弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,奈良市a町b丁目c番d号eマンションf号の自宅に,風俗店店長を務
めていたころ風俗嬢として雇い入れたA子及びその実子B児を寄寓させていたとこ
ろ,平成18年9月5日,上記自宅の浴室内において,B児(当時生後8か月)に対
し,その身体を強く揺さぶり,顔面を殴るなどの暴行を加え,よって,B児に完治不
能の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたものである。
(事実認定の補足説明)
第1本件公訴事実及び争点について
1本件公訴事実は「被告人は,A子及びその実子B児と同居していたものであ,
るが,平成18年9月5日ころ,奈良市a町b丁目c番d号eマンションf号被
告人方浴室において,上記B児に対し,同人は生後約8か月の乳児であって,そ
の頭部に強い衝撃を与えれば同人が死亡するかもしれないことを認識しながら,
あえて同人の頭部を同浴室の床等に打ちつけ,強く揺さぶるなどの暴行を加えた
が,同人に完治不能の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたにとどまり,同人を殺
害するに至らなかった」というものである。
2これに対し,弁護人は,被告人が上記被告人方の浴室内で,B児を抱いて風呂
に入れたこと,B児が急性硬膜下血腫の傷害を負ったことは争わないが,被告人
がB児に対し,上記公訴事実記載の暴行を加えたことはないから,被告人は無罪
である旨主張し,被告人も,捜査段階及び当公判廷においてこれに沿う供述をす
る。
3そこで検討すると,当裁判所は,被告人がB児に判示暴行を加え,完治不能の
急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた事実は認めることができるが,その際,被告
人に未必的な殺意があったとは認められないものと判断したので,その理由を補
足して説明する。
第2B児の受傷原因等について
1関係証拠によれば,B児の受傷に関する経緯等について,以下の事実が認めら
れる(なお,争いのある事実関係については,後に検討する。。)
(1)A子は,B児を連れ,奈良県内の風俗店で働くなどしていたが,平成1
8年(以下,同年中の出来事については,年数の記載を省略する)8月上旬。
ころ,知人であり,既に被告人が店長を務める風俗店(いわゆるデリバリーヘ
ルス「H」の風俗嬢として働いていたCを通じ,被告人を知った。)
(2)その後,A子は,Cや被告人の助力を得て,当時勤めていた風俗店を辞
,「」,,,めHの風俗嬢として働くようになり8月13日ころからB児と共に
奈良県生駒市内のC方に寄寓するようになった。
しかし,A子は,C方で生活していた間,携帯電話を使うばかりでB児の面
倒をほとんど見ようとしなかったため,これを見かねたCや同居していた同女
の交際相手の男性が,授乳,おむつの交換,入浴等のB児の世話を行った。ま
た,A子がB児を扱う方法は,寝かせるときにB児をそのまま床に置いてその
頭を床に打ち当てたり,おむつを替える際床にぶつけたりするなど粗雑なもの
であった。
(3)Cは,8月31日,持病のぜんそくの治療のため,かかりつけの病院に
行った際,風邪を引いていたB児とA子を連れて行き,診察を受けさせたが,
そのときにはB児の顔にあざはなく,医師からその旨の指摘を受けることもな
かった。
そのころには,Cは,持病が再発したことや,A子に代わってB児を世話す
ることに疲れており,他方,A子もCらに気兼ねを感じていたことから,A子
親子は,同日,上記診察を受けた後にC方を出て,事前に了解を得ていた被告
人方に移った。なお,被告人は,このころまでに前記「H」の店長を辞めてい
た。
(4)A子は,8月31日午後から9月2日にかけて被告人方で過ごし,同日
昼ころ,B児を連れ,仕事を探すため大阪に出向いたものの,B児を託児所に
預けたまま,男性と会っていた。また,A子は,同日夜から翌3日午前にかけ
てB児とサウナ様の施設に泊まり,同日午後には,大阪市内でFと会った。F
は,その際,B児を抱きかかえることもあったが,その時点ではB児の顔にあ
ざやけが等はなかった。そして,A子は,同日午後11時ころ,B児と共に被
告人方に戻った。
(5)被告人は,9月4日及び翌5日の2回,いずれも被告人方の浴室(玄関
わきにある長さ約18m,奥行き約13mのユニットバス)にB児と入り,..
