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令和2年6月11日判決言渡
令和元年(行ケ)第10077号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年3月5日
判決
原告ミノツ鉄工株式会社
同訴訟代理人弁護士平山博史
都筑康一
麻生淑紀
同訴訟代理人弁理士森本聡
被告株式会社光栄鉄工所
同訴訟代理人弁護士小松陽一郎
原悠介
和田高明
同訴訟代理人弁理士田中幹人
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2017-800134号事件について平成31年4月12日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴本件特許
被告は,東洋建設株式会社(以下「東洋建設」という。)及びタチバナ工業株式会
社(以下「タチバナ工業」という。)と共に,平成16年5月24日,発明の名称を
「平底幅広浚渫用グラブバケット」とする特許出願をし,平成18年11月24日,
設定の登録を受けた(特許第3884028号。請求項の数4。甲1。以下,この特
許を「本件特許」という。)。
⑵別件無効審判
ア原告は,平成22年12月14日,本件特許の特許請求の範囲請求項1に係
る発明について特許無効審判を請求し,無効2010-800231号事件として
係属した(以下「別件無効審判」という。)。
イ第1次審決
被告,東洋建設及びタチバナ工業は,平成23年3月14日付けで,本件特許の
特許請求の範囲を訂正する旨の訂正請求(以下「第1次訂正」という。)をした。
特許庁は,同年11月4日,第1次訂正を認めるとともに,審判請求が成り立た
ない旨の審決(以下「第1次審決」という。)をした。
原告は,第1次審決の取消しを求める訴訟(当庁平成23年(行ケ)第10414
号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成25年1月10日,第1次審決を取り消す旨の判決
をし(甲3),同判決は,確定した。
ウ第2次審決
特許庁は,前記イの判決を受けて,別件無効審判について,更に審理を行った。
被告は,平成25年7月22日,東洋建設及びタチバナ工業から,本件特許権に
係る持分の全てを譲り受け,特定承継を原因とする移転登録をした。被告は,同年
10月9日付けで,本件特許の特許請求の範囲を訂正する旨の訂正請求(以下「第
2次訂正」という。)をした。
特許庁は,平成26年4月24日,第2次訂正を認めるとともに,請求項1に係
る発明についての特許を無効とする旨の審決(以下「第2次審決」という。)をした。
被告は,第2次審決の取消しを求める訴訟(当庁平成26年(行ケ)第10136
号)を提起した後,平成26年8月26日付けで,本件特許の特許請求の範囲の訂
正を内容とする訂正審判請求(請求項の数2。以下「第3次訂正」という。)をした
(甲4)。
知的財産高等裁判所は,同年11月11日,平成23年法律第63号による改正
前の特許法181条2項に基づき,第2次審決を取り消す旨の決定をした。
エ第3次審決
特許庁は,前記ウの決定を受けて,別件無効審判について更に審理を行い,被告
に対し,平成23年法律第63号による改正前の特許法第134条の3第2項に規
定する訂正を請求するための期間を指定した。指定された期間内に訂正の請求がさ
れなかったため,第3次訂正の審判請求書に添付された訂正した特許請求の範囲を
援用して,その期間の末日に訂正の請求がされたものとみなされた(同条第5項。
以下「本件訂正」という。)。
特許庁は,平成27年6月26日,本件訂正を認めるとともに,請求項1に係る
発明についての特許を無効とする旨の審決(以下「第3次審決」という。)をした(甲
5)。
被告は,同年7月30日,第3次審決の取消しを求める訴訟(当庁平成27年(行
ケ)第10149号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成28年8月10日,第3次審決を取り消す旨の判決
(以下「第3次判決」という。)をし(甲6),同判決は,確定した。
オ第4次審決
特許庁は,前記エの判決を受けて,別件無効審判について更に審理を行った。
特許庁は,平成29年10月6日,本件訂正を認めるとともに,審判請求が成り
立たない旨の審決(以下「第4次審決」という。)をし,その謄本は,同月16日,
原告に送達された。
原告は,同年11月14日,第4次審決の取消しを求める訴訟(当庁平成29年
(行ケ)第10202号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成30年4月27日,原告の請求を棄却する旨の判決
(以下「第4次判決」という。)をし(甲33),同判決は,確定した。
⑶本件審決
ア原告は,平成29年10月13日,本件特許の請求項1及び2に係る発明につ
いて特許無効審判を請求し(甲26),無効2017-800134号として係属し
た(以下「本件無効審判」という。)。特許庁は,同年11月27日付けで,本件無効
審判の手続の中止を通知した。
イ特許庁は,前記⑵オの判決を受けて,平成30年6月5日付けで,本件無効審
判の手続の中止の解除を通知した。
ウ特許庁は,平成31年4月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との
別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし(甲35),令和元
年5月8日にその謄本が原告に送達された。
エ原告は,令和元年6月4日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提起した。
2特許請求の範囲の記載
⑴本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以
下,各請求項に記載された発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」
という。また,本件特許の明細書(甲4により訂正された後の甲1である。)を,図
面を含めて,「本件明細書」という。)。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を
示す(以下同じ)。
【請求項1】
吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,側面視において両側2
ケ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支する
とともに,左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ
上部フレームに回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け
回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて,/シェルを爪無しの平底
幅広構成とし,シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,前記シェル
カバーの一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま
水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を
所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの
水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り
付け,正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした
場合,側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし,かつ,側面視におい
てシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに,側面視においてシェル
の両端部が下部フレームの外方に張り出し,更に,側面視においてシェルの両端部
が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり,薄層ヘドロ浚渫工
事に使用することを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット(なお,前記正面視
はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視たものであり,前記側面視
はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視たものとする)。
【請求項2】
シェルカバーは左右対称なシェルカバー上段,シェルカバー中段,シェルカバー
下段とから構成され,上記シェルカバー上段とシェルカバー中段との間に複数個の
蓋体が配設されている請求項1記載の平底幅広浚渫用グラブバケット。
