下「本件胎児」という)のために,被告市。
との間で本件胎児を出産することについての診療契約を締結した。
(,,,。)3診療経過ただしその詳細については後記のとおり当事者間に争いがある
()原告Cは,入院直後の23日午後11時20分ころから午後11時40分ころ1
,(「」。)(「」にかけて分娩監視装置以下CTGともいうによる胎児心拍数以下FHR
。)()(),,ともいう及び子宮収縮陣痛のモニタリング計測を受けた後陣痛室に入室し
分娩に備えることとなった。
なお,上記モニタリングの際の本件胎児のFHR基線は140台であり,特段の
異常所見は見られなかった。
()分娩当日の24日(日曜日,原告Cは,午前7時52分から午前8時11分2)
にかけて(以下,時刻の表示はいずれも同日の時刻を示す,再びCTGによるモニタ。)
リング(以下「当日午前のモニタリング」という。また,CTGによるモニタリングを,
以下,単に「モニタリング」と表記することがある)を受け,午前11時ころに被告E。
の診察を受け,午後1時35分に自然破水を迎えた。
()被告病院の助産師F(以下「F助産師」という)は,午後2時21分から午3。
後2時49分にかけて,原告Cについて,3度目のモニタリング(以下「本件モニタリン
グ」という)を施行するとともに,内診を行い,子宮口全開大を認め,午後3時,原告。
Cを陣痛室から分娩室へ移動させた。
()F助産師は,分娩室に入室した原告Cに対し,分娩台の上に上がらずに,床に4
敷かれたマットレスの上に横臥するよう指示し,原告Cは,その指示に従った。そして,
その後間もなく,原告Cの夫である原告Bが,分娩立会いのため,分娩室に入室した。
そして,原告Cは,午後5時,マットレスに横臥したままの状態で原告A(40
週6日で出生,体重3488gの成熟児)を分娩したが,分娩室入室から分娩に至るまで
の間(約2時間)のモニタリングの計測結果を記録した記録用紙は,残されていない(少
なくとも,現在の証拠上,その記録用紙の現存は確認されていない。。)
()原告Aは,上記分娩の際,新生児仮死の状態で生まれ(なお,その程度につい5
ては,後記のとおり,当事者間に争いがある,蘇生措置後も鼻翼呼吸及び呻吟が見ら。)
れ,午後5時40分に未熟児室の保育器に収容されたが,その後も上肢,下顎にけいれん
様の動きが見られたため,午後7時20分,被告病院の小児科医の診察を受けたところ,
,,,同医師は原告Aの左上肢にけいれんを認め原告Aを国立弘前病院へ転送する旨決定し
原告Aは,午後7時55分,救急車で被告病院を出発し,午後8時30分ころ,国立弘前
病院に搬入され,そのまま同病院に入院した。
()国立弘前病院の担当医師らは,その後,原告Aの症状につき,硬膜下血腫及び6
低酸素性虚血性脳症後の脳性麻痺等と診断した。
そして,青森県は,平成16年1月21日,原告Aにつき,低酸素性虚血性脳症
による両上下肢機能の著しい障害(上肢2級,下肢2級)により,身体障害者等級1級に
該当すると認定した。
4一般的な医学的知見〈弁論の全趣旨,甲B2から4まで,7,乙B2,3〉
()胎児仮死1
胎児胎盤系における呼吸,循環不全による低酸素血症をいう。妊娠中,分娩中の
いずれの時期にも起こり得るもので,成因としては,母体因子(急性貧血,ショック,母
体の脱水,過度の運動,過強陣痛,重症合併症(妊娠中毒症,重症糖尿病,甲状腺機能障
害など胎盤因子胎盤機能不全胎盤早期はく離胎盤の器質的変化臍帯因子臍)),(,,),(
帯巻絡,真結節,過短,下垂,脱出,胎児因子(子宮内胎児発育遅延(IUGR,溶))
血性疾患,奇形,胎内感染,胎児回旋異常による胎児頸動脈の圧迫)がある。
()新生児仮死2
分娩時に低酸素状態が何らかの原因で起こり,出生後に,新生児が,低酸素症と
それによる代謝性アシドーシスがもたらした病態のために,第1呼吸(啼泣)の遅延や呼
吸障害を示すことをいう。
なお,アシドーシスとは,動脈血のpH(正常値7.36∼7.44の弱アルカ
リ性)が低下(中性化あるいは酸性化)する方向に変動する病的過程をいい,そのうち,
代謝性アシドーシスとは,代謝性の変化によりHCO3−の減少を来したものをいう。
そして,出生1分後のアプガースコアが0∼3点の場合は重症仮死,4∼6点の
場合は軽症仮死と判断される。
()分娩監視装置(CTG)3
分娩中の胎児の状態を把握するために,子宮収縮の状態と胎児心拍数(FHR)
を連続的かつ同時に記録する装置であり,一過性徐脈のような子宮収縮の状態と胎児心拍
数の変動との関係を記録することもできる。
通常使用されるCTGは,外測法(母体の腹壁の外に変換器(以下「トランスデ
ューサ」という)を置いて計測する方法)による装置であり,この場合,FHRは,超。
,。音波ドップラー法により心拍音を拾う方法によって計測され1分間の心拍数を表示する
これに対し内測法胎児に直接電極を取り付け胎児の心臓から発せられる電気信号胎,(,(
),。)。児心電図を計測する方法であるが破水後にしか応用できないによるCTGもある
そして,被告E及びF助産師が本件胎児のモニタリングに使用したのは,外測法
によるCTGであった。
()胎児心拍数(FHR)基線(以下「基線」ということもある)4。
胎児心拍数図における一過性変動のない時期約10分間の平均的な1分間当たり
の心拍数をいい,120∼160を正常,120以下を徐脈,160以上を頻脈という。
また,頻脈のうち,180未満のものを軽度頻脈,180以上のものを高度頻脈という。
頻脈は,母体発熱や絨毛膜羊膜炎などによることが多いが,陣痛のストレスのた
めか分娩時に胎児発作性上室性頻拍症を起こすこともある。また,頻脈のみで胎児仮死の
診断をするものではないが,安心できるパターンとなるか否かについて注意深い観察が必
要であり,殊に180以上の高度頻脈では厳重な管理が必要であるし,また,頻脈の状態
で一過性徐脈などを伴うような場合には,胎児仮死を疑うべきである。
()一過性徐脈5
胎児心拍数図において,一過性にFHRが基線よりも減少する場合をいい,子宮
収縮との時間的関係から,早発一過性徐脈,遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈に分けられ
る。
ア早発一過性徐脈
子宮収縮の開始と同時にFHRが下降し,子宮収縮の終了とともに回復するも
のをいう。子宮内における児頭の圧迫によって生じるものであって,胎児の異常を示すも
のではない。
イ遅発一過性徐脈
子宮収縮に後れてFHRが下降し,子宮収縮の終了に後れて回復するものをい
。,。う胎盤血行不全に見られる特徴的な波形であり低酸素血症による胎児仮死を示唆する
ウ変動一過性徐脈
FHRの低下開始と子宮収縮開始の時間的関係が一致しないものをいう。子宮
収縮による臍帯の圧迫によって生じるものであり,高度変動一過性徐脈(徐脈が1分以上
持続し,かつ,心拍数の最下点が60以下,又は,基線からの下降幅が60以上のものを
いう)が反復すると,胎児仮死と診断される。また,変動一過性徐脈が反復発生し,基。
線への回復が進行的に遅くなる場合は,胎児低酸素症が徐々に悪化していることを示す。
()基線細変動6
FHR基線は,胎児の状態が良好であれば,一定の細変動(これを基線細変動と
いう)を示し,心拍数図上,ギザギザの曲線が得られるが,胎児の中枢が低酸素状態に。
よって障害を受けると,細変動が減少,消失する所見が見られる。
()低酸素性虚血性脳症7
動脈血の低酸素と血流低下による脳障害をいい,新生児死亡,脳性麻痺,精神遅
。,,,,滞の原因となる原因は胎児期の母体の麻酔心不全一酸化炭素中毒による低酸素症
腰椎麻酔や子宮による下大動脈圧迫の低血圧,オキシトシン(陣痛誘発剤)過量投与によ
る子宮弛緩不全,臍帯血流障害,胎盤機能不全などによる。また,出生後の重篤な出血,
ショック状態,脳障害,麻酔,外傷,先天性心疾患,肺機能不全などの低酸素症による。
成熟児では大脳皮質壊死や傍矢状性阻血,未熟児では脳室周囲性軟化や脳室内出血を起こ
す。重症例では脳浮腫を伴う。皮膚の蒼白,チアノーゼ,無呼吸,徐脈,筋緊張低下,刺
激に対する無反応は本症の徴候である。生後24時間以内に脳浮腫が生じ,脳幹部圧迫を
来す。この時期には重篤なけいれんを起こし,抗けいれん薬は無効である。本症には,低
血糖や低カルシウム血症を合併し,これらの原因によるけいれんもある。予後は悪く,死
亡,脳性麻痺,精神発達遅滞,重症心身障害を残す。
()胎便吸引症候群8
胎便により汚染された羊水を吸引して起こる呼吸障害をいう。過期産,妊娠中毒
症,胎盤機能不全,胎児仮死などの分娩時に多い。出生直後より著明な呼吸障害が認めら
れ,アプガースコアは低値であり,チアノーゼを伴う。胸部X線像では無気肺と肺気腫が
混在するもの,両側肺野に粗い樹枝状陰影の見られるもの,肺全体が濃いすりガラス状に
見えるものなど,多彩な所見を呈する。胎児仮死,羊水混濁があり,口腔,鼻腔に緑色羊
水の存在を認めれば,診断は確立する。肺組織では,肺胞腔は羊水成分や胎便で閉鎖され
ている。発症を予防するためには,出生時の第1啼泣前に気道内の羊水や胎便を吸引洗浄
することが大切である。発症後は気道内容と胃内容の吸引除去,酸素投与,人工換気を行
い,保育器内で監視する。感染羊水の吸引時には新生児肺炎(胎児〔性〕肺炎)になるこ
とがあるので注意を要する。
()脳性麻痺9
脳の発育期に生じた不可逆性の脳障害をいい,非進行性の病変を持ち,その症候
は運動系の機能障害を基本とし,多くが3歳までに発症する。具体的には,新生児期まで
に生じる脳障害を一般に指す。
その原因については,障害の生じる時期により分けられており,①出生前原因と
しては,胎内感染,胎盤機能不全,胎児期の脳血管障害,遺伝性などが,②出生時原因と
しては,分娩時の機械的損傷,脳出血,無酸素症,低酸素症,脳循環障害などが,③出生
後原因としては,重症黄疸(核黄疸,頭蓋内感染症,脳出血などがある。)
分類は,麻痺の内容によってされる。筋緊張の内容には,強(痙)直,強剛,失
調,アテトーゼ(ある姿勢を維持したり,運動を行おうとする時に現れる不随意運動,)
,,,,,,,無緊張などがあり麻痺の広がりには四肢麻痺片麻痺両麻痺対麻痺二重片麻痺
単麻痺などがある。
合併症候には,知能障害,てんかん発作,脳神経障害,言語障害などがある。
成熟児の低酸素性虚血性脳症による脳の病変としては,大脳皮質層状壊死,基底
核壊死,脳梗塞,白質軟化,橋鈎状回壊死が多く,脳幹の壊死も見られるといわれ,臨床
的には,基底核壊死はアテトーゼ型脳性麻痺の原因,脳梗塞は痙性四肢麻痺,片麻痺の原
因となる,脳幹壊死は,予後不良で乳児期に死亡することが多く,生存しても嚥下障害や
呼吸調節異常を来す。
第4争点
