弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主      文
被告人を懲役3年に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理      由
第1 犯行に至る経緯等
 被告人は,昭和27年3月にt大学法学部を卒業した後,大手製紙会社に入社したが,
昭和39年5月ころ,当時頭取であった父親に要請されて,A銀行の前身であるB銀行の
非常勤取締役に就任し,昭和40年10月には同製紙会社を退社し,同銀行の常務取締
役に就任した。その後,被告人は,昭和54年12月に叔父で専務取締役であったaが被
告人の父の引退に伴って代表取締役社長に就任すると同時に,同銀行の専務取締役
に就任し,昭和60年6月に副社長制の導入に伴い,同銀行の取締役副社長に就任し,
さらに,平成元年5月25日,叔父の引退に伴い,そのころ,普通銀行に転換した株式会
社A銀行(以下,「A銀」という。)の代表取締役頭取に就任し,以後平成11年8月25日
に辞任するまでA銀の創業一族出身の頭取として,その代表権と業務全般を統括し,そ
の間,常務会又は経営会議に付議・上程される大口貸出申請案件等についての最終決
定権を持ち,その経営においても融資対象である事業の選択やその推進などについて
大きな影響力を持つとともに同銀行の役員と行員の人事権を掌握していた。
 そして,被告人は,頭取就任以前から,自らが興味を抱き成功する見込みがあると考
えた新規事業を開拓することなどに熱心であり,その傾向は頭取に就任してからも変わ
らず,これらの事業に積極的に融資することに力を注ぎ,平成元年7月ころから,新潟県
北蒲原郡u村のケイマンゴルフ場の開発と同ゴルフ場の開発会社に対し融資を始めた
のを皮切りに,次々とゴルフ場開発業者に対する融資を進め,同村内にテーマパーク事
業の準備を始め,平成4年12月ころから,その関連会社に融資を開始し,同県柏崎市
の別のテーマパーク事業にも融資を開始した。しかし,これらの会社は,その事業の事
業計画や資金計画の内容が杜撰であり,その開業後の業績が不振で赤字経営が続
き,A銀は同社に対し融資した資金を回収することができず,そのため,被告人が主導し
て新たな会社を設立してはA銀がこれらの会社に融資し,同社から前記各融資先会社
に資金を回し,その資金を原資として同銀行が融資した債権の一部を回収するというい
わゆる債権の付け替えを繰り返すことでその場を凌いでいた。
 ところで,被告人は,同銀行の経営を司る代表取締役として,その顧客に対する融資
の可否の判断に当たっては,関係法令は勿論のこと,同銀行の定款及び貸出権限規程
等を遵守し,貸付先の経営状態,資産の内容等を十分に調査し,確実にして十分な担
保を徴求して当該貸付金の確実な回収のために万全の措置を講ずるなど同銀行のた
めその職務を忠実に遂行する任務を有していた。そして,A銀では,日常の業務執行に
関し,取締役会の下に表債12億円を超える融資案件(平成9年4月15日以降)等の一
定の重要事項に関する協議決定機関として,平成9年7月1日以前は,常務取締役以
上の役員をもって構成する常務会が,それ以降本件各犯行当時には常勤の取締役以
上の役員で構成する経営会議が設置されており,その構成取締役の過半数以上が出
席して融資案件等を審議し,適宜意見を述べ,その審議をした結果に基づいて頭取が
最終的にその案件の可否を決することになっており,そのため,代表取締役である被告
人らをはじめ前記会議を構成する取締役は,その会議に出席し,本店審査部長から,そ
の会議に上程された融資案件の上程バランス等の資料に基づいてその内容の説明を
受けてその審議に加わり,前記任務を果たすべき立場にあった。
 しかし,前記のケイマンゴルフ場等の被告人自らが積極的に主導する事業等に対する
融資案件は,A銀内では,「頭取案件」あるいは「v案件」(以下,「頭取案件」という。)と
呼ばれ,その融資金額が大口であるにもかかわらず,事業の収支計画が甘く,融資金
額に見合う十分な担保がないことなどが共通する特質となっており,通常の融資案件が
常務会や経営会議に上程される場合,当該案件の取扱支店及び本店審査部がこれを
審査し,その融資の可否について意見を付すのが常態であるが,頭取案件について
は,本店審査部等も表立って融資に反対する意見を付すことができず,被告人の意向
に沿うように形式を整えた意見を付するのみであった。そして,頭取案件が常務会や経
営会議に上程されて審議される場合には,説明担当者が説明等に窮したりすると,被告
人自らが説明し,あるいは,その構成員から反対意見などが述べられた場合には,被告
人自らが回答して対処するといったことも多く,最終的には被告人が頭取として承認決
裁した。さらに,被告人は,自らが推進する融資案件に対し,反対の意見を述べた取締
役を降格させた上,出向させるなどの制裁人事を実行したことがあり,常務会や経営会
議の構成員らは,融資に反対することで被告人の不興を買い,人事面での不利益な処
遇を受けることをおそれて表立って融資案件に反対することはできない状況にあった。
 そうこうするうち,被告人は,前記の頭取案件と称される融資先の業績不振が続くな
か,これらの集客力に欠ける複数のゴルフ場やテーマパーク等の複数の施設を利用で
きる共通会員権を販売すれば,それぞれの施設ごとの会員権を販売するよりも顧客の
増加が望め,この共通会員権の販売収入を供給することで融資先である各企業の業績
を向上させ,焦げ付いた債権を回収できるのではないかとの思惑を持ち,平成5年4月
ころにはこれを「ゴールデンリング構想」と呼んで積極的に推進することにした。そして,
被告人は,その構想の中心的施設にふさわしいゴルフ場を探すうち,当時経営破綻に
陥っていたC株式会社(以下,「C」という。)が所有していた山梨県西八代郡w村所在の
株式会社D倶楽部(以下,「D倶楽部」という。)が売却されるとの話を耳にし,同倶楽部
を視察したところ,その景観が申し分ない上,場所的にも首都圏近くに位置するため,首
都圏在住者にも会員権の販売が望めると目論み,同倶楽部の買収に当たらせるため,
同年7月30日,自らも実質的に出資して株式会社Eクラブを設立し,A銀の審査第二部
長であったbを出向させて,その代表者に据えその買収に当たらせることにし,その片腕
として,当時,A銀の外部で,被告人の事業推進の実務を担当していたcを充てることに
した。
 そのころ,D倶楽部は,ゴルフコース自体はほぼ完成していたものの,クラブハウス等
