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平成23年7月27日判決言渡
平成22年(行ケ)第10306号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年4月20日
判決
原告アイリスオーヤマ株式会社
訴訟代理人弁護士小泉妙子
訴訟代理人弁理士黒田博道
同北口智英
同石井豪
同鈴木毅
被告株式会社伸晃
訴訟代理人弁理士濱田俊明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2010-800026号事件について平成22年8月18日にし
た審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「置棚」とする特許第3358173号(請求項の数は3。
以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許は,平成9年12月25日に出願され(特願平9-368696号),平
成14年10月11日に設定登録された(甲26)。
本件特許については,平成15年4月8日に無効審判(無効2003-3513
0号)が請求され,同年11月18日,請求不成立の審決がされたが,同年12月
25日東京高等裁判所に審決取消の訴訟が提起され,平成16年11月8日,審決
を取り消す旨の判決がされた。被告は,平成17年2月10日付けで訂正請求を行
い,同年5月10日,訂正を認め,審判請求は不成立との審決がされた(甲27)。
同年6月16日,知的財産高等裁判所に審決取消の訴訟が提起されたが,平成18
年6月28日,請求棄却の判決がされ,これに対し上告受理の申立てがされたもの
の,同年10月20日,上告不受理の決定が出され,平成17年5月10日付審決
が確定した(以下,平成17年2月10日付訂正請求による訂正後の明細書を「特
許明細書」といい,特許明細書の請求項1ないし3に係る発明を「本件発明1」な
いし「本件発明3」という。)。
原告は,平成22年2月10日,本件特許につき無効審判を請求し(無効201
0-800026号。以下「本件無効審判」という。),同年8月18日,審判請求
は不成立との審決(以下「本件審決」という。)がされ,同月26日,原告(請求人)
に審決書が送達された。
2特許請求の範囲
特許明細書の特許請求の範囲は,次のとおりである(甲27)。
【請求項1】
左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止して
なる置棚において,上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると共に,
上記外管の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚は,その後方裏面に設けた
取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,当該固定棚の先端の円形孔からなる支持
部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平に支持
し,所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止したことを特徴とする置棚。
【請求項2】
外管の内管挿通側の先端には,固定棚の外管支持部と当接する抜止部を設け,外
管の最大伸長を規制した請求項1記載の置棚。
【請求項3】
固定棚および取替棚は,上下方向の通気孔を有する請求項1または2記載の置棚。
3審決の理由
別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。
(1)特許法36条4項違反について
特許明細書には「固定棚を水平に支持」する構造について,当業者がその実施を
することができる程度に明確かつ十分に記載されており,本件発明1ないし3も,
特許明細書の記載及び図1から実施することができるといえ,特許明細書は特許法
36条4項規定の要件を満たすものである。
(2)容易想到性の有無について
ア本件発明1と甲1の1(USP1435598公報)記載の発明(以下「甲
1発明」という。)との相違点1ないし5に係る本件発明1の構成は,いずいれも甲
2ないし22に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たということは
できず,本件発明1は,出願前に当業者が容易に発明することができたものである
とはいえない。
本件発明2及び3は,いずれも本件発明1に限定を加えたものであるから,同様
