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平成13年(ワ)第8904号不当利得返還請求事件
口頭弁論終結日 平成14年8月30日
判      決
 原       告    株式会社アイデープロジェクト
        同訴訟代理人弁護士    早崎卓三
       被       告    株式会社吉武
        同訴訟代理人弁護士    遠藤直哉
        同岩崎政孝
        同弘中絵里
同田中秀一
主      文
   1 原告の請求をいずれも棄却する。
   2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 主位的請求
 被告は,原告に対し,金3285万8500円及びこれに対する平成13年
5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
 被告は,原告に対し,金1765万0376円及びこれに対する平成13年
10月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
(主位的請求)
 原告は被告に対して,原告と被告との間で締結したライセンス契約には,意思
表示の瑕疵(錯誤,詐欺)があるとして,原告が被告に対して同ライセンス契約に
基づいて支払ったロイヤリティー等の合計3285万8500円について,不当利
得の返還を求めた。
(予備的請求)
 原告は被告に対して,上記ライセンス契約について被告の債務不履行により1
765万0376円の損害を被ったとして,同額の損害賠償を求めた。
1 争いのない事実
(1) 原告と被告は,平成9年8月1日,被告のライセンス事業である「THE
 SUPERMODEL PROJECT」(以下「本件プロジェクト」とい
う。)に関する覚書(甲1,以下「本件覚書」という。)を締結した。
(2) 原告と被告は,平成10年3月8日,原告が本件プロジェクトへ参加する
ことなどを内容とする契約(甲2,以下「本件契約」という。)を締結した。
 本件契約において,被告は原告に対し,商標「THE SUPERMOD
EL」(以下「本件商標」という。)を別紙契約目録A項「アイテム」欄記載のア
イテム(以下「本件対象商品」という場合がある。)に同目録B項「期間」欄記載
の期間(以下「本件契約期間」という場合がある。),国内において,原告の使用
を許諾し,原告は被告に対し,その対価として,本件対象商品の販売価格の6%の
ロイヤリティー又は年間ミニマムロイヤリティーのいずれか高い額を支払うことを
約した。
(3) 平成12年2月23日,被告のライセンス事業である本件プロジェクト事
業部門が分離独立され,株式会社ザ・スーパーモデルプロジェクト(以下「SP
社」という。)が設立され,本件プロジェクト事業は,同社により引き継がれた
(なお,SP社は,その後,株式会社グローバルアーティストに商号変更し
た。)。
(4) SP社と株式会社スーパーモデルコスメティックス(以下「スーパーモデ
ルコスメテイックス」という。)は,平成12年8月ころ,スーパーモデルコスメ
ティックスが本件プロジェクトに参加する旨の契約を締結し,SP社はスーパーモ
デルコスメティックスに対し,本件商標を本件対象商品と同一の商品に使用するこ
とを許諾した。
(5) 本件商標については,株式会社ミロヴィーナス(以下「ミロヴィーナス
社」という。)により,平成10年5月13日に商標登録出願され,平成11年6
月25日に設定登録され,次いで,同年10月19日に被告を専用使用権者とする
専用使用権が設定登録された。
2 争点
(主位的請求について)
(1) 本件契約を締結する旨の原告の意思表示は,要素の錯誤により無効か,そ
うでないとしても,被告の詐欺により取り消し得べきものであるか。
(2) 原告が本件覚書又は本件契約に基づき被告に支払った金額はいくらか。
(予備的請求について)
(3) SP社が前記1(4)の契約を締結し,本件商標について,第三者に対して
使用許諾をしたことが,本件契約に基づく被告の債務の不履行に当たるか。
(4) 原告の損害額はいくらか。
(主位的請求及び予備的請求について)