の完成にはほど遠い状態で工事が中断しており,同倶楽部に対しては融資した株式会
社F銀行が約100億円,G株式会社が約30億円,H保険相互会社が約58億円の債権
を有していた。前記各社の中心にあったF銀行は,同銀行がD倶楽部の事業を支援して
も,高額の会員権がよほど順調に売れない限りは債権回収が困難であり,追加融資を
してもその回収がおぼつかず,高額の会員権が順調に売れるということは当時の予測と
しては考えられないばかりか,結局,その事業を継続しても採算がとれないので,第三
者が事業継承をするのであればそれが最良であると考え,A銀が買収するのであれば,
前記100億円の債権を放棄してでも売却し,撤退した方が損害が少ないと判断してい
た。
 被告人は,このように同倶楽部には,金融機関に対する合計約200億円の債務,ゴ
ルフ会員権の預託金返還債務が約120億円,既に終わっている工事の代金の未払い
分として約50ないし60億円が存在することを知っていたにもかかわらず,なおもbとA銀
から出向させたdに対し,Cとの買収についての交渉等を指示したほか,銀行法13条に
よるA銀の同一債務者に対する与信限度額が同年3月期の決算からすると,直接の融
資額の上限96億円と保証額の上限48億円を併せて144億円となることを銀行内で計
算させた上,bに対し,この上限の合計額である144億円の融資の内伺申請をA銀x支
店(以下,「x支店」という。)の担当者に行うように指示した。bや同人から報告を受けたx
支店の担当者らは,当時,D倶楽部には,既に会員権を購入した会員に対する預託金
返還問題,その会員の中でF銀行等の金融機関から,会員権を担保とし,さらに,D倶
楽部が保証した上,ローンを組んで会員権を購入した者のローン債務の保証債務の履
行問題,F銀行,G及びHからの合計約200億円の融資金の返済問題,I株式会社との
業務委託契約に基づく約24億円の報酬の支払いの問題などがあるほか,これら以外
にも,株式会社Jに対するゴルフ場の工事代金だけでも今後約100億円が必要である
こと,その経営資金も年に約10億円は必要であると試算される上,ゴルフ場としての開
業までは3年かかり,その間の資金として約30億円が必要であり,そのため,D倶楽部
を買収し,事業を運営していくためにはとても144億円では不足であると考え,被告人
にその旨伝えた。さらに,bは,同年秋ころ,当時取締役秘書室長をしていたeに,D倶楽
部の抱える様々な問題を説明し,その説明を聞いたeが被告人に対し,同倶楽部の買
収を断念するように進言したが,被告人は,結局,同倶楽部を買収する意思を変えるこ
とはなかった。
 そして,被告人は,前記144億円の融資を実行すべく,x支店に融資申請をさせること
にし,x支店の担当者等に対して,その申請手続を急ぐように促す一方,D倶楽部のゴ
ルフ会員権の金額を4000万円とするように指示したが,これは景気が低迷傾向にあっ
た当時としては高い金額であった。その後,D倶楽部に対する前記融資案件は,被告人
の前記指示を受けたx支店の担当者が,上程のための資料を整え,融資申請書を作成
し,本店審査部の審査を受けた上,同年8月26日に開かれた常務会に上程され,その
上程資料に基づいて説明が行われ審議されたが,その際,他の役員からその融資の回
収可能性等について議論が出ると,被告人が融資しても十分な担保価値がある旨説明
し,あたかも自らが事業を行うかのような説明を行いその融資に強い意欲を示したた
め,同倶楽部の所有する土地に前記の与信限度額である144億円を極度額とする根
抵当権を設定して融資するという厳しい条件を付加されるなどして,その常務会で承認
された後,被告人が決裁した。
 その後,被告人は,D倶楽部の買収計画を急がせ,同年12月22日の常務会におい
て,銀行法13条等の関係で直接融資が可能な96億円の枠内である90億円の融資を
被告人自らが承認し,さらに,同倶楽部の買収に絡んで生じる問題のうち,同倶楽部の
F銀行等に対する200億円の負債の件については,これらの銀行等が無税償却が国税
局に認められれば債権を放棄し,ゴルフ場に設定されていた根抵当権も解除してよいと
の意向を示したが,その条件としてA銀の融資証明書を発行するように求めてきたた
め,これらの銀行等に対し,14億8500万円の融資証明書をA銀頭取名で発行し,平
成6年1月27日,90億円の融資が実行され,前記Eクラブ(平成8年8月,「株式会社K
クラブ」に商号変更したため,以下,「Kクラブ」という。)は,D倶楽部の株式の約7割以
上を取得して実質的に支配することになった。
 一方,被告人は,D倶楽部が,マナファーム事業,つまり観光牧場事業と併せて行うこ
とがその許認可の条件となっていたところから,前記融資額ではマナファーム事業を経
営するには資金不足であったため,同倶楽部とは別会社を設立し,そこにA銀が融資す
ることでマナファーム事業を経営させようと考え,平成5年11月,株式会社L(以下,「L」
という。)を設立し,ついで集客力を増すために,同社から,平成7年7月には株式会社
Mを,平成8年10月には株式会社N(以下,「N」という。)を,平成9年6月にはO株式会
社(以下,「O」という。)をその分社としてそれぞれ設立した。このような分社化もA銀か
らの同一債務者に対する与信限度額との関係を考慮し,一つの会社で全ての事業を行
うよりも適宜別会社にした方が全体としての融資枠を増やすことができ,当該関係事業
への実質的な融資総額が多くなるということを目論んだものであり,これによりD倶楽部
等への融資枠の実質的な拡大を目論んだものであった。これら各会社を併せて「zグル
ープ」と呼び,被告人は,これらzグループ各社に対し,A銀から行員を出向させ,さら
に,それ以外の役員等の幹部には自らの個人的な人脈によって同銀行関係者以外の
知人を送り込むなどした上で,次々に融資案件を常務会等に上程させ,そこで融資を承
認して実行した。
 そして,そもそもゴルフ場の経営というものは,当初のゴルフ場造成工事等の支払い
のための有利子負債を会員権販売により会員から無利子で預かった預託金で金融機
関に対する負債の返済に充て,その後はできるだけ経費を抑えて経営しないと,必然的
に赤字になってしまうという構造であるのに,D倶楽部は,事業継承時に100億円以上
の預託金返還債務を抱え,その上約100億円の有利子負債を抱えていたため,最初か
ら金利負担が重くのしかかり,しかも,その会員権が高額のためなかなか売れず,ま
た,その立地条件から冬季には閉鎖せざるを得ず,その分年間の集客力は抑えられて