B児を入浴させた。
(6)Cは,9月5日午後6時前ころ,被告人から,B児がひきつけのような
状態で泣いていて,ふろに入れたら暴れて落ちた,その後ミルクを飲まない,
おかしいので,とりあえずそっちに電車に乗せるという内容の電話を受け,そ
の後,A子がB児を連れてやって来た。Cは,A子らがC方を出た8月31日
以降,初めてB児を見たが,B児の顔等にはあざがあり,呼吸がしづらそうな
状態にあった。そこで,Cの交際相手の男性が,知り合いの看護師に症状を尋
,,,ねたり病院に電話をかけたりしたがそのうちにB児の容態が悪化したため
B児は救急車でI病院に搬送された。
(7)I病院で行われたCT検査の結果,B児の脳内に出血があり,呼吸促進
が認められたため,B児は,9月5日午後10時43分ころ,I病院からJ病
院に救急搬送された。J病院搬送時,B児には,意識状態の不良,右下肢の麻
痺,大泉門の緊張,顔面の多数の皮下出血,左顔面腫張,顔色不良,呼吸努力
様等の症状があり,顔面打撲,急性硬膜下血腫,誤嚥性肺炎,眼底出血等と診
断された。また,B児は,放置されれば頭蓋内圧の亢進が脳幹圧迫に至り,死
亡する可能性がある状態にあった。
(8)その後,B児は,J病院の小児科等で入院治療を受け,11月7日,A
子の郷里にあるK病院に転院した。K病院におけるB児の傷病名は慢性硬膜下
血腫(増悪・右不全麻痺・てんかん疑というものであり,MRI病院検査の)
結果,慢性硬膜下血腫の増大による脳実質圧排進行,脳実質の萎縮がみられた
ことから,B児は,平成19年1月12日,L病院脳外科に転院して手術(除
圧,血腫除去術)を受けた。B児の同月19日現在の傷病名は慢性硬膜下血腫
及びびまん性脳損傷であり,重篤な精神運動発達遅滞の後遺症等が相当見込ま
れる状態にある。
2次に,B児の受傷経緯等に関するA子の供述について検討する。
(1)A子の当公判廷における供述の要旨は,次のとおりである。
すなわち「9月3日に被告人方に戻った後,翌4日午前零時から午前1時,
ころまでの間に,被告人がB児をふろに入れたが,それまでにB児の体調に異
常はなく,顔にあざ等はなかった。被告人らが出た後で自分がふろに入ってい
る間,居間から,B児の大きな泣き声や『ゴンゴン』とか『パシパシ(又は,
パチパチ』という音が聞こえ,B児のことが心配になり,急いでふろから出)
ると,B児のおでこに大きなたんこぶがあり,右目の周りに何かに打ったよう
な黄色いあざがあった。同日朝,被告人からB児がベッドから落ちたと聞き,
そのようなことがあったと思った。B児は,泣いたりミルクを飲んだりしてお
り,あざ等ができた以外は異常なことはなかった。同月5日昼前ころ,被告人
がB児をふろに入れ,自分は居間のテレビがある所にいると,最初泣き声が聞
こえ,次に何か口に水を入れられるような『アブアブ』というB児の声が聞こ
。,『』,えたそしてそれほどたたないうちにゴンゴンという音が聞こえたので
心配になり浴室の近くに行くと浴室のドア越しに被告人が洗い場で横向き左,(
向き)に座り,両手を下に向けて手を洗うように動かしている様子が見えた。
被告人が怖いという思いもあり,浴室のドアを開けずに,浴室と居間とを行っ
たり来たりしていたが,20分くらいして被告人に呼ばれて行くと,B児の目
は半開きで,ぐったりとしており泣かず,しゃっくりのようなヒーヒーという
呼吸をして左目にあざ等があった。被告人に言われてミルクを飲ませようとし
たが,B児は飲まなかった。このような状態になったのは初めてだったのでど
うしていいか分からず,B児を抱っこしたり寝かしたりした。被告人は,ベッ
ドで横になったり洗濯したりしていたが,同日夕方,Cに電話をかけ,B児が
ミルクを飲まないので病院に連れて行ってほしいと頼み,自分がB児を連れて
電車でC方に行った」というものである。
(2)ところで,A子に関しては,証人G(児童相談所職員)が,J病院から
の通報を受け,児童虐待の対応のためJ病院でA子と面接をした際の状況等に
ついて「B児の検診等を担当したA子の郷里の保健師から,知的に低い旨の,
情報を得た上でA子と面接をしたところ,隠しごとをしながら答えているとい