(5) 相殺の成否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(錯誤無効又は詐欺取消の成否)について
(原告の主張)
(1) 本件覚書の内容は,被告が原告に対し,本件商標を原告の製造販売する化
粧品に使用することを許諾し,原告がこれに対するロイヤリティーを支払うことを
約するとともに,できる限り早期に「本件契約」を締結することを約したものであ
る(甲1)。そして,本件契約において,被告は原告に対し,本件商標を別紙契約
目録A項「アイテム」欄記載のアイテムに同目録B項「期間」欄記載の期間,国内
において,同一商品について原告1社にのみ使用を許諾するとの特約の下で使用を
許諾し,原告は被告に対し,その対価として,本件対象アイテムの販売価格の6%
のロイヤリティー又は年間ミニマムロイヤリティーのいずれか高い額を支払うこと
を約した(甲2)。
(2) しかし,本件覚書を締結した平成9年8月1日及び本件契約を締結した平
成10年3月8日(契約期間 同年2月1日から3年間)の時点では,被告は本件
商標について,商標権,専用使用権その他いかなる権利も有しておらず,原告に対
し本件商標の使用を許諾する権利は全くなかった(甲3)。すなわち,本件商標
は,ミロヴィーナス社が平成10年5月13日,指定商品を化粧品として登録出願
し,平成11年6月25日,商標登録されたもので,ミロヴィーナス社が商標権を
有していた。被告は,平成11年10月1日,ミロヴィーナス社から本件商標につ
き専用使用権の設定を受け,同月19日,その設定登録がされた。このように,被
告は,本件契約締結時から平成11年10月1日までの約1年6か月間,本件商標
について何らの権利も有していなかった(甲3)。
(3) しかるに,被告は,原告に対し,一貫して本件商標が被告の登録商標であ
って,被告が本件商標を独占的に使用する権利を有し,被告の許諾を得なければ,
原告が本件商標を合法的に使用できない旨の説明をして,その旨誤信した原告をし
て本件覚書と本件契約を締結させた。原告はこの事実を全く知らされておらず,平
成13年4月6日に初めて知った。被告が本件商標を登録商標であると説明してい
たことは,被告が作成したスーパーモデルの肖像のネガフィルム及び宣伝用パンフ
レットにおいて,商標「THE SUPERMODEL」にの表示をして登録商
標であるかのごとく表示していたことからも明らかである。
(4) ライセンスとは権利の実施許諾を意味するのであり,本件商標が登録商標
でない単なる標章にすぎないとすれば,被告が本件商標につき第三者に通常使用を
許諾してロイヤリティーを徴収するということは,一般的にあり得ない。そうする
と,被告が本件商標について権利を有しなかったとすれば,原告が本件覚書及び本
件契約の締結の意思表示をしなかったことは確実であり,かつ,一般取引の通念に
照らして妥当である。したがって,本件覚書及び本件契約を締結する旨の原告の意
思表示は,本件覚書及び本件契約の要素に関する錯誤に基づくものであり,無効で
ある。
(5) 被告は,本件商標が登録商標でないのに,登録商標であるかのごとく説明
して,その旨誤信した原告をして本件覚書及び本件契約を締結させた。よって,原
告の本件覚書及び本件契約を締結する旨の意思表示は被告の詐欺によるものである
から,原告は,平成13年7月19日の弁論準備期日において,上記意思表示を取
り消す旨の意思表示をした。
(被告の反論)
(1) 被告が企画・立案する本件プロジェクトは,本件商標をシンボルマークと
し,スーパーモデルのカジュアルライフや女性たちの自由な気分を表現するブラン
ドとして,スーパーモデルからイメージされる「美しさ」,「健康」,「高品質」
等を共同コンセプトとすることにより,様々なアイテムの商品・サービスの統一的
なブランド化を目指すものである(乙1)。
 したがって,本件プロジェクトへの参加契約は,参加者が指定のアイテム
につき本件商標を使用し,また,本件プロジェクトの契約モデルの肖像を使用する
などの特典を利用して,統一的なブランドイメージを活用できることが,中心的な
内容である。以上のとおり,本件契約は,被告が原告に対し,本件プロジェクトへ