1原告Aが脳性麻痺に至った原因
2被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無,因果関係
3寄与度減額あるいは過失相殺の当否
4原告らが被った損害額
第5争点に関する当事者の主張
1争点1(原告Aが脳性麻痺に至った原因)について
()原告らの主張1
ア出生後に発症する脳性麻痺の原因としては,低酸素性虚血性脳症を除けば,先
天性の中枢神経系の異常や,子宮内又は出生後の感染症,新生児溶血性疾患,外傷性脳障
害が考えられるが,本件では,これらの原因はいずれも考えることはできず,国立弘前病
院が診断したとおり,低酸素性虚血性脳症によるものであることが明らかである。
そして,低酸素性虚血性脳症は,妊娠中の胎盤機能不全を原因として生じるこ
ともあり得るが,原告Cが妊娠中毒症に罹患したような事実がないことからすると,子宮
(,,)(,・胎盤血流障害例えば過強陣痛子宮体部圧迫等や胎児の呼吸・循環障害例えば
胎児頭部や体部の産道における長時間圧迫等)による胎児低酸素症を本件の原因と考える
のが相当である。
,,,,,,そして原告Aには出産直後から被告病院において呼吸窮迫症状振戦
けいれんなどの症状が見られ,また,胎便吸引症候群様の症状もあったところ,これらの
事情からすると,原告Aは,順次,胎児低酸素症,胎便吸引症候群,低酸素性虚血性脳症
という経過をたどって,脳性麻痺に罹患したものと考えられる。
イなお,被告らは,原告Aの脳性麻痺の原因に関して,低酸素性虚血性脳症以外
の原因,例えば硬膜下血腫を指摘するが,国立弘前病院における治療の過程で,硬膜下血
腫の所見が消失しても原告Aのけいれん症状は一向に好転せず,かえって,低酸素性虚血
,,性脳症による異常信号強度域が認められその信号強度が更に上昇するに至ったのであり
このような事情に照らすと,硬膜下血腫が原告Aに認められた症状を誘発したものと考え
ることはできないというべきである。
()被告らの主張2
ア原告らは,原告Aの脳性麻痺の原因に関して,原告Aが低酸素性虚血性脳症に
罹患したと主張するが,転送先の国立弘前病院においては,入院時の頭部CT検査で硬膜
下血腫を認め,かつ,脳性麻痺については傷病名が「硬膜下血腫及び低酸素性虚血性脳症
後の脳性麻痺」とされていることからすれば,原告Aの脳性麻痺の原因が低酸素血症によ
るものか否か,少なくとも他の原因(硬膜下血腫等)が競合していないかどうかに関して
は,不明といわざるを得ない。
イ一般に,胎児仮死をもたらすハイリスク要因として,前記前提事実4()記載1
の各事情が挙げられているところ,原告Aは40週6日で出生した体重3488gの成熟
児で,かつ,分娩時間は20時間4分であったのであり(初産婦の場合30時間以内であ
れば正常とされる,本件では母体のリスク因子も,また,分娩経過において過強陣痛。)
などの異常も全く認められなかったのであるから(陣痛促進剤なども一切使用されていな
い,どこかの時点で胎児仮死が生じたと断定する根拠に乏しいといわざるを得ない。。)
ウなお,国立弘前病院の頭部CT検査で認められたとされる原告Aの硬膜下血腫
に関し,被告病院では分娩過程で腹部の圧迫や吸引・鉗子分娩などの硬膜下血腫の原因と
なるような操作を一切行っておらず,原告Aに硬膜下血腫が生じた原因は,不明である。
2争点2(被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無,因果関係)について
()原告らの主張1
ア過失その1(当日午前のモニタリングに関し)
当日午前のモニタリングの際,本件胎児に遅発一過性徐脈を疑うべき所見(午
前8時5分から始まった一過性徐脈)が見られたほか,徐脈の基線への戻りも遅かった。
したがって,被告Eには,この段階で,モニタリングを継続実施して,注意深
く経過を観察し,場合によっては帝王切開の準備をしなければならない注意義務を負って
いたにもかかわらず,これを怠り,モニタリングを午前8時11分で終了させたという過
失がある。
イ過失その2(本件モニタリングに関し)
(ア)本件モニタリングの計測結果によると,本件胎児の基線は170∼180
に上昇し,一過性徐脈も多数回認められた。しかも,この一過性徐脈は,早発一過性徐脈
ではなく,遅発一過性徐脈あるいは変動一過性徐脈であった。
そして,基線の上昇(頻脈)は胎児低酸素血症の初期症状として出現するこ
とが多いこと,基線が160以上になった場合には,注意深い観察を続け,安心できるパ
ターンとなるか,あるいは,安心できないパターンを示し処置が必要となるかを見極めな
ければならないこと,上記のとおり,遅発一過性徐脈又は変動一過性徐脈が多数回生じた
ことからすると,被告Eには,胎児低酸素血症の可能性を十分検討し,モニタリングを継
続して連続監視を行うとともに,本件胎児が低酸素血症に陥る前に,帝王切開等の方法に
より速やかに本件胎児を娩出させるべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠
り,上記計測結果を精査することなく,漫然とモニタリングを午後2時48分ころに終了
させ,その後,経過観察をしなかったという過失がある。
,,,,(イ)なお被告らは後記のとおり本件モニタリングの際及び分娩室入室後
原告Cの体動が激しかったと主張するが,否認する。
原告Cは,分娩室入室後,CTGのトランスデューサを装着されたが,それ
にもかかわらず,モニタリングの計測結果が記録されなかったのである。
ウ過失その3(出生後の原告Aに対する処置に関し)
(ア)原告Aは,出生時(午後5時)の時点で,啼泣が弱く,体色が蒼白の重症
の仮死状態であったから,被告Eは,即座に小児科医に連絡し,場合によっては施設が整
っている他病院に原告Aを転送する義務を負っていた。
この点,被告らは,後記のように,原告Aは,出生1分後のアプガースコア
(),,が7点の軽症仮死Ⅰ度であったと主張するが上記のような原告Aの状態に照らせば
原告Aのアプガースコアは,多く見ても4点にすぎなかったというべきであるし,そもそ
も,軽症仮死というのは,アプガースコアが4∼6点の場合をいうとされており,アプガ
ースコアが7点であったとしつつ,軽症仮死であったとすることは,自己矛盾というべき
である。さらに,原告Aには,上肢,下顎に振戦が認められたのであるが,そのような振
戦がアプガースコア7点の新生児に生じるはずがない。
(イ)また,仮に原告Aの出生1分後のアプガースコアが7点であったという被
告らの主張が真実であるとすれば,原告Aは,出生後,急激に仮死状態に陥り,けいれん
や振戦等の症状を来したことになるから,被告Eは,出生後の原告Aの様子を注意深く経
過観察する義務を負っていた。
(ウ)しかるに,被告Eには,上記の注意義務を怠り,原告Aがけいれん状態に
陥った午後6時30分までの間,何らの措置も講じなかったという過失がある。
エ因果関係
被告Eが,上記の各注意義務を怠らず,適時に,急速遂娩等の適切な処置を行
,,。ったならば原告Aは低酸素性虚血性脳症に陥らず脳性麻痺に至らなかったものである
()被告らの主張2
ア原告らの主張アに対し
当日午前のモニタリングの際,一過性徐脈が認められたが,それは早発一過性
徐脈である上,基線への戻りも早く,基線細変動も認められたから,本件胎児には,特に
異常は認められなかった。
したがって,被告Eは,その後モニタリングを継続しなければならないという
注意義務を負っていなかったものである。
イ同イに対し
(ア)本件モニタリングの際,本件胎児に頻脈が見られたことは認めるが,それ
は軽度頻脈(160∼170)であった上,徐脈の回数も,37分間に陣痛の都度5回認
,,,,。められたにすぎずしかもそれは遅発一過性徐脈ではなく基線への回復も早かった
また,基線細変動も良好であった。
なお,上記軽度頻脈の点については,原告Cの体動が不穏状態のために激し
かったことを考慮すると,そのことが本件胎児に影響を与え,頻脈になっていた可能性が
高く,胎児低酸素血症の初期症状として頻脈が現れたということはできない(しかも,後
記(イ)記載のとおり,本件胎児は,分娩に至るまで頻脈が持続していたわけではない。。)
したがって,本件モニタリングの際,本件胎児が胎児仮死の状態でなかった
ことは明らかであり,かつ,胎児仮死を積極的に疑うべき事情も見当たらなかった(本件
,。),分娩は胎児仮死をもたらすようなリスクが全く見当たらない自然分娩であったから
被告Eは,帝王切開等の方法により速やかに本件胎児を娩出させるべき注意義務を負って
いなかったというべきである。
なお,本件モニタリングは,F助産師が実施したものであるところ,同助産
師は,その計測結果をみて特に異常を認めなかったため,その計測結果を被告Eに報告し
なかった。
(イ)次に,分娩室入室後にモニタリングが行われなかった事情は,次のとおり
である。
a被告病院では,分娩室入室後は胎児に対するモニタリングを行う扱いとし
,,,,ているが原告Cは分娩室に入室した後も陣痛からくる痛みと不安から体動が激しく
,,F助産師は原告Bにわざわざ分娩室に一緒に入ってもらって分娩援助をしてもらう一方
分娩台の上での分娩は転落の危険があったため,床の上にマットレスを敷き,その上での
いわゆるフリースタイルによる側臥位での分娩(点滴やいろいろな器械,モニターをつけ
ないで,自然の陣痛に任せ側臥位での分娩の進行を図る方法)を試みざるを得なかったの
である。
そして,その過程において,F助産師は本件胎児に対するモニタリングを
試みたものの,原告Cの体動が激しく,嘔気もあったことから,トランスデューサが原告
Cの腹壁からずれてしまい,モニタリングが困難であったため,午後3時以降は,本件胎
児についてモニタリングを継続することは事実上不可能であった。
なお,モニタリングの方法としては,外測法のほか,内測法もあるが,平
成15年8月当時,被告病院には内測法によるCTGがなかったため(そもそも,内測法
は,手技が面倒である上,感染のおそれもあることから,一般には行われていない,。)
本件胎児について内測法によるモニタリングを実施することもできなかった。
bそこで,F助産師らは,ハンドドップラーを使用して,本件胎児のFHR
を頻回に聴取したところ,午後3時の時点では,その直前に行われた本件モニタリングの
際と同様,160と高かったものの,午後4時の時点では140∼150,午後4時30
分の時点では140台まで下がったのであり,その聴取結果からすれば,本件胎児につい
て胎児仮死を疑うような所見は見られず,速やかに本件胎児を娩出させなければならない
状況になかった。
cしたがって,被告Eは,原告Cが分娩室に入室した後も,帝王切開等の方
