弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が,山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例に基づき,平成
5年9月6日付不同意通知書をもって控訴人に対してした,別紙事業目録記載のゴ
ルフ場造成事業について同意をしないとした処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要(略記等は,原判決に従う。)
1 本件は,控訴人が,山梨県αにおいて別紙事業目録記載のゴルフ場造成事業を
計画し,山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例4条1項に基づく事前協
議を求めたのに対し,被控訴人がした,同事業についての不同意処分(本件不同意
処分)の取消しが求められた事案である。
 原審は,条例及びこれによる規制が憲法に違反しておらず,被控訴人の処分につ
き権限の濫用も認められないとして,控訴人の請求を棄却した。
2 当裁判所は,本件処分が抗告訴訟の対象となり,処分につき権限の濫用がある
と認め,控訴人の請求を認容すべきものと判断した。
3 前提事実,争点,争点についての当事者の主張は,次のとおり付加,訂正する
ほかは,原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄一から三まで(原判決3
頁末行から同24頁5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決5頁6行目の「その他の諸点について調査・検討のうえ、」を「,防
災及び事業主の施工能力等の諸点について十分調査・検討のうえ,」に改める。
(2)同14頁10行目の「(一)」を削る。
(3)同15頁10行員から同16頁2行目までを削る。
4 争点1(条例の憲法違反)に関する控訴人の当審における補充主張
(1)条例により財産権の内容,行使を規制するには,法律による規制以上に緻密
さ,厳格さが要求され,規制の基準とその手続があらかじめ明示され,規制を受け
る者が,規制に適合するか否かを予測し得る内容でなければならない。
(2)条例6条1項各号の勘案事項は,いずれも主として精神的,抽象的なもので
あって,控訴人が有する経済活動の自由を公権的に規制する基準たり得ない。この
ような勘案事項を根拠として,控訴人の財産権を規制し,控訴人の経済活動を制限
することは,憲法22条及び29条に違反する。
5 争点2(裁量権の濫用等)に関する被控訴人の当審における主張
(1)新主張
ア 本件ゴルフ
コースが造成される尾根の北側直下にβ集落があり,同尾根から4つの沢がβ集落
に達し,土石流の繰り返しにより発達してきた土砂の堆積地形がその近辺に分布し
ている。本件ゴルフ場が造成されると,農薬等の化学物質を含むゴルフ場からの表
流水及び地下水が上記沢を伝わってβ集落に出るとともに,土石流がβ集落を襲う
危険がある。本件ゴルフ場予定地のうち最も広い範囲を占める沢の流域は,標高差
が約346mある急峻地であり,荒川との合流点で著しく狭いのに対し,その上流
に行くに従って広くなっている。上流域でゴルフ場造成による人工改変が行われる
ことによって,土石流が発生して,荒川との合流点に集中し,荒川を一時的に堰き
止めて天然ダムを形成したり,それが決壊することによる洪水を引き起こしたりす
るおそれがあり,平瀬浄水場沈砂池施設を埋没させるなどして平瀬浄水場の浄水機
能を停止させる危険性がある。
イ したがって,被控訴人が,「千代田湖西側一帯の水資源の保全に配慮する必要
があること」を勘案して本件不同意処分をしたことは,適法である。
(2)補充主張
ア 控訴人は,平成4年11月,11番ホール及び12番ホールを取水口より下流