に,甲1発明及び甲2ないし22に記載された発明から当業者が容易に発明するこ
とができたものであるとはいえない。
イ本件審決が,上記判断を導く過程において認定した甲1発明の内容,本件発
明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア)甲1発明の内容
「足部材14が保持された枠部材10,10'に留められた雄型滑動部16,16'及び雌
型の滑動部17,17',及び,雌型の滑動部17,17'上に区画部20~23を配置した伸
縮テーブルにおいて,
雄型滑動部16,16'及び雌型の滑動部17,17'は,各々が断面において,一部が切
り取られ長いフランジを有する長方形の形状を有し,
大テーブル上面板15に留められた枠部材10と金属の角部材12とによりネジ13
で取り外しできるように足部材14が適所に保持され,
伸縮テーブルを最も短い長さの状態にしたときには,大テーブル上面板15は,区
画部により支えられ,テーブルが伸長されるとき,雌型の滑動部17,17'が備えて
いるブロック34によりテーブルの中央で支えられ,
区画部20~23は,スクリュー27を介して上下動可能に雌型の滑動部17,17'と接
続し,雌型の滑動部17,17'に回転可能に設けられたカム19により上下動する伸縮
テーブル。」(審決書26頁27行目から27頁2行目)
(イ)一致点
「左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に載置部材を載置してなる載置具
において,上記棚受用横桟は外側伸縮部材に内側伸縮部材を伸縮可能に挿通してな
ると共に,上記外側伸縮部材の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定載置部材
は,その取付部に内側伸縮部材側の支脚を取付けると共に,棚受用横桟により固定
棚を水平に支持し,載置部材を外側伸縮部材上に載置したことを特徴とする載置
具。」(審決書28頁17行目から22行目)
(ウ)相違点
a相違点1
載置部材が,本件発明1では,「棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止」及
び「所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止」するものであるのに対し,甲1発明
では,「スクリュー27を介して上下動可能に雌型の滑動部17,17'と接続し,雌型の
滑動部17,17'に回転可能に設けられたカム19により上下動する」「区画部20~23」
であり,着脱自在な構造ではない点。
b相違点2
載置具が,本件発明1では,取替棚を有する「置棚」であるのに対して,甲1発
明では,着脱自在な構造ではない区画部を有する「伸縮テーブル」である点。
c相違点3
外側伸縮部材及び内側伸縮部材が,本件発明1では,「外管」及び「内管」である
のに対し,甲1発明では,「カム19」と「ブロック34」を具備した「雌型滑動部17,
17'」及び「雄型滑動部16,16'」であり,各々の断面形状が,「一部が切り取られ
長いフランジを有する長方形の形状を有する」ものであり管状構造ではない点。
d相違点4
棚受用横桟により固定棚を水平に支持する構造が,本件発明1では,「当該固定棚
の先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿
通して該固定棚を水平に支持し」であるのに対し,甲1発明では,「伸縮テーブルを
最も短い長さの状態にしたときには,大テーブル上面板15は,区画部により支えら
れ,テーブルが伸長されるとき,雌型の滑動部17,17'が備えているブロック34に
よりテーブルの中央で支えられ」るものである点。
すなわち,本件発明1では,固定棚の先端の円形孔からなる支持部と外管との間
に支持関係があるのに対して,甲1発明では,伸縮テーブルの長さに応じて,「雌型
の滑動部17,17'が備えているブロック34」による直接支持か,区画部を介して「雌
型の滑動部17,17'」に間接的に支持されているものである点。
e相違点5
固定載置部材が,本件発明1では,「外管の伸縮方向に一定長さを有する単一部材
の固定棚」であり,「その後方裏面に設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入する」のに
対し,甲1発明では,「大テーブル上面板15」であり,「大テーブル上面板15に留
められた枠部材10と金属の角部材12とによりネジ13で取り外しできるように足部
材14が適所に保持され」るとして,他の部材を介して足部材を取り付けている点。
(以上,審決書28頁23行目から29頁21行目)