法により速やかに本件胎児を娩出させるべき注意義務を負っていなかったものである。
ウ同ウに対し
(ア)原告Aは,出生時,軽症仮死(Ⅰ度)の状態であった。被告Eは,直ちに
臍帯を切断し,原告Aをインファントウォーマーに移した上,酸素投与,吸引,マスクに
よるバギング,全身の刺激などの蘇生術を施行した。その結果,原告Aは,末梢チアノー
ゼが認められたものの,体色は悪くなく,出生1分後のアプガースコアは7点であった。
そして,被告Eは,その後も,原告Aに対し,頻回に酸素投与と吸引を行った上,午後5
時40分ころ,原告Aを未熟児室の保育器に収容した。
なお,原告Aには,蘇生処置後も鼻翼呼吸,呻吟が認められたが,酸素投与
により,Sp02(動脈血酸素飽和度)は安定していた。
(イ)ところが,上記保育器収容のころから,原告Aのけいれん様運動が顕著に
なったことから,被告Eは,午後6時30分の診察の際,小児科医に連絡して,原告Aの
診察を依頼したものである。
(ウ)以上のとおり,被告Eが午後6時30分まで何らの処置も講じなかったと
いう原告らの主張は,失当であり,上記一連の処置に関して,被告Eには,何ら過失は認
められない。
エ同エに対し
原告らは原告Aが胎児仮死に陥ったことを前提にるる主張するが前記1(),,2
イ記載のとおり,本件においては,原告Aがどこかの時点で胎児仮死に陥ったと断定する
根拠に乏しいというべきである。
3争点3(寄与度減額あるいは過失相殺の当否)について
()被告らの主張(抗弁)1
前記のとおり,午後3時以降に本件胎児に対するモニタリングを実施できなかっ
たのは,原告Cの体動が激しかったからであるから,仮に被告らが原告らに対して損害賠
償の責めを負うとしても,その点を考慮して寄与度減額あるいは過失相殺がされるべきで
ある。
()原告らの主張(抗弁に対する認否)2
被告らの主張は,否認あるいは争う。
4争点4(原告らが被った損害額)について
()原告らの主張1
ア原告Aの損害
(ア)逸失利益4272万0545円
原告Aは,脳性麻痺のため,その労働能力の全てを喪失した。したがって,
就労可能年数を18歳から67歳までの49年間,基礎収入を賃金センサス平成13年男
子労働者学歴計年収額565万9100円とみて,ライプニッツ方式により年5分の割合
(.),,で中間利息を控除して計算すると係数7549原告Aが被った逸失利益の金額は
次の算式により,上記金額と算出される。
565万9100円×7.549=上記金額
(イ)付添介護費4282万5450円
原告Aは,脳性麻痺のため,その生涯にわたって日常生活に介護を要すると
ころ,その介護費は,日額6000円(年額219万円)を下らない。そして,平成13
年簡易生命表によると,男子6月の平均余命は78年と推定されるので,ライプニッツ方
式により年5分の割合で中間利息を控除して計算すると(係数19.555,原告Aが)
被った将来の付添介護費の損害は,次の算式により,上記金額と算出される。
年額219万円×19.555=上記金額
(ウ)慰謝料2600万円
(エ)弁護士費用1000万円
(オ)合計1億2154万5995円
イ原告B及び同Cの損害
(ア)固有の慰謝料各300万円
原告B及び同Cは,初めての子である原告Aが脳性麻痺による障害を負い,
終生,親権者及び扶養義務者として,自らあるいは第三者に依頼して,原告Aの介護に尽
くさなければならない立場に置かれたのであり,その精神的苦痛に対する慰謝料は,各3
00万円を下らない。
(イ)弁護士費用各30万円
(ウ)合計各330万円
()被告らの主張2
原告らの主張は,不知あるいは争う。
第6当裁判所の判断
1争点1(原告Aが脳性麻痺に至った原因)について
()まず,証拠〈甲A2から6まで(枝番を含む,乙A6の1(特に,64頁,1。)
66頁,68頁,69頁,71頁,6の2(特に,22頁,証人G〉によると,次の))
各事実が認められる。
ア原告Aは,転送先の国立弘前病院において,8月24日(出生当日)及び同月
26日に頭部CT検査を,9月4日,同月18日及び11月14日に頭部MRI検査を受
けた。
イ上記の各CT検査による画像では,明らかな脳浮腫は確認されなかったが,9
月4日に実施された頭部MRI検査の画像では,両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳
症によるものと考えられる異常信号強度域が認められたことから,画像診断を担当した上
記病院のG医師は,改めて上記の各CT検査の画像を精査し,その結果,それらのCT画
像において基底核及び視床の構造がはっきりと撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳
症急性期の浮腫が原因である可能性があると考えるに至った。
ウそして,9月18日に実施された頭部MRI検査によるT1強調画像及びT2
強調画像でも,両側視床,基底核,扁桃体,海馬傍回及び海馬に低酸素性虚血性脳症によ
るものと考えられる異常信号強度域が認められた。
また最近G医師が保存されていた上記MRI検査における拡散強調画像d,,(
iffusionMRI)のデータに基づいて計算画像を作成したところ,内包後脚(甲
A5の4の画像でいうと,上から3段目,左から3行目の写真の,筋状に白く写っている
部分)に高信号が左右対称に認められた。
エさらに,11月14日に実施された頭部MRI検査では,低酸素性虚血性脳症
によるものと考えられる高信号は,信号強度が低下し,不明瞭化していたが,両側の側脳
室下角が拡大していることが認められ,扁桃体,海馬傍回及び海馬の領域において脳の萎
縮が生じていることが確認された。
以上のとおりである。
()そして,上記認定によれば,原告Aは,出生当日の8月24日において,低酸2
。,,素性虚血性脳症に陥っていたものと認めるのが相当である加えて前記前提事実3()5
〈,,,,〉,,4()及び()並びに証拠甲B1011原告B同C被告Eによると原告Aは27
出生直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼白であるなど,新生児仮死の状態であった
ことが認められ,本件胎児は分娩中に低酸素状態に陥っていたものと推認されるから,特
段の事情がない限り,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生前の原因により発症したもの
というべきである。
そこで,以下,原告Aの低酸素性虚血性脳症が,出生後の原因により発症したこ
とを窺わせるに足りる特段の事情があるか否かを検討する。
アまず,前記前提事実4()によると,低酸素性虚血性脳症が発症する出生後の7
原因としては,重篤な出血,ショック状態,脳障害,麻酔,外傷,先天性心疾患,肺機能
不全などの低酸素症などが挙げられているが,原告Aの被告病院におけるカルテ等〈乙A
2〉及び国立弘前病院におけるカルテ等〈乙A6の1〉を子細に検討しても,原告Aの低
酸素性虚血性脳症が出生後の原因により発症したことを窺わせるに足りる特段の事情を見
出すことができない。
この点,鑑定人兼証人H(以下,単に「鑑定人」という)は,尋問に代わる。
回答書8∼9頁において9月18日に実施された頭部MRI検査の結果に関し亜(),,「
急性期低酸素性虚血性脳症の診断でよいと考えるが、低酸素性虚血の状態が分娩中に起こ
ったものか、分娩後に生じたかは画像上から診断することは困難であると考える」と証。
言しているが,さりとて,原告Aの低酸素性虚血性脳症が出生後の原因により発症したこ
とを窺わせるに足りる事情を具体的に指摘しているわけではない。むしろ,被告Eが,本
人尋問において,要旨「原告Aが,出生時において,低酸素血症の状態であったことは,
間違いない。その原因は,分娩のどこかの過程で無理があったのか,胎児が低酸素状態に
なる状態が分娩室にいる間に,どこかで発生した可能性はあると思う」と供述している。
ことからすると,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生後の原因により発症した
ものとは認められないというべきである。
イなお,原告らは,原告Aは,胎便吸引症候群を発症した結果,低酸素性虚血性
脳症に陥った旨主張する(もし,原告Aが胎便吸引症候群を発症したのであれば,その程
,。)度次第により出生後の原因により低酸素性虚血性脳症に陥った可能性が否定できない
ので,この点について検討すると,前記前提事実4()によれば,胎便吸引症候群の場合8
,(),には感染羊水の吸引時に新生児肺炎胎児肺炎になることがあるとされているところ
証拠〈乙A6の1の7頁,10頁,133頁〉によると,原告Aは,国立弘前病院へ搬送
された直後に行われた胸部X線検査の結果,肺炎に罹患していることが判明したものと認
められるが,他方,上記胸部X線検査により得られた画像は,肺に浸潤が認められるとい
うものであって,胎便吸引症候群の場合に典型的に見られるようなものではない(上記前
提事実によれば,無気肺と肺気腫が混在するもの,両側肺野に粗い樹枝状陰影の見られる
もの,肺全体が濃いすりガラス状に見えるものが画像の典型例として掲げられており,ま
た,鑑定人も,鑑定書8頁において,胎便吸引症候群の場合には,胸部X線写真は両肺野
に粗い索状及び斑状陰影が不規則に分布する像が特徴的であるところ,出生時のX線写真
は,胎便吸引症候群の典型的写真でないとの見解を示している。また,証拠〈乙A6。)
の1〉によると,国立弘前病院の担当医師も,原告Aの症状を胎便吸引症候群によるもの
ではないかと一時疑ったものの〈同号証13頁,結局,確定診断に至らなかったようで〉
ある(カルテ上,原告Aにつき,胎便吸引症候群であると確定診断したことを窺わせるに
足りる記載は見当たらない。。)
さらに,証拠〈乙A1(特に,20頁,22頁,被告E〉によると,分娩時)
の原告Cの羊水に混濁が見られなかったこと,被告Eが,出生直後の原告Aに対し,直ち
に吸引及び酸素投与の蘇生処置をとったことが認められるのであって,これらの事情を考
え併せると,原告Aが出生後に胎便吸引症候群に陥り,その結果,低酸素性虚血性脳症に
(,,罹患したものと認めることはできないというべきである鑑定人も鑑定書8頁において
原告Aが胎便吸引症候群に罹患したことについて,否定的な見解を示している。。)
()そうであるとすれば,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生前の原因により生3
じたものとみるほかない。
これに対し,鑑定人は,本件胎児が分娩中の低酸素症・代謝性アシドーシスが原
因で低酸素性虚血性脳症に陥ったとは考えづらいとの見解を示し〈鑑定書4頁以下,そ〉
