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平成10年(行ケ)第18号 審決取消請求事件(平成11年9月22日口頭弁論
終結)
          判     決
     原      告   福島県石川郡<以下略>
     代表者町長   【A】
     訴訟代理人弁護士   錦織 淳
     同          深山雅也
     同          山内久光
     同          園部裕治
     被      告   株式会社ダン・ホーム
     代表者代表取締役   【B】
     訴訟代理人弁護士   濱口善紀
     同    弁理士   【C】
          主     文
      特許庁が、平成6年審判第14941号事件について、平成9年11
月28日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
 1 原告
   主文と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 被告は、「母衣旗」の漢字を横書きし、その上に「ほろはた」の平仮名文字
を横書きした構成よりなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令
別表による第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」を指定商
品とする登録第2434423号商標(平成元年7月3日登録出願、平成4年7月
31日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
   原告は、平成6年8月31日、本件商標につき登録無効の審判請求をした。
   特許庁は、同請求を平成6年審判第14941号事件として審理したうえ、
平成9年11月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は、同年12月17日、原告に送達された。
 2 審決の理由の要旨
   審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)が、本件商標登録無
効審判を請求するについて法律上の利益を有する者であるとしたうえ、本件商標
が、商標法3条1項3号及び6号並びに4条1項7号及び15号に該当するとの請
求人の主張に対し、本件商標は、これをその指定商品について使用しても、商品の
産地、販売地を表示するものではなく、需要者が何人かの業務に係る商品であるか
を認識することができない商標ということもできないから、同法3条1項3号又は
6号に該当せず、また、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、それ自体公の秩
序又は善良の風俗を害する文字よりなるものではなく、社会公共の利益に反する事
実も認められないから、本件商標は同法4条1項7号に該当せず、さらに、本件商
標が、これを食肉等の指定商品に使用しても、請求人の生産販売に係る商品である
かのようにその出所につき混同を生じるおそれはないから、同項15号に該当せ
ず、請求人の主張は理由がないから、同法46条1項の規定により、その登録を無
効とすべき限りでないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
   審決は、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、旧地名を表示するもので
あることを看過し、本件商標が、これをその指定商品について使用しても、商品の
産地、販売地を表示するものではないと誤認して、本件商標が商標法3条1項3
号、6号に該当しないとし(取消事由1)、本件商標が公共の利益に反する事実を
看過して、本件商標が同法4条1項7号に該当しないとし(取消事由2)、さら
に、本件商標を指定商品に使用したときに、その商品が原告と関係するものである
かのように出所の混同を来すことを看過して、本件商標が同項15号に該当しない
とした(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
 1 取消事由1(商標法3条1項3号、6号該当性判断の誤り)
   審決は、「母衣旗」の語が現在の石川町大字母畑の地名の由来であるとして
も、伝承的な範囲内に止まるとし、また、本件商標の登録出願(平成元年7月3
日)ないし登録査定(平成4年2月7日)当時、「母衣旗まつり」の知名度は、石
川町周辺に止まるものであり、その開催をもって「母衣旗」が著名な旧地名とはい
えないとして、本件商標が、商標法3条1項3号又は6号に該当するものではない
と判断したが、それは誤りである。
   すなわち、源義家の母衣と旗とにまつわる「母衣旗」という地名がかつて存
在し、後にこれが転訛して「母畑(ボバタ)」(現石川町大字母畑)との地名にな