に移動する設計変更をしたが,次のとおり,なお,千代田湖西側一帯の水資源の保
全に配慮する必要がある。
(ア)控訴人の上記設計変更後も,取水口の上部に本件ゴルフ場のパター練習グリ
ーンがあり,同練習グリーンに散布される農薬は,表流水,地下水とともに沢を下
り,取水口に直接流入する可能性がある。
(イ)変更後の11番ホール及び12番ホールに散布された農薬を含む水が地下に
浸透した場合,その後どのような流れ方をして,取水口にどのような影響をもたら
すか不明で,水汚染の危惧が依然払拭しきれない。
(ウ)本件ゴルフ場全体に散布された高濃度の農薬が空中を飛んで近接する平瀬浄
水場の水に混入するおそれがある。
イ 本件事業については甲府市民が推進派と反対派とに二分されるほどの状況にあ
り,そのため,甲府市長の意見がゴルフ場建設に消極的なものとなった。これに対
し,牧丘カントリークラブ造成事業についての牧丘町長の意見は,町の活性化のた
め行政,住民が一体となって推進に取り組んでいるとし,ゴルフ場建設に積極的な
ものであった。また,本件ゴルフ場の予定地の直下に平瀬浄水場があるのに対し,
牧丘カントリークラブについては,周辺に浄水場はなく,住
民の飲料水に関わりがなかった。したがって,牧丘カントリークラブ造成事業につ
いて同意した被控訴人の判断は,正当である。
6 5に対する控訴人の反論
(1)新主張について
ア 控訴人は,次のとおり,給排水施設及び防災施設を設ける計画であり,本件ゴ
ルフ場の造成により,被控訴人主張の災害ないし水道資源の汚染が生じるおそれは
ない。被控訴人が依拠するA教授の見解は,地質調査を経たものではないし,本件
ゴルフ場予定地周辺について土石流,斜面崩壊の危険性がほとんどないとする北部
振興対策研究協議会ワーキンググループの調査報告書にも反するほか,控訴人が上
記給排水施設及び防災施設を設けることを何ら考慮しておらず,合理的根拠を欠
く。
(ア)コース上の表流水,浸透水は,有孔管に吸収されて排水路に導水される。特
に,β集落側に流出する沢水は,堰堤で堰き止められ,集水口から排水管を通じて
帯那川に放流される。したがって,コース上の表流水及び地下浸透水が沢を下って
β集落の環境を汚染するおそれはない。
(イ)地形の人工改変が予定される箇所のうち,崩落の可能性がある盛土部分を中
心に,条例の設計基準に従った流出土砂を防ぐ砂防ダムの設置が予定されている。
この砂防ダムは,改変された部分から流出する最大土砂量を堰き止めてもなお余裕
があり,ダムより下に土石流が発生しないように設計されている。
イ A教授の見解を前提として,牧丘カントリークラブのゴルフ場造成事業計画
と,本件ゴルフ場のそれとを比較すると,牧丘カントリークラブの方が地形的,地
質的に地滑り等斜面崩壊の危険性が遙かに高く,また,牧丘カントリークラブの災
害防止計画は,本件ゴルフ場のそれより不十分なもので,人工改変による斜面崩
壊,土石流災害発生の可能性がより一層高い。したがって,牧丘カントリークラブ
が同意を受けるのであれば,本件事業も,同意されるべきである。本件不同意処分
は,牧丘カントリークラブ造成計画との比較において,著しく合理性を欠く。
(2)補充主張について
 練習グリーンの表流水,表層浸透水は,グリーン上に設置する循環撒水施設によ
り収集され,流出することはない。また,控訴人が行った弾性波探査結果により,
同グリーンからの地下浸透水が取水口方向に流下する可能性は否定されている。
 農薬の空中飛散による汚染は,固定した気流や風向きの下で極めて高濃度の農薬
が使用されなければ生じない
とされている。本件においては,気流や風向きについて何ら主張立証されていない
し,控訴人が高濃度の農薬を使用する予定もない。農薬の使用による問題が多少で
もあるのであれば,本件ゴルフ場に農薬を使用しない旨の協定を結ぶことも可能で
ある。
第3 当裁判所の判断
