弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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(主  文)
 被告人を死刑に処する。
(犯行に至る経緯)
 被告人は,昭和33年5月,青森県南津軽郡A町において,父母の間に二男として出
生し,同町内の小・中学校に就学し,中学校においては生徒会長を務めるなどした。被
告人は,父親が事業に失敗して出奔し,両親が昭和44年に離婚し経済的に恵まれなか
ったこともあって,中学校を卒業した昭和49年春,千葉県君津市内の運輸会社に車両
整備工見習いとして就職し,同県木更津市内の夜間高校に通うようになったが,働きな
がらの勉強が嫌になり,昭和50年10月,同校を退学したものの,昭和51年4月,思い
直して復学した。その後,被告人は,車両整備工見習いの仕事を辞め,同市内の印刷
会社で印刷工として稼働し,昭和52年8月ころからは半年間ほど,ガソリンスタンドに勤
め,ガソリンや混合油の販売の仕事に従事していた。被告人は,昭和53年6月,青森県
e市に戻り,同市内の夜間高校に編入することになったが,1日も通学することなく退学
し,数か月後には,横浜市に赴いて鳶の仕事に就いたり,千葉県市川市に移って土工
をするなどしていた。被告人は,昭和62年,再び帰郷して,青森市内のタクシー会社に
就職し,同年10月,知人の女性の仲人により結婚し,翌年には長女が生まれた。以
後,被告人は,タクシー運転手として稼働し,平成5年ころ,勤務先タクシー会社の同僚
の影響を受けて競輪を始めるようになったが,当時の賭金は1レースに付き500円ない
し1000円程度であり,平成7年には,母親から頭金として200万円の援助を受け,17
60万円の住宅ローンを組んで,妻との共有名義で,青森県南津軽郡B町内に一戸建住
宅を購入することができた。
 被告人は,平成8年ころ,前記仲人の女性から,再三に渡って,消費者金融会社から
借入れをしたいので名義を貸して欲しいと頼まれ,返済は同女が責任をもってすると言
うので断り切れずに,消費者金融会社から2回に渡って合計200万円を借り入れて同
女に渡した。同女は,これに先立ち,被告人の妻に対しても同様に申し向け,消費者金
融会社から被告人の妻名義で50万円を借り入れていた。その一方で,被告人は,嘗て
高額配当を的中させて一度に大金を手にした時の興奮を思い出して,次第に競輪にの
めり込むようになり,平成9年から平成10年にかけて,消費者金融会社から数十万円
ずつを借り入れて競輪に注ぎ込んだが,結果は裏目に出て借金が膨らんでいった。平
成11年ころになると,被告人は,自動車を担保に取って貸付けを行う自動車金融会社
から,自家用車を担保に入れてまで借金をして競輪に賭けるようになり,被告人の借金
は,前記名義貸しによるものと合わせて300万円を超えるようになった。被告人は,同
年4月ころ,担保に入れていた自家用軽四輪自動車を前記自動車金融会社に売り渡
し,自宅に離婚届と置き手紙を残して,単身上京した。被告人は,東京でも,タクシー運
転手として稼働したが,いわゆる町金融から新たに10万円ほどを借り入れて競輪に費
やすなどしていた。
 被告人は,同年8月ころ,青森県e市内において,昭和61年ころから再び母親と同居
するようになっていた父親から,体調が悪く,近々手術をする予定であるとの手紙を貰
い,翌月ころ,妻子の居るB町の自宅に戻った。帰宅した被告人に対し,妻は,競輪や
借金を止めるようにと懇願し,被告人も,消費者金融会社からはどんな事があっても借
金をしない旨約束したが,競輪と縁を切ろうという気持ちにまではなれなかった。被告人
は,その後も競輪を続け,仕事を探すこともなく,病床の父親から,東京での前記町金
融に対する借金を返済して貰ったほか,生活費として毎月15万円ないし20万円の援助
を受けていたうえ,妻の実家に金銭を無心することまでしていた。被告人の妻もコンビニ
エンス・ストアで働き家計を助けたが,いわゆるステップアップ償還方式により借り受け
た自宅住宅ローンの月々の返済額が急激に増えたこともあって,生活はますます苦しく
なっていった。被告人は,平成12年1月ころ,ローンを組んで軽トラックを購入し,運送
会社から委託を受けて,軽貨物を宅配する仕事を始めたが,仕事は少なく,同ローン等
により370万円を超える借金がそのまま残されることとなった。
 そのうえ,同年4月,前記仲人であった女性が,家族ら3人と共に突然自殺したことに
より,被告人夫婦の消費者金融会社に対する合計約250万円の借金の支払義務がい
よいよ現実化したが,翌5月,被告人は,妻の姉から90万円,母親から150万円の援
助を受け,同月中にはその借金全額を返済することができた。被告人は,上記借金の
返済のために母親から預かっていた通帳を利用し,平成12年8月から9月にかけ,3回
に渡って,いずれも無断で合計68万円の預金を引き出して費消したが,競輪をするた
めに借り入れた借金は残ったままであった。また,高収入を期待して始めた前記軽貨物
の宅配は,予想外に仕事量が少なく,すぐに配達が終わってしまうような状況であったた
め,時間を持て余した被告人の関心は,競輪に向かい,「いっそのこと,競輪で一発当て
て,家のローンも全部自分で返そう。」と考え,同年5月から6月にかけての1か月余りの
間に,消費者金融会社から立て続けに合計約280万円もの借金を重ね,その殆どすべ
てを競輪に注ぎ込んで費消し,再びその返済に苦慮することになった。
 平成12年10月,被告人の父親が病気により死亡し,翌11月,被告人は,合計860
万円以上に上る父親の生命保険金を手にして,ワンボックス型の本件車両や長女のた
めのパソコンを購入したり,母親,弟,及び妻にも分配するなどしたが,なお約300万円
の保険金が手許に残った。被告人は,父親の生命保険金を手に入れたころから,軽貨
物の宅配の仕事をしなくなり,妻に対しては,仕事に行く振りをして,妻の作った弁当を
持ち,競輪開催日には毎日のように南津軽郡C町所在の場外車券場に通い,1レース
に付き30万円分もの車券を購入するなどして,競輪に大金を注ぎ込んだ。被告人は,
平成13年1月末ころまでには,手にした保険金を費消してしまい,20万円を借金の返
済に充てただけで,他の借金を清算することはなかった。
 被告人は,各消費者金融会社から既に限度額を超えて借り入れていたことから,新た
な借入れをすることができず,競輪の車券購入資金や借金の返済資金に窮し,平成13
年2月1日,自動車金融会社から,本件車両を担保に60万円を借り入れた。その借入
れに際しては,返済期限を翌3月2日,元金と利息は一括返済で借主が直接持参する,
契約日から起算して1か月後を返済期日とし,同日までに返済がない場合には更に10
日間猶予するが,契約日から起算して合計40日目が最終返済期日となり,同日をもっ
て担保物件の自動車を引き上げ,その後,自動車の所有名義を自動車金融会社に変
更して所有権を移転する旨の約定がなされていた。被告人は,借り受けた60万円の殆
どを競輪に注ぎ込んで費消してしまい,自動車金融会社への返済に窮したが,妻に信
販会社から借金をさせて資金を工面して貰い,同年3月2日,漸くこれを返済することが
できた。
 しかしながら,被告人は,同日,返済すると同時に,再び前記自動車金融会社から,本
件車両を担保に,平成13年4月2日を返済期限として60万円を借り入れ,その殆どを
競輪に注ぎ込んで費消した。そのうえ,被告人は,同年3月12日,亡くなった父親の菩
提寺に納めていた位牌堂代の中から70万円を返還して貰い,これも競輪に注ぎ込んで
費消してしまった。この時点で,消費者金融会社からの借金は300万円を超え,被告人
は,もはや破産するしかないと考えるようになった。已むなく,被告人は,妻に対し,軽貨
物の宅配は既に廃業して,その後仕事には就いておらず,仕事に行く振りをして競輪に
通っていたこと,消費者金融会社からの借金も300万円以上あること,自己破産するし
かないことを打ち明け,妻からは,ずっと騙していたのかと詰られたものの,結局,夫婦
共に自己破産の申立てをすることを承諾して貰った。
 被告人は,平成13年4月1日ころ,前記自動車金融会社に対する60万円の借金の返
済に窮し,妻に資金の工面を頼んだが,「もう,うちにはお金はない。」などと言われて断
られたため,妻と共にe市所在の母親宅に赴き,資金の工面を請うたところ,母親から
は,「これ以上来るのであれば,親でも子でもないよ。」などと言われながらも,翌2日,
被告人の妻を介して60万円ほど援助して貰い,同日,これを借金の返済に充てること
ができた。
 ところが,被告人は,同日,その借金を返済すると同時に,またもや同じ自動車金融会
社から,本件車両を担保に,平成13年5月1日を返済期限として,60万円を借り入れた
うえ,一発逆転を夢見て,これも競輪に注ぎ込んだが,予想は的中しなかった。そこで,
被告人は,同年4月12日,妻と共に青森地方裁判所D支部で行われた自己破産手続
の説明会に出席し,夫婦で自己破産の申立てをすることを決意し,自宅処分後は,被告
人の母親宅でやり直すこととし,同月中旬,青森市内のタクシー会社で採用面接を受
け,同会社への再就職を決めた。被告人は,同年5月2日,前記自動車金融会社に対
する借金の返済に窮し,その返済の猶予を願い出たが,同会社の従業員から同月の連
休明けに来店するようにと言われた。被告人は,連休明けまでに返済資金を工面しなけ
れば,本件車両を取り上げられてしまうことになるが,早朝出勤,深夜帰宅を常とするタ
クシー会社の勤務形態では,通勤に公共交通機関を使うことができず,本件車両を失え
ば再就職したばかりのタクシー会社への勤務は不可能になると考えた。しかし,被告人
は,新たに借金のできる当てはなく,もはや妻や母親に頼むこともできないと考え,返済
に苦悩することとなった。
 被告人は,平成13年5月4日,上記60万円の借金の返済資金の捻出方法について
思案するうち,手っ取り早く強盗でもやるしかないと考えるようになり,消費者金融会社
であれば,銀行や郵便局に比べて従業員の数が少ないと考え,青森地方裁判所D支部
で行われた自己破産手続の説明会に行った際にその店舗の前を通って存在を知った株
式会社EF支店を思い浮かべ,同支店であれば利用したこともないので顔を知られてお
らず,自宅のあるB町方向に向かう左車線に沿って位置しているので,逃走しやすいこ
とから,同支店に狙いを定めることとした。さらに,被告人は,前記借金の返済期限が迫