,」,うイメージはなかったが諒解性が低いという感じを抱いた旨供述しており
A子の当公判廷における供述態度等を併せると,その供述の信用性を検討する
には相応の考慮を要すべきものと考えられる。
また,捜査関係事項照会回答書(J病院の診療録)によれば,同診療録中に
は「昨日床で転倒して頭を打ったとのこと(以下も情報源は母)本日,昼,
寝後,同居男性が入浴させた後から,ぐったりして泣かなくなった「6」,PM
∼7時頃生駒の友人宅で友人から異常を指摘され当院へ救急搬送されまし
た(以上,I病院医師作成の9月5日付け診療情報提供書「昨日フロに入」),
れてから動かなくなった。ミルクは,のんでない「昨日は寝ている時に寝」,
返りして頭をうって皮下出血があった。入浴は男性がした「昨日はフロ場」,
で強く泣いていた。○○さん(被告人)は床におとしたと言った(以上,母」
(A子)の説明としてJ病院カルテに記載された内容「9/40:00),
頃床(木製)に20㎝上から落下し,頭をうったが元気でミルクもよく飲んで
いた「9/5昼寝後12:00頃同居男性がtを入浴させた後,泣か」,P
なくなり,動きも悪くなり,6:00頃,友人宅に行った際の異常を指PMPt
摘され,○○(I病院)へ救急搬送された「誰かが暴力をふるっているHp」,
心あたりはないとのこと(頭部のアザは9/4頃に気づいたと母親はあいまい
な返答だったとのこと(以上,J病院救急科入院概括表中の現病歴欄)等)」
の記載があることが認められる。そして,上記記載とA子の前記公判供述を対
比すると,A子は,9月4日にB児が頭を打ったことは話したものの,翌5日
の被告人の行為については何も言わず,B児の治療にとって必要な情報を医師
に提供しなかったことがうかがわれるのであり,同日の被告人の行為に関する
A子の前記公判供述の信用性に疑問の余地はある。
(3)しかし,A子の前記公判供述は,時の経過に沿った自然なもので,その
内容は具体的かつ迫真性に富んでいる上,自らもB児に暴行を加えたことがあ
ると認めるなど自己に不利益な供述もしている。また,A子は,弁護人から反
対尋問を受けても,その供述が崩れることなくほぼ一貫しているほか,質問を
よく理解して答えるなどその供述態度をみても,特段の問題があるとは認めら
れない。以上を総合すると,A子の前記公判供述は,十分信用することができ
るものというべきである。
,()被告人の公判供述及び検証調書抄本によれば被告人方の浴室ドア折り戸
の中央部分にはめられている透かし戸様の部分は,プラスチック製で浴室内部
が見えにくいものであることがうかがわれるが,前記1(5)のとおり浴室自
体は狭いことや,上記検証調書中で被告人が再現する洗い場の状況をみれば,
ドア越しに浴室内の被告人の様子を確認することができない程度のものとはい
えず,この点に関するA子の前記供述が不自然であるとはいえない。また,前
,,記浴室のドアを完全に閉め切り水道栓を全開して浴槽内に水を落としながら
布製包帯で覆った鉄アレイを用いて浴室内の床面を3回連続して打ちつける実
験をしたところ,居室内でその音が確認されたこと(上記検証調書)や,B児
が誤嚥性肺炎に罹患していたことにかんがみれば,上記実験に用いられた鉄ア
レイの重量等が明らかではないものの,B児の泣き声に続いて「アブアブ」,
という声や「ゴンゴン」という音が聞こえたとするA子の前記供述の信用性が
損なわれるものではない。
そして,前記診療録の記載の点については,A子は,B児がI病院等に救急
搬送された当初から9月4日にB児が頭を打った旨を述べていたことは明らか
であり,その内容はA子の前記公判供述ともおおむね符合すること,同月5日
に被告人がB児を入浴させた際の状況をそのまま述べた場合には,当時被告人
方に寄寓していたA子らの今後の生活等に懸念が生じ(なお,A子は,当公判
廷において,被告人のことを怖く思っていると供述する,あるいはA子自。)
身がB児の養育態度を責められるおそれがあることを併せれば,B児の受傷後
さほど時間がたっていない時点で,同月5日の状況を明らかにすることが難し
かったものと考えられるから,前記診療録の記載内容が,直ちにA子の前記公
