弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告が破産者A株式会社(以下「破産会社」という。)の破産手続において平
成21年12月22日付けで大阪地方裁判所に対してした交付要求のうち,平
成17年5月分以前の健康保険料,厚生年金保険料及び児童手当拠出金並びに
これらに対する延滞金に係る部分を取り消す。
2被告が破産会社の破産手続において平成21年12月22日付けで大阪地方
裁判所に対して交付要求した請求権のうち,平成17年5月分以前の健康保険
料,厚生年金保険料及び児童手当拠出金並びにこれらに対する延滞金に係る請
求権について,破産会社の納付義務がないことを確認する。
第2事案の概要
1事案の骨子
本件は,破産会社に係る破産手続が開始され,平成19年法律第109号に
よる改正前の健康保険法204条及び同改正前の厚生年金保険法4条により
社会保険庁長官から権限の委任を受けた大阪社会保険事務局大手前社会保険
事務室長が,破産会社が健康保険料,厚生年金保険料及び児童手当拠出金並び
にそれらに対する各延滞金(以下,併せて「社会保険料等」という。)を滞納
しているとして,破産会社が滞納している社会保険料等のうち破産債権となる
もの(以下「本件滞納社会保険料等」という。)について,破産裁判所である
大阪地方裁判所に対し,破産法114条による請求権等の届出として,国税徴
収法82条1項に基づく交付要求(以下「本件交付要求」という。)を行った
ところ,破産会社の破産管財人に選任された原告が,健康保険法204条1項
15号,16号,厚生年金保険法100条の4第1項29号,30号,児童手
当法22条2項,3項により本件滞納社会保険料等の徴収に関する権限を承継
した被告に対し,本件滞納社会保険料等のうち平成17年5月分以前のもの
(以下「本件請求対象社会保険料等」という。)についての納付義務は時効等
により消滅しているとして,本件交付要求のうち本件請求対象社会保険料等に
係る部分についての取消しを求める(以下,当該請求を「本件取消請求」とい
う。)とともに,本件請求対象社会保険料等につき,破産会社の納付義務が不
存在であることの確認を求めた(以下,当該請求を「本件確認請求」という。)
事案である。
2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記各証拠及び弁論の全趣旨から
容易に認めることができる。なお,争いのない事実には認定根拠を付記しない。
(1)破産会社は,健康保険法及び厚生年金保険法上の適用事業所の事業主で
あった者である(弁論の全趣旨)。
破産会社は,平成21年11月30日,大阪地方裁判所に破産手続開始の
申立てを行い,大阪地方裁判所は,同年12月16日,破産会社について,
破産手続開始の決定をし,原告を破産管財人に選任した(甲1)。
(2)社会保険庁長官から権限の委任を受けた大阪社会保険事務局大手前社会
保険事務室長は,平成21年12月22日,破産会社が社会保険料等を滞納
しているとして,その徴収のため,国税徴収法82条1項に基づき,上記滞
納した社会保険料等のうち,財団債権となるもの(平成20年12月分(納
期限平成21年2月2日)から同年10月分(納期限同年11月30日)ま
でのもの。破産法148条1項3号。)については執行機関である原告に対
して交付要求を行い(甲2),破産債権となるもの(平成12年3月分(納
期限同年5月1日)から平成20年7月分(納期限同年9月1日)までのも
の。本件滞納社会保険料等)については執行機関である大阪地方裁判所に対
して交付要求(本件交付要求)を行い,これを破産会社に通知した(甲3)。
なお,当該通知は,破産会社の破産決定(甲1)において,同法81条に基
づき,信書の送達の事業を行う者に対し,破産会社に宛てた郵便物等を破産
管財人である原告に配達すべき旨を嘱託する旨の決定がされていたため,原
告に対して送付された。
なお,破産会社に対する本件交付要求の通知書には,「あなたがこの交付要
求に不服があるときは,この処分を受けた日の翌日から起算して60日以内
に,健康保険料及び厚生年金保険料にかかるものは社会保険審査会(東京都