っていることから,連休直後の同月7日に休暇を取ってF支店に下見に行くこと,翌8日
には強盗を決行すること,脅す手段としてはガソリンが最適であるが,ガソリンそのもの
を買うと疑われるので,ガソリンとオイル分が20対1の比率で混じった混合油を購入し
て使うこと,ライターや紙をねじって20ないし25センチメートル前後の棒状にしたもの
(以下,「ねじり紙」という。)を用意するほか,本件車両を使用してF支店まで行くこと等,
犯行計画を練った。
 そして,被告人は,同月7日早朝,出勤を装い,本件車両を運転してB町内の自宅を
出発し,e市内の運動公園へ向かった。被告人は,暫く同公園駐車場において時間を潰
し,翌日の強盗に備えて,同市内のガソリンスタンドで本件車両に給油した後,再び同
公園駐車場に戻って飲食し,強盗に入るかどうか,なお逡巡していたが,決行するしか
ないとの決意を固め,再び同市内のガソリンスタンドに出かけ,ガソリン4リットルに対
し,エンジンオイル0.2リットルが混じった混合油(以下,「本件混合油」という。)を購入
した。その後,被告人は,a市所在のF支店に下見に向かい,最上階に同支店が入居し
ている3階建てGビルの前を通り過ぎて直ぐの信号のところで右折し,Hというおもちゃ
屋の前からGビル敷地内の屋根のない駐車場に入った。そして,更に進んで行ったとこ
ろ,F支店への出入口が同ビルの一番右側(北側)にあることが分かったので,同ビルの
屋根付き駐車場に本件車両を停車させて,人の出入り状況等を観察した。約30分後,
被告人は,F支店内部の様子を調べるため,同支店に通ずるGビル1階の出入り口に向
かった。被告人は,細長い急な階段を3階まで昇り,途中に踊り場があることや,3階の
突当りの壁の左側にATM機が設置され,天井に防犯カメラが据えられているが,同支
店への出入り口階段は1つしかないことを知った。同日夕方,下見を終えた被告人は,
本件車両を運転してB町へ帰り,同町内の総合公園内に駐車し,飲酒しながら,翌日決
行する強盗の手順について詳細に検討を凝らすうち,いつしか寝入ってしまい,途中,
警察官に起こされることもあったが,深夜になって,タクシー会社での仕事を終えてきた
かのように装って帰宅し,飲食して就寝した。
 翌8日朝,被告人は,当初の予定どおり,妻に対しパート先には自転車で行くように依
頼し,妻と娘がそれぞれ出かけた後,本件混合油の入った4リットル入りオイル缶,同オ
イル缶の蓋の周りのプロテクターを切断するためのマイナスドライバー,軍手及びビニ
ール紐で縛られた古新聞の束を本件車両に積み込み,ねじり紙やライターを被告人の
着ていた水色つなぎ服のポケットに入れ,本件車両を運転して,同日午前9時40分過
ぎころ,B町内の自宅を出発した。
 被告人は,国道7号線を西進してa市へ向かい,Gビル沿いの道路に右折して南下し,
同ビルを通過してすぐの交差点で右折し,同ビル南側の屋根なし駐車場に入り,更に同
ビル下の屋根付き駐車場まで進行して停車した。被告人は,犯行の手順を繰り返し考え
たうえ,両手に軍手をはめて素早く行動を開始した。被告人は,本件車両から降り,本
件混合油入りのオイル缶とマイナスドライバーを持ち,駐車場の裏側(西側)でオイル缶
の蓋のプロテクターをマイナスドライバーで切断し,その蓋とプロテクターをGビル裏側
の路上に投げ捨て,オイル缶と新聞紙の束を掴んで,Gビル1階の出入り口からF支店
に向かって階段を駆け上がっていった。
(罪となるべき事実)
 被告人は,借金の返済資金等に困窮し,金員を強取しようと企て,平成13年5月8日
午前10時49分ころ,青森県a市大字bc丁目d番地所在のGビル3階の株式会社EF支
店において,所携のガソリンを主成分とする混合油約4リットルを同支店店舗内に撒布
したうえ,同支店支店長H(当時30歳)らに対し,「ガソリンだ。」と叫んだうえ,所携のラ
イター及びねじり紙を取り出して,被告人の胸の前に構えて示し,撒布した混合油に点
火するかのような気勢を示すと共に,「金出せ,出さねば火をつけるぞ。」などと申し向け
て脅迫し,同人らの反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが,同人らが警察に通報す
るなどしてこれに応じようとしなかったことから,憤激の余り,現に支店長ほか従業員8
名が居る同支店店舗に放火することを決意し,その際,同人らが焼死するに至る可能性
が高いことを認識しながら,どうなっても構わないとの気持ちになって,敢えて,上記ライ
ターで点火した上記ねじり紙を,撒布した混合油の上に投げ入れて火を放ち,よって,現
に9名の居る鉄骨造陸屋根3階建て建物3階の同支店店舗(総床面積96.3平方メート
ル)をほぼ全焼させて焼損する(焼損面積約85.16平方メートル)とともに,そのころ,
同所において,同支店従業員I(当時36歳),同J(当時46歳),同K(当時20歳),同L
(当時22歳)及び同M(当時30歳)を,いずれも火傷死させて殺害し,上記Hに入院加
療約7か月間を要する重症熱傷(全身の約50パーセント)の傷害を,同支店従業員N
(当時22歳)に入院加療約4週間を要する背部・両側上腕背側熱傷の傷害を,同O(当
時20歳)に入院加療約1か月間を要する顔面・両手背・背部・右上腕熱傷の傷害を,同
P(当時19歳)に加療約4週間を要する顔面・両耳介・左右前腕熱傷・背部擦過傷の傷
害を,それぞれ負わせたが殺害するに至らなかったものである。
(補足説明)
第1 捜査段階における被告人の供述調書の証拠能力について
1 弁護人の主張
 弁護人は,「本件において,警察官は,被告人を逮捕状によらずに18時間以上
にわたって拘束し,空腹の状態のまま取調べを継続したものであり,このような長
時間にわたる取調べは,任意同行により身柄を拘束しうる限界を超えた違法なも
のであって,この間の取調べにより得られた被告人の供述の証拠能力はもちろん,
その後の緊急逮捕及び勾留中の取調べにより得られた被告人の供述調書につい
ても,任意同行の違法を承継するものであるから,違法収集証拠として証拠能力を
否定されるべきである。」と主張するので,以下,この点について判断することとす
る。
2 本件捜査の経過
(1) 被告人の同行及び取調べの経過
 まず,警察官の被告人に対する同行要請及び取調べの経過についてみるに,
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 平成14年3月3日午前5時20分ないし30分ころ,B町内の被告人の自宅に
警察官3名が訪ねてきた。3名の警察官のうち,1名は玄関に残り,2名は被
告人の同意の下に室内に上がって,「F事件のことで話を聞きたい。警察へ来
て貰えないか。」と言った。
 当日は日曜日であったが,タクシー運転手をしていた被告人は,勤務予定日
となっていたため,午前5時ころに起床し,出勤のための準備を整えていたと
ころに,警察官が訪ねてきたのであった。
イ 警察官に対し,被告人が,「これは強制なんですか。それとも,いわゆる任意
同行なんですか。」と聞くと,警察官は,「強制ではありません。任意です。」と
答えた。そこで,被告人が,「でしたら,私,今日出番ですから,明日じゃ駄目
ですか。」と言うと,警察官は,「何とか今日来てくれないか。」と言い,数十分
間,押し問答が繰り返された。警察官が引き下がる気配を見せなかったため,
被告人は,已むなく同行要請に応ずることとし,勤務先タクシー会社の所長
に,自ら,「不幸があったので,今日は有給扱いにして欲しい。」旨連絡してそ
の承諾を得た。被告人は,同日午前6時38分ころ,警察官と共に自宅を出
て,青森県北津軽郡Q町所在のQ警察署に向かって出立した。この間,警察
官から被告人に対し,暴力的言動や脅迫的言辞が用いられたことはなかっ
た。
ウ 同日午前7時24分ころ,被告人は,Q警察署に到着し,警察官から,朝食と
してパンと牛乳を勧められたが,「朝食はいつも食べないので要らない。」と言
って断った。被告人は,ポリグラフ検査を受けた後,同日午前10時30分こ
ろ,取調べ担当警察官(以下,取調官という)から黙秘権を告げられて,取調
べが開始された。
エ 取調官は,被告人に対し,事件発生前日である平成13年5月7日の被告人
の勤務状況,同日の行動及び混合油購入の有無,同月11日の再度の混合
油購入の有無,R放送局への犯行を自認する架電及び手紙差置きの有無に
ついて,順次質問したが,被告人は,Q警察署へ同行するに際し,妻が,被告
人を信頼して,号泣しつつも庇おうとした姿を思い浮かべ,嘘をつけるところま
で突き通すしかないと考え,供述を二転三転させながら,容疑を頑強に否認し
続けていた。
オ 同日午後8時ころ,取調官が,被告人に対し,被告人方の家宅捜索によりR
放送局に届けられた手紙に使用された便箋と同一の便箋が発見され,しか
も,その便箋からその手紙の一部の筆圧痕が確認された旨告げると,被告人
は,R放送局へ架電した事実及びR放送局へ手紙を差し置いた事実を認めな
がら,なお,それらは野次馬根性でやったことで,犯人は自分ではないとの言
い逃れをしたが,取調官がそれまでの被告人の供述内容の虚偽性について
指摘したところ,次第に首をうなだれ始め,同日午後8時50分ころ,犯行を自
供するに至った。
カ 以後,取調官は,犯行状況等について事情聴取を始めたが,犯行日から長
期間が経過し,かつ,事件が重大であることもあって,被告人が熟慮のうえ返
答するため,相当に時間を費やし,翌4日午前1時18分に緊急逮捕手続が執
られた。
キ 弁護人は,被告人が空腹であった旨主張しているのであるが,被告人が,平
成14年3月3日午前7時30分ころに勧められた朝食を断ったことは前記のと
おりであるほか,被告人は,同日午後零時40分ころ,警察官から弁当1個と
味噌汁1杯の昼食を勧められたが,弁当は要らないと言って断り,味噌汁1杯
を飲んだだけであり,同日午後7時20分ころ,警察官から夕食として弁当1個
を勧められた際にも,「食欲がないので,食べる気がしない。」と言って,これを
断っている。
ク また,弁護人は,被告人が,取調べ中,自宅に帰りたい旨述べたと主張して
いるところ,被告人の当公判廷における供述によれば,被告人が,取調官に
対し,「今日,私帰れるんでしょうか。」とか,「今日,帰れないんですか。」など
と2,3回言ったことはあるものの,被告人が積極的に,「家に帰してくれ。」と
か,「電話を架けさせてくれ。」などと要求したことはないうえ,被告人が,取調
べを受けるについて,弁護士や第三者の立会いを要求したこともない。
ケ また,被告人の当公判廷における供述によれば,被告人が,取調べ中に便