1 処分性について
 当裁判所も,被控訴人が控訴人にした,ゴルフ場造成事業について同意しない旨
の通知は行政処分に当たると判断する。その理由は,原判決の事実及び理由の「第
三 当裁判所の判断」欄一(原判決24頁7行目から同25頁4行目まで)に記載
のとおりであるから,これを引用する。
2 争点1(条例の違憲)について
 当裁判所も,控訴人の当審における主張を考慮しても,条例による規制は憲法1
3条,22条,29条及び31条に違反するものでないと判断する。その理由は,
原判決の事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」欄二(原判決25頁6行目から
同30頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。但し,原判決
29頁9行目から同30頁4行目までを次のとおり改める。
「また,憲法31条の定める適正手続の保障が行政手続に及ぶと解する余地がある
としても,上記のとおり,条例による規制の基準が不明確であるとはいえないし前
記前提事実2に認定の事実に照らしても,条例による事前協議の手続が適正手続の
保障に反するほど不明確であるとはいえないから,条例が憲法31条に違反すると
いうことはできない。」
3 争点2(本件不同意処分についての裁量権の逸脱又は濫用)について
(1)被控訴人は,前記(原判決13頁)のとおり,「県民意識や時代の要請にあ
った土地利用の在り方を考える必要があること」「諸事情を十分勘案した甲府市の
総合的な判断を尊重すべきこと」「千代田湖西側一帯の水資源の保全に配慮する必
要があること」の3点を理由に掲げて本件不同意処分をした。しかしながら,処分
理由のうち,「県民意識」及び「時代の要請にあった土地利用の在り方」は,その
法的意味を理解し難い上,被控訴人が処分をするに当たって勘案すべき事項を定め
た条例6条1項の明文を無視するもので,およそ理由とする余地はなく,本件不同
意処分は,上記理由によるのであれば,その9か月後の平成6年6月10日,被控
訴人が牧丘カントリークラブのゴルフ場造成事業(事業面積約100万㎡,18ホ
ール)について条例4条に基づく同意をした(甲
67の1,乙29の2)こととも整合しない恣意的なものとのそしりを免れない。
次に,「諸事情を十分勘案した甲府市の総合的な判断を尊重すべきこと」を処分理
由とする部分についてみるに,被控訴人がした条例5条に基づく意見聴取に対し,
甲府市長は,平成5年7月,前記(原判決12頁4行目から同13頁5行目まで)
のとおり,結論として,甲府市としては,判断に苦慮するものであり,これらの諸
事情を十分勘案し,かつ県市一体となって新たな地域振興対策に積極的に取り組む
ことを前提として本事業の転換を図るべく指導され,適切なご審議をお願い致しま
す。」との意見を述べている。このような意見書は,控訴人の事業の推進に賛同す
るのか,反対するのか,通常の言語感覚をもってしては到底理解し難い上,甲府市
長自身,本件事業に賛成,反対のいずれかの意見を表明したものではないと証言し
ている(原審B証言)。尤も,上記意見書において「事業の転換」について言及し
ていることをとらえて控訴人の事業の遂行に反対の意向を読みとるべきものとして
も(法律に従った行政を標榜する我が国において,不明確な行政庁の意思を推し量
る方法を採ることの当否はしばらく措く。),甲府市長の意見書(乙12)記載の
本件事業に対する反対理由は,要旨,事業計画書が提出された昭和62年以降平成
5年までの間に社会,経済状況に著しい変化があったこと,自然環境の保全を訴え
る世論,県民,市民の声が高まったこと,本件事業に対し,環境保全の立場から反
対を主張する有力な市民の声があることであり(乙12),いずれも抽象的に過
ぎ,条例6条1項が勘案すべきものと定める事項に当たらないことが明らかであ