しまい,年間約10億円以上もの赤字を累積させていくこととなった。また,Kクラブも,D
倶楽部のゴルフ会員権販売の総代理店となっていたが,D倶楽部のゴルフ会員権の販
売手数料がその売上げとなっていたため,思うように売上げを計上できず毎回赤字続き
であった。被告人は,KクラブやD倶楽部の代表者等から報告を受け,これらの事実を
認識していたが,抜本的な対策を取らなかった。
 他方,その余のzグループ各社も,その事業内容が魅力に乏しく,集客力が期待でき
なかった上,その資金計画,あるいは,借り入れ資金の返済計画等も綿密でなく,また,
必要以上のコストがかかるなどしたため,その財務内容は一様に劣悪であり,その事業
の第1期から営業損失を出すものが多かった。そして,D倶楽部に対する融資について
は,平成6年に実施された大蔵省検査では,同倶楽部への債権は第Ⅱ分類と指定さ
れ,平成9年に実施された同検査でも,同倶楽部は破綻懸念先に指定されるなどし,そ
の後も,これらzグループ各社の営業状態は一向に改善されず,平成10年4月ころには
A銀に対する債務の既往の利息すら支払えない状態に陥っており,実質的には破綻状
態にあった。
 被告人及び分離前の相被告人fをはじめとする同銀行の役員らは,経営会議の審議に
際して配付された上程バランス等の資料から,その融資先のD倶楽部,Kクラブ,L,N
及びOのいわゆるzグループ各社については,平成5年6月ころに始まるその事業の当
初から,事業の内容,事業方針,会社の運営方針やその役員人事等の全般について,
被告人の主導で進められ,被告人が実質的に支配していたものであること,これら一連
のzグループ各社に対する融資は,その名目こそ,同グループ各社の運営資金等に充
てることになってはいたものの,その実質はD倶楽部の資金繰りのため,これらの会社
に資金を流し,これを同倶楽部に環流させ,この流れた資金によってA銀に対する同倶
楽部の債務を返済させ,与信限度の余裕を作り出し,新たな融資を目論むというもので
あって,結局,迂回融資に過ぎないこと,さらに,この各融資の当時,これらzグループ各
社は,いずれも実質的にはその財務状態は破綻状態でその返済能力がないことをはじ
め,これらzグループ各社の所有するテーマパーク用地,ホテル用地,ゴルフ場用地,ク
ラブハウス等の土地や建物に根抵当権を設定しても,その不動産には担保余力はなく,
貸付金を回収する実質的裏付けがなく,債権回収が危ぶまれる状態であることを認識し
ていた。
 その後,D倶楽部は,平成10年1月31日を基準とする日本銀行の考査により破綻懸
念先に指定され,また,その債権についても回収が困難であるとの指摘を受け,その他
のzグループ各社についても同様の厳しい評価が下された。この考査の結果は,同年5
月26日の経営会議において報告され,被告人及びfをはじめとする役員らは,D倶楽部
やzグループ各社が実質的に破綻状態にあり,業績改善による収益の向上等も見込め
ず,追加融資をしても回収可能性はないことを認識した。その後も,D倶楽部は,運営資
金や他の金融機関に対する債務の返済資金に困る状態が続き,同倶楽部に対する貸
付残高は既に直接貸付限度額を超えていたため,被告人は,zグループ各社に資金を
融資し,これに名目を付けてD倶楽部に融通するという迂回融資を繰り返し,同グルー
プ各社の融資を担当するx支店からその旨の融資案件を次々と経営会議に上程させ
た。そして,いまだ同銀行の直接貸付限度額に若干の余裕のあったL及びNにも目を付
け,両会社がD倶楽部からゴルフ場管理棟とその敷地,社員寮とその敷地,そして駐車
場の一部を買い取ることにし,そのための資金を融資するとの形式を整えた上で,同年
7月22日の経営会議にL等への融資案件を上程させた。しかし,被告人は,そのいず
れの融資案件についても担保の査定額が不動産の客観的価値を反映したものではな
く,融資対象のzグループ各社の資産状況は劣悪であり,その融資の回収可能性がな
いものであったのにもかかわらず,zグループ各社への支援を絶てば,同社等は早晩倒
産し,その結果,A銀がそれらの債権の償却を余儀なくされ,自己の経営判断は失敗で
あったとみなされる上,ひいては自己を含む経営陣の責任問題に発展しかねないなどと
考え,前記の経営状況等を十分に承知の上でいずれの案件も承認決裁した。その際,f
ら経営会議を構成する役員は,当該融資の回収可能性がないことを熟知していたが,こ
れに反対した場合には被告人の不興を買い,左遷されるなどの不利益を受けるおそれ
があったため,これを回避する目的で異議をとどめずに賛成し,ここに,被告人,f,その
ころ同銀行の融資業務担当の常務取締役をしていたeらは,その任務に違背して融資
することについて共謀を遂げ,後記第2の1の各犯行に及んだ。
 その後,A銀では,平成11年3月1日から,平成10年9月30日を基準日とした金融監
督庁による検査を受け,不良債権についての要償却引当額が最終的に約597億円とさ
れ,また,D倶楽部とKクラブは相変わらず破綻懸念先とされた。そして,同銀行は,一
度公表した平成11年3月期の決算内容を金融監督庁からの指摘を受けて修正し,同
年6月,当期損失392億1100万円,自己資本率は2・01パーセントと公表し,同月11
日,自己資本率の回復を目指して約200億円の増資計画を発表するとともに,金融監
督庁に対し,経営改善計画を提出し,同日,金融監督庁から早期是正措置が発動され
た。
 この間も,D倶楽部は,経営改善の見込みはなく資金繰りに困り,そのため,被告人
は,前同様にKクラブを迂回し,D倶楽部に融通するための融資案件を平成10年3月3
0日,同年5月25日,同年7月21日及び同年10月27日に開かれた各経営会議におい
て,融資の回収可能性がないことを熟知しながら,前同様に融資しないことで同倶楽部
が倒産すると自己の失敗とみなされ経営責任にまで発展しかねないなどの理由からこ
れらの融資を承認したが,その際,fら経営会議を構成する役員も,前同様に回収可能
性がないことを熟知しながら,前同様に人事上の不利益を回避する目的で異議をとどめ
ず賛成し,ここに,被告人,f,eらは,その任務に違背し,Kクラブに対し,合計14億80
48万8358円を融資することについて共謀を遂げ,後記第2の2の犯行に及んだ。
第2 罪となるべき事実
  被告人は,前記のように平成元年5月25日から平成11年8月25日までの間,A銀行
の代表取締役頭取として同銀行の業務全般を統括していたものであるところ,同銀行の
専務取締役として被告人を補佐して同銀行の業務を掌理していたf及び同銀行の融資