⑵本件各発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。
ア本件発明1
A吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,側面視において両
側2ケ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支
するとともに,左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれ
ぞれ上部フレームに回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを
掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて,
Bシェルを爪無しの平底幅広構成とし,
Cシェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに,
D前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを
左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに,
シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き,
グラブバケットの水中での移動時には,外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を
有する蓋体を取り付け,
E正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした
場合,側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし,
Fかつ,側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すととも
に,
G側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し,
H更に,側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸
の外方に張り出してなり,
I薄層ヘドロ浚渫工事に使用する
Jことを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット
K(なお,前記正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視
たものであり,前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方
から視たものとする)。
イ本件発明2
Lシェルカバーは左右対称なシェルカバー上段,シェルカバー中段,シェルカ
バー下段とから構成され,
M上記シェルカバー上段とシェルカバー中段との間に複数個の蓋体が配設され
ている
N請求項1記載の平底幅広浚渫用グラブバケット。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件
特許無効審判の請求は,特許法167条により許されないことはないが,本件各発
明は,下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基
づき,容易に発明をすることができたとはいえないから,本件各発明に係る特許を
無効とすることはできない,というものである。
なお,本件審決は,後記相違点6,9及び11に係る発明特定事項については,当
業者が容易に想到することができたとはいえない旨判断した。
引用例:実願昭50-170996号のマイクロフィルム(甲7)
⑵本件審決の認定した引用発明
支持ワイヤー14を連結する上溝車ボツクス7に上溝車10を軸支し,側面視に
おいて両側2ヶ所で左右一対のシエル1を回動自在に軸支する重錘1aに下溝車1
1を軸支するとともに,左右2本のアーム7a・8のうちの一方のアーム8の下端
部をシエル1に回動自在に軸支し,上端部を上溝車ボツクス7に回動自在に軸支し,
他方のアーム7aの下端部をシエル1に回動自在に軸支し,上端部を上溝車ボツク
ス7に固定し,上溝車10と下溝車11との間に開閉ワイヤー15を掛け回してシ
エル1を開閉可能にしたバケツトにおいて,/シエル1を爪有りの平底構成とし,
/シエル1の上端部に掩蓋2を設けるとともに,/掩蓋2の一部に空気抜きのため
の開口を形成し,該開口に,シエル1を左右に広げたまま水中を降下する際には上
方に開いて空気が上方に抜けるとともに,バケツトを海上に引き上げる場合に閉じ
られる開閉式の逆止弁5を取り付け,/側面視においてシエル1の両端部はアーム
7a・8の外側に張り出す,/浚渫工事に使用する,/平底浚渫用バケツト/(な
お,正面視はシエル1と重錘1aを軸支する主軸3の軸心方向から視たものであり,
前記側面視はシエル1と重錘1aを軸支する主軸3を軸心方向の側方から視たもの
とする)。
⑶本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
(一致点)
吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,側面視において両側2
ケ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支する
とともに,左右2本のタイロッドのうちの一方のタイロッドの下端部をシェルに回
動自在に軸支し,上端部を上部フレームに回動自在に軸支し,他方のタイロッドの
下端部をシェルに回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛
け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて,シェルを平底構成とし,
シェルの上部にシェルカバーを設けるとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜
き孔を形成し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には
上方に開いて流体が上方に抜ける開閉式の蓋を取り付け,側面視においてシェルの
両端部がタイロッドの外方に張り出す,浚渫工事に使用する平底浚渫用グラブバケ
ット(なお,正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視たもの
であり,前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視
たものとする。)。
(相違点1)
本件発明1においては,「左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上
端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し」ているのに対し,引用発明にお
いては,「左右2本のアーム7a・8のうちの一方のアーム8の下端部をシエル1に
回動自在に軸支し,上端部を上溝車ボツクス7に回動自在に軸支し,他方のアーム
7aの下端部をシエル1に回動自在に軸支し,上端部を上溝車ボツクス7に固定し」
ている点。
(相違点2)
本件発明1においては,「シェルを爪無しの平底」構成としているのに対し,引用
発明においては,シエル1を「爪有りの平底」構成としている点。
(相違点3)
本件発明1においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」のに対
し,引用発明においては,「シエル1の上端部に掩蓋2を設ける」点。
(相違点4)
本件発明1においては,「開閉式のゴム蓋を有する蓋体」であるのに対し,引用発
明においては「開閉式の逆止弁5」である点。
(相違点5)
本件発明1においては,ゴム蓋が,「シェルを左右に広げたまま水中を降下する
際には上方に開いて水が上方に抜ける」とともに,「グラブバケットの水中での移
動時には,外圧によって閉じられる」のに対し,引用発明においては,逆止弁5が,
「シエル1を左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて空気が上方に抜
けるとともに,バケットを海上に引き上げる場合に閉じられる」点。
(相違点6)
本件発明1においては,ゴム蓋が,「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場
合にも内圧の上昇に伴って上方に開」くのに対し,引用発明においては,逆止弁5
が,「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に
開」くか否か明らかでない点。
(相違点7)
本件発明1においては,「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間
の距離を100とした場合,側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上」と
するのに対し,引用発明においては,「正面視におけるシェルを軸支するタイロッ