第3当事者の主張
1取消事由に関する原告の主張
本件審決は,特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1),本件発
明1ないし3の進歩性の判断の誤り(取消事由2)があり,本件審決の結論に影響
を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。
(1)特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1)
特許明細書の請求項1には,外管と内管の関係について「外管に内管を伸縮可能
に挿通し」と記載されているのに対し,固定棚の先端の支持部と外管の関係につい
ては「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載され
ており,「摺動自在に」の語句の有無を使い分けていることからすると,外管と内管
は「摺動しない」,即ち接触しない状態で挿通すると解すべきである。このように解
することは,特許明細書の発明の詳細な説明に,発明の効果として,内管とは関係
なく,「外管の径に見合って十分な積載荷重を確保することができる」と記載されて
いることにも整合する。
そうすると,外管と内管とは摺動自在となっておらず,荷重を支え合う関係にな
く,固定棚は,先端の円形孔からなる支持部に対して外管をその伸縮に応じて摺動
自在に挿通することのみによって,水平に支持されることになるところ,このよう
な置棚は,例えば別紙参考図1のように支持部の外管摺動方向の長さを長く形成し
たり,所定間隔を置いて支持部を2つ設けたりすれば,実施可能である。しかし,
特許明細書及び図面には別紙参考図2のように記載されており,これでは固定棚を
水平に維持することが実施できない。
このように,特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1ないし3に共通す
る,外管と支持部とが摺動自在に挿通していることにより固定棚を水平に維持する
との構造につき,明確かつ十分に記載されているとはいえず,特許法36条4項に
違反するものである。
本件審決は,「外管と内管が接触している」,「接触可能な状態を含む」などと認定
するが,同認定は,特許請求の範囲の記載に基づかず,語句の使い分けにおいて矛
盾する。また,外管と内管が接触しているのであれば,固定棚の先端の支持部と外
管とによって固定棚が水平に支持されるのではなく,この種の一般的な伸縮テーブ
ルと同様,外管と内管との摺動によって固定棚が水平に支持されるはずである。そ
うであるにもかかわらず,本件審決は,相違点4において,外管と内管との接触関
係とは無関係に,上記支持部と外管とによって固定棚が水平に支持されると認定し
ているのであり,論理に矛盾がある。
(2)容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
本件審決は,相違点4及び5に関し,載置具として周知な技術を,伸縮テーブル
であり,かつ,支持部材とは一体構造ではない甲1発明の大テーブル上面板の構造
に適用することは,甲1発明の構造上及び周知技術の適用範囲からみて阻害要因が
あるとして,本件発明1は,当業者が容易に発明することができたとはいえない旨
判断したが,同判断には誤りがある。また,本件発明2及び3についても,同様の
誤りがある。その理由は,以下のとおりである。
ア本件発明1
(ア)相違点1及び2について
相違点1及び2に係る本件発明1の構成は,甲1に従来技術として記載されてい
るものであり,また甲20に記載された公知技術であり,甲2ないし7に記載され
た周知技術である。
(イ)相違点3について
本件発明1は「外管」及び「内管」とも,断面形状が閉じた円筒状であるという
点で甲1発明と異なっているとしても,このような管の形状は単なる設計事項であ
り,また,断面形状が閉じた円筒状になっている「外管」及び「内管」を用いた例
が甲2,8,9及び11に記載されており,これは周知技術である。
(ウ)相違点4について
相違点4に係る本件発明1の構成は,甲1に従来技術として記載されていると共
に,甲2ないし5,7及び20に記載された周知技術である「内管と外管とから成
る管部材を引き延ばしたときに,伸ばした部分に取替棚を置く技術」に,甲16,
18及び21に記載された「載置具として周知な技術である棚部材に単一部材で一
体に形成された孔部に管部材を挿通して棚部材を水平に支持するための周知技術」
を組み合わせたものであり,周知技術を組み合わせた以上の特別の作用効果を奏す
るものではない。さらに,足部を設けるか否か,足部をどのように取り付けるかは,