る。そうであれば,甲府市長の意見を賛否不明のものとみるにしても,反対を表明
したとみるにしても,甲府市長の意見を本件不同意処分のよりどころとすること
は,被控訴人が処分をするにあたって勘案すべき事項を定めた条例6条の規定の明
文を無視するものというべきである。また,被控訴人は,「千代田湖西側一帯の水
資源の保全に配慮する必要があること」をも,本件不同意処分の理由としており,
この事実は,条例6条1項3号に定める「地域住民の生活環境に支障を及ぼさない
ものであること」を勘案して処分がされたと解することができる。被控訴人は,条
例6条1項2号「周辺地域の将来の発展に貢献するもの」かどうかをも勘案して本
件不同意
処分がされたと主張するが,処分の理由の記載からは,同条項所定の事柄をも勘案
して本件不同意処分がされたと認めることはできない。以上によれば,被控訴人に
よる本件不同意処分は,結局,条例6条1項3号を勘案してされたと解するほかな
く,その判断について被控訴人が権限を超え,又はこれを濫用したかどうかによ
り,違法の判断をすべきものと解せられる。そこで,進んで,この点について,以
下に判断する。
(2)控訴人が本件事業計画において,水資源の保全のために講じることとした措
置について
 証拠(甲9,11,14,17の1,2,25,62の1,2,63の3,乙
3,8,10,11,17の1,2,原審証人C,同D,同E,同Bの各証言,当
審証人Fの証言,原審における控訴人代表者尋問の結果)によれば,次の事実が認
められる。
ア 控訴人は,昭和62年,甲府市北部に所在する千代田湖北側のα及びγに跨る
山林,原野約145万㎡を開発して18ホールの本件ゴルフ場を造成し,会員制ゴ
ルフクラブを運営することを計画し,同年12月,甲府市に対し,ゴルフ場造成事
業に係る事前協議の申出をし,これに基づき,同市は,昭和63年12月,県に対
し,ゴルフ場等造成事業に係る事前協議準備書(乙3)を提出した。
イ 本件ゴルフ場予定地の西側には一級河川荒川が北から南に蛇行して流れてお
り,荒川には,同予定地の西側に取水口が設けられ,その下流間近に平瀬浄水場沈
砂池及び平瀬浄水場がそれぞれ設置されていた(甲府市内の水道水は,一部地域を
除き,平瀬浄水場から給水されていた。)。同予定地の南側には一級河川帯那川が
東から西に流れており,平瀬浄水場の下流で荒川と合流していた。控訴人の当初の
計画では,取水口の東側約400から500mの箇所に11番ホール及び12番ホ
ールが設置されることとなっていた。
ウ 平成元年11月に上記事前協議準備書を受理した後,県林務部長は,同年12
月,甲府市長に対し,上記事前協議準備書について,県土地利用調整会議幹事会に
おいて出された意見を通知して,控訴人と協議するよう求めた。同意見のうち,水
資源の保全に関するものとして,主管の環境保全課,環境衛生課,市町村課から,
ゴルフ場予定地直下に甲府市水道水源(荒川,表流水)及び平瀬簡易水道水源(湧
水)等重要な施設があり,ゴルフ場からの排水が両水源の水質に影響を及ぼすこと
がないよう水質保全に万全の
措置を講じる必要があるなどの意見が出されていた。そこで,控訴人は,甲府市と
の協議のもとに,水質保全対策として,11番ホール及び12番ホールのグリーン
の下に遮水シートを設置して排水を貯留して再利用する環流型の循環撒水施設を設
置し,グリーン以外のコースの表流水を有孔管,導水路により取水口の下流に放流
する,平瀬簡易水道水源については原因者負担で上水道への切替を行うこととし,
甲府市長は,平成2年2月,県林務部長に対し,控訴人との協議結果を文書(乙
8)で報告した。
エ 更に,控訴人は,11番ホール及び12番ホール自体を東方に移動することと
し,同年6月,その旨変更済みのゴルフ場等造成事業事前協議書(乙10)を甲府