業務を担当していたeらとともに,前記のように同銀行が融資を行う場合には,関係法令
並びに同銀行の定款及び貸出権限規程等に従い,あらかじめ,融資先の営業状態,資
産等を精査するとともに,確実にして十分な担保を徴求して融資金の回収に万全の措
置を講じ,同銀行に損害を与えないよう忠実にその職務を遂行すべき任務を有していた
ものであるが,被告人が実質的に支配しているD倶楽部の倒産を回避するため,
1 同倶楽部の関連会社で被告人が同様に支配しているL及びNを迂回してD倶楽部に
融資するとともに,同倶楽部から同融資金の一部をA銀行に返済させて融資金残高
を減額させた上,さらに,その与信限度額に満つるまで,D倶楽部に融資しようと企
て,前記の経緯から,経営会議において,f,eらと共謀の上,L,N及びD倶楽部がそ
れぞれ所有するテーマパーク用地,ホテル用地,ゴルフ場用地及びクラブハウス等の
土地及び建物に根抵当権を設定させても,各社には債務の返済能力がない上,前記
不動産には担保余力がなく,その貸付金の回収が危ぶまれる状態にあることを熟知
しながら,D倶楽部及び被告人らの利益を図る目的をもって,
(1) 平成10年7月23日ころから同年9月4日ころまでの間,別表1(略)記載のとお
り,前後2回にわたり,東京都台東区y所在のA銀行x支店において,被告人らの前
記任務に背き,Lに対し,十分な担保を徴求せず,貸付金の回収を確保するため
の万全の措置を講じることなく,合計8億1400万円を貸し付け,もって,同銀行に
対して同額の財産上の損害を与えた,
(2) 同年7月23日ころ,前記x支店において,被告人らの前記任務に背き,Nに対
し,十分な担保を徴求せず,貸付金の回収を確保するための万全の措置を講じる
ことなく,4億1700万円を貸し付け,もって,同銀行に対して同額の財産上の損害
を与えた,
(3) 同年7月29日ころから同年9月25日ころまでの間,別表2(略)記載のとおり,前
後2回にわたり,前記x支店において,被告人らの前記任務に背き,D倶楽部に対
し,十分な担保を徴求せず,貸付金の回収を確保するための万全の措置を講じる
ことなく,合計2億8400万円を貸し付け,もって,同銀行に対して同額の財産上の
損害を与えた,
2 D倶楽部の関連会社で被告人が同様に支配しているKクラブを迂回して同倶楽部に
融資しようと企て,前記の経緯から,経営会議において,f,eらと共謀の上,同倶楽部
がそれぞれ所有するゴルフ場用地及びクラブハウス等の土地及び建物に根抵当権
を設定させても,各社には債務の返済能力がない上,前記不動産には担保余力がな
く,その貸付金の回収が危ぶまれる状態にあることを熟知しながら,D倶楽部及び被
告人らの利益を図る目的をもって,平成10年10月29日ころから平成11年7月23
日ころまでの間,別表3(略)記載のとおり,前後4回にわたり,前記x支店において,
被告人らの前記任務に背き,Kクラブに対し,十分な担保を徴求せず,貸付金の回収
を確保するための万全の措置を講じることなく,合計14億8048万8358円を貸し付
け,もって,同銀行に対して同額の財産上の損害を与えた
ものである。
(証拠の標目)
 略
(争点に対する判断)
1 弁護人は,被告人が,A銀の頭取として本件各融資を承認・実行して同銀行に判示の
各金銭的損害を被らせたことは争わないものの,①被告人は,Eクラブ及びD倶楽部を
実質的に支配していたという事実はない,②A銀では融資案件の審査をする本店審査
部,本件の取扱店であるx支店の審査機能,ひいてはその審査部等の意見をもとに審
議する経営会議が本来の機能を果たしておらず,被告人はそのようなことを知らずに経
営会議における審議結果に従うことが最もA銀の利益になると判断して本件各融資を承
認したなどと主張し,特別背任罪にいう取締役としての任務違背及びその犯意があるこ
とを争い,さらに,③本件各融資を実行したのは,結局はA銀の利益のために実行した
ものであり,Kクラブ及びD倶楽部並びに被告人の自己の地位保全等の利益を図る目
的,すなわち特別背任罪における図利目的はなかったと主張し,被告人も公判段階に
おいて,前記各主張に沿う供述をするので,以下,その主張について検討する。
2 Eクラブ等に対する被告人の支配の有無について
 (1) 関係証拠,とりわけ株式会社Eクラブ(その後の前記Kクラブ)等の設立に関与した
g,h及びi,そして,Eクラブの初代代表取締役であるbらの証人としての各供述によ
れば,被告人は,前記のとおりゴールデンリング構想を実現するため,その中心とな
る会社としてEクラブを設立しようと計画し,被告人自ら同クラブの設立発起人世話人
となり,A銀の融資先企業の代表者等に出資を持ち掛け,資本金4000万円につい
ては,当初,出資に応じた6社にそれぞれ250万円を出資させ,その残額を被告人
が被告人及び被告人の父名義で出資することにしたこと,しかし,被告人は,その
後,同クラブがA銀から融資を受ける場合等に被告人が同クラブの株主であると同銀
行との間で利益相反等の問題が生じ,大蔵省等からそのことを問題点として指摘を
受けることなどを懸念し,同クラブの資本金4000万円については,株式引受人とな
る予定の前記6社が当初の予定どおり各250万円ずつ出資し,残額の2500万円を
被告人が出資するが,前記6社の代表者を株式引受人の名義として借用して引き受
けることとし,A銀の行員らに指示して被告人の父の銀行口座から株式引受人名義で
出資の差額を株式払込銀行に払い込ませていること,さらに,被告人は,設立後の同
クラブの代表者等の役員にA銀の出向者であるb及び被告人の個人的な人脈から選
んだ知人を充てるとともに,同クラブにおいてD倶楽部の株式の約7割以上を取得し,
b等に対し,同クラブ等の運営や同銀行への融資の申込みなどを被告人自らが指示
していること,さらに,被告人は,同クラブの株券やD倶楽部の登記済証を一時期A銀
本店の貸金庫に保管するなどして自己の手元に保管したことが認められる。
 (2) 以上認定した事実,とりわけ,被告人は,Eクラブに実質的に出資しながら,その出
資名義を他人名義にするなどの工作までしていることなどに照らすと,被告人が同ク
ラブを実質的に支配していることを十分に裏付けているといわざるを得ず,さらに同ク
ラブが買収したD倶楽部をもこのEクラブを介して実質的に支配していたことが優に認
められる。
(3)これに対し,被告人は,公判段階において,同クラブに自ら出資したのは,資金が集
まるまでの間,立て替えたものであるなどと供述しているが,被告人と株式引受人とし
て名義を借りた者との間で出資金の精算をしたことはないことなどに照らすと,その供