千代田区霞ヶ関1ノ2ノ2厚生労働省内)に対して審査請求を,児童手当拠
出金にかかるものは社会保険庁(東京都千代田区霞ヶ関1ノ2ノ2)に対し
て異議申立てをすることができます。」と記載されていた(以下「本件教示文」
という。)。
(3)原告は,平成22年2月19日付けで,本件交付要求について,本件滞
納社会保険料等のうち健康保険料及び厚生年金保険料に関する部分につい
ては社会保険審査会に対し,児童手当拠出金及びそれに係る延滞金に関する
部分については厚生労働省年金局に対し,それぞれ審査請求を行った(甲4,
5)。
社会保険審査会は,同年11月30日,原告の審査請求を棄却する旨の裁
決を行った(甲6)。
(4)原告は,平成23年2月17日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
第3争点
本件の争点は以下のとおりである。
1本案前の争点
(1)本件取消請求に係る訴えの適法性(争点①)
具体的には,本件交付要求の処分性の有無,本件取消請求は破産法134
条2項に基づく異議の主張としてすることができるか否か及び同条4項の不
変期間内に本件交付要求に係る審査請求をしていないことにより本件取消請
求に係る訴えが不適法になるか否かである。
(2)本件確認請求に係る訴えの適法性(争点②)
具体的には,確認の利益の有無(本件確認請求に係る訴えを被告に対して
提起することの可否)及び破産法134条4項の期間制限を遵守していない
ことにより本件確認請求に係る訴えが不適法となるか否かである。
2本案の争点
本件請求対象社会保険料等の消滅時効の成否等(中断及び滞納処分停止の有
無)(争点③)
第4当事者の主張
1争点①(本件取消請求に係る訴えの適法性)について
(1)原告の主張
ア本件交付要求の処分性の有無について
本件交付要求は,破産債権となる本件滞納社会保険料等に係る交付要求
であるところ,破産法においては,租税等の請求権(国税徴収法又は国税
徴収の例によって徴収することのできる請求権(破産法97条4号参照)。
社会保険料等の徴収については,国税徴収の例によって徴収することとさ
れているため(健康保険法183条,厚生年金保険法89条,児童手当法
22条1項),社会保険料等の請求権は租税等の請求権に含まれる。)の調
査・確定手続に関しては,一般の破産債権の調査・確定手続が排除されて
おり(破産法134条1項),破産債権となる租税等の請求権についての
交付要求がされ,破産債権としての届出がされると,それがすぐに破産債
権者表に記載されることとされており,確定防止のための起訴責任が破産
管財人に転換されている。このように,破産債権となる租税等の請求権に
係る交付要求により,起訴責任の転換という効果が生じる以上,本件交付
要求には処分性が認められる。
イ破産法134条2項について
被告は,一旦納付義務が確定した社会保険料等について,事後的に納付
義務が失われたということを理由として異議を主張する場合には,破産法
134条2項の定める場合に該当しないから,本件交付要求の取消しを求
める方法によることはできない旨主張する。しかしながら,同項の文言を
みても,同項に基づく異議の主張をそのように限定して解釈すべきである
とは認められないから,本件取消請求も同項の定める異議の主張として行
うことが許容されるというべきである。
ウ破産法134条4項の定める不変期間の徒過について
確かに原告は,本件交付要求についての通知を受けた後,1月を経過し
た後に審査請求を行っているため,破産法134条4項の定める不変期間
を徒過しているが,当該審査請求は受理され,これに対する裁決も行われ
ている(甲6)。
また,本件交付要求の通知書(甲3)には,本件交付要求がされた日か
ら60日以内に異議申立てをすればよい旨の本件教示文が記載されていた
ため,原告はこれにより60日以内に審査請求を行えばよいと誤信し,そ
のため本件交付要求があったと知った日から1月以内に審査請求を行うこ
とができなかったのであるから,誤った教示により審査請求期間を徒過し
た場合の救済規定が適用されると考えられる。また,民事訴訟法97条1