市を経由して県に提出し,県は,平成3年3月にこれを受理した。
オ 控訴人は,平成4年11月25日になって,取水口上部の10ないし13番ホ
ールを取水口より南側に移動し,跡地を森林として残すなどの変更をすることと
し,平成5年3月,甲府市を経由して,その旨変更済みのゴルフ場等造成事業事前
協議書(一部変更)(乙11)を県に提出した。その際,控訴人は,防災対策を兼
ねて,β集落の南側上に位置するコースの表流水及び沢水について,集水口から排
水路を通じて帯那川に放流する給排水施設を設置することとした。
カ 甲府市水道事業管理者は,同年5月7日,控訴人に対し,上記オのゴルフコー
スのレイアウト変更により,取水口上流にコースの建設がされなくなったため,荒
川からの取水について農薬等の影響はないものと判断すると記載した文書(甲9)
を交付した。
キ 控訴人は,同年7月,株式会社山梨地質に依頼して,本件ゴルフ場予定地周辺
の地下水の流路を把握するため弾性波探査の方法(地上表面において火薬を爆発さ
せることにより発生する弾性波の伝播速度を測定することにより,地下の岩盤の硬
度,断層の状態等を測定する方法)を使用した地質調査を行った。調査結果による
と,ゴルフコースの地下には東西に伸びる2本の地下尾根があり,ゴルフコースか
ら浸透した水は,両地下尾根の間の地下谷に沿って東側から西側に流れ,一部の浸
透水が,地下尾根を越えて北側に流下するとしても,上記両地下尾根の更に北側に
ある地下尾根に遮られ,取水口付近に湧出することはあり得ないと判断された(同
地質調査の結果によれば,本件ゴルフ場北側に設置される練習グリーンから浸透し
た水が
更に北側に流下する可能性があるとしても,北側を走る地下谷〔甲第1号証の図一
9表示の地下谷③参照〕を通り取水口より下流において荒川に流れ込み,取水口よ
り上流に流れ込む可能性は低いと認められる。)。同地質調査の結果は,間もな
く,甲府市及び県の各担当者に提出された。
ク 以上の経過と後記(3)の甲府市水道水源保護問題懇話会の最終提言書等に基
づいて,甲府市長が被控訴人に対し意見書を提出した同年7月当時,甲府市長,甲
府市及び県の各担当者らは,本件事業が水資源の保全に与える影響についての技術
的問題はほぼ解消されたと認識するに至っていた。
(3)甲府市及び県が行った水資源の保全,防災に関する調査結果について
証拠(甲25,61,乙4,5,7,16)によれば,次の事実が認められる。
ア 昭和62年当時,甲府市内にはゴルフ場がなかったものの,その頃県が県北西
部の高原地帯に総合保養地域整備法に基づくリゾート地開発の構想を明らかにした
ことなどから,同市北部にゴルフ場を造成する計画が民間業者により相次いで持ち
上がった。その後,甲府市に対し,同年12月,控訴人から本件事業の事前協議の
申出が,次いで,昭和63年4月,荒川上流の荒川ダム(能泉湖)北側について昇
仙峡金桜カントリー倶楽部からゴルフ場造成事業の事前協議の申出がそれぞれされ
た。甲府市北部の山岳地帯は,同市内で使用される水道水の水源地となっていたこ
とから,甲府市水道局は,ゴルフ場で使用される農薬の水資源に対する影響等を調
査するため,同年6月,学識経験者等からなる甲府市水道水源保護問題懇話会(以
下「懇話会」という。)を設置した。これとは別に,県も,同年,県内22箇所の
ゴルフ場で使用される農薬について実態調査を行った。
イ 懇話会は,平成元年1月18日,中間提言書(乙4)を甲府市長に提出した。
同提言書は,本件事業について,平瀬浄水場の取水口に面した部分の一部コースに
ついては排水路の設計変更により農薬による汚染の心配はなくなったが,農薬の地
下浸透による取水口付近への影響については未解明な部分があり,地下ボーリング
を行い,定期的な水質検査の必要があること,農薬が水源に与える影響についてリ
スクアセスメントを行う必要があることを指摘していた。懇話会会長は,同年3月