の理由として,原告Aのアプガースコアが出生1分後に7点,出生5分後に7点であった
こと,及び,分娩直前のFHR聴取で明らかな徐脈が認められなかったことを挙げている
〈〉,,が尋問に代わる回答書12頁上記の各点に関する関係証拠の信用性が乏しいことは
後記2()キ(オ)及び()ウに認定のとおりであるから,鑑定人の上記見解は,その根拠を23
欠くというべきである。
()そこで,進んで,上記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した脳性麻痺の原因4
であるかの点につき,検討する。
ア前記前提事実4()によると,出生時の低酸素症は脳性麻痺の原因となり得る9
ところ,前記()から()までに認定のとおり,原告Aについては,分娩中の低酸素状態に13
より低酸素性虚血性脳症が生じ,しかも,MRI画像上,低酸素性虚血性脳症による異常
信号強度域が認められた扁桃体,海馬傍回及び海馬の領域において脳の萎縮が認められた
ことにかんがみれば,他の原因のみによって脳性麻痺が生じた相当程度の可能性がない限
り,上記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した脳性麻痺の原因であると推認するのが相
当である。
イこの点,鑑定人は,鑑定書5頁以下において,米国産婦人科医会及び米国小児
科学会が提唱し,日本産科婦人科学会も支持を表明している診断基準によれば,低酸素性
虚血性脳症の原因となり得る分娩中の急性低酸素症が脳性麻痺の原因であると診断される
ためには,まず,基本的診断基準として,①臍帯動脈血中に代謝性アシドーシスの所見が
認められること(pH<7かつ不足塩基量≧12,②34週以降の出生早期にみmmol/l)
,,,られる中等ないし重症の新生児脳症③痙性四肢麻痺型及びジスキネジア型麻痺④外傷
凝固系異常,感染,遺伝的疾患などの病因が除外されることの4項目の全てが認められな
ければならないとされているところ,原告Aに生じた脳性麻痺については,②及び③の各
項目は認められるものの,①及び④の各項目は認められないとの見解を示している。
ウそこで,まず,①の項目についてみると,鑑定人が同項目が認められないとし
て挙げた根拠は,アプガースコア1分後7点が正しいとすれば,臍帯血の血液ガス分析を
実施していたとしても血液ガス値のpHが700未満となっていたとは考えづらい鑑,.〈
定書5頁以下〉というものであるが,原告Aの出生1分後のアプガースコアが7点であっ
たという点が採用できないことは,後記2()ウに認定のとおりである。3
かえって,前記()認定のとおり,原告Aが出生前の原因により低酸素性虚血3
性脳症に陥っていたとみるほかないことにかんがみれば,仮に,被告Eが出生時に臍帯動
脈血を採血して血液ガス分析を行っていたならば,臍帯動脈血中に代謝性アシドーシスの
所見が認められたであろうと推認するのが相当である(この点,被告Eが,本人尋問にお
いて,原告Aが出生時において低酸素血症の状態であったことは間違いない旨供述してい
ることは,前記()ア記載のとおりであり,また,鑑定人も,尋問に代わる回答書(2∼2
4頁)において,要旨「分娩室にいた家族が,分娩室で児の泣き声を聞かなかった,児,
の皮膚の色が真っ白であったと証言しているとのことだが,その証言が真実であるとすれ
ば,アプガースコアは4∼5点となるから,新生児が代謝性アシドーシスに陥っていた可
能性は,否定できない。なお,血液ガス値が7.00未満となるほどの代謝性アシドーシ
スになっている場合,多くはアプガースコアは0∼3点であるので,アプガースコアが4
,.,∼5点ということであれば児の血液ガス値が700未満となるという可能性は低いが
あり得ないことではない」旨証言している。。。)
エ次に,④の項目についてみると,鑑定人は,同項目が認められないとした理由
につき,凝固系異常,感染,遺伝的疾患などの病因は除外されるとした上で,原告Aにつ
いては産道通過中に硬膜下出血が起こった可能性が強い旨指摘しているところ〈鑑定書5
頁以下,証拠〈甲A2,3,乙A6の1(特に,64頁,66頁〉によると,原告A〉)
においては,8月24日及び同月26日に撮影されたCT画像により,左小脳テント下及
び大脳鎌に沿った小脳テント上に硬膜下血腫が認められたものである。
しかしながら,他方,証拠〈甲A4,乙A6の1の68頁〉によると,上記の
各硬膜下血腫は,9月4日の時点では既に消失していたことが認められる(この点,鑑定
人も,鑑定書10頁において,要旨,硬膜下血腫は数日で消失しており,提出された画像
からは,原告Aの脳性麻痺が硬膜下出血によるものと断定することはできないとの見解を
示している。。)
,〈〉,,しかも証拠乙A6の1の133頁によると国立弘前病院の担当医師が
9月30日の時点で,原告B及び同Cに対し,要旨「こちらに転送されて,原告Aに対,
し,抗けいれん薬を相当多量に投与した。硬膜下出血がけいれんの原因ではないかとも考
えたが,出血が止まったにもかかわらず,けいれんは止まらないし,あまり元気にならな
かった。9月4日に頭部MRI検査を実施したところ,視床の領域に高信号域があること
が分かった。その原因として,低酸素性虚血性脳症が考えられる。視床とは,大脳,小脳
と連絡をとる大事なところであり,口を変に曲げたり,反り返ったりするのは,そのせい
。。」,,であるおそらく脳性麻痺になるだろうと原告Aの症状を説明したことが認められ
この説明に照らしても,原告Aの診療に直接に当たった医師が,原告Aの脳性麻痺の原因
は硬膜下出血ではないであろうと考えていたことは,明らかである。また,G医師も,原
告Aに認められた硬膜下血腫の部位に照らし,硬膜下血腫のみで視床及び基底核に認めら
れた高信号域を全て説明することはできない旨証言している(もっとも,同医師
は,MRI画像上,原告Aの大脳皮質に高信号域は見られず,視床及び基底核に認められ
た高信号域から大脳の左半球のみに萎縮が認められたことを説明することは難しい旨証言
しているが,これは,低酸素性虚血性脳症が脳性麻痺の発症に影響を及ぼしたことを否定
する趣旨ではないものと解される。。)
さらに,鑑定人は,多くの硬膜下血腫はCT画像上数日ないし4週間以内に消
失し,後遺症を残さない例も報告されているが,他方,出血が小さくても,けいれんなど
,,の症状が起こりCT画像上判読できない脳障害が生じることがあると言われているから
原告Aは,産道通過時の硬膜下出血により出生後に新生児脳症に陥って,脳性麻痺になっ
た可能性が考えられるとも指摘している〈鑑定書9頁〉が,上記の脳障害が生じた症例に
おいて,その後脳性麻痺に至ったか否かは明らかでない上,原告Aについて,硬膜下血腫
により上記のような脳障害が生じて,低酸素性虚血性脳症とは無関係に脳性麻痺に至った
ことを窺わせるに足りる具体的事情は何ら見当たらない。
そして,以上の検討を総合すれば,出生直後の原告Aに認められた硬膜下出血
は,脳性麻痺の原因としては除外して考察するのが相当というべきである。
オさらに,鑑定書〈5頁以下〉によると,前記の米国産婦人科医会及び米国小児
科学会が提唱している診断基準によると,分娩中に脳性麻痺が発生したことを総合的に窺
わせる診断基準(ただし,絶対的必要条件ではない)として,ア分娩直前又は分娩中に。
急性低酸素状態を示す事象が起こっていること,イ胎児心拍モニター上,特に異常のなか
った症例で,通常,前兆となるような低酸素状況に引き続き,突発性で持続性の胎児徐脈
又は心拍細変動の消失が頻発する遅発性又は変動性徐脈を伴っている場合,ウ5分以降の
アプガースコアが0∼3点,エ複数の臓器機能障害の徴候が出生後72時間以内に観察さ
れること,オ出生後早期の画像診断にて,急性で非限局性の脳の異常を認めることが挙げ
られている。
しかるところ,前記()イ認定のとおり,9月4日に実施された頭部MRI検1
査の画像により,両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる異常
信号強度域が認められたことから,G医師が,改めて8月24日及び同月26日の各CT
検査の画像を精査し,その結果,それらのCT画像で基底核及び視床の構造がはっきりと
撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳症急性期の浮腫が原因である可能性があると考
えるに至ったというのであり,加えて,鑑定人も,鑑定書(7頁)において,8月24日
に撮影された頭部CT画像につき,側脳室が明瞭に描出されていないことから,脳浮腫の
ような非限局性の脳の異常があったことも否定できない旨見解を示していることからする
と,原告Aに生じた脳性麻痺については,少なくとも上記診断基準のオが認められるとい
うことになる。
カそして,以上の検討を踏まえると,原告Aに生じた脳性麻痺については,出生
前の原因により発症した低酸素性虚血性脳症が原因であったものと認めるのが相当という
べきである。
なお,証拠〈甲B11,乙A2,6の1,原告B,同C〉及び弁論の全趣旨に
よると,原告Aは,出生直後から哺乳困難であったこと,現在でも反り返りが強い上,栄
養の経口摂取が困難であることが認められるところ,このような症状に加え,前記()イ1
からエまでに認定した低酸素性虚血性脳症による異常信号強度域及び脳の萎縮が認められ
た部位を考慮すると,原告Aに発症した脳性麻痺は,前記前提事実4()に照らし,基底9
核壊死又は脳幹壊死によるものと考えられる。
2争点2(被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無,因果関係)について
()原告らの主張ア(当日午前のモニタリングに関し)について1
原告らは,当日午前のモニタリングの際,本件胎児に遅発一過性徐脈を疑うべき
所見(午前8時5分から始まった一過性徐脈)が見られたほか,徐脈の基線への戻りも遅
かったとして,被告Eは,この段階で,モニタリングを継続実施して注意深く経過を観察
し,場合によっては帝王切開の準備をしなければならない注意義務を負っていたと主張す
る。
しかしながら,証拠〈乙A1(32,33頁,鑑定人〉によると,当日午前の)
モニタリングの計測結果上,午前7時55分から57分にかけて,午前7時59分から8
時1分にかけて,及び,午前8時5分から7分にかけての各時点において徐脈が認められ
たものの,1回目の徐脈は早発一過性徐脈であり,また,その他の2回の徐脈も,陣痛図
上はっきりしていないものの(鑑定人によると,陣痛計のトランスデューサがうまく装着
されていなかったことによるものと考えられるとのことである,子宮収縮と思われる。)