項の「責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することが
できなかった」場合に該当し,原告は本件教示文で示された期間内に審査
請求をしているから,不変期間内にすべき訴訟行為の追完がされたという
ことができる。
なお,被告は,本件教示文は,原告ではなく破産会社に対する教示であ
るため,これに従ったことによって原告が救済を受けられるわけではない
旨主張するが,上記本件交付要求の通知書は原告に直接送付されており,
また,破産法134条2項の不服申立て等は破産管財人のみが行うことが
できることとされていることからすれば,教示の対象は原告であったとい
うことができる。
したがって,本件取消請求に係る訴えは適法である。
(2)被告の主張
ア本件交付要求の処分性について
本件交付要求は,行政事件訴訟法3条2項にいう処分に当たらないから,
本件取消請求に係る訴えは不適法である。
すなわち,破産債権となる租税等の請求権は,他の破産債権と同様に順
位に従って破産配当を受けることとされており(破産法193条,194
条),当該租税等の請求権に係る破産裁判所に対する交付要求は,同法11
4条に従った租税等の請求権の破産債権の届出にすぎないものである。そ
して,交付要求は,あくまで他の強制換価手続を前提としているもので,
その前提となる手続が取下げ等の理由により効力を失った場合には,交付
要求も効力を失うのであって,交付要求自身は独自に処分禁止効を持たな
い。また,対外的な公示が十分でないため,交付要求は,中止命令の対象
となる国税滞納処分から除外され(同法25条),破産手続の開始によって
禁止される国税滞納処分や先着手による続行を妨げない国税滞納処分の対
象からも除外されている(同法43条1項,2項)。以上からすれば,破産
債権に係る交付要求は,破産者又は破産管財人等の地位又は権利義務に何
らの変動を生じさせるものではないということができる。なお,租税等の
請求権は,公債権であることなどから,破産債権届出期間が定められてい
ない点及びその性質上,真実性が一応推定され,確定防止のための起訴責
任を破産管財人に転換している点に一般的な破産債権との相違点があるが,
このような効果は,租税等の請求権自体の性質から導かれるもので,交付
要求によって創設されるわけではない。
以上からすれば,本件交付要求に処分性は認められない。
イ破産法134条2項について
仮に本件交付要求が行政事件訴訟法3条2項にいう行政処分に当たると
しても,本件取消請求に係る訴えは,以下の理由で不適法である。
破産債権となる租税等の請求権に関する異議等の主張方法について,破
産法134条2項は,租税等の請求権の原因が審査請求・訴訟その他の不
服申立てをすることができる処分である場合には,当該不服の申立てをす
る方法で異議を主張することができる旨定めているところ,当該規定は,
その文言上,租税等の請求権に関する納税・納付義務の確定(成立や発生
自体)を争う場合についてのみ適用されると解するのが相当であり,一旦
確定した納税・納付義務が事後的に消滅した場合の異議の主張については,
同項の定める方法によることができないと解すべきである。
本件取消請求は,同項の定める異議主張としてされたことが明らかであ
るところ,同請求は,破産会社の本件滞納社会保険料等についての納付義
務が一旦確定したことを前提としつつ,事後的に当該社会保険料等の一部
が時効等により消滅したこと等を理由として,後続の本件交付要求につき
取消しを求めるものであり,上記のとおり,同項の異議の主張として行う
ことはできないと解すべきであるから,本件取消請求に係る訴えは不適法
である。
ウ破産法134条4項の定める不変期間の徒過について
また,仮に本件取消請求が破産法134条2項に定める異議の主張とし
て行うことができるとしても,同条4項は,同条2項の規定による異議の
主張,すなわち租税等の請求権に関する審査請求,訴訟等の不服申立てに
ついて,当該請求権の届出があったことを知った日から1月の不変期間以
内に行わなければならない旨定めており,当該不変期間を徒過した場合に
は,届出事項の存在が確定し,これを争うことができなくなると解すべき