ったことは、歴史的事実として定説であって、異説は存在しない。そして、このこ
とは多くの書籍に掲載されており、周知の事柄である。したがって、審決がした、
「母衣旗」が「母畑」の地名の由来であることが単に伝承的な範囲内に止まるとの
認定、及び「母衣旗」が著名な旧地名といえないとの認定は誤りである。
   また、「母衣旗まつり」は、昭和62年10月から毎年開催されているもの
で、既に開催初年度において5000人以上の入場者で賑わったことからして、そ
の知名度が、本件商標の登録出願ないし登録査定当時、石川町近在に止まるもので
ないことは明らかであり、このことからも、「母衣旗」が旧地名として周知である
ことが認められる。
   さらに、商標法3条1項3号の規定は、自他商品識別機能をもたない商標の
みならず、識別力の有無にかかわりなく公益上必要であることの故に、一定の商標
の登録を拒絶しようとするものであるところ、本件商標は、後記のとおり、「母衣
旗」の公共性を著しく害するもので、その登録を認めることは公共上支障が生じる
ものであるから、かかる観点より見た場合にも、同号に該当するというべきであ
る。
   したがって、審決の上記判断は誤りである。
 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)
   審決は、本件商標が、その登録により地名を独占することにならず、かつ、
本件商標の存在により、「母衣旗まつり」の開催自体ができなくなることもないか
ら、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、社会公共の利益に反する事実も認め
られないとして、本件商標が、商標法4条1項7号に該当するものではないと判断
したが、それは誤りである。
   すなわち、歴史的事実として、現在は石川町の大字名である「母畑」の地名
が「母衣旗」の旧地名の転訛したものであることは、上記のとおりであるが、この
ような史実を基に、「母衣旗」は単に母畑地区のみならず石川町全体の貴重な歴史
的財産とされ、例えば、母畑地区の公民館だよりの名称として用いられていた。し
かるところ、原告は、従来より生産に力を入れていた牛肉(石川牛)の宣伝と町内
における消費拡大を企図して、昭和60年10月に「石川牛焼き肉試食会」、昭和
61年10月に「石川牛肉まつり」を開催したが、昭和62年10月からは、町興
し政策の一環として、町の歴史的財産としての「母衣旗」を用いて、これを「母衣
旗まつり」と称することとし、同時に、石川牛のみならず、石川町の特産品等全般
についても全国的な知名度を高めるべく、これら特産品等に共通した「母衣旗」の
標章を付することを町内の各業者に奨励した。したがって、「母衣旗」は、石川町
の各業者に対し開放された標章であり、かつ、石川町において極めて公共性の高い
標章である。また、「母衣旗まつり」は年々盛大となり、入場者が1万人を超える
までになった。
   ところが、被告は、その代表者が石川町の住民であって、上記のように「母
衣旗まつり」が盛んになり、町内の各業者に「母衣旗」の標章の使用が奨励されて
いることを当然承知しているにもかかわらず、その主たる業務である土木建築工事
の設計、請負施工と全く関係のない「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食
料品」を指定商品とした本件商標について、平成元年7月3日に登録出願に及び、
平成4年7月31日に設定登録を受けたものである。そして、被告は、出願後も、
本件商標を実質的に使用していなかったが、平成9年11月、石川町内の製麺業者
であり、「母衣旗うどん」、「母衣旗細めん」との標章を付した商品を製造販売し
ていた有限会社松山製麺所に対し、内容証明郵便により、該標章の使用中止と36
00万円の損害賠償を要求し、さらに、同月、石川町内の菓子業者であり、「母衣
旗まんじゅう」との標章を付した饅頭を製造販売していた有限会社よしだやに対
し、饅頭が本件商標の指定商品に含まれないにもかかわらず、内容証明郵便によ
り、該標章の使用中止と2400万円の損害賠償を要求したため、上記両業者は、
トラブルに巻き込まれることを恐れ、それぞれの標章の使用を中止しただけでな
く、既に卸販売した商品の回収や包装紙の廃棄等をしたために損害を被った。ま
た、このことにより、石川町内では、「母衣旗」の商標が使用されなくなり、原告
の町興し政策は、大きな打撃を受けた。
   以上のような経緯に照らし、被告は、原告が「母衣旗」を「母衣旗まつり」
の名称として使用し、かつ、開放された標章として石川町内の各業者に使用を奨励
していることを承知していながら、商標登録出願がされていないことを奇貨とし、
これを使用する意思もないのに、本件商標を取得し、一定の指定商品の範囲とはい
え「母衣旗」の標章を独占して、これを使用している業者に高額な金員の支払を要
求し、かつ、原告の町興し政策の遂行を妨害して、不当な利益を得ようとしたこと
は明らかである。すなわち、被告による本件商標の取得は、不当な利益を得ようと