所へ行きたい旨希望した場合には,警察官の付き添いの下にではあるが,取
調官は,これに応じており,取調官が,被告人の取調べ中に,暴行や脅迫に
及んだことはなかった。
コ なお,被告人の当公判廷における供述によれば,被告人は,Q警察署におい
て緊急逮捕された後,a市所在のS警察署まで移送されたが,その直前に,警
察官からパンと缶入りコーヒーを渡されて飲食した。
(2) 捜査の進展状況
 次に,関係各証拠によれば,被告人が本件犯行を自白する前に,既に,被告
人が,事件発生直後に目撃された車両と酷似する深緑色の軽ワンボックス型車
両を保有していること,本件犯行の前日にクレジットカードで混合油を購入してい
たこと,犯行現場に遺留された新聞が配達された可能性の最も高い地域に居住
し,それと同じ新聞を購読していることがはっきりしていたこと,本件犯行を自認
する内容のR放送局に対する投書の筆跡と被告人作成の履歴書や破産申立書
の筆跡が同一人の手になるものと推定される旨の鑑定結果が得られていたう
え,同行当日の被告人宅の捜索により押収された便箋の中から,上記R放送局
への投書と合致する筆圧痕が発見されており,被告人の自白がなくとも,被告人
に対する容疑は既に相当に明らかになりつつあったものといえる。
3 任意捜査としての被告人取調べの適否
(1) 前記2(1)において認定した事実に照らすと,警察官が,被告人を,平成14
年3月3日午前6時38分ころにB町内の自宅からQ警察署に同行して以降,翌4
日午前1時18分に緊急逮捕するまでの間の被告人に対する取調べは,刑事訴
訟法198条に基づく任意捜査としてなされたものと認められるところ,一般に,任
意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは,強制手段を用いることが許さ
れないことは勿論であるが,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者
の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様
及び限度においては,許容されるものと解するのが相当である(最二決昭和59
年2月29日,刑集38巻3号479頁参照)。
(2) これを,本件についてみると,
ア まず,本件は,消費者金融会社の支店を狙って強盗を敢行するに際し,同支
店店舗内に撒布した混合油に火を放って,5人を死亡させ,4人に重傷を負わ
せたうえ,同支店店舗を全焼させた強盗殺人・同未遂・現住建造物等放火の
重大事犯であるところ,被疑者の名誉等に対する配慮から,万が一にも誤認
逮捕は許されず,逮捕するにも一段と慎重であるべきことが要請される事案で
ある。
イ 次に,前記2(2)において認定した事実に照らすと,捜査の進展に伴い,被
告人に対する容疑は相当に固まりつつあったものであり,同行に伴ってなされ
た被告人に対する取調べは,逮捕に必要な資料を得ること以上に,事案の真
相解明に主眼を置いてなされたものと見ることができる。
ウ そして,実際にも,前記2(1)において認定した事実に照らすと,①警察官の
被告人に対する同行要請の手段,方法は相当なものであったといえるうえ,
②取調官が,取調べ開始に先立って,被告人に対して黙秘権を告げているこ
と,③被告人が,容疑を頑強に否認し,犯行前後の行動も含めて,虚偽の供
述をしたり,供述内容を変遷させるなどして時間を費やしたこと,④同行から
緊急逮捕までの間に約18時間が経過し,そのうち,取調べ時間は前後14時
間余りで,長時間かつ深夜に亘ったが,徹夜には及んでいないこと,⑤同行及
び取調べ過程を通じて,警察官から被告人に対し,暴行又は脅迫が加えられ
たことはないこと,⑥被告人が殆ど受け付けなかったが,食事は,朝,昼,夕
の3回提供されており,喫煙は随時許されていたこと等が認められる。
 これらの諸事情を総合勘案すれば,被告人の任意同行及びこれに引き続く取
調べには,違法として指弾すべき点は特に見当たらず,社会通念上,任意捜査
として許容できる範囲内のものと言える。
4 小 括
 以上に説示したとおり,被告人の任意同行及びこれに引き続いてなされた取調べ
について,格別違法とすべきまでの点はなく,その後に録取された被告人の捜査段
階における各供述調書についても,その任意性に疑念を差し挟むべき事情は窺い
得ないのであって,被告人の任意同行及びこれに引き続く取調べの違法を理由と
して,その違法を承継する捜査段階における被告人の各供述調書は,いずれも違
法収集証拠であって証拠能力がない,とする弁護人の前記主張は,採用すること
ができない。
第2 殺意の有無及び程度について
1 殺意についての主張
 被告人は,当公判廷において,「強盗の意思でF支店に押し入ったことは間違い
ありませんが,人の命を奪うために押し入ったのではありません。火を付けた時に
は殺すつもりはありませんでした。」と弁解し,これを承けて,弁護人も,「被告人の
本件犯行には,確定的殺意はもちろん,未必の故意としての殺意も認められませ
ん。せいぜい,被告人には,H支店長に対する傷害の未必の故意が存しただけで
ある。」と主張する。
 これに対し,検察官は,「本件において,被告人は,本件混合油に着火すれば,
爆発的な燃焼を起こし,瞬時にF支店店舗が燃え上がって同店舗内の従業員らが
死亡することを十分に認識し,また,自己が本件混合油に着火しようとしている際,
多数の従業員が同店舗内におり,逃げ場などがないことを十分に承知しながら,あ
えて本件混合油に着火して同店舗に火を放ったもので,本件被害者9名全員に対
する殺意を持って本件放火行為に及んだことは明らかである。」として,被告人が
確定的殺意を抱いて本件犯行に及んだ如く主張している。
 そこで,以下,被告人の殺意の有無及びその程度について,検討する。
2 犯行に至る経緯及び犯行状況
 この点について検討する前提として,本件犯行に至る経緯及び犯行状況につい
てみるに,関係各証拠によれば,次のとおりの事実が認められる。
(1) 被告人は,中学校卒業後,千葉県君津市内の運輸会社に車両整備工見習
いとして就職したが,そこでは,ガソリンを使って整備工具を洗浄したりすること
があり,上司から,ガソリンの取扱い方について,引火性が強いので,くわえ煙
草をしないこと,火が着くと爆発して死傷事故にもなりかねないので,ガス,電気
溶接等火気類の近くでは使用しないこと等の指導を受けていた。被告人は,そ
の後,ガソリンスタンドに半年間ほど勤務したが,そこでは,ガソリンのほか混合
油も販売し,これらを毎日取り扱っていたものであり,この間,ドラム缶でごみを
燃やしていた同僚が,ガソリンを掛けて燃やしたことから,その前髪を焼いてしま
ったことがあった。
(2) 被告人は,昭和62年に帰郷した後,タクシー運転手として真面目に稼働し,
結婚して一家を構え,多額のローンを組みながらも,一戸建住宅を購入すること
ができていたが,平成8年ころから競輪にのめり込むようになり,消費者金融会
社から多額の借金を重ねてその支払いに窮し,平成11年4月ころ,妻子を残し
て上京したこともあった。
(3) 被告人は,同年8月ころ,父親の病気を知らされて自宅に戻ったものの,依
然として競輪を続けており,父親等から援助を受けても生活は楽にならなかっ
た。その後,平成12年10月に父親が死亡したことにより,多額の生命保険金を
受け取ったこともあったが,本件車両を購入するなどしたほか,競輪にも多くを費
消した。被告人は,消費者金融会社から借入れすることすら適わなくなり,本件
車両を担保に差し入れて自動車金融会社から融資を受けては競輪で費消し,妻
や母親に泣きついて,その返済資金を工面して貰うことを繰り返した。
(4) 被告人は,妻からは,「次に借金をすれば離婚する。」と告げられており,母
親からは,「今度金をせびりに来たら親子の縁を切る。」と言われていたため,妻
や母親に返済資金の捻出を依頼することが憚られ,平成13年5月1日に迫った
60万円の借金の返済期限を目前にして,返済資金の捻出に苦悩するようにな
った。被告人は,5月の連休明けまで返済期限を猶予して貰ったものの,担保に
差し入れている本件車両を取り上げられてしまえば通勤ができなくなり,再就職
したばかりのタクシー会社を辞めざるを得なくなると考え,焦燥感に駆られた。被
告人は,同月4日,自宅であれこれと思いを巡らしているうち,最早,手っ取り早
く強盗でもする以外には苦境を打開する方法がないと考えるに至った。そして,F
支店であれば,現金もあり,従業員も少なく,これまで利用したことがないので顔
を知られてもおらず,立地条件から犯行後の逃走も容易であると考え,同店に強
盗に押し入ることを決意したものである。
(5) 被告人は,自宅で犯行計画を練り,借金の返済期限が迫っていることから,
連休直後の同月7日に休暇を取ってF支店に下見に行き,翌8日には強盗を実
行することとした。脅迫の手段としては,猟銃は手に入れるのが困難であり,刃
物の類では格闘になって失敗する確率が高いと考え,ガソリンであれば,一瞬の
うちに爆発的に燃え上がることは誰でもよく知っているところであり,灯油等では
引火性や火勢等の点からインパクトがないが,ガソリンと言って声に出し,これに
火を付けるぞと言って脅せば皆怖がるから,容易に金を出して貰えるものと思案
を巡らせ,ガソリンを使用することに決定した。そして,ガソリンそのものを買うと
疑いをもたれるのではないかと懸念し,自宅にある草刈機の燃料用の混合油で
あれば誰も疑わずに売ってくれると考え,これを使用することに決めた。被告人
は,その混合油が,ガソリン20に対し潤滑油1の割合で混合されたものであっ
て,燃焼力や爆発力はガソリンに比して遜色がないことを知っていたものであ
る。
(6) 被告人は,同月7日,e市内のガソリンスタンドにおいて,予定どおり混合油
4.2リットルを購入し,本件車両を運転してa市内のF支店まで下見に行き,同支
店が入居している3階建てGビルの敷地内の駐車場に30分間ほど本件車両を
停め,本件車両の運転席から同ビルへの人の出入りを確認し,さらに,人の出
入りが途絶えたことから,同ビル内に入り,そのまま階段を昇って,3階にあるF
支店(総床面積96.3平方メートル)内の様子を窺った。その結果,被告人は,
同支店への出入口は,Gビル1階の出入口から真っ直ぐに伸びる1本の階段し
かないこと,その2階部分には踊り場があること,天井に防犯カメラが設置されて
いること等を確認した。
(7) その後,被告人は,B町内の総合公園に戻って,犯行の手順を考え,①2階
踊り場に予め新聞紙を置いて,混合油を染み込ませておき,逃げる時は,追っ手