単なる設計事項である。したがって,相違点4に係る本件発明1の構成は,当業者
であれば容易に想到することができる。
(エ)相違点5について
足部材の取付けに際して「他の部材」を介するか否かは単なる設計事項であり,
当業者であれば容易に想到できるものである。
(オ)以上のとおり,本件発明1は甲1ないし22に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものである。
イ本件発明2及び3
本件発明2は,本件発明1に,外管の内管挿通側の先端に,固定棚の外管支持部
と当接する抜止部を設け,外管の最大伸長を規制したものであり,甲1に課題が記
載されており,甲5,14,16ないし19に記載された発明から容易に想到する
ことができる。
本件発明3は,本件発明1に,固定棚及び取替棚が上下方向の通気孔を有すると
いう限定を加えたものであり,これは周知技術であり,周知技術が有していた効果
と異なる効果を奏するものではない。
したがって,本件発明2及び3も容易想到である。
2被告の反論
原告主張の取消事由は,以下のとおり,いずれも理由がない。
(1)特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1)に対して
特許明細書には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に本
件発明1ないし3が記載されている。
本件発明1における外管と内管は,相互の径にある程度の遊び(余裕)を設けて
いるが,接触せずに挿通することはあり得ず,その意味で,外管と内管は接触する
関係にあり,これは当然の事実である。また,置棚として組み立てた場合には,重
力の影響を受けて,互いに接触することになる。置棚の上から荷重がかかった場合
には,荷重の大きさに応じてパイプが撓むので,外管と内管はより接触が強くなる。
2本のパイプを挿通して組み合わせて伸縮させるという態様において,外管と内
管の径をどのように決定するかということは,極めて周知及び慣用的な技術である。
原告は,特許明細書の請求項1における「外管に内管を伸縮可能に挿通し」との
記載と「固定棚の先端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に応じ
て摺動自在に挿通し」との記載があることから,後者の「挿通」は接触状態を指す
のに対し,前者の「挿通」は非接触状態を指すと主張する。しかし,前者の「挿通」
ついては,当該記載だけで当業者が意義を理解することができるが,後者の「挿通」
は,「外管」と「支持部」との関係を明確にする必要性が生じ,そのために「摺動自
在に」との文言を説明的に用いたにすぎないと理解できる。そうだとすると,後者
の「挿通」は接触状態であるのに対して,前者の「挿通」は非接触状態であるとの
原告の解釈に合理性はない。
(2)容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対して
相違点4について,本件発明1では,摺動する外管と内管の内の外管を固定棚の
先端の円形孔からなる支持部に挿通することによって,所定枚数の取替棚は前後に
架橋した棚受用横桟の内の外管に掛止するので,固定棚が水平に支持されると同時
に,取替棚も固定棚と同じ高さにすることができ,さらに,取替棚が外管と内管に
跨って掛止されることによりガタツキが生じることも回避するという作用効果があ
る。これに対し,甲1発明では,そもそも本件発明1のように固定棚の先端の円形
孔からなる支持部に対応する構成は存在せず,当該支持部に摺動自在に挿通する構
成も存在しない。さらに,甲1発明の区画部は滑動部に掛止される構成ではなく,
しかも,滑動部は本件発明1のように外管と内管を挿通する結果段違いが発生する
という課題すら存在しない。このように,甲1発明には本件発明1の構成に対応す
る構成自体が存在しないため,甲1発明にその他の引用例を組み合わせる動機が生
じない。したがって,本件発明1には進歩性があり,本件発明2及び3にも進歩性
がある。
第4当裁判所の判断
1特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1)について
原告は,特許明細書は特許法36条4項に違反するものであり,同規定の要件を
満たしていると判断した本件審決には誤りがあると主張する。しかし,以下のとお
り,原告の主張は失当である。
(1)事実認定
特許明細書における特許請求の範囲の請求項1ないし3は,第2の2記載のとお
りであり,別紙図1は,本件発明1ないし3の一実施形態に係る置棚全体を示した
斜視図である。