する不正の目的によるものであるから、商標法秩序を害し、公序良俗に反するもの
というべきである。
   したがって、単に、「母衣旗まつり」の開催自体が不可能ではないことを理
由として、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないとした審決の判断は誤りで
ある。
 3 取消事由3(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)
   審決は、「母衣旗まつり」が周知、著名なものではなく、本件商標を食肉等
の指定商品に使用しても、原告の生産販売に係る商品であるかのようにその出所に
つき混同を生じるおそれはないものと判断したが、誤りである。
   すなわち、審決の上記判断は、「母衣旗まつり」が周知性を欠くことのみ
を、本件商標が商標法4条1項15号に該当しないことの理由とするが、他人の業
務に係る商品を表示するものとして需要者の間に周知の商標と同一又は類似して、
出所の混同を生じるおそれのある商標については、同項10号によって登録が許さ
れない旨が規定されているのであるから、同項15号は、需要者の間に周知の商標
と同一又は類似する場合でなくして、出所の混同を生じるおそれのある商標の登録
を禁止するものであり、その判断は、周知でなくとも、当該商標と同一又は類似す
る商標を既に使用する者がいることなどの実情を考慮したうえで客観的になすべき
であるところ、「母衣旗まつり」の会場には20~30の店舗が出店し、本件商標
の指定商品を含む広範な範囲の商品の販売が行われているから、本件商標をその指
定商品に用いるときは、取引者・需要者に対し、当該商品の出所が「母衣旗まつ
り」と関係があるかのような印象を与え、出所の混同を生じるものであって、本件
商標が同項15号に該当することは明らかである。
第4 被告の反論の要点
   審決の認定・判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(商標法3条1項3号、6号該当性判断の誤り)について
   原告は、源義家の母衣と旗とにまつわる「母衣旗」という旧地名が存在し、
後にこれが転訛して「母畑」との地名になったと主張しており、該主張に沿う記述
のある書物も存在するが、それらの書物の多くは、他の文献を引き写したにすぎな
いものと考えられ、実際の調査に基づくと思われるものを峻別するのは困難であ
る。のみならず、これらの書物に記載されている内容も単なる言伝えの類で、「母
衣旗」という歴史的地名が存在し、転訛して「母畑」になったということが事実で
あるかどうかは定かでない。また、通常人において、「母衣旗」が旧地名であると
いう認識を有するものでもない。
   さらに、「母衣旗まつり」は、昭和62年から年1回開催されている原告共
催のイベントであるが、そのパンフレット等には、「母畑」の地名の由来などの記
載はなく、仮に「母衣旗まつり」が、石川町を超えて知られていることがあったと
しても、一般人が「母衣旗」を旧地名であると認識していることにはならない。
   したがって、この点についての審決の判断に誤りはない。
 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について
   原告は、「母衣旗」が石川町において極めて公共性の高い標章であり、被告
は、これらの事実を承知していながら、使用する意思もないのに、本件商標を取得
し、不当な利益を得ようとしたと主張するが、悉く誤りである。
   「母衣旗」は、石川町母畑地区の伝承的名称であるが、母畑は石川町のごく
一部で、町を代表する地域でもない。また、石川町内には、「猫啼」との伝承的な
名称も存在し、「母衣旗」のみが伝承的な名称であるというわけでもない。そし
て、現実の「母衣旗」の使用に関しては、原告によるものとしては、年1回開催さ
れる「母衣旗まつり」があるのみであるが、本件商標の存在により「母衣旗まつ
り」自体が開催できなくなるわけではない。本件商標と抵触する使用例としては、
「母衣旗まつり」に出店した山菜そば店が「母衣旗」との名称を使い、また、有限
会社松山製麺所が「母衣旗うどん」との標章を付した商品を販売した例があるのみ
である。公民館だよりの名称としての使用は、本件商標と全く関係するものではな
い。このような状況の下で、「母衣旗」が石川町において極めて公共性の高い標章
であるといえないことは明らかである。
   また、被告は、本件商標を、平成4年12月から約2年間は被告自ら、ま
た、平成6年12月から平成9年1月までは実施権者に実施許諾をして、指定商品
中の寿司に使用し、さらに、平成10年からは実施権者(被告代表者が理事を務め
る社団法人勤労者福祉事業団が経営するホテル)に実施許諾をして、指定商品中の
ラーメンに使用しており、使用する意思がないのに本件商標を取得したものではな
い。
   さらに、原告が有限会社松山製麺所に対して、「母衣旗うどん」等の標章の
使用中止と損害賠償を請求したのは、商標権者として当然の権利防御行為であり、