述は到底信用できない。
3 任務違背とその犯意の有無について
 (1) 被告人は,A銀では融資案件の審査をする本店審査部,本件の取扱店であるx支店
の審査機能,ひいてはその審査部等の意見をもとに審議する経営会議が本来の機
能を果たしておらず,被告人はそのようなことは知らずに,A銀内の各組織や部署が
本来の役割を果たし機能していると信じて経営会議に臨んでおり,その会議における
審議結果に従うことが,自行の利益になると判断して本件各融資を実行したので,そ
の任務違背がなかったなどと公判段階で供述するが,本件各融資のもとになったA銀
での経営会議の審議状況等の実情は判示「犯行に至る経緯等」で認定したとおりで
あって,前記の被告人の供述は到底信用できない。
① この点,関係証拠,とりわけjの検察官に対する供述調書,本件各融資当時の専
務取締役f,本件融資を担当していたx支店長k,本店審査部長l,x支店副支店長
でD倶楽部などへの融資案件担当であったm,b及びcの証人としての各公判供述
は,いずれもA銀内外において,自らが関与した範囲の事実について,その経験し
たところを具体的かつ詳細に供述しており,その供述内容は,A銀内部における被
告人の支配や経営会議での審議の実情,その経営会議に提出される本件各融資
案件の審査資料の作成状況,被告人が頭取を退任した後の経営会議の審議状
況,そして何よりzグループ各社の経営状態が当初から芳しくなく,本件当時既に
経営破綻状態であったこと,その所有する土地等の不動産に担保余力がなく,各
社に対する追加融資はその経営状態を改善するものではなく,単にその急場を凌
ぐという問題の先送りにしかならないことなど本件各融資の問題点等の全般にわ
たって相互に矛盾がなく,しかも各経営会議で作成された議事録等により認められ
る客観的な事実関係とも符合していること,特に経営会議では,被告人が頭取在
任中には,頭取案件といわれる融資案件については,実質的な審議がなされたと
は言い難く,表立って反対意見を述べる者がほとんどいなかったが,被告人が頭
取を辞任することを表明した後の平成11年7月21日の経営会議に至り,D倶楽部
への融資案件については本店審査部は初めて否決の意見を付し,さらに,その審
議においても表立った反対意見を述べる者もいるなど明らかにそれまでの経営会
議の審議とは様相を異にしているということができることに照らすと,いずれもその
供述の信用性は高いと認められる。
② これに対し,弁護人らは,前記のfをはじめとするA銀内の共犯者及び関係者ら
が,いずれも証人として,本件各融資に反対すべきだったが,被告人の不興を買
い,左遷されることなどを恐れる余り反対意見を述べられなかったなどと供述する
ところは,自らの責任を回避するために,被告人に責任を転嫁する意図に出たもの
であって信用性がない旨主張する。しかし,これらの者は,それぞれの責任の度合
いに差こそあれ,A銀の経営に参画していた者として自己らが果たすべきであった
義務や責任を十分に果たしていないことを認めた上で供述しており,しかも,その
供述内容は前記のとおり客観的な事実関係に符合しており,いずれもその信用性
が高いことは前記のとおりである。
③ もっとも,本件各融資は,所定の融資案件上程の手続に従い,最終的に経営会
議で審議され,頭取である被告人が承認決裁するというA銀内部の融資案件の正
式な手続を踏んでいること,その経営会議に提出された上程バランス等の資料に
は,一見すると当該融資案件を可とする意見が記載されていることが認められる
が,関係証拠,とりわけ本件各融資案件の取扱店であるx支店長kや,本店審査部
長lらの供述は,これら経営会議に上程された本件各融資案件の審査のための上
程資料は,これらの案件がいわゆる頭取案件に該当するため,あくまで形式を整
えることに主眼があり,経営会議での実質的な審査を念頭に置いたものではなか
った旨明確に供述し,しかも,そのような審査をした原因は,本件各融資案件が,
被告人が積極的に推進する頭取案件に該当する事業であるため,人事面で不利
益な処遇を受けるため,表立って反対できないことなどを指摘しており,これらに照
らすと,頭取案件の経営会議における審査に当たってはその承認決裁に向けて被
告人の意向が極めて強く反映したことは優に認定できる。結局,前記事実による
と,A銀の経営会議等の審査機能を不全状態に追い込んだのは,被告人自身とい
うほかない。
 (2) さらに,被告人は,当公判廷において,本件各融資は回収できるものと考えてい
たなどと供述するが,Kクラブ,L及びNは,いずれも本件各融資当時,既に経営が破
綻した状態にあり,それぞれその所有する不動産については,その与信額が担保査
定額を超えていて担保価値がなかったことは前記認定のとおりである。また,関係証
拠によると,D倶楽部の本件各融資当時の与信残高は,約99億円であったところ,A
銀では,同倶楽部が根抵当権を設定したゴルフ場やクラブハウスなどの不動産の評
価額を平成8年9月時点での,しかも原価法による評価を前提とした不動産鑑定評価
書記載の190億円をもとにし,これに担保の一部解除などの事情を考慮した上で,
約182億6000万円とし,これにA銀内部で平成6年1月に定められた担保査定評価
基準(正式オープン後のゴルフ場については,不動産鑑定士の鑑定価格に安全率と
して60パーセントを乗じ,テーマパーク(ゴルフ場以外の特殊用途の土地)について
は,同鑑定価格に安全率として50パーセントを乗じる。)を適用し,約109億5000
万円と設定し,このため与信残高はこの担保査定額の限度内にあり,形式上はその
限度内でその後の融資が決定されたことになる。しかし,この査定では,オープン後
のゴルフ場において会員との関係で生じる預託金返還債務の問題が考慮されておら
ず,本件各融資当時,D倶楽部及びKクラブの預託金が約93億円であり,この金額
を差し引いて担保査定額を算出すれば,本件各融資以前から与信額が担保査定額
を超過していたことになり,担保査定として不十分といわざるを得ない。また,不動産
の鑑定については,前記原価法のほかにいわゆる収益還元法等が存在し,しかも,
本件各融資当時は,既にD倶楽部のゴルフ場については会員募集も困難な状況にあ
り,ゴルフ会員権の相場自体が大きく下落していた状況にあったのであるから,単に
投下した費用を積算する原価法のみでは,その市場性を背景とした担保価値を適切
に反映することはできず,この原価法と収益還元法の双方によって算出された査定
額を調整して決定することが適切であると考えられ,この観点からは,D倶楽部は平