判供述の信用性に影響を及ぼすものともいえない。
3以上のようなB児の受傷前後の経緯や,これに関するA子の前記供述内容に加
え,
アB児を初診したJ病院脳神経外科のD医師は,当公判廷において,①B児の
急性硬膜下血腫につき「急性硬膜下血腫では通常外傷が起こった直後から出血,
が生じ,手術を要しない程度の場合でも,外傷後約24時間は出血の増大がある
ところ,I病院で撮影されたB児の頭部CT画像上,その大脳半球間裂に急性硬
膜下血腫があり,左前頭頭頂部に慢性の成分を含む硬膜下血腫が認められたが,
搬入当時にJ病院で撮影したCT画像では血腫に特に大きな差はなく,9月7日
撮影のCT画像でも血腫の変化はなかったことから,同月6日から7日の間に血
,。腫の拡大が止まったものといえB児の出血が始まったのは同月5日と思われる
B児の意識障害や麻痺等の症状は急性硬膜下血腫によるものであるが,急性及び
,,慢性の硬膜下血腫の血腫量がさほど多いものではないのに強い意識障害があり
大脳半球間裂に硬膜下血腫があることからすれば,びまん性軸索損傷(回転加速
度がかかり,神経繊維が轢断されることによって起こる変化)の疑いがあると判
断した」旨を,②B児の顔面の皮下出血や腫脹につき「I病院で撮影されたB,
児の顔面の写真と対比すると,搬送時のB児の皮下出血の程度は変わらなかった
が,腫脹がひどくなっていたため,数時間を経過した段階にあり,その腫脹は当
()。」日9月5日に生じたものと判断したB児の頭頂部や後頭部に傷はなかった
旨をそれぞれ供述していること,
イ鑑定受託者であるE医師(M病院統括診療部長・小児脳神経外科医)は,I
病院及びJ病院で作成されたカルテ等の資料を基にB児の負傷の原因等を鑑定
し,同人作成の鑑定書及び当公判廷において,B児の両側前頭葉及び半球間裂に
,,,硬膜下血腫があること骨折がないこと顔面に多数の皮下出血があることから
殴る,強く揺さぶる,振り回すなどの行為が加えられたものと思われ,風呂場で
転んだり落としたりするような外傷で生じたとは説明しにくい,B児の新旧の皮
下出血や眼底出血は何度か外傷があったことを表しており,骨折を伴わない硬膜
下血腫は,この年齢の虐待による頭部外傷によく見られ,B児には虐待の典型的
症例がある,J病院で示されたびまん性軸索損傷の診断は,鑑定資料から判断さ
れる傷病と符合しないものの,その病態は乳児期の急性硬膜下血腫によっても十
分説明することができる旨の判断を示していること,
ウJ病院小児科医師が,B児の顔面の紫斑の出現時期につき同病院皮膚科・形
成外科に問い合せたところ,9月7日,同科医師から,左頬の紫斑は比較的新し
く3日以内くらい,その他の額及び頭部の紫斑は1週間から10日以内と考える
のが妥当であるが,個人差や初めの内出血の程度にもよるので断定できない旨の
回答があったこと(捜査関係事項照会回答書(J病院の診療録)及びD医師の公
判供述,)
以上の医師らによる供述や判断等を併せれば,B児は,9月5日の入浴時点で,
,,被告人からその身体を強く揺さぶられたり顔面を殴打されたりしたことにより
急性硬膜下血腫等の前記1(7)の傷害を負ったものと推認することができる。
4(1)これに対し,被告人は,捜査段階及び公判廷において「8月31日に,
B児に会ったときには,既にB児の顔にあざがあり,A子らが帰宅した9月3
日にもB児の顔のあざはそのまま残っていたし,同月4日にB児がけがをした
事実はない。同月5日にB児を入浴させたが,頭を洗っているときに後頭部に
こぶがあるのに気づいた。自分は,CからA子がB児に暴力を振るっていると
聞いていたので,A子がB児に乱暴したところは見たことがないものの,A子
が虐待したのではないかと思った。B児を湯船に付けようとした際,B児が暴
れたために手が滑り,湯の入った浴槽内に落としてしまい,頭も湯につかって
しまったが,5秒くらいですぐ助け出した。B児は,息をぜいぜいとさせてし
んどそうだったので,A子を呼んでB児を手渡した。自分としては時間がたて
ば直ると思い,B児を見守っていたが,ミルクを少量飲んだくらいで泣くこと
がなく,1時間以上息をぜいぜいとさせていたので,Cに電話をかけ,医者に