の参加を認め,本件プロジェクトのシンボルマークである本件商標の通常使用を許
諾するものである。
(2) しかし,本件商標が被告の登録商標であることは,本件契約の内容とされ
ていないし,本件契約の前提とされてもいない。
 もっとも,本件プロジェクトの主宰者である被告は,本件プロジェクトに
おける統一的なブランドイメージを維持するため,本件商標の使用が第三者から不
当に侵害されないように,適宜,各指定商品・役務毎に商標権の登録や商標使用権
を取得するなどの保全措置を講じていた。
 そして,原告に対する使用許諾の対象商品である化粧品については,ミロ
ヴィーナス社が,平成7年7月14日,指定商品を化粧品として商標「スーパーモ
デル/SUPERMODEL」の登録出願をしていた(その後,平成9年8月15
日,商標登録された。)。被告は,ミロヴィーナス社との間で,平成9年2月,上
記商標について被告のため専用使用権を設定する旨合意し,同年11月19日,被
告のための専用使用権の設定登録がされた(ただし,指定商品のうち,化粧水,ジ
ェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品は除く。これらの商品は本件契約におけ
る被告の原告に対する指定アイテムからも除かれている。)。
 その後,被告は,ミロヴィーナス社に対し,指定商品を化粧品とする本件
商標の登録出願を依頼し,当初から被告が本件商標の専用使用権を得る目的で,ミ
ロヴィーナス社の上記登録出願を主導した(乙3)。
(3) 上記のとおり,本件契約においては,そもそも,本件商標につき被告が商
標登録を有することが契約の内容とはなっていないから,原告の錯誤は成立しな
い。
 また,原告は,本件契約によって被告の本件プロジェクトに参加し,本件
商標を通常使用する権利を得たのであるが,上記のとおり,被告は,本件契約締結
以前から,指定商品を化粧品とする登録商標「スーパーモデル/SUPER MO
DEL」につき専用使用権を有しており,このため,原告が本件商標を使用するに
当たり,商標権者その他の第三者から使用の差止めを受けない地位は,契約当初か
ら確保されていた。
 したがって,この点からも本件契約の要素に関する錯誤は存在しないか
ら,原告の錯誤無効は成立しない。なお,同様の理由により,被告が,原告の詐欺
により,本件契約を締結する旨の意思表示をしたということはない。
2 争点(2)(本件契約に基づく支払金額)について
(原告の主張)
(1) 原告は,被告に対し,本件覚書(別紙一覧表記載1の支払につき)及び本
件契約(別紙一覧表記載2ないし9につき)に基づき,別紙一覧表のとおりロイヤ
リティー等として合計3285万8500円を支払った。
(被告の認否)
(1) 原告が被告に対し,本件契約に基づき,別紙一覧表記載2,3,6ないし
9の支払金を支払ったことは認める。ただし,同表記載2の支払金額は,262万
5000円である。また,同表記載9の支払年月日は,平成12年11月30日で
ある。
(2) 原告が被告に対し,別紙一覧表記載1,4,5の支払金を支払ったことは
認める。
 しかし,以下のとおり,各支払が本件覚書又は本件契約に基づくとの支払
原因は否認する。同表1,4記載の支払金は,原告が本件契約により本件プロジェ
クトに参加した結果として,原告・被告間の別途合意により,原告が,本件プロジ
ェクト契約モデルの肖像を利用したことの対価として支払われた。また,同表5記
載の支払金は,本件プロジェクトに参加した特典として,被告が本件プロジェクト
参加者に「MODEL TV」という番組のスポンサーの斡旋をした際に,原告が
これを希望したので,その対価として支払われた。
3 争点(3)(債務不履行の有無)について
(原告の主張)
(1) 被告は,原告に対し,本件契約により,本件契約期間中,本件対象商品に
ついて本件商標の独占的使用を許諾した。したがって,被告は,原告以外の第三者
に対して,本件対象商品と同一の商品につき本件商標の使用を許諾してはならない
義務を負っていた。
 本件契約により,被告が原告に対し,本件商標につき独占的な使用許諾を
したことは,次の事実からも明らかである。
ア 本件契約は,その予約としての本件覚書に基づいて締結された。ところ