成7年10月に正式オープンし,前記不動産鑑定当時は,開業後間もない状態であ
り,収益実績などは確認できなかったものの,その後約3年ほどが経過して本件各融
資の時期を迎えていたのであるから,より正確な担保価値を把握するためには収益
還元法をも考慮した担保査定が必要であったというべきである。そして,平成10年2
月末時点に遡及させた不動産鑑定評価(甲355)によれば,D倶楽部が担保設定し
たゴルフ場等の不動産についての鑑定額は,原価法では約84億円余り,収益還元
法では約26億余りとされていて,少なくとも前記のような担保査定額は本件各融資
当時の当該不動産の価値を適切に反映していたものとは評価し得ないのであって,
その担保余力もなかったといわざるを得ない。
(3) そして,被告人は,捜査段階において,被告人自身が,D倶楽部をはじめとするい
わゆるzグループへのA銀からの出向者等からの報告によって,遅くとも平成9年半
ばころから,D倶楽部の経営が危機的状態に陥っている旨認識していた,被告人を含
む経営会議の構成員たる取締役は,平成10年5月開催の経営会議において,同倶
楽部に対する金利の引き下げの案件を審議した際のその上程バランス等の資料の
記載からこの事実を知った,この資料には,同倶楽部が日銀考査で破綻懸念先に指
定され,同倶楽部をはじめとするzグループ各社が同年4月以降は利息すら支払え
ず,貸付全額について延滞状態であったことなどが記載されていた,D倶楽部及びK
クラブに対する本件各融資当時,ゴルフ会員権市況は既に低迷しており,同倶楽部
の会員権を当初の予定のとおりに販売することは困難であると考えていた,同倶楽部
のゴルフ場の資産価値,すなわち担保査定額については,積算法(原価法)によって
鑑定評価した不動産鑑定書をもとにして,A銀内部で定めた安全率を乗じてこれを算
出したが,ゴルフ場の担保価値を評価するには,積算法だけでは正確な価値を表し
ているとはいえず,そのゴルフ場の開発,あるいは経営段階によっては収益還元法を
も考慮すべきであると考えていた,そして,この点を考慮すると,同倶楽部の過去3年
間の営業実績は,毎月1億円以上の赤字を出しており,かつ,ゴルフ会員権もほとん
ど売れていなかったのであるから,その担保価値はその査定どおりではなく,無しに
等しいものであったと認識していた,このような状況下ではD倶楽部及びKクラブに対
する融資はいずれも回収が極めて困難になるということは認識していた,zグループ
のうちLとNについても,当時赤字経営が続いており,このことは経営会議に提出され
た上程バランス等の資料にも記載されていたから,経営会議に出席した取締役らも
分かっていたはずであるし,被告人自身,A銀からの出向者や取扱担当のx支店など
からの報告でも承知していて,担保として徴求していた不動産の査定は与信額を下
回っており,本件融資に当たっても担保余力がないことを認識し,融資にかかる資金
の回収が困難となることも承知していたことなどを詳細かつ具体的に供述している。
この供述は,前記のように,D倶楽部,Kクラブ,zグループ各社が大幅な赤字を計上
していて経営破綻に瀕した会社であること,A銀が担保として徴求していたzグループ
各社の所有不動産は,いずれも担保余力のないものであることといった客観的な事
実関係に符合しており,その信用性は十分である。そして,これらの供述によれば,
被告人は,本件各融資先会社には返済能力がなく,これら各会社が所有する不動産
に担保余力はなく,本件各融資を実行すれば,その回収が困難であることを認識して
いたことが認められる。
4 被告人の図利目的の有無について
(1) 関係証拠によれば,そもそも,被告人は,当初から経営状態,資産等に様々な問題
を抱え,前記F銀行等までもが多額の債権を放棄してまで撤退したD倶楽部への融資
を強行したこと,同倶楽部は,平成10年7月にはじまる本件各融資の当時,同ゴルフ
場が抱える関連債務の返済の唯一の原資であるゴルフ会員権の販売が,当初の予
定どおりには全く進んでおらず,その時点から将来に向けてもこの状況が改善され,
会員権の販売が進展する見込みは薄かったことは明らかであり,結局,D倶楽部は,
経営状態の改善と債務返済の可能性が非常に低い客観的状況にあったこと,また,
被告人を含む経営会議の構成員らは,平成10年5月26日の経営会議でD倶楽部の
金利引き下げ申請案件等が上程された際,同倶楽部をはじめとするzグループの慢
性的な赤字経営体質,会員権の売れ行きの低調,資金繰りのめどが立たないことな
どの劣悪な経営状態を認識していたこと,平成9年以降はD倶楽部は破綻懸念先の
指定を受け,原則として翌期に50パーセント分を償却すべきであるから,劇的な営業
成績の向上等経営状態の改善が望めなければ追加融資分は常に半分は償却の対
象となって回収不能となるが,前記のような経営状態だと,A銀が追加融資等をしても
経営状態の改善が見込めず,追加融資分も含めて債権回収が困難であり,A銀の体
力からすれば,債権回収が不可能となれば同銀行の基盤を揺るがしかねないことな
どの状況のもとで,本件各融資が実行されたことに照らすと,本件各融資の実行は,
それによっても債権回収が図れない以上,A銀のためにはならないことが認められ
る。
(2) そして,被告人は,捜査段階で,D倶楽部に対する融資・支援を止めることは,それ
まで自分が推進してきた事業の失敗を認めることになり,それは避けたかった,D倶
楽部を見て,これを支配したいとの思いを抱いたことは否定できない,そのためにEク
ラブを自ら資本金の半分以上を出資して設立し,D倶楽部を買収することに成功し,
その後も随時支援を積極的に行ってきたため愛着もあった,そして,D倶楽部が危機
的状況にあることは認識しながら,支援を継続し,その延命を図りたいと思い,本件
各融資を実行した,その延命のために抜本的な方策はなかったことなどを具体的に
供述しており,これらの供述は,前記の客観的状況と符合しており,その信用性は高
いものと認められる。
(3) このように被告人を含む経営会議の構成員らは,D倶楽部等への融資がこれ以上
回収見込みがないと分かっている以上,同倶楽部の資産整理をして償却の準備を始
める等の計画を策定すべきであったのに,そのような十分な検討もせず,仮に融資を
中止すれば,同倶楽部等は倒産し,A銀は多額の償却を余儀なくされ,それによりA
銀の根幹を揺るがすおそれがあり,被告人をはじめとする経営陣の責任追及がなさ
れることをおそれる余り,ゴルフ会員権が売れるかもしれないなどと根拠のない期待