わずかな上昇があり,これを子宮収縮ととらえると,早発一過性徐脈と考えられること,
さらに,FHR基線は140台で,基線細変動も減少,消失しておらず,上記モニタリン
グの時点において,本件胎児の状態は良好であったことが認められる。
したがって,原告らの上記主張は,採用しない。
()原告らの主張イ(本件モニタリングに関し)について2
ア証拠〈乙A1の29∼31頁,鑑定人〉によると,本件モニタリングの計測結
果につき,次のとおり認められる。
(ア)本件胎児には,午後2時21分から22分にかけて,25分から26分に
かけて,27分から28分にかけて,41分,44分及び46分から47分にかけての各
時点において,一過性徐脈が出現した。それらの徐脈は,子宮収縮曲線が明確に描出され
ていないものの,心拍数下降から最下点に達するまで30秒以内であることから,変動一
過性徐脈であると考えられる。
ただし,基線からの下降幅は約30であった上,持続期間も60秒以内であ
るので,高度変動一過性徐脈ではなく,中等度変動一過性徐脈と考えられる。
,(,,(イ)またFHR基線が160を超えておりなお午後2時41分以降には
170を超えていたとみる余地もある,本件胎児は,頻脈(軽度頻脈)を呈していた。。)
頻脈を呈する場合としては,胎児の低酸素症,母体の発熱,アトロピン等副
交感神経遮断剤の投与,絨毛膜羊膜炎,胎児心奇形,子宮収縮抑制剤であるβ−刺激剤の
投与などの要因が考えられるところ,本件では母体の発熱は考えづらく,胎児心奇形も認
められず,薬剤の投与もない。さらに,母体の発熱,子宮の圧痛,羊水の混濁・異臭が見
受けられないことからすると,絨毛膜羊膜炎も否定的と考えられる。
,,,,そして正期産児の場合には母体が不安不穏状態などで頻脈を呈すると
胎児も頻脈を呈することがあるが,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性も否
定できない。
(ウ)ただし,心拍数図上,基線細変動が減少,消失していない上,上記(ア)記
載のとおり,変動一過性徐脈の程度が中等度であり,かつ,必ずしも頻発していたとまで
はいえないことからすると,本件胎児は,本件モニタリングの時点においては,低酸素症
・代謝性アシドーシスには陥っていなかったものと考えられる。
イ上記認定によると,本件胎児は,本件モニタリングの際には,低酸素症・代謝
性アシドーシスには陥っていなかったというのであるから,その後直ちに急速遂娩術によ
り本件胎児を娩出させる必要性があったとは認められないが,他方,FHR基線が160
を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していたことから,本件胎児が低酸素状態に陥っていた
という可能性が否定できないというのであるから,被告Eとしては,原告Cが午後3時に
分娩室に入室した後,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,
その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動が消失しているおそれがあ
ると認めたときは,児頭の下降の程度いかんによって,吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開
術といった急速遂娩をすべき注意義務を負っていたというべきである(この点に関し,鑑
定人は,尋問に代わる回答書(6∼7頁)において,仮に,子宮口全開大後も本件胎児の
FHR基線が160∼170又はそれ以上の状態が続いていたならば,本件胎児が低酸素
症(急性期)に陥っていた可能性があるとの見解を示している。。)
なお,被告らは,本件モニタリングの際,原告Cの体動が激しかったとし,そ
のことが本件胎児に影響を与えて頻脈を呈した可能性が高いと主張するが,仮に,本件モ
ニタリングの際の原告Cの体動が激しかったとしても,それが軽度頻脈の唯一の原因であ
って,本件胎児が低酸素状態に陥っていないと断定することができたというのであれば別
論,そうでなかった以上,被告Eの上記注意義務が軽減されるわけでないことはいうまで
もないところであり,被告らの上記主張は,被告Eの注意義務の有無を判断する限りにお
いては,有意でない。
また,被告らは,本件モニタリングはF助産師が施行したものであるところ,
同助産師はその計測結果を被告Eに報告しなかったとも主張するが,原告Cの分娩を管理
していたのは担当医である被告Eであって,その点にかんがみれば,F助産師が本件モニ
タリングの計測結果を被告Eに報告しなかったとしても,それは被告病院における分娩管
理にかかわる内部事情にすぎないから,その点が被告Eの注意義務の有無を左右する事情
であるということはできない。
ウしかるところ,前記前提事実3()の事実及び弁論の全趣旨によれば,被告E4
は,結果的に,原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するま
での間,本件胎児について継続的なモニタリングをしなかったというのであるから,特段
の事情がない限り,被告Eには,上記認定の注意義務の違反があったものというべきであ
る。
これに対し,被告らは,上記の特段の事情として,要旨,①原告Cは,分娩室
に入室した後も陣痛からくる痛みと不安から体動が激しく,F助産師は,本件胎児に対す
,,るモニタリングを試みたもののトランスデューサが原告Cの腹壁からずれを生じたため
モニタリングを継続することは事実上不可能であった,②F助産師らは,モニタリングの
,,代替手段としてハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したところ
午後3時の時点では160と高かったものの,午後4時の時点では140∼150,午後
4時30分の時点では140台まで下がったのであり,本件胎児について胎児仮死を疑う
,,ような所見はなく速やかに本件胎児を娩出させなければならないという状況になかった
③平成15年8月当時,被告病院には内測法によるCTGがなかったため,本件胎児につ
いて内測法によるモニタリングを実施することもできなかった,と主張するので,以下,
その主張の当否を検討する。
エまず,上記の①の点に関するF助産師の証言を検討すると,甚だ不自然かつ不
合理な点が見受けられる。
(ア)まず,F助産師は,原告Cの体動が,分娩室に入室した後はもとより,そ
の前の陣痛室にいる間にも激しかったため,原告Cを分娩台の上に乗せると転落するおそ
れがあると考えて,原告Cを床に敷いたマットレスの上に横臥させたと証言する。
,,,,,しかしながらもしそうであればF助産師は担当助産師であった以上
分娩室入室後も不安や不穏状態から激しい体動を示していた原告Cのそばから離れられな
かったはずであるのに,F助産師が,証言において,分娩室を20分間程度離れていた旨
自認しているのは,甚だ不自然といわなければならない。
なお,この点に関し,F助産師が分娩室を離れていた間も,原告Bが原告C
に付き添っていたということであるが〈証人F,原告B,同C,原告Bは十分な知識・〉
経験を有しない単なる分娩立会者にすぎなかったことにかんがみれば,原告Cが周囲の者
の制止を要するほどに激しい体動を示した場合に,原告Bが医師,助産師あるいは看護師
等の指示を受けずに適切な対処ができたはずはなく,このことにかんがみれば,仮に,分
娩台の上に上ると転落のおそれがあるという程度に原告Cの体動が激しかったというので
あれば,たとえ原告Bが原告Cに付き添っていたにせよ,F助産師がそのそばを長く離れ
ることができたはずはないというべきである。
(イ)また,F助産師は,原告Cの体動が頻回であったので,一体型のCTGを
使用すると,トランスデューサとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCT
Gが転倒し,原告Cに危害が及ぶ危険があったので,セパレート型のCTGを使用したと
も証言する。
しかしながら,原告Cが,横臥の状態から起きあがって,分娩室内を歩き回
ったり,暴れたりするというような極めて切迫した状況であればいざしらず,横臥の状態
を続けている限り,仮に頻繁に寝返りを打つなどの体動をしたとしても,トランスデュー
サとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCTGが転倒するなどとは,たや
すく考えられない(F助産師自身,原告Cの体動が陣痛室にいる間から激しかったとしつ
,,つその際の本件モニタリングは一体型のCTGを使用して行ったと証言していることは
この点を裏付けるものである。。)
また,そのような危険を感じさせるほどに原告Cの体動が激しかったという
のであれば,原告Cの腹壁に装着したトランスデューサを,セパレート型のCTGの計測
装置にコードで接続することすら,危険であったはずである(むしろ,セパレート型のC
TGの計測装置が一体型のCTG本体よりも軽いのであれば,コードが引っ張られた際に
倒れやすいはずである。。)
それなのに,F助産師の証言によれば,トランスデューサは,分娩直前まで
の間,原告Cの腹部に装着されたままであって,F助産師が分娩室を離れていた間も取り
外されていなかったというのであるから,F助産師の証言の不自然性・不合理性は明らか
というべきである(なお,この点に関して付言すると,F助産師は,継続的なモニタリン
グは,心音がトランスデューサでキャッチできる状態になればいつでも始めようと思って
いたと証言しているところ,この証言に照らすと,原告Cの腹壁に装着されていたトラン
スデューサは,分娩直前までずっとCTGの計測装置に接続されたままであったものと考
えられる。なぜなら,そうでなければ,F助産師の上記証言は甚だ了解困難なものとなる
からである。。)
オむしろ,以上の各点のほか,原告らが分娩室入室後の原告Cの体動が激しかっ
たとの点を強く否認していることや,原告Cが,F助産師と手をつなぎながら,陣痛室か
ら分娩室まで歩いていった後,いきなり床の上に敷いたマットレスの上に横臥するよう指
示された際,不思議に思い,F助産師に対し「分娩台に上がれます」と言ったこと(原,。
告C,本人調書10∼11頁)を考え併せると,仮に,陣痛室にいた間の原告Cにある程
度の体動が見られたとしても,F助産師及び原告Bが二人で終始原告Cに付き添い,必要
な場合には相応な制止をすることができる状況が確保されていたならば,原告Cが分娩台
の上から転落するという事態が発生するおそれがあったとはにわかに考え難いというべき
であって,それにもかかわらず,F助産師が,分娩室入室直後,原告Cに対し,床の上に