連れて行ってほしいと頼んだ。浴室内では,B児を浴槽内に落としたことがあ
るのみで,B児を殴ったり,その頭や体を壁等にぶつけたりしたことはなく,
手に抱えて強く揺さぶったこともない」旨供述する。
(2)しかし,被告人の前記(1)の供述中,8月31日の時点でB児の顔に
あざがあったとする点は,前記1(3(4)で認定した事実及びA子の前記)
供述に明らかに反する。なお,被告人は,捜査段階において,同日には,B児
の両頬とおでこに明らかに分かる青あざがあった旨供述する一方で(検察官調
書,B児の顔面の写真では左頬,左目の下及び右目のわきにあざがあると説)
明し(写真写し。証拠物のポラロイド写真3枚と同じもの,公判廷では,示)
されたポラロイド写真3枚のうちの額のあざの部分を指し,同日にあざがあっ
た旨述べてその供述を変遷させているが,その経緯は不自然である。
また,被告人の前記供述中,9月5日の入浴時にB児の後頭部にこぶがある
のに気付いたとか,浴槽内にB児を落としたことがあるにすぎないとの点は,
前記3のD医師及びE医師の所見等に明らかに反し,到底信用することができ
ない。
以上によれば,B児の受傷経緯等に関する被告人の前記供述は,A子の公判
供述の内容,前記1の認定事実並びに前記3のD医師らの所見等に照らし,信
用することができない。
(3)また,弁護人は,B児には慢性硬膜下血腫のほか,古い顔面の皮下出血
や眼底出血等があることから,B児の傷害は,A子のB児に対する継続的な身
体的虐待の結果生じたものである旨主張する。
しかし,B児の傷害は,被告人が入浴中に行った身体を強く揺さぶるなどの
行為によって生じたものと認められることは,既に説示したとおりである。そ
して,A子がC方に寄寓していた間のB児に対する養育態度(前記1(2))
に,A子がB児に暴力を加えていたかどうかは分からないものの,身の回りの
世話をしないなど適切な養育をする能力がないネグレクトの保護者という印象
を持った旨の前記証人Gの公判供述を併せれば,A子には,B児に対する育児
放棄的な態度はあるが,B児に暴力を加えるなどの身体的虐待を継続的に行っ
ていたとは認め難い。弁護人の上記主張は採用することができない。
第3被告人のB児に対する未必的殺意の有無について
1そこで,被告人が,被告人方浴室内でB児に暴行を加えた際の未必的殺意の有
無について検討する。
2(1)検察官は,①被告人は,B児の頭部を浴室の床等に打ちつけ,強く揺さ
ぶるなどの暴行を加え,②生後約8か月で身体の機能も未熟なB児の顔面を殴
ったりその身体を強く揺さぶったりするなどの暴行を加えれば,B児が死亡す
るかもしれないことは,誰でも認識することができるものであり,被告人はこ
れを認識していたから,被告人に未必の殺意があった旨主張する。
(2)しかし,①の点は,A子が聞いた「ゴンゴン」という被告人方浴室から
の音が,どのような原因によって生じたものかを明らかにすることができる証
拠はない上,B児の頭頂部や後頭部に傷はなく(前記D医師の公判供述,骨)
折がないこと(鑑定書)等の客観的事実に照らせば,被告人がB児の頭部を浴
室の床等に打ちつけたとの事実を認めるには合理的な疑いが残る。
また,②の点は,被告人がB児の顔面を殴ったり,その身体を強く揺さぶっ
たりするなどの暴行を加え,B児に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた事実が
推認されることは前記第2で認定説示したとおりであるが,その際の被告人や
B児の位置,体勢,方法等の具体的状況は関係証拠上不明であり,被告人の行
為態様から,直ちにB児に対する未必的殺意を推認することはできない。被告
人は,捜査段階において「赤ん坊を抱いて強く揺さぶると,脳がまだしっか,
りと頭の骨についていないので,頭の中で脳がかき回されてしまって,最悪死
んでしまうということも当然知っていた」などと供述するが(検察官調書,)
被告人は,同調書において,B児に暴行を加えた事実自体を否認しているので
あって,上記供述は具体的事実に基づいたものではなく,B児と同じ年ごろの
乳児についての一般的な認識を述べたにすぎないというべきであるから,上記