賠償請求額も当業者の一般的な利益の傾向から、同会社の利益額を推し量ったこと
によるものである。また、有限会社よしだやに対する請求は、被告代理人におい
て、饅頭が指定商品に含まれるものと誤解したことによるものであって、これらの
行為により、不当な利益を得ようとしたとすることはできない。
   したがって、被告には、原告の主張するような、不当な利益を得ようとする
不正の目的はなく、原告の主張は何ら理由がない。
 3 取消事由3(商標法4条1項15号該当性判断の誤り)について
   原告は、商標法4条1項15号が、需要者の間に周知の商標と同一又は類似
する場合でなくして、出所の混同を生じるおそれのある商標の登録を禁止するもの
であり、その判断は、周知ではなくとも、当該商標と同一又は類似する商標を既に
使用する者がいることなどの実情を考慮したうえで客観的になすべきであるとし、
本件商標が同号に該当すると主張するが、具体的に、周知ではない、どのような商
標との間で出所の混同が生じるのかについては主張がなく、失当であるというほか
はない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(商標法3条1項3号、6号該当性判断の誤り)について
   明治44年に石川郡訓令により母畑尋常小学校長が編纂した「郷土誌」(甲
第20号証)に、「口碑傳説」として、安倍頼時・貞任の乱(すなわち、前九年の
役)の鎮撫のため出陣した源義家が、現在の石川町の母畑地区において、苦戦の結
果、母衣と旗とを遺棄したことにより、地名を「母衣旗」と称し、後世転訛して
「母畑」と称するに至った旨が記載され、大正12年11月25日発行(昭和56
年12月30日復刻版発行)の「石川郡誌」(甲第21号証)、昭和7年発刊(平
成4年11月3日再版発刊)の「母畑村讀本」(甲第22号証)、昭和26年7月
現在の「福島縣石川郡母畑村勢一覧」(甲第23号証)、昭和56年3月8日発行
の「角川日本地名大辞典7福島県」(甲第6号証)、平成5年6月15日発行の
「福島県の地名」(甲第31号証)に概ね同旨の記述があるほか、昭和43年1月
30日発行の「石川町史下巻」(甲第26号証)には、前九年の役の際、源義家
が、温泉で愛馬の傷が癒えたために山神の霊に母衣と旗とを奉献し、これを祀った
ことにより、地名を「母衣旗」と呼ぶようになり、後世転訛して「母畑」となった
との、前示したものと多少内容が異なるものの、源義家にまつわる「母衣旗」の地
名が転訛して「母畑」となったという点ではこれと共通する「伝説」が記載され、
平成6年4月1日発行の「石川地方の民話と伝説」(甲第3号証)、平成元年7月
1日発行の「郷土資料事典福島県」(甲第5号証)、発行時期不詳の「石川案内」
(甲第24号証)、同「母畑温泉元湯案内」(甲第29号証)、同「母畑温泉をご
存じでしょうか?」と題するパンフレット(甲第30号証)及び昭和63年8月1
日発行の観光ガイドブック(甲第4号証)には、該「石川町史下巻」と概ね同旨の
記載がある。なお、昭和52年9月発行の「矢吹町史」(甲第27号証)に転載さ
れた「文禄三年蒲生領白川郡・石川郡高目録」には「下穂畑」の地名が、また発行
時期不詳の「福島県史」(甲第28号証)に転載された「藤三郎倉入在々高物成帳
慶長弐年分」には「穂畑」の地名がそれぞれ記載されているものの、これらの地名
と現在の「母畑」の地名との関連は明らかではない。また、現実の地名として「母
衣旗」の記載がある古文書ないしそれを転載したような文献は証拠として提出され
ていない。
   前示各文献の記載によれば、石川町の母畑地区(大字母畑)が、源義家の母
衣と旗に因んで、かつて「母衣旗」と称されており、これが転訛して「母畑」の地
名となったとの伝承が存在することが認められるが、本件各証拠によっても、実際
の地名として「母衣旗」の記載がある資料が存在するとの事実は認められないのみ
ならず、前示の伝承が記された資料さえ、明治末期以前のものの存在は認められな
いのであるから、結局、母畑地区がかつて「母衣旗」と称されていたということ
は、伝承の域を出るものとはいえず、史実として、「母衣旗」という地名が実際に
存在したとは到底認められない。そして、このように、「母衣旗」の名称が伝承の
域に止まることからすれば、かかる名称のみを表示する標章からなる商標が、商品
の産地、販売地を表すものとして一般的に認識されているものと認めることもでき
ない。
   また、後記のとおり、石川町においては、昭和62年10月から「母衣旗ま
つり」が毎年開催されていることが認められるところ、原告は、その知名度が、本
件商標の登録出願ないし登録査定当時、石川町近在に止まるものではなかったこと
から、「母衣旗」が旧地名として周知であることが認められると主張するが、仮
に、本件商標の登録出願ないし登録査定当時、「母衣旗まつり」が石川町近在の範
囲を超えて知られていたとしても、後記のとおり、「母衣旗まつり」は、石川町の
産品の開発宣伝により、同町の経済の振興を図ることを目的として開催されるもの
であり、その目的ないし趣旨が、母畑地区の地名の由来や故事と直接の関係をもつ