で,本件覚書には,原告に独占的に許諾する旨の条項(甲1の「6その他(3)項」)
が存在するから,本件契約において,被告が原告に本件商標の独占的使用を許諾す
る旨の合意があったことは明白である。
イ 被告のライセンス事業部長であったYは,平成9年11月28日に行な
われた原告の「THE SUPERMODEL」化粧品の発表会において,「国内
におきましては株式会社アイデープロジェクト様が化粧品分野にてライセンス契約
を結ばれ,今回の化粧品販売になりました。」との挨拶文を寄せた(甲24の2頁
目)。「化粧品分野にてライセンス契約を結んだ」との挨拶文の記載は,独占的許
諾をしたことを推認させる。
ウ 「THE SUPERMODEL」の宣伝文書(甲8)中のライセンシ
ーリストによれば,同一商品について1社に対してのみ使用許諾がされ,同一商品
(商品)について重複してライセンスが許諾された例はない。平成11年版の宣伝
文書(甲31)中のライセンシーリスト(平成11年4月現在)においても同様で
ある。また,化粧品だけでなく,その他の商品についても1社に対してのみ許諾が
与えられている。これらの事実に照らすと,本件契約は,独占的な使用許諾がされ
たと解されるべきである。
エ 本件契約の契約書(甲2,以下「本件契約書」という。)2条2項は,
「乙(原告を指す。)は,甲(被告を指す。)自ら,SP(セールス・プロモーシ
ョン)又は広告宣伝の目的で,本マークを本商品に使用すること,又は第三者に許
諾することに,異議がない。」と定めている。同条項は,あくまでも例外的に,本
件商標のセールス・プロモーション又は宣伝の目的で,甲(被告)が自ら本件商標
を本商品に使用すること,又は第三者にこれを許諾できることを規定したものであ
るから,セールス・プロモーション又は広告宣伝の目的以外の場合,例えば,化粧
品の製造販売目的の場合には,被告は第三者に対し,本件商標を使用許諾すること
ができないことを規定したものと解釈される。
(2) 被告は,平成12年2月23日,本件プロジェクトのライセンスビジネス
部門を分社化し,SP社を設立した。なお,SP社の代表者には,被告代表者の長
男であるYが就任し,かつ,その本店所在地は,被告本店所在地にあった。
(3) 被告は,その子会社であるSP社をして,平成12年8月ころ,スーパー
モデルコスメティックスと本件プロジェクト参加契約を締結し,同社に対し,本件
商標を本件対象商品と同一の商品に使用することを許諾した。
 被告の上記行為は,前記(1)で述べた,被告が原告以外の第三者に対して,
本件対象商品と同一の商品につき本件商標の使用を許諾してはならない義務に違反
するから,本件契約に基づく債務の不履行に当たる。
(被告の反論)
 本件契約は,原告に対し,本件商標の独占的な使用を許諾したものではない
(甲2の1条2項)。被告は,当初,事実上の取扱いとして,各商品についてのプ
ロジェクト・フィーの多寡や商品の販売状況その他に鑑みながら,各商品につい
て,種類の一部が重なり合うことはあったものの,ほぼ1商品について1業者に対
して,本件プロジェクトのライセンス事業を展開していたが,そのような事情があ
るからといって,本件契約により,独占的な許諾を合意したと解することはできな
い。
4 争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
(1) スーパーモデルコスメティックスは,本件商標の化粧品の製造販売を専門
的に行なう目的で平成12年8月7日に設立された会社である。スーパーモデルコ
スメティックスは,大手化粧品・医薬品小売業者である株式会社コクミン(本店大
阪市,小売で首位)と提携して,本件商標の化粧品の販売を平成12年秋ころから
開始することを企画し,平成12年8月下旬ころより本格的な営業活動を開始し
た。そして,同年11月ころより店頭において本件商標を使用した同一商品の化粧
品を多数販売し始めた。
(2) このため,原告の本件商標の化粧品の純売上高は,平成12年9月ころか
ら急激に低下した。原告の本件商標の化粧品の平成11年2月から平成12年1月
までの各月の総売上,返品,純売上,売上原価と売上総利益は,別紙「化粧品売上