供述をもって,被告人に未必的殺意があったと認めることはできない。
結局,検察官が公訴事実で主張する被告人の暴行のうち,B児の頭部を浴室
の床等に打ちつけたとの事実を認めることはできず,被告人の捜査段階におけ
る供述(前記検察官調書)から,B児に対する未必的殺意を認めることもでき
ない。
(3)さらに,関係証拠によれば,被告人は,A子親子を寄宿させていた間,
B児の夜泣きのため十分睡眠を取ることができず,B児の世話を引き受ける羽
目になったことに苛立ちを募らせ,A子親子の存在をわずらわしく思っていた
こと,B児の額を指ではじくなどしていたことが認められる。しかし,A子親
子が被告人方で過ごしたのは4日程度のごく短期間にすぎず,その間,被告人
は,A子に代わってB児の面倒を見ていたのであって,上記理由からわずらわ
しさを感じていたことが,未必的にせよ被告人に殺意を生じさせるほどの動機
となったといえるかは,甚だ疑問である。そして,関係証拠上,被告人がB児
に殺意を抱くに足りる事情があったとは認め難い。
3以上によれば,被告人がB児の顔面を殴ったり,その身体を強く揺さぶったり
した際,被告人にB児に対する未必的殺意があったと認めるには,合理的な疑い
が残るものというべきである。
第4結論
以上のとおり,被告人が,9月5日,被告人方浴室内において,B児の身体を
強く揺さぶり,その顔面を殴るなどの暴行を加え,B児に完治不能の急性硬膜下
出血等の傷害を負わせた事実を認めることができるが,その際の未必的殺意の存
在は認めることができない。
そして,被告人が本件犯行を否認してその動機を明らかにせず,関係証拠によ
,。ってもこれを認めることはできない以上本件犯行動機は不明とせざるを得ない
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法204条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,そ
の所定刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数
中160日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただ
し書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,風俗店の元店長であった被告人が,風俗嬢として雇い入れた女性とその実
子であるB児を自宅に寄宿させていた間,自宅浴室内でB児に暴行を加え,完治不能
の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたという事案である。
被告人は,短期間とはいえ,前記経緯からA子親子を引き受け,自宅に寄宿させた
のであり,しかも,B児は当時生後約8か月の乳児で,大人の世話なくして生活する
ことができないのに,B児を入浴させた際,乳児にとって強力な暴行を加えて重篤な
傷害を負わせたのであって,その態様は卑劣かつ悪質で,酌むべき点は全くない。B
児の受傷結果は非常に重く,将来的には精神運動発達遅延の後遺症等が出現すること
が見込まれるのであり,被害結果は重大であるが,被告人は,不合理な弁解に終始し
て反省の態度を示さず,慰謝的措置も何ら講じていない。これらの事情を併せると,
被告人の刑事責任は重いというべきである。
そうすると,被告人には,未必的なものであれ殺意があったとは認められず,本件
は偶発的犯行といえること,B児が重篤な状態に陥ったことには,A子の育児放棄的
な養育態度が関係していること,遅きに失したとはいえ,被告人は,自らCに電話を
,,,かけB児を病院に連れて行くよう依頼したこと被告人の健康状態が優れないこと
粗暴犯の前科がないこと等の酌むべき事情を十分考慮しても,被告人に対しては,主
文掲記の刑を科すのが相当である。
よって,主文のとおり判決する(求刑・懲役13年。)
平成19年7月20日
奈良地方裁判所刑事部
裁判長裁判官石川恭司
裁判官松井修
裁判官船戸容子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