である。
そして,本件交付要求についての審査請求は当該不変期間経過後にされ
たものであるから,本件交付要求に係る本件滞納社会保険料等についても
はや争うことができないのであって,本件取消請求に係る訴えは不適法で
ある。
2争点②(本件確認請求に係る訴えの適法性)について
(1)原告の主張
ア確認の利益について
社会保険料等の徴収は,その権限が被告に委任されており,被告が自己
の名でこれを行うことができるのであって,このような被告との間で本件
請求対象社会保険料等の納付義務の不存在を確認すれば,原告の目的が達
成できること,また実際上,当該訴えにおいて,徴収の事務に当たってい
る被告の関与なしに審理を行うことは不可能であることなどからすれば,
被告を相手方とする本件確認請求には確認の利益が認められる。
イ破産法134条4項の期間制限について
本件取消請求と本件確認請求とは,いずれも本件請求対象社会保険料等
の存在を争うものであり,本案の争点が共通している。そして,破産法1
34条4項の不変期間の定めは,法律関係の早期安定を目的として定めら
れたものであるが,本件交付要求に対する不服申立てが当該不変期間内に
されれば,本件滞納社会保険料等の存在に関する法律関係についての早期
安定の要請が後退し,当該法律関係の確認を行うことを優先する必要が生
じるため,本案の争点を共通にする本件確認請求についても,同様に法律
関係の早期安定の要請が後退し,本件確認請求に係る訴えの提起につき,
同項の不変期間を遵守していなくとも,本件確認請求に係る訴えは適法と
なる。そして,前記のとおり,本件交付要求に対する審査請求は,同項の
不変期間内にされたものとみなされるから,本件確認請求に係る訴えは適
法である。
(2)被告の主張
ア確認の利益について
本件確認請求は,本件請求対象社会保険料等に係る破産会社の納付義務
が不存在であることの確認を求めるものであるが,本件請求対象社会保険
料等の債権者は国であり,被告は当該請求権の徴収事務を委任されている
にすぎないから,原告としては,国に対し,本件請求対象社会保険料等の
納付義務の不存在確認を求める訴えを提起した方がより直截かつ有効に目
的を達成し得る。そうであれば,債権者でない被告に対して破産会社の納
付義務の不存在の確認を求める本件確認請求に係る訴えは,他人間の法律
関係の確認を求めるものであって,紛争解決に適切なものではないから,
確認の利益を欠き,不適法である。
イ破産法134条4項の期間制限について
本件確認請求に係る訴えは,行政処分に対する不服申立ての方法とはい
えないから,破産法134条2項が適用されず,従って直接同条4項の不
変期間が適用されるわけではない。もっとも,同項の期間制限の趣旨は,
破産手続の迅速な進行であるところ,破産債権となる租税等の請求権の不
存在確認を求める場合にも,破産手続の迅速な進行という同項の趣旨が当
てはまることからすれば,同項を類推適用し,破産管財人は,本件滞納社
会保険料等の請求権についての届出(本件交付要求)を知った日から1月
の不変期間内に訴えを提起すべきである。なお,本件確認請求に係る訴え
も実質的当事者訴訟として同条2項が規定する行政上の不服申立ての一種
であり,同条4項が直接適用されるとの考え方もあり得るが,その場合に
も同様の結論となる。
本件請求対象社会保険料等の納付義務の不存在確認を求める訴えについ
ては,同項の不変期間経過後に提起されたものであることは明らかであり,
不適法として却下されるべきである。
3争点③(本件請求対象社会保険料等の消滅時効の成否等)について
(1)原告の主張
滞納社会保険料等の徴収権については,2年の短期消滅時効が規定されて
いる。そうであるところ,本件滞納社会保険料等のうち平成17年5月分以
前のもの(本件請求対象社会保険料等)については,督促指定期限から2年
以上経過しており,既に時効消滅している。
被告は,上記滞納社会保険料等についての時効は,破産会社が一部弁済を
行ったことにより中断している旨主張するが,国税通則法基本通達73条関
係4によれば,一部弁済によって時効が中断するのは,納付された部分の国