高など一覧表(1999年2月~2001年1月)」記載のとおりである。
 上記一覧表によれば,平成12年度(2月~1月)の純売上高は1350
万3646円(平成11年度純売上高比マイナス38%)も激減しているが,これ
は,平成12年9月以降の総売上が減少したことと返品が急増したことによる。ま
た,平成12年度の売上総利益は,平成11年度の黒字1340万2039円より
一転して802万0271円の損失(赤字)となった。これは,売上高の急激な落
ち込みによる在庫品について,旧製品として大幅な原価割れの価格(定価10%)
でない限り販売できなかったため,平成12年12月及び平成13年1月に処分し
たからである。
 仮に,被告がスーパーモデルコスメテイックスとの二重契約をしなけれ
ば,原告の化粧品売上高は少なくとも平成11年度の売上と同一程度の売上を期待
でき,原価割れの価格による処分をする必要はなかったから,少なくとも平成12
年9月から平成13年1月までの間に平成11年度の同期間の純売上及び売上総利
益を期待できた。
 したがって,原告の損害額は,459万0433円(平成11年度9月な
いし1月の売上総利益)+1305万9943円(平成12年度9月ないし1月の
売上高損失)=1765万0376円となる。
(被告の認否)
 原告の主張を争う。
 本件商標の化粧品について,原告の売上高及び売上総利益が減少したり,返
品が増加したのは,原告の営業努力の欠如及び経営判断の誤りによるものであっ
て,これらとスーパーモデルコスメティックスへ本件商標の使用許諾との間には,
何ら因果関係はない。
5 争点(5)(相殺の成否)について
(被告の主張)
(1) 原告は,被告に対し,本件契約に基づき,プロジェクト・フィーの支払義
務を負っており,その契約第3年度(平成12年2月1日~平成13年1月31
日)の年間ミニマム・プロジェクト・フィーの額は650万円(消費税別途)であ
った(本件契約書4条2項)。
 原告は,被告に対し,平成12年9月末に上記契約第3年度のミニマム・
プロジェクト・フィーのうち,上半期分341万2500円(消費税込み)を支払
ったが,平成13年1月末が支払期限である下半期分341万2500円(消費税
込み)を支払わない。
(2) 被告は,原告に対し,平成14年2月27日の弁論準備期日において,上
記ロイヤリティー支払請求権をもって,原告の本訴債権とその対当額において相殺
する旨の意思表示をした。
(原告の認否)
 被告の主張を争う。
第4 当裁判所の判断
1 事実認定
 前記争いのない事実に証拠(甲3の1,2,乙2の1,2,乙3)及び弁論
の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告は,平成9年春から,スーパーモデルと呼ばれる世界で活躍するトッ
プモデルをキャラクターとし,スーパーモデルのライフスタイルをイメージした
「ザ・スーパーモデル」と称するブランドのライセンス事業(本件プロジェクト)
を開始した。本件プロジェクトは,標章「THE SUPERMODEL」をシン
ボルマークとし,スーパーモデルからイメージされる「美しさ」,「健康」,「高
品質」等を共同コンセプトとして,様々な商品やサービスの統一的なブランド化を
目指すものであった。(乙1,5の1,2,乙6)
(2) 原告は,被告の展開する本件プロジェクトに,化粧品の分野で参加するこ
とを決め,平成9年8月1日,被告との間で本件覚書を締結した。本件覚書は,原
告と被告との間で,原告が本件プロジェクトに参加するための本契約締結を早期に
協議することを合意するものであり,本契約の対象商品,契約期間,ロイヤリティ
ーなどの基本的な内容についても定めていた。(甲1)
(3) 原告は,平成9年11月28日,池袋メトロポリタンホテルにおいて,原
告の販売する「THE SUPERMODEL」化粧品の発表会をした。被告の取
締役のYは,本件プロジェクトのライセンス部門責任者であった(乙6)が,Yが
上記発表会に寄せた挨拶文の中には,「国内におきましては株式会社アイデープロ
ジェクト様が化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ,今回の化粧品発売になりま