23日,甲府市長に対し,リスクアセスメントを行う必要があるとの記載は昇仙峡
金桜カントリー倶楽部に関
する記述であって,本件事業については,農薬の地下浸透について地下ボーリング
による定期的な水質検査の実施とその結果の報告義務等が控訴人との間で協定され
れば,立地条件等から甲府市の水道水源保護関係に直接的な問題はないとの文書
(乙5)を提出し,同文書は,更に県に提出された。
ウ 懇話会は,平成2年2月,最終提言書(乙7)を甲府市長に提出した。同提言
書は,昇仙峡金桜カントリー倶楽部の造成事業について,水道水源地域において農
薬を使用するゴルフ場の建設は容認し難い,地域振興の立場からゴルフ場建設の必
要が高くとも無農薬ないし農薬の使用を極めて限定したゴルフ場建設にとどめるべ
きであると指摘した(昇仙峡金桜カントリー倶楽部の造成事業の計画は,平成3年
に中止された。)。
エ 甲府市は,過疎化,高齢化が進む同市北部山岳地域について地域振興を図る目
的で,平成2年に北部振興対策研究協議会を設置するとともに,平成3年に専門家
からなるワーキンググループを編成し,北部振興の調査を行わせた。ワーキンググ
ループは,平成4年3月,甲府市に対し,調査報告書(甲61)を提出し,千代田
湖周辺地域の大部分はマサ土化した花崗岩と黒富士火砕流から構成されており,開
発に伴う災害発生の可能性に関する事前評価が必要であり,防災工学的に対応でき
れば住民の生活環境の安定が図れる振興対策事業地となり得る,δ地区の大部分は
防災上の重大な問題が起こり得ないものと考えられ,適切な措置を施すことによっ
て開発行為が可能である,甲府市北部地域において行った防災調査の結果に基づく
結論として,δ地区については,その広範な地域において,開発を行っても防災上
の問題はほとんど生じないと考えられると報告した。
オ 甲府市は,北部振興対策研究協議会の提言に基づいて,平成5年3月,甲府市
新北部山岳地域振興計画(甲25)を策定した。同計画において,千代田湖周辺地
域が開発可能地域とされ,その開発の一つとして,地元住民の雇用が確保される本
件事業が盛り込まれた。同計画では,本件事業について,予定地は黒富士火砕流が
花崗岩の上に分布する地域でゴルフ場の地質として安全であり,黒富士火砕流の堆
積物の分布範囲にコースレイアウトをすれば,地下水が同堆積物中を浸透したとし
ても,花崗岩の表面にある溝に沿って,帯那川沿いに東側から西側に流れるので平
瀬浄水場の取水口に直接流出する心配がな
いとされていた。
(4)上記(2)に認定の控訴人が本件事業計画において水資源の保全のために講
じることとした措置及び上記(3)に認定の甲府市が行った水資源の保全に関する
調査結果を総合すると,本件事業が千代田湖西側一帯の水資源の保全に支障を与え
ることを肯認すべき事情を認めるに足りないというほかない。
ア この点に関し,前記(3)イのとおり,懇話会が平成元年1月18日にした中
間提言書(乙4)には,「農薬の地下浸透による取水口付近への影響については未
解明な部分がある」とされていた。しかしながら,同提言書自体,対策として,地
下ボーリングを行い,定期的な水質検査の必要があることを提言しており,水質検
査を実施しても,なお未解明な部分があるとするものでないことが明らかであるし
(懇話会会長は,農薬の地下浸透について地下ボーリングによる定期的な水質検査
の実施とその結果の報告義務等が控訴人との間で協定されれば,本件事業について
は,立地条件等から甲府市の水道水源保護関係に直接的な問題はないとした。前記
(3)イ参照),また,前記(2)ウ及びオに認定のとおり,控訴人は,同中間提
言書が提出された後,平成2年2月までに11番ホール及び12番ホールのグリー
ンの下に遮水シートを設置して排水を貯留して再利用する環流型の循環撒水施設を
設置し,グリーン以外のコースの表流水を有孔管,導水路により取水口の下流に放