税及び延滞税又は利子税のみであって,それ以外の部分の国税及び延滞税に
ついての時効が中断するためには,別途債務承認の意思表示がされることが
必要となる。そして,本件滞納社会保険料等について,破産会社が債務承認
の意思表示をしたと認め得る破産会社作成の資料は存在しない。
また,本件滞納社会保険料等については,本件交付要求が行われるまでの
間,滞納処分が一度も行われておらず,換価の猶予,納税の猶予といった措
置も執られていないことからすると,本件請求対象社会保険料等については
滞納処分の停止(国税徴収法153条1項)がされていたということができ,
これが3年以上継続していることから,同条4項に基づき納税義務は消滅し
ているといえる。
(2)被告の主張
破産会社は,平成13年1月26日から平成21年4月30日までの間,
本件滞納社会保険料等につき,その全額を認識し,承認した上で,その存在
を認める旨記載した書面を提出し,充当先を指定して,本件滞納社会保険料
等の一部を継続して納付している。したがって,本件滞納社会保険料等の徴
収権についての消滅時効は,上記破産会社の行為により中断しているから,
本件滞納社会保険料等の徴収権は消滅しておらず,かつ破産会社の納付義務
は失われていない。
なお,国税の徴収権の時効については,時効期間の経過によって消滅する
ため,税務官庁は,納税者が時効を援用するかどうかを問わず徴収手続をと
ることができなくなるという絶対的効力を有している。したがって,時効完
成後に行われた滞納処分(交付要求)は無効となるところ,無効な行政処分
については,そもそも当該処分は効力を生じていないのであるから,そのよ
うな事由は処分の取消事由とはならないというべきである。
また原告は,本件滞納社会保険料等については滞納処分の停止が行われた
後3年が経過しているから,徴収権は既に消滅している旨主張するが,本件
滞納社会保険料等につき滞納処分の停止がされたなどという事実はない。
第5当裁判所の判断
1争点①(本件取消請求に係る訴えの適法性)について
(1)本件交付要求の処分性の有無について
ア行政事件訴訟法3条2項における「行政庁の処分その他公権力の行使に
当たる行為」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,
その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する
ことが法律上認められているものをいう(最判昭和39年10月29日・
民集18巻8号1809頁)。
イ交付要求は,租税等の請求権の徴収につき,滞納者について破産手続の
開始決定があった場合など,既に強制換価手続(国税徴収法2条12号)
が行われている場合に,当該財産につき自ら重ねて差押えをするのではな
く,当該強制換価手続の執行機関に対し,滞納に係る租税等の請求権につ
いて配当金の交付を要求する手続である(国税徴収法82条)。
本件滞納社会保険料等は,破産債権となる租税等の請求権であり,本件
交付要求はこれについてされたものであるところ,破産債権となる租税等
の請求権に係る交付要求は,裁判所に対する債権届出(破産法114条)
としての意味を有するものとされている。そして,当該請求権については,
優先的破産債権とされているため(同法98条),交付要求を行うことによ
り,破産者(租税等の請求権の滞納者)の破産財団から優先的に配当を受
けることができる。このように,破産債権となる租税等の請求権に係る交
付要求は,当該請求権につき,滞納処分の手続として,滞納者の意思に基
づくことなく強制的に,その破産財団から優先して配当を受けることを可
能にするものであり,また,他の破産債権者においても自己の配当が減少
することを受忍させられるという効果をもたらすものである。したがって,
本件交付要求は,これにより直接利害関係者の実体法上の権利義務に変動
をもたらす効果を有するものということができる。
被告は,上記効果は,通常の破産債権の届出の効果と変わらないもので
あり,交付要求は,滞納に係る租税等の請求権の弁済を催告する行為にす
ぎず,利害関係者の権利利益を変動させる効果を有しないから,処分性が