特許明細書の特許請求の範囲の請求項1には,外管と内管の関係について,「外管
に内管を伸縮可能に挿通し」と記載されている。さらに,特許明細書の【発明の詳
細な説明】には,外管と内管の関係等に関し,以下のような記載がある(甲27)。
「【発明が解決しようとする課題】」
「【0004】しかし,上記従来の置棚は,横桟の長さが固定されたものであるた
め,製造者側は各尺度における押入の寸法に応じた数種類の置棚を用意する必要が
あり,この種置棚の製造コストを低減できないという課題があると共に,消費者側
にとっても押入の寸法を確認した上で,対応する置棚を購入しなければならないと
いう課題があった。」
「【0006】【課題を解決するための手段】本発明では,上記目的を達成するた
めに,左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟上に適宜着脱自在な取替棚を掛止
してなる置棚において,上記棚受用横桟は外管に内管を伸縮可能に挿通してなると
共に,上記外管の伸縮方向に一定長を有する単一部材の固定棚は,その後方裏面に
設けた取付孔に内管側の支脚を嵌入すると共に,当該固定棚の先端の円形孔からな
る支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該固定棚を水平
に支持し,所定枚数の取替棚を前後の外管上に掛止するという手段を用いた。
【0007】当該手段によれば,外管を伸縮させることにより置棚の全長を適宜
調整することができる。」
「【0010】【発明の実施の形態】以下,本発明の好ましい実施の形態を添付し
た図面に従って説明する。図1は,本発明に係る置棚の一実施形態を示したもので
あり,図中,1a・1bは左右の支脚,2・2は当該支脚1a・1b間に2本平行
に架橋された棚受用横桟であって,当該横桟2は外管2aに内管2bを伸縮自在に
挿通した構造である。」
「【0016】なお,上記実施形態では,押入用の置棚について説明したが,適用
しようとする収納空間に応じて,外管2aの長さや,その伸縮範囲,即ち固定棚3
の長さを変更できることはもちろんである。また,内管2bは,より長めのものを
採用することが好ましい。その理由は,外管2aに対する挿通長さが長くなる分,
横桟全体を強固とすることが可能だからである。」
(2)判断
本件発明1において,左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟は,外管と内管
から構成されている。このような構成を採用した趣旨は,横桟の全長を適宜調整で
きるようにするため,外管に内管を挿通して,外管を伸縮可能とするためであると
解される。したがって,外管と内管について,このような構成を採用した趣旨に照
らすならば,1本の管と同様の強度が得られるようにするため,外管と内管が接触
するように挿通させるということは,当業者の技術常識から当然のことといえる。
また,上記のとおり,特許明細書の【発明の実施の形態】には,内管の外管に対
する挿通長さが長くなる分,横桟全体を強固とすることが可能であるから,内管は
より長めのものを採用することが好ましいと記載されている。これは,内管が外管
に挿入されて重なっている部分においては,内管と外管が接触していることにより
強度が増すという趣旨であると理解するのが合理的である。
さらに,本件発明1においては,固定棚の先端の円形孔からなる支持部に外管を
その伸縮に応じて摺動自在に挿通すると共に,着脱自在な取替棚を前後の外管上に
掛止する構成を採用する。そして,本件発明1は置棚に係る発明であり,固定棚及
び取替棚の上には物を載置することが想定され,固定棚及び取替棚の上に物が載置
された場合には,固定棚の支持部に挿通し,取替棚が掛止している外管に対し,上
方から力がかかり,より強度に内管と接触することとなる。
以上によると,内管が外管に挿入されて重なっている領域では,外管と内管は力
を伝えるように接触しているということができる。そして,本件発明1では,外管
と内管が接触するように挿入され,固定棚の支持部に外管が摺動自在に挿通してい
ることから,固定棚を水平に維持することが可能となる。
(3)原告の主張に対して
ア原告は,特許明細書の請求項1には,外管と内管の関係について「外管に内
管を伸縮可能に挿通し」と記載されているのに対し,固定棚の先端の支持部と外管
の関係については「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」
と記載され,「摺動自在に」の語句の有無を使い分けていることから,外管と内管は
接触しない状態で挿通すると解すべきであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は採用できない。