ドの軸心間の距離」と「側面視におけるシェルの幅内寸の距離」との関係が明らか
でない点。
(相違点8)
本件発明1においては,側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張
り出す「とともに,側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出
し,更に,側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の
外方に張り出してな」るのに対し,引用発明においては,「側面視においてシェルの
両端部が下部フレームの外方に張り出し,更に,側面視においてシェルの両端部が
下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してな」るのか明らかでない点。
(相違点9)
本件発明1は,「薄層ヘドロ」浚渫工事に使用するのに対し,引用発明は,浚渫工
事に使用するものであるが,「薄層ヘドロ」浚渫工事に使用するのか明らかでない
点。
(相違点10)
本件発明1は,シェルを「平底幅広構成」とする「平底幅広浚渫用グラブバケッ
ト」であるのに対し,引用発明は,シエル1を「平底構成」とする「平底浚渫用バケ
ット」である点。
⑷本件発明2と引用発明との一致点及び相違点
本件発明2と引用発明は,前記⑶の一致点と相違点1ないし10を有し,さらに
次の相違点11を有する。
(相違点11)
本件発明2は,「シェルカバーは左右対称なシェルカバー上段,シェルカバー中
段,シェルカバー下段とから構成され,上記シェルカバー上段とシェルカバー中段
との間に複数個の蓋体が配設されている」のに対し,引用発明は,そのような構成
を有していない点。
4取消事由
引用発明に基づく容易想到性判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1取消事由に係る主張
⑴相違点6について
ア密閉型のグラブバケットが,掴み物をシェルの容量以上に掴むと,シェルを
閉じる操作をする時にシェル内に充満した掴み物の圧力で内圧が上昇し,シェルが
変形・破損することは,本件特許出願前に公知であった甲19及び甲36に開示さ
れた周知の技術的課題であり,また,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだとき
に,内圧の上昇に伴い,カバーに配された逆止弁が上方に開くことにより内圧の上
昇を抑えることができることは,上記の技術的課題に対する周知の解決手段である。
イそうすると,引用例にシェルが掴み物である土砂を所定容量以上に掴んだ場
合に関する記載や示唆はないものの,引用例に記載されたシェルが過剰な掴み物を
掴んだときに逆止弁の開弁により,余分な水や所定の容量以上の掴み物を流出させ,
内圧上昇を解消できることは,本件特許出願時における技術常識を参酌することに
より当業者が引用例に記載されている事項から導き出すことができるから,引用例
に記載されているに等しいというべきある。
このように,相違点6に係る本件発明1の発明特定事項が引用例に記載されてい
るに等しいことからすれば,相違点6は,実質的な相違点であるとはいえず,その
ように認定しなかった本件審決には誤りがある。
ウまた,甲19及び甲36を周知技術として勘案すれば,当業者が引用発明に
基づいて,相違点6に係る本件発明1の発明特定事項を想到することは容易という
べきであり,この点を容易でないとした本件審決の判断には誤りがある。
⑵相違点9について
本件審決は,引用発明の爪付きグラブバケットを薄層ヘドロ浚渫工事に適用する
ことは困難であるとして,引用発明に基づいて相違点9に係る本件発明1の発明特
定事項とすることは,容易に想到できたとはいえないと判断した。
しかし,薄層ヘドロ浚渫工事とは,水底に堆積したヘドロに対し,所定の掘削深
さで,掘削仕上げ面が水平となるように水平掘削を行うことであり,クレーンの制
御技術により実現されるものであるから,使用されるグラブバケットの爪の有無は
必ずしも問題とならない。爪付きグラブバケットを用いて水平掘削を行うことは,
甲38~44にも開示されているとおり,本件特許出願時の周知技術であった。
また,甲44には,爪付きグラブバケットを用いた水平掘削の対象が「汚泥」であ
ると明記されているから,爪付きグラブバケットを使って薄層ヘドロ浚渫工事を行
うことは公知技術である。
このように,爪付きのグラブバケットを用いて薄層ヘドロ浚渫工事を行うことは,
本件特許出願前より広く行われてきたことであり,爪付きのグラブバケットを用い
ると,掘り後(掘り跡)が溝状になり,土砂等を完全に浚渫することができないなど
の不都合な事情はない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
⑶相違点11について
本件審決は,甲14の1のシェルカバーが本件特許出願前に公知であったとはい
えず,また,甲14の1からは,どの部分が蓋体であるか,蓋体がゴム蓋を有するか
否かが不明であり,引用発明に甲14の1を適用したとしても,相違点11に係る
本件発明2の構成とすることを当業者が容易に想到できたとはいえないと判断した。
しかし,本件特許出願前に,甲14の1と同じ構造を有する浚渫用グラブバケッ
トを用いた浚渫工事が実施されていた事実があり(甲45),同号証の図面に記載さ
れた構成は,本件特許出願前に公知であり,また,相違点11に係る構成は,甲14
の1に記載されていた。
したがって,引用発明に甲14の1に記載された技術を適用し,相違点11に係
る本件発明2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
2特許法167条又は信義則の違反をいう被告の後記主張は争う。
〔被告の主張〕
1特許法167条又は信義則の違反
⑴本件特許については,平成22年12月14日付け別件無効審判の請求以来,
約7年4月間の長期間にわたり,4回の審決と3回の判決,1回の決定がされてい
る。この間,特許庁及び知財高裁において,原告の主張する無効理由の有無が繰り
返し審理され,最終的に本件特許には無効理由が存在しないことが認められた。
別件無効審判においては,特開平9-151075号公報(甲9)を主引用例と
する進歩性判断の誤り(無効理由1),特開2000-328594号公報(甲
8)を主引用例とする進歩性判断の誤り(無効理由2)が主張された。
甲8には,逆止弁の動作に関し,「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合
にも内圧の上昇によって開き」との構成の開示や示唆はない。そして,このこと
は,本件の引用例(甲7)においても同様であり,本件無効審判において引用例
(甲7)を主引用例としてみても,立証命題として新たな相違点を作り出すことに
ならないから,引用例(甲7)は,実質的に見てこれまでの無効原因を基礎付ける
事情以外の新たな事実関係を証明する価値を有する証拠であるとはいえない。
この点を看過した本件審決の判断には誤りがある。
なお,甲9には,シェルの具体的構成が全く記載されていないから,一事不再理
の効果が及ぶ範囲としての「同一の事実及び同一の証拠」を具体的に検討すること
はできない。
⑵別件無効審判で訂正請求があった際,原告は,必要な場合には,審判長が定
める期間内に,引用例の変更等による要旨変更補正をすることが可能であったにも
かかわらず,そのような補正をしていない。原告が別件無効審判において甲7を主
引用例とする等の対応をしていれば,本件特許発明の進歩性をめぐる紛争は,別件
無効審判をもって最終的な決着に至っていたはずである。にもかかわらず,甲7の
発明を主引用発明としてされた本件無効審判請求は,「紛争の蒸し返し防止」及び「紛
争の一回的な解決」の要請に反し,許されない。
この点を看過した本件審決の判断には誤りがある。
2取消事由に係る原告の主張について
⑴相違点6について
ア原告は,引用例に「逆止弁5を備えた掩蓋2」とあることを根拠として,それ
が「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開」
くという相違点6に係る本件発明1の発明特定事項が引用例に記載されているに等
しいと主張する。
イしかし,引用例(甲7)の明細書中「逆止弁」に言及している11箇所の記載
において,掩蓋に設けた逆止弁が開く作用についての記載は,バケットの海底への
降下時にシエル内に残留した空気を排除するという部分(5頁2行目~4行目,1
9行目~20行目)のみであり,これ以外は,全て逆止弁を閉じることによって掩
蓋と一体となって,シエル内に土砂を密閉状態で収納する作用に関するものである。
引用発明の具体的な解決課題は,土砂に起因する海水等の汚濁を防止することにあ
り,逆止弁の作用は,専ら掩蓋と一体となって土砂の流出を防ぐことにある。その
ため,「軸4を支点として開閉できるように掩蓋2に設けられている逆止弁5」の構
成は,バケットの降下時に空気を排除するために開くことを許容するとともに,そ
れ以外は土砂が流出することがないように閉じられていると解するのが引用例の文
脈に沿った逆止弁の解釈であり,また,引用例から得られる逆止弁に関する技術情