流するなどの措置を講じることとし,次いで,平成5年3月までに11番ホール及
び12番ホール自体を取水口より南側に移動する変更をしており,控訴人が講じる
こととしたこれらの各措置を考慮せずに,なお,「農薬の地下浸透による取水口付
近への影響については未解明な部分があるとすることはできない。
 また,証拠(乙25,26)によれば,ワーキンググループが平成3年3月に提
出した中間報告書中には,水質学の専門家であるG山梨大学工学部教授が,ゴルフ
場からの流出水の一部が取水点より上流部に流入する可能性がある,化学物質散布
に伴う凝集池,沈殿池への大気からの混入,地下水への浸透も危倶される,浄水場
の近傍にゴルフ場が設置されることに伴う災害時の被災の可能性も危倶されるとの
意見を述べ,同グループが平成4年3月に提出した報告書中にも,G教授が同旨の
意見を述べたことが認められる。しかしながら,G教授自身,各報告書中で,本件
ゴルフ場造成計画に
ついて,「浄水場の近傍に計画されていること以外にその詳細を知らない。」(乙
25,26)と記載しており,控訴人が本件事業を計画するについて講じることと
した前記認定の水質保全対策,防災対策について検討したうえでの意見とは認めら
れない(なお,被控訴人は,本件ゴルフ場全体に散布された高濃度の農薬が空中を
飛んで平瀬浄水場の水に混入するおそれがあると主張し,G教授の意見中にもこれ
に沿う記載があるが,本件全証拠によっても,本件ゴルフ場に高濃度の農薬が使用
されるとの事実及び本件ゴルフ場全体に散布された農薬が空中を飛んで平瀬浄水場
の水に混入するおそれがあるとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。)。
イ 証拠(乙16,原審証人C,同D,同Bの各証言)によれば,本件事業につい
ては,複数の団体等による反対運動があったほか,一般の甲府市民のなかにも水資
源の保全の面で危惧,不安感を抱く者があったことが認められるが,本件事業が千
代田湖西側一帯の水資源の保全に支障を与えることの具体的な根拠を示すことな
く,単に,反対運動が存在することや,一般の甲府市民のなかに水資源の保全の面
で危倶,不安感を抱く者があることが,条例6条1項3号に基づき不同意処分の理
由となりうるものでないことは同号の文言上明らかである。
(5)被控訴人の当審における新主張について
 被控訴人の上記主張は,次の理由により,採用することができない。
ア A教授は,要旨,本件ゴルフ場予定地にゴルフ場を造成すると,①予定地の北
側に位置する流域(乙第24号証の図面表示の①参照。その上部〔東側〕に本件ゴ
ルフ場の練習グリーンがある。)からの表流水及び地下水が,東側から西側に伸び
る沢を通じて,取水口に直接流入する,②同予定地のほぼ中央を東側から西側に伸
び,平瀬浄水場沈砂池の東側において荒川に流れ込む沢(以下「②の沢」とい
う。)は,本件ゴルフ場予定地内にある沢のうち最も流域(乙第24号証の図面表
示の②の流域参照)が広いにもかかわらず荒川との合流点付近で間隔が狭くなって
おり,かつ,落差が約350mもあるため,大量の降雨があると,土石流が発生し
荒川を堰き止めたり,取水口から平瀬浄水場沈砂池ないし平瀬浄水場に通じる施設
を破壊したりするなどの危険性があり,代替施設がない以上,土砂災害を増大させ
る土地改変は避けるべきである,現に,②の沢には,崩壊の跡が複数認められる
(同沢には,沈砂池に影響を与えるような土石流が,現状でも,数十年に一度の確
率で生じている。)ほか,荒川との合流点にも,土石流の堆積跡がある,③同予定
地の西側を南側から北側に伸びる4つの沢(乙第24号証の図面表示の③ないし⑤
参照)の下に,β集落があるが,土石流の繰り返しにより土砂の堆積地形がその近
辺に認められ,農薬が含まれたゴルフ場からの表流水及び地下水が同沢を通って3