確かに,特許明細書の請求項1には,固定棚の先端の支持部と外管の関係につい
て「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載されて
いるのに対し,外管と内管の関係については「外管に内管を伸縮可能に挿通し」と
記載されており,「摺動自在に」とは記載されていない。しかし,外管と内管の関係
については単に「挿通し」と記載されているだけであって,特許明細書及び図面に,
「挿通」に関して接触しない状態で挿通するものに限るとの制限を加えるような記
載はない。また,摺動自在に挿入する場合であっても,外管と内管との間に一定の
隙間は必要であるところ,原告主張のように外管と内管が接触しないようにするた
めには,この隙間を大きくする必要があるが,特許明細書及び図面に,外管と内管
との間の隙間について条件を加えるような記載はない。そうすると,外管と内管の
関係について「摺動自在に」の語句がないことに格別の技術的意味はないというべ
きである。
イまた,原告は,本件審決において,本件発明1の外管と内管とは接触してい
ると認定する一方で,相違点4では,外管と内管との接触関係とは無関係に,固定
棚の先端の支持部と外管とによって固定棚が水平に支持されると認定するが,この
ような認定は,論理に矛盾があると主張する。
しかし,相違点4の認定では,本件発明1では固定棚の支持部に挿通されている
のが外管であることから,支持部と外管との間に支持関係があるとしているのであ
って,外管と内管が接触しているという認定と何ら矛盾するものではない。
(4)以上のとおり,特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1ないし3に
共通する固定棚を水平に支持するとの構造につき,当業者が実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に記載されているといえ,特許法36条4項の要件を満たす
ものであり,原告主張の取消事由1は理由がない。
2容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
原告は,本件発明1ないし3は,甲1発明及び周知技術により,当業者が容易に
発明をすることができたものであると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主
張は失当である。
(1)事実認定
ア甲1発明の内容は第2の3(2)イ(ア)記載のとおりであり,本件発明1と甲1
発明との相違点は同イ(ウ)記載のとおりである。別紙図2のFig.1は甲1発明の
実施形態の側面図,Fig.2はFig.3の線2-2で切り取られた実施形態の
長手方向の鉛直断面図,Fig.3は底面図,Fig.5はカム19,連結部24及
び上角部材26の協同的な関係を表している拡大詳細図である。
イ特許明細書の【発明の詳細な説明】には,前記の記載のほか,以下のような
記載がある(甲27)。
「【0007】・・・単一部材の固定棚における外管に対する円形孔からなる支持
部は,外管を摺動するため,固定棚の支持高さは一定に保たれ,常に水平に支持さ
れる。また,固定棚と共に取替棚も外管に掛止するため,段差無く両者を水平に支
持することができると共に,内管よりも径の太い外管に支持することにより,その
分,棚の積載荷重を大きくとることができる。」
「【0015】また,本実施形態では,固定棚3および取付棚4の双方を外管2a
のみで支持することとしたので,両棚材3・4をガタツキなく,水平に支持するこ
とができた。さらに,取付棚4を内管2bよりも径の大きい外管2aに載置するよ
うにしたので,棚材の積載荷重を十分なものとすることができた。」
ウ本件特許出願日より前に頒布された次の刊行物には,以下のような記載があ
る。
(ア)実願昭61-148169号(実開昭63-59537号)のマイクロフィ
ルム(甲9)
甲9は,考案の名称を「伸縮式ラック」とする実用新案のマイクロフィルムであ
る。これには以下のような記載がある。
「第1図において,左右の横桟5L・5Rは鋼管を所定寸法に切断し,それぞれ
の一方の管端にナット6をかしめ固定したものであり,脚部4を横向きに貫通する
ボルト7を外側方から前記ナット6にねじ込むことにより,左右の横桟5L・5R
がそれぞれ縦フレーム3L・3Rに片持ち状に支持固定される。」(7頁3行目から
9行目)
「棚板部材2L・2Rは薄鋼板を下向きに開口する箱形状にプレス形成したもの
であって,左右で形状が異なる。すなわち,右方の棚板部材2Rは,右方の横桟5