報の全てである。
以上によれば,引用例は,降下時に空気を排除する場合以外に開くことがない逆
止弁を開示するだけであり,シェルが破損・変形を生じるような内圧の上昇や逆止
弁からの土砂や余水の流出に関する技術情報を提供する文献ではなく,実際にも,
引用例にはこれらに関する記載も示唆も存在しない。
そうすると,相違点6に係る本件発明1の発明特定事項が引用例に記載されてい
るに等しいと評価することはできない。
原告の主張は,引用例の記載を離れ,予め本件発明の知識を得た上で,本件発明
に沿って曲解する点において,失当である。
ウなお,仮に,容易想到性として検討してみても,前記のとおり,引用発明の逆
止弁の構成は,「軸4を支点として開閉できるように掩蓋2に設けられている逆止弁
5」とされているだけであるから,原告の主張するように,甲19の考案を適用し
たとしても,バケット室に連通しヘドロを保持するホースの構成が追加されるにす
ぎず,甲36の考案を適用したとしても,ヘドロによって回動する有孔のフロート
板であるところのヘドロ用カバー1の構成が追加されるだけであって,いずれにし
ても相違点6にかかる構成に至らない。
また,引用例には,シェルが掴み物である土砂を所定容量以上に掴んだ場合に関
する記載や示唆はなく,形式的には,甲19には「圧力上昇」,甲36には「内圧が
高くなる」との文言が存在するものの,いずれも,本件発明1における,「シェルが
掴み物を所定容量以上に掴んだ場合の内圧の上昇」を具体的な解決課題とするもの
ではないことからすれば,引用発明において,甲19及び甲36の各考案を適用す
る動機付けがない。
そうすると,仮に,引用発明に,副引例である甲19及び甲36を適用するとし
ても,相違点6に容易に想到できない。
原告の主張は,単に,形式的な「内圧」等の用語をそれが用いられている文脈や意
義と関係なく拾い上げ,繋ぎ合わせることによって,容易想到性の論理を構築しよ
うとするものであり,このような立論方法は,第2次判決において,進歩性判断と
して許されないと判示されている。
⑵相違点9について
引用発明は,「土砂」の浚渫を行うために,「爪有りのシエル」の構成を採用した
から,「爪無しのグラブ」とすることには阻害要因があり,引用発明の掘り跡は,甲
7の第3図からすると,円弧状とならざるを得ず,引用発明は,薄層ヘドロ浚渫工
事に適用することを何ら予定しておらず,動機付けに欠ける。
原告は,爪付きグラブバケットを使って薄層ヘドロ浚渫工事を行うことは広く行
われていたと主張し,証拠として甲38~44を提出するが,いずれも,山状の掘
り残しや溝状の掘り跡を残すという問題を解決しない。
したがって,引用発明において,相違点9に係る本件発明1の構成とすることは,
当業者が容易に想到できることとはいえない。
⑶相違点11について
甲14の1のシェルカバーが本件特許出願前に公知であったとはいえない。
原告は,甲14の1のシェルカバーが本件特許出願前に公知であったと主張し,
証拠として甲45を提出するが,甲45の文献は,平成16年9月24日に発行さ
れたものであり,本件特許出願日である同年5月24日には,未だ発行されていな
いから,その証拠としての価値は乏しい。
⑷予備的主張
ア相違点2の容易想到性判断について
本件審決は,本件発明1においては,「シェルを爪無しの平底」構成としているの
に対し,引用発明においては,シエル1を「爪有りの平底」構成としていると認定し
た上,甲8及び甲9に爪無しの平底構成のバケットが記載されていることをもって,
浚渫用グラブバケットにおいて爪無しの平底構成のバケットを備えることは周知で
あると認定し,当業者は同周知技術を引用発明に適用して相違点2に係る本件発明
1の発明特定事項とすることを容易に想到できたと判断した。
しかし,引用例は,浚渫の対象を「土砂」と明記している。土砂を浚渫する場合に
は,ヘドロ等の軟性物とは異なり,爪を土砂内へ食い込ませなければ作業を実施す
ることができない。そのために,引用発明では,発明の詳細な説明及び図面のいず
れにおいても,明確な意図をもって,シェルの構成を「爪有り」と特定している。
引用発明は,具体的課題として,海面から海上に引き上げる際に,浚渫した土砂
の流出の防止を具体的課題として特定していることからしても,課題を見出す前提
として,土砂を掘削するための爪有りのシェルを有する構成が必須である。これに
爪無しのシェルを適用することは,敢えて土砂の浚渫を困難にするから,当業者に
はそのような動機付けが存在しないか,阻害要因が存在する。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
イ相違点3の容易想到性判断について
本件審決は,本件発明1においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置す
る」のに対し,引用発明においては,「シエル1の上端部に掩蓋2を設ける」ことを
相違点として認定した上,引用例の記載からすると,シエル1の掩蓋2の逆止弁5
が閉止されているときにはシエルは完全に密閉状態になることから,バケツトのシ
エル1と掩蓋2の間には隙間がないことは明らかであるとして,引用発明における
バケットはシエル1の上端部に掩蓋2が「密接配置されている」構成を備えている
と認定し,相違点3は実質的に相違点とならないと判断した。
しかし,引用発明における「掩蓋2」は,単に「シエル1の上端部」に設けられて
いるだけで,さらに進んで,「密接配置」されているか否かについては何ら明らかに
されていないから,本件審決の上記判断は誤りである。
加えて,引用発明は,海面から海上(大気中)にバケットを引上げる際の土砂の流
出防止を具体的課題とするものであるところ,海上(大気中)への引上げの際には,
重量物である「掩蓋2」自身の重みによって土砂の流出を防止することができ,引
用例には,その他何らかの課題が生ずる旨の示唆も存在しない。
そうすると,「掩蓋2」をバケットに「密接」配置する動機付けがないから,当業
者は,引用発明を出発点として,相違点3の構成について容易に想到できたものと
はいえない。
第4当裁判所の判断
1本件各発明について
⑴本件明細書の記載事項
本件明細書の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(甲1,4。図は別紙
1記載のもの)。
ア技術分野
【0001】本発明はグラブバケットに関し,特には港湾,河川,湖沼等の浚渫時
にヘドロ,土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率を高めるとともに水の
含有量を低減させ,含水比の高い掴み物をバケット内に密閉することにより,撹乱
とか水中移動時及び運搬船への積み込み時の濁りや飛散を効果的に防止するととも
に,バケットの容量を超えた掴み物をオーバーフローさせることによって内圧上昇
に起因する変形,破損を引き起こすことがない平底幅広浚渫用グラブバケットに関
するものである。
イ背景技術
【0002】【図7】は従来の丸底爪付きグラブバケットを示す正面図,【図8】は
同側面図であり,図中の1,1は左右対称構成にかかる一対のシェル,2は下部フ
レーム,3は上部フレーム,4,4はタイロッドであり,シェル1,1は下部フレー
ム2に軸5を介して回動自在に軸支され,また左右のタイロッド4,4はその下端
部がシェル1,1に,上端部が上部フレーム3に回動自在に軸支されている。
【0003】下部フレーム2及び上部フレーム3にはそれぞれ所定個数の下シー
ブ7と上シーブ6が回転自在に軸支されていて,これらの下シーブ7と上シーブ6
間には左右対称で2本の開閉ロープが掛け回され,シェル1,1の開閉操作をする。
開閉ロープは上部フレーム3の上面に配置されたガイドローラ9,9を介して上方
へ延び,浚渫船などのクレーンから吊支される。上部フレーム3の上面には浚渫用
バケット全体を前記クレーンから昇降自在に軸支するための2本の吊支ロープが吊
環11を介して上部フレーム3に連結されている。
【0004】シェル1,1は軸20,20によって回動自在に軸支されており,こ
のシェル1,1は丸底爪付きの構成となっている。通常グラブバケットの最適バラ
ンスを保持させるため,【図7】のロッド軸心間の距離Aを100とした場合,【図
8】のシェル1,1の幅内寸Bの距離は50程度となっている。
【0005】特許文献1には夫々回動自在なアームを介して吊下げられるととも
に各々が掬取開口の上部で回動自在に枢支され,閉じた状態において前記掬取開口
の端面が互いに密着する一対のシェルと,このシェルの背部開口を塞ぐ防塵プレー
トと,この防塵プレートにあけられた透孔に接続されたフィルタとを備えてなるグ
ラブバケットが記載されている。更に特許文献2には,シェルとロッドとを枢着す
る軸にシェル側面の上方の開口部を覆うようなカバーの一端部を回転自在に取付け,
このカバーの表面とロッドとロッド上の案内及び上下部滑車を経由して開きワイヤ
ーを配設し,カバーの裏面と下部滑車箱とをシェルを経由して閉じワイヤーを配設
し,これらのワイヤーを介してシェルの開閉運動に同期させてカバーの開閉を行わ
せると共にバケットの全閉状態において対向するシェルの面にパッキンを設けたこ