ない旨主張する。しかしながら,破産債権となる租税等の請求権に係る交
付要求は,既に破産手続が開始されていることから,別個に差押え等の滞
納処分を行う代わりに当該破産手続を利用し,これに参加するという形式
で行われているというだけで,実質的には,上記のとおり破産者(租税等
の請求権の滞納者)の意思にかかわらず,他の債権者に優先して強制的に
租税等の請求権を徴収し,満足を得るための行為であって,差押え等と同
じく滞納処分の一種であるということができる。したがって,破産債権と
なる租税等の請求権に係る交付要求を弁済の催告にすぎないということは
できない。被告が引用する大阪高判昭和57年9月30日・判例時報10
79号36頁,最判昭和59年3月29日・裁判集民事141号523頁
は,破産手続によることなく随時弁済される財団債権(旧破産法(大正1
1年法律第71号)49条)である租税等の請求権(同法47条2号)に
関するものであって,本件と事案を異にするものである。被告が,財団債
権の交付要求書(甲2)には処分に対する不服申立ての教示を記載してい
ないにもかかわらず,本件交付要求の通知書(甲3)には処分に対する不
服申立ての教示を記載していることも,これを裏付けるものである。
ウ以上からすれば,本件交付要求は,これにより直接利害関係者の実体法
上の権利義務に変動をもたらすことが法律上認められているものというこ
とができ,処分性が認められる。これに反する被告の主張は採用すること
ができない。
(2)破産法134条2項について
ア租税等の請求権については,破産法134条1項により,通常の債権の
調査・確定手続の適用が排除され,同法114条に基づく届出があった場
合,当該事実及び結果が破産債権者表に記載されることとされ(同法11
5条,134条1項かっこ書),当該請求権に係る異議については,同条2
項において,「請求権の原因が審査請求,訴訟その他の不服の申立てをする
ことができる処分である場合には」,破産管財人において,当該不服の申立
てをする方法で異議を主張することができる旨規定されている。
被告は,同項は,その文言から,租税等の請求権に関する納税・納付義
務の成立や発生について争う場合に限り,その根拠となる処分に不服の申
立てをする方法によって異議を主張することを認めたもので,本件交付要
求のように,租税等の請求権の成立・発生を前提とした後続処分について,
租税等の請求権が事後的に消滅したことを理由として,これに対する不服
の申立てをする方法で異議を主張することは認められていないから,本件
取消請求に係る訴えは不適法である旨主張する。
イしかしながら,同条1項及び2項は,破産債権となる租税等の請求権に
ついては,租税等の請求権の性質上,債権の真実性が一応認められ,他の
破産債権者に異議権を認めても適切な行使が期待できないことから,通常
の破産債権の調査,確定に関する規定の適用を排除し,当該請求権につい
て異議がある場合には,破産管財人において,その存在を争うために認め
られている不服申立て方法により破産債権確定防止のための異議を主張さ
せることとして,破産管財人に起訴責任を転換した規定であると解される。
そして,破産債権となる租税等の請求権について破産債権確定防止のた
めに異議を主張する場面としては,典型的には当該請求権の成立・発生を
争いその根拠となる処分について不服の申立てをする場合が想定されるが,
本件のように,納付義務の成立・発生自体は争わないが,租税等の請求権
が事後的に消滅したことを理由として異議を主張する場合も考えられると
ころ,このような場合には,請求権の成立・発生の根拠となる処分を争う
方法によることはできず,後続の滞納処分又は交付要求について不服の申
立てをする方法によって異議を主張することができるというべきである。
本件交付要求も本件滞納社会保険料等の請求権を破産手続において行使す
るための前提となる処分の一つであり,これについての不服申立ても,同
項にいう請求権の原因である処分に対する不服申立てに該当すると解する
ことができる。
ウこれに対し,同項の文言を限定的に解釈し,租税等の請求権の事後的な
消滅の場合について,破産管財人がおよそ異議を主張することができない