をもって,とりあえず融資を継続していたものである。たしかに,被告人及び本件共犯
者らは,A銀を経営破綻させないために回収できない融資であると知りながらやむな
くこれを実行したという面があること自体は否定し得ないが,このD倶楽部に明らかに
認められる経営破綻と融資金の回収困難という問題を先送りし,A銀の経営を司る頭
取としての各種経営責任等の追及を避けるという自己保身や地位保全及びD倶楽部
の当面の延命という利益を図ることが主たる目的ないしは動機となって本件融資を行
ったと認めるのが相当であり,被告人には特別背任罪における自己又は第三者の利
益を図る目的があったことは優に認めることができる。
(4) これに対し,被告人は,公判段階で,経営会議における本件各融資案件の審査に
ついて,平成10年7月の経営会議においては,x支店や本店審査部の意見を踏ま
え,経営会議での審議の結果,zグループに多額の融資をしていたA銀の立場からす
ると,zグループへの融資をとりあえず行うことにより,債権回収の可能性を残すこと
がA銀の利益であると判断した,Lも開業して1年程度であり,今後の回収可能性は
否定し得ず,Nも同様であり,D倶楽部の会員権もA銀の支店を挙げて努力すれば販
売も可能であると判断し,本店審査部及び経営会議の意見に従う形で承認決裁し
た,D倶楽部の会員権についても,A銀が努力すれば販売を伸ばすことも可能である
と考えて承認決裁した,平成11年3月及び5月の各経営会議においては,被告人と
しては格別の意見もなく,当時は当該案件の実務を担当しているx支店や本店審査
部の意見を尊重せざるを得ず,そうすることがA銀の利益であると信じてこれを承認
決裁したなどと供述し,結局,被告人には,自己の任務やA銀の利益に反し,自己の
利益とか地位の保全を図る意図も,D倶楽部等の利益を図る意図もなかった旨弁解
し,自己の任務違背と図利目的を争っている。
 しかし,この公判供述は,前記信用性の高いf等の共犯者らが供述する前記の融資
案件の審査状況,被告人の各融資案件に対する関与の程度,とりわけ頭取案件と呼
ばれる各種大口融資案件についての被告人の意向が極めて強く反映したことなど本
件事案の重要かつ特徴的な部分について明らかに食い違っており,また,本件各融
資における自己保身や地位保全の意図がなかったとする点については,被告人の捜
査段階における供述と食い違いがあり,到底信用できるものではない。そして,被告
人は,捜査段階の供述から供述を後退させた理由について,取調べ当時には体調が
芳しくなく,当時,医師から心身に負担を掛けないようにと指示を受けていたことなど
から,取調官の指摘が自分の言い分と異なる部分が多少あったとしても,特に抵抗
せず,取調官の言うとおりに返事をしていた,いわば「イエスマン」に徹していたからで
あるなどと供述している。しかし,被告人の捜査段階の供述には,A銀の破綻を早め
た原因として当時の大蔵省や金融監督庁の分類債権の指定の仕方が変わったこと
もその一つであると供述するなど被告人自身が積極的に供述しなければ録取し得な
い事項が含まれている上,A銀の頭取としての被告人の意見や主張にわたる部分が
相当程度含まれていること,何よりも被告人の供述には,自己に刑事責任があること
などを認める本件の根幹をなす重要部分が含まれていて,到底取調官の言いなりに
供述したとは解されないこと,ましてや,被告人は,捜査段階で既に弁護人を選任し,
その補佐を受けながら取調べを受けていることなども考慮すると,被告人には,捜査
段階での取調べの際,たといその体調が優れない面があったとしても,取調官の言う
がままに供述調書の作成に応じたというのは甚だ不自然であって,到底信用すること
ができない。
(5) さらに,弁護人は,①銀行の大口融資先を含む与信先の経営が悪化し,その資金
繰りのために銀行が追加融資を求められた場合には,与信先の資金繰りの悪化が
一時的なものであり,資金を供給すれば立ち直る見込みが高い場合以外は,追加融
資に応じないのが原則であるが,与信が巨額であり,その債権の回収が不可能とな
った場合は,銀行経営の根幹を揺るがしかねず,その経営が破綻しかねない場合は
「特別の配慮」が必要であり,このような場合には銀行経営における貸出の安全性の
原則を適用する前提に欠けており,特に巨額の融資を実行している大口不良債権先
に対して追加融資を行うことにより,既存の不良債権の一部の回収が見込まれる可
能性がある場合には,追加融資を含めた全ての債権の回収に懸念がある場合であ
っても,銀行の経営破綻を回避すべく追加融資を経営判断として許容すべき場合が
あり,本件各融資は正にこのような場合に該当し,被告人に特別背任罪が成立する
ことはない旨主張し,また,②追加融資自体の回収に大きな懸念がある場合であって
も銀行の経営破綻を招きかねない大口融資先への追加融資が許容される場合があ
り,貸出の安全性の原則は銀行の健全性を維持するためのものであり,銀行の存続
を前提とするものであるから,この前提を揺るがしかねない事態が発生している場合
には,銀行の存続を最優先の課題とすべきであり,その場合には貸出の安全性の原
則に拘泥すべきではなく,このような場合には経営判断として追加融資をすることも
許容されるべきであり,そこには何ら図利等の目的はないことなどを主張し,本件各
融資が,追加融資及び既存の不良債権の一部回収の見込みのない融資であったと
しても,被告人をはじめとする経営陣は,銀行の破綻を回避し,その存続を図るべく
実行したのであるから,特別背任罪は成立しない旨主張する。
  しかし,本件各融資については,D倶楽部を巡る事業の開始の出発点からして,その
財務内容等は誠に危ういものであった上,本件各融資当時にもこの点は一向に改善
されておらず,D倶楽部等の経営状態の好転等の事態を客観的に期待することが困
難であったこと,本件各融資が実行されたとしても,元々の不良債権の一部回収も,
追加融資自体の回収も図れる場合ではないことなどに照らすと,その主張を採用す
ることはできない。
5 以上検討したところによれば,被告人には,判示の各犯行について,その任務違背及
びその犯意があることをはじめ,図利目的があることは優に認定でき,特別背任罪の共
同正犯が成立することは明らかである。
(法令の適用)
 被告人の判示第2の各所為はいずれも刑法60条,商法486条1項に(判示第2の1(1),
(3)及び第2の2については各別表中の番号欄の番号ごとに)該当するところ,所定刑中い
ずれも懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10