Rより左右長が僅かに大きく,脚部4・4間より前後長を大きく設定した横長矩形
の天板壁8aと,これの周縁から下向きに折り曲げ形成した左右側壁8b・8cお
よび前後側壁8d・8eとで箱形状に形成する。
このうち,左右側壁8a・8cには,それぞれ前後2個所に桟挿通孔9・9が通
設してある。右側壁8cの桟挿通孔9を右方の横桟5Rの固定端に外嵌し,左側壁
8bの桟挿通孔9を左方の横桟5Lに摺動可能に外嵌することにより,右方の棚板
部材2Rがラックフレーム1に係合支持されている。」(7頁14行目から8頁8行
目)
これらの記載と第1図ないし第3図の記載から,甲9には,伸縮式ラックにおい
て,棚板部材2Rの左側壁8bにある桟挿通孔9を横桟5Lに摺動可能に外嵌する
構造,すなわち,「棚部材の先端の円形孔からなる支持部に対して内管をその伸縮に
応じて摺動自在に挿通して該棚部材を水平に支持」することが開示されているとい
える。
(イ)実願昭63-147156号(実開平2-67943号)のマイクロフィル
ム(甲16)
甲16は,考案の名称を「水切り棚」とする実用新案のマイクロフィルムである。
これには以下のような記載がある。
「以下,実施例につき図面とともに説明する。1は互いに平行な金属製のパイプ
でその一端を支持枠片2により櫛状に固定し,パイプ1の他端にはパイプ1に嵌入
してパイプ1の軸方向にスライド可能な連結体3がある。・・・連結体3の裏面側に
パイプ1の嵌入孔の一部をその軸方向に切欠き溝8を設け,嵌入したパイプ1の先
端の盛上げ9を該切欠き溝8にはめこんで盛上げ9がストッパー10にあたって連
結体3がパイプ1から抜けないようになっている。・・・12はパイプ1と連結体3
を固定する止めねじである。」(3頁12行目から4頁9行目)
これらの記載と図面の記載から,甲16には,水切り棚において,トレイ5と一
体な連結体3にパイプ1を嵌入してスライド可能な構造,すなわち,「棚部材の先端
の円形孔からなる支持部に対して,管部材(パイプ)をその伸縮に応じて摺動自在
に挿通して該棚部材を水平に支持」した構造が開示されているといえる。
(ウ)実願昭62-24784号(実開昭63-132645号)のマイクロフィ
ルム(甲18)
甲18は,考案の名称を「水切部付まな板」とする実用新案のマイクロフィルム
である。これには,以下のような記載がある。
「1は水切部付まな板で,まな板部2と水切部3とを有する。まな板部2はAB
S樹脂材料等からなる長方形の板状を有し,このまな板部短辺側の一側は流し台4
の流し槽5周縁上に載置される載置部6が形成されている。このまな板部2底面側
の両長辺側縁部に沿って,左右一対の摺動案内部7が一体に形成されている。この
案内部7は下方に突設された基壁8と,互いに内向する係止片9とからなり,この
基壁8の載置部6側(一側)は側壁10で連結されている。他側は開口されており,
この他側は係止片9を切欠いて形成された段部11が設けられている。この段部11
にABS樹脂材料等の固定桟材12の両端部が係合されると共に,この固定桟材12
は前記基壁8にボルト20で固定されている。この固定桟材12には,まな板部2の
長手方向に貫通する複数個の通穴13が固定桟材12長手方向に等間隔に形成されて
いる。
前記水切部3は,ABS樹脂材料等の摺動桟材14及び載置部15を有した基体16
と,合成樹脂材料の複数本の杆体(パイプ)17からなる。パイプ17は前記固定桟
材12の各通穴13に摺動自在に挿通されて平行状に並列され,その一端には前記一
対の摺動案内部7に開口側から摺動自在に内嵌された前記摺動桟材14が固着され
ている。」(4頁20行目から6頁3行目)
これらの記載と図面の記載から,甲18には,水切部付また板において,固定桟
材12に形成された複数個の通孔13に,パイプ17が摺動自在に挿通された構造,す
なわち,「棚部材の先端の円形孔からなる支持部に対して,パイプをその伸縮に応じ
て摺動自在に挿通して該棚部材を水平に支持」した構造が開示されているといえる。
(エ)実願昭61-83204号(実開昭62-193433号)のマイクロフィ
ルム(甲21)
甲21は,考案の名称を「伸縮する浴室の棚板」とする実用新案のマイクロフィ
ルムである。これには,以下のような記載がある。
「この考案は,寸法の違う各家庭の浴室にも,スノコ状のパイプ(3)を端板(2)
に固定したものを棚板(1)より引き出し伸ばすことにより,棚板がつれるように
した。また,左右両方に伸ばすようにすれば約2倍半にも伸ばせる。」(1頁10行
目から14行目)
この記載と図面の記載から,甲21には,伸縮する浴室の棚板において,棚板に
設けた孔部に引き出し可能にパイプを嵌めた構造,すなわち,「棚部材の先端の円形