した。」との一文があった。(甲24)
(4) 原告は,平成10年1月30日から「THE SUPERMODEL」ブ
ランドの化粧品の発売を開始した。(甲21の7項)
(5) 原告と被告は,平成10年3月8日,本件契約を締結した。本件契約は,
原告が本件プロジェクトに参加すること,原告は,本件商標を日本国内で平成10
年2月1日から3年間,別紙契約目録A項「アイテム」欄記載の化粧品について使
用することができること,原告は被告に対してプロジェクト・フィーを支払うこと
などを内容とするものであるが,原告の本件商標の使用については,本件契約書に
おいて,「甲(被告を指す。)は,標章”THE SUPERMODEL”及び甲
指定のプロジェクト・シンボルマーク(以下総称して「本マーク」という)につ
き,次条以下の規定の範囲及び条件で乙(原告を指す。)が使用することに対し,
異議を唱えない。」(1条2項)と定められていた。(甲2)
(6) 原告は,被告に対し,本件契約に定められたプロジェクト・フィーを第3
年度上半期分(平成12年9月末支払)まで支払ったが,第3年度下半期分341
万2500円(支払期限は平成13年1月末)を支払わなかった。
(7) 本件商標について,被告は,以下の経緯により,専用使用権を取得した。
すなわち,ミロヴィーナス社は,平成7年7月14日,化粧品を指定商品として商
標「スーパーモデル/SUPER MODEL」を商標登録出願し,平成9年3月
5日の出願公告を経て,平成9年8月15日,商標権の設定登録を受けた。被告
は,平成10年1月26日,ミロヴィーナス社の上記登録商標「スーパーモデル/
SUPER MODEL」について専用使用権の設定登録を受けた(専用使用権の
内容は,化粧水,ジェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品を除く指定商品(化
粧品)全部)。次いで,被告とミロヴィーナス社は,ミロヴィーナス社が指定商品
を化粧品として本件商標を商標登録出願し,これが登録された後,被告が専用使用
権の設定を受けることなどを内容とする合意をし,この合意に基づき,ミロヴィー
ナス社は,平成10年5月13日,化粧品を指定商品として本件商標を商標登録出
願し,平成11年6月25日,本件商標につき商標権の設定登録を受け,被告は,
同年10月19日,専用使用権の設定登録を受けた。
(8) 原告が被告から本件商標についての使用許諾を受けた対象商品は,別紙契
約目録A項「アイテム」欄記載のとおりであり,本件商標の指定商品と類似し,ま
た,本件商標が上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」に類似
する。したがって,仮に,原告が,被告の許諾を受けることなく本件対象商品につ
いて本件商標を使用すれば,上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MOD
EL」について被告が有する専用使用権を侵害することになる。
2 争点(1)(錯誤無効又は詐欺取消の成否)について
(1) 原告は,前記第3,1のとおり,①本件商標は被告の登録商標であると誤
信したこと,②被告の許諾を得なければ,原告が本件商標を適法に使用できないと
誤信したことを理由として,「本件覚書」及び「本件契約」を締結する旨の原告の
意思表示は要素の錯誤により無効であると主張する。そして,I(原告の取締役)
の陳述書には,同主張に沿った記載がある(甲21,41)。
(2) しかし,この点に関する原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア まず,本件契約は,企業同士のライセンス事業に関連する契約であり,
後日の紛争の発生を防止するため,詳細な本件契約書(甲2)が作成されているの
であるから,本件契約の内容は,本件契約書の記載に従って理解すべきであり,ま
た,特段の事情のない限り,契約の当事者も,契約書の記載どおり認識したものと
解するのが相当である。ところで,本件契約書においては,本件商標が被告の登録
商標であることやこれを前提とするような条項は全く存在しないから,本件商標が