を阻むため,踊り場に置いた新聞紙の束に火を付ける,②自宅にある古新聞
を,容易に持てるように紐で縛り持っていく,③車は,Gビルの駐車場に,逃げや
すいようにバックで停める,④工具を使ってオイル缶の蓋のリングを外す,⑤そ
のための工具を持っていく,⑥店内に直行して混合油をすべて撒く,⑦余計なこ
とは言わない,金出せの一辺倒でいく,⑧混合油を撒くと,相手は怯えて金を出
す,⑨現場に証拠を残さないため,オイル缶は持ち帰ること等を決めた。
(8) 被告人は,同月8日朝,当初の予定どおり,被告人の仕事が休みの日は本
件車両を使用している妻に対し,パート先には自転車で行くように依頼し,妻と娘
がそれぞれ出掛けた後,前日購入した混合油入りのオイル缶,その缶のキャッ
プの周りのプロテクターを切るためのマイナスドライバー,軍手,F支店に至る階
段踊り場に置くためのビニール紐で束ねた新聞紙を本件車両に積み込み,手に
持ちやすく,放りやすいように,広告紙様の紙を長さ20ないし25センチメートル
程度,太さ2.5センチメートル程度に棒のように捻ったねじり紙やライターを,つ
なぎ服のポケットに入れて,B町内の自宅を出発し,本件車両を運転してa市内
のGビルに赴いた。
(9) Gビル付近は,北東から南西に伸びた通称北大通りを中心に,パチンコ店,
総合病院,銀行,書店,ガソリンスタンド,会社事務所,衣料店,玩具店等が立ち
並び,周辺にはアパート,一般住宅等が密集した地域であり,通称北大通りは,
国道7号線とも交差し,a市の繁華街と郊外とを結ぶ片側2車線の主要路線で,
車両の交通量は昼夜とも多い。
 そして,Gビルの2階部分はビデオショップとなっているが,1階部分は,一部が
倉庫,一部が駐車場(屋根付き)となっていて,その駐車場は同ビル南側の敷地
まで拡がり(屋根なし駐車場),駐車場と建物裏側(西側)のアスファルト道路との
間には,境界を示す極めて低い塀があるものの,良く見通しの利く状態で,同駐
車場を利用する者にとって,留意すれば,同ビルに非常階段が設置されている
かどうかは,その北側部分を除いて,容易に判別できる状況にある。また,同ビ
ル3階に入居しているF支店に直接入店するには,同ビル北側に設けられた出
入口から入り,階段を昇らなければならない構造になっており,その階段を昇る
際に留意すれば,同ビル北側に非常階段が設けられているか否かは当然に分
かる状況にある。
(10) 被告人は,Gビルに到着すると,本件車両を,その後部を東側(表側)道路に
向けた状態で,同ビルの屋根付き駐車場に停め,同所付近でオイル缶の蓋及び
プロテクターをマイナスドライバーで開け,当初からオイル缶内の混合油は全て
撒いてしまう予定にしており,蓋を閉める余裕もないと思ったことから,蓋は要ら
ないと考え,その蓋とプロテクターを前記アスファルト道路上に投げ捨てた。そし
て,被告人は,F支店に通じる階段を駆け上がり,途中の2階踊り場に新聞紙の
束を置き,混合油若干量を振り掛けて,午前10時49分ころ,F支店内に押し入
った。
(11) F支店の構造は,次のようになっている。
 同支店は,Gビル3階のフロア全体を占め,その総床面積は96.3平方メート
ルである。その内部は,北側壁面が9メートル,南側壁面が5メートル,南北の壁
面とほぼ直角を成す西側壁面は13.5メートルであるが,東側壁面は東側歩道
に沿って北側壁面から南西方向に伸び,全体として台形状を成しており,最も北
側に位置する階段部分を含め,室内の北側約半分は,ホール,待合室,無人契
約機室及びATM機室等になっていて,F支店従業員以外の顧客等,外部の人
が出入りすることができる空間となっており,他方,同支店従業員は,室内の南
側約半分に当たる事務室及び管理室において執務している。
 顧客等の出入りするカウンター前の部分と事務室との間は,高低2つのカウン
ター(西側の長さ112センチメートル,奥行き54センチメートル,高さ110センチ
メートルの入金カウンター及び東側の長さ約258センチメートル,奥行き46セン
チメートル,高さ74センチメートルの受付カウンター)によって仕切られており,カ
ウンター前の部分の広さは約11.60平方メートル(北側6.60メートル,南側
5.99メートル,西側3.98メートル),その南側に隣接する事務室の広さは,カ
ウンター設置部分も含めて,約21.70平方メートル(北側5.99メートル,南側
4.90メートル,西側3.98メートル)であり,さらに,事務室の南側に隣接する管
理室の広さは,約22.20平方メートル(北側6.10メートル,南側5.00メート
ル,西側4.00メートル)である。
 そして,事務室と管理室は,書庫及び薄い仕切り壁で区分されているが,仕切
り壁とその東側に設置されたキャビネットとの間に約90センチメートルの間隔が
あり,従業員は自由に移動できる構造になっている。
(12) 被告人が押し入った時,H支店長は,事務室内の東側壁面にほぼ接して置
かれた事務机の椅子に座っていた。その位置は受付カウンターの北端から約2
ないし3メートルのところである。Oは事務室内の北側に設置されている入金カウ
ンターの内側(南側)に立ち,J及びMはその後方(南側)に置かれた事務机に着
席していた。NとLは更にその後方(南側)に設置された事務室南側書架の前(北
側)に立っていた。I,S及びPは,いずれも,管理室内の事務机に着席していた。
(13) 被告人は,従業員は4,5人程度と予想して,F支店に押し入ったが,10人
ほど居るように見えたので驚いたものの,受付カウンターの手前(北側)に立ち,
予定どおり,無言のまま,自身には掛からないようにして,同カウンター越しに,
持参したオイル缶入り約4リットルの混合油全量を,事務室内に振り撒き,辺りに
ガソリン特有の臭いが広がると,同支店従業員らに向かって,「ガソリンだ。」と叫
んだ。同支店の事務室及び管理室では,H支店長と8名の従業員が執務中であ
ったが,事務室に居た同支店長以外の5名の女性従業員は,口々に,「キャー」
と悲鳴を上げるなどして,全員が奥(南側)の管理室に逃げ込んでしまい,同支
店長だけが被告人と受付カウンター越しに約3ないし4メートルの距離で対峙す
ることとなった。
(14) 被告人は,本件混合油を撒いた直後,つなぎ服のポケットから,用意してき
たライターとねじり紙を取り出し,従業員らに対し,「金を出せ。」と叫び,「出さね
ば火を付けるぞ。」と申し向けて脅したが,H支店長は,自席机下に設置してある
警備会社への通報ボタンを押すと共に,「金は出せない。」などと言って立ち上が
り,110番通報を始め,管理室に居る他の従業員に向かって,「消防を呼んでく
れ。」とか,「消火器出して。」などと叫んだ。また,管理室では,Mが,「窓開け
て。」と大声で叫び,Pが,「(警報)ボタンを押せ。」と叫んだ後,それぞれ,110
番通報を始め,事務室及び管理室は,怒号と緊急事態を訴える電話等で騒然と
した状況となった。
(15) 被告人は,H支店長が被告人の予測に反して現金を差し出さず,却って11
0番通報まで始めた状況を目の当たりにして,「俺が撒いたのはガソリンだぞ。こ
の男は,身の危険を感じないのか。他の従業員の身の安全を考えてないのか。」
などと心外に思い,それでも,火を付ければ観念するだろうと考え,ねじり紙に火
を付けて脅迫することとしたが,興奮していて,火の付いたねじり紙を一旦床に
落としてしまったため,覆いていた靴でねじり紙を踏み付けて火を消し,これを左
手で拾い上げてライターで再度点火し,もう一度,「おめだぢ,早ぐ。」などと叫ん
で現金を要求したが,H支店長は,なおも110番通報をし続けていた。
(16) これを見た被告人は,H支店長の予想外の行動に愕然とし,「これでは警察
が来て捕まってしまう。逃げるしかない。」と思うと同時に,H支店長の「余りに私
を無視する態度に頭にきてしまってカッとなり,もうどうにでもなれ」という気持ち
になって,左手に持っていた火の付いたねじり紙をカウンター内の本件混合油を
撒き散らした辺りに向けて投げ入れたところ,瞬間的にボーッという音がして,被
告人の肩の高さくらいまで,火の手の上がるのが見えた。
(17) 投げ入れると同時に,被告人は,身を翻して,F支店出入り口に向かって逃
走したが,階段を駆け降りる途中,踊り場に置いておいた新聞紙の束が目に入
ったので,ライターを取り出し,踊り場から一段降りて振り返り,その新聞紙の束
に火を付け,直ちに階段を駆け降り,駐車場で本件車両に乗り込み,バックのま
ま急後退させ,表側(東側)道路に出て方向転換したうえ,B町方面に向かって
逃走した。
(18) 一方,被告人が本件混合油に点火した火は,事務室内から地を這うように
拡がっていき,辺りは真っ暗となり,火勢はいよいよ激しくなって,窓から黒煙と
炎が吹き出すほどになった。従業員らは,真っ暗になった店内で,猛烈な熱さと
息苦しさの中,逃げ惑い,N,O及びPは,偶々,近くにいた清掃業者らが,叫び
声を聞くなどして火災に気付き,F支店の窓に梯子を架けてくれたため,火傷を
負いながらも,窓から逃げ出すことができた。その後,H支店長が,自力で窓か
ら2階のエアコンの室外機に飛び乗ることに成功し,辛くも脱出したが,その他の
従業員5名は,遂に外に出ることが叶わなかった。
(19) 同日午前10時52分,消防署へ119番通報がなされて,F支店に対する消
防車等による消火活動が行われ,午前10時58分,放水が開始されて,午前11
時13分には火勢が鎮圧され,午前11時16分には鎮火するに至った。
 しかし,F支店内は,原形を留めず,その天井は,耐火ボードが全て焼損脱落
し,防火被覆が殆ど消失しコンクリートがむき出しになり,軽量鉄骨が黒色,茶褐
色色,白色に変色して歪曲し,一部下方へ垂れ下がり,事務室内の事務機器は
すべて焼損し,キャビネットは赤褐色に,事務机は黒色に変色し,机の中にあっ
たはさみ等はすべて黒色に変色していた。床は,半分以上のビニールカーペット
が消失し,焼損したPタイルが露出し,焼け落ちた壁等の残焼物が堆積し,壁も
黒く変色し,壁に取り付けられたパネル板が焼損により枠組みを辛うじて残して
いた。管理室の奥(南側)も焼損が激しく,天井の耐火ボードは焼け落ち,事務機
器は全て焼損し,床面には,天井の壁や散乱した残焼物が床面に堆積してお
り,残焼物を取り除いた結果,ようやく5名の遺体が発見されるに至った。ガラス
窓は,火炎により全て破損し,サッシ枠も熔解し,焼き切れた状態であった。
(20) 本件で使用された混合油は,前記のとおり,その成分中,95パーセントをガ
ソリンが占めるもので,油類の中でも格段に揮発性と引火性が強く,近くで火気