敷いたマットレスの上に横臥するよう指示し,原告Cが分娩台の上に上がれると申し出た
,,,,のにそれに取り合わなかったのはF助産師が原告Cを分娩室に入室させた当初から
当面の間,原告Cに付き添うつもりがなかったからであると推認せざるを得ない。なお,
この点に関連し,F助産師が,本件モニタリングを実施した際も,20分間程度,陣痛室
を離れて他の患者の処置をしていた旨証言していることも看過することができない。
そして,上記推認を前提とすれば,F助産師が,分娩立会いのために分娩室に
入室した原告Bに対し,予防衣を着用するよう指示しなかったのも,他の患者の処置をし
に行こうと気が急く余り,原告Bに対して上記指示をすることを失念し,しかも,原告B
が分娩室に入室した直後に分娩室を離れてしまったため,その後も原告Bにその旨の指示
をし損なったからであると推認される(なお,F助産師は,昭和58年から被告病院にお
いて助産師として在職しているというベテランの助産師であって〈証人F,このことに〉
かんがみれば,よほどの事情がない限り,分娩室に入室する分娩立会者に予防衣を着用さ
,。)。せるという助産師にとって極めて基本的な事項を失念するとはたやすく考えられない
,,〈,,(,,カかえって上記オの推認に加え証拠甲B1011乙A1特に20
22頁。信用しない部分を除く,B4(信用しない部分を除く,B5,証人F(信。)。)
用しない部分を除く,原告B,同C,被告E(信用しない部分を除く〉を総合する。)。)
と,本件モニタリングの施行から分娩に至るまでの経過については,次のとおり認めるの
が相当である。
(ア)原告Cが原告Aを分娩した8月24日は日曜日であったことから,被告病
院産婦人科病棟には,平日あるいは土曜日と異なり,担当医である被告Eが待機していた
ほかは,助産師3名と看護師1名が勤務するにとどまっていた。そして,その当日,被告
病院産婦人科病棟には,分娩進行者が原告Cを含めて2名いたところ,原告Cの担当助産
師は,同日朝の段階ではI助産師であったが,上記2名の分娩が重なったため,本件モニ
,,。,タリングを開始した時から急遽F助産師が原告Cを担当することになったところが
その際,F助産師は,原告Cの分娩介助のほか,他の患者の処置にも当たっていたことか
ら,本件モニタリングを施行している間に20分間程度,その処置をしに行くために陣痛
室を離れた〈証人F,被告E〉。
(イ)F助産師は,本件モニタリングの終了後,原告Cを内診して子宮口全開大
を認めたため,午後3時,原告Cに対して陣痛室から分娩室へ移動するよう指示し,原告
Cは,F助産師とともに歩いて分娩室に移動した。
F助産師は,分娩室入室後,マットレスを床に敷き,原告Cに対し,その上
に横臥するよう指示した。原告Cは,分娩は分娩台の上でするものだと考えていたので,
その指示に驚き,不思議に思って「分娩台に上がれます」と申し出たが,F助産師が,,。
それに取り合わず,再度マットレスの上に寝るよう指示したことから,原告Cは,こうい
う出産の仕方もあるんだな,助産師の指示なのだから大丈夫なんだなと思い,その理由を
尋ねることなく,F助産師の指示に従って,上記のマットレスの上に横臥(側臥)した。
〈甲B11,乙B4(信用しない部分を除く,証人F(信用しない部分を除く,原。)。)
告C〉
(ウ)その後,F助産師は,分娩室内に置かれているCTGのトランスデューサ
を原告Cの腹壁の外に装着したが,本件胎児に対するモニタリングを開始しなかった。そ
して,分娩室を出て原告Bを探しに行き,約5分後に原告Bを連れて再び分娩室に入室し
たが,その際,F助産師は,できるだけ早く他の患者の処置をしに行こうと考えて気が急
く余り,原告Bに対して予防衣を着用するよう指示することを失念し,そのため,原告B
は普段着のままで分娩室に入室することになった。
そして,F助産師は,原告Bに対し,側臥位の原告Cの臀部のそばの床に座
るよう指示し,原告Cが力んだ時に胎児を奥に押し戻すような感じで臀部を押さえるよう
に,と指示し,自らそのやり方をやって見せた。そして,原告Bがそのやり方を飲み込む
や,F助産師が他の患者の処置をしに行くために分娩室を離れてしまったことから,原告
Bと原告Cは,分娩室に二人きりで取り残されることとなった。なお,F助産師は,原告
Bに対し,手袋を着用することすら指示しなかった。
原告Bは,なぜ,まさに生まれ出ようとしている子供をわざわざおなかの中
に戻すようなことをするのか,自分がしていることの意味を理解できないまま,F助産師
に指示されたとおり,原告Cが力むたびに,その臀部を押し続けた。
そして,F助産師は,二,三十分ほどした後,分娩室に来て,原告C及び同
Bに対して声を掛けたが,すぐにまた分娩室を離れた〈甲B10,11,乙B4(信用。
しない部分を除く,証人F(信用しない部分を除く,原告B,同C〉。)。)
(エ)F助産師は,午後4時ころ,ようやく他の患者の処置を終えて分娩室に戻
り,マットレスの上に側臥位で横臥していた原告Cに対し,仰臥位になるよう指示して内
診をしたところ,即座に本件胎児の児頭が排臨の状態にあることを認め,直ちに分娩介助
の準備を始めた。そして,原告Bに対し,今後は,原告Cの頭の側に座って分娩を援助す
るよう指示した。その後,I助産師や看護師も分娩室に入室して原告Cの分娩介助に関与
するようになった。
ところで,F助産師は,分娩室入室直後,原告Cの腹壁に装着しておいたト
ランスデューサを使用して本件胎児に対するモニタリングを開始しようと考えて,CTG
のスイッチを入れ,トランスデューサの位置を変えたものの,その装着状態が適切でなか
ったため,本件胎児の心音をとらえることができなかったが,トランスデューサを装着し
直そうと試みることなく,本件胎児に対するモニタリングを実施しないままの状態で,分
娩を進行させた。
(オ)被告Eは,午後4時30分ころに分娩室に入室したが,その際,CTGか
,,ら本件胎児の心音が発せられておらずモニタリングが行われていないことを認識したが
分娩の進行がまもなく児頭の発露を迎えるという状況であったことから,F助産師らに対
し,あえてその理由を問い質すことをせず,また,直ちにモニタリングを開始するように
指示することもしなかった。
(カ)午後5時近くになってJ助産師も分娩室に入室し,その後間もなく,原告
Cは原告Aを分娩した〈甲B10,11,乙A1,B4(信用しない部分を除く,B。。)
,(。),,,(。)〉5証人F信用しない部分を除く原告B同C被告E信用しない部分を除く
以上のとおりである。
キ上記認定に対し,F助産師は,いくつかの点において上記認定と異なる内容の
証言をしているので,そのうち特に重要と考えられる6点につき,その証言の信用性につ
いて検討する。
(ア)第1に,F助産師は,原告Bに予防衣を着用させなかったのは,とにかく
,,原告Cの側に早めに行ってもらいたかったからであると証言するが前記エ判示のとおり
F助産師がその後分娩室を離れたことに照らすと,その当時,原告Cがそれほど切迫した
状況にあったかは疑問であり,この点については,前記オ認定のとおり,F助産師は,他
の患者の処置をしに行くことに気が急く余り,原告Bに対して上記指示を失念したものと
推認するのが相当である。
(イ)第2に,F助産師は,分娩室を離れていた時間は20分間ほどであったと
証言するが,信用しない。
なぜなら,F助産師が,原告Cが分娩室に入室した午後3時から本件胎児の
排臨が確認された午後4時までの間,約40分間(=60分−20分)もの相当な長時間
にわたって分娩室の中にとどまっていたのであれば,いまだ普段着のまま分娩援助を続け
,,ている原告Bに対し速やかに予防衣及び手袋を着用するよう指示したはずだからであり
実際にはそうでなかった以上,F助産師は,午後3時から午後4時までの間,ほとんど分
娩室にとどまっていなかったものと推認するのが相当である。
(ウ)第3に,F助産師は,原告Bに対して臀部を押すように指示したのは,直
腸の圧迫による怒責を軽減することを目的としたものであると証言するが,信用しない。
なぜなら,原告B及び同Cが,F助産師は上記認定のような指示をした旨明
確に供述しているばかりでなく,これまでにもいくつか指摘したように,F助産師は本件
訴訟において極めて不自然・不合理な証言を繰り返しているのであって,このことにかん
がみると,上記証言もたやすく信用できないというほかないからである。
むしろ,分娩当日が日曜日であって,被告病院産婦人科病棟において勤務し
ていた助産師及び看護師の数が少なかったこと,そもそも,原告Cの担当助産師は,朝の
段階ではI助産師であったにもかかわらず,他の分娩が重なったため,急遽,本件モニタ
リングを開始した時からF助産師が原告Cを担当することになったという経緯,F助産師
が,原告Bに対して予防衣や手袋を装着するよう指示することを失念するほど,他の患者
の処置をしに行くことに気が急いていたこと,F助産師が午後3時から午後4時までの間
,,,ほとんど分娩室にとどまっていなかったことなど諸般の事情を考慮すればF助産師が
他の患者の処置に手を取られていたことから,原告Cの分娩介助を先延ばしにしよう(換
言すれば,本件胎児の分娩をできるだけ遅らせよう)と考えて,上記認定のような指示を
したということは,十分にあり得ることというべきである。
(エ)第4に,F助産師は,午後3時に分娩室に入室後,直ちに原告Cにトラン
スデューサを装着し,心拍数の計測を試みたが,原告Cの体動によって,トランスデュー
,。サと腹壁にずれが生じて正確な心音をとることができなかったと証言するが信用しない
その理由は,前記エ及びオにおいて検討したように,原告Cの体動が激しか
ったということ自体がにわかに信用できないということに加え,パルトグラム(乙A1の
22頁)のCTG欄をみると,午後4時から午後5時にかけての部分に斜線が引かれ,そ
のすぐ下に「体動著明にてFHR記録不可」という記載があることが認められ,このよう
な記載にかんがみれば,原告Cの体動が著明であったか否かの点はともかく,
F助産師が,分娩室入室後,本件胎児についてモニタリングを開始しようとしたのは午後
4時(すなわち,F助産師が他の患者の処置を終え,分娩室に戻って原告Cの分娩介助に
取りかかろうとした時点)であったと推認されるからである。
しかも,前記(イ)認定のとおり,F助産師が午後3時から午後4時までの間
ほとんど分娩室にとどまっていなかったことにかんがみれば,F助産師が,他の患者の処
置を終えるまでは原告Cや本件胎児の状態を同時的に観察することができないから,その
間はモニタリングをするまでもないと考えたと推認しても,特に不自然・不合理ではない
とも考えられるからである。
(オ)第5に,F助産師は,午後4時以降はハンドドップラーを使用して本件胎