とにより掴み物の流出を防止したグラブバケットが開示されている。
ウ発明が解決しようとする課題
【0006】しかしながら,従来の丸底爪付きグラブバケットを利用した浚渫作
業は,掘り後が溝状となってしまうため,非能率的であるとともにヘドロ,土砂等
を完全に浚渫することができないという課題がある。特に近年のヘドロ浚渫は土厚
20㎝〜1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事が増えているが,グラブバケットによる掴
み物以外は水であり,掴んだヘドロと水は地上に引き上げて分離処理する必要があ
るため,掴み物中の水の含有量を減らすことが求められている。しかし従来の丸底
爪付きグラブバケットでは掴み物の切取面積が小さいため,水の含有量を減らすこ
とができない。
【0007】更に前記したようにグラブバケットのロッド軸心間の距離Aを10
0とした場合にシェル1,1内寸Bの距離は50程度となっているため,掴み切取
面積をより大きくすることが困難であり,大きな容量のグラブバケットを得ること
ができないという問題もある。
【0008】また,グラブバケット内のヘドロ等の掴み物の撹乱とか水中移動が
発生しやすく,ヘドロ運搬船への積み込み時に河川又は海水に大きな濁りを生じて
しまうという課題がある。従来は上記に対処して周辺水域に濁りが拡散・移流する
ことを防止するため,浚渫現場に汚濁防止膜を設置する手段が採用されているが,
潮流の早い海域では浚渫作業中に該汚濁防止膜が流されてしまったり,グラブバケ
ットと汚濁防止膜が接触して膜が破損する等の事故が発生して濁りの拡散・移流を
完全に防止することができないという問題がある。
【0009】シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には,グラブバケット
自体の水中の抵抗が増加して降下時間が長くなるという問題があり,更にグラブバ
ケットが掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合には,この掴み物の逃げ道がないこ
とによりグラブバケットの内圧が上昇して該グラブバケットの変形とか破損を引き
起こしてしまう惧れがある。
【0010】そこで本発明は上記に鑑みて,ヘドロ,土砂等の掴み物の切取面積
を大きくして作業能率を高めるとともに水の含有量を低減させ,浚渫作業時にも掴
み物の撹乱とか水中移動が発生せず,ヘドロ運搬船への積み込み時にも河川又は海
水に濁りを生じたり周辺水域に濁りが拡散・移流することを防止するとともに,グ
ラブバケット自体の水中での抵抗を減少させて降下時間を短縮し,グラブバケット
が掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合でも該グラブバケットの内圧上昇に起因す
る変形,破損を引き起こすことがない平底幅広浚渫用グラブバケットを得ることを
目的とするものである。
エ課題を解決するための手段
【0011】本発明は上記目的を達成するために,吊支ロープを連結する上部フ
レームに上シーブを軸支し,側面視において両側2ケ所で左右一対のシェルを回動
自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左右2本のタイロッ
ドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支
し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にした
グラブバケットにおいて,シェルを爪無しの平底幅広構成とし,シェルの上部にシ
ェルカバーを密接配置するとともに,前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成
し,該空気抜き孔に,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開い
て水が上方に抜けるとともに,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内
圧の上昇に伴って上方に開き,グラブバケットの水中での移動時には,外圧によっ
て閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け,正面視におけるシェルを軸
支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合,側面視におけるシェルの幅
内寸の距離を60以上とし,かつ,側面視においてシェルの両端部がタイロッドの
外方に張り出すとともに,側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に
張り出し,更に,側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支す
る軸の外方に張り出してなり,薄層ヘドロ浚渫工事に使用する平底幅広浚渫用グラ
ブバケット(なお,前記正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向か
ら視たものであり,前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の
側方から視たものとする)を提供する。
【0012】本発明は上記構成に加えて,シェルカバーは左右対称なシェルカバ
一上段,シェルカバー中段,シェルカバー下段とから構成され,上記シェルカバー
上段とシェルカバー中段との間に複数個の蓋体が配設されている。
オ発明の効果
【0013】本発明によって得られた平底幅広浚渫用グラブバケットによれば,
シェルを爪無しの平底幅広構成とし,シェルの上部にシェルカバーを密接配置する
とともに,正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100と
した場合,側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし,かつ,側面視に
おいてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに,側面視においてシ
ェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し,更に,側面視においてシェルの両
端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり,薄層ヘドロ浚
渫工事に使用することにより,従来の丸底爪付きグラブバケットに較べてバケット
本体の実容量が大きく,かつ,掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下
げることにより作業能率を高めるとともに水の含有量を減らし,しかも掘り後が溝
状とならずにヘドロを完全に浚渫することができる。特に土厚20㎝~1m以内の
薄層ヘドロ浚渫工事のように土厚が少なくなるほど平底幅広浚渫用グラブバケット
の有用性が高くなる。
【0014】シェルの上部に開閉式のゴム蓋を有する蓋体が配設されたシェルカ
バーを密接配置したことにより,シェルを広げたまま水中を降下する際にはゴム蓋
を有する蓋体が上方に開いて水が上方に抜けるので,水中での抵抗が減少して降下
時間を短縮することができる。グラブバケットが掴み物を所定容量以上に掴んだ場
合には,内圧の上昇に伴ってゴム蓋を有する蓋体が上方に開き,内圧が降下してグ
ラブバケット自体の変形とか破損が引き起こされる惧れがない。グラブバケットの
水中での移動時には,外圧によってゴム蓋を有する蓋体が閉じられるので,掴み物
の撹乱とか水中移動は発生せず,河川又は海水に濁りを生じたり周辺水域に濁りが
拡散・移流することは完全に防止することができる。
カ発明を実施するための最良の形態
【0015】‥【図1】は本発明にかかるグラブバケットの正面図,【図2】は同
側面図であり,図中の1,1は左右対称構成にかかる左右一対のシェル,2は下部
フレーム,3は上部フレーム,4,4はタイロッドであり,左右に1本ずつ2本装備
されている。左右一対のシェル1,1は側面視において両側2ケ所で下部フレーム
2に軸5を介し回動自在に軸支され,左右のタイロッド4,4はその下端部が軸2
0,20によってシェル1,1に,上端部が上部フレーム3に回動自在に軸支され
ている。
【0016】上部フレーム3には上シーブ6が回転自在に軸支されており,下部
フレーム2には下シーブ7が回転自在に軸支されている。これらの上シーブ6と下
シーブ7間には図示を省略する開閉ロープが掛け回され,シェル1,1の開閉操作
をする。【図2】に示すように開閉ロープ8,8は上部フレーム3の上面に配置され
たガイドローラ9,9を介して上方へ延び,浚渫船などのクレーン(図示略)から吊
支される。上部フレーム3の上面には浚渫用バケット全体を前記クレーンから昇降
自在に吊支するための2本の吊支ロープ10,10が吊環11,11を介して上部
フレーム3に連結されている。
【0017】シェル1,1は軸20,20によって回動自在に軸支されており,
爪無しの平底幅広構成となっている。そして【図1】の正面視におけるタイロッド