とすれば,納付等により実体的に消滅している請求権であっても,破産手
続上争う余地がないということになり,妥当性を欠くことは明らかである。
上記請求権に基づく配当について,事後的に是正する方法があり得るとし
ても,手段として著しく迂遠であることはいうまでもない。
他方,同項はあくまでも「請求権の原因が・・・不服の申立てをするこ
とができる処分である場合」の異議主張方法に関する取扱いを定めたもの
にすぎず,租税等の請求権の事後的な消滅の場合等請求権の成立,発生の
根拠となる処分に対する不服申立てとは異なる方法による不服申立てにつ
いては,同項による制限を受けることなく自由に行うことができると解釈
する余地もある。しかし,同条4項は,破産管財人が租税等の請求権の届
出がされたことを知ってから1月の不変期間内に同条2項の異議の主張を
行う必要がある旨定めているところ,その趣旨は,無名義債権の確定のた
めの査定申立てや中断した訴訟手続の受継申立ての期間制限(同法125
条2項,127条2項),有名義債権の確定防止のための異議主張の期間制
限(同法129条3項)と同様に,破産手続の迅速な遂行を目的とするも
のであると考えられる。そうであるところ,租税等の請求権が事後的に消
滅した場合等における異議の主張について,同条2項とは無関係のものと
して同条4項の期間制限が適用されないと解釈することは,破産債権の早
期確定を定めた破産法の趣旨に反するものといわざるを得ず,採用し難い。
エ以上からすれば,本件取消請求に係る不服申立ては,破産法134条4
項の期間制限を遵守する限りにおいて,同条2項の規定による異議の主張
として認められるというべきである。これに反する被告の主張は採用する
ことができない。
(3)破産法134条4項の不変期間の徒過について
ア前記のとおり,破産法134条4項は,同条2項の規定による異議の主
張については,租税等の請求権の届出があったことを破産管財人が知った
日から1月以内の不変期間内に行わなければならないことと定めていると
ころ,本件取消請求に係る不服申立ては同項に基づく異議の主張としてさ
れたものといえるから,本件交付要求があったことを知った日から1月以
内に本件交付要求に対する不服申立てとして,審査請求を行う必要がある。
そして,本件交付要求については,平成21年12月22日,原告に対
して通知書が送付されており(甲3),原告は,その頃本件交付要求があっ
たことを知ったと認められ,それから1月以内に本件交付要求についての
審査請求を行う必要があったところ,原告が本件交付要求についての審査
請求を行ったのは,平成22年2月19日であり(前記前提事実),破産法
134条4項の不変期間を徒過していることになる。そして,同項の不変
期間を徒過した場合,同法129条4項,124条1項の趣旨に鑑み,届
出のあった租税等の請求権の届出事項の存在が確定し,当該事項を争うこ
とができなくなると解すべきである。したがって,原告は,上記不変期間
を徒過したことにより,届出事項である本件滞納社会保険料等の請求権の
存在を争うことができなくなり,本件取消請求に係る訴えは不適法となる
というべきである。
イ原告は,本件交付要求の通知書に,交付要求がされた翌日から起算して
60日以内に審査請求をすればよい旨の本件教示文が記載されており,こ
れを信じて60日以内に審査請求をすればよいものと誤信したのであるか
ら,誤った教示により審査請求期間を徒過した場合の救済の規定(行政不
服審査法19条に該当する旨の主張であると善解することができる。)が適
用され,又は民事訴訟法97条1項における「責めに帰することができな
い事由により不変期間を遵守することができなかった」場合に該当する旨
主張する。
しかしながら,破産法134条4項の不変期間の定めは,前記のとおり,
破産手続の迅速な遂行のために設けられた破産法上の期間制限である。こ
れに対し,本件教示文は,行政不服審査法14条1項に定められた不服申
立期間に関し,同法57条1項に基づいてされた教示であると考えられ,
上記破産法上の期間制限とは関係のないものであるから,これにより教示