児のFHRを30回以上測定したと証言するが,信用しない。
その理由は,次のとおりである。すなわち,上記パルトグラム上の「体動著
明にてFHR記録不可」という記載の下には「FHRのみ頻回にチェックFHR良」と
の記載(なお,F助産師の証言によると,上記の記載をしたのは同助産師であったとのこ
とである)があるものの,パルトグラムには,午後4時におけるFHRが約150,午。
後4時30分におけるFHRが約140と記録されているほか,その具体的な測定結果が
何ら記載されていない。また,原告B及び同Cは,分娩室にいる間にハンドドップラーが
使用されたことは全くない,そもそも分娩室においてハンドドップラーを見た覚えはない
旨,明確かつ断定的に証言している。さらに,そもそもハンドドップラーによって本件胎
児のFHRが聴取できたのであれば,CTGのトランスデューサをその聴取可能部位に装
着し直せば,それで足りたはずであり,また,その方が,連続的に計測ができるという意
味でも,FHR基線の高低や一過性徐脈の有無を確認できるという意味でも,さらには,
FHRの計測のたびにハンドドップラーを心音聴取可能部位にあてがわなければならない
という手間を省くという意味でも,よほど望ましかったはずなのに,F助産師が午後4時
ころにモニタリングに失敗した後,CTGのトランスデューサを装着し直そうとした形跡
も,証拠上窺われない(なお,この点,F助産師は,ハンドドップラーを使用したのは,
トランスデューサが胎児の下降によって腹壁にうまく密着しないことがあったことに加
え,ハンドドップラーの方が感度がよいからであると証言するが,たやすく首肯できな
い。。)
したがって,上記の「FHRのみ頻回にチェックFHR良」という記載,
ひいては,パルトグラムにある午後4時におけるFHRが約150,午後4時30分にお
けるFHRが約140という記録は,信用できないというべきである。
なお,この点に関して付言すると,パルトグラムには,午後3時におけるF
HRが160であった旨の記録があるが,F助産師の証言によれば,午後3時の時点でモ
ニタリングを試みたが,計測できなかったというのであり,かつ,ハンドドップラーを使
い始めたのは午後4時以降であったというのであるから,上記の午後3時におけるFHR
の記載ができたはずはなく,したがって,午後3時におけるFHRが160であった旨の
記録も信用しない。
(カ)最後に,F助産師は,分娩室入室後にCTGによるモニタリングができな
かった理由につき,原告Cの体動が激しかった上,原告Cが側臥位になっていたことや,
本件胎児が下降してきたことから,トランスデューサと腹壁のずれが生じやすくなったか
らであると証言するが,陣痛室において原告Cにある程度の体動が見られたというのに,
本件モニタリングが可能であったこと,被告Eが,午後4時30分以降に原告Cが暴れた
ことはなく,CTGによるモニタリングは可能であったかもしれないと供述していること
,,,。やこれまで検討したところを踏まえるとこの点もたやすく信用することができない
かえって,証拠〈乙A1の29∼31頁〉によると,F助産師が実施した本
件モニタリングの際の計測記録においても,心拍数図及び子宮収縮曲線が明確に描出され
なかった部分があること(すなわち,トランスデューサの装着が適切でなかったこと)が
認められるのであって,このことにかんがみれば,分娩室入室後にCTGによるモニタリ
ングができなかった理由は,むしろ,F助産師の手技に問題があったからであると評せざ
るを得ないというべきである(この点,証拠〈甲B3〉によると,トランスデューサを適
切に装着することは,専門家である産婦人科医や助産師にとっても必ずしもたやすいこと
ではなく,相当に高度な手技であることが窺われる。。)
クそして,上記エからキまでの検討を踏まえると,前記ウ記載の特段の事情に関
する被告らの主張は,いずれも失当であるというべきである。
すなわち,被告Eの管理の下で原告Cの分娩介助を担当していたF助産師は,
分娩室に入室した原告Cにトランスデューサを装着したものの,直ちにモニタリングを開
始しようとしなかったばかりか,午後4時までの間,分娩室で原告Cに付き添っているこ
とがほとんどなく,原告Cの様子を観察することすら怠ったのであり,しかも,午後4時
になってモニタリングを開始した際,トランスデューサが適切に装着されていなかっため
に本件胎児の心音をとらえることができなかったのに,それを装着し直そうとせず,本件
胎児に対するモニタリングをしないままの状態で,分娩を進行させたものである。したが
って,原告Cの体動が激しかったために本件胎児に対するモニタリングが実施できなかっ
たという被告らの主張は,到底採用できるものではない。
そして,F助産師らがハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に
聴取したとの主張が採用できないことは,前記キ(オ)認定のとおりである。
また,被告らは,被告病院には,平成15年8月当時,内測法によるCTGが
なかったと主張するが,上記経緯に照らせば,そもそも内測法によらなければモニタリン
グを実施できなかったという状況が認められないのであるから,この点の主張は,そもそ
もその前提を欠くというべきである。
したがって,被告Eには,本件モニタリングにより,本件胎児のFHR基線が
160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していることが判明したのであるから,本件胎児
が低酸素状態に陥っていたという可能性を考慮し,原告Cが分娩室に入室した午後3時以
降,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,その結果,本件胎
児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動も減少,消失しているおそれがあると認めた
ときは,急速遂娩をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,原告Cが
午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,本件胎児に対す
る継続的なモニタリングをしなかったという過失があったものと認められる。
()原告らの主張ウ(出生後の原告Aに対する処置に関し)について3
ア前記前提事実3()の事実に加え,証拠〈甲B10,11,乙A1,2,6の5
1(特に,5頁,B4(信用しない部分を除く,証人F(信用しない部分を除く,)。)。)
原告B,同C,被告E〉及び弁論の全趣旨によると,出生後の原告Aの状態及びそれに対
する被告Eの処置に関し,次の各事実が認められる。
(ア)原告Aは,午後5時に出生した直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼
白であった。そのため,被告Eは,直ちに原告Aを分娩室内のインファントウォーマーに
運び,酸素投与,四肢の刺激,胸の刺激,吸引その他の蘇生措置をした。
,,(イ)蘇生措置を開始してから数分後原告Aに自発呼吸が見られるようになり
体色も改善したが,鼻翼呼吸や呻吟があり,呼吸(啼泣)は弱く,四肢のチアノーゼも残
。,,。っていた心拍数は被告E自身が聴診したところ1分間当たり158回前後であった
なお,被告Eは,臍帯血の血液ガス分析を施行しなかった。
(ウ)原告Aは,その後も引き続き助産師により酸素投与その他の処置を受けた
ものの,啼泣が弱かったため,被告Eは,午後5時40分,原告Aを未熟児室内の保育器
に収容し,10∼15分間の間隔で原告Aの様子を観察した。
(エ)しかるところ,保育器収容前後のころから,原告Aの上肢,下顎にけいれ
ん様の動きが見られるようになったことから,被告Eは,午後6時30分ころ,被告病院
小児科のK医師に電話連絡をとり,原告Aの状態を説明した上,診察方を依頼した。その
後,被告Eは,原告Aにつき,K医師から指示された各種検査を施行した。
(オ)K医師は,午後7時20分,被告病院に駆け付け,原告Aを診察して,直
ちに原告Aがけいれん重積状態にあるものと診断し,直ちに国立弘前病院のNICUへ救
急車で転送すべく,所要の手配をした。
(カ)国立弘前病院へ搬入された時点で,原告Aは,顔の色は青くなく,皮膚に
もチアノーゼは見られなかった。また,呼吸は頻回であったが,心拍は規則的であった。
以上のとおりである。
なお,F助産師は,出生直後に原告Aが泣き声(第1啼泣)を挙げたのを聞い
たとか,原告Aが,蘇生措置後,分娩室内のインファントウォーマー上でときどき大きく
,(。)泣くこともあったなどと証言するがその証言と符合する他の証拠被告Eの供述を含む
は見当たらず,信用しない。
イそして,上記認定によると,被告Eは,出生直後の原告Aに自発呼吸が見られ
ず,体色も蒼白であったことから,直ちに所要の蘇生処置を行い,その結果,原告Aは,
数分後に自発呼吸をするようになり,体色も改善したというのであり,また,原告Aに鼻
翼呼吸や呻吟が見られ(なお,この点は,原告Aが,前記1()イ記載のとおり,肺炎に2
罹患していたことによるものとみる余地がある,四肢のチアノーゼも残っていた上,。)
引き続き酸素投与等を受けても呼吸が弱かったことから,原告Aを未熟児室内の保育器に
収容し,さらに,その後も10∼15分間の間隔でその様子を観察した結果,原告Aの上
肢,下顎にけいれん様の動きを認めたため,午後6時30分ころ,K医師に電話連絡をし
て診察方を依頼し,その後,同医師が被告病院に駆け付けてくるまでの間,同医師から指
示された各種検査を施行したというのである。そして,原告Aは,国立弘前病院へ搬入さ
れた時点で,顔や皮膚の色は必ずしも悪くなく,呼吸は頻回であったものの,規則的な心
拍を示す状態であったというのであって,これらの事情を総合考慮すれば,出生後の原告
Aに対する被告Eの処置は,概ね適切であったというべきである。
なお,後記ウ記載のとおり,原告Aの出生後のアプガースコアは7点未満であ
ったと推認されること,及び,その後に原告Aが低酸素性虚血性脳症に陥ったことにかん
がみると,被告Eが臍帯血の血液ガス分析を施行しなかった点は,必ずしも適切ではなか
ったというべきであるが(この点,鑑定人は,尋問に代わる回答書(12頁)において,
分娩中のモニタリングの計測結果に異常が認められ,出生後のアプガースコアが7点未満
の場合,臍帯血を採取し,血液ガス分析を施行することが多いとの見解を示している,。)
そのことが,国立弘前病院における原告Aに対する診療に当たり,特段の支障となったも
のと認めるに足りる証拠は見当たらない。