孔からなる支持部に対して,パイプをその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該棚部
材を水平に支持」した構造が開示されているといえる。
(2)判断
上記のとおり,本件発明1は,相違点4に係る構成,すなわち「当該固定棚の先
端の円形孔からなる支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し
て該固定棚を水平に支持し」を採用し,固定棚と取替棚を共に,外管のみで支持す
るとの構成を採用したため,ガタツキがなく,外管の径に見合った十分な積載荷重
を確保することができるとの効果を生じる発明である。
これに対して,甲1発明は,単に,「伸縮テーブルを最も短い長さの状態にしたと
きには,大テーブル上面板15は,区画部により支えられ,テーブルが伸長されると
き,雌型の滑動部17,17'が備えているブロック34によりテーブルの中央で支えら
れ(る)」との技術が開示されているにすぎず,横桟に固定棚と取替棚を掛止した場
合に,ガタツキを防ぎ,十分な積載荷重を確保するとの解決課題は存在しない。し
たがって,甲1発明には,同課題に対して,固定棚及び取替棚を,大径を有する外
管のみで支持するという解決手段も示されていない。
そうすると,甲1発明の上記構成においては,①テーブルの伸縮に応じて上面板
を支持する部材がブロックや区画部であること,②上面板も区画部のいずれにおい
ても,周知技術である管部材に相当する雄型滑動部や雌型滑動部に直接支持される
との構成が採用されていないこと,③上面板には固定棚の先端の円形孔からなる支
持部がないことに照らすならば,甲1発明を起点として,周知技術(棚部材の先端
の円形孔からなる支持部に対して管部材をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して該
棚部材を水平に支持するとの技術(甲9,16,18及び21))を適用するとの動
機付けはなく,その適用が容易であるということはできない。甲2ないし8,10
ないし15,17,19,20及び22にも,上記判断を覆すに足りる技術が開示
されているともいえない。
(3)原告の主張に対して
原告は,相違点4に係る本件発明1の構成は,甲1に従来技術として記載されて
いると共に,甲3ないし5,7及び20に記載された周知技術である「内管と外管
とから成る管部材を引き延ばしたときに,伸ばした部分に取替棚を置く技術」に,
「載置具として周知な技術である棚部材に単一部材で一体に形成された孔部に管部
材を挿通して棚部材を水平に支持するための周知技術」を組み合わせたにすぎず,
周知技術以上の作用効果を奏するものではないと主張する。
しかし,甲1には従来技術として「現在使用しているテーブルは,テーブルを伸
長したいときに,見失った可動板を探し回る必要があるが,」と記載されているだけ
であり,上記記載からは,可動板と管部材との関係は,必ずしも明白ではなく,こ
れをもって,「内管と外管とから成る管部材を引き延ばしたときに,伸ばした部分に
取替棚を置く技術」が開示されているということはできない。
また,原告の上記主張は,載置部材が取替棚である載置具を前提とした主張であ
ると解されるところ,本件無効審判において引用例として主張されている甲1発明
は,載置部材が,「スクリュー27を介して上下動可能に雌型の滑動部17,17'と接続
し,雌型の滑動部17,17'に回転可能に設けられたカム19により上下動する」「区
画部20~23」であって,着脱自在な取替棚ではないことからすると,載置部材が着
脱可能な取替棚であるという構造を前提に,相違点4に係る構成が容易想到か否か
を論ずることはできないというべきである。
(4)以上によると,本件発明1は当業者が容易に発明することができたものであ
るとは認められず,本件発明2及び3は,本件発明1の構成に限定を加えたもので
あるから,同様に本件発明2及び3も,当業者が容易に発明することができたもの
であるとは認められない。
3結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決にはこれを取り
消すべき違法はない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よ
って,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
八木貴美子
裁判官知野明は差し支えのため署名押印できない。
裁判長裁判官
飯村敏明
(別紙)図1
(別紙)図2
(別紙)

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