4,4の軸20,20の軸心間の距離A’を100とした場合,【図2】の側面視に
おけるシェル1,1の幅内寸B’の距離は60以上であり,かつ,【図2】に示すよ
うに,側面視においてシェル1,1の両端部がタイロッド4,4の外方に張り出す
とともに,側面視においてシェル1,1の両端部が下部フレーム2の外方に張り出
し,更に,側面視においてシェル1,1の両端部が下部フレーム2とシェル1,1を
軸支する軸5の外方に張り出してなることが構成上の特徴となっている。なお,本
発明において正面視とは,【図1】に示すようにシェル1,1と下部フレーム2を軸
支する軸5の軸心方向から視たものであり,側面視とは,【図2】に示すようにシェ
ル1,1と下部フレーム2を軸支する軸5を軸心方向の側方から視たものである。
【0018】【図3】‥のシェルカバー12は左右対称にシェルカバー上段13,
13,シェルカバー中段14,14,シェルカバー下段15,15とから構成され,
上記シェルカバー上段13とシェルカバー中段14との間に空気抜き孔が形成され,
該空気抜き孔に蓋体16,16が複数個配設されている。この蓋体16には開閉式
の特殊ゴム蓋17,17が取付けられている。【図3】の例では蓋体16,16が4
個配設されているが,この蓋体16の個数は4個に限定されるものではない。
【0019】上記の蓋体16,16は,掴み物がシェル1,1の内側から外側に流
出することは可能であるが,外側から内側に流入することはできない構造となって
いる。つまり蓋体16,16はヘドロ等の掴み物の流入と流出を規制する逆止弁を
構成している。
【0020】かかる平底幅広浚渫用グラブバケットによれば,浚渫船による河川
あるいは海域での浚渫時に,上部フレーム3に連結されている吊支ロープ10,1
0を浚渫船のクレーンに吊支して,該クレーンから2本の吊支ロープ10,10を
昇降させることによって上シーブ6と下シーブ7間に掛け回された開閉ロープ8が
回動してシェル1,1の開閉操作が行われる。
【0021】上記の動作時において,シェル1,1は爪無しの平底幅広構成とな
っているため,従来の丸底爪付きグラブバケットに較べてシェル1,1の実容量が
大きく,更に実容量が同一の場合でも掴み物の切取面積を大きくすることができる。
特に浚渫する土厚が一定である場合を仮定すると,一回の掴み作業における切取掴
み量を大きくすることができる。港湾,河川,湖沼等における近時のヘドロ浚渫時
には,土厚20㎝〜1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事が行われるが,土厚が少なくな
るほど本発明にかかる平底幅広浚渫用グラブバケットの作業能率が高く,掘り後が
溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することができるとともに従来のグラブバケッ
トに比して切取面積が大きいため,掴み物中の水の含有量を減らすことができる。
【0022】【図4】は従来の丸底爪付きグラブバケットを使用した場合の切取
面積の実際例を示しており,寸法aは2.5m,寸法bは7.4m,切取面積は1
8.5㎡であるのに対して,【図5】に示す本願発明の平底幅広グラブバケットで
は,寸法a’が3.1m,寸法b’は7.0m,切取面積は21.7㎡である。【図
6】に示す本願発明の他の実施例によれば,寸法a”が3.5m,寸法b”は7.3
m,切取面積は25.6㎡である。【図4】と【図5】を比較すると切取面積は11
7%増大しており,【図5】と【図6】を比較すると切取面積は118%増大してい
る。
【0023】更にシェル1,1にシェルカバー12を密接配置したことにより,
シェル1,1を左右に広げたまま水中を降下する際には,蓋体16,16の特殊ゴ
ム蓋17,17を上方に開くことにより,グラブバケット内の水が上方に抜けて水
中での抵抗が減少するので,降下時間を短縮することができる。また,シェル1,1
が掴み物を所定容量以上に掴んだ場合には,内圧の上昇に伴って同様に蓋体16,
16の特殊ゴム蓋17,17が上方に開くので,掴み物の逃げ道ができることによ
り内圧が降下して該シェル1,1の変形及び破損が引き起こされる惧れがない。そ
してグラブバケットの水中での移動時には,外圧によって蓋体16,16の特殊ゴ
ム蓋17,17は閉じられており,従って掴み物の撹乱とか水中移動は発生せず,
ヘドロ運搬船への積み込み時にも河川又は海水に濁りを生じることを防止して周辺
水域に濁りが拡散・移流することを完全に防止することができる。
⑵本件各発明の特徴
上記⑴によれば,本件各発明の特徴は,次のとおりであると認められる。
ア本件各発明は,港湾,河川,湖沼等の浚渫に用いるグラブバケットに関する
ものである(【0001】)ところ,従来の丸底爪付きグラブバケットを利用した浚
渫作業では,掘り後が溝状となることから,作業の能率が悪く,ヘドロ,土砂等を完
全に浚渫することができないという課題があった。特に,土厚20㎝〜1m以内の
薄層ヘドロ浚渫工事においては,掴んだヘドロと水を地上に引き上げて分離処理す
る必要があることから,掴み物中の水の含有量を減らすことが求められるが,従来
の丸底爪付きグラブバケットでは,掴み物の切取面積が小さいことから,水の含有
量を減らすことができない(【0006】)。また,グラブバケット内のヘドロ等の掴
み物の撹乱や水中移動が発生しやすく,ヘドロ運搬船への積み込み時に河川又は海
水に大きな濁りを生じるという課題もある(【0008】)。シェルを左右に広げたま
ま水中を降下する際には,水中の抵抗が増加して降下時間が長くなるという問題が
あり,更に掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合には,グラブバケットの内圧が上
昇して該グラブバケットの変形とか破損を引き起こすおそれもある(【0009】)。
イ本件各発明は,ヘドロ,土砂等の掴み物の切取面積を大きくして,作業能率
を高めるとともに水の含有量を低減させ,浚渫作業時にも掴み物の撹乱とか水中移
動が発生せず,ヘドロ運搬船への積み込み時にも河川又は海水に濁りを生じ周辺水
域に濁りが拡散・移流することを防止するとともに,グラブバケット自体の水中で
の抵抗を減少させて降下時間を短縮し,グラブバケットが掴み物を所定の容量以上
に掴んだ場合でも該グラブバケットの内圧上昇に起因する変形,破損を引き起こす
ことがない平底幅広浚渫用グラブバケットを得ることを目的とする(【0010】)。
ウ本件各発明は,上記目的を達成するために,特許請求の範囲の請求項1及び
2に記載された構成を採用した(【0011】,【0012】)。
本件各発明によって得られた平底幅広浚渫用グラブバケットによれば,従来の丸
底爪付きグラブバケットに較べてバケット本体の実容量が大きく,かつ,掴み物の
切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げることにより作業能率を高めるととも
に水の含有量を減らし,掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することがで
きる。特に土厚20㎝~1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事のように土厚が少なくなる
ほど平底幅広浚渫用グラブバケットの有用性が高くなる(【0013】)。
シェルを広げたまま水中を降下する際には,ゴム蓋を有する蓋体が上方に開くこ
とから,水が上方に抜け,抵抗が減少し,降下時間を短縮することができる。また,
グラブバケットが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも,内圧の上昇に伴い,ゴ
ム蓋を有する蓋体が上方に開くことから,内圧が降下し,グラブバケットが変形,
破損することを避けられる。さらに,グラブバケットの水中での移動時には,外圧
によって,ゴム蓋を有する蓋体が閉じられることから,掴み物の撹乱等が発生せず,
河川又は海水に濁りを生じ周辺水域に濁りが拡散・移流することを防止することが
できる(【0014】)。
2取消事由について
⑴引用発明について
ア引用例には,名称を「浚渫用バケットにおける汚濁防止装置」とする考案に
つき,次のような記載がある(甲7。図は別紙2記載のもの)。
実用新案登録請求の範囲
主軸3を支点として開閉する一対のシエル1の上端部にそれぞれ掩蓋2を設け,
該両掩蓋2にそれぞれ軸4を支点として開閉可能な逆止弁5を設けて構成したこと
を特徴とする浚渫用バケットにおける汚濁防止装置。
考案の詳細な説明
a目的
本考案は,浚渫用バケットの汚濁防止装置に関するものであり,その目的は,簡
単で合理的な構成により,浚渫作業による海水,河水の汚濁を効果的に防止するこ
とのできる浚渫用バケットを提供し,浚渫作業に伴う海水等の汚損公害を防止しよ
うとするものである。
港湾,河川等の浚渫工事においては,従来クラムシェルバケットを使用して浚渫
作業が行われる場合があるが,水の汚濁に対しては全く何らの対策もなく,水底の
掘削時に生ずる水の汚濁よりも,掘削した土砂を水面から引揚げる際,水と共に流
出する土砂によって水の表面の汚濁が甚だしく,長時間の連続作業のために,広範
囲の水域を汚濁することとなり,ひいては水産関係などにも甚大な被害をもたらす。