を使用するだけで引火する危険があり,火がつくと激しく燃え上がり,強い刺激
臭があるものである。
 なお,ガソリン4リットルを,1.8メートル四方のトタン板にビニール床材を敷い
た物の上に撒いて着火した実験では,温度は,1メートルと2メートルの高さでは
最高温度が摂氏1000度近くとなり,炎の高さは,最高で6メートル以上に達し,
盛火時の炎の高さの平均は,5メートル以上であり,着火後,4分30秒ほどで鎮
火するも,明らかにガソリンが燃焼していると思われたのは2分程度で,着火後,
数秒で盛火状態になることが報告されている。
(21) 犯行後,自宅に戻った被告人は,興奮を鎮めながら,テレビで自分のしたこ
との結果を知るうち,「ガソリンに火を付ければ死傷者が出ることくらい誰だって
分かる筈なのに。どうしてあの従業員は私を無視したのか。」という気持ちになっ
て,これを誰かに伝えたくなり,テレビ局の電話番号を調べ,あるテレビ局に電話
したが,相手方女性が名前を名乗らなかったため,他のテレビ局に電話し,応対
に当たった男性に対し,自分が犯人であることを話し,「私はガソリンを撒いて,
金を出せ,出さねば火を付けるぞと言ったにも拘わらず,男の人は,私を無視す
るかのように要求に応じず,電話で110番通報しました。」などと語った。
3 以上に認定した事実によると,被告人は,本件犯行に際し,F支店内に10人ほど
の従業員が居るとの認識を持ちながら,揮発性,引火性そして燃焼力の極めて強
い,ガソリンを主成分とした危険な本件混合油を,約4リットルもF支店の床上に撒
いたのであるから,このような状況下において,本件混合油に点火すれば,その火
が瞬く間にF支店全体に拡がり,その結果,同支店が炎上することはもとより,同支
店内の事務室に居た支店長及び管理室に集まっていた8名の従業員が焼死する
危険性があったことも,通常人であれば,容易に認識できたものというべきである。
そして,このような危険性は,とりわけ,被告人のように,嘗て,整備工見習いやガ
ソリンスタンド従業員として稼働した経験があり,ガソリンの引火性及び燃焼力の強
さについて厳しく指導されたことがある者にとっては,いわば常識に属する基本的
知識である。
 さらに,この点は,被告人が,「ガソリンだ。」と叫んだだけで,F支店の事務室に
居た5名の女性従業員全員が,口々に悲鳴を上げるなどして奥の管理室に直ちに
避難したことや,被告人が,当公判廷において,「脅迫の手段として,灯油等では引
火性や火勢等の点からインパクトがないが,ガソリンであれば,これに火を付ける
ぞと言って脅せば皆怖がるだろうから,容易に金を出してもらえると考え,ガソリン
を選択した。」と供述していることに照らしても,明白である。したがって,本件にお
いて,混合油の95パーセントをガソリンが占めることを熟知していた被告人が,約
4リットルもの多量の混合油を,総床面積96.3平方メートルの狭い店舗内(しか
も,被告人が,10人以上の従業員が在室すると認識していた事務室及び管理室
は,合計しても50平方メートルに満たない)において撒布し,混合油を撒いた辺り
を目がけて火のついたねじり紙を投げ入れて点火した時に,瞬時のうちに炎上し
て,爆発的な燃焼を惹き起こし,これによってF支店内部の事務室及び管理室に居
た人間が死亡する可能性が高いことを認識していなかったとは,到底考えられない
ところであり,本件において,被告人が,殺意を生じて放火に及んだことは明らかと
いうべきである。
4 しかも,この点は,本件犯行前後の被告人の行動に照らしても明らかである。即
ち,被告人は,本件犯行の際に「ガソリンだ。」とか,「火をつけるぞ。」などと叫んで
脅迫し,混合油を撒布するに際しても,自身には掛からないようカウンター越しに撒
いているうえ,ねじり紙を投げ込むや否や身を翻して逃走し,その後R放送局へ架
けた電話においても,「F支店の従業員は,ガソリンのような危険なものを撒いたの
に,金を出さなかった。」旨語っているのであり,このような被告人の言動は,それ
自体,本件混合油に点火すれば直ちに炎上し,死者が出るに至る危険性を,被告
人自身が良く認識していたからこそ,これを逆手に取って,従業員の恐怖心を煽
り,金員を差し出させようとしたことを如実に物語っているのである。
5 そして,被告人が,約4リットルもの多量の本件混合油を撒布した後,敢えて,本
件混合油を撒いた辺りを目がけて,火の付いたねじり紙を投げ入れて点火している
こと,被告人は,その予測ないし期待に反するF支店従業員らの対応に愕然とする
と共に憤激の念を募らせ,「どうにでもなれ。」との気持ちになって火を放ったことに
徴すると,被告人が,受付カウンターを挾んで僅か3ないし4メートルの距離で対峙
していたH支店長に対し,少なくとも未必的な殺意を生じながら,敢えて,本件犯行
に及んだものと優に認められる。
 そのうえ,被告人は,H支店長の行動を見て,「この男は,身の危険を感じないの
か。他の従業員の安全を考えてないのか。」と思って愕然とした旨供述しているの
であり,被告人が「他の従業員」の存在を意識して本件犯行を敢行していたことが
窺われ,また,被告人が,再三に渡って,「おめだぢ,早ぐ。」とか,「おめえら,早
ぐ。」などと,複数名を指す呼称で,F支店の従業員に向かって現金を差し出すよう
に要求し,その僅か数十秒後には本件混合油に点火しているうえ,被告人は,これ
に先立って,F支店内の事務室に多量の本件混合油を撒布していたのであるから,
点火した火が,瞬く間に,面積約21.7平方メートルの狭い事務室及びこれと隣接
して自由に出入りできる,面積約22.2平方メートルの,これまた狭い管理室に拡
がり,同室内に避難していた他の従業員に対しても急速に危険が迫ることについて
も認識していたとみるべきことは当然であり,被告人は,H支店長以外の従業員8
名に対しても殺意を有していたものと認められる。
6 被告人及び弁護人の主張に対する検討
(1) これに対し,被告人は,当公判廷において,「私は,決して人の命を奪うため
に押し入ったのではないのです。どうかこれだけは分かって欲しいと思います。」
と弁明し,「Eという消費者金融会社に対する怨みはなく,強盗計画に従業員の
殺害行為は予定していなかった。」旨供述している。
 確かに,被告人は,当初の犯行計画においては,借金を返済するための資金
を強奪することのみを企図しており,消費者金融会社一般あるいは株式会社E
自体に格別に怨みを抱いていた形跡はないうえ,F支店の支店長及び従業員個
々人とは,面識すらなく,怨みを抱く余地もないのであるから,被告人が,本件犯
行当初,F支店の従業員らを殺害することまで予定していたものではないことは
明らかである。
 しかし,被告人は,本件混合油をガソリンだと言って撒き散らせば,従業員ら
が,恐怖心に駆られて,容易に現金を差し出すであろうとの予測ないし期待が,
見事に裏切られ,現金を奪われまいとする支店長らの頑なな態度に愕然とし,か
つ,憤激して,当初は火まで放つ予定ではなかったにも拘わらず,敢えて,既に
撒布していた本件混合油に点火するに至ったものであり,このような心理状態の
推移は,被告人が何としても欲しかった現金を差し出そうとしなかった支店長ら
に対する怒りが,殊の外激しく,本件混合油が本来的に持っている危険性を現
実化させてしまうまでに高まったものとして,容易に諒解することができるところ
である。
    なお,被告人は,当公判廷において,前記「H支店長の余りに私を無視する態度
に頭にきてしまってカッとなり,もうどうにでもなれと思って,火の付いたねじり紙
を本件混合油の辺りに向けて投げ入れた。」旨の検察官に対する供述調書のう
ち,「もうどうにでもなれ。」という部分は,「すごく怖い表現ですから,できれば撤
回して欲しい。」と供述するのであるが,被告人の当公判廷における供述によれ
ば,被告人は,取調べを受けている当時,本件の最大の争点が殺意の有無にあ
ることを認識していたというのであり,その認識の下で,敢えて,検察官に対し,
「もうどうにでもなれ。」との気持ちになって放火した旨供述したもので,その供述
内容は,前記のとおり,心理状態の推移として合理的で諒解可能であるうえ,被
告人が,検察官が録取した供述調書の読み聞けに際し,些細な点にまで注意を
払い,訂正の申立てをしているにも拘わらず,「もうどうにでもなれ。」との部分に
ついては,その旨の申立てがなされた形跡がないこと等に照らし,当時の被告人
の心理状態をありのままに述べた言葉として,十分信用することができる。
(2) また,被告人は,「私は,Gビルには非常階段があると思っており,従業員ら
がF支店奥の管理室に逃げ込むのを見て,非常階段から脱出したと思った。」旨
供述している。
    しかしながら,Gビルに非常階段が設置されているかどうかについては,同ビルの
駐車場を利用する者にとっては,留意すれば,その北側部分を除いて,容易に
判別できる状況にあり,同ビル北側部分についても,F支店に通ずる階段を昇る
際に留意すれば,当然に分かる状況になっていることは,前記のとおりであると
ころ,被告人は,犯行前日にGビルの駐車場から同ビルを下見しているうえ,F支
店に通ずる出入口は,北側階段1つだけであることを認識し,その階段を昇り降
りしているのであるから,同ビルには,非常階段が存在していないことを知ってい
た可能性がある。ただ,後記のとおり,被告人が,非常階段の存在しないことを
確認することまではしておらず,非常階段の存在など頭になかったとする,被告
人の捜査段階での供述を信用すべきであるとしても,被告人が,Gビルに非常階
段が設置されていることを,積極的に認識していたことまでも窺わせる証拠は見
当たらないのである。
(3) そして,被告人は,F支店に押し入った当時,店内に男女10名くらいの従業
員が居ると思った旨供述しており,従業員らは,逃げ込んだF支店奥の管理室に
おいて電話を架けるなど興奮した口調で話しており,管理室は騒然とした状況に
なっていたこと,事務室に残ったまま被告人と対峙していたH支店長は,後方の
管理室に居る他の従業員らを振り返り,消防を呼ぶようにとの指示をするなどし
ていたこと,管理室は,面積22.20平方メートルと狭く,被告人の居る事務室北
側空間との間を遮る扉等もなかったことから,被告人が事務室及び管理室の騒
然とした状況を十分把握することができた筈であること,被告人が,「おめだぢ早
ぐ」とか,「おめえら早ぐ」などと叫んで,複数名に呼び掛けて金員を要求し,その
後間もなく放火に及んでいること,被告人のR放送局に対する電話や手紙の中