ものではないことに加え、本件商標の登録出願ないし登録査定当時において、例え
ば、平成5年の「母衣旗まつり」のパンフレット(甲第9号証)のような、「母衣
旗」のいわれを記載した資料を作成して広範囲に配布する等、その故事や由来を一
般に流布させていた事実を認めるに足りる証拠もないから、「母衣旗まつり」自体
が知られていたからといって、これを知る者が、一般に「母畑」の地名の由来に係
る伝承により「母衣旗」を旧地名として認識しているとも認められない。
   そうすると、本件商標を指定商品に使用した場合に、本件商標がその産地又
は販売地を表示する標章のみからなる商標に該当するものということはできず、ま
た、本件商標が、その商品につき何人かの業務に係る商品であることを需要者にお
いて認識できない商標に当たるということもできない。
   なお、原告は、商標法3条1項3号の規定が、識別力の有無にかかわりなく
公益上必要であることの故に、一定の商標の登録を拒絶しようとするものでもあ
り、本件商標は、「母衣旗」の公共性を著しく害するものであるとして、かかる観
点より見た場合にも、本件商標が同号に該当すると主張する。しかしながら、同号
の規定が原告主張のような趣旨を有するものとしても、同号による登録の拒絶は、
当該商標が、商品の産地、販売地その他同号所定の事項を表示する標章のみからな
ることを前提とすることに変わりはなく、前示のとおり、「母衣旗」が、産地、販
売地を表すものとして、一般に認識されているものと認められない以上、該主張は
前提を欠くものといわざるを得ない。
   したがって、本件商標が商標法3条1項3号、6号に該当しないとした審決
の判断に誤りはない。
 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について
  (1) 平成4年4月1日発行の「NHKふるさとデータブック2[東北]-青
森・岩手・宮城・秋田・山形・福島-」(甲第7号証)、原告の広報紙と認められ
る「広報いしかわ」の綴りである甲第10号証のうちの「広報いしかわ」第334
号(昭和62年11月発行)、同346号(昭和63年11月発行)、同358号
(平成元年11月発行)、同370号(平成2年11月発行)、同382号(平成
3年11月発行)、昭和62年の「母衣旗まつり」の出店予定状況を記載したもの
と認められる「母衣旗まつり(ふるさと特産品直売)参加関係」と題する書面(甲
第33号証)、昭和63年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる
「母衣旗まつり88出店申込状況」と題する書面(甲第34号証)、平成元年の
「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「母衣旗まつり89出店状
況」と題する書面(甲第35号証)、平成2年の「母衣旗まつり」についての同旨
の書面と認められる「出店申し込み一覧表」と題する書面(甲第36号証)、平成
3年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「出店申込み一覧表」
と題する書面(甲第37号証)、母畑地区公民館の公民館だより「母衣旗」の綴り
(甲第44号証)、原告代表者の報告書(甲第45号証)、有限会社松山製麺所代
表者の陳述書(甲第46号証)、有限会社よしだや代表者の陳述書(甲第47号
証)、被告代理人弁護士の有限会社松山製麺所宛て「警告書」(乙第20号証の
1)、同有限会社よしだや宛て「警告書」(同号証の2)、有限会社よしだや代理
人弁理士の被告代理人宛て「回答書」(乙第21号証の1)、有限会社松山製麺所
代理人弁理士の被告代理人宛て「回答書」(同号証の2)及び弁論の全趣旨によれ
ば、次の事実を認めることができる。
   ① 石川町においては、既に昭和47年4月から、母畑地区公民館が、その
公民館だよりに、「母衣旗」の名称を付して地区住民に配布し現在に至っているこ
と、
   ② 石川町は、人口約2万1000人余りの地方自治体であるところ、原告
は、同町で生産される牛肉(石川牛)の消費拡大を企図して、昭和61年10月に
「石川牛肉まつり」なるイベントを催したが、翌昭和62年には、牛肉のみならず
同町の産品の開発宣伝により、同町の経済の振興を図る、いわゆる町興しのための
施策として、同イベントの名称を「母衣旗まつり」と改め、町内の業者に出店を呼
びかけるとともに、同町の産品の知名度を向上させるため、町内の業者に対し、そ
の商品に「母衣旗」との共通した標章を付することを奨励することとしたこと、
   ③ そして、昭和62年10月10日、石川町内の業者等約20店舗が出店
し、約5000人の入場者を集めて第1回の「母衣旗まつり」が開催され、その
後、「母衣旗まつり」は毎年1回10月に開催されて、本件商標の登録出願(平成
元年7月3日)ないし登録査定(平成4年2月7日)当時に至っており、毎年数千
人ないし1万人を超える程度の入場者を集めていたこと、
   ④ また、「母衣旗まつり」に出店した業者等で、その販売に係る産品等に