条により犯情の最も重い判示第2の2別表3番号1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範
囲内で被告人を懲役3年に処し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により
全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
 本件は,A銀の頭取であった被告人が,同銀行の経営会議の構成員であった同銀行専
務取締役のf及びその他の取締役らと共謀の上,被告人が実質的に支配していたD倶楽
部,Kクラブ,被告人及びfらの利益を図る目的で,融資業務に携わる銀行役員としての任
務に背き,A銀から前後9回にわたり,当時返済能力がないD倶楽部に対し直接,あるい
はその関連会社で返済能力がないL,N及びKクラブを迂回させて融資をし,D倶楽部に合
計29億9548万8358円もの不正融資を行い,同銀行に同額の損害を与えた特別背任
の事案である。
 被告人は,本件融資の対象となったD倶楽部等のzグループと称される各会社の設立の
当初からその事業と経営に積極的に関与し,実質的に支配するこれらの会社の財務内容
やその事業内容に問題があり,これらの会社に対する融資の回収可能性が乏しいことを
熟知しながら,A銀の頭取としての任務に背き,本件の中心的存在となってこのような事業
や不正融資を推進してきたものであり,融資してきたこれらの会社を倒産させると,被告人
の経営判断の失敗とみなされ,同銀行の信用問題に発展し,ひいては自らの経営責任が
問われかねないなどの思惑から各融資を続行したもので,その動機はいずれも自己中心
的で身勝手なものであり,かつ,A銀自体の利益の確保というその経営に携わるトップとし
ての自覚に欠けたものであって,酌量の余地はない。そして,本件各犯行は,A銀の頭取
である被告人自らが首謀者となり,自らが実質的に支配している融資先のD倶楽部等の事
業内容や財務内容及び担保として徴求した不動産の担保価値に照らすと,その一連の融
資には回収の可能性がなかったことは明白であるのにもかかわらず,同倶楽部等に対し,
いわば貸し手と借り手が一体化し,かつ,頭取の強大な権限と人事権を背景として,A銀内
における融資に関する一般原則や,融資の際に遵守すべき担保規程に違背し,本来行わ
れるべき融資の際の審査を形骸化させて,債権の確実な回収策を何ら講じないまま同銀
行の行員が顧客から預金として地道に集めた貴重な資金を使い,次々と巨額の不正融資
を行ったものであり,本件各融資においては,その出発点において,既に明らかな経営判
断の誤りがあったと指摘せざるを得ず,その後の不正融資は,この誤りを何ら正すことな
く,融資の危険性を説く周りの反対意見に耳を傾けないばかりか,むしろそのような反対意
見者を目障りな存在として人事権を濫用し降格するなどして経営陣から排除して経営会議
での反対意見を封じるなどした末に敢行されたもので,銀行頭取としての任務違背の程度
が高く,その違背の態様等も悪質で,A銀の利益,顧客の利益を失念したものであってそ
の犯情は極めて悪質である。本件各犯行の結果,A銀は,合計29億9548万8358円も
の極めて多額な金銭的損害を被り,被告人をはじめ本件の共犯者にはその損害賠償に応
じる資力が乏しく,その被害が回復される見込みはほとんどなく,本件で発生した結果は極
めて重大であるばかりか,本件をはじめ,被告人主導の事業等への多数かつ多額の乱脈
融資を原因として巨額の不良債権を抱えるなどの莫大な損害を被った挙げ句,平成11年
10月,ついに経営破綻に陥り,平成13年5月に他の銀行への営業譲渡等を行って実質
的に消滅するに至っており,そのため,同銀行の預金者をはじめ,同銀行の顧客に多大な
迷惑をかけたことに止まらず,金融機関一般に対する預金者の信頼を大きく損ねた上,約
1500名の行員が職を失い,その大多数の者が折からの不況という社会経済情勢が影響
し再就職もままならず,厳しい生活を強いられ,その上,A銀の取引先であった多数の新潟
県内の中小企業の倒産を引き起こし,数多くの失業者を生じさせるなど行員,県民,そして
地元経済に深刻な影響を及ぼし,さらには,その不良債権処理のため約3817億円もの
巨額の公的資金の導入が余儀なくされるなど本件各犯行による社会経済的影響は計り知
れない。とりわけ,被告人は,その経営方針や融資内容等についてA銀の破綻につながり
かねない重大な問題があることを同銀行内部等の心ある取締役らから忠告された上,監
督官庁である大蔵省当局等から度々指摘されながら,何ら改善策を講じることなく,自己
の経営姿勢を貫いた末に本件を敢行するに至ったものであり,本件は正に起こるべくして
起きたものといえなくもないこと,A銀の頭取という最高幹部として誠実にその職務を遂行
すべき任務を怠り,自ら本件各犯行を主導していながら,公判段階ではA銀の審査機能や
経営会議が十分機能していなかったなどと弁解し,自己の責任を他の役員や行員に転嫁
して免れようとするなど真摯な反省に欠けることなどを考慮すると,被告人の刑事責任は
重大である。
 そこで,被告人は,本件各犯行について,前記のとおり,その任務違背や背任の目的な
どを争ってはいるが,本件各犯行の結果,A銀が経営破綻に陥り,多くの行員を路頭に迷
わせ,その取引先を経済的苦境に陥れ,社会経済的に大きな影響を与えたことについて,
当時のA銀頭取としての責任は感じていること,被告人は,本件各犯行により直接的に私
腹を肥やしたということはないこと,被告人は,本件後,A銀の頭取を退任せざるを得ない
立場に追い込まれるなどの社会的制裁を受け,退職金の受領を辞退していること,被告人
にはこれまでに前科前歴がなく,今回初めて身柄を拘束された上,公判請求されているこ
と,被告人は,現在75歳という高齢で,その健康状態も優れないことなど被告人のために
斟酌すべき諸事情をも併せ考慮の上,被告人を主文に掲げたとおりの刑に処することにし
た。
 よって,主文のとおり判決する。
平成15年4月21日
新潟地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官     榊   五十雄
                裁判官     入 江 克 明
  裁判官金子大作は転補のため署名押印することができない。
            裁判長裁判官     榊   五十雄

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