された期間に従って審査請求を行ったとしても,破産法134条4項の期
間制限について行政不服審査法19条等の救済規定が適用されるものでは
ない。また,本件教示文が破産法上の期間制限についてされたものではな
い以上,本件教示文の教示に従ったことは,破産法上の不変期間を遵守す
ることができなかったことを正当化する事由とはならないというべきであ
るし,そもそも,破産法上の期間制限の定めについては,破産管財人であ
る以上,当然にこれを把握し,遵守する必要があると解されることからす
れば,本件において,弁護士として破産管財人に選任された原告が不変期
間を遵守することができなかったことについて,民事訴訟法97条1項の
「責めに帰することができない事由」があるとは認められない。
以上からすれば,上記原告の主張を採用することはできず,本件取消請
求に係る訴えは,破産法134条4項が定める不変期間を徒過したことに
より,不適法である。
2争点②(本件確認請求に係る訴えの適法性)について
(1)破産法134条2項は,届出があった租税等の請求権の原因が審査請求,
訴訟その他の不服の申立てをすることができる処分である場合には,破産管
財人は,当該届出があった請求権について,当該不服の申立てをする方法で,
異議を主張することができる旨規定しているところ,同項の趣旨は,前記の
とおり,租税等の請求権について,その性質の特殊性から通常の破産債権の
調査・確定の手続を排除し,破産管財人に当該請求権の存在について争うた
めに認められている方法により,破産債権確定防止のための異議の主張をす
ることを認めるものであると考えられるのであり,その異議の主張方法に関
しても,当該処分に対する不服申立てとして許容される方法であれば異議を
主張できるというべきであり,処分そのものに対する不服申立てに限定する
趣旨ではないと考えるのが相当である。同項の「審査請求,訴訟その他の不
服の申立て」は,処分そのものに対する不服申立てに限られず,租税等の納
付義務の不存在確認訴訟等の実質的に処分を争う不服申立て方法を含むと
解することができる。以上によれば,租税等の納付義務の不存在確認訴訟等
については,同項に基づく異議の主張に該当すると解するのが相当である。
さらに,被告は,本件滞納社会保険料等の徴収権限を有し,その徴収に関
する事務を担当していることからすれば,被告との間で本件請求対象社会保
険料等の納付義務の存否を確認することにより,紛争の抜本的解決を図るこ
とが可能というべきであり,本件確認請求に係る訴えの被告適格及び確認の
利益を認めることができる。
以上からすれば,本件確認訴訟に係る訴えも,同項の定める方法による異
議の主張として許されるというべきである。
(2)しかしながら,本件確認請求についても破産法134条4項の不変期間
の制限に服することになるから,原告は,本件滞納社会保険料等についての
届出がされたことを知った日,すなわち本件交付要求があったことを知った
日(前記のとおり平成21年12月22日頃)から1月以内に本件確認請求
に係る訴えを提起する必要があったところ,実際に本件確認請求に係る訴え
が提起されたのは平成23年2月17日であり(前記前提事実),本件確認
請求に係る訴えは,同項の定める不変期間を徒過したものとして,不適法と
なるというべきである。
これに対し原告は,本件交付要求に対する審査請求が同項の不変期間内に
されていれば,本件確認請求に係る訴え自体が当該不変期間内に行われる必
要がない旨主張するが,前記のとおり本件交付要求に対する審査請求が同項
の不変期間内にされたとは認められないから,原告の上記主張を採用するこ
とはできない。
したがって,本件確認訴訟に係る訴えは不適法であり,却下されるべきで
ある。
3結論
以上からすれば,本件訴えは,いずれも破産法134条4項の定める不変期
間を徒過したものとして不適法であるから却下することとし,主文のとおり判
決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山田明
裁判官徳地淳
裁判官藤根桃世

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