「母衣旗」の標章を付したものがあったほか、石川町の製麺業者である有限会社松
山製麺所が平成2年ころから、菓子業者である有限会社よしだやが、平成7年ころ
から、それぞれその製造販売する商品の標章として「母衣旗」を採択したこと、
   ⑤ 被告代表者は、石川町出身であり、同町内に住所を有していること、
   ⑥ 被告は、本件商標の設定登録を受けた後の平成9年11月、有限会社松
山製麺所及び有限会社よしだやに対し、それぞれ内容証明郵便をもって、「母衣
旗」の標章を付した商品を販売することが本件商標に係る商標権を侵害するとし
て、該標章の使用の中止と、有限会社松山製麺所に対しては3600万円、有限会
社よしだやに対しては2400万円の損害賠償を請求し、これに対して、有限会社
松山製麺所は該標章の使用を中止し、また、有限会社よしだやは、被告に対し、該
標章を付した商品である饅頭が指定商品に含まれないことを指摘して、請求を拒否
する回答をしたものの、トラブルを回避すべく、結局、その使用を中止したこと、
    以上の事実を認めることができる。
  (2) 石川町の母畑地区(大字母畑)が、源義家の母衣と旗に因んで、かつて
「母衣旗」と称されており、これが転訛して「母畑」の地名になったとの伝承が存
在することは前示のとおりである。
    しかるところ、(1)で認定した事実及び前示第2の1の争いのない事実によ
れば、原告においては、同伝承に係る「母衣旗」の名称を、既に昭和47年から、
同伝承に直接関係する母畑地区に限ってとはいえ、公共的な刊行物に使用してきた
ところ、昭和62年に、いわゆる町興しの施策の一つとして、石川町の産品の開発
宣伝により町の経済の振興を図る目的で、そのためのイベントを開催し、あるいは
町の産品に共通の標章を付すことを業者に奨励してその知名度を向上させる方策を
策定して、これを実行し始めたが、その際に、前示のような伝承を有する「母衣
旗」を、イベントの名称や町の産品に付することを奨励する共通の標章にふさわし
いものとして、選定採択し、いわば該施策の中心に位置付け、これにより地域周辺
の業者等において、誰もが自己の商品に「母衣旗」の標章を使用できるとの認識を
有する状態となっていたことが認められ、他方、被告は、その代表者が石川町に居
住するから、原告のこのような施策や、「母衣旗」の名称が該施策の中心に据えら
れ、町内の各業者に対し使用が奨励されていることを十分承知しているものと推認
されるところ、それにもかかわらず、平成元年に本件商標の登録出願をし、平成4
年にその設定登録を受けて、指定商品の範囲とはいえ、「母衣旗」の標章の独占的
使用権限を取得して、他業者の使用を不可能又は困難とし、現に、原告の奨励に応
じて、これをその製造販売する商品に付して使用していた業者に対し、その使用を
断念させたことが認められる。そして、これによると、被告は、本件商標出願が、
原告の行っている施策を阻害するに至ることを認識し、少なくともその結果の招来
を是認していたものと認められる。
    そうすると、被告による本件商標の取得は、仮に、その主張するとおり、
本件商標を自ら使用する意思をもってその出願に及んだものであるとしても、原告
による、町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益
的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知
りながら、指定商品が限定されるとはいえ、該施策の中心に位置付けられている
「母衣旗」名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ず、本件商
標は、公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反するものというべきで
ある。
    被告は、本件商標と抵触するものとして、「母衣旗まつり」に出店した店
舗及び有限会社松山製麺所の使用例があるのみであると主張するが、本件商標が登
録され、これと同一又は類似する標章をその指定商品に属する商品に使用した場合
に民事上、刑事上の責任を問われるおそれのある状態で、その使用例が少ないこと
が、前示判断を左右するものではない。
    したがって、本件商標が、これをその指定商標に使用しても、公序良俗を
害するおそれがないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。
 3 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法であっ
て、原告の本件請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政
事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 田中康久
裁判官 石原直樹
裁判官 清水節

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