弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告はこれを棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 本件上告理由は末尾添付の上告理由書謄本記載の通りであるからとれに対し次の
通り判断する。
 上告理由第一点第二点に対する判断。
 <要旨第一>上告人等が本件売買を知つてから満九年を経過した後本訴を提起した
ことが、Aに代理権限があつたことを示す重要な証拠であるとの主張
は、上告人が原審において提出しなかつた事柄であるから、この点について原審が
特に説明をしなかつたことは証拠の判断を遺脱したことにはならぬ。またかかる事
実ある以上、他の証拠を無視してそれのみによつて必ずAに代理権のあつた事実を
認定せねばならぬという経験則も存在しない。また所論の如く、満九年を経過した
後訴を提起した事実があつても、他に同人に代理権のなかつた事実を認定しうる直
接の証拠がある以上、何故長年月の間そのままにして置いて訴訟を起さなかつたの
かの理由を判示せずして、これを採つてその代理権のなかつたことを認定しても、
経験則に反し不法に事実を確定しまたは採証の法則に反するとはいえない。原審
は、挙示の各証拠資料を綜合して本件売買についてAに代理権のなかつたことを適
法に確定したものであつて、これによれば優にかかる事実を認定し得る。原判決に
は所論のような各違法の点は存しない。
 所論は畢竟原審の専権に属する証拠の取捨判断事実の認定を非難するに帰し、採
用するに足らぬ。
 上告理由第二点に対する判断。
 原判文を通読すると原審は、本件土地は蝋石を埋蔵しその価格は当時尠くも数万
円の価格を有すること、上告人は数十年来本件土地の両側隣地において蝋石の採掘
を営みおり、上告人の母B及びC(本件土地の前所有者)は共に本件土地の所在地
であるa町に居住し懇意の間柄であつて、上告人は姫路市に居住し屡々a町に帰省
していたこと、Aもまたa町方面で居常金融周旋業を営みおり、上告人もAも当時
本件土地に関する這般の事情につき相当知識を有していたこと、並びに上告人は売
買に与り売買の真否乃至Aの代理権の有無等につき何等調査を為すことなく本件売
買をした事実を適法に確定し、更に進んで右の如き事情の下において上告人が五六
百円という異例の安価をもつて売買せんとする場合には、その真否乃至Aの代理権
の有無等につき特に調査をするのが相当であつて、容易く売買を真なりと信じて契
約するが如きは上告人に過失あるものと認めるのが相当であると判示しているので
あつて、これによつて見ると本件土地が数万円の価格を有すと説示した趣意は、本
訴訴訟物の価額の認定をしたのではなくして単に本件土地の隣地において多年蝋石
の採掘業を営んでいる上告人がこれを買取るとするとその価値は本件買受代金より
はるかに高価な価額であること、即ち上告人にとつては特別価値を有することを説
示し、従つて本件売買が正常の取引でないことを説明せんとする趣旨であることが
看取できる。そして本件訴訟物(単に宅地としての土地百五十一余坪の所有権)の
価額、即ち受訴裁何所がこれにつき被上告人(原告)が勝訴判決によつて直接受け
る利益を客観的に評価した価額(六百五十円)と、蝋石の採掘業者たる上告人(被
告)が蝋石を埋蔵する土地を取得するものとして評価する価値との間に、彼是相違
のあることは元より当然であつて、裁判所が一方において本件訴訟物の価額を金六
百五十円と認定しながら他方において上告人の有する特別価値を数万円と認定して
も何等矛盾するものではない。原判決が挙示の証拠により右判示の如く認定する以
上進んで本件土地の価額が幾程であるかを釈明し更に所論のような鑑定を命ずる要
はない。また原判決理由中には本件土地の価額を数万円と認定したに拘らず他方に
おいてこれを金六百五十円と認定した事跡は見当らないから原判決には所論のよう
な理由が前後矛盾し理由そごの過誤があるとはいえない。結局原判決には所論のよ
うな違法はないから論旨は採用し難い。
 上告理由第四点に対する判断。
 <要旨第二>訴訟物の価額は訴訟の事物管轄を定める基準とする為に受訴裁判所が
訴提起の時を標準として職権を以てこれを評価すべきものであつて、本
件において受訴裁判所は、本件訴訟物の価額即ち本件宅地として土地百五十一余坪
の所有権につき、被上告人が勝訴判決を受けることによつて直接受ける利益を客観
的に金六百五十円と評価し、これに相応する印紙を訴状に貼用せしめたものである
ことは記録上明白である。
 原判決が本件土地の価額を尠くとも数万円と判示したのは本件訴訟物の価額につ
き、右受訴裁判所の評価を失当と認め、更にこれを数万円み認定したものでないこ
とは上告理由第三点において説明した通りであるから、所論は結局原判決の認定し
ない事実に拠つて原判決を攻撃するに帰し適法な上告理由といえない。論旨は採用
し難い。
 上告理由第五点に対する判断
 原判決が所論の如く判示して上告人の取得時効の抗弁を排斥したことは相違ない
が、民法第百六十二条第二項所定の無過失の事実は時効を主張する者においてその
立証責任あることは解釈上疑ないところであるから、本件において同条の時効を主
張する上告人に先ず無過失の立証責任ある旨判示したのは相当である。而して原審
は単に無過失の立証がないと云うのみで上告人の取得時効の抗弁を排斥したのでは
なくして、判示の如く進んで特別事情のあることを適法に確定し、以てAがCの印
鑑並びに本件土地の権利証書を所持していたの与で上告人がAに代理権ありと信じ
たのは過失であると認定したものであることは、原判文を通読するにより看取でき
るから、原判決には所論のような違法はない。
 よつて本件上告は理山ないものと認め民事訴訟法第四百一条第八十九条により主
文の如く判決をする。
 (裁判長裁判官 小山慶作 裁判官 井上開了 裁判官 宮田信夫)

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