本考案は,前記の欠陥を解決すべく,バケットに掩蓋を設けると共に掩蓋に逆止
弁を備えて海水等の汚濁を防止するようにしたものである。
b実施例
本考案においては,主軸3を支点として開閉(回動)する一対のシェル1に,逆止
弁5を備えた掩蓋2を設けることとしており,例えば【第1図】~【第4図】に例示
するように,シェル1の上端部に掩蓋2を設け,該掩蓋2には軸4を支点として開
閉(回動)する逆止弁5を設ける。
本考案のバケットは,【第1図】~【第4図】に例示するように,前記のように逆
止弁5を備えた掩蓋2を有する一対のシェル1には下端に爪6を備え,該シェル1
を重錘1aと共に主軸3により組み立て,上溝車ボツクス7に固定したアーム7a
と該ボツクス7に枢着したアーム8を,シェル1の上端部にピン9a,9が接続す
る。該ボツクス7には上溝車10とガイドローラー12とを設け,重錘1aには下
溝車11を設ける。前記ボツクス7の上部には支持ワイヤー14を取付けてバケッ
ト全体をつり下げ,開閉ワイヤー15をガイドローラー12から入れ,下溝車11
と上溝車10を二往復するようにかけて,ワイヤー固定金具13で止めて,開閉ワ
イヤー15を巻き上げるとシェル1が閉じ,巻き下げると開くようにする。
図中,16は掘削面,16aは土砂である。
c本考案を備えたバケットの使用状態及び作用
まず,支持ワイヤー14でバケット全体をつり下げ,開閉ワイヤー15を緩める。
シェル1が開いた状態で水中へ降下させ,その際,【第1図】に例示するように,シ
ェル1に残留した空気を逆止弁5を圧力によって,軸4を支点として押し上げ,該
空気を排除しつつ掘削面16(海底面,川底面等)に着地する。
次に,支持ワイヤー14をその位置で停止し,開閉ワイヤー15を巻き上げて,
【第2図】に例示するように,シェル1の爪6で掘削する。掘削が終了し,シェル1
が(【第3図】参照)閉じてから,支持ワイヤー14を僅かに緩めながら,開閉ワイ
ヤー15の張力でバケットを海上(水上)に引き上げて,所定の個所へ排土する。
この場合,シェル1の掩蓋2は逆止弁5が閉止されているので,海面(水面)を通
過するシェル1には掘削した土砂が完全に閉じ込められて土砂の流出が生じない。
本考案においては,シェルに開閉自在の逆止弁を備えた掩蓋が設けられているの
で,前記のように,逆止弁が自動的に作用して空気の排出及び掩蓋の閉塞を行うと
共に,掘削した土砂を逆止弁付き掩蓋により閉じたシェル内に密閉状態で土砂が収
容されることとなって,バケットの引上げに際しても,シェルからの土砂の流出は
生じない。
したがって,本考案は前記従来の浚渫用バケットにおける河水,海水の汚濁を極
めて簡単な手段をもって,合理的,効果的に解決したものである。又本考案の採用
においても,別にバケット本体までを改造する要はなく,単にバケットの一部を改
造するだけで充分に目的が達成出来るため,従来のバケットが利用出来て経済的で
ある。なお,本考案を採用しても浚渫作業の能率を低下させるおそれもない。
更に,本考案は,簡単な構成により,浚渫工事に生ずる汚濁公害が完全に防止可
能となるので,浚渫作業の向上に著しく貢献すると共に実用的価値が著しい。
イ引用発明
前記アによれば,引用例には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2
の3⑵)が開示されていることが認められる。
⑵本件発明1と引用発明の一致点及び相違点
ア本件発明1と引用発明の一致点及び相違点につき,本件審決は,前記第2の
3⑶のとおりに認定したところ,そのような一致点及び相違点があることについて
は,当事者双方とも争っていない。
イもっとも,発明の進歩性の判断に際し,本件発明と対比すべき主引用発明は,
当業者が,出願時の技術水準に基づいて本件発明を容易に発明をすることができた
かどうかを判断する基礎となるべき具体的な技術的思想でなければならない。そし
て,本件発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり,主引用発
明に副引用発明を適用することにより本件発明を容易に発明をすることができたか
どうかを判断する場合には,主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野
の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用
発明を適用して本件発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,適用
を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断する
こととなる。
このような進歩性の判断構造からすれば,本件発明と主引用発明との間の相違点
を認定するに当たっては,発明の技術的課題の解決の観点から,まとまりのある構
成を単位として認定するのが相当であり,かかる観点を考慮することなく,相違点
をことさらに細かく分けて認定し,各相違点の容易想到性を個々に判断することは,
進歩性の判断を誤らせる結果を生じることがあり得るものであり,適切でない。
ウ前記アのとおり,本件発明1と引用発明の一致点及び相違点が本件審決の認
定したとおりのものであることについては,当事者間に争いがない。
しかし,前記イで述べたところに照らせば,本件審決が認定した相違点のうち,
少なくとも相違点4ないし6に係る構成は,グラブバケット自体の水中での抵抗を
減少させて降下時間を短縮し,グラブバケットが掴み物を所定の容量以上に掴んだ
場合でも該グラブバケットの内圧上昇に起因する変形,破損を引き起こすことがな
いようにするという技術的課題の解決に向けられたまとまりのある構成であるから,
本件において,相違点4ないし6は,本来,次のとおりに認定すべきものであった。
(相違点A)
本件発明1においては,シェルカバーの一部に形成された空気抜き孔に取り付け
られた「開閉式のゴム蓋を有する蓋体」が,「シェルを左右に広げたまま水中を降下
する際には上方に開いて水が上方に抜け」るとともに,「シェルが掴み物を所定容
量以上に掴んだ場合にも,内圧の上昇に伴って上方に開」き,「グラブバケットの水
中での移動時には,外圧によって閉じられる」ものであるのに対し,引用発明にお
いては,掩蓋の一部に形成された空気抜きのための開口に取り付けられた「開閉式
の逆止弁」が,「シエルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて空
気が上方に抜けるとともに,バケットを海上に引き上げる場合に閉じられる」が,
「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開」
くか否かは明らかでない点。
エ本件発明1と引用発明との相違点は,本来,前記ウのとおりに認定すべきも
のであった。しかしながら,この点を措き,本件審決の認定したところ及び当事者
の主張に従い,相違点6の判断の当否として検討してみても,後記⑶のとおり,本
件審決の判断に誤りがあるとはいえない。
⑶相違点6の判断について
ア相違点6に係る本件発明1の構成は,ゴム蓋が,「シェルが掴み物を所定容
量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開」くというものであるところ,
引用例には,シェルが掴み物である土砂を所定容量以上に掴んだ場合に関する記載
や示唆は全くない。
イこの点に関して,原告は,密閉型のグラブバケットの分野において,シェル
が掴み物を容量以上に掴んだときに,シェル内に充満した掴み物の圧力でシェルが
変形・破損することは,周知の技術的課題であり,内圧の上昇に伴って逆止弁が上
方に開くことにより,内圧の上昇を抑えられることは,上記の技術的課題に対する
周知の解決手段であったと主張し,これに沿うものとして証拠(甲19,36)を提
出する。その上で,原告は,上記の技術的課題及び解決手段が,当業者が本件特許出
願時における技術常識を参酌することにより引用例の記載から導き出すことのでき
るものであるから,引用例に記載されているに等しいと評価すべきであり,そのこ
とから,相違点6は実質的な相違点ではないと主張する。
そこで,甲19及び甲36から原告の主張するような技術的課題及び解決手段を
認定することができるかどうかを検討する。
甲19
甲19の実用新案登録請求の範囲には,「バケットの上部にバケット室と連通する
ホース(11)を取り付け,該ホース内にバケット室内圧力調整弁(12)を設けた
ヘドロ採取バケット」との記載がある。
また,考案の詳細な説明には,圧力調整弁(12)の機能に関して,バケット内を
密閉した時に,「バケット内の圧力は高まろうとするが,前記圧力調整弁(12)が
あるので,この弁が開放して室内の海水,空気等をホース(11)内に導き,バケッ
ト室内の圧力上昇を防止すると共にバケット室内から海中への海水,ヘドロ等の放
出を防止する。」(3頁13行目~18行目)との記載があるものの,甲19の全体
を検討しても,掴み物の圧力によってバケットが変形・破損するおそれがあるとい
う課題についての明示的な記載はなく,その示唆も見当たらない。
なお,甲19には,バケットが密閉される作用に関して,「このロープ(4)をゆ