でも,H支店長以外の従業員らが逃げたと思ったとは一切述べていないうえ,死
者が出たことを予想外のこととして驚いたり,悲嘆に暮れたりする心情は全く示し
ていないのであって,前記2において認定した事実に,これらの事情を併せ考慮
すると,被告人が殺意を抱いて本件放火行為に及んだことは否定することがで
きず,被告人の前記供述は,到底信用することができない。
(4) また,弁護人は,「被告人が階段踊り場の新聞紙の束に放火したのは,H支
店長が店舗内から逃れ,階段を降りて被告人を追ってくるかもしれないと考えて
いたためであり,これは,混合油に着火した場合の燃焼力・爆発力が,なお被告
人への追跡を可能とする程度のものであるという認識を前提としているから,H
支店長への殺意を否定する事実とみるべきである。」旨主張している。
 しかし,被告人が,階段踊り場に新聞紙の束を置いておいて,これに放火して
逃走することは,強盗のみを計画していた当時から,予定していた行動であり,
強盗から飛躍して,事務室カウンター内への放火に及んだ後も,被告人は,当初
から計画し想定していた手順に従って,階段踊り場に予め置いておいた新聞紙
の束にも放火したに過ぎないものと見るのが自然であり,事務室カウンター内に
放火した後に,支店長や従業員らがどのような行動を取るかなどとまで考察した
うえで,行動した結果であるとは考え難い。被告人自身,「私は逃げることで精一
杯であり,10人くらいいた従業員たちがどうなるかなど考える余裕は全くありま
せんでした。」と供述しているのであり,弁護人の見解は採用することができな
い。
7 検察官の主張に対する検討
(1) 他方,検察官は,本件犯行当時,被告人が確定的殺意を抱いて本件犯行に
及んだ如く主張している。
 確かに,①前記のとおり,Gビル付近は,見通しがよく効き,同ビルの駐車場を
利用する者にとっては,注意して見れば,同ビルに非常階段が設置されている
かどうか,容易に判別できる構造になっているうえ,被告人は,犯行前日に同ビ
ルを下見し,同ビル3階のF支店に通ずる出入口は北側階段1つだけであること
を確認しているのであるから,同ビル北側にも非常階段は存在しないことを当然
知っていた筈であること,②被告人が,当公判廷において,犯行前日の下見の
際には,Gビルの非常口や非常階段の確認が十分にできなかったので,同日
夜,再度確認に行こうと思いながらも,B町内の総合公園駐車場で,飲酒して眠
り込んでしまったため,再度の下見には行けなかった旨供述していること,そし
て,犯行当日は,Gビル前を通り過ぎてから交差点を右折し,同ビル敷地内南側
の屋根なし駐車場から北側の屋根付き駐車場まで進行しているというのである
から,この間に,前日の夜に再度の下見ができなかった分を補うべく,同ビルに
非常階段等があるかどうか確認するのが当然であるのに,当日もその点を確認
しなかったとの不自然な供述をしていること,③さらに,被告人が,犯行当日,本
件車両後部を表側(東側)道路に向けて駐車していることが複数の目撃者の供
述によって明らかになっているのに,被告人は,本件車両前部を表側道路に向
けて駐車したとの供述に固執していること,④犯行当日,被告人は,オイル缶の
蓋及びそのプロテクターを,Gビル裏側(西側)アスファルト道路上に投げ捨てて
いるにも拘わらず,同ビルの裏側は見ていない旨の些か不自然な供述をしてい
ること,⑤犯行後,被告人が逃走するには,階段途中の踊り場に放火すれば十
分であり,多量に撒いたカウンター内の混合油に点火するまでの必要はないの
に,敢えてこれに点火していること,⑥被告人が,当公判廷において供述するよ
うに,Gビルには非常階段が設置されていると考えていたとすれば,カウンター
内へ放火することは,非常階段を利用して脱出した従業員らが同ビル北側の階
段を昇って被告人を捕まえにきた場合,被告人自身の退路を断ち,挟み撃ちに
される危険を招来することになって,不自然であること等の事情に徴すると,被
告人は,F支店には非常階段が存在しないことを犯行の事前に確認して知って
いたのではないかとの疑いが強く持たれるところである。
(2) しかしながら,①被告人は,当初は強盗だけを敢行するつもりでいたもので,
カウンター内に放火することまでは予定していなかったこと,②前記のとおり,被
告人は,消費者金融会社一般あるいは株式会社E自体に格別に怨みを抱いて
いた様子はないうえ,F支店の支店長及び従業員個々人とは,面識すらなく,怨
みを抱く余地もないのであるから,被告人が,本件犯行当初,F支店の従業員ら
を殺害することまで予定していたものでないことは明らかであること,③被告人
は,F支店の従業員らの身体に直接混合油を振り掛けたわけではないうえ,被
告人が本件混合油に点火した場所からH支店長までは3ないし4メートルの距離
があり,他の従業員らにあっては,H支店長から更に数メートル離れていて,被
告人からは殆ど姿が見えなかったこと,④被告人が,犯行後,逃走するに際し,
階段踊り場の新聞紙の束に放火したのは,強盗のみを計画していた当初から想
定していた手順であり,それを忠実に実行したに過ぎないとみるべきことは,前
記のとおりであるが,被告人にとって予想外の行動をするH支店長が事務室内
のカウンターを乗り越えて追ってくることを,頭の片隅に置いていた可能性を完
全に否定し去ることはできないこと,⑤また,Gビルの裏側(西側)の北寄り部分
には,二階のエアコン室外機設置台から屋上に向かって,鉄製の簡易梯子が据
え付けられているものの,被告人は,捜査段階及び公判段階を通じて,この鉄製
梯子について全く言及せず,自己に有利な方向に援用していないことや,本件犯
行当時,実際にはマスクをしていなかったにも拘わらず,マスクを着用していたと
思い込んでいた被告人の杜撰さに照らすと,被告人が,犯行当日,本件車両を
駐車場に停車させた際の車両の前後の向きについても,誤信し切っていることも
あり得ることで,殊更に虚偽の供述をしていると決めつけることもできず,これら
の事情に徴すると,非常階段の有無については確認していないとする被告人の
供述についても,虚偽であるとまでは断定できないのであって,他に,F支店に非
常階段や避難器具がないことを,被告人が積極的に知っていたとする証拠はな
い(寧ろ,同支店には,従業員がその存在を知らなかったためか,事件発生当
時,使用されなかったが,「W」という商品名の避難器具が設置されていたうえ,
非常口も存在したのである)のであって,被告人が,F支店の支店長及び従業員
らに対して,確定的殺意を有していたことまでを認定することは困難である。
 8 小 括
 被告人が,撒布していた本件混合油に点火した時,F支店の支店長及び従業員
らに対し,殺意を抱いていたことは優に認定することができるが,その程度につい
ては,未必的な殺意の認定に留めざるを得ない。
(量刑の理由)
1 量刑上考慮すべき事項
 本件において,検察官は,被告人に対して死刑を求刑し,弁護人は,被告人につい
て無期懲役の判決を求めるとしている。死刑制度については,種々の議論が存すると
ころであるが,死刑が憲法13条,36条に違反するものでないことは,確定した判例
であり(最大判昭和23年3月12日刑集2巻3号191頁等参照),当裁判所も,これと
見解を同じくするものである。
 しかしながら,死刑が人間存在の根源である生命そのものを永遠に奪い去る究極
の冷厳な刑罰であることに鑑みれば,その選択,適用については,とりわけ慎重でな
ければならず,「犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性,残虐性,
結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,犯人の年齢,前科,
犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪
刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場
合」に,初めて許容されるものというべきである(最二判昭和58年7月8日,刑集37
巻6号609頁参照)。
  そこで,以下,これらの観点から,本件について検討することとする。
2 事案の概要 
本件は,競輪にのめり込んで金融会社等から借金を重ね,その返済資金等に困窮
した被告人が,従業員数や犯行後に逃走するための立地条件等から好都合であると
判断した消費者金融会社の支店において,強盗を敢行して借金を返済しようと企て,
同支店を下見したうえ,ガソリン95パーセントから成る混合油やライター,ねじり紙等
を予め準備し,同支店において,床上に約4リットルの混合油を撒いて脅迫したうえ,
現金を差し出すように要求したが,これに応じて貰えなかったことに苛立つと共に憤
激の念を募らせ,ねじり紙に火を付けて更に脅したうえ,遂にそのねじり紙を,撒布し
た混合油の上に投げ入れて火を放ち,同支店を全焼させ,同支店内に居た従業員5
名を火傷死させて殺害し,従業員4名に重度の熱傷等の傷害を負わせた事案であ
る。
3 本件犯行に至る経緯及び動機
 被告人は,知人に名義を貸すことによって生じた借金を一挙に返済しようと考えると
共に,嘗て競輪で高額配当を的中させ,大金を手にした時の興奮が忘れられず,競
輪にのめり込んで借金を重ね,妻子を残して東京に出奔したが,父親から経済的援
助を受けて自宅に戻り,母親や妻の姉の援助を受けて前記知人のためにできた借金
を全額返済できたにも拘わらず,再び競輪にのめり込んで多額の借金を重ね,その
後父親が死亡し,借金を全額返済するに足りる同人の生命保険金を受け取ったにも
拘わらず,その生命保険金を借金の返済には回さず,仕事も辞めて,多くを競輪に費
消したうえ,再就職したタクシー会社に通勤するためには必要不可欠の軽乗用自動
車(本件車両)を担保にして借金を重ね,その都度,妻に借金をさせたり,母親の援助
を受けたりして返済していたものの,返済と同時に新たに借金することを繰り返して,
これを競輪に費消していたことから,最早,妻や母親には資金の捻出を頼むことがで
きなくなり,借金の返済資金等を得るために強盗を計画するに至ったものである。
 このように,被告人が借金の返済資金等に困窮するようになったのは,競輪の魔力
に取り憑かれ,後先を考えずに競輪での遊興を重ねたことによるものであり,被告人
が競輪のために借金をするようになって以降,両親や親族からの援助を受けて借金
苦から抜け出し,平穏で地道な生活に戻るための機会は幾度となく与えられていたの
であって,それにも拘わらず,競輪の誘惑を断ち切れなかった被告人に対しては,全