被告の登録商標であることは,本件契約の内容又は前提とされていないものと認め
られる。また,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
 以上のとおりであるから,本件契約を締結するに際して,原告に錯誤は
ない。
イ のみならず,前記のとおり,被告は,平成10年1月26日,ミロヴィ
ーナス社の上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」について,
化粧水,ジェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品を除く指定商品(化粧品)全
部として,また,翌年10月19日,本件商標について,化粧品を指定商品とし
て,専用使用権の各設定登録を受けたこと,及び,仮に,原告が,被告の許諾を受
けることなく本件対象商品について本件商標を使用すれば,上記登録商標「スーパ
ーモデル/SUPER MODEL」について被告が有する専用使用権を侵害する
ことが認められる。そうすると,被告の専用使用権取得により,原告が本件商標を
使用するに当たって第三者から差止めを求められることのないような措置が講じら
れていたということができる。したがって,被告が本件契約を締結するに際して,
本件商標につき被告が登録商標権者であったと誤信したしても,その点の誤信をも
って,要素の錯誤ということはできない。
 よって,原告の上記錯誤の主張は理由がない。
(3) 上記のとおり,原告は,本件商標が被告の登録商標であるなどと誤信して
本件契約を締結したとは認められないから,被告の欺罔行為によりその旨誤信した
ことを前提とする詐欺取消に係る原告の主張も,理由がない。また,前記1(2)認定
のとおり,本件覚書は,原告が本件プロジェクトに参加するための本契約締結を早
期に協議することなどを内容とする合意であるところ,本件覚書に関する書面(甲
1)には,本件商標が被告の登録商標であるとか又はこれを前提とするような条項
は全く存在しないから,本件契約について述べたのと同様の理由により,本件覚書
に関する錯誤及び詐欺取消の主張も,理由がない。
 以上のとおりであるから,原告の本件覚書及び本件契約を締結する旨の意
思表示が錯誤により無効であるとは認められず,また,被告の詐欺により取り消し
得るとも認められない。
3 争点(3)(債務不履行の有無)について
(1) 原告は,被告が本件契約により,原告に対して,本件商標の独占的使用を
許諾したと主張する。そして,前記陳述書(甲21,41)にはこれに沿う記載が
ある。
(2) しかし,この点に関する原告の主張は,以下のとおり理由がない。
 本件は,企業同士のライセンス事業に関する取決めであること,本件プロ
ジェクトにおいて,プロジェクト・シンボルとなる本件商標のライセンシーに対す
る使用許諾が独占的なものであるか否かは,極めて重要な事項であって,仮に,独
占的な使用許諾を合意するのであれば,契約書においてその旨を明示するのが通常
であるというべきであることからすれば,契約書において明示的に独占的使用を許
諾する旨規定していない以上は,独占的な使用許諾があったと認めるべきでないと
解するのが相当である
 ところで,本件契約書において,原告の本件商標の使用態様について定め
た条項としては1条2項があるが,同項には,「甲(被告を指す。)は,標章”T
HE SUPERMODEL”及び甲指定のプロジェクト・シンボルマーク(以下
総称して「本マーク」という)につき,次条以下の規定の範囲及び条件で乙(原告
を指す。)が使用することに対し,異議を唱えない。」と記載されている。同条項
は,単に,被告が一定の範囲及び条件で原告の本件商標の使用に異議を唱えないと
規定しているにすぎないから,同条項によって,被告が原告に対し,本件商標の独
占的使用を許諾したと解釈する余地はない。その他,本件契約書において,本件商
標の原告に対する使用許諾が独占的である旨明示した条項は存在しない(なお,独
占的使用許諾を示唆する事情があったか否かについては,後記判断するとおりであ
る。)
 そうすると,本件契約における本件商標の使用許諾は,非独占的なものと
解すべきであるから,原告の上記主張は理由がない。