るめてバケット内を密閉する。」(3頁12行目~13行目)との記載があるが,甲
19のバケットは,その比較的簡素な構造からして,締付力を作用させて閉じる構
成ではなく,専らバケットの自重によって閉じる構成であると考えられることから
すると,シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合の内圧発生という課題が生じ
るとは認められない。
よって,甲19から,密閉型のグラブバケットの分野においてシェルが掴み物を
容量以上に掴んだときにシェル内に充満した掴み物の圧力でシェルが変形・破損す
ることを防ぐという技術的課題も,内圧の上昇に伴って逆止弁が上方に開くことに
よって内圧の上昇を抑えるという解決手段も認定することはできない。
甲36
甲36の実用新案登録請求の範囲には,「カバー状体が,シェル(C)の内側壁間
に遊嵌する一対の側板(3)とシェル上方を覆う屋根板(4)を有し,上部に開放部
(5)が形成され,該開放部(5)を覆う広さを有して回動可能な逆止弁(9)が枢
着しており,‥ヘドロ浚渫用グラブバケット」との記載があり,図面(第3図及び第
4図)が添付されている。
また,考案の詳細な説明には,従来のヘドロ浚渫用グラブバケットの難点として,
「シェル上部開放面を板材等で固定的に被閉したグラブバケットにあっては,過剰
に掴取されたヘドロによって閉合が不安定となって,バケットの移動中にヘドロが
水中に洩出・拡散したり,また,完全に閉合した場合でも,シェル内に充満したヘド
ロの圧力で板材等が変形・破損して,ヘドロ洩出・拡散の原因になったり,シェルの
開閉に支障が生じる等の問題が生じていた。」(4頁6行目~14行目)との記載が
ある。さらに,「内圧」や「逆止弁」に言及する部分として,「シェル(C)は,徐々
に,閉合していき,ヘドロがシェル内に充満して内圧が高くなるが,絶えず遊離水
が排除されて内圧を抑えるので,その差によっては,‥逆止弁(9)が開いて過剰の
ヘドロを排出して,最後には,逆止弁(9)が閉じた状態でシェル(C)が閉合す
る。」(10頁10行目~16行目)との記載もある。
しかし,甲36(第3図及び第4図)にいうヘドロ用カバー(1)の本体(6)の
側面及び上面には,適宜の大きさ(通常,直径10~30ミリ)で面取りをした排水
穴(18)及び適宜形状(第3図では長方形)の排水窓(19)に1又は2以上の層
からなる金網(20)が取り付けられている(8頁3行目~8行目参照)。そうする
と,甲36の逆止弁(9)は,ヘドロを過剰に掴取した場合でも,閉合を安定させ,
シェル内に充満したヘドロの圧力で板材等が変形・破損することを防止するという
ことを課題としてはいても,排水穴(18)及び排水窓(19)によってでは不十分
であるときに補助的に作動するものと認められるので,実際にシェルの破損や変形
の原因となるほどの内圧の上昇が生じることは考えにくい。
よって,甲36からは,密閉型のグラブバケットの分野においてシェルが掴み物
を容量以上に掴んだときにシェル内に充満した掴み物の圧力でシェルが変形・破損
することを防ぐという技術的課題を認定することはできるが,内圧の上昇に伴って
逆止弁が上方に開くことによって内圧の上昇を抑えるという解決手段を認定するこ
とはできない。
小括
以上によれば,甲19及び甲36から原告の主張するような技術的課題及び解決
手段を認定することはできず,上記技術的課題及び解決手段が周知であったことを
もって,本件発明と引用発明の相違点6が実質的な相違点ではない旨をいう原告の
主張は,理由がないものというほかない。
ウ仮に,原告の主張を,引用発明に上記周知技術を適用すれば,シェルが掴み
物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴ってゴム蓋が上方に開くとの構
成に容易に想到できるという主張であるとみても,甲19及び甲36から原告の主
張するような技術的課題及び解決手段を認定することはできず,それが周知であっ
たともいえないことは,前記イのとおりである。よって,上記主張はその前提を欠
き,相違点6が容易に想到できないとした本件審決の判断の誤りをいう原告の主張
は,理由がない。
エ以上のとおり,相違点6は実質的な相違点であり,かつ,引用発明に基づい
て容易に想到できないのであるから,相違点Aも実質的な相違点であり,かつ,引
用発明に基づいて容易に想到できたとはいえない。
オよって,本件発明1は,引用発明に基づいて容易に発明をすることができた
とはいえないから,本件発明1にかかる特許を無効とすることはできないとした本
件審決の判断は,その結論において誤りがない。
⑷本件発明2について
本件発明2は,本件発明1の構成要件を全て含むところ,本件発明1が容易に発
明をすることができたとはいえないことは前記⑶のとおりであるから,本件発明2
についても,引用発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
よって,本件発明2にかかる特許を無効とすることはできないとした本件審決の
判断は,相違点11について検討するまでもなく,その結論において誤りがない。
⑸小括
以上によれば,原告の主張する取消事由は理由がない。
3特許法167条又は信義則の違反をいう被告の主張について
⑴被告は,本件無効審判における事実及び証拠は,別件無効審判のそれと実質
的に同一であるから,本件無効審判の請求は,特許法167条の規定に違反し,「紛
争の蒸し返し防止」及び「紛争の一回的な解決」の要請に反し,許されない旨主張す
るので,事案に鑑み,以下,判断する。
⑵別件無効審判の経緯は,前記第2の1⑵認定のとおりであり,本件特許につ
いて,平成22年12月14日付け別件無効審判の請求以来,約7年4月間の長期
間にわたり,4回の審決と3回の判決,1回の決定がされたことが認められる。
現行特許法が,同一の請求人についても,同法167条の場合を除いて,何回で
も,かつ,時期的制限もなく(同法123条3項),無効審判を請求することのでき
る制度を採用していることについては,特許権の安定や紛争の一回的解決の見地か
ら再検討の余地があるが,特許法167条は,「特許無効審判‥の審決が確定したと
きは,当事者‥は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求すること
ができない。」と規定している。そして,同条の趣旨は,①同一争点による紛争の蒸
し返しを許さないことにより無効審判請求等の濫用を防止すること,②権利者の被
る無効審判手続等に対応する煩雑さを回避すること,③紛争の一回的な解決を図る
こと等にあると解され,無効審判請求において,「同一の事実」とは,同一の無効理
由に係る主張事実を指し,「同一の証拠」とは,当該主張事実を根拠づけるための実
質的に同一の証拠を指すものと解される。
ところで,無効理由として進歩性の欠如が主張される場合において,特許発明が
出願時における公知技術から容易に想到できたというためには,①当該特許発明と,
引用例(主引用例)に記載された発明(主引用発明)とを対比して,当該特許発明と
主引用発明との一致点及び相違点を認定した上で,②当業者が主引用発明に他の公
知技術又は周知技術とを組み合わせることによって,主引用発明と相違点に係る他
の公知技術又は周知技術の構成を組み合わせることが当業者において容易に想到で
きたことを示す必要がある。そうすると,主引用発明が異なれば,特許発明との一
致点及び相違点の認定が異なり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容
も異なってくるから,無効理由としても異なることになる。
したがって,進歩性の欠如という無効理由について,主引用発明が異なるときは,
「同一の事実」に当たらないことになる。
⑶これを本件についてみると,別件無効審判において,主引用発明とされたの
は,甲8及び甲9に記載された各発明であり,本件の主引用例(甲7)は,別件無効
審判では提出されていない。主引用例から認定される発明(主引用発明)が別件無
効審判で主張された主引用発明と異ならなければ,無効理由としても同一と評価で
きるが,本件審決は,別件無効審判のそれとは異なる発明(掩蓋に逆止弁が取り付
けられた構成を含むもの)を甲7の記載から認定している。浚渫用グラブバケット
において逆止弁に技術的意義があることは明らかであるから,本件無効審判の主引
用発明が別件無効審判のそれと異ならないということはできない。
したがって,現行法下の無効審判請求及び審決取消訴訟においても,「紛争の蒸し
返し防止」及び「紛争の一回的な解決」の要請を満たすような主張立証がされるべ
きことは,被告の主張するとおりであるものの,本件においては,理由がない。
4結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官小林康彦
裁判官関根澄子は,差支えのため署名押印をすることができない。
裁判長裁判官髙部眞規子
別紙1(本件発明)
【図1】【図2】
【図3】
【図4】【図5】【図6】
【図7】【図8】
別紙2(引用発明)
【第1図】【第2図】
【第3図】【第4図】

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