く同情すべき余地がなく,競輪をするための60万円の借金の担保に差し入れた軽乗
用自動車を取り上げられまいとして敢行した本件犯行は,実に思慮浅薄で,短絡的で
あり,身勝手極まりないものであって,酌量の余地は微塵もない。
4 本件強盗行為の計画性
 被告人は,強盗を決意した後,以前,青森地方裁判所D支部で行われた自己破産
申立て手続に関する説明会に出かけた際,偶々見かけたF支店を思い出し,従業員
数が少ないと思われたことや,犯行後に自宅に逃げ帰るためには好都合な位置にあ
ること等の理由から,同支店に狙いを定め,犯行前日,勤め始めたばかりのタクシー
会社を休んで,同支店に下見に行き,ガソリンを撒いて火を付けると脅して現金を強
奪することを計画し,成分中の95パーセントをガソリンが占める混合油を4.2リットル
も購入して準備し,翌日,ライターやねじり紙,さらには,犯行後に火を付けて燃やし
て追っ手を阻むための新聞紙の束等を用意したうえ,本件犯行に及んだものであっ
て,本件犯行のうち,強盗行為は,周到な準備を経て敢行された計画的犯行であるう
え,当初から火災の危険性を内包していたものであり,厳しく非難されなければならな
い。
5 犯行の態様
 被告人は,狙いをつけたF支店に押し入ると,突如,同支店従業員らの居るカウンタ
ーの内側に,約4リットルの混合油を全て撒いたうえ,「ガソリンだ。」と叫んで,現金を
差し出すように要求したが,予想に反して支店長が,「金は出せない。」と言って立ち
上がり,110番通報を始めたため,ライターでねじり紙に火を付けて更に脅迫し,再
び現金を差し出すように要求したが,支店長が,110番通報をし続け,頑なに被告人
の要求を無視し続ける態度を取り続けたことから,業を煮やし,「もうどうにでもな
れ。」との気持ちになって,火の付いたねじり紙を,撒布していた混合油の辺りに投げ
入れて火を放ち,爆発的に燃焼させて,同支店内を火の海としたものである。
 このように,ガソリンを主成分とする燃焼力の強い混合油を撒いて,火を付けるとい
う本件犯行の手口は,被害者らの抗拒の可能性を決定的に奪い,同時に多数の生
命や財産に対する公共の危険を孕むもので,極めて危険かつ凶悪であるといわなけ
ればならない。
6 犯行の結果
 被告人が本件犯行に使用した混合油は,その95パーセントがガソリンであったた
め,被告人が火を放ったことにより,一瞬にして爆発的に燃焼し,炎と共に大量の黒
煙が発生して,F支店が全焼し,同支店内にいた従業員5名の生命を奪い,従業員4
名に対しても重度の火傷を負わせるに至っている。
 被害者たちは,突如として強盗に押し入られ,いきなりガソリン臭の強い混合油を撒
かれたうえ,火を付けるぞと脅迫され,他に行き場のない狭い室内で恐怖に戦きなが
ら,警察へ通報するなどして必死に助けを求めたものの間に合わず,被告人に火を
放たれてしまったものである。
(1) 被害者のうち,亡くなった5名は,いずれも,全身に広範囲の熱傷を受け,皮膚
の表面が炭化し,筋肉組織や骨が露出するなどしており,口腔内及び鼻腔内には
黒色の煤片が多量に残され,火炎を避けるように身体を丸め,両手両足を曲げて
うずくまり,あるいは両手を強く握りしめ,両足を曲げ,あるいは両手を身体の前に
出すなどした姿態で発見された。
 亡くなった5名は,意識が鮮明なまま,爆発的な燃焼による激しい火炎に包まれ,
高熱の気体を吸い込み,全身を貫く痛み,恐怖,そして絶望の中,悶絶して息絶え
たものであり,その苦痛と無念さは筆舌に尽くし難いものである。死亡した被害者ら
の遺体は,生前の面影を全く留めない状態で発見され,焼けただれた事務所の備
品と容易に区別がつかないほどであった。
(2) 5名の死者を出した結果はあまりに重大であり,いずれの被害者も,何らの落ち
度もなかったものである。
ア Iは,亡くなった当時,妻及び3歳の長女,生後8日の長男が居て,家族の大黒
柱であった。Iは,嘗て,勤めていた会社が倒産し,あるいは設立した会社が軌道
に乗らないなどして借金を背負い,辛酸を舐めたこともあったが,F支店に就職し
てからは,家族のために懸命に働き,亡くなる5か月ほど前には借金を完済し,
漸く余裕のある生活に漕ぎ着けたところであり,亡くなる8日ほど前に長男を授
かり,将来への希望に溢れていた矢先に,本件犯行に遭遇して非業の死を遂げ
たものである。
  Iの妻は,本件犯行により突如,頼りとしていた夫を失い,幼い長女と乳飲み子
の養育を託されたのであり,その悲痛と衝撃,今後に続く心理的負担は計り知れ
ないものがある。妻は,当公判廷において,「いろんなことが分かるにつれて,犯
人に対して憎しみがすごく湧いてきて,許せない思いで一杯です。」と述べたう
え,「これから,どんなことをしても,この罪に対して償い切れることはできないと
思うけれども,自分の命をもって責任を取って欲しいと思います。この世から消え
て欲しいと思います。」として極刑を希望し,Iの父親及び妹も,捜査官に対し,同
様の心情を語っている。
イ Jは,夫及び長男,長女との4人家族であり,長女が幼稚園に入園以来ずっと
働きづめで,家族のために懸命に尽くしてきたが,本件犯行により,その生命を
絶たれてしまった。
Jの夫は,当公判廷において,「家内が焼けた姿を見せたいだけです。どういう
ふうな殺され方をしたか。自分がどういうことをしたか,見せてやりたいです。」と
述べたうえ,「死刑しかないと思っています。」として極刑を求め,Jの長女も,捜
査官に対し,同様の心情を語っている。
ウ Sは,亡くなった当時,未だ20歳の若さであった。同女は,高校を卒業後,F支
店に勤務するようになり,給料の中から,同居していた両親に毎月2万円を家計
に入れるなど,家族思いの優しい女性であったが,本件犯行により,希望に満ち
た将来を奪われてしまった。
 Sの姉は,両親の心情について,「ぶつけようのない怒りと悲しみは,全然変わ
っていないです。」と述べたうえ,「何度死刑になって貰ったところで,私たちのこ
の男に対する怒りというのは,変わらないです。死刑を望むのは,死んで欲しい
からではなくて,この愚か者を二度と社会に戻してはならない,そういう理由から
です。」として極刑を望んでいる。
  エ Lは,亡くなった当時,未だ22歳の若さであった。同女は,高校時代には勉学の
傍ら,ファーストフード店でアルバイトをして小遣いに充てるなどして家計を気遣
い,女子大に進学してからも,奨学金を受けて学費を払うなど,親思いの女性で
あり,アルバイトを続けながら,小学校教諭と幼稚園教諭の各第一種免許を取
得するなど努力家であった。同女は,平成13年3月に大学を卒業し,F支店に就
職して1か月足らずで本件犯行に遭遇し,無情にも,突如として有為な前途を絶
たれてしまった。
 Lの母親は,当公判廷において,「本当にこれから新社会人として・・・1か月間
足らずの・・・これからだというのに本当に・・・。」と語り,深い悲しみに言葉を詰ま
らせながらも,「死刑を希望します。」として極刑を求め,父親もまた,捜査官に対
し,同様に極刑を希望する旨述べている。
オ Mは,夫及び小学校に入学したばかりの長女,保育所年中組の長男並びに義
母と共に暮らしていたものであり,結婚当初より,夫の両親と同居しながら,仕事
と家事・育児をこなしていたところ,未だ30歳にして,被告人によりその生命を絶
たれてしまったものである。
 Mの夫は,当公判廷において,「ただ無性に腹が立つというか,そういう感じで
すね。」と語ったうえ,「私は,妻のようにというか,火をつけてとかそういうことで
はないんですけれども,そういうような同じ処罰を望みます。」として極刑を求め,
父親らの遺族もまた,捜査官に対し,強く極刑を希望する旨述べている。
(3) 死地を脱した被害者らもまた,何らの落ち度もなかったものであり,死の恐怖に
戦き,その心身に重大な傷害を負わされたもので,その苦痛は依然として癒されて
いない。
ア F支店の支店長であったHは,被告人と直接対峙しており,被告人が混合油に
点火する様子を目の当たりにして,言い知れぬ恐怖感を味わったものであり,瀕
死の重傷を負いながら,一命はとりとめたものの,以前と同様に働くことは困難
な状態にある。
イ Nは,本件犯行に遭遇した当時,22歳の若さであったところ,本件犯行により
入院加療約4週間を要する背部・両側上腕,背側熱傷を負わされ,現在もなお
治療中である。同女は,精神的にも甚大な衝撃を受け,今なお,心が休まること
のない生活を送っている。
ウ Oは,本件犯行に遭遇した当時,弱冠20歳であったところ,本件犯行により,
入院加療約1か月間を要する顔面,両手背,背部,右上腕熱傷を負わされ現在
も治療中である。同女の熱風等に対する多大の恐怖心は,今なお続いている。
エ Pは,本件犯行当時,未だ19歳の若さであり,本件犯行により加療約4週間を
要する顔面,両耳介,左右前腕熱傷などの傷害を負わされ,事件後,数ヶ月間
に亘り,満足に眠ることができないほどの精神的衝撃を受け,F支店を退職せざ
るを得なくなった。
(4) 被告人のGビルへの放火による財産的損害は,直接的損害だけでも数千万円
以上の多額に上っており,商店,会社,銀行,病院等が立ち並び,その周辺にはア
パートや一般住宅等が密集する地域で,白昼,商業ビルが爆発的に燃焼して炎上
した様子は甚だ衝撃的で,近隣住民や周辺関係者らに与えた恐怖感は計り知れな
いものがある。
(5) また,金融機関の店舗に,ガソリン様の油類を撒いて従業員を恐怖に陥れ,金
員を強取しようとする本件犯行の手口は,ガソリン等の危険性が広く知れ渡ってい
るうえ,誰でも容易に購入できる油類を,容器に入れて持ち運ぶだけで簡単に敢行
できるものであることから,模倣性が高い反面,人命等に対する多大の危険を内包
するもので,極めて危険であり,本件犯行後,実際にも金融機関を狙った同様の手
口による強盗事犯が多数発生していることに照らすと,その社会的悪影響は重大
であり,憂慮すべき事態である。
7 犯行後の情状
(1) 被告人は,本件犯行の翌日には,何食わぬ顔で出社し,タクシー運転手として
通常どおり勤務に就いていた。そして,被告人は,自己の犯行により,9人もの死
傷者が出る深刻な事態を招来したことを知りながら,なおも本件犯行の引き金とな
った競輪遊びを続けていたのである。すなわち,被告人は,犯行日から2日後の平
成13年5月10日,自動車金融会社からの借金を返済できずに,担保として差し入
れていた本件車両を引き上げられると,その翌日には,母親から返済に必要な金
額よりも多くの資金を貰い,余分に受け取った金員を競輪で費消してしまい,その