00か400m下のβ集落の湧水(簡易水道水として使用されている。)に出て来
るとともに,土石流発生の危険があると指摘し(当審A証言),乙第28号証(A
教授作成の陳述書)にもこれと同旨の陳述記載がある。
イ しかしながら,証拠(甲63の3,乙1,10,11,当審証人Fの証言)に
よれば,控訴人は,本件事業について,防災対策として,②の沢の3箇所及びβ集
落の上部の沢の2箇所に砂防ダム(条例の設計基準に従い,100年確率による雨
量に耐えられるもの)を,約10箇所に堰堤を設置することとしたことが認めら
れ,また,控訴人が防災対策を兼ねてβ集落の上部の沢を流れる沢水について集水
口から排水路を通じて帯那川に放流する給排水施設を設置することとしたことは,
前記(2)オに認定のとおりである(控訴人は,このほか,水質保全対策として,
前記(2)ウないしオに認定のとおりの措置を講じることとした。)。これに対
し,A教授は,現在北海道大学大学院地球環境科学研究科において,地球生態学を
専攻し,それ以前に約10年にわたり山梨大学に助教授等として勤務していた際
に,本件ゴルフ場予定地を実際に踏査するなどしてその付近の地勢,地質等に詳し
いが,控訴人が本件事業を計画するに際し講じることとした上記防災対策,水質保
全対策について検討したことがなかった(当審A証言)。
 A教授の意見中,土石流に基づく災害発生の危険を指摘する部分は,控訴人が本
件事業について講じることとした上記防災対策を考慮しておらず,また,前記
(3)エ及びオに認定のワーキンググループの調査報告書及び甲府市の甲府市新北
部山岳地域振興計画書の各記載内容にも合致しておらず,A教授の意見のみによっ
ては本件事業を実施した場合,②の沢から土石流醗生して荒川を堰き止めたり,取
水口から平瀬浄水場沈砂池に通じる施設を破壊するなどの危険性があるとまで認め
ることは到底できない(当審証人Aは,②の沢に計画された3箇
所の砂防ダムは,流出土砂量に基づいて設計されていて,斜面崩壊の際の崩壊土砂
量に基づいて設計されていないなど不十分なものであると証言するが,直ちに採用
できない。なお,当審証人Aの証言中,本件ゴルフ場予定地からの表流水及び地下
水が取水口に直接流入し,また,β集落の湧水に出て来ることを指摘する部分につ
いても,控訴人が本件事業について講じることとした上記水質保全対策を考慮して
おらず,前記懇話会の最終提言書,甲府市新北部山岳地域振興計画書,控訴人が行
った弾性波探査に基づく地質調査の結果に照らすと,上記当審証人Aの証言部分を
もつて,水資源の保全上支障があることを証するものとはいえない。)。
ウ 他に,被控訴人の当審における主張(1)の事実を認めるに足りる証拠はな
い。
4 上記3によれば,控訴人の本件事業について,条例6条1項に基づく事項を勘
案して不同意とすべき事実があるとしてされた被控訴人による本件不同意処分は,
被控訴人が有する裁量権の範囲を超え,又はその濫用があったものとして違法であ
り,これを取り消すべきである。
第4 結論
 以上によれば,控訴人の請求は理由があるから,これを棄却した原判決を取り消
し,控訴人の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第1民事部
裁判長裁判官 江見弘武
裁判官 岩田眞
裁判官井口実は,転補につき,署名及び押印をすることができない。
裁判長裁判官 江見弘武
       事業目録
造成事業の目的 ゴルフ場の造成及び附帯施設の建設
造成事業の名称 (仮称)千代田湖ゴルフクラブ
造成区域の所在 甲府市α759番地他1411筆
造成区域の面積 台帳面積 54万4984㎡27
        実測面積145万0940㎡

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