(3) これに対して,原告は,前記第3,3(1)アないしエを根拠として,被告
の原告に対する本件商標の使用許諾は独占的なものであると主張するので,この点
につき補足して判断する。
ア 前記第3,3(1)ア(本件覚書の条項)について
 前記1(2)認定のとおり,本件覚書は,原告が本件プロジェクトに参加す
るための本契約締結を早期に協議することなどを内容とする合意にすぎず,本件契
約の内容は,本件契約書に基づいて定めるべきであるから,本件覚書の条項に基づ
いて本件契約の内容を定めることはできない。のみならず,本件覚書において,本
件商標の原告に対する使用許諾が独占的である旨明示した条項も存在しない
イ 前記第3,3(1)イ(Yの挨拶文)について
 前記1(3)認定のとおり,平成9年11月28日,池袋メトロポリタンホ
テルにおいて行われた原告の販売する「THE SUPERMODEL」化粧品の
発表会に寄せたYの挨拶文の中に,「国内におきましては株式会社アイデープロジ
ェクト様が化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ,今回の化粧品発売になりまし
た。」との一文があるが,上記の「化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ」との
記載があったからといって,これをもって,独占的許諾がされたことを推認するこ
とは到底できない。
ウ 前記第3,3(1)ウ(甲8)について
 証拠(甲8)によれば,「THE SUPERMODEL」の宣伝広告
用文書中の平成10年4月現在のライセンシーリストにおいては,同一商品につい
てのライセンシーは各1社であったことが認められる。しかし,1商品について,
ライセンシーを1社としてライセンス事業を展開することは,主として営業政策上
の理由から採られることもあり得るのであるから,上記の事情があったからといっ
て,被告の原告に対する本件商標の使用許諾が独占的であると認定することはでき
ない。
エ 前記第3,3(1)エ(本件契約書2条2項)について
 本件契約書2条2項は,「乙(原告を指す。)は,甲(被告を指す。)
自ら,SP(セールス・プロモーション)又は広告宣伝の目的で,本マークを本商
品に使用すること,又は第三者に許諾することに,異議がない。」と定めている
(甲2)。
 原告は,同条項の反対解釈として,セールス・プロモーション又は広告
宣伝の目的でない場合には,例えば,化粧品の製造販売を目的とする場合には,被
告は,第三者に対して本件商標を使用許諾することができないものと解釈すること
ができる旨主張する。
 しかし,前記のとおり,本件契約書において,原告の本件商標の使用態
様については1条2項が定めているのであるから,原告の使用が独占的であるか否
かは,同項によって解釈するのが合理的であるところ,同項が,独占的な使用許諾
を定めたものと解されないことは前示のとおりである。上記2条2項は,被告が特
定の目的で,第三者に対し,本件商標の使用を許諾した場合には,原告との間で,
無用の誤解や混乱が生ずることを避ける目的で注意的に規定したものと理解するこ
とができるから,前記のような解釈に影響を与えるものではない。
 したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから,平成12年8月ころ,被告の事業を承継したS
P社がスーパーモデルコスメティックスとの間で同社が本件プロジェクトに参加す
る旨の契約を締結したことが,被告が原告に対して本件商標の独占的使用を許諾し
た趣旨に反するので債務不履行を構成するとの原告の主張は,その前提を欠き,理
由がないことになる。
4 結論
 よって,原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれら
を棄却することとし,主文のとおり判決する。
   東京地方裁判所民事第29部
         裁判長裁判官    飯村敏明
            裁判官 榎戸道也
            裁判官 佐野 信
(別紙)
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