他にも本件車両を担保に同じ自動車金融会社から融資を受けようとしたが,F支店
強盗放火事件に使用された車種と同一の車両であるとの理由で,融資を断られた
ことまであったのである。それでも,被告人は,同年9月24日及び同年10月1日に
行われた競輪の車券を購入して遊興し続けていた。
(2) 被告人は,本件犯行直後,他者に犯行を打ち明けたいとの衝動に駆られ,報道
関係者に電話を架け,自ら犯人と名乗ったうえ,本件のような重大な結果が生じた
のは,被害者らが自己の要求に応じなかったためであるとする趣旨の,自己の責
任を被害者らに転嫁するかのような発言をしたうえ,「心の痛みが全くない。」と述
べるなど,被害者らの感情を逆撫でするかのような,自覚の乏しい発言をしてい
る。また,被告人は,本件犯行から約1か月を経過した同年6月9日,捜査を攪乱
する目的で,「初動捜査に誤りがあった。捜査上,中央と地方ではレベルの差があ
る。青森のEを選択したのは的確であった。警察の捜査が未熟である。県警本部長
に告ぐ,6月30日までに私を検挙できなければ,潔く職を辞すべきだ。」等の不遜
で挑戦的な内容に加え,「犯行に車は使用していない。ガソリンを使用したが,ガソ
リンは購入していない。私は40代ではない。服装はつなぎ服ではない。捜査は広
域に行うべきだ,私は逃げ回っているのだから。」等の虚構を綯い交ぜた内容の手
紙を書き,これを犯行当日に電話を架けたR放送局の夜間通用口に差し置いてくる
ということまでしている。
(3) そのほか,被告人は,妻に対し,本件犯行の際に使用した車両について,犯行
当日は妻がパート先に行くために使用していたと話すように依頼して,アリバイ工
作をしたり,犯行に使用したオイル缶の蓋を手に入れるため,同種のオイル缶を購
入し,その蓋を本件犯行に使用したオイル缶に付け替えて体裁を整えるなど,積極
的に罪証隠滅工作を行っていたものである。
(4) 被告人は,遺族及び被害者らに対し,何ら金銭的な賠償や慰謝の措置を講じて
いない。僅かに,遺族や被害者らに宛てて謝罪と称する手紙を出しているものの,
遺族及び被害者らの心に響くところはなく,殆どが被告人に返却されている。
(5) これらの被告人の行状等からは,真摯な悔悟の情を認めることが困難であり,
とりわけ,被告人が,本件犯行後も,その原因を自覚することなく,競輪遊びを続け
ていたこと及び被告人がR放送局に差し置いた手紙の内容は,被告人の基本的倫
理観念の欠如,人間性の乏しさを如実に示すもので,その矯正の困難さを窺わせ
るものである。
8 以上のとおり,①本件は強盗殺人・同未遂・現住建造物等放火の凶悪,重大事犯で
あり,②その動機は利欲と自己中心的な憤激に基づくもので,身勝手極まりなく,酌
量の余地は皆無であり,③犯行態様は,爆発的燃焼力を有する混合油を用いて放火
したもので,極めて危険なものであって,④殺害された被害者は,5名の多数に上り,
生前の面影を全く留めない変わり果てた姿で発見され,実に悲惨であるうえ,4名の
生存被害者も,心身に重篤な傷害を負っていて,⑤遺族及び被害者らの被害感情
が,一様に峻烈であり,⑥被告人の犯行後の行状からは,真摯な反省の情を認め難
いのであって,これらの事情を総合勘案すると,被告人の刑事責任が極めて重大で
あることは明らかであり,極刑をもって臨むのが当然のように思われる。ただ,死刑の
選択,適用については,慎重のうえにも慎重であるべきことが要請されるので,ここで
改めて,被告人のために斟酌すべき諸事情について検討することとする。
 (1) 本件犯行に際し,被告人は,F支店において,強盗を敢行することは,事前に計
画していたが,放火や殺人を犯すことまではその計画の中に入っておらず,本件放
火や殺人・同未遂は,衝動に駆られて突発的に敢行した偶発的犯行であるともい
える。
 しかし,強盗については周到な計画がなされていたうえ,その手段たるや,ガソリ
ンを主成分とする混合油を用いるものであり,被告人は,銃砲や刀剣類等の凶器
に代わる物として,その危険性が広く知れ渡っているガソリンを用いることとし,実
際には,不審を抱かれないように,その燃焼力(すなわち危険性)がガソリンと殆ど
遜色のない本件混合油を購入して準備したもので,その準備段階から,本件被害
を招来する客観的危険性は伏在していたものであり,金員の要求を拒絶されたこと
に対する身勝手な憤懣を増大させ,究極場面において,遂には本件混合油の潜在
的な危険性の封印を解き,それどころか,積極的に点火してその危険性を顕在化
させた被告人の刑事責任は,極めて重大であり,放火行為だけをみると衝動的で
あるとの故をもって,さほど軽減されるべきものではない。
 すなわち,本件放火行為自体は衝動的に行われたとしても,被告人は,放火すれ
ばどんな結果がもたらされるかについて,強盗を計画した当初から重々承知してい
たものであり,当初の予定では,本件混合油の危険性を承知していたからこそ,こ
れを脅迫手段として利用するに留め,その危険性を顕在化させることを自制してい
た筈であるのに,支店長らが現金の提供を拒み,被告人の期待する行動をしなか
ったというだけで,業を煮やし,怒りに任せ,極めて短絡的に本件混合油に点火し
て,その危険性を現実的に招来してしまったのであるから,その現実化した危険性
の程度,結果に応じて責任を負うべきことは当然であり,しかも,その刑事責任は,
限りなく重い。
(2) 本件において,F支店従業員らに対する被告人の殺意が,未必的なものに留ま
るものとみるべきことは,前記のとおりである。
 しかし,被告人は,脅迫のための手段として利用した本件混合油の客観的危険
性が,極めて高いものであることについて,事前に熟知していたものである。そし
て,被告人は,その極めて高い危険性を脅迫の手段として利用したに留まらず,敢
えて点火してその危険性を顕在化させ,憤激の念を解消するために利用したので
あるから,これによって生じた結果についての責任は,被告人が確定的殺意を抱い
て行動した場合と未必的殺意の下に行動した場合とでは,さほどの径庭はないと
いうべきである。
(3) 被告人は,遺族や被害者らに対し,損害を賠償する意思があったとしても,既に
破産宣告の申立てをしており,資力が乏しい。また,遺族や被害者らに対し,その
心に響くには至らなかったとしても,謝罪の意思を表す手紙を送付しており,少なく
とも緊急逮捕された後は,相応の反省の情を示すに至っている。さらに,被告人に
は,老齢の母親並びに緊急逮捕後に離婚したとはいえ,長年に亘って苦楽を共に
してきた前妻及び中学生の長女がいる。そして,被告人は,前科は全くなく,競輪に
溺れていたとはいえ,間もなく43歳を迎える本件犯行時に至るまで,人並みに社
会生活を送ってきていた。
 これらの事情は,被告人のために十分斟酌されるべきであるが,しかし,本件犯
行の結果は極めて悲惨であり,放火・殺人にまで突き進んでしまった被告人の刑事
責任は途轍もなく重く,被告人の主観的事情を過大に重視することはできない。
(4) ところで,本件においては,被告人から金員を要求されたF支店の支店長及び
従業員らの対応の仕方如何によっては,これほどまでに悲惨な結果を生ずること
は避けられたのではないか,との見方もあり得ないではない。
 しかし,被告人は,本件混合油の持つ爆発的危険性を十分に認識していたので
あるから,金員の要求を頑なに拒否された時点で,強盗を断念して後戻りすべきで
あったのに,拒否されたことに対する甚だ身勝手な憤懣をエスカレートさせ,さほど
躊躇した様子もなく,撒布していた本件混合油の上に点火していたねじり紙を投げ
込んで放火し,積極的に本件混合油の威力を発現させ,9名もの人命を危殆に晒
したものであり,その責任はひとえに被告人が負うべきものであるのに,危害を加
えられた被害者側の落ち度と評価して被告人の刑事責任を軽減することは,本末
転倒で甚だ理不尽であり,上記見解は,到底採用することができない。
9 振り返ってみると,被告人は,中学時代は他の生徒からの信頼を得て生徒会長まで
務めるなどしており,中学卒業後は勤労学生として昼夜努力し,地元に戻り,タクシー
運転手として仕事に励み,結婚して自宅を構えるまでになり,順調な人生を歩んでい
た。しかし,被告人は,知人の女性に名義を貸したことにより消費者金融会社に借金
を負った不運もあり,次第に競輪にのめり込んでいった。尤も,当時の借金は,母親
や義姉等の力を借りて返済できたのであるが,被告人は,競輪の魔力に取り憑かれ
て没頭し,多額の金員を競輪で費消し,借金を重ねたものである。この借金について
も,両親等の援助により返済し,幾度も競輪遊びを断って地道な生活に戻る機会を与
えられておりながら,被告人は,全く後戻りすることなく,競輪遊びに溺れて借金地獄
に陥り,遂には混合油を用いて強盗を敢行し,現金の要求を拒絶されるや,強盗を断
念するどころか,身勝手な憤懣を爆発させて,本件混合油に点火して放火し,9名の
死傷者を出すところまで突き進んでしまったものである。その責任は全て被告人にあ
り,被告人が一人で背負わなければならない。
10 以上の次第で,本件犯行の罪質,経緯,動機,態様,結果,被害感情,社会的影響
及び犯行後の情状,その他本件記録上に現われた一切の事情を総合考慮しても,や
はり,人命の尊さを顧慮することなく,混合油に点火してF支店を丸ごと焼き払い,5名
の焼死者と4名の火傷者を生じさせた被告人の罪責は,限りなく重いものであり,被
告人の放火・殺人の行為自体は計画的なものではなかったこと,その殺意は未必的
なものに留まること,一応の反省の情を示していること,前科が全くないこと等の諸事
情を被告人のために最大限斟酌したうえ,死刑が生命を剥奪する究極の刑罰であっ
て,その選択,適用は慎重であるべきことを十分に弁えたうえでもなお,被告人の罪
責,とりわけ,本件犯行の結果はあまりにも重大であり,罪刑の均衡の見地から,被
告人の生命をもって償わせるのが相当であり,一般予防の見地からも,被告人に対し
ては死刑をもって臨まざるを得ない。
  よって,主文のとおり判決する。
(求刑 死刑)
     青森地方裁判所刑事部
            裁判長裁判官 山 内 昭 善
               裁判官 結 城 剛 行
               裁判官吉 田 静 香

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弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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