したがって,出生後の原告Aに対する処置に関し,被告Eに過失があった旨の
原告らの主張は,採用しない。
,,。ウなお便宜上ここで原告Aの出生後のアプガースコアの点について検討する
(ア)証拠〈乙A1,2〉によると,原告Cに係る助産記録には,原告Aの1分
(〈〉,後及び5分後のアプガースコアがいずれも合計7点心拍数2点心拍数が100以上
呼吸2点〈良好,筋緊張1点〈四肢やや屈曲,刺激反応1点〈顔をしかめる,皮膚色〉〉〉
1点〈末梢チアノーゼ)との記載があり,その点数が,被告病院において作成された原〉
告C及び同Aのカルテの各所に引用されていることが認められる。
なお,F助産師の証言によれば,原告Aの出生1分後のアプガースコアを記
録したのも,同助産師であったとのことである。
(イ)しかしながら,前記ア(ア)の認定によれば,原告Aは,出生直後,自発呼
吸が見られず,皮膚の色も蒼白であったというのであり,また,分娩に立ち会った原告B
が,要旨,出生直後に誰かが原告Aを抱いていった時,原告Aの手足がだらっとしていた
のを覚えている旨供述したこと(本人調書40∼41頁)を考え併せると,出生直後の原
告Aのアプガースコアは,呼吸,筋緊張及び皮膚色の点数がいずれも0点(呼吸はなし,
筋緊張はぐったり,皮膚色は蒼白)であったものと認められる。
そして,出生1分後のアプガースコアというのは,要するに出生直後のアプ
ガースコアという意味で理解するのが一般的であると考えられることにかんがみると,心
拍数及び刺激反応の各点数を考慮しても,原告Aの出生1分後のアプガースコアは合計3
点以下(重症仮死)であったものと推認するのが相当である。
(ウ)さらに,前記アの認定によれば,原告Aは,自発呼吸を始めるようになっ
た後も,呼吸(啼泣)は弱く,四肢のチアノーゼも残っていたというのであるから,呼吸
及び皮膚色はいずれも1点(呼吸については弱く不規則)にすぎなかったというべきであ
る。そして,心拍数は1分間当たり158回前後であったというのであるから,心拍数の
点数は2点であったと認められるものの,助産記録におけるアプガースコアの記載によっ
ても,筋緊張及び刺激反応の各点数はいずれも1点(もっとも,実際には0点であったと
,。),いう可能性はたやすく否定できないというべきであるであったというのであるから
出生5分後には既に原告Aが自発呼吸を始めていたと仮定しても,その時点におけるアプ
ガースコアは合計6点(軽症仮死)であったはずである。
(エ)したがって,前記(ア)記載の助産記録その他被告病院において作成された
カルテ等に記載された原告Aのアプガースコアは,信用性が極めて乏しいというべきであ
る。
()原告らの主張エ(因果関係)について4
アこれまでの検討を要するに,本件胎児(すなわち原告A)は,出生前には,当
,,,日午前のモニタリングの段階での状態は良好でありまた本件モニタリングの段階でも
軽度頻脈を呈し,低酸素状態に至っていた可能性が否定できないとはいえ,基線細変動は
減少,消失しておらず,また,変動一過性徐脈の程度が中等度で,必ずしも頻発しておら
ず,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというのに,出生後には,低酸
素性虚血性脳症に陥って脳性麻痺に至ったというのである。
以上の経過にかんがみれば,原告Cが分娩室に入室した午後3時から分娩に至
った午後5時までの間に,本件胎児が低酸素症・代謝性アシドーシスに陥ったことは明ら
かである。したがって,被告Eは,午後3時以降直ちに本件胎児に対するモニタリングを
再開して本件胎児の状態を注意深く観察していたならば,その間に本件胎児の状態が悪化
していることを認識することができたものと推認される。
イそして,原告Aが低酸素症・代謝性アシドーシスに陥った原因については,午
後3時から午後5時までの間においてCTGによるモニタリングが施行されなかったこと
も相まって,いくつかの想定が可能であるとしても,特定は甚だ困難であるといわざるを
,,,〈,得ないがその原因がいずれであったにせよ前記前提事実3()の事実証拠乙A14
2,被告E,鑑定人(鑑定書6頁〉及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは40週6日で)
出生した体重3488gの成熟児で,分娩時間も20時間4分にとどまっており,分娩前
の母体及び胎児のリスク因子は全く認められず,さらには,分娩直前又は分娩中に子宮破
裂,常位胎盤早期はく離,臍帯脱出,母体心肺停止,大量出血を伴う前置血管又は胎児母
体間輸血など急性低酸素状態を来すような事象も起こらなかったことに加え,本件モニタ
リングの計測結果によれば,本件胎児の中枢に障害が生じるまでには至っていなかったも
のの,午後3時前から本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できず,そ
の後,その状態が更に悪化するおそれがあったこと,及び,原告Cの子宮口全開大から分
娩までに約2時間を要したことに照らすと,原告Aの脳性麻痺の原因となった低酸素状態
が相当な長時間にわたって継続した可能性が高いというべきであるから,被告Eが,モニ
タリングにより本件胎児の状態が悪化していることを認識した時点で,速やかに吸引・鉗
子分娩あるいは帝王切開術等の急速遂娩術を施行して,本件胎児を早急に娩出させていた
ならば,原告Aが脳性麻痺を発症しなかったという高度の蓋然性があったものと推認する
のが相当である。
3争点3(寄与度減額あるいは過失相殺の当否)について
,,被告らは午後3時以降に本件胎児についてモニタリングを実施できなかったのは
原告Cの体動が激しかったからであるとして,その点を考慮した寄与度減額あるいは過失
相殺がなされるべきであると主張するが,前記2()カ及びキ(カ)において認定したとお2
り,午後3時以降に本件胎児に対するモニタリングが実施されなかったのは,そもそも,
F助産師が午後4時までモニタリングをしようとしなかったことが根本的な原因であり,
また,午後4時以降にモニタリングができなかったのも,同助産師に手技上の問題があっ
たと評すべきであるから,被告らの上記主張は,採用しない。
4争点4(原告らが被った損害額)について
()原告Aが被った損害について1
ア逸失利益4135万4176円
〈,,〉,(ア)前記前提事実3()の事実及び証拠甲B11原告B同Cによると6
原告Aは,平成16年1月,青森県により,低酸素性虚血性脳症による両上下肢機能の著
(,),,しい障害上肢2級下肢2級のため身体障害者等級1級該当との認定を受けたこと
原告Aは,現在も反り返りが強いため,ベビーカーに乗ることができず,車のチャイルド
シートも使用できないこと,栄養補給は,経口摂取が困難であるため,チューブを使用し
ていること,いまだ首が据わっておらず,手足は動かすものの,寝たきりの状態が続いて
いること,そのため,現在も,週1回のリハビリテーションのほか,脳波検査(てんかん
発作の履歴がある)等を受けるためにも通院して治療を受けていることが認められ,こ。
れらの事情を考慮すれば,原告Aが将来において軽作業を含めた何らかの労務に就くこと
ができるとは,たやすく考え難い。
したがって,原告Aは,脳性麻痺により,その労働能力の全てを喪失したも
のと認めるのが相当である。
(イ)そこで,基礎収入として,賃金センサス平成15年男性全労働者の平均年
収547万8100円を採用し,原告Aの就労可能年数を18歳から67歳までの49年
間とみて,ライプニッツ方式により年5分の割合で中間利息を控除して計算すると(ライ
,...),プニッツ係数は67年係数192390−18年係数116895=7549
原告Aの逸失利益の金額は,上記金額(=547万8100円×7.549)と算出され
る。
イ介護費用4282万5450円
(ア)上記ア(ア)認定の各事情に照らすと,原告Aについては,将来にわたり,
その生命維持に必要な身の回りの処理の動作について,常にあるいは随時,他人の介護を
要する蓋然性があるものと認めるのが相当である。
(イ)そこで,介護費用の日額として6000円(年額219万円)を採用し,
また,平成15年簡易生命表に基づき,その要介護期間を同年男子0歳の平均余命に相当
する78年とみて,ライプニッツ方式により年5分の割合で中間利息を控除して計算する
と(ライプニッツ係数19.555,原告Aに係る将来の介護費用は,上記金額(=2)
19万円×19.555)と算出される。
ウ慰謝料2500万円
原告Aが今後のリハビリテーションにより一定の回復を遂げる可能性が現時点
で否定できないとはいえ,上記ア(ア)認定の原告Aの現在の状態その他諸般の事情を考慮
すると,後遺障害慰謝料としては,上記金額が相当である。
エ弁護士費用1000万円
本件訴訟の審理経過,認容額その他諸般の事情を考慮すると,相当な弁護士費
用は,上記金額を下らないものと認められる。
オ合計1億1917万9626円
()原告B及び同Cが被った損害について2
ア固有の慰謝料各250万円
(ア)前記()ア(ア)認定の各事情に照らすと,原告B及び同Cは,原告Aの両1
親として,今後,相当の長期間にわたり,原告Aの介護に当たらなければならないことが
明らかであって,加えて,原告Aが原告B及び同Cの第1子であることを考慮すると,原
告Bと同Cが被った精神的苦痛は極めて強いものと推察される。
(イ)したがって,本件においては,原告B及び同Cについて,固有の慰謝料と
して,各250万円の損害の発生を認めるのが相当である。
イ弁護士費用各25万円
本件訴訟の審理経過,認容額その他諸般の事情を考慮し,上記金額をもって,
原告B及び同Cが被った弁護士費用の損害と認める。
ウ合計各275万円
5まとめ
以上に検討したところによれば,原告Aの請求は,被告らに対し,不法行為に基づ
く損害賠償として,各自1億1917万9626円及びこれに対する訴状送達の日の翌日
である平成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由があり,また,原告B及び同Cの各請求は,不法行為に基づく損害賠償と
して,被告らに対し,各自,各275万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である
平成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限
度で理由がある。
青森地方裁判所弘前支部
裁判長裁判官加藤亮
裁判官佐藤英彦
裁